ブラームス ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77
2015 JUL 25 1:01:31 am by 東 賢太郎
ミクロネシアの見事な夕焼けに感じるクラシック音楽というとこれです。古今東西のヴァイオリン協奏曲の最高峰を争う、そして僕が最も愛するクラシックの最右翼にあるヨハネス・ブラームスのニ長調作品77であります。
ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83とこの曲は血肉と化していて僕に「レ(d)の音」といわれればこのコンチェルトの曲頭のヴィオラ、チェロ、ファゴットのユニゾンのレが自動的に出てくるのです。「知」でも「好」ではなく「楽」でもなく、「愛」であって、生きてきた証しであって、これなしで人生これから生きていけと言われても圧倒的に困る。
この天下の名曲にはイタリア旅行の影響で書かれたとか、ヨアヒムの助言を受けたとかベートーベンの影響があるとかないとか、ウンチク話がたくさんあります。ご興味がある方はWikipediaをご覧ください。僕個人は楽譜だけで充分、こんな素晴らしい音楽を前にして、それが南極で書かれようと誰の真似だろうと問題でありません。
そう書いてしまうとこれもどうでもいいことなんですが、僕が夕焼けを感じる部分。それは第1楽章カデンツァのあと、tranquillo(静かに)からヴァイオリンが曲頭の第1主題をpでひっそりと奏でるところです。ここはどうしてもオーケストラ譜で見て欲しい。Soloとある段がヴァイオリン独奏ですよ。
伴奏は全楽器ppであってpの独奏だけ目立つようになってます。思えば当たり前のことですがマーラー同様に指揮者を信用してませんね(笑)。初めの6小節はヴァイオリンⅠ・Ⅱとヴィオラが対位法的にロマン的な和声を紡ぎますが、チェロがどっしりとdでバスを支えニ長調の引力圏内をふらふらしています。
すると7小節目でバスがcに下がります。荘厳な日暮れです。雲がオレンジ色に染まっていきます。まだ二長調。ここからです。Bm7→G→E7・9sus4→E7という天国の和声(これはメンデルスゾーンの協奏曲の第3楽章へのブリッジの部分の和声である)にのってソロが紅色の空をふんわりふんわり舞うような、この世のものと思えぬ恍惚とした歌を奏でるのです(第12小節まで)。
すると和声は夢の旅を終えてA7(ドミナント)というニ長調引力圏に戻りますが、ソロは恍惚の快感冷めやらずド、シ、ラ、ソとふわふわ、ゆっくりと降りてくる。ブラームスはすかさずここにespressivo(感情こめてね)と書きこんでいる。ニクイですねえ。和声の方もD(トニック)に落ち着くとみせかけてD7だ、えっ、また寄り道ですか?そこで感じきっているソロはいやいやするみたいにくねくね降りはじめます。
ここで凄いことがおきていて、下段の最後から3小節目、オーボエのドに対してくねくねのソロが短2度でぶつかるシに行っちゃいます。こんな高い音の短2度はかなり耳障りですが、もう聴いてる方もメロメロで誰も不協和音だなんて気がつかないんですね。なんて見事な音楽だろう!指揮者に任せ切らんという超細かいブラームスが筆の勢いでなんてあり得ません。みんなのメロメロ具合まで計算した確信犯、プロの技と思われます。
さて、これもどうでもいいんですが、この夕焼け、不謹慎ながらきれいな女性ヴァイオリニストが弾くとなんともはやエロティックであり、ここでの彼女たちの表情を見ているだけでこっちまで恍惚としてくるので困ります。たとえば庄司紗矢香さん。消されるかもしれませんがとりあえず。22分58秒からが楽譜の部分です。
あっぱれです。庄司さん、ここをあなたほど見事に弾いたの聴いたことありません。指揮者ギルバートに嫉妬すら覚えますな。これは日本人が世界に誇れる最高のブラームスです。作曲者が聴いたら喜んだのではないでしょうか。
第2楽章は息の長い魅力的な旋律をオーボエが奏でます。オーボエという楽器はハモリは同族内が多くてただでさえソロで出ると目立つのにこりゃないだろ、オーボエ協奏曲かこれはといったかどうか知りませんが、楽譜をもらったサラサーテはこの曲を弾かなかったそうです。
第3楽章のミーファファソミーはブルッフの協奏曲第1番の終楽章(ミーミファミー・・・)のパクリと取られかねないですね。そうであっても仕方ないほどブルッフの1番は名曲だと僕は肯定的に考えてます。ブルッフの第1楽章の冒頭主題再現手前のカッコよさはブラームスのこの楽章の主題再現の手前と、音は似てないが共通の造りを感じます。
おすすめの録音ですが、大名曲ですからいくらでも優れた演奏があります。i-tunesでBrahms violin concertoと入れるとたくさん出てきますので有名なヴァイオリニストのをどれでも気軽にお聴きになればと思います。ここではあまり知られてない僕のお気に入りをご紹介しておきましょう。
コンスタンティ・クルカ(Vn) / ヴィトルド・ロヴィツキ / ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 (1976年、ライブ)
この曲の最高の演奏の一つです。ポーランドの誇る名手クルカのヴァイオリンの松脂が飛んできそうな生命力、ロヴィツキのはらわたをえぐるような彫りが深く生々しいオケのドライブ。この気合の入りようは何なんだという一期一会のライブであり、第2楽章はクルカが歌いこむあまり音程やボウイングが一部怪しいなど決して技術的には完成度は高くないのですが、音楽ってそういうもんじゃないのよねという好例です。ロヴィツキは僕が敬愛する指揮者で、彼のブラームスは心にひびきます。こういう演奏がもう聴けなくなりましたね、ホールでも録音でもスーパーの形のそろった一見きれいなF1野菜ばっかりで。この野生の固定種野菜は格別な香りを放っています。i-tunesで買えます。
ブリギッテ・ラング(Vn) / ウエルナー・シュティーフェル/ バーデン・バーデン・フィルハーモニー管弦楽団 (2002年11月1日ライブ)
これは知られていない録音でしょう。バーデン・バーデン・ライオンズクラブ主催第5回カールフレッシュ・コンクール優勝者の記念演奏会の録音です。バーデン・バーデン・クアハウスのヴァインブレナー・ザールでの当地オケの録音と聴いて涎が出るならブラームス通でしょう。僕はこの温泉街が大好きで、フランクフルト時代に家族で2回逗留しました。ホテルの展示会で買った2幅の油絵は家宝になってます。リヒテンタールのブラームス・ハウスは強く印象に残り、今の自宅はそれと似た立地に似た風情で建てました。さて、スイスのヴァイオリニスト、ラングの演奏ですが、実にいいんです。大家に聴き劣りすることはありません。とにかく肩に力が入らず自然体。ドイツのローカルな演奏会で当たり前にやっている正統派「ドイツ語のブラームス」です。フランクフルトに3年、チューリヒに2年半暮らして、英語のブラームスはいらんなという感じだから僕の感性にぴったりで、聴いていてこれほど疲れない演奏もありません。そしてオケです。もう最高のブラームスの音だ。ソロもオケもごりごり、びしびし弾きまくってブラヴォー!なんてみっともなくもはしたないことは一切おきず、ブラームスの書いたとおりに鳴って、満足感にあふれた人肌を感じる拍手が暖かく包む。ヨーロッパです。シモーネ・ヤンドルのヴィオラ・ソナタ1番もこれぞブラームスで、こういうのが広く評価されない音楽界はまったくおかしい。このCDは強くお薦めしたい。i-tunesで1500円で買えます。ブリギッテさん、がんばってね。
ダヴィッド・オイストラフ/ オットー・クレンペラー/フランス国立放送管弦楽団
誰でも知ってる演奏からひとつとなると迷いますが今はこれに食指が動きます。オイストラフという人はとにかくヴァイオリンがうまい。こんなに弾かれたら他の人がかわいそうというほど。彼のCDは数種あってどれも同様にうまいからどれでもいいんですが、これにしたのは何といってもクレンペラー先生の大指揮によるものです。セルが伴奏したのもあり大変立派な合奏なんですが、はっきりいってつまらない。ピアノ的感性なんでピアノ協奏曲には合ったのですが、こちらにはカチッと来すぎて遊びがない。クレンペラーは大河のようなゆるぎない足取りで、これぞ横綱相撲の風格です。フランスのオケでヴァイオリンがまずい、というか下手くそであり、ブラームスになってないのがこの盤の最大の欠点なのですが、ソロもオケも巻き込んでがっちり統率し、聴いてるこっちも知らず知らず統率されてしまう。終わってみると、うーん、いいブラームスだったとうならせてくれる。万事きれいで完璧というカラヤンとは対極で、アラもあるが我が道を譲らない頑固親父の独壇場。今や絶滅した貴重な世界を味わって下さい。
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ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)
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Categories:______ブラームス, クラシック音楽