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女性が指揮者をする時代

2015 AUG 1 17:17:29 pm by 東 賢太郎

女性の指揮について前回書いていて、考えさせられました。オーケストラの指揮者とは大勢の人を棒一本で動かすわけだから軍隊の将校か会社のCEOみたいなものだろうということです。それを女性がやっていけないこともできないこともない道理なのですが、それでも過去の歴史をみる限り世の中はそう回っていなかったのも事実です。何かが変わってきている。それを考えてみましょう。

軍隊の指揮というのはやったことないがリーダーシップがいるんじゃないか。階級社会だからタイトルさえあれば絶対服従のルールがあると思われますが、それでも上官の資質に心服した兵とそうではない兵では戦闘能力に差がありそうです。だから殿様の子とはいえあまりに暗愚だとお家のために排除されるし、スポーツの監督には軍隊の長のイメージが重なります。

会社経営も同じに見えますがちょっとちがう。無能でリーダーシップが皆無の人だって、社長のいすに座れば誰であれ命令を下せるし、その権限が由来する地位、ポストだって株をそれなりに持てば安泰です。トップがその程度でも潰れない会社があるなら組織は面従腹背ではあってもそれなりに動いているということです。

しかし軍隊、軍団はトップの命令が間違えば全軍の死を意味しますからそれはない。初めから死ぬとわかっても絶対服従で真剣に突撃です。特攻隊がその象徴であり、鹿児島の知覧でそれをまのあたりに知って、造られた真剣さで亡くなっていった彼らに涙しました。そういう意味でいえば、オーケストラの指揮者は奏者が面従腹背でも音楽は鳴るわけだし、失敗しても死ぬわけでもありませんから会社経営者に近いように思います。

ところが歴史を振り返えるとオーケストラに女性奏者が入ることが一般化したのはこの半世紀あまりのことです。ベルリンフィルもウィーンフィルもチェコフィルもいなかった。20世紀半ばに生まれた僕ですが、フィラデルフィア管に女性の姿はほとんど見ませんでしたし、30年前のロンドンで室内オケで女性ヴァイオリン奏者が多かったのを見て違和感を覚え、彼女たちがブルーのドレスを着ていて場違いに思ったこと、何か損したような気分になったことをはっきりと覚えてます。

教会で伴奏していた管弦楽団が女人禁制である宗教上の伝統もあったかもしれませんが、楽団が祝典の場だけでなく軍楽隊として兵を鼓舞する場にも出て行ったことが大きいかもしれません。そうなると楽員も軍人であるという意味あいが強くなります。その指揮台に立つのは将校になるということであり、だから女性がそれになることは天地がひっくり返ってもあり得ないことだったのです。

話は変わりますが、僕は会社時代に最大で500人ほどの長の経験をさせていただきました。そこから見る地位や権力の景色はよくわかったけれど、結局あまり大したことはしなかったから500人の意味は感じられませんでした。むしろ70-120人ほどのドイツ人やスイス人の軍団(外国拠点)を率いたことのほうが、自分の手で指揮したという実感がリアルに残っています。

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そうこうしてローマ史を読みかえしていた時、スキピオやカエサルやポンペイウスやアウグストゥスがどのぐらいの軍団を率いたのかという興味がわいてきました。ローマ軍はケントゥリア(百人隊)を単位にした6000人ほどの軍団だったようですが、彼らはそれを束ねた何万という軍を指揮したわけです。しかし一人の将がそんな規模の全軍を一気に見渡せることはなく、複数の百人隊長のような副官を指揮したのでしょう。

だからローマ軍には「組織」という概念があったわけで、現在の役所や会社の組織構成、職位、職階はみな軍隊由来であり、日本のそれはドイツ軍由来であり部長や課長という名称もその訳語だと聞いたことがあります。僕は百人隊の隊長の体感はあるわけですが、それを60個たばねた6000人隊の景色は想像もつきません。いや、仮に会社でそういう経験があったとしたって、それを可視化して体感領域に落としこむのは誰であれ難しいのではないかと思います。

1280px-Xian_museumこの6000人という数についてはあれっと思った経験があります。94年に中国・陝西省の始皇帝陵に行ったおり、兵馬俑(右)の兵隊のテラコッタの数が約6000体ときいてローマ軍を思いだしたのです。これを造った始皇帝が生きた頃、ローマでは第1次ポエニ戦争をしていました。始皇帝は青目(西洋人)だったという説もありますし、6000人隊がローマから中国に伝わったのか?これは面白い、というのが当時の他愛ない興味だったのですが。

しかし今の関心事はそのことではありません。6000人の軍団が何かの合理性があって適当な数だったのかということなのです。ローマと中国には何の交流も関わりもなく、始皇帝も東洋人であったが、たまたま6000という数に秘密があったんじゃないか。兵は多い方が一般に勝率は高いでしょうが、指揮官の意志で動く効率や機動性においては大軍は劣ります。6000人前後の軍団というのは、ひとりの将が当時の軍略と指揮命令系統の物理的な制約のもとで戦いに勝つのに最強(最適解を与える数)であったのではないかということです。

兵の数だけ揃えても、個々人が弱い烏合の衆なら軍も弱いでしょう。だからひとりひとりが一騎当千であればいい。でも一騎対二千なら相手が烏合の衆でも負ける。ところが、一騎当千が十人集合すれば組織の相乗効果で一万以上に勝てる。そうやって二つの関数の交点を求めて最適解が求まるはずだと思うのです。つまり「個々人の力」「組織力」の二つの関数であり、第一次世界大戦までの歩兵戦、騎馬戦は無数の実戦例をベースに将軍や軍略家が智恵の限りを尽くして二関数の最適解を求めた。それが6000だったかもしれないと考えるのです。

だから歩兵戦、騎馬戦の時代は個々の兵力を鍛えあげることが最重要でした。ローマの重装歩兵は有名ですが、充分な武装をしていれば殺される確率は減ります。同時に、さらに大きいかもしれないファクターとして、安全である、勝てると信じれば兵の士気も上がります。そのうえに軍略というものが乗ってくる。カエサルはそれがうまかったし重視もしたと見えますが、それなのに半分の3000人ほどの精鋭隊を率いたそうです。人数のレバレッジ効果よりも精鋭部隊、兵ひとりひとりの士気や熟練度の方が単なる頭数より大事だったということでしょう。奇襲の天才だった源義経にもそれが感じられます。

しかしこの戦略は、第2次大戦で飛行機による爆撃という新たな大量破壊、殺戮の手段が加わって、一騎打ちの要素が後退するにつれて重要度が薄れたように思います。ゼロ戦の時代からB29の時代へと兵器のフロンティアが一気に進化したからです。高射砲のとどかない上空から爆弾を落として帰ってくるだけなら、パイロットの空中戦の技量が一騎当千レベルである必要はなくなりました。爆弾の投下ボタンを押すだけなら腕力も不要なら軍団である必要もなく女性でもできることです

そうなると、軍団の戦力は兵力よりも組織力だという考えに社会が傾いていく。会社の職位名が軍由来と書きましたが、産業革命以来の現象として船舶、航空機、陸上輸送の技術はもちろんのことエネルギー開発や通信の技術、医療や薬の開発など我々が依存して生きている文明の進化は軍事技術に由来するものがほとんどで、それが日常の生活に深く浸透して我々の精神領域にまで影響を及ぼしていることは、インターネットが軍の通信由来のものであることを指摘するまでもなく容易に理解されることと思います。

だから企業を軍に見立てて、兵力よりも組織力だという方向に流れが向かい、コーポレートガバナンスという言葉が一般大衆にまで届くようになったのではないでしょうか。企業がクラブや同好会とは違って法的に適格性の問われるものである以上はそれは当然のことです。ただ、それは企業支配という一面的な観点からの議論にすぎず、そもそも利益を生み出せていない企業にとってガバナンスは大事であっても二の次だという観点からの議論は陰に隠れて見えにくくなってきた気がします。赤字企業に優秀なコンプライアンスオフィサーがいても、やがて彼も失業するだけなのです。

利益を生む、つまり稼ぐということは現場の兵の仕事であって、将校クラブの住人は別世界でガバナンスを取り仕切っていればいい。僕はホールディングカンパニー(持ち株会社)という概念が米国から入ってきたときからこれは危ないなと懸念をもっていました。なぜかというと稼がなくていいそういう箱が浮世の現実から遊離した将校クラブになりかねない。そういう気風とは遠かったであろう帝国海軍の現場ですら、トラック島沖に停泊し豪華設備を誇った戦艦大和が兵からは「大和ホテル」と揶揄されていたのです。

あくまで報道された情報しかないことをお断りしておきますが、失礼ながらシャープや東芝の昨今の例をみるとあれは大本営が将校クラブとなってしまい、6000人隊の司令官が現場はおろか百人隊の景色すら見ていなかったという観なきにしもあらずという感じがしてしまうのです。遊んでいたということではなく、百人隊クラスの長は出世がかかっていて兵の実態は伝えないかもしれない。「それが危ないんで俺は必ず自分で現場を回り、若い奴とだけメシを食うんだ」とダボス会議で言っていたGEのジャック・ウエルチの言葉が今さらながら重く思えるのです。

ウエルチはこうも言った。「会社に利益をもたらしてくれるのはお客さんだ。だから儲ける方法はお客さんと接してる奴だけが分かる。本社で新商品会議してる奴なんか誰一人分からない。そんなつまらん会議は儀式(「ritual」という単語を彼は使った)だから俺はつぶす。お客は毎日変わるし敵も毎日変わる。昨日の正解は今日は不正解かもしれないから組織は日々現場から学ばなくちゃいけない。だから俺は儲ける方法を知っていて組織に教えてくれる奴は大事にする。そういう奴が会社を成長させるから会社と利益共同体になる、すなわちストック・オプションをもらう権利がある。」と。僕が入社したころの野村證券は、日本大企業には異例なほどそういうカルチャーの会社でした。

当時米国最大企業だったGEのコーポレート・ガバナンスの頂点にある男がこう言ったのはすごいことですが、軍隊だと思えば当然のことですね。野村は軍隊みたいな会社だったし、大日本帝国陸海軍にこういう司令長官がいたらあの戦争も変わっていたかもしれない。ホテル化した大本営で会議ばかりしている司令長官は儲け方は学ばず、ただノルマの数字を現場におろす。そして百人隊長が用意周到につじつまを合わせる。現場は大丈夫かと疑いながらも何もできない。つじつま合わせが出世の合言葉になる。現場で顧客相手に汗をかく兵、本来の勝つ方法を知る人材はみな白けて軍の士気が下がる。こういう会社を僕はいくつ見てきたのだろう。

組織論やガバナンスがまず第一、それが一流企業だ。たしかにそうです。ところが「ホテル」にいると利益は自然に出てくる紙の上の数字みたいに意識がボケてきて、利益を生むのは兵ではなく組織だという感覚になりがちです。そもそもそう思わないと自分たちのレゾンデトールがない。組織というのは組織図という紙の上にはあっても現実には見に見えない架空の存在です。それが継続的に利益を生むなどイルージョンにすぎませんし、仮にそれが真実なら誰かがもっと大きくてよくできた組織図を後から書けば簡単に逆転されてしまうということでそれもない話です。ウエルチのように常に兵を見て兵と語っていないといけないのです。

文民支配を謳うあまり武官経験のない人がトップになった場合、管理やコンプライアンスは完璧でも本業である戦闘能力が十全に発揮できるかどうか。トップは自分があまり経験のない現場というものに共感はありませんから、よほどウエルチのように自分のポリシーとして接点をつくらないと兵の士気は落ちて行きかねません。オーナー社長はみなその業務で稼いだ張本人、つまり武官だから士気に関する限りの心配はありません。問題はその次が文官タイプの二世三世になったり、不祥事でコンプラやアドミの専門家みたいなタイプの人がトップに座ったような場合です。それで兵の士気が保たれるのか?

この問いにイエス、ノーの答えはないでしょう。優れたリーダーは本人の資質だけでなく、その時代背景、周囲の敵の性質など様々な要因によっても決まるし、配下の軍勢の能力や参謀、ブレインの資質によっても左右されます。攻めも守りも文武両道で両方できるなら望ましいでしょうがそんな人はあまりいない。陸海軍士官学校はだからできたのでしょうし、西洋的な意味での本当のエリートを生む理想的な機関だったと思うのですが、不幸なことに教官だってそんなエリートはあまりいないわけです。武官として必要な人間力やケンカの強さより普通人である評定者にわかりやすい試験の点数というものがものを言うようになっていってしまったのではないでしょうか。

女性指揮者が現れる。それも優秀であり力を発揮しだしている。カエサルや山本五十六みたいな男が出てこない時代になりつつあるという男の劣化の問題なのか、女の進化なのか、女性が将軍をできる時代になったという社会の変質のせいなのか。僕はその全部が同時におきていると理解しますが、いずれにせよ大きなパラダイム変換がおきているということでしょう。目には見えないのですが。人間社会のあり方は世界中で確実に変化していますね。自分のことで言えば、やっぱり男ですからローマ軍を指揮してみたい願望はあります。しかしアセットを持たない方がいい時代にそれは軍の大きさではないとも思うのです。少人数でそれができないか。今の世はそこをどうとらえるかがビジネスの成否を決めると考えています。

 

 

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