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戦争の謝罪をすべし、ただし日本史を広めるべし(追記あり)

2015 AUG 16 1:01:29 am by 東 賢太郎

外国人が多いのは銀座だけではありませんでした。今回行った福岡も京都も中国語、韓国語、英語が飛び交うのに変わりはなく、しかも大都市部だけではありません、嬉野、近江、長浜のような街でも聞こえてくるのだから驚くしかありません。日本が観光大国への道を歩んでいることはほぼ間違いないでしょう。

いま取り組んでいるビジネスはインバウンド誘致、アミューズメントに関わるので訪日客の観光や消費の動向調査がどうしても必要です。しかし国内は九州、四国、北陸などあまり行ってないためデータにあまり体感がなく、やや焦りを感じているところです。

今回は中島さんと野球を観ようという話がたまたまの発端でしたが、せっかく九州まで行くならということで、何のことないまたまた仕事になってしまいました(笑)。重要拠点である博多をスタートにまず九州を、そして外人が最も行きたいとされる京都とその近辺に行くことに決めました。両者を一貫したテーマは「歴史」です。僕の信念として、我が国の歴史こそ外国人に知ってもらいたいからです。

これは話すと長いのですが、海外にいたころ各国のビジネスマンとよく飲みました。僕は戦争の話をよくしたんです。もちろん第2次大戦です。中韓の人とはもちろんのこと、米国人とだってこの話題はちょっと危険がありました。喜ぶと思ったドイツ人に不快感を表明されたこともありました。それでもそうしたのは理由があります。

この話題で飲めるというのは、良い側面だけ言えばお互いをよく理解してるという信頼の証しでもあるのです。また、その人が商売面は良くても本当は日本人が嫌いかもしれない。そういうことも表情で分かってしまう。そうではあっても、会社と会社では付きあうわけですからお互いの本音を知った方がいい。少なくともこちら側はそこまで腹を割った上でビジネスするよということです。

それは僕の主義になっているのですが、もともとそんな度胸があったわけではありません。日本のお国自慢が富士山や温泉だけじゃ寂しい、なにより日本人の心を知ってほしいと思って規律正しさや勤勉さ、思いやり文化や恥の精神の話をしたのです。すると、「それはわかってるさ。列車の時刻表は秒刻みだ。信号は車が来なくても皆じっと待ってる。だからカンバン方式のトヨタができたんだろ」とくる。

ちょっと待ってくれよ、となります。

それって、メガネかけて肩からカメラぶら下げた終戦後の日本人像、それが経済的に成功したらエコノミック・アニマルなんて言われちゃうあの日本人の延長だろと思ったのです。サムライやブシドーという言葉は有名になっていましたが、どうもマーシャルアーツの総本山みたいに誤解してる。英国の貴族は位があるかわりに国の危機には馬に乗って先頭で戦うわけです。しかしブシドーにはそのノビリティ(貴族性)のイメージが欠けていて、野蛮な戦闘員の武術と思っている人が多かった。

そこで「ムサシ ミヤモトを知ってるか?日本で一番強かったサムライだが、歴史に残る思索書がある。水墨画の名人で、作品がたくさん美術館に飾られてるアーティストでもある」というと一様に驚くのです。今だったらスマホで彼の「枯木鳴鵙図」でも見せれば誰もが納得でしょう。つまりそういう男がリアル・サムライになれるのであって、スーパーマンとは違うのよ。強いだけじゃない、カンフーを振りまわすだけのヒーローじゃないんだよということを理解してもらうには、どうしても歴史が出てくる必要があります。

例えば日本の武将はサムライだから掟があって、攻める前にまず「やあやあ我こそは」の名乗りを上げねばならない。それが不意打ちは恥という不文律になっていた。だから戦線布告なしに満州を襲ったソ連みたいなことはしないのです。またサムライは敗者を女子供まで皆殺しにはしません。清盛は助命を受けて殺さなかった子(頼朝)に殺されてしまうという前例があるのに、後世は皆殺しを慣例化しません。世界的にも異例のことで何か抑止力が働いている。だからあの家康だって天下人になったのに豊臣氏をすぐには滅ぼさず、15年もかけた上に口実までもうけてから大阪夏の陣に至っています。だからナチスみたいなことはしないのです。

僕らがみな武士道を知っているわけではないですが、それは日本人の精神の底流には脈々と受け継がれているものでしょう。それは「武」だけの精神ではないからです。武蔵が書画工芸、文化にも一流であっただけでなく、戦国武将の多くが中国の古典を能くし、能狂言、茶の湯をたしなみ、自ら謳い、舞い、信長はセミナリオデでヴィオラとオルガンの合奏まで聴いていた。戦場では猛々しかったろうが、文化人の素養もあった。そういうイメージとはほど遠い秀吉の書状や手紙を見ても達筆です。敵に塩を送るような精神からは皆殺しという野蛮な発想は出ないのではと思います。

いま議論がかまびすしい戦争の謝罪問題ですが、日本軍は世界に冠たる規律の厳しい軍隊だったそうです。それが武士道から直接くるのかどうかではなく、日本人の集団というのは軍であれ役所であれ会社であれそういうものになってしまうというところが大事と思うのです。僕は謝罪には肯定的です。ご近所にご迷惑をおかけしましたと謝るのは、日本的な精神として違和感はありません。しかし、現状の外国人の日本への知識や理解度からすると、「ごめんなさい」といえば「それ見たことか、あそこのドラ息子が」ということになるでしょう。そう利用もされる。そうではなく「あそこの息子が謝った?さすがだね、やるじゃないか」としたい。そうですから。

ご近所には申しわけなかった、でも、タマは遠くから飛んできた。村山談話はご近所に視点があるが安倍談話はタマの出所にも視点があって、こんないい息子が何もなくあんなことはしないという思いがあるのでしょう。だから子供、孫の代まで謝らなくても良いようにしたい。僕も同感です。といって動機が正当なら殺人が許されるわけではありません。長い歴史の中からその行為だけピックアップして記憶されてしまっているのが現代の日本です。TVのニュース報道でインタビューの中から一部だけ切り取って放映され、悪いイメージが定着してしまうようなものです。

だからこそ、僕らの世代が「我々はあんなことそんなこと、やるような極悪非道な民族じゃない」という発信をし続けて行かなくてはいけないと思います。思えばこちらだって鬼畜米英と言っていたわけです。敵が鬼、畜生に見えるのは人間の道理であって、勝てば官軍でそれは消えてしまいます。いや正確には、勝ったほうが歴史を新たに書いて消すことができる。しかし日本は不幸にも負けた。だからそれが残っていてまだ鬼畜と言われる。これも道理なのです。だから、それに怒っていたずらに角を立てても諸事が悪くなる。道理には道理で向かうべきです。

元首相が土下座をして回る、本人が何のつもりか知りませんが、日本人が見てわからないことを外国人がわかるとは思えません。日本人はああいうことを天皇や武将がするだろうかと歴史に照らして考えればいい。文民統治の世なのだから首相がサムライである必要はない、そうかもしれません。しかし歴史は天下をとった「武」を中心に回るのが道理です。「文」がそれに無縁に存在してきたわけではない。日本精神の文脈までを否定すると、我々はこの戦争までの千数百年も自ら否定することになります。弱い相手は蹂躙するが強い相手には土下座する、おそらく世界的にどこの国でも尊敬されない男の姿をさらして彼は日本国に何を得ようというのでしょう。

僕らは学校で日本の歴史を習っています。神話で始まり敗戦で終わる。神の国が西洋に屈して物語はほぼ終わっているのです。これで国に誇りがもてるのでしょうか?僕はあの戦争はきっぱりと敗戦と明記すべきと思う。それでは英霊が浮かばれない、そう言っていると永遠に浮かばれないでしょう。僕は高校が隣だった靖国神社に何度もお参りしましたし、知覧もひめゆりの塔も行ったし、グアムもトラック諸島も真剣に観ました。米国人がアーリントン墓地へ参り、野球場で国歌を歌うのと同じぐらい愛国者であり、戦争をはげしく憎む者です。右翼ではなく、世界を見渡せば至極当たり前な中道派の市民であると思っています。

東京裁判によってでなく自らが敗戦としなければ、精神の脈絡という大事な糸までが切れてしまいます。日本は滅びてさら地となったわけではありません。古来からの精神の糸がぴんと張っている、だから軍艦の数ではなく今度は経済成長によって正々堂々と、誰にも非難されることのない世界一になったのです。これは東洋の奇跡としてではなく、千数百年蓄積した日本人固有の能力がおこした必然の方に目を向けるべきであり、日本史の教科書はそこにページを割くべきです。歴史学が幾分なりとも科学でもあるならば、70年前の焼け野原がここまで来た真因を因果の叙述に終わらせるのではなく、日本文化や美意識まで内包した日本精神の自律的、内在的な作用があったことを解明し、子供たちに誇りと未来への自信を与えていくべきなのです。

そういう前提で戦争の謝罪をする、立派な敗者となる。それは国家に軍事力だけでは得られない尊厳をもたらします。

それには、歴史を、日本史をもっと我々が知ること、そして広く外国人に知ってもらうことが早道なのです。今回、有田、吉野ケ里遺跡、大宰府、九州国立博物館、本能寺跡、妙覚寺・二条御新造跡、安土城跡、近江八幡、竹生島、長浜城址などを歩き、観ました。とても疲れましたが。というのは、ノブナガ、ヒデヨシ、イエヤスは日本の歴史上の人物としては比較的外国人に有名であり、西洋史も中国史も同様の国盗り物語があってその勝者が書いた歴史が正史となっている。その意味で興味を持ってくれ、深く知りたがる人が多いというのが僕の経験だからです。

ところが信長の安土城も秀吉の長浜城も行ったことがない。これでは話にもなにもなりません。

内容は書けませんが、僕がやることは外国人に日本史をある程度は知ってもらい、「ロシアに勝ってアメリカに負けた国」というワンセンテンスで終わらないようにしたいという動機を持っています。単なるビジネスとは考えていません。5年後の東京オリンピックにかけてのひとつのチャレンジになります。生きてるうちにもう日本で五輪はないですからね、思い切りやりたい。京都には何度も行くことになる予定です。

 

(追記、16年1月20日)

本稿を書いた15年8月時点で、その半年後に本当に政府が謝罪してしまうとは思いもよらなかった。

あれは慰安婦問題の謝罪であって戦争そのものではないが、仮に我が国が戦勝国になっていたらしなかっただろうから根底には同じものが横たわるとも考えられよう。そして僕はこの謝罪は、本稿に主張した謝罪の脈絡に位置付けられうるものであり、したがって良かったと考える者のひとりであって、全面的に全人格的に民族的に悪うございましたという(そうとしか見えない)元首相の土下座事件ごときとは同一次元で考えることすらままならないという立場にある。

謝罪文の「次世代に禍根を残さない」という意図は、それこそ全面的に支持し得るものであり、僕がSMCに書き残した「若者に教えたいこと」全稿を貫く横糸のようなものである。そしてそれを歴史という縦糸でくくることが必須だというのが本稿の趣旨である。

中国政府が歴史を学べと言ってくる。実に有難いことである。彼らは逆に「日本史は教えるな」と言うべきだ。国の歴史すらまともに知らぬ国民というのは、戦争放棄しようが平和主義であろうがなかろうが愚民なのであり、金持ちであるうちはいいがそのうち財産もなくなって間違いなく二等国へ後戻りの道を歩むだろう。中国は柿が腐るのを待てばいいし、そういうタイムスパンで戦略をたてる国だ。だから次世代に禍根という足枷があってはならないのであり、次世代はのびのびと、高らかにambitionを掲げて、自国のため世界平和のために力を発揮すればいいと信じる。

 

(こちらへどうぞ)

 

日中韓米の相克と歴史教育

安土城跡の強力な気にあたる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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