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ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その3)

2015 DEC 8 0:00:59 am by 東 賢太郎

LA-Photo-42シベリウスのようなシリアスな曲をききながら僕がルロイ・アンダーソンを愛好するのはどうしてかというと、どっちも和声が抜群に面白いからです。和声フェチとして、シリアスかライトミュージックかは二の次。美人に国籍なし、です。

シベリウスの和声というとあまり語られていませんが、とても興味深い。彼の楽器はヴァイオリンですが交響曲のような構造のロジックを問う音楽ではやはりピアノで思考したのかなと思います。調性が自由なように聞こえるのはドイツ音楽の視点から予定調和的でない事件が数々おきるからですが、それが元のあるべき調に帰還する- ロジックがあるとはそういうことだ- その手続きは見事に計画されています。そのプロセスに僕はピアノ的なものを見ます。

一方のルロイ・アンダーソンはというと、これはまったくもってピアノ的であって、それ以外の楽器を逆さにしても「そりすべり」の転調なんかは出てこないでしょう。ビートルズが奇矯なコード進行を見つけたといっても、それはAとかB♭といった「コード」という名のもとに色彩のくっきりした三和音という原色に固まった和音の連結が風変りだということであって、中華料理のフルコースにフランス料理の一皿が供されてあれっと思ったという風情のものである。

ところが「そりすべり」の変ロ長調(B♭)が咄嗟にホ短調(Em7)に色が変わってしまうあの増4度のマジカルな転調は、B♭の主旋律の伴奏の最初の和音がb♭-aの長7度を含むという輪郭の「ぼかし」が下敷きにあって、しかも最初の2小節だけで2度のぶつかりが5つもあるのであって、原色に混じりの入った、ギターじゃ弾けない「固まってない和音」が前座にあるから奇矯に聞こえないという裏ワザでなりたっています。

しかも楽器法もうまくて、B♭にはスレイベル(鈴のシャンシャンシャン)が入っていてEm7で突然ウッドブロック(馬のパッカパッカ)が闖入し、耳をとらえてしまいます。調がぶっ飛んだ意外感がもっと意外な音で中和されます。Em7はD(ニ長調)の前座だったことがわかると今度はDm7に変化し、それがC(ハ長調)になったと思いきや、それをB♭へ回帰させるために曲頭の前奏がE♭(変ホ長調)を背景に現れる、ここのぶっ飛びも段差がありますが、今度はグロッケンシュピールが可愛らしく闖入して、またまた転調の意外感を消してしまう。しかもEm7のところから裏に入っていたチェロの魅惑的な対旋律がずっと並行してきて意外感なくE♭へいざなってくれる。う~ん、すごい、プロの技です。

この転調、ウルトラC級でドイツ音楽にもフランス音楽にも現れないレア物であり、この曲を「歌もの」にアレンジするとホ短調部分(歌詞でいうとGiddy-yap giddy-yap のところ)がどうしても浮いてしまいます。唐突すぎてポップスとしてサマにならないのです。だからみなここだけ子供の声にしたり、その段差を正当化すべく苦労してます。このアレンジはばっさり切り捨ててしまっています。この女性の太めの声であの転調はズッコケになるとアレンジャーが諦めたのでしょう、主部を半音ずつ上げていくという単調を避ける変化球で逃げています。これはこれで味はありますし、ひとつの解決策ですね。

どうしてそうかというと、声で歌うと伴奏和音の7度のぼかしが聞こえにくいのです。だからギター風に「固まった和音」でB♭からEm7にドスンと落っこちて、階段でころんで尻餅をついたようになってしまう。一方、伴奏が良くきこえるピアノやオーケストラだと「ぼかしの7度、2度」が作用して「にごり」を作って原色イメージが和らぎ、ソフトランディングができる。要はB♭のコードが明瞭でなく、中華料理が中華中華してないのでフレンチの一皿が闖入して驚きはしても、それなりにしっくりきてしまうという風情なのです。しかし、そうはいっても奇矯な転調だから強いインパクトを残すのであって、永遠のヒット曲になっている隠し味という所でしょう。

ピアノで弾いてみるとルロイ・アンダーソンの和声はこうしたマジックに満ちていることを発見しますが、こういう「当たり前に固まった和音」に「にごり」を入れて輪郭をぼかすようなことはギターの6弦で、しかも短2度のような近接音を出しにくい構造の楽器では困難です。ピアノのキーボードの利点をフル活用した作曲であり、ドビッシーが開拓した音の調合法の末裔でしょう。ちなみにアンダーソンの先祖はスェーデン人ですが、グリーグやシベリウスら北欧の人の非ドイツ的な和声感覚に僕は魅かれるものがあります。

andersonニューヨークの楽譜屋で見つけたこの楽譜は宝ものです。アンダーソン代表作25曲のピアノソロ譜です。Almost completeというのがぜんぜんそうじゃなくって、いい加減なおおらかさがアメリカらしいが、たしかにこの25でいいかというぐらい有名曲は入ってます。「そりすべり」はチェロの美しい対旋律がなかったり2手の限界はあるのですが、弾いていると無上に楽しい。ほんとうにいい曲だなあと感服するばかりであります。

 

「そりすべり」はいろんなアレンジが百花繚乱です。気に入ったものをいくつか。

アメイジング・グレイスを歌ったニュージーランドのヘイリー・ウェステンラの歌です。伴奏のギターの和音は手抜きですが、ピッチの合った器楽的な声で転調をうまくこなしているレアなケースです。ポップス的にあまり面白くはないが絶対音感がある彼女の転調の先読みは知性を感じます。好感度大。

カーペンターズ版です。70年代のアメリカの匂いがぷんぷんしますね。カレンの歌は群を抜いてうまい。どう転調してもぴたっとキーが合ってしまう。単に表面ずらでなく、ミとシの具合まで完璧に瞬時にアジャストしてます。この凄い音感とピッチ、どこにボールが来てもミートできるイチローみたいな天性の動物的感性を思わせます。

次、カメロン・カーペンターのオルガン。このひとりオーケストラ、驚異です。

ギターです。いいテンポですね、この人、音楽レベル高いです。

前回のTake 6のアレンジ。これもすばらしい!アカペラも含めて歌バージョンで増4度のホ短調への転調を音楽的にうまくのりきっているのはヘイリー・ウェステンラとカレン・カーペンターと彼らだけでした。この6人の和声感覚は世界最高レベルの洗練をみせています。

最後にアメリカ海兵隊バンド (The President’s Own United States Marine Chamber Orchestra)。うまい!やっぱりこれだ。ウィーン・フォルクス・オーパーのヨハン・シュトラウスです、参りました。

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Categories:______シベリウス, ______ルロイ・アンダーソン, クラシック音楽

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