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モーツァルト「魔笛」断章(第2幕の秘密)

2016 APR 26 0:00:09 am by 東 賢太郎

前回、パパゲーノのことを書きました。モーツァルトが彼にどれだけ愛情をそそいだか。魔笛の主人公はパパゲーノだといってもいいと思います。なんたってモーツァルトが自分自身の姿をそこに重ねているからです。

モーツァルトは父の強硬な反対をうけてコンスタンツェとなかなか結婚できなかった。父は手紙でこう諭しました。

fa愛する息子よ、やめときなさい、おまえの評判にかかわるぞ、私だって何を言われるかわからない、おまえはその女の計略にひっかかってだまされてるんだ、その女の母親はとんでもないワルで有名だぞ、おまえは目先のことにすぐ熱くなる性格なんだ、それを自覚しなさい、その女の家に下宿するなんてとんでもない、すぐにそこを出なさい

父の厳命で仕方なく下宿を出たモーツァルトが引っ越したのは、そこから歩いて3分もかからないアパートでした。こういう経緯があっても彼は父にないしょでコンスタンツェと逢引きをつづけ、ついに無断でシュテファン寺院で結婚式をあげてしまう。それは禁断の苦しみの末にやって来た人生最高の喜びの瞬間だったろう。

魔笛を考えるに重要なのが「後宮からの誘拐」というジングシュピール(ドイツ語歌劇)です。トルコの後宮(ハーレム)に囚われている女性を婚約者が救いだす話です。その女性の役名がコンスタンツェだった。これは偶然かもしれませんが、モーツァルトが母の囚われの身に見えていた本物のコンスタンツェを意識しなかったことはないでしょう。彼はこの曲を結婚式(1782年8月4日)直前の7月16日に初演したのです。ヨゼフ2世ご臨席のもとで。8年後にやってくる逆境に比べなんと順風満帆だったことだろう。思い出のこの曲が、そこで書くことになる魔笛の作曲に無縁でなかったと考えるには意味があります。

「女性の救出劇」というコンセプトといえば、魔笛の第1幕はまさにそれです後宮ではザラストロのかわりに太守セリムという王がいます。コンスタンツェに愛情を寄せているのですが決して暴力的にコンスタンツェを我が物にしようとはしない、ある意味でありえないほど非現実的な王様で、逃走に失敗してつかまった二人を成敗するどころか帰国まで許すのです。粗暴で好色なトルコ人という当時のウィーン市民の常識とかけはなれた人物として、いわば偶像化されている(歌はまったく歌わない)。

Georg_Decker_Joseph_IIそれは「啓蒙君主のアイコン」としての偶像でしょう。マリア・テレジアが亡くなって、息子のヨゼフ2世(左)という正に啓蒙主義的な思想の皇帝が現れた、そればかりか、彼はイタリア物一辺倒だったオペラにドイツ語歌劇という新風を国策として吹き込んだのです。絵にかいたような啓蒙君主の登場です。ウィーンでサラリーマンをやめフリーランスとなったモーツァルトにとって救いの神のようなトップであり、人生初めてつかんだ出世のチャンスで全身全霊のおべっかをもりこんだ作品が「後宮」だったとも考えられます。

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ところが、ヨゼフ2世は90年2月に逝去します。ダ・ポンテとの「フィガロ・コンビ」で書いた「コシ・ファン・トゥッテ」初演の1か月後のことです。後任のレオポルト2世(左、右がヨゼフ2世)は兄の啓蒙思想の反動政治を行いますが、注目すべきはダ・ポンテを国外追放したことです。僕はこれまで何度も「フィガロ事件」がモーツァルトの人生に落とした暗い影を書いてきましたが、このコンビはいわばレノン・マッカートニーであって、もし片方が英国王室を侮辱したか何かで国外追放されたりしたら相棒もどんな境遇になったか、想像に難くないでしょう。

c0139575_19400790年10月にフランクフルトで行われたレオポルト2世の戴冠式でピアノ協奏曲(第19番と26番)を演奏したり涙ぐましいおべっかと就職活動を駆使したが成果はありませんでした。時はおりしもフランス革命戦争前夜だったことを忘れてはなりません。前年89年にバスティーユ襲撃があり妹のマリー・アントワネットは逃亡の計画を兄に伝えていました。彼女が後ろ手に縛られ肥料運搬車で市中を引き回された末にギロチンで首をはねられたのはその3年後のことです。

フランスの同盟国オーストリアのアンシャン・レジーム側にとって、このような日増しに緊迫、不穏の度を加える空気の中で即位したレオポルト2世がフィガロを書いた危険分子を国外に追放したのは当然であり、残った片割れの楽師の就職活動など目もくれるはずがなかった、いやむしろどうやって潰そうか思案中であってもおかしくなかった。出来なかったのは彼がまだ人気、知名度があったからでしょう。海外に就職はできない。モーツァルトが最後の年1791年にやおらエキサイトして名曲を連発したのはその危機感と無縁でなく、人気こそが彼の命綱だったからでしょう。

革命においてフランス国民議会は「人権宣言」を発表し新憲法を作りましたが、それを採択した400名の議員の内300名以上はフリーメーソンだったことは特筆してもし切れることではありません。モーツァルトはパリに知人がおりフランス革命の動向をよく知っており、自分を袋小路の鼠のように追い込んでいる神聖ローマ帝国アンシャン・レジームの倒壊を密かに願ったとしても不思議ではなく、フリーメーソンを暗示するオペラを大衆に浸透させてヒットさせてしまいたいと考えたのではないか。

このことは彼と同じぐらい反アンシャン・レジームの啓蒙派ながら、まだ旧体制に依存して食っていかねばならなかったベートーベンがフランス革命の寵児ナポレオンの出現に熱狂し、期待を込め、あの巨大にして斬新なエロイカ交響曲を書いてしまった、その衝動とエネルギーの巨大さの実例を見ればさほど見当違いな空想とも言い切れないように思うのです。フィガロより、ドン・ジョバンニより、コシ・ファン・トゥッテより、明らかに支離滅裂な台本にそのどれよりも偉大な音楽を書いたモーツァルト。その台本への共感こそが実はエネルギーの源泉であったと解釈する方が腑に落ちると思います。

魔笛がそういうオペラだったとするならフリーメーソン内部で使う典礼音楽を書くのとは意味が違い、大衆扇動、プロパガンダです。フランスの三色旗につながる自由・平等・博愛の思想を巧妙にポピュリズムにまぶして拡散させようと考えたのではないか。しかしその行為はフィガロに続く第2の「自爆テロ」になりかねない、まことに危険なリスクを内包していることをモーツァルトが知らなかったとは思えません。しかし、袋小路の鼠に残された選択肢は限られていた。だから彼はその真意をオブラートに包もうと考えたはずです。

タミーノは原作では日本の狩りの装束で現れ、夜の女王は天空から登場し、ザラストロはゾロアスター教の始祖名であり、彼が崇めるオシリス-イシス神は古代エジプトの神です。当時誰も日本など知っていたはずもないので遠い異国であればなんでもよかった。古代エジプトが舞台だから登場人物はキリスト教徒ではない。この設定が回教世界(トルコ)の舞台設定である「後宮からの誘拐」と同じです。異教徒世界の寓話だよという偽装なのです。

トルコとは戦争はしたが相手がへばった。それ以来トルコへの憎悪は薄れてコーヒー、行進曲など好ましい異国情緒の対象となり、世論を喚起・説得する手段として「トルコでは・・・」という手が流行したそうです。太守セリムを偶像化し、しかし我が国もそれに匹敵する名君(ヨゼフ2世)を持ったではないかというオペラを書くことがなぜ皇帝への「おべっか」になったか、その意味はそれなのです。魔笛がそのレトリックを使って「古代エジプトでは・・・」と訴えたかったもの、それがメーソンを暗示する啓蒙思想だったと考えます。

ルイ16世とレオポルド2世はモーツァルトには重なって見えており、夜の女王のモデルがマリア・テレジアであったかもしれない。とても危険ですが、その願望を覆い隠すベールとして同じドイツ語オペラで大ヒットした旧作「後宮からの誘拐」の「女性救出ドラマ」というフレームワークはいかにも自然で、大衆に分かりやすいものでした。シカネーダーが書き始めたそれをモーツァルトが乗っ取って、メーソンの最高位で事務総長のイグナーツ・フォン・ボルンらがメーソン教義と儀式の核心部分を構成した。それが第2幕の変転の真相なのではないでしょうか。

変転が聴衆の確信に変わるシーンがこれです。ザラストロの登場です。ライオンまで出てきてしまうとああこの人が王様なんだと。夜の女王のハイFに対抗する低音のfが聞こえます。

ボルンがモデルと比定されるザラストロのアリアはメーソン色が強いと感じます。

モーツァルトのフリーメーソン活動が「秘匿されるべき何ものか」を包含していたことは、妻のコンスタンツェと彼女の第2の夫ニッセンによって、そのほとんどの資料や手紙の文面が廃棄、削除されてしまっていることが証明しています。真相を政府に知られることを恐れたのです。夫の死後、コンスタンツェが政府から年金をもらうのに都合が悪かったとされていますが、それだけでなかった可能性は否定できません。

第2幕の大詰めにきてタミーノとパミーナ(メーソンの入信者)は表舞台から消え、自殺アリアからパパパ・・・まで、まったく非メーソン的であるパパゲーノが大変な存在感を持って舞台を独占する。これは第1幕の牧歌的世界と対を成して外郭を形成し、メーソン儀式をアンコとした入れ子構造でメーソンオペラの実体を隠ぺいするためではないでしょうか。筋書きがわけがわからないという我々の幻惑はひょっとして意図、計算された結果も知れません。

第1幕の冒頭で大蛇をやっつけたとウソをついて自慢するパパゲーノはこのオペラで終始一貫して舞台におり、入信儀式の試練の場にも立ち会って、 終始一貫してまぬけで人間くさく、火と水のシーンでいなくなったと思ったら自殺シーンですべて独占する。彼はメーソン臭さの中和剤であり、ほのぼの笑いを取る八つぁん熊さんであり、メーソンの殺気に光る刃を隠してしまう巧妙に配され、効果を計算され尽くした道化なのです。しかしその設計図の中で、モーツァルトの愛情がふんだんに盛り込まれた文字通りの主役になっている。オペラが終わるとハッピーにしてくれたのはパパゲーノだという印象になり、実はメーソンの教義が頭にこっそり刷りこまれたことは気づかないのです。

魔笛にフリーメーソンの影響があると主張する人はたくさんいますが、そんな程度ではない、これがモーツァルトを含むウィーンのメーソン幹部による革命陽動オペラなのだというのが僕の見方です。

 

モーツァルト「魔笛」断章(パパゲーナ!パパゲーナ!)

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 k.482

 

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