マイナー6の和音は茶色である
2016 JUN 9 0:00:46 am by 東 賢太郎
前回のシューベルト「アヴェ・マリア」を補足したい。この歌は宗教曲ではなく歌曲集「湖上の美人」の一部、「エレンの歌 第3番」である。どなたもご存じの名曲であり、メロディーもきわめてシンプル、伴奏はギターでも十分の単純さである。
それでいて信じがたいほど美しいのはひとえにコードに秘密がある。天国もかくやの素晴らしさ。こんな和声をつけられたから、シューベルトは天才だったのである。
無数に聴いたが僕にとって完璧な歌唱はまだない。とにかく男と楽器はおことわり、清楚な女の美声でなくてはならない。このエリー・アメリンクは合格に近いが、声質がすごく好きというわけではないのが仕方ない。そういう人がいたらぜひピアノ伴奏をさせていただきたい。
歌の冒頭の楽譜だ。
青枠の和声は主調B♭の六の和音に主音の増四度上のeを入れたGm6という和音になっている。僕の主観だが、この曲の宗教的、禁欲的で厳粛な感じを出しているのはこの和音であり、二小節目でGmと体言止めになるのも効いている。もしこのアーヴェマリーーイアーにB♭・E♭・B♭・F7・B♭とつけらた?もちろん音楽としては成り立つが、僕にはエルヴィス・プレスリーにきこえる。
これの本歌取りかどうか、メンデルスゾーンは真夏の夜の夢の「結婚行進曲」にこういう和声を付けた。
青枠部分、こちらはハ長調の六の和音に増4度上のf#を入れたAm6であり、変ロ長調のGm6に他ならない。つまり、アヴェ・マリアと全く同じコード進行なのである。ここでもこの和音が結婚式という儀式の厳粛なたたずまいを漂わせる役目を負っているように聞こえないだろうか。
皆さんが和音をどう認識されているかは他人には分かりようがない。僕は色のようなものが見え、Am6とGm6は茶色だ。両者は絶対音としてはちがうが、複数の音の集合(クラスター)として各音の周波数の比は同じであり、それによって同じ色と感じられているように思う。といって色弱なので本当に茶色かどうか、それは自分の知ってる茶色でしかないが。
ただ、上の2つの例は前の和音(トニック)からの「色彩変化」に反応している感覚の方が強い。トニックの色と6の和音の色は違うわけだが、その各々にというより「変わった」という認識が「別個の色」を生んだと書くべきだ。だから変わった瞬間に脳内でスパークするその別個の色が「宗教的、禁欲的」で「儀式の厳粛なたたずまい」の香りを発している元と思われる。
そこまで因果関係を追い詰めると、今度はその変化する瞬間に注目が行く。「瞬間」というのは経過時間が極限までゼロに近い、すなわち時間軸上の「点」である。その点は「別個の色」に塗られているのだからトニックの色でも6の和音の色でもない、つまりどちらの性質も有しない、数学的には関数上の不連続な点である「特異点」なのである。
すると僕は特異点をさらにバラシて分解してみたくなる。音楽は時間の関数であるから時間で「微分」してみるわけだが、特異点は数学的な意味では不連続性 (discontinuity) を持つ点で可微分性がない。トニックや6の和音の色のレセプターが色彩を感知する数値が「接線の傾き」であるとするなら、接線を引けない「点」では違うルールによる数値で僕らは色を見ているのではないか。
この「違うルール」というのが僕の関心事である。微分方程式を解いて関数関係を求められない「和声変化の瞬間」の正体は何か?その色彩は、では何によって決まりどう感知されるのか?そこに「音色」(timbre)というエレメントを加えて可微分性を与えられるか(グラデーション変化)?
オリヴィエ・メシアンは音に色を見ていたようだ。色は感覚だが、それを時間というパレットに散りばめようとすれば、音楽の制作者の側でも僕のような思考回路から特異点に、あるいは特異点をもたずにグラデーションで変化する色彩を合成する実験をしてみたくなったということは、けっこうありそうな気がする。
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Categories:______シューベルト, クラシック音楽