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バルトーク 「子供のために」(sz.42)

2017 MAR 1 12:12:28 pm by 東 賢太郎

クラシックというのは大家のレコードを聞いて耳から覚えるというのが相場ですが、「子供のために」は自分で弾いて譜面から覚えた多分唯一の曲です。

ドイツで小学校1年の長女が習ったピアノの先生がこれを教材にして、発表会でも弾かせていました。その譜面を見てみるとシンプルながら一筋縄ではなく、実に面白いのです。第1巻を片っ端から弾いてみましたが、たとえばこのたった16小節のやさしい曲についているリッチな和声をご覧ください。

5小節目でサブドミナントになって当たり前のごとくFのコードがつきますが、次にCmaj7の長7度が入って曖昧になります。くり返しのその部分は予想外のE⇒C7が来ますが、その直前にFを置くのを避けG7にしているなどにくい。

「#も♭もない右手の民謡」+「変化記号・2度7度のある左手」

一見して緊張感を孕んだ譜面づらです。強弱やスラーを指示通りに繊細なタッチでgraziosoに演奏するのはたいへん難しい。ピアニスティックに指がしんどいというナンバーもありますが、技術の問題よりメロディーの土臭さと高度に洗練された和声のアンバランスをバランスさせてちゃんと音楽にするのがきびしい。

つまり弾き手の知性がばれてしまう。

子供に知育を強いますね。テクニックの裏には意味があるという教育。和声の不思議を感じる教育。バルトークは教育者でもありましたが、何を教えようとしていたか想像がつく気がします。それは彼が重要と考えたものだから作曲の語法にもなっています。晩年にこの路線が「ミクロコスモス」(1926年-1939年) Sz.107となって昇華する、その原型が27-8才の作品「子供のために」でした。

当時僕はこれをバルトーク版のバイエルみたいなものと思っていたので、大家のレコードやコンサートピースになるとは思いもしませんでした。ラーンキが弾いたCDを見つけてへえっと思って買いましたが、84曲収録したこれは資料的価値が高い。自分が読んでいたのとずいぶんテンポやタッチが異なっていて娘だけでなく親父の読譜の練習問題の解答にもなりました。

こちらは抜粋ですがコティシュの演奏です。彼は完全にコンサートピースとして弾いています。いちばんやさしい第1曲にドとシの短2度が出てきて、こういうのを聴いてぎょっとする子供にしないといけないよとバルトークは言っている気がします。音楽に対する感受性の最も大事なところで、もう出だしからこの曲集は只者ではありません。

「子供のために」作曲のころのバルトーク

最後に名曲解説風に。僕がこの曲集がこういうものだったと知ったのはずっと後のことです。こっちから入っていたらイメージは違っていたし、バルトークの広大な音楽世界の理解度はどうだったかなと思います。

バルトークが精力的に民謡の採譜を試みた時代の産物で85の小品から成ります。それが原典版で42曲の第1,2巻(ハンガリー民謡による)および43曲の第3,4巻(スロヴァキア民謡による)でした。ところが1945年に、採譜した民謡が不正確であったり元来は民謡ではなかったもの6曲を除去して第1巻(40曲)、第2巻(39曲)の79曲とし、残した曲にも和声の改変を施して再出版しています。これは米国亡命後の兵糧かせぎだったストラヴィンスキー火の鳥の1919年版に類する側面もあるかもしれませんが、そうであったとしてもバルトークはずっと学究的ですね。

「一見して緊張感を孕んだ譜面づら」なのは、主題の根拠は民族の古典に置いてプライドとアイデンティティーを打ち出しながらそれにバッハのように抗いがたい明確な輪郭と彫琢を与え(右手)、それにシューマンのようにポエジーをもった和声づけがなされている(左手)からでしょう。俳句の世界に近い。特にハンガリー民謡の第1巻はどこか鄙びて哀調があって、第2曲のSunriseは僕にはSunsetにきこえる。日本人のハートには訴えるものがあると思います。

シューマンの子供の情景に劣らぬ全曲鑑賞に値する作品集ですが、できればやさしいものをお弾きになってみるとこれらはやはりあのバルトークの作品なのだと実感できるのではないでしょうか。

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