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あなたは完全に愛されている

2017 SEP 3 22:22:52 pm by 東 賢太郎

僕が大学ぐらいのとき母がこんな話をした。

「千葉の畑のなかのでこぼこ道を車で帰ってくる途中だった。夜おそくで真っ暗で人っ子ひとりなし。おまけに土砂降りの雨だった。母は助手席にいて伯父が運転、後ろに伯母もいた。のろのろ運転だった。すると道の左側をこっちに歩いてくる若い女の人がライトに照らされて見えた。近くにきて驚いた。傘もささず、なんと白いドレスを着てずぶ濡れだ。どうしてこんな田舎道に??目の前で顔も見えたが、女性は車に目をやることもなくすれちがった。母はびっくりして「あの人どうしたのかしら、乗せてあげたら?」というと、伯父も伯母も「えっ、どうしたの?」と何も見ていない。しばらく行くと、道の左側でスポーツカーが大破していて、車体は真横になって吹っ飛んでいて、運転席を内側にぐにゃっと曲がって電信柱に巻き付いていた」。

父は父でやはりある。子供のころ家にどこかから買ってきた古い箪笥が来て、寝室のある2階から階段を降りたすぐのところに置かれた。次の日、夜中に外でいたずらしようと兄さんと抜き足差し足でこっそり階段の踊り場を曲がって下を見ると、箪笥のまえで知らないおばあさんがこっちを見あげていた。大声をあげて逃げ帰って叱られたが、親は信じなかった。ふたりで見ているのだから夢ではない。夜中に天井裏でどかんという音を聞いて原因がわからなかったこともあって、何だったんだろうと言っていたら、翌日、ちょうどその時刻に叔父さんが亡くなっていたこともあったそうだ。

父母のその性質は受けついでいないようで僕はそういうことはないが、一度だけ金縛りになったことがある。大阪の独身寮でのことだ。

転勤が決まって荷物は東京に送ってしまい、がらんとなった畳部屋で寝ていると目がさめた。まだ薄暗い明け方のようだった。右向きに寝ていて、頭は布団から畳にすこしはみだしていた。すると右耳の20~30センチぐらい後ろのところで素足が畳を擦るような気配があった。誰かすぐそこいる・・・。背筋が凍って声を出そうとしたが出ないし手足も動かない。すると、上側になっている左耳に、なんということか、人の生あったかい息がかかった。今でもリアルに再現できるが、息は「あ~う~え~あ~」と言ってぶわーっと耳に吹き込まれた。動けずにがたがた震えていると、やがて雀のチッチという声がして窓が開いていたようだった。救われたと思うと、それは終わっていた。

宇宙は科学で説明でき、お化けやら超常現象のようなものはほら吹きの嘘だと思っていたが、これ以来信じるしかなくなってしまった。科学はこの世を全部解き明かすわけではないと。たとえばここにハーバード・メディカル・スクールの脳神経外科医エベン・アレグザンダー医師の著書について書いた。

僕が聴いた名演奏家たち(ピエール・ブーレーズ追悼)

医師自身の臨死体験として『言葉や地上的概念を超越して、「あなたは完全に愛されている」という“事実”が伝わってくる』とあるが、科学者である彼も信じるしかなくなってしまったものを背負って生きていることがわかる。

僕は臨死体験はないが、実は「あなたは完全に愛されている」という“事実”が伝わってくるのを感じたことがある。

起業する何か月か前のころだ。何をしても上手くいかず、毎日が辛くて不安で眠れなくなってしまった。夜が危ない。誰に相談することもできず、しても仕方なかったから始末が悪い。ああいう時、ひょっとして人は自殺するんだろう。独りで横浜にふらっと行って野球をみた。みたかったわけではない、いつまでも試合が終わらないでくれと願っていたのだけ思い出す。そこから記憶はなく、夜中まで港をあてもなくぶらぶらしていたようだ。

あのころ横浜の地理なんてよく知らない。すると知らず知らず桜木町の駅のあたりにさしかかっていて、ああよかった電車に乗ろうと思った。その時だ、川のようなものがあって橋のかかっているほうへ何か得もいえぬというか、こっちへおいでおいでというような引力があった。そっちへ歩いていくと、肌にあったかいような不思議な感覚があって、どこからともなく、おぎゃーと赤ん坊のような声が聞こえた気がした。そこで味わったのは、不安から解放され、なにやらあったかいものにくるまれたような究極の安堵感だった。あれは何だったんだろう?すごく心が落ち着いて、キツネにつままれたようになって帰宅したのだ。

そこがここに書いた富貴楼という料亭があったあたりだったと知ったのは、後で調べて知った。

遺伝子の記憶

「僕にとって大事な場所で、そこに行くと何となくあったかい霊気みたいのものを感じ、声が聞こえるような気がします」と書いているのがそれだ。それから何度かいってみたが、もう声が聞こえることはなかったが。

こういうものを信じるかどうかは人次第だ。しかし、僕は人生で天の配剤というか、生まれる前から決まっていたかのようなご縁でものが進んだような経験を何度も味わった。カープファンでなければ広島で出会わなかった家内。なぜか野犬に咬み殺されなかったサンフランシスコ。先祖のことを知らず証券業に導かれた野村。大阪とロンドンで人生を決めたお客さん。みずほ移籍に至る大失敗。起業させてくれた先輩・・・。

そしてつい先日も、僕が米国、日本でのお手伝いを決めたノーベル物理学者のN教授が大阪の料亭で会食中に、えっ、東さんってあの東さんですか?とおっしゃた。父方の親戚がいま話題の東芝のCTOから理科大教授、中国の精華大教授や半導体で応用物理学会フェローなどになってよく知っておられるそうだ。驚いた。こんな奇縁となると世の中狭いですねですまない、やっぱり天が導いたものだろうと思うしかないではないか。

まあ62年も生きていればいろんなことがある。ご縁でそうなったと思えないでないことはきっとみなさん誰にもにあって、そういうことにしてしまおうという部分もあるかもしれない。僕はそれでいいと思うし、物事をポジティブにとらえる姿勢のひとつぐらいに考えようとも思う。結局、人生行路というのは姿勢がポジティブかネガティブかで最も大きく分かれていると感じるので、「ご縁」という考えを大切にする生き方は人を前向きにしてくれる効能が非常にあると思う。

母が亡くなって3か月たったが、いまもそれが実感とならずどこかに魂でいるんじゃないかと思ってしまう。毎日位牌に手を合わせると、『言葉や地上的概念を超越して、「あなたは完全に愛されている」という“事実”が伝わってくる』のだ。これは不思議なことだが思い過ごしでない。科学はこの世を全部解き明かすわけではないのだろう。

 

『気』の不思議(位牌とジャズの関係)

オリンピックへの道 (1964年にできたもの)

 

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Categories:世の中の謎シリーズ

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