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ヘンデル「メサイア」(Messiah)HWV.56

2018 DEC 24 18:18:46 pm by 東 賢太郎

オラトリオというのは演技、道具、衣装のないキリスト教オペラだ。我が家は仏教徒であり、学生時代、あんまり異教の音楽に興味がなかったがヘンデルの「メサイア」は名曲とされ音楽の教科書にも載っていたから半分は義務感で買ってきたのがチャールズ・マッケラス指揮イギリス室内管弦楽団/アンブロジアン・シンガーズの「合唱曲選集」だった。これを選んだ理由は合唱だけなら耐えられるかなと思ったことと1200円と値段が安かったこと以外にない。日にちを見ると1977年4月1日で駒場から本郷に学び舎が移った初日だから、なにやら向学心に燃えて音楽も新しいジャンルにチャレンジしようと思ったのかもしれない。

記録を見ると1度だけ聞いてあっさりお蔵入りであった。世の中そう甘くはない、この手の音楽を理解するにはまだ早かった(どう考えても難しい音楽ではないのだが)。春の祭典や弦チェレやオケコンは難しい音の一言一句まで完全暗唱できたのだから自分の音楽受容史を象徴するし、国語系は何をしてもまったく伸びず数学だけで受験を切り抜けた経験ともどこかイメージがダブる。そう、これは僕にはわかるようでわからない「国語系」の音楽だったのだ。

年の功が必要だった。いまやストラヴィンスキー、バルトークよりずっと好きになってしまったのだから人生どうなるかわからない。一にも二にも「ハレルヤ」の起爆力のおかげで、この規格外に常習性のある音楽を僕は死ぬまでに何万回も聴きたいし、できればバスを歌いたいし、飽きるということは絶対にない。落ち込んだ時にこんなに元気をくれる音楽もない。

ヘンデル メサイアより「ハレルヤ」(Handel, Hallelujah)

常習性。そう。昔からいい音楽には必ずある。僕はロックというジャンルにその生命が継がれていると思っていて、ビートルズはもちろん、1975年にロンドンを席巻しヒットチャートの9週連続1位を独占したクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」にもあると思う。でも所詮は9週間なのだ。ハレルヤは276年間も「常習性」を保っている巨魁な麻薬のような曲だ。

ハレルヤにはまってしまうと他の合唱曲もすんなりと入ってくるようになった。キリスト教徒の方には大変申し訳ないが、僕はメサイアの宗教的コンテクストはどうでもよく、音楽として面白いかどうかだけだ。英語だから意味は分かってしまうが、別にこれがラテン語でもスワヒリ語でも構わないし、とにかく面白いのだから仕方ない。この快感はロックを聴いているのとなんら変わらない。

メサイアは世界の合唱団の定番曲で神のように崇めている人も大勢おられるからそれをロック扱いするのは憚られるのだが、僕のように近代音楽からクラシック入門した者にとってその感性のまんま近づける18世紀の音楽は希少だった。J.S.バッハはそうはいかない。僕は「マタイ受難曲」はブラームスに迂回して耳を慣らしてやっとたどり着く必要があった。しかもバッハは「宗教的コンテクストはどうでもよく」という不遜な態度は許してくれないのだ。

バッハが終生をドイツで送った「超ドメスティック派」だったのに対し、ヘンデルはイタリアに留学したグローバル派で「長期出張です」と本社に報告して渡英したまま帰国せず移住してしまった人だ。ちなみに僕はサラリーマン時代から「ドメ派」と気が合わない。むこうは保守本流だと意味もなく威張ってる、こっちは無知蒙昧の田舎者と小馬鹿にしてるから合うはずがない。陸軍と海軍の図式でもある。バッハはどうも帝国陸軍っぽくてドグマティックで辛気臭いのだな、重戦車みたいに凄いけど。僕は気質も人生観もヘンデル派だ。

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル

ヘンデル(1685 – 1759)はオラトリオを書かないかと誘われ、ちょうどスケジュール帳に入っていたダブリンの公演アポに間に合わせようと超特急で大作のメサイアを書いた。たった24日間で。1730年代頃からは困窮を極め、歌劇は失敗続きとなり破産状態に陥った彼はさらに健康を崩してアイルランド総督が手を差し伸べた。その起死回生のチャンスに賭けたわけだが凄い集中力の男だった。1742年4月13日に初演されダブリンの聴衆は熱狂した。よしっとばかりに今度はロンドンでやったが失敗だった。「聖書を劇場で娯楽にするなんて神の冒涜だ」とうるさい連中に集中砲火を浴びてしまったのだ。このくだりはモーツァルトのミサ曲のアリアが「なんだこれは、オペラじゃないんだぞ」と批判されたのを思い出す。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

彼らは辛気臭い歌詞に劇場風娯楽音楽をつけて平気だったという点で共通しており、「宗教的コンテクストはどうでもよい」僕に波長がぴったり合うのである。「とんでもない、お前はメサイアを冒涜しとる!」といわれそうだが、なんと批判されようが僕はヘンデルは人気とお金目あてでこれを書いたと思うし、24日で全曲書いたというのはモーツァルトのドン・ジョバンニ序曲並みの快速であって、信仰心が動機ならそんな必要はないしむしろもっとじっくり推敲もしたろう。興味深いのは、そのモーツァルトがドイツ語版でメサイアを編曲していることだ。ヴァン・スヴィーテン男爵がその私的な日曜コンサートでヘンデル作品を広く紹介していたからだ。彼のテーストでオーケストレーションは管楽器が増強されて重厚になっているが、そういうテクニカルなものよりも、彼はメサイアからもっと音楽の本質的なものを受け取ったと思う。

メサイアNo.25「And with his stripes we are healed…(彼の打たれた傷によって…)」をお聴き頂きたい。

この冒頭の音列がモーツァルト「レクイエム、K.626」のキリエ(憐れみの賛歌)の主題になって壮麗な二重フーガが展開するのである。

言葉を失う見事な音楽だが、彼は突然に舞い込んだ「死神」からの発注でこれを何の宗教心でもなく単にプロとしてお金のために書いた。「金のためという動機は不純だ」というなら音楽の教科書に載っているほとんどのクラシック音楽は不純だ。「金のために巨人に行ったカープの丸選手はけしからん」などと日本人の金銭ピューリタニズムは欧米で16年を過ごした僕には異様だ。若い人は「人生カネばかりじゃないよ」とバブル世代に教わって、代わりに何も得られなかったら誰が責任取ってくれるんだと考えたほうがいい。

ヘンデルにはしかし篤志家の顔があった。父は外科医(床屋でもある)であり、ロンドン、アイルランドで篤志病院や孤児院の創設と発展に惜しみない援助を与え多大な貢献をなしている。ダブリンへ赴いたのも設立まもないヴォランタリホスピタルであったマーサー病院、慈善診療所、負債囚支援のための慈善演奏会開催に賛同したからだ。捨て子の増加を憂慮した慈善家トマス・コーラムが設立したブルームズベリの捨子養育院(Foundling Hospital, 1741年創設)のためにアンセムを捧げ、資金集めのための慈善演奏会を行ったことは彼の名声に大きく寄与することとなった。うるさがたのケチがついて不評に見舞われたメサイアがそこで演奏され、一気にブレークして人気作となってしまったからだ。バッハのマタイ受難曲は一度埋もれて、メンデルスゾーンらに再発見される必要があったが、メサイアはこの時から現在に至るまで間断なく世界中で演奏され続け、アメリカでクリスマス・イヴの定番曲に定着したのである。

もう何度聴いたかわからない、これが冒頭に書いた大学3年の初めに買った「メサイア合唱曲選集」だ。エンジェルの廉価盤であるセラフィム・レーベルで、ずいぶんお世話になった。演奏も素晴らしい、宝物だ。

全曲はこちらで。初演時のサイズの合唱、オーケストラ(オーセンティック楽器)で演奏も素晴らしい。

 

(こちらもどうぞ)

モーツァルト「戴冠ミサ曲」ハ長調 k.317

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