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我がオーディオ論

2019 OCT 31 18:18:45 pm by 東 賢太郎

前に書いたとおりオーディオのアナログ回帰作戦をしているが、まず、ショップのSさんが我が家のプリアンプ(ブルメスター808)を修理のため持ち帰り、同じブルメスターの099という中級機を「代車」として置いていってくれた。808のオーナーになって15年になるが、鳴らすたびに衝撃を受ける空前絶後のプリと断言したい。拙宅来訪者にはクリスチャン・ツィンマーマンのショパン(バラード集)、カーペンターズのSACDをレファレンスにお聞かせすることをルーティーンとしているが、絶句しなかった人はいない(写真)。495万円するが、音楽にこだわる方は車をあきらめてでも買って後悔はしないだろう。

代車の099(250万円)も見事だが808を知ってしまうとやや寂しい。808で3台駆動しているパワーアンプが許容量から2台になるせいもあるが、ただこっちのほうがむしろサントリーホールのライブの音響に似ていることがわかってHiFi(高忠実度)とは何なのか考えさせられる。巨匠たちはみなあの世に旅立ってしまったし東京のどのホールより自室の音の方が良いと感じるので、あんまり演奏会には進んでいく気がしなくなっている。ちなみに099の設定でコンセルトヘボウ管のハイドン93番(C・デービス指揮)をCDとLPとで聴いてみたが、結果は明白で比べるべくもない。結局、CDが勝ると思うのはピアノだけだ。

こういう諸条件を勘案したうえでどうしたら好みの音になるかと空想するのだが、作戦敢行にはターンテーブル・トーンアーム・カートリッジ・フォノイコライザーの4つを買い替える必要がある。現状使用中のものはCDへの切り替えを前提にグレードアップする以前からのものでクオリティが大幅に劣る。アナログはエジソンの方法で原理的に録音現場で鳴った音そのもの(原音の空気振動)を音溝に直接刻んでおり、電子的に0,1に記号変換していないから、先を丸めて尖らせた紙筒や小指の爪で溝をたどってもかすかに音が聞こえる。ということは高精度の装置なら原音通りの空気振動をリス二ングルームに再生できるはずだ。

何事もこの原理的な「はず(sollen)」という信念が僕に火をつける。LPはCDの勃興で一度は市場を喪失したのだが、そこから今に至る雌伏期に負けじと進化して僕らがLPは死んだと信じた80年代初頭のレベルとは比較にならない音がするようになっていると聞いている(未聴だ)。だからやろうとしているのは回帰ではなくて、アナログにグレードアップというべきだ。いったん全面的にCDに切った舵を切りなおすということは、要するに1万枚以上たまってしまったCDは「全部捨てる」という意味である。ここからの余生をLPに付託するのだから半端なことではない。

そうかんがえるのは、あと何年生きるかわからないのに気に入らないもので我慢する理由など何もないと思うからだ。食事だってクルマだって人づき合いだってそうだろう。ただ社会生活をする以上は万事でそうするわけにもいかないから、一つぐらいは徹底的に我が儘させていただきたい。そうなると、僕の場合は音楽になるということだ。グランドピアノもファツィオリにしようかなと思ったが、それを味わうには練習しないとピアノに失礼だ。となると時間がない。ならばきくだけで楽なオーディオにしようという結論になる。

Hovland 社の Stratos

オーディオは超がつくマニアックな世界だ。例えば米国のホヴランド社のストラトス(成層圏)と名付けられたパワーアンプをデモ段階の試作機で聴いて、大いに気に入った。発売前に2台注文したら社長から手紙が来た。お買上げ感謝状ではなく、心からの「わかってくれて有難う」なる謝意であった。まぎれもない正統派路線の高級な音だが、マニアが自慢できそうな HiFi っぽい尖ったものはない。どれだけ売れるかなと思ったが案の定わかる人が少なかったんだろう、同社は消えた。演奏家でいえばハイティンクやコリン・デービスが評価されない日本のクラシック界と似ている。かようにマニアといっても多種族が生息するのであって、作る側もそうだが聴く側もそうだ。お互いに趣味の範囲は針の先のように狭隘で、針先と針先がピタッと合う事は稀だが、だからこそ合ったときの喜びは海の向こうに感謝状を書く気になるほど格別なものということだ。

そういうマニアの集結基地というと、例えば僕が仕事で関わっているシリコンバレーがそのひとつだ。理系オタクのクラブみたいなものだが、ぶっ飛んだ発想でdisruptive(非連続的、破壊的)なテクノロジーを開発・実現し、それを事業化して企業価値を高める文系的感性もないと成功はおぼつかない。理系バカではいくら優秀でも不足であり、オール5の学校秀才タイプは概ねだめだ。オーディオの世界もおそらくそんなものであり、まず一にも二にも良い音(テクノロジー)ありきではあるが、質を落とさずに大量生産して販売しないと事業はサステナブルにできない。そこは経営のセンスが問われる部分であり、ストラトスを作る製作上のセンスとテクノロジーがあるホヴランドの破綻は実にもったいない。もう遅いが僕が買収していたらよかった。

扱い、保存の難しいレコードは洗浄したり面を裏返したり手間もかかる。しかしお釣りがくるぐらい良い音で音楽が聴けるならやるっきゃないだろう。かように音楽という物は僕の人生において多大な時間と労力を消費する存在であり、それをすべて仕事に傾注していればもっと楽に暮らせたと思う。でもそれは無理なのだ。こんなストレスだらけの日々を安らがせてくれるのは音楽であり、だから自宅には鉄筋の地下室を掘って、そこは何でもやり放題の桃源郷にさせてもらってる。こればっかりは誰とも共有できないだろう超微細な関心事に子供みたいに寝食忘れて没頭できる空間であり、そこにいる間、僕は世間の誰も想像しない最も僕らしい姿でいられるのだ。

Categories:______音楽と自分

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