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カテゴリー: 徒然に

クラシックはこころの漢方薬

2019 JUL 19 11:11:55 am by 東 賢太郎

仕事にかまけて10日ほど筋トレをさぼった。おそるおそる測ってみると21だった体脂肪率は29に戻って体重も80をうかがう。ベルトの穴でわかるが腹囲も立派に復活している。そんなに飲み食いもしてないのに・・・。

子供のころは小さくてやせっぽちだった。野球を始めてもそう。高校入学時で身長は170になったが体重は58だった。先輩に食えと言われて毎日無理して食べたが、せいぜい60にしかならなかった。

それがなんでこうなるんだろう?

基礎代謝が減ってるので同じだけ食べても昔より脂肪の「貯金」ができる。お金なら結構なことだが腹がだぶついてみっともないしメタボ症候群で寿命が縮みますよと医者に脅かされる。だから仕方なく筋トレとなったわけだ。

しかし筋トレが楽しい人はいいが僕にはどっちかというと退屈な苦役である。さぼると脂肪が増えることがわかったから一生やり続けないといけない。計略通りにそれで寿命が延びたとしよう。でも必然的に苦しむ時間も増えるのだ。

そこまでして長生きするか?これは江戸時代までの人にはない選択肢だ。みんな40ぐらいで死んだから。今より粗食でもあったし砂糖も庶民には無縁だったし、そもそも年齢からしてメタボなどという懸念はなかったろう。

人間の体は一個の「システム」であるといわれる。臓器や筋肉が各々に指令を出しあって全体がうまくいく。水分が足りなければのどが渇くしエネルギーが足りなければ腹が減るし疲れれば眠くなる。指令がどこから来たか脳は知らないから僕らは自覚がないが、ともあれちゃんと的確にSOSは来るのだ。

では、それがやがて自分を殺すというのにどうしてメタボのSOSは来ないのだろう?素人考えだが、我々の進化の過程でその事態は想定されてなかったのだ。圧倒的に長い飢餓の年月のなかで、脂肪は蓄えろという機能が発達した。野生動物の一生のほとんどの時間が食物の獲得に費やされるのを見ればそれがわかる。

人類は長寿を手に入れた半面、脂肪の貯金を作れという自らの細胞レベルのディファクト機能と戦う羽目になった。それが本能に逆らう楽しくない時間を生む。その累積が長寿であるなら、長寿は何のためにあるのだろう?

信長が好んで舞ったという「敦盛」。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」。人生が50年という意味ではない、下天は天上界のうちすべてに劣っている天だが、それでも人間界の50年はそこの一昼夜でしかない。儚いものだと謡っている。

では信長当時の日本人の平均寿命はどのぐらいだったか?ごらんの通り40年もなかったし大正時代までそれはほぼ変わっていない(新生児の余命という統計だから幼児の死亡率の差はあろうが)。

それが2倍の83という想定外の数字に急騰したいま、我々の体のディファクト機能はバージョンアップされていない。その結果ひきおこされる細胞レベルの誤作動の通称が「メタボ」なのだと考えればわかりやすい。

人生100年時代。年金の原資不足も極めて深刻な問題だが、我々の体の奥底では「楽しみの不足」というもうひとつの、ひょっとしてもっと深刻な問題も静かに進行しつつある。なんのために生きてるのかという悩みが増えるということだ。医学の進歩のおかげで頑張って生きようと思えば長く生きるかもしれないが、精神的であれ肉体的であれ、その気持ちと努力は苦しむ時間も増やしてしまうし、楽しみも一緒に増えないのであれば何のご利益があろうかというものだ。

自殺が増加しているが、この悲しい現象はいつも社会問題という側面から検討されている。しかし長寿化という本来めでたいことが心の内面に及ぼす負の効果という側面はあまり研究されていないように思う。苦しむ長寿を害であるとディファクト機能が認識すれば、SOSは自殺に向けて作動するかもしれない(それは本来の機能として正しいのだ)。表面的には経済的、社会的問題という衣装を着ているが、本質は心の闇の中だからどうかはわからない。

だからこそ僕は「クラシック音楽を楽しみましょう」と声を大にして言いたい。もちろんクラシックでなくても結構、しかし、クラシックというジャンルには無尽蔵な奥深い楽しみの宝庫があって、好みの曲を見つけて聴きこめばその努力の何倍もの「幸せのごほうび」を約束してくれる。それは2つ3つと自然に増え、やがて人生の伴侶にさえなる。聴くのに何の知識も経験もいらないし、必要なのはやろうという気持ちだけだ。

僕自身、そのご利益のおかげで生きている。例えば、このところ疲れて気落ち気味であり、だから筋トレをさぼったわけだが、こういう時に「効く」のがシューマンの交響曲第4番だ。昨日、音楽室にこもってたて続けに4番をかけた。もちろん真剣に聴きとめる。この曲にものすごいパワーのあるのは原型となる「交響的幻想曲」を書いた時分のシューマンの精神がおそらくそうだったからで、面白いもので作品には作曲家の魂がこもっていると僕は真面目に思っている。だからこんな時に悲愴交響曲を聴くのはご法度なので、薬効は心得る必要があるが。

クラシックは音学でも教養でもセレブのお飾りでもない。僕はこころの漢方薬と思ってる。4番にひたって、あまりの気持ちよさに憂さは解消。よく眠れ、朝も信じられないぐらい快適に目覚めて、それで久しぶりに筋トレをやろうという気にもなったのだ。半世紀つきあって音の漢方薬を200種類持っている僕は何が起きようとこの手がある、でも、確信しているが、皆さんも必ずそうなれる。曲は何でもいいし、食べ物と一緒でそれぞれのお好みだ。その気になった瞬間から、出会いを探すすばらしい旅が始まるだろう。それも楽しみのうち。youtubeで無料できる。20~30薬を見つけたら?もう人生に悲観しているひまなんかないだろう。

 

 

 

緒方監督、徹底してぶれるなよ

2019 JUL 11 18:18:12 pm by 東 賢太郎

監督で勝つ試合なんて滅多に無いです。まあ1シーズンやって2つか3つ有れば良いほうです(野村克也氏)。

では監督で負ける試合は何試合あるんだろう?

答えは「不明」である。なぜならそれは「監督が現実にやらなかった采配の方が結果が良かった試合」ということだが、やってないのだから結果などわかるはずもない。「勝つ試合」も同じことであって、それを理屈からではなく「2つか3つ有れば」と自分の実績を否定しかねないのに極小に表現した野村さんのリアリズム感覚には敬意を表する。

広島カープが11連敗し、緒方監督が叩かれている。その采配にはストレスを感じ、ここでそれはないだろうとテレビを観ながら怒る自分がいる。しかし「あのチャンスでAを代打に出しておけば・・・」と言っても、それでAが打ったという保証はない。仮に打ったとしたら、「あそこでAを起用した好采配だ」と言ってもいいし「あの緊張する場面で打ったAがお見事」と言ってもいい、どっちも同じだけ正解なのである。つまり、その議論は議論にもならない、どっちでもいいお茶の間の余興でしかない。

理を通そう。「監督で負ける試合」なんて存在しない。ではなぜこんなに負けるのか?弱いからである。ではなぜ5月に20勝もしたのか?強いからである。ではなぜそんなに短期間に強かったり弱かったりするのか?不明である。監督で勝つ試合も負ける試合もほとんどないのだから原因は別なところに「あるはず」であって、もしかして監督はそれには無力であって、勝とうと采配はしているがそれはスタンドで勝ってくれと祈る競馬場の客と変わらない、負ければ馬券を破って消えるだけの気持ちなのではないかと見えないでもない。

彼はリーグ3連覇した戦績を持つ。理由は強かったからだ。その強さがどこから来たか。それが前任者の置き土産なのか黒田なのか新井なのか石井なのか丸なのか?いずれでもあろうが、いずれだけでもない。なぜなら、そのタイミングで緒方が監督に選ばれたことも理由の一つであった可能性は誰も否定できないからである。運が良かったのかもしれないが、結果が出なければ「運」というのはなかったことになるわけで、だから運も実力のうちという言葉が出現するのである。これから何連敗しようと、彼の功績を否定してしまうのはフェアではない。

戦いのみならず人間にはその時流に合う人と合わない人がいる。彼は去年までの時流に合った人であったし、だから結果が出たと考えるしかない。もしもその潮目が変わっているならば彼にはどうしようもないことだ。緒方を批判するよりも耐えていることを評価してやりたいし、潮目の怖さを知って自分の糧にすればいい。僕はビジネスで40年戦ってきて、「勝つ者ではなく、負けない者こそ強い」という結論に至っている。今年いくら負けようと、それをもって負けとしなければ敗者ではないのである。

彼の言動から察するしかないが、3連覇できたのは「自分たちの野球をしたこと」と考えているのだろう。だから現在も「自分たちの野球」を続けようとする。なんの異論もない。なぜなら、弱いのなら「他人の野球」をやっても同じほど負ける可能性があるからである。それならばどんなに叩かれても続けた方がいい。少なくともお茶の間の余興は盛り上がって興行成績には貢献する。耐えて復調を待つことだ。軸がぶれて負けても客は褒めない、見捨てて余興は終わる。そこで彼の役目も終わる。ぶれないことは正解だ。

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渋谷を歩いて気づいたこと

2019 JUL 10 1:01:12 am by 東 賢太郎

金曜日の大学のクラス会を楽しみにしていたら事情で行かれなくなってしまった。そのいきさつを秘書に話すと、もう彼女の世代にとってはクラス会というものは当たり前のようにある存在ではないらしい。仲良しとラインするだけで用が足りるというが、文字だけでそうできるのは仲間や友達というものの在り方が我々とは変わってしまっているんだろうか。

今日は健康診断で渋谷を久々に歩いたが、道玄坂から井の頭線に向かうとガード下は今でも飲食街でごちゃごちゃしてる。僕が学生のころはもっと下世話な赤ちょうちん、屋台が雑多にひしめいてた。仲間で駒場で麻雀やって夜に歩いて松濤から下ってここまでくる。焼き鳥屋で飲んで騒いでどうやって帰ったか覚えてない。渋谷はそういう所だった。ここを自分が歩いてた。史跡に来たようだ。

文化村あたりでつけ麺屋に入ったら外国人が多い。半分ぐらい外人である。それも団体じゃない、バックパッカー風の男女がふつうにてんでばらばらに入ってくるのだ。このへんは昔から相変わらずの風情だ。ストリップの「道頓堀劇場」から猥雑な小道を下ってくる。そのほんの100メートル先ではオーチャードホールでベートーベンを演奏しているのである。なんてところだ。

東急デパートと109の間の大きな道は文化村通りという。左へ登ると住宅街の松濤だ。反対のつきあたりにはブックファーストの大型店舗があったが2年前に消えた。こういうよく来た店は何階のどのへんに何があってとはっきり覚えてるだけにつらい。でも思えば本もCDもあまり必要なくなって久しいのだからこっちの問題なんだ。どっちも手当たり次第に買ってたくさん積んだままだ。

健康診断は3月に指摘されたものの経過観察だが、「近頃は何でも医師は指摘するんですよ。見落としのミスの指摘を避けるためです」と写真を見た別の医師が指摘した。そして、その所見と限界を説明する。「じゃあ心配ないんですね?」「ですから申し上げた所見ですが、限界はあります」。天気予報を思い出した。「年1回のCTで結構。2回以上だと被爆しますから」。これ2回目だ。

運命の車輪はゆっくりゆっくり回っている。

O Fortuna おお、運命の女神よ

運命の女神よ、貴女は月の如く満ちたり欠けたり、常に定まらない。 人生も同じこと、確かなものは何もなく、運命に弄ばれ貧乏も権力も氷のように無に帰する。 恐るべき空虚な運命よ、おまえは車輪の如く回ってゆく。 信頼能わず、隠れたら現れ、健康と徳を授けたらすぐに欲情と背反をよこす。 我らは常に憂悶しながら、たえず恐れおののく。 さあ、運を掴んだ者も投げ落とされた者も、私と共に運命に泣こう!

(カルミナ・ブラーナ)

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いかがなものか野郎

2019 JUL 6 15:15:23 pm by 東 賢太郎

チューリヒでは会社でソフトボールのチームをつくった。野球場はないからソフトということだが、アメリカと違って現地の人がやらないし選手もいないだろう。気乗りしない。しかも僕はゴルフに忙しいのだ。ところがどういうわけか社員の方が日本企業のリーグ戦やりましょうと盛り上がってしまっていて、僕のニューヨークでの話は聞いていたろうしいま思えば社長へのソンタクの一環だったのかもしれない。知らないうちに立派なユニフォームができて、しかたなく監督をひきうけた。

野村スイスは当時日本の証券会社の海外ビジネスとしてそこそこ収益源だったスイスフラン建て債の引受拠点だから組織は大きく、年間起債額は1兆円もあって野村は総勢約150名と日本の銀行・証券の最大勢力を誇った。チューリヒが本店で、ジュネーヴ、ルガノと販売のための支店が2つあって支店長も置いていた。「ソフトをやるぞ、チューリヒに出てこい!」と週末に日本人は全員集合の号令がかかるわけだが、思えば大変なパワハラ監督であった。日本人だけで30人以上だからチームは2つ、3つできてしまう。練習になって皆の実力を見ないとレギュラーが決められない。ここでノックをかましてみる。ひとり5本で1軍が決まり、もう10本でポジションが決まり、打撃練習でひとり10発打って走って打順が決まる。そんな感じで即決で代表オーダーが決まった。

素人のソフトはタマが遅い。右が思いっきり引っ張るのでショート、サード、レフトが華でみんなやりたい。思い出したが大学の体育でソフトがあり僕は不動の4番ショートであった。この時も血が騒いでしまい、40才でショートはちょっとキツイから「俺がレフトな」となって誰もだめなんて言えるはずなく、3番を打った。野村というのは体育会出身が多く金融界において運動の偏差値はかなり高かった。スイス・トーナメントは銀行、証券、保険チーム相手に連戦怒涛の圧勝でV9の巨人なみだった。ただニューヨークのあの時とおなじで体育の先生が中軸でおられる日本人学校は強豪であり練習も積んでいる。そちらも勝ち進んでついに決勝戦で当たってしまった。

僕はチューリヒ日本人学校運営委員長という公職の身でもあり「委員チョ~、生徒も見てるのよぉ~負けないとあとでお仕置きよぉ~」なんて校長先生からおそろしいヤジもいただいたが、選手たちどこ吹く風で元気溌剌。結局この大会唯一の僅差であったが優勝してしまった。胴上げされたのは人生で一度だけこの時で、上下左右の感覚が飛んでしまい天が雲がぐぐっと近づいてきて不思議な景色だった。その後、ソフトボール運営委員会で野村さんは強すぎる、チームAとBにするべきだと分割案も出たらしい。

この年、東京の部店長会議でスピーチをしろといわれ、壇上で仕事のほうはそこそこにこのソフトボールの話をアドリブでしたら、熱が入ってたのだろう大喝采となってしまった。1996年のことだったが平成という時代も野村證券もまだいい時代だったのだ。常務が「東、今日の原稿俺にくれないか」と来たが、「事前にスピーチ原稿を提出しなかったのは開闢以来お前だけだ」と企画室に怒られていたぐらいでそんなのはなかった。そうやって丸裸で勝負するスタイルを受け入れてくれる先輩がたくさんいたから僕は野村を選んだし、生きてもこれた。そうでなくなってきたのは世紀が変わったあたりからだろうか。

しかしそれは野村一社の話でなく世の中すべての流れだったのだ。その悠久の移り変わりのなれの果てなんだろうか、いまや野球の応援歌に「お前」はいかんらしい。部下はぜんぶお前だった僕は女性の部下を初めて持った時についに勇気をもって**さんを導入したわけだが、++くんは絶対になかった。女性の上司は経験ないが東くんより呼び捨てかお前がいい。僕にそれという感覚は女性には持ちにくいはずだ。「くん」は年齢が上とか、人事発令上の権限者であるとか、仕方なく上にいる者の権威をまとった上から目線を感じてしまう。そういうものが大嫌いで、逆になんでこんな奴に命令されるんだ、倒してやろうと思ってしまう性格なんで、僕の上に立つとしたら女性を捨てた実力者しかありえない。幸いいなかったが。

男であっても僕が「東、お前」でついていった少数の人とそうでない大多数の人がいる。お前がクンになる人もいるがその方の品格の問題だから構わない。人事権で上に乗ってるだけのについていったことは開闢以来一度もない。長にある人が「東、お前」でくる、つまり自分も裸でぶつかってきて、それを見て、元から裸であるこっちが何らかの敬意を持つかどうかなのだ。それを僕はソフトボールで監督というものを初めてやって、なるほどと思った。野球というものを、その勝ち方を僕は知ってるわけで、それはやればみんなわかるわけで、だからついてきてくれて集団の士気が上がってひとつにまとまる。忖度でもヨイショでもなく男の子の勝利の雄たけびで自然に胴上げしてくれる。スイス3拠点が団結したという手ごたえを僕は職場よりグラウンドで感じたからそれを部店長会議で話したし、それを「神聖な場で遊びの話などいかがなものか!」なんて輩はまだいなかった。

いまなら「休日出勤ですよ、組合員の時間外勤務手当はどう処理するんですか、出張費、交際費は無理ですよ」なんてアナザーいかがなものかが出てくるだろう。うるせえ、みんなこの勢いであした100倍稼ぐんだ、お前はだまってろ、で当時の僕は終わってただろう。喝采してくれた部店長もそうだったろう。それが昨今の会社の内情を聴くとそういうものはもうかけらもないし、ある意味ふつうの上下関係のいい会社である。僕が新卒で入社試験を受けても絶対に落ちただろう。いかがなものか野郎がウンカのようにはびこったのはその後だ。僕は完全な体育会系武闘派であり、秀吉の号令一下で文禄・慶長の役で奮戦し、朝鮮へ行きもせず秀吉に「いかがなものか」の讒言を吹きこんだ石田三成を関ケ原以前にぶち殺そうと企てた七本槍みたいなものだった。僕は彼らよりも執念深い。実際こいつは絶対に許さないというのがいて、ずっと後々にある機を得てきれいに成敗した。

「いかがなものか野郎」は太平の世になった徳川時代から跋扈を始める大嫌いな人種だ。秀吉の世まではそんなのはいても武士でないのだから表舞台に出ようもなく、我が藩の存続のためにお考え下されなんて老中に諭されて考えてる殿なんてあっという間に滅ぼされてたのだ。それは殿が戦さ経験がないからであって、訳が分からないからいつも側にはべって比較的に利発なそいつの言う事をつい聞いてしまう。戦地で日々体を張って戦ってる武将はそんなことをする暇もチャンスもないから讒言にいいようにやられてしまう。徳川家康の偉かったのは、自身が誰の側近でもなかったからそういうダニに等しい讒言野郎がいることを良く知っており、戦場に「伍」の幟(のぼり)を立てた騎馬隊をそこかしこに走らせレフェリー(審判)にしたことだ。女に化粧させて虚偽もありえる首実検だけではなく、「伍部隊」の目撃情報も参照してフェアな論功行賞(人事評価)を行った。関ケ原の戦いで、「伍」の幟は撃ってはならぬという敵味方なしの戦場ルールもあった。それが政治をうまく運ぶにいかに大事かは封建時代の武将たるもの皆が了解していたのであり、それを知って合戦の見方が大きく変わった。

「いかがなものか野郎」は戦争なき江戸時代になって戦場ルールの衰退とともに出現したソンタク、ヨイショだけの宦官野郎の元祖である。主君の汚名をそそぎ、仇敵の首を取って仇討ちを果たし、自ら割腹してお家に忠義を尽くした四十七士の忠臣蔵は江戸の太平の世になってから1世紀を経て起きた事件だが、それがなぜ歌舞伎にまでなってこれほど江戸人の心を揺さぶったか?戦争がないのだから武士は公務員化しており抜刀して切りあうようなことはもうなくなっていたからである。武士はこうあるべきだよね、いまじゃもういないけどさ。つまり忠臣蔵は江戸時代の「走れメロス」なのだ。そんな人はいまやいないから道徳の教科書に載るのであり、君らは違うんだけどできればこういう人になろうね!という教えが学校教育としてレゾンデトールを認められるのである。事実、忠臣蔵を崇め尊ぶ江戸のサラリーマン侍を武闘派のままの薩摩侍は笑って馬鹿にしていたらしい。文化部系のもやしみたいな秀才が運動会で頑張ってるね程度に見ていたのだろう。

僕はふりかえればサラリーマン街道においては石田三成になっていればよかったし楽だった。でも秀吉にあたる方がいなくなってしまったし、逆にその時から逆風になってしまった。それでもいいヨットのスキッパーならジグザグにうまくレースを生き延びただろうがそういうのは下手だし良しともしなかった。物産の上海支店長だった祖父が何かは知らないがケンカして辞めて王子製紙の役員になった。その血は間違いなく引いてそっくりなことになってるし、長崎の祖母は陸軍大将を出した家だし武闘派も仕方ない。やっぱりサラリーマン上司を長いこと我慢するのは無理だった。「いかがなものか野郎」は木を枯らす害虫であって世の中にいらない。政治家も野党の演説は見事にそれだらけだ。でも、僕は誰からであれ、自分にネガティブな意見は聴く。実力のある人は、かつて僕の命を狙った敵であっても評価するし三顧の礼で引き抜くかもしれない。それは性格云々ではない、なぜなら、戦国武将はそうしないと生き延びられないからだ。

 

野村證券・外村副社長からの電話

 

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指揮者は何をしているか(野村とみずほの視点から)

2019 JUN 16 0:00:34 am by 東 賢太郎

オーケストラの指揮者がポディウムで棒を振って何をしているか、やったことないので想像もつかないが、証券会社の集団を指揮することは30年やってきた。野村からみずほに移籍させていただいた時はそのキャリアの途中であり、120名の集団をいきなり指揮しろということだった。すでに500人を指揮していたから人数はどうということもない、問題は、みずほ証券は証券会社ではあるが部下になる人ほぼ全員が銀行出身者であることだった。よそ者の指揮棒についてきてくれるとは一概に信じ難いという不安があった。

当時のみずほ証券はというと、株式営業部門だけは野村出身者の集団だった。そのため僕は巷ではそこへ行くと思われていたらしく、全然違うのだがそれが平穏だからあえて黙っていた。話はそういう風に静かに進んでおり、移籍が発表されるまでその部門は役員まで誰も知らなかったはずだ。資本市場グループというプライマリー部門に証券出身者を外から連れてこようとなると興銀、富士、第一勧銀3行の本丸の力学に関わるから色々あり、ご判断はコーポレート銀行頭取と横尾現ソナー会長(当時、みずほ証券常務)が下したと後日うかがった。

周囲の銀行員というと親父しかいなかった僕にとってもこの決断は度胸が要った。当時の心境はニューヨークからコロラドに電話がかかってきていきなりピッチャーをやれというこれと同じようなものだったが(野村證券・外村副社長からの電話)、この時は人生の岐路に立ったわけで体調が変になってしまい、神山先生にお世話になるのはそれがきっかけだった。満を持していざ着任してみると、ポツンと一人で座ってまるで学期中に他県からやってきた転校生みたいであり、空気になじめないことは我ながら滑稽ですらあった。一対一でも会議でも意図がうまく伝わらず、移籍は失敗と思うしかなかった。

それでも結果的になんとかなった理由は2つある。ひとつは “コンサートマスター” が優秀だったこと。彼は横尾さんの指示で僕にぴったりついて変に浮かないように調整してくれ、会議で意味不明の指揮棒を振ってもちゃんとコンマスがフォローの指示を出してくれた。もうひとつは銀行組織に特有の、証券会社にはあまりない「微細な感性」とでもいうものだ。これは何とも文字にならない。彼らには当たり前のようだが新鮮だった。上司になるとこちらの一挙手一投足が彼らのスタンダードにおいて観察、吟味される。何か月かすると、証券語は相変わらず通じないのに、彼らは僕の意図が見事にわかるようになった。これがいわゆるソンタクだろう。

この体験は痛烈で忘れられない。そういうマネジメント・ポストでの異動経験というと拠点長としてフランクフルト、チューリヒ、香港の異動はあった。しかしそれは同じ会社の中でのことだから行った先の部下はそれなりに僕がどういう人物かは既によく知っていた。別な会社となると話はまったく異なる。しかも銀行の人たちは証券業という新しい世界へ移動や転籍でやってきていて、そこにその世界のプロというふれこみで落下傘でやってきた僕への視線は厳しくもあり、お手並み拝見という冷ややかなものでもあった。

スザンナ・マルッキというフィンランドの女性指揮者のインタビューを見ていたら興味深い言葉があった。ニューヨーク・フィルハーモニーに客演して振ってみて、彼女はオーケストラに musical intelligence があるというのだ(9分13秒)。

想像でしかないが、みずほ証券という ”オーケストラ” を指揮して感じたものに似ているかもしれないと聞きながらふと思った。僕は部下に細かな指示をすることなくヒントやサジェスチョンだけを事前に与える。すると彼らはあるべきものを察して準備し、当日の顧客へのプレゼンでそれをもとに僕がインプロヴィゼーション(即興演奏)をするという相乗効果あるパターンがうまく回ってマンデートがとれるようになった。オーケストラの musical intelligence と彼女が表現したのはそういうものではないか。ただマルッキさんのケースと違って僕の場合は力不足で本領を発揮できてないから皆が銀行組織のインテリジェンスで支えてくれていたという形でそれがワークしていた。いま振り返ればやっぱり「客演の指揮」だった。

そう思っていたら先週、志あって他社に移籍したり起業をされている野村証券出身の元気な若手4名が訪ねてこられた。20~30代。話しているうちに懐かしくなってきて独演会となり結局2時間もお引止めすることになってしまった。別に後輩だからいつもそうなるわけではない、今回の皆さんは自分で新たな道を行く決断をされ退路を断っていて、その理由をひとりづつ伺ってなるほどと思った。いまどきの若者に転職、転社は普通なのだろうが、彼らは僕らのころだったら一番やめないタイプの人たちである。だから面白くなってしまったのだ。僕もおんなじで50まで大好きな野村にいた。会社が嫌いでやめたわけではない。25か50かはともかく思いは共通だったということだ。そういえば・・・こういうオーケストラを僕は20年も指揮していたのだ。

野村もみずほも、経営は一筋縄で行かない時代になっている。預金もローンも証券も投信も、同じものが大量に売れて会社が存続できることはもうなくなるだろう。情報はネットで取得でき、執行も安価だからだ。月並みな商品やどこでもあるインフラ使用に高い代金を払う人は確実に減っていくのは「ことの本質」であり、value for moneyを消費者が吟味する時代になってきているのだ。だから僕は販売、執行、情報提供はビジネスとして興味がないしやる気もまったくない。金融で生き残るのは intelligence を売るアドバイザーである。その能力のある人は「本物主義」であるのは当然のことであり、これが何を言っているのか分からない人はAIに淘汰される前に失業する。そして、そういう社員しかいない会社も、どんなに大きくても消滅するだろう。

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「銀行で投信を買うと46%が損(金融庁)」のインサイド

2019 JUN 13 7:07:05 am by 東 賢太郎

先日、野村証券で現役の後輩と新幹線でいろいろ話したら、会社はもう様変わりになっていて驚いた。時代というものはあるが、それにしてもあの会社がそこまでなるかというほど「普通の会社」になっているではないか。僕がいた最後のころ、こう感じた。「いま入社試験を受けたら落ちるだろうな」。そのころ僕は金融経済研究所の部長であり、100人ぐらいのアナリスト、ストラテジスト全員にこう言っていた。「君たちの調査レポートはまったく面白くないね」。

僕は調査部門の経験はない。レポートを書いたこともない。そんな上司にそんな事を言われたらむかつくだろうが彼らはプロなのだ。僕はそのレポートで商売してきたプロなのだ。プロとプロの対決であり、それは相手が何百人だろうと僕が勝つに決まってるのである。上司だからではない。ユーザーである僕が面白くないものは売れないからだ。面白いというのは儲かりそうだということである。損するかもしれないがひとつ話に乗ってみようとお客様が思うかどうかだ。それがかけらもない、干からびた学術論文みたいなもの、情報端末よりすこし早耳情報ですよみたいなものは単なるクズなのである。

彼らはすべて超高学歴で頭脳明晰だ。しかしエリートはつまらないのだ。こと株に関する限り話していても面白くも何ともない。いや、向こうもそう思ってただろうから「面白い」がバロメーターというより「自分で儲ける能力があるのかどうか」と言った方がフェアだ。彼らが独立して自分で株で財を成せるか?賭けてもいいが全然無理だろう。そういう旗揚げをしてみようというタイプは皆無だしできたという話も聞いたことがない。従って、それでは何のプロなのか未だに不明だがそういう人に株のアドヴァイスをしてもらおうというお客さんがいるはずないのは宇宙の原理といっていい。きっと、こういうことの行く末にプロがどんどん普通の人になっていって、会社ごと普通という姿が待っていたんだろう。

ジョージ・セルがクリーブランド管弦楽団に着任して団員を7割クビにしたが、自由にしていいなら僕もした。あるいは3割を連れて調査会社をたちあげた。当時、野村の調査は一流ということになっていたが世界レベルでは7割はアマチュアだった。能力とはいわない。彼らは官僚か銀行員ならおそらく僕より優秀だ。でも株式ではアマチュアなのだ。それは日本の運用業界の縮図であって、そこで7割の運用者が求めるサービスもそうなのだ。だから同類の「普通の人」が求められ、食っていけてる。これが野村から情報をもらって運用している「プロ」側のインサイドに他ならない。だから「銀行で投信を買うと46%が損(金融庁)」という事態になっている。どなたもすっきりとご納得いただけるのではないか。しかし、そういう程度の投信を買ってしまう大半の日本の投資家も無知すぎる。百年安心年金などというのがおお嘘なのは明々白々たる事実なのだから投信を資産に組み入れること自体は正当な資産防衛だが、大事なのは真実を語って顧客側に立ってくれる営業マンから買うこと。それに尽きるし、その吟味こそが正しい資産防衛だ。

 

(本件のようなことに至ってしまう「事の本質」はこのブログに書いてあることである)

情報と諜報の区別を知らない日本人

 

 

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副業解禁はウソ。好きなことを大事になさい

2019 JUN 9 13:13:30 pm by 東 賢太郎

筋トレは成果が出ているものの首が痛く、それを話したら他人をあまり褒めない後輩のF君が「神の手です」というのでかかってみた四谷の理学療法士Mさん。素晴らしい。彼女に「見えませんね」と言われてそうか俺は64才だったのかと我に返ってがっかりする。ジムの外転筋マシン150Kgでカラ元気がついてしまっている。

昔からみんなに言っているが金融の仕事が好きでこの道に入ったわけではぜんぜんない。人生、物心ついてから一貫して好きなのは音楽であって、アーティストの方が向いていたのかなと直島の現代アートを見ていて思った。きのう野球を観ていて好きなことで飯が食える選手たちがうらやましかったが、しかしあれを毎日やるのはしんどいだろうとも思った。両立しようがしまいが野球に煩悩が出てくるだろう。だったら「好き」ぐらいは「飯」から隔離して汚れないようにしてあげた方がいいのかもしれない。

僕は家事はしない。料理はもし本気でやれば相当うまいはずだがしない。そう母親に厳しくしつけられているので忠実に守っているのである。家内の作ってくれるものに満足しているしそれがWhen I am sixty fourの歌詞で貴重なこととわきまえてるし、敬意をもって女性の専門領域と思っているし、本気でしないならへたな職域侵犯だ。ということで、食事は出るのをじっと待つから猫と同格である。この点においても、子供時分から猫といっしょに育っていてよく先を越されていたから自然なことだ。むしろ、猫様がいてくれて僕は精神の平衡状態が保てているのだから先に食べていただいて当然である。

昔から生徒会長やキャプテンの柄でないから社長業はできればやりたくない。むしろ嫌である。飲み屋の話ではなく、社会人40年のうち数えたら17年も「シャチョー」とまじめに呼ばれているのは子供時分の自分から思えば驚愕の事実でしかない。ほんとうはクラス会で女子に「あずまくん」とまじめに呼ばれるほうがうれしい人間だが、周囲でそれを知っている人は誰もいない。ふりかえってみると僕は女の人のいうことはよくきくのだということがわかる。若い頃はそれを出すとみっともないと思っていたが、もうどうでもいいのでシャチョーをやってもらった方が気楽なくらいである。

という風に、「ふつうはこうですよね」とならないものがたくさんあって、あんまり書けないがその数からしてそもそもふつうでない。そうやって東京の子なのに昭和30年代に熱狂的カープファンになってしまう。だからふつうであることを要求されるシャインなどのっけから無理だったのであって、消去法の行く末にかろうじて残った職業がシャチョーだったと考えるのがいちばん説得力がある。留学生に選ばれたのも、英語ができたわけでもなんでもないのだから、クラシックが性根まで好きだというオーラが出ていて自然とそうなったと思う。

昨今、「副業解禁、主要企業5割」と話題でいよいよ銀行まで副業OKを言い出したが、そんなのは僕にとって何を今さらだ。シンセサイザーでチャイコフスキー悲愴、ドヴォルザーク8番、モーツァルト41番、ハイドン104番の全曲を演奏、録音したのはサラリーマンしながらであり、シャチョーしながらである。シンセがやりたいから稼業の仕事もついでにしていたようなものであり、しかもそこにゴルフというものが入ってきてそっちもシングルになるまで気持ちは本業になってしまった。ただし言い訳になるがそれで湧き出たエネルギーで一気に仕事も乗り切ったのであって、いまはそれが猫になっている。

「副業解禁」の本音は「当社にいても給料そんなに出ませんよ、他でお好きに稼いでね」だ。政府の「年金頼るな」発言とペアである。この問題に深く立ち入るのはやめておこう。なぜなら僕にはどうしようもない。「他で稼いでね」の部分で啓蒙ぐらいできると思って一時頑張ってブログを書いたことがあったが百万言を費やしてもそれで救われた人がいるとはまったく思えないと考えるに至った。日本人の投資の偏差値は30台であり、もう救いようがない。要するに、国であれ会社であれ皆さんの人生をお看取りまで面倒見てくれる他人など世の中にいるわけないという、もとから自明ではあった峻厳な事実と向き合うご時世になってきたのだ。

ひとことだけ書くなら、好きなことを大事にして、それを理解してくれる人を大事にすることだ。

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「野村ロンドン会」直島旅行

2019 JUN 3 1:01:06 am by 東 賢太郎

人のつながりは不思議なもので、同じ教室や職場で長く時を共にしたというだけで自然に深まるわけではない。その共有した時が普段よりも格段に濃いものでなくてはならず、切っても切れない仲というのはそうおいそれと出来るものではない。僕の場合、人生で最も濃密な時間というとロンドンの営業課で過ごした6年間だが、完全な戦場だったからそこでの同僚は先輩も後輩もなく「戦友」以外の何物でもない。英語で仲間というとcompanyだが、こんなのは薄い。戦友はcomradeといい、命がけで同じ使命を達成する者たちである。血判状の同志に近い。

「野村ロンドン会」はcomradeだけがメンバーである。集まるとするとcompanyなら同窓会かゴルフ程度だろうが、血判状の濃さであるから旅行になる。毎年一度は必ずやる。ひとりは先日トランプ大統領とホワイトハウスのオーバル・ルームで会談した時の人だし、もうひとりは某大企業の話題の総会マターでマスコミが追う時の人だ。それなのに声がかかると瀬戸内海の直島に気やすく全員集合してしまう。これぞ血の濃さだ。お互い仕事で実力を知り尽くしているから深いリスペクトがあって気がおけない。世間的にはそうそう口のきける面々ではないのだから外部から信じられないだろうが、まったく気を使う必要のない何でも言える関係であって、この2日間、心底リフレッシュ、リラックスさせていただいた。

新幹線で岡山まで行き、JR宇野線で宇野港へ。もうここから外国人が多く、直島の観光客は半数以上が欧米人だったんじゃないか?船は約20分で直島に着く。ベネッセハウスに滞在させていただいたが数々のおもてなしを頂戴し心よりの感謝あるのみ。土日で直島、犬島、豊島をクルーズしてアートミュージアムをすべて堪能させていただいた至福の時であった。

個々のアートについて文字で説明することは困難だし、まだ素晴らしい余韻が残っている中でそうしたくもない。とにかく、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレル、李禹煥、安藤忠雄、内藤礼らの一級品の現代アート、建築物が島の地形、風土と見事に溶け合った総合造形芸術アイランドである。

たまたま、犬島では建築家の妹島和世さんに彼女の作品の中でお会いした。建築家のノーベル賞であるプリツカー賞の受賞者だ(cchttp://妹島和世 – Wikipedia)。気さくに話せる方で、デザインされた店でホッピーのビール割りで乾いたのどを潤した。

妹島和世氏の作品

インパクトある作品が多かったが、これは時のたつのを忘れた。

豊島美術館(内藤礼・西沢立衛)

ベネッセハウスは大変にクオリティが高い。まるで地中海のホテルにいるようでサービスも食事も部屋も景色も最高であって、このグレードでの値段となるとリーゾナブルとしか言いようがない。外国人で常に予約が一杯なのは当然。行かれたことのない方には激賞しておきたい。

 

(野村ロンドンについてはこちらを)

僕にとってロンドン?戦場ですね

 

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カープはなぜ5月に強くなったのか

2019 MAY 31 23:23:12 pm by 東 賢太郎

広島カープが4月に8連敗し、最下位を独走した時にこう書いた。

広島カープの1イニング12失点に思う

ところがカープは昨日はこの相手だったヤクルトを3タテして5月は月間の球団最多勝記録を更新。交流戦次第で首位独走の気配すら出てきている。いったい何がおきてるんだ??それに明快な答えは考えつかない。そんなに元気だったヤクルトが昨日のカープ戦大敗で屈辱の14連敗でもあり、こっちだっていったい何がおきてるんだ??だが、明快な答えはないだろう。

野球は9人でやるから、各ポジションにいる選手、例えば投手と投手、セカンドとセカンドを比べて自軍が9人とも格上ならその試合はまず勝つだろう。しかし能力の拮抗したプロではそれはない。しかもチーム力とは9人の守りの連携、打線のつながり、チームのモチベーション、ベンチワークの成否など、個々人の能力だけで説明のできない要素も入ってくる。だから、5月のカープの躍進は床田の好投だとかバティスタの3番定着だとかの個の要素だけで明快に説明することはできないのである。

その問題を考えるとき頭をよぎるのは月はどうやってできたか??という問題への説明の試みである。「月は地球と別天体で地球の引力にとらえられた」という考えは正しく聞こえるが物理的に完全な説明力がなく、「火星ほどの天体が地球に衝突し、飛び散った破片が固まって月になった」という「ジャイアント・インパクト説」が脚光を浴びつつあるというものだ。

カープの躍進を月の生成に例えるなら、丸が抜けた衝撃が天体の衝突であり、そのジャイアント・インパクトで飛び散った破片が床田やバティスタの出現だ。それらが混然一体となって、やがて冷えて固まって月となったのが「強くなった5月のカープ」である。そう考えて、このビデオをご覧いただきたい。

野球が天文にワープするが、そのことに目を奪われては物事を原理的に理解することはできない。考え方としておすすめ。落語の「なぞかけ」(○○とかけて××と解く、その心は□□)と思えばいい。それを単なるひらめきと思っては自分のものにならない。ひらめきは再現性がない。原理はひらめかなくとも常に成立するからとても役に立つ。マスターすればわかる。ビジネスで特に有効である。

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いろいろ思う「白い巨塔」

2019 MAY 27 1:01:48 am by 東 賢太郎

「白い巨塔」を見ました。TVドラマは縁がないのですが、これと忠臣蔵は結末がわかっているのに見てしまう。財前が嫌いな正義漢、東教授のファンなのです。学究肌であり、出身校の東都大学で教授になれず浪速大学教授になった負け組というのがまたいい。まことにどうでもいいのですがアズマという苗字もあんまりメジャーでないのです、それで毎回役者は誰かなと気になります。石坂浩二がイメージに合いましたが、今回、こんなブログ(寺尾聰「ルビーの指環」)まで書いた大ファンである寺尾聰というのも意外でした。ご縁ということにしておきたい。財前教授は田宮二郎、唐沢寿明ときて今回は岡田准一。熱演でした。

最後のシーンはいつも悲しいですね。それでつながってしまうのですが29日はおふくろの二周忌だ。あの日、帰宅しぐったりしていたら家内に「ベランダへ出てお空見て空気すいなさい。お母さんと交信できるわよ」と言われ、なるほどとそうしてみたら、見たこともない筋を何本も引いた巨大な流線型の雲が西空にかかっていてこっちにだんだん向かってくる。これは何だ?とびっくりしたのです。後にも先にも長い人生でその時しか見たことがない。そういえば隣の神社の縁起にあった、源氏の大将・源頼義が奥州平定(前九年の役)で多摩川を渡ってウチの目の前の丘に陣取った時、「空に白雲が八つに分かれて棚引き、源氏の白幡のように見えたのを大いに喜び、勝利の暁にはこの地に八幡社を創建することを誓った」というあれ、それで勝利したのでここに八幡様がいまあるわけですが、そうか、たしかに八つの線だ、それにちがいない、お袋のメッセージだと信じているのです。

ところで、息子がイギリス国鉄の列車の名前がAZUMAになったよというので見たら本当だ。常陸国の日立製である。

ハムステッド・ヒース駅の「あずま」

「あづま」でなく「あずま」にしてくれたのがうれしいですね。我妻と東で違うのです。由来はロンドンから東海岸を北上するイースト・コースト線だからのようですが、まさにこの線で2009年に息子とヨークの鉄道博物館へ行ったのだからこれもご縁です。僕にとって最も縁の深い外国である英国が粋なことをしてくれる。またおいでとラブコールされた気分です。

縁なんて探してこじつければいくらもありそうなものですが、そうはいっても立て続けに出てくると特別と思いたくなります。そうやって大切にするものが増えれば何も大切にしない人生よりは面白く過ごせそうです。

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