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カテゴリー: 徒然に

座右の書と宇宙の関係

2017 DEC 10 21:21:06 pm by 東 賢太郎

学習塾の広告で「今まで算数を学んできた中で、実生活の中で算数の考え方が 活かされて感動したり、面白いと感じた出来事について簡潔に説明しなさい」(駒場東邦中 2017年 算数)とあって、人生その連続だった僕としてすばらしい問題だと思った。ところが「簡潔に説明しなさい」となると例が出てこない。

似た例が「心に残った本」「座右の書」だ。きかれてもない。同じ本を2度読むのはブログにする時ぐらいだし小説は読まないし、3時間~3日で読んで3,4割もわかったら終わりで、わからん本=いらない本が僕の読書だ。本屋で手に取っても目次だけでほぼ趣旨が見えて終わるのが半分。無理と思ったら買う。

強いていえば先日のフランス学序説などが近いのだろうが、心というより記憶に残った本で座右ということはない。頭の回路形成に影響はあったが算数がそうだったのと似ているのであって、僕は算数の教科書を座右に置いて生きているわけではない。何か肝に銘じたりすると変化に対応できないからむしろしない。

最近、知りたいし、ちゃんとわかりたいというのは宇宙物理で、時間ができたら勉強したい。これは読書と別ものだ。ダークマターという謎の物質が宇宙には満ちていて、信じ難いことだが計算量より多く存在し、銀河の周囲にはダークマターハローとよばれる、銀河の10倍ほども広がる巨大な構造がある。

ハローは小さいものから形成され、合体を繰り返して大きく成長し、その内部で銀河や銀河団が作られていく。スーパーコンピュータ「京」や国立天文台の「アテルイ」の強力な計算パワーを活かして、宇宙初期から現在にいたる約5500億個ものダークマター粒子の重力進化を計算したものがこれだ。

下が131億年かけてできた銀河が密集して分布する壁のような構造(グレートウォール)だ(小さな光の点が銀河系のサイズ)。

皆さん、こんなものを連想しないだろうか?

これはラットの脳内のニューロンネットワークだ。脳が電気信号を伝える神経の超微細な構造と、銀河が密集して分布する超巨大な構造。偶然似たかもしれないが、世界が仮想現実だとする「シミュレーション仮説」を想起しないでもない(シミュレーション仮説 – Wikipedia)。

この仮説はオックスフォード大学の理論物理学者が論破したとされるが数学で解かれなくてはいけないので正確に理解できそうにない。しかし物理法則を何者かがプログラムしていようがいまいが、脳内ミクロ構造が分子レベルの何らかの法則で何億年もかけて組成されたた結果とすると、宇宙の大規模構造はそれを部分とした全体であって自己相似関係にあるというフラクタル幾何現象(フラクタル – Wikipedia)か。証明できないだろうが、もしそうなら超大規模構造である。

数学や座右の書はおそらく固有のニューロンネットワークを形成するだろうと考えていて、とするとそれは脳の大規模構造の一部だ。構造を例に例えなさいと言われても困るのであって、僕は駒場東邦中学に不合格になるだろう。「座右の書」がないのも「簡潔に説明しなさい」となると出てこないのもそのことの婉曲な証明ではないかと考えている。

(ご参考)

語学コンプレックス

2017 DEC 9 14:14:31 pm by 東 賢太郎

僕は語学コンプレックスがあって英語はMBAとしては劣ると思う。ドイツ語圏に5年、香港に2年半働いたがどっちの言葉もだめだ。外国語をしゃべるというのは物まねに近いのであって、日本語が上手い外人は身振り手振りも日本人風になるように、米語は米国人みたいにならないとうまくしゃべれない。日本男児がそんなのはみっともなくてできない。外国人になりたいと思わないからだめだと慰めている。

ところが先日、「英語はできますが中国語の方が得意です。アラビア語もインドネシア語もフィリピン語も韓国語もできます」という女性がいて驚いた。それも外語大などの出でなく専門職であるご本業は関係なく、たんに余技だ。韓国など僕は何十回行ったことか、でもひとことも覚えないのは見事なものだ。女性の方が語学は強い気もするし小池百合子のアラビア語もそうだが、自分に完全欠落した能力だからシンプルに尊敬の念をもってしまう。

要は語学は関心がない。もし1か国語だけやらんと殺すとなればラテン語であろう。欧州語の文法原理としてなんとか原理主義的関心ぐらいはもてそうだし、しゃべる人はいないから物まねは不要だ。仕方なく英語はしゃべるが、世界のどこでも通じるからコミュニケーションの符合、記号と考えている。良い発音でなど考えたこともなく、通じればいいモールス信号みたいなものだ。信号を2種類覚えようというのはナンセンスに思える。

その信号を歌うオペラというのは困ったものだ。しかし日本語を歌ったって良く聞き取れないし、音楽がつまらないのに筋だけでも楽しもうなんてことはあり得ない。「筋はどーでもいいんです。人の作ったもんは興味ない。音は人が作っても周波数だから数字でしょ。神様の作ったもんは数字になるの。僕はそれしか興味ないんです」と言って変な人だと思われたろうが、現に好きなオペラさえピアノ譜は読んでもリブレットをちゃんと読んだことは一度もない。

いい文学や映画というものも、それが言葉で表されてはいるものの、なにか見えない神の数字の調和、バランスがバックにあって感情を動かすのではないかと思っている。作曲と同じく作家や監督が天からすくいとったもの。それができるかどうかが感性でありセンスだと思う。猫がキャットかシャかというのが語学の話であるが、同じものに名前がいくつもあるなんて神様はそんな美的センスのないことはしない。

 

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失敗の記憶は少なめに

2017 DEC 6 1:01:22 am by 東 賢太郎

松山英樹のパットが入らないらしい。そんなときはやらないに限るが、プロはそうはいかない。勝負事はここ一番で決まるが、そこで勝てるかどうかは自分を信じられるかどうかだと思う。

入らないというのは失敗体験だ。失敗は成功の母というし若いうちは失敗の方が学ぶことが多いと思うが、反射神経の領域では必ずしもそうではない。意図してコントロールできない「微小な時間内の出来事」だからで、意図と違う結果が何度も出ると人はだんだん意図の方を疑うようになってしまう。そういう場面で自分を信じない自分が心に棲みついてしまうのだ。

香港でのことだ。当時、ハンディ8とニギリは無敵時代である。ちょうどそのころ始まったマカオ・オープンのトーナメント・コースであるマカオ・ゴルフ・クラブで社内コンペがあって、やる前から優勝は当然、70台が出るかどうかが唯一の関心事という不遜の余裕だった。ほぼパーオンで7番ホールまで1~2オーバーと悪くなかった。ところが、ピンが傾斜面に切ってあった8番ホールでなんと7パットしてしまう。

1メートルの下りのパーパットが入らず想定外にころがって2メートル先まで行ってしまったのが事の幕開けだった。強めに打った返しがまた上につき、嫌な予感がよぎったらまた同じところに2メートル行き、覚えているのはそこまでだ。最後はフックラインの30センチが入る気がせず、またはずした。人間なところを見せてもらいましたと慰められたが、その後はちゃんと記憶が失せているから人間はよくできたものだ。

僕は決してパットが下手ではない。それがどうしてああなるのか、未だにわからない。あれ以前にも5パットはやっていて、その悪夢がよぎって一時的なイップスにでもなったのだろうか。加えてショットもヘタくそな時期が長すぎた。香港時代はちゃんと芯で打てたが、それ以前にシャンクが怖くて当たらず手が痺れる記憶が多くあって、しばらく遠ざかった今はそっちのイメージが勝っている。

そういうのをクラブのせいにしている時代は下手なままだった。失敗>成功、というスポーツは上達しないと思い至って少し上達した。運動は概してダメな僕にとって唯一そうではなかった野球は打たれない記憶の貯金があって、だから怖がらずできたと思う。ゴルフも頑張ったが、なにせたまった借金が多すぎ、しかもそれをカネと時間をかけて長年作っていたのだから大馬鹿者もいいとこだ。

マカオG.C.で、転勤が決まった最後のコンペで真剣に狙った。悪夢の8番ホールもパーで切り抜け、18番ロングがバーディなら79である。狙い通り3打目ややアゲンストの155ヤードを6番でピン3メートルにつけた。そして自信をこめて放ったバーディ・パットは1センチ前で止まった。グリーンに大の字に寝転がって仰いだ青空はきれいで、どうしてあれほど入っていた勝負パットが入らなくなったんだろうと考えた。香港の最後の一打だった。

僕はゴルフを一度も習ったことがない。完全自己流なのは野球もピアノもいっしょだ。結果こそが先生であって、成功体験の貯金こそが大事なのだ。そう考えると借金だらけのゴルフ、ピアノはもうだめである。失敗体験は勝負事では少ないに越したことはなくて、7パットもしてしまうとここぞの場面でまたやるかと無意識にビビってしまうのだ。

松山はトランプ・安倍とユルフンのゴルフなどやるべきでなかった。彼はグリーン上で他人に支配された経験など皆無だろう。「オーケーあり」はそれだ。そんなゴルフで1発でも気の抜けたパットなどしてしまうと神経の精度が狂って、それが刷り込まれてまずいのがトッププロのレベルではないか。プロの投手が敬遠すると次の初球が危ないのとおんなじのように思う。

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今年3回目の手術たちあい記

2017 NOV 23 3:03:37 am by 東 賢太郎

お袋、親父ときてこれが3回目だ。手術は朝9時からだった。状況次第で僕が署名をしろといわれる。待合室に一人であり、昼になっても食欲もなくずっとそこにいた。メールしたりして紛らわせていたが集中しない。それにしてもずいぶん長い。そろそろあのメシアンのオペラが終わるころだなと思った2時半ごろ、とうとう執刀医に呼ばれた。緊張のなか摘出部位を前に詳細を聞いたが、とりあえずの吉報で胸をなでおろした。

従妹は12人いる母方イトコのうちのすぐ下で妹のように育った。男は4人という弱小勢力であり、ウチはネコまでメスで完全なる女系と言える。おばあちゃんは気丈な九州女でキセルと酒を手放さなかったし叔母さん方もお袋も強かった。そういう中で育つと女の方が実は偉いんじゃないかと刷り込まれてきた気すらする。少ないからか男らしくしなさいと育てられたが、思えばそれはけっこうつらかった。男だからといって別に強いわけではないのだ。

小学校でみんなでやる教室の掃除はしないでホウキで野球をしてた。家でもしたことなく、女の子に邪魔もの扱いされるだけだった。まして台所仕事にいたっては論外だ。今でもできないからお袋がそう育てのだろうが、さすがのこの世代でも友人で同じことを言う男はひとりしかいない。そういう楽をする代償として、男らしくしなさいがどかんと来る。だから僕にとって女々しいことは悪であり、金を稼ぐのは当然であり、女子供を守るのは義務であり、日本風ノブレス・オブリージュなのである。

お袋は若いころをはじめに都合5回も大きな手術をして、そうやって育てた息子がいまだに入院すらゼロなのは身代わりになってくれたと信じるしかない。思えば入院中も傷が痛かったのだろうが泰然としたものだった。自分がそういうことになったら・・・とても無理だ、注射だけで。だいたいが全身麻酔など生理学的メカニズムすらわかっていないものを、目が醒めなかったらどうするんだとまったく信頼がない。

ということで、怖いものは見ないようにしようということでここまできてしまった。5時間半にそんなこんなでいろんなことに思いをめぐらせていたが、考えれば考えるほど万事に気弱になっていく情けなさで、病院においては気丈な考えは微塵も出てこない。仕込まれた男らしさなんかふっとんでしまって3日もいたらそれだけで病気になりそうだ。そういうことというのは健康あってこその恵みだと思い知る。

従妹はしばらくして麻酔から醒め、やつれてはいたが泰然と帰ってきた。女の方が実は偉いんじゃないかという思いは病院においては決定的なものである。

 

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僕の世代の最期の幸せについて

2017 NOV 21 3:03:12 am by 東 賢太郎

明日は従妹の手術であって日大病院に朝から詰めることになってる。気が気でないがお医者さんを信じるしかない。お袋に祈ってある、きっと治る。夜中に睡眠薬が効かず眠れなくなった。仕方なく理性なく飲んでしまって、不意なことから人間あと何だけはして死にたいか?のはなしになって盛り上がった。

ゴルフで80きりたいとか宝くじで1億当りたいとか、そんなのはつましいもんだ。100億儲けたいとか火星に行きたいとか、なんでもいい。それをざっと書きまくるとこういうのができる。完全に酩酊してるが。

 

60の男に不可能なしクラブ、不可能はない、やりたいこと3つ(人生かける)、死ぬまで何したい?1件1千万円で死ぬほどやらせてあげるよ、solution を与えることさ、Bestのプロのサポーターを投入する、世界一周、月旅行、エベレスト登頂、シューマン3番・ブラームス4番振りたい、全部シェルパ付きだ、だから絶頂の思いを遂げて死ぬ、本・バイオを世界一のアニメーターで書く、最も幸せな死ぬ瞬間は?どんな人も真剣がかっこいい、絶対にXな女くどくのを成功させる、宿敵だった馬鹿は馬鹿とけなす勇気与える、本を出版、全部を面倒見て末代まで偉業と讃えます、エベレスト登頂にsolution providerとしてシェルパ用意、あなたの人生のオペラつくる。カネが入ったらそういう事業をしたい。それで同世代のみんなが幸せになるじゃないか!

もう全く何の脈絡もない。でも本望の最期は誰もが迎えたい。終活じゃない、人生最高のグローリーの演出だ。遺影なんかいらない,最後の満ち足りた顔がそれだ。誰も葬式に来てくれなくてもいい。他人は関係ない。自分の心が幸福感ではちきれたこと、それ以上の喜びにあふれた最後はない。そこまでどんなに殿上人の人生を送ろうと、死の直前の数秒で下なら人生は負けである。

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日馬富士事件の謎

2017 NOV 18 22:22:25 pm by 東 賢太郎

人それぞれ生い立ちは違うから倫理観や価値観はまちまちだ。僕は子供から野球をやって上下関係の厳しさを教えられて育った。ただ持って生まれた性格は自由奔放で束縛が大の苦手だから先輩後輩のけじめにはとまどったし、なんでこの人に言われないかんのと態度は抑えても顔には出ていたはずだ。

社会人になってやらかしている。ある時、書いた調査レポートにご指導を食らって、その先輩が普段からくだらないことにくそうるせえと思っていて、ついそれを言っちゃあおしまいよというのを言ってしまった。何事もなかったが後悔にさいなまれることになった。別な先輩には理解できないことで罵倒され、うるせえと彼が去っていく方に向けて用具棚を思いっきり蹴たおして周囲に羽交い締めにされた。

ところが月日がたって30の半ばごろ、酒席で若手が酔ってからんできて東さんなんかもうジジイなんですよ、うるさいだけなんですよ、となって、なんだとこの野郎とぶち切れた。何人かが間に入って僕を止めなかったら危なかった。体育会でこういうのはあり得ないのであって、こいつは一丁かわいがらんとろくなもんにならねえなとなってしまうのはその世界で育った性だ。

このクソジジイ!とこのクソガキが!の両方やっている僕として、今回の日馬富士の件はわからない。報道による限りだが、スマホをいじってクソジジイをかましたらしい貴の岩がどうして何十発も無抵抗で殴られたかがだ。しかも頭蓋骨まで危なくて入院するほど激しくやられたら力士じゃなくたって抵抗ぐらいするだろう。そこまで先輩に悪態をつく度胸があるなら反撃すればいいじゃないか。

何かの理由で自制したなら何にビビッたかだ。相手が横綱だからじゃない、それなら最初から悪態はついていない。日馬富士がそこまでぶち切れたことにじゃないか?相手をなめていてつい言葉に出た。その程度は悪態という認識がなかった。それが引き起こしたリアクションの物凄さに慄然としてまずいとなったのではないか?だったら教育の問題だろう。貴の岩も被害者かもしれない。

モンゴルの人だ。ウルトラ儒教的体育会的と思われる角界の先輩後輩のけじめは教育されなければ自明のことではないかもしれない。日馬富士はそれを日本で苦労して修養し、郷にいれば郷にしたがったわけだ。そのけじめが古いのかどうか是非を論じる気はないが、自分の育ちからしてぜんぜん悪いと思わない。古いイコールいかんがはびこるなら江戸時代のチョンマゲなんか取ればいいだろう。

警察ざたになった以上暴力は暴力として、行為として、是々非々に裁かれるのはいいが、誰も知らない変な反戦のおばさんみたいのがテレビに出てきて暴力はとんでもありませんで議論をまとめにかかるのも角界御一新みたいなにおいがしてくるのも非常に違和感がある。

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大阪にあったドイツのクリスマス

2017 NOV 18 1:01:17 am by 東 賢太郎

今日は大阪に急遽よばれていて、それも来いという指示が昨日の夕方遅くのことであって、なんぼ何でも大変だった。ある大事な会議が30分あって、実際は45分ぐらいになったが、それを終えてとんぼ返りした。

行ってみると新梅田シティの中庭で「ドイツクリスマスマーケット大阪」をやっていて、ソーセージを焼いたりホイリゲが出たりツリーの飾りを売っていたりする。早やそんな季節なんだ。とてもいい感じである。20余年前のニュルンベルクのクリスマスマーケットを思い出すではないか。

ドイツは各都市にマーケットが出るが、ニュルンベルクのはとくに有名であり巨大であるから、行かれたり耳にされた方も多いのでは。こんなものだ。

グリューワイン片手にニュルンベルガー・ヴルスト(ソーセージのこと)をほおばりながら歩き回る。浅草の仲見世通りをもっとすし詰めにしたようなもので、店もみんな屋台に似たりよったりだ。小さかったので覚えてないかもしれないが子供たちには目を輝かせるものばかりだ。僕は縁日やお祭りの夜店、テキ屋のたぐいが大好きできっと子供よりも目は輝いていたろう。こんな店を通りかかるともう完全に足が止まってくぎ付けになっていた。いま見ても欲しい。

ドイツに3年いたがその当時は春、夏が恋しかった。ドイツ・リートのタイトルや歌詞にマイ(Mai)がたくさん出てくるが、住んでいると暗い冬が明けて花が咲き誇る5月が一番うれしいのは共通なんだろう。しかし20年たってみると、なぜか冬が無性に懐かしいことに気づく。気候が暗いわけだから人間の方が自発的にわいわいやって楽しく時を過ごそうよという国民的な前向きムードに満ちてくるのであって、自然が目を奪うほど美しくなって勝手に人を楽しませてくれる春、夏が「静的」であるならば、ドイツの冬はすぐれて「動的」であるといえる。これは一般のイメージと違うかもしれない。

それが楽しかったのだ。コンサート、オペラのシーズンは9月からスタートだし、秋は収穫のシーズンで食材に恵まれ、オクトーバーフェストが10月でビールがめちゃくちゃうまく、摘みたて葡萄のワインが11月に出てくる(ボジョレ・ヌーボはそのフランス版)。12月のクリスマスというのも、キリストの誕生日なんて文献がなくて、どうせなら日照時間が一番短い冬至のあたり、要は世の中が一番暗い時にもってこようよというのが理由と聞いたことがある。そう、個人的には、欧州に野球はないから11月の野球ロスがなかったというのも大きかったなあ。

「ドイツクリスマスマーケット大阪」はもちろんそんな規模ではないが、雰囲気が出ていただけでも有難い。こんな店を見つけて見とれてしまった。こういう家のミニチュアは趣味でフランス、オランダやプロヴァンスのいい感じのをもっている。よし2,3個買おうと思って時計を見たら、なんと集合時間にあと15分であった。あぶないあぶない。大変に大事な会議だが僕は予習しない。しないほうがうまくいくのが経験則だ。帰りに寄ろうと思っていたがそうもいかなかった。

しかたない、新大阪駅でたこ焼きと豚まんと赤福をヤケ買いして新幹線に飛び乗った。

 

チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」より「花のワルツ」

 

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天にさした後光

2017 NOV 17 2:02:16 am by 東 賢太郎

まずは色の話から。

先日、トム市原さんのナーラップ島のブログがアップされて、2枚の写真の絶美のブルーにしばし魅入ってしまった。日本人の男の5%、白人だと8%は色の見え方がちがうようで、僕の場合ブルーが無性に好きで、寝室の壁紙は深海の暗くて濃いコバルトブルーにしてもらった。よく眠れる気がするからだ。

そして次点がゴールドで、それもスベスベ、ピカピカの金塊色だ。カーテンを全面的にそれにしたくてあちこち探したがどこにもない。こういうのは中国だろうと神山先生と上海で探したが、意外にない。トランプ大統領は好きそうだと思ったら、アメリカはグリッターといってあるにはあるが壁紙なのだ。テカテカのシルバーでもいいなと思うがやはり気に入るのがない。

次々点はクリアオレンジだ。この色で透明アクリルのでっかい椅子がほしいが、これがまたなかなかないのである。よほどふつうの目の人にはお品が悪いのか、家族までやめてほしいんだろう探すのに非協力的であるのだが、こっちには精神安定上効き目があるから重要だ。好きに理由はなしで僕はもとよりお品だとか他人の目は関係ないのでどうしてもほしい。

こういう色が好みでグリーン系はわからないというのは、猿の時代は困ったはずだ。霊長類が出たのが7千万年前、人類として二足歩行したのが5百万年前とすると猿の時代がずっと長い。葉っぱの中から赤い実をさがすのは絶対へたくそだったのにどうやって子孫を残したんだろう?そういえば、好みの色は海中から水面を見上げて空と太陽を見た感じかもしれない。そうか、それって猿より古い魚類の遺伝子なんじゃないか?なんだか未開に思えてくるが。

そういえば先週の日曜日に富士山方向にこんなのが出た。窓からこの色いいなあとぼ~っと見とれていたら、八の字に広がる陽光があった。

しかしどうしてほぼ点光源の太陽光がこうなるのか、プリズムでもあるのか、しばし考えたが不明だ。写真を撮ってしばらくして消えた。こういうのを何と呼ぶんだろう?

まあ天に後光がさしたとしておこう。西方に吉ありだ。来年は西方も東方もで大きなビジネス展開があるかもしれない。11月12日、転機かもしれない。

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人間ドックはワンダーランドである

2017 NOV 7 1:01:53 am by 東 賢太郎

人間ドックというのは不思議なところだ。問題はありませんという答えを待っていて、期待どおりそういわれると高い金を払って損した気分になる。今年は夏休みもなく心配なぐらい疲労感があったが、結果は「体重を落としましょう」だけだ。先生こんなこともあるんだけど、いえ全然心配ないです、で、前回は2年前ですね・・・それを何とも思ってなかったほうが問題なのか。

周囲を見ていると面白い。来ているのは例外なく、病気かもしれないがきっと病気ではないだろうと思って今日までは来ていて、そう思ってる自分を疑っている健全な猜疑心を持った人たちだ。年齢はほぼ40代以上。6割ぐらいが男性で、女性より高齢者比が多い。7割はスマホ、残りはほぼテレビを見ており、自分の本が数名、新聞はスポーツ紙を数名、2年前は取りあいだった最新の雑誌は余っている。こんなところにも世相が見える。

今回、かつてなかった妙な感じに気がついた。僕は手術も入院も経験がない。両親の看病で病院通いは多かったが、お見舞い人というのは病院にとっては来なくてもいい、長居すると迷惑なお客さんだ。それが人間ドックでひとたびガウンを着ると、とりあえずなんちゃっての主役である。担当の女性アテンダントなぞがくっついて、かいがいしく万事やってくれる。うん、ぶっ倒れて患者になっちまうのも悪くないかな、なんてあらぬ気分になってしまった。

僕は採血が大の苦手である。横を向いて体がこわばってるので、たいてい看護師さんが注射針を構えたまんま「大丈夫ですか」と心配する。大丈夫じゃないよ、見てないうちに早くやってよ!というのがお決まりだ。やれやれ、やっと終わってロビーの椅子に座ってると、きっと顔が青い。するとアテンダントがご気分悪くありませんかとくる。良くはないと答える。いままではこういうのが煩わしいと思っていたけれど、今回は妙にありがたかったりするのも不思議なものだ。

先生に問題ありませんといわれてもそれは人間にとって乗り物であるカラダのほうの話であって、のっかっているココロのほうはデータに出ない。その妙な感じというのは、ひょっとして心のSOSかもしれないぞと思った。僕の仕事は道なき道を行くので地図がない。背負ってる荷物は重たいがガイドもいない。だから日々恐怖がある。それなのに、物作りするわけでない金融屋というのは崖から落ちて死んでもきっと誰も同情しない。それでもう7年だ。

健康なんだから親に感謝すべきことではあるが、それだけで人生楽しいわけではない。いや、万一楽しくないとすれば、体が壊れるまで死ねないというのはむしろ苦痛かもしれない。ガス欠にならない頑丈な自動運転車にドライブ嫌いが閉じ込められて、永遠に走り続けるみたいなものだ。たまにはエンストかパンクぐらいして修理工場のお世話になるのもいいよと、精神のほうが妥協を求めているのかもしれない。

そういえば、車中でドライブに退屈しないことこそが「人生の極意」なんじゃないかと思うことがあった。つい先日のことだ。綱島の天然温泉に行って、東京特有の黒湯につかって2時間ほどぼ~っとしていた。周囲はヒマそうなおじさんばかりで、まったくなんということもない。ところが翌日、寝覚めがやけに良くて快調で、なにか良かったのかなどうしてかなと考えてみるがわからない。要は、ぼ~っとしていい気分の人たちに囲まれて、それをおすそ分けしてもらったのかもしれない。

これが英語でパースタイム(pastime)というものなんだろう。いい言葉だ。学校では趣味、娯楽、気晴らしと訳すことになってるが、ちょっとニュアンスが違う。ここが非常に大事である。趣味は要するに道楽のことであって、自分から積極的にはたらきかけて時間を使うこと、つまりホビーだ。娯楽は楽しくさせてくれる活動のことだからアミューズメントが近い。気晴らしはいい線いってるが、憂さを晴らすという感じがはいってくるのでやや違うと思うのだ。

ではパースタイムとは何か?「本業ではなくて、どうしてもやりたいというほどのことでもないが、別にいやでもなくていい暇つぶしだね」ぐらいのあっさりしたお味と距離感のものだ。受け身だから疲れない、ここがポイントである。僕の綱島温泉は近場でお手軽で、ドンピシャでまさにそれだったわけだ。なるほど、もしかして、そういうものこそが人生を明るく照らす宝なんじゃないかと真剣に思うようになってきた。

ところがだ。じゃあ何があるかなと考えてみると、それが意外にないことに気づく。皆さんいかがだろうか?趣味じゃない。娯楽でもない。気晴らしでもない。明日はゴルフだぞみたいに積極的なものではなくて、家内や娘に買い物に引っぱって行かれてめんどうだなと思いながら、行ってみるとけっこう楽しくて時間を忘れたというたぐいのものだ。受け身なものだけに自分から探しに行くと逃げてしまう。それで意外にないのだ。

人間ドックは貴重であった。気を使っていただいて安楽に感じたのはそういうことの発見だったかもしれない。採血さえなければ毎月ぐらい通いたいものだ。思えばこういう気持ちになるとトシをとったということなんだろうか。

 

時の流れを何かで埋めたい

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M君の訃報

2017 OCT 22 1:01:28 am by 東 賢太郎

去年の10月20日に西室から中村順一君の訃報を聞いた。俄かには信じ難いことだった。彼が今いてくれたら話したいこと相談したいことが山ほどあった。そろそろ一周忌と思っていたら先週にお世話になったT社長が逝去され、一昨日は会社の後輩M君が急逝したとの連絡があった。

ロンドンで仕事した6年間で格別の記憶に残っているのがM君だ。僕が部門のヘッドになって初めて東京から転勤してきた新人で、長身で礼儀正しく、好青年を絵にかいたような男だった。なにより仕事のセンスも性格も良くてキャラクターは明るく、異例なことだが僕自身がインストラクターになっていちから仕事を教えたのは進んでそうしたくなる俊英だったからだ。大変有能でありやがて著名な投資家にコネクションを作ってきて、同伴してアカウントを開いて乾杯したり、忘れられないエキサイティングな思い出がある。

大出世して野村の役員になっても連絡をくれ、時々食事などした。こちらの仕事のことにも真摯に耳を傾けてくれ、東スクールの生徒ですからとつい先日もロンドン時代に僕が言った言葉など披露してくれてひとしきり思い出話になった。それをブログにしたほどうれしかったし、人柄も人物も並とはちがうと深く感じ入った。まだ50半ばだがいずれ定年になっても何かしたいというので、そうなったら俺もトシだからウチに来て社長やってくれよと話した矢先のことだ。冗談ではなく、それを言ったのはM君だけだ。どうしてこんないいやつがと無念でならない。お別れに行くのがつらく、まだお悔やみの言葉すら現実味をもって出てこない。

あまりにがっくりきていたので、そういう年回りなのだと周囲には慰められたが、寂しいばかりかどんどん孤独になっていく気がする。5月に母がいなくなってしまってまだ心に空洞ができたままなのに、自分のことを良く知りわかっていてくれる方々がいなくなってしまう喪失感はあまりに大きすぎる。

 

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