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カテゴリー: 徒然に

ソムリエにワインを替えさせる方法

2018 FEB 21 23:23:16 pm by 東 賢太郎

76になられる某社会長と代官山の「パッション」で会食。9年連続ミシュランで星のフレンチレストランでオーナーシェフのアンドレ・パッション (André Pachon)氏はフランス共和国よりコマンドール勲章、レジオンドヌール勲章をもらっている日本のフレンチ界の草分けだ。

会長はフランス在住歴5年でMBAも取得された大先達で、含蓄の深いお話をうかがってあっという間に時間がすぎた。なかでもこれが面白かった。

「パリで同僚のフランス人に、ワインのテースティングでは絶対にnonと言うなといわれましてね、でも一度だけやってみて替えさせたことがあるんです」

それを言うとソムリエが飛んできて「どこがお気に召しませんか?」とくる。注文しておいて文句をつけるのだから説明責任があるのだ。まず交換はできず雰囲気を悪くするし、「まずい」と言ったものを自分の客人に飲ませるわけにいかずもう一本注文する羽目になる。だからやめておけというアドバイスなのだ。

「何と言われたのですか?」

「僕はいつもこれを飲んでる。昨日も同じ年のを飲んだばかりだ。これはそれと比べて酸っぱいと言いましたよ」

これに反論するのは難しい。同じ葡萄から出来たワインの酸味は酢に近い結果だから、昨日のワインが今日のより劣ると主張する根拠がない。だからあなたの舌がおかしいと言うしかない。しかし「酸っぱい」のは子供でも分かる。アロマだブケだと煙に巻けない。しかもこの客は味を知って銘柄にこだわっている通だ。喧嘩を売ってオーナーにクレームされたらかなわんと考えた、邪推だろうか?見事な王手飛車取りだが、「いつもこれ」「昨日」「同じ年」という効果的な伏線が張ってある。ソムリエは得心して投了したと思う。

しかし彼もそれで飯を食っている。プライドは非常に高い。相手を見て押し切れそうならつっぱねるし若い人が彼女の手前で格好をつけて同じことを言っても、兄ちゃん青いねと撃退されるリスクは高いだろう。会長はフランス共和国よりコマンドール勲章を授与された名士であられるが、では勲章をもらえばそれができる威厳が身につくかというとそういうものでもなくて、やはり人間のにじみ出る風格とでも書くしかないものが備わっているかどうかが交渉力の決め手のように思う。

英国のコメディ、Mr.ビーンに、彼が食卓でマナーを知らず大失態を演じる爆笑シーンがあるが、英国人にとってもフレンチレストランはそういう面倒くさい場所なのだ。要は慣れ、経験がものをいう。遊び慣れた余裕というか、我が国なら京都のお茶屋さんでどうですかという風なものであるかもしれない。大石内蔵助は祇園一力茶屋で遊んで四十七士の吉良邸襲撃計画の目くらましをしたが、敵の欺き方としては最高にエレガントだ。大石ならパリでソムリエを説得できたような気もする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

興福寺参拝

2018 FEB 21 1:01:38 am by 東 賢太郎

日曜日の夕刻から火曜にかけて大阪、京都、奈良と回り、かつてない日々だった。あったこと聞いたこと一切書くべからざるである。先週13日より試練かと思われ、記憶に残ることとなろう。

京都は烏丸御池交差点の某社様だ。織田家の嫡男で信長の後継者と目された織田信忠が本能寺の変で殺された妙覚寺がこの交差点の北東すぐであり、このブログを書いて3年後にここで仕事をしようとは夢にも思わなんだ。

織田信長の謎(2)ー「本能寺の変431年目の真実」の衝撃ー

京都から近鉄で奈良へ向かう。日本の古都の位置関係、つまり奈良が京都のほぼ真南という感覚が希薄で、二都と大阪との三角形、名古屋との三角形を全く誤解していたことを知る(日本人として恥だ)。家康の伊賀越えが苛酷だったこと、なぜ半蔵に門を警護させたか、そういうことだったのか。

近鉄奈良駅頭で周辺地図を見、圧倒される。何度目だろうか。奈良は知らねばならない。帰りに興福寺に立ち寄ってみるが、藤原氏ということ以外にその来歴が頭に浮かんでこないのも寂しい限りだ。

唯一覚えている。これだけは見ようと国宝館に。

 

すこし安寧とパワーをいただけたような気分になって帰京の途に就いた。

 

 

ぶっ飛んでるぜシリコンバレー

2018 JAN 29 1:01:08 am by 東 賢太郎

シリコンバレーに現地3泊で行ってきた。実は一昨年に米国に26年住むSMCメンバーの安岡からUCサンタバーバラ校・中村修二教授が紫色の発光ダイオードを発明して起業しているときいた時は嘘だろうと思った。なぜなら彼は青色で2014年にノーベル物理学賞を受賞したのだ、自分の業績を自分で否定するようなことはしないだろうと思ったからだ。

彼は米国で講演すると300万円というバフェットなみの人だが、しかし、名声に胡坐をかくような人ではなかったということが徐々にわかってきた。ノーベル賞はどこ吹く風で常に前進前進の知的バイタリティーあふれる人だ。青色発光ダイオードは白色LEDをつくるための大発明ではあったが、実は欠陥がある。青色で出す白色光にはバイオレット(紫色)が欠落しているのだ。その欠陥を青を強く出すことで補正しているのだが青色は目の健康に悪い。もう生産してるのだから投資回収したいし訴訟を避けたい業界は口を閉ざすしかないだろうが、実に悪い。データがある。メラトニン分泌を抑制して夜眠れなくなるし、子供の目の発育を阻害して近視の子が増える。

ブルーカットの眼鏡が売れており、あのアップルがiPhone(iOS9.3以降)「Night Shift」(夜間モード)を装備したのがその確たる証拠である。青色は癌発症リスクがあるという学説もあり、デンマークでついに癌患者が勝訴という注目すべき判例が出た。しかし、中村氏の新発明である紫色LEDを使えばブルーが「悪さ」しない自然光が作れてしまう。太陽光にはもちろん紫が入っているからそれがお天道様のスペクトルなのであり、当然ながら目の健康に良く、発癌リスクはなく、白色、赤色が自然のままきれいに出て睡眠障害もない。人類は猿の時代から何百万年もその光を浴びて生きてきたのだ。

しかも紫には殺菌力がある。大腸菌O157も腸炎ビブリオ菌もインフルエンザウイルスも、2mの距離で一定時間「紫色LED」の白色照明をつけておけば死んでしまう。だから病院の院内感染防止やスーパーの生鮮食品や家庭の台所の衛生管理が容易にできるのである。現在の青色による白色光を健康被害を我慢して使うか?中国では12歳の子供の近視率がこの10年で急増しており、お手軽・お安さだけで現状が続くか?かようなデータを見て論文も読んでみて、直感的に世界の青色LEDは紫に置き換わる、大革命が起きると確信したから今がある。

東芝の専務だった僕の親戚は理科大・清華大(中国)の教授だが中村教授と同じ応用物理学会のフェローでどちらも半導体技術者だ。知り合いだそうで、そういう見えないご縁もあったようだ。教授の会社の名前はSoraa(ソラー)で僕のほうはSonar(ソナー)であって米国人幹部とはなんとなくブラザーということになっている。ソナーは優良な投資案件を探す探知機のつもりだが安岡のおかげで最高の投資対象が見つかったし、それに加えて、中村教授も米国人幹部も僕らソナーに全幅の信頼をおいて下さり様々な金融アドバイスに関して敬意を持ってその通りに対応して下さっているのがわかる。大変に光栄なことと感謝している。

ソラーは現段階ではベンチャー企業だ。資金が必要である。そこは僕がサポートすれば数百億円は集まる。そうして最後は圧勝していただこうと考えている。紫を作れるのは世界に4社しかないが中村方式はコスト効率で圧倒的に優位であり、その特許・知財戦略はオバマ大統領に表彰されたことのある俊英がやっていて誰も模倣できない。だからファイナンスさえ途切れなければ負けるはずがない。従って早めに乗ってくれた投資家は報われると考えるのである。もちろんインベストメントバンクであるソナーも半端でなく投資する。ご一緒にリスクを取る。当然だ、こんなに心が沸き立つ案件に人生何度めぐり合えようか。

世界を変える最先端技術はサンフランシスコの南西、スタンフォード大学の近隣のシリコンバレーにある。アップル、インテル、ヒューレット・パッカード、Google、Facebook、Yahoo、シスコシステムズ、オラクル、eBay、テスラは全部ここで誕生してここに本社がある。それらはみな当初は海の物とも山の物ともつかぬ会社だったが世界を席巻している。その基本は「ぶっ飛んだ発想と技術」なのだ。ぶっ飛んだ人が保守本流にはなりにくい風土の日本では育ちにくい。

日本の異常な特質だが、柔軟であるべき機関投資家運用者の頭の固さは恐るべしだ。個人投資家の方がずっとましだ。国債を買うのが仕事みたいな状態で20年も来てるのだから脳が壊死してる。米国金利が反転したら全員失業だろう。トランプの法人減税のインパクトは誰もわかってないし、僕もメキシコの壁以上にほら話と思ってたがやっちまったあのおっさん、CNNはいまだにビジネスマンだ不動産屋だとやってたが、そういう馬鹿な奴には永遠にわからない。きれいごとで投資業界に入ったのもおんなじ、まあ日本の場合エリートは来ないけども。

中村教授は本が出るほど米国で著名人である

 

ぶっ飛んだとは、常識など屁とも思わないということである。自分が正しいと思うことだけを信じて、そして何より大事なのは、御託だけ並べるんじゃなくて「やる」ということだ。中村教授はまさにそうしてノーベル物理学賞を取っている生きた見本だ。僕もおとなしく日本の大企業でちんまりと働いてればよかったんだろうし親父はそれを望んだが、自分が信じることはやればやるほど日本の常識と違うのだから仕方ない。そんな会社の奴隷みたいな人生はまっぴらごめん。米国に留学したからだと思っていたがもともと変わった日本人だったんだろうとここへ来てつとに感じるようになった。

中村教授は日本人離れした発想と行動力と速度の人だ。話しっぷりも食いっぷりもぶっ飛んでる。最高だ、学年同期だし話していて楽しくて仕方ない。裁判があって米国の教授ポストに三顧の礼で招かれたのは実は天啓、僥倖であって、そういうことでもなければ日本の閉鎖環境でもがいていたろうしソラーの起業などとうてい無理だったろう。その後は水を得た魚である。会社幹部は中村研究室選りすぐりの秀才ぞろいで200人近い社員の半分以上が物理やエンジニアリングのPhD(博士)だが、どうしてどうして酔っぱらうとみんないいやつである。ブルーは終わりだ、バイオレットの時代だ。「ブルーライト横浜」じゃねえぞ「セクシャルバイオレットNo1」だ!で平気で盛り上がってしまう。

シリコンバレーのベンチャーキャピタルの「神様」「ドン」、泣く子も黙るヴィノッド・コスラー氏もソラーの大株主でわざわざ我々のディナーに来てくれた。それがいかに物凄い事かは業界の人でないとわからないだろうが、あのサン・マイクロシステムズの創業者なのに会社の株はオラクルに売って投資家になってしまって、5000億円ぐらい持っていて成功率は抜群に高いというイチローみたいな人だ。インド系で静かにしゃべっていても強烈なオーラがあり僕はどことなく心で通じあうものがある。彼が投資しているだけでも中村教授、ソラー社のポテンシャルがお分かりいただけるだろう。

今回は投資家をお連れして25,26日と日中にみっちり会議をしたが大変実りの大きい訪米になった。25日の朝のことだ、教授の会社のあるフリーモントまでミニバスで向かう途中に、以前日本で見てブログにも「後光」と書いた写真みたいな光景が前方に現れた。これは唸った。僕は楽天家だ、吉兆と解釈するしかない。

 

帰国する土曜日はツインピークから市内を一望し、咸臨丸の碑を見てから絶景のゴールデンゲートブリッジを渡ってサウサリート ( Sausalito ) へ。どこかコート・ダ・ジュールを思わせる。みなボート、ヨットを持っていてシリコンバレーで大金持ちになってこっちへ住むんだろう。1か月ぐらいはいてみたい優雅な所だ。

 

著名なレストランのザ・スピンネーカー(上)は誠に素晴らしい。僕はアメリカで一番うまい食い物はハンバーガーだと思ってるので、無粋ではあるが皆様にはこれをお楽しみいただいた。200gあろうかという肉は最高だ。

今回は本当に面白かった。帰宅したばかりだが興奮冷めやらぬ。オペラハウスもサンフランシスコ交響楽団もあるし、僕はここで死にかけたこともあるしそれもご縁だ、なんかぶっ飛んだ人に囲まれてシリコンバレーに棲みつきたくなってきた。ソナーはここから情報だけでなく感性の刺激をいただいて、格段にパワーアップした重量級の会社になるだろう。

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またかいな、iPS細胞論文の捏造・改ざん

2018 JAN 23 1:01:00 am by 東 賢太郎

海外に16年住んでみた経験だが、官民に関わらず日本のもろもろの管理システムはしっかりしていると思う。しかし、そのパフォーマンスのかなりの部分は日本人のもつ真面目さ、勤勉さ、責任感などの人的要素に依存しているのであって、必ずしも機械が優秀というわけではない。このところ、そう痛感する二ュースが多いのがとても気になる。

相次ぐ名門企業のスペックごまかしと隠ぺいがあると思えば、新幹線の台車ひび割れ事件でJRの管理体制の甘さにぞっとした。そうしたら日本航空機が管制の許可を受けないまま関西空港に着陸だ、しかも管制側も着陸の許可を出し忘れていたというのだからお似合いのペアだったわけだ。

以上はすべて人命にかかわることだ。誰もが信頼する公的な管理システムが実は「ごめんなさい、忘れてました」で済む軽さで作動しているのだろうか。事故が起きればトップが並んでカメラの前で45度のお辞儀を15~20秒して終わりなのか。管理システムもお辞儀もどこか「マニュアル化」しているように思う。

人命には関わらないが人生は左右する場面でも目を疑うことが起きている。センター入試で試験官のスマホが試験中に鳴って、それが英語のリスニング中というのだからひどい。阪大は物理の出題ミスで誤って不合格となった受験生が30人もいたが、認めたのが1年後だ。京大も昨年の物理の入試問題に「条件が不足しており、解答不能ではないか」の指摘が出ている。

東大入試だってあった。1975年の二次試験、数学の設問2は ℓ ≠0という条件がないと解けず僕は答案に「出題ミスである」と文句も書いた。人間だから仕方ないが、出題なんか間違うなら採点のミスはないのかとも疑ってしまう。確定的に答えが出る理数系は複数の目でチェックすれば防げるはずであって、それをしていないと考えるしかない。

ここまで書いたら、ついに「京都大学iPS細胞研究所で論文のデータに捏造、改ざん」というニュースが飛び込んできてしまった。STAP細胞事件の顛末を知りながらどういう野太い神経でこれができてしまうのか、蛮勇に敬意を表するしかない。どうせばれないだろうというお気軽な魂胆は名門企業のスペックごまかし・隠ぺい事件に直流で繋がっている。

僕はシューマンの交響曲のスコアを「改ざん」する奴は許し難いと思っていてシューリヒトのようなクズのCDは廃棄処分する。まして科学研究だ。スコアを書いたのは「神」なのだ。「論文の見栄えを良くしたかった」と女がアイメイクする気軽さで神を超えたこの助教は何様なんだろう?そういう視点に立てない人は科学者も指揮者もだめだと烙印を押すのに何のためらいも感じない。

それが人間なのだろう。そういう輩はいつもどこの国でも出現する。法律という社会正義に違反するわけじゃない、科学者としてジ・エンドになるだけだ。しかし、その人の人生が打ち止めになろうと自己責任だからどうでもいいが、その巻き添えで人生打ち止めになる他人が出る社会は正義に反していると思う。

以下は私見だ。

山中教授に管理責任は及ぶのかもしれないが、あれほど大問題を起こして屁の河童の相撲協会理事長もいることだ。教授が米国に行ってしまうような事態は避けたい。中村修二教授は米国籍になったが新発明の紫色LEDは日本でお役立ちすべきだと僕は考えてご支援している。文学者のノーベル賞も結構だが日本は永続的に科学立国であるべきで、ワールドクラスの科学研究は国をあげて守らなくてはならない。

 

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西部邁さん死去、多摩川で自殺か

2018 JAN 21 23:23:02 pm by 東 賢太郎

きのう例の綱島の温泉で8時間も汗を流してぼ~っとした。去年の6月から重要案件で疲れきっていて、ここから正念場なので頭を軽くしたかった。その効能はあったけども体重は減っていない。風呂や岩盤浴で2キロぐらい上下はするが、所詮は水の出し入れだ。そこで今日は多摩川を走ろうと思い至った。何と4か月もサボっていたから本当に久しぶりの決断だった。

新品のシューズを買っていたが体はなまってる。どたどたという無様な感じで坂を下った。多摩川の土手まで来るといつも右か左か、どっちへ向かおうか迷う。行先はというと右は二子玉川、左は巨人軍グラウンドと決まってる。へたってるのでお手軽な左で済まそうかと思ったが、そんなんじゃいかんと足は右へ向いていた。

そんな日にそこでそんな事が起っていようとは・・・。西部邁氏が多摩川河川敷で発見されて亡くなったと知ったのは帰宅してからだ。報道では「現場は東急東横線多摩川駅から西に約600メートルの野球のグラウンドやサッカー場などがある河川敷近く」とあるのでおそらく巨人軍グラウンドあたり。まさにそこだったのだ。

西部 邁ゼミナール、面白かった。氏の見識は人間味と遊び心のエッセンスそのものだ。そこいらのくそ真面目なだけの事務員みたいな学者とは雲泥の差で、人間の質が違う。大衆社会批判、対米追従批判は同感を超えて僕には痛快であり、テーマ曲にドビッシーを使ってるのも彼の趣味かどうか知らないがおしゃれと思っていた。いつかお会いしたい筆頭の方だった。

この最後の放送で「物事を総合的に見ることができないmassばかりの世の中になった」「massは無知な大衆じゃない、教育を受けた人ほどそうなる」「こんな所ではいくら書いてもしゃべってもだめだ」「言論は虚しい」となる。わかる・・・。そして「僕の人生はほとんど無駄でありました」でくくる。そして人生もくくられたのか。

こんな知の巨人がそう言うなら僕ごときが何をあがいても無駄だ。ブログの読者はmassに属しない方々と信じるが、しかし99%は明らかにmass(=馬鹿)なのだ。過去につづったこのようなもので僕が西部氏にいかに共感していたかお察しいただけるだろうか。度々勇気をいただきました、お会いしたかったです。

頭が良くて馬鹿 (ラ・ロシュフコー) とは?

僕の人生哲学(イギリス経験論)の起源

「フランス学序説」に教わったこと

教養のすすめ

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力を抜いて自然体の年に

2018 JAN 3 22:22:56 pm by 東 賢太郎

皆様、明けましておめでとうございます。

仕事がら海外とやりとりしているのであんまりお正月の感覚がなく、今年は年賀状がないのでますますそんな感じです。しかし米国は昨日が仕事始めでもう既にメールが入りだしています。元旦は父と従妹が来て正月らしくにぎやかでしたが、今年もやるぞというキックオフ感はありません。このまま力を抜いてぜひ自然体でのぞみたいものです。

社業は順調で有難く、1月に4つの契約を見込んでいます。日米の名だたる大企業様にご信任を頂くのは身が引き締る思いで、責任をもって役目を務めることはもちろん、ソナー・アドバイザーズ株式会社の実力を飛躍させるべく舵取りしなくてはなりません。その意味で2018年は特別の年になるでしょう。

個人的には昨年は勉強、情報のインプットが不足していました。これはまずくて、「いい話」は単品でキャッチできますが「悪い話」は情報のシャワーを浴びながら肌で感知するものなのです。いい話の方だって、自分で理解できないことはできませんから勉強不足だと逃がしてしまいますし、今年は時間を取って海外にも足を運んで学びたいと思います。

TVで「勝てなかったライバル」の番組を見ていました。僕にも何人かいたのですが、勉強や野球や出世では勝てなかったけど人生ゲームでは絶対に負けない。彼にというよりも、もういいやとなると自分に負けと思うのです。そんな自分は見たくないと思わせてくれました。

ヤクルトの伊藤智仁が故障したのは「酷使した俺のせい」と野村克也監督が謝ると、伊藤が毅然として「そう思ってほしくない」「(肘に異変があった)あそこで降板する方が嫌だった」「マウンドに登ったら最後まで投げるのが当たり前。腕がちぎれてもいいと思って投げた」と言ったのに、ジーンときました。

今思うと僕の人生で一番大事だったのは男のプライドだった野球で、それ以外の一切のことは価値観としてどうでもよく、やっぱり肘をやって肩をやって2か月で人生が終わった伊藤の気持ちがわかる。大御所・野村の陳謝に伊藤が感極まってというシーンを狙ったTVの思惑とちがう答えが返ってそう思いました。

今どきの若いピッチャーだって「マウンドに登ったら最後まで投げる」はないでしょう。伊藤にその悔いがないはずがない。でも、男がそれを言っちゃあおしまいよなんです。「監督、ありがとうございます」とか「そんなことおっしゃらないで下さい」なんて言えば、彼は自分に負けです。それは嫌だ、当然です。

僕は高2で野球ができない体になって布団で悔し涙が止まらなくなって、でもそれでコノヤローとなって、じゃあ勉強、仕事で勝ってやろうとなってその後がありました。同様に、起業してからも零細企業だから悔しくてコノヤローが何度もありました。やっと、それをバネにできるところに来たように思います。今年は周囲には優しく、静かに自然体で前に進みたいものです。

今年もSMCでお会いできることを楽しみに、皆様のご多幸とご健康を祈念しております。

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辛かった今年の明るい5大ニュース

2017 DEC 31 22:22:26 pm by 東 賢太郎

今年は前半が母の看護、後半は米国の案件で埋まり夏休みはなしだった。身近な知人までが、去年の中村に始まり今年も3人亡くなり落ち込んだ。そんな中で前向きなパワーが出ていたとはとうてい思い難いが、本業は不思議と好調になった。来年は会社を引っ越し人員も増やす。思えば仕事の方だって今年は数々の不運、試練に襲われてもうだめだと思ったが、結果的にはオセロゲームのように全部が僥倖に変わってしまったからおそるべしだ。

人生こうやって8割が運だった。1ミリの謙遜もない。その刹那はあっちにすればよかったな、失敗したなというのは数えきれないが、でもそっちを選ばなかったから今があるのは事実であって、それに満足である以上反論のしようがない。「これで良しとしとこうよ」という現実との妥協、ゴールポストの再設定はあり得ない性格であって、それで得点してるのだから努力という言葉が空しくなってしまい、ついに「人生は運だけだ」という盤石の結論に到達するのである。

あえてポジティブなものだけ選ぶ「今年の5大ニュース」はこうだ。

 

第1位 当社に新卒が入社内定

彼も就職は人生初だがお迎えする方も出来て1年の会社でもちろん初の新卒採用だ。さっき彼の大学の先輩である黒澤明の「七人の侍」をやっていて久々に見た。偶然だがタイミングが良すぎる、なにかあるぞ。世界一の映画監督に育ってくれ。期待をこめて堂々の1位とする。

 

第2位 人生初のネコ島探訪

愛媛県の青島で一日ネコと遊ぶ夢のような時間であり、民家で昼寝させてもらったのでますます夢のようであり、ネコのように丸っこい思い出となっている。朝4時にホテルを出て6時の渡航は疲労した老体には誠に難儀であったが、そこまでして人生未達だった夢を果たしたのは愛猫家として誇りに思う。

 

第3位 球史に残るカープの「七夕の奇跡」を目撃

7月7日、神宮球場。9回表5点差をひっくり返しての大逆転勝ちは、あまりの壮絶さに鳥肌がたち、茫然として息子と言葉もなし。カープ勝利の嬉しさよりも、野球の恐ろしさ、打たれた小川投手のショックに気持ちが吸い取られていた。文句なく人生で観たすべての野球で最も震撼する、驚くべき試合であった。なお、それなのにSMCの方に書かなかったのは母の喪中で憚ったから。だからソナーのブログに書いたが、ソナーの業績好調はいま思えばこの時期からスタートしていた。そして、これが今年球場で観戦した唯一の野球だった。

http://sonaradvisers.co.jp/2017/07/08/1597/

 

第4位 ノーベル物理学賞・中村修二先生の知己を得る

同い年だ。話が合う。物理特性として青色LEDは八合目であり紫色LEDが頂上であるのは自明と納得したが、しかしまだ世界は詳しくは知らない。こういうのは経験から革命の予感がある。

 

第5位 ヨガを始める

といってもまだ1回だけだが。やってみると非常に苦しくてまったく歯が立たない。ということは克服すればいいことがあるはずだ。大勢だとみっともないのでマンツーマンで、女性の先生がやさしいのがいい。

 

(番外)

ブログ訪問件数が100万をこえる

ITの世界の予測数字はなんら当てにならないと悟った。そこから1か月でもう120万になり、確信となった。ということはその世界にプロなど一人もいないということであり、誰でも何でもできる可能性があるコロンブスの西方航路ということだ。5年の実験結果である。

 

ネクサスの1周年お祝い

 

ネコ三昧のいちにち(愛媛県・青島探訪記)

皆さん、良いお年をお迎えください。

 

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ネクサスの1周年お祝い

2017 DEC 23 23:23:13 pm by 東 賢太郎

ソナー・アドバイザーズ(SA)ができて7年、ソナー・メンバーズクラブ(SMC)ができて5年、そして動画制作会社ネクサス(NX)が配信をスタートして今日でちょうど1年になった。

このブログの下の方にある「厳選動画のご紹介」にあるのがネクサスの動画3本である。真ん中の木ノ内輝氏は医学の道を志してハーバード大学研究室に在籍した秀才だが、映画製作が夢であり、在学中に中川龍太郎監督とプロデュースした『Calling』がなんとボストン国際映画祭にて最優秀撮影賞を受賞した。それを契機に映画制作会社を起業して事業家に華麗な転身をとげ、ハフポストに「映画界のテスラ」と評されている。先日食事したが、物静かで礼儀正しいが明確な人生観と情熱を併せ持った好青年だ。

多くの才能ある人が安定志向ゆえにただの人で終わるのが日本だ。大企業は才能の墓場である。ロンドンの同僚が帰国して「満員電車は嫌だけど乗っちゃった方が楽なのが日本なんだよ」とうまいことを言ったが、木ノ内氏のようにあれに乗らない人生は勇気がいるし大変なのだ。だからそのリスクを取っている若者を支援し浮力をつけてあげたい。何ができるかと考えた結果、動画を撮ってyoutubeで放映し必要な資金をクラウドファンディングで集めてあげようという目的もになった会社がネクサスだ。金融は僕の領域だ。

そういう会社は日本にない。たった2人で手探りのスタートだったが現在は正社員3人に有能なパートナーと学生のサポートスタッフたちがネクサス独自の新しいコンセプトに惹かれて参集してくれ、1年で約50人の世界を目指す若者に出演してもらい70以上もの動画を配信できたのは想定外の大成果だ。もちろん仕事のための仕事ではない。好きなものたちが好きなことに情熱を傾けてくれた結果である。当初は主演交渉もままならず制作にも苦労したが、最近の作品のクオリティは下手なTV番組より上と自負しているし、それでもまだまだ途上だ。

出演者は伸びしろがあると当社が選定した原則アマチュアである。将来世界に羽ばたくポテンシャルのある人なら結構だからジャンルは多種多様となったが、誰でもというわけではなく我々なりの独自の審査基準で選んでいる。出演してもらうとネクスター(次世代のスター)という称号を与え、検索のサイト名はネクスタイル(NEXTYLE) だ。NEXT、NEXT・・・僕は今は興味がない、次のこと、未来のことしか考えていない。

木ノ内氏だけではない、ネクスターの中からは早くも以下の3人のように世界に羽ばたき始めた人が出ている。我々の審査基準は間違っていないと自信が深まりつつある。

斎藤洸氏。「SNARE COVER」としてドイツで開催した世界大会「Taubertal Festival」で3万人のオーディエンス前で世界4位を勝ち取り、さらにベストシンガー賞受賞。

松上一平氏。3年に一度開催されるヴァイオリン製作最難関コンクール「クレモナ国際ヴァイオリン製作コンクール(トリエンナーレ)」で30歳以下の最高得点者に贈られる若手最優秀賞「Simone Fernando Sacconi賞」を受賞。

柴野大造氏。ジェラートの本場イタリア ローマにあるジェラート界で最も権威のあるイタリア食文化アカデミーにて、アジア初の「世界ジェラート大使」(Ambasciatore del Gelato Italiano nel Mondo)の称号が与えられた。

いや、この3人を挙げる僕は古いのかもしれない。世界で賞を取る価値は些かも変わらないが、それだけが羽ばたきという時代ではないのだろう。コンテスト、コンクールのないジャンルでもyoutubeでブレークする人がいるし、権威がお墨をつけるよりネットで有名になればスター、富豪という時代が急速にやってきていると感じる。それはスマホが普及した2013年からの大潮流であり、電車の中でも歩きながらでも人類がネットにつながっている時間が増えたことの副産物なのだ。

その流れに乗っているネクサス株式会社がどうなるかは僕よりも現場がよく知っている。新卒のTくんが入社を希望してくれたのだ。まさかあの黒澤明監督を輩出した日本大学芸術学部監督コースの人に1年もたってない会社が内定を出そうとは想像もしなかった。しかも彼は平凡な学生ではない、この12月2日に第五回 八王子ShortFilmFestivalで学生部門グランプリ受賞という金メダリストである。ドラフト1位で中村を引き当てた広島カープ松田オーナーも嬉しかったろうが、この知らせは僕の今年一番の朗報だ。

Tくんの如き俊英が入りたいというのだからご想像いただけるだろうが、やはり日芸のHくん、Nさんらがサポートしている制作チームは掛け値なしにグランプリレベルでありパートナーの方々はベテランだ。CEOは僕だが現場はCOOのIくんに任せて予算以外に余計な口出しはしない。言っているのは僕の究極のビジョンであるディズニーランド構想と、ちゃんと休ませろよだけだ。

喪中の今年は忘年会はしないが、ネクサスの諸君のご苦労をねぎらいたく1周年記念焼肉パーティーだけはやることにした。赤坂の店で好きなだけ食ってよし!だ。みんな若い。22、24、30、31・・・そう俺だってその齢があったんだぜと当たり前のことをほざくあたりからマッコリで出来上がった親父になっている。キミらの年になりたいなあ、ドラえもんが人生交換機をくれたらどうかな、Hくん、キミいくら払ったら僕と入れ替わってくれる?1億?10億?

だいたいこういうことになる。木ノ内氏にも申し上げたが、日記をつけろよ、アートを作るなら感動力を鍛えろよ、風呂でできるよ、自分が感動しないもので他人が感動するはずないだろ、空気なんか読むなよ、若気の至りオッケー、キミらはレッドカード5枚までオッケーだ、若さの爆発で作れよ、ショパンのコンチェルトは20才、ストラヴィンスキーの火の鳥は28才だぜ、年齢なりがいいんだ、彼らはトシ食ったら二度とあんなのは書けなかったんだよ・・・。

すっかり皆さんに若さをいただいた。ご利益だ。この場を借りて、出席できなかった人にもMany thanks!Merry X’mas!

 

世界一の人を出したい

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貴乃花親方の目

2017 DEC 22 1:01:53 am by 東 賢太郎

相撲が面白いと思ったのは北の湖のころだ。強すぎてヒール役だったから僕は嫌いなはずなのだが、たまたま新婚旅行で北海道へ行ったおりに横綱のお父さんにお会いして蜜柑をごちそうになった。それでファンになってしまったのだからいい加減なものだが、北の湖は強いうえに姿も勝ち方も美しかったと思う。そればかりか、ほんのたまに負けた時さえも、本当に強い人が負けたんだ、これぞ価値ある金星だと見えた。いまどきの金星なんてお小遣いもらったよラッキーぐらいにしか見えないのが多い。彼がヒールだったと評するよりも、そこまで堂々の圧勝で憎たらしいほど強い横綱があまりいないと言った方が近いのではないか。

北の湖と輪島の両横綱が優勝をかけた千秋楽の大一番というのが最高の見ものだった。輪島もこれまた滅法強かったのだ。盤石の腰の重い北の湖を唯一振り回す威力のあった「黄金の左」の炸裂には熱狂したしスポーツであれほど興奮できたのもそう記憶がない。加えて、輪湖をおびやかした貴ノ花、僕の好みだった投げの魁傑、ピラニアの旭國、ふてぶてしい長谷川、四股の足がよく伸びた豊山、色男の若三杉、がぶり寄りの荒勢、地味に強かったがまわしのゆるんだ三重ノ海、元祖技のデパート増位山、そして麒麟児、鷲羽山、高見山、黒姫山、富士桜、金剛・・・凄い。なんて個性ある力士たちだろう。どの組み合わせの取り組みだって思いだしてわくわくする。

魁傑・旭國戦なんて最高、いぶし銀の輝き!まさしくライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のシューマンである。いまも記憶にあるこの一戦は熱かった。

この時代、大学生で暇だったから一番一番じっくり観ていたのだ。就職したらもうこの時間帯は無理。そこから海外へ行ってしまったから大相撲というと輪湖時代になってしまうのだが、この頃が面白かったという方は結構多いようだ。

あるとき国技館で勝ち名乗りをうけて意気揚々と引きあげる北の湖の左肩を叩いてみたら巨大な岩みたいで衝撃だった。あれでぶつかりあうなど常人の想像を絶することで、米国の巨漢アメフト選手が幕下力士に吹っ飛ばされてしまうときいた。最強の男たちが命がけでガチンコで当たる。強い方が肩で風切る。男の世界で当たり前じゃないかと思ったし、憧れでもあった。まったく同様のノリで当時ハマっていたのは任侠映画の高倉健、鶴田浩二、洋物はゴッドファーザーのドン・コルレオーネ(マーロン・ブランド)であった。

後に社会人になって営業店に出たら「数字が人格」と堂々と言われた。当時の証券営業はそういうもので新人はその禊を経て一人前、そこで多くが辞めてしまう離職率ダントツの業界であり、中でも野村は数字序列の厳しい会社として一般世間ではヘトヘト証券と揶揄されたが業界内では掛け値なしに嫉妬も畏敬もされていた。覚悟はあったもののまさにこれは「角界」であり、ここで肩で風切るのは無理だと辞表を書きかけたことがある。いろいろの僥倖もあって生き残ったが、あまりの厳しさに首の皮一枚まで追い込まれていた。

いま思えばそこで音を上げてもクビにはならなかったろうが、「おい帝大」と呼ばれ「お前に株は無理や」と言われてメラメラと負けん気に火がついたのが人生を決めた。よーしそれならと体育会感覚でプライドの戦いを挑んだから人格まで変わった。そこから10年、ロンドンを終えるまで絶対に数字で負けないという強烈なプライドで営業の「背番号」を背負ったが、株の世界で僕に意見する人はだんだんいなくなった。

それがサラリーマンとして正しい道だったか不明だが、抗いようもない性格であった。営業成績で出世する会社ではあったがもちろんそれだけではない。しかし社内政治はしない。そこに証券不祥事を機に会社のガバナンス御一新みたいなのがあって、営業成績主義はやめ、できる奴は危ないという空気になったのが決定的だった。わざわざ出来ない奴が経営するんだからここについては失敬になるし書かないが、命がけで来た道がだめでしたとなっては他社に移籍する不安よりそこに残る苦痛のほうが大きかった。捨てる神あれば拾う神ありで、噂の段階で真っ先に声をかけてくださったのが2つの銀行系だ。いない毛色の人間であったようで、最初にお会いしてひとめぼれの相思相愛になってしまった。

自分で辞めたというのは新人の時代とはわけが違う。本社のライン部長であったのだから経営の一部であり、体制に反旗を翻したということである。それもライバルの興銀、富士、第一勧銀を母体とする証券会社への移籍、しかも銀行トップが命運をかけていた戦略部署の株式引受ヘッドだったから目を引いたのか、そういう趣旨の特集記事が経済誌の表紙を飾ってしまい、インタビューもされずに氏名を書かれたのも困ったが会社にご迷惑をかけたのは痛恨だった。なぜなら会社が嫌いになったわけではなく、自分のビジネススキルのすべてを作っていただいた野村イズムはいかなる理屈も超越して大好きだったからである。

こんなことを思い出してしまったのは、先日の相撲協会理事会で周囲を睥睨する貴乃花親方の目を見てからだ。あなたがたのことは歯牙にも掛けてませんよ、徹底的に戦いますよというあの目は心の奥底で僕にカーンと音をたてて響くものがあった。あれは仕方ない。命を削った仕事の結果、794勝+優勝22回の男が591勝+優勝8回の男にあの目を向けるのは僕にはあまりにフツーである。そうじゃないという人は男が命を削るということを知らない。人はみな平等とか一般社会常識とか、そんなもので論じることなどアホらしいほど無意味なのである。僕は公益財団法人日本相撲協会は社会常識で運営されるべきと思う。しかしその構成員が戦績やプライドをご和算にして仲良くやりましょうなんて必要はさらさらない。

命を削ってない相撲があると週刊誌沙汰になっている。真偽はわからない。ただ、仮にそうならばそんな相撲ショーは素人にだって見抜かれ、やがて見放される。だからそういう横綱が何十回優勝しようと、人気があって客が入ればいいというなら協会は目先の繁栄と引き換えにいずれ相撲という神事、国技はおろか興行としての業界をも潰すだろう。それを止めるガバナンスが定款にビルトインされていないことを公益財団法人日本相撲協会が確認することがここからの問題であろう。しかし協会を人間に例えるなら、脳みそがどこについているのか僕にはさっぱりわからない。自分で横綱に推挙した白鵬、鶴竜を処分しながら、推挙した自分の非には言及しなくて済む横綱審議委員会の権能の由来を相撲通の外人に尋ねられたが、そんなもん俺は知らん、Only God knows.(神のみぞ知る)と答えたらOh, I see it’s Shinto business.(そうか神事をうたったビジネスだもんな)とジョークがきた。空気を醸し出しておいてソンタクしてねという仕組みは、流行語大賞にはなれてもgovernanceと呼ぶに能わずである。

貴乃花はあの輪湖時代の雰囲気のある強くて美しい横綱だったと思っており、相撲の王道を哲学に持っていると信じたいがまだわからない。それを見せてほしいし、それが確認できれば支持するという国民は僕を含めてたくさんいると思うが、男は黙っての時代でもない、説得力ある言説を望みたい。格下を見下すのは結構だが、そのあまりにガバナンスを壊せば返り血を浴びる。本気でケンカするならぜひ強い横綱であっていただきたい。

 

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「ロッテアライリゾート」でスキー

2017 DEC 18 11:11:57 am by 東 賢太郎

この土・日は新潟にスキーに出かけた。15、6年前に家族でニセコに行って以来だ。北陸は豪雪ときいていたが土曜日(12月16日)は行ってみると写真のようにうす曇りで晴れ間ものぞき、ゲレンデ前のホテルあたりは道に雪がないではないか。気温も東京ぐらいで、あれっと思った。セレモニーがあったのでこの日は滑らず、夜は温泉でのんびりさせていただき翌日に備えた。

ところがだ、いよいよゲレンデだと意気ごんだ日曜日は朝から強い吹雪となっていて昨日とは別世界である。ホテル前は一夜でこんなになっており、ゴンドラの上の方は大丈夫かと思いやられる。なにせここは951メートルの高低差に11コースがあって、ノンストップで滑れる滑走距離が本州で最長クラスの5.2キロもあるのだ。

こちとらスイス仕込みでスキーはまずまず自信がある。初めては小学校だったが本格的にしたのは大学1年で、そこからハマってしまい毎年何回か出かけた。八方尾根で飛ばしすぎて肋骨を折ったもののそれ以後は派手にころんだ記憶はない。自己流で級は取ってないがどこの上級者コースを滑っても「ころばぬ一級」のつもりだった。サンモリッツで子供たちのコーチに雇ったアニタさんというイタリアのオリンピック代表チーム(金メダル3つのアルベルト・トンバのころだ)の女性がいて、お願いしてすぐ後ろを滑らせてもらったことがある。プロのコブのなめ方が意外だったができるじゃんと思った。以来奥義を体得した気でいたのだ。

ということでブランクがあるとはいえナメていたわけだが、リフトから降りてこれはいかんと思った。体がデブで重く太ももと膝がへろへろである。板も昔と違って先端が太目であり、そろうと危ない感じがしてしまう。恐怖感から一気に初心者に戻ってしまいなんのこっちゃでまずボーゲンだ。周囲は無人。なにせ吹雪である。メガネは邪魔なのでなしにして裸眼にゴーグルだが、視力以前に視界が悪い。新雪でシュプールはなく、まっさらなヴァージンパウダースノーは最高である。しかしここまで映画のシーンみたいな貸し切り状態のすばらしい雪はスイスやイタリアでも経験なく、滑降中も板は靴あたりまでずっぽりと埋まってしまい、ターンがままならない。

それでもちょっと慣れてきて加速した。レーンの左端で右に曲がろうと思った時だ、雪面がよく見えず遠近感がないものだから吹き溜まりで盛り上がった土手がぜんぜん見えてなかった。アッと気づいたらもうそれに真正面からぶちこんでいた。無様につんのめって大破し、なんと、外れた板がふわふわの雪に埋まって行方不明になってしまった。さんざん新雪をモグラみたいに手でほじくりかえして、一本は出てきたがもう片方がない(笑)。幸い通過したお兄さんが救急隊を呼んでくれて探索の末にやっと発掘されたが、ご迷惑をかけてしまった。こんな具合で今回は下手を自覚して終わったがあまりにもったいない。再挑戦の意欲がわいてきた。

この日、周囲に人がいなかったのは、ここが16日にオープンしたばかりだからだ。名前は「ロッテアライリゾート」である。このあたりは日本有数の豪雪地帯で我が国スキー発祥の地でもある。このコース、初心者は下の方で充分に遊べるし、上の方の雪質は本州最高といわれ中級・上級者にはたまらないだろう。僕はスイスに2年半住んだから著名スキーリゾートは全部行ったが、比べても遜色なしだ。土曜日にオープニングセレモニーとパーティーがあり、来賓の氏名は書けないが宮様、衆参議員、県知事、市長、財界トップお歴々からサッカーの中田 英寿氏ら各界大勢で司会はTBSアナウンサー、テレビ朝日「世界の車窓から」テーマ曲の溝口肇氏のチェロ演奏などもあり、末席を汚させていただいたのだが楽しかった。

http://search.yahoo.co.jp/r/FOR=.jLVb_xV3ihvH.Rp_oPuoqnqrv96jS8pyGVN9EnObx8mcpSyDwBhbqci3UR2uAPmEzv0wiLqXc3Cxsjue97.QU2dPC04dMhndet0oTMm.a8.ioBpVdxSx7gxmJ5Kzc_sDUMli2IGZj8o_ULSoBKFCQm2Cfga_rrHXb5k.A3z6NuWitlacPmSmqDpwMaxBq0NvOEL0SYXTQ–/_ylt=A2Ri0HvcujZazw8Ac5GDTwx.;_ylu=X3oDMTBtNHJhZXRnBHBvcwMxBHNlYwNzcgRzbGsDdGl0bGU-/SIG=11gqkrp8m/EXP=1513637020/**https%3A//lottearairesort.com/

北陸新幹線で東京駅から2時間、妙高や赤倉の近くの上越妙高駅で下車するとピックアップしてくれる。日本だと「スキー場」というが、そういう英語はなく『マウンテンリゾート』であり、ここはその名にかなう欧米スタンダードである。部屋はこんなものだ。イメージとして5つ星の高級リゾートホテルに日本トップレベルのスキーゲレンデがついていると言った方が正しい。日本的なことがあるとすれば、新品の用具のレンタルが完備していて新幹線で手ぶらで行って本格スキーができてしまうことだ。マイ・スキーと重たい靴をかついで出かけたあの苦行は何だったんだと思ってしまう。

6月まで滑れるそうで、スイスだとマッターホルン近郊の上の方(クライネ・マッターホルンより上)並みということになろう。そこからはお楽しみはゴルフやスイス流のトレッキングなどになるがそっちも本格派だ。木の間に張ったワイヤを滑車で滑り降りる「ジップツアー」は1・5キロもありアジアで最長、まさに『マウンテンリゾート』だ。新潟だから食事も酒もよろしく、朝食の小皿の質と品数は圧巻であった。1800メートル掘った源泉を引いた立派な風呂(上)があるから僕などスキーは若い人たちにおまかせしてぼーっとしているだけでもいい。山から下りてきて雪の降り積もる大きな露天風呂と気の香りがゆかしいサウナでゆったり過ごしたが究極の贅沢だった。ちなみにロッテホテルというのは知らない人もいるが国賓の定宿、日本なら帝国、オークラであり、我が国の首相もプーチンも泊る。

今回は仕事であったが今後は家族、社員でも使わせていただこうと決めた。5.2キロの滑降は天気のいい日にチャレンジだ。体重も減るだろう。贔屓目なしにお勧めである。

 

PS

夕方になったので、帰りの新幹線ではお弁当を食べてみることにした。なかでもまったく期待しなかったがすすめられたので買った真ん中の「鱈めし」はあなどれなかった。1200円で小さめだが鱈の甘露煮、タラコ、ワサビ漬けのハーモニーは絶妙でまぎれもなくうまい。無駄なものが一切なく、サイズの小さめは凝集感を演出するためかというほどニクい。

 

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