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カテゴリー: 徒然に

高度成長期はカンブリア紀であった

2019 JAN 20 0:00:07 am by 東 賢太郎

最近のヒザ痛は精神的にもよくないですね、何はなくとも足腰だけは自信あったですから。今日はニューオータニのゴールデンスパに入会し、ジムでトレーナーの小山さんについて鍛えなおそうと奮起いたしました。

体幹のストレッチをやっていて、何か運動されてました?と聞かれ野球と答えましたが、いかんいかんと思ったのです。そんなのいつの話だよ?そうね、それ、今はショーワって呼ぶんだよね。意味ないんですね、だって平成すら終わろうとしてるのに・・・。子供のころ、おばあちゃんってメージ生まれなんだねと言いながら江戸時代みたいに遠い気がしてた、あの立場になっちゃったんですね。

去年は経営上の大きな危機がありました。そのときはそう思ってなかったけど、いまになって振り返るとそうだ。それは外的な変化によるもので、未曽有のストレス要因でもありました。おかげで心身とも弱りましたが、なんとかそれを乗り越えつつあるいま、逆に会社としては一皮むけて強くなった実感があるから不思議ですね。

このことは、地球の歴史と生物進化の関係を独創的な視点で説いた東工大 丸山 茂徳特命教授の主張を思い出させます。

非常に刺激的な仮説である

教授の著書「地球史を読み解く」によると地球には原生代に銀河系の星雲衝突によるスターバースト放射線によって雲に覆われ、太陽光線が遮断されて赤道まで完全に凍りつくという「全球凍結」が2回(22-24億年前と5.5-7.7億年前)おこりました。その極寒環境で既存の生物は絶滅し、火山帯の熱で生き残った生命が突然変異を伴って次世代に繁殖したのですが、この環境変化において細胞は別生物だったミトコンドリアを取り込み、後に哺乳類と腸内細菌のがしているような「共生関係」になるという新しい適応方法も生まれて新しい生物が生存したそうです。

そのように、生命というものが外的環境の変化、特に危機的な激変によってダイナミック(動的)に急速に変化するということ、それも、その変化が後世に生き残るという鍵であるという点は歴史(結果論的視点)からは「いつも正しい」わけです。変化して死んだのもいるでしょうが、変化しなかったのは確実に絶滅したわけですから、「適応力のあること」こそが進化、成長、繁栄への一里塚(必要条件)であることは間違いないと思います。この「外的環境の、しかもとりわけシビアで危機的な変化こそが生物を強くして進化させる」というテーゼがどういうメカニズムで発生するのかは丸山教授の本でも他の書籍でもわかりませんでした。

しかし、そうではあっても、ということは、重要な結論を導くのです。結果論的視点ではない「現在(now)」においてAかBかを選択しなくてはいけない場合、「適応力のないほうは捨てろ」という結論です。どんなにいま現在、盤石で強く、永続的、魅力的に見えようとです。人、会社、大学、役所、国、経営戦略、すべてにおいてと考えたほうがよい。僕は若者に「若いときの苦労は買ってでもしろ」「選択肢があれば嫌な方を選べ」と教えるのはそのためです。適応力はそうやって訓練できるからです。国だってそうだ。三方敵であるスイスに住んでその強さを知ったし、日本国の歴史だって中国、韓半島の情勢変化に揺動されておきた事件がたくさんある。両国とも事態に適応する力で征服されずに生き延びた歴史をもっています。

しかしもっと身近な例で、皆さんが学校、就職先、恋人、結婚相手、社員を選ぶとき、投資する株、人事評価、経営者にとって経営戦略を策定するとき、もっというなら皆さんは毎日何らかの小さな選択をしていますが、そこでもです。人生はその積み重ねだからこのテーゼを常に頭の片隅に置いた方が良いと僕は思っています。

第一世代のルンバ

企業に当てはめてみましょう。企業というのは生物と似ていて、ダイナミックな外的環境変化に適応し変化していかないと死を迎えます。倒産するか吸収合併されるということです。後者の場合、社名やブランド名は残ってもそれは外部に見せるだけの抜け殻で、内臓は捕食者に食い尽くされています。日本のお家芸だった半導体や家電産業は好例でしょう。気づかぬうちにスターバースト放射線が放射され、全球凍結があったのです。その極寒の環境のなかで、死滅したと思われた英国の家電業界からサイクロン式掃除機のダイソン社が、アメリカからは「ルンバ」のiRobot社が出現しました。日本の家電メーカーが思いもよらぬ新生物の登場です。僕はルンバを初めて見たとき、カンブリア紀に我が世を謳歌した古生物さながらに見えました。しかし、仮に100年後にルンバやサイクロンしか残らなかったとするならば、後世人類の目には、我々の使ってきた日立や東芝の「電気掃除機」が奇態なカンブリア紀の生物に写るでしょう。

ルンバはロボット、AIという進化した脳が掃除機という旧世代生物に寄生してできた新生物です。これが「細胞は別生物だったミトコンドリアを取り込み、哺乳類は腸内細菌と共生関係になる」という適応です。我々の脳と腸はもともと別生物だったそうで、企業でいうとM&Aで合併した会社として適応・進化して地球の支配者になったということです。このことは、「既得権益を守ってぬるま湯に安住」し「武士は食わねど高楊枝」を決め込み、「人材の多様化を図らず純血主義に固執」する企業は、やがて全滅すると考えるに足る理由です。僕がそう思うからではなく、結果論として、生物進化と企業盛衰は似た現象であり、メカニズムはどちらもわからないが、結果論的視点に拘泥するのは科学的姿勢でないと批判するよりもそれを信じてしまって行動したほうが、学者ではない僕たちには実利的な生き方ではないか、ということです。

僕ら昭和世代は高度成長期の誇りをもって生きてきましたが、世界の産業界のダイナミックな変化と新生物のたびかさなる出現を見るにつけ、あの繁栄はカンブリア大爆発の類だったのかもしれないと思うのです。

アノマロカリス、ハルキゲニア、オパビニア・・・

まずいまずい、これって意外に俺なのかもしれない・・・・

始祖ではあるけれど、自分は生き残らないんだろうな・・・・

昭和の成功体験にすがればすがるほど、企業も国もつぶれるでしょう。そう確信してます。僕はサラリーマン時代の(昭和の)成功体験は全部捨てました。それがソナーの真骨頂で、そう考えると去年の苦労もストレスも我が社を適応させて生存能力を高めたのかなと手前味噌に考えております。

 

 

 

まったくとりとめもない正月

2019 JAN 5 16:16:23 pm by 東 賢太郎

新年早々不景気な話ではありますが、多摩川を超低速で半年ぶりに走ったら今日はまたヒザがおかしく、どうもいけません。さっそくホテルのフィットネスに申し込み、ビックカメラでフットマッサージ器、ぶるぶるマシンなどを購入して対策は講じてみましたが不安です。

年末に忙しかったのもありますが、この2年、あまりに多くの大事な人を僕は失いました。ほとんど一気に、怒涛のように喪失感に飲み込まれ続けてきた感があります。立ち直っては打たれ、また打たれで、自分でも戻れたかどうか分からないままどこか心身にひずみが来ているのかもしれません。

この年末年始はかつてない軽さでさくさくと過ぎたのもその印象を倍加します。お正月気分は皆無。2日にはマッサージに行って担当のHさんに3時間、頭を空洞にして帰ります。3日はステーキ屋に行って300g、まだ若いと確認して帰ります。いろいろ思いつくまま、少しづつ心を軽くしていくしかありません。

異界にいざなってくれるのはミステリーかなということで、女流クリスチアナ・ブランドの「ジェゼベルの死」を読みましたが、原文がそうなのか翻訳がだめなのか、殺人現場である舞台の情景描写があまりにへたくそ。フーダニットなのに思考材料のピースがわけがわからずストレスがたまるばかりでした。

僕は女性の書いた地図は弱い。ことごとくわからない。言葉で説明を求めると往々にしてもっとわからない。この書は両人が女性でそのせいかなあと思って読んだ次第。やはりクイーンのオランダ靴がなつかしい、偏見と言われようが何だろうが、あれは男しか書けませんね。ああいうのが読みたいなあ。

TVは特集で観た大谷翔平。彼の全本塁打22本は痛快で超ド級、投げながら松井秀喜の本数を抜いたというのは凄まじすぎ。投球では51回で63奪三振は凄すぎ。球速でメジャー第3位、打球の初速で9位、新人王は当然ですね。米国人を彼ほど力でねじ伏せ、なぎ倒した日本男児は歴史上彼だけです。国宝。

彼はケガがなければ100億円プレーヤーになるでしょう。それだけ客が払って見に来てくれるという道理があるのであってもらいすぎでも何でもない。彼の球が速いといっても草野球の投手より50%速いだけだから、平均年収500万円に対して750万円もらえばいいだろうという人は共産国にもいないでしょう。

余談ながら、去年僕はドームで30試合ぐらいは観ましたが、すべての投手の投げた剛球の1位は菅野でも則本でもなく、二軍戦で投げた巨人・カミネロの外角高め154キロのボール球でした。あの威力は凶器、二人は殺せますね。それでも彼はクビなんです。人間おおいに差があるしトップレベルの僅差は大差です。

駅伝は青学強しで、なんとなく僕の判官びいきに火がついて東海大、東洋大を応援。国士舘の2区、ヴィンセント君の力走には感動しました。この競技、ゴルフのストロークプレーと同じでダボをたたかないゲームですね、つまり10人が5-6位なら優勝、青学はダボ2つで2位。野球なら打線のつながりですね。

4日はソナー社員7名で恒例の日枝神社お参り。11時前でしたがいつになく待ち時間なしでスムーズでした。ここでランチが創業来。去年S君とたまたま山の茶屋のウナギを食べたので今年もと、宮川さんでいただきました。ウナギは夏という思い込みの逆張り精神、大好きですし、現に本来は冬がうまいのです。

今年は相場がup-downして面白くなりますね。猫も杓子も儲かるなんてのは我々にはつまらない。あんまり下がらないボトム圏の株で上昇余地が大きいのをさらに安く買いたいので下げ相場は歓迎なのです。米中摩擦で中国も下がってます、チャンスですね。

まったくとりとめもない正月でしたが、これが現実だということで。

 

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2019年、ひいたぞ「大吉」

2019 JAN 2 11:11:14 am by 東 賢太郎

皆さま、明けましておめでとうございます。

「鶴林 よしだ」さんのお節。6年ずっとこれ。

今年の元旦は晴天に恵まれましたね。富士を拝みながら例年どおり父(95才)を囲んで心斎橋「鶴林 よしだ」さんのおせちで家族平穏にスタートいたしました。宇佐神社のおみくじは今年は「大吉」。勝負の年ですね。皆さまは元旦、いかがお過ごしでしたでしょうか。

昨年は早々から厄災がいろいろあって頭がいっぱいであり、過労で倒れていてもおかしくなく、不安になって検診に行った時期もありました。12月に入ってまた急場がやってきて同様になってます。健康が唯一の取り柄だったのですがそれも危険水域だったようで、点滴を打たれて自信がうせてきました。

「自然体で無理せず」のモットーが崩れたのがいかんですね。この仕事は「戦況」が日々転々とするので、それに振り回されると第1次大戦のドイツ軍みたいになってしまいます。しかし守る立場でもなし、米国のように不干渉でいられる余裕もなしなしです、一個師団+友軍で西部戦線突破といきたいですね。

正月ですから今年の相場について少々。波乱になるでしょう。米中のコンフリクトは最低2年は続くと見ております。ということは世界経済の成長率の下方修正要因であり、世界の中銀が利上げ姿勢で臨めば株やビットコインで浮かれられた環境でなくなるのは確実です。僕は今年の投資のキーワードは「技術革新」と「バリュー」になると確信しております。

たまたまわが軍は中村修二先生のノーベル賞最先端革新技術と、バリュー投資で日本一のノウハウとデータを有しています。もしそういう環境がやってくるとすればこの波乱はチャンスであり、いつやるの?今でしょ、という時の利を得ています。「大吉」のご加護もありますしこんな条件の新年はもうないでしょう。指をくわえて見ていても失敗しても同じこと、ここは一気呵成にやるしかありません。

となると、僕の今年の目標は明白です。

「無病息災」

であります。ここで倒れては一巻のおしまい。「自然体で無理せず攻める」のは難しいのですが、これは8割の力でスナップの効いた回転のいい球を投げるということ。食を制して運動はフィットネスかヨガかジョギングかと普通のことになりますが、やることが大事、やります。

恐る恐る新入りのシロ・クロの様子をうかがうノイ

もうひとつ、ノイであります。年末に年上が2匹もやってきてしまいました。プライドの高い姫であり、自分からは近寄らないし、寄られるとウーと低く唸り、ときにシャーが出てしまいます。それでも気になってときどきリビングを覗きに来ます。「もういないだろう」という感じで。それが必ずいるし、しかも可愛がられているものだからすねていて、後ろ姿が寂しそうです。これはまずいと思って集中的に遊んでやったらちょっといい感じですね、これだ、これでいこうということで。猫もいろいろ大変なんです。

最後に、同年輩の皆さまにおかれましても無病息災に越したことはありません。今月に再度、漢方の神山先生と統合医療の森嶌先生による巨頭会談をセットしており、東洋医学と西洋医学を融合した新しい実践的な健康サポートのコンセプトを共同で構築していただくプロジェクトを企画しております。成果はいずれ当ブログ、Nextyleの動画などで公表しますのでお役立てください。

それでは、皆さま本年もよい年でありますようお祈り申し上げます。

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今年のプライベート5大ニュース

2018 DEC 31 22:22:09 pm by 東 賢太郎

2018年のプライベート5大ニュースです。

1.ヒザが痛い

体重が増え筋肉が落ちただけといわれる。

2.右目に飛蚊症

左目はすでに飛んでおりバランスがとれる。

3.猫3匹体制に移行

マネジメントは苦労するも精神的な貢献は大。

4.巨人軍の応援歌が歌えるようになる

年間シートの効果。ただしタオル回しはやらない。

5.社業は年末に切り返す

二段目ロケット噴射の時期に来た予感。ここで一気に成層圏へ突き抜けたい。

 

今年のおみくじは「小吉」で、そのとおりの1年でありました。仕事の環境は前半が大変に厳しく、そのぶんよく働きましたが仕事以外の記憶はあまりない年になってしまいました。9回裏に逆転アーチが出て上り坂ですが、体力は下り坂。これをどうするかが来年の最大の課題です。

それではみなさん、よい年をお迎えください。

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野村證券・外村副社長からの電話

2018 DEC 10 23:23:02 pm by 東 賢太郎

外村さんと初めて話したのは電話だった。1982年の夏のこと、僕はウォートンに留学する直前で、コロラド大学で1か月の英語研修中だった。勉強に疲れて熟睡していたら、突然のベルの音に飛び起きた。金曜日の朝6時前のことだった。

「東くんか、ニューヨークの外村です」「はっ」「きみ、野球やってたよな」「はあ?」「実はなあ、今年から日本企業対抗の野球大会に出ることになったんだ」「はい」「そしたらくじ引きでな、初戦で前年度優勝チームと当たっちゃったんだ」「はっ」「ピッチャーがいなくてね、きみ、明日ニューヨークまで来てくれないか」「ええっ?でも月曜日に試験があって勉強中なんです」

一気に目がさめた。この時、外村さんは米国野村證券の部長であり、コロンビア大学修士で日本人MBAの先駆者のお一人だ。社長は後に東京スター銀行会長、国連MIGA長官、経済企画庁長官、参議院議員を歴任しニューヨーク市名誉市民にもなられた寺澤芳男さんだった。寺澤さんもウォートンMBAで、ニューヨークにご挨拶に行く予定は入っていたが、それは試験を無事終えてのことでまだまだ先だ。なにより、留学が決まったはいいものの英語のヒアリングがぜんぜんだめで気ばかり焦っているような日々だった。しかし、すべては外村さんの次のひとことで決したのだ。

「東くん、試験なんかいいよ、僕が人事部に言っとくから。フライトもホテルも全部こっちで手配しとくからいっさい心配しないで来てくれ」

コロラド大学はボールダーという高橋尚子がトレーニングをした標高1700メートルの高地にある。きいてみると空港のあるデンバーまでタクシーで1時間、デンバーからニューヨークは東京~グァムぐらい離れていて、飛行機で4~5時間かかるらしい。しかも野球なんてもうやってないし、相手は最強の呼び声高い名門「レストラン日本」。大変なことになった。

その日の午後、不安になり友達にお願いして久々に肩慣らしのキャッチボールをした。ボールダーで自転車を買って走り回っていたせいか意外にいい球が行っていてちょっと安心はした。いよいよ土曜日、不安いっぱいで飛行機に乗り午後JFK空港に着くと外村さんが「おお、来たか」と満面の笑顔で出迎えてくださった。これが初対面だった。午後にすぐ全体練習があり、キャッチャーのダンだと紹介されてサインを決めた。俺は2種類しかないよ、直球がグーでカーブがチョキね。簡単だった。フリーバッティングで登板した。ほとんど打たれなかったがアメリカ人のレベルはまあまあだった。監督の外村さんが「東、明日は勝てる気がしてきたぞ」とおっしゃるので「いえ、来たからには絶対に勝ちます」と強がった記憶がある。そう言ったものの自信なんかぜんぜんなく、自分を奮い立たせたかっただけだ。ご自宅で奥様の手料理をいただいて初めて緊張がほぐれたというのが本当のところだった。

いよいよ日曜日だ。試合はマンハッタンとクィーンズの間にあるランドールズ・アイランドで朝8時開始である。こっちがグラウンドに着いたらもうシートノックで汗をかいて余裕で待ち構えていたレストラン日本は、エースは温存してショートが先発だ。初出場でなめられていたのを知ってよ~しやったろうじゃないかとなった。板前さんたちだろうか全員が高校球児みたいな髪型の若い日本人、声出しや動きを見れば明らかに野球経験者で体格もよく、こっちは日米混成のおじさんチームで27才の僕が一番若い。初回、1番にストレートの四球。2番に初球を左中間2塁打。たった5球で1点取られ、天を仰いだ。コロラドから鳴り物入りでやってきてぼろ負けで帰るわけにはいかない。そこから必死でどうなったかあんまり記憶がないが、僕の身上である渾身の高め直球で4番を空振り三振にとったのだけは確かで、なんとか2点で抑えた。

勝因は外村監督の「バントでかき回せ」「野次れ」の攪乱戦法に尽きる。これがなかったら強力打線に打ちくずされていただろう。全員が大声を出してかき回しているうちに徐々に僕のピッチングも好調になって空気が変わってきた。第1打席で三振したので外村監督に「次は必ず打ちます」と宣言し、次の打席でファールだったが左翼にあわやホームランを打ち込んだとき、投手がびびった感じがして四球になり、勝てるかなと初めて思った。そうしたら不思議と相手に守備の考えられないミスも出て、流れは完全にこっちに来た。後半はまったく打たれる気もせずのびのび投げて被安打3、奪三振5で完投し、大番狂わせの11対2で大勝。翌日の日本語新聞の一面トップを飾った。甲子園でいうなら21世紀枠の都立高校が大阪桐蔭でも倒したみたいな騒ぎになった。

後列、右から3人目が僕

午後の飛行機でコロラドに帰ったが外村さんのご指示で持ちきれないぐらいのインスタントラーメンやお米をご褒美にいただき、学校でみんなに配ったら大評判になった。試験のことはからっきし記憶にないが、無事にウォートンへ行けたのだからきっと受かったんだろう。ということはシコシコ勉強なんかしてないで野球でサボって大正解だったわけだ。やれやれこれで大仕事は果たしたと安心したが、それは甘かった。翌週末の2回戦も来いの電話がすぐに鳴り、三菱商事戦だったがまたまたバント作戦でかき回し、10対0の5回コールド、僕は7奪三振でノーヒットノーランを達成した。また勝ったということでこの先がまだ3試合あって、フィラデルフィアからも2度アムトラックに乗って「出征」し、日系企業45チームのビッグトーナメントだったがいちおう準決勝進出を果たした(プロの投手と対決した思い出)。

コロンビア大学ベーカー・フィールドのマウンドに立つ(1982年8月29日)

準決勝で敗れたがそこからが凄かった。決勝戦と3位決定戦はルー・ゲーリックがプレーしたコロンビア大学ベーカー・フィールドで行われたからだ。そんな球場のマウンドに登れるだけで夢見心地で、けっこう普通のグラウンドだなと思ったがアメリカ人の主審のメジャーみたいにド派手なジャッジがかっこよくてミーハー気分でもあった。ベースボールってこんなものなのかと感じたのも宝物のような思い出だ。この試合、まずまずの出来で完投したが、相手投手陣が強力で攪乱戦法がきかず4対2で負けた(被安打2、奪三振5)。思えばこれが人生での最後のマウンドになった。本望だ。甲子園や神宮では投げられなかったけれど、すべてが外村さんのおかげだ。

外村監督が4位の表彰を受ける

残念ながら初陣は優勝で飾れず申しわけなかったが、この翌年、ウォートンで地獄の特訓みたいな勉強に圧倒されていた僕は外村さんがアリゾナ州立大学の投手とハーバードの4番でヤンキースのテスト生になった人を社員に雇ってついに念願の優勝を果たされたときき、おめでとうございますの電話をした。我がことのようにうれしかった。アメリカで仕事する以上は野球で負けられんという心意気には感服するばかり。遊びの精神がなかったら良い仕事なんてできない、こういうことを「たかが遊び」にしない、やるならまじめに勝つぞという精神は、仕事は本業だからさらに勝たなくてはいけないよねという強いスピリットを自然に生むのだ。僕みたいな若僧を委細構わず抜擢して火事場の馬鹿力で仕事をさせてしまう野村のカルチャーも素晴らしいが、それをああいうチャーミングでスマートな方法でやってのけてしまうなんて外村さん以外には誰もできなかった。

大会委員長から「最優秀選手賞」のトロフィーをいただく

試合後の表彰式で4チームの選手がホームベース前に整列した。各監督への賞品授与式が終わって、いよいよ選手一同のお待ちかね、今大会の「Outstanding Player賞」(最優秀選手賞)の発表になった。緊迫したプロ並みの投手戦となってスタンドがかたずをのんだ決勝戦、1-0の完封で優勝した神山投手(甲子園選抜大会で岡山東の平松政次に投げ勝った人)に違いないと誰もが思っていたらマイクで呼ばれたのは僕の名前だった。一瞬あたりがシーンとなる。各チームのエースの方々の経歴は優勝が阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)、2位がヤンキース、3位が読売ジャイアンツで素人は僕だけ。しかも4位だ。何かの間違いだろうとぐずぐずしていたら、その3人の大エースがお前さんだよ早く出てこいと最後尾にいた僕を手招きし、そろって頭上であらん限りの拍手をくださった。ついで周囲からも拍手が響き渡り、あまりの光栄に頭が真っ白、お立ち台(写真)では感涙で何も見えていない。

それもこれも、外村さんの電話からはじまったことだ。このことがその後の長い野村での人生で、海外での証券ビジネスの最前線で、独立して現在に至るまでの厳しい道のりで、どれだけ自信のベースになったか。後に社長として赴任されたロンドンでは直属の上司となり、英国では英国なりにゴルフを何度もご一緒しテニスやクリケットも連れて行っていただいた。国にも人にも文化にも、一切の先入観なく等しく関心を向け、楽しみながらご自分の目で是々非々の判断をしていくという外村さんの柔軟な姿勢は、ビジネスどころか人生においても、今や僕にとって憲法のようなものになっている。

そこからは仕事の上司部下のお付き合いになっていくわけだが、常に陰に日向に気にかけていただき、ときに厳しい目で苦言もいただき、数えたらきりのないご恩と叱咤激励を頂戴してきたが、誤解ないことを願いつつあえて本音を書かせていただくならば、僕から拝見した外村さんの存在は副社長でも上司でもなく、すべてはあのコロラドの朝の電話に始まる野球大会での絆にあった気がする。だから、まず第1にグローバルビジネスの酸いも甘いも知得されなんでも相談できる大先輩であり、第2に、延々とそれだけで盛り上がれる、野村には二人といない野球の同志でもあられたのだ。

きのう、外村さんの旅立ちをお見送りした今も、まだ僕はそのことを受け入れられていない。9月10日にある会合でお会いし、ディナーを隣の席でご一緒したがお元気だった。その折に、どんなきっかけだったか、どういうわけか、不意に全員の前で上述のニューヨーク野球大会の顛末をとうとうと語られ、

「おい、あのときはまだ130キロぐらい出てたよな」

「いえ、そんなには・・・たぶん120ぐらいでしょう・・・」

が最後の会話だった。11月1日にソナーが日経新聞に載ったお知らせをしたら、

東くん
何か新しいことに成功したようですね。おめでとう。
外村

とすぐ返事を下さった。うれしくて、すぐに、

外村さん
ありがとうございます、少しだけ芽がでた気がしますがまだまだです。これからもよろしくお願いします。

とお返しした。これがほんとうに最後だった。この短いメールのやり取りには36年の年輪がかくれている。おい、もっと説明してくれよ、でもよかったなあ、という「おめでとう」だ。でもわかってくださったはずだ。そして、もし説明していたら、外村さんはこうおっしゃっただろうということも僕はわかってしまう。

12月5日の夜、外村さんが逝去される前日に、なんだか理由もきっかけもなく、ふっと思いついてこのブログを書いていた。

寺尾聰「ルビーの指環」

あとになって驚いた。1982年だって?このブログはコロラド大学に向けて成田空港を出発し、外村さんからあの電話をいただく直前の話だったのだ。どこからともなくやって来たなんてことじゃない、あれから36年たってかかってきた、もう一本の電話だったのかもしれない。

外村さん、仕事も人生もあんなにたくさん教わったんですが、野球の話ばかりになってしまうのをお許しください。でも、きっとそれを一番喜んでくださると確信してます。ゆっくりおやすみください。必ずやり遂げてご恩返しをします。

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交響曲を書きたいと思ったこと(2)

2018 NOV 25 0:00:03 am by 東 賢太郎

ビジネスは弁証法的に進化する。それが利潤動機であり、資本の論理であると性悪説(かどうかは議論があろうが自分の立場からは)に立脚するのは人権に基づくプロレタリアート概念を創出したいマルクス経済学のイデオロギーに過ぎない。ロジックとしての弁証法に性善も性悪もないのである。マルクスは弁証法による唯物史観をとった。私見では宇宙はその原理で生成発展しており、宇宙の一部である人間社会がその原理で解明されてなんら違和感はない。

しかしそこには大きな論点の欠落がある。ビジネスは大阪弁の「オモロい」でも進化し、資本はそれでも成長することを大阪人でないマルクスは完全に見落としている。平等なユートピアはオモロい人を殺してしまうことは論じていない。そもそもオモロいことをしている人は「搾取されました」なんて争議はしないのである。オペラを受注したモーツァルトが残業代の計算をしただろうか。過労で倒れて労災申請をした大作曲家がいただろうか。

僕は365日休みはないし三六協定もないし土日も仕事している。事業主、資本家だからではない、オモロいからだ。だからオモロくなくなったらやめる。労働は悪だというのはキリスト教思想であって仏教徒の僕には毛頭関係ないが、もとよりこれは宗教、思想の話ではないという所が核心なのである。むしろ人間の生来の属性、ケミストリーであり、性格、生き様、信条、モチベーションの話であって、そういう類型化できないことを学者は採用しないが、その姿勢は実務家である僕にはまったくのナンセンスでしかない。

しかし、宗教であれ教育であれ人間の生来の属性を造り変えることは尊厳にかかわることだから無理だと思う。したがって、ここに必然的に、仕事が「オモロい」「オモロくない」で地球上の全人類は二分されるのだ。資本論は後者の人類の福音書であり、明示的には消えたが精神だけは世界の左派に残っている。特筆したいのはこの二分法こそマル経が予期せず生んだ『階級によらない人間分別法』であるということだ。マルクスは狩猟採集の原始社会が本来の平等社会(無階級社会)であって階級社会を克服した上で実現する無階級社会は極めて生産力が高く、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」としたが 「能力に応じて」「必要に応じて」の部分にこの二分法の用意がある。これを論理の穴と上げ足をとるか、さすがマルさん逃げ道あって頭いいねととるかは勝手だがどっちでもいい。

強固な持論として僕は「オモロくない」派は時給いくらで残業代をしっかりもらうべきだし、「オモロい」派は成果連動報酬で青天井スキームでやればいいと思う。日産のゴーン元CEOは明白に後者の契約だったわけで、それを前者と比べてけしからんというのは二分法からしておかしい。株主がOKといえばいいわけで、その株主を欺いたから拘留されているのだ(当面の理由としてだが)。野球でいえば球団職員がエースの給料が高すぎだと言ってるようなものでマスコミのマル経的たきつけに徹している観がどうも解せない。「高級マンション」がどうのというのも、高級かどうかが論点ではなく取締役会で決議したかどうかだ。しないと会社の金の振り込みなんかできるはずがない。なぜその時点でOKだったのが今は横領まがいなのか(本件は今後注視したい)。

ソナー・アドバイザーズは、基本的には、「オモロい」派だけの会社だ。「オモロくない」派は外注で足りる。なぜそうするかというと、ビジネスはマルクスの見落とした大阪弁の「オモロい」でこそ進化こそするという強い信念があるからだ。だから秘書にも費用は会社持ちで資格試験を受けてもらいバリューアップしていただいているし、会社の業績の進化に影響ない人は採用しない。これはラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)という経営哲学で、僕はダボス会議でGE(ゼネラル・エレクトリック)のCEOだったジャック・ウェルチから習った(既述、「伊賀の影丸経営」の原型だ)。

僕が法律と何の関係もない対位法や和声法の勉強をしていたのは大学在学中だ。「人の税金を使って学校へ行った」(麻生財務大臣)からけしからんことだったのは謝るが、それをしながら作曲家にはなれないと思い知ったのは効用だった。できると思ったのは写譜屋ぐらいで、それなら1枚いくら、1小節いくらで請求するだろうし時間外の追加料金も計算するだろうと思った。さらに意外だったのはオーケストラに労働組合があることだった。これが意味することは、つまり団員は堂々たるプロレタリアートだという厳然たる事実なのである。基本はオモロくない派の人々なのだ。

いやそんなことはない、音楽は私の人生だ、だから音大を出て生涯の仕事にしているではないか、という声はあるはずだ。それを否定する権利は誰にもないが、それは日産の工場で現場を支える方々がクルマが好きだから汗を流しているという主張とおんなじだ。トヨタは食堂にまで意見箱を設置して工員の声でカイゼンしているが、だからといって労働組合が消えたわけではない。このことはプロスポーツと労働組合との親和性の議論と照合すれば理解が容易だ。サッカー選手がPK戦になったといって残業代を請求するかということだ。NPBに選手会が存在しストライキをしたことはあるが賃金交渉には無力である。オモロくない派ならやめればいいではないか、やって成功すれば収入は青天井だよという世界なのだ。

理系頭脳のオモロい派である作曲家は労働組合を形成する労働者とは別の惑星の人たちなのであって、両者の間には「音楽への愛」で結ばれることができるはずだなどという宗教がかった博愛ユートピア思想では越えようもない二分法による深いキャズムが存在することを僕は大学時代に学んだ(東大が教えてくれたわけでないが)。だから、そこまで異星人ではないものの「オモロい」派には属する指揮者が作曲家の宣教師としてインスパイアして引っ張らないと良い演奏など出ない確固たる道理があるのだ。音楽をマルクス経済学的側面から理解したし、それを通じて現在の経営観に至ってそこそこ税金を払っているのだから遊んだわけではなかったと思う。

この視点に立つと、指揮者と経営者の役目は同一であるというドラッカーの経営学も肌感覚の裏打ちが持てる。会社を進化させる経営を僕は「オモロい」に求めるわけだが、それは業界に40年生きてきて培った信用と人脈を素材として交響曲をcomposeする作業であることは前回述べた。これを僕はcompositionの本来の思考形態である数学的センスでずっとやって来たしこれからもそうする。数学が計算だと思ってる文系の人に説明するのは時間の無駄だから一部にしか言わないが、そういうことだ。

(こちらをどうぞ)

オモロい人たち

安藤百福さんと特許

「伊賀の影丸」型組織論

 

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遊びの教養

2018 NOV 22 0:00:03 am by 東 賢太郎

「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」にCDを提供していたレンタルCD店「ジャニス」が閉店するらしい。CD不況はそこまで来ている。本屋も激減している。若者は配信で済ましてモノを所有しなくなった。買うにしてもネットでクルマまで買えるし、ショップで手にして選ぶ需要は減っている。これはネット社会、クラウド社会による現象なんだろうか。

僕はyoutubeに100本ぐらい自分の好きなクラシック音源を公開しているが、はっきり言ってアクセス数はたいしたことない。英語で世界向けにしているにもかかわらず日本語ブログに比べると拍子抜けする程度である。ライブや古めの録音が多いから、そういうものに興味を持つ人が減ったのか世界にはもともと少なかったのか。

僕のように同じ曲の異演盤CDを100枚も買う人はもうあまりいないのだろう。そもそも19世紀にそんな趣味は存在もしなかったから先祖返りで消滅する運命なのかもしれない。決してネット、クラウドだけのせいではなく、人の志向が根っこから変わってきている気がする(それらが人間を変質させたと言ってもいいかもしれないが)。

するとオーディオもいらなくなる。今はヘッドホンでよい音がするし何より安いのだ。さらにはVRのソフトも格段にリアリティが出てきていて、いずれはもう海外旅行なんてバーチャルでいいやとなるだろう。カノジョもカレシもレンタルかバーチャル。Siriが進化して翻訳機能ができれば英語なんて学校で教えるのやめようよとなるかもしれない。

太古より文明は人間を楽にしてきたが、行き過ぎると人生はつまらなくならないだろうかと思う。そういう議論をしたら「そうではない」という奴がいる。それにつれて人間はちゃんと退化するから、楽と思ってたのがやがてちょうどいい具合に苦しくなるんだと。苦楽が釣り合えばそれなりに面白い人生だ、生きがいは感じられるというのだ。なるほど。

僕だって体力は退化してきたし、気づいてないだけで知力もそうかもしれない。行きつくところ認知症で寝たきりになれば人生はどうなるのか。楽しいのか苦痛なのか。わからないが、一つだけ確かなのは、遊ばなくなるだろうということだ。猫も老いると遊ばない。遊び。これは子供には仕事みたいなものだが、トシを食うにつれてどんどん人生から消えていくのだ。

そう思えばCDをあれこれ聞き比べるなんて何の価値も生まないし経済貢献もない、たんなるお遊びである。しかし僕はこれが飯より好きなのだ。そしてこれで色々見えてきたことがあるしそれは音楽に関係ないことだ。もっと前は少年サンデーで日本語を覚えたし野球で勝負を覚えたし、僕は教室ではなく遊びで学んだことのほうがずっと多く、いまはそれで食っているといって全く過言ではない。

これを「遊びの教養」と呼びたい。これは教養なのだ。どんなに勉強ができてもこれが足りないと社会ではつらい。少なくとも僕らの時代はそうだった。ところが昨今、TVなどをたまに見ると、明らかに「遊びの教養」が足りないと思われる輩がうまく生きられる時代になっていると思わないでもない。まあこの人と酒を酌み交わしてみようとは思わないだろうなというような。

それは社会全体のそれが低下しており、だからそういう輩が良いポジションを得られるようになってきたということか。リアルよりバーチャル、買わない、所有しない、回り道しない、無駄はしない、苦労は避けて小さな幸せでも満足。そうなのかなあと思う。「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」、あんなどうでもいいことを真剣に追及して笑ってみようというのは遊びだ。あれを「教養」と言ったら教養人は笑うだろう。でもその笑いより、あっちの笑いのがレベルが高いと僕は思う。

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散策記

2018 NOV 7 16:16:49 pm by 東 賢太郎

100mクラブじゃない生き方っていいなと思うことがあります。そっちがずっと多数派ですし、そもそも楽だし。深く掘る人はだいたいがこだわりのために周囲を気にしない、だから孤独なのです。そんな犠牲を払ってでも「まあ、そのぐらいでいいじゃん」とはならないから、気がついたら100m掘っていたというわけです。

ところがそういう人を集めても友達にはならない。みな自分の井戸しか興味ないから話しても面白くないのです。ただ、ギョーカイは違えども「おぬし、ただ者でないな」とは思う。これ直感です。お互いが似た感じがして、何となく認めあってしまう。そして、自分を認めてくれた人を、人は好きになります。

ひとりでトムキャットで食事してガーデンを歩く。定番になってきました。

 

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紀尾井町ランチ事情

2018 OCT 14 9:09:26 am by 東 賢太郎

東京で働いたうち大手町では10年を過ごしている。日本橋も2年いたが、どちらかというと総合的には大手町が良かった。ただ困ったのは手軽にいける圏内のランチのクオリティが大変低かったことで、あんなのは食えたもんじゃない。「たいめいけん」や「紙やき」なんてのがある日本橋には数段劣るのである。いけると思ったのはみずほに移籍してよく使った旧興銀本店の鯛茶漬けと大手町ビルB2にある鰻屋の「ての字」ぐらいだ。ガード下のおばちゃんがやってる焼き魚定食屋も気に入っていたがもうなくなっていた。先日行ったら興銀本店ビルも消えていたし、隔世の感ありだ。

かたやそろそろ紀尾井町で8年になろうとするが、この界隈の食は昼夜ともレベルもコスパも高く大手町の比ではない。ランチがどうのというだけではない。それが象徴するわけだがここは永田町お歴々(自民党)御用達の高級お座敷街だ、グレード第一の界隈であってサービスを供する側のコスパはあんまり思慮されてない観がある(もちろんそれは別のところで大きく帳尻があっているのだが)。万事商人がそろばん勘定で地代を決めて住人がしっかり徴収される大手町、丸の内とちがって、紀尾井町では我々居住民までセンセイがたのご相伴にあずかってごっつぁん感があるのが8年の偽らざる実感だ。まあ遠回りの減税かな。

そういう事情もあるとはいえ、なんでかんで大手町、丸の内というのはちょっとみっともない。東京育ちでないお金持ちがやたらと田園調布や成城に住みたがるのとどこか似ていているのであって、僕など紀尾井町の次はそっちなどという気はさらさらないし、この仕事で銀座や築地や品川というのはもっとない。というか、あり得ないのだ。これは東京の人でもわかりにくいし、お袋に仕込まれた感覚のようなものなのだろうと思うがうまく言葉で説明するのは難しいことだ。

日本画家の千住博さんによると、土地、風景というのは行きたい所、遊びたい所、住みたい所、死んでもいい所の4つあるそうだ。僕にとって大手町はそれ以前のカネを稼ぐ所、紀尾井町は住みたい所であるぐらいかけ離れている。そもそも低地が嫌いで、皇居の高地である半蔵門側(FM東京あたり)より元は江戸前の海で低地だった大手町、丸の内が格上だなどという意味がまったくわからない。いま棲みついて10年目になる国分寺崖線ももちろん高地だ。昨日も多摩川の花火を遠目に眺めながら思ったが、死んでもいい所がここかどうかまではまだ知らないが、それが低地になることは金輪際ない。

先週ニューオータニの担当の方に「何かご不満はございませんか」ときかれたが、あいにく全然ないものだから、「とても心地良く過ごさせてもらっています」と答えた。なにせこのホテルは井伊家の屋敷跡で敷地が巨大であり、庭園はもとより建物を散歩しても飽きることがない。おまけに食事の質も不満がない。例えばガーデンコート6階にある「KATO’S DINING & BAR」は奥の料亭「千羽鶴」とキッチンを共有しているから当然うまい。ここのカツ丼は東京で一番である。自民党総裁選で安倍陣営がふるまった「食い逃げ事件」のカツカレー、あれはメインにある「SATSUKI」の3500円のに違いないが、それだけ払うならこっちのカツ丼だと僕は思う。

遅いランチとなると最近はザ・メイン アーケードまで遠出して「ペシャワール」か「トムCAT」にお世話になっている。アーケードという区画はオークラも帝国もそうなのだが今どきはなんともいえぬ異界の風情なのであって、昭和の濃厚な残り香がたまらなくて時々ぶらっと歩きたくなってしまう。そうなると、そこで期待する食もレトロにならざるを得ない。うまくできたもので、そこにそういう軽食がある。ペシャワールのカレーはインド風でもなく店名由来のパキスタン風でもなく、見た目はいたって日本のカレーライスなのだが、香辛料なのだろうか黒みがかった色調の異国的な味がする不思議な食べ物だ。

トムCATは一見ありきたりの洋食屋だが、ここのスパゲッティ・ナポリタンはあなどれない。必須レシピの玉葱、ピーマンにシーフードが適度に加わって風味を添えており、麺の茹で具合も抜き差しならぬ絶妙さでケチャップ味もバランスがとれている。供される熱々具合も文句なしだ。先日は初めてナポリタン以外のカキフライを頼んだが、大ぶりのが4つとライス。あとはポテトサラダとキャベツだけでソースとマヨネーズが同量入った小皿が来る。実に簡素だが、いちいちが心憎い。「これが食たいんだろ?だったらこれだけ食いねえ」と挑まれてる感じがする。中の牡蠣の熱さが見事ですべて計算されている。ただ者でない。白人のきれいなお姉さんが流暢な日本語でサーブしてくれるのも一興。いつもこの人何かなとわけがわからないが、話しかけてみようかなと思うと英語は無粋だなやめとこうという気になるこの空間はやっぱり異界なのである。

たかが昼飯でこれだけ喜ばせてくれる。住んでもいい所なのはまちがいない。

 

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ルサンチマンの壁

2018 SEP 23 21:21:36 pm by 東 賢太郎

東北出身の先輩であるKさんの口から「ルサンチマン」と「美学」という言葉が出てなんだか懐かしくなりました。先週はご来社いただいて結局7時間も話しこんだのですが、還暦を超えてからは「自分が何者か」の総括にかかっているので、こういうタイミングでKさんとお会いできたのは天啓でしょう。

「何者か」は無論のこと先天的、後天的の両面で決まりますが、後者はどこで何を学んだかで基礎がほぼ決まると思います。僕は独学型ゆえプレッシャーがないとマイペースで、だから本気で勉強したのは大学受験とMBAしかありません。ただそのどちらも「筋トレ」であって、そこでつけた筋肉にのちに学んだものが血液になって流れてビジネスで使えているイメージです。

「ルサンチマン」や「美学」は受験が終わって哲学やら科学史やら英文学やら、当時はどうでもよかった授業や教材などでふれた言葉です。Kさんは「東北になぜ製造業がないか?」という僕の長年の疑問を「戊辰戦争以来の統治が官界でまだ続いている」という一言で氷解してくれました。それは東北のルサンチマンとなり、東北人の美学にもなったそうです。

こういう観察や理解は何十冊の書物にも勝ります。人間は経験してないことはわからない(わかるはずがない)という経験論者ですので、識者の経験に学んで自分の足りない部分を補うことが僕にはどうしても必要です。Kさんは官界、政界で豊富なキャリアを積まれた経験から独自の視点をお持ちでありますが、同じ空気を吸って育ったベースをお持ちなため双方の理解が速く、これから顧問としてご指導をお願いすることに即決しました。東北人ではありませんが僕は北陸人で、美学も似たところがあります。

逆にそれほどの智者でも運用やファイナンスについてはかなりのブリーフィングが必要と思われます。明治政府による蘭学以来の独仏文化移入のベースに第2次大戦が称揚した鬼畜米英精神が搭載された「英語文化排斥」が日本のエスタブリッシュメントの精神構造に残滓としてある、いわば東北と同様の現象で仕方ありません。昭和の言論界、クラシック音楽界もそうだったようにインテリは戦後も引き続き英米を嫌い、文化は軽視してきました。まさにルサンチマンが存在したものです。

英語教育が遅れ、英語で書かれたIT文化は韓国にも後れをとりました。投資助言・代理業の登録をした際に東京法務局営業保証金500万円を供託しますが、2010年当時は振込不可で現金でした。札束を運んでいくと薄暗い窓口でおばちゃんが紙幣計数機でシャカシャカと万札を数えて受領証をくれる、あれは僕が野村證券に入った1979年と何も変わらん昭和の牧歌的原風景で驚きましたが、少なくとも8年前まで役所のITリテラシーはそんなものだったのです。ルサンチマンによる「英語世界蔑視」で国家の頭の方が大きく後れを取ってしまった。

同じことが運用やファイナンスのリテラシーにも起きているといえば分かり易いでしょう。なぜならそれは英語世界由来だから『ルサンチマンの壁』に阻止されてきました。まず教師がいない、だから大学で教えない、だから学問ではない、というルサンチマンの自己満足のループに陥り、みんなで無視して終わり。結果として運用・ファイナンスが国是のごとき米国に母国の金融界を牛耳られたのは識者はもちろん知っているが、自分が知らない世界ゆえダチョウ症候群で終り。いまやそれを米国並みに国是にした中国にもいずれやられるリスクがあります。

僕は米国ウォートン・スクールで最先端の投資理論を2年勉強し、すぐ英国に赴任を命じられて東インド会社以来の投資のメッカであるロンドンの「シティ」で6年間それを実践応用したという人間ですから、資産運用・ファイナンスにおいて保守本流の「英語世界人」であります。その分、日本語世界人としては欠けたものがあるでしょうが、そこにとても強いKさんと組むと何か面白いことができる気がしております。

 

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