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カテゴリー: 徒然に

プロ野球コミッショナー斉藤さんと会食

2020 JAN 18 22:22:04 pm by 東 賢太郎

日本プロフェッショナル野球組織コミッショナーの斉藤淳さんはもと野村証券副社長だ。野村を辞められてからは住友ライフ・インベストメント社長、東京証券取引所社長、米系PEファンドKKRジャパンの会長を歴任されており、グローバルの証券業務に深い経験と知見をお持ちである。海外部門の大先輩と昨夜は会食して相談に乗っていただいた。プロ野球のコミッショナーはNPBのトップだから2月に12球団のキャンプ地を回ってスピーチをする。いろいろ舞台裏の面白い話を聞いたが、僕の関心事は野球ではない。

斉藤さんは同じ海外派でも米国派であり欧州派の僕とは現業の上下はなかったが、海外の修羅場をくぐってきた点でいっしょだ。オープンで即決即断であり、昔から何でもぶっちゃけて話してきた。そこでこれからビジネスをああやりたいこうやりたいということを全部ぶつけ、ご意見と情報をいただいた。ニュースでしか知らないことが、実はそうだったのかというのばかりだ。ソースの広さと深さが凄い。

やりたいことを話すとできそうな気にさせてくれる達人である。それも僕の考えていなかったプロ・コンを述べられ、海外ビジネスを熟知されてるからその信頼度が高い。野村の人で一概に無理だやめとけと言う人はまずいないが、その中で群を抜いておられる。僕自身がポジティブ人間だからあまりないことだが、ときどき気持ちを元気にしてくれる人に聞いてもらいたいというのはある。できそうな気になる。これなしで不可能が可能になることは絶対にないからだ。

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米国人医師に救われた我が家の命脈

2020 JAN 18 0:00:22 am by 東 賢太郎

オーストラリアのポート・ダグラスで船に乗った。甲板に出てぼんやり海を眺めていたら、そこそこ大きい亀が泳いでいるのを見つけた。しかもよく見ると親亀・子亀である。シャッターチャンスと思って撮影したつもりが、画面を見るとよく写ってない。不器用というか、こういうことが本当に下手くそであり、うまくいったためしがない。

甲板で隣にいた白人女性のほうは何度もワ~オとシャッターをきりながら話しかけてきた。年齢は50前後という所だろうか。「どちらから?」「東京です、あなたは?」「フィラデルフィアです」。それは奇遇である。亀は忘れて職業を尋ねると、ペンシルバニア大学病院の医師ですと答えた。それはそれは。ちょっと話が漫画みたいに出来すぎかなとは思ったが、何となく予感がしたので「何科ですか?」ときいてみた。「ガイネコロジー(婦人科)です」。耳を疑った。

あれは28才になる直前の1983年1月24日の出来事だった。フィラデルフィアの冬は零下10度を超える。僕は翌日に会計学の中間試験をひかえアパートの自室で勉強に没頭していた。すると午後になって家内が腹痛を訴え、救急車で大学病院に搬送となるほど苦しみだした。パニックになった。すぐに婦人科で検査が行われ、主治医が所見を説明してくれたが医学用語はさっぱりだ。どうやら普段から症状のあった子宮筋腫が悪化したようで緊急オペになる。「ウォートンの学生だね、OK、では学生保険で明日までに支払い手続きをするように」と言われ、手術費用が3万ドル(当時は700万円)と知る。「いえ、保険は、その、申請手続きが終わってなくて・・・」と言い訳したが、要は入ってなかったわけだ。目の前が真っ暗になった。ビッグマックも買えなかった我々夫婦に、もちろんそんな大金はない。

ペンシルバニア大学病院の入院説明書

「ちょっと待ってろ」。困り果てた僕を見て、主治医らしき医師はそう言い残して別室に消えた。所見はよくわからなかったが金額から察した。そんなに難しい手術なのか・・・入金日は明日だ、すぐ東京の親父に電話しなくちゃ、公衆電話はどこにあるんだ、でもいま夜中じゃないか。頭は錯綜してごちゃごちゃであった。途方に暮れたまま待つ時間というのは長いものだ。先生が「ノー・プロブレム!」とドアを勢いよく開けて戻ってきた時には僕はすでにどっぷりと疲れていた。数枚の書類が机に並んであれこれ手続き的な説明がある。「これに全部サインしろ」と軍隊みたいに有無を言わさぬ指令が飛んだ。署名欄を見ると、東賢太郎は1月24日付で正規の保険加入者になっていた。

一難去ってまた一難だった。別の書類1枚が、今度は静かにおごそかにテーブルに置かれた。事の重大さがわかった。「コブシ大の筋腫が子宮内壁にある」「放置してもすぐに致命的ではないが15%の確率で癌化する」「筋腫摘出のために子宮全摘の可能性がある」「以上を理解して手術に同意にする」と書かれていた。我々に子供はなかった。「ちょっと待ってよ、これって、妻の命を取るか子供を取るか決めろってことだよね?」心の準備がなかった。動転してくらくらしており、ふと気がつくといつの間にか医師が3,4人僕をぐるりと囲んでいた。彼らにいくつか意味のない質問を投げたように思うが、ここでぷっつりと記憶はとぎれている。朧げに覚えてるのは小声で「摘出してください」とお願いし、ふるえる手で署名をしたことだけだ。

手術はたっぷり6時間はかかった。情報は何もない。ナースに聞いても何が起きているのかまったく要領を得ない。仮に子宮を摘出しても命の危険はないはずじゃないか、それとも、なにか不測のとんでもない事が起こってしまったんだろうか・・??翌日の中間試験は準備不足でまったく自信がなく、病室でまんじりともせず必死に教科書を読んでいたつもりだが、その実は勉強どころか意識が朦朧としてしまっていたように思う。そこに、先生の「Hey! Mr. Azuma! She can have a baby!」という声が聞こえた気がした。廊下の遠くの方からだ。コカ・コーラのストローをくわえ、思いっきり手を振って陽気に歩いてくる勇姿が見えた時、家内の生命が助かったこと、子宮も助かったことを知って涙が出た。この瞬間ほど医師が神々しく見え、その仕事が崇高なものだと思ったことはない。日本ではどこの病院も「子宮ごと全摘やむなし」という診断であり、とりあえずは命に関わらないのでとそのままにしていた。ぺン大のチームはきっと、憔悴して落ち込んでしまった僕を見て「子宮を残すぞ」と6時間もかけてチャレンジしてくれたのだ。この発作が日本でおきていたら、もしここに留学してなかったら・・・

「ぺン大の婦人科は全米1位の評価だったんですね、その時は知らなかったんです」。船上の女医さんは偉大だったそのチームの後輩であり、黙って37年前の一部始終をききとめ、「それで彼女がいるのね(That’s why she is here.)」とそこにいた娘に目をやってウインクした。「ええ、もう二人いましてね(Well, I have two more.)」と笑うと「すごいじゃない(Wow、that’s great!)」とさらなる破顔一笑をくださった。とっさに、「女神に見えますんで、失敬」と本当に両手を合わせて観音様みたいに彼女を拝んでしまった。

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「ドクターX~外科医・大門未知子」を見る

2020 JAN 14 21:21:12 pm by 東 賢太郎

正月にかけて「ドクターX~外科医・大門未知子」をシリーズ1~6全部見てしまった。このドラマ、世代によって楽しみ方は色々だろうけれど、僕の場合、サラリーマンの「あるある」劇として抜群に面白かった。

あくまで自分の育った東京の周囲の話だが、僕ら昭和30年代生まれから見るとお兄ちゃん世代の20年代生まれはちょっと雰囲気が違っていた。団塊世代をピークに人口が多いものだから恋愛も受験も出世も競争が熾烈である。戦後の息吹が残っていて良くも悪くも過激で闘争的で喧嘩早く、政治に怒り社会に怒り学生運動に命までかける。あるいは反対に無責任のスーダラ節で、他人のふんどしで楽すりゃいい派もわんさかいる。

かたや我々は非闘争的でアメリカンに憧れ、ずっと享楽的で目がぎらついていない。泥臭い兄貴世代みたいになりたくないが、ノンポリで信念もないから上の世代を見ながらうまく生きていきゃいいやであった。しかしサラリーマンになるとそう甘くはなかった。ばりばりの20年代組であり数が多い昭和49年入社あたりを中心に多士済々の個性派ぞろいである。誰に愛い奴と思われるか、誰の派閥につくかで出世が決まる壮絶な御意!御意!レースがそこかしこで展開されており、不肖ワタクシもそのゲームの役者を演じていたわけだ。

その景色はきっといまも変わらない。しかし、戦争というファクターが間近にあった昭和20年、30年の断層ともいえるギャップはちょっと特別だった。お気楽な僕ら30年組は、まじめ至極で何やら異様にツッパってギラついてるお兄ちゃん方のすべったころんだのサラリーマン喜劇を、なかば火星人を見るような目で眺めるところがあった。ドクターXの主役は大門未知子だが、彼女は東帝大学病院医局を舞台に盛大に展開されるそのサラリーマン喜劇によって殺されかねない患者を危機一髪で救うスーパーマン、月光仮面の役なのだ。それが非正規雇用の女性だというのが今様バージョンだが、パターンは古典的な勧善懲悪ものだ。無論、医療の本旨から外れた喜劇が「悪」であり真実なら由々しきことだが、それを正面から重く暗く扱った「白い巨塔」が昭和20年代型のドラマなら、ドクターXはそれをパロディ化した30年代型の進化したドラマだ。

何といってもいちばん好きなのは蛭間院長(西田敏行)である。あの昭和20年代組サラリーマンの御意!派を象徴する権威・権力大好き人間のにおいがプンプンするではないか。仕事はできず日和見のいい加減派なのに出世欲は満点で、権力者への心にもない絶妙の口だけヨイショと、人とも思わぬ部下へのおどしすかしの間が妙に良くて出世してしまうが上からも下からも軽くて滑稽な存在である。セリフを読む感じは一切なく全部アドリブかと思うほどその味が自然体で出ていて、あるある、いたいた、で腹を抱えて爆笑してしまう。あの演技は人生経験からにじみ出たものだろうが他の役者が薄っぺらく見える。実に凄いと思う。

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廣津留すみれさんとお会いする

2020 JAN 11 17:17:23 pm by 東 賢太郎

人というのは会ってみないとわからない。ニューヨーク在住の畏友安岡氏の紹介で、話題の廣津留すみれさんが弊社を訪問してくださることになった。相変わらず凄い人脈だ。しかし、

ハーバードとジュリアードを首席卒業?ウソだろ?

それが話を聞いた時の僕の、ある意味当然といえば当然のイニシャル・リアクションであった。どっかの芸人とかエセ科学者の「なんちゃってハーバード留学」が浮かんだ。でも本当みたいだ。東大・芸大首席でもあり得ないのに間違いなく史上初の日本人だろう。しかも帰国でなく大分の県立高校の純粋ジャパニーズときた。気が遠くなる。

ということでご来訪を心待ちにはしていたが、正直のところ、こちとら超高学歴のスーパーレディは基本的に苦手としている人間である。大門未知子先生みたいだったらだめだすぐ終わろうと思っていた。

杞憂であった。会議室でご対面して3秒でそう思った。「ぜんぜん普通の女の子だね」「はい、よくそういわれます(笑)」。会話はなごやかに始まった。

そこからは普通でなかった。26才でこの理性、咀嚼力、吸収力はすばらしい。しかし僕も世界でいろんな秀才、異才に会ってる、それだけならどうということもない。その何倍も素晴らしいことに気づいた。好奇心と遊び心も備わってること。時に目が輝く。これだ!秀才というのは実につまんない、超優秀な総務課長みたいなタイプの人が多い。こんな若者がいたのかと触発されて立て板に水ラリーとなり、伝わったという手ごたえは快感すら残るレベルであった。

感想。人間の進化に語学(ことば)は大事である。痛感。英単語を1万5千知ってる方だが、appreciate・・・と言って一瞬どうかなと立ち止まって「アプリーシエイト、いい言葉だね~、日本語ないし」と加えると当然ながら「はい」が返ってくるわけだが、尋ねた意味を完璧にアプリーシエイトしてる顔を僕がアプリーシエイトするという塩梅で結果としてお話は3時間になった。

こちらのほうがはるかにたくさん勉強させていただいて恐縮だ。よくわかった。大事なんだ、言葉を正確にカーブアウト(carve out)するミリ単位での能力こそが。それで入ってくる情報量が天と地だ。それもクズの情報じゃない、先人のインテリジェンスを簡単に受け取れるのだから圧倒的な差になるのは自明なのだ。ちなみにインフォメーションと何が違う?ご存じないのは仕方ないから正確にお教えした。これがインテリジェンス。carve out力倍増で鬼に金棒だろう。

ブログにあるベートーベンV協の「a#がみんな低い。なぜ?」を尋ねた。すぐロジカルな答えが返ってきた(秀逸)。その音符に至るまで僕がへたくそに歌うとティンパニを入れて下さる(日本のおもてなし)。チャイコフスキーV協はつまんない(反論される)が、第1楽章に1か所だけいい所がある。ここ(歌う)、この3連符、大家も裏の木管にひっぱられる、ちゃんと弾いた?「弾きました」(あたりまえ、決然)。「いいね」であった。

歌舞伎の「型破り」「型なし」の話。「ピアニストはピアノ曲しか知らない。型なしね、そんなの何やってもだめね」「はいヴァイオリニストもそうなんです」「きみクロイツェル・ソナタ、1週間で弾いたんでしょ」「はい」「なら覚えたら?モーツァルトやるのにオペラ知らない?ベトコン弾きますが田園交響曲知りませんみたいなもんだよ、そりゃないでしょ、僕みたいに魔笛暗記してるオヤジには型なしだよ。型作ってそこから羽ばたいて、自由に思いっきり遊んでね」。

これは「東大王の芸人みたいになんないでね」と心配したゆえの苦言だったが、すみれさんは根底からものが違うんでまったくの杞憂だったろう。素敵なご縁ができました。

ソナー・アドバイザーズにて撮影(2020年1月10日)

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ゴーン氏の逃亡(The Fugitive)

2020 JAN 5 1:01:55 am by 東 賢太郎

ゴーン氏のニュースを知ったのは大晦日に鹿児島から羽田空港についた午後10時ごろだった。空港脱出劇、悔しいけどお見事だ。なんだったかスパイ映画にあったよ。年末の日本国は早や正月気分で思考停止しているからね、やるならここしかない。

「どうだ諸君、私をカネ儲け専門の強欲ジジイと思ってるだろう。誰と心得る。我々レバノン人の先祖はあのフェニキア人だ。カネ儲けなんざ片手間でOKなのである。私がその気になればお笑い芸人だってできるのだ。大晦日にゴ~ン。おっといかんいかん、このネタは日本人しかわからんな、こっちだこっち、おいらは GONE! はっはっはどうかね諸君、そのうちハリウッド映画でお会いしよう」。

逃亡者は英語でFugitiveという。彼は法を破って逃げたからそう呼ばれて仕方ないだろう。日本の司法はおかしい、おいらの国じゃ人権問題だ。そう思うのは自由だが、何億人の外国人がそう騒いだところで譲る国はない。国家主権の問題だからだ。ことは司法のみならず外交にも関わる。テロリストも増長させる。政府は関係各国に毅然とした態度で事件の徹底解明をしなくてはないらない。

そういえばベンチャーズに「逃亡者」(The Fugitive)というナンバーがあった。ビデオの6分50秒から犬の鳴き声で始まるこの曲はぜんぜん有名でないが、マイ・ベスト5に入る。

理由はサビのコード進行のカッコ良さだ。ベンチャーズに極めて稀なクラシカルな世界が展開するE♭、F、E♭、G♭というところだ。この天国的なサビ、2回目でいったん主調の変ロ長調に戻るが再び同じ旋律が短3度上に転調してG♭、A♭、G♭、A、D♭と出現する。主調はセブンスと悪魔の4度が入っていてどす黒い。監獄の犬がワンワン追ってくる。つかまるぞ、早く逃げろ。不意に現れるサビは自由の身。脱走に成功だ。清澄なリードギターのメロディーと天にも昇る美しい和声、今のゴーン氏の心境にこれほどふさわしい音楽はないだろう。

ところでE♭⇒G♭の短3度上昇は最近どっかで耳にした。そうだ、正月に見ていたドクターX ~外科医・大門未知子~のテーマ音楽で、手を変え品を変えこれでもかと聞かされて耳にこびりついてしまった。こっちはFm、A、B、Dであるが、B⇒Dがおんなじ。原始的なケースだが、相似形の発見は興味が尽きない。こういうことだ。

クラシック徒然草-僕は和声フェチである-

和声がつまらない音楽は1秒も聞きたくないクズである。

まあそんなことはさておき、すっかり米倉涼子のファンになってしまった。彼女をぜんぜん知らなかったが好きなキャラだ。「わたし失敗しないので」は我々の業界では言いたいが言えない。僕の場合は「わたしテレビ見ないので」であり、このドラマをアマゾン・プライムで知ってシリーズ1からぶっ通し。やっと3が終わった。

「ドクターX~外科医・大門未知子」を見る

 

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今年は映画を作る

2020 JAN 1 9:09:48 am by 東 賢太郎

屋久島は二度目である。仕事だが、11月に奥出雲に行ったのと関係がある。

奥出雲風土記(2度目訪問の背景)

そこに書いた「僕にとって人生をかけることになるであろう某プロジェクト」とは、映画を作ることだ。映画館に掛かる、90分の青春ドラマだ。

理由はない。映画はテレビと同じぐらい見ないし興味もない。なんとなく成り行きでそういうことになり、やっているうちに不思議と道具立てが揃い、これは俺がやるべきことだろうという気がしてきた。それだけだ。

屋久島はミクロネシアとそっくりだ。そんなことを言おうものなら絶句されて会話が途切れるだけだから誰にも言わない。奥出雲もおんなじ。といって、もののけ姫ぐらいしか通じないだろう。おおいにスピリチュアルなことだ。

年末の屋久島はおすすめだよゴーンさん。自然はいいなあ、くだらないウソつかないし金にまみれてないし、ここに住んでもいい。白谷雲水峡で撮った2枚の写真は60才になる前と65才になる前だ。

60才になる前

65才になる前

自然もずいぶん変わってるなあ。

1才のノイ

5才のノイ

そしてノイは変わらず上をむいてる。すばらしい。いい猫だね。

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日本プロ野球OBクラブに出席

2019 DEC 11 1:01:58 am by 東 賢太郎

東京ドームホテルで日本プロ野球OBクラブ25周年記念パーティに出席。江夏、張本、田淵ら往年の名選手を迎えて大盛況であった。池山、川口、中畑がデカいなあと思ったのと、松沼兄が普通の体格だったのが意外であった。V9のころカープがひねられていた中村稔さんは小さかった。

江夏・田淵バッテリー対談は面白かった。江夏は延長11回ノーヒットノーランを自分のサヨナラホームランで決めているが、さらに驚いたのはその5日前に広島を11回で完封しており、しかも3日前にリリーフで3回投げていたことだ。もう一つ、オールスターでの9連続三振の話も出た。「ストレートで400個も三振を取るピッチャーなんて今はもういない」と田淵。

そういえば今年5月ごろニューオータニのスパで400勝投手の金田正一さんを見かけた。隣のリクライニングチェアに座ってる人の右手がやけに大きくて、顔を見たらアッと思ったが、すぐマッサージルームに入られた。もういちど秋に同じ場所で見かけ、話しかけたかったがオーラに押されてできなかった。それからひと月ぐらいで訃報をきいた。超短波セラピーのSさんが「やりますか」と尋ねると「球が速くなりますか」と逆にきかれたそうだ。

この日のパーティーにおられた99人の元プロ野球選手にはいろいろ思い出がある。書いているときりがないからやめる。スピーチされたプロ野球コミッショナーの斉藤惇さんは元野村證券副社長で、お世話になった大先輩である。久々のごあいさつをするとさっそく飯でも食いにこいとなった。

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奥出雲風土記(2度目訪問の背景)

2019 NOV 24 12:12:15 pm by 東 賢太郎

わけあって島根県の奥出雲町に3泊した。僕にとって人生をかけることになるであろう某プロジェクトの下見のためである。

それは、このブログに書いたことと関係がある。いや、このことがなければ実現することもなかったという現実をまず書くべきだろう。

T社長、ありがとうございました

ここから2年の年月がたち、僕も顧問を退任しているからもうお名前を明かしてもご迷惑はかけないしお許しもいただけるだろう。T社長とは(メガネの)パリミキこと株式会社三城ホールディングス創業者、多根裕詞さんのことである。生前からご本人には多根さんと呼ばせていただいており、本稿でも親しみをこめてそう書かせていただく。お断りしておくが、僕がさせていただいていたのは親会社の顧問であり、上場企業である三城ホールディングスの経営や情報には当時も現在も関与、アクセスをしていない。同社とは多根さんという個人を通じての関係であったことをご了解いただきたい。

多根さんに教えていただいたことは質量とも甚大だった。よく口にされた「人との出会いの大切さ」は誰もが頷くことだが、多根さんの行いを拝見すると「言うは易し」であり、軽々に口にはできなくなる。「3億分の1の確率で生まれてきた不思議」の先に「出会いの不思議」があり、人間はひとりひとりが違うから「感謝、思いやり、おせっかい」が大事と説く。しかし、そのいちいちに共感はするものの、それだけなら僭越ながら僕はこれほどおつきあいしていただけるには至らなかったのではないかと感じている。

あくまで僕の側からの一方的な話ではあるが、そうなったのは、ひとつ深い所で共鳴できるものがあったからだ。多根さんが森羅万象の万事において究極の「本質追求型」の人であられたことである。「僕は本質追求型だから」とことあるごとに皆の前で繰り返されたが、一見してやさしいお人柄の多根さんがどういう意味でそうなのかは簡単に気づけるものではなかった。それがどういうことか、僕流に解釈するなら、宇宙の神羅万象すべてに因果関係があると信じ、その因果こそが物事の本質であってそれに関係のないものは見ないということだ。原理主義に近いが、原理の宗教や学問による解明が大事というよりも、原理に照らして意味のないものを見抜いて捨てるというすぐれて実学的姿勢である。

見抜いて捨てるという行為を導くのだから、それはインテリジェンス以外の何物でもない。それで時価総額1000億円になった企業を築き上げたのだからその値打ちは誰も否定できるものではなく、例えばその彼が「人との出会いの大切さ」を説くのは政治家の空虚で上っ面の辻説法などとはわけが違う、彼の原理の根幹を成すずっしりと重みあるメッセージだろう。しかも、凄い所は、ゼロから立ち上げた成功者なのにそうしたものを「経営哲学」のように事大主義的に祭り上げなかったことだ。本質追求は立派な哲学と思うが、根源を宇宙にまで求めた本質という絶対的な存在を前にしては、ご本人はおそらくどこまで行っても自分は不完全で学ぶべきと考えておられたと思う。

それは経営者が強欲イメージを回避せんと往々にして見せたがる偽りの謙虚さではなかった。成功者であることが正当性の唯一の根拠である程度の「哲学」によって自分をアイコン化しようとする行為は、言うまでもなく “とても本質的でない行為” の見本のようなものである。やりたくても出来ないはずなのだ。多根さんがそれをされずに逝かれたという事実を前にして、僕は彼が一切のまがい物を含まぬ正真正銘の本質追求型であったと信じるに至ったのだから、時すでに遅かった。人が人を知るということは、そのようにたくさんの事例を演繹的に積み重ねることでしか成しえないが、知り合って6年というのは顧問という仕事をいただいたとはいえ、長いようで短くもあった。

僕がperipheral(周辺事象、皮相)を毛虫のように嫌悪しているのは美学でもあるが実学でもあって、物心ついて以来それで生きてきているがなぜそうなったかという心の起源について心当たりがない。宗教家や哲学者や経営者の本や講演でそうなったのでないことは確かだから、蜘蛛を嫌悪するのと同じで遺伝子によってそう生まれついているとしか考えようがない。嫌悪に近づかないという行為を導くのだからそれは本能でもあるがインテリジェンスでもあって、僕がperipheralと感じるものを見抜いてばっさり捨てるタイプの人間であるということは多根さんの言われる「本質追求型」に近かったかもしれない。peripheralのみを振り回して生きている人々は人間としてもperipheralということなのだから僕は興味の持ちようがないが、多根さんがそこまでだったかどうかは知るすべがなかった。

多根さんと知り合ったのは偶然にミクロネシア視察トリップでご一緒することになっただけで、プレゼンに行ったわけでもビジネスをしたかったわけでもない。2014年3月に故郷の奥出雲に2泊で誘って下さり、帰ってきてブログを書いた。僕は旅好きだが、その土地にあんまり興味がわかないとどんな名所であれひどい時はその地名に至るまで忘れてしまう。いっぽうで逆の場合は万事を写真みたいに覚えていて、その時がそれだった。記憶のとおりに書いたところ(奥出雲訪問記)多根さんが見つけておられ、プリントして下線を引いて克明に読まれていたことを知った。そこで、そういう読み方をして、そういう所に関心をお持ちと知った時に、このかたは間違いなく「本質追求型」だと悟った。

前回も今回も「奥出雲多根自然博物館」に泊めていただいたが、ここについてはこれをご覧いただきたい。

宿泊できるミュージアム 奥出雲多根自然博物館

誰もがびっくりするのは里山の美しい田園風景の中にこういうものが忽然とあり、しかも中へ足を踏み入れると実物大の恐竜骨格がどんと現れ、2~3階の博物館をめぐるや所狭しと並ぶ古生代からの地球史をたどった圧倒されるほど見事な化石の陳列だろう。僕もそれには大いに驚いたのだが、中でも群を抜いていたのが子供向けに貼ってあるこの説明だ。

46億年前に地球が生まれ、37億年前に生命が誕生し・・・その果てしない末に我々がいる、という多根さんの生命観こそが当博物館の本質追求型であるゆえんなのだというメッセージが、この目立たない展示にさりげなく込められている。恐竜や化石で表層的にびっくりさせようというだけでないホンモノ指向に感動した。

それに限らず、ノートをとらずに覚えていたということは奥出雲という地に関心を懐いたということに相違ない。つまり土地との相性が良いのだ。多根さんは神話の解き明かす通り奥出雲こそ日本国の起源、発祥地であり、その文化、自然、人、文物の良さというものは従って歴史の「本質」なのだから日本はもちろん世界の人々に自然に受け入れられると「本質追求型」的に確信しておられた。僕は奥出雲をよく知らないが、本質はひとつしかない。自分が「本質追求型」であることは確信できる。ということは、世界が奥出雲を好きになるという確信を多根さんと共有してしかるべきなのだ。そして、その事がより強い確信となって帰ってきたのが今回の2度目の訪問であった。

某プロジェクトとは僕が発案したもので、読者のどなたもが想像もされないし、今回同行した関係者とお会いした奥出雲の方々しかまだ知らないが、わくわくするほどエキサイティングな計画だと信じる。まだ内奥を開示するわけにはいかないが、近々そうするだろう。もちろん関わってくださる方々にとっては大事な事業なのだが、こと僕個人に関してはというと、多根さんがどういう理由で奥出雲に連れて行ってくれたのかという謎のままになったご恩、ご縁に対する僕なりの体を張った結論である。このプロジェクトをやることがたぶん御意に添い、喜んでいただけると思うのは、宇田川多根自然博物館長のお力添えでお会いすることができた島根県庁、町長、役場の方々、桜井家・絲原家のご当主様、日刀保たたらの刀匠、県立横田高校の教員・生徒の皆様、養鶏場、畜産農家の皆様、そろばん製造会社、寿司店、豆腐店、ハンバーガーのピコピコのすべての皆様が今回の提案を歓迎してくださったからだ。

では、この新しい出会いがどこから来たかというと、多根さんとミクロネシアへ一緒に行った、たったそれだけのことからだ。「人との出会いの大切さ」とは種を大事に育てるという事だと教えていただいた気がする。

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国語、数学の論述式について

2019 NOV 16 2:02:13 am by 東 賢太郎

国語、数学の論述式の採点をアルバイトがやるのどうので是非を議論されている。アルバイトだからいかんという理由はないが、論述となると採点者の採点力の有無を試験して採用しないと問題である。1次試験は〇✖で足切りして、論述力は各校がレベルに合わせて2次でしっかり見ればいいのでは。

僕は国語がはっきり言って大嫌いであったからあれこれ述べる資格もないが、そうなったのは理由が2つあるので書いておく。

①駿台の模擬試験で採点に疑問があり、それ用の質問表のようなのに文句をつけて出したら点数が増えたが、今度は増えた理由がもっとわからず、採点した人の頭の構造に疑問を持った。

②いつも現国の点が低かったが、梶井基次郎の「檸檬」が出た時だけは異様に点が良くてびっくりした。これは好きな小説だった。なんだ、読んでるかどうかの試験なのか、文学同好会の入会試験なんだと思った。

これをもって、僕は国語の勉強は時間の無駄であると結論し、数学で満点取れば零点でいいやと捨てることに決めた。文系だがそれで結果オーライであった。

先日TVのワイドショーで実験をやっていて、実際の現国の論述問題を受験生、採点者(教師)の集団に解かせ、学生の自己採点、教師の採点を比べると点数に有意な差が出ていた。

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宇宙のすべては数学で理解できる

2019 OCT 16 0:00:49 am by 東 賢太郎

精神科医K先生はアメリカで小学校にあがって飛び級で4年生になり、帰国となって日本の小学校に編入したら年齢どおりの2年生に落とされたそうだ。しかし良いこともあって、アメリカ人の4年生はでっかくて体育はあきらめていたが、日本へ帰ってきて自信が戻ったという。

僕は勉強はだめだが野球は高1で飛び級だった。小学校では劣等生だがワル仲間にはいっていたわけでもなく、要するに誰とも合わなかった。こっちの関心事に誰も関心がなく、英語でいう gregarious(群居的)でなく、野球で少しsocial(その逆)になったが大勢に影響なかった。

今更おそいが、自分のストライクゾーンだけ深く教育してくれる学校があれば行きたかったなと思う。たとえば医学は関心があったが理由があってだめだった。先生の理Ⅲは無理だったろうが好きなことは寝食忘れて何時間でも耐えられるからここだけは残念である。

その医学の世界ではドイツとアメリカは人間を見る思想が根本的に違うそうだ。ドイツは脳は遺伝子で決まり一生変わらないと考えるがアメリカは経験で進化すると考える。だからだろう、ドイツは小学校で飛び級はもちろんだが落第まである。「みんな仲良く」は存在しない。

その点でいうなら僕はドイツ派で、自分の脳は神経細胞が加齢で減って劣化することはあっても進化はしないと思っている。ということは、時間もあまりないし遺伝的にもらったものでうまく生きていくしかない。となると僕の場合は世の中を数学的に理解しようとすることでしか生きる道はない。

そう言ったら、先生も、「私もそうです。宇宙のすべては数学で理解できると考えてます」という。これは大変な「符合」だ。人間性の核心の部分における符合だから誤差が少ない。つまり関心事に関心がある人である可能性があり、彼の関心事に関心がある可能性も高めかもしれない。

彼はギフテッド(gifted)の当該能力を伸長させる講座を東大に作りたいというが、智こそ国力であり、大いに賛同する。

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