WBCで日本を席巻したネトフリという黒船
2026 MAR 10 13:13:32 pm by 東 賢太郎
野球の面白い所というか、怖いところでもあるが、WBCの日本対オーストラリア戦のことだ。吉田が7回裏に2ランホームランを打ってひっくり返して勝ったが、 天覧試合で1-0で負けるんじゃないかとはらはらしていた。やっている方はプレッシャーがあっただろう。
1~7番に大谷、鈴木、近藤、吉田、岡本、村上、牧とメジャー5人が並ぶ打線。オーストラリア先発投手のマクドナルドは2m近い長身だが、30歳で3年前に投手転向した地元球団の人で、投球練習を見てもスピードもコントロールもたいしたことないように見えた。すぐ5点取れると思った。ところが蓋を開けると3回1安打、しかも9アウト中6つがフライと詰まらされたのだ。
発端は1回裏、先頭の大谷翔平が2、3回バットを振ったが前へ飛ばず、最後はインコースやや高めを詰まったセカンドゴロだったことだ。あれ、意外にタマ来てるのかなと思った。鈴木は歩くが、近藤が低めのスプリットを空振り三振。ふだん三振しない人だ。これもあれっとなる。吉田は歩くが、岡本が中飛でチェンジ。おかしいな、なんとなく大谷のアレが伝染しちゃったかなという感じがした。
よく言われることだが、知らないピッチャーとの出会い頭で味方の強打者があっけなく三振とかすると空気が「伝染」する。すると次の人も力が入って打てない。それだったのかどうか、結局いやな予感があたってしまい、 2、3回は村上、牧、大谷、鈴木、近藤の5人がフライアウトでヒットは若月の1本だけということになった。おそらく「差し込まれる」というやつで、振ったら球が「来ちゃってた」感じの凡打だろう。フライということは、遅く見えるが振りだしたら手元にピュッと伸びてきて遅れ目に押され気味にボールの下を叩いてるという理屈だ。日本戦に先発させるだけあって実はいいピッチャーだったんだ、おみそれしました。
吉田が打ったケネディというピッチャーは 2mぐらいとでかいのに左のサイドでテークバックがほぼなし。少なくとも僕はこんな投げ方は見た試しがない。だからインローのストレートを振り抜いたホームランは、そんなのが出てきてもびっくりしないほど条件反射化された技術の賜物としか考えられない。オールスターのホームラン競争で、スイングしたら全部ライトスタンドに打ち込んでた、あれの再現を見たようだった。才能のある若者は問題なくワールドクラスで通用する。これが日本の宝物であり、のびのびと力を発揮させてあげることこそ日本が持続的に成長していく道筋であると僕は確信している。
それにしても大谷さんが出るWBCは日本人なら誰でも見たい。つい先日までたくさんの興奮と感動をお茶の間にとどけてくれたミラノ・コルティナ五輪が脳裏に浮かぶ。ところがだ。こっちは東京ドームでやってるのに日本のテレビでやってない!NHKは公共放送なんだろ?公共の福祉になってないじゃないか。民放テレビ局は何をやってるんだ!しかも天皇陛下御一家が観戦に来られている。それを日本人が見られないなんて陛下を国民と分断してるじゃないか!国辱ものじゃないかこれは、どうなってるんだ!
そんな感じで全国の高齢者家庭はてんやわんやだろう。長嶋茂雄は天覧試合のホームランで歴史に名を残したが、「全日本人がアメリカのストリーミングサービス会社を通してしか天覧試合が観られない」この非常事態も空前の出来事として歴史に残るだろう。誇り高いテレビも新聞も、放映できない赤恥など認めたくない。みっともない汚点だから事実の背景は絶対に報道しない。みなさんじっくりと観察していてごらんなさい、彼らは試合のハイライトを報道番組やワイドショーネタっぽく仕立ててお茶を濁し、なかったことにする作戦をとるだろう。そこでもうひとこと言っておこう。そんなことをやってるから日本のメディアは「予定調和的に」これから没落していくのである。今や僕のように海外経験の長い国民はいくらでもいる。いくら隠してもその馬鹿さ加減は舞台裏まで見えてしまい、真相はこうやってネット情報としてばらまかれる。もう何を逆立ちして頑張ってもこの潮流は止まらないのである。そんな茶番には関わりなく、水面下では静かに冷徹に事は次のステージに向けて進行している。大谷さんが見たい多くの高齢者が、聞いたこともないネットフリックス(ネトフリ)という ”チャンネル” なら自宅のテレビ受像機で見られることを知ってしまい、料金なんか二の次で子供や孫に頼んでアカウントを作ったに違いないのである。
勘違いしてはいけない。これは誰かが売国行為で日本の資産をアメリカに売ったわけではない。アメリカにあるメジャーリーグという舞台に日本の有能な若手選手が憧れ、ワールドクラスの才能はこぞって流出してしまい、これはどこかの悪い組織がやってることではなく、憲法が個人に保障している職業選択の自由という権利行使であるから、いかなる組織も日本という国家といえども止めようがない。当然ながらそこで手にできるかもしれない1,000億円という夢のようなお金がひとつの誘因になっていることを否定したところで何の意味もない。世の中お金ばかりではないだろう?そうかもしれないが、才能のある若者が才能に見合った生活がしたい、そういう人生を送りたいと望むことを否定する権利は誰にもない。それが自由主義国家というものであり、アメリカは徹頭徹尾それを守る国家であることは、アメリカに住んだことのある者は誰もが知っている。だから「イーロンマスクの報酬が最大で150兆円」というニュースは、一応は人々を驚かせはするだろうが、誰も否定はできない。羨ましければあなたもやったらどうですか?アメリカという国家は誰が大統領になろうと不平等だと言ってそれを剥奪したりはしませんよ、という国であり、それがアメリカをアメリカたらしめているのだ。
NPBイベントは、これまでは巨人軍を持つ読売新聞が仕切っていたが、今回はニューヨークにある大会主催団体のWBCIが読売をすっとばして米国-米国で(すなわちオフショア・ディールで)直接ネトフリと契約してしまったのだ。いくら日本が文句を言おうが、「なら5倍の150億円払え」で1秒でおしまいだ。なら日本の選手は出さないぞという脅しもきかない。大谷さんはもうアメリカの選手だし、鎖国をすれば有能な高校生が大学からアメリカに逃げる仕組みができるだけだ。ワーナーブラザースを11兆円で買収しようとしたネトフリにとって円安下での150億円などピーナッツ(はしたがね)であり、「これからドル箱になる日本市場でネトフリのアカウント数を激増させる投資として、『大谷翔平主演の映画』のつもりでWBCの興行権を買う。プライスは大谷個人の年間広告収入(やはり150億円だ)と同じ額でメークセンスだ。数年で回収してみせる」とでも株主総会でCEOがぶちあげれば全然オッケーだろう。
収入が激減しつつある日本のメディア業界は150億も払ったらテレビ広告でペイなどしない。なぜなら広告主がそんな効果をテレビにもう認めない。なぜなら年々伸びてきている「ネット広告料収入」がついに総広告料の50%を超えたからである。この潮流の中では、民放テレビ局の株主総会の収支計画は財務省お得意の「単年度プライマリーバランス主義」で見せないと株主の納得は得られない。そこで『大谷翔平主演の映画』に投資するぞ!と大見栄を切れるサラリーマン社長などいるはずがない。皆さん、高市総理の掲げる「投資」という概念が企業にも国にも成長にとっていかに大事かということが、このケーススタディで如実にわかるだろう。資本主義の憲法第1条に当たるコモンセンスがアッパークラスに欠落している国は実は国民を豊かにしてあげる事もできないのである。「そうでしょう?だから共産主義的国家にしましょうよ」という更に大きく間違った声が上がり、ここぞとばかりに左翼が元気になるのが悲しい日本なのである。国ごとそれに毒された発想になって、ダイエットし過ぎで骨粗しょう症になってしまい、「骨を折らないことこそが国家的な一大事でござる」みたいにトンチンカンな政治をしてきたのが高市前の日本だったのだ。だから、そんなことを続けていればオールドメディアと同様に、つまりはそこを牛耳ってる無能な老人たちと一緒に「予定調和的に」国力は低下していき、ワールドクラスの才能は大谷さんのように最高の人生を送らせてくれる外国へ出て行ってしまうのである。あまりに当たり前の事だろう。
「イーロンマスクの報酬が最大で150兆円」というニュースは、そういう縮み思考の空気を30年も吸って脳がその色に染まってしまっている日本人には火星の話にしか聞こえない。報酬が高いといってもせいぜい何億円程度の日本のサラリーマン経営者にも実感など湧かない。江戸時代のかわら版感覚でやってる日本のメディアはせいぜい「いかがなものか」と騒ぐだけだ。それを使ってる政治家もほとんどがわかってない。学者や先生はのっけから理解しようとしないから大学で教えてくれるはずもない。かろうじて一部の歴史学者が「歴史の真相はフォロー・ザ・マネーでわかる」と説いており、それは実に正しいのだが、現代の真相の方が国民の生活には大事でしょ、じゃあそれも読み解いて国民にわかりやすく教えてよと言いたい。とても卑近な言い方にはなるが、そのことはマネーをフォローして株で儲けるという作業にとても近い。というかほぼ同じと言ってもいい。もちろん儲けたくなければ儲ける必要はないが、そういうことに興味はないという人は現代の真相を読み解くことにも興味を持たないのである。
ドジャースとチェルシーを持ってる連中、ディズニーとネトフリに近い連中である我々の相方だって黒船の有力候補だ。安政の時代には国ごと黒船だったアメリカ合衆国の唯一の同盟国として生きて行く運命にある日本国が、しかし、ではこの点において、どうすれば国民が幸せになれるのか。これは奴らと深く付き合ってる僕にもわからない。たぶん全員は船に乗れないし、共産主義でないから全員が平等ということは政治も追求しない。だからその問いに実は解はない。だったらお年寄りはともかく、若い人は徹底的にインテリジェンスを磨いて、まずは、いち船員でもいいから黒船に乗っけてもらうしかない。それにはどういう勉強をすればいいか?それは2700本ある僕のブログのあちこちに散りばめて書いてはあるが、そういう気持ちで読まない人には何を言ってるかはわからないだろう。投票所に行く政治参加は大事だが、参加しても自民党がやってる限りあなたが食べられるような政治にはならないかもしれないし、政治家はその責任は取らない。やっぱり答えは自助努力しかない。
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思うこと多き運転免許の高齢者講習
2026 FEB 3 13:13:08 pm by 東 賢太郎
面倒くせえな、高齢者って誰のことだよと思っていた。仕方ない、そう呼ばれるのも順次やってくる七五三や成人式の延長戦と思うことにしよう。何年か前の正月のこと、神社の厄年表をみると「レンジ外」になっていたことに気がついた。少々寂しさはあったものの、よし、もう疫病神との縁は切れたと気楽にもなったものだ。こういうふうに僕は物事のサニーサイドを見て生きるようにできている。単に持って生まれた性格なのだが、そのおかげで歳をとらないと信じてること自体が紛れもない楽天家であって、それが体にあんまり良くない完全主義をうまいこと中和してくれているのは事実である。その絶妙なバランスのおかげでボケてない気がする。先日も海外のストリートピアノを弾きまくって外人を虜にしてる「ハラミちゃん」の動画にたまたま出会い、惚れ込んだ。この子いいなあ、明るくてピアノが大好きで、そのオーラで外人と一発で仲良しだ。僕も仲良しになりたいなあと本気で思うから気は若いのである。
試験は嫌だな。 50年無事故という輝かしい記録を樹立した僕として実技はまったく問題ない。だがしかしと、大学の帰り道に成城学園前駅で降りてバスで通ったニ子玉川の小山ドライビングスクールのことを思い出したのである。学科試験でこういう問題があった。「夏は暑いので下駄(げた)で運転してよい」。直感的な常識としてそりゃだめだろで終わりだ。ところが「夏は暑いので」がじんわり効いてきた。猛暑で意識が朦朧として事故を起こすリスクの大きさを考えれば足からも気化熱を発散することは安全上有益ではないのか、下駄ぐらいは許されていいのではないかと、常識を揺るがすあらぬ考えがよぎったのである。いやいやしかし、下駄はいかんな、だって形状からして歯の間にペダルが挟まればやっぱり事故だもんなということで✖にして事なきを得たわけだが、後で調べて道路交通法に根拠があることを知った。サンダルだったら危なかったと思うのである。
この日の目的地、芦花公園に近い「せたがや自動車学校」を地図で調べると、まず環八に出る。これは旧来からのナンバリングでは東京都道311号である。それが第3京浜から国道466号になり、瀬田で東京都道427号と交差する。ここであっとひらめいた。ピアノソナタニ長調 K. 311、ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K. 466、ハ短調ミサ曲K. 427 、なんてこった、これはモーツァルト好きの役人がつけたに違いない、なんて思いつつ、このところとんとご無沙汰している運転は家内におまかせする。助手席で何気なくFM放送をつけ、叫んでしまった。わあ!なんということだ、シューマンのラインの第1楽章が展開部の辺りから鳴りだしたのである。もういけない、運転手じゃなくてよかった。道すがらずっと歌いながら指揮してたら丁度おしまいのところで到着した。とても爽快な気分になって入り口をくぐる。この日の受講者は僕を入れて7人のようだ。たしかに皆さん紛れもなく高齢者である。なるほど、自分もそうなんだ。
実技の講習。教官が隣に乗って右へ行け左へ行けと、そうそう、こういう感じだったなと結構楽しんでしまった。次は目の検査だ。視力は1. 2だから楽勝と思いきやそれはなく、視野と動体視力である。やったことがない。すると後者がいけなかった。なんと0. 2ではないか。落ちてるだろうなとは思ったがここまでかとショックである。しかし教官の方もそれは含んでいて、そういうもんだと思って注意して運転して下さいねで終わりだ。試験ではないのだった。ああ日本っていいな、優しいな、ご一緒したお2人もとてもいい方だ。普段なかなかこういう感じでお話しする場もないし、僕も自然といつにない穏やかな口調で話していることに気がついた。何でもないことが宝物になってるのである、これぞ日本だ。未来永劫に守っていってほしいな。
帰りは1人でバスに乗ってみた。さっそく金の払い方がわからない。そうかスイカが使えるのか。カバンに手を突っ込んであちこち探るが出てこない。あれおかしいな。あのじいちゃん早くしてくんねえかなという乗客達の目線を感じる。そういやあよくそう思って見てたよな。終点の千歳船橋から小田急で成城学園でおりる。ここに来ると寄り道しないわけにはいかない。駅を背に学校側に歩くと右側に数件の民家があった。その1つが庭でしょぼい犬を飼っていて、こいつがなぜか僕にだけ通るたびにけたたましく吠えつくのである。だんだんこの野郎となってきて、小屋に2B(爆竹)を投げ込んでびっくりしてキャイーンだ。その場所は今は立派なマンションになっていて面影もない。感無量である。そこに悪童だった当時の自分が紺色の制服に半ズボンでむこうを向いて立っている気がした。本当にした。いや本当にいるのだ。シミュレーション仮説によればこの世の出来事は全部映画である。開演時間が違えば同じ場所に昔の自分がいるわけだ。
もう暗くなってきた。そろそろ帰るかと駅の南口に回り、二子玉川行きのバス乗り場を探した。これまた分からない。仕方ないなと交番の前まで行くと、 なにやら1人の客人に警官2人がかかりきりでらちがあかなそうだ。右往左往した末にスクランブル交差点の先にやっと見つけて、発車寸前のに飛び乗った。はあはあ息を切らせながら窓からバス停を見ると、 二子玉川行きと狛江行きがある。そうか、父が我が家に来るのに電話してきて、出迎え場所の指定が二子だったり狛江だったりしたのはこれだったのかと謎が解けた。バスは坂をゆったり下って世田谷通りの方にいく。左側に東宝スタジオってのが見えてくる。大好きな「七人の侍」を初め黒澤明監督のほとんどの作品や、あの「ゴジラ」「モスラ」もここで撮影されたんだ。そういやあ監督のお嬢さん同窓生だった、今はどうされてるのか。そうそう、そういやあ、自分もこのバスに乗って小山ドライビングスクールに通ってたっけ。
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死んだと思った東名高速の事故
2025 DEC 21 0:00:43 am by 東 賢太郎
3Iアトラス太陽に最接近 10月29日
フク亡くなる 11月7日
パソコン壊れる 11月14日
関係企業に事故 12月10日
東名高速で事故未遂 12月13日
3Iアトラス地球に最接近 12月19日
どうも太陽系外の妙な物体が接近してきてからろくなことがない。
12月13日は危なかった。追い越し車線を快調に飛ばしていたら、わりこんできたミニバンと前の車が接触し、そいつが中央分離帯にぶつかって大破して、すぐ後ろの僕の車も危なかった。すんでの所で急ブレーキ効かせてガラスが粉々になった前の車に突っ込まないように止まった。奇跡的だった。
止まった、よかったと安堵したら、東名の追い越し車線の最後尾に止まっていることに気がついた。後ろからトラックにつっこまれて即死・・・が頭をよぎった。
フクが見ていたな、命を助けてもらったな。
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世俗世界の勝ち組が人生の勝ち組ではない
2025 DEC 2 21:21:37 pm by 東 賢太郎
僕は書いたものは基本的に読み返さない。過去と未来はなく世の中には現在しかないというアインシュタインの言葉を信じており、その刹那はいいと思って書いたからそれでいいが、その文章はもう過去であり、読み返して反省しても未来は変えられないから意味ないと考えているからだ。例えば映画を見ている時、脳が認識しているのは ”今” 見ている画像である。過去はx秒前、未来はy秒後とするとx+ y が今の長さだ。人によって x、yの値が異なるとするとAさんの今がBさんには過去となったりして ”今” の定義ができない。だからx+ y は誰にとっても無限に0に近い値、すなわち「瞬間」である。アニメの「紙パラ」(めくり絵)が無限大に近い速度で行われて完全に連続的な動画に見えるように我々は現実世界を認識して生きているということになる。今の瞬間に見えている1枚の絵だけが存在していて、1つ前と1つ後の絵は存在しない。だから過去と未来は変えることができない。何とかできるのは今だけだから、仮に人生訓的に解釈するならそのことに注力せよということだろう。今がすべてだ、今を精一杯生きろ、なんて言われればもっともらしい。
しかし考えてみればそれもおかしい。無限大に近い速度で過ぎ去る今の1枚をどうこうすることは不可能である。つまり物理学が正しいとすれば今も変えることができず「人生は自分ではどうにもならないので今を楽しんで生きなさい」と、生きる意味を否定するぐらい絶望的な結論になるのである。しかしもっとよく考えてみれば、人間以外の動物はまさにそうやって生きている(と思われる)。人間も動物だから本来はそうなはずだが、大脳皮質が発達して賢くなり、x+ y は無限に0に近くはない、つまり過去は変えられないがプラスに解釈したり、まだ起きていない未来は少しは変えられるんじゃないかという自分に都合の良い妄想の余地を見出してしまった。それは物理学的には賢くないかもしれないが、人間に夢という大事なものを与えた。夢は実現しないから夢と呼ぶように大きな富を手にするのはほんのひと握りの人かもしれないが、多くの人がよりよい未来の実現を信じて努力をする集合的な力の相乗効果で国も国民も豊かになる。それが資本主義というものである。夢は幻想だと否定し、相乗効果も否定し、人生は自分ではどうにもならないので選良が叡智によって計画し未来を保証する国家に任せなさいとするのが共産主義であると言っておおむね間違いではないだろう。任せて国民が幸せになった国家は歴史上今のところ現れていない。
アインシュタインが「今を楽しんで生きなさい、それしかできないから」と述べたかどうかは知らない。彼は共産主義者ではないが、資本主義の富の偏在を除去した社会主義を理想として主張したことは事実だ。既述の合理的な帰結と整合的で筋が通っている。従って、人間様が今を楽しんで生きるためには何をしたらいいんだろうと自問してみる価値はあるだろう。そこで「楽しむこと」の定義があいまいでは論考できないからそれを数値化してみよう。楽しむことイコール幸せとは限らないが、苦しみや痛みを幸せと感じる人は極めてマイノリティだとしてしまえばそれは正しい。人生とは数限りなくある今(瞬間)の集合体であるわけだから、つまり、幸せな人生を送るためにはどんな瞬間をも楽しく生きるようにすればいいわけである。その方法を定義することはできない。何が楽しいかは千差万別だからだ。では「人生の幸せ度合い」は計測できないのだろうか。楽しい時に脳内には快感物質エンドルフィンが分泌される。人生の単位で考えるなら、生まれてから死ぬまでに分泌されたエンドルフィンの総量を測り、それが最大の人が最も幸せだったということになろう。
もちろん実際に測る必要はない。それが必ずしも経歴や地位や財産で決まるものではないことを実感できればそれでいい。世俗世界の勝ち組になることが人生の唯一の目標ではないという哲学がおのずと導かれてくるからである。とすると、総量を最大値にするにはどうしたらいいかという話になる。簡単だ。好きなことをして長生きすればいいのである。経歴や地位や財産を得ることが好きな人はそれをすればいい。大自然に囲まれて自給自足の農業をやるのが好きな人はそれをすればいい。おそらくエンドルフィン分泌量に差はつかないだろう。したがって、両者の差がつくのは、どっちが長生きできるかということにかかるというあっけない結論が導かれる。日本のように国民皆保険で医療が地方まで行き届いた国では、ギズギスした都会で勝ち抜くゲームに明け暮れるよりも、大自然の中で悠々自適で気楽に生きた方が長生きできそうな気がする。というと、おまえは【小原庄助さん 何で身上潰した 朝寝朝酒朝湯が大好きで それで身上潰した ハァモットモダーモットモダ】という歌を知らんのか、怠け者を礼讃するのかという声が聞こえてきそうだ。
30年以上証券界で働き抜いてきた僕が怠け者を奨励するはずがない。都会派であれ大自然派であれ、朝寝朝酒朝湯が大好きはいけない。なぜか?日本人の道徳観ゆえではない。いけないのはそれに淫してしまい、同じことを毎日繰り返していると限界効用価値が減り、だんだんエンドルフィンが出なくなるという科学的理由からだ。 まして自然もない都会のジャングルでワーカホリックになってエンドルフィンを喪失するなど想像を絶する愚行であり、むしろ寿命を縮めるにちがいない。そう思ったから16年前に僕は東京の一番南の国分寺崖線に家を建てた。都心まで少々時間はかかるが半分は自然に浸っていたいからだ。大自然派の人ほど頭を使い知恵を絞り、創造的な仕事をしなくてはいけないが、そうすることでこれまでの日本人の労働観にはない新しい幸せな人生が開かれるであろう。つまり地方の子供が猫も杓子も東京や大阪の大学に行こう就職しようという風潮が本当に幸せに結びつくのかということだ。大自然派は経歴も地位も資産もそんなにはいらない。都会派がそれを得るのに必要な膨大な時間を自分への投資や余暇に使える。逆に田舎に出て幸福な人生を感じられる都会派は多くないのは競争上の大きなアドバンテージでもある。したがって大自然の中でエンドルフィンがたくさん出る脳を持ってる人は都会派ほど苦労せず幸せな人生を手に入れる確率が高いのである。
そこで高市総理の「働いて働いて・・・」が流行語大賞になった事に付言したい。誠に結構なことだ。この人ほど身を粉にして働く政治家はいまだかつて見たことがない。そのうえに勉強家で頭脳明晰ときている。トップがこうであれば永田町の空気は一変し霞が関も働く。小原庄助さんを戒めてきた国民は本来が働き者だ。体を張って強い日本の再生を掲げるリーダーに喝采を送るのは日本人としてあまりに当たり前で、70%という空前の政権支持率の大きな要因となっていることは不思議でもなんでもない。 103万円を超えると税金が増えるから働きませんと苦渋の決断をさせるなど勤勉が美徳の日本国民に自傷行為の苦痛を強いるに等しい。精神の根本から腐った異常なことで、そんな状態を放置する政治家はいったいどこの何者だと疑念を抱かざるを得なかった事は国民にとって大変なストレスであった。 高市早苗、片山さつきの大英断である21兆円の総合経済対策効果がそれに加わりGDPは増大するだろう。税収が増えれば財政は悪化しないし国債のクレジットも下がらない、そんなことは世界の常識である。戦争に端を発した不可避的な輸入インフレを意図的にごっちゃに述べて国民を煙にまき、すでにインフレだから国債発行による経済対策は所得を増やすがインフレも増幅して危険だと水をさす学者や自称専門家が多数いる。その心配よりもデフレマインドを 根治する方が重要であるし、危険があるなら政策金利を上げて円安を止めれば物価は下がる。輸入インフレはデフレを治癒しない。救うのは総需要の増加をトリガーとする順回転の経済成長に着火するしかない。マインドに火がつかなければ日本経済のデフレによる衰退は永遠にこのままだ。経験もビジネスマインドも無い役所に実効性のある総需要対策計画はできない。だから官邸主導の21兆円の総合経済対策なのだ。大賛成である。少々の荒療治であろうがリーダーシップをとって国民を奮い立たせる度量、コミットメントには敬服しかない。そんなものはかけらもなかった前総理、前々総理には逆立ちしてもできなかったろう。たったひとこと。役者が違う。
最後のおまけで僕個人の投資スタンスを書くなら、とても平易で誰でもできる日本株と米ドルのロングである。だいぶ前に117円ぐらいで株以外のほぼ全財産をドルにしており、1ドルも売りもヘッジもしてないし当面のところする理由もない。こうした人生の一大事の判断をするときに日本のオールドメディアの情報は全く不要であり、むしろあまりにレベルが低い上に意味不明の偏向が入っているのでプロである僕にとって百害あって一利ない。 ネットで充分足りる。高市政権になって国民の政治リテラシーが急激に上がったのは自民党が3連続大敗を喫した選挙でネットの視聴率が大幅に上がったからだ。嘘ばかり垂れ流すオールドメディアは時間の無駄だと学習した視聴者が加速度的に増えたのに、何の学習もせず淡々と嘘ばかり垂れ流すのだから自ら墓穴を掘って衰退を加速しているだけであり、恐るべきことにそれにすら気づいていないという学習能力の無さはもはや手の施しようのない領域に踏み込みつつある。ちなみにこれは世界の法則だが、スポンサーに金をもらっている報道機関は信用できない。彼らを援護するなら、決して悪い人たちというわけではなく、それが資本主義であり経済原理に基づいたビジネスであるから止めようがないのだ。
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成功する奴はやると決めたらすぐやる
2025 OCT 28 1:01:24 am by 東 賢太郎
久しぶりに後輩から会いたいと連絡があった。2時間くれというのでニューオータニのガーデンラウンジで話を聞いた。すると、ふたりの別々な知人に会ってくれというわけである。いいよとなって、こう言った。俺も話がある、他人の会社の株を買うんじゃなくて、俺がやる話だ。
時計を見ると2時間になっていた。なにやら話っぷりに迫力があったらしい。東さん、まえ会った時と全然違います、どうしてそんなに元気なんですか?おんなじことを米国のHにも言われた。元気なんかねーよもう70だからさ、でも、これってめちゃくちゃ面白いと思わないか?思います、詳しく聞きたいです。
詳しく話した。3時間になっていた。
いいだろ?これ金儲けじゃないんだ、地球を救い人類を救う。物理・化学だ、神様の作った原理だ、心が洗われないか?面白いものは魅力あるだろ?そういうものを見ると元気になるんだよ。
参画が決まった。僕は、こういう若者が無性に好きだ。お前は金儲けは上手いけどな、それだけじゃ人間は下賤になっちゃう。ちょっとは芸術を嗜め。はい、いまジャズきいてますがクラシック覚えたいです。本気か?本気です。わかった、じゃあ50曲ぐらい教えるからひたすらそれ聞いて全部覚えろ。クラシックは暗記科目だからな、基本英文700選みたいなもんよ。気がついたら一生の財産ができてる。そっから先は自分の趣味で勝手に増えるから心配ない。仕事なんかより大事になって退屈という言葉は辞書から消えちゃうよ。
彼はやると決めたらすぐやる。慎重に検討しますなんてうじうじ考えて結局やらない人間が満を持しても何もいいことはない。失敗してもいい、何も考えなくていいから思い立ったらすぐにやってしまいなさい、そっから意外な活路が開けたりするから。10代、20代、30代、40代、それぞれにその年代でなくてはできないことがあるんだよ、だから実はそれは人生の切実な問題なんだ。期を逃して次の代になっちまったらもう手遅れだからね。70代でなくてはできないこと?そんなもんあるわけねえだろ。
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英語ディベート6時間の雑感
2025 OCT 2 8:08:03 am by 東 賢太郎
米国の友人Hが来た。4時から1時間の予定が議論が白熱し、ニューオータニkato’sで夕食になって気がついたら10時である。こうやっていつも閉店までなのを店も心得てくれてる。ウルトラ元気な男で鉄砲玉みたいな英語がとぎれることなしだ。話題はもちろんビジネスにつきる。
半年ぶりぐらいだが「顔が変わった。肌のツヤも全然違う」としげしげ小生を眺める。「スキンケア?そんなもん俺がするわけないだろ、体重も変わってないよ」「アンチエージングしたか」「ああNMN注射な。でもだいぶ前だ」「ステムセル(幹細胞)がいいよ。トランプもバイデンも打ってる。自分は55歳だがバイオ年齢は36歳だ」とスマホの血液データ分析を見せる。僕は確かに元気は元気だ。月2回お世話になっているセラピストのYさんも「筋肉が柔らかくなってます、プロとして断言できます」という。そういや先週も終了後に「ありがと、3イニングぐらい投げられそうな気がするね」と高校時代に戻ってたし。
というわけで誰も古希は信じない。自分も忘れてて時々書類の年齢欄に60歳と書きそうになる。仕事が立て込んで徹夜に近い日もあったがなんのことはない全然翌日もOK。大学時代、徹マンの翌日もこの程度の感じだった。親に感謝するしかないが、視力も裸眼で1.2あるし、何年か前のコロナ入院と、崖から落ちたのと、神保町で転んで右手の親指を怪我したの以外、体は何らの異変もない。これは20年間飲み続けている神山先生の漢方薬のおかげ以外に理由は考えつかない。
問題は頭だ。身の回りの物忘れや人の名前が出てこないみたいのはたくさんある。でも鉄砲玉の英語ディベートを6時間やっても回転は大丈夫だ、こいつはまぎれもないウォートン・スクールで2年鍛えてもらった成果だ。野球で毎日皇居一周してたので今でも難なく5キロぐらいは走れるが、それと同じで、アメリカMBA留学ってのはアスリートに近い頭の筋トレだったと思う。10代、20代の皆さんは頭も体も死ぬほど自分を追い込んで鍛えまくっておくことです。その年代しかできません。一生の財産になるし必ず仕事でも人生でもメンタルにもあなたを助けてくれる強みになると思いますよ。
Hはものすごいガッツの塊ですべてに前向きで頭も回る奴で、こっちもアドレナリンがどんどん出てくる。頑固だが知らないことを教えると謙虚に学ぶ、その姿勢がとてもいい。こっちもアメリカの最新事情は教わることばかりで、ディベートの中からビジネスチャンスがのぞいてくる。僕はこういう奴が好きだし奴もそうなんだろう、話が途切れることなくこのままだと10時間でも何時間でも行きそうだ。大学時代に気の合う連中と夜中まで、あるいは朝まで語り合ってたあれを思い出したりする。つくづく思うが、日本人にこういう奴はほとんどいない。少なくとも僕は知らない。そんなにたくさんは会ってないアメリカや中国にはゴロゴロいる。だから時価総額百兆円もの新興企業が出てくるんだ。
日本は財務省の緊縮財政で30年間を失ったとみんなが口を揃えて言うが、そればかりじゃないよ、やっぱりビジネスをゼロから起こしてでかくするという情熱とかアンビションとか、そういうのがさっぱりなくなっちゃってる気がする。だから、これから世界を変える生成AIの波に完全に乗り遅れちゃった、これは致命的だ。ロスジェネとか言って傷をなめあってる場合じゃない、雨はあなただけじゃなく全員に降るからチャンスはどんな世の中でも資本主義国なら常にある。そこで勝ち抜いても生成AIに職業を奪われるのが確実な未来だ。ほんとうに傷をなめあってる場合じゃない。政府が金をばら撒いたらGDPが増える、そんな紋切り型の経済学で経済成長なんか持続できるわけないでしょ、成長は資本の成長からくるんです、政治や行政なんか関係ありません、それができる人材こそが国を引っ張るエリートである。そういう人材が昭和はまだそこそこはいたから日本は経済大国になったんです。続々と出てこないとそれこそ日本はダメになるよ。
僕に年齢はない。たぶん体が朽ち果てるまで寝ても覚めてもそういうことばっかり考えてる。ワーカホリックと言う勿れ、モーツァルトだってベートーベンだって毎日音楽の事ばっかり考えていたでしょ。人に使われると労働者になっちゃう。それじゃ人生つまんない。自分で起業してビジネスを創造する、これはクリエイターの喜びである。MBAは何の専門家でもない。経済学も会計学も経営学も数学も統計学も法律も証券分析もマーケティングもプレゼンスキルも、ぜーんぶがビジネスの道具にすぎない。心理学、人類学、骨相学、量子力学なんてものもその一部になったりする。それらを駆使して戦った成果は数字、つまりお金というもので評価される。運てものもあるから勝ったり負けたりはするがわかりやすいでしょ。僕にとっては麻雀や野球をやってるのとあんまり変わらないが、遊びでないので負けるわけにはいかない。この緊張感、最高のアンチエージングだ。
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気ぜわしくない土曜日の昼下がり
2025 SEP 9 10:10:13 am by 東 賢太郎
写真家のS氏と久々に飯でも食うかとなり、代沢の「韓てら」に行った。赤坂で金曜日のディナーのはずだったが大雨だったので明日にしようとなった。これが良かった。気ぜわしくない土曜日の昼下がりだ。9年ほど住んだこのあたりはなつかしい。よく息子とキャッチボールをした北沢川緑道に沿って歩くとそこに着く。当時小学生だった子供たちが歩き回ってる気がするほどに店内はすべてがそのまんまだ。あのころ、ニューヨークから帰国した翌週に9-11がおきてぞっとしたっけ。まだサラリーマンで部下120人の人事評価を書かされ疲労困憊の日々だった。会社を移ったのがそのころで、移籍先はメガバンク系だしもうそれはないだろうと思ったらまた120人だった。
評価書ってのはその人の給料、賞与はもちろん人事部のファイルにコメントが残って、人生まで左右するかもしれない。そんな文書を作るのは責任が重い。しかしそれをどうにでも書けるというのは権力を持った証でもある。うれしい人も多いだろうが僕は性に合わなかった。公平を期すため金融屋として優秀かどうかだけと割り切る。生い立ち、学歴、性格、性別、雄弁、酒豪、英語、達筆、美声、おべっか・・顔を思い浮かべればいろいろある。それを割り切って無視しないと私情が入ってしまう。38才からそんなことをしている俺は自己評価だってそうしないと人生まちがうと思ってここまで生きてきたが、そっちが正しかったかどうかは甚だあやしい。
女性の部下はあんまりいなかったから困った記憶はない。僕はフェミニストではないが実務家として女性総理、女性指揮者の賛成派だ。女性ファーストは度が過ぎると元禄のお犬様になってかえって良くない。そんなことせんでも女性は立派に経営をできる。男はそこそこの学歴で身なりが良くて弁舌さわやかであればあっさり丸をつけちまう。感性で判断する女性はそれがなく、往々にしてそれが正しい。「彼はだめね」「ちょっとあぶないわよ」。男にない嗅覚でばっさりいく。良い例が自民党両院議員総会を仕切り、実質的に首相を退陣に追い込んだ最大の功労者、有村治子だろう。立派なもんだ。東郷平八郎海軍大将、井伊大老の首級を挙げた有村次左衛門を先祖に持つだけある。腹の座り方が半端じゃない。頭脳も明晰だ。言葉がいちいち心に刺さるのには感服で将来の首相候補まちがいなしだ。なに言ってるかわけわかんねえポンコツ役者が総理?ジョークやめてけれ。反対に嗅覚も腹も頭もない可哀想な女もいる。恩人の安倍を裏切ってLGBT推進した、前にもボロカスに書いたあれだ。「それは本当の保守じゃないと思います」なんてな、おめえの保守なんてどーでもいいんだよ日本人は。弁護士かなんか知らんが真正の馬鹿だ。
ちなみに馬鹿を馬鹿というのはお耳障りが悪かろうが、文化部系の人には下品でも体育会でそんなのはなんでもない。過ちを正してくれて有難い場合すらある。基本がガリ勉の高学歴社会である金融に体育会は少なく、そんな罵声を浴びせる文化はないが、僕は体育会的社風の最右翼だった野村証券においてさえ最右翼であり、銀行系の役員になっても机ぶっ叩いて怒鳴りまくった。Sには何度も説明してるがそう見えないのか東大出の思いこみが抜けないのか、「このまえ赤門に撮影いきました」とくる。そもそも論に発展し「なっ、俺、あの門はぜんぜん愛着ねえんだ、くぐったの何回かな程度なの、法学部だから」なんて言っちまう。
ちなみに自民党税調の宮澤洋一氏が上品にだが同じ趣旨を公言し評判悪い。しかし法学部卒はほとんどがそう思ってる。というのは、明治時代から学校自体が暗にそう教育し刷り込んでる。あのキツい法学部の勉強を我慢してやって優を並べた奴が権力持つのは認めよう、俺は遊んじゃったしねで学部内はフェアなのである。それがない他学部はまったく眼中にない。ホリエモンが東大がどうとかいっても文Ⅲの話だろで俺達には関係ない。そういう所なのだ。財務省解体デモになるのは、要は、役人になめられて使われちまう政治家が馬鹿だということに尽きる。そりゃ偏差値35の大臣の話なんか俺たちが真面目に聞くわけねえだろ。
最近の政治家は小物というか、侍がいなくなって役人の劣化版みたいなのばかりだ。慶応OBの話によると石破前総理は高校のゴルフ部員だったが、スコアをごまかしたのがバレて除名になったらしい。たかがゴルフと思う方は体育会を知らない。スコアを改竄する奴ってのは人間としてクズ中のクズで、これは私見じゃない。プロは大会失格。英国の名門クラブは除名。これが世界の常識である。英国で逆切れした会員が訴訟したケースもあるほど「名誉」に関わる。「たかがゴルフ」で体育会に入ったなら元から世の中なめてるアホだったということで、つまり、学歴詐称のおばさんとおんなじ種族ということであって、誰だよこんなの総理にしたのって責任論になるレベルだ。人間の性癖ってのは治らない。放っておくとまたやる。要は、子供の遊びであろうと、前科者はまともなポストにつけちゃいけないという日本人の良識が彼のお陰で確立されるだろう。
さて、Sはというと、写真の被写体は女性が9割ぐらいだ。つまり女性の美というものを追求するうらやましい仕事である。よく知らないが広末涼子とかきっと有名なんだろうと思われる人の写真集など多々あり、間違いなくわがままであろうそういう方々やバックにいる有象無象の業界の面々と40年も仕事してきた人間観は独自の深みあるものだ。こっちも有象無象、多国籍の人々と銭金のつきあいをしてきた。だからとんでもない人間模様を見てきた共通点があって、飲むと楽しいのだ。あの女優に会いたいとか僕はそんな趣味はまるでない。波長が合う人と飲む、何より貴重な時間だ。
韓てらは東京の焼肉No1だ。たらふく食ってどっかでコーヒー飲むかとなり、Sが某喫茶店を検索し、下北沢に向かって行ってタクシーを降りるとあたりの風景に何となく勘が働いた。まてよ、ひょっとして・・・道の反対の暗い路地に入った。あった。当時に住んでた2軒目の家だった。最初のは狭かったがこれはでっかく、車庫にジャガーをとめていた。引き寄せの法則ってあるなと笑いながらよく通った寿司屋を見つけ、ここの小肌は東京No1だと教えて通りに戻ると喫茶がみつからない。しょうがない、あれ良さそうなんで行きましょうというが早いか反対側の小さい洒落た店にSが入っていった。おばさんがひとりでひっそりやってるカフェ。気に入った。「ここいいね、でも俺、ひとりで入れないんだよな」「どうしてですか」Sが怪訝な顔をする。「なんかガラでないんでね」。寂しい話だ。スタンドに女性がひとり静かにコーヒーで読書してる。ああ、いいなあ。こういうのがサラッとできる。Sはかっこいいなあと、いつもうらやましい。
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楽しかった久しぶりの東大クラス会
2025 JUL 19 7:07:13 am by 東 賢太郎
今年のクラス会、九段高校の方は日にちが合わず失礼してしまったが、我が硬式野球部は東東京大会で大健闘しており、ノーシードから勝ち上がって4回戦進出(ベスト16)だ。僕が入部した年が東西分離前でベスト32(第6シード校)だったから並んだ。準々決勝なら過去最高じゃないか、ここまで来れば甲子園行ってくれ。二松学舎、修徳、関東一、日大一、岩倉、堀越、日体荏原という我が世代の強豪校もノーシードであり、成立学園、日大一、日体荏原、明大中野、東京実、共栄学園、小山台は3回戦までに敗退した。九段より日大一高が先に負けるなど想像もできないが、いかに後輩たちが素晴らしいゲームをしているか!
先日あった東大のS50年LⅠⅡ9Bクラス会は出席できた。といってもぎりぎり直前に「出ます」と通知し、ちょっと遅れて会場である半蔵門のイタメシ屋に着いた。「久しぶり、10年以上来てないよなあ」と挨拶したら皆がそんなことないぞという。なにせみんなほぼ古希だ、どっちが正しいかわからん。「そうか?うーん、ごめん、覚えてない」で済んじまう。「あれからもう50年だぞ」「おお、そうか」と計算もできてない。
LⅠⅡってのは文Ⅰ、文Ⅱがいっしょ、9Bは第二外国語がドイツ語ってことだ。50名ぐらいで女子はゼロだからまるで男子校だ。50年まえ、駒場の教室のオリエンテーリングで初めて会ったあの日の面々。「ワクワクしたな、楽しかったな、いろいろあったな」で一気に盛り上がる。スピーチはひとり3分厳守と幹事から告知が為されたがものともせず倍ぐらいになった。「みんな、株持ってるか?持ってる人は手を挙げて」というと5,6人だ。「あのね、それじゃだめだよ、エヌビディア知ってるだろ、時価総額いくら?4兆ドル、600兆円だぜ、一企業で日本国のGDPとおんなじだよ、そういうのに乗っかってないと時代についてけないよ、ボケるよ!」。
まあ皆さん僕以外は日本国を代表するエリートである。総務省事務次官、石破内閣官房副長官兼内閣人事局長兼内閣感染症危機管理監の佐藤文俊くんをはじめ官界、法曹界・実業界のお歴々だ。でもみんな人間だから酔っぱらう。「8組は女子いたのにずるいよなあ」「ドイツ語わかんねえし」「俺、D、Dで危なかったよ」「そう、Mの授業つまんなかったよなあ」「Tの法学概論もな、起きてるのやっとでさ」「Oの英語のシェークスピアぐらいか、おもしろかったの」、まああとはあそこが悪いここが痛い、何の病気で手術しただの家族がどうしただの、この辺までは話題もそれなりである。
だんだん酔いが回る。「赤門前のパブリカンってスナック覚えてるか」「あったあった、俺、初カラオケだ」「そうだよ、東、お前そこで初めて歌った曲、覚えてるか?」「”柳が瀬ブルース” だろ」「違うよそれはあいつだ、お前は加山雄三の “君といつまでも” 」「凄いな、そんなの覚えてんのか」「ああ、新潟のスキーはどうだ。嫌な思い出だからお前たぶん忘れてるな」「新潟?」「そう、お前2日目にビビッて滑れなくなって大ショックでさ」「忘れてる、だって俺うまいと思ってるもん」「そうじゃないの、そういう時あったの」「そういやあ麻雀貢いだよな」「でもお前が勝つオカルト麻雀のあいつだけは俺の天敵なんだ」(爆笑)「雀荘は葵だが下宿でもやったな」「俺の下宿のトイレの洗面台でさ、『東さん、あの頭洗ってるかたどなたですか?』って大家に怒られるわけよ」「すまんすまん風呂入ってなくってさ」(爆笑)「そういやあ同人誌作ろうって女子誘ったよな」「うん1年の時ガリ版でね」「東、お前のペンネームは柚木健だ」「なんと!思い出した、その通りだ!」「お前と稲毛(高岡高校エース、188センチ)のキャッチボール凄かった、軽く投げてるお前のが速かった」「自分のタマは自分で見れん」「初ゴルフの大磯ロングビーチは?」「覚えてる。楽勝と思ったら一発もまっすぐ行かなかった」「お前がみずほの時も御殿場で回ったな」「そうだね、あれはみんなに悪かった。日曜日のラウンド中に出社命令が来て途中で帰るってなって」「あれがリーマンショックだったのか」。こういう記憶力の人たちと麻雀することはおすすめしない。
二次会はニューオータニ。11時半まで話は尽きず、めちゃくちゃ楽しかった。クラス会は半世紀前の自分の姿を映す鏡だ。幹事の佐藤くん、福岡くん、お疲れ様です、ありがとうございます。
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スマホ時代は石器時代と裏腹だった
2025 JUL 14 1:01:46 am by 東 賢太郎
先週のことだ。新規の会社にアポがあり、HPで場所をざっと見て地下鉄に飛び乗った。行先は東銀座だ。そろそろだな。スマホを取り出して地図を確認だ。
参った。電池が切れとる!
スマホは便利だ。ということはそれがないと逆に石器時代になる。社名しかわからん。今どき都心に赤電話なんかない。だから事態を誰にも伝えようがない。時間はあと15分だ。絶体絶命。どうする???
考えても答えがない。歌舞伎座の先を左に曲がって大体あのへんだ、ええい、一か八か体当たりで探そう。歩いた。猛烈に暑い。ない。こりゃだめだ。すると交差点に地図のたて看板があった。でもだめだよ住所覚えてないんだから・・・
天は見捨ててなかった。地図に「築地警察署」なるものが書いてあるではないか!走って行ってとびこむ。受付の女性がびっくり。無理もない。汗だくなうえに冷や汗だから。若いお巡りさんが同情して地図を書いてくれた。ありがとう!
ミーティングは何事もなかったように始まった。40代の幹部が5人。こちらが3人。古希の俺がまじってる風景シュールだなと可笑しかったが、この会社、AI時代の旗手だ。だんだんそんなことは忘れて盛り上がった。投資していいかな。
電池切れボケ来てない?みんなそう思ったろうがそれはない。だって “秘密兵器” で寝てるからコロッと寝落ちして高校生みたいにパキっと目覚めてる。「体が変わってますよ、運動ですか?」。セラピストさんが不思議がるが全然してない。
「これ、アタマにも効くよ」。誰も信じないが自信ある。回転速い。この好調でボケは絶対ないね。ちなみにウチの猫もど~ぞと “秘密兵器” に乗せた。最初は逃げたけど先週からシロが自分で乗るようになっちゃった。どうだ!
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新婦の父になった日
2025 MAY 13 8:08:46 am by 東 賢太郎
日曜日に長女を送り出しました。近年は結婚式の場もガーデンやビーチなど多様化し、親しい人たちと心地よい時間を共有する傾向にあるようですが、娘たちは私共の世代と変わらぬクラシックな場を尊重しました。帝国ホテルにしたのは理由があったようで、人気の5~6月は意中の部屋の空きがなく1年ほど待つことになりました。その甲斐は大いにあって、新婦の父として忘れえない思い出をつくっていただきました。スピーチを頂戴した主賓、ならびにご列席いただいた神山先生ご夫妻、ご親族、ご友人、ご同僚の皆様、ソナー関係者の皆様、当家の親族、ご協力いただいたホテル担当者の方々に厚く御礼を申し上げます。
新婦の父役は簡単ではありませんでした。「お父さん、いい?バージンロードを一緒に歩くのよ、ドレス踏まないようにね。でもスピーチはしなくて大丈夫だからね」。それが何かも知らず娘の指示で一応の安心はして当日にのぞんだのです。歩くのは花嫁の後ろからと思っていたので踏むわけないだろと余裕でした。モーニングに着替えてホテルの教会の待合室にはいると神父さんと介添え人の女性がおられ、手袋おもちですね、こう指をそろえて左手で、持ち方はこうです、右手はこう曲げて手の甲が上で力は抜いて、はい、そんな感じで動かさず、などと矢継ぎ早に教わります。歩き方ですが、右足からです。花嫁と歩調を合わせて、とにかくゆっくり、靴の幅ずつ進む感じでいいですよ、気をつけていただきたいのはスカートが横に広がってるので踏んじゃう方がおられるんです、そうならないように右ひざはやや内側に回して入れる感じで・・・
ウェディングドレスを試着した写真は見ていましたが、現れた新婦姿の娘には息をのむばかり。圧倒されてしまい、想定外だった腕組みをされると、なるほど横幅がすごい。気が動転したまま廊下をしずしずとバージンロードの扉の前まで進みました。この数メートルで難しいと直感しましたが時すでに遅し。「それではご入場です!」と声がかかり、ぱっと扉が開くとサーチライトか眩しくてなにも見えません。オルガンが轟々と鳴り響いて「はい右足からどうぞ!」。覚えてるのはそこまでで、人がたくさんいるな、立ち上がってばしゃばしゃ写真を撮られてるなと感じて固まりつつ道がまっすぐかどうかもよく見えません。とにかくスカートを踏まないことだ!それに専心すると歩調も何もあったもんじゃなく、人生でこんなにゆっくり歩いたことはないゆっくりさで片足に乗る時間が想定をこえて長く、2度左にこけそうになりました。やっと終点が見えてやれやれ。そんなことはどこ吹く風と泰然自若で歩を進めるヨーロッパ育ちの娘をこんなに頼りに思ったことはありません。
そこで待ち構えていて、よろしくお願しますと礼を交わして娘をお渡しした新郎。彼もまた18才で志してロケット工学を学びに単身渡米した海外派です。結婚の誓いも堂々とした声で頼もしいもので、心の底から安心しました。彼を育て、若い志を後押しされたご両親も立派としか申し上げようがございません。名門テキサス大学アーリントン校(UTA)卒で、英語で理系という大変さは私の想像を超えますが、ラグビーで鍛えガリ勉でもアメリカかぶれでもない、こんな若者が日本にいたのかという驚きと共にこの人を見つけてきた娘も思いっきりほめてあげたい。UTAのスポーツチームの名称はテキサスの誇りマーベリックス(異端児)だそうで、映画トップガンのトム・クルーズのように “カッコいい型破り” の意味です。何があっても臆することなくふたりでその道を突き進んでいってください。
披露宴は主賓のお言葉を頂戴し、少々リラックスもさせてもらいました。ちなみに、流す音楽はホテルおまかせでなくすべてふたりでプロデュースしたいとリクエストがあったので、結婚式に向いているかどうかよりも娘の思い出がある30曲を選んで送りました。ドイツにいたころ、ピアノでドラえもんのテーマ曲などを弾いてあげるとキャッキャ喜んでいた頃から覚えていた曲ばかりです。結果として私のCDルームから持ち出していったのはヘンデル、モーツァルト、シューマン、ブラームス、チャイコフスキー、ラフマニノフ、L・アンダーソン、R・ロジャースでした。ひそかに楽しみにしていましたが、なるほどそこに使ったか、いいセンスだねというものばかりでいうことなし。満点。Climb Every Mountainは画像とあいまって最高だったし、我々には別格であるラインの第5楽章、あれを流した人はまず他にいないでしょう。オンリーワンの宴になりました。
いろんな思いがめぐり食事もそこそこに感無量で式を眺めていましたが、いよいよ「それでは最後にご両親への花束贈呈です」とアナウンスがあり、いかん、そういうのがあったっけと金屏風の前に立ちました。花嫁の万感のこもったスピーチにまず家内が泣きだしてしまい、私は唇をかんでこらえましたがハグされたらもうだめでした。そのシーンを激写していたのがソナーの慶応グループで、閉会後に見ろこれが証拠写真だと盛り上がりました。私が涙を耐えられるかどうかで賭けが進行していたのです。
43年前、私と家内はこの桜の間のひな壇に座っておりました。留学でアメリカに発つ前の弱冠27才と24才で、借りてきた猫のように固まっており、皆様から前途洋々のお言葉をいただたのがうれしかった遠い昔の思い出です。まさかそこでこの日を迎えようとは想像だにしていませんでしたが、これは娘たちのプレゼントでもあったのでしょう、そういえばこうだったと記憶の片隅に埋もれていた父のモーニング姿と母のおめでとうという声をはっきりと思い出しています。私は大学2年のとき全くの偶然から広島のユースホステルで家内に出会い、思えばこの会場から我が家が始まったのです。その日の新郎新婦の両親は家内の母ひとりになってしまいましたが、93才と思えぬお元気な姿で神戸からかけつけてくれました。おりしもこの日は母の日であり、天国の我が母が喜び、義父も我が父もそろって祝福してくれたのでしょう、曇天で小雨模様の日々だったにもかかわらず、披露宴の窓からは燦燦と陽光がさしこんでおりました。
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