Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______日々のこと

スマホ時代は石器時代と裏腹だった

2025 JUL 14 1:01:46 am by 東 賢太郎

先週のことだ。新規の会社にアポがあり、HPで場所をざっと見て地下鉄に飛び乗った。行先は東銀座だ。そろそろだな。スマホを取り出して地図を確認だ。

参った。電池が切れとる!

スマホは便利だ。ということはそれがないと逆に石器時代になる。社名しかわからん。今どき都心に赤電話なんかない。だから事態を誰にも伝えようがない。時間はあと15分だ。絶体絶命。どうする???

考えても答えがない。歌舞伎座の先を左に曲がって大体あのへんだ、ええい、一か八か体当たりで探そう。歩いた。猛烈に暑い。ない。こりゃだめだ。すると交差点に地図のたて看板があった。でもだめだよ住所覚えてないんだから・・・

天は見捨ててなかった。地図に「築地警察署」なるものが書いてあるではないか!走って行ってとびこむ。受付の女性がびっくり。無理もない。汗だくなうえに冷や汗だから。若いお巡りさんが同情して地図を書いてくれた。ありがとう!

ミーティングは何事もなかったように始まった。40代の幹部が5人。こちらが3人。古希の俺がまじってる風景シュールだなと可笑しかったが、この会社、AI時代の旗手だ。だんだんそんなことは忘れて盛り上がった。投資していいかな。

電池切れボケ来てない?みんなそう思ったろうがそれはない。だって “秘密兵器” で寝てるからコロッと寝落ちして高校生みたいにパキっと目覚めてる。「体が変わってますよ、運動ですか?」。セラピストさんが不思議がるが全然してない。

「これ、アタマにも効くよ」。誰も信じないが自信ある。回転速い。この好調でボケは絶対ないね。ちなみにウチの猫もど~ぞと “秘密兵器” に乗せた。最初は逃げたけど先週からシロが自分で乗るようになっちゃった。どうだ!

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新婦の父になった日

2025 MAY 13 8:08:46 am by 東 賢太郎

日曜日に長女を送り出しました。近年は結婚式の場もガーデンやビーチなど多様化し、親しい人たちと心地よい時間を共有する傾向にあるようですが、娘たちは私共の世代と変わらぬクラシックな場を尊重しました。帝国ホテルにしたのは理由があったようで、人気の5~6月は意中の部屋の空きがなく1年ほど待つことになりました。その甲斐は大いにあって、新婦の父として忘れえない思い出をつくっていただきました。スピーチを頂戴した主賓、ならびにご列席いただいた神山先生ご夫妻、ご親族、ご友人、ご同僚の皆様、ソナー関係者の皆様、当家の親族、ご協力いただいたホテル担当者の方々に厚く御礼を申し上げます。

新婦の父役は簡単ではありませんでした。「お父さん、いい?バージンロードを一緒に歩くのよ、ドレス踏まないようにね。でもスピーチはしなくて大丈夫だからね」。それが何かも知らず娘の指示で一応の安心はして当日にのぞんだのです。歩くのは花嫁の後ろからと思っていたので踏むわけないだろと余裕でした。モーニングに着替えてホテルの教会の待合室にはいると神父さんと介添え人の女性がおられ、手袋おもちですね、こう指をそろえて左手で、持ち方はこうです、右手はこう曲げて手の甲が上で力は抜いて、はい、そんな感じで動かさず、などと矢継ぎ早に教わります。歩き方ですが、右足からです。花嫁と歩調を合わせて、とにかくゆっくり、靴の幅ずつ進む感じでいいですよ、気をつけていただきたいのはスカートが横に広がってるので踏んじゃう方がおられるんです、そうならないように右ひざはやや内側に回して入れる感じで・・・

ウェディングドレスを試着した写真は見ていましたが、現れた新婦姿の娘には息をのむばかり。圧倒されてしまい、想定外だった腕組みをされると、なるほど横幅がすごい。気が動転したまま廊下をしずしずとバージンロードの扉の前まで進みました。この数メートルで難しいと直感しましたが時すでに遅し。「それではご入場です!」と声がかかり、ぱっと扉が開くとサーチライトか眩しくてなにも見えません。オルガンが轟々と鳴り響いて「はい右足からどうぞ!」。覚えてるのはそこまでで、人がたくさんいるな、立ち上がってばしゃばしゃ写真を撮られてるなと感じて固まりつつ道がまっすぐかどうかもよく見えません。とにかくスカートを踏まないことだ!それに専心すると歩調も何もあったもんじゃなく、人生でこんなにゆっくり歩いたことはないゆっくりさで片足に乗る時間が想定をこえて長く、2度左にこけそうになりました。やっと終点が見えてやれやれ。そんなことはどこ吹く風と泰然自若で歩を進めるヨーロッパ育ちの娘をこんなに頼りに思ったことはありません。

そこで待ち構えていて、よろしくお願しますと礼を交わして娘をお渡しした新郎。彼もまた18才で志してロケット工学を学びに単身渡米した海外派です。結婚の誓いも堂々とした声で頼もしいもので、心の底から安心しました。彼を育て、若い志を後押しされたご両親も立派としか申し上げようがございません。名門テキサス大学アーリントン校(UTA)卒で、英語で理系という大変さは私の想像を超えますが、ラグビーで鍛えガリ勉でもアメリカかぶれでもない、こんな若者が日本にいたのかという驚きと共にこの人を見つけてきた娘も思いっきりほめてあげたい。UTAのスポーツチームの名称はテキサスの誇りマーベリックス(異端児)だそうで、映画トップガンのトム・クルーズのように “カッコいい型破り” の意味です。何があっても臆することなくふたりでその道を突き進んでいってください。

披露宴は主賓のお言葉を頂戴し、少々リラックスもさせてもらいました。ちなみに、流す音楽はホテルおまかせでなくすべてふたりでプロデュースしたいとリクエストがあったので、結婚式に向いているかどうかよりも娘の思い出がある30曲を選んで送りました。ドイツにいたころ、ピアノでドラえもんのテーマ曲などを弾いてあげるとキャッキャ喜んでいた頃から覚えていた曲ばかりです。結果として私のCDルームから持ち出していったのはヘンデル、モーツァルト、シューマン、ブラームス、チャイコフスキー、ラフマニノフ、L・アンダーソン、R・ロジャースでした。ひそかに楽しみにしていましたが、なるほどそこに使ったか、いいセンスだねというものばかりでいうことなし。満点。Climb Every Mountainは画像とあいまって最高だったし、我々には別格であるラインの第5楽章、あれを流した人はまず他にいないでしょう。オンリーワンの宴になりました。

いろんな思いがめぐり食事もそこそこに感無量で式を眺めていましたが、いよいよ「それでは最後にご両親への花束贈呈です」とアナウンスがあり、いかん、そういうのがあったっけと金屏風の前に立ちました。花嫁の万感のこもったスピーチにまず家内が泣きだしてしまい、私は唇をかんでこらえましたがハグされたらもうだめでした。そのシーンを激写していたのがソナーの慶応グループで、閉会後に見ろこれが証拠写真だと盛り上がりました。私が涙を耐えられるかどうかで賭けが進行していたのです。

43年前、私と家内はこの桜の間のひな壇に座っておりました。留学でアメリカに発つ前の弱冠27才と24才で、借りてきた猫のように固まっており、皆様から前途洋々のお言葉をいただたのがうれしかった遠い昔の思い出です。まさかそこでこの日を迎えようとは想像だにしていませんでしたが、これは娘たちのプレゼントでもあったのでしょう、そういえばこうだったと記憶の片隅に埋もれていた父のモーニング姿と母のおめでとうという声をはっきりと思い出しています。私は大学2年のとき全くの偶然から広島のユースホステルで家内に出会い、思えばこの会場から我が家が始まったのです。その日の新郎新婦の両親は家内の母ひとりになってしまいましたが、93才と思えぬお元気な姿で神戸からかけつけてくれました。おりしもこの日は母の日であり、天国の我が母が喜び、義父も我が父もそろって祝福してくれたのでしょう、曇天で小雨模様の日々だったにもかかわらず、披露宴の窓からは燦燦と陽光がさしこんでおりました。

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新しい人と出会うのは楽しい

2025 MAR 29 16:16:44 pm by 東 賢太郎

昨日は某社のオーナーを紹介された。こうやってもう何百人か何千人か知らないが、会った。ディール以前にそれが商売みたいなもの。そういえば金曜は赤坂の料亭で別の経営者とやっていたら、たまたまひとりぶらっとカウンターについた自民党の大物先生が気づいて挨拶に来た。ため口きいてるこいつ誰だと思ったろう。大臣だろうが何だろうが選挙があるのは大変だ。

最近はオモチャにピクリともしなくなった老猫みたいなもんで、少々のではすぐ退屈しちまう。オーナーのプレゼンは理科の実験みたいで面白かったし、ポテンシャルが大と観た。「上場とかM&Aがどうとか、そんなのは些末な話なんです。もっとでかくしましょう。でかくなれば世間は勝手に来ます」ってことでお引き受けすることにしたが、きくと同期でありウマが合ったってのもあった。仲介者は「どっちも難しい人なんでダメもとのつもりでした」というが、こういうのがご縁ってもんだ。やんないとわかんないよ何事も。

「メジャーはあんまり興味ないんです、だってね、オータニもローキも身長2メートルもあるピッチャーが足開いたらググっと2メートルも前に来ちゃう。18メートルじゃなくて16メートルから投げるんですよ、そんなでっかい奴が。打てるわけないでしょそんなの。だから俺は現実味がなくってね、ニッポンの野球のがいいですね」なんてことまで話したかどうかは忘れたが、仲介者センセイが、「オーナー、東さんはカープファンなんです」と言ったのは確かだ。「そうなんですか、じゃこれ」と棚から出てきたのが写真だ。「18番?誰でしたっけ」「マエケン。ボク野球興味ないんであげます」。家宝が増えた。ご縁ってもんだ、こういうのも。

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古希のイベントで予見した未来

2025 FEB 10 7:07:55 am by 東 賢太郎

従妹の心のこもった手料理で先週に始まった古希のイベントは、土曜日に家族で祝ってくれた夕食会で盛大に終わりました。還暦の時はまだまだと思ってしなかったんですが今回は陣羽織に頭巾をかぶらされ、写真を見るとまるで水戸黄門。これが笑えるほどよく似合ってるんですね。涙もろくなっているらしくプレゼントをいっぱいいただいて困ってしまいました。

息子がひとりふえて5人、こうしてあらためて一同に会するとみな立派な大人です。米国でロケット工学を専攻した彼に「行けたら火星に行きたい?」と聞くとはいという返事。その心意気いいですね。片道4年もかかるの?僕は閉所だめなんで無理だなあ、「どこでもドア」があれば行きたいけど値段高いだろうなあ、きっと1000億円出す人いるだろうなあなんて話に。家内からは「私学に進んでたらどんな人生になってたかしらね」ときかれ、あまりにいい質問でちょっとむずかしい。とりあえず確実なのは「みなさんここに誰もいなかったね」(笑)でした。すべては家内と広島のユースホステルで出会ったことから始まった物語ですからね、浪人を決断したのは僕の意思ですが、その先に計画したってあり得ないようなことがおきて今があって、この今に僕は100%満足です。ということは「違う決断しなくて正解だった」、これが答えなんでしょうね。

前稿に書いたように、僕は絶望的な失敗に3度遭遇してます。せっかく入れてくれた私学に素直に進んでればそのひとつはなかったのですが、遭遇してしまったおかげで今日の物語があるのだからまさしく「塞翁が馬」であったのです。どんな大失敗でもそこから物語の輪が360度広がっていきます。そこに出た芽が大輪の花に育つことがあります。失敗を恐れる人生を送れば輪はできず、安心安全ではありましょうがチャンスの面積が狭い人生になります。米国や中国と比べますと日本にはせっかく優秀なのに後者である人が圧倒的に多いのが残念です。子供達には恐れることなく立ち向かって大輪の花を得てほしいし、もし誰かが壁にぶつかっても助け合っていって欲しいと思います。

僕個人のことを言えば、運のある人生でした。というか8割はそれだけのイメージで、実力に比べると明らかにもらい過ぎ。その差が運であって、だから運というのは信じるに足るものであって、しかも、信じると増えていくものだという驚くべき実感を味わった者です。おとぎ話に聞こえるでしょうがこれにはメカニズムがあって、増えるのは実は運でなく「余裕」なんです。余裕ある人は実力が同じでも余裕ない人に勝つ確率は必然的に高い、ここだけは統計を取ればファクトという裏付けがありましょう。だから高勝率を得てますます自分は運があると信じるようになり、「運も実力のうち」という諺ができるのです。余裕は脆弱なんです。当日に試合相手の顔を見てビビったり周囲の受験生が賢そうに見えたりすれば雲散霧消なんてことが自分でもありました。しかしおまじないに近い運やツキはそんなものに左右されません。だから信じやすい。大事なのは、それがホラであっても嘘であっても縁起かつぎでもぜんぜん構わないということ。とにかく心から自分を信じ切った者の方が強いです。

努力しなければもちろん負けます。すると運がないと思いこむ逆スパイラルに陥ります。だから自分が強運だという信念を裏切らないぐらいの結果は最低は出し続け、人為的であってもいいから信念を育てることです。いわば自分を騙す。これが大事です。僕は性格が楽天的だから騙しやすくて有利でした。アスリートは誰しもぎりぎりまで努力してますから、人事を尽くした後の「天命」の部分で「ゲン担ぎ」をよくするとききます。世界のホームラン王、王貞治さんもしていたそうですし受験生の合格祈願もそうですね。僕はある種の球は打たれないと自分を騙すことに成功してたので余裕があったんでしょう、10年ブランクがあって5試合投げたニューヨークの大会でMVPに選ばれました。だから本当です、信じる者は救われます。

ホラや噓や人為的でない部分。ここはガチンコの実力であって余裕はそれを何倍にも増幅する、いわばROEとPERの関係です。ROEの絶対値が大きいに越したことはありませんし、ないものを増幅しても意味ないですから地道に勉強し現場の多様な経験を積んで貪欲に「知見」を得ることですね。地道ほど大事なものはありません、なぜなら人がついてくるのはそうした地に足の着いた経験であって理論や学歴ではないからです。経営者は監督として能力ある人を使えばいいのですが、知見がない人に優れた人は集まらないのです。また、いざという時に嫌なこと、いわゆる「果断な決定」を迫られることもあります。この教科書はありません。胆力しかない。場数を踏むことですね。

そして最も大事なのが経営のかじ取りです。海図を引いて船を進める。これも教科書はなく、株のことは株式市場に聞くしかありません。いまわれわれのビジョンは好調で、ある銘柄に早めに大き目の投資をした決断が大正解で非常に楽しみなのですが、あらゆる業種、業態の経営と同じくこうすれば絶対という道があるわけではありません。そしてもう一つ指摘しなくてはならない経営の要諦があります。会社が利益を出すには世の中に需要があることが大前提です。それが本当にあるのか。そしてそれに応える方法が自分に本当にあるのか、常にそれを自問することですが、問題は需要や方法が時と共に変遷する点です。

例えばテレビ業界です。僕は見ないのでフジテレビばかりか全局なくなってまったく困りません。聞くところによるとそういう若者が増えてるそうです。彼らが「いらない」と判断するなら需要がなくなるのですから問答無用で消滅し、テレビはSNSとChatGPTとオンディマンド配信の受像機の呼称として残るでしょう。AGIは大半の役所の仕事と士業を低料金で代替し国家の歳出を大幅に逓減します。人の近距離移動と物流は完全に無人車とドローンになり長距離移動は無駄か贅沢の代名詞になります。国家財政は徐々にインフレ、金利のない暗号資産建てになり納税も可能となり、市中銀行の外国為替業務と決済・送金業務は不要になります。かようにして、いま職業、会社、業界と呼ばれるものは根底からガラポンになりますが核融合発電がエネルギーコストをほぼゼロにしますから人類活動全部がエネルギーを基軸とした違う形の均衡点に収束します。この地殻変動は先見性ある企業家にとって大チャンスであると同時に、受け身の経営者は倒産するか、需要を保持できずM&Aをするかされるか、または自ら全株式を売却して資産運用をして生き延びる判断を迫られるでしょう。

夕食会の写真集をもらい、

何十年かしてこれを見てこんなことあったねって日が来るよ。全員が思いっきり楽しい人生を歩んでください。

とメールしました。

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2025年の年頭所感

2025 JAN 3 23:23:10 pm by 東 賢太郎

新年あけましておめでとうございます。

我が家は鮨屋を7人予約しておいて3人インフルでダウン。戸をガラっと開けて悪いなあと謝まろうと思ったら大将もダウン。流行ってますね。ここの鮨は旨いぞと教えると従妹夫婦が食べたいというので合流。昼間っから散々飲み、酔い覚ましは自由が丘のカフェ・アンセーニュ・ダングル。箱根はよくいっしょに行ってるけど爺さんゆかりの横浜、長崎も行くかとなってお開き。いい正月でした。

従妹は母の姉の娘で、幼時は両家をしょっちゅう行き来して僕のだらしないところをぜんぶお見通し。今もそのまんまなんでわかってる人は気楽。いつ来てもいいよってことになってます。元慶応ボーイの夫君は同期であり偶然に共通の知人もあって話がはずみます。医者家系で住む世界が違うのでロンドンやニューヨークできいたロスチャイルドの話みたいなのは中々ぶっ飛んだものらしく、でも世の中本当にそうなってるのよってことで時間があっという間でした。

今年はトランプ時代の幕開けで何が起こるか誰もわかりません。AI、サイバーセキュリティ、ヘルスケアは良いですね、2020年から暗い世の中だったので人の心を明るくするものにも注目です。

本年も皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

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スーパー買い物から見る夫婦別姓問題

2024 NOV 17 16:16:18 pm by 東 賢太郎

日々の食材の買い物というとすっかり家内におまかせだ。なにせ新婚生活を始めたアメリカではビジネススクールの勉強、その次のイギリスでは仕事、とにかく気絶するほど忙しく、スーパーは行ったことぐらいはあっただろうが記憶がない。ドイツ、スイス、香港もその延長でおなじようなものであり、だからその次にやっと定住した日本だって、まあ一緒に行くのは年に2,3回というところになっている。

給料はというと、親父はぜんぶは渡してなかったとみえて母は足りないとこぼしていたが、僕はそれを見ていたので最初っから家内にぜんぶ渡している。というと良い亭主のようだが特別な事情があった。当時の野村證券は留学は独身者のみであり、僕は外国で一人じゃあ生きていけないから先に結婚させてくださいと人事部長に申し出たら認めていただいた。わがままを言ったのだから生活費が増えるはずはない。日本での手取りは10万円ぐらいで、当時の為替250円だと月の食費は二人で400ドル。激貧生活で栄養失調ぎりぎりだった。卒業してイギリスで仕事に戻って少しは増えたが、僕は家事はいっさいできないからぜんぶおまかせ、全額お渡しでいまに至る。それでもまだ下っ端でかつかつだったが仕事に100%集中させてもらい、おかげでドイツからは少しえらくなって楽になった。

きのう、何か月ぶりかで家内とスーパーに出かけた、というか、ついて行ったというのが正しい。おやつがきれたからだ。そうなると僕は夜型のうえ食い意地が張っていてがっつり夜食をしてしまうから、低カロリーおやつでごまかす必要があるのだ。

日本のスーパーは何度か一人で来た。物を買うときは慎重な性分だから本屋やCD屋で売り場を隅々までチェックして3,4時間迷うなんてザラである。食品ともなれば品質、グレードはもちろんのこと、ナッツやビスケットや昆布はグラム換算の値段を計算するし、オリーブ、チーズ、蜂蜜、甘味類などはホンモノかどうか産地、添加物、色素までもチェックする。そうやって売り場であれこれ手に取って迷っていると、きまって困った事態になるのだ。周囲の人の流れが渋滞し、カートのご婦人方にじろじろ見られる。スーツの男がひとり、しかもカゴもなしだったりして、何なのよこの人、邪魔よねという冷たい空気に包まれるのである。

というわけで、家内について行くに限る。この日は夕食の鍋の具がメインだった。タラがいいと思いこれかなと切り身を渡すと、これよりこっちと瞬時に切り替えられる。値段はそっちのが高いがなぜかは不明だ。そうこうして、僕はヨーグルトを真剣に悩んだりしたのだが、ブルーベリーが入ってるからこっちねと問答無用、全部が即決でカートに積み上がり、ものの30分で一陣の風のごとく買い物は終了した。アイスクリームの氷の手配やらポイントがどうのやら彼女はプロフェッショナルである。そこで「最近物価は高いの」と聞くと知らない。「だって海外でね、子供を3人学校に迎えに行くのよ、買い物はそれまでにさっと済ませなきゃいけないからあるだけでいいの、値段なんか見てられないでしょ」。たしかにドイツやスイスなんか子供は危険だし、日本人に食えるものがあるだけで貴重だったっけ、なるほど、それがそのまま来てるのか。タラは美味であったしお菓子類も不満なしで、迷うのは時間がもったいないのかもしれないと思った。

ことほどさように、主夫というか、domestic(家庭の)回りのことはすべからくだめである。それには根っこがあって、小学校で弁当を食べ終わるのは常にビリ、手先が不器用でボタンをしめたり靴ひもをささっと結ぶなんてのがだめで体育の着替えもいつもビリ。キャンプに行ってもあらゆる仕事に何の役にも立たずはじかれる。中学の書道は最低のDで、万力だか旋盤だかで本棚を造ったりする工作や技術家庭なんて科目はまるっきしお呼びでなく通信簿はいつも2だ。中学まで体もチビでやせっぽちでケンカも弱く、クラスで目立つなんてことはまるでなし、自分は男として劣っているとコンプレックスにとらわれていて、同級生の女子にはそれを知られまいと身構えていた。

長じてもその事態は変わらず、だから女子にこっちから近づこうなんて気はさらさらおきない。できないものはできないのだからそれがバレて赤恥かいて自尊心が傷つくのが嫌だったのだ。ところがだ。そういうダメ男であることは、多少なりとも僕を知った女性にはどう隠しても見ぬかれていることがだんだん明らかになってきたのである。アンタだめねと見る女性もいるがそうでない女性もいる。それどころか欠陥をぜんぶ補ってくれて本棚まで造れてしまう女性もいることがわかり、それが家内なのだが、するとそういう部分は “ヒモ” になって気にする必要もない。積年の劣等感から解放され、得意なことだけに傾注すると僕は意外に強かったというwin-winの分業ができることになった。

日本経済の失われた30年で、特に男性は経済的な事情から結婚が難しくなっていると聞くが、そうでなくても難しかっただろう半端者の目から見ると心が痛む。僕はどうひいき目に見ても優秀な男子だったわけではなくもっと上の人がいくらも周囲にいたが、たまたま生まれた時代が今よりはましで少々の運があったということなのだ。時代ということでいえば、いまの対米従属の政治はいかんという主張を書いているが、僕の時代も従属だったのだからそれだけが30年ロスの原因ではない。アメリカも元気がなくなったからこうなった面も大いにある。だめな国に全面的従属を続けても未来はないだろうと思うのであり、日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持った国で、これを成長の源泉とする方法は必ずあり、自尊心を持ちながら経済的に独立独歩の道を歩めて何ら不思議ではないというのが主張なのだ。

そのためには男性も女性も幸福な家庭を築くことがとても大事だ。述べたように僕は一人で何もできないし仕事の能力も大したことはないが、欠陥を妻に補ってもらえたからフルスロットルでアクセルを踏むことができた。要はそうやって1+1が2より大きくなれば家庭の経済はうまくいき、その集合体としての日本経済もたぶんうまくいくのである。家庭と仕事の役割分担で男女逆転があっても何らおかしくなく、高学歴の女性は高学歴の男性と釣りあうなんて前世紀の遺物みたいな発想は捨てた方がいい。前世紀の男は、僕もその一人だが、自分より勉強や仕事ができる女性はあんまり求めなかったのは事実かもしれない。しかし今どきの世の中だ、たまたま男に生まれたけれど女性的な仕事が得意で家庭を支えてくれるやさしい “マスオさん” はいるはずだ。彼は男性社会で競争するより高学歴女性とペアになって本分を発揮できる。女性は後顧の憂いなく思いっきり社会で活躍すればよく、そんな例が増えれば社会の目も変わる。女性活躍社会などとはやして男性社会に無理やり隙間を作ろうという政治努力より男女の結びつきで女性が実力で社会を変える方が自然なのではないか。

僕は学生時代からユーミンの熱烈なファンだが、彼女が結婚して松任谷由実になったことで松任谷氏に羨望をおぼえた。天下の荒井由実様が旧姓でとおせるのに改姓した、いや、させた。すごい男だ、そんなにモテてうらやましいと嫉妬したものだが、あえてそういうことにしたユーミンさんのほうも大したもんだなんて気もしていた。だってそうされてごらんなさい、旦那はプライドにかけて必死に働くしかない。夫婦というのはそうやって1+1が2より大きくなる可能性を秘めたジョイントベンチャーでもあり、どっちの姓が上だ下だ好きだ嫌いだなんてなればみすみすwin-winのシナジーを求める精神を消すようなものなのだ。金融再編で3つも4つも銀行がくっつき、統合された側のメンツで新社名は金魚の糞みたいに奇怪で長く、当の社員さんすら言い間違えたなんてジョークが流行った時代があった。そういう結婚ならば僕は見送る。ウチの3人の子は東を名のって成人したので僕が何かやらかして家名を傷つけたら末代まで響く。普通の日本人ならそう思うはずだ。というより、それが日本人であり、日本社会のモラルの下支えというもので、サッカー場のごみをサポーターが片づけて帰っただの、震災で濁流にのまれそうだったお婆ちゃんを数人の若者が命を賭して救う画像に世界が拍手しただの、そういう我々には何でもないことが「日本的なるもの」を根っこで支えてきたのである。

もう一度書こう。日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持ったユニークな国で、ゼロからそれを凌駕しようと思えば、日本が日本たるべく辿った来し方である1500年ぐらいはかかる。だからそう試みるほど気の長い国は絶対に出てこない。いわば秘伝のタレを持った老舗のような存在なのであり、それを上回ろうと狙う連中はなんちゃってコピーをするか、目の上のたんこぶは邪魔だと日本という国柄を潰してしまおうとするだろう。そういう勢力に負けてしまって得をする日本人はいない。そいつらのポチになって一時の利得は得ても、相手は所詮は犬ころと思ってるのだから子孫は捨てられる。だから、絶対に負けてはいけないのである。日本国の、歴史の、文化の、言葉の、考え方の、あらゆる奥ゆかしさユニークさは、持ってない異国人からすれば究極の羨望の的であることは、16年海外から母国を眺めた者として断言できる。いずれすべての異国がそれに気づく時が来る。ということは、明治維新のようにそれを自ら破壊する愚を犯してはいけない。国民が誇りをもってそれを「成長の源泉」とする方法さえ考案すれば無敵なのだから、潰す側につくより無敵側についた方が圧倒的に賢明なのである。その方法が何か、いま僕は知らないが、必ずあると信じる。1500年の先人の遺産があるのだから、どうしてそれができたかを自分で考え、じっくり得心するまで先人に学べばいいのである。それは司馬遼太郎を読んで、日露戦争までの美点凝視で一時のカタルシスの解消を求めることではぜんぜんない。まして、また尊王攘夷で鎖国して外国を追い出しましょうなんてものでもない。むしろ、日本人が最も見たくなく、砂漠のダチョウのように砂に頭を突っ込んで回避していたい80年前の敗戦と国柄の喪失という歴史の負の部分を直視し、徹底的に「失敗から学ぶ」のである。日本人が本気になりさえすれば、我が身がこうして平穏無事に存在していること自体が成功を保証しているようなものだというアドバンテージに誰もが気づくと信じる。

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西田敏行さんの訃報

2024 OCT 20 0:00:03 am by 東 賢太郎

昭和の役者がまた一人。蛭間重勝は5本の指に入る好きな役でずっと演じていたかったと。あんな味が出せる人、もういないんじゃないか。大好きでまとめて見てしまったのがもう5年も前か、大事なものが消えていった気がする。映画を観ます。

「ドクターX~外科医・大門未知子」を見る

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ロマネ・コンティな休日

2024 OCT 17 23:23:56 pm by 東 賢太郎

遅くおきたのか二度寝だったのかは覚えがないが、先だっての休日の昼ごろだ。どっちでもいいのだが僕は日記をつけていてそんなことも気になったりする。台所におりていくと、次女が来ていてカレーあるよという。じゃあ少しもらうかなと淵が広いお気に入りの皿を食器棚からとりだした。ご飯をよそう。ここまではいい。この先が問題なのだ。スープカレーが好みなので鍋からおたまでかけるとき、どうしてもポタっとしずくが垂れてしまう。純白の皿の淵に点々がつく。きたない。食べ物は見た目が大事で、せっかくのカレーがだいなしになるのだ。

これが嫌でいつもやってもらうが、この日は家内がいない。仕方なく、細心の注意を払い、積み木くずしのてっぺんにのっけるみたいにそうっとおたまをもっていったが、くそっ、どういうわけなんだろう、おたまの裏側にあったらしいのが垂れてしまった。

ここで条件反射的に出た負け惜しみは自分でもちょっと意外だった。

「こういうのはね、清少納言さんなら ”すさまじきもの” に入れるんだよ」

「ものづくし」と呼ぶ部分のことである。枕草子にぴったりのシーンがあり、何かをこぼしてあれまあと嘆いたんだろう、「物うちこぼしたる心地、いとあさまし」と思いっきり書いている。しかし僕は驚いたりがっかりしたり嘆かわしいと思ったわけではない(それが「あさまし」の意味」だ)。食卓にふさわしくないきたない点々がついてせっかくのカレーが不味く見えてどっちらけなのだから「あさまし」でなく「すさまじ」だろうととっさに判断したわけだ。

女史のやや斜に構え分類好きな精神を自分も持っているからだろうか、枕草子は大好きで繰り返し読んでおり、けっこう覚えてしまっている。彼女が何を思ったかもあるが、そうくるかと心のはじけ方が面白くてたまらないのだ。「すさまじ」は興ざめだの意味であり、頭のいい彼女はそう感じた物事をたくさんおぼえている。それを矢つぎ早にアレグロのテンポでたたみかけられると音楽的な快感を覚えるのだ。文学として異例であり、僕の嗜好にストレートに効いてくる。

ところが、「すさまじきもの」の段にある 「昼に吠える犬」 と 「贈り物が添えられていない手紙」 のあいだの共通項がどうも読み解けない。もしかしてそれはいまも世間のそこかしこにあるもの、すなわち女性の柔らかな感性のようなもので結ばれているのではないかと思った。そこでネット検索をしていた矢先、清川 妙さん(1921 – 2014)のこれを見つけて目から鱗が落ちた。

第八回 すさまじきもの – うつくしきもの枕草子 : ジャパンナレッジ (japanknowledge.com)

不調和からおこる興ざめな感じ、しらけておもしろくない感じ、それが「すさまじ」である。夜を守ってあやしい人に吠えかかるべき犬が昼に吠える、願望という心の容れものに、成就という中身は入らず、からっぽのままで、心は寒い。「除目に官得ぬ人の家」のくだり全部には、清女の父、清原元輔の姿があると思う。幼い日から、彼女は父の失意の姿をその目でまざまざと見て、周囲の人々のありようも心に刻みこんだのであろう。ここの描写は精緻をきわめ、人々の息づかいも聞こえるほどの臨場感がある。清女は自分の体験をぐっと濃く投影して、ときには涙ぐみながら、この部分を書いたと思う。

そうだったのか。清川さんの解説文が、これまた清女の文のように平明でぐいぐい心に迫る。文書はすべからく漢文体だった平安時代の宮中の男性にこの細やかな描写ができるだろうか。もしも現代に文字がなく、書き言葉は英語だったと空想をたくましくしてほしい。無理だろう。男が繊細でなかったわけではなく、公の場で文(ふみ)にしたためたり他人に読ませたり後世に書き残したりする媒体が異国語である制約は重かったと思うのだ。

ところが平仮名という表音文字が発明され、口語をそのまま音化できるようになった。枕草子と源氏物語の作者が女性であったのは平仮名が女文字だからだが、それが単一の理由ではない。百年も前に紀貫之が土佐日記を書いているからだ。語り手を女性に仮託した誰もが知る「男もすなる日記といふものを」の出だしは、「日記」は男が漢文で書く公的記録だけれど女がまねして仮名で書くんだから容赦してねという形態、フィクションを装って平仮名の利点をフル活用するためだった。

かような筆者と語り手を分離する手法はサスペンスでは常套手段だ。アガサ・クリスティが利用して世間をあっといわせた某著名作品があるが、千年も前にそれをした貫之の優れて知的な創造は日本の誇りであってもっと世界に知られていい。女性への仮託の本音は日記への仮託である。日記は本来広く他人に見せるものではないから冒頭から矛盾しているのだが、和歌の枕詞、掛詞と同様に読者と想定した貴族ならわかってくれる仕掛け、言語遊戯だよという宣言であり、大人の読者はにんまりとしてそう合点して読んだ。20歳ごろから日記を書いてそれがいまブログになっている僕も貫之の気持ちがわからないでもない。

彼は愛娘をなくした慟哭や、帰京をはやる思いなど心の襞まで書きたかったのだ。そのために仮名文字の利用こそが重要だった。「古今和歌集」の選者であるエリートが裃(かみしも)脱いで自由に羽ばたいたそれは、ハイドンに擬すという立て付けでそれをしたプロコフィエフの古典交響曲のように軽やかだ。ただ、男の悲しさを感じてしまうのだが、地位も名誉も家族もある貫之は裃を脱ぐにも格式と品位と教養を漂わせる必要があったのだろう、全部は脱ぎきれないもどかしさがあるようにも感じる。

後世に大ヒットしたのが革命的なレトリックを生んだ土佐日記でなく両女史の作品であったのは男として些か残念ではある。彼女らは初めから裃など着ておらず、藤原氏の権勢のもと、権力者の庇護さえ得ていればあっけらかんと貴族の裏話、スキャンダル、人事、色恋沙汰を開陳できてしまった。いつの世も週刊誌ネタは最強のコンテンツだ。しかし週刊誌が古典になったためしはない。それをエッジの利いた女性の目でえぐり出して時にシニカルに時にやさしく描いて見せた清少納言、ネタに尾ひれをつけるどころかワーグナーばりの壮大なフィクションにしてモデルの人物を想像させた紫式部。稀有な才能あってのことだ。

女性だから書けたということについては別な要素もぬぐい難く存在する。口語の駆使ということになれば圧倒的に女性の独壇場であるという事実が存在するのであって、たとえば家内とけんかになると、あなたはあの時もああだったこうだったと、何十年も前のことであるどころか、あったことも忘れてる大昔のいさかい事までを立て板に水の如くまくしたてられ、勝つみこみというものはまるでないのである。女性は手数も多いが、実は分類だって得意だったのだ。

3時ごろになって従妹夫婦がやってきた。ワインがわかる人たちだ。うちは酒飲みがおらず、そうでもないとあけられないのが3本あってずっと気になっていた。テーブルに並べてさあどれにする?ときくと従妹はロマネ・コンティ ・グラン・エシェゾー1989年を選んだ。そうか、これね、スイスで買って、いや買ってないな、きっともらいもんだよな、そっから香港もってって、そっから日本だからさ、空輸とはいえちょっと心配なんだよね、もうラベルがこんなだし、もし酢だったらシャトーブリオンのほうにしよう。そんなことをぶちぶちいいながらボヘミアングラスのデキャンタにトクトクそそぐ。おお、あの透き通ったルビー色だ、これだ、ひょっとしていけるかもしれない。

液体を口にふくむ。従妹が下した宣告は清女さんみたいに冷徹だった。

「ケンちゃん、残念だけどこれアウトね」

娘が追い打ちをかける。

「お父さん、これ世が世ならネットで66万円よ」

そうかそうか、まあいいんだそんなもん。この日2度目の負け惜しみだ。しかしこっちは「すさまじ」でなく「あさまし」であろう。

それからひとしきり家でわいわいやり、夜になってみんなで近くのイタメシ屋に行って散々酔っぱらった。「あのロマネはね、フルトヴェングラーの第九なんだよな」。この日3度目の負け惜しみは我ながらうまいことを言ったもんだと悦にいったが、宴はたけなわ、誰もきいてない。まあいつもこんなもんだ、清女さんならにんまりしてくれると思うんだが。

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自由が丘を走っての軍事的雑感

2024 SEP 16 1:01:15 am by 東 賢太郎

人間ドックで体重を5キロ落とせと言われた。2年ご無沙汰だったのは採血と胃カメラが嫌なのもあるが、コロナ入院から解放されて安心してしまっていた。その間にあれだこれだの数値がメタボ級になっており「このままだと糖尿まっしぐらですよ」と脅かされ、「5キロ落とせばみんな戻るでしょう」と励まされる結末に至った。ものぐさなのでシンプルな解決が好きである。よし、それならという気になった。

土手で転んだ傷もきれいになった。夜の9時ごろからのジョギングを再開したが、川は懲りたのでとりあえず自由が丘を目ざすことにした。この街、通過はすれどよく知らない。故中村順一が近くなので詳しく、行きつけの緑道沿いのナポリタンの旨い店とバーに行ったぐらいか。通りの表裏に居酒屋、ショットバー、あまり気取ってないイタリアン、フレンチもあったりと、世間ではこじゃれたイメージがあるが、江戸の老舗や個性的な中華などはないからあんまり興味ないというのが本音である。

駅前のロータリーから東横線のガードをくぐる。ラーメン屋、てんぷら屋のあたりにかけて看板やチラシを手にした男女がずらっと並んで客引きに忙しい。このごちゃごちゃした小路、「美観街」とあるがウィットだろうか。「自由」ってのも「なんたらが丘」ってのも、この辺は東急が開発するまで野っぱらだからで、良くも悪くも毒がない。新宿、渋谷、池袋あたりの裏路地のヤバそうなムードはないが、水清くして魚棲まずの感無きにしも非ずである。新しい街の住人はみな「移民」である。地縁がないからつき合いも希薄で共同体より個の意識が強い。ざっくりいえば、徳川時代の江戸だった東京の北東は村社会的で、南西は都会的だ。都会は個を気ままに貫けるが助け合いより競争的である。

自由通りの方に進むと、やおら高校生らしき男女が道にあふれ出てきた。9時半を回ってる。線路のあたりに駿台、河合塾、四谷学院、Z会などがこうこうと明かりをともしており、一斉に授業がはねたものと思われる。あたりに幼稚園の予備校まである。一緒に祭りの神輿をかつぐなんて土地柄でなく、都会の住民の子たちであろう。クモの子を散らすように猛スピードで暗がりに散っていった彼らは、本当に勉学が好きなのか親の管理下でそうなってるのか。ふと思い浮かべたのは「猫カフェ」だ。あんまりじゃれない猫たち。奔放にお客に嚙みついたりひっかいたりすると営業に向かないのだ、可愛そうにともう行ってない。

面白そうなのも見つけた。朝8時閉店までどうぞ、気絶するまで営業します!という人情居酒屋だ。こういうのがあるだけで元気をもらえる。それにしても徹夜で焼酎飲んで朝飯食って帰る奴ってどんなだろう、よほどの時差ボケか昼夜逆転した人か、いやいやそれでも普通は朝まで飲まないだろう。あんまりまじめなイメージはないが人間は面白いんじゃないか。イタリアみたいだなあと思う。奴らは明るくて遊び好きだ。クソまじめなドイツ人より面白いと思っていたらそのドイツ人だってアルプスを越えるとなぜか明るくなると自分で言ってたっけ。オペラやサッカーが11時ぐらいにはねてから騒いで朝帰りなんてあたりまえで元気であり、それでも優秀な奴がたくさんいたし、そんな中からヴェルディもプッチーニも出た。間違いない。人間力をつけるのは断然遊びだ。

このあたりに住んだのはプライベートは静かな処でと思ったからだが、転んで死んでても朝まで発見されないぐらい静かである。時に人恋しくなる。そういえば浅草は良かったぞ。演芸やお笑いが好きで仕方ない連中がたむろす人情味どろどろの世界で、恋も喧嘩もいいじゃないか、人間は持って生まれたものを全開にして生きた方がパワーも出るし幸せだ。落語、義太夫、見世物、そんな地酒、どぶろくの中にワインみたいなオペラを持ってくるとスッペのボッカチオが「ベアトリ姉ちゃん」に化ける。種子が根づいたのは鹿鳴館じゃない、パワー全開で人間くさい浅草だった。いやスッペなんてウィーンのどぶろくみたいなもんで、そういうかっこつけない生き方こそ正統派と思う。

明治の大衆はエネルギッシュだった。これがあったから日本は強国になれた。廃藩置県で幕藩体制が壊れ、刀もちょんまげも取り上げられたのだから武士の剣術でそうなったわけではない。ただ武士の子は藩校という世界に例のないエリート養成学校で幼時から文武を叩きこまれ、文にも武にもインテリジェンスのある傑物がいた。米英仏の口車で再三そそのかされても内戦をせず、無血開城で江戸を火の海にしなかった西郷と勝はそれであり、植民地にされる瀬戸際で命を賭したからそうなれたのであり、こういう者をエリートという。ガリ勉していい地位について国を売ってでも私益だけは守ろうなどという者を大量生産するなら、それは教育と呼ばない。

日本は西洋から船で来れば最も僻地である。米国からも遠い。外圧を防ぐ地の利はあったが、それでも薩長は大変にアウエーである英国と戦火を交え、ホームで大敗を喫した。弱かったからではない。徳川の世で戦さがなくなり、種子島の火縄銃を数日でコピーする知恵と器用さがありながら技術を進化させるには欧州に周回後れをとっており、気がついたらアームストロング砲の時代だったからである。だから両藩のインテリジェンスに攘夷などという言葉は最早ない。公武合体派の薩摩は薩長同盟で倒幕に切り替え、そこに「尊王」という定冠詞をまぶし国民国家の宣言となる王政復古の大号令を発して慶喜を賊軍に押しやった。我が国に王政の時代などなかったからこれは官軍の旗と同じくフェークであったがこういうことはやったもん勝ちである。

欧米は日本の何倍も大きい中国の解体を狙い、日本はそのための闘犬に仕立てるべく開国させて不平等条約で囲い込む戦略で一致した。明治新政府の「富国強兵」とは武器開発の後れをリカバーし、犬でなく人に昇格するインテリジェンスであり、これなくして不平等条約のタガがはずれることはなかった。その証拠に、英国が条約改正したのは日清戦争に勝って軍事力を認めてからである。これを愛国ともいえるが、犬扱いされた人間の当然のプライド、自尊心である。それを勝ち取るには軍事力が必要。きれいごとではないこと、実効性があることを北朝鮮が実証している。さらに闘犬は猛々しく露西亜も破り種子島での能力が伊達でないことを見せつける。これは欧米を恐怖させ、ワシントン海軍軍縮条約で主力艦の総トン数比率を米・英・日・仏・伊の軍縮に至り、対英米6割という屈辱を甘んじて受けたものの三大列強の一角になったのだから驚くべきことだ。戦後の高度成長は朝鮮特需であって新技術、新製品があったわけではない、まったくのアメリカさんの都合、棚ぼたであり、それを短期に供給できたことぐらいだ。我々が真に世界に誇るべきは近代国家の創成期に、短期間に軍艦建造大国になった工学力、つまり理系の技術である。

戦艦大和(左)と武蔵

この過程で米国が将来的な仮想敵国となるであろう事を軍部は強く意識した。統帥権干犯問題を盾に単独行動を強化し、国際連盟脱退、ロンドン海軍軍縮会議脱退から巨大戦艦の「大和」と「武蔵」の建造を開始、そして、その行く末に対米戦争に至るのである。この戦争の終結において米国は総トン数から核弾頭数へと武器のフェーズを更新し、英国を蹴落として世界覇権を奪取した。それをもたらしたのは核開発に枢要な理系人材の確保であり、敵国ドイツでナチに殺されかねなかったアインシュタインらユダヤ人物理学者を迎え入れアメリカ国籍も与える戦略をとった。同じことが音楽界でもおき、ユダヤ系のワルター、クレンペラー、シェーンベルクなどが続々と米国に亡命した。日本は法律も科学も欧米から輸入しひたすら翻訳、コピーした。だから東大という富国強兵のための官僚を作る大学の学部は法医工文の序列になり、法は不平等条約改正、工は軍艦や兵器の製造(工学部が大学に入ったのは日本だけだ)、文は洋書の翻訳だった。いまだに序列はそのままだ。東大法学部卒は海外へ出ると何でもないが国内では幅を利かすルーツはここにある。

政治家に理系がおらず、そうでなくとも思考訓練をしていればいいのだがそれもなく、ド文系が国を支配しているルーツも無縁ではない。これは「世の中は理屈じゃない」と神風を信じる日本人の精神構造そのものにも膾炙しており、政治家に理系が揃う中国はそれを是非とも温存させたいだろう。日本は欧米の科学を迅速にコピーして世界をあっといわせたが、それにかまけて最先端の基礎理論から自らの手で新技術を生むことを重視しなかった。ナチスに迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことで「東洋のシンドラー」と呼ばれた外交官、杉原千畝がいたのだからドイツ人物理学者は日本が保護する可能性もあっただろう。核爆弾はドイツも日本も研究しており、先に開発すれば広島・長崎は救われた。こういう手は奇策でも謀略でも何でもない、いわば喧嘩に勝つ悪知恵を考えて巧妙に手を回すインテリジェンスであり、米国ならCIAが堂々としてることで、だからその “I” が名称に入っているのである。杉原の善行を汚すことにはならない、なぜなら外国との虚々実々の立ち回りはそういうもののオンパレードであることは外国に住んで厳しいビジネスをした者にとっては常識であって、それでこそ国も助けた、国益に資する行為だったとなり、日本人は侮れぬと一目置く国際評価になるのである。「日本人はいい人だ」ではなんにもならないのだ。

くりかえす。米国にあって日本になかったのは情報(information)以前に諜報(intelligence)だ。真のインテリがいなかったのである。こういうことは学校でも塾でも教えない。わかるのは喧嘩や野球をしたり麻雀をしたりの「遊びの場」であると実体験から僕は確信する。秀才だけ何人いても国はだめなのだ。神国日本を信じ、理屈が嫌い、欧米が嫌いで反知性主義に傾きがちな保守的国民もそれで良しとした。そして、その嫌いな最先端科学技術で無抵抗に殺されたのである。無学の大衆は仕方ない、これは文系エリートの大失策である。最強の武器を持てば襲われることはない。自ら襲うことをせず日本人が古来より誇る賢さと謙虚さで生きていけば国民は安寧に生きていける。保守的国民、大いにけっこうだ(僕もその一部ではある)。しかしこれぞ幕末の「尊王攘夷」なのである。薩長は幕府に先駆けて英国と殴り合いの喧嘩をし、勝てないと知った。これがintelligenceであり、勝てない喧嘩をするのはただの馬鹿である。半藤一利氏は薩長史観を否定し尊王攘夷は倒幕の口実とする。その結果起きた戊辰戦争は暴徒と化した新政府軍の東北、越後への侵略戦争になってしまったという部分は同意するにせよ、薩長が動かねば国ごと英米の謀略と武力でじわじわと侵略され、明治維新などと美名がたつ国造りなどおぼつかなかった可能性がある。

「大和」と「武蔵」。僕は英国のヨークにある鉄道博物館で、新技術だった電気機関車にとってかわられる前、1938年に時速203キロを記録した最新式蒸気機関車マラード号を見た。この数字は驚愕だった。

ヨークの国立鉄道博物館に展示されているマラード

マラードの速度記録銘板

ひとめで「戦艦大和」だと思った。奇しくも大和の起工は1937年である。英国の凋落、米国の勃興の象徴。新幹線ができる26年前に200キロ出した機関車を生む技術、安全走行させる保線技術もが世界一でないはずがない。きかんしゃトーマスのスペンサーとして今も愛されており、現在もマラード号の記録は破られておらず、ギネス世界記録にも「世界最速の蒸気機関車」として認定されている。しかし、電気機関車の出現で1963年に消える。時代遅れの技術で最先端に立っても意味ないばかりか、依存してしまえば自信をこめて国運を過つのである。世界に冠たる大和、武蔵は世界一のスペックを誇る戦艦であったが、完成したその頃に海戦の主役は戦艦から空母機に代わり、沖縄へ向かう途上に多数の米軍艦載機による攻撃を受けて鹿児島県の坊岬沖で撃沈された。だから国民を安寧に生活させるためには常に最先端で競って勝っていなくてはならないのは自明であり、なぜ2番じゃダメなんですかという馬鹿な女が政治家をやり、1番は保安官におまかせなどという精神構造が国民にできてしまえば、それだけで国家の滅亡は予定されたようなものである。

いま海軍軍縮条約は核軍縮条約になり、国際法はあっても拘束力は何もない。無法者が何千発でも核弾頭を装備しいつでもミサイルをぶっ放せる中で核保有なしというのは、西部劇で「殺し合いはいけません」と銃を持たない処女ばかりが住んでいる清廉な街のようなもので、それが今の日本である。守ってる保安官は実は自分たちを襲った奴であり、そいつは他の街で喧嘩を煽って何十万人も殺してる。こんなお人よしの街はないだろうというと、世界史上に前例がひとつだけある。カルタゴだ。案の定、いちゃもんをつけられ保安官のはずだったローマに撃ち殺されて歴史から消えた。いま総理になるとかならないとか言われてる連中はカルタゴの名前ぐらいは知ってるんだろうか、いやそれも危なそうだと不安になるのがちゃんと総裁候補に用意されているではないか。イケメン俳優で台本どおりにもっともらしくセリフを吐くのだけがうまく、何も考えずに保安官が飲み食いしまくった領収書を経理部である国会に通すだけ、それでも国民から人気をとる芸がうまい。すばらしい。保安官からすれば、日本国民から税金を巻き上げて何も考えずに自分に貢いでくれる、そういう壮絶な馬鹿をおだてて総理に祭り上げてもらうのが何よりありがたい。幸い国民はそこまで馬鹿でない。そんな職業に就きたくないから傑物が政治家にならない。政治は互助会みたいなファミリービジネス化して、ビジネスだから株主利益追求が目的となり国民の命などどうでもよい。これを変えるに派閥潰しなどは国民の目くらましで何の意味もない。我々は真剣に選挙制度を根底から変えないとだめだ。西郷や勝のような傑物が政治家を志し、金も地位もない身でも総理大臣になれる制度を作ろう、そういう国会議員、まずそれに命をかける議員を選べばいい。

自由が丘で夜の9時半まで塾でがんばってる子たち、勉強は大事だよ、塾通いも結構。しかし勉強は偏差値を上げるためじゃなく、インテリジェンスをつけるためにするのだ。ぜひエリートになってください。

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あなたの年代の男がいちばん危ないの

2024 AUG 28 0:00:25 am by 東 賢太郎

最近、夕食後に2~3キロ走っている。9~10時あたりだとそう暑くもなく、なにより暗くて人通りがなく、昼間の俗事を忘れて空っぽになれる。坂道が多いので汗をかく。時に全力疾走も入れてみたりするが心肺ともに問題なく、俺はまだまだいけると自信がわいてくる。

ところが昨日、その自信を粉々にする事件があった。多摩川台公園下まで何事もなく走り、公園脇の坂を登ろうか、それとも川辺の歩道に降りようかと迷った。べつにどっちでもいいのだが、たまたま伊藤貫さんのyoutubeを見ていたら西部邁さんと仲が良かったと語っていた。両氏とも思想的に割合近くて僕は敬意をもっており、西部さんが自裁されたのがそのあたりであったのでなんとなく手を合わせていこうという気持ちになった。

そこで、多摩堤通りの信号を横切って、3,4メートルの高さの堤防から川辺に下る土を削った階段を降りた。足元は暗い。数段を下ると思ったより急勾配であり、足が疲れてるせいかけっこう勢いがついてしまった。まずいと思ったがもう止まらず、前方は草むらでよく見えず、やむなく、この辺で地面だろうとぴょんと飛んだら全然そうでない。つまづいて前のめりになって砂利道に叩きつけられ、ぶざまにひっくり返ってズルズルと体側で路面をこすってやっと静止した。

要するに、半ズボンでヘッドスライディングしたわけで、左足の脛(すね)と左ひじを盛大に擦りむいた。電灯に照らすと血まみれ泥だらけである。電話して車で来てもらい、家内に応急処置をしてもらったが、まだずきずき痛い。おかしいなと田園調布病院に電話しておしかけ、「遅くにすいません、みっともないこって」と頭をかくと、若い医師とふたりの看護師さんがやさしく対応してくれ、ピンセットで線状の傷口にめりこんでいた小石を除去し、消毒ガーゼを貼ってぐるぐる巻きにし、念のためにと破傷風のワクチンまで打ってくれた。コロナのときの聖路加もそうだったが、日本の医療は実に安心だ。

楽しみだった週末の温泉は問答無用で没になった。家族は大騒ぎになり、箱根で一緒の予定だった従妹に電話して謝ると、旦那も何日か前に階段で落ちたらしい。「ね、ケンちゃんわかる?あなたの年代の男がいちばん危ないの、そうやってみんな過信して病院行きになるんだから」と懇々と説教された。

それはそれでありがたかった。僕は何事も前向きにしかとらない。能天気でも楽天家でもないが、とにかく後向きにはとらない。だからこの怪我もきっと良い予兆であるか、あるいは、凶事を避けられた、守られたんだと思えてしまう。医師が「骨は大丈夫ですか」と心配した傷だ、あの勢いで頭を打ってたら死んだかもしれないが、死んでないんだから良かったと思える。そうでない人も、この性格は無理してでも作るべきだ。なぜなら、本当に人生で得をするからだ。僕には思い出したくないたくさんの禍々しい失敗や不遇や凶事があった。しかし、後になってみると、実は、それがなければあのラッキーはなかったじゃないかということが非常に多いのだ。なぜかは知らない。たぶん、そういう風に生きていると勝手にそうなる。それがはた目にはツキがあるね、持ってるねということになる。

多くの国の多くの外国人と働き、どういう人たちかを知っている。断言するが、彼らを基準としてみれば日本人の9割は心配性であり、はっきり書くと、ビジネスの世界においてそれはうつ病や心神耗弱に近い。大きなリスクに対してなら結構だが、ちまちまとくだらないことに気をもんだり批判を気にする空気に負けて「石橋をたたいて渡らない」なんて寂しいことになってる。国中が国民的にそうであり、本来あまり気をもまなくていい国家がプライマリーバランスをたてに金を使わないと民間は委縮して失われた30年などとクソくだらない小言を垂れてる。その間に先端技術や半導体で世界に大きく後れをとってしまっても他人事のようにやばいと思わない民間の「石橋わたらない根性」というものは、棒で突っついても飛ばない死にかけのカラスみたいなもんで、こっちを誰も批判しないことの方も、世界の目線からすると病気である。株や土地を中国人が買い占めて怪しからんと騒ぐのが保守だなんてわけのわからんことを言ってる。経済安保とそれは全然違う。死にかけの獲物は簡単に捕獲できるからジャングルでは食われるのが当たり前であって、それが嫌なら彼らは江戸時代に戻って鎖国しろと主張すべきである。

食われんようにちゃんと経営して株価を上げろが世界の常識だ。実体価値より値段の高い株など犬も食わぬ。ビジネスのビの字も分かってない連中が馬鹿の一つ覚えみたいに財務省、日銀が悪いって、自由主義国家で役所が頑張って経済を成長させるべきだなどと言う議論は、国が女性の少子化担当大臣を任命すれば子供がたくさん生まれるというおバカな議論といい勝負だ。人間は平等にできていて、青い鳥は誰にも同じだけ飛んで来る。心配性の人は確実にぜんぶ取り逃がす。前向きな人は十回来れば九回は逃がしても一回ぐらいはつかまえる。人も国も、成功者になるかどうかはそれで決まると言ってまったく過言ではない。ユニクロの柳井さんが著書「一勝九敗」でおっしゃるのはそういうことだ。少数精鋭で経営しろとも語ってる。その通りだ。多数の馬鹿の空気と合議制でやってればいずれ全部のカラスが外資に食われる。

「あなたの年代の男がいちばん危ないの、みんな過信して病院行きになるんだから」。そうだけどビジネスマンに過信は大事なんだ。だって取れると思わないと鳥は取れない。危険だから取らなくていいと細く長く生きる人生と、取りに行ってすっころんで早死にするかもしれない人生なら、僕は後者を選ぶ。ただ、みんなに迷惑をかけないように、暗い階段を走るのだけはやめよう。

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