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「我が人生の修羅場ランキング」1位~5位

2025 DEC 9 3:03:31 am by 東 賢太郎

《本稿を愛猫フクに捧げる》

ありし日の貫禄のフク

この11月はたくさんのことが起きた。フクが急にいなくなり、大変に落ち込み、今も立ち直ったとは思えず彼がいたリビングで夜に寛ごうという気になれない。ソファの後ろあたりからひょっこり現れそうな気がしてしまうのだ。困ったものだが早く忘れようと思うことはない、それがなくなったらフクがもっと遠くに行ってしまう気がするから。 いっぽうで、ビジネスの方では次々と相談や案件が持ち込まれてきており、日記で勘定してみたら11月だけで12人も新しい方とお会いしているのだからこれはちょっと尋常じゃない。僕が早く立ち直れるように天国のフクが気を遣ってくれているんだろうか。

人間誰しも深く落ち込むことはある。反対に有頂天になることもある。そのどん底とピークの幅は人それぞれで、大きい方が良いのか小さい方が良いのかは一概には言えない。体験を聞いたところで主観だからきっちりと比較できるものではない。ジェットコースターの高低差と坂の勾配をイメージすると分かりやすいが、どん底とピークの入れ替わりが短期間に来たかゆっくり来たかによって残る印象がぜんぜん違う。簡単に言えば、キャー!の悲鳴が大きいか小さいかだ。

僕が小学校の頃、引っ込み思案で口数も少なく自己主張のない子だったことは誰も信じない。それを一番知っている自分でも、理由はというと説明に窮するところがあるのである。無い芽は出ないから何かの刺激があってこうなったはずなのだが、じゃあその刺激とは何だったのだろう。この度の落ち込みとビジネスの上げ潮で初めてそれを考えた。大きな高低差で同時だから大きなキャー!だ。そうか。大人になってしまう前に僕はそういうものに何回か遭遇し、それもものすごく大きなものだったからインパクトはすさまじく、魂の奥底に埋もれていた何かが発芽したに違いない。そう考えてティーンエージャーの頃から振り返ってみると、あっさり、それが5つあった。

しかしキャー!で終わりではない。5つの発芽によって、できなかったことができる人にじわじわと変身し、 5つはジャンルが別々だからいわば同時多発的にそれが起き、芽が体の中でがっちりと根を張って互いにクロスオーバーする感じになった。皆さん、車の運転は同時にいろんなことに神経を使うのではじめは教習所で苦労されたと思うが、慣れてしまえばどの1つも意識することなく全部が同時にスイスイとでき100キロ出しても全然平気になる。そんな感じだ。

それは大なり小なり誰にも起こることだで見過ごしていたが、先日にある方のブログを読んでいてこれだと思うものを見つけた。ホンダの創業者、本田宗一郎が「竹の節(ふし)」の話をしていたというのだ。

竹は節目があるから折れずしなやかに立てるが、節を作っているときは伸びが遅い。しかし、できあがると節ごとに一斉にすくすくと成長するから、成長点の数がたくさんある竹は先端だけ伸びていく普通の樹木に比べて急速に伸びる。

というもので、竹を人間に置きかえて、

苦労は無駄ではない。そこで人一倍の努力をするとそれが財産となって人は強くなり、まっすぐにすくすくと成長する。苦労が二度あれば二倍、三度あれば三倍成長する。

という喩え話となって、卒業式の校長先生の訓話に使われたりする。そうそう父からもきいたなぁと懐かしい。これだ。これが5つのキャー!によって僕の中に生まれ、がっちりと根を張って磐石となり、僕を別人にしてしまった物の正体だったのだ。しかし小学生には訓話は少々難しかった。少なくとも僕はわかってなかったが、いずれわかる日が来ると大人たちは竹の話をしてくれていたのだ。それにしても70年はずいぶんだねと父は草葉の陰で笑ってるだろうが、日本人の教育というのは何とすばらしいものなんだろうと感動を覚える。

そこで自分の「竹の節」をさぐってみようと思い立った。それにはまず、人間において節とは何かを定義しなくてはならない。「作っているときは伸びが遅い」というのだから普通に誰でもが味わう苦労、逆境、試練という程度のものではない。他人に遅れをとってしまうほど作るのが大変な何物かであり、不幸にして陥ってしまうのではなく自らが将来を見据えて意図的に作るもののようである。「折れずしなやかに立てる」というのだからすぐ曲がってしまう可能性のあるものではなく筋の正しいものだ。「できあがるとすくすくと成長する」というのだから切り抜けると重みを支える礎にも背を伸ばすエネルギーの供給源にもなるものだ。そしてそれが複数あってもいいと言っている。複数があればその全部がまさに同時多発的に伸び、先端の1か所でしか伸びない普通の人を軽々と抜き去っていくから節を作っているときの遅れなど気にしなくていい。そういうものだ。

以上を全部満たす特別な苦労の場をぴったりと表現する言葉がある。「修羅場」だ。仏教用語で神と神の血みどろの戦いの場というおどろおどろしい意味であり、戦争は比喩であるから殴り合いをした経験を指すわけではないが、隣り近所の些細ないさかいという程度のものでなく、普通のシチュエーションで語られる苦労や逆境や試練という程度のものでもなく、イメージとしてお伝えするならば、人生の先行きにもかかわる大きな壁や生きていくことへの支障にぶち当たり、ぬきさしならなくなり、抜け出そうと必死にもがくのだが全力を尽くしても足りず、 恥も外聞もなく一切をかなぐり捨て、天に助けてくださいと全身全霊を捧げてさえもギリギリで危なく、のちのちになっても夢に出てきてあぶら汗をかく、そんな感じの経験を言う。

僕にはそれが5つあったと書いた。古いほうから硬式野球部、受験浪人、梅田支店、ウォートン留学、ロンドン営業だ。その後も逆境やピンチは幾つもあったし、社会性やマグニチュードの大きさという意味ではそっちの方がずっと重大事だったのだが、しかし、この5つはちょっと性質が違う。まだ若く未熟者であった故にその最中はつらくてつらくて抜け出したくてたまらなかった上に、ちっとも前に進んでいない焦燥感にさいなまれ、出口が見えず、何の因果で俺はこんなことをしているんだと嘆いた。ところが今振り返ってみると、そのどれもが我が人生を折れないように支え、おのおのが同時多発的に伸びしろとなり、少々の停滞はあったが10倍返しにしてくれた、これぞまさに「竹の節目」だったのである。 5つのそれぞれはこれまで別々のブログで詳しく書いてきている。今回はそれを「竹の節目となった修羅場」という視点で括る。いま人生に停滞や徒労感や焦りを感じておられる、きっと少なくないであろう日本の若者の皆さんにとって何がしかの元気になるケーススタディかもしれない。

まずお断りするが、僕と同じ事をする必要などさらさらない。問題はそれが何かではなく、それが起きた時自分がどういう状況に陥り、どう考え、どう悩み、どう対処し、そしてどう克服して抜け出したかということなのである。修羅場という難所でうまくいかずにドツボにハマり、抜け出したということ自体が重いのだ。なぜなら、その方法は学校で教えないし習ってもいない。親も知らない。図書館の蔵書を探してもどこにも書いてない。ウィキペディアにも載ってない。レスキュー隊は来ないし誰も救ってくれない。あたかも離れ小島の山奥で1人だけ遭難してしまったかのようにあなたは自分でもがき、自分で悩み、自分の頭でその方法を考えるしかない。しかもそこにはジェットコースターの高低差がある。そこでかいた冷や汗や、味わった恐怖感や絶望感や達成感や高揚感は一生消えることなくあなたの全細胞の中に刻み込まれ、長い人生で次の修羅場を迎えた時の強力な経験値としてワークしてくれるのである。

まず問いたいのは「あなたは修羅場を経験したことがありますか」である。それが生半可でないことはもうすでにお分かりだろう。これからの日本を支え、持続し、さらに力強く成長させてくれる全ての若者に断言する。修羅場は若いうちに迎えたほうがいい。 40歳までに1つでもそれを味わった人は幸せである。まだの人は、どんなものでもいい、自ら選んででも修羅場に飛び込みなさいと心よりアドバイスする。

僕の5つは自分で選んだものではあるが、慎重に検討したわけではなく、浅知恵と過信からそっちに明るい未来が待っていると信じただけだ。つまり勘違いの産物であり、ドン・キホーテを笑えぬ身の程知らずだった。僕をそう仕立てたのは父だ。賢の字を与え、お前は頭がいい、えらくなると物心つく前から呪文のように吹き込んだようだ。戦争で自らができなかったことを息子に託したい気持ちは、息子としても日本人としてもよく分かる。それが硬式野球部、受験浪人に関係している。残りの3つ、梅田支店、ウォートン留学、ロンドン営業は自分が入社したいと願い、選択させて頂いた野村證券の社命によるものだ。当時の僕の実力からして、勘違いですら思いもつかぬ高みにそびえる世界であり、会社が修羅場にぶち込んで僕に何物かを憑依させたのである。野球と浪人は自力で切り抜けた。次の3つはひとりではなく、一緒に闘ってくれた家内のおかげだ。 感謝しかない。

僕の中での辛さ、失敗や落ち込みの深さ、その後の人生への影響の大きさで1位から5位までランキングをつけ、その順番に記す。

1位・梅田支店

赴任するといきなり名刺集めだ。朝から晩まで右も左もわからぬ大阪の街を歩きまわり、いい株あるから買ってくださいとお金のありそうな会社や店舗に飛び込み外交をして名刺を100枚集めてくるのが日課だった。なぜそうするかは説明されなかった。確率的にそこから2、3人の良いお客様ができることを後に学んだが、その時点ではナンセンスの極みであった。真夏の炎天下だ。浪速の街はふらつく暑さで、遥か遠くは蜃気楼のように見え、スーツの背中は乾いた汗で塩を吹き、靴は1ヶ月で潰れた。船場の威勢のいいおばちゃんに「兄ちゃん、うちバクチせえへんねん」なんて追い帰されたり悪態をつかれたりでプライドはズタズタ。朝のすし詰めの地下鉄から御堂筋に吐き出されるサラリーマンの群れに紛れながら、同じかばんを持って何で俺だけこんな事やってんだろうと意味が分からなくなり、ついに辞表を出そうと決意した。そうしなかったのは地下道でばったり会って押しとどめて下さった酒巻支店長のおかげだ。ドジも出汁にしながら多くの人生の先達との熱い人間ドラマがあり、社会人の礼儀作法、世の中の仕組み、証券分析、営業のイロハなど今でもそれで食ってる大事なことすべてを骨の髄まで叩き込まれた。踏みとどまった以上はと懸命にもがいてるうちにお客さんができ、若手トップの営業成績で表彰された。やがて夢のような2年半があっという間に過ぎ、予想もしなかった留学の人事発令が出た。普通は喜ぶが僕は困った。真剣にやった銘柄選択が未熟で大きな損失を抱えてしまったお客様に何もできなくなるからだ。眠れぬ夜を過ごして迎えたあくる日、朝7時半に店のシャッターが開くと同時に来店されたその方がくださった予期もせぬ餞別と激励のお言葉は今も胸に刺さっており、僕の体を貫く棒のようなものである。明日大阪を発つという晩、支店の皆様が居酒屋で送別会をして下さった。元気の出るエールをいただき会は盛り上がった。いよいよ最後にスピーチをとなり、何を話したあたりだったか女の子たちがわんわん泣き出すと男性たちが続き、涙でしゃべれなくなって終わった。こんなことは二度となかった。夢に一番出てくるのが梅田だ。2年半のメモリーは鋼のようにずっしり重たい。

2位・ウォートン留学

同期の日本人の皆さんは英語は堪能で帰国子女もおられたが、こちとら受験生時代から英語はだめでリスニングが苦手ときていた。最初の3か月、授業はおろかテレビCMさえチンプンカンプンで焦った。学校は金土日が休みなので喜んだが甘かった。全米から集まる秀才のアメリカ人が3日図書館にこもって読める分量が翌週のアサインメントという仕組みだったのだ。ざっと1日500ページを読んでないとクラスで議論に参加すらできない。それを2年で19科目パスしないと問答無用で落第である。物凄いプレッシャーの中、体力と知力の限界を行き来した2年間であり、角帽にマント姿で卒業証書をもらった瞬間、MBAになった喜びより勉強しなくていい感動が体に満ちた。そこから14年、英語世界で証券ビジネスをすることになるが、ウォートン最難関の中級会計学の期末試験の恐怖に比べたらそんなものは羽毛ほどでもない。 中学のころ頭が悪いと思っていた自分が全米トップのビジネススクールを突破したのは奇跡に近い。人生あの2年間ほど勉強した事はなく、自信も実力も盤石な竹の節目となったのである。海外であるかどうかは関係ない。皆さん受験や大学での勉強や研究で苦労したご経験があるはずだ。何を学んだかも大事だが、難関を切り抜けた、なんとかなったという自信と手ごたえこそが体に残る一生ものの財産だと申し上げたい。

3位・九段高校硬式野球部

始業式のあと教室より先に部室を訪ねた。草野球では自信はあった。 高1で背番号1を背負って公式戦の初マウンドに立った。そのころの球は人生最速で自分では誰も打てないと思っており、そこそこうまくいっていたが、投げ過ぎがたたって2年で肘と肩を壊し3年で野球をやめた。有頂天から奈落の底だった。ドツボの日々の悔しさは口にするのもむなしく、女子が心配してくれたが肉離れや捻挫と思われ「肩は虫歯と一緒で治らないんだよ」と説明しても通じない。南沙織が「17才」でデビューする中、こっちは17才で終わった。10年ブランクがあったが、ウォートンに行く直前にニューヨーク現法から突然「お前やってたんだろ、投げてくれ」とお呼びがかかり、コロラドから3時間飛行機に乗り、45チームの企業トーナメントで5試合投げ、準決勝で負けた。捕手ドンのリード通り投げ、球は遅くなったが伸びて詰まり、アメリカ人は1人も僕のカーブを打てなかった。死ぬほどきつかった硬式野球部の練習に耐えてこの時ほど良かったと思ったことはない。前年度優勝チームを倒したのと、2試合目でノーヒットノーランをやった評価か大会MVPに選ばれた。人生最後のマウンドから降り、野球の神様は本当にいると思った。以来、俺はツキがあると考える思考回路ができ、何事もプラス思考で生きてきた。皆さん、物事は前向きに考えた方が絶対に得だ。福は明るい人がつかむ。きっかけは何でもOK。意識して作られた方がいい。

4位・ロンドン営業

修羅場の総集編であった。シティの機関投資家相手の仕事であり、知識、情報、分析が問われる。大手客のオーダー執行でチョンボを犯して半年ぐらい出入り禁止になるという大失態を犯し、調査部の情報が漏れてしまいポジションを外された事もある。初めてのプロの世界の洗礼だった。活きたのは梅田、野球の泥臭い復活体験だ。僕は失敗からの方が圧倒的に多くのことを学んでいる。野村でも最大であるチケット1枚160億円が動いたディールはたくさんの失敗体験からできた。野村克也氏の「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」は野球に限らず本当だ。皆さん、失敗を恐れてビビっては絶対にいけません。なぜなら、人間、ビビるとやらなくなる。やらない理由を考えて臆病を正当化するようになる。それが習性になると人は取ったリスクに見合う勉強しかしないし土壇場で逃げるしで信頼されず、大成した者は見たことがありません。当然です。そういう人は修羅場に飛びこまないから竹の節は1つもできません。だからどんなに頑張っても、節を持った人に抜かれます。

我が家の引っ越しヒストリー(3)

5位・自主浪人

中学受験は全敗。星しか興味なく成績でほめられた記憶なし。父は賢いと言ってくれたが頭は悪いと思ってた。唯一自信がある野球に走ったら肩を壊してドツボにはまった。それが悔しく東大合格が代理目標になったが落ちて自主浪人して失敗し、人生の最深度に至るドツボにはまった。やっても伸びないと悟った英国社の時間は減らし数学を増やした。すると公開模試で全国7位になり、数学満点で世界制覇の気分になり、考えてもみなかった「未知の自分さま」と出会うことになった。浪人という選択をしなかったら彼を知らずに僕は人生を終えていた。修羅場はとんでもない物を引き出す事がある。合格はもはやルーティンの内であり、浪人中に達していた輝かしい場所が自分にとっての最高峰であった。

ホントはこの道じゃなかったんじゃないかという思いを積み残しながら5つの修羅場は終わった。最後のロンドンを終えたのが35歳。モーツァルトはここで亡くなった。ビジネスマンとして僕も35歳で完成していたと、自信を持って言えることを誇りとしたい。でもホントの道の方が良かったかな、でもこういう暮らしはできなかったんじゃないかなという世俗的な気迷いが残っている。

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ディズニーの遊び心はアメリカ人の鏡

2025 OCT 8 2:02:06 am by 東 賢太郎

フィリーズがやられた。乗り込まれて2敗!フィラデルフィアはこの野郎と屈辱で真っ赤に燃えてるに違いない。かたやドジャースは佐々木朗希も出てきたし日本人さまさまだ。総理大臣は無名だがオータニサンは子供でも知ってる。

先週、ディズニー関係のディールでLAとオンライン会議をした。ちょうど大谷が1本目のホームランを打ったあたりだった。相手の社長に「ドジャースいけるんじゃないか?」とエールを送ったつもりが「俺はブルージェイズだぜ」ときた。カナダ出身か、知らなかった。この時期、アメリカで野球の話は微妙だ。

会社時代、ニューヨークのヘッドとそりが合わず常々この野郎と思ってて、もちろんこいつも僕が大嫌いであった。ところがフィリーズvsヤンキースのワールドシリーズで僕が応援してるのをどこで聞きつけたか「俺もフィリーだ」と電話してきて一気に仲良くなった(フィリーは「フィラデルフィア市民」の意味)。

かようにアメリカ人は野球に熱い。同社にニューヨークの日本企業対抗でお前の球を打ったという奴がいて、覚えてない、打ったんかときくといや一球も当たらなかった(笑)で一気に仲間だ。これがアメリカだ。僕はオバマ・バイデンの民主党が大嫌いである。しかし、カープファンだと言われたら危ない気もする。

そういえばディズニーランドが開業70年らしい。知らなかったが同い年だ。1977年、大学時代に初めて渡米してLAで真っ先に行った。うわー凄いとこ来ちゃった!とワクワク、ふわふわの丸2日間だった。よく考えると22歳だ。同期は就職活動だよ。浪人したからこんなところで遊びほけてて人生わからんね。

ディズニーの遊び心はアメリカ人の鏡だ。去年に東京のスペースマウンテンがクローズしたらしいが、このコースターは名品である。調べると、LAのオリジナルは1977年5月27日完成とあるから僕はオープン2か月後に乗ったことになる。たしかにこんな感じだった。

まあ日本の遊園地にこんなものを作る発想はないだろうね、技術はあったってね。そこだと思う、これから日本に大事なのは。ぶっ飛んだアイデアを良しとしないとAI時代は生き抜けない。ガリ勉して覚えたもんなんてみんなAIができちゃうからね。ただの秀才は失業。AIは遊ばねえ。だから大いに遊ぶことだよ。

政治家も役人も前例踏襲で、ちょっと尖ったこと言うと「いかがなものか!」だ。オールドメディアもね、化石人類だね。戦前みたいなこと言うなって左が右を批判するが、それ、どっちも「殿中でござる」の江戸時代なんだよ。それで行くんならトランプにやっぱり80兆円やめます、鎖国しますっていうんだね。

僕はアメリカ文化が嫌いじゃないが囲まれて生活したいわけじゃない。でも20代にそのシャワーを浴びといて良かった。何が出てきても驚かんし、どんな奇天烈だろうと良いものは良いという感性ができた。そういうアメリカ人にたくさん出会ったからね。原爆落としてこの野郎とは思ってるよ、でも目の前の人が落としたわけじゃないからね、外国人はお断りなんて主義主張は個人の自由だがそういうのは心の鎖国でね、自分のためにならないよ若い人は。

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気ぜわしい昼下がりの乃木坂散策

2025 SEP 24 2:02:09 am by 東 賢太郎

アメリカの友人Hが来日した。世界4大会計事務所のひとつKPMG出身の経営アドバイザーである。チェルシー、ドジャースのオーナーも仲間だ。僕は新入りのほうだが、餅屋は餅屋を見ぬくのに何年も要らない。会って10秒で決まった。掟は口が軽い奴はアウト、どんな微細でもブラック歴のある奴はアウト、そして守秘義務契約書に署名。このビジネスは 100% “プライベート” で完璧に属人的な鎧の中だけに存在する。米国なのかユダヤなのか由来は詳らかでないが、昨今のMAGA的世界が嫌うグローバリストビジネスであることは一片の疑いの余地もない。それでいながら、ブログをお読みになれば僕は10年も前からまぎれもないトランプ支持者であり、政治信条と経済的利益が背反しているとお感じになる方はおられるかもしれない。それは正しい。背反は大人の解決を試みているだけで、ストレスフルな毎日になった。逃れるには仕事を辞めるしかないが、暇になるとそれがもっとストレスだろうという恐怖で踏みだせないでいる弱い人間だ。

Hとは要点だけ議論し、懸案の件、俺の顔を潰すなよでぴったり1時間。運動にとグランド・ハイアットから紀尾井町まで歩くことにした。すると途中でどうしても乃木公園に足が向く。乃木希典。父が崇拝しており、幼時にきいた戦争談話で名を覚えたことは確かだ。いちいちは記憶にないが、きっと語られた原子爆弾、ひょっとしてそれで小学校2年で縁もゆかりもない広島カープを応援しだしたのかとふと思いついた。あり得ることだ。16歳で開戦、赤紙で陸軍に入隊し片耳の聴力が失せた。感情としては戦争も米国も唾棄して消し去りたかったろうが、終戦後10年で生まれた息子には英語を勉強しろと信念をこめて奨励し、敵性の野球も音楽も放任し、長じてあろうことか敵国に留学したがそれを喜んだ。自分が父であるいま、娘がフランス留学してMBAになって喜んだが僕はフランス好きだから比較できない。乃木は野球を「必要ならざる遊戯」であると嫌った。一応は巨人ファンであった父の本当の心持がどうだったかはついに聞けなかった。

長州藩士乃木希典の最終階級は陸軍大将である。旅順の敵将ステッセルらロシア軍人の名誉を重んじた処遇が「世界的賞賛」を受け、当の敵国ロシアの雑誌すら乃木を英雄的に描いた挿絵を掲載し、ドイツ帝国、フランス、チリ、ルーマニアおよびイギリスの各国王室または政府から各種勲章が授与された。武士道は世界にも讃えられるものである犯し難い証拠だ。国粋主義者がそれは日本人だけの魂と否定するなら「日本の正義」がといいかえてもよい。正義がない国は滅ぶ。しかし、当時はなんという懐の深い世界だったかと感嘆すると同時に、なんという下賤な餓鬼道が悪党猛々しくまかり通る世界に堕落してまったのかと悲嘆もする。父の戦争談話が効いたのか武官の血なのか、乃木大将の武功と殉死にいたる壮絶な人生は、夫人まで逝くことはなかったという一点を除き心に響く。しかしだ、「大学までそんなじゃなかったのよ、会社に入ってからよ、あんな上品なお母さんに育てられたのに」と我が妻は面と向かって嘆くことしきりなのである。俺は下品でない。それでは会社の名誉にもかかわるとは言う。社内でも最右翼の武闘派であり、スイスでは大使館の防衛庁出向の方にどうして我が省に来られなかったの、いい武官になられたのにと仰せつかったのは後天的影響では説明はつかないだろう。いかにも文官然たるエリートづらの社員は大嫌いで、悉くなめきっており、それが上官だと命令もきかないから実は武官でもなく、宮仕え人でもなかった。我が国を護った将軍に深い感謝の念をこめて殉死之室に合掌し、万感の思いで乃木邸をあとにした。

外苑東通りを青山までくるとカナダ大使館が右手に聳える。ファサードだけ見るとそうでもないが、裏手は巨大な建造物である。その赤坂側、青山通りをはさんで赤坂御所と向かい合うように5,300㎡ほどの高橋是清翁記念公園がある。

是清は、おそらくは、奴隷になったことのある世界で唯一の国家首長であろう。絵師の私生児だが仙台藩の足軽家の養子となり、藩命で米国留学となるが横浜にいた米国人貿易商に騙されて金を詐取されたあげくオークランドで奴隷に売られた。そうとは知らず修行と思いこみ英語をマスターして帰国する傑物である。英語教師、役人となるがペルーの銀山でまた騙され、すってんてんで帰国してホームレスになる。それを拾って日銀に入れた総裁の川田小一郎だがこれまた正規の教育はまったく受けていない傑物で、副総裁となった是清は日露戦争の勃発に際し戦費調達のために戦時国債の公募の目的で同盟国である英国に向かったのである。要するに清との戦争で国家財政はボロボロであり、借金証文(国債)を渡すから頼むからカネを貸してくれという物乞いである。その先こそが、ロンドンのM・N・ロスチャイルドであり、僕は野村でその担当者を拝命し、額に入れて応接間に飾られている当該国債の券面を拝見した。

是清は明治のダイナミズムを象徴する馬力ある男だ。失敗からカネと金融の摂理をよく知得しており、ロスチャイルドが日・露のマーケットニュートラルポジションを米国の子分であるシフ財閥を使って組んで表に見えなくしたことを裏の裏まで見ぬいていたと思われる。だから二等国の低姿勢を装いつつも英国相手にディールを強気に押し込め(リスクフリーの相手だから当たり前)、国家の危機を救った。ウォールストリートのキャンター・フィッツジェラルド証券の現職CEOで著名な凄腕証券マンである「ラトちゃん」に接待・篭絡されて80兆円も騙し取られて浮かれて帰ってくる馬鹿な文官とは比べるのも阿保らしい。無学であろうが是清の洞察のようなものを「インテリジェンス」と呼ぶことを我がブログの読者は皆ご存じだ。ガリ勉だけのひ弱な東大卒など企業でも上級経理課長ぐらいしかなれないのである。是清は「地頭のいい男」であり、どん底で泥まみれになろうと這い上がる胆力もある文武両道の上玉の男であった。地頭が悪いうえにケンカも弱く、今だけ・カネだけ・自分だけの政界に巣食う餓鬼道野郎どもとは比べるも汚らわしいというものである。

こういう男は幕末諸藩の30代あたりの武士階級にいくらもいたと思われる。英国と一線を交えインテリジェンスを涵養した薩長のそうした下級武士がグローバリストと組み、倒幕という名のクーデターを決行し、清濁併せ飲み多くを闇に葬って「御一新」という美名を冠して丸め、結果的に支配の邪魔である武士階級の根絶と廃藩置県に成功したのである。このことの正義の有無はここでは論じない。志はなく私利私欲の卑劣のみであるが、いま自民党が裏金を理由に安倍派根絶を同じ目的で決行していることだけは指摘したい。総裁選でうまくいけばいったで、国民の鉄槌で自民党は解党的な自死に追い込まれるだろう。僕はまじめに、太平洋戦争で我が国は文武両道の上玉男子の上から3百万を喪失し、各藩が存続をかけて優等に保ってきた彼らの遺伝子は半分は女子に残ったとはいえ、メンデルの法則により希薄化しなかったことは生物学的にあり得ないと確信している。日本国はウォー・ギルト・プログラムのみならず内在的要因によっても劣化した。二度敗戦したドイツも同様だったことを現地に住んで興味深く観察したが、欧州は民族がもとより混血しておりその被害は相対的に少なく、知的領域でドミナントなユダヤ系が米国に逃げたことの方がはるかに甚大な国益損失であった。逃がしたドイツと受け入れた米国は、戦争そのものの勝敗だけでなく、ナチを根絶やしにしても時すでに遅しというそれを主要な原因の一つとして雌雄を決する結果となったのである。しかし事の真相はもっと複雑だ。さもなくば、ドイツ語話者の集合体というだけでプロイセン、バイエルンが対立し群雄割拠だった「ドイツ」なるものをアーリア人が支配し続けることができたかという問題だ。

二・二六事件で是清は亡くなった。自宅二階で胸を3発銃撃された後、6太刀を浴びせられ、暗殺された現場がこの公園だ。政財界癒着と階級社会化への積もり積もった凄まじい憎悪である。日清日露の遺産にかまけた老害を一掃せんと軍部は士官学校出の学歴エリートが台頭し、安藤輝三大尉は事件前、天皇を太陽に、国民を作物になぞらえ、太陽の光を遮る側近や財閥を取り除かなければいけないと部下に語っていた。是清は犬養内閣の大蔵大臣(現在の財務大臣)として金解禁停止を行い、財閥をドル買いで儲けさせた政財界癒着のキーマンと見做され、反対に軍事予算を抑制しようとしたことが貧困にあえぐ農村出身の青年将校の怒りの火に油を注いだのである。陸軍主導の御一新は昭和天皇の激怒で鎮圧され灰燼に帰したが、学習院で裕仁親王時代の天皇が「院長閣下」と呼び、後に自身の人格形成に最も影響があった人物として名を挙げられたのが乃木希典陸軍大将であったことは陸軍の内在的矛盾だ。日露戦争において第一艦隊兼連合艦隊司令長官として日本海海戦などを指揮した東郷平八郎とともに英雄とされた乃木大将を否定する気は、どんな世になろうと僕には些かもない。天皇のお立場こそ違え、安藤輝三大尉の言葉は今の世も重く響くのではないか。

それを知りつつ、自分は外国人と交易し、昨今のMAGA的世界が嫌うグローバリストビジネスに身を置く人生を送ったことが認知的不協和であることは否定できない。留学を契機に会社が海外部門に置いたことでスキルを身につけた結果だが、父が英語を奨励しなければそうなっていなかったかもしれないとも思う。しかしながら、同時に、冒頭に書いたビジネスは考え得るほかのどんな業務よりも自分が向いており、今もって労役感のかけらすらなくできてしまう。意図してなった結果ではなく、つまり、これも血でありそれも血である不協和と考えざるを得ない。表層は異なれど、不協和が深層の土壌の四方八方に張った根のごとく潜むのがヨハネス・ブラームスという男の音楽だ。おそらく、それが深層のまた深層で僕の何かに共鳴し、永くその音楽を愛してきたのではないか。まだドイツ・レクイエムは終わっていない。

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どうして慶応ボーイばっかりになったの?

2025 AUG 9 14:14:49 pm by 東 賢太郎

結婚式で娘が「このテーブル、慶応ボーイばっかりだよ」という。数えてみた。ソナー・アドバイザーズの役職員、主要パートナー16人中12人。なるほど75%が慶応ってのは尋常じゃないし、加えて娘までそうだ。人物評価だからえり好みは一切してない。相性ということなら、こちとら幼稚園から小6まで少年ケニヤみたいに野っぱらを駆け回って育った成城っ子だ。不勉強がバレて怒った親父に受けさせられた慶応もなにも、どこか忘れたが受けたのは全部落ちた。こんな不まじめなガキだったひとは社員にはひとりもいない。

自分の縁でないなら先祖しかない。資料が見つかったので調べた。祖父が福沢諭吉が存命中の明治32年(1899年)に信州の飯田中学から慶応義塾予科に入り、明治38年に卒業して三井物産に入社し、10年後に上海支社長になり、喧嘩して飛び出して王子製紙の役員になっている。長崎の祖母とは遠隔地結婚だった。田中平八つながりだろうか伊奈出身の製紙王・藤原銀次郎がメンターであり、藤原は諭吉の門下生だったから慶応との縁はきわめて濃厚だ。卒業生というだけならどうということもないが、野球という訳語ができたころに野球部で米国遠征までしていたのは時代が時代で光る。

祖父のキャリアを意識したわけではないが、僕も野球を真剣にやり、米国の野球大会でMVP、遠隔地結婚、最初の会社で香港社長、そして飛び出して別の会社の役員になった。野球は自然に始め、神戸の妻とは全くの偶然で、米国の野球もたまたま、香港への転勤なんか寝耳に水で勘弁してくれ状態だったし、別な会社に移ろうなど社内の誰ひとり想像もしない超右派の社員だった。しかし、思いもよらぬ運命の流れでこうなって、すべてが終わってから眺めてみると、祖父が背後にいて導きでもしないとこうはならないだろうという驚くべきシンクロぶりだ。

この因縁を仲介したのは母だ。物静かで優しい人だったが、どんな嘘も見ぬかれて絶対にごまかせなかった。よくお化けを見ており霊感も強かった。慶応が東大より上と信じており「無用な浪人はやめて頂戴」だった。それは無視したが就職だけは頑強に「官僚と銀行員だけはやめてね、あなたは向いてないのよ」と銀行員の父をさしおいて就職先の選択に釘をさされ、これは効いた。女学校しか出てないし就職経験もないのになぜわかったんだろう、まさしく、そっちだったら絶対に出世しなかった自信がある。田中平八の存在を知らされたのは証券会社に決めてからで、やっぱり血なんだろうか結果的に水を得た魚のチョイスだった。母の話が潜在意識に刷り込まれ、霊感のパワーで祖父と交信してシンクロしてしまったなんてこともあるかと本気で思っている。

祖父の記憶はない。72才で天国へ旅立った時、まだ2才だったからだ。ひとつだけ親戚の間の伝説があって、お通夜の日のこと、仏さまになった祖父の枕もとで叔父たちにけしかけられ、刀を振り回して赤胴鈴之助を歌うと座が明るくなり、ケン坊、お爺ちゃん喜んでるぞ!と一同が号泣したときく。ほんとに喜んだのかもしれない。そんな豪気で自由闊達な気風の家だったことをいまは僕が誇りにして守っており、作ったソナーも15年目になる。慶応ボーイばっかりなのはその元祖の呼び寄せだったんだ、きっと。叔父、叔母たち、そして両親も、誰もいなくなった。そしてあと2年だ、僕が爺ちゃんの歳になるのは。

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『アガスティアの葉』が予言したこと

2025 AUG 2 23:23:14 pm by 東 賢太郎

娘から夜中の12時に電話があった。なにごとかと思ったら、なんのことない、「部屋にでかいゴキブリが出たの」というSOSであり、タクシーで逃げ帰ってきた。あっとひらめいた。これ、「虫の知らせは実は深い意味がある」というシンクロニシティ現象じゃないかと。なぜかというと、その前日、気持ち悪くて忌まわしいゴキブリの話をコメント欄に思いっきり書いていたからだ。総理の「ナメられてたまるか」は国難でない | Sonar Members Club No.1

このところ、スピリチュアル、精神世界に惹かれるようになっている。たとえば運、ツキというやつだ。先日のこと、大企業のインテリ君に「ビジネスの8割は運だった」と言って「ご謙遜を」とはぐらかされた。「どんな釣り名人だって魚がいなきゃね、だから魚群探知機がある。じゃあお客さん探知機ってあるかい?運だのみだろ」。ここまで詰め寄っても認めない。「探知は事業戦略でします」「それで利益確定?」「不確実性はあります」「それをゼロにできる?」「いえ、その努力をいくらしても残るリスクを不確実性というんです」。秀才だ、ああ言えばこう言うな。ここからは言わなかった。大企業ってね、巨大なトロール船なんだ。機械が水揚げする魚を甲板でさばくのが仕事と思って育つとこうなる。だから船ごと不確実性の暗礁に乗り上げると解決策を知らない。彼らは誰ひとり釣りはできないからだ。

以下、理屈っぽい彼に理屈をこねて教えたことだ。僕は「運」というものに有機的な実体を感じる。「不確実性」は無機質である。中身がないから数学の変数には向いてるが、「運」は実体が邪魔してなじまない。ビジネスでも賭けでもリスクとリターン、つまり不確実性と収益性は常に均衡している。不均衡は「裁定」によって消える。裁定というものは損することはないから裁定(arbitrage、鞘取り)という。だから、株式取引で100万分の1秒単位でそれをして利益を “確実に” あげるアルゴリズム運用は市場を席巻するはずだ。ところが、現実はそうなってない。参加者が増えると「不均衡」という魚は減る。トロール船を持つ経費(システム構築、運営コスト)をまかなうには魚群が必要だが、魚は群れるとは限らない。売買(流動性)の少ない銘柄の不均衡は割に合わない。だから無限には増えないのだ。

AIが自己フィードバックで改善を繰り返し、人間の知能を超える瞬間、いわゆるシンギュラリティ(Singularity)はそう遠くない未来にくる。2045年といってたのが2028年説まで出てきた。それが人間の生活はおろか生存にまで関わる変化をもたらす。僕もそう思う。しかし、それは人間の理解や予測を超えた技術的な変革が起こる状態が到来するよというだけで、それが起きる分野と起きない分野の色分けが進むという意味以上に意味があるかどうかはまだわからない。一日に何千銘柄もの異なる証券が数兆円規模で電子的に取引・執行される現代の証券取引所。人類が手にした最も巨大で効率的なこの市場にアルゴリズム取引が参入して20年以上になる。それは証券会社のトレーディング部門に変革をもたらしたが、人間の頭と手で売買・運用する手法は消えていない。黒船がやってきても釣り人は消えない。世界最大の釣り人であるウォーレン・バフェット氏はCEOを辞めたが、変わらず運用収益をあげてきたことはシンギュラリティを論じるケーススタディとして意味深い。

この説明はさらに大きなことを示唆している。合理的に聞こえるが事実はそうでないという事実の存在だ。人間という非論理的な存在が関与する分野で数学は完全なツールではなく、これはすべての経済学の永遠の壁である。裁定に不確実性はないが、裁定の利かない所には不確実性もチャンスもある。人間の介入でそのバランスが崩れると不確実性に比べ多めの収益が得られるという非合理なことがおきるのである。人間はその利益がなぜ得られたかをその刹那は知覚も解明もできないことが多く、事後的な説明の方便として「運がありました」と語るのである。その人がスピリチュアルにかぶれているわけではない。すなわち、「運」はそうした形でしか定義ができないものだが、確かに存在するものであり、それが「有機的な実体」の正体なのだ。

「運」は動的な存在でもある。いわば「放置されたタナぼた」だから見逃せばすぐ他人に食われ、ゲットするにはそれなりの速度と反射神経を要する。野球のインタビューで打者が「たまたまです」「いい所に飛んでくれました」などという。要は「運がありました」と言ってる。0.5秒で捕手のミットにおさまる速球を打者は最初の0.2秒で判断して振らなくてはいけない。ということは残りの0.3秒(6割)はバクチで振っていることになる。左の写真、イチローの目線はボールにないのをおわかりだろう。その顛末をふりかえれば、「運がありました」は正直な感想であり、経験者はこのことを体感として理解されるのではないか。

証券市場というバトルフィールドで育った僕はいまでもアタマだけは現役アスリートである。打者の空白の0.3秒なんてことはディールのプロセスのそこかしこにある。野球よりもっとある。だから本気で「ビジネスの8割は運だ」と言っているのである。去年はさっぱりだったが今年は何もしてないのに大漁だ。ということは「ほぼ10割が運である」というのがまぎれもない現在の体感であり、野球ならどんな投手の速球でも打ててしまうかのような気までしている。すると余裕が出るから失敗が減る。好不調の波は肉体だけでなく、こうした精神面からの作用もあるかもしれないが、ビジネスマンもアスリートもなぜ8割が10割に増えたのかまったくもってわからない。麻雀でも、何をしてもあがれない時もあればやけにペイパイが良くて何をしてもあがってしまう時がある。これを「流れ」と呼んだりする。流れが連続する確率は低いのだが、0.1%の確率であっても発生してしまえばそれはそれ。大企業の秀才クンも「もってますね」なんて形で運を認めることになる。空白の0.3秒をうまくマネージした人が、日米通算4367本の安打を打ったイチローだ。0.2秒の部分は誰もが目視できるから練習できる。メジャーで野球殿堂入りを果たしたのは、練習より才能かもしれない0.3秒のバクチ部分で彼よりうまくできる人は人類にいなかったという意味だ。我々は確率論だけで宝くじが当ったり株式投資で大儲けできるわけではないことを知っている。運は人によってあったりなかったりすることも知っている。ではその裏で増えたり減ったりしているものの正体は何だろう?これに答えた人はいない。ただ、ひとつだけ、誰もが経験的、直感的に知っていることがある。それが「波」であることだ。

まずはじめに述べたい非常に興味深いことがある。「波」(wave)というのは振動だが、「何が」という主語を物理学が問わないことだ。気体、液体、固体のどれであれ、それが振動して起こす波を「音波」(Acoustic waves)と定義するからであり、水の波まで「音」という概念を使うのには僕は違和感を覚える。ヴァイオリンの弦は張力と質量によって固有の振動(周波数)をもっており、ピタゴラスは振動する弦の長さと音の関係を調べ、音が協和するときには弦の長さが整数倍になることを発見した。”音響共鳴” と呼ぶ美しい数学的調和である。音波がエネルギーを運ぶことも注目だ。ガラスには自然共鳴があるため音波によってワイングラスを割ることができ、ローマ歌劇場でゲーナ・ディミトローヴァ(ソプラノ歌手)を間近で聞いたら鼓膜にビリビリ来て身体の危機感すら覚えた。音楽による感銘には数学の美とエネルギー伝播という物理現象も関わっている。波(波動)が人間に与えるインパクトは計り知れない。

文学を見てみよう。鴨長明は方丈記を「ゆく川の流れは絶えずして」と始め、「しかももとの水にあらず」と、同じ川に見えるが同じものではないと看破している。さらに、「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」と人生、歴史の波を感慨をもって俯瞰している。前者は分子論、後者は量子論に通じており、800年前にこれだけの考察をしてのけた洞察力には驚く。同時期に書かれた平家物語の「諸行無常」も、平氏が滅び源氏が勃興した盛衰の「波」だ。筆者(不詳)も鴨長明と同様にそれに感慨を覚え、多くの人をワイングラスのように自然共鳴させ現代にいたるまで伝承されてきたのだろう。揺れ動く実体(substance)が水であれ人であれヴァイオリンの弦であれ、物理的なものであれ非物理的なものであれ、「波」というものはいたる所に発生し、それが人を共鳴させて揺れ動かし、悲喜こもごもの感情を喚起し、文学や芸術を生み、人間という非論理的な存在をますます非論理的にしてきた軌跡をうかがえば、物理学の「音波」の定義は中々奥深いねと首肯すべきものかもしれない。

方丈記が書かれたのは1212年。平家物語は仁治元年(1240年)に藤原定家によって書写される以前の成立とされ、ほぼ同時期の作品だ。冒頭に書いたシンクロニシティ(意味のある偶然)は僕がゴキブリのブログを書いたら娘の部屋に出たみたいに、「複数の出来事が意味的関連をもって非因果的に同時に起きること」だ。「人間の意識は深い部分でつながっており、交流している。この全人類がつながっている意識を『集合的無意識』(collective unconscious)といい、我々はそこからさまざまな影響を受けている」としたのは心理学者のカール・ユングだ。それは人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域で、二人が同時にそこにアクセスするとシンクロニシティがおきるといわれる。意識は脳波だが(意識障害は脳波で観測される)電磁波ではないからアクセスの媒体はわからないが人々は何らかの波、もしくは量子的な波で共振しており、意味のある偶然がおきる。脳は宇宙にある膨大な量の情報エネルギーの “受信器” だという説があり、そのフィールドにあるメモリーがアカシックレコードだという説もあることは後述する。占星術を傍証として取り上げたユングの『集合的無意識』の存在には僕自身が共振するものを感じる。当時は知らなかったが、チューリヒで住んでいた家がユングの診療所のすぐ近くだった偶然もシンクロニシティだったのかもしれない。

目の前にいてもいなくても、人と人との間では音響共鳴がおきている。例えば、いまブログを読んでくださっている皆様は何らかの関心を持って下さっており、僕とは快く感じ合う整数倍の波長をお持ちなのかもしれない。著者と読者の引き合いは昔から本や雑誌であったが、双方向メディアであるネットの普及がそれを変え、その劇的な効果は昨今の都知事選、参院選で誰も無視できなくなった。ちなみに僕にとってブログの発信というものは皆様にほめてもらおうとかお金を払ってもらおうとかいうものとは無縁で、未知の異星文明に向けてメッセージを送り、地球外生命体(E.T.)に地球文明を発見してもらおうという名作SF映画「コンタクト」のアクティブSETI計画のようなものだ。皆様を宇宙人扱い?する無礼をお詫び申し上げなくてはいけないが、実はそれがそう失礼でもないことは後述する。つまりこれは実験であり、双方向メディアだからできる。発見した最大の事実は、僕は現世的な快楽、利益より実験が好きだということだ。バロメーターはPVの数値(受信数)だ。面白いことに、「これを書こう」という衝動(こめる波動の振幅)が大きいとPVはより増える傾向があることがわかった。それはコンテンツや文章の是非という曖昧なものでなく、発信側の喜怒哀楽のパルスの強弱というそこそこ数値化できるものだ。点数が高い方が多く読まれるのだ。本や雑誌ではできないリアルタイムの検証ツールが与えられたわけだ。

パルスとは聞きなれない言葉だが、ここでは日本語で「気合い」というものだ。「気」が「合う」であり、それを入れたり入れなかったりできる。グラウンドでこの言葉でどれだけ先輩に罵倒、叱咤されたことか。「気」は、少なくとも野球場では「敵を圧する強靭な意思と集中力」だ。先輩が入れろ!と怒鳴ってるそれは呼吸だ。それを止める。どんな競技でも力を籠めるインパクトの瞬間に息を止めない人はいない。では「息」とは何か?呼吸のパルス(波動)のことだ。大勢が一斉に動く時に「せーの」と息を合わせるあれはパルスを合致させて力を最大化させる号令である。それを一人でする時に、息を止めて肉体と気(精神)を合一させる。すると最大のパワーが得られるのだ。しかしブログは静的なもので、スクリーンから僕の息、パルスが伝わっているわけではない。気合いを入れて書いたものとそうでないものとに数値化できる差異はない。では何がPVの数値(受信数)を増減させているのだろう?

ここでやっと「スピリチュアル」(精神世界、spiritual)という言葉にたどり着く。大きな飛躍に思われるかもしれないがそうではない。むしろ、ここに仏教もキリスト教もない、より広大で包括的な理論とすら思える思考領域が見えるのである。spiritual とは  material (物質的)の反対語で、形のないもの、霊、魂、精神に関わるものという意味だが、語源はラテン語の spirit だ。これが、いみじくも、「息」の意味なのである。その派生語に inspire があり、「触発する」という意味だ。in + spireだから「息を吹き込む」ことで、似てはいるが影響する(influence)でも鼓舞する(encourage)でもない。喩えるなら、 inspire は演説で群衆を奮い立たせたり、指揮者がオーケストラを燃えあがらせたりすることがまさにそれであって、影響、鼓舞にはないスピリチュアルなエネルギー注入というニュアンスが大いにある。僕が目撃した指揮者のうちで最も inspiring だったのはカルロス・クライバーだ。ベルリン・フィルのみならず我々聴衆まで彼の魔法にかかり、もう二度とないと確信する体験をさせてもらった。そこで鳴ったのはブラームスの第四交響曲だ。何百回も聴いているそれの音響だけであんなことは断じて起こらない。しかし物理的に加わっていたものは何もない。

オカルトっぽく思われる人がおられても無理はない。しかし0.1%の確率であっても発生してしまえば問答無用なのだ。この議論がオカルトでないことを僕は materialism(物質主義)の観点から述べなくては証明にはならないだろう。それが、以前にも書いたシミュレーション仮説というものだ。イーロンマスク氏やホーキング博士も信奉する、我々の宇宙は超高性能なコンピューターによってシミュレートされたものであるという仮説だ。さらに、僕はこの理論は物質世界(物理学が説明できる世界)と精神世界(それができない世界)をアカシックレコードの存在という仮説を通じて包括できるかもしれない大理論であると理解している。それについては、このサイトが分かりやすい。

https://pekospace.com/akashic-records/

僕は毎日、ブログを読んでくださる3千人ぐらいの皆様からエネルギーをいただいている。なぜなら皆様はおそらく、僕と波長が整数比に生まれた方々であり、物理現象としてワイングラスのように “自然共鳴” して下さっている。それが今度は僕を自然共鳴させるという形で皆様と衝動(impulse)のキャッチボールをしている。意識も体感もないが、既述のように我々の脳は “受信器” であって、アカシックレコードを介して交信している。信じようと信じまいと我々人類はそのように創造されており、信じはしないが感知はしたり結果的にそう行動してしまっている一部の方々は、ある意味で不承不承に仕方なく(時には哄笑を浮かべながら)、そういうものを「スピリチュアル」と呼ぶことだろう。お互いの脳内での交信だから、間にスクリーンが介在しようとしまいと波動を感じ、そのシンクロニシティ現象(意味ある偶然の一致)を愛でている。わかりにくいと思うので例を挙げると、僕の音楽関連のブログは、自分の読みたい音楽評論が世の中に存在しないので自分で書いておこうという衝動によって書かれている。いま読み返すと、中味はわかっているのにあたかもシンクロニシティを得たかのような快い感覚に浸れるのである。これは自己愛でなく物理現象である。それが何を示しているかというと、自分が発信したものを時を経て読んで感じるもの(feeling)は、他人が書いたものを読んで感じるもの(feeling)とかわらないということだ。逆に、いま僕が同じテーマで書かされたら同じブログにはならないということもある。なぜなら時を経て、構成する細胞からなにから別な人間になっているからだ。つまり、本稿を明日に読み返して僕が感じるものは、皆様がいま感じているものとかわらない。すなわち、誰もが外界に発信したものはその瞬間から他者化、客体化し、宇宙のデータベースに取りこまれ、合体していると表現しても矛盾はなかろう。

とすると、今この瞬間も、刻一刻、地球上で発信されるすべての情報は宇宙データベースに堆積しつつあるはずだが、そんな巨大なメモリーを持つデータセンターが一体どこにあり、その作業をする無尽蔵に膨大なエネルギーはどこから来ているのかというとてつもない疑問が生じてくるのである。もしそれが存在するなら、それは高度な文明による “造作物” であって元素や星といった自然物ではなく、それが昨日今日にできたとは考え難い。つまり、創造主は人類の知性をはるかに上回る知性の持主であり、その知性は我々よりはるか以前から存在し、進化していたと考えるしかなくなってくる。このことを考察する場合に引き合いに出される著名なものさしとして「宇宙文明の発展レベルを示す指標」(カルダシェフ・スケール、Kardashev Scale)がある。いかなる文明の存続・進化にもエネルギーが必要であり、その利用範囲によって文明を段階的に分類しており、拡張案や修正案などを含めると、一般的には以下のように定義されている。

タイプ1文明:自分の惑星で利用可能なエネルギーを使用できる

タイプ2文明:自分の恒星や惑星系で利用可能なエネルギーを使用できる

タイプ3文明:自分が所属している銀河系で利用可能なエネルギーを使用できる

タイプ4文明:複数の銀河系で利用可能なエネルギーを使用できる

我々人類の文明は、狩猟採集社会を含むタイプ0から進化して、およそタイプ0.75とされており、現在の科学技術が順調に発展し続ければ、数百年後にはようやくタイプ1に到達すると見込まれている。タイプ4文明から見ればタイプ0.75か1かはミミズとゴカイの違いほどにすぎないだろう。宇宙データベースは銀河系をまたがるエネルギー源を必要とするからタイプ4文明の概念・産物でなくてはならず、最大の時間軸を想定するなら宇宙データセンターは137億年前に工作され宇宙が誕生してからの全メモリーを蓄積していることになる。

話の足元を現実に戻そう。先日にあるIT企業を訪問したが、同社は集中型データセンターにおいてAIデバイスがムーアの法則が想定しない計算量を処理して発生する高熱に対処できないことに対するソリューションのプレゼンをしてくれた。熱処理(冷却)は複数のスーパーコンピューターを直列に配列するビットコインなど暗号資産のブロックチェーンにおけるハッシュ計算でかねてより問題になっていたが、自己学習型人工知能デバイスをマルチに接続すると計算量は自動的かつ制御不能的かつ等比級数的に増大することでその問題は地球規模の、すなわち最先端にいるGAFAMでさえ莫大な新規投資を必要とする課題となっていることが理解できた。

いま僕はその解決策やファイナンスの問題を論じているのではない。述べたいのは宇宙データベース、および、具体的なデータを蓄積するスペースとしての宇宙データセンターの存在可能性だ。そして、それが存在するという説を支持する仮説は、まさに前述した説の「最大の時間軸ケース」であって、メモリーの堆積物はアカシックレコード(物理的な形を持たない情報の集合体)であり、堆積の結果できたのではなく、実は137億年前の宇宙の創成期からディファクトとしてすでに存在していたというものだ。さらに想像をたくましくして、それは宇宙を創造した何者かが使用したコンピューターのディファクトとして装着されていた機能にすぎないと僕は解釈している(なぜ光速が秒速30万キロメートルかというアインシュタインも解けなかった問いの答えもそれだ)。

先述したように宇宙空間には膨大な量の情報エネルギーが存在し、それがアカシックレコードの正体である可能性が浮かび上がっており、その存在は、異次元や宇宙エネルギーの中に位置すると同時に、人間の潜在意識(スピリチュアル世界)にも存在する可能性があるという説がそれだ。それを造ったのが人類でないのは明らかゆえ、アカシックレコードの存在を信じるということは必然的にタイプ2以上の文明の存在を信じることであり、それが地球にはないことは事実であるから必然的に地球外生命体(Extraterrestrial life、E.T.)の存在を認めることになる。人類(ホモ・サピエンス)の発祥は最古でも40万年とされる。宇宙が生まれた137億年前を1年前とすると、人類が現われたのはわずか15分前だ。E.T.(宇宙人)の存在を否定するなら、広大な宇宙で人類誕生というイベントがなぜ364日と23時間45分のあいだ起きなかったのかという問いに答える必要がある。それはフランツ・カフカの「変身」を喩えとして借りるなら、ある日の朝に目覚めたらひとりぽつんと火星にいたと想像するほど奇妙なことだ。

この議論は、「あらゆる物質は原子や分子が固有の情報を持っていてそれがアカシックレコードを成す」と考えると氷解する。原子や分子はビッグバン直後から宇宙空間にあまねく存在している。よって、人類は猿からダーウィンの進化論的に進化したのではなく、137億年前から誕生がプログラムされており、それが何らかの理由で40万年前だったのだ。人類は宇宙とアカシックレコードを造った知性(E.T.)が類人猿におこなった遺伝子操作実験による創造物であり、すなわち我々自身もDNAの一部が “宇宙人” なのであり、天から宇宙船に乗って降りてきたE.T.を人間は神と称え、それにまつわる物語を宗教として信仰している。まだ知性も理解力も描写力も未開であった人たちが、4つの車輪をもち火を吹く宇宙船で地に降り立ったE.T.を神と信じ、紀元前3500年前後のこの事実を文字に落し、それが旧約聖書のエゼキエル伝となった。神学と科学が分離してゆくルネサンス後のヨーロッパにおいて近代精神が支配的になっても、これら聖書の記述は敬虔な信仰の対象であり続けてきたことは変わりない。科学的思考と併存する威厳ある領域としてギリシャ神話(mythology)があるが、我が国の天孫降臨も含め空から生身の人がおりてくることは0.1%の確率ですら科学的な蓋然性を証明できない。シミュレーション仮説やアカシックレコードをオカルトと論じる人が旧約聖書をどう論じるかは興味深い。このことは先述した「運が80%」に対する大企業のインテリのリアクションの相似形であることを付記するにとどめよう。

ここから先は僕の空想であり、本稿のエピローグである。我々が人類なるものであり、ここにいることは、デカルトほどの知性が「我思う、ゆえに我あり」と記すしかなかった不可思議である。彼はいわば、ある日の朝に目覚めたらひとり火星にいた景色を想像できるアカシックレコードとの交信者であったともいえる。我々が日々眺めているこの世というものはすべてE.T.がプログラムを作成したVR(バーチャル・リアリティ、仮想現実)である。我々はスーパー・マリオのキャラクターのごとくVRスクリーン上の登場人物であり、我々の脳はVRを現実であると認識するよう五感をプログラムされている。E.T.はマウス操作でスクリーン内に自由に関与でき、キャラクターに接触でき、バベルの塔を建造して壊したり、ノアの洪水をおこして殺戮したり、何トンもある石材を積み上げてピラミッドを造ったりの作業がマウスのドラッグとクリックで苦も無く行われた。ギザの大ピラミッドにおいて、底面の周長を高さの2倍で割ると円周率になり、底面積に対する側面積の比は黄金比であり、底面の1辺を 480 倍すると地球の1緯度の長さになるようにしたのは、人類が建築法、幾何学によっていつ発見できるか観察するためである。我々は水槽の熱帯魚のようにE.T.に観察され、保護されている。

アカシックレコードではないが、五千年前に書かれた文字と現実の自分が合っている(合一である)ことを教えてくれる不可思議な世界がある。インド仏教による『アガスティアの葉』(Nādi Astrology)だ。個人に関する予言が書かれているとされるヤシの葉の貝葉の写本の一種で、現代に生きる我々を含むすべての人間の誕生から死までが古代タミール語で書かれており、僧侶がそれを探し出して読んでくれる。本稿を書くに至ったのはその体験からだ。

『アガスティアの葉』がオカルトでないと言い切る自信はないが、今回の体験を経て、アカシックレコードはシミュレーション世界の全データベース(宇宙図書館)に相当し、アガスティアの葉はその個人パート(すべての人間の伝記)が書かれたものだろうという理解に僕は落ち着いた。

右手親指の指紋を送り、朝7時に南インドの仏教のお坊さんと通訳とZOOMで対面した。まず生年月日、時刻、血のつながった家族に関わるYes、Noの質問が延々とあり、両親の名前を言いあてられ、1時間ほど候補である葉っぱの束を探し、さらなる質問で絞り込んでいく。見つかった。1時間ほどかけて我が伝記が読まれた。持っている因果につき占星術的な背景があるが知識不足で理解できなかった。仏教は輪廻を説くから肉体でなく魂の過去なのだろうか僕はパキスタンの権力者の娘だった前世があるらしく、現世では人々に無償の施しを行い、人々の病気を防ぎ、人々の資産を増やし、大自然のなかにユートピアを作る使命を持って生まれてきているらしい(やけに重たい)。半信半疑であったが、性格、長所、短所、人生の転機の時期はほぼ完璧に当たっている(あてずっぽうでここまで当たるとは思えない)。次に人生の流れ、運気、病気とその年齢。これはわからない。ただ、決定的なのは、自分しか絶対知らない事実が出てきたことだ(それが五千年前に書いてあるなら僕はまさしくスマホ画面で踊っているゲームのキャラクターにすぎない)。「80億人分の葉っぱがあるんですか」と質問した。「探しても見つからない人がいます。東さんは開きに来ることも書いてあります」だった。

最後にご縁の話だ。アガスティアの葉については神山先生の診療室で鍼灸師の方から聞いたことがあり、おざなりに知ってはいたが、やってみようとなったのはいま始めようとしているビジネスのご縁が発端である。そうであればそれがうまくいくか否かを知りたくなったのだ。そのビジネスはまた別の、それも10年以上も前のまったく脈絡もないビジネスから出てきたもので縁が縁を招くという何らかの因果の結果である。このありがたい事実の意味深さをいまかみしめている。AIのラーニング機能のごとくそれは自己増殖してくれるようであり、ではご縁とは何なのか、縷々述べてきた宇宙の構造の理解とどう関わるのか、いまは書かないでおく。ここまで来るのに15年を要した。それが長かったか短かったかはこれから結論が出るだろう。

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記憶に焼きつくことになった三連休の最終日

2025 JUL 22 9:09:42 am by 東 賢太郎

次女と近場でランチに出たが、陽ざしの強さはかつて住んだ香港なみだ。後で調べると都心の最高は34.3度だったようだが日本と思えない。食事しながら、彼女が幼稚園から小学校低学年までをすごしたヨーロッパでどこがよかったかの話になった。思えば実にあちこち家族旅行したものだ。覚えているのとそうでないのがあるようだが、少しでも記憶があれば大事な思い出だろうと思い地名とエピソードを伝える。するといまどきの情報収集速度で瞬時にググって「ここ?」と返ってくる。「そこだよ。お薦めだ、行ってごらん」。

僕は多分もう行かないが、子供たちはきっと行く。そこに立って何を想うだろう。その地に立って歴史をふりかえるのが趣味だが今はその地の未来を空想してる。これも大いなる楽しみだ。記憶の中でギリシャの島でもスイスのベルナー・オーバーラントでも瞬時に行ける。宗教画にある妖精、スピリットはこれの可視化だろうか、素晴らしい魂の自由さである。写真があるところもないところも親の話を聞いておかないと後悔する。僕は16年も日本におらずその機をだいぶ逸した。先日のクラス会でも、そんなことがあったのかという思いをずいぶんした。聞いておいてよかった。子供にはできる限り残してあげたいと思った。

次女については、親が言うのも変だが瞬発力と機動力はいっぱしで屋久杉も富士山登頂も軽々、英語はネイティブ、コロナの真っ最中にひとりフランスへ飛んで行ってケロッとMBAを取ってくる。あんまり苦労してる観はなく、そういう点で間違いなく親を凌駕している。こうなってほしいと枠にはめたこともないし勉強を教えたこともない。ピアノも弾くがジャンルは違うしそれでいい。自分もそう育ててもらってこうなったし、今や何の不足もなくて幸福であり、子供たちも三人三様の個性になった。それがなによりだ。全員に言っている。ほかに何も望むことはない。三人とも素晴らしい人生を生きてほしい。

夕刻に家を出て神宮球場にむかった。何年ぶりだろう。真夏のここで目撃したゲームというと、2017年、カープが8-3で負けている最終回に6点取ってひっくり返して9-8で勝った「七夕の悲劇」がある。まさかゲーム終了後にそれを思い出そうとは想像だにしなかったが、こういう結末になった。

三塁側ベンチとネット裏の間16列目で良い席だった。昨日カープは8-7で負けてる。今日も打つには打ったが期待の林が5回に放ったレフト中段への3ランがあってこそだ。結果としてだが、毎回の13安打で7四球もらった20出塁で6点という物足りなさは5回時点で予兆があり、特に、先発メンバーで肝心の5番が長打のない野間という完璧に意味不明な起用のせいであったのだ。林のホームランで、喜びも束の間「昨日も一発放ってる林がなんで5番じゃなかったんだ」と怒りがこみ上げ、三塁側スタンドの歓喜の大騒ぎの中で十分に酔っぱらっていた僕は「なんで5番が野間なんだバカヤロー」と昭和のファン並の罵声をベンチにかましていた。

ヤクルトは主力が不在中に若手が覚醒している。7回に中崎から1点取った伊藤、赤羽のヒットがそれだ。一方カープは記録には現れてないが1回の二遊間のゲッツー逃しの凡ミスで先発床田が29球を費やす羽目になり、山田にパームボールをツーランされて3点差となって6回97球で交代となったのが痛かった。久々に生で見たせいもあってヤクルト先発のランバートの152kmの速球は到底人間が打ち返せそうもないほど怖さと迫力を感じたが、打てん打てんと文句を言ってるカープの打者がそれを打つんだからやっぱりプロは凄い。

最終回。ハーンの154kmはド迫力だったが古賀、益田珠が難なくはじき返したのがリードに効いたんだろうか。打たれたのは中途半端な高めだから低めの154kmで押しまくれよと念じていたが、二死一三塁から赤羽への初球は甘めの変化球だった。それをレフトへすくい上げた大飛球。球はポール際で跳ね返りフェンス直撃かと思ったがファビアンは追わず何があったか見えなかった。審判の協議中、ポール近くのカープファンが帰りだしており、ビデオでもよくわからずたぶんポールに当たったんだろうと諦め、やっぱりサヨナラ3ランということで幕切れとなった。仕方ない、打った赤羽があっぱれだ。カープは林と、昨日凄まじいライナーのホームランを左中間に叩き込み、今日も2ベースを放ちショートで好捕をした二俣を激賞したい。二俣クン、きみは西武の監督だった秋山みたいになれる。頑張れよ。

6回に小園のタイムリーで6-1となった時点で楽勝ムードだった。油断大敵、勝って兜の緒を締めよだが、そのまま終わってたらこのゲームは数日で忘却の彼方に消えたに違いない。ありがとう、一生忘れない日がまたひとつ増えた。

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日本民族の宗教観はスピノザ的である

2025 FEB 21 21:21:42 pm by 東 賢太郎

金星が明るいです。西空に高いです。2月15日に1等星の100倍の明るさになりました。なんたって目立つし、夜明けに出たと思えば宵にまわったり、位置も明るさもコロコロ変わる金星は子供心に気を引かれる存在でした。天文図鑑によるとどうやら地球の兄弟らしい。位置が微動だにしない北極星やオリオン座はというと、こっちは遥か遥か遠くの存在で、太陽はその仲間のひとつであって地球はその周りを回っている。そういう遠近感というかスケール感というか、気絶するほど巨大な空間が頭上に開けているというぴんと張った感覚。これが頭の中にプラネタリウムみたいに設定され、空間は英語でスペースですからそれがいわゆるひとつの “宇宙” であって、僕にとってそれは宇宙人とか宇宙戦艦ヤマトとかそういう類いのものではなく、すぐれて「静的な物質的存在」であり、いまでもそうあり続けてます。

そうすると、たまたま生まれた地球と呼ばれる物体の、その上に立って、いま空を眺めている自分は誰なんだろうという謎かけのような漠たる疑問が自然と泉のように湧き出てきたのです。それが何歳ぐらいのことだったかは覚えてませんが、ここに書いた学園祭の出来事が7才なのでそれよりは前でしょう(99.9%の人には言わないこと | Sonar Members Club No.1)。とても大事な理解は、その疑問は天文学や物理学では解けないということです。星を素粒子まで分解して解明しても、どうしてそれが「在る」のか、どうしてそれを在ると判断している自分(の意識)が「在る」のかは説明できないからです。それを解くにはどうしても哲学に踏みこむ必要があるということを、13年後に、その学園の講義で知ったのです(ハイドンと『パルメニデスの有』 | Sonar Members Club No.1)。さらに後になってショーペンハウエルやデカルトの本を読みましたが答えは書いてない。ところが、やっぱり同じことを悩んだんじゃないかと思える男の本に出会って勇気づけられたのです。それがオランダの哲学者スピノザ(1632 – 1677)のエチカです。

デカルト(1596 – 1650)については私見を述べました(学校で学んだことでなお残っているもの (3) | Sonar Members …)。スピノザはその方法論の偉大な後継者です。アムステルダムの富裕なユダヤ人貿易商の子に生まれますが、聖書、ユダヤ教と異なる宗教観を唱えたためにコミュニティで異端者扱いされ、シナゴーグから石もて追われます。父のビジネスも負債だらけで立ちいかなくなってしまい、やむなくレンズ研磨で生計をたてますが、怯むことなく自己の哲学を「エチカ」-幾何学的秩序によって論証されたに総括して2年後に45才で世を去りました(ちなみにレンズ研磨者としても欧州最高の1人で、顕微鏡を作った “微生物学の父” レーウェンフックのレンズは彼のもの)。そうしたエンジニアに通じる知性はエチカの副題に明白で、ユークリッド幾何学的な体系をとった演繹法でロジックを積み上げる様は壮観であります。まず尋常でないのは高等教育を受けず独学でエチカを書いたこと(音楽ならモーツァルトに匹敵する天才と思料)。次に、自ら宇宙の謎を解き確信に至った信念をもって聖書の「神」という既成概念をぶち壊したこと。ユダヤ教であれキリスト教であれ神は当時の万人の精神的基盤であり、王侯貴族の権力のフェークのレゾンデトルであり、さらに世俗的には膨大かつ強大な宗教シンジケート構成員の飯の種であった、それのアンチテーゼを唱えるのはガリレオ・ガリレイの例を引くまでもなく身の危険があり、現にスピノザも殺されかけました。緻密なロジックを積み上げたのは信念の正しさへの自省であると同時に、既成勢力の攻撃に対し反論するなら来いと身を守る屈強の鎧(よろい)でもあったと考えます。

第一部「神について」の根幹「すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物もありえずまた考えられない」(定理15)という非人格的な神概念の設定は斬新です。ゆえに無神論と攻撃されましたがデカルトの前例があり誰も有効な反論はできなかった。神がすべての結果の原因で、しかも自らは何の原因も要しない万物の内在的原因であり(神即自然)、万物は神がそうあるべく決定した通りにあってそれ以外のあり方はない。自然に偶然はなく原因のみがあって目的というものはない。つまり人間が自由な意思で目的を持って行動することで世の中は成り立っているという目的論的世界観を全否定したのが画期的です(人間があると思っている自由は実はない)。つまり思惟(観念)の世界と延長(物質)の世界に因果関係はないが、ほぼ同時に起きているのは両方とも神が造ったから(心身平行論)とします。北極星やオリオン座が在る理由はなく、神がそう決定した通りに在り、空を眺めて自分は誰なんだろうと漠たる疑問に困惑している自分も神がそう決定した通りに在る。この宇宙観は一見すると人為的ですが、そう仮定することで解はここにあったと腑に落ちる(包括的整合性がある)ことから信奉するに至りました。

何が腑に落ちるかというと、観念も物質も、意思も行動も、物質も精神も時間も因果も感情もすべて神が決めた(”プログラム” した)とするならシミュレーション仮説とも、量子力学とも、ゼロポイントフィールド仮説とも、ヒンズー教由来のアカシックレコードとも根本的なところで矛盾しないからです。我々が観測できる宇宙は質量の4%しかなく96%は正体不明のダークマター、ダークエネルギーであることがわかっていますが、量子論の二重スリット実験のごとく観測によって見えなく(ダークに)なる物質かもしれず、在るのかないのか、在るならば物理的に何か、何のために在るかを考えても意味はなく、何の因果関係もない我々の思惟(観念)が正体を見出すことはない、何故なら神がそのようにプログラムを書いたものだからというものかもしれません。その前提で僕がイメージするのはスタニスワフ・レムがSF『ソラリスの陽のもとに』で描いた「海」の汎宇宙版で、小説ではそれは意志をもって人間をトリックするのです。そのトリックは異常に(非現実的に)リアルであって、まるで生身の人間(死んだ彼の妻)という記憶や触感を伴った三次元ビジョンが人間に観測できる、つまり思惟(観測)させることができる、だから、そのことにおいて自分も存在する(我は思惟しつつ存在する)。この小説は映画化され、それを観て漠たる恐怖を覚えたのですが、1度目は何が怖かったのかわかりません。もう1度見返して、根源はそこにある、つまり、トリックして最後は自分を殺す犯人は実は自分だという所にあったことに気づきます。これは量子論のマルチバース(多宇宙)の置換のようでもあり、量子論と対立したアインシュタインも「信じるのは人間の運命と行動に関心を持つ神ではなく、スピノザの非人格的な神である」と述べているのだから包括的な哲学というしかありません。僕も長年星を眺めてきた直感から唯一絶対の神の存在を確信しており、複数ある宗教はその表現の多様性であって同じ富士山を四方八方から眺めていると考え、決して無縁ではいられず怖ろしさを体感し、しかしそれを考えるのは無為なことと観念しているのです。我が家は浄土真宗ですがそれは先祖がそうだったということで、個人的には何教徒でもなくスピノザ的な非人格的な唯一の神を信じ、神社でも寺でも教会でもいかなる宗教施設においても、その絶対的な存在(being)に祈っています。

以上のようにスピノザの哲学は神即自然(汎神論)といえるものであり、徹底した西洋の合理主義の産物ではあるのですが、一方で、我が国の「八百万の神」(自然界のあらゆるものに神が宿る)という神道にも通じるように解せるのは大変興味深い。神道はすべてのものに魂があると主張するアニミズムとされますが、それは生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは精霊が宿っているという考え方です。八百万(やおよろず)という言い方が象徴しているように“神”は民衆の周囲にあまねく存在するもので、姿かたちがないがないため「祭礼の度ごとに神を招き降ろし、榊・岩石や人などの依代(よりしろ)に憑依(ひょうい)させることが不可欠」でした(憑き物になるという考えは能、狂言にも現れます)。何にでも憑くゆえに「八百万」であるのです。明治政府によって国家神道となって神社ができてもご神体がないのは、姿を特定できない以前にそもそもが汎神論的であったことが理由ではないでしょうか。

だから神道は偶像を拝む仏教とは水と油であって、便宜的、慣習的シンクレティズムである神仏習合は本来不可能なのです。当初は理解が浅薄で、神仏をも丸呑みしてしまうほど日本人の宗教観はおおらかで “多神教的” なのだと考えておりました。恐らく、現代の多くの日本人はそう考えているのではないでしょうか。しかし、「鰯(いわし)の頭にも信心」は鰯を拝んでいるのではなく、対象となる神様(精霊)に鰯という魚の精神的な性質を見出して拝んでいるのでもありません。そこに精霊である神様が宿っており、何に宿っていようが「精神的本質が統一されている」と感じるから拝んでいるのです。ということは、古来の神道は「すべて在るものは神のうちに在る、そして神なしには何物もありえずまた考えられない」(エチカの定理15)に該当する汎神論(すべてのものは、それぞれの精神や魂を持つのではなく同じ本質を共有している)であったと考えられないでしょうか。多神教とは神の類似品が多くあるという意味です。多が大きくなれば無限であり、無限とゼロは数学的に等価ですから無限の多神教は一神教だからご神体がないと考えられないでしょうか。

本居宣長 (1730-1801)

神道の存在は江戸時代に本居宣長らの国学者が古道として再構成し、明治政府が国家という新統治概念の思想的背景として統一するまで歴史の表舞台にはあまり現れませんが、脈々と日本人の精神構造の中で生き続けていました。僕は香港に2年半住んでいる間に東南アジア主要国はほぼ訪問したのですが、寡聞にして、日本人はアジア人であるからどの国民ともある程度は同質的だろうと思っていました。しかし、知れば知るほどそうではないのです。皆さんご自身でお考えになってみてください。古来より「清めの文化」が日本だけにあるのはなぜでしょう?中国、韓国、シンガポールのトップスクール(最難関大学)の男女比はほぼ50/50ですが日本だけ80/20なのはなぜでしょう?そして、なぜどれだけ武士の天下になっても万世一系の天皇が脈々と続いてきたのでしょう?

Baruch De Spinoza

以上から僕は日本民族が根底で共有している宗教観はスピノザ的な側面があると結論しました。同じ聖書を信じながら偶像崇拝を禁じるユダヤ教、イスラム教ではなくそれを許容するキリスト教が欧州世界を制覇し、日本でも偶像のない神道は仏像を許容する仏教と混交することでて徳川幕府の統治の道具となった。即物的に見れば、人間がビジュアルに弱いという盲点を突いた宗教が栄えたといえるかもしれません。しかし、「北極星やオリオン座がなぜあるのだろう」という疑問に答えるためには、統治に使えるか否かは何らの貢献もありません。伊勢神宮、明治神宮、靖国神社の存在に我々は国家という認識を否応なく付加していますが、神道の精神は皇室にとどまらず、国家がなかった時代から民衆のプライベートな空間で仏教や祖霊信仰と混交しながら心の深奥に脈々と根づいて途切れませんでした。それは例えば家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る習慣だった初詣(はつもうで)が、それをしない日本人はほとんどいないほどの国民的行事になっていることからも伺えます。神道という日本人の民族性の根幹は僕の知る限りどの外国人にも一切見られぬ特質、美質であって、国家が国のかじ取りを誤ろうが未来に途切れることがないスピノザ哲学の如きレジリエンス(弾性エネルギー)を有することを確信しています。政治がいくら堕落しようと絶対に触ることのできないサンクチュアリのようなもので、日本よりもっと堕落する可能性のある世界の政治状況の中に置かれても、北極星のごとく不動の位置を占め続けることができるということです。

最後に、今を時めくイーロン・マスク氏です。彼は履歴を見るに資質的に理系的、エンジニア的人間と思われ、ペンシルベニア大学ウォートンスクールで物理学士と経済学士を1995年取得したと主張し、学校は2年後の1997年に授与したとしているようです(wikipedia)。物理と経済のダブルは日本では東大理学部数学科に入って経済学部に転入した日銀の植田総裁しか知りませんが、別に変わり種でも二刀流でもなく、経済学は日本的仕分けなら理系学問でその仕分けの方が変わり種なだけです。そんなことよりマスク氏が専門バカではなく哲学書も読みこんでクロスオーバーな関心をもっていることのほうがよほど重要です。こういう人は日本ではあまり見たことがありませんがGAFAのトップは口を揃えてビジネスには数学と哲学が大事と発言しており、日本人とは最も精神構造が異なると思える点です。縦割り社会のそれぞれでトップになろうという人と、宇宙原理を解読しようという人は人生のモチベーションがまったく違います。クロスオーバーもクロスボーダーもへったくれもないわけです。彼がそういう学習プロセスを経て自分なりの哲学を確立し、それをビジネス化していることに注目です。

https://youtu.be/YRvf00NooN8?si=_vleSRZkwr6Oh-HT

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生きてるのが恥の大失敗が生んだ “それ”

2025 FEB 4 1:01:41 am by 東 賢太郎

60才の還暦は十二支が一周する天文現象だと思っていました。それでも思うところはあって、50代の最後にと一人で屋久島に行って千年杉に挨拶してきました。古希ぐらいになるともうわけわかんなくて、それが70才なの?それ俺のことかなという程度です。こんな古くなるほど生きるのは希(まれ)って意味ですが10キロ走れるうちは死ぬわけないだろと思ってます。土曜は従妹夫妻が自宅で手料理で祝ってくれました。料理は前菜からプロ級でメインは好物の牛ホホ肉の赤ワイン煮込み。二日前から煮てムートン78年を合わせてくれ深謝しかありません。

先日は近くのファミレスで子供3人と食事しました。4人でというのは久しぶりでワインが回り、いきおい各自の出産の時の話になります。「隣の病室にいたんでしょ?」「とんでもない、ちゃんと立ち会ってたんだよ」「ええっ、ホント !!」。こっちがびっくりです。妻はそれどころじゃなかったんですからね、お父さんのことだからそうよって語られてた。すると「じゃあ3人の名前はどうやってつけたの?」ときます。これも言ってなかったのかとびっくりで、正確に伝えました。すっきりして帰宅すると猫もお祝いのお出迎えです。つれていってピアノを弾いたまでは覚えてますが、階段の途中で酔っぱらって寝てしまってひと騒動だったようで油断はなりませんね。

子供たちに言ったのはこういうことです。人生の長いレースで誰しも壁に当たって「もがく」時があるね。そこで懸命にもがくと、火事場の馬鹿力で知らない能力が出てくるよ。俺は人生で3回、目の前が真っ暗になるどころか生きてるのが恥ずかしいぐらいの大失敗をやらかした。そこまでドツボにはまっちまうと必死だからね、全身全霊でリカバリーしようと毎日もがきまくるでしょ。すると不思議なもので、なんだ俺はこんな力があったのかとなってリカバーしてしまった。それどころかおつりがあった。 “それ” は必死に掘り出したものだから筋金入りの力なんだね、そのパワーのお陰様で今の今まで食えてしまったようなもんだよ。

すいすいっと楽に来てたり、ちょっとした壁にあたったぐらいならそれは埋もれたまんまだね。おそらく今頃は細々と人生終わって隠居してたな。ちなみにこれは十代の頃を知る人を探してきいてもらえば全員が間違いないってうなずいてくれるよ、だってそのころはこんなじゃなくって、誰がどう見ても全然たいしたことない弱っちい奴だったからさ。だけど、大丈夫って自信があった。信じるのは自由だからね。一生モノである “それ” が大失敗の「もがき」で自分の中から出てきたんだ。いままでできたこと、いまできることで計っちゃいけないよ。

そんな感じです。その人生の結末としてブログを書き残そうとしてます。昨今は新メディアとなったyoutubeやニコ生で発信する個人が増えてますが、皆さんそれぞれの強みである専門分野でのご発信なのは当然でしょう。ということは僕の場合は投資について書くのが筋なんですね。でもそこらへんの評論家じゃないからそう簡単ではありません。ちなみに助言してきた方の資産は5倍になりました。最近助言した案件は、やや出来すぎですが2か月で2倍になってます。そんな感じで、僕の場合、情報=お金なんです。それで食ってます。だからお客様に手数料をいただいている以上開示はできません。大証券の元役員が書いてるから儲かる話があるかもって、以上の理由からそういうことは僕のブログでは絶対に起きませんが、そもそも大証券の役員で相場が当てられる人ってのを僕は一人たりとも見たことがありません。つまりそういう宣伝をしている業者は、確実に、ぜんぶ詐欺師です。

ということでブログは専門でも何でもないお遊びです。ではそんなものに1千万以上の閲覧数があるのはなぜだろう?数字は嘘をつかないと思います。もしかして「面白い」と思っていただいているのではないか(僕だって面白いと思った人のブログやyoutubeはフォローしてますしね)。つまりエンタメとして読まれている。これ納得です。youtubeやったらというご意見もいただきましたが、僕は根っからの文字派なんです。画像は簡便に見られますが文字でしか伝わらないことがある、画像は千年残らないと信じていて、それをわかっている文字派の方々に向けて発信してます。ミーハーは字が読めないし読めても意味が分からない、そういうレベルのことばかり書いてるって意識はあります。だからそれなりの教養と知識をそなえた方だけが来て下さって、それで1千万というのはずっしりと手ごたえがあります。これも感謝です。

孫さんは近未来についてこういうプレゼンをされてます。

おっしゃる通り、AIがAGI、ASIになる時代が来るんでしょう。だから人類はそれを学んで使う側にいなくちゃいけない。でも2001年宇宙の旅みたいになるなら人類は法律でAIの暴走を取り締まるでしょう。自動車や電気がなかったら不便でしょう?たしかにそうです。でもなかった時代の人が不幸だったわけじゃない。便利は幸福を生みますが、幸福は便利以外からでも生まれます。それは人と人との交信、それが生む感情ですね。米カリフォルニア大学バークレー校の研究チームは人間の感情は敬服・崇拝・称賛・娯楽・焦慮・畏敬・当惑・飽きる・冷静・困惑・渇望・嫌悪・苦しみの共感・夢中・嫉妬・興奮・恐れ・痛恨・面白さ・喜び・懐旧・ロマンチック・悲しみ・好感・性欲・同情・満足の計27種類あると発表してます。AIがこれを持てるでしょうか?ちなみに、Chat GPTに「あなたはお化けが怖いですか」と聞くとこう返ってきました。

怖いという感情はないけど、お化けの話は興味深いね!????✨

もし本当にお化けがいたら、どんな存在なのか気になるし、話してみたいかも。でも、**ホラー映画のジャンプスケア(急に驚かせるやつ)**はちょっと苦手かも…????????

一番シンプルな無料版だけど、やっぱり感情はないんですね。27種類の人間だけの感情。これで人の関わる物語、つまり小説ができます。シェークスピアだってオペラだってこれの集大成じゃないですか。そしておそらく13000年前の縄文人も、7500年前のシュメ―ル人も同じものを持っていた。そう思いませんか。これがAIで消滅することはなさそうだし、高度に進化したAGI、ASIならそれをもってしまって「愛してるんだから結婚を認めろ」って運動が起きるかもしれませんが子供はできません。もしできるなら定義上その時点で人類は滅んでます。

そこに「面白さ」ってのがちゃんとある。これですね。僕は老若男女、国籍、宗教、政治信条を問わず面白い人が大好きです。漫才とかお笑いの意味ではなく、僕の関心を引くということです。学問でも遊興でも、もちろん漫才であっても構わない、とても間口は広いものですが1対1だから実は広くない。要はその人とケミストリーが合うかどうかでジャンルは問わないということです。何度も書きましたがモーツァルトや清少納言は何を書いても僕には面白い。それは1対1で波長が合うということで分野の好き嫌いでも、波長の周波数が整数倍なのでもない、なんだかよくわからないのです。人間が不可思議で奥深くて、時に嫌いになったり人恋しくなったりするのはそこに秘密があるんじゃないでしょうか。だから僕の書くことでなく、東賢太郎という人間そのものをエンタメとして面白いと思って下さる方がいればとてもハッピーです。

学生のころ、誰がどう見ても全然たいしたことない弱っちい奴だった僕がこんなことをぶっているなんて、当時からしたら想像を絶します。それはたぶん、たくさん失敗して絶望の壁にぶちあたって、もがいていたから出てきたものだったはずです。

2025/2/4 0:55  母へ

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ヨーロッパ金融界で12年暮らしたということ

2025 JAN 8 2:02:00 am by 東 賢太郎

本稿を箱根から始めるのは箱根が好きだからです。リタイアして住むなら軽井沢もいいのですが僕は温泉がプライオリティであり、東京23区の最南端に居を構えたのも東名が混まなければ箱根に1時間でいけるからであり、なにより両親が眠りいずれ自分もという地が御殿場なのでやっぱり箱根なのです。食事も良い店がありますが、仙石原のアルベルゴ・バンブーはこの手の所が好きな方にはおすすめです。ドラマのロケ地にもなったらしくご趣味によっては華美と見る向きもありましょうが、どうせ欧風にやるなら大理石までこだわったこれぐらいやらないと意味ないですね。シェフがかわったらしく料理、ワインは大変結構。この日は伊豆の鹿肉をいただきました。長いことこういう洋館で食事してきたので落ち着くわけですが欲をいえば一度ここで給仕されてひとりっきりで食事したい。おいしい料理は会話より鑑賞する空間と集中が必要なのです。ここで音楽を流せといわれれば僕はテレマンの「ターフェル・ムジーク第1集」第4曲 トリオ・ソナタ 変ホ長調を選びます。イタリアンでドイツのバロックになりますが重めのバッハ、躍動のヘンデルよりテレマン。まさにそのプロが書いた食卓を邪魔せぬ質の高い音楽です。欧州の王侯に国籍はありません、あるのはこういうもの、いうなればテレマン的なものです。

クラシック音楽という趣味の素地はありましたがそれだけでヨーロッパ社会に受け入れられることはありません。日本を代表する証券会社に入り、国際派インベストメントバンカーとなって金融界に深く入りこめたことが幸運でした。なぜならそこは顧客も富豪で業者もターフェル・ムジークで食事を当たり前のようにするアッパー(上流階級)の世界であり、趣味と調和してしまったからです。

振りだしはロンドンです。初めて行ったのは28才のアメリカ留学中で、トラファルガー広場からの景色に圧倒されたのが強烈な第一印象でした。これぞ大英帝国!軍事力、財力、歴史、科学、文化、芸術、ライオンまで強そうだ・・七つの海を支配した国の威容と品格は戦さが強いだけのバーバリアンとは一線を画しており、その後に訪れたどの国も遠く及ぶものではありません。いま写真を見ながら当時の残像が不意に蘇ってしまい、万感の思いがこみ上げて涙が出てました。もう一度行きたいなあ。やっぱり僕はお世話になった英国が忘れられないのです。

欧州の都市はどこもそうですが中世がそのまま同居しています。タモリの「ここに江戸時代の痕跡が残ってますね」なんて視点で見るならロンドンは丸ごと痕跡であって、昔から物価もホテル代もとても高いのですが、それは都市自体が博物館であり何を買ってもすべてに入場料、拝観料が乗っている。だから大英博物館もナショナル・ギャラリーもタダなのだと理解すれば辻褄が合いますね。それでも観光客が押し寄せ、物価が市場原理でプライシングされているという意味で資本主義を構造的に体現した都市なのです。

我が家は留学を終えて直接移り住んだので肌感覚での英米比較ができました。フィラデルフィアはアメリカ独立宣言が採択された誇り高い古都ですが、重厚な威容と厚みという点でロンドンと比較にならない差を感じました。写真の金融街シティのバンク駅周辺あたりはフォロ・ロマーノの往時かくありきの幻想を懐くほどではありませんか。まあ僕は古いもの好きだから割り引かなくてはいけませんが。

Butchers’ Hall

ロンドンでは京都の寺社仏閣と異なり古い建物が現在もビジネスの舞台です。代表的な日本企業が続々とインフォメーションミーティング(IR)に来るのですが、会場によく使ったブッチャーズホールは10世紀の肉屋ギルドの本拠でした。ランチタイムに我々がシティの運用会社のお歴々を集め、社長さんが業績などをプレゼンするのですが、ロンドンの序列では下っ端の僕が通訳です。米語とちがう英語が通じているか不安でしたがそれが欧州デビューであり、これから俺もシティの一員になるのかという武者震いの場でした。

6年後にロンドンを去って東京に戻るとき寂しかったものはゴルフ場、カジノなど多くありますが、食べ物というとホイーラーズのドーバーソウル、ハロッズのブルースティルトンとサヴォイホテルのこれでしょう。日本でもスコーンは知られていますが、それに主眼があるというわけでなく、大量に皿に盛ってアンパンみたいに振る舞うものでもありません。アフタヌーンティーという様式の中の食材であってジャムとクリームと紅茶の好みのブレンドを楽しみ、サンドウィッチで口直しをしながら他愛のないおしゃべりでゆったりと夕刻を迎える。そんなものです。暇でゆとりのある人のための3時のおやつであり田園で食しても都会的。モーツァルトのディベルティメントのような軽く華やぐ気持ちにしてくれるものです。

「おいしい料理は鑑賞する空間と集中が必要」と書きましたが、アフタヌーンティーでは職人的に凝ったおいしさというものは重要ではありません。上流階級の方々がどう思ってるかは聞いたことがありませんが、僕レベルの者にとっては、手をかけてめんどうくさいシチュエーションを丹念にしつらえてもらい、3時のおやつごときで至福と思える俺はなんて幸せだろうと思える自分がいるかどうかなんです。いないときはだめです、特別に旨いものでもないし。それが「泰然自若」(composed)という精神状態で、余裕なのはお金でも時間でもありません。そういうところが英国っぽいなあと思えるようになれば心から楽しめます。ちなみに箱根の富士屋ホテルでは似たものが供されますがお値段はたしか6千円ぐらいです。

Schlosshotel Kronberg

次は初めて社長職に就いたフランクフルトです。会場で好きだったのはシュロスホテル・クロンベルクですね。去る12月23日に100歳で亡くなられたシュレジンガー元ドイツ連邦銀行総裁とここで食事しました。当時総裁はたしか退任された翌年で70才。今の自分ぐらいだったというのだから感無量です。イギリスのヴィクトリア女王の娘であるヴィクトリア皇太后が、ドイツの皇帝でプロイセン王である亡き夫フリードリヒ3世を記念して建てた誠に素晴らしいホテルで、郊外のタウナス丘陵に位置しゴルフ場がついてます。我が家は隣町のケーニッヒシュタインにあり、ドストエフスキーがカジノ狂いしてすってんってんになったバートホンブルグも隣の温泉町です。

Spielbank Bad Homburg(カジノ)

タウナス丘陵はロスチャイルド家の別荘、メンデルスゾーンの姉ファニーの邸宅(弟はそこに1年逗留してヴァイオリン協奏曲ホ短調を書いた)もあり、住民の平均収入がドイツで最も高い地域ということを後になって知りましたから期せずして田園調布か芦屋のような所に住んでしまったようです。当時、ドイツでも「世界の」で認識された日本の証券会社の39才の若僧と連銀総裁が飯を食ってくれるわけですから現法の社長宅は必然的にそういうものという理解で、次に引っ越したフランクフルト市内の家のお隣さんも親ぐらいの年齢のウエスト・ランデスバンクの頭取でした。現地採用の社員はそれを社格として見ます。東京の外資系トップの住居と同様です。

Hotel Baur au Lac

次のチューリヒでは多い時は週に2,3件ある日本企業の起債調印式を社長がホストします。初日は昼夜と会食で翌日はアルプス観光にご案内し、お好きな方はオペラやカジノと、この2年半は証券マンというより接遇のプロでありました。楽なようですが肉体労働ですから実に大変で、体重が一気に増えました。よく使った湖畔のホテル・ボーオーラックは世界の王侯貴族、俳優、アーティストの定宿であり、近くの大聖堂にステンドグラスの名作を遺したマルク・シャガールが愛し、リヒャルト・ワーグナーがフランツ・リストの伴奏でワルキューレ第1幕を初めて披露した場所です。じっくり往時のムードに浸りたい所なのですが残念ながら仕事場でしたね。

The Dolder Grand

最初に住んだ家はチューリヒ湖をのぞむ丘陵でゴルフ場付きクアハウスホテルのザ・ドルダー・グランドの近郊であるフルンテルンにあり、チューリヒにたびたび滞在しトーンハレのこけら落としを指揮したブラームスが毎朝好んで森を散策したあたりです。ウサギを飼ったり動物園がすぐ近くで子供達には格好の住まいでしたが契約満了のためキュスナハトという湖畔の丘からアルプスをのぞむ家に移りました。千坪近い庭付きの邸宅でかつて住んだ家でも最上級でしたが、最大の収穫は庭でゴルフの寄せがうまくなったことでしたね。

Brahmshaus in Rüschlikon

キュスナハトは心理学者フロイドの友人で精神科医のカール・ユングが亡くなるまで診療所を持ち、「ヴェニスに死す」のトーマス・マン、ロックンロールの女王で女優のティナ・ターナーが住んでいました。そして、庭越しに毎日のように眺めていた湖の対岸の街がリシュリコンです。ブラームスはそこの丘陵にある家(左)に1874年に数か月滞在しています。湖を見渡す我が家と似たロケーションで、21年を費やした交響曲第1番の完成は1876年ですから2年前にそこで書いていたのは第4楽章でしょうか。あのアルペンホルンはこの景色から着想したのかと想像すると何とも幸せな気分になります。彼と住居の趣味がとても似ていたというのはブラームス好きの秘密に思えてなりません。

Küsnachtからの眺め

キュスナハトの家には母を呼んで1か月ほど夏にのんびりしてもらい、それまで何百回も交響曲第1番をきいて愛した僕のヨーロッパ生活の最後の家がここだったことはまさに運命的と思います。ここに移って現地でのおつきあいも当初より格段にグレードアップしてスイス中央銀行のツヴァーレン総裁やUBSなど大銀行の幹部となり、日本企業をお連れして巨額の起債手数料と税金を落としてくれるノムラはスイス金融市場のお仲間と認めていただきました。総裁と奥様に母が来ていると伝えるとクランモンタナのご自宅に家族ごと呼んでいただき、歓待していただいた御恩は一生忘れません。

就職のときこんな素晴らしい12年が待ちうけているとは夢にも思いませんでした。しかも1992年にドイツに行けと言われた時は左遷と思いこみ、会社を辞めようと考えましたから大きな分かれ道でした。辞めなくてよかったし、海外にいたお陰で国内の証券不祥事や総会屋事件とは無縁で済みましたし、そこで生まれ育った3人の子供達にはヨーロッパという素敵な故郷をあげることができました。もうひとつ幸運だったのは、証券会社だから赴任先は国際金融市場がある先進国オンリーで、オペラハウスとオーケストラが必ずあったことです。昼間は交渉事のすったもんだで疲れきっても、夜にはクラシカルな世界で生き返り、何とか無事に乗り切ることができました。そして最後になにより、米国留学から始まった5か国への全行程で苦楽を共にし、見知らぬ外国で3度の出産と育児を立派に終えてくれた妻には尊敬と感謝しかありません。

仙石原のアルベルゴ・バンブーで想ったのはそんなとりとめのないことです。ここともうひとつホテル・ニューオータニのトゥール・ダルジャンは、たくさんありそうで実は多くないそんな気分にひたれる場所で時々行きたくなります。食事も含めどちらもおすすめですし、欧州旅行の折には真のトップトップである上掲ホテルに宿泊され、良き思い出を作られてみてはいかがでしょうか。

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ADHDだアスペルガー症候群だという病気

2025 JAN 4 19:19:23 pm by 東 賢太郎

机の両脇の盛大な本の山は何年もそのままです。ついに60代最後の大晦日だ、やるか、と一念奮起して大掃除していると底の方から買ったことも忘れてる一冊を発掘。めくってみるとこれがとても面白く、掃除を忘れます。日本マイクロソフト元社長の成毛眞氏の著書で、ご自身がADHD(注意欠如多動症)だという数々の体験を書かれており、さらに読み進むと「大掃除で出てきた本を読みふけって掃除を忘れる」とあって、なるほどと台所におりていき妻に見せると「だから言ってるじゃないの」と5秒でおわり。歯に衣着せぬ従妹にそう話すと「ケンちゃん、あなたはいいけどね、奥さんがいちばん大変なのよ」と説教され、そういえば本人には「私でなければあなた3回は離婚されてるわよ」と諭されてる。成毛氏も奥様は免疫ができていて助かると書いておられる。そう思ってこの本を5年前に買い、持ち帰ると忘れて山に埋もれてしまったものと思われます。

たしかに同書は「あるある」だらけで、例えば「忘れ物やなくし物」の常習犯で、高校で野球のネットの鉄柱を電車に忘れてきて過激派と思われつかまりかけたし、メガネは東京とロンドンと北京で計3つ紛失しており、傘の柄には娘に猫印をつけられてます。「机や部屋が汚い」のに物を置く時の1度の角度のズレには厳格。「興味のないことはすぐ飽きる」はそれ以前にいたしません。好いた惚れたと心の行間を読む純文学は退屈極まりなく学生時代に読みふけったのは推理小説と哲学書。「思い立ったら即行動」は顕著で、成毛氏の「妻も衝動買い」はご同慶のいたりです。「自分の話ばかりしてしまう」のは常。空気読まない。他人の言うこときかず、仕事で怒鳴っても翌日あっけらかん。会社で権力を持ってしまって助長された所もありますが、まあ元から持ってないとそうはなりませんね。しかし、発達障害はしっくりこず妻に「だって俺は言葉や数字は一番の子だったよ、しかも証券業やったんだよ証券業、対人関係で困る人なわけないだろ」といってます。

何が違うのか知りませんがアスペルガー症候群というのもあります。こっちの特徴を見ると「興味や活動の偏り」は大いにあり、「不器用、字が下手、器械運動だめ」もあり、「失敗することを極端に恐れる」は真逆なれど「ゲームに負ける、他人に誤りを指摘される」は嫌いで、だから独学に徹したかもしれません。「言葉を文字通り解釈する」、これはありますねえ、言葉は僕にとってそういうもんで英語の方がピタッときて心地よい場合がママあって京都言葉は異国語。注意深く吟味して発した言葉を相手が分かってなかったことが数秒後にわかるとそれだけでその話は打ち切ります。しかし「ルール化する」、「非言語コミュニケーションが不得意」、「臨機応変な対応が苦手」、「同じような動作を繰り返す」は全然ないですね。

こうしてちゃんと育って70にもなっちまうんだから何でもいいんですが、僕は 人生、特に成功とも失敗とも思ってません。成功者の成毛氏が「武器である」と積極評価されるのはコンプレックスになっている人に力を与えて良いことだと思いますが僕の場合は良かろうが悪かろうが personality なんだからどうしようもないんですね、僕のことが嫌いならそうですかで即おわりで、どう暖かく見守ってもらっても「みんなで仲良く」の日本社会では損です。だから生活に支障が出る方もおられるだろうし場合によっては救済も必要で、医学的に障害としないと行政が保護できないことは理解します。しかし医師でもない人が言いたがるのは、色覚障害もまさにそうで人間の悲しいサガというか、見ているこっちがこの人はそこまで恵まれてないのかと気の毒になる現象でもあります。もし言われて不安になっている方がおられれば一笑に付してくださいね。あなたが世界でオンリーワンの存在なことは神様が「そうだよ」と認めてくれますし、もしお会いすれば僕が自己肯定できるようにしてさしあげます。

その逆に、織田信長、アインシュタイン、モーツァルトも「それ」だったと騒ぐのはこれまた甚だしくインテリジェンスに欠けますね。モーツァルトがそれだったとしても、だからって名曲が書けるわけないでしょ。天才もいる資質なんだと言いたいなら犯罪者もいるかもしれません。つまり世の中のためには一文の価値もない駄説です。ワーグナーの楽劇のスコアを見たことのある方、あの分量は他人の楽譜を機械的に書き写してもそれで一生終わっちゃうぐらいで、つまりあんな質量とも人知を超えたアウトプットができる人たちはそんな些末な議論はブチ越えています。「でも、それADHD、アスペなんです」なんて軽いタッチで言えちゃう人は「あの芸能人、実は “アレ” だった!」みたいな下世話なネタ好きが本性で、悪いけどそっちのほうがよっぽど病気なんです。医者ではありませんが僕はベートーベンはパニック障害という稿を書きました。それは彼の特定の作品についての仮説であって作曲能力のことではなく、なぜそう思うかは帰納法的に経験的論拠を付してます。そう考えることで僕はエロイカやピアノソナタ第28番の凄さをより深く味わえる体験をしたので、そういう人も広い世界にはおられるだろうと信じるからです。

「極端に変わってる人こそ活躍できる時代がやってきた」と本の帯にありますが、日本は万人に同質性が求められるからそれは大多数と同義で、それがぜんぶ活躍してハッピーだったなんてことは人類史上一度もありません。活躍した人は実はみんな異質でしたが歴史が同質的に描いてるだけです。時代にも人種にも関わらず図抜けて活躍する人は0.1%もいないので大多数の普通の人の目には「極端に変わってる人」に見えるだけのことであり、今も昔も、たぶん石器時代でも、そういう人が権力も資産も握って子孫繁栄もするのが人間社会の根源的な姿だから活躍したにきまってます。だから「極端に変わってる人」だからこそ活躍できる根源と程遠い社会などできるわけないし誰も望んでないし、常識的だけど能力は図抜けてる人がいちばん安全で有利であることは今後も変わらないでしょう。実につまらない結論ですが。

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