Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______フランス音楽

サンサーンス 交響曲第3番ハ短調 作品78

2018 APR 10 22:22:56 pm by 東 賢太郎

この曲のレコードを買ったのは高3の時で、当時「オルガン付き」と呼ばれていた。「オルガン付き」とはなんだ?「オルガンなし」もあるんか?それならマーラー6番は「ハンマー付き」だ、幻想は「法隆寺の釣り鐘付き」なんて凝ったのがあってもいいな。友人と高校生にしては結構ハイブロウなジョークで笑っていた。第九の「合唱付き」が最たるもので浅はかなキャッチコピーなのだが、売れないクラシックを何とか売ろうという営業努力は認めてあげたかった。

まず目をつけていたのが、火の鳥で味をしめていたアンセルメ / スイス・ロマンド管のDecca盤だ。そこまで大人界をなめていたのに、アンセルメ盤の帯に「地軸を揺るがす重低音」とあるのに参ってしまったのだ。この曲は音が命だろう。Deccaは音がいい。そんな先入観があった上に「地軸」まで持ち出されたらイチコロだった。パイプオルガンの可聴域外(20ヘルツ以下)音を体感できるという意味だが、うまい表現をしたものだ

オーマンディのCBS盤

アンセルメが欲しいが2000円のレギュラー盤だ。かたやオーマンディの廉価盤(右・写真)は1500円で音も悪くなさそうである。試聴などできない時代だ。安いし帯に何も書いてないし、もしかしてこっちは地軸が揺るがないのではないかと迷った(笑)。500円は今ならコンビニ弁当の値段だが当時の高校生には大差であって、結局、さんざん悩んでオーマンディーに落ち着いた。もうひとつ笑える話がある。ええい、こっちにするぞ、と決めたのはオルガニストの名前が「パワー・ビッグス(Power Biggs)」だったからだ。パワーとビッグなら地軸も揺らぐだろう。これと500円残るということで、散々迷ってしまったなさけない自分を納得させる必要があった。僕のクラシック入門はそんなものだった。

今ならアンセルメもオーマンディーもネットでタダで聴ける「コンテンツ」にすぎない。コンテンツ・・・なんて塵かホコリみたいに軽薄な響きだろう。それに僕らは大枚をかけて、何日もかけて、批評家の意見などを読みまくって真剣に迷ったのだ。意思決定に迷うというのは脳がいちばん疲れると本にあったが、いってみれば筋トレと同じことであって、クラシックは僕の成長過程で最高の脳トレであった。そしてそれだけ迷えば、当然のことながら、真剣勝負で聴くのだ。どれだけ耳が集中したことかご想像いただけようか。こうやって僕のクラシック・リスナー道は筋金がはいった。おかげでサンサーンスの3番は、どのベートーベンよりモーツァルトよりブラームスよりも早く、新世界と悲愴とともに「完全記憶」して脳内メモリーで再生できる交響曲となった。

アンセルメ盤

もちろんアンセルメ盤をあきらめたわけではない。大学時代にいわゆる「(並行)輸入盤」というものがあることを知り、欧州プレスは日本プレスよりも音が生々しいという評判でもあったからあちこちで探した。日本プレスで地軸が揺らぐなら輸入盤は地割れぐらいできるに違いない。そこでついに発見した3番の英国プレス(右、London、Treasury series、STS15154)は神々しく輝いて見え、しかも新品であるのに価格は1200円(!)と800円安く、キツネにつままれた気分であった。ここから僕は輸入盤をあさっていくことになる。アメリカへ行きたいと思ったのは、レコードが安いかもしれないと思ったせいもある。ともあれ初恋の人を手に入れた喜びは格別でわくわくしてターンテーブルに乗せた。地軸はおろかテーブルの花瓶が揺らぐこともなかったのは装置が貧弱だったせいもあるが、フランス風の上品な演奏だったからだ。

この交響曲は2部に分かれた2楽章形式だから実質4楽章である。魅力はなんといっても心をかき乱す出だしの小刻みなハ短調主題だ。スパイ映画に使えそうで最高にカッコいいではないか。スケルツォに当たる第2部前半の主題もティンパニが効いてイケてる。緩徐部も実に分かりやすいロマンティックな音楽で、オルガンの派手な効果もあいまってどなたも2,3回聞けばおおよそのところは覚えられること請け合いのやさしさだ。

そう思ってすぐにDurand社のオーケストラスコアを買うが、冒頭主題のトリッキーなリズムの1拍ずれが薬味になっているなど高度な隠し味が満載で解読は一筋縄ではいかなかった。僕はサンサーンス(1835 – 1921)の熱心な聴き手ではない。ピアノ協奏曲はほとんどあほらしいと思っており、室内楽も頭と指が勝った作り物に感じてしまう。ただこの3番だけはその才能がスパークしてぎゅっと詰まった天才的な部分があることを認めざるを得ない。

特に和声が面白く、後年にピアノスコアを手に入れた。第1部後半緩徐部のオルガンが伴奏する弦の主題は初心者でも初見で弾けるが、バッハのようで実に気高く気持ちが良い。第2部前半のピアノが活躍する部分が静まったあとモーツァルトのジュピター主題がフガート風に現れ、後半のコーダ、まさに終結に至らんとする快速の部分は幻想交響曲のフィナーレそっくりだ(しかも、どちらもハ長調トニックで終結)。バッハに始まりモーツァルトのハ長調、ベートーベンのハ短調を通って自国の先輩ベルリオーズに至るこの曲は1886年にロンドンで初演された。フランス器楽曲振興のためセザール・フランクと「国民音楽協会」を立ち上げたサンサーンスの面目躍如で最後の交響曲となるが、1885年初演のブラームスの最後の交響曲である第4番がバッハのカンタータ第150番、ベートーベンのハンマークラヴィール・ソナタを辿ったのを意識していないだろうか。

第1部前半の第2主題。白昼夢のように麻薬のように美しい。提示部ではまず変ニ長調で現れ、ハ長調に行ったり来たりふらふらしながら徐々に展開していく部分は見事だ。再現部ではヘ長調になっているがすぐに半音下のホ長調に転調する(!)。こういうことはドイツ系の音楽では聴いたことがなく、半音ずつファからシまで6回下がるバスなどチャイコフスキーなどロシア系、特に同世代のボロディン(1833 – 1887)に近い(楽譜のSubordinate Themeがそれ。上掲オーマンディーの8分49秒から)。

後にいろんな演奏を味わってみるとオーマンディーCBS盤はこのオケにしてはアンサンブルの精度がいまいちで、第1部後半の甘ったるいポルタメントも趣味ではないし全体の解釈のメリハリも薄く平板に感じる。曲の魅力をばしっと教えてくれたのはアンセルメでもなく、シャルル・ミュンシュ / ボストン響のRCA盤であった。彼の幻想に通ずるものがある融通無碍の流動感とメリハリ。フルトヴェングラーのブルックナー解釈のフランス版といったところで、楽譜の読みは主観的だがツボにはまった時のインパクトは大変に強い。米国で最も欧州っぽい音がするボストン響を乗せまくったこれはいま聴いても心をつかむ最高の名演だ。

この3番という交響曲、そんなに愛してたのに、どういうわけか僕の心はすきま風だ。好きな方は多いだろうし申し訳ないが、書いたように細部は非常に優れたところがあるものの、全体として聴後の印象はフランス3大交響曲の幻想、フランクのニ短調と比べると格落ち感がある。立派に知的に書けた曲なんだけど、感情の表層を心地良く撫でてくれるが、あれこれ小道具が満載な割に体の芯があったまらずポップスみたいに通り過ぎてしまう。クラシックファンを名乗るなら知らないことはあり得ない必修曲だし、喜びを返してくれることは保証付きだからまずは完全記憶することを強くお勧めするが、無責任なようだが新世界と同じく僕にとってはもう特に聴くことはない思い出のなかの音楽だ。

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フォーレ「マスクとベルガマスク」作品112

2018 FEB 3 13:13:01 pm by 東 賢太郎

僕は料理と音楽は本来がローカルなものと思っている。ブイヤベースはマルセイユで、チョリソはマドリッドで、ボッタルガはサルジニア島で、麻婆豆腐は重慶で、天九翅・腸粉は廣州で、ビャンビャン麵は陝西省で、カルボナーラはローマで、グラーシュはブダペストで、鮒鮨は湖東で、真正に美味なものをいただいてしまうともういけない。腸粉とはワンタンの春巻きみたいな飲茶の一品で下世話な食だから東京の広東料理店で出てこないが非常にうまい。

チャイニーズは地球上最上級の美味の一部と確信するが、中華料理などというものはない。地球儀の目線で大まかに括ればユーラシア大陸の北東部の料理という程度のもので、同じ目線でヨーロッパ料理と括っても何の意味も持たない。少し狭めて北京料理はどうかというと、内陸だから良好な食材はない。ダックは南京からサソリは砂漠からくる。貴族がいるから美味が集まった宮廷料理であって、我が国の京料理と称されるものの類似品だ。

中華といわれるのは八大菜系(八大中華料理)の総称で、八大をたぐっていけば各地のローカル料理に行きつく。それを一次加工品とするなら京料理や北京料理は二次加工品であって、大雑把に言うならヨーロッパ料理のなかでルイ王朝の宮廷料理として確立したフランス料理はイタリア料理を一次加工品とする二次加工品だ。少なくとも僕の知るイタリア人はそう思っているし歴史的にはそれが真相だが、パリジャンは麺をフォークに巻いて食うなど未開人と思っている。畢竟、始祖と文明とどっちが偉いかという不毛の戦いになるが、イタリア料理と僕らが呼ぶものが実は中華料理と同様のものだとなった時点でその議論も枝葉末節だねの一声をあげた人に軍配が上がってしまうのだ。

インドカレー伝(リジー・コリンガム著、河出文庫)を読むと、インドにカレーなどという料理はなく、それは英国(正確にはロンドン)のインド風(起源)料理(二次加工品)の総称であり「400年にわたる異文化の衝突が生んだ(同書)」ものとわかる。食文化というものはローカルな味の集大成であって、その進化は富と権力の集まる都市でおこるとは言えるのだろう。しかし、世界有数の都市である東京に洗練された食文化はきっとあるのだろうがそこで育った僕が山形の酒田で漁師料理を食ってみて、長年にわたって刺身だと思ってきたあれはなんだったんだと軽い衝撃を覚えるわけだ。

海外で16年暮らしていろんなものを食べ歩き、食を通じて経験的に思うことは、文化というものはなんであれローカルな根っこがあってそこまで因数分解して微視的に見たほうが面白いということだ。美しいとまでいうべきかどうかは自信がないが、素数が美しい、つまり同じ数字だけど「100,000」より「3」が好きだと感じる人はそれもわかってくださるかもしれない。素数が 1 と自分自身でしか割れないように、刺身は割れない。一次加工されていても大きな素数、23、109、587の感じがする鰹昆布ダシ、魚醤のようなものがある。割れないものは犯しがたい美と威厳を感じる。

咸臨丸で来たちょんまげに刀の侍一行の隊列を初めて目にした当時のサンフランシスコの新聞がparade with dignityと賞賛しているのはそれ、割れない美と威厳だったろう。いつの間にかそれがカメラと眼鏡がトレードマークのあの姿に貶められてしまうのは相手のせいばかりではない、敗戦を経て我々日本人が信託統治の屈辱の中、割れてしまった。アメリカに尻尾を振ってちゃらちゃらした米語を振り回して仲間に入れてもらって格上の日本人になったと思っている、そういうのは米国人でなくても猿の一種としか見ないのであって、dignityなる語感とは最遠に位置するものでしかない。

音文化である音楽というものにもそれがある。ガムランにドビッシーが見たものは「割れない美と威厳」だと僕は思っている。ワーグナーがトリスタンでしたことは「富と権力の集まる都市でのローカルな味の集大成と進化」であって、ドビッシーはそこで起きた和声の化学変化に強く反応し、やがて否定した。彼は素数でない領域で肥大した巨大数を汚いと感じたに違いない。だからガムランに影響されたのだ。音彩を真似たのではない、本質的影響を受けた。ワーグナーやブラームスやシェーンベルクにあり得ないことで、この議論は食文化の話と深く通じている。

先週行ったサンフランシスコのサウサリート ( Sausalito、写真 )がどこかコート・ダ・ジュールを思わせた。モナコ、カンヌ、ニースの都会の華やぎはなくずっと素朴で質素なものだけれど、なにせ暫くああいう洒落た海辺の街にご無沙汰している。

どこからかこの音楽がおりてきた。ガブリエル・フォーレの『マスクとベルガマスク』(Masques et Bergamasques)作品11274才と晩年のフォーレは旧作を大部分に用いたが、後に作品番号を持つ旧作を除いた「序曲」「メヌエット」「ガヴォット」および「パストラール」の4曲を抜き出して管弦楽組曲に編曲している。

第3曲「ガヴォット」および第4曲「パストラール」はその昔、学生時分に、何だったかは忘れたがFM放送番組のオープニングかエンディングに使われていて、僕の世代ならああ聞いたことあると懐かしい方も多いのでは。当時、憧れていたのはどういうわけかローマであり地中海だった。クラシック音楽を西欧の窓口として聴いていたのだから、そういう回路で番組テーマ曲が思慕するコート・ダ・ジュールに結びついて、記憶の番地がそこになってしまったのだと思うが、しかし、ずっとあとで知ったことだが、この作品はモナコ大公アルベール1世の依頼で1919年に作曲され、モンテカルロで初演された生粋のコート・ダ・ジュール産なのだ。

地中海、コート・ダ・ジュールにはマルセイユ、ニース、モンテカルロにオーケストラがあるが、カンヌのクロード・ドビッシー劇場を本拠地とするL’Orchestre régional de Cannes-Provence-Alpes-Côte d’Azur(レジョン・ド・カンヌ・プロヴァンス・アルプ・コートダジュール管弦楽団 )のCD(右)をロンドンで見つけた時、僕の脳内では音文化は食文化と合体してガチャンという音を発してごしゃごしゃになり、微視的かつマニアックな喜びに満ちあふれた。

ここに聴くフィリップ・ベンダーという指揮者は2013年に引退したそうだがカンヌのコート・ダ・ジュール管弦楽団(なんてローカルだ!)を率いていい味を出している腕の良い職人ではないか。田舎のオケだと馬鹿にするなかれ、僕はこのCDに勝るこの曲の演奏を聴いたことがない。第4曲「パストラール」は74才のフォーレが書いた最高級の傑作でこの曲集で唯一のオリジナル曲だ。パステル画のように淡い色彩、うつろう和声はどきりとするほど遠くに行くが、ふらふらする心のひだに寄り添いながら古雅の域をはみださない。クラシックが精神の漢方薬とするならこれは鎮静剤の最右翼だ。この節度がフォーレの素数美なのであって、ここに踏みとどまることを許されない時代に生まれたドビッシーとラヴェルは違う方向に旅立っていったのである。

こう言っては身もふたもないが、こういう曲をシカゴ響やN響がやって何の意味があろう。ロックは英語じゃなきゃサマにならないがクラシック音楽まで英語世界のリベラリズムで席巻するのは勘弁してほしい。食文化でそれが起きないのは英米の食い物がまずいからだと思っていたが、音楽だって英米産はマイナーなのだから不思議なことだ。これは差別ではないし帝国主義でも卑屈な西洋礼賛とも程遠い、逆に民族主義愛好論であって、文在寅政権が危ないと思っているからといってソウルの土俗村のサムゲタンが嫌いになるわけでもない。なんでもできると過信した薩摩藩主・島津斉彬が昆布の養殖だけはできなかったぐらい自然に根差したことだと僕は思っている。

じゃあN響はどうすればいいんだといわれようが、それは聴衆の嗜好が決めること。僕のそれが変わるとは思えないが多数の人がそれでいいと思うならフランスから名人指揮者を呼んできて振ってもらえばいい。相撲はガチンコでなくていい、場所数が多いのだからそれでは力士の体がもたないだろう。だから少々八百長があっても喜んで観ようじゃないかというファンが多ければ日本相撲協会は現状のままで生きていけるが、オーケストラも相撲と同じ興業なんだとなれば僕は退散するしかない。音楽は民衆のものだが、お高く留まる気はないがクラシックと呼ばれるに至っているもののお味を民衆が楽しめるかどうかとなると否定的だ。相撲が大衆芸能であるなら一線が画されてしまう。「割れない美と威厳」を感じるのは無理だからだ。

余談だがシャルル・デュトワがMee tooでやられてしまったときいて少なからずショックを受けている。訴えが事実なら現代の社会正義上同情の余地はないが、日本で聴いた空前絶後のペレアスを振った人という事実がそれで消えることもない。日本のオケでああいうことのできる現存人類の中で数人もいない人だ、日馬富士が消えるのとマグニチュードが違うといいたいがそう思う人は少数なんだろう。エンガチョ切ったの呼び屋のMee tooが始まればクラシック界を撃沈するムーヴメントになるだろう。いいシェフといい楽士は貴族が囲っていた、やっぱり歴史には一理あるのかもしれない。

上掲のフィリップ・ベンダー指揮レジョン・ド・カンヌ・プロヴァンス・アルプ・コートダジュール管弦楽団のCDからフォーレ「マスクとベルガマスク」作品112を、ご当地カンヌの写真といっしょにお楽しみください。

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オネゲル 交響曲第3番「典礼風」H.186

2018 JAN 10 7:07:28 am by 東 賢太郎

ニューイヤー・コンサートはヒットラーが始め、ワーグナーも宣伝に使われました。国歌がコンサート・プログラムにならないように、政治と音楽は水と油と思います。音楽は幸福や歓喜だけを描くものではなく、苦悩、怒り、悲嘆、安寧、諦め、恐怖、憧憬、奮起、嘲笑、夢想、欲望、神性などあらゆる人間の心の有り様を想起させる力があります。表面的には戦争を描いたようにきこえるショスタコーヴィチですが、吐露したのは怒り、恐怖、嘲笑でしょう。

昨年の漢字は「北」でしたが、困ったちゃんとトランプの駆引きにやるせない殺伐とした気配を感じる年でした。それに反応して僕の脳裏にいつも浮かんでいた音楽が、アルテュール・オネゲルの交響曲第3番「典礼風です。知らない方もおられるかもしれませんが、ぜひこの名曲中の名曲になじんでいただきたい。素晴らしい交響曲というのにとどまらず、オネゲルがこれを作曲した当時と現状と、人間というのはなんと変わらないものか、歴史は繰り返すのかということを悟っていただけると思うからです。

この作品の初演は1946年8月17日にチューリヒでシャルル・ミュンシュが指揮していますが、ということは作曲は第2次大戦末期です。平和をニューイヤー・コンサートにラップして偽装したヒットラーの末期はこの曲の第1楽章「怒りの日」に現れています。スイスは永世中立国だから軍隊とは無縁と思われるかもしれませんが、独仏伊の3強国に囲まれたこの国はそれを宣言すれば安全と思うほどボケていません。スイスはれっきとした武装国で徴兵があり、ボーデン湖に潜水艦まで保有しています。平和憲法があれば安全などとまじめに思っている人は壮絶な殺し合いの世界史に無知蒙昧というしかありません。

オネゲル(1892年3月10日 – 1955年11月27日)はフランス六人組の一人とされますがスイス人です。第1次大戦に従軍しています。僕が野村スイスの拠点長をしていた1996年に発行された忘れもしない第8次のスイス・フラン紙幣の20フラン札(下)を見て、彼にそそがれる誇りの眼差しを感じました。とても懇意で母、家族まで自宅に招いてくださったスイス連銀総裁のツヴァーレンさんに、素晴らしいお札ですとオネゲルの音楽への賛辞をこめて申し上げると嬉しそうにされていました。

凄惨な第2次大戦が唯一人類史に貢献したのはこの交響曲の第2楽章「深き淵より」(De profundis clamavi )が迫真の「平和への希求」をもって生まれたことでしょう。この驚くべき楽章はショスタコーヴィチの第5番の第3楽章と並ぶ20世紀最高の緩徐楽章でしょう。この2曲のピアノ譜が手元にないのがいけませんね。ショスタコーヴィチは生涯に3曲だけ他人の作品のピアノ連弾譜を残していて、ストラヴィンスキーの詩篇交響曲、マーラー交響曲第10番、そしてオネゲルの3番なのですが、プラハでこれを聴いて「思想の重要性と情緒の深さをめざしている点で光っていた」と評しています。どうしても手に入れたい。

まずは全曲をその編曲版で。スコアの骨格を知るにピアノ版ほど便利なものはありません。2台のピアノの為のソナタとしても一級品であります。

 第3楽章は、あえてそう書いた「馬鹿げた主題の行進曲」で開始しますどっかの国の恥ずかしいほど歩調が合った行軍を連想しながら聴いてはどうでしょう。ここは似たことを5番で試みたショスタコーヴィチが共感したでしょう。オネゲルはこう語っています。

「私がこの曲に表そうとしたのは、もう何年も私たちを取り囲んでいる蛮行、愚行、苦悩、機械化、官僚主義の潮流を前にした現代人の反応なのです。周囲の盲目的な力にさらされる人間の孤独と彼を訪れる幸福感、平和への愛、宗教的な安堵感との間の戦いを、音楽によって表そうとしたのです。私の交響曲は言わば、3人の登場人物を持つ1篇の劇なのです。その3人とは、「不幸」、「幸福」、そして「人間」です。これは永遠の命題で、私はそれをもう一度繰り返したに過ぎません…」(ベルナール・ガヴォティのインタビューに答えて)

何と直截的に現代の世相を言い当てていることか、何と我々は1945年と同じ状況に生きていることか、ぞっとしませんか?愚者が刃物を持っています。あれと同じことはひとつ間違えればいつでも起きる。行進曲は文明が生んだのです。愚者を眺めるオネゲルの嘲りと侮蔑はショスタコーヴィチほど辛辣でも激烈でもないけれど、スイス人の彼には馬鹿に応援ソングを書いてやる必要はありませんでした。から騒ぎで終わらせざるを得なかった5番と違い、彼の3番は典礼風にホ長調で静まり、鳥が天国の至福を囁きながら虚空に消えて行くのです。

 

エヴゲ二・ムラヴィンスキー / レニングラード管弦楽団 

この刃物のように鋭利で氷のように冷ややかなタッチの名演なくしてこの曲の真価を知ることはありませんでした。ピッチ、アゴーギクへの微視的執着。ブラスの原色効果。木管の細かな経過句にまで宿る命。打楽器の強烈なアジテートから静謐な霧の彼方に消えてゆく衝撃さえ感じる後光のような終末の和音!ライブでこれだけ徹底管理下での緊張感でとんがった演奏はもはや世界のどこでも聴けない。どうしてだろう。気骨のある若手が突っ張ってオケを締め上げてみれば面白いのにと思うが、パワハラだブラックだって言われちゃうんでしょうね。女性には目つきがセクハラだなんて。和気あいあいの指揮者からこういう音は出ません、絶対に。ひとつの文化の死滅ですね。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ナチス党員だった指揮者がこれを振る。それってヘイト・スピーチしてたやつがハンセーンって叫ぶみたいなものか。しかしこのライブは3番がこれでいいんだっけというほど美しい。御託を並べる気力も失せるほどうまい。1969年のスタジオ録音もありますがこれは最晩年となった84年12月12日ベルリン・フィルハーモニーでの演奏会(後半にブラームス1番をやった)。一発勝負の気迫でそれでもスタジオと変わらぬほどビシッと合ってしまう。録音も見事にあのホールの感じをとらえています。ムラヴィンスキーのぴりぴりは薬にしたくてもないが、カラヤン・BPOが編集の作り物でなくこんな本物感のある壮麗な響きだったことが実証されています。

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ジャン・フランセ「花時計 l’horloge de flore (1959) 」

2017 NOV 24 0:00:01 am by 東 賢太郎

この曲をFM放送でたまたま聴いたのはいつだったか、覚えはないが高校生だったのはまちがいない。すぐに趣味にあうと思った。オーボエが好きだったし、どこか妙薬のようにしみこむ和声のくすぐりで心が動くのを感じたからだ。「花時計」という曲名に興味をいだかなかったのは僕らしいが、フランスの作曲家ジャン・フランセ(左、Jean Françaix、1912-1997) も知らなかったからそれ以前だ。なぜか一目ぼれして急に特別の曲になったが、ほかにそんな経験はない。

曲名は、咲く時刻の異なる花を配置した「リンネの花時計」なるものだと知ったのはずっと後だ。こういうものだ。

午前3時:Galaant-de-Tour    毒イチゴ
午前5時:Cupidone bleau      青いカタナンチュ
午前10時:Cierge a grandes fleurs    大輪のアザミ
正午:Nyctantthe du Malabar   マラバーのジャスミン
午後5時:Belle-de-Nuit        ハシリドコロ
午後7時:Geranium triste      嘆きのゼラニウム
午後9時:Tilene noctiflore     夜咲く虫トリナデシコ

しかし花オンチでどれひとつ知らないし、分類学の父カール・フォン・リンネ(1707~1778)には敬意を表するがそんなめんどくさい時計を誰が使ったのかと思う。要はこの曲は7楽章から成るオーボエのためのお洒落なディヴェルティスマンで、4つ目がプーランクのP協に似とるなあなんてことの方が僕には余ほど大事だ。どこが毒イチゴか、この曲の和声も怪しくていいなあ。

FMで聴いたのがアンドレ・プレヴィンのだったことだけは覚えている。オーボイストは記憶がない。ところが後で知ったが、それは米国人のジョン・デ・ランシーだった。それどころか、フランセに曲を委嘱したのも彼じゃないか。デ・ランシーは終戦直後の1945年の夏、ドイツに米兵として駐留した折に、すでに大作曲家だったリヒャルト・シュトラウスに会い、あのオーボエ協奏曲を書かせた伝説の人だ。そのことはwikipediaに以下のようにある。

 

第二次世界大戦終戦直後の1945年に、スイスチューリッヒ近郊で作曲された協奏曲である。この頃シュトラウスはバイエルンガルミッシュ=パルテンキルヒェンの山荘に滞在していたが、そこへアメリカ軍に従軍していたオーボエ奏者のジョン・デ・ランシー[1]が慰問に訪れた。デ・ランシーは「あなたの作品にはオーボエの素晴らしいソロが多く出てきますが、そのオーボエのための協奏曲を書くつもりはないのですか?」と問いかけたが、シュトラウスは「特にありません」と返答した。デ・ランシーが引き上げてしばらくした後、シュトラウスは気が変わり、同年の秋から移住したスイスでオーボエ協奏曲の作曲を始めた。ただシュトラウスはデ・ランシーの名前を正しく憶えておらず、「ピッツバーグ」も「シカゴ」と誤記している。

初演は翌年の1946年2月26日にチューリヒで、マルセル・サイエのオーボエ独奏、フォルクマール・アンドレーエの指揮、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団によって行われた。シュトラウスが独奏者に希望したデ・ランシーは曲の完成すら知らないまま既に除隊・帰国しており、後に行われたアメリカ初演でも、在籍していた楽団の都合で結局吹くことができなかった。その頃ピッツバーグ交響楽団の1番奏者からフィラデルフィア管弦楽団の2番奏者(1番は師であるマルセル・タビュトー)に移籍したばかりで、当時の演奏家ユニオンの規定では、2番奏者は所属する楽団と協奏曲を演奏する事は出来なかったのである。後にタビュトー引退後1番奏者になってから1度だけ演奏(指揮はユージン・オーマンディ)しており、更に晩年には指揮者なしの臨時編成オーケストラと録音している。

 

彼はその後、フィラデルフィア管弦楽団の主席オーボエ奏者となりオーマンディの名盤の多くは彼が吹いている。まさかそのフィラデルフィアで2年の留学生活をしようなど、高校時代は地味で成績もぱっとしない男であった僕は知る由もなかった。

「花時計」をフランセに委嘱して1961年に初演したのがデ・ランシーだったと知ったのはいっぱしの衝撃だった。というのはブログにした通り僕は留学中の1983年にチェリビダッケとバーンスタインのリハーサルをカーチス音楽院で聴いた。いまや大家であるヴァイオリニストの古澤巌さんが音楽院生で、校長に部外者の入館許可がもらえないかと面会を取りはからってくれたのだが、その校長こそがデ・ランシー先生だったからだ。

ビデオがあった。なつかしい、まさにこの人だ。John de Lancie(1921年7月26日 – 2002年5月17日)。シュトラウスのこともここで語っている。

もうセピア色の思い出だ。面会時間になって先生の部屋におそるおそる入る。背が高い方で威厳があって、紹介されて握手はしたがにこりともせず気難しそうである。いぶかしげにじっと黙って僕の目を見ておられ、あんまり得意な雰囲気じゃない。27才のガキだった僕はすっかり圧倒されてしまい、こりゃ入館は断られるぞとひるんでしまった。いくら紹介があるとはいえ、こっちは只の音楽好きだ。天下のカーチス音楽院に足を踏み入れる理由なんかあるわけがない。

しかしそんなチャンスはもうないから引き下がるわけにもいかない。しどろもどろでウォートンにいるんだけどと自己紹介し、えい、とにかく当たって砕けろだと「指揮を勉強したいんです」と言った。そうしたら気合が伝わったのかひとことオーケーが返ってきた。きっとそれが出まかせと見抜いていたろうし、じゃあ入試受けてねで終わったかもしれなかったが、やさしい方だったようだ。思えばその時点ではR・シュトラウスの話も、この人があの「花時計」の生みの親とも知らなかったのだ。

いまだったらそこから話を切り出すこともできようが、そういうのはむしろNOをくらいそうな感じもあったから何とも言えない。余計なことは考えず、若者は体当たりがいいのかもしれない。思えば24才だった彼もそれをやったし、その時言ったことはシュトラウス先生の作品を知ってます好きですじゃあなく、あなたのオーボエ協奏曲を吹きたい!どうして書かないんですか?だ。その気合が大作曲家を動かして本当に書かせてしまったんだろう。

時間を頂いてシュトラウスやフランセの話を聞くことだってできたと思うと、当時の自分の無知が悔やまれる。しかしこれがきっかけで自分も元気のよい若者にチャンスをあげる人になりたいと思うようになったし、デ・ランシー先生のご恩は僕の中でそういう形で生きていると思っている。

クラシック徒然草-チェリビダッケと古澤巌-

これがそのデ・ランシー / プレヴィン / ロンドン響の「花時計」だ。なつかしい。何てチャーミングな音楽、演奏だろう。それにしても、高校のころFM放送で聴くのは知らない曲ばかりだったのに、どうしてこれだけ覚えたんだろう。

 

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クラシック徒然草ーフランス好きにおすすめー

2016 SEP 3 2:02:01 am by 東 賢太郎

ジャズやポップスはアルバムが唯一無二の「作品」ですが、クラシックはそうではなくて、作品が富士山ならアルバムはその写真集のような関係です。

しかし、中にはちがうのがあって、ほんのたまにですが、これは「作品」だという盤石の風格を感じる録音があります。風格というより唯一無二性と書くか、音の刻まれ方から録音のフォーカスの具合まで、総合的なイメージとしてそのアルバムが一個の個性を普遍性まで高めた感じのするものがございます。

演奏家と録音のプロデューサー、ミキサーといった技師のコラボが作品となっている印象でブーレーズのCBS盤がそれなのですが、DG盤もレベルは高いがその感じに欠けるのは不思議です。何が要因かは僕もわかりません。

名演奏、名録音では足らず、演奏家のオーラと技師のポリシー・録音機材の具合がお互い求め合ったかのような天与のマッチングを見せるときにのみ、そういう作品ができるのでしょうか。例えばブーレーズCBSのドビッシーの「遊戯」は両者のエッセンスの絶妙な配合が感じられる例です。

いかがでしょう?

冒頭は高弦(シ)にハープとホルンのド、ド#が順次乗っかりますが、ハープの倍音を強めに録ってホルンは隠し味として(聞こえるかどうかぐらい弱く)ブレンドして不協和音のうねりまで絶妙のバランスで聴かせます。聴いた瞬間に耳が吸いよせられてしまいます。

ここから数分は楽想もストラヴィンスキーの火の鳥そっくりでその録音でも同様の効果を上げていますが、いくらブーレーズでもコンサートホールでこれをするのは難しいと思われます。エンジニアの感性と技法が楽想、指揮者の狙いに完璧にマッチしている例です。

録音の品位、品格というものは厳然とあって、ただ原音に忠実(Hi-Fi)であればいいというものではありません。忠実であるべきは物理特性に対してではなく「音楽」に対してです。こういうCDはパソコンではなくちゃんとしたオーディオ装置で再生されるべき音が詰まっています。

僕がハイファイマニアでないことは書きましたが、そういう名録音がもしあれば細心の注意を払って一個の芸術作品として耳を傾けたいという気持ちは大いにあります。それをクラウドではなくCDというモノとして所有していたいという気持ちもです。

ライブ録音に「作品」を感じるものはあまり思い当たりません。演奏の偶然性、感情表現の偶発性などライブの良さは認めつつも、演奏会場の空気感や熱気までを録音するのは困難です。C・クライバ―、カラヤンなど会場で聴いたものがCDになっていますが、仮にそれだけ聞いてそれを選ぶかと言われればNOです。

「音の響き」「そのとらえ方」はその日のお客の入りや温度、湿度によって変わるでしょう。CDとして「作品」までなるにはエンジニアの意志、個性、こだわりの完璧な発揮が重要な要素と思われますが、彼らは条件が定常的であるスタジオでこそ本来の力が発揮されるという事情があると思います。

fluteこのことを僕に感じさせたのはしかしブーレーズではありません。右のCDです。これはSaphirというフランスのレーベルのオムニバスですが、同国の誇る名人フルーティストのオンパレードで演奏はどれもふるいつきたくなるほどの一級品。以下、曲ごとに印象を書きます。

ルーセルの「ロンサールの2つの詩」のミシェル・モラゲス(フルート)とサンドリーヌ・ピオ(ソプラノ)の完璧なピッチ、ホールトーン、倍音までバランスの取れた調和の美しさは絶品!これで一個の芸術品である。

ラヴェルの「 序奏とアレグロ」はフランスの香気に満ち、ハープ、フルート、クラリネット、弦4部がクラリティの高い透明な響きでまるでオーケストラの如き音彩を放つさまは夢を見るよう。パリ弦楽四重奏団のチェロが素晴らしい。この演奏は数多ある同曲盤でベストクラス。

ミシェル・モラゲス(フルート)、エミール・ナウモフ(ピアノ)によるプーランクのフルート・ソナタはフルートの千変万化の音色、10才でブーランジェの弟子だったナウモフのプーランク解釈に出会えるが、色彩感と活力、素晴らしいとしか書きようがなく、しかも音が「フランスしてる」のは驚くばかり。エンジニアの卓越したセンスを聴く。同曲ベストレベルにある。

マテュー・デュフール(フルート)、ジュリー・パロック(ハープ)、ジョアシン弦楽三重奏団によるルーセルの「 セレナード 」、これまた「おフランス」に浸りきれる逸品。この音楽、ドイツ人やウィーン人に書けと言ってもどう考えても無理だ。録音エンジニアもフランス、ラテンの透明な感性、最高に良い味を出しておりフルートの涼やかな音色に耳を奪われる。最高!

ドビュッシーの「 フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」は(同曲の本編に書きませんでしたが)、これまた演奏、録音ともベスト級のクオリティ。序奏とアレグロでもルーセルでもここでもフルートとハープの相性は抜群で、その創案者モーツァルトの音色センスがうかがえるが、そこにヴィオラが絡む渋い味はどこか繊細な京料理の感性を思いおこさせる。

以上、残念ながらyoutubeに見当たらず音はお聴きいただけません。選曲は中上級者向きですがフランス音楽がお好きな方はi-tunesでお買いになって後悔することはないでしょう(musique francaise pour fluteと入力すると上のジャケットが出てきます)。CDは探しましたがなく、僕も仕方なくi-tunesで買いました。間違ってもこんな一級品のディスクを廃盤に追いこんでほしくないものですね。

 
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深化しているシャルル・デュトワ

2015 DEC 18 23:23:53 pm by 東 賢太郎

きのうのデュトワのバルトークをきいていて、指揮者の読譜力というものを感じやはり指揮には指揮の特別の才能があると痛感しました。去年のドビッシーのペレアスとメリザンドも心底楽しませてもらいましたが、彼が読み取るラテン的な透明感と淡い音彩は何国の音楽であれ独特で高貴なデリカシーとパッションを纏うのです。現存の指揮者で、いつでもなんでも聞いてみたく、最も深い充足を与えてくれる一人であります。

これがきのうのマンダリンです(モントリオールSO)。バルトークにしてはエッジが甘いと感じる人もあるでしょう(というより、多いでしょう。僕も彼のストラヴィンスキーのCDを初めて聴いてそう感じました)。しかしその反面ほかの指揮者がバルトークのスコアから発想しない独特の生命感とフランス流の楽器の色彩があり、ソフトフォーカスでいい具合に溶け合う趣味の良さがみえます。当時はムード音楽だと無視していたのですが、一押しにはならないものの最近は魅力を覚えます。昨日のN響の演奏はこの録音より数段良かったです。

もうひとつ僕が気に入っているのがストラヴィンスキーの「兵士の物語」です。名演が多くありますがこれは独特の美質があります。ブーレーズのも傾聴に値しますが、同じくフランスの楽器でより洒落た味を出しており、図らずもストラヴィンスキーとパリの親和性を浮き彫りにしています。これを聴いているとオルセー美術館でバルビゾン派を心ゆくまで観ていた時の充足感が蘇ってきます。

デュトワ・N響Cプロ 最高のバルトークを聴く

2015 DEC 17 23:23:38 pm by 東 賢太郎

N響Cプロ(サントリーホール)でした。

コダーイ ガランタ組曲

バルトーク 組曲「中国の不思議な役人」

サン・サーンス 交響曲第3番ハ短調

80年代にデュトワがモントリオール響で録音したフランスものの色香が評判で、あれは録音のマジックではないかと訝しがる声もありました。僕も半分疑っていたのですが、84年にカーネギーホールで耳にした幻想交響曲はあの音だったのです。今日の素晴らしいバルトークは、あれをデュトワの感性が造っていたということを確認できるできばえでした。

ダリウス・ミヨー 「男とその欲望」(L’homme et son désir)作品48

2015 NOV 13 1:01:21 am by 東 賢太郎

日本人は古来より月を見ています。暦は月齢だったしお月見をしたし。不思議なのは、江戸時代にいたるまで日本人は月を「何」だと思っていたかです。

Gekkyu_no_mukae

 

かぐや姫は月に帰るから作者は人が住める空の彼方の遠い場所という感覚はあったかもしれませんが、一般には月は毎日登ってくるもの、美しいもの、愛でるもの、詩的なもの(ポエム)として信仰や物語の対象ではあっても「物体」であると見たり考えたりした人はいなかったと思われます。

 

 

 

早くから月を物体と見た西洋とは受容のしかたが根本的に違います。

美しいもの⇒ポエム、という日本的な思考法(ステレオタイプな還元法)が西洋人に全くないわけではありませんが、彼らが五感で感知したものを認識し受容するプロセスというのは、

月はものである⇒もの⇒即物的な物体

250px-Full_Moon_Luc_Viatour

 

という回路がまずあって、地球と同じ球体と見立てて距離、大きさ、質量、軌道を計算し、なぜ落下してこないのかという謎を解きます。見かけの美醜はその回路とは別な経路で処理されて、ポエムになる場合もあるというものでしょう。僕が長年西洋に住み、西洋人とつきあったり著作物を読んだりして得た印象はそういうものです。

 

このことは音楽においても同様です。特にクラシック音楽を演奏、鑑賞する際に。それを僕はショパン演奏にいつも感じるのです。日本人ピアニストはショパン⇒ポエム、という回路で処理してないかという非常に深層心理的で根源的な問題です。

「雨だれ」「革命」「子犬」「別れ」「木枯らし」など、別に日本人が考えたわけではないがショパンがつけたわけでもない標題。月を見て「うさぎ」が頭に浮かんでくる思考回路にこうした標題が乗りやすいのは自明と思います。あの速いワルツを子犬を思い浮かべて弾くピアニストはいないでしょうが、潜在的に日本人の思考回路に潜む受容のくせというのは見えない所で演奏の骨格を決めてくるのではと僕は思っています。

あれは月を見て物体だとまず感じる西洋人が作った音楽なのです。ショパンに限らず作曲家がまず聴くのはピアノの即物的な音であって、それが物体としての月にあたります。それが聴き手にどう聞こえるか、美しいポエムとして受容されるかどうかということは彼にもはどうにもならない事後的、副次的なことで、まず物体として絶対の完成度があるかどうかこそ彼の関心事のはずです。

250px-Nagoyasyuちょっとややこしいですが、こういうのをsubstance(あるがままの物の実体、本質)と contingency(そこからの偶発的な派生事象)の関係と表現します。例えばニワトリは日本では「コケコッコー」と鳴きますが、アメリカでは「クック ア ドゥール ドゥ」、ドイツでは「キッキレキ」、フランスでは「コックェリコ」、インドでは「クックーローロー」です。近隣でも中国は「コーコーケー」など、韓国は「コッキョ クウクウ コーコ」だそうです。同じニワトリの声(substance)をきいてるのにcontingencyはこんなに違ってくるのです。

ショパンというニワトリがいざ鳴くぞという時にそれがコックェリコかキッキレキかは彼にとってはあずかり知らぬことで、ニワトリは*+@#%~~~としか鳴かないのです。

かように、21世紀の人がポエムを見出してくれたというのはショパンにとってはまったくの偶発事象でした。同時代人のシューマンが当時のドイツ人特有のロマン的、文学的コンテクストで自分を評価しているのを知って(それは非常に高評価でショパンにとって好意的なものであったにもかかわらず)、ショパンはそれを笑止であると唾棄していることからもそれが理解できます。彼に確固として「在った」のは、彼が鍵盤から選び取った音の組み合わせが即物的に彼を満足させたこと、それだけです。

僕がショパンを作曲家としては一目置くにしても演奏を聴くのが好きでない最大の理由は、contingencyを追っかけて(それしか見えてなくて、それがsubstanceだと思いこんでいて)、substanceが何だかわけのわからない演奏が横行しているからです。日本人のショパンの特徴はその一言に尽きます。

これをお聴き下さい。ダリウス・ミヨーの「男とその欲望」(L’homme et son désir, Op.48 )という作品で、知名度は大変に低いのですが大傑作であり僕は高く評価しているものです。ショパン⇒ポエムの方々はこの意味深なタイトルの音楽が何であり何を描こうとしているのか?と悩むことでしょう。 僕は初めてこれを聴いて音に衝撃を受けてしまい、題名など吹っ飛んでしまいました。

全ての演奏家の方に問いたいのですが、これがなぜ男とその欲望なのか?どうしてそれがこういう音になっているのか?一種の踏み絵のようなものかもしれません。

ストラヴィンスキーの「結婚」を想起させますが複調、ポリフォニーの重視など語法はまったく別物です。ミヨーはブラジル滞在経験があってそこでの印象を綴ったものとされますが、これが単なる風景画や絵日記でないことは明らかです。彼が綴ったものは即物的な音であり、トレードマークの複調の文法であり、断じてポエムではありません。音、語法が紡ぎ出すダイレクトな心象こそがこの曲のsubstanceであります。

そしてここからは僕の個人的領域に入ります。自分自身がリオデジャネイロで感じた心象風景にそのsubstanceが作用してある化学反応を起こし、僕だけの感興を生み出します。これがcontingencyです。いうまでもなくなんら普遍性のないプライベートなものであります。僕が演奏家としてそれを音にしたとしても、それはあまり人の心を打つものにはならないでしょう。赤の他人の記念写真やセックスを見たってそんなに面白いものでもないのです。

つまり、contingencyとは聴衆の占有物であって演奏家が依拠すべきよすがではありません。僕がショパンのバラードやマズルカを聴くのは、弾き手のパリやワルシャワで得た経験や知見や記念写真に関心を抱いたり真のショパン解釈をきかせてほしいからではありません。ショパンが書こうとピアノに向ったsubstanceを知りたいからです。そこに僕を感動させる根源があるのであり、それこそが普遍性、説得力のあるバラード、マズルカであることを、体験から知っているからです。そういう聴き手はそういう演奏を探しだし、吟味し、支持するのです。

演奏家がショパンにポエムを感じて何ら批判されるゆえんはないのですが、そのポエムがたまたまショパンも感じたものであって、したがって普遍性のある説得力を持つのだという蓋然性は、残念ながら甚だ低いものだろうというのが僕の持論です。外国人がどんなに感動と心を込めて弾いてみても、それはコケコッコーかもしれずクックリク~と聞こえているらしいポーランドの聴衆の心に響くかどうかは別な話なのです。韓国人、中国人がどうこの問題をクリアしてショパン・コンクールを制覇したのか、なぜ日本人にはできないのかはとても興味深いテーマであります。

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最後に余談ですが、この「男とその欲望」を書いたフランスの作曲家ダリウス・ミヨー(1892-1974)がバート・バカラックの先生なのです。非常に多様な様式を試みた多作家ですが、彼の和声感覚は独特で、複数の調性を並行させる複調による語法に真骨頂を見ます。交響曲第2番などこれに並ぶ傑作で彼の和声がオンリーワンである証明となっていますが、これも有名ではないのが不思議であります。

 

 

「雨にぬれても」のころ、まだ生きていたミヨーはそれを聴いてどう言ったんだろう?

「口笛で吹けるメロディを書いたからと言って、恥じる必要はまったくない」

「記憶に残るメロディをつくれる人間はめったにいない。そしてそれは本質的な才能なのだ」

若き生徒だったバカラックの演奏を聴いてそう言ったミヨーはその思いを新たにしたのではないでしょうか?

 

(こちらへどうぞ)

クラシック徒然草-ハヤシライス現象の日本-

ストラヴィンスキー バレエ・カンタータ 「結婚」

バート・バカラック「雨にぬれても」の魔力 

 

 

 

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イベール 交響組曲「寄港地」

2015 JUL 12 23:23:37 pm by 東 賢太郎

前回は地中海クルーズについて書きましたが、そうなるとどうしてもこの名曲にふれることになります。その名のとおり、「地中海めぐり編」に含めましょう。

______地中海めぐり編 (14)

220px-Jacques_Ibertフランスの作曲家ジャック・イベール(1890-1962)は生粋のパリジャンです。彼のお母さんはピアノをアントワーヌ・フランソワ・ マルモンテルという先生に習ったピアニストでした。マルモンテルの弟子にはビゼー、ドビッシー、マルグリット・ロンなどがいます。エマニュエル・デ・ファリャは彼女のいとことききましたが確認はできませんでした。

ローマ賞を受賞した折に「寄港地」を第1次大戦での海軍士官としての航海経験をもとにローマで書きました。1922年、32才の初期作品です。これがイベールの最高傑作とは思いませんが最高に著名な作であることは間違いないでしょう。フランス人が描いたイタリア、地中海、アフリカで、洗練された和声とオーケストレーションが光りますが、音画という性格はグローフェの「グランドキャニオン組曲」を連想しないでもありません。

  グローフェ グランド・キャニオン組曲

20世紀初頭のヨーロッパ人が渡ったシシリー島、アフリカ大陸(チュニジア)というアラブ、イスラム圏の空気と情景をドビッシーの和声と印象派の管弦楽法で描いたのがこの「寄港地」だといっていいと思います。ご当地のイタリア人がこういう曲を書かないのが不思議ですがイタリアは歌ですからね、和声で絵をかくという発想は希薄です。それができた人はレスピーギですが彼は古代ローマ賛美のほうにいってしまった。一方この曲のカバー地域はローマを出港すると寄港地は全部が旧敵のカルタゴです。交響組曲「カルタゴ」にしてぴったりなぐらいです。

イベールがそれを描くのに使った旋法はアルメニア人のハチャトリアンが使ったアラブ、イスラム風旋法に似てイラク、シリアあたり(メソポタミア)の黒っぽい雰囲気をもっており、和声はというと洗練の極致のドビッシー風です。このミスマッチが個性になるというのがインヴェンションであるという例は、ストラヴィンスキーが土俗的なロシア民話の世界にやはりドビッシーをもちこんだ「火の鳥」という前例があります。ただどちらも本家の模糊とした使い方ではなく色彩は明確ですが。

例えば第1曲「ローマ-パレルモ」でヴァイオリンが上昇音型で入ってくるところ(11小節目)は火の鳥の「子守唄」の弦の上昇音型の入りそっくりです。これはどちらも2度出てきますが、寄港地の2度目の和声変化はB♭6(b♭,d,f,g)⇒ B6/c#(g#c#d#f#b/c#)でありとてもドビッシー的といいますか、ドビッシーを消化吸収したストラヴィンスキー的であります。

難しく考える音楽ではなく、ひたすら音の絵葉書としてお聴きになればいい。僕はこれを大学時代にシャルル・ミュンシュのレコードで知って、エキゾティックな響きで描かれているパレルモやチュニスに行ってみたいと強く思うようになりました。あのクルーズに魅かれたのもそのせいです。パレルモ⇒チュニス⇒バルセロナと、以下のようなこの曲の航海行程と同じルートだったから一発で決定でした。

第1曲 「ローマ - パレルモ」

第2曲 「チュニス - ネフタ」

第3曲 「バレンシア」

そして実際にその地に立ってみて、この曲は良く書けてるなあと改めて惚れなおしたのです。第1曲、冒頭のフルートがひそやかに夏の夜のなま暖かさを暗示します。これはまぎれもなく夜ですね。オーボエがが入ってきてからむとアラブの妖しさを秘めた空気の香りまで漂ってきます。

第2曲のオーボエの歌はもう典型的なアラブ風イスラム風音階でコブラ使いの笛を思わせます。バックのリズムがなんとも妖しくいかがわしい。ネフタはチュニジア南方のイスラムの聖地でサハラ砂漠に近く、音楽はそのむんむんした空気をたたえています。こういう題材が銭湯のペンキ絵にならないのがフランス風の洗練されたやや辛口で甘くならない和声と精妙な管弦楽法によるものでしょう。第3曲はスペイン風のリズムがはじけ、シャブリエの狂詩曲「スペイン」、ファリャの「三角帽子」のような感じになり幕を閉じます。

おすすめの録音は3つあります。

 

ポール・パレー/ デトロイト交響楽団

zaP2_A4010622Wパレーはこの曲の初演者です。曲想のつかみかた、変幻自在の和声の感じかた、楽器の音色の活かしかた、木管の妖しいニュアンス、リズムの活気、合奏の見事さとからっとした地中海そのものの見通しの良さ等々、自身作曲家でもあるパレーがイベールの意図を感じ切って見事なオーケストラ・コントロールで聴かせてくれます。一家に一枚ものの決定盤といってさしつかえないでしょう。録音も一世を風靡したマーキュリーのリビング・プレゼンス(35mmマグネティックテープによる)による高解像度と生々しさを誇り、年代を感じさせません。

 

 レオポルド・ストコフスキー / フランス国立放送管弦楽団

MI0002865985パレー盤にせまる魅力があるのがこれです。上品で品格を失わないパレーに対して原色的なお楽しみムードに満ち満ちていることではこっちが上でしょう。パレルモのむんむんした夜の大気のにおいは温度まで感じます。チュニスの伴奏の妖しくてあぶない感じ!これで僕は太鼓を買いたくなってしまったのです。舞っている中東風の容貌の女たちが見えてきます。イベールは管楽器を好み、その扱いに非常なセンスを見せた作曲家ですが、ストコフスキーも管の色彩を見事に出せる名指揮者でした。彼のこういう曲はどうしてもイロモノというイメージがあり第1曲の弦のポルタメントもそうかと思っていましたが、イベールの自演盤もそうしており直伝のようです。

 

ジャン・マルティノン / フランス国立放送管弦楽団

TOCE-16232上記と同じオケですが録音が新しく、徹底してフランス音楽流儀でやったものとして名演です。乾いた空気を感じる見通しの良いアンサンブル、立体感のある音場は彼のドビッシー、ラヴェルの演奏そのままの雰囲気です。ストコフスキーのようなロマンや物語性はありませんが非常にクールでプロフェッショナルな読みであり、寄港地にはこういう側面の魅力があることを教えてくれます。マルティノンもパレーと同様に自身が作曲家であり、交響曲等を残しています。

(こちらもどうぞ)

 最高の夏だった地中海クルーズ(今月のテーマ 夏休み)

 
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ドリーブ 歌劇 「ラクメ(Lakme)」

2014 OCT 16 11:11:57 am by 東 賢太郎

MI0003454807フランスオペラの名作とされるものは数は多くありませんがいくつか気を引くものがあります。フランスのソプラノに比較的好きな人が多いせいもあります。その一人がマディ・メスプレ(Mady Mesple、左)です。

この名コロラトゥーラのデビュー曲であり決定的な十八番であるのがレオ・ドリーブ(Leo  Delibes)の歌劇 「ラクメ」(Lakme)であります。僕はこの曲が大好きでひとには必ず聴きなさいと薦めるのですが、なかなか実演を聴く機会がありません。理由はおそらく単純で、ラクメ役に適当な歌手がそうはいないからでしょう。後で聴いていただく「鐘の歌」はいろいろなソプラノの録音を耳にする限り非常な難曲で、いったん音をはずしてしまうともう喜劇になってしまうリスクをはらんでいます。

Leo_Delibes

レオ・ドリーブ(1836-1891)はブラームス(33年生)、サンサーンス(同35)、ビゼー(同38)とほぼ同世代でフランス・バレエ音楽の父といわれます。それはコッペリア(Coppelia)、シルヴィア(Sylvia)というバレエのヒット作による命名でしょう。この2曲は非常に優れた音楽を含んでおりその命名に異存はありませんが、だからといってオペラを忘れても困るのです。

83年にパリのオペラ・コミックで初演されたラクメは、同じ劇場で75年に初演されたビゼーのカルメンの血を引いているように感じられてなりません。両者は、洗練された精妙な和声、カルタの歌の軽妙さ、旋律の強烈なエキゾティズムなど、ドイツにもイタリアにもないフランス音楽ならではの魅力を共有しています。僕にとって、ラクメは完全にカルメンのモードで聴ける名曲なのです。

ストーリーはイギリス統治下のインドでの英国人将校ジェラルドとヒンドゥー教高僧の娘ラクメの悲恋物語で、蝶々さんの元祖のようでもあり、女の死のお涙で終わるボエーム、トスカ、カルメンの系譜でもあるように思いますが、残念ながら陳腐であることは否定できません。この台本の出来が人気を損なっている面も否定できないでしょう。

この頃の欧州は63年のビゼーのオペラ「真珠とり」、88年のR・コルサコフのシェヘラザード、96年のサン・サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」もそうですが、オリエント趣味が流行でありました。それも西洋人の目線で書かれたものですから多くの場合違和感はぬぐえませんが、それを割り引いてもこのラクメの音楽は魅力にあふれております。

第1幕の「花の二重唱」はCMにも使われ有名です。不思議な陶酔感をもたらす曲であり、ドリーブのただならぬメロディーメーカーの才能を感じます。ソプラノとメッツォのデュエット、美しいです。

そしてこのオペラのハイライトといえるのが第2幕の「鐘の歌」 (”Où va la jeune hindoue?”)です。フランスのリリック・コロラトゥーラの代表曲というとこれとオッフェンバックのホフマン物語のオランピアのアリア「生け垣に鳥たちが」となりましょう。

マディ・メスプレです。

メスプレの魅力、お分かりいただけたでしょうか。彼女の「鐘の歌」の落ち着きと安定感、音程の良さ、お見事です。僕が彼女を好きなのはその卓越した技術あってこそではありますが、その上で、彼女の声質に強く魅かれているのであります。理由はありませんが、彼女の地の声が好きなんだと思います。リリックで可愛いからかというとそうでもなく、例えばポップスでは声が低めのカレン・カーペンターも好きだしアニタ・ベーカーも好きです。

lakme

この曲のおすすめCDとしてはメスプレのタイトルロール、アラン・ロンバール指揮パリ・オペラ・コミーク管弦楽団という圧倒的名演があります。ロンバールはあまり知られていませんがスマートでセンスの良い指揮をする人でオペラも非常にうまく、ストラスブール管弦楽団を率いたフランス物は僕は好きで集めています。このCDのオケも大変好ましい音がしています。

 

(こちらもどうぞ)

癒しの声、アニタ・ベーカー

 

 

 

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