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スクロヴァチェフスキーの訃報

2017 FEB 23 22:22:28 pm by 東 賢太郎

ショックを受けております。1月に読響からお知らせのハガキが来て、「スクロヴァチェフスキー氏の来日中止」とありました。脳梗塞の治療のためとありこれは・・・と嘆息するのみでした。

あれは1983年10月28日、アカデミー・オブ・ミュージックにおけるフィラデルフィア管弦楽団のマチネ演奏会のことです。初めて実演を聴いたブルックナーの第8交響曲に圧倒的な感動を覚えてしまい、いてもたってもられずそれを伝えようと家内をつれて楽屋にむかいました。するとせまい廊下をひとり歩いてきたスクロヴァチェフスキー(以下Sさん)とばったり会ったのです。

お断りすると僕はサインをねだるミーハーではありません。フィラデルフィアで人気絶頂だったムーティーは一度も訪ねておらず、会いに行ったのは深く感動したオーマンディーとSさんだけです。そのぐらい爆発的で稀に見るものだった、それに突き動かされてどうしてもひとこと「お礼」をしたかったのです。ムーティーとは全く違う音で、僕の長い音楽体験のうちでも白眉、一生忘れることのない演奏。この日以来8番は僕にとって特別な音楽となって今に至っています。

当時彼のレコードは持っていましたがお国ものショパンPCの伴奏指揮者のイメージでした(ルービンシュタイン、フランソワ、ワイセンベルク)。一方でブルックナーの8番という音楽だってカラヤンのレコードで聞いていたぐらいですが、たしか4番(ワルター)、5番(クナ)、7番(コンヴィチュニー)、9番(マタチッチ)あたりを持っていてもあまりピンと来ておらず、アダージョがきれいなので8番だけが記憶にある程度でした。

飛び込みで話しかけてきた見知らぬ東洋人の男女にほんとうに誠実、真摯な姿勢で接してくださり、汗だくではありましたが、つい今しがたあれだけの演奏をし終えた人と思えぬほど冷静に、僕の愚問ごときに真剣に言葉を選んで答えてくださったのは驚きであり深く心に残りました。音楽に人柄が出るとするとそれは彼においてこそで、あの姿勢でスコアを読みこまれた結果があの音なんだろうとつくづく思います。

オーマンディーやバーンスタインはひと仕事終えた好々爺という感じでもありましたがSさんはブルックナーとフィラデルフィア管弦楽団の弦の相性につき滔々と語ってくれるなど、ああこの人も音楽が好きなんだと当たり前のことを強く感じました。仕事師の職業指揮者ではない、書かれた音符に真摯に意味を見出す、それもポエムとしてよりは化学として神様の調合・配剤の賜物としてで、作曲家なんだなと直感したのを覚えています。

たまたま家内がお友達が映ってるというので去年の1月21日の読響の8番をビデオに撮っていて、これが大変な名演奏です、よくぞとっておいてくれました。ニュースによると、93才になられて11月にミネソタ管を振った最後の演奏会がやはり8番だったそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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僕の主治医である神山先生

2017 FEB 23 2:02:54 am by 東 賢太郎

以前に書きましたが神山先生の漢方薬を2004年から朝晩欠かさずいただいています。野村を退社してみずほに移籍し、ストレスのせいでしょうかつてない体調不良に見舞われました。症状は風邪でしたが発熱が医者にかかっても治らず、これはまずいと知人の紹介で仕方なく門をたたいたのが神山研究所だったのです。

当時は漢方など知る由もなく半信半疑です。大した診察もなく「煎じ薬あげるから飲みなさい」だけでおわり。正直のところこりゃだめだと思っていました。ところが黒くて苦い液体をコップ一杯言われた通り飲んで寝ると、朝には体が軽く熱はさめ一発で治ってしまった。これは何だ?ということになったのです。

毎月1,2度行きますが、まず背中に鍼をうってもらいます。これがどういうわけか効いて高校生のような若返った気分になる。それから薬草を5~6種類(なんだかさっぱりわからないが)当方の顔色など観てその時々に調合してくれます。これが未病といって病気にならないための免疫力をつけてくれるのです。

中国の薬草学の集大成、黒い液体の効能でそれが悪いはずないと体が悟りましたが、彼は毎年5,6月にドイツやハワイに治療で呼ばれています。米国は制癌剤投与はもう下火で最先端の論文は免疫療法が主流とききます。中国の未病という発想が源流になってコペルニクス的転換が起きていると思われます。

欧米は医療は「治れば勝ち」という発想です。しかし丸山ワクチンの例のごとく日本は「学閥」と「医者が何を学んだか」が支配している気がします。当然それは旧来の対症療法の発想による西洋医学なわけで、本家の西洋医学が東洋流の未病に発想転換してもついていけないのではないかという危惧を覚えます。

先日書いた大阪の森嶌先生のように既にそれに気づいて転換している方もおられますがまだ少数でしょう。本家本丸の先生方ほど学んだものを失いたくないから遅れるリスクが高い。付け焼刃的に「漢方も処方します」ではない、優秀な医師こそ「治れば勝ち」の競争に先陣をきってもらいたいものです。

2004年以来、冬に必ずひいていた風邪とおさらばしました。龍門気功の大家をそう呼ぶのも申しわけないが、先生は大事な友人であり僕の主治医である。最高の技術でその信用に信用で返してくださる。こういう関係こそ最も盤石であり、僕が最も大事にする人間関係です。

本来なら日本に来ないレベルの漢方医がいてくれるというのは大変なことなのです。彼が日本で弟子を育成するなどして本物の未病療法を日本で根付かせることは難病の患者さんの朗報であって、サポートしたいと思っています。

 

 

 

 

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芥川也寸志さんと岩崎宏美さん

2017 FEB 21 1:01:09 am by 東 賢太郎

成城学園初等科にいたのですが、金持ちの坊ちゃんではありません。お嬢で育ったお袋の趣味だったんでしょうがお品が良すぎてなんとなく肌には合わなかったですね。制服が帽子に半ズボンで軟弱っぽくて、公立の子とちがってて嫌だなあと思ってました。あの反動だったんでしょうか、なんちゃって硬派、バンカラ、アンチ・ブルジョアのほうにいってしまい、振ったのがゲバ棒ではなくバットだったのは救いでした。

勉強はした記憶がないというか、僕の勝手解釈によればしなくていい雰囲気であって、クラスも塾に行く者など皆無で考えたこともなし。あまりの出来の悪さを知った親父がエスカレーターは勉強せんし遊び人になりそうだこいつはだめだとなって中学で外を受けさせられてぜんぶ落ちましたが、親父はそのころから東大へ行けと存外なことを言いだして五月祭に連れていかれたりしました。だからなんとなく当然入れるもんと信じこんでました。

そのかわり映画とか劇とか舞踊とか彫塑なんて授業があって、そういうのはとんと興味ありませんでしたがアートは生活のそこらへんにごろごろところがっていて当たり前という感覚にしてくれました。こういうのは文部省指導要領じゃどうしようもない。このあいだ銀座で卒業生の女の子がいて、40才ぐらい後輩とわかり彫塑室の粘土の穴ぐらの描写をしたら「いやだ、それそのまんまですよ~」と、その子も成城っぽい「アートはあって当たり前」感をただよわせながらびっくりして、年の差などものともせず共感しあったりできてしまう。不思議なもんです。

いま思うとまわりはすごかったですよ。ラグビーの松尾兄弟や、3つ下の妹のクラスには歌手の岩崎宏美さんもいました。彼女がスター誕生という番組でデビューしたてのころ食事したりしましたが、あれ、この頃でしたかね、この歌はずいぶんヒットしましたが。

同じ学年の桜組、橘組の父兄には黒澤明さん、三船敏郎さん、東大総長の加藤一郎さんなどがおられ、僕の桂組には芥川也寸志さんがおられました。龍之介の次男で日本を代表する作曲家で家もお邪魔しましたが、当時はY子ちゃんのお父さんというだけで誰だかよくわかってませんでしたね。

成城は学校劇なるものがあり、まあ子供ミュージカルみたいなもんで面白かった。その音楽を芥川さんが作られ指揮もされた。生のオーケストラも指揮者というものも、その時初めて見たのですね、そしてその子供の祭りという劇で主演をして主題歌を歌ったのが岩崎宏美さんで、めちゃくちゃうまいなあと感動した記憶が残ってます。

NHKの大河ドラマ「赤穂浪士」の音楽は芥川さんでこのメロディーはいまでも鮮烈に覚えてます。えらいかっこいいなあと思ってましたが、調べてみるとこれも昭和39年、東京オリンピックの年の放映だったようで僕は小4です、あのころだったんですね。

Y子ちゃんちは成城の高台で見晴らしの素晴らしい場所にあり、もちろんピアノがあって、子供心に素敵だなあと俺もああいう家に住むぞと憧れました。高台というとバーデンバーデンのブラームスの家も崖の上で、どうも僕の「崖好き」はお二人の作曲家の趣味から来ているようで、いざ自分で建てるとなったときに成城~田園調布を走る国分寺崖線の崖の上ありきになりました。なかなか出てこないので出たら即決で買った。家族は高いと大反対でしたが、三つ子の魂みたいなもんでかなり執念に近かったです。

 

(ことらもどうぞ)

______男の子のカン違いの効用 (6)

我が来し方に響く音楽

 

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ヘンツェ 交響曲第8番(1992/1993)

2017 FEB 19 22:22:44 pm by 東 賢太郎

電車でイヤホンできいてるのはatonal(無調)の曲です。最近はヘンツェなどですね。同時に「ながら」でブログを書いてますから、頭がキリッと冴え喜怒哀楽の感情の波がおきない現代音楽がよいのです。

ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(1926-2012)はドイツ人ですがヒトラーにかぶれた父に反抗して育ち、徹底した反ナチズムを標榜してイタリアのローマ近郊に居を構え、共産主義に共鳴しキューバの革命政権を支持してチェ・ゲバラの追悼曲まで書いた。ホモでもありましたから、バーンスタインのいう理想の音楽家、「ホミンテルン」に完璧に適合する人物でありました。

ポスト・ウォーの作曲家として僕はフランスでブーレーズ、ドイツでヘンツェを評価しております。ヘンツェの音楽はしかしブーレーズとは対極的でセリーでも微視的でもなく、多くのオペラ、バレエがあるように劇場で映え、無調ではあるが旋律がきこえ骨太でどこか肉感的です。10曲書いた交響曲はドイツの楽団の音になじみ、音響としてはブラームスの末裔としてとらえられるどっしりとした名曲ぞろいであって、ぜひ広く聴かれることを願ってやみません。

第二次大戦後も母国と絶縁状態にあった彼の活躍の場はイタリア、英国でしたが、ようやく1980年代になって復縁の方向となります。シェークスピアの真夏の夜の夢から発想し1992/1993年に書かれた交響曲第8番は、ベルリンの壁崩壊を経た復縁後の作風としてややラディカルさは後退していますが、60才台半ばの円熟の技法が冴えわたった名品で僕は特に愛好しています。

マルクス・ステンツ指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団のこの演奏は驚くばかりの名演で何度聴いても圧倒される稀有な録音として記憶されるでしょう。

この作曲時に我が家はドイツに住んでいたわけで、まさにコンテンポラリーであります。和声はatonalなりにロマンティックであり、旋律性とあいまって独自の美感を確立しています。これは同じドイツ語圏の新ウィーン楽派とは一線を画した世界で僕にとって非常に妖しく魅力的な交響曲なのです。

彼の代表作のひとつ、ピアノ協奏曲「トリスタン」 (1973) (ピアノとテープと管弦楽のための)にはブラームス第1交響曲の冒頭があからさまに引用されます(16分57秒~)が、ヘンツェの交響作品の質感がブラームスに近似性を感じさせる好例としてお聴きいただければと思います。

このところ取り上げるのが現代音楽ばかりになりましたが、音楽=tonal(調性)とは教育の嘘です。我々が聞く99.99%の音楽は調性音楽ですが、それは音楽をする方も聞く方もそういう既成概念の奴隷として育つからで、雅楽であれ長唄であれ江戸時代までの日本に三和音による調性音楽など存在しません。古来よりの日本人の心の耳を開いて聴けば無調音楽にいかに偏見をもって育ったかはご理解いただけると信じます。

ヘンツェの8番。何度もくりかえし聴いていただき、それが信じがたいほど「美しい」というのを知っていただければ幸いです。

 

 

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なんでもいいから井戸は深く掘れ(僕の教育法・その2)

2017 FEB 19 2:02:24 am by 東 賢太郎

大学へ入るとすぐ家庭教師や塾で中高生に数学を教えましたが相場は時給3千円ぐらいでした。東大にはいって得したなと思ったのはこれぐらいで、当時国立大の授業料が年3万6千円でしたからけっこうなもので、それでレコードが買えたのは有難かったですね。

僕は「問題をぱっと見て解き方をどう思いつくか」を、実際に僕がどういう思考回路でその結論にたどり着くかを言葉で実演することに情熱をそそぎました。「解法」ではなく、「思いつき方」をです。時間制限のある受験数学はこれで確実に勝敗が決します。だから解法や計算法は機械的な部分だから自分で練習してね(それ以外に手はない)としました。

思いつく練習(①)+解法の練習(②)=満点なのです。

ところが①は教えられないことがだんだんわかってきました。結局、②で苦労してないと①だけの練習は再現性がなく、②は教えられるが自分で苦労して練習しないと身にはつかない。ということは「練習問題をたくさん解きなさい」という当たり前の指導になってしまうのです。そんなことは誰でもいえますからね、それで高給もらうのは申しわけないのでバイトはやめました。

①は野球のバッティングでいうと、振るか見逃すかです。打撃というのは投げられたボールの軌道を予測してそこにバットの芯を合わせる行為です。予測の精度が低いと打てません。予測したらあとは振るだけです。この予測が①、振るのが②なのです

②は条件反射化するしかなく毎日昼休みに部室前で全員で200本欠かさず素振りをしました。プロはキャンプで毎日千~二千本だそうです。しかしいくら②を鍛えてもボール球は打てません。それを「見逃す」、これが難しいのです。投手はボール球や難しいコースの球を振らせれば凡打になる確率が高いので変化球を投げ、いわば騙し合いになります。

投手の手を離れて零点何秒で手元に来るボールを「ぱっと見て振るか振らないか決める」というのは①そのものです。問題文を読んで、あっこれは解くのに時間かかるなと見抜いて見逃す。4問あれば、一番速く解けるのから片づけたほうが点がいいに決まってますから実に簡単な話で、それが出来れば数学の偏差値は確実に上がります

しかし、打撃でいえばその判断は自分のバットを振る速度や精度によって変わります。だから素振りでそれを体得しないと振る振らないの判断技術も向上しないのです。つまり、数学の場合、結局、②で苦労してないと①だけの練習は再現性がなく、②は教えられるが自分で苦労して練習しないと身にはつかないという結論に僕は至りました。

野球中継を見ていると解説者が「見逃し方がいいですね」と打者をほめることがあります。「見逃し方」で上級者かどうかわかるのです。投手をしていると、知らない打者の実力はけっこうそれで判断してました。きわどいたまをすっと自然に見られると「おぬしやるな」って感じになるんですね。選球眼とはちょっと違って、それもその内ですが、もっと総合的な反応です。

プロで3割を打つような人は例外なく見逃し方がいいですし、思うに2割打者との差はスイング速度ではなくそっちです。投手の方もプロは速いだけでは打たれるのは、スイング速度の勝負ならプロになるような人は2割打者でも対応してしまうからで、ノーコンの150キロより針の穴を通す130キロが上です。

こういう経験から、僕の教育法のその2として、

「なんでもいいから井戸は深く掘れ」

が出て参りました。野球と数学の練習は、井戸の深いところまで掘ればけっこう共通しているところがあるのがご理解いただけたでしょうか。なんでも結構なのでクラブ活動でも趣味でも一つのことを深く知れば、違うジャンルのことに応用がきいたりします

ただ、ここから先は何とも言えないのですが、素振りを何千本しても見逃し方が2流の人はいるんですね、プロにも多くいます。見ているとたいがい2割打者で終わりです。数学も②はカンペキなのに①ができないとそれなりです。1番から馬鹿正直に解いていって時間切れになって終わる。もったいないことです。

 

(これはここから来ている)僕の人生哲学(イギリス経験論)の起源

(こちらへどうぞ)

僕の教育法

 

 

 

 

 

 

 

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僕の教育法

2017 FEB 18 20:20:42 pm by 東 賢太郎

僕は子供を勉強しろと叱ったことはありません。勉強を教えたこともほとんどない。次女が小学生のころ鶴亀算ができずに泣いてたので教えましたが、それが「悔し泣き」だったのを知って「えらいぞ」とむしろほめました。

鶴亀算の裏わざを覚えて人生役に立つわけではありませんし、試験は通ってもあとに何も残りません。自力でチャレンジして壁にあたり、苦労して乗り越えた経験は自信として残り、次の壁を越える知恵になります。 口酸っぱく言ってきたのは、「自分の頭で考えなさい」、それだけです。

代わりに、ときどき急にこんな質問をします;

①「5千円の券が12万枚売れた、売上いくら?」。すぐに答えが出ないと「それじゃあ考える材料が揃わないよね、それでどうやって考えるの?」「材料は機械的に出ないとアウト、大事な頭はそんなとこに使うな」と教える・・・計算力。

②「現在完了形のhaveの次にどうして過去分詞が来るの?」。教科書に書いてあったのでそう覚えてるだけの人は他人の頭で考えているので意味がロジカルにわかっていない・・・言語力。

③「円が安いとどうして日本株が上がるの?」。なるほど、では「円安でも下がるのはどういう場合?」。教科書に書いてない。普段から自分で考えない人はお手上げだろう・・・思考力。

計算力、言語力、思考力は「読み書きそろばん」で十分に身につきます。思考する言語が母国語で、「読み書き」は母国語で習得しなくてはなりません。だから日本語しかありえません。まだそれもできない子供に歌を教えて英語力がつくという発想は英語ができない人のトレードマークです。九九を歌で覚えて数学ができるようになりますというに等しいナンセンスだ。

①②③は「読み書きそろばん」程度の問いです。それを常に世の中で見つけて解く訓練を日々積んではじめて「インテリジェンス」を自分の頭で作れるようになります。インテリジェンスがない人はインテリじゃないのでインテリのフォロワーとして生きることになります。

読み書きそろばんすらできないのに「経済の先行きは?」なんて多変数関数の問いに答えが出てしまう奇跡のような理論は世界のどこにもありません。従って、自分のインテリジェンスで導いた答えに資金をベットする行為であるビジネスも、間違いなくできません。

別にビジネスが人生ではありませんが、その能力さえ持っていれば最悪でも自力で食って行けますから人生で何回かチャレンジができます。運命を切り開けます。この自由を手にできるできないは人生の喜びにおいてどうしようもない差になると僕は確信しています。僕は子供にいい人生を生きてほしいのです。

先日の稿に、

「人には2種類あって、もらった仕事だけする人と、もらわなくても仕事を作る人である」

と書きましたが、後者の人は少なくともビジネスにおいては前者の何倍もの価値があって生涯年収で勝る。これは一般相対性理論と同じぐらいあまねく宇宙的に成立する世界の常識なのです。学歴は無関係です。東大卒で前者という人が極めて多く存在するのが現実です。

そして、それはこう言い換えてもよろしいのです、

「人には2種類あって、他人の頭で考える人と自分の頭で考える人である」  

 

 

(こちらもどうぞ)

「東大脳」という不可思議

なんでもいいから井戸は深く掘れ(僕の教育法・その2)

 

 

 

 

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メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」

2017 FEB 17 0:00:23 am by 東 賢太郎

330px-Olivier_Messiaen_1930メシアンは常習性のある媚薬のようなもので、一度ハマるとぬけられません。彼は11才でパリ高等音楽院に入学し各科のプルミエプリ(首席)を総なめにした神童中の神童ですが、それは伝統作法下での評価です。ドビッシーもラヴェルも異端とされたり自らクラスを抜け出したり、旧来の流儀とは何らかの断絶があったのですがメシアンは徹底して彼の時代での優等生であった。優等生は秀才であって、だいたいがその評価にあぐらをかいて凡人で終わるのですが、彼はその殻を脱ぎ捨ててしまった。そこが凄いと思うのです。伝統作法下での作曲法の枠を打ち破って色彩、リズム、旋法、音価に新しい道を開いた、それは技法のための技法として理性でひねり出したというよりも感性に導かれた産物と感じられ、ドビッシーも彼の時代においてそうだったように、自分があるがまま自然に本能と直感に従って突き進んだ結果と感じられます。そうやって何か新しいことを「やっちまった」人を、後世は天才と呼ぶのだということならば、彼は稀代の秀才でもあった本当の天才だったのです。

「世の終わりのための四重奏曲」のピアノパートには伝統的な室内楽書法としてあたかもオーケストラのように他の楽器と主題によって対位法的に絡んで有機的に展開する部分はほとんどなく、対等の独奏楽器として、または単なる伴奏として和声付けの要素が目立ちます。それはこの曲だけでなくメシアンの音楽の匂い、クオリアそのものでもある際立った個性なのですが、ここにおいては付けている和声の魅惑が群を抜いています。この世のものと思われぬ神秘的な、尋常でない美しさであります。

常習性のある媚薬と書きましたが、その根源は和声にあるのです。これはどんなに強調してもしきれない重要かつシンプルな事実と思います。色彩、リズム、旋法、音価と理論体系にして彼は弟子に教えたがそれは神を見た教祖が一般人に説き理解させるための普遍化した経典であって、彼の頭脳の中では鳥の声もおそらく対位法でなく和声要素として響いており(この曲の第1曲はその驚くべき実例である)、ある一瞬の縦に切った音塊ではなく、横に急速に流れる音群全体が和声要素となる。それを彼は色彩という言葉で呼んでいると僕は解釈しています。彼は和声音楽の大家なのです。

とすると、彼の時代に、つまり同時代のライバルがドデカフォニーのセリーの技法を探求する時流の中で書いていた時代にそれで大家を成したというのは音楽史の流れの中で特別なことではないでしょうか。ストラヴィンスキーの三大バレエはれっきとした和声音楽ですが、しかも新奇であったから事件となり天才と騒がれた。それと同じことを30年も後にやってしまった、これは作曲をされている方だれしも特異な現象と認められるのではないでしょうか。ちなみに弟子のブーレーズもクセナキスも、はっきり和声を認識させる作法は踏襲できませんでした。

この四重奏曲は1940年に第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、ゲルリッツ収容所で書かれたいわく付きの曲です。ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノの編成で数千人の捕虜を前に収容所で初演。メシアンのこの時のことを「私の作品がこれほどの集中と理解をもって聴かれたことはなかった」と語っていますが、そういう状況下で書いた方も書いた方、聴いた方も聴いた方であり、特異な環境で産み落とされた奇跡の産物と思います。

天地創造の6日間、安息の7日目、そして不変の平穏な8日目という8曲から成ります。天国へいざなうような神秘的、蠱惑的な音楽で、僕には深いこころの静寂と安定を与えてくれる不思議な精神作用を持った音楽であります。楽章にはキリスト教の神秘主義的な名称が与えられていますがこだわる必要はなく、モダンジャズが好きな方は違和感なく聞けるのではないでしょうか。メシアンの代表作の一つであり、クラシックのレパートリーとしてマスト・アイテムといってよい名曲中の名曲です。

第1曲「水晶の典礼」の鳥の歌とピアノの和音からいきなり異界に引きこまれます。メシアンの鳥はベートーベンやマーラーのそれとはちがい協和音にデフォルメされず実音記譜に近いものを高度に抽象化しています。楽音としてではなく無意識に(意識を切って)聴けばいいのです。何度聴いても鳥と和音の調和は天才的としか言いようなし。

第2曲「世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ」ヴァイオリン、チェロの不思議なユニゾンは弦チェレの第3楽章を連想させます。やはり伴奏のピアノ和音が凄い。これぞメシアン。

第3曲「鳥たちの深淵」。クラリネットのソロです。速度記号レントで深々と歌い、やがて鳥の声に。静けさと緊張の支配する世界。僕はここに尺八の音像を聴きます。

第4曲「間奏曲」。ピアノが休み。この曲に現れる三和音的進行は別の色彩を放射します。クラリネットの鳥はクロウタドリでポール・マッカートニーのBlackbirdはこれのこと。

第5曲「イエスの永遠性への賛歌」で、チェロのモノローグがピアノの和音に乗って何かを歌いますがこの異様な美しさは一度聴いたら忘れ難い。チェロの独奏曲として最高のもののひとつ。

第6曲「7つのトランペットのための狂乱の踊り 」、トランペットは色彩を暗示する記号として。この曲はメシアンの旋法の特色が出ますが旋法そのものに匂いを感じ、もしオーケストラであったならどういう音彩がついたか想像してしまう。ずっとユニゾンですが楽器の組み合わせで色を変化させる、見事な変容の技法です。

第7曲「世の終わりを告げる天使のための虹の混乱」は再度チェロとピアノの二重奏で不思議な色気の和声が展開します。中間部で激しい曲想となりチェロのグリッサンドが異界を描く、そして今度はクラリネットが加わってまた静やかな虹色の不思議ちゃん世界に。これぞメシアンの媚薬です。そしてやってくる鳥と混乱。

第8曲「イエスの不滅性への賛歌」。ヴァイオリンとピアノによる天国への賛歌です。何と素晴らしい和声!これが天空に消え入る感動は巨大であります。マーラーの9番が好きな方はこれも共感されるのでは。この曲、Quatuor pour la Fin du Tempsでありend of time、つまり時の終わりです。収容所で終わる時とは何だったのか。「世」ではないだろう、「戦争」かもしれない、「今」かもしれない。慣習に従って標題は世としましたが・・・。

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これを真に知り、学んだのはタッシ(TASHI)の演奏によってです。Piano : P.Serkin、Violin : I.Kavafian、Cello : F.Shelly、Clarinet : R.Stoltzmanという名手たちが1973年に、この曲を演奏するために結成したグループでこのLPは僕の大学時代に出てきた衝撃の1枚でした。TASHIはチベット語で吉兆の意味。end of timeの次に来るものを示唆している洒落たネーミングでしたね。

 

 

(ご参考)

アンタッチャブルのテーマ(1959)The Untouchables Theme 1959

クラシック徒然草-僕は和声フェチである-

 

 

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クラシック徒然草《クーベリックの弦チェレ》

2017 FEB 16 1:01:57 am by 東 賢太郎

音楽に右、左はありませんが、あえていうなら僕は超保守の原理主義者でしょうか。それは前回のクセナキスの稿でご理解いただけると思います。何が原理か?「楽譜」では必ずしもなくて、作曲家に降りてきた「何か」である。それが何かは自分の感性で曲の音と譜面から探り出さなくてはいけませんが。

作曲家が森羅万象のメッセージを受け取る媒体なら、演奏家は作曲家が紙に書きつけた記号からそれを受け取る媒体です。良い演奏家かどうかは、作曲家を震わせた大元の「何か」に共振できているかどうかで決まります。万事に良い演奏家はおらず、曲ごとに共振できる人がランダムにいるというイメージです。

だから、何でも振れますという指揮者には懐疑的で「振り屋」と思う。何でも聞きますという人も「聞き屋」ですね。半世紀も聴いてきて好きでない曲はどんなに名曲とわれようと共振しようがなく、作曲家に何が降りてきたか知りようもない。だから良い演奏で聴けば感動できるという道理もないという結論に至ります。これが原理主義です。

古楽器演奏だから原典に近い、これがモーツァルトの楽器でやったピアノソナタで彼の音です、というのはどうも嘘くさい。楽器はそうであってもどう弾いたかは別な話です。楽器、楽譜どちらだけでもなくトータルなものから感性で感知したものが正しい。それは主観ですが、この曲かくあるべしは主観でいいのです。それに合致するものが自分にとって名演奏であり、しないものが古楽器だからといって修正を迫られるものではないでしょう。

好きでない名曲はけっこうあります。自分に正直に一切聞きません。好きな曲は自分の感性で「何か」を探って、それを描いてくれた演奏に出会うまで聴きまくります。出会えばおしまい。だからLP、CDを何十枚も持っている曲は出会いが遅かった、あるいはまだないという曲です(ない方が多い)。たまるのは不幸な遍歴の結果であって僕は収集家ではありません。部屋もオーディオも古い録音をうまく再生するためのものです、なぜなら古い録音に価値あるものが多いからにほかなりません。

kubelik2ラファエル・クーベリックのバルトーク「弦チェレ」はそのひとつ。第1楽章、緊張感をもってひっそりと始まり、シンバルの頂点へ向けて緩⇒急がつき音楽がふくらみ、そこから再度テンポを落としたまま妙な演出なくチェレスタを迎える神秘感の出し方。この呼吸、強弱の感覚、いいですねえ、理想的だ。オケはシカゴ響であり有名なライナー盤より前の1951年モノラル録音です。これがあってあれができた、そうであって全く不思議でない名演です。

第2楽章。ピアノのバランス、音色、そこに重なる木琴の音色、これは最高だ。ピッチカートがややばらつきますがアンサンブルも緊密。テンポも見事で後半のヴァイオリンの表情づけも良し。

クーベリックはチェコ物というのは都市伝説にすぎません。第3楽章、彼はバルトークの聞いた森羅万象の音に共振していると感じます。この楽章はライナーの方が一枚上手ですが、まだこれが大衆名曲になるずっと前に楽譜からこれを読み取った眼力は空恐ろしいものがあります。

第4楽章だけはどうも、バルトーク先生に大変恐縮なのですが、あんまり曲の出来がいいと思ってません。すみません。誰が振ってもso-soであります。

 

クーベリックのベートーベン3番、8番を聴く

 

 

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マイケル・フリンが突如辞任

2017 FEB 15 18:18:53 pm by 東 賢太郎

これはトランプ・安倍会談の直前に書いたもの。

このシナリオでうまくいくはずだった、そうしたらマイケル・フリンが突如辞任してしまった。民間人の外交政策関与を禁止する法律に違反。これはまずい。フリン氏が有能だ無能だどうのではなく、嘘をついて盗聴でばれて法律違反だった、これは即死である。ウソはFBIに訴追される可能性がある。トランプが知っていたかどうかが論点になると非常にまずい。

ロシアが弱みを云々はマスコミのおためごかしだ。米マスコミはトランプを引きずり下ろしたい。日本の大多数のマスコミはその受け売りだから同じ路線で非難する。ハニートラップなんかどうでもいい、大統領執務室でセックスしてもクビにならない国だ。

ねらいは法律違反、これである。

フリンが法律を知らなかったとも思えないが、盗聴は知らなかったから嘘をついている。元国防情報局長官とは信じがたいわきの甘さだが、こういう人が要職を占める政権だとするとそこから足をすくおうと策を練ってくる可能性が高い。個人的にはファミリー、側近が火元の経済法規違反が危ないと思料。この世界、これが狙われるだろう。

トランプ・ラリーで彼の一言で為替も株価も何%も動く。twitterの言語分析でアルゴリズムを組めば彼のつぶやきで儲けられると思う連中も出てくるだろう、しかしもっと危ないのは彼の「寝言」をきいてしまうこと。夜中の3時にフリンに「ドル高とドル安と、米国にいいのはどっちだ?」なんて質問をしたらしい。フリンは専門外なのでと答えなかったらしいが。

それにしても北朝鮮の暗殺事件といい奇怪である。経済がシュリンクすると民は飢え、政権は自己保身衝動に走る。中国が富を吸い取ったので世界中の国でそれがおきる。しかもこれからもっと激しく。ロシアは事実上独裁、フィリピン、北朝鮮もそう、中国自身はわからない、だから自己保身の方法は違う。もうジョークでなく、殺っちまえがあるし米国もお得意だ。

トランプが一発中国にパンチをかますことは期待できなくなってきたかもしれない。中国は外憂を演じて延命を図るだろう。すると、大変まずいのは日本だ。

 
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球春すぐそこまで来たる!

2017 FEB 15 10:10:56 am by 東 賢太郎

プロ野球のキャンプ中継(スカパー)、見てしまいます。去年あんまり興味がわかなかった反動でしょうか。

カープの第1クール(基礎トレ)、じっくり見ました。第2が打撃、ノック、連携など、第3が紅白戦という順番ですが試合より練習を見たい。野球は部活も9割は練習してるんで今になるとほとんどその記憶ばかり。試合はその時たまたまそうだったねという程度で、練習の苦しみの方が残ってます。

キャンプ。球音が聞こえるのがいいなあ。客が静か、ラッパも鳴らない、カーン、パシーンていう音だけ。あと選手の声。これですね、よみがえって興奮してきます。だから何時間でも見てしまう、いい番組です。

ブルペン。これです。見た中ではカープは塹江、良くなってる、いけるぞ。ドラ1加藤は浮いてる、重そうだけど。中日ドラ1・柳、球質いまいち怖くない。鈴木 翔太、うわっ、なんだ、こいつフォローいいなあ、阪神ドラ2小野、こいつ低目伸びてる、やばいなあ、・・・なんて

解説がまたいいですね。みんな野球少年にもどって興奮気味で熱い。技術のファンダメンタルを滔々と語ってくれるから面白い。試合はその時たまたまのできごとをしゃべるだけ、あれは誰でもわかること。でも練習は違うんです、たまたまはどうでもいい、基礎の基礎をしゃべっていて、もう考えてるレベルが我々素人とぜんぜんちがう。

紅白戦。カープ、九里が良くなってる。球に力がついた。シュートがえぐい。中村 祐太(関東一)ストレートいいぞ。でも一軍に5連打(!)されてしまうのかあんな球でも。プロの打者は恐い、あんなのどうやって討ち取るんだろう。カープの打線は仕上がってます。阪神は若手が伸びてるがまだちょっと荒い、送球なんか、ああいう所に出ます。

オリックスはたいしたことないなあ。カープと比べると基礎トレが甘い感じがするし自発性があまりない。中日、韓国のハンファ・イーグルスとやって18-1でしたが相手が弱すぎ。目だったのは新人の京田ぐらい、こいつはすぐ出てきそうだけど。巨人は見てませんがどうなんだろう。

ところで日ハム大谷、去年話題の167キロは球が沈んでる、あんまりいい球じゃない。着地した左足をフォローで引くのをTVで自分で説明してましたが、頭いいから理屈つけてたけどどうも違う気がする。右の足首無意識にかばって思ったほど体重が左にいかないからそういう癖になったんじゃないか。

野球はどこか痛いとかばってほかに無理がくるんで怖いです。自分で気がついてないから。ピッチャーはリスクあるんで野手でもいいんじゃないか、それでも十分メジャーでやれると思うんですが・・・。

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