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クラシック徒然草-ワルターのモーツァルトはLPで-

2014 JUL 10 0:00:13 am by 東 賢太郎

ブルーノ・ワルター(1876-1962)という明治8年生まれの指揮者の最晩年がステレオ録音初期に重なったのは幸運だった。ピアニストだったワルターは、リスト、ワーグナー、ブラームスと深く交わったハンス・フォン・ビューローの指揮を聴いて指揮者になる決意をした。マーラーの弟子でもあった彼が米国に渡ってコロンビア交響楽団と残した録音は、それら作曲家の曲が現代音楽だった時代のタイムカプセルのようなものだ。

僕は世評の高いワルターを特に愛好する聞き手というわけではないが、交響曲でいえば既述のベートーベン3番「エロイカ」とモーツァルトならば40番と、もう一つ35番「ハフナー」を時々取り出して聴く。この録音、オーケストラの定位が当時としては良く、悪くいえば楽器がばらばらに聞こえる感じがあるが、これがオーケストラピットの中みたいなイメージでありワルターの造りたかったバランスが良くわかる。こういう録音は嫌いでない。

ワルターのリハーサル録音はモーツァルトのリンツ交響曲、ブラームスの交響曲第2番をきいたことがある。最晩年だが青年のように頭の回転が速く、早口で情報量が多い(英語の発音はあまりうまくない)。フレージング、音価、強弱の注文が多く気に入らないと何度も裏声も交えてリアルに歌って指示するが、総じて進みのテンポの速さはビジネススクールの先生を思い出すほどだ。ワルター晩年の指揮を温かみがあり滋味あふれると評する傾向があるが、晩年も彼は枯れた好々爺とは程遠く、冴えた頭脳で音楽の流れを厳しくコントロールしている。だから19世紀を知る正確なタイムカプセルとして格別の価値を感じるのだ。

ところが、困ったことに昔のCBSやソニーのLPでもCDへのトランスファーでも高音がきつくていいものを聴いたことがなく、そのせいで僕はワルターの芸術が理解できないのだと思っていた時期があるほどだ。その後も日本独自企画CDのソニー・レコード盤などを買ってみたがハイあがりがさらにひどくてまったく聞くに堪えない。最近出たタワーレコード盤も買ってみたが、どれも満足できるものはない。とにかくCDはどれもヴァイオリンの高音部がキツくて痩せており、全体に高音部と低音部が分離して中音部が薄い感じに聞こえるのだ。そんな音でモーツァルトを聴いていいはずもなく、どうして彼のコロンビア盤の評価がいまひとつなのかわかる気がする。

walter walter1ところが先日、LPレコード棚に眠っていたイタリア盤(右)を聴いた。レーベル名もない怪しげな盤で、いつどこで買ったか記憶もない。たぶん85年前後にロンドンでバーゲンでもあったのかミラノ出張時に買ったかしたものだ。ところがこれがいいのだ。音が太めで弦に温かみとつやがあり、楽器の定位と分離もいい。この35番は遅めのテンポで入念にワルターのメッセージを刻み込むややベートーベン寄りの男性的解釈で好き嫌いがあろう。アンサンブルはあまり良くない部分もある。したがって僕は以前はあまり評価していなかったが、最近こういうのが良いと思うようになった。これがLPだと中音部も良く鳴り、バランスが均一になってオケに膨らみとボディができる。ああこういう音だったのかと、これが名演であることにますます納得がいくのである。録音は重要だと思う。

クラシックというのは同じ演奏(音源)が何度も手を変え品を変え出てくる。どれも同じと思っている方も多いが、実はぜんぜん別物というほど音が違っているケースもある。音によってその演奏のイメージはかなり変わる。このイタリア盤はもう市場にないだろうが、ワルター/コロンビアSOは欧州プレス盤を試してみる価値があるのではないか。

 

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