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カテゴリー: サッカー

WCチュニジア戦を見ながらの独り言

2026 JUN 22 0:00:16 am by 東 賢太郎

ライブ中継見ながら、チュニジアという国は行ったことがあるし後でブログを書きたいなあと思いました。でもサッカーのことはよくわからない。見るだけだと忘れてしまい何も書けないだろうということに気がつきました。そこで見ながら1人で喋って音声入力をしておこうということになったのです。試合の途中からです。やってみると、とても長いです。これをブログにするのは気が遠くなります。そこで録音されたままをアップさていただくことにしました。文字で読まれるよりも「ナレーター」にして読みあげてもらう方がよろしいかと思います。

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(ここまで録音できておらず)

自分が何に属しているかということです。まず学校がありました。そして社会に出て3つの会社を名乗る自分がいました。そしてフリーランスになって属しているのは東家というファミリーと国なんです。ワールドカップを見ていると日本という国に自分が所属している意識が強く覚醒してきます。個人やファミリーを考える時、まず第一に生存しなくちゃいけないので利益を考えます。自分や家族が有利になるかということです。これは自然なことです。しかし国に対してはそれは必要ありません。何が大事かというとアイデンティティです。海外に16年も住みましたから特にそうです。

サッカーを見ながらこれを吹き込んでいますが、試合の成り行きでぱっとひらめいたことを言葉にする。吹き込みすると何か違うんですね。頭に浮かんだふわっとしたアイデアが言葉にすると幻みたいに消えちまう。これが認識したってことなんでしょうね。量子力学で量子は観測されると振る舞いが変わるってことに似たものです。頭の中は量子が動き回ってるんだなって感じがしてます。

チュニジア戦は夜だと思っていたら13時だというので予約していたマッサージに電話をして夕方に変えていただきました。いつも勝手いって申し訳ありません。でも録画で見るのとライブで見るのと全然違いますからね。いまタイムは後半8分48秒ですが、ゲーム前に僕はなんとなく3対0で日本が勝つと思っていて、さてそうなるかなってところがちょっと気になりますよ別に誰かとあてっこしてるわけじゃないんですけど。前半は日本が7対3ぐらいで押しまくってましたが、それはチュニジアが疲れさせる作戦だったかもしれず、後半は結構押してきてますね。サッカーは全くの素人ですが、前半はかつての日本対ブラジル見てるぐらい日本に余裕を感じました。ここまでグレードアップしてきてることに喝采したいですね。野球はスポーツの中では異例なんで、だって打つ方はベンチで座って眺めてるわけです。サッカーは90分走り通しで気を抜く暇は一瞬もありません。スポーツはこういうもんじゃないでしょうか。野球は息を切らして倒れ込むような局面もほとんどないです。常にボールに意識があって、全員がいや観客もそれを中心に動いてる。宇宙の原理ってこういうもんで全部が流動的でしょう。だから攻めと守りと別れて半分休んでるのはかなり人為的ですね。1番長くボールを持ってるのはピッチャーで、その人間が昨日の巨人のウィットリー投手みたいにパワーがあって調子いいと相手は何もできません。つまりピッチャーが試合の7、8割を支配している感じなんです。これも他にはないことじゃないでしょうか、常にボールがあちこち動いており、その周りに人がおりちょっとした流れちょっとしたミスで1秒後に何が起こるかわからない。これ宇宙の原理ですよね。

チュニジアって国はカルタゴがあったところ、あのローマを脅かしたカルタゴです。ハンニバルがいたカルタゴです。それと小柄な日本人がガチの体力勝負で優勢なんて歴史的事件ですね。しかもこの試合審判がルーマニア人だ。これまた面白いルーマニアはその名の通りローマですからね。本田さんの解説はとてもわかりやすい。とても勉強になる。何せ流動的なゲームだから瞬時に形勢が動くし、そこでポイントポイントでタイムリーな言葉が出てくるのはすごくいいですね。だってピッチにいた人がピッチにいる気持ちで言葉を発してくれるんだから貴重じゃないですか。野球はこうは行かないですよ、だってバット振って一瞬でホームラン。解説のしようもありません。3点目が今入りました。いよいよ来た。これで僕のお告げの通り3ー0で勝つのかな、いいぞいいぞ、だったらすげえことだ。よくやった。伊藤純也177センチ33歳ですよ。でかくないです。これはサッカーはいいなぁ、野球はね2メートル近いピッチャーが出てきたらそんじょそこらの奴は打てませんよ。ジャイアンツ、巨人軍なんてでかいのが良いという基本的なアイディアがあるのがアメリカなんですね。アメリカはストロングが好きなんです。スーパーマンが好きなんです。サッカーはヨーロッパを感じるなぁ。だから野球はWBCやってもしょせんアメリカの文化圏の国だけだから世界的に見れば田舎の大会になっちゃう。もちろんそこで大谷や山本が活躍してくれて大いに愛国心をかり立ててくれてます。でもそれは地球上の話じゃないんだよなぁ。サッカーはどこでできたか知らんけど、多分イギリスでしょうね、それでヨーロッパで広まったからどこかの国セントリックじゃないんです。アメリカみたいな大黒柱、総元締めがない。そこに南米が入ってきてアフリカが入ってきてアジアは後進国だけど伸びてきて、野球に比べればまさにインターナショナル、ワールドワイドなんです。僕は野球で育っちゃったからアメリカが中心。これがスポーツに限らず自分の思考回路に深く組み込まれちゃってる気がします。サッカーを見てると世の中はそうじゃないことが気がつきます。こういう若い時から染みついた考え方、先入観、思考回路っていうのは自分では気がつかないけど、日々の生活や仕事やすべてのことに大きな影響持ってると思います。サッカーを見てるとそれが修正される気がしますね。あっ鎌田と堂安をさげましたね。もう次の試合を見据えてるのかな。選手については全然知りませんが、さっき出てきた選手の名前を見るとこのレベルでサッカーができる子がこんなにいるんだってことがほんとにすごいですね。今解説で日本のワールドカップの最高得点は、デンマーク戦の3対1で 4点取ったら新記録だそうです。結構攻め込まれてるけど今30分19秒。0で抑えられるかなぁ。おしい、オフサイドだ。鈴木と瀬戸がワールドカップデビューだそうです。日本の身長が181センチ平均でチュニジアが184か、もうそんなに体格差はないんだね。日本のレベルが上がったというけれど、こういうのも大数の法則みたいのが働いてるんで何人かの天才が出てきたってことではなく、全体のレベルが同時に上がっている相乗効果なはずなんです。その原因はおそらく日本人が海外のクラブにどんどん進出してるからじゃないでしょうか。野球あんまりそういう感じしませんよね。日本で育って日本式の野球をやってるスーパースターがアメリカに出て行ったら通用しちゃったって感じです。でもサッカーはそうじゃなく欧州に出て行った子がそこで鍛えられてどんどんワールドクラスの技術を磨いてきた感じがします。これはビジネスの世界に置き換えるととても考えさせられるとこがありますね。ビジネスは野球以下ですよ。海外の第一線で戦った人が少ないです。駐在したといっても外交官や報道みたいな仕事の人ばっかりで、現地のサッカーのクラブチームでエースストライカーになったみたいな人はほとんどいませんからね、これじゃ全体として強くならない、当然のことです。ちょっと英語ができる位でびっくりしてるような国は全く戦えませんね。ビジネスでそれだから政治家に至ってはもう壊滅的にダメです。今アメリカではではではでは、こういうのをではの神と言うんですが、そんなのが通用するのは超ドメスティックな日本の国会ぐらいのもんですよ。日本のエリートというのは勉強はできるけど、自分で手を出さないで支配するだけ。要は技術者を使う、理系より文系が偉くなるって何の合理性もないですよね。外国語ができる人も技術者なんです。でもそれが通用しないのは科学です。自分で軍艦や飛行機を作ろうと思ったらではの神じゃあ、おお、入った、なんとなんと4点入っちゃった。予想が外れました。すごいなぁすごいほんとに上田さんすごいね、オランダの得点王エースストライカー。佐野さんはマインツか、堂安さんはフランクフルトだし、もう馴染みの地名がたくさん出てくる。オランダ人もドイツ人も同じ種目で戦ってそうそう勝てるような人たちじゃないんです。そこは僕が骨身に染みてわかってます。それをこの若者たちは平然とやってのけてる、もう涙が出るほどうれしいです。涙が出てくる。ここが僕のアイデンティティーなんです。アメリカにもイギリスにもドイツにもスイスにも香港にもとてもお世話になったけれど、やっぱり僕は日本人で骨の髄まで愛国者なんですね。だから日の丸ばってんつけたり君が代歌わなかったり、まぁそういう人も日本にはいるわけだけど、その人たちって今のゴールを見てどう思ってるんだろうか不思議ですね。よくわかりません。将来の国会はここで戦ってるサッカー選手やMLBでアメリカを沸かせた人たちがぜひリードしていただきたいと思います。僕は人種差別をする人間では全くありません。それは海外でまっとうな仕事をしてアメリカ人もヨーロッパ人もまっとうに評価してくれた経験があるからです。僕が日本人かアジア人か、そんなこと関係ありません。やるものは評価される。これがフェアな人間というものでしょう。僕はたまたま日本に生まれたわけですが、それがどこの国であれ、その国のアイデンティティーを誇りに思うのは当然なことだし、その国でない国の人たちが立派な人であれば称えるのは当然なことだと思うのです。日本に帰ってきて思ったのですが、日本人のその点に関する意識と言うのは何年たっても変わってないんですね。明治政府の頑張りでアジアで圧倒的な工業国になり軍事力を持ち、白人にたかられていた他のアジア諸国を凌駕して、挙句の果てに蔑視するようになってしまった。江戸時代まではそんな事はなかったんです。しかしその国威発揚があったから日本は強くなった、これは事実です。今サッカーをこうして応援してる僕だってそういう強い日本万歳という気持ちはありますよ、だから思いっきり拍手してるんです。しかし、それはアイデンティティーとは違いますね。それはファミリーとか自分の生きる糧とか、生命を維持する本能とか、日本国にそういうものを求めていて、それを他の国の人に奪われるのが嫌だと言う気持ちが入ってると思う。それはアイデンティティではないし、祖国愛でもないと思うんですね。一言で言えば打算です。外国に行くまで僕もそれがありました。でも16年も5つもアイデンティティーのない他人の国に住んでみて、それがいかに大事かわかったんです。つまり僕らの子孫も日本人であることを誇りに思える、そういう日本になってくれれば、歪んだ打算のある誇りではなく、本当の意味でのアイデンティティーを日本は持つことができ、日本人はもっと幸せにも強靭にもなれると思います。でも多分そう思ってない、単によそ者は来るなっていう人がたくさんおられるのです。日本に帰ってきて怖い病気だなと思った。日本っていうのは閉じた世界で、名前が売れてないとうまくできないし、小さくてもほんとに良いものを積極的に評価しようと言う考え方が育ってないです。これはいずれ日本のハンディになります。野球は多分日本流と言うものが、例えばルールも日本語になったし、甲子園大会から始まる日本の野球選手の育ち方に独自のものができてしまい、それがアメリカでも通用するってのはほんとに凄いことなんですが、

あっ、いまゲームセットになりました。4対0ワールドカップ史上最多得点4対0。本当に強かったですね。危ないところはほとんどなかった、昔のブラジルと日本です。日本の子たちそんなに喜んでもいないし、まぁこんなもんでしょと言う顔してるじゃない、すごいなぁ、自分が強豪校とやってやられて相手のベンチがこんな顔してんの見てちくしょうと思ってました、本当にうれしいです。今の少年少女たちはこのシーンを見てこれが当たり前だと思って育っていく。素晴らしいですね。僕の世代は何をやっても白人にかなわない、体もでかいし、技術もあるし頭もいいし、俺たち昭和世代は井の中の蛙で世界に雄飛するなんて言葉があったぐらい雄飛するのは珍しいことだったんです。でももう日本人は完全に抜けてますよ。これはもう日本の20年後30年後、僕は見ることができないでしょうけども、ものすごいポテンシャルですね。ほんとにうれしいです。政治家の皆さん、本当の保守の方もいらっしゃるが、戦後保守だかなんだか知らないが、この勝利を見てそう思わない人は保守を名乗るのやめて欲しいね。皇室典範の話なんてね、どうやって国民はぐらかして女系天皇を合法化しようか頑張ってる人たちもいるけどもね、これを見て国民はどんどん覚醒していくでしょう。天皇陛下にやがて国籍問題が出てくるなんて突拍子もない考えはあまりにぶっ飛んでますからね、国民の理解の範疇にないんです。その間隙をついて徐々に徐々に隙間をこじ開けようとする勢力が信じがたい力を持って国会を動かしてる。330も議席を取った自民党、これ何なんですかね、あんたらほんとに日本人の方々なんですか?だからメディアは絶対にそうは報じませんし、女系天皇なんての認めれば、天皇陛下は外国の人になるかもしれない。日本人だとしたって小室さんの家系が天皇家になるかもしれないんですよ、いいんですかそんなの、それでいいって人たちは今日の上田選手の活躍を見てなんと思ってるんでしょうね。もちろん日本というアイデンティティーは日本の国籍を持っていれば持つ事はできます。誰にだって可能ですしそれは結構なことです。でももう一度言いますが、自分のファミリーや自分の周辺の利益、権力、そういうものが裏にある愛国心みたいなものはフェークであってアイデンティティーとは呼ばないんです。ああ森安監督ほんとにお疲れ様です、今日の勝利は偉大です、ほんとにチームが1つにまとまっている感じがします。前回のワールドカップを僕は聖路加病院のベッドで1人で見てました。コロナはなんでもなかったけどパニック障害のほうが問題になってしまって狭いところが怖くてですね、1人でいるのが耐えられずサッカーの90分間にとっても救われてました。それが今はそんなこともなく、パニックはどっかに吹っ飛んでしまい、こういう気持ちで選手たちに拍手を送れてる。ほんとに純粋に日本国を愛するスッキリした気持ち。うれしいです。堂安選手がインタビューだ、優勝狙ってる、すごいね、フランクフルトで活躍してるんだね、大変申し訳ないけど僕はフランクフルトに3年住んでてサッカー見に行ったことありません、ごめんなさい。板倉さんのインタビュー、オランダのアヤックス。サッカーのディフェンスが何をやってるか全然わかってませんが、188センチってでかいなぁ頼もしいなぁ。鎌田選手。イングランドのクリスタルパレス。平然としてますね。あの1点目後ろ足で蹴ったみたいなゴール、何が起きたかわかりませんでした。ああいうことを瞬時にできるって本当にすごい、2試合連続ゴール全く舞い上がってない平然としてますね。こういう男はほんとにかっこいいね。伊藤選手。ベルギーのヘンゲ、冷静に決めてよかった。勝ててよかった。落ち着いてるね。中村選手。先制をアシストしたフランス2部のスタッドランス。冷静だ。知的な子ですね。25歳。森安監督。日本人であることを国民が誇りに思うような試合をしたい。本当にその通りでした。言うはやすし行うは難し。やった人を称える。それがフェアネスです。これが人間に一番大事なこと。そういう人が日本に増えれば日本は強いけれども世界で尊敬される国になります。ああいよいよ上田さん、オランダフェイエノールト。1試合2ゴールはすごいね。182センチ27歳。すごく冷静で賢そうな子ですね。コメントを聞いてるとちょっと大谷に似てますね。この人は勉強やったら間違いなくできますよ。あの股抜きゴール、技術的な事はわかりませんが、冷静だけじゃなく持ってる感じがします。もういちど鎌田さん、イングランドクリスタルパレス180センチ29歳。1点目のあれ常に練習してたんだ。たまたまみたいに見てましたけど、とんでもない。この人も冷静だわ。腹が座ってる感じがする。こういう人は何やってもできますよ。解説の本田さんは今ビジネスで大活躍で投資ファンドで150億も資金調達してる。素晴らしい才能をお持ちです。何事であれ、あそこまでのぼり詰めた人は何かを持っていますよね。いずれ大谷さんもそういうふうになるかなという気もしますが、これまで野球界でそういう人は見たことがないです。野球やってる子が頭悪いわけでもないだろうし、やっぱり大きいなと思うのは海外に出てって揉まれたってことですよ。これは間違いない。日本の野球界はドメスチックで明治以来そのままのカルチャーで、だいたいが体がでかいお山の大将が成功するんじゃないでしょうか。豪速球160キロでフォークボールでバタバタ三振とってノーヒットノーランできちゃうなんて事はサッカーにはないでしょ、ボールに集中してカオス状態で一瞬先の出来事に即応しながらチャンスを掴むサッカーはビジネスそのものの感じがしますね。今日はマッサージ、時間変えてもらって迷惑かけましたがものすごく勉強になりました。日本おめでとう。森保監督ありがとう。

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WBCメキシコ戦(準決勝)

2023 MAR 21 16:16:27 pm by 東 賢太郎

ほんとうによく勝った。フロリダというスペイン語が飛び交うアウェー環境、時差ボケ。メキシコはホームでイケイケで強い。こうなると日本人は受け身になって押されてしまうものだ。佐々木朗希の3ラン被弾はまあそういうものだろうと思っていた。6回まで嫌な流れの3-0。完封される試合の感じがあった。

負けたなと思っていた7回、吉田のファールに見えた当りが3ランホームランで同点。ほっとしたのもつかの間、8回、すぐに2点取られてまただめかになる。だからその裏に源田が2ストライクからバントを決め、山川がレフト犠飛で1点差にしたのが実におおきかった。2点差だったら最終回は違っていただろう。

9回、先頭大谷が初球、あの外角を右中間に2ベースかよという唖然の一打。激走して2塁から雄叫びでベンチを鼓舞。空気が変わった!四球で出たキーマン吉田を周東にかえた栗山監督の勝負勘も冴えた。そして三振ばかりで不発だった村上がイタリア戦で見せた芯を食った左中間!周東が帰ってサヨナラを決めた。

こんな土壇場で逆転して見せた日本の野球。本当に強い。大谷が引っ張ったが全員の力だ。圧倒的なレベルの高さを世界に見せつけた。サッカーも素晴らしかったし、野球もやってくれた。

明日のアメリカも勝てる。鉄壁の投手陣を総動員して完封してくれ。アメリカは1次Rでメキシコに5-11で負けてる。

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WBC韓国戦

2023 MAR 11 15:15:41 pm by 東 賢太郎

昨日は朝から丸一日の仕事で昼飯ぬき。ディナーもあってWBC韓国戦は忘れていた。どうもこっちはまだ野球モードに入っていない。帰宅すると6回ぐらいで日本が爆打ちしていたが、この形勢はコールドゲームだなと思って見ていた。

コールドはやったこともやられたこともある。ボクシングならタオルが投げ込まれてテクニカル・ノックアウトということだ。まだ勝ち目はあるぞと思ってるのに「やっても100%無理よ」と勝手に権利を没収されちまうのだから男として異次元の屈辱というところである。

惜しかったがまあこのぐらいでよかった。韓国はピッチャーがちょっとまずかったかな。以前は細身のいいサウスポーがいたりして苦戦したのにどうしちゃったんだろう?

どうしてもサッカーW杯の残像がある。きのうも夜の席でドイツ戦、スペイン戦やモドリッチのシュートは凄かったなんて話題で盛り上がった。文字通り全球的なサッカーに比べると野球は米国文化圏の地区大会みたいなもんという感じは否めない。さっきコールドで終わった中国VS豪州戦なんか東京ドームの半分も客が入ってない。

いま少年だったらひょっとしてサッカーやるのかなという気がしないでもない。

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来年は野球がサッカーのあだ討ちだ

2022 DEC 31 0:00:05 am by 東 賢太郎

今年、いちばん感動したのがサッカーW杯だったのは意外でした。なにせサッカーはやったことないしルールだって危ない程度で、これまでもW杯はまあ期待せずに見ようかぐらいのイベントだったのです。とくに今年の日本国は何やらおかしかった。悪鬼が跋扈し、得もいえぬ邪気に覆われてました。そんな日本をほんとうに明るくしてくれ、国民がひとつになったことに感謝しかありません。

おかげで日本が負けてからもほとんど観戦してしまい、個人的にはクロアチアとモロッコを応援してました。クロアチアは日本の分まで頑張ってほしい。モロッコはランキングが日本と同じぐらいだということで。その2国が準決勝まで行って3位をかけて対決というのも熱くなりました。野球だけど僕も準決勝で負けて3位決定戦をやったことがあり、特に思い入れが盛り上がってしまいました。

どれか1ゲームというと準々決勝のオランダ・アルゼンチンですね。強烈でした。ラフプレー続出で煽り合い。まるで喧嘩でメッシがブチギレ、18枚もイエローカードを出した審判にまで制裁という凄まじさ。野球じゃそんなことはあり得ませんから、サッカーが見せてくれるスポーツのドロドロの真剣勝負の凄み、体当たりの醍醐味には圧倒されまくりましたね。

そんな野蛮な試合はいかんという声もあるようで、いかにも当世風、ポリコレ風です。僕はそんなものは糞くらえだ。スポーツはフェアであるべきだけどキレイごとで決着なんかつかない。国を代表して戦ってるんでね、ゴミ拾いだけ誉められても仕方ないんです。オランダもアルゼンチンも「国威」をかけて死力を尽くしました。男として見事です。

このゲーム、アルゼンチンがPK戦で4-3で勝ちましたが、凄いと思ったのはオランダのほうです。1点ビハインドの終了3分前、もうラストプレーかの瀬戸際の中で得たゴール正面のFK。直接行くと見せてゴロのパスで壁をぬいて世界を震撼させる同点ゴールを決めた。修羅場であれができる。日本にこのメンタルを持って欲しい。喧嘩はいかんですが、仮にそうなっても全員なぎ倒すぜぐらいのメンタルをです。

W杯が刺激になったんでしょうか、来年3月のWBCにダルビッシュ、大谷、セイヤが参加。メッシ、ネイマール、エムバぺがいる気分です。しかしアメリカも気運が高まってメジャーのトップクラスが来る。野球は7~8割がピッチャーで決まりますんで、いいのが出てきたらどんな打線でも打てません。逆に、絶対のエースを出しても人間だから投げてみないとわからない。

怖いのはダル、大谷、山本あたり、名前で出した先発がたった1球の失投をポカーンとホームランされ、アメリカは7,8,9回の投手が強力だから打線に焦りが出て、先発に打てそうで打てないのが来て凡打の山となり、1対0で負ける。これですね。今日はダメと見たらダルビッシュでも1回で替えないといけませんね。このメンバーでその采配は大変だけど、栗山監督ならやってくれるでしょう。楽しみです。

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森保ジャパンに見た日本人の進化

2022 DEC 7 13:13:26 pm by 東 賢太郎

これまでもワールドカップ(WC)はそれなりに見てはいましたが、そもそも今回ほど真剣にサッカーを見たことも応援したこともありません。それほど森安ジャパンの大活躍は社会的にも大きなインパクトがありましたし、僕個人においてもこの競技の面白さを存分に教えてくれたという意味で忘れられないものでした。クロアチア戦については非常に残念だったしいろいろ思うことはあります。しかし負けて一番悔しいのは選手です。それを我々も分かち合えばいいし、それが彼らへの一番のリスペクトとねぎらいでしょう。必ずや彼らは再起して4年後にまた力強く戦ってくれると信じます。

救いというわけではありませんが、今朝はあのスペインも、モロッコ戦で120分の激闘を0-0で分けた末のPK戦で負け、姿を消しました。ただの負けではありません。ひとり目はゴールを外し、あと二人も連続で止められて3-0の完敗。強豪の茫然とした表情に、ある意味でスポーツの残酷さまで見た思いです。スペインですらPK戦は4回やって3敗、これで5回やって4敗になったわけです。勇気をもって蹴った日本のキッカー達が何ら恥じることもありません。これを糧に徹底的にPKの技術とメンタルを鍛えればもっと勝てるとポジティブに考えればいいのです。

今回の日本チーム、選手たち自らが史上最強と評してましたが、それは勝って結果がついてきたからでもありましょう。優勝経験のあるチームが2つある唯一の組で1位通過はたしかに日本サッカーの歩みの延長線上では歴史的サプライズですが、75%がWC未経験の選手でそれを成し遂げた、このことはもっとサプライズではなかったかと僕は思うのです。経験者に頼ることをせずリスクを取って若手を選抜し、見事に束ねきって勝った監督の眼力、マネジメント力あってのことでもあったわけですが、そのポストにあった森安氏の資質が時流にぴったりだったという評価をしても彼に失礼にはならないと考えます。

その抜擢にこたえ、未経験をものともせず、強豪に気おくれなど微塵も感じさせず堂々と渡り合った20代前半の頼もしい若者たちがそこにいた。このことが僕にどれだけ勇気をくれたか。過去にも多くの名選手はいましたし、僕は本田選手の大ファンでもありますが、5人入れ替えてもチーム力が落ちないほどの人数はいなかったということです。多くが欧州プレミアリーグでもまれて層が厚くなったのでしょうが、実力がなければ行けないわけだし、行こうという気概があることが素晴らしい。ビジネスに生きてきた人間として、商社に入った人が海外勤務は希望しない、学生の一番人気は地方公務員という時代に何という光明だろうと感銘を受けたのです。

僕はWCで負けるたびに「フィジカルのハンディ」という声が聞こえてくるのが残念でなりませんでした。それを言いはじめたら百年は勝てないわけです。しかし今回、身長差のデータは示されていましたが少なくともそういう声はあまり聞きませんでしたし、見る側も「3センチの差か、だからなんだ?」と落ち着いていられた。これ、大変なことだと思うのですね。それを確認したのが森安監督のいう「世界で戦える」「新しい景色」だったかもしれません。でも、堂安のコメントを聴くたびに思ったのです、監督、もうそんな時代じゃない、彼らの世代はでっかい外人にそもそもビビってないぞと。

例えばドイツ戦の浅野のゴールです。僕が言うのもおこがましいのですが、日本サッカーはこんなに進化していたのか、フィジカルの気おくれなど微塵も感じさせないじゃないかと驚きました。たかが一つのプレーかもしれませんが、ドイツのディフェンダーに背を向けてロングパスを受け、潰しにくる彼を左手で押えておきながらゴール前まで攻め込んで世界トップのキーパーを出し抜いた。この個人技は技術もさることながら目線の高さにおいてもうワールドクラスでしょう。クロアチア戦で見せた三苫の快速のドリブルとシュートもそうですね。そういう心身両面にわたる進化がなければドイツ、スペインに勝つ確率は非常に低かったろうし、それはフロックでなかったということです。

僕のようなにわかファンさえそう見たのだから、多くのサッカーファンの皆さんがベスト8に期待したのは当然ですし根拠のあることです。でも、完全な個人技であるPK戦は別物だったのですね。欧州のプレミアリーグではあまり蹴る立場にはないんでしょうか、練習は充分でも修羅場でのここ一番では経験不足に見えました。かたやクロアチアは百戦錬磨の自信と余裕がありましたね。あれではどんな勝負でも負けます。でもくりかえしますが、あのスペインでもアフリカ勢、アラブ勢として唯一勝ち残った新参者のモロッコにPK戦で零封されたのです。だからそれを4年後にやればいい。良い課題が残ったと考えればいいのです。

世界トップレベルの戦いでそうそう一気に頂点に行くのは無理だ。僕ら昭和世代の常識ではそうです。何事においてもそういう思考回路が働いてしまうのがこの世代なのです。今大会、日本の若者にその常識を当てはめてはいけないことを悟るべきでしょう。僕らは太平洋戦争に負けた次の世代です。育った時代による思考の制約というものがどうしても働きます。欧米には勝てないんだ、戦争は二度とするなと骨の髄まで叩きこまれているからです。戦争についてはその通りです。いかなる時代であれ国家の利益のために人殺しをしてよいはずがありません。しかし、欧米に勝てないは余計だろう。アウエーで16年仕事をしていたものですから長らくそう思っていました。だから「フィジカル」という言い訳が聞こえてくるサッカーはあまり好きでなかったのです。

なぜなら大相撲をご覧ください。そんな言葉は辞書にないわけです。「柔よく剛を制す」がモットーである柔道にもありません。それが武士道にもつながる古来からの日本人の誇るべき精神であって、だから科学技術で欧米に300年も遅れた国が明治維新をおこす気概を持っており、ちょんまげを切ってからわずか30年あまりで列強が脅威に感じるまでになった。その過程で国家による人殺しが盛大に行われたわけでもない、まさに世界に類のない格別に徳のある立派な国なのです。このことを我々は再認識すべき岐路に来ていると強く感じています。それを過信して戦争に負けたじゃないか。たしかにそうでしょう。だからこそその敗戦から学ぶべきでなのであり、お手軽な観光立国などでなく、徹底した科学技術立国であることを貫徹すべきなのです。

柔道の体重別階級制は国際競技にするために欧米人が作ったのです。本来それをハンディと見ない我々には余計なお世話なのですが、昭和の教育を受けた我々は敗戦国教育のたまもので格闘技でもない競技でさえフィジカルのハンディを自分から言うようになってしまった。弱さの言い訳でなくて何でしょう。戦う前から負け犬なんですね、アメリカに住めばわかりますよ、なにより、当の彼らがそれをアンダードッグと呼んでいちばん馬鹿にしてるわけです。それに何の疑問もなく甘んじてしまう、そういう精神構造に仕上げられてしまった我が世代の情けなさ。僕もそうだったのです。だから経済大国ともてはやされると勘違いして有頂天になり、その座を追われるとシュンとなってしまうのです。

皆さん、試合後の代表選手たちの立ち居振る舞いに何を感じられたでしょう。彼らは終わったことに捕らわれず、何が足りないか、次は何をすべきかを勝っても浮かれずに淡々と語っていました。そこまでして戦った者だけが絞り出せる敗戦の弁も、そのずっしりとした重みに老いも若いもないと感じました。彼らに昭和世代の負の先入観はなく、のびのびと世界に雄飛してくれ、40代になる20年後にはサッカーのみならずすべての面において日本を真の一流国にしてくれる。そうなれるように背後から彼らをサポートしてあげるのが我々世代の最後の仕事である。そう思った次第です。

監督、そして選手の皆さん、身を削るような努力で4年の準備を重ね、これだけの堂々たる成果をあげて日本を明るくしてくれました。お疲れ様、心から感謝します。

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永遠に讃えるスペイン戦の勝利

2022 DEC 3 17:17:51 pm by 東 賢太郎

サッカーは何もわからないが、それでもスペインに勝つわけないだろうぐらいのことは思っていた。コスタリカ戦はいけるかもと思って期待して見ていたが、昔の弱い日本サッカーを見ているようだ。ああこりゃだめだで終わってしまい、なんだか世の中もドイツ戦で盛り上がった分だけ盛り下がってるではないか。TVではスペインの3トップの移籍金が合計で277億円だなんてやっていて全日本OBの解説者が聞かなければよかったですなんて笑ってる。コスタリカに1-0で負け、スペインはそれに7-0で勝った。じゃあ8-0かなと思った。

それでも気にはなって午前4時まで頑張ったが、前半はほとんどボールを支配されっぱなしであっけない1失点。やっぱりねとなって、3-0で負けならオッケーかなと寝床に入って熟睡してしまった。そうしたら「たいへんたいへん、逆転してるよ!」と娘に叩き起こされるのである。後半の半分ぐらいからアディショナルタイムの7分まで、わくわくどきどきしながら見守った。やった!この瞬間に立ちあえてよかった、娘に感謝だ。この勝利は一生忘れないぞ。ほんとうによくやってくれた!!

堂安、田中碧のゴールシーンは録画で見たが、何度見ても胸がすくほどすばらしい。三苫の折り返しがインプレー判定となったのは執念の証しである。ドイツ戦の浅野の2点目なんてのは、ああいうのはブラジルやスペインの肉食系のやつしかできない、農耕民には無理だなんて思いこんでいたプレーであって、何とスペイン戦でも8割の時間ボールを支配されながら間隙を縫ってそのレベルのを2つも決めてる。堂安の落ち着きはらった左足なんか世界レベルでなくて何だろう。

もう嬉しくて感動の極みだ。日本の20~30代の若い子たちが世界でここまで躍動し、何の臆面もなく堂々たる勝負をくり広げ、世界の超一流を完膚なきまでねじ伏せて「死の組」を首位通過。凄いとしか讃えようもない。こんなことは、サッカーに限らず、僕らの世代ではぜんぜん無理なことだったのである。完全に脱帽だ。日本人は劣化していると思っていたが、とんでもない、劣化していたのは我が世代であって、若者は進化している。

今年は暗いニュースばかりでなんにもパッとしたことがない、村上の三冠王ぐらいかなと思っていたら流行語大賞がそのものずばりの「村神様」である。それほど村上が凄かったわけだが、ここまでそれかよと案の定すぎてかえってその他の暗さが引き立ってしまうところに現状の日本社会の病気に近い閉塞感を覚えるのは僕だけだろうか。

現にコスタリカに負けると一部の選手を批判する書き込みが乱れ飛んだらしく、田中碧選手が「同じ国民なのになぜ一緒に戦ってくれないんだ」と嘆いていたと聞く。まあ期待の裏返しでもあろうし、どの国でもそんなものかもしれないが、いまの日本にはコップに半分の水を「まだ半分もある」でなく「もう半分しかない」と見てしまう空気が充満してる。それを思いっきり打破した選手たち、ありがとう、ここぞで勝てる日本を証明してくれた君たちが誇らしい。僕は心の中に君たちの銅像を建て、永遠に讃えるぞ。

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物事は勝つまでやれば負けない

2022 NOV 28 18:18:26 pm by 東 賢太郎

サッカーの事はよく知らないが、今回のドイツ戦の勝利は考えさせるものがある。いろいろやってみて、ダメならやり方を変えてまたしつこくやる。これを何度もやってればそのうち勝つ。勝つまでやれば絶対に負けない。もちろん今回の勝利がそんな簡単なものでないことはわかっているが、僕はこの考え方をいつも心の中に強く持って生きている。

ドイツ戦で後半に入れた5人の選手は、すごく攻撃的な選手だと聞く。だから前半とは全然違う攻め方に変えたんだろう。それが奏功して逆転勝ちしたんだからきっとそこに何かすごい秘密があったと思う。それが何かは知らないが、感心したのは、あれだけ攻める前向きで気の強い選手たちを前半ベンチに置いておいて腐らせなかったことだ。

堂安選手の俺が決める、俺しかいない。この言葉は当然だ。そう思ってなければあんな場に出られるはずがない。こんな選手がよくおとなしくベンチで試合を見ていたなと思うのだ。僕だったらなんで俺を使わないんだといてもたってもいられなくなって、そのうちにモチベーションが下がってしまうんじゃないかと思う。これは森安監督の説得力、コミュニケーション力の賜物だと言っている解説者の方がいたが、そうではないかと思う。

僕も若い頃、超攻撃的だった野村という会社の中でも超攻撃的な社員だった。守りについては全く考えていないので、後ろから支えてくれる人たちがいたから大きな失敗もなく点をとって活躍できたんじゃないかと思う。明日大仕事がある前の日などは、家で家族に一言も口をきかなかった。だからだろう、家内は私はスポーツ選手と結婚したと思っていると常々言っていた。そこで、あれこれ声をかけられ、家事などをさせられた日には、僕の攻撃力は大きく損なわれ今こうなっていないんじゃないかと思う。つまり、これは家内の監督力の賜物なのだ。

しかし、今はそうも言っていられなくなった。会社においては僕以外に監督はなく、戦略は全部僕が組み立てて、僕が指揮しなくてはいけない。コロナの影響もあり、少し仕事に閉塞感が出てきたと感じるのも事実である。だからここはひとつ思い切ってゲームプランをガラッと変えてみてもいいかなと思っている。サッカーをするのは選手だ。選手のフォーメーション、顔ぶれなどを一新してみることも手だと思う。

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ブルックナー 交響曲第8番ハ短調

2019 FEB 16 21:21:09 pm by 東 賢太郎

僕にとってときどき麻薬のように禁断症状があって欲しくなるのがブルックナーの第8交響曲だ。先週末にそれになってしまい、次々とかけた。カイルベルト、ベーム、ジュリーニ、ヨッフム、ハイティンク、バレンボイム。6時間以上どっぷりと8番漬けだが、こうなると1週間ぐらいは寝ても覚めても常時頭の中でこの曲のどこかが鳴っているという事態に陥る。実に常習性のある有機的でねちっこい和声プログレッションであり、ワーグナーが元祖であることは疑いもないが、ブルックナーのインヴェンションであることも同様に疑いがない。こういうものを書いた人は後にも先にもなく、どうしてこの人が自分よりはるかに才能のない弟子や友人の意見で右往左往してスコアの改定を重ねたのか常識的には分かりかねるが、8番初演の4か月後にマーラーへ送ったこの手紙を読めば手に取るようにわかる。

抄訳

「親愛なる友よ、私の作品への忍耐と勇気を持っていただいていることに心より感謝します。私の音楽を何十年もたってから理解するようなハンブルグのひどい聴衆と評論家に囲まれながらね。貴君にとってハンブルグでになにか耳新しいものをわからせるのは至難の業のはずです。ウィーンの評論家はふたり(ハンスリックととるに足らないもう一人)を除けばずっと進歩的ですが。堂々たる英雄であられるマーラー君、なにとぞこのまま私の側についていてください、特に4番(ロマンティック)を広めるために。8番はまだハンブルグには早すぎます(とはいえウィーンではかつてないことにそこそこ受けたのですが)。

(追伸)
ハンス・リヒターは8番をウィーンで初演して熱狂し、私をベートーベン以来のシンフォニストだと言ってくれています。ワーグナーも夕食の時にこう言いました、『絶対音楽でベートーベンとブルックナーに比肩できるのは自分しかいない』とね。こういうお言葉をもらうと心からほっとします。ハンブルグで亡くなったエドゥアルド・マルクスゼン、彼はブラームスの先生ですが、彼だって一度そういう趣旨の手紙をくれ、ほっとさせてくれたのです。」

この手紙は、マーラーを自分の陣営に取り込んでおきたい一心で書いた営業レターだろう。マーラーはこの手紙を受け取ったころ、ブタペストで初演した「巨人」の第2稿、および第2番「復活」を書いていたが、ブルックナーの目にはまだライバルのシンフォニストではなく、36才下でワーグナー作品上演に熱心な「ハンブルク州立歌劇場芸術監督、グスタフ・マーラー」であった。しかもオーストリア人でウィーン大学での教え子だ。ハンブルグはハンザ同盟の自由都市でプロテスタントだがドイツの都市ではユダヤ人が多く居住しており、そちらの人脈もある。

ウィーン生まれで1才下のエドゥアルト・ハンスリック(Eduard Hanslick, 1825 – 1904)というブラームス派の有力評論家はブルックナーの不倶戴天の政敵であったが、不安なことにハンブルグはライバルのブラームスの故郷であり、マーラーの前任者ハンス・フォン・ビューローはブラームス派だ。そこで「追伸」として師匠と慕うワーグナーの挿話を紹介したのだが、さらに足りない気がしてきたのだろう、「マルクスゼンも誉めてくれた」と追い打ちをかけ、しかも、ボヘミア出身のマーラーが知らないかもしれないと思ったのだろう「彼はブラームスの先生」であり「ハンブルグで亡くなった」とまでダメ押ししている。教え子であり作品に好意を持ってくれているマーラーだが、その好意が続く確信を持てておらず、敵方に寝返らないようお追従としつこいほどの権威付け情報満載で念を押しているのだ。これほどの支持基盤への不安が作品改定の理由となってシャルク版、ハース版、ノヴァーク版が生まれたのであり、このダメ押しの「くどさ」は彼の交響曲作法そのものでもあり非常に興味深い。

ブルックナーの交響曲のピアノリダクションはpetrucciで手に入る。有り難い時代になったものだ。僕は大学4年の夏にバッファロー大学に1ヶ月語学留学した折に図書館で火の鳥、シューマン第1交響曲のピアノリダクションスコアを発見して狂喜し、随分の時間と労力とお金をかけてコピーして帰った。今は何のことない、そんなものは家で15分もあればタダでプリントできるのだ。ブルックナーをピアノソロで弾けるなんて考えたこともなかった(難しい。8番は7番にも増して、非常に難しい)。余談になるが、この経験を通して僕は音楽著作権に問題意識ができた。物理や生化学の発明、発見にはノーベル賞が出るが数学にはない。数学は神が作ったものだからというらしいが、それならDNAの二重螺旋構造もそうだ。神が作った物理法則を駆使した青色発光ダイオードが発明なら音の周波数法則を駆使した作曲も発明ではないのか。主観的価値ではあるだろうが、では文学賞、平和賞は何なのか。辻褄が合わないのである。

人類に絶大な喜びを創造して残してくれたベートーベンやブルックナーの能力がアインシュタインやワトソン・クリックに比べて劣るとは思わないが、その評価をするのは後世なのだ。人は賞や教育の権威付けで動く。作曲という功績にそれが足りないというのが僕の認識だが、最低限の金銭的価値までが時限性があって、著作権が切れれば無料コンテンツと化して低俗なテレビ番組やコマーシャルのBGMに貶められてしまう現実には憤りを覚えるしかない。音楽の恩恵を人生に渡って享受した僕がその創造主である作曲家に感謝を捧げるのは人の道として当然であり、一聴衆としてしか音楽に関わりを持てない以上はブログでも書くしかない。

そうやっていまブルックナー8番について、この曲が素晴らしいというプロパガンダを書こうということになっているわけだが、彼の音楽というものはバロック様式の壮麗な教会のようなものだ。その空間に身を置いて五感で味わって初めてわかる「体験型音楽」であって、形式論的に構造をアナリーゼしたり、誰がどこをどう校訂した何々版が原典版とどう違うというようなことはあまり本質的な意味をなさないように思う。彼が少年時代に聖歌隊で歌い、オルガニストを勤めたザンクト・フローリアン修道院の内部の写真をご覧いただきたい。彼の演奏はこの空間の深い残響のなかにこだましていたのだという包括的なイメージをお持ちいただくことのほうがよほど大事だろう

この空間でブルックナーは交響曲の響きをどう発想したのか?下の録音はここでブルックナーが弾いたお気に入りのオルガンで第5交響曲について説明したものだ(彼はこのオルガンの下に葬られている)。彼にとってオーケストラの音響はオルガンであり、教会のアコースティックがどれほど不可分の意味を持っているか、それがブルックナーの楽曲の本質にいかに寄与するものかがお分かりいただけるだろうか。

次は大理石の広間をご覧いただきたい。フランスのルイ14世様式を範にしたドイツ語圏のバロック建築様式はしばしば装飾過多であることで知られているが、まさにその例だ。

大理石の広間

図書館は装飾過多をさらに逸脱し、混沌に踏み込んだ一個の壮麗な、見ようによってはグロテスクな世界すら確立している。ブルックナー体験を多く積まれた方は、これが彼の音楽のヴィジョンにどこか共鳴して見えないだろうか?

図書館

ブルックナーが「体験型音楽」というのは、そこに参加して佇(たたず)んでいればわかるという肯定的な意味と、総合的なヴィジョンがないとわけがわからないという否定的意味を含んでいる点においてワーグナーの楽劇に近い。バイロイト祝祭劇場で5時間じっとして「貴方は何を感じましたか?」と問われるようなものだ。僕はサッカーをスタジアムでは4、5回しか観戦していないから貴方にとってサッカーとは?と問われると「ミラノのサン・シーロで8万人のスタンドが揺れて怖かった」ぐらいしか出てこない。サッカー経験はなく知識も乏しいから、また行くとすればあの「揺れ」の興奮めあてになろう。バイロイトの聖なる密閉空間も体験型だ(一度で充分)。「そこに参加して佇む」ことに意義がある。マーラー、ブルックナーは第九と同様に客席が埋まるから供給サイドの人気演目だが、それは両方好きだという「百人超の大管弦楽大音響サウンドファン」もいるからだ。ブルックナーはハンブルグが俺の曲をわかるのに何十年もかかる(understand my works only after decades)と揶揄したが、あまり心配はいらなかった。

8番で最も人口に膾炙して猫にも杓子にも有名なところというと、おそらく第4楽章の入りだ。コサックの進軍を描いた前打音付きのユニゾンの弦の嬰ヘ音はクレッシェンドして ff になるが、僕には入りの p が耳の奥底ですでに響いていた幻聴のようににきこえる。再現部で不意にやってくる2度目は、さらに幻聴以外の何物でもない。

嬰ヘ音は耳が根音(ド)と錯覚するが、実はそうではなくミであり、つまりDの和音であって、ここでまず長3度下がった感じがする。この「長3度下げの麻薬」が楽章中にばらまかれる。次いでB♭m、G♭、D♭と移行するが根音はレ→シ♭→ソ♭とその麻薬の連発で、最後にレ♭と4度落ちてあたかもトニック然と着地するが、それは出発点のDの半音下であったという実に不思議な転調だ。こんなものがいきなり直撃するわけだが、12音音列のように理屈は通るが人口に膾炙しないものではなく、日本のTV番組のテーマソングに使われてしまうほど誰の耳にも「生理的に劇的な効果」がある。麻薬と書くのはそういう含みであり、それはこの楽章のコーダへ向けたクライマックスを pp で準備する非常に印象的な部分で葬列のように繰り返される。

麻薬の発明者はブルックナーではない。ベートーベンが愛用したのは有名だ(ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、悲愴ソナタetc)がそれは楽章単位のことで、8番のように小節単位で3回も連続技で繰り出すとなると効きが違う。ベートーベンが魅力的な和声のイノベーターだったとはあまり言われないし音楽の教科書にも書いてない。しかし例えば悲愴ソナタの第1楽章をご自分で弾いてみれば、実はそうだったと誰でも思うだろう。それに反応したのがワーグナーでありついにトリスタンという和声の魔宮を築いてしまう。それは機能和声的に「解決」しないという「寸止めの王国」であり、ブルックナーは機能和声的解決に聞こえるが「着地が少しズレた王国」を築いた。これはザンクト・フローリアン修道院のごとくオーストリアのバロック建築的だともいえる。

第4楽章はどういうわけか、僕には敬虔なカトリック教徒としてのブルックナーの信仰心ようなものよりも、彼が悪夢にでもうなされて観た地獄絵に近いものを感じてしまう。第2楽章の悪魔のダンスのような奇怪な楽想もそうだ。いつも思い出すのはルネッサンス期のフランドルの画家、ヒエロニムス・ボス(昔はボッシュと呼んでたが)の地獄と怪物の絵だ。

ヒエロニムス・ボス
祭壇画「聖アントニウスの誘惑」(リスボン国立美術館)

ボスの絵画は当時異端扱いされなかった(むしろ貴族に人気があった)が、宇宙の一環をなす人間、生物の本性を暴き出したリアリズムと受容されたのではないだろうか。僕はブルックナーにボスの如き神性と悪夢の両方を見てしまうが、ティーンエイジャーの女の子に70になっても求婚し続け、死と死体に病的な関心を持ち、自分が死んだら遺体に防腐処理をしてくれと遺言したこの大作曲家はその両面を持っていたように思う。彼は芽のありそうな10代の女の子の名がずらりと並んだリストを持っており、次々と求婚したがすべて失敗した。一度だけ、ベルリンのホテルメイドだったイダ・ブーツとついに婚約まで至った。人生の陽光だったに違いないが、破棄されてしまう。イダがカソリックへの改宗を拒んだからだった。彼はひどく傷ついて何度も鬱病の発作に襲われた。

ブルックナーは交響曲第8番のスケルツォを作曲するにあたってDer Deutsche Michel(ドイツのミヒェル)を想起したと語っている。それは日本では「野人」と訳されている。しかしドイツのミヒェルはドイツ帝国の擬人化で、英国のジョン・ブル、米国のアンクル・サムに相当する新興のドイツ帝国(Deutsches Kaiserreich)のアイデンティティ形成のための象徴的国民像であり、狡猾な周辺国に容易に騙される無知、天真爛漫で愚かしい男だが一旦怒ると手ごわいとでもいう国威発揚のイメージキャラクターである。野人より薩摩の「隼人」や土佐の「いごっそう」のコンセプトに近いと思われる。パルシファルを書いたワーグナーは「私はもっともドイツ的な人間であり、ドイツ精神である」と日記に記し、「古代末期にローマ帝国を滅ぼして新生ヨーロッパを作ったゲルマン民族と同じ国民だ」と論じているが、現代中国でどこへ行っても「自分は漢民族だ」という輩に遭遇するのと似たものだろう。ブルックナーのミヒェルはオーストリアのカソリックというアイデンティティの困惑であり、プロテスタントであるブラームスのハンブルグ、イダ・ブーツのベルリンとのコンフリクトのトラウマとそれに対する開き直りかもしれないと僕は解釈している。

Anton Bruckner (1824 – 1896)

ブルックナーは風采や言葉やマナーで田舎者扱いされた記録の枚挙にいとまがなく、8番でのDer Deutsche Michel発言に彼の属人的なキャラクターが混合して逆流し、彼自身が全人格的に野人だったというイメージが流布しているがそれは都市伝説だ。彼の頭脳は科学者のごとく怜悧で、敬虔な司祭であると同時にむしろmatter-of-fact-manであり、文学より和声法と対位法を駆使した有機体を生み出す厳格な作曲技法に関心があった人と確信する。もし聴き手が彼の楽想に神を感じるとするならば、それは彼のカソリックへの真摯な帰依に由来するのだろうが、それは天地創造の神と彼の創造する有機体が矛盾しないという信心においてmatter-of-fact-manである性格とも矛盾しない。彼の肥沃かつ鋭敏な調性感覚は真の意味で超人的であり、その点では同じ資質であったが文学に傾斜する性向もあったワーグナーへの傾倒はそこに起因しているだろう。神=作曲原理という保守性と、持って生まれた超越的な調性感覚が生み出す麻薬が彼の音楽を際立たせ、異教徒の我々までを陶酔させる。その結合が最高の完成度で達成された作品が交響曲第8番であった。

ヘルベルト・フォン・カラヤンが8番を初演したウィーン・フィルとザンクト・フローリアン修道院で演奏したものだ。

まるで8番のように長くなってしまったが、最後に、僕の8番体験のルーツとなった1983年のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキー、及び、1993年のギュンター・ヴァントに表敬したい。前者はここに書いたスクロヴァチェフスキーとの会話)。読響(2002年9月12日、芸術劇場)でも聴いた。こちらは亡くなる10か月前のベルリンでのライブ(ベルリン放送響)。実際に聴いた投稿者の方のコメントに共感する。

ヴァントのほうは場所がフランクフルト・アルテオーパーでオーケストラは北ドイツ放送交響楽団、1993年10月17日の演奏会であった。亡くなる9年前のこの頃がヴァントの最後の輝きだったと思うが、天国のように見事な8番であった。幸い同年12月のハンブルクにおける北ドイツ放送響定期でのライヴ録音がCDになっており、腰が曲がっていたが振り始めると矍鑠とした指揮台の姿を思い出す。彼の8番は複数あるがこれがベストだ。

 

クラシック徒然草-ブルックナーを振れる指揮者は?-

クレンペラーのブルックナー8番について

 

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ワールドカップのポーランド戦は是か非か?

2018 JUN 29 23:23:21 pm by 東 賢太郎

デイリースポーツ新聞は阪神が勝つと一面は常に阪神。これが例外なしの不文律だったが、今回のポーランド戦では、「阪神3連勝」、「能見100勝達成」の大ネタを捨てて初めてサッカーを一面にしたそうだ。ワールドカップのポーランド戦は物議をかもした。あんなのを見せられたらサッカーはつまらんスポーツだなと思ってしまう。

あれがYesかNoかは、本質を突き詰めればサッカーが「スポーツ」か「ゲーム」かという宗教論争なのである。だから結論はない。なぜかというと、ゲームというものは勝てば官軍である。勝たないと意味ないから手段は問わない。極論すれば、バレなければいかさまでもいいし相手がクレームしなければルール違反でもいい。

パチンコで負けて出てきたおっちゃんに「惜しかったですね」、「いいゲームしましたね」、「次につながる負けですね」なんて声かけてみればいい。「兄ちゃん、あんたアホちゃうか?」でおしまいだろう。将棋も囲碁もチェスもポーカーも麻雀も、負けた人に救いの言葉はないのである。

しかしスポーツにはそれがある。敗者もいい戦いだったと讃えられて報われたと思えるものがある。勝敗はもちろんプライオリティーだが時の運でもあり、勝負の中でみせる技術、勇気、フェアプレー精神を是々非々で評価しようという心の在り方がスポーツの根幹にはあるのだ。

サッカーをスポーツと考えるならあれは誰が見ても異論のない無気力試合である。イエローカードの差など何枚あろうがなかろうが、チームごとレッドカードで退場であろう。一方でサッカーをゲームと考えるならあれは他力本願だろうが負け試合の時間かせぎだろうがなんだろうが、是であろう。

西野監督はワールドカップをゲームとして戦ったわけだ。だからあれは是である。彼はルールに則って合理的な判断をしたわけで、ではその根拠となる彼の使命は何かというと、野球場にも大勢いる「ファウルが誤審でホームランでもうれしい。なぜ?勝ったからだ。勝てばいいじゃないか、なんであろうと」という類の人たちをエンターテインすることだからだ。勝てばいいじゃないか、なんであろうと、の人たちが西野はボケだとけなし、翌日に勝つと神だと讃え、鉦や太鼓をたたき、そうやってサッカーを支えマスコミの井戸端会議をにぎわわせてくれるからだ。デイリースポーツの編集長はだから悩んだのだ。西野は苦渋の決断と言ったが、本来サッカーはスポーツであるという信念との齟齬に苦しめられたのであろうと同情する。

なぜかというと、僕はあれを見せられると、サッカーは問答無用でつまらないと思ってしまうからだ。そうではないことは知っている。ミラノのサンシーロで、8万人のスタンドがごうごうと揺れどよめく中で観たインテル・ミラノとACミランの白熱戦など一生忘れることはない。西野監督はワールドカップを「ゲーム」と割り切って勝ち上がりルールにコンプライアントな戦略を採ったが、そのルールがああいうことを招いてしまうのはサッカーにとって損失と思う。「無気力試合はチームごとレッドカードで退場」のルールも導入したら何か不都合でもあるのだろうか。

 

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熱闘マツダスタジアム!カープ対サンフレッチェ

2015 APR 30 23:23:25 pm by 東 賢太郎

アベノミクス「第3の矢」の秘策として官邸が期待するものがある。広島市が施行する、全国にも類例のないサッカーと野球の異業種サブマリン対決トトカルチョである。

当初はJ-リーグ理事会から「野球とは本来の得点力が違い過ぎる。J-1の18チームで1試合平均得点が2点台は1チームしかないんだからゲームになるはずがない。」と否定的な意見があいついだが、サッカーくじに参入をもくろむプロ野球界と、「黒田人気」に広くあやかり個人消費の底上げを期待する官邸サイドの強い希望がサッカー界を押しきる形で開催の運びとなった模様だ。

ところがふたを開けてみると、ここ6試合の得点は以下のとおり2勝2敗2分けと、両者あい譲らぬ拮抗した展開となっている。特に「零点で終わった試合数」はカープの 4 に対してサンフレッチェは 3 と大方の予想を大きくくつがえす結果となっており、オッズは1270倍と「万馬券」状態になっているのが全国でも注目されている。

 

カープ        0 11  0  0  9  0

サンフレッチェ      0    0  0  2  2  2

 

広島市役所のトトカルチョ特設ブースには予想外の高配当に市民が殺到する一幕もあり、警察官の臨時配置が検討されるなど一時はものものしい雰囲気に包まれた。広島市は今回のくじの売上高が予想の15倍と好調であったため、5月に第2次売り出しを検討しているとされ、

「いつもなら鯉のぼりはカープの季節。これが外れるとオッズはまたハネ上がるのでは」(山本謙二郎・市役所トトカルチョ課長代理)

と鼻息が荒い。一方で官邸は、

「こういうこともある。広島以外の都道府県でも検討をお願いしたい。」(菅官房長官)

との見解を発表しているが、

「あくまでカープさんだからできたこと。ウチはやってもいいが、ヴィッセル神戸さんは反対している」(オリックス球団代表)

と他球団とクラブは腰が引け気味のようだ。

この結果に気を良くした安倍首相からは、

「第3の矢の成功に向けましては、何事も新しいチャレンジが大事であります。わたくしも、当然のことながら6つとも全部野球が勝ってしまうのだろうと、試合にもならないのだろうと、えー、そのような思いを持ちながらサンフランシスコにまいったわけでございますが、こうしたサンフレッチェさんの頑張りを目の当たりにいたしましたことで、いよいよトトカルチョというものの面白さ、大きな経済効果というもの、そしてですね、明日の、えー、ロサンゼルスで日米経済フォーラムが行われるわけでございますが、そこでの我が国の東京オリンピック・カジノ構想による力強い経済成長、そういったものをオバマ大統領に強くアピールできるであろうと、自信を深めている次第でございます。」

という広島市長への応援ビデオメッセージが届いている。一方で、カープの緒方監督からは、

「長いペナントレースではこういうこともある。点は入っていないが打者の気持ちは入っているから大丈夫だ。単に点が入ってないだけのことだ。そして、点は入っていないがウチには黒田が入っていることを忘れてもらっては困る。たしかに点は入っていないがカープ女子会には5000人も入っているし、どんなに点は入っていないといってもウチの打撃コーチは気合が入っている。待てば海路の日和ありという。点は入っていないがワタシは風呂入って寝ようと思う。」

とのコメントが発表されている。

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