ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)
2012 NOV 16 11:11:48 am by 東 賢太郎
クリスマスがやってくるとそこいら中でこれが聴こえてくる。
この「そりすべり」(Sleigh Ride) を知らない人は少ないだろう。そして聴いたことがあるのに作曲者の名前が出てこない筆頭がルロイ・アンダーソンだそうである。
子供のころこれが家でかかっていた。昭和23年にできた曲だから当時「現代音楽」だったはず。どうしてそんなレコードがあったのかわからないが、今も僕は大好きである。古き良きアメリカがどんなものか知らないが、僕はこの音楽を通してこんなものかなあと想像している。心の底から明るく、楽しく、幸せにしてくれる。それがルロイ・アンダーソンの名曲たちである。
米国作曲家作詞家出版社協会(ASCAP)は2009と2010年の「最も人気のあるクリスマスソング」にこの「そりすべり」を選んでいる。Mediaguide社によると、「そりすべり」の自作自演盤は米国で2009年に118,918回、2010年に174,758回ラジオでオンエアされ、ホリデーソングとして2年連続最多放送記録を誇る。1日平均478回アメリカのどこかで鳴っていたというのだからもう国歌といって過言でない。アンダーソンは「アメリカのヨハン・シュトラウス」と言われるが「美しく青きドナウ」もここまでは演奏されないだろう。
その演奏がこの写真のi-tune(1050円)に入っている。それ以外の有名曲を含めで25曲入っているので特用盤といえると思う。だいたい代表作はそろっており、この2曲以外にもご存知のメロディーがめじろ押しだろう。1曲の演奏時間は3分前後でほぼポップスなみであり、ライトクラシックスと呼ばれるジャンルに入る。ちなみに「そりすべり」はクリスマス用に作ったものでも真冬に作ったものでもない。7月のコネチカットで作曲されている。
ルロイ・アンダーソンはハーバード大学の言語学博士で、音楽でも修士号を取っている。タイプライターやら紙やすりやら、「そりすべり」の最後には馬のいななきまで出てくるが、それらが下品にならず、一方でクラシックにつきものの深刻さはかけらもない。だいたいA-B-Aの3部形式で書かれているのもポップスだが、B(サビ)の部分に実におしゃれな和声変化があったりしてただ者ではない。
たとえば「そりすべり」はA-B-A-C-A-B-Aという複合3部形式なっていて主調(A)が変ロ長調だがBは突然にバスが遠い増4度下のホ短調に予想外の転調をする。ギターのコードで示すとB♭→Em7→A→Dmaj7となる。これがまた全音下がって同じ道をたどり、Dm7→G→Cmaj7ときてE♭→Fを経て主調B♭へ戻る。これはビートルズの If I fell なみの強引さなのだがいささかも不自然に聞こえない。それどころかチェロの内声部の動きなど実に実に魅力的であり、ほかの作曲家に聴いたことのない独特の味をもっている。こういう隠し味がふんだんに盛り込まれているので永遠のヒット曲になっていると思う。3分で終わってしまう音楽が「クラシック音楽」になるにはそれなりの秘密がある。
書きだすときりがないが、「トランペット吹きの休日」(Bugler’s Holiday)もほとんどの方がご存じだろう。これは昭和29年の作である。運動会の曲だと思っていた方もおられるかもしれない。たしか昭和30-40年のころ車のCMに使われていた記憶がうっすらあるが何社か忘れてしまった(ご存知の方、ご教示ください)。
さて演奏だが、今もってこのルロイ・アンダーソン自身の指揮を上回るものがない。この確信に満ちた弾むようなテンポとフレージングを知ってしまうとほかの指揮者のものは(録音もオケの腕前もベターなのだが)全然物足りない。作曲家の自演がいつもいいとは限らない。むしろ逆のほうが多いからこれは例外的ともいえる。しかし耳を肥やすためにこれと比較して聴いていただきたい秀演盤をあげておく。
「そりすべり」のテンポが遅い。自演盤の活気あるドライブ感はかけらもなくなっているがよりクラシック的な完成度は高い。大交響楽団による正攻法の名演。名曲というのはいろいろなアプローチを許容してしまうのである。オケはうまいしツボを心得ているのでセカンドアルバムとして持っていてもいい。
フレデリック・フェネル/イーストマン=ロチェスター・ポップス・オーケストラ
「そりすべり」のテンポは自演盤に近く録音はとてもいい。フェネルはウインド・アンサンブル指揮の第一人者でありこの演奏も管楽器の「句読点」の明確さがすばらしい。ちょっとNHKのアナウンサーの発音を聞いているような感じで、曲によってはあざとさが耳につくが、初めての人、クラシック入門者が曲の輪郭をつかむには好適。2枚でだいたいの名曲はそろう。キャロルの組曲なども入っていて、アメリカのクリスマスの雰囲気も味わえるからおすすめである。
こちらもどうぞ
ルロイ・アンダーソン「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その2)
ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その3)
ルロイ・アンダーソン 「トランペット吹きの休日」 (Leroy Anderson: Bugler’s Holiday)
お知らせ
Yahoo、Googleからお入りの皆様。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/
をクリックして下さい。
Categories:______ルロイ・アンダーソン, ______作品について, クラシック音楽
津坂
11/16/2012 | 12:24 PM Permalink
彼の曲は、演奏会のアンコールでも良く演奏されますよね。
シンコペイティッド・クロックとかタイプライターとかも楽しくて大好きです。でも、最近の人はタイプライターなんか使ったことないでしょうから、どこが洒落てるのか気づかないかも、っていうコメントがすっかりオヤジですね。
東 賢太郎
11/16/2012 | 12:40 PM Permalink
三省堂でこれがかかっていてレジの音、早く本を買えよと催促されているように聞えました。レジももうないか。
中島 龍之
11/19/2012 | 10:33 AM Permalink
「そりすべり」、題名ではわかりませんでしたが、曲はよく耳にしてました。なぜかわかりませんが、アメリカ的、と思ってしまいます。コード進行について、東さんの解説いつもタメになります。半音下げて、また、半音戻って進行するテクニックは面白いですね。また、3分のクラッシックもいい表現ですね。ちなみに、私の好きなクリスマスソングは、定番ですが、ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」です。幼い頃、仙台市(宮城県)に住んでいて、本当にホワイトクリスマスだったのを覚えています。そんな記憶も関係あるのでしょうか。
東 賢太郎
11/19/2012 | 8:48 PM Permalink
このブログ、予想外にたくさんの方に読んでいただいているようで書いてよかったです。音楽は作曲家と演奏家の両方が必要ですが、僕は作品(作曲家)が演奏家のショーマンシップのダシに使われるような現代の風潮に大変抵抗、いや怒りすら感じています。これで皆さんにルロイ・アンダーソンの名前を覚えていただければうれしく思います。