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クラシック徒然草-小澤征爾さんの思い出-

2014 JAN 20 17:17:36 pm by 東 賢太郎

大学4年だった僕は半分遊び、半分英語の勉強でアメリカは東部のカナダに近くにあるバッファロー大学の夏季講習に参加した。別に何のためということもなく、最後の夏休みだしまったくの好奇心だった。ちょうどそのころ50をこえて外国銀行へ出た親父に英語だけはやっておけと口酸っぱく言われたのも影響したと思う。1か月ぐらいいたアメリカは楽しかった。渡米は2回目だったが最初は西海岸を車で1700km突っ走る無鉄砲旅行だけであり、東海岸、特にニューヨークへ行ってアメリカの大学を見てみたかった。その後にペンシルバニア大学で修士号を取ることになるなど夢にも思っていなかったが、この時にすでにそういう思いがあったから野村證券が企業派遣留学生に選んでくれたと思う。この時何も聞かずにポンと金を出してくれた親父のおかげだ。思えば他愛のない英語の授業をうけていたわけだが、まがりなりにも学生証をもらって米国の大学にいるというだけで気分がうきうきした。時間が無限のようにあったのだ、あの頃は。

今は知らないが当時の東大法学部生でそんなのに一人で参加する奴はまずいなかった。だからアメリカに興味を持ったあたりから僕はあそこの卒業生としては異色の道に進む定めになったと思う。学外の人と接することもあまりなかったので20人ぐらいいた他校生からは珍重はされるが敬遠もされるものだということを初めて知り、こちらから進んで飲みニュケーションに徹して仲良くしてもらった。こんなことでも証券業界に入るとやっておいてよかったと思えるようになる。みんなでナイヤガラの滝からトロントへ行ったり、ボストン、ニューヨークへも旅行した。もうすっかり溶け込んでいた。エンパイアステートビルやロックフェラーセンタービルに上ったのはそれが初めてだ。すべてがカルチャーショックだ。こんなのと戦争しちゃあいかん、凄いなあと思った。

ボストン郊外のタングルウッドでは小澤征爾さんとボストン交響楽団を聴いた。いま日経新聞で私の履歴書を連載されている。好きなことにものおじせず挑戦して勝ち抜かれた姿は実にすがすがしい。スクーターでやってきた何の実績もない日本人の若僧がブザンソン・コンクールで優勝してしまうのもすごいが、それをちゃんと認める欧米人もいいなと思う。それが誰か?ではなく能力だけを別個に評価する。実力はどうか?よりもそれが誰かを先に見てしまう日本とは大違いだ。日本が一番ダメなのはそれである。まじめに努力してどうしてもやりたいやらせろと言う若者に対して、日本はともかく、世界の門戸は開かれているのだということを教えてくれる。彼は英語もできずpieをパイとも読めずに外国へ飛び出していったのだ。もういいトシの僕ですらいま勇気をいただいているところだ。若い人は是が非でも小澤さんの私の履歴書を読むべきである。

さて、タングルウッドだ。ここは野外音楽堂でボストンSOがサマーコンサートをやっている。ボストン・ポップスという名でやっている。ちなみに「そりすべり」のルロイ・アンダーソンもそれを振っていた。その後継者が僕がクラシック入門したレコードの指揮者アーサー・フィードラーだ。だから一度は行ってみたい憧れの場所だったのだが何せ野外だから音響は良いはずもなく、こういうところでクラシック音楽をやってしまうのがいかにもアメリカだと思った。でもみんな寝っころがったりそれぞれの格好で楽しんでいる。何はともあれ音楽が好きな人たちが集まっているのはよくわかり、やがて気持ちよくその一員になった。曲目は後半が何だったか忘れたが、前半にチェコの名ピアニスト、ルドルフ・フィルクシュニーが出てきてモーツァルトの協奏曲24番をやった。フィルクシュニーは亡くなったが今でもCDを見つければ全部買うぐらい大好きなピアニストである。24番も当時から好きな曲であり嬉しかったが、どういうわけかピアノのキーがひとつおかしな音を出して、残念ながらそれが気になってしまうともう楽しめなかった。

小澤征爾さんを見かけたのは、その1か月が終わってボストンから日本へ帰る飛行機の中だった。トイレに立ったら通路側の座席によく似た人がいて、本を開いたまま眠っていた。エコノミークラスだしラフな格好だったのでまさかと思ったが、Tシャツに大きくBoston Symphony Orchestraと書いてあった。それで目を覚まされたときにおそるおそる話しかけてみたら、小澤さんだった。何を話したかよく覚えていないが、自己紹介したところこっちに来てみてどんなだったと逆にいろいろ聞かれた。音楽のことはあまり話さず先日のコンサートのこと、東京ではドヴォルジャック(そう発音された)のスターバト・マーテルをやる予定であれは有名でないがいい曲ですよなどだ。英語の辞書にサインをいただいた。それだけのことだが、23歳だった僕にとっては人生で初めてお話をさせていただいたビッグネームであり、偉いかたは謙虚なんだと心に焼きついた。結局その1か月何を特別にしたわけでもないが、若いときの外国の経験というのは学校の勉強より後々に残ると今になって思う。勉強はほったらかしだった劣等生のいいわけだが。

 

 

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