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ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場の魔笛を聴く

2015 OCT 15 8:08:46 am by 東 賢太郎

人類の創った最高の音楽はモーツァルトの「魔笛」である。

20代の身空で生意気にも多くの人に、もちろん家族にも、そう言い切って生きて参りました。以来30余年、たくさんの素晴らしい音楽に出会ってきましたが、この若気の前言を覆えすものは未だありません。

それを文字でご説明するのは宇宙の真理を10文字で解き明かすぐらい無理であって、体験するしかございません。この神品は僕を何度もウィーンに呼び寄せています。全曲は21セット持っていて、聴くたびにパパパ・・・で感涙にむせび、モーツァルトの御魂にいつも合掌しています。

このオペラの楽譜は僕には聖書、仏典であり、総譜、ピアノ伴奏譜、自筆譜のファクシミリと3つ持っていて、まさに1頁1頁、写経をするように眺め、ピアノで鳴らしてきました。奇跡のような音符がいくつもあって、それを書いておきたいのですがたくさんありすぎ、今はその元気がありません。いつか、モーツァルトが許してくれたら、書きます。

二つだけ挙げると、まず管弦楽です。バゼットホルン2本が入って幽玄な和音を響かせ、モーツァルトが嫌いだったフルート(2本)とトランペット(2本)まで入ってる。これらがどこで使われているかということです。序曲の3つの和音の上声の重ねはフルートです。Wie? Wie? Wie?の9小節目!これはフルート以外にありえない。神がかり的に凄い音符で、彼がこういう風な色彩でフルートを使った例は他に知りません。1791年、死の年のモーツァルトには何かが間違いなく取り憑いてましたね。

もうひとつ、調性の設計です。変ホ長調で始まり、終わる。第1幕のフィナーレはザラストロの太陽王国の讃美、そしてタミーノの試験合格シーンですがともにハ長調で前者はまぎれもないジュピター終止で幕を閉じる。そしてこのオペラの白眉であり最も重要な悲しみの箇所であるパミーナのアリア「Ach, ich fühl’s」と、パパゲーノの自殺の歌がト短調である。つまり「E♭、Gm、Cの三大交響曲の調性」が骨格を成しており、パパゲーノのト長調、夜の女王のニ短調が人格描写になっている。

今回はそのぐらいにしておきます。

ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場は2006年にたしかドンジョバンニ、魔笛、フィガロ、後宮を観ました。これが実によくて、貴重なメモリーとして心に残っており、今回も真っ先にチケットを入手しました。残念なのはドンジョバンニが今回はないことで(どうしてだ?)、前回のアンジェイ・クリムチャックのタイトルロールが僕がかつて見た誰より良かったのに・・・。

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さて今日ですが、またまたこちらの頭が回転が鈍く音楽に乗りきれません。席は9列目で最高でしたが東京文化会館は音が来ないせいもありましたか。また、どういうわけか歌手たちのテンポ、特に第1の侍女とパパゲーノが前のめりで指揮が統制できてない。あれあれ、今日はハズレかなと集中力が落ちました。夜の女王もやや苦しくテンポは控えめで、まあライブはこういうハラハラが楽しいといえば楽しいのですが。

しかし、女性3人のハーモニーとは天上の美しさでオペラにこのアンサンブルを持ち込んだのは作曲家の卓見です。3人の童子は女性で、僕は子供の方が好きであんまり歓迎しませんが、今日の3人は良かった。侍女より良かったぐらい(特に1番のアレクサンドラ・ビスコット)。こんなことは珍しい。パミーナのマルタ・ボベルスカは前回も印象的でしたが今回も(歌も美貌)も良かったですね。この人はNAXOSから出ているアントニー・ヴィット指揮ワルシャワ国立フィルのマーラー8番で聴けます(これは名演)。

あとのキャストはSo soでしたがとにかく音楽のパワーが十万馬力だから普通に歌ってくれればいいのです。まったく文句ありません。この歌劇場はモーツァルトのオペラを全作品随時上演できる世界で唯一の団体ということです。もちろん僕は全部はきいたことがありません。たてつづけにやってくれるならポーランドに半年ぐらい住みついてもいいなあとさえ思います。

魔笛のストーリーについてはコメントを避けます。支離滅裂と僕も思うし、フリーメイソンの入会儀式かなとも思うし、陰と陽、光と闇、善と悪、聖と俗、生と死、規律と堕落、知性と野生、火と水、男と女、という二軸対立の物語でもある。しかしメインテーマは2つのカップルの誕生であり、特にモーツァルトが自己を投影したと思われるパパゲーノとパパゲーナのカップルである。

だから魔笛の真のフィナーレはpa-pa-paなんです。魔法の鈴のハ長調に童子のD7のブリッジが入って(これが感動的だ!)、ト長調でいそいそとはじまる。人間の、愛の、優しさの、生きることの、喜び。万国、何国人だろうと何人種だろうと、これはわかる。人間ならば。この音楽を涙なく聴きとおすのは僕には無理です。物語は架空のおとぎ話で荒唐無稽でも、音楽の方は深い深い人間の真実をえぐりだしていて、心の中でパパゲーノとパパゲーナのカップル誕生に絶賛の嵐がおきる。きっと誰でもそうだと信じます。

これを聴いてホールから出てくると、皆さん優しくいい顔になってるんですね。不思議です、世界のどこでもそうでした。心の中に住む一番いい人が表情に出ていますね。タミーノが魔笛を吹いて野獣を踊らせてしまう場面がありますでしょう、笛の魔法は聴衆にも効くのです。もっともっと聴いてもらえば戦争もなくなるだろう、犯罪も自殺も減るだろう。僕はまじめにそう思っています。音楽というものにいかにすさまじい霊力があるか、魔笛を何度も聴いて覚えてしまえば、必ずわかります。すべての音楽ファンに、ぜひその境地を味わっていただきたいと願っています。

(追記)

魔笛のCDをひとつというかた。上記歌劇場の東独路線のままでさらに上質のクオリティを体現した宝のような録音がひとつだけ現存します。

オトマール・スイトナー / ドレスデン・シュターツカペレ

51D5GGKKSVLテオ・アダム、ペーター・シュライヤー、シルヴィア・ゲスティ、ヘレン・ドナートという珠玉のキャスティング!欠点があるとすると二人の武士が弱く、第2幕の大事な「私のタミーノ!」の四重唱がまことに貧弱である。コストセーブだったなら同情するが武士は合唱団員なので二重唱にしか聞こえない。これは来日公演のビデオを聴いても同じであり肝心中の肝心であるのテナーのFroh~などぜんぜん聞こえないのだから論外というしかない。スイトナーの考え方がまったく不味い。モーツァルトの書いた天才的な、おそらくワーグナーがそれでマイスタージンガーの五重唱を書いたあの音符が聞こえないのだから。しかしそれだけ我慢すれば、他はおおむねクリアしております。もちろんもっと上手のザラストロや夜の女王たちの貫録の名唱を聴ける録音はあるのですが、例えばこの録音のレナーテ・ホフ(Renate Hoff)のパパゲーナは実にカワイイ。パパゲーナに大物なんか起用されると僕はげっそりで逃げ出したくなるのです。ホフはスイトナーが好きだったとみえ東京公演にもパパゲーナで連れてきたし「ヘンゼルとグレーテル」のグレーテルにも起用していますがその後は聞きません。僕も大好きなので残念でならず探しだしたいぐらいです。そういうことまで含めてトータルなコンセプト、個々のキャストの凹みのなさ、音程の良さ、三人の童子の上手さ、DSKという最高級のオーケストラ、スイトナーのテンポ、録音の良さ、と総合点は高く、全教科合計点の偏差値が最高であるこれをファースト・チョイスに太鼓判を押すにまったく問題などございません。値段も不当なほど安く、迷わずこれを手にして全曲を記憶されることを強くお勧めします。これとクレンペラー盤。この二つを聴かずして魔笛を語る勿れです。

 

夜女大会(モーツァルト魔笛)

 

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