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クラシック徒然草-スタジオ録音をじっくり聴きましょう-

2016 MAY 2 17:17:25 pm by 東 賢太郎

前回の続きになりますが、音楽というのは「音を楽しむ」ものですから、どなたもなるべく良い音で聴きたいですね。良い音というのはもちろん人それぞれの好みがありますから絶対というものではありません。ただ、いわゆる「良い音」というのは19世紀からの積み重ねであって、誰にとっても心地よいものはある程度完成されていると思います。

たとえばお料理の世界でも、いま我々が毎日食べている食材というのはほとんど19世紀までに発見されたものだそうです。西洋料理でいうならローマ時代までに多くが見つかっていて、そこから続々と新しいものが加わって行きましたが、20世紀までくると新たに加わったものがあまりないという意味です。日本料理もたぶん江戸時代まででしょう。

では「心地よい音」はどうかというと、ハープシコードが進化してできたピアノの音も管弦楽の楽器の美音というのもみな「おいしい食材」ですし、それらをまとめて調理して聴かせるオーケストラもそうです。それはヨーロッパの音の世界の「美食家」たちの耳を通じて選別された集大成の音であるといって良いかと思います。

作曲家はそのピアノやオケという「媒体」(メディア)の能力をフルに引き出して、自分の発想する音楽の魅力を伝えようとします。たとえばテレビという媒体で自分をアピールしようと思えば出演者はTV映えのする化粧もするしTV映りの良い表情も作るわけです。ですから、それを味わう側とすれば、それを制作した人たちが想定していたTVというメディアで味わうことが鑑賞の方法としてはベストでしょう。

すなわち、クラシック音楽というものを自宅で楽しむならば、周到に作りこまれた演奏を美音マシーンであるオーディオ装置で再生する、そこに真価が見て取れるということです。僕はオーディオメーカーの回し者ではないし、コストがかからないパソコンやyoutubeを僕自身も利用しているのですが、それは名店のお料理や行列のできるラーメンをレトルトやカップヌードルで食べるようなものという意識を持って接することです。

きのうC・デイヴィスとボストン響のイタリア交響曲を耳にして、そんなことを考えました。レコードにして残すのための音源だけが「正規録音」と呼ばれた時代がありましたが、あれは正しかったと。そのぐらい70年代までの蘭フィリップスや独グラモフォンや英デッカの録音は筋金がはいっていたし、レッゲやカルーショウというその道の達人もいた。スタジオ録音とは男が人生をかけ、ライバルとしのぎを削って作る作品だったのです。

ところがCDという原価が激安の媒体が出てきて売値が市場原理でどんどん下がり、そのやり方ではコストが回収できなくなった。そこでライブ音源が増えてきたわけです。もちろんそれに命をかけるプロデューサーがおられるでしょう。しかし演奏者側からすると一発勝負のそれが自分のベートーベンとして永遠に残ることを良しとするかどうかは出来次第というところでしょう。ダメだったらごめんねというものを命がけで撮る仕事も大変になってきます。

ライブの方がスリリングだ、ベームはライヴで燃える人でスタジオ録音はつまらないというようなリスナーの声もその傾向をサポートしています。しかし、僕はどうも、それは結婚式や卒業式での記念写真を撮って残そうとするときに専門家によるスタジオ撮影ではなくスマホの自撮りで済ませましょうというもののような気がします。生き生きした表情や面白味はスタジオでは得難いものがあるでしょうが、額に入れて飾る記念写真とは違うものです。

ベートーベンの交響曲第7番のような曲にはライヴの熱狂が似合うとは思いますし、そもそも昔はライヴしかないのだから作曲者もそれを求めたかもしれません。しかし7番という曲はそうではない多様な表現を許容もするのであって、まして、彼の弦楽四重奏曲第15番にライヴの熱狂を求めてもあまり意味があるとは思えません。

自宅で数多くの同曲異演を楽しむのは(僕も好きですが)、相当オタクな嗜好であって、大まかにいうなら世界でも英国人と日本人ぐらいかなと思います。英国にグラモフォンという月刊誌があって、**’s  account of 7th is more XX. なんて書いてある。これは「**の7番の演奏の方がもっとXXである」と言っているのであって同曲異演を比較しているのです。

しかしグラモフォンを読むような英国のリスナーの守備範囲は広いのです。オペラから宗教曲、現代曲までカバーする中での7番の議論であって、日本のように20-30曲の「名曲」ばかり何種類もの演奏で知っているというわけではありません。カバーが狭い中で深く入るから、何かユニークで面白い「とんがった」ものがないと凡庸、退屈と切り捨てる風潮になりがちです。

僕は英国やドイツに住んで、先祖代々のクラシック好きと深くつきあってきましたが、音楽というものはいわば教会の讃美歌の末裔のように自然な存在であって、演奏がユニークでないといけないというものではありません。それはチケットやCDを売らんかなという資本家が押し付けているニセモノの価値観であって、車やパソコンはモデルチェンジしないと売れないという商業主義の産物のように思います。

皆さんが知る音楽の真実というのは「楽譜」にあるのです。本物のリスナーはそれを知っていますし、だから音楽は演奏するに越したことはなく、「自分でやるもの」なのです(その意味ではカラオケは音楽の本道を行ったものです)。一方、同曲異演のお楽しみというのはそれとは別種のもので、ユニクロで色違いの同じシャツを全部買おうみたいな趣味です。シャツのモードやデザインではなく、むしろ色に価値観がある。

そうなると「変わった色」に興味が行くのは自然でしょう。そういう人がベートーベンの7番は「爆演じゃなきゃ」となっていく。カレー好きがだんだん「超激辛」に走るのと同じです。そしてベームのスタジオはつまらない、フルトヴェングラーの++年盤がすごい、などとなっていく。これは一種の日本人的なサブカル(サブカルチャー)です。そういう楽しみ方は僕も好きだし否定するものでもありませんが、酔い覚ましのラーメン一杯と本格グルメとを一緒にはされないほうがよろしいでしょう。

困ったことにフルトヴェングラーみたいな人はコンクールのステレオタイプ選抜戦からは出てこない。だから21世紀は新曲も出なければ爆演型演奏家も出ない、つまり商業としてのクラシックはもうほぼ死滅してしまったのです。だからクラシックの高級ブランドであったデッカもEMIもドイツ・グラモフォンも蘭フィリップスも、ことごとくユニバーサル・ミュージックというエンタメなんでもありのアミューズメント会社に買収されてしまった。

これは英国王室御用達のクルマであるジャガー社がランドローバーと一緒にインドのタタ・グループに買われてしまったようなものです。まさか植民地のクルマになってしまうとはエリザベス女王様もびっくりの事件だったでしょう。ジャガーが愛車である僕でさえ文化は経済の波に無縁ではいられないのかと複雑な気分になるのです。いつぞやのブログに資本主義者である僕が、文化だけは共産主義が望ましいと書いたのは本音です。

話がそれましたが、そうやってアミューズメント屋がクラシック音楽を「コンテンツ」として買ってしまう。悪貨が良貨を駆逐することになって、良貨は本物の音楽を分かる人だけが「退蔵」してしまい、世の中は悪貨がはびこるということになりかねないのです。美女イケメンの演奏家がもてはやされ、とんがった演奏がはびこり、メイン・カルチャーであるべきクラシック音楽がどんどん「サブカル化」する、そういう危機感を持っています。

日本のクラシックファンは人口のたった1%だそうです。百万人です。それが増えるのは文化として望ましいし、その百万人もこのままだとサブカル・クラシックしか聴けなくなるかもしれないから他人事でありません。演奏会はともかく録音音源の世界ではかなりそうなりつつあるのです。拙ブログも気がついたらそろそろ五十万の訪問数になりますが、もしその百万に入らない方がおられるならば本望です。

これからクラシックを聞こうという方、最後にお願いしたいのは、とにかくレトルトやカップ麺ではなく演奏会場に足を運び、家ではちゃんとしたスタジオ録音をしっかりオーディオ装置で聴いていただきたいのです。ライブは面白いが、ミスもあるし演奏家が真の姿を撮った記念写真として出すというより、スナップ写真でも出ないよりましだ、気にいったら演奏会に来てねという販促ツールになっていくでしょう。ポップスはそうなって久しいのですし。

カール・ベームがウィーン・フィルと作った田園交響曲はそのディスク自体が完成度の高い見事な「作品」です。演奏そのものが西欧の文化から発した高雅な芸術であって、ネット屋さんにAKBと並べてコンテンツ呼ばわりされる程度のものでは断じてありません。そういうレベルの演奏で田園を聞けば名曲と思うだろうし、販促コンテンツのレベルで聴けば退屈と思って「激辛演奏」を求めるようになってしまうかもしれません。音楽の素晴らしさのエッセンスは楽譜にあるのであって、その食材の良さを引き出して自然に味わわせてくれる人が名料理人、つまり名演奏家なのです。

 
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