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ベンチャーズ 「アウト・オブ・リミッツ」

2018 FEB 4 13:13:37 pm by 東 賢太郎

2012年9月にブログを始めたが、5年で訪問数が100万になった。ところがさっき見たらそこから3か月で30万も増えている。ペースが変わってる。なんだかよくわからないがネットの趨勢は予想だにつかないもので、このまま10年やったら凄いことになりそうだ。

年をとればとるほど速くなるものなんてあるだろうか?ジジイになれば体の動きも頭の回転も、やることなすこと万事が遅くなるのだ。世の中で速くなるのは時の流れだけで、それがまた損した気がする。訪問数が加速度的に速くなるのはそれをオフセットしてくれるようで、なんだか意味もなく貴いと思う。

サンフランシスコのリッツ・カールトンで、夜中に目が覚めてしまったのでTVをつけると昔懐かしい「トワイライト・ゾーン」をやっていた。なぜか日本ではミステリー・ゾーンだったが、未知の時空に入り込む扉(ドラえもんのどこでもドアの元祖か?)が怪しげであった。日本での放映は1961-67年でちょうど僕の小学校時代に重なる。

ホテルで観たタイトルはKick the canで、老人ホームの爺ちゃんが子供の「缶けり」をやってみよう、若返れるよと言いだすが周りの爺い婆あは信じない。ところがやってみると子供になっちまう話だ。これは60年初めの放送だが監督はまだ10代のスピルバーグだった。

ちなみにこのイントロを我がザ・ベンチャーズが得意の編曲でやっていてVentures in space(ベンチャーズ宇宙に行く)というLPアルバムの最後にあった。時は昭和39年、米ソの宇宙開発競争が話題だった。東京オリンピックはその年だったのか。東名高速ができ新幹線が開通し、科学が人類のフロンティアを広げつつある実感が我が国でも細々とあったが僕の関心は空の彼方にあった。それを掻き立ててくれたのがベンチャーズであり、フロンティア精神のアメリカだった。やがて大学時代に2度、留学で3度目のアメリカが待っていた。そして還暦を過ぎてまた。今日はVentures in space(ベンチャーズ宇宙に行く)を小学生にかえってつづってみたい。

このアルバムはマニアしか買わなかったろうが僕は発売同時に親父にせがんで擦り切れるほど聴いた。精一杯に薄気味悪いサウンドを作ってるのが甲斐甲斐しい。これのコピーとも思しき曲が次のアウト・オブ・リミッツ(境界の外)だ。これはそれなりに名曲と思う。境界はぶち破るものなのか?どこでもドアがどこかにあるのか?わからなかったが、家は貧しかった。それでも微塵も気位を枯らさなかったのは母のおかげだが、ぶち破る道を示してくれたのは父だった。

ドラムなしでクラシックな転調を交えて不気味さを描くfear(恐怖)はベンチャーズの新路線を思わせた。僕は魅入られたがダイヤモンドヘッドのテケテケにしびれてた若者には受けなかったんだろうなあ。

Exploration in terror(恐怖の探検)という題名がそそる。想像がたくましくなる。宇宙探査はきっと飛行士も怖いんだろう。おいおいなんじゃこのオドロオドロしいシンバルの音は!?き、奇っ怪な、ものどもであえ!と身構えると、お気楽にゴキゲンなベンチャーズサウンドが。あれ~、喜劇的拍子抜け感が楽しめる佳曲だがベースの入りの音程が(意図的か?)はずれて異常感があるのと終わってみるとシンバルがまだ鳴っていたのが悲しい。

The fourth dimension(四次元)。これまたそそる。そんなものを器楽でやろうと思うこと自体が理系的で、文系的なビートルズには考えられない。小学生なりに大いに期待したのだが、しかし4拍子はダサいわな。3,4種類のコードじゃ無理だわな。志はともかく、とても文系的であった。

He Never Came Back(彼は帰ってこなかった)。そうか宇宙探査中の事故死か・・・、かわいそうに・・・。ところがなんとクソつまらないドラムスが入り、断末魔の悲鳴が響いて一時の期待をかきたてるものの、何も起こらぬままにクソつまらないロックンロールで終わる。彼はどうなったんだ?謎の曲だ。

The Bat(こうもり)。夕方になると多摩川にこうもりはたくさんいた。確かに滅茶苦茶に飛んでこっちも落ち着かない。これを覚えた僕はJ・シュトラウスのそれに入れなくて困った。ベンチャーズは意図的に音程をずらしてバルトークの四分音みたいな効果を出している。船酔い感が衝撃だったが「四次元」のほうでこれやればいいのにね。

War of the Satellites(衛星の戦争)。衛星に宇宙人でもいたのだろうか。わけわからないが初めのピコピコはエコーが効いてなかなかカッコいい。しかしこれまたあとがいけない。漫画だ。漫画少年だったが僕は月光仮面とかウルトラマンとか、ああいうのはみっともないと思ってた。月光仮面のおじさんはって、お兄さんじゃないのかよ、なんでおじさんなわけ、なにもおでこに三日月はらなくてもいいのに、スクーターってのもだせえな。そんなのを思い出してしまう戯画ロックだ。

Penetration(貫通)。意味不明だがアルバムタイトルのLimits(境界)を突き抜けていくイメージなんだろう。正調のベンチャーズ・アレグロ・サウンドである。最後の方に重なるスチールギター?の音程が低い。これは当時から気になっていたが。

Love Goddess of Venus(金星の愛の女神)。ヴィーナスというのは女神ウェヌスの英語読みで、いちいち言わなくても愛の女神である。やさしい曲想は殺伐、荒涼としたアルバムの一服の清涼剤だが無学のお兄ちゃんにはこの唐突感わからねえだろうな、クレーム来てもいかんなと気を回したごときタイトルである。するとその of は皆さん中学で習った「同格のof」ということになるが僕は所有格と思っていて、金星にはいろんな神がいるんだ、男も女も、愛じゃないのもという理解ができてしまったから迷惑なこった。よく考えると一神教と矛盾するから誤りとわかるのだが、しかし、Love GoddessというからにはGodもLoveじゃないのもいるしそれは of のせいでないこともわかる。そこで調べるとウェヌスは多神であったローマの神だったという決着ですっきりするのである。ちなみにカエサルはウェヌスの子孫を語っているから神は生身の存在だったわけで我が国の天皇の神性の由来に似ている。聖徳太子も馬小屋で生まれたりする。古事記、日本書紀を書いた者が何でもありの多神教ローマを厳格な一神教ユダヤ教でなく慈しみのキリスト教で治めた事実を知る者であった可能性を僕は見る。

ベンチャーズの女神はウェヌスというより加山雄三であるが。

こういう音楽が東京オリンピックで目が世界に開けた日本で、そして和泉多摩川の団地にあった狭い我が家で毎日のように鳴っていた。アウト・オブ・リミッツ(境界の外)は僕のめざすところ、突き動かすエネルギーともなった。結果として大幅に外に出た気もするがまだまだ突破すべき境界がある。そんなのじゃだめよと母の声も聞こえる。サンフランシスコのひょんなことでこのアルバムを何十年ぶりに聞いてしまったが、これが魔法のKick the canだとうれしいなあ。

2018年2月4日

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