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二胡の「ハナミズキ」になぜ涙が出るの?

2022 AUG 9 8:08:57 am by 東 賢太郎

ヴィヴァルディの「四季」って知ってるよね。たしかテレビCMで使ってたっけね。ああいう曲ね、昔は『名曲』っていったんだよ、知らないよね。いい曲のことかって?ちょっとちがう。じゃあベートーベンとかシューベルトとか?うん、それはそうなんだけど、でも彼らの曲が全部ってわけでもないのよ。面倒くさいね、じゃあどういう曲?そうね、クラシックなんだけどみんな知ってて、知らないとちょっとね・・みたいな感じかな。

今は音楽の教科書に米津玄師さんがのってる時代だね、そうそう、僕が大好きな一青窈さんの「ハナミズキ」もそうらしいね。この曲、サスペンスドラマのエンディングだったかな、初めて聞いた時にね、サビのところで、凄い!天才だ!って叫んじゃったんだよ。ほんとうに素晴らしい曲だ。

ラブソングかと思ったらぜんぜんちがうんだ。歌っているのはあの9-11で犠牲になった父親(僕)と子供(君)なんだね。「空を押し上げて」というのは瓦礫の下になったからなんだ。庭に咲く5月の花ハナミズキと共に蘇る君との幸せな想い出。「水際まで来て欲しい」は三途の川、「波」は戦争。庭にハナミズキが咲いて君の幸せが永遠に続くことを願う。

『名曲』は昭和のニッポンの定義なんだね。あの時代限定っていうか、あの空気を吸ってた人しかわからないんだろうなあ。どういう曲のこと?って孫に聞かれたらこう答えるしかないかな。

「名曲喫茶でかかってた曲だよ」

昭和生まれの僕らは音楽をそういうものだと教えられて育ったんだ。ちょっと違うんじゃないのって、ビートルズも好きだった僕はそう思ってたけどね。四季や運命をきいて、世の中にこんないいものがあるって知ってね、「だから名曲なんです」って学校で教わるの、でもそれはそれ、ほんとうに楽しかったよ。まだ見ぬ西洋への憧れがどんどんふくらんでね。僕だけじゃない、きっと、名曲喫茶で何時間も粘っていたあの人たちみんなそうだ。外国なんて知らない。どこも行ったことがない。でも、まだ未知の場所があるって、実はものすごく幸せなことなんだ。

もう僕はそれがない。昭和の『名曲』にどきどきもしない。

ちょっとちょっと、もっとわからないよ。名曲喫茶?なにそれ?そうだね、まずそれから説明しなきゃいけないね。

名曲喫茶ウィーン

僕がそれにお世話になったのは浪人・大学時代だから1970年代だけど、もっともっと前からあったんだ。有名だったのは御茶ノ水駅前の「名曲喫茶ウイーン」と渋谷道玄坂の「名曲喫茶ライオン」かな、ひと言でいえば「泰西名曲鑑賞専門珈琲店」ってとこだ。立派なオーディオ装置とレコードコレクションがあってね、コーヒー頼んで聞きたいレコードを紙に書いてリクエストすると、お姉さんが順番でかけてくれるんだ。そこでかかるのが、クラシック好きの人が金払っていい音で聴きたい曲、そう『名曲』なんだね。そういうものだから他のお客さんにそこそこ気をつかうんだ、これ注文して大丈夫かなってね。クラシックはポップスみたいに2,3分で終わらないの、平気で1時間かかるからね、皆さんのコーヒー冷めちゃうわけで、僕もそうだったけど新しい曲やら演奏家を発掘したいって人もいる。だから「あいつ、いいのかけてくれたな、ありがと」ってのが望ましいんだ。でも僕はそのころ変なの専門でね、シェーンベルクのピエロなんてそのスピーカーで思いっきり鳴らしてみたいの。そんなのやっちゃうと皆さんアウトだもんね、そういう配慮をくぐりぬけた、皆さん納得の集合知みたいなのが『名曲』だっていうことになるの。もし外国にあったらきっと『名曲』は違うものになってたね。

でも好きだったんだ。あれはひとつの文化でね、智の殿堂って雰囲気もあった。友達もよくひっぱっていったさ。いまはyoutubeあるもんね、ハイエンドのオーディオの味知らない人をお客にするには難しい時代になった。「名曲喫茶ウイーン」をググると漫画家ヤマザキマリさんのブログがあって、若いころここでバイトしてたらしい。僕は『テルマエ・ロマエ』で彼女のファンになったのでうれしい。レコードかけてくれたかもしれないしね。しかもあのアテネ・フランセでイタリア語やったって、僕も少しだけ英語で行ったことあるんでそれもうれしい。あの辺は中学から大学まで庭だったから地元愛みたいなのがあってね。ウィーンはビルはそのままに居酒屋・焼き鳥屋の雑居ビルになってる。ご時世だね。お世話になりました。ここで覚えた曲、けっこうあるよ。

名曲喫茶「ライオン」

もうひとつ、道玄坂の「ライオン」は嬉しいことに健在みたいだ。渋谷は渋谷でね、駒場の教養学部にいた2年間だけはこっちが根城だったからよく行ったっけ。まわりはストリップ小屋とラブホでいけない。ライオンは大正時代からあるからこれも世相なんだけどね。お値段的には貧乏学生にはなかなかハイソでね、ここでコーヒーは高いってすりこまれたもんだからアメリカ旅行に行ってずっこけたの。安いけど珈琲フレーバーのお湯だもんね。あんなのをこっちじゃアメリカンなんて気取って飲んでんだから気が知れない。名曲喫茶のは本格的だ。旨かったよ。で、その感じがクラシック音楽にコラボしててね、どっちも舶来品だしね、でっかいスピーカーだって高級品でとても手が届かないし、耳の穴かっぽじって聴かなくっちゃってなるよね。だから集中してるんで曲をすぐ覚えた。コーヒーはいい投資だったってことになるね。そこで「四季」が朗々とかかってる。いい音だったね、おお、これがストラディヴァリウスか、イ・ムジチかってね・・・

なんて麗しき昭和の世だったんだろう。

ファンの方のブログによるとこうだ。イ・ムジチの「四季」のレコード売り上げは、1995年時点の日本において6種の同曲録音の合計で280万枚を売り上げている。1976年に100万枚を突破し、その他のレコードを合わせると1977年のイ・ムジチ創立25周年には何と1000万枚を突破する大記録を達成した。1987年来日公演中に「四季」だけでクラシックのレコード界では空前の200万枚の売上を達成。カラヤンの運命もびっくりだ。

四季は立派なクラシックなんだけど堅苦しくなくって、昭和の日本人がややこしいことぬきで楽しめて、たくさんの人が癒されたと思うんだ。そういうのがいい音楽なんだね。イタリアっていいな、行きたいなと憧れたよ。イ・ムジチは一度だけライブで四季を聴いたんだ。香港時代にね、家族を連れて行ったよ。舞台が目の前の席だった。女性奏者のかたと目が合ってね、ウチの小さい子供3人を見つけてうれしそうに微笑みかけてくださったっけ。レコードのとおり、いい音だったよ。

僕はイタリアの弦が大好き。モーツァルトのカルテット全集で一番好きなのはイタリア四重奏団ってくらいでね。なんでかってのはいろいろ考えてみたけどやっぱりわからない。こういうのは食とか女性の好みと一緒で本能的なもんなんだろうね、とにかくぱっと明るくてしなやかでふくよかで、アンサンブル神経質にそろえようなんて雰囲気がなくってね、それでもちゃんとモーツァルトになっちゃう。ああこの気分の軽さとそれでもはずさない品格って、地中海気候で育ったラテン系の人たちだなって。僕はどうやら人も文物もそれが合うんだね、とにかく男も女もね、明るくて面白い人が好きだよ。自分はそれと真逆だからね、気がついてないものを引き出してもらえる感じがするからかもね。

やっぱり弦はいい。ピアノは何でも弾ける。オーケストラの曲だってね。だから僕の中ではシンセサイザーなんだ。では弦楽器はっていうと、ひとりじゃあんまり細かいことはできない。でも、絶対にピアノにできないことができるんだ。歌うことだ。ピアノもシンセも、人を泣かせるって容易じゃないよ。でも弦楽器はできる。泣かせるのは歌なんだ。そんなにうまくなくたって、それこそヨーロッパの街角でヴァイオリン弾いてる大道芸人だってね、ハートに飛び込んできて、感情をグイッとつかみとることができる人を何人も見たよ。

ここからその泣かせる弦楽器の話をしよう。『名曲』と何の関係があるかって、もうちょっとガマンして欲しい、おしまいになってわかるから。

二胡

弓で弦をこする弦楽器を撥弦楽器っていうんだ。西洋ならヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスだね。その起源の話をイギリスやドイツでしたことがあるけど、事ここになると西洋人はプライドがあるんだろうね、東洋から伝わったかもしれないは認めるけどやっぱり不明だってことにされる。素材はなんたって羊の腸、馬のシッポだよ、弦を糸巻で引っ張ってこするっていう音の出し方だってね、羊と馬といっしょに暮してたアジアの遊牧民が発祥でないと主張する方が大変なの。とすると、じゃあ欧州起源ですかってことになるけどね、スパゲティがイタリアで生まれてラーメンになるかって?そんなわけねえだろって。いっぽうで、遊牧民の文化は漢民族にもいろいろ伝わってて、そっちでは同じものが「二胡」という撥弦楽器になったんだ。素材はやっぱりおんなじ、音の出し方もおんなじ。張ってる皮は砂漠地帯にいるヘビだけど、胴体が共鳴板になってアンプ役をするって発想は東西でおんなじだよ。

内モンゴルの馬頭琴(モリンホール)

だから弦楽器の発明者はユーラシア大陸の真ん中を行き来してた遊牧民だ。僕はそう思ってるよ。とするとご本家は今ならモンゴル族がそのひとつってことになって、彼らには馬頭琴(モリンホール)というチェロぐらいの大きさの弦楽器があるね。彼らはよく飲んでよく歌う。有名な歌唱法にホーミーがあるよね、祖先の叙事詩も、戦勝も、酒も、男女の愛も、慶事も弔いも、モンゴル音楽は感情をのせた歌なんだ。楽器なら打楽器のピアノでなく弦楽器ってことになるよね。それが漢民族に渡っていく。遊牧民が作れるってことは複雑な工業製品じゃない、馬と羊がいれば庶民でもできる。どんどん広がる。そして歌も人の心に乗って広がる。それが二胡になるんだ。

二胡を聴いてごらんなさい。あの心に響く音色は一度耳にしたら絶対に忘れないよ。すごくオリエンタルで西洋にはないものだね、あれがモンゴルの歌から来た情感で、女真族から朝鮮半島を通るうちにそこの民族の情感もまとって日本に来ていると思うんだ。日本の伝統音楽は宮廷に残ってる雅楽ってことになってるけど、あれは楽器ごと古代中国宮廷からきた天上界の音らしい。中国の学者はもう母国にあの古代楽器は残ってないので、正倉院の御物と宮廷雅楽は宝だって言ってる。笙、篳篥の音ってたしかにどこか宇宙っぽいよね。でもキュンと泣かせるメロディーや唄なんかはないのね。ところが二胡は正反対でしょ、ヴィヴラートかけまくってとろけるみたいに訴えるメロディーはとっても人間くさい。あれはまぎれもなく庶民のもの、遊牧民起源のもので、思うにその唄バージョンの末裔が日本では演歌、艶歌になっていると思う。百済の都だった扶余に旅行した折に遊覧船に流れていた歌を日本の演歌だと思っていたんだ。なんでこんな所でって不思議でね。ところがよく聞くと韓国の唄だったんだ、同じルーツのものだろう。

ヴィオラ

で、今度は西側の話だ。弦楽器はシルクロードからペルシャと地中海世界に渡ったんだね。だからイタリアに名工がいたのは不思議じゃないんだ。思い出してごらん、2年前、中国の武漢で最初のコロナ患者が出て騒ぎになりだしたころね、春節で帰国した中国人労働者が陸路でヨーロッパにわっーと戻ってね、だからあっちで最初に感染爆発した国はイタリアだったんだ。いまは海路も入れて一帯一路って言ってるけど、絹の道だった昔からそういう地理的な関係なんだ。西洋で最初にできた弦楽器は「ヴィオラ」だったんだよ。ヒザにはさんで弾くのがヴィオラ・ダ・ガンバだね。ブランデンブルグ協奏曲第6番は2丁のヴィオラ、2丁のダ・ガンバが主役でヴァイオリンはなし。なんで?と思ったけど当時は不思議じゃなかったんだね。「ヴィオラ」と「二胡」。なんか因縁あるでしょ、ちなみに、二胡の音域は中央のレから2オクターブなんだけどね、これってヴィオラが気持ちよく歌える音域なんだよ。遠く離れた兄弟かもしれないね。

音楽喫茶と四季と弦楽器。『名曲』でつながってるね。そこにヴィオラと二胡がはいるって楽しくないかな、だって文化と歴史がね、国も時代も超えてシルクロードでつながった感じでしょ?それってなんか『テルマエ・ロマエ』だよね。ヴィオラがイタリアの楽器じゃないし、二胡が中国の楽器じゃないって、イメージふくらましてもらえたかな?頭の中がごちゃごちゃになったって?いやいや、だいじょうぶ、ゆっくり寝て3日もしてごらん、きっと君の凄い発想が時空を飛び交ってるからさ。

ハナミズキの作曲家、マシコタツロウさん。ありがとう。よくわかりました。『名曲』は昭和と共に去ったんだね。そして僕たちも古くなった。あるのは「いい曲」だけなんだ。心に寄りそってはなれず、知らないうちに涙が流れてる曲。それがいい曲でなくてなんだろう。マシコさんをヴィヴァルディやベートーベンと共に讃えたい。えっと思う人はまだ『名曲』の世界の人かもよ。

この曲に二胡の響きがいかにあうか、ピアノじゃないんだね、人の声もそうだけど、弦が歌うとね、9-11の歌になって魔法のように涙をそそる。僕はそんな自分がいたのかって不思議なぐらいやさしい人になってる。どうしてかな。この見事な演奏を聴いて考えてくださいね。おしまい。

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