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地中海に見た三島由紀夫の『海と夕焼』

2026 SEP 14 19:19:03 pm by 東 賢太郎

済州島でヨットに揺られながら、ずいぶんいろんな海を見てきたなと思った。同じ海でも様々なのは、国や土地柄がどうというだけでなく、その時々のこちらの側の人間模様のこともある。中でも、天上の雲までオレンジ色かと思われるほど壮麗な夕日に染められたスペインのネルハで体験したそれは忘れられない。

あれはお互いにまだ新婚であり、留学も同期であったマドリッドの友人夫婦を遠路フィラデルフィアからたずねた1982年の暮れのことだった。コスタ・デル・ソルに行くぞと彼が愛車でアンダルシアを何日かかけて案内してくれ、ゴルフクラブを積んでトレド、グラナダ、マラガ、ジブラルタル、セウタ、セビリア、コルドバを巡った若き日の思い出だ。鍾乳洞があるネルハは地中海に面した高台に白亜の家が建ち並ぶ洒落た街である。ピカソの出身地で闘牛場が有名なマラガはほんの少し先だ。そこで見た夕日の地中海。人生初めて海外に住むことになった年の最後の日没。今の世ならスマホの写真が何枚も出てくるだろうがおぼろげな記憶の中だ。こんなものだったように思う。

海が割れる感じがした。我々にとっては聖書の出エジプト記が実話かどうか程度の興味であり、そこで話題にしたこともないが、三島由紀夫の『海と夕焼』にもそれが出てくることを知ったのは後日のことだ。鎌倉建長寺で寺男になっている老フランス人アンリが幼少時の第五十字軍の後の頃、「聖地エルサレムを奪い返すのはお前だ。沢山の同志を集めて、マルセイユへ行くがいい。地中海の水が2つに割れて、お前たちを聖地へ導くだろう」と神のお告げを聞き、アンリは少年たちを集めマルセイユに集結するが、海は何日待っても割れなかった。やがて信心深い男が現れ船でエルサレム連れて行こうといわれ信じて乗船したが奴隷に売られてしまう。さらにぺルシア人にインドに連れて行かれてその地で大覚禅師と出会い、鎌倉にたどりついたのだ。老いたアンリはその日、村童から仲間はずれにされている聾唖の少年を連れ、美しい夕焼けを見ようと裏山から稲村ヶ崎の海を眺め、過去の自分に起きた出来事を母国語で語り、故郷フランスの少年時代を思い出す。

5本の指に入るほど三島が愛着を持っていたという短編だ。我々には人生を突き動かされるほどの信仰のようなものがあるか。あるならばそれはなんだろうか。奇蹟の到来を信じたとして裏切られた場合どうなるのだろうか。この問いは、この小説が鎌倉時代、まだ科学のない頃の設定であるゆえに含蓄がある。いまの世の我々が科学という思想と並立させて生きている宗教とは違うのである。アンリが見た稲村ヶ崎の海もマルセイユの海も、海はつながっており同じものであることを彼は知っている。彼はその神秘な沈黙の海に潜む「ふしぎな不思議」を見る。こちら側の人間模様は、異国に流れ、運命に翻弄され、信仰の不条理に悩む自分がもう過去になっている。彼の見た日本人の神とはなんだろう。彼は神を捨てたのだろうか。若いころ分からなかったこの小説、同じ文章を読んでいるのに分かるようになっている自分。ふしぎな不思議である。

 

Categories:______文学書, ______自分とは

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