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カテゴリー: 健康

神山先生に教わった「漢方」と「気」の秘密

2023 JAN 11 1:01:56 am by 東 賢太郎

漢方の大家で20年来の友である神山道元先生。僕はブログで帰化名を書いてきたが、先生の本名は「屠 文毅(と ぶんき)」だ。中国で800年の伝統がある道家龍門気功の第19代伝人(後継者)である。池袋の診療所も改装して一新し、患者さんはひっきりなしで大変喜ばしい。

だいたいの病はなんとかしてくれる。中国鍼(はり)の効果は数え切れぬほど経験済だが、丹田や足の脛(すね)などに服やズボンの上から打ってしまう技術はそんじょそこらの達人でない。一度、待合室で隣の患者さんと雑談したら鍼灸師だった。きのうは首が悪いねと頭を左右にひねられて隣にいた娘がバキバキの音にびっくりするが、いたって気持ちがいいのだ。彼には何より「病気を治してあげることが喜びだ」という強烈なオーラがある。我が家で食事したり上海の別荘で遊んだり、箱根の温泉に旅行したりでプライベートまで知っている。20年付き合っていればお互いに大変な時期もあったが、彼のオーラに翳りを感じたことは一度もない。会えばそれだけで治してくれる気がする太陽のような人だ。

昨年末に行ったおり、パニック障害は治る?ときいたら即座に「大丈夫、薬あるよ」ときた。びっくりだ。小粒の丸薬で袋に「安神」と書いてある。指示通りに毎日8粒飲んでたら最近ならなくなった。「先生、何でこれ効くの」なんて聞くだけ野暮、「治ればいいじゃない」で終わりだ。対症療法が必要な病気の場合はいち早く西洋医学に頼るべきだが、そうでない領域で漢方は強い。人間は本来の機能、免疫力が落ちると病気になり、元に戻せば健康だ。そのプロセスには「気」が関わると考えるのが東洋医学だ(だから投薬に鍼灸が加わる)。いっぽう、西洋医学はそういうものを「プラセボ効果」とみなし、ノイズとしてばっさり切り捨ててしまう。

この話を伺って、僕はある事を思い出した。音楽録音の再生におけるアナログとデジタルの関係だ。デジタルは音が鮮明になりHiFiに聞こえるが、アナログは自然で疲れないと多くの人が感じだしており、いまやCDの売上をLPがぬき返している。その原因はデジタルが「可聴域外の音」をカットしたからだとされている。聞こえない音域も実は音に影響していて、アナログにはあった「自然さ」が犠牲になっていたことに皆が気づきだしたのだ。

しかし、CDにはHiFiの他にも大きなメリットがあった。安価に大量生産でき、耐久性があって小さく軽く、大きな売上が期待できたことことは業界には魅力だった。工業製品だから合理性が問われ、聞こえない音まで再生するのはコストの無駄だとなる。そこで1枚のディスクの周波数幅は可聴域のみとなったのだが、西洋式の教育を受けた製造側の人にとっては自然な流れだったことは想像に難くない。それが普及するにつれ、HiFiとは裏腹のデジタル臭が気になるという声が消費者の間でこれも自然に現れ、アナログレコードへの回帰に火がついたというのが現状である。

このカットされてしまう「聞こえない音」から僕は「偽薬効果」(プラシボ効果)を連想したのだ。プラシボ効果とは「効き目がある」と信じることにより病気に対して精神的治癒力を発する効果のことで、デンプンを錠剤にした偽の薬でも効いてしまい、ある実験では30%の人に鎮痛効果があったとの報告もある。製薬会社が開発した新薬が万人に効く科学的効能(予見できる効き目)を測ることは厚労省の認可の過程で必須であり、そのためにはプラシボ効果は統計からカットするのが合理的ではある。しかし、臨床の場になれば患者が求めるのは科学的根拠ではなく病気が治ることだ。

アナログレコードが出す「聞こえない音」に価値があるように、「治りそうな気になった」ことで治ったならば、その「気」というものに価値を認めてもいいのではないかと思うのだ。西洋医学はプラシボのような患者ひとりひとりの主観や個性は排して、客観(物理)にだけ依存する。薬効の再現性を万人に保証するためであり、僕も仮に大病を患えば病院でそれを期待するだろう。ところが東洋医学ではひとりひとりの人の体が異なるのは必然であって、いわばテーラーメードで身体機能をあるべき所に戻してあげることが目的になる。命に係わる火急の事態で出番はないが、病気になりにくい抵抗力をつけたり、原因が特定できない病気、偏頭痛などとされてしまう慢性の痛みなどには試す価値がある。

僕は東洋医学がプラシボ依存だと言っているのではない。現に厚労相は200種以上の薬草を医薬品と認定している。ただ、外科手術がなく即効性に欠け、鍼灸、気功まで動員して健常体に戻すそのプロセスが西洋流に教育された我々には「非科学的」に見えることを指摘したいのだ。しかしよく考えよう。科学とはルネッサンスで19世紀ごろに神学から分かれて発したヨーロッパの概念であるから、非科学的という判断は漢方が発した数千年前の東洋にそれがなかったねということを言っているに過ぎない。にもかかわらず数千年も価値を認められていることの方がよほど重要だし、その科学も万能でないことは西洋人が認めている。だから「統合医療」なる両者を融合した概念が現れているのが現況で、先生は何度もドイツに呼ばれている。

そうは言っても、僕自身がとても西洋流に教育された人間だから、どうしても東洋医学を西洋的概念で理解したいという欲求が捨てきれないことは白状せねばならない。僕だけではない、漢方(中国では「中医学」というが)の発祥の地、中国ですら若年層は西洋医学にしか依存しない社会となって久しく、「そういえばお婆ちゃんが飲んでましたね」という認識になっている。そこで、僕が自分の納得のために、それを西洋の科学的概念だけで説明する疑似的な方法を編み出したのが、東洋医学は「ホメオスタシス(恒常性)」の増進だという考え方だった。僕は医師でないから間違っているかもしれないが、イメージとしてご理解いただければ充分と思う。

恒常性とは、例えば、体温を一定に保つとか、侵入した病原体をやっつける免疫が自分を攻撃しないようバランスを整えるなどのことだ。西洋医学はそれらのメカニズムを科学で解明して、個々の機能の不具合を調整する薬が日々開発されている。しかしホメオスタシスは手足を動かすように脳から指令を出してすることができない「自律的」な行為で、一ヶ所を薬で調整してもかえって体全体のバランスを崩さないかという心配が常にあるだろう。しかもその「総合バランスが取れた状態」こそが東洋医学の目ざすあるべき所なのだが、厄介なことにそれは個々人で違うのだ。

つまり、人体をパソコンに喩えるなら、西洋医学は故障したハードの修理は得意だがそれを稼働させるOS(基本ソフト)がまだ読めていない。東洋医学は、OSは読む必要はなく正常に作動させさえすればハードもうまく動くように “OS自体が書かれている” (ホメオスタシス)ということだ。正常に作動させる方法論が、植物アルカロイドの薬効と鍼灸、気功などの血流への効能を統合した経験的哲学として数千年以上も前に確立している。徳川家康はそれ(本草学といった)を学者顔負けに書物を読んで研究し、自ら調剤した漢方薬を病気の家臣に与え、自身も服用して当時としては長命の73才まで生きたことは有名だ。

「哲学」とあえて書いたが、それが効能ある「医学」になる過程で『気』という概念が用いられた。僕は血液、リンパ液、ホルモンなどの流体が体内をめぐることだというイメージで理解しているが、そこまで完全に即物的なものではなさそうであって、目に見えないし、科学的な計測もできない。だから西洋人は「可聴域外の音」といっしょで取り合わない。日本人だって一般には目で見えないものは信じないし、教養人とて西洋医学が認めていないものは眉唾だとなるのが普通だろう。しかし、困ったことに、僕は神山先生の施術と薬で病気があっという間に治った経験が何度かあるのだ。プラシボ効果も一部はあったかもしれないが、それも含めて医療であり、治せば名医であって文句をいう人は世界のどこにもいない。しかし、「なぜ治ったんだろう?」という疑問が残るのが西洋流教育の名残なのだ。「存在しないものが治した」というマジックを信じない僕は、「何か」が存在したのだと説明しないと気がすまない。そこでやむなく仮置きするのが『気』なのだというのが結論だ。これはおそらく間違っているが、先生のご著書を僕はそう推理して読んでついに腑におちるに至った。

すなわち、神山先生の手によってホメオスタシスが正常に作動したから僕は治してもらえたのであり、そのためには、彼の施術の中に目に見えないし計測もできないが「在るべきもの」があって、それが『気』であったのだという推理をするしかない。とてもおこがましいが、その考え方は、アインシュタインが理論と現実のギャップに困って、その場しのぎの項で相殺した「宇宙定数」のようなものかもしれない。そっちを理解してないのだからただの比喩未満の言い草にすぎないが、先生から発し、電流のように流れる何物かが存在するという感じをご想像いただければ幸いだ。

以上、先生との20年の会話から得た僕のつたない理解が各所に入っていることをお断りするが、生来の合理主義者である僕のような人間がどうやって先生の東洋医学に心服するようになったかを、圧倒的多数である西洋式教育信奉者の皆様方に少しでもお判りいただければという純粋な思いから書いた。大家だが敷居は高くない方なので、下記へ連絡され「東賢太郎のブログを見た」といわれれば快く看て下さるはずだ。本稿は宣伝ではないし、治癒を保証するものでもない。下記研究所と僕およびソナーは何らの資本関係、金銭的関係を持っていない。あるのは患者の一人として家族までいつも健康にしてくれる先生へのささやかな恩返しの気持ちだけである。

〒171-0022
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池袋クラウンハイツ601
TEL:03-3971-4507
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久しぶりの渋谷散策

2021 DEC 4 0:00:08 am by 東 賢太郎

今日は森嶌医師の診療所WELLSで2回目の点滴。ビタミンC30mgと若返り薬のNMN100mgを打ってもらった。帰りは運動をと渋谷まで歩く。心なしか体は快調だ。神宮前の坂をおりながら、なるほど表参道からも道玄坂からも下り道だ、やっぱり渋谷は「谷」なんだと得心する。

コロナは不思議と気になってない。同盟軍がアメリカにいて例のトランプの錠剤を送ってくれた男だ。wikipediaに出てる大物だが名前は明かせない。「ワクチンは打つことが目的になってる」そうだ。薬屋は飲み薬を売る前に儲けたい、WHOと政府は「やってる感」が必須。三者がウインウインだ。くりかえすがm-RNAの中長期副反応データはない。いま世界で打ちまくってるのが治験だ。日本では接種で約1200人が亡くなったときく。オミクロンが世界に広がるならばワクチンは効かないということだ。2回打ってないと飛行機は乗れないから。

ニトリに入ってみた。初めてである。寝具売り場で良さげな枕を見つけたが、持って帰るのが面倒でやめた。お値打ち感ある値段の家具類が並んでいてなかなかだ、若いカップルたちの楽しげな笑顔でこっちも明るくなる。カーテンがけっこうたくさんあってちょっと期待した。ラッキーカラーのゴールドが欲しい。ただの金じゃない、延べ棒みたいにピカピカ、まっきんきんのだ。残念、あるわけないか。

タワーレコードに進む。かつて入りびたっていた場所だ。帰国した2000年から9年は半蔵門線で渋谷で降りてバス通勤していたからだ。何千枚ここでCDを買ったかなあ。7階がぜんぶクラシック売り場だったが、数年前からジャズに浸食され半分づつになった。それが今はポップスも闖入していてさらに狭くなっているではないか。フルトヴェングラーの第九が流れているが、いい所で大音量のバンドにかき消されて聞こえなくなる。こりゃいかん。ここで楽しませてもらったご恩があるのだ。手当たり次第に買った。数えたら41枚あった。

さて7時を過ぎて腹がへった。これもお決まりだった道玄坂の町中華「兆楽」へ進む。調理場を囲むスタンドに座ると20年前からセンターに立つ大将がお元気で鉄鍋をふってる。頭が下がるなあ。五目焼きそばとギョーザ。涙が出るほどうまい。大将、俺はあなたを人間国宝に推挙したい。これで990円。ニューヨークはたいしてうまくないラーメン一杯2千円だ、世の中まちがってねえか。いや、これが日本だ。世界がうらやむジャパン・プレミアムなんだ。

そして仕上げの啓文堂書店に自然と足が向く。旭屋とここ以外、渋谷のでっかいのはみんな潰れちまった。本屋は息抜き処であり時流のセンサーであり立ち読み学習の宝庫でもあった。どれだけ勉強させてもらったかわからない。なくなると困るのだ。あれこれ渉猟して楽しんで2時間以上もいたろうか、自分の4冊、息子に1冊買ってこっちが「ありがとう」とお礼をいって出た。タワーレコードでも兆楽でもそうした。丁寧にお会計をやってくれたからではない。「やっててくれてありがとう」だ。

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ワクチン予約はキャンセルする(再改定、6月22日)

2021 JUN 12 12:12:08 pm by 東 賢太郎

以下、僕のコロナ・ワクチン接種に対する考えを述べる。お断りするが、以下は自分のポリシーであってお薦めするものではない。

まず、現状における事実を確認する。

科学的対策  

コロナの治験データ集積は1年分ほどで、未来を有意に予見できる人間はいない。よって人類はリスクのない科学的対策を現時点では有していない。

社会的対策

地球上の全罹患者(無症状含む)を識別し、制限時間を設けずに隔離すれば社会からコロナは消える。それは様々な理由により不可能である。

結論  

よって、できることは「リスク管理」のみである。

 

以上は世界の誰からも反論はないと思料する。では我々はリスク管理として何ができるかを述べる。「我々」が国家でも個人でも結論は同じである。

 

リスク管理

 

①「三密」回避。ステイホーム。外で人、物に触れない。うがい、手洗い。

②ワクチン接種

個人的には、これまでの1年3か月は①だけで罹患しなかった。そこで、加えて②を行うかどうか、是非を検討してみることにする。

 

ワクチン接種のリスク・リターン分析

(A)リターン(長所)

発症予防効果でアストラゼネカはファイザー、モデルナより劣る。ファイザーの95%の効果は客観的に高いと評価するが、その持続は半年程度とされ、下に記述があるように南アフリカ変異株への効果はやや低下することから、今後確実に出現する多種多様な変異株への効果は、その都度まったく不明と思われる。

 

(B)リスク(短所)

接種後に30分待機して現れるのが副反応のすべてではない。ファイザー、モデルナは「m-RNAワクチン」であり、このタイプは今回が人類への初投与になる。通常5年かかる治験が行われておらず、従って「人体内で何がおきるか」は5年たたないと誰もわからない(現在打っているのが治験=人体実験である)。しかも一度打ってしまうと死ぬまで体内に影響が残る可能性がある。動物の死亡例から危険と判断した米国は2012年以降はm-RNAワクチンを認可していなかったが、今回のコロナの死者数の多さから短時間で認可した。

 

国家の判断は(A)>(B)

「パンデミックによる死者数 > 治験不足による死者数」”だろう” ということである。どっちも死者が出る前提であることに変わりはなく、国民の命の犠牲を払って集団免疫を作る策である。

僕個人の判断は(A)<(B)

リスクの中身がまったく不明であり、しかも、効果は半年、変異株への効果は不明ということでは、打つリスクの方が今後の人生においてずっと大きい。「m-RNAワクチン」独特の過免疫反応は米SNS・メディアでは規制され、複数の専門家がフェークニュース扱いで処分され、ファイザーの副社長もその理由で解任された可能性があると苫米地博士のビデオ(添付)が言及している。何かが隠蔽されている “かもしれない” リスクは絶対に取らないのは僕の世界では常識だ。

 

僕の結論

日本はワクチンなしの1年でも死者数は多くなく、焦って打つ必要はない。逆に、接種開始が大幅に遅れておきながら唐突に1日100万人接種大作戦が発出されるのが実に不可思議であり、国民の知らない「何らかの事情」が官邸に発生しているとしか理解できない。

副反応による未知のリスクがあるワクチン接種より、死亡者を増やす五輪を中止するのが国民の命を守るために合理性ある選択であるが、その合理性をかなぐり捨ててまでワクチン・キャンペーンを全力で推進するのは、「何らかの事情」=「五輪開催を必要とする自民党内の政局事情」である可能性が高い。そんなものは国民には100%どうでもいい。したがって、キャンペーンにほいほい乗せられて命のリスクを冒す必要など1000%ない。

治療薬ができればコロナはインフルエンザと同程度の死亡リスクの病気になるだろう。世界中の製薬会社が治療薬開発を急ピッチで進めており、人類初投与の未知のワクチンを体内に注入するよりそれを待つほうがずっと “安心安全” である。よって僕はワクチンは打たず、打ちたい人に回せるので世田谷区にキャンセルを申し込む。父親の予約もキャンセルをお願いした。

 

(追記)

ファイザー社は自社のワクチンを「安心安全」とは言ってない(添付のyoutubeにあるようにリスクを明言)。60万人死者が出た米国はそのリスクを取った。そのペースで死者が出続けるより副反応の死者の方が少ないだろうという判断だ。では死者1万5千人と40分の1である日本はどうすべきなのだろう?

菅総理は「安心安全かどうか不明のワクチンを打てば安心安全だ」と言っている。言ってるそばから壮絶な論理矛盾なのを気づいているんだろうか?この判断に科学者が責任を持ったとは思えない。副反応のデータ集積がないのにリスクを取るアホな学者はいない。ワクチン接種の選択肢はあっても結構だが、ファイザー自身による副反応リスクの翻訳も公表すべきだ。それを政府も医療機関もマスコミも行わず、河野大臣が「腫れ、痛み、頭痛、発熱、アナフィラキシーはあるが重いものは極めてまれだ」ですましている。

問題はその「重いもの」の方であり、まれかどうかは数年の臨床試験をしないと作ったファイザーすらわからない。これが事実である。それを科学者でもない大臣が無視して丸めて「安全だ」と国民に発表することはまともな政府のすることなのだろうか?

したがって、打つ人は「リスク」を正確に知っておくためにファイザーの英文レポートを読むべきだ。仮にワクチンを打って数年後に何人死んでも、薬害エイズやヒ素ミルクのような裁判や対処は行われない。保険すら出ない可能性のある巧妙なヘッジが政府、地公体、保険会社によって周到に打ってあるとは驚くべきで、請求(=死亡)を前提としているわけである。

きのう本稿に添付した「自然療法士 ルイ」の「臨床試験情報第2弾」はファイザー社による副反応リスク情報の主に妊娠、妊娠に対する部分を翻訳したものだったが、一晩たったら消されていた。「ワクチン接種した人の体内で作られる人工的なウイルスが呼気、体液を通じて新たな感染現になるかもしれない」との指摘があったと記憶しており、それはファイザーの見解ではなかったとも考えられるが理由は不明、不気味なことだ。

一方で苫米地博士は上掲ビデオで「ワクチン接種は発症は防ぐが感染そのものを抑えるわけではなく、接種者が自覚なしに他者に感染させるリスクがあるため、集団免疫上は逆効果になる可能性がある」と指摘している。もしそうであるならその逆効果によって第5波は増幅されるが、政府は感染爆発しても「五輪開催との因果関係は確認されていない」(もし五輪を中止していてもこうなった)と主張するだろう。「GoToで感染が増加したエビデンスはない」と同じ手だ。「私は責任者ではない」という人が「玉砕してくれ」と言っている狂気の沙汰だ。結果は東京裁判にかけ、ケツまくりは絶対に許してはいけない。

 

(追記、6月22日)

「自然療法士 ルイ」の「臨床試験情報第2弾」はやはり何者かによって消されていた。

 

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ワクチン接種をどう考えたらいいか?

2021 FEB 14 1:01:19 am by 東 賢太郎

「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」 (東京大・2003年)

う~む、美しい問題だ。20字だ。数字が一つしかない。昔どおりなら文系は100分で4問だからこれを25分で解かなくてはならず、けっこう大変だ。

それにしても実に刺激的だ。ならば僕ならこういう出題をしてみたい。

「太陽が地球を回っていないことを証明せよ」

数字はない。アンチョコを見ない限り、おそらく人類の99%は25分どころか1年かけても解けないだろう。かくいう僕も1%に入る自信はない。数学のような積み上げの学問で円周率が3.05より大きいことを証明できない人がこれを解くことは考え難く、2003年の問題は科学の素養のふるい分け機能を果たす良問と思う。クイズ王になるのとこういう問題を解くのとはぜんぜん別の話である。

僕の問題を解いた人がいる。「コメンタリオルス」を著したドイツ系ポーランド人のニコラウス・コペルニクス氏だ。時は1510年あたりとされている(そのころ日本では織田信長が生まれている)。

それから500年。地球の方が回っていることになって今に至る。でも、宇宙飛行士にならないとそのシーンを目視することはできないし、宇宙から撮った写真だってヤラセかCGでない保証はない。

つまり、それを信じるよりどころは数学(天文学)しか存在しないが、99%の人は数学がわからないのだから、地動説というものは、

「そういうことになってる」

だけなのである。皆さん、お正月は神社に詣でて願掛けをされるだろう。「こうなりますように」と。本当に「こう」なる証明はないが、国民的にみんなやってるんだから効果はきっとある。そう信じるから初詣に行く。なぜなら、

「そういうことになってる」

からだ。これが宗教というものだ。

従って、有意に高い確率でもってこういうことが言えるだろう。

「99%の人にとって科学は宗教である」

回るのが太陽だろうが地球だろうが我々の渡世には何の関係もない。それより酉の市で去年より大き目の熊手を買うかどうかの方が、99%にとってはよっぽど大事なのである。

縄文時代の日本は今より2度暑かったし、1300~1850年の地球は下のグラフのLittle Ice Age(小さな氷河期)にあった。現在はその極寒期から脱して3千年の平均気温に戻りつつある回復過程であって、「温暖化」の正体は自然現象であるというのが科学的な視点だ。

少女を使ってポリコレと化した「地球温暖化説」は過去100年だけのチャートを都合よく切り取って「危機だ」「原因はCO2だ」とする。では百歩譲ってその100年だけを見てみよう(下のチャート)。ご覧のとおり、原因はむしろ太陽活動である(Tが地球気温、Sが太陽活動、CがCO2排出量)。

化石燃料から代替エネルギーに転換させると都合のいい人がいるのであり、世界の学者を巻き込んで99%の人には科学に見える「宗教」を作っているのだから裏で巨額のカネが蠢いていることは論じるまでもない。既存の大手メディアはその教義を巧妙に真実にまぶして世界を洗脳し、異端の教徒の声は抹殺する。最近は「地球温暖化」を「脱炭素」と言い換える風潮が顕著だが、なぜならウソがバレたからであり、科学でないことを人類をあげて頑張っても何も起きない。

職業投資家として僕はポリコレだろうがディープステートだろうが脱炭素だろうが、そういうものは単なる商材と見做して勝つ方に投資するだけだ。しかし人間としては別である。許せないのは、カネで科学をねじ曲げる腐敗した精神である。そんなことを許していればやがて科学も退廃するし、一部の勝ち組が人類の命運を狂わせてしまうのだから言語道断だ。このスタンスを読者はSTAP細胞事件でご存じであり、僕の中で常に一貫している。

さて、だいぶ回り道したが本題に入る。東京五輪だ。実のところ、ロゴでもめて国立競技場の設計で多額のキャンセル料がどぶに捨てられ、緊縮のふれこみだった総予算が予定されていたかの如く膨れあがり、福島の復興は隅に追いやられ、そして夏の東京は暑いとわけのわからん理由でIOCがマラソンを札幌に持って行った、あのあたりから気分は冷めてしまっていた。

首相曰く「人類がコロナに打ち勝った大会にする」らしいがどうやって打ち勝つつもりなのだろう。常識的にはワクチンに頼るしかないが、そもそも見込んだ本数がちゃんと日本に来るのか?最も危険にさらされる都民全員に7月までに接種は間に合うのか?重症化は抑えるが感染抑止はしないのだから病床数は足りるのか?医療関係者は?東洋人が射っても安全なのか?そもそも効くのか?未知数だらけだ。

この点については、科学者である医療ガバナンス研究所理事長・上 昌広先生のブログ(2021/02/08付)から引用させていただく。

「ノルウェーでワクチンを接種した高齢者23人が死亡した。接種したのはアメリカ・ファイザー、ドイツ・ビオンテックのワクチンで死者13人は剖検されており、ワクチン接種との関連が示唆される。私は、現状では高齢者に一律にコロナワクチンは推奨できないと考えている。それぞれの状況に合わせた個別対応が必要だ。少しでも不安をお感じの方は、是非、主治医に相談してほしい」

上先生の説明

まったくその通りと思う。僕が昨年今ごろから厳戒態勢に入ったのはまさに無症状感染者が出たからだ。上先生にお会いしたことはないが、わかる、この方は素晴らしく頭がいい。コロナは科学でしか解明できないし、科学は頭が良い人しかできない。ならば素人の僕は最高の頭脳の先生の言うことをきくしかない。それでも保証はないが他に手はない。彼が指摘している厚労大臣は精一杯頑張っているとは思うが、頭の問題はどうしようもない。そういう人が語る宗教の信者になってワクチンを射つことは僕にはあり得ない。

高齢者の感染数は増えていて優先してくれるのは有難くはあるが、約半分は若者が持ち帰った家庭内感染と聞く。僕はそれはなさそうだし外へは出ないし、むしろ若者優先で射っていただいて迅速に集団免疫を作ってもらったほうが安心だ。厚労省はファイザー社のワクチンの「承認を了承した」と発表している。治験で日本人への効能と安全性を確認したのではない。問題があれば省として責任をとることを認めましたという意味だ。ノルウェーのようなことがあれば誰かの首ぐらいは飛ぶのかもしれないが、だからといって、その程度のことで安心して摂取しようという気がおきるわけでもない。

もしワクチンによる免疫バリア作りが思ったほどワークしないならば、ここから五輪開催を決定するだろう3-4月までのコロナの感染動向は当のウィルス様にお伺いをたてるしかないことになるというのが本稿の趣旨だ。要するに、御意のままということだ。これは、地球温暖化は実は太陽活動という自然現象のせいであって、人間がCO2削減をいくら頑張ろうがおてんとうさまの御意のままにしかならないのとよく似た現象ということになるかもしれないことを意味している。にもかかわらず、最後の命綱であるはずのワクチン供給契約の時期と本数の詰めが甘かったという、政府は何を考えているのか(ひょっとして何も考えてないんじゃないか)と見える事態が発覚した。民間企業なら担当役員の首が飛んでいる。

ではそもそも、科学的知見からして、政府が五輪開催に向けてやるべきことは何か?上先生曰くPCR検査をやりまくるしか手はない。彼以外にもそう主張する科学者はたくさんいる。しかし、政府と厚労省は当初からずっと真逆の策をとっており、37.5度の発熱がなければ検査しないというお触れで岡江久美子さんを含む何人もの方が自宅で様子見を強いられ命を落とされたのは記憶に新しい。政治の暴走とも言い切れないのは、尾身氏の率いる専門家会議もPCRを増やすと医療崩壊を招くからやらないほうがいいとの見解を出したからだ。無症状感染者は気にしませんという世界でも希少な戦略であるが、この科学的根拠は何だったのだろう?それは去年の今頃に僕が感じた恐怖が何だったのか、なぜそれが政府に共有されなかったのかという疑問でもあり、いまだに理解できない。その恐怖を救うのが上先生の策だったから心から納得した。しかし政府には都合が悪かったのだろう、彼のような学者ではなく、忖度してくれる御用学者が登用される。是々非々である台湾の蔡英文とは政治力が雲泥の差と言うしかない。

コロナウィルスである風邪もインフルエンザも感染力には季節性があって統計的に2月にピークアウトするが、新型も同じであり、ここから4月にかけて感染者は自然に減り、6,7月にやはり季節要因で増えると上先生は言っている。だから目下の数字が減少しているのは緊急事態宣言の効果ばかりではない。さらに、今年に入り、知人の親族が勤務する保健所は事務職でも帰宅が午後9時という激務ぶりだそうで、保健所ルートという日本固有の仕組みのもたらす物理的な制約から検査数が減っているという原因もある。検査しなければ感染者が減るのは当然だ。それで安心して都内各所の人出が大きく増えているからいずれまた感染者は増え、検査しないから無症状者はカウントされず、結局は陽性者が増えるだろう。つまりウィルス様と「いたちごっこ」しているだけなわけだが、何も今に始まったわけではない、去年の今ごろから一貫してそうだったのだ。

緊急事態宣言発出の効果を高める法改正をしたではないかという声もあろう。それは政治のイニシアチブで策を施したように見える唯一の手だ。ステイホーム、三密回避を促すという意味で科学的根拠もあるから有効であることは確かである。しかし、宣言にプロパガンダ効果を期待する政治的側面においては、温暖化におけるCO2削減が経済減速を招くのと同様の副作用がある。すなわち、”緊急事態” が長引けば、そんな危ない国に五輪の選手団は自動的に来なくなるのである。従って、宣言を撤回するしかなく、残る手はPCR検査をやりまくるしかない。ところが、それをすれば無症状感染者を拾って新規感染者数が激増してしまい、やはりそんな危ない国に五輪の選手団は自動的に来なくなるのである。

すなわち、昨年のコロナ対策の初動において何度も書いたことだが、五輪は意識するが科学は無視していいだろうという「PCR検査回避大作戦」の結果、なんのことないその五輪が大手飛車取りに追い込まれて国中がてんやわんやという大ヘボ将棋だったことが発覚したわけだ。しかしそんな失態はなんのその、季節性要因で4月ごろ感染者数が自然にもっと減り、緊急事態宣言は補償と経済への目配せで早々に打ち切られGoToまで復活してしまうのではないか。しかし6月から数は自然に増える。従って、ワクチン接種は政治的に不可避な唯一の神頼みとなり、世界の趨勢だからを免罪符に、あれほど新薬許認可に腰の重かった厚労省がぎりぎりになって、世界で誰も投与されたことのない未知のワクチンの「承認を了承」した(させられた)のである。そこは神の国だ。ええい、何とかなるだろうと。

しかしよく考えて欲しい。そのワクチンだって我が国は自国で開発したわけじゃない。他国さんの努力でたまたま「神風」の如く現れただけだ。去年の今頃、ダイヤモンド・プリンセス号騒動で我が国はコロナで注目をあびた世界最初の国になった。そこから今に至るまで頑健に「神の国」でありつづけたその一途さ?を世界が日本らしいと見るか日本も墜ちたと見るかは様ざまだろうが、そこでワクチン供給契約の問題で神風すら逃げかける失策を演じているのだ。外国はそれを知らないし、いまだに科学的解明がない「死者数の少なさ」も外国人にはミステリアスだ。よって日本はうまくやっているように見えているだろうが、単なる結果オーライである。日本が未来永劫「神の国」で存続していける確率は低い。国民が政治を直視して選挙で理性を働かせないと、国は危険水域に来ている。

そんなさなかに発生した森会長辞任騒動は、日本は「神の国」を自認される元総理で自身もスポーツ界の神と仰がれる教祖様がお倒れになったということだから五輪宗教界がてんやわんやなのは道理だろう。しかし、科学とはいささかの縁もないどうでもいいことである。なぜなら、それがなかりせば開催がうまくいったわけでも何でもないからであり、もはやワクチンが集団免疫をつくるしか五輪開催の芽はないことに寸分の変わりもない事態に追い込まれていたからである。僕は東京都民であるので、ワクチン投与ばかりが関心事ではない。1万人の外国人が大挙して同時期に押し寄せ、東京にバラエティに富んだ変異種をお持ち込みになるのが非常に怖い。選手は隔離しますというが、そういいつつ英国、南ア、ブラジルのウィルス様がすでに空港検疫をすり抜けて遠い地方にまで達している。誰が信用するのだろう?

そのリスクを負わされ、高い都税を払わされて、しかも無観客だからテレビで見てくれって何の意味があるんだ?こう思う都民は増えているのではないか。

ドナルドもシンゾーも、コロナなかりせば政権が続いていたと思う。「賭けてもいいが、政治としてのコロナ戦争にアクセルのふかし勝ちはまずない」とだいぶ前のブログに書いたが、やっぱりそうなった。さてここからどうなる?小池百合子はいじめを逆手にとってうまい立ち位置で国にアクセルをふかさせ、「都民はステイホームを」と呼びかけるにとどめた。コロナ様には極めて都合が悪い、すなわち科学に基づいたメッセージの発信だから素晴らしい。彼女が科学を理解しているとはまったく思わないが、ズレを感じさせないセンスは感じる。僕はもともと女性積極登用派であるし、パフォーマンスが過ぎるというが政治家はどうせ全員そうなのだから下手よりうまい方がましだ。プーチンはワクチンを射たないが小池さんはどうかな。

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奇々怪々な脳ドックのMRI画像

2020 OCT 21 22:22:18 pm by 東 賢太郎

脳ドックでMRI、これがいけません。トンネルに入れられる方式は耐えられない閉所恐怖症なのです。そういう人は結構いるそうで、オープン型マシーンを置いている所が人気です。それをトライしましたが、床屋もだめなレベルですからそれでも危機的でした。

画像を見せられました。自分の写真でこれほど妙なものはありません。下の方にチューブみたいのがぐるぐるあったりして、こんな奇怪な物体が俺なのか?と思うわけです。画像をいくら調べたって、僕という意識がどこにいてネコ派だなんてことはわかるはずない。何兆個あるか知りませんが全部の細胞をバラバラにして分子レベルまで調べたってわからない。

どの部位を破損すると何ができなくなるかはわかるそうですが、その理由はわからないそうです。そして、その脳を使ってる僕自身にもわからんのです。よく人生訓で「己を知れ」といいますが、己はたぶん脳なんで、じゃあわからないです。わかる方法は、いろいろ仕事させてその結果を見るしかありません。

8月に浸水した地下の荷物をひっくり返していたら、浪人時代の予備校の成績表が出てきました。いちばんハードな仕事をさせた結果で貴重なデータですが受かってしまうと用済みで中身は覚えてません。まず、思い起こせば僕は不得意な国語の勉強時間を削り、暗記で伸びそうな英・社に回したのです。それは失敗だったことがわかりました。なぜならその2つは偏差値がさっぱり伸びず、ずっと65前後というデータがいま目の前にあるからです。

逆に、伸びたのは理科の84、数学の81、三番目がその国語の75で、この3つは天井も高いが不発だと50代もあり、順位だと全国1番から2千番までと天国と地獄でした。つまり英社は「平凡安定型」(失敗しないので型)、理数国は「巨大バラつき型」(大バクチ型)で、これが自分の脳ミソの個性だったわけです。

そこで国語です。見ると70代が2回出て全国14番までなってますがまったく記憶がありません。英・社は何千回試験受けても絶対にそんなことはおきない自信がありますが、国語もそうだと思ってました。実は「巨大バラつき型」だった。イメージが大きく変わりました。社会に出てお世話になったのは国語力だったかもしれないと思うようになりました。

ここまで人生大きな悔いはありませんが、ひとつあるとすると「巨大バラつき型」が活かせてないことです。ホームランしか狙わず、バントとか進塁打には何の情熱も湧かない脳なので、持って生まれたものに逆らわずこれから狙います。

こういうデータは脳ドックでは出てきません。出てきたのは「問題ありません」の1データだけでした。

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半年で知った「三密こそ安全のキーワード」

2020 JUN 22 18:18:30 pm by 東 賢太郎

「県またぎ自粛が解除になったので行ってみようと思いました」と笑顔で温泉宿にはいる老夫婦のインタビューを見ていて日本人は本当に真面目だなあとつくづく思いました。緊急事態期間中は「8割オジサン」のいいつけ通り、ほぼいい所まで都会の人通りは減ったと思いますよ。罰則なくても「空気」ができて、コロナ警察まで現れてしまう。空気パワーは罰則並みです。それに加えて国民一人一人に染みついてる、神道の「お清め」にルーツがあるといわれる清潔観念(不浄忌避)は世界でぴか一ときてます。アメリカでは「常にマスクして家で靴を脱ぐ人が現れた」なんてのがニュースになるぐらいですからね、日本の真似など百年早い。

日本の患者数、死亡数が少ないのは世界のミステリーになってます。医学的な理由があるかもしれませんが、やはり「真面目さ」「清潔観念」という数百年の文化の蓄積も大きいと思うのです。麻生大臣の「民度が違う」というのはその意味で当たってますね、だから日本の政治家は楽でしょう、上に乗っかってああだこうだ適当にやっていればOK。それがどんなヘマだろうと民度の高い国民が自分で適切に行動してくれるんですからね、票を買収してでも国会議員になりたいのわかりますね。でもやるなら身銭でやってつかまれ。それを税金(他人のふんどし)でやるなど品性が下劣極まりない。それが法務大臣って泥棒が裁判官やるみたいなもんでしょう?それやっちゃあ人間お終いですね。

ただし政府のしたことで一つだけよかったことがあります。4月3日に海外からの入国制限令を出したことです。オリンピックと習近平ソンタクで甚だ遅れはしましたが都知事も立場上いえなかったんでしょう。でも羽田、成田を通すと東京来ちゃいますからね、東京は一番危険地帯になるんです。ウィルスの防御は、海外から持ち込まない事こそ最善策です。日本人は民度高いですから、入ってしまったものは何とかマネージする。「入り」さえ制すればいい。宣言解除後も数字が増えてないのは政府の宣言が効いたのではなく、入国制限令をまだ解除してないからです。だから、解除するとまたどーんと増えます。それだけです。

緊急事態宣言を解除しようがウイルスが空気読んでくれるわけではありません。でも、日本人が5,6月にどうウィルスをマネージしたかを自分で知ってそれを真面目に続ければ県またぎしようが温泉行こうがそれほど問題ではないでしょう。なぜマネージできたのか?「真面目」「清潔」という世界最高峰の民度のうえに「三密はダメよ」が乗ったからです。海外はソーシャルディスタンシングでしたかね。なんでシングなんだよ、動名詞だよって、そんなのどうでもいいし長ったらしくてすぐ忘れるし、一番危ないソーシャルでない連中にコロナを機にいい子になれっての?道徳の授業かよって。

かたや「三密」はどことなくねちっこいワーディングです。密ってのが妖しくていいですね。僕など即座に壇蜜さん思い出しましてね、彼女にCMで「ダメよ」言わせたら一発だろうなんて家内に言ったものです。東京の話ですが小池都知事の「ダメ」は僕的には効きました、真面目に聞いちゃいました。首相や専門家委員会じゃ効かなかったろうと思うのはべつに彼らの問題ではなく、相手が男だと男は理屈で受け取るからです。ほんまかいなとなって拒否反応が出るか忘れるかしたでしょう。こういうのは女性のが強いですね。

これ、僕だけじゃなく国民的に「三密ヤバい」になったと思うのです。日本がうまくいったからSANMITUは外国でも流行ると思いましたがまだなってませんね。何がヤバいかこまめに分類して3つ束ねて覚えやすい標語にする。この知恵と文化にミステリーの謎があると思いますよ。そういう文化がないから海外は数字がああなったんだと思ってます。ブラジルなんか大統領が俺はマスクしない、全員が一度かかって抗体を持とうと勇ましくて大丈夫かと思ってたら数字が爆増してカウント公表差し止めになっちゃった。彼はSANMITUを小池さんに学んだらいいですね。それで経済が一時は止まりますが、どこかで+-の均衡点が見つかる。それは国の民度によるから絶対の基準はなく、三密しながらオープンにする試行錯誤の経験値を積み重ねればいいわけです。

そう考えますと、これからワクチンができる数年後まではウィルスと同棲していくわけだから日本流の「三密回避型ポスト・コロナ社会」がそのうちできあがって、世界の賛美を得ながら規範になる気がします。「三密がヤバい」ことだけは確かだから、各人、各業界が三密なしでどう生き延びていくかを日々必死に模索するしか手はありません。かつても今も誰も経験したことはなく政治や学問が解決法を教えてくれることは絶対にありません、生活の知恵みたいなものです。逆に、どなたでも、家庭の主婦でも学生さんでも一気に世界を変えられるかもしれません。

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世界で2100万人、日本は42万人が死ぬ

2020 MAR 27 1:01:25 am by 東 賢太郎

何度も書く。辟易された方も多いかもしれないが、新型コロナウィルスという未知の星から来た「エイリアン」は薬、ワクチンが開発されなければ人類を滅亡させるかもしれない事を否定できる科学者はいない。人類(ヒト属)が発祥したのは200万年前で、我々「ヒト」の属するホモ・サピエンスは40万年前に現れたが、その生存時間は37億年前に発生した生命の歴史の0.01%を占める。37億年を1日(24時間)とすると、人類は日付の変わる直前の最後の9秒ほど存在しているに過ぎない。

 

(1)寿司屋という異界の空間について

16年の海外赴任から帰国して、ありがたいと思ったのはちゃんとした寿司が食べられる幸せが当たり前のようにあることだ。ちゃんとしたというのは、もちろん味の良し悪しのこともあるが、それ以前の問題がある。清潔感だ。

握り寿司というのは生魚と粘着性の米を素手で「成型」する食物だ。ネタと酢飯を別々に口に放り込んでも分子論的には同じ食べ物だが、あの程良い塩梅にぎゅっと固めあげた食感がないとサマにならない。だから素手で圧力を投じて握るのは、衛生上はリスクがあっても割愛できない、いわば寿司に命を吹き込む行為だろう。

非常に不思議なのだが暖簾をくぐってカウンターに座った瞬間、僕は寿司を握る親方が食品衛生管理者の資格を持っているんだろうかという心配はしていない。彼の手のひらに何がしか付着しているはずの雑菌やウイルスが病変を起こす限界個数を超えている確率は何%だろうかと考えることもない。

なぜなら寿司屋はお清めされた何やら特別な空間であってレストランではない。左様な疑念を許さぬ一種の様式美のもとに成り立っている、疑うなら来るな、来たら疑うなという無言のルールがある場だ。それが客のみならず親方をも支配し、握る側は徹底して清潔であるべきであるという掟を自らに課しているはずであるという揺るぎなき確信が客を安心させるという、世界に類のない相互信頼の食域なのである。

(2)日本人の分厚い信仰心の場こそ寿司屋である

それは相撲の土俵に通じるところがある。なぜ寿司を女性が握らないのかは、なぜ土俵に女性を上げないのかと同じだ。指摘されればジェンダー問題に至ることを免れないが、しかし、古来そういうものでありそれが日本文化なのだと外国人には説明するしかない。仮にそれを大方の客が気にしないというなら、今どき銀座あたりに美貌の女将やAKBみたいな女の子が並んでかわいく握る寿司バーが現れそうなものだがそれはない。なぜなら、大方が気にするからであろう。

外国人の親方となるとさらに厳しい。香港時代に現地の人が作るラーメンやとんかつは平気だったが寿司屋に入る蛮勇は持ち合わせなかった。「特別な空間」の佇まいが不在などころかウナギや天丼まで供している店は相互信頼の食域とは別世界だ。そこで不格好に握られた物体を寿司と呼ぶならアナゴの正体がマムシだろうが深海の奇怪なウミヘビだろうが大きな問題ではなかろうし、数時間後に腹の調子が正常なら代金を払った価値ぐらいはあったと感謝すらすべきである。

本稿は寿司礼賛がテーマではない。そんな清冽な食文化を生んだ日本人には「お清め」「清潔」への分厚い信仰心があり、国民的にそれを共有していることへの相互の信頼感があり、それらは何百年もかけてDNAレベルで根づいて醸成されてきたものという主張だ。外国人がちょっとやそっとで真似ようともどうしようもないし、仮に技術的にはうまく握れていて清潔さが厚労省によって保証されていようとも、大変に申しわけないが、僕はそれを食べてみようとは絶対に思わないのである。清冽な食文化を共有する寿司屋は文字どおり「聖域」なのだ。

女性と外国人。奥深いテーマだが、なぜかどちらも聖域ではだめなのだ。おふくろの味という家庭で許され愛されるものがなぜ寿司屋でそうでないのか。感性のみ知覚する領域なので一般化する気はないが、個人的には他家のおふくろの味にまで寛容でないのかもしれないと思う。家族という、ひょっとして腸内フローラまで共有するような生理的関係はパブリック(公的)になり得ず、どうしても本能的に一線を画し、まして国境をまたいで交わりましょうというのは根本的に困難だということ。それが清潔不潔というリスク感覚に投影されて、寿司屋という特殊な場で先鋭化して知覚されるというのが僕の理解だ。

(3)「日本教」という宗教

このことを新型コロナのここまでの感染者、死亡者数の少なさに関連付けようとするのは牽強付会に思われるしれないが、聖域を作り上げる程に練り上げられた日本人の「お清め」「清潔」への分厚い信仰心は永遠不滅の高みに至っており、その結果として、16年住んでみた海外各国との比較感として日本はスーパークリーンな国であって、偏差値をイメージするなら70以上の超優等生であることは反論の余地もない。ウィルスの立場になってみれば繁殖に最も厄介な環境、国民性であろう。検査数の少なさも指摘されるが、仮に2倍としても感染者、死亡者数はまだぜんぜん少ない。仮説ではあるが、それだけでは説明しきれないものが背景にあるとしか考えられない。

寿司屋や土俵への「分厚い信仰心」はすべての和食系の板さんにも、甲子園の女人禁制を主張する高野連の精神にも共通する、日本人を問答無用に呪縛する行動規範である。ヒンズー教、イスラム教が左手を不浄としたり、キリスト教が離婚、中絶を禁じたりするのが宗教であるならば寿司屋や相撲や甲子園の暗黙の了解がそうでない理由などない。これは堂々たる宗教である。そうだろうか、その割には「いや自分はそんなものは気にしない」とアンチな行動する者を表だって咎(とが)める人はいないではないかという反論もあろうが、それは当たらない。なぜかというと咎めないのも教義の一部だからである。思っても言わない。目撃した傍から「その者は “信者” ではない」と心の中で冷ややかに見放しているのである。つまり、「古来そういうものでありそれが日本文化なのだと外国人に説明するしかないもの」に行動も思索も従順であり大いに長いものに巻かれること、それが日本人であり、その心の働きはかつて山本七平がイザヤ・ベンダサン名で「日本教」と看破したものに近い。

現在、ニューヨーク、ロンドン、パリ等が都市閉鎖状態になるなど世界の様相が急速に緊迫する中、我が東京は同じ地球上と思えないほどのユルさである。ひところクルーズ船であえぐ日本を対岸の火事と見ていた欧米が今や延焼でパニックになり、今度は日本がそれを対岸で他人事のように眺めている。こうしてウィルスというエイリアンは人間を波状攻撃で追い詰め、食い殺していく。なぜこちらが一旦は踏みとどまったか?薬もワクチンもない、検査して陽性とわかってどうなるものでもなく、国家の行動制限強制力など世界最低レベルで圧倒的に弱いのだから、ひとえに、日本教のおかげと思う以外に何があるというのか?お清め、清潔好きで、手洗いどころかお尻の穴まで毎度毎度ていねいに洗浄する世界に類例のない日本教信者の国民性に起因していると考える以外に理由は見当たらないのである。海外が驚いて調査してるらしいが、わかるわけないね。

ただし日本教には弱みもある。人間中心主義で科学を軽視することだ。以下に書く日本人しかできない防御策の、最大のウィークポイントはこれである。人の和は大事だがそれは平時の話である。今は世界大戦に匹敵する有事であり、すべての判断に科学的データが優先すべきだ。ここを取り違えれば、政治が軟弱で無能である日本はあっけなくエイリアンに食われまくるであろう。戦争で懲りたため我が国はシビリアンコントロール、文官政治に振れた。それは結構だが文官だからといって学力に欠け、科学は「専門家」に丸投げで失敗したら人を替えればいいなどという無責任な政治まで国民は許容したわけではない。テレビも毎日手を変え品を変え科学の素人が井戸端会議をくりひろげているが、公共の電波をそんなくだらないものに浪費しないでほしい。科学者だけを出すべきである。

また、日本教信者はお花見のごとき国民的遊興に弱い。まあこのぐらいとタガが緩んでしまう。それは「3つの密」戦略の効果を致命的に減殺し、国民を危機に陥れてしまう自己中の愚行だ。次の危機はゴールデン・ウィークである。国は緊急事態宣言をしても強制力や罰則規定はない。小池氏は都知事として最高権力をふるいあらゆる愚行を封じ込める強硬策を執行すること必須である。ちなみに最新ニュースとして阪神タイガースの藤浪選手の陽性が発覚したが、重要なのはプロ野球の開幕がどうのではない。「37度5分の発熱が4日」の厚労省基準をあざ笑うようにウィルスはひっそりと彼を感染させており、しかも、感染者に見えていなかっただろう彼はひっそりと2人の同僚を感染させたという事実だ。これが僕が1月30日づけのブログで指摘しているこのウィルスの最大の危険性、つまり、誰もそう見えない不顕性感染者に感染力があることの証左である。皆さん、国が言ってることを信じていてもダメだ、自分で考えないと身を守れないのだ。著名人だからニュースになったが、かように20代の健康で若い人でも誰でもかかる。同じことがそこかしこで発生している、ほんの氷山の一角である。

(4)インペリアル・カレッジ・ロンドンの確率データ

ここまで、日本教は我々を曲がりなりにも助けてきた。くりかえすが、日々テレビはやれオリンピックが大変だ、小池都知事がどう言った、学校はいつから開けるのか、プロ野球はどうなるか、国民給付はお肉券はいかがだろうか等々かまびすしいが、そういうことは人類が直面している歴史的危機においてなんら重要な変数ではない。注視すべきは科学者(の内まともな者)の発表だけだ。例えば、英国のボリス・ジョンソン首相は当初「3つの密」のようなクラスター抑制戦略をとる他国とは一線を画し、感染者は症状の軽い若者だし、安全対策に協力しない無知な馬鹿者も存在する社会的コストもあるのだから、人口の60%が感染することによって発生する「集団免疫」によって弱者を保護すればいいだろうという対極的な施策を選択した。反ユーロのにおいもあったがそれはそれで、その時点では科学的知見に立ったものだった。

ところがインペリアル・カレッジ・ロンドンの学者が、それをやると20万人の死者が出ると計算し、ジョンソンは施策を撤回した。国家の基本戦略を間違えましたというのは元首として誠にみっともないことだが、オックスフォード大学卒のジョンソンは科学の宣託をきっちり理解したのだろう、自らテレビで視聴者に目線を合わせて「You must stay at home(家にいろ)!」と自らの言葉で強く語りかけた。官僚のペーパーを読んで関係各位と緊密な連携を図ってまいりますなんてお経をくりかえす首相とは雲泥の差のインパクトだ。現在時点の世界の死者が2万人であり、1年後にその10倍の死者が英国だけで出るという指摘だから当然だが、では日本国首相官邸はその確率データをどう読んでいるのだろう?意味がわかっているのだろうか?それとも意に介さぬだけの反証データを持っているのだろうか(全くそうは思えないが)。

英国という6600万人が密閉された島で人々の行動を平常のまま放置すれば0.3%がウィルスに殺されるという確率を有意とするデータのサンプル数があるのか否か置くとして、少なくとも現在時点でのデータからウィルスの不可避的に強い感染力と薬・ワクチンなし状況下での人間殺傷力、防御する医療体制の限界点を加味して算出し得る最悪の人口比死亡率が0.3%としたのだろう。毎日ワイドショーでどうでもいいことをご宣託している先生方の「**と思います」など比較にもならぬ重要な数字で、我々が行動の規範と肝に銘じたほうが生存率を上げてくれる結論であることは信頼に足る(それが科学的態度である)。

とするとどうなるか?「3つの密」は感染者数曲線のピークを低くして医療崩壊を防ぐ戦略であるとしては意味があるが、曲線がなだらかになると横長になり終息は遅れる。しかしウィルスの感染力が一定なら曲線を積分した値は同じであり、結局は0.3%の人がすぐに死ぬか来年死ぬかの差である。であるから、世界の死者総数は2100万人、日本は42万人が死ぬちなみに、人類の生存の危機と比べればたいして重大事でもないが、「3つの密」政策がうまくいけばいくほど終息は遅れるのだから1年後のオリンピックは吹っ飛ぶだろう。

(5)人類の安息への唯一の道

それは新型コロナに対抗できる薬、ワクチンが開発されることである。それ以外にない。ということは、来年の今ごろにさあオリンピックだと世界が意気揚々となっている可能性など極めて低い。カネの問題というなら1年延期の希望的観測のコストはもっと高い。どうして中止にしなかったのだろう。学者の意見は複数あるが、おおむね、最短で1年かかり、それを世界の患者に行きわたらせるには更に時間がかかり、5~10年という人もいる。ということは、人類が存続するためには、5年ほどはエイリアンに殺られず生き延びていなくてはならない。その間の経済悪化による生存の危機も国家の方策によって乗り越えねばならない。したがって、我々が今できる努力はとにかく3つの密を避けて感染しないこと、そして運悪く感染してもそれを絶対にバラまかないことだ。体調が悪いのを軽く見て出歩くなど人類を破滅させる行為だと自覚することだ。イタリアの市長はパーティーをやった若者に対し「火炎放射器を持った警官隊を出動するぞ」と警告したが、そのぐらいのことである。

もし幸いにも生き延びることができたなら、そこには未知の世界が広がってるだろう。それはニュー・ノーマルと呼ぶべき新しい均衡点の上に出来上がる我々の知らない “平常” だ。人類史に確実に刻まれる未曾有の厄災に我々は見舞われているのであり、台風一過で元に戻るという単純なものではない。欧州の全人口の60%が死んだペストや第1,2次世界大戦がそれまでの世界を、つまり地球上のヘゲモニーも科学も生活も根底から覆してしまったように、新型コロナは人類のあらゆる均衡を変える可能性がある。しかしそれは恐れることではない。誰も知らないのだからそれはフロンティアでなくて何であろう?未知というものは常に活力を与えてくれるのであり、人類はそこを目指して、新たな光と希望を求めて戦っていくだろう。

(6)我々日本人はどうなるのか?

この問いこそ本稿の最も重要な帰結だ。もう一度書く。日本教の支配する我が国および日本民族というものは「ウィルスの立場になってみれば繁殖に最も厄介な環境、国民性であろう」ということだ。何という幸運なことだろう!我々は、政府があれほどヘマや後手後手をしたのにしぶとく踏みとどまっている。政治家の出来ることは3つの密を「強制執行」し、社会不安と治安に目を配り、カネをばらまくか減税することしかない。国民に必要なのは現金だ、お肉券や旅行券など馬鹿も休み休み言え、電気代や税金をお肉で受け取ってくれるのか?こんなものを真面目に議員が議論しているなど世界の失笑をかう国の赤恥だ。インフレなどなるはずもないのだから日銀引受のコロナ国債だろうが何だろうが、あらゆることを禁じ手無視でやるべきだ。我々国民はどうするか?オーバーシュートを全員の努力と協力で回避し、感染者数が医療崩壊を起こさないレベルで推移するようピークを先送りし、1,2年後には世界のどこかの科学者が開発してくれるであろう薬とワクチンを待てばいい。その忍耐が良い成果を挙げる可能性の最も高い国は日本であると僕は思う。

それには「3つの密」を避けるだけでなく次のことが効く。日本人しかできない秘策だ。西洋式を忘れ「日本教」という宗教に徹底的に帰ること、すなわち、「お清め」「清潔」への分厚い信仰を徹底して守り、不潔を忌み嫌い、古来そういうものでありそれが日本文化なのだと外国人には説明するしかない日本人を問答無用に呪縛する行動規範には不合理であっても異を唱えず従い、日本人にしかないであろう「自己中でなく他人を思いやる気持ち」を大いに持ち、うがい・手洗い・鼻洗浄・マスクは自分のためだけでなく他人を感染させないためという意識を強く持つこと、そして、日本人が持つ最強の我慢強さ・忍耐力でそれらを成し遂げて社会に貢献し、世界に冠たる優秀な民族であることを見せてやろうぐらいの誇りを持つことだ。

このウィルスの性質は未知数で、だから薬もワクチンもないわけだが、少なくとも僕の仮説が正しければ以上のことを国民全員が励行すればその行為がウィルスが最も嫌がる防波堤になることはここまでの数字で証明されている。それを粛々と、気を緩めずに続ければよい。日本人の生存戦略は成功するだろう。それどころか、その成功がニュー・ノーマルになっていき、我々の子孫が最も適応してそこで有利なポジションにつき、日本に生まれて良かったと幸福をかみしめて栄えてくれるのではないか。まだ何が起きるか予断は許さないが、その事を願って筆をおく。

 

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新型コロナはエイリアンである

2020 MAR 16 18:18:15 pm by 東 賢太郎

個人的に「コロナ戒厳令」に突入したのは世間がまだユルユルだった1月末だ。僕がやられたら会社は終わるので仕方ない。電車は人が2メートル以内にいる時間は乗らず、人混みに近づかず、会社では1日3回の手洗いと消毒、リステリンのうがい、ハナノアの鼻孔洗浄をやっている。「正しく恐れましょう」はもっともらしいだけで意味のない標語。敵が正体不明なのに何が正しいか誰がわかろうか。未知のウィルスのアタックは宇宙人の侵略に等しいと思わなければいけない。特効薬、ワクチンができるまでは「わけのわからないものを体内に入れないこと」以外に手はない。

ウィルスは宿主の体内に侵入しDNAを複製して子孫を残す。脳はないのにあたかも意志があるかのようだ。宿主の免疫力に制圧されないようにイタチごっこで次々と計略を弄して悪さをする。では新型コロナウィルスの「計略」とは何か?1月末の武漢チャーター第1便帰国者から2人の不顕性感染者が出たことで、僕はこう推測した。

①潜伏期間を長めに設定しよう

②初期症状を軽めに設定しよう

③そうすれば元気な感染者があちこち行って子孫を長期間ばらまいてくれる

この計略はSARS、MARS、インフルエンザにはない。だからそれらが問題なく収まったからといって今回もそうだとはいえない。新型コロナの計略は、植物が蜜に寄ってきた蜂の体に花粉をつけ、遠くまで運ばせて子孫を広くばらまこうとするのとよく似ている。花を咲かせる植物はそれで数億年も繁栄しているのだから、この計略は蜂と人の違いこそあれ成功する可能性が高いと思うべきだ。現在の途中経過の感染率、死亡率の増減や多寡に一喜一憂するより、人類にとってかつてない特性を持つ厄介な存在だと最大限に被害を想定したほうが有益だろう。

ひとつの救いとしては、ウィルスは子孫を作る工場であり運び屋である宿主を殺してしまっては意味がないから、一定の拡散をもって共存をはかり毒性が落ちるという話がある。しかし、植物も大事な運び屋であるはずの蜂を捕まえて食べてしまおうというのが出てくるからあまり善意に期待するべきではないだろう。

以上がわかったとして、ウィルスは目に見えないから怖さの実感がわきにくいのではないか。僕は新型コロナをビジュアル化するならSF映画にあった地球外生命体「エイリアン」だろうと思っている。隊員の体に卵を産んで腹を食い破って出てきて、次々と人を襲って食い殺し、宇宙船のどこに隠れているかさっぱりわからず、知能が高くてどんな武器でも殺せないあの気味の悪い怪獣である。

となると、こういうことになる。エイリアンが地球に来てしまった。やっつけてくれるスーパーマンが現れるまで、食われる犠牲者(感染者、死者)は世界中に際限なく増える。検査して陽性とわかっても特効薬がないから犠牲が止まるわけではない。陽性⇒陰性⇒陽性の人も出たから水疱瘡ウィルスのように一生体内に棲みつくかもしれない。医師も学者も犠牲になってしまうかもしれず、つまり行きつくところまで行って人類滅亡も否定はできない。1年後に特効薬・ワクチンができたときには、ウィルスはDNAを変異させている可能性もあるからだ。

ひとつだけそれを止める方法は、世界人口のすべてが今から無期限で家に閉じこもることだ。そうすればエイリアンは外に出ないから今以上には広がらない。しかし経済は確実に崩壊して息の根が止まり、むしろこちらで死者が出る。だから外出自由と外出禁止のどこか中間に「妥協点」を見つけるのが唯一できる施策だ。まず政治判断でイベント、学校に自粛要請をして、さらに緊急事態宣言を可能にした安倍首相のそれはまったくもって正しい。決めるプロセスがどうの、効果が上がったの上がんないのと騒ぐ野党は本当に能がない。今はロジカルに正しいことをやるしかなく、やってみないと効果など誰もわからない。わからないから緊急事態なのであって、その法案可決に賛成しながらそういう質問で揚げ足をとるなら真正の馬鹿である。

僕が心配なのはもうひとつの病気だ。エイリアンがどこに隠れているかわからない不気味さに世界の人々が怖気づけばクラスターは自ずとできにくくなって「集団感染」は防げたとしても、今度は人間本来の喜びや活力が犠牲になって「集団鬱病」が蔓延する。外出しなければ気が萎えて諸欲が消えうせ、大きな消費もせず、サービスも求めず、食料、薬など巣ごもりの必需品以外は売れなくなる。減収になる企業は必然として固定費削減に走り、いずれ人件費に手をつけるので失業が増え、ますます消費が減って経済が停滞する。これが意味するのは、世界的なデフレ・スパイラルである。

デフレは資本主義経済を殺す毒キノコである。食べてしまうと身体機能が麻痺する疫病にかかる。かつて人類が戦ってきたおなじみの疫病であるインフレは発熱(金利を上げる)で重篤化を抑えられるが、デフレでそれをすると体の方が死んでしまうから低体温症(マイナス金利)という未曾有の症状になる。医師である中央銀行が出せる薬がなくなる点で新型コロナと同様の事態である。経済活動が死ねば税収が途絶えて政権も倒れる。いや税収の心配をする前に大量失業で国民が飢え、暴動、革命で一部の政権は倒されるだろう。朝鮮半島は危機的だが中国も可能性があり、中東、南米、アフリカは危険であり、選挙という文明の形をとるがアメリカも日本も例外でない。

株価というものは細部だけ見れば持っていた人がパニックで売って下がっているように見えるが、マクロ的に(鳥観図的に)見れば経済の健康状態の忠実なバロメータである。投機家の売った買ったで上げ下げしているのではない。デフレで上がることはなく、従ってこの下げは金融危機であったリーマンショックとは構造的にまったくちがう。下がるところまで下がれば自律反発という安易なものではない。比喩で書くなら、エイリアンと毒キノコが同時に地球上に蔓延しつつあり、政治家も学者も医者も五里霧中という中世以後の人類が経験のない危機が襲っていることの、最もリアルタイムに数値化された、かなり信頼に足る現象であるからだ。

その究極のリスクがうっすらと(まだうっすらだが)見えてきたいま、感染が収まれば元に戻るさという楽観論は確実に消えていくだろう。政府の施策は医療崩壊を回避するために感染のピークの山を低くする方に、つまり時間を稼ぐ方に向かう。どんなに早くても1年後というスーパーマンの登場(即ち、特効薬、ワクチンの開発)までに人類はエイリアンに食われ続けるが、食われ方はゆっくりになるように仕向けようということだ(これは残念ながら正しい施策だ)。ということは、すぐにでも敵を撃退しないとやりようのないオリンピック開催はそもそも無理であり(だいぶ前の稿にそう書いた)、G7緊急テレビ会議での「エイリアンは来年までいますがオリ・パラは完全な形で実施します」という安倍首相の論理矛盾を説明する答えは延期しかない。

このままだと世界中の集団鬱病の慢性化がデフレ・スパイラルに至ることが次の恐るべき難題になることは不可避である。1年も食われ続けてエイリアンに怯えていれば、毒キノコは間違いなく地表を覆うだろうという危機なのである。その病に金融政策はビタミン剤にはなっても特効薬にはならないのは赤子でもわかる自明のことだ。GDPの6割を占める国内消費が突発的かつ持続的に減るということは、日本の人口が突然半分になってしまったような緊急事態なのである。資金需要はないだろう。そこに元から低い金利をさらに(といっても、ちょっとだけ)下げて何が起きよう?そこで日銀がETFを買えば株は上がるだろうなどという稚拙な考えは市場を愚弄しているとしか言いようもない。悪いがそういうことについて投資家は政治家や役人より賢いし、この期に及んで「リーマンショック級ではない」と発言できる日銀総裁が危機管理に何の役にも立たないことを国民はよく覚えておくべきだろう。

やるべきことは前回書いた。はっきり言って処方箋はそれしかないが、それが必要十分条件であるかどうかはやってみないとわからない。米国が崩れだしマグニチュードの問題が出るなら消費税は0%、国債を含む財政出動は総額30兆円は打ち出さなければ効果はないだろう。

我々民間人である一般市民はどうしたらいいのだろうか?収入はほぼ全員が減ることは必至だろう。減らないのは政治家と役人だけだ。皆保険の日本国に生まれたことを感謝はするが、ともあれ自分や家族や会社のためにまず身(健康)を守るしかない。人ごみに近づかず、無用なものは手を触れず、1日3回の手洗いと消毒、うがい、鼻孔洗浄をし、ストレスを溜めずによく食べ、よく眠るしかない。これを励行するしかない。それでもエイリアンに食われる可能性はあるが、その場合は運が悪かったと観念して家で寝るしかない。

デフレは毒キノコをはやす

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新型コロナ専門家会議に違和感

2020 MAR 11 22:22:18 pm by 東 賢太郎

新型コロナウイルス対策専門家会議副座長の尾身氏の以下の大前提に3つの違和感がある。

【感染拡大の防止に向けた我が国の基本戦略】

基本的な我々の考え方は①社会経済機能への影響を最小限としながら②感染拡大の効果を最大限にすること

 

違和感1

この人は経済社会機能の専門家ではない

違和感2

ウィルスの正体が不明なまま②の「効果が最大限」の判定はできない

違和感3

①と②とは「解のない連立方程式」である可能性がある

 

この3つに明快にお答えをいただかないと、日本国はおかしな大前提で防疫対策をしていることになる。

 

専門家会議は専門領域での意見聴取の場である。①まで尾身氏に委ねるなら官邸の職場放棄であり、そうでないなら尾身氏の忖度としか思えない。ここで言う忖度とは知的売春の意味である。前者なら政権は国家を守るガバナンスを喪失しており、後者ならこの会議は国家戦略意思決定の場ではなく、「専門家」という意味不明の冠を借りた政治ポーズと国民教化の場である。

新型コロナウイルス対策の専門家は②だけを目的としたピュアに科学的見地からの意見を述べるべきである。それを理解したうえで社会経済機能への影響を考慮するのは政治家の仕事であって、科学者の意見が政治で汚染されるならそれだけで危険である。そして内閣と国会議員が科学者の意見を科学的に理解、咀嚼する知的能力がないなら国家的危機である

 

「パンデミックの脅威が現実味を帯びてきた」(WHOテドロス事務局長、3月9日の会見)

なんだこいつは、ワイドショーの芸能キャスターか??

こんな馬鹿のいうことをきいて新型コロナの感染症指定が1月27日まで遅れ、政府の初動の足かせになっていたとするなら国家的大問題である。

なぜなら武漢閉鎖は1月23日だ。その前日に武漢市民が500万人逃げ、成田空港に9000人来ている。感染症指定以前であり検疫はワークしてない。クルーズ船の対応ミスどころか、この時点でもう北海道から関西まで現状の種はばらまかれていた可能性が大いにある。

ちなみに欧州でイタリアだけ突出して罹患者、死者(中国に次いで2番目)が多いのは、北部に居住する相当数の中国人労働者が春節(1月24日~30日)で一斉に帰省してウイルスを持ち帰ったためとするのが現時点の定説であり、クラスターごとの持ち込みという点において同様のことが日本でも起きたと想定すべきだ。イタリアはすでに国ごと封鎖し、本日より2週間の全店舗閉鎖(薬品、食料品店を除く)になり、60才以上に人工呼吸器を使えないという医療崩壊への臨界点に至っている。臨界点とは超えるとカオスを引き起こす限界点という意味である。

 

社会経済機能への影響を最小限にするなら

経済対策まで後手後手となるとすべてにおいて危険である。日銀の株買いのお化粧でお茶を濁すなど論外。馬鹿もいいかげん休み休みにしてくれ。経済活動そのものに楔を入れないとインバウンドが剥げる程度の話では済まない、日本人の活動、モビリティ自体が再起不能レベルまで鈍化し消費が長期減退、企業業績も設備投資も大幅後退。米中も同じ穴の狢で外需も長期に見込めず、失業が蔓延して社会はパニックになる。リーマンショックどころでない株価大暴落があり得る。即刻に時限立法で消費税を5%とし、コロナ国債を発行して日銀に引受させ数兆円の緊急財政出動をするぐらいのことをしないと経済崩壊がおこり、治安崩壊を経てひいては医療も崩壊するだろう。

 

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国会議員さん、お仕事なんなの?

2020 MAR 5 23:23:49 pm by 東 賢太郎

海外と話すといままでは横浜のクルーズ船だけがやたらに有名であった。ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、上海、香港、ソウルの旧友や投資家で、何百億円も動かしているそれなりの人たちだから日本の立場を悟ってくれて、やんわりと「災難だね」という感じだったが、最近は公表される患者数の少なさがにわかに話題になってきた。「日本の医療は素晴らしい」という称賛ではない、「そんなはずはないだろう」「何か隠してる」と疑念を懐く風にである。なにせこっちは日本の株式への投資をすすめているわけで、半端でないお金を運用する人たちはシビアに内情を調査しているが、疫病検査システムまでは知らない。国によって濃淡はあるから一概には言えないが、総じて「日本の医療はトップクラスなのに検査していない」が各国で急速に有名になっていると思われる。やっとPCR検査が保険適用になって窓口が広がったようには見えるが、日本政府の伝統的お家芸である「小出し連発」「後手後手対応」の見本としか思われてないし、ここまで事態が至ったことへの疑念が消えることはない。

「なぜだ?」ときかれても、「実は日本人も誰も知らない」と答えるしかない。それが真実の、お客様に最も誠実な回答だからだ。そしてだいたいこういう風に説明させられる羽目になる。日本はユニークな仕組みがある。「ホケンジョ」なるものが全国に500近くあり国の管轄下にある。ここでいう国とは「コーローショー」といい、英訳は Ministry of Health, Labour and Welfareである。医師は患者に接して臨床的な検査(clinical test)をして新型コロナ(COVID-19という)が疑われると判断したならば、PCR検査をすべしと「ホケンジョ」に伝えるわけだ。判断はそこがする。

こういうと、たいがい「医師のダブルチェックか?」とくる。「いや、対応するのが医師とは限らないしホケンジョがするのはチェックじゃない、検体を採取して検査機関に送るかどうかの approval (承認)だ、法律は読んでないけど authorization (認可)かな、とにかく、法的に権限のある公的機関だからここでNoとなると国民に検査を受ける手だてはない。明確な判断基準は明かにされずに『検査、致しません』のケースが多いときく。キャパは一日3800件分はあるという医療関係者もいるんだが」「医師でない人が判断?じゃあ臨床医は何のためにいるんだ」「あまりにいい質問で答えられない。認可すると患者が殺到して医療崩壊(medical collapse)になるという声もある」「でも、しないとmedical disaster(医療災害)になるよ(笑)」

これは昨日の英国人との会話だ。医師の診断を役所が覆して人命が失われるかもしれない国は世界で日本しかないと言われた。訴訟続出になりかねない、なんでそんなリスクを取るのかと。そうなんだろうが、こっちもそうなんだというしかない。こうなると売り言葉に買い言葉で、影響力ある人だからいろいろ弁解は試みたが、あんまり納得はされなかったろう。保険適用の問題が解決して保健所以外の入り口は用意されたが、専門外来なるものが本当に間口を広げてくれるのかはまだわからない。「それなら船(ダイヤモンド・プリンセス)の乗客、乗員の検査もそうだったのか」(彼はそう言わなかったが)と憶測が飛んでしまっても止めようがない。国民に知らしめてないツケはこうして塵も積もって大きくなる。株式を取引するビジネスでは追認的な役所の公式発表なんか誰もあてにしていない、情報はビジネスの是非を判断するなまなましいインテリジェンスの一部として現場レベルで伝播していくことを外務省はわからない(認めたくない)だろうし、そこからレクチャーを受けている政治家はもっとわかってないだろう。

検査データはGISAIDという世界的なインフルエンザウイルスのデータ共有プラットフォームに公開されることを知ったのはこの東洋経済の記事だ。

中国・新型コロナ「遺伝子情報」封じ込めの衝撃https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200305-00334358-toyo-bus_all

ということは遺伝子情報の登録・改変履歴をブロック・チェーンのように知ることができるので、事故った電車を人ごと埋めてしまう国が、困ると失地回復の秘技としてくりだす「なかったことに」の術は通用しないはずだ。別に内容には驚かないし、本件がもし中国の生物兵器開発での何らかの人災であったとしてもテロとまでは思わないが、習近平政権はウィルスの正体は確実につかんでいるのだから国家渾身の対応ぶりは当然であったことがわかる。発祥の理由はともあれウィルスとの「戦争」であることに彼我の差はない。わが国も戦争だから国民も耐え難きを耐えてがんばっているのであり、挙国一致という言葉はミスリーディングではあるが、首相か官邸か自民党かはともかく国の決めたことはウィルスをやっつけるためのはずだから、君が代を歌おうが歌うまいがここで一致しないという人はないと思料する。

その角度から見るに気になるのは、医師である医療ガバナンス研究所の上昌広理事長の「検査は医師から民間に委託すればいい、民間はその能力がある。それをさせないのは厚労省で何かさせたくない理由があるんでしょう」というTVでの発言だ。単なる役所の縄張り意識なのか、何か政治や利権が絡むのだろうか?思いおこせば、2014年だったか、そうであった例のSTAP細胞事件も本丸はうやむやのまま、小保方さんへのバッシングというまるっきり事の本質でない所で幕引きになってしまった。ウィルスは兵器でもあり国防上の理由があるという正鵠を得た前提を取っているのか、集積した検査データは経済的価値もあろうから独占したいだけなのか、研究者と臨床医の関係が微妙なのか、その辺は素人には見えない。しかし、海外のプレスや大衆は都合よく解釈はしてくれない。「人命より重いものが日本にはある」と見える姿を世界に晒してしまっているという近代国家にあるまじき事実だけが世界にばらまかれているのであり、インテリジェンス(諜報戦略)が存在しないどころか誠に見苦しいほど下手くそである。

国民にも海外にも意図不明だからあらぬ憶測を呼ぶのは制止できない。トランスペアレンシー(透明性)が組織の踏み絵になるこの時代に、形だけであれ最も気をつけるべき点を堂々と踏み外してしまっているのだから実は北朝鮮なみの中世的思考が残る国家と思われて何ら言い訳できない。韓国が防護服を着てドライブスルーのルートまで動員して徹底的に検査したのとあまりに対照的だ。習の走狗であること世界の常識であるWHOのテドロスなどを信じるだけでも信じ難いが、他国の患者数が増えるにつけ「患者数を押さえる偽装工作だ」と疑われだし、ついには「習近平訪日へのソンタクだ」が定説になるのを成すすべなく放置してしまった。それだけでも大罪だが、その習本人に「日本は危なそうなのでやめときます」という我が国には限りなくみっともないアピアランスを作られてしまった。何なんだこれは?すると国際世論は「これはIOCにオリンピック開催は大丈夫と見てもらう工作だったんだ」となっていくだろう。これでIOCにまでダメ出しされたらもう救いようない馬鹿丸出しだ。

ついでながらオリンピックはカネだ。命を扱うWHOでさえそうなのだ、遊興であるスポーツなど全部ポストはカネで買われてるのは自明未満である。オモテガネの方は「ごめんなさい、がんばったけどみなさん病気は怖いよね」でシラを切って終わり。IOCは日本のメンツや機会損失なんか完璧にどうでもいい。想定もなかった米国の放映権料消失が気絶するほど痛い。延期はない。利にさといバッハはやるぞの姿勢を見せているが日本のお・も・て・な・しの精神を買ってくれてるわけでも私はマスクなんかしませんという森さんの武勇あふれるリーダーシップに共感しているわけでも何でもない、IOCとJOCは見事にたまたま相互に何の関係もない利害が一致してるだけだ。ウラのほうは不気味でアンワインド(巻き戻し)はこわい。ここは我々の想像を絶するものがあろうから週刊誌の出番だ。その世界、もらったもんは返さないし裁判なんかジョークなのである。誰が泣く?言うまでもない。そもそもそんなに望んだもんだったっけ?という揺り戻しが利権のある政治家にはまずい。

上氏の発言があった「報道1930」で自民党の新型コロナウイルス関連肺炎対策本部本部長・田村憲久議員が「必要なら自民党に言って下さい」と言ったが、誰が見たって必要なんだからあんたが早く言えよ、それが仕事なんだろ?とここまでくると滑稽でしかない。まさかそんなことはあるまいが、ガバナンスを握ってる自民党が、科学などわけがわからぬ文科系の浅知恵のポジショントークで神輿に乗ってるだけで専門家集団の厚労省を動かせないのか、中国に検査データを渡したくないなどの国家戦略的な深い理由があるのか。ここは野党が徹底的にやらないと、国会は開けると1日1億円も税金を費消するのであって、いったいキミたちの仕事は田舎のプロレス以外になんなの?ということにもなる。

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