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カテゴリー: 健康

クラシックはこころの漢方薬

2019 JUL 19 11:11:55 am by 東 賢太郎

仕事にかまけて10日ほど筋トレをさぼった。おそるおそる測ってみると21だった体脂肪率は29に戻って体重も80をうかがう。ベルトの穴でわかるが腹囲も立派に復活している。そんなに飲み食いもしてないのに・・・。

子供のころは小さくてやせっぽちだった。野球を始めてもそう。高校入学時で身長は170になったが体重は58だった。先輩に食えと言われて毎日無理して食べたが、せいぜい60にしかならなかった。

それがなんでこうなるんだろう?

基礎代謝が減ってるので同じだけ食べても昔より脂肪の「貯金」ができる。お金なら結構なことだが腹がだぶついてみっともないしメタボ症候群で寿命が縮みますよと医者に脅かされる。だから仕方なく筋トレとなったわけだ。

しかし筋トレが楽しい人はいいが僕にはどっちかというと退屈な苦役である。さぼると脂肪が増えることがわかったから一生やり続けないといけない。計略通りにそれで寿命が延びたとしよう。でも必然的に苦しむ時間も増えるのだ。

そこまでして長生きするか?これは江戸時代までの人にはない選択肢だ。みんな40ぐらいで死んだから。今より粗食でもあったし砂糖も庶民には無縁だったし、そもそも年齢からしてメタボなどという懸念はなかったろう。

人間の体は一個の「システム」であるといわれる。臓器や筋肉が各々に指令を出しあって全体がうまくいく。水分が足りなければのどが渇くしエネルギーが足りなければ腹が減るし疲れれば眠くなる。指令がどこから来たか脳は知らないから僕らは自覚がないが、ともあれちゃんと的確にSOSは来るのだ。

では、それがやがて自分を殺すというのにどうしてメタボのSOSは来ないのだろう?素人考えだが、我々の進化の過程でその事態は想定されてなかったのだ。圧倒的に長い飢餓の年月のなかで、脂肪は蓄えろという機能が発達した。野生動物の一生のほとんどの時間が食物の獲得に費やされるのを見ればそれがわかる。

人類は長寿を手に入れた半面、脂肪の貯金を作れという自らの細胞レベルのディファクト機能と戦う羽目になった。それが本能に逆らう楽しくない時間を生む。その累積が長寿であるなら、長寿は何のためにあるのだろう?

信長が好んで舞ったという「敦盛」。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」。人生が50年という意味ではない、下天は天上界のうちすべてに劣っている天だが、それでも人間界の50年はそこの一昼夜でしかない。儚いものだと謡っている。

では信長当時の日本人の平均寿命はどのぐらいだったか?ごらんの通り40年もなかったし大正時代までそれはほぼ変わっていない(新生児の余命という統計だから幼児の死亡率の差はあろうが)。

それが2倍の83という想定外の数字に急騰したいま、我々の体のディファクト機能はバージョンアップされていない。その結果ひきおこされる細胞レベルの誤作動の通称が「メタボ」なのだと考えればわかりやすい。

人生100年時代。年金の原資不足も極めて深刻な問題だが、我々の体の奥底では「楽しみの不足」というもうひとつの、ひょっとしてもっと深刻な問題も静かに進行しつつある。なんのために生きてるのかという悩みが増えるということだ。医学の進歩のおかげで頑張って生きようと思えば長く生きるかもしれないが、精神的であれ肉体的であれ、その気持ちと努力は苦しむ時間も増やしてしまうし、楽しみも一緒に増えないのであれば何のご利益があろうかというものだ。

自殺が増加しているが、この悲しい現象はいつも社会問題という側面から検討されている。しかし長寿化という本来めでたいことが心の内面に及ぼす負の効果という側面はあまり研究されていないように思う。苦しむ長寿を害であるとディファクト機能が認識すれば、SOSは自殺に向けて作動するかもしれない(それは本来の機能として正しいのだ)。表面的には経済的、社会的問題という衣装を着ているが、本質は心の闇の中だからどうかはわからない。

だからこそ僕は「クラシック音楽を楽しみましょう」と声を大にして言いたい。もちろんクラシックでなくても結構、しかし、クラシックというジャンルには無尽蔵な奥深い楽しみの宝庫があって、好みの曲を見つけて聴きこめばその努力の何倍もの「幸せのごほうび」を約束してくれる。それは2つ3つと自然に増え、やがて人生の伴侶にさえなる。聴くのに何の知識も経験もいらないし、必要なのはやろうという気持ちだけだ。

僕自身、そのご利益のおかげで生きている。例えば、このところ疲れて気落ち気味であり、だから筋トレをさぼったわけだが、こういう時に「効く」のがシューマンの交響曲第4番だ。昨日、音楽室にこもってたて続けに4番をかけた。もちろん真剣に聴きとめる。この曲にものすごいパワーのあるのは原型となる「交響的幻想曲」を書いた時分のシューマンの精神がおそらくそうだったからで、面白いもので作品には作曲家の魂がこもっていると僕は真面目に思っている。だからこんな時に悲愴交響曲を聴くのはご法度なので、薬効は心得る必要があるが。

クラシックは音学でも教養でもセレブのお飾りでもない。僕はこころの漢方薬と思ってる。4番にひたって、あまりの気持ちよさに憂さは解消。よく眠れ、朝も信じられないぐらい快適に目覚めて、それで久しぶりに筋トレをやろうという気にもなったのだ。半世紀つきあって音の漢方薬を200種類持っている僕は何が起きようとこの手がある、でも、確信しているが、皆さんも必ずそうなれる。曲は何でもいいし、食べ物と一緒でそれぞれのお好みだ。その気になった瞬間から、出会いを探すすばらしい旅が始まるだろう。それも楽しみのうち。youtubeで無料できる。20~30薬を見つけたら?もう人生に悲観しているひまなんかないだろう。

 

 

 

筋肉より自信が戻った筋トレ

2019 MAY 17 18:18:52 pm by 東 賢太郎

年初のインフルエンザと膝痛で年齢と体力の衰えを痛感しました。前から兆候はありましたが今回ほどそれを「やばい」と直観したことはなく、やむなしに4月から始めたのが筋トレです。あまり好きではなくそれがなければ絶対にしなかった。ジムが会社の下にあって手ぶらで行ける、お手軽じゃないかと自分をだましだまし始まったわけですが・・・。

なまけものにつける薬は恥とショック

ところが担当トレーナーの指導で成果が数字で見え始めるとやる気が出てきます。どれでもけっこう。自分が弱いと思う部位を鍛えるもので、2ラウンド(10回×2、途中30秒休み)の18回目あたりで「もうだめだ」となるおもりの重量を探します。それが20kgとして、何日かで20回までぎりぎり到達できると今度は22.5kgに重量を上げる。たぶんまた18回でアウトです。20回できたらその次は25kgに。そうやって実力の限界を確認しながら徐々に11%のパワーアップをする筋肉がついて行くのを自覚できる。これは良い方法ですね、お試しください。

しかし、悲しいのはリフティング20回が12.5kgしかできない。標準以下であり、男の沽券にかかわります。五十肩以来ゴルフもしておらず、肩の力がなくて腕立て伏せもあんまりできない。ああみっともないということで、それがモチベーションになりますから男性の方は女性トレーナーがお奨めですね(僕だけか?)。ところが両足を開く外転筋はマシン最高重量の150kgが楽勝でどうだ見たかとなりましたが、実は自分が驚きました。要は尻が大きいせいでしょうか、ともあれ高校時代の遺産がまだ減ってない。そうか、この体力のお釣りで自分は生きて来たんだと思い知りました。

始めて1か月半ですがいまはお尻で歩いてます。昔はこうだったし膝痛はそこそこ消えました。35あった体脂肪率は25に落ちました。おかげで64才は吹っ飛んで、20代に負けないぞ、投げれば130km出るぞぐらいの気持です(気持ちだけ先走るのは危険ですが)。病は気からと言いますがビジネスも気からなんです、シニアの皆様、体を鍛えればどんどん前向きなアイデアが出てきます。生き方もポジティブになりますよ。トレーナーのSさんに感謝であり、本当にチャレンジしてよかったです。

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「社会的人格」はストレスの源泉

2019 MAR 12 1:01:09 am by 東 賢太郎

以前に「社会的人格」などという造語を書いたことがあって、生きていくために社会に合わせて作ったウソの自分ということですが、生まれたままのナマの自分というのはなかなかここにも書きにくい、きっと嫌な奴なんじゃないかという気がしていたのです。社会人というのは好かれてナンボでもあるので、特に営業をしてましたしそういう迎合が必要と思っていたと思います。

いまはもうぜんぜん必要なく、無理なことをするとストレスをためて健康に有害であります。もともとお世辞は言いませんが、好かないものは好かないと相手に言わないのはストレスだということがわかってきました。ならば言ってしまおう。健康の方が大事だから嫌われたってかまわないし、素のままの自分を受け入れてくれる人以外は長くは続きません。

となると、やっぱり、どう育てられたかというところに帰着するのです。クラシック好きは赤子から鳴っていた親父のSPレコードのせい。おふくろの作法で朝は紅茶しかだめだし勉強の前はコーヒーしかだめです。社会や人生については親から言い聞かされたお披露目はできない多くの「思い込み」があります。たぶん根拠のない偏見ですが座標軸として完成してるので変えようがありません。ふりかえってみると、親父は徹底した教育者でありおふくろは座標軸を作った人です、それもかなり特異な。

医師に「ストレスを減らしなさい。寝ても減りませんよ、努力して減らしてください」といわれ困ってしまい、実はいろいろ試しているのです。「なんでもいいからスカッとすることをしなさい」と言われてます。でも何してもだめなんです。そこで「どう育てられたか」に素直に行こうとなった。うん、たしかにこれがいいなとなってます。

 

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池江選手、「絶対に何とかなる」と信じて

2019 FEB 12 23:23:11 pm by 東 賢太郎

別稿をupしようと思ったら池江選手のニュースを知りました。ショックを受けています。ご本人の未だに信じられないというコメントがつらい。

しかし、想像にはなりますが、あれだけの記録を出して勝ち抜いてこられた人です、きっと、なにか生まれつきの強いものをお持ちなはずです。申し上げたいのは、ぜひともご自分の運を信じられること、「絶対に何とかなる」という気持ちで日々過ごされることです。

これまで池江選手の水泳を応援してきましたし、これからもするのですが、まずは、日本中が病気からの全快を応援してくれるでしょう。それを自分の運の追い風にされれば、きっと健康になり、あれでかえって強くなったという日が来ると確信しています。

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人生初の点滴をする

2018 DEC 22 8:08:25 am by 東 賢太郎

新幹線で名古屋を過ぎるとだんだん血が騒ぎだす。不破関を抜けると関ヶ原古戦場跡の文字が見え、雪を頂く伊吹山をのぞみながらやがて長浜の郊外を走る。ややあって、彦根の佐和山城跡が目に留まり、あれは石田三成の城だったかななどと考えているとあっという間に京都に着いてしまう。秀吉は長浜で初めて城主となり京都で人生の栄華を極めたが、新幹線に乗ってその行程がほんの2、30分で窓の外を通り過ぎるのを見たらなんと言っただろう。

戦国時代が面白いのは登場人物たちが実に生々しく人間くさいからだ。領土拡大の野望丸出しで合戦に明け暮れ、食うや食われるやの虚々実々の権謀術数が尽くされる。しかしこれを戦国時代と呼ぶなら武士が政権を取った鎌倉時代から実質は戦国時代である。世襲による長期安定政権を樹立した徳川家は実質は疑似天皇化していたが、武家政権ではあるゆえにその樹立以前のジャングル状態をあえて戦国と区別したと思われる。その理屈でいうなら中国に戦国時代でなかった時代などないだろう。

自分の企業を経営するのはジャングルで生きぬくことだ。ジャングルに盆も正月も土日も休日もない。ハワイでアロハシャツで休暇をとっても頭の中は安らがない。信長や秀吉がホリデーに1週間も温泉三昧で息抜きする姿なんて誰も思い浮かばないだろう。彼らの気持ちは給与所得者(社長であろうと)には絶対わからないということを僕も経験してみて初めてわかった。だからだろう、そうやってストレスフルな人生を送ったであろう武将たちが命を懸けた関ヶ原のあたりに来ると血が騒ぐのだ。兵どもが夢のあとの文学的な感慨ではなく同胞感からだ。

これを8年やってきた勤続疲労が出たのか、このところ心身とも調子がいまひとつだ。別にどこも痛くも痒くもないが、英語ならout of orderであり、もっとぴったりに書くなら、指は動いていても調律が狂ってるピアノを弾いているいやな感じだ。これを大阪の守口に行って、ラヴィータ・クリニックの森嶌先生に訴えた。「病気じゃないけど心身とも疲れていて万事がすっきりしない」。こんなのを治す薬はない。でも先生のドイツ製の精密な診断機器である「バイオ・レゾナンス」は数値で答えを出してくれる。だからここの予約は数週間待ちで常に満員御礼だ。

ものの30分の検査(といっても服を着たまま座ってるだけだ)で結果が出る。「全身の代謝、血行が弱ってます。”腎”が良くないから鼻づまり、耳鳴り、頻尿です。これは漢方で治ります。臓器のシグナルが全部弱く、脳細胞の膜がストレスにやられる可能性があります。東さん、かなりひどい数値ですね過去最悪の状態です、放っておいたらまずかったですよ」という診断データのリーディングになり、すぐに別室で2時間の点滴を受けろということになった。看護師さんがとんでくる。「すいません、63才なんですが点滴は人生初めてなんで」「ええっ?そんな方おられるんですね、初めてです」。そっちも初めてだったんだ。

「入院したことも、そもそも病院のベッドに寝たこともないです」。これは看護師さんにはひとかどの驚きだったらしく、血管が細いだのああだこうだうるさい患者に細心の注意で痛くなく注射をしてくれた。「これ押して歩いてもトイレに行かれても結構です」。名前は知らないが入院患者が点滴しながら歩く時の車輪がついて薬剤がぶら下がったあれだ、あれが装着されてしまう。とうとうその身になったかと感慨もひとしおなのは、いつもは大丈夫?と心配する側だったが、される側になってみると意外に悪いもんじゃないと思ったせいでもある。

なにせジャングルで戦う身だ。ライフルを構えているそばから「ところで五十肩のほうは最近どうだ?」なんて心配してくれる輩がいるはずがない。つまり入院経験がない以前にケアされた経験がないのだということに気がついた。そうか、はやいことジャングルはぬけだしてやさしくケアされて生きるのも一法だな、すぐボケるだろうけどなんて考える。打ったのは「αリボ酸+VB」と「高濃度ビタミンC」である。点滴しながら森嶌先生がベッドの横にやって来て、ある重要な相談をされた。実は今日来たのは患者としてではない、相談に乗ってくれと招かれたからで、でもそれがなければ点滴もしなかったわけで幸運だった。

内容はまだ書けないが、実現すれば画期的なアイデアである。こうやって血が騒ぐのはまだまだジャングルにいたいからでケア人生なんか到底無理ということも知る。どうやろうかと考えているうちにウトウトしてしまい、終わりましたと起こされたらなんとなくすっきりした感じはあった。帰りに処方されたのはツムラの漢方4種類(かなりの分量だ)、オメガー3、植物発酵由来LPS(リポポ酸)である。「先生、ありがと、来てよかったよ」お礼をいって日帰りしたが、新横浜で降りたのが失敗だった。22時なのに菊名までの混み方が半端じゃない。もう2度と使わない、品川にするぞ。

タイガー・ウッズと親父のスマホ

2018 JUL 24 1:01:14 am by 東 賢太郎

先日マッサージで筋肉は50才と言われ、お世辞かなと思いつつも親に感謝した。人間ドックでも何も異常ないし、先月に疲れがたまってか睡眠が浅くなり膝も痛く、CTスキャンをしてもらったが、やはり何もない。10代で鍛えた貯金かもしれないが、体はけっこう強いのだと思う。

しかし、健全な体に宿っているはずの精神の方だが、いろんな心労がたまっていて健全かどうか。事業をするというのは泳ぎ続けないと生きられないマグロみたいなもんで休息などない。もちろん夏休みは考えるが、どこに居ようと頭の中は寝ても覚めても仕事づけだからあんまり意味はない。

去年5月のタイガー・ウッズ

そんな中で、とても元気をもらったのは、今年の全英オープンを6位タイで終えたタイガー・ウッズだ。これは事件だ。一時はトップに並んであわやと期待させたが昔の彼ではない、例の不倫スキャンダルで見る影もなくボロボロになって姿を消し、去年5月29日には飲酒だか薬物だかをやって運転した疑いで逮捕されてこんな顔だったのだ。これを見たときは心底悲しかった。というのは全盛期の彼のプレーを2001年の全英オープン(ロイヤルリザム&セントアンズゴルフクラブ)で間近に見て、ドライバーの打球の凄さと神業のごときショートアイアンの切れに絶句したのが昨日のことのようだからだ。あんな人がそこまで落ちてしまうのかというのに驚いたが、今回の復活はそれに輪をかける驚異である。持って生まれた精神力だろう、ぜひマーラーの2番を鳴らしてあげたい。

今年の全英オープンでのウッズ

もう一つ事件があって、母が逝ってひとりで施設に住んでいる親父がなんと突然にスマホをやりたいと言い出して、なんでだときくと「電車に乗るとね、みんなあれをのぞいてるんだ。私だけだよ、見てないの。よぼよぼのおばあさんまでやってるんだよ」とそれが悔しいらしい。この年齢感覚のなさは確実に遺伝している。親父はガラケーも関心を示さず携帯電話は全くの初心者で、文字入力はおろか電話のかけ方もぜんぜんだめであったが、息子が少し教えたところ、きのう「ありがとう」とショートメールが来ていてぎょっとした。ちなみに94才だ。

つまり、体さえ元気なら何才だろうが復活もできるし新しいことだってチャレンジできるのだろう。では、何をやろう?もちろん。お客様に喜んでもらうことだ、それこそが常に僕の最大の喜びになるのである。しかし、最近もう一つ感じるのは、苦しい時に助けて下さった方々には絶対に恩返しをしないと死ねないということ。

いま、反対に苦しい方もおられるし、第2の人生に進まれる方もおられるし、いま現在に救いの手を差し伸べてくださっている方々もたくさんおられる。どういう形になるかはこれからのことだが、win-winの成果を大きくあげられるよう、ここは僕が徹底的に戦ってみようと覚悟を与えてくれる2つの事件であった。

 

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ついにわかった耳鳴りの治し方

2017 NOV 30 11:11:12 am by 東 賢太郎

耳鳴りが始まったのは6年前あたりである。仕事で悩むうちに、ある日突然、両方の耳にシ~ンというセミの鳴き声のようなのがけっこう盛大に聞こえだした。びっくりして何件か医者にかかったが、どこも治りませんねとあっけなく診断され途方に暮れた。仕方なく、処方されたビタミンB12やナリピタンなんて冗談みたいな市販薬も飲んだが効く兆しは皆無である。そのまま現在に至り、いまやもう慣れてしまったことで一種の治癒になっているという悲しい状態だ。

お袋の看病で病院通いになったことし4月15日、「カンブルラン/読響の青髭公の城」のコンサートで異様なことがおきた。オケの大きな音が右耳奥で割れてビリつくようになったのだ。これにはまいった。フォルテが来るのが怖くなってしまい、焦ったがどうしようもない。このコンサートのブログをさっき読んだが、そこではふれていないのがかえって痛々しい。思えばあのころ疲労がピークになっていたんだろう、ビリビリは後になって収まってくれたが、原因はどうもストレスにあるぞということがわかってきた。

先週、またまた別な事件が起こった。気に入っている「綱島源泉 湯けむりの庄」で家内とランチをして、僕だけ置いて行ってもらい、夜の9時頃迎えに来てもらうことにしたのだ。ここは黒湯の温泉、炭酸泉はもちろん、4種の岩盤浴で仮眠したり塩を体中に塗りたくるサウナもいい。8時間もいりびたってボケ~っとしていたわけだが、すると、なんと、あれっ、シ~ンが見事に消えているではないか!6年で初めての快挙である。

どうしてだろう?岩盤浴しながら考えた。まさか温泉の効能じゃないだろう。スマホも見ない、仕事も考えない、それでストレスが飛んで治ってるのか?そうしか考えられないけど、どうしてだろう?だって、仕事を忘れようとあんなに何度もリゾートに行ってるじゃないか。でも、どこへ何日行こうと、「無理に忘れよう」とするとかえってうまくいかなかったのだ。そういう邪念をいだけばいだくほど、「忘れなきゃ」というのが一種の仕事になってしまい、仕事をすればちゃんと耳鳴りは大きくなる。もう因果だと諦めていたのだ。

そのことは本にあった耳鳴りのメカニズムの説明とぴったりである。「加齢で高音が聞こえにくくなる。すると脳が感知して耳のイコライザーの高音の周波数帯域のボリュームつまみをmaxにする。だからいつもシ~ンがきこえる」というのだ。確かに、オーディオだってそうすればサーっという音がスピーカーから鳴りっぱなしになるからわかりやすい説明だ。困ったことに脳が勝手にやってしまうのであって、それは心臓の鼓動と同じで意識して止められないらしい。だから耳鳴りは治らないのだ。

ということは、僕のように疑り深い人間は、他人の言うことは医者であってもあんまり信用しないんだから自分で自分の脳をだますしかない。「高音はきこえてる」と思わせるか、「高音はきこえなくたっていいさ」と安心させるか、どちらかしか解決法はないという結論に至るのである。

ところが僕の場合、人間ドックの検査では高音の聴力は落ちてない。ストレスは人間が猿の時代の「ジャングルの臨戦態勢」らしく、いつ敵に襲われるかという心の環境設定だから平時の高音聴力じゃあ足りないとなってるのか?理由はともあれ僕の脳の勝手判断だから理屈ではない。とすると「高音はきこえてる」の選択肢はないのである。つまり、「きこえなくたっていいさ」と思わせるというのが答えなのだ

今回はあまりに日常の一コマなので耳鳴りなど意識の片隅にもなかった。だから「仕事」にならず、無意識にそれができてしまったにちがいない。なるほど。そこで、そして、また恐怖心がおこってくるのだ。気がついちゃったからもうだませないぞ、次は「仕事」になってだめかもしれないぞ・・・・。

そろそろ約束の午後9時になる。さて料金の清算である。レジで「駐車料金が1時間分足りません」といわれたので「あっそうか」とそれも払った。そうしてロビーで到着の電話も気がつかないほどまるで死体みたいにぐったりしていたら、家内に「駐車料金?なに言ってるの、私がクルマ乗って帰って、いままた来たんでしょ」といわれ「あっそうか」となった。レジの女性はボケ老人だったのねという冷ややかな目で、家内に失礼しましたと謝って400円返していた。

その翌朝、目覚めると、両耳の奥で、真夏の森の中でセミ取りしてるみたいにシ~ンは復活していた。まあいいさ、もう正体はわかったしシミュレーションも完了だ。怖いものはない。ボケてしまえば耳鳴りは治るのだ。

人間ドックはワンダーランドである

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香りの効能

2017 SEP 23 1:01:07 am by 東 賢太郎

蝉(セミ)がなきやんで久しい。蝉は地上に数日しか生きられなくて寂しい一生だが、動物というのはすべからく食うことと生殖することだけのために生きている。もっとつきつめれば食うのも生殖のためであって、我々は遺伝子をのこすための乗り物(ヴィークル)にすぎないという説もある(「利己的な遺伝子 」リチャード・ドーキンス著、紀伊國屋書店)

テレビのバラエティーや昼メロがグルメと温泉とセックスばかりなのも、芸能界はもとより政界までシモネタ・スキャンダルまみれというのも、皆さんドーキンス先生の発見した「原理」にのっとって日々お勤めに励まれている結果だ。では子孫を残した人は余生で何のやることがあるんだろう。食って、寝て、死ぬだけなのだろうか。

そう思うと、音楽というのはセックスにも食うことにも貢献がなく、だから動物は聴かないし生物学的には無益なシロモノだ。ロックは女性にもてるかもしれないがクラシックをきくなんぞは色恋と無縁であって、それに50年以上もかまけてしまった僕は動物としては失格なのだろうか。

しかしこうは考えられないか。音楽鑑賞は生存の役には立たないが、落ち込んだり、道を誤ったり、自殺してしまうというようなことへのガードレールの役割を果たしていると。それならドーキンスの原理からは逸脱しない。死んでしまえば遺伝子の目的は成就しないからだ。

例えばベートーベンだ。彼は子孫を残さなかったが、自殺を考えながらも音楽を書くことで元気になって戻ってきた。その複雑な精神の行路を明快に音でなぞってシミュレーションできる曲がある。交響曲第3番「エロイカ」だ。そうすると聴く者も元気に戻れる。僕自身が苦しかった時にそれで復活した経験者だ。

先日のこと、統合医療において僕の主治医である森嶋先生にバイオレゾナンス診療で1年ぶりに全身を診ていただいた。「内臓も頭も問題なし、ストレスもないですね」で安心したがちょっとひっかかる。「先生、いま仕事でストレスの真っ只中ですが」「いえ、数値は出てません、きっと音楽が効いてますね(笑)」。

たしかに、疲れると甘味を欲するように、ストレスがかかると音楽が欲しくなるから精神的な「薬効」があるのかもしれない。米国医学界は制癌剤治療に疑問を呈し論文も出なくなっているそうで、癌患者への対処法が向かっているのは東洋医学やヒーリングなど理論より治験が先行した分野も抱合する統合医療とのことだ。その一環で音楽を取り入れる療法は真剣に研究されている。

ストレスとは体を一定の状態に保つ恒常性(ホメオスタシス)が崩れた状態から回復する際の様々な反応で、なくてもいけないが過剰だと生体機能が狂う。だから過剰と感じた時に精神の緊張を緩和してくれるなら音楽は薬効があることになるし、音楽がもたらす心理作用は認知症などに効能があるとする論文も出てきている。その観点から「エロイカ」の薬効を原子論的に調べたら何か結論が得られるかもしれないと思うと関心が高まる。

先生によるとストレスはもうひとつ戦う方法があるという。香りだ。そこでこういうものを紹介していただいた。「パ ホーザ」(Pau Rosa)というアマゾンの香木エキスだ。

 

この香りにはひとめぼれで、す~っとリラックスできる。ローズウッドの一種だから日本だと紫檀(しだん)だろうか、その中でも特別に品質の高い樹木から採取したオイルであり、入手が難しいらしい。

 


アロマオイルは詳しくないが、お香を焚くのに一時こったことがあり香りの効果は感じている。これは過去嗅いだことのないもので、安眠など効果があるのではないかと思い、いただいて帰った。

 

音や景色は「美しい」と表現できるが、香りや味はそうはいわない。この辺が五感の微妙なところだ。我々が食うことと生殖することだけのために生きているならば、食うことである味は栄養価や毒素を見分ける即物的なものだ。かたや音や景色は生命や生殖にかかわるものでなく、美しいとは形而上学的な表現だろう。動物には無縁の感覚である。

そう考えると香りは曖昧な所に位置するように思う。フェロモンは生殖に関わるし、一方で栄養価や毒素を見分けるためにも活躍する。犬は視覚より嗅覚が頼りだ。我々が魚だったことは胎内の羊水の中でそこからの進化を猛速度で経過することからわかるが、以下は私見になるが、海中に溶け込んだ化学物質の分子を感知するのが味覚と嗅覚で、光や水分子の振動(波動)を感知するのが視覚と聴覚に進化したようにも思う。

つまり物質的な「味、におい」(グループ①)と波動的な「音、視覚」(グループ②)に大別されるのであって、やはり物質的な触覚を前者に加えると、我々の五感は「食うことと生殖すること」に直接関わる①、それを助けたり身を守ったりするセンサーである②によって成立する。宗教は壮大な教会や寺院、輝く祭壇、仏像やステンドグラス等の視覚にミサ曲、讃美歌、お経などの聴覚を交え②に訴えるが、センサーだけでは訴求力が弱かったのだろう、より本能的な領域である①にもちゃんとお香を焚いたりお神酒を飲ませたりで触れてくる。エロイカを聴くこととパ ホーザを嗅ぐこととはそれと同様に①②の別系統に属するわけで、ストレスを解毒する効能はそれで倍加するのかもしれないと感じた。

自殺はもとよりストレスフルな時間が長引けばホメオスタシスが変調をきたし病気になりやすく、ひいては健康寿命にも影響してくる。音や香りは小さなことのように思われるだろうが、我々が世界や宇宙を知覚したり理解したりできるのは五感の情報収集のおかげであって、宇宙と我々との接点はその五つの感覚しかない。それが日々の喜怒哀楽を生みだしているのであって、その積み重ねが人生というものとなり、死ぬときに良い一生だったかどうかを振り返ることになる。そう思えば、その5分の2である音と香りを自在に支配すれば人生の幸福度を増すことができるだろうし、ガードレールにもなるのではないだろうか。

ここまで書いてきて、逆に、我々人間の認識している人生など随分と一面的なものだということもわかってくる。蝉は寂しい一生を送っているのではないかもしれないということだ。香りひとつがいろいろなことを教えてくれる。

 

エロイカこそ僕の宝である

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脳は疲れない

2017 SEP 13 16:16:00 pm by 東 賢太郎

親に感謝するのは頭痛がないことだ。脳みそに痛覚はないらしいから頭痛なんておかしいとも思っているが、理屈でそうなのではない、ほんとうに頭が痛くなったことがないのだ。だからこういう話は個人差があるのだが、僕の自覚としては、脳は寝ないし疲れもしないと思っている。

疲れたと感じるのは目や手足など体の部位であって、飛行場に例えれば脳が管制塔で体の各部位は飛行機だ。飛行機から不調(疲れ)のシグナルを受け取ると管制塔は危険と判断して飛行機の離着陸を全部ストップする。これが睡眠であり、だから眠いというのは脳が疲れて動きが鈍った「脳疲労」状態ではなく、管制塔が能動的に体の活動を止めていくプロセスと僕は解釈している。

だから脳は疲れないし、睡眠に入っても脳は寝ていないと経験的に感じる。覚醒時に「覚醒している」と脳に認識させるすべての機能(飛行機)が格納庫に入ってしまっているから認識がないだけで、管制官は活動している。もし管制官まで作業停止してしまったら飛行機を滑走路に出す指令がもう二度と出ない。それが死なのではないか。

だから「覚醒の質」は変わる。たとえば最近僕は視力低下に加えて飛蚊症で視界が汚れてクオリティが落ちた。すると、どうせ見にくいのでだんだん細かいものを見ようとしなくなるのだ。それが習性化してくる。覚醒は飛行機からの管制塔の情報の集大成だから、そういう姿勢は覚醒の質を貶めてしまい、きっと生活態度や思考の密度や、ひいては性格まで変えてしまうのではないかと感じている。

それは足腰が弱れば歩くのがおっくうになって、近場なのに車に乗って歩かないからますます足腰が弱るのと同じ現象だ。足の衰えぐらいは自覚できるが、覚醒の質というのは気づきにくい、いやほとんどの人は考えもしないだろう。足腰の衰えの末に来るのが車椅子であり、覚醒の劣化の末に来るのが認知症なのだ。

脳は疲れないのだから、思い切り使いまくることだ。使い方はベクトルが3種類あって内向(インプット)、外向(アウトプット)、内転(何か考える、思考)のどれかだが、外向がお薦めと思う。要は人とおしゃべりする、おしゃれする、カラオケで歌うなど、自分を外にアピールすることは何でもいい。

それが人に理解されたり、異性にモテたり、拍手されたりというのをリウォード(報酬)といい、脳内に快感物質が出る。つまり気持ちがいい。管制塔が飛行場運営の円滑化に好ましいから管制官に報酬を払っているのであって、つまり管制官が喜んでいるのであり、それをいくら続けても彼は疲れないのである。

僕自身、リウォードを求めて仕事をしているしお金はその一部でしかない。お客様にありがとうを言っていただくほうが嬉しい。「お客様は神様です」なんてスローガンが出てしまうのはいかがわしい、ああいうものは本当はそうでないから掲げて見せる必要があるのであって、僕はそれが快感物質に直結してるからスローガンはいらない。

しかし、それにしても、レーガン大統領やサッチャー首相のように外向(アウトプット)を無尽蔵にそれも飛びきり重たいものを日々発信し続ける仕事にあった人がアルツハイマーになるというのはどういうことなんだろう。足腰と違って使っていれば脳は元気というものでもないということのようだ。管制官に過労死はないとすれば管制官たちの脳に自壊のメカニズムがあったことになり「鏡の中の鏡」という迷宮に入ってしまう。

こうしてアドリブで書いている僕のブログは僕の脳がリアルタイムでおしゃべりしてる言葉の速記録であり、僕の覚醒の質を如実に表している。この速度が落ちたり、おしゃべりすることがなくなったりすればそれは危険信号だろう。

脳は寝ない

 

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ストレスの堂々巡り

2017 MAY 17 0:00:48 am by 東 賢太郎

過度のストレスが細胞のテロメアを減らすそうで、ということは老化、癌の原因になる。しかし医師にはストレスフリーになるとボケるよとおどかされたりもしています。人には人の頃合いがあるということでしょう。

もう若くないので少ない方がいいだろうとは思っています。なぜなら何かで無理をして疲れると、最近は回復が遅く感じるのです。ひょっとして一生戻らずそのぶん寿命が縮んでるかもしれないと感じないでもない。

ストレスの原因は人によるそうですが僕の場合は拘束です。身を椅子に括り付けられる飛行機、床屋、歯医者がだめで、時間の拘束も嫌であり、将来の拘束の予告であるアポイントメントも重いのは避けたい。

そうしたら6月にノーベル賞学者の先生とサシの夕食会というメガトン級に重いのが入り、光栄なばかりか場合によっては大仕事になるので最高に嬉しいのですが、ストレス指数と血圧は否が応にも上昇してます。まずは相当の勉強をしなくてはなりませんし時間の拘束は仕方ないですからね。

テロメア研究でノーベル賞をとったエリザベス・ブラックバーン博士によると瞑想が効くらしいです。メカニズムは究明されていないのに西洋医学も分子論にこだわらなくなったのですね。花、雲、夕日などを見るのがいいそうです。あと有酸素運動、野菜食、人とのふれあい。

なんだそんなの普通じゃないかと思いますが、やっぱりそれが基本なんでしょう。個人的には猫とのふれあいが一番効くので、そういう意味あいも一部はあって先週に青島へ行ってきました。

この仕事はリスクとの戦いなので、ということはストレスをコントロールするということですから、効くと思えば何でもやります。外国でもどこでも行きます。健康と寿命を考えると、余計なストレスは回避しつつ仕方ないものは減らすという対策になります。

ところが最近感じているのは、その対策がだんだんと新たな仕事みたいになってきて、それがストレス源になってくるのです。人生なにをしたいのかわからない。猫は相談にはのってくれないから、やはり人とふれあうしかないのでしょうか。

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