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カテゴリー: 健康

不顕性感染者ありは非常に重要な情報

2020 JAN 31 23:23:11 pm by 東 賢太郎

濃厚接触者とは何かと思って定義を調べたが医学用語でも法律用語でもなく、とにかく濃厚に(2メートル以内で30分以上会話するなどの)接触をすると危ないという程度の事らしい。では誰と?発症者である。厚労省は、37.5度以上の発熱がある人、または発症した人だけを検疫の検査対象という前提で水際対策をしていると聞く。

ということは、武漢から帰国便で2名の無発症キャリア(不顕性感染者)が見つかってしまった時点で、国境での検疫防御がワークしていなかったことが発覚したわけである。封鎖前の武漢市から脱出した中国人は500万人で脱出先のうち成田は3番目に多い9000人だそうだ。不顕性感染者はその2名の発覚以前に中国人旅行者としてたくさん入国してしまっていた高い可能性がある。実はもう騒いでも遅いのだ。

「誰が飛行機や船に乗っていたか」が事の本質ではないことを政治家の誰が論じたろう。武漢からの日本人帰国者は全員検査するが、「ウィルスが体内に有れば発症している」という前提で中国人入国者は見のがしたかもしれないというのは国家として大問題だ。不顕性感染者からでもおたふく風邪、風疹、インフルエンザはうつるという厳然たる事実があるのだから、DNA解析ができていない新型コロナウイルスがその種に相当しないとなぜ判断したか根拠が全くわからない。

根拠がわからないことは厚労省は認識していたのだろうか。しかし、していたとしても、わからないことを決めるのは首をかけた責任を問われるリスクがある。ちなみに経営においてそれを取れるのは失敗しても失職しない大株主のオーナーしかいないのだ。では国はどうなのか?政治家なのか官僚なのか?本件はそれを国民の前に問うたと思う。”今の日本国に本当に国を思うオーナーはいるのだろうか” という問題提起になったのである。

不顕性感染者が出たらどうするんだということを頭脳明晰な官僚が考えなかったはずはないと思う。しかし官邸は4月の習近平訪日の手前、中国人旅行者の入国禁止はしづらい。この「水際防衛」と「おもてなし」との間の、義務と忖度の、どっち側に落ちても致命傷の極めて狭い稜線を渡りたくない官僚が最もリスクのない前例踏襲という判断をしたとするなら仕方ないように思う。彼らは国のオーナーではないし、失敗して守ってくれる本物のオーナーも、今やこの国にはいないとふんだ証左かもしれない。

僕は日本の看板産業だった電機、半導体が中韓台にぼろ負けし、国の根幹が弱体化した遠因は企業のオーナーシップの欠如だと考えている。大企業、重厚長大企業ほどそれは顕著だ。大株主でないという意味でのサラリーマン社長でも昭和まではオーナー並みの気骨と責任感があったが、平成以降は著しく経営人材が軽量化し、任期中に大過なく最低限の役目をこなしつつ、お金だけは外人並みにもらいたいというマインドになったように思う。その牽引役は剛腕の外人にお願いしておいて、その取り巻きとして権力、カネのガバナンスを奪取しようという企業風土の寵児、それこそがあのカルロス・ゴーンであったのだ。

大株主であるオーナーは会社と同義で一蓮托生の存在だが、社長のポストを勝ち取ったサラリーマンは株主でもなく単なる取締役会という合議体の長に過ぎず、会社は命までかける場所ではないというのが大方の本音ではないだろうか。かような存在を東大教養学部の政治学の講義で佐藤誠三郎先生は「ポストの通過体」と呼んでいた。昭和初期に、天皇陛下の国体における位置づけが論じられ、国家に超然とした絶対の存在ではなく、あくまで国法に依拠した存在とする天皇機関説が出てきたのを思い起こさせる。

日本国のオーナーが誰かはここの論点ではない。誰であれ、合議体の長であれ通過体であれ機関であれ、サラリーマン気分ではオーナーに近い地位が保全され、覇権と気概を持つプーチンや習近平や金正恩とまともに伍すなど到底無理ということが核心だ。米国大統領とてオーナーではなく、軍事力、経済力あっての覇権であり、だからそのベースである知財をめぐって中国を徹底的に叩いているわけである。おもてなしは平時なら大いに結構だが、有事においては中国人入国禁止を決然と実行したフィリピン、北朝鮮の方がオーナーの振る舞いであり、一時は批判されても結局は習近平やトランプも一目置くのではないかと思う。

新型コロナウイルスに不顕性感染者があると知った以上、僕は終息宣言が出るまでは誰とも濃厚接触を避け、手すりつり革は触らず、エレベーターのボタンを押した指までもすぐアルコール消毒し、満員電車には一切乗らないと決めた。

 

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ウィルスは本当に恐ろしい

2020 JAN 30 0:00:37 am by 東 賢太郎

すでに記事にしたが、成人してから2度、ウィルス性の伝染病にかかった。11年前の水疱瘡と去年のインフルエンザだ。年齢からして死んでもおかしくなかったと今でもぞっとする恐ろしい経験だった。11年前は発症してから電話した病院に「法定伝染病です、来ないでください」と診察すら断られ、昨年は病院で待つあいだ座っていることもできず横臥させてもらっていたが診断は「2日たってますね、もうタミフルも効きません、家で寝て治してください」であった。要するに、発見が遅れると、「自分で頑張ってね」となる。そういわれても咳と38,9度の発熱があり目まいもあってまっすぐに歩くこともままならないのだから怖かった。

今回のコロナウィルス感染者数は英国の学者によると25万人規模が予測され、今日現在すでに中国で約6千人と2003年のサーズを超えている。当時と比較するとピークが4、5月ごろ、収束は8月ごろではないかと報道されている。武漢からの最初の帰国便が羽田に着いたが、僕も海外赴任経験者でありほっとした気持ちがよく分かる。1人8万円取ったらしいが税金で良かったのでは。ただ救助することと防災は違う。600人の検査は精緻にすべきだし、仮に発症者があった場合は手遅れにならないような対応が必要だ(手段があるかないかは知らないが)。サーズでも致命的な拡散は防いだし、僕のように5か国の医療水準を知った者からすれば日本の医療技術は国際的に優秀だ。大丈夫とは思うが、かような危機管理においていつも思うのだが、政府の災害想定がやや常套的ではないだろうか。ウィルスは本当に恐ろしい、ひとたび体内に侵入されてしまうと薬すらなく、いくら優秀な医療でも成すすべのない怪物だ。災害想定値は、そんな馬鹿な!と批判が出るぐらい高めにしておいて、それに添った冷徹な対応を毅然として、結果がハズレでも全く問題ない。なにせ収束が8月とすると、オリンピックとかぶるのだから。

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帯状疱疹は漢方で治る

2019 SEP 26 1:01:05 am by 東 賢太郎

神山先生からこれを16日間つづけて飲みなさいともらった煎じ薬は帯状疱疹を治すものだ。なにせ54才でかかった水ぼうそうの残骸である。ウィルスは脊髄に生きていて免疫力が落ちると出てきて悪さするらしい。それが帯状疱疹になる。

右目の奥がどんよりと重く、眼科で検査したら「眼は問題なくてたぶんそれでしょう、治らないです、最近増えてますね、ポチポチが出たら皮膚科に行きなさい」で終わった。仕方ないが、そんなのと一生つきあうのが嫌だ。

こういう時は神山先生に相談する。「東さん、帯状疱疹は西洋の薬飲んではダメです。ウィルスを閉じこめちゃうから。漢方しか治らないよ。」「でも抑えるだけでしょ?」「違う、外に出すんです。治りますよ。」いつも心強い先生だ。

それで出たのが乾燥した数種類の薬草のミックスだ。家内に煎じてもらう。毎日飲んでるのとは味が違う。ちょっとミントっぽいが、中国4千年の秘宝の味かな。ちなみに先生のご尊父は鄧小平の医者だった。

こういう話しをすると大概の人は、プラシーボ効果ではないかという顔をする。偽薬でも効くと思えば治った気になるというあれだ。しかし是々非々の僕は思うのだ。「だから何だ?薬は治ればいい、それ以外に何がある?」。

僕が元気なのは先生の漢方のおかげ。固くそう信じている。なにせ15年飲んで常に実感してきている。今年2月に多忙でさぼったら人生初のインフルを患った。8月にまたさぼったら風邪をひいた。

元気だというのも思い込み?べつにどうでもいいじゃない、それで日々快調なんだから何の支障があろう?そう思い込ませてくれるのも薬効のうち。その快適を学者がプラシーボと呼ぼうがどうだろうが、まったくクソくらえである。

先生の上海の診療所は7つになった。日本は診療もあるが、ご夫婦とも日本の生活が好きだから住んでおられる。15年のおつきあいでいろんなことがあったが、本当に素晴らしい人物。それを僕は名医と呼びたい。

仕事にかまけて日本の良いものをあんまり教えてあげられてない。帯状疱疹のことで、こんないい人にと自分が情けなくなった。

 

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65から断捨離にはいる

2019 AUG 24 21:21:44 pm by 東 賢太郎

もう今年は野球の関心は失せた。甲子園は奥川だけは感心したがあとはどうも。プロのほうもバティスタのドーピング陽性反応で唖然、どっちらけである。故意でなかったとしても最早戦力にはなり得まい。広島のオウンゴールで巨人はもう楽勝だ。他チームは「2位じゃダメなんですか?」のレンホー作戦に移行するから巨人戦は戦力温存になる。

今日は唯一巨人に勝たなきゃいけない2位のDeNA戦を観戦に行ったが、2流の投手がぼかすか打たれて実に不甲斐ない戦況であり、そこら中でぐるぐる回って埃を巻き上げるオレンジタオルにアホらしくなって6回で東京ドームを出た。年間予約席はえらく値上げするらしいし丸の給料なんか払いたくないから来年はもうやめだ。

コンサートの方もN響は切ってしまったし、だんだん興味が失せてあれこれ掛け持ちなんてのが面倒くさくなってきた。昨日の神山先生の諭しもあって、健康のためにも人生65からはぼちぼち断捨離かなと思う。断捨離というのはその道の達人によると、理由があってできるものではないらしい。要るか要らないか、いちいち考えるとできなくなる。バッサリ捨ててしまってぜんぜん困らない、それを発見すると理由は自ずと出てくるそうだ。

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神山先生に「寿命が縮むよ」と叱られる

2019 AUG 24 1:01:48 am by 東 賢太郎

忙しさにかまけたわけではないが、しばらく神山先生の施術と漢方をパスしてしまった。診療所へ伺うと顔を見るなり「疲れてるね」とまず背中に鍼(はり)を8本もうたれる。中国鍼である。ちょっとチクッとするが痛くはなく、「そこだ!」という凝りまくってカチカチの部分があるが、どうしてわかるのか、憎たらしいほどそこのど真ん中にお見事に刺さる。そのままうつ伏せで放っておかれ、普段は30分そのまま安静にするが「今日はひどいから1時間だね、眠ってていいよ」と相成った。いびきをかいて寝てたらしい。鍼を抜くとウソのように爽快である。

「首ひねると痛い」と訴えたところ、先生は僕を寝かしたまんま後ろから首を触って、「これはいけないね、前より右も左も10度も曲がらなくなってるじゃない。頚椎がつまってきてるよ、これじゃ脳にうまく血がうまく行かない。疲れがとれないし寿命が縮むよ」と叱られてしまった。そこで右手で頭を支えたまま、左手で頭をしばしクネクネ動かし、これ以上ひねると痛いよという限界の所でえいっと顔を押してさらにひねられる。自分でびっくりするほどバキっ!と音がして首の骨が折れたかと思うが、音はどうも僕の頭蓋骨の中で鳴ってる。これを右と左。すると両方にスムーズに首が回るようになってるのだ。

麻酔科の医師であられる奥様も一緒だったので、自然とお礼に「先生、焼き鳥うまい店知ってるよ。食べに行こ」となる。上海で3つ目の診療所をオープンするらしい。奥様は中国語と英語だけだ。しかしそれでも彼は日本で日本人の診療を続ける。「週末はいつも伊豆の温泉です。楽しい。日本好きです」と奥様。「中国で仕事すると疲れるよ、中国人のやり方もう忘れちゃってね」なんて笑うぐらい彼は30年も住んでもう心は日本人なのだ。しかし、意外なことを聞いた。上海の経営は娘さんに任せてるらしい。エネルギッシュでポジティブシンカーで何でも自分でやる先生だが仕事を減らしてる。「東さん、もう僕らそういうトシじゃないよ。体に良くない。東さんの性格はね、もっともっとって先を考えるの、どんなにうまく行ってもね」。

彼の漢方薬を飲んで15年になるが、サボったら真夏なのに風邪をひいた。どっさりもらって帰ったら、なぜか普段はあんまり来ない猫が寄ってきてやたらと薬にまとわりつく。ひょっとしてと思い「マタタビ」を検索したらやっぱり漢方薬ではないか。それも「虫こぶ」だから国内じゃ手に入らないだろう。煎じ薬はかような生薬のミックスだから何が入ってるか僕は知らない。もらったものをお茶みたいに飲んでるだけだ。背中の鍼も首のバキも猫を吸い寄せる薬も、やっぱり日本では余人をもって代えがたい。お互い人生で尋常でない苦労もしてるし、アドバイスは真剣に聴くし、何でも言える友人であること一生変わりなしだ。

 

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クラシックはこころの漢方薬(2)

2019 JUL 20 1:01:58 am by 東 賢太郎

(1)音楽には作曲家の魂がこもっている

ここでいう魂とは根性論で「魂をいれろ!」の魂ではなく、オカルトや霊的な意味の魂でもない。プラグマティックな意味で「作曲家の思考回路の痕跡」とでもいう意味だ。

思考回路は誰にもある。あることに遭遇した時に「どう考えるか」「どう行動するか」ということにすぎないがすべての人の人生はそれの集大成であるということも可能だ。それは十人十色でありその特性は「性格」(character)という言葉でおおよそ集約されることが多い。

つまり性格は脳の使いかた(思考回路)の産物だ。回路はロジカルで即物的なものでしかないが、その形成にあたっては遺伝的な要素に加えて境遇、感情、身体的事情、肉親や周囲の人間との関係など非即物的なものも大いに関与するだろう。それが性格を形成し、それが人生を決めるなら我々の一生にはそこかしこに思考回路の痕跡があるはずである。

例えば僕が今書いている「文章」がそれである。sentenceの語源はラテン語のsententiaだがこれはまさに “way of thinking”(思考回路)の意味だ。文章を書く(作文)とは文法規則に思考回路を当てはめていく作業であって、それは音楽を書く(作曲)という作業が対位法、和声法などの作曲上の規則に思考回路を当てはめる作業であるのと本質は同じである。だから作文も作曲も英語ではコンポジション(composition)なのである。

(2)ウマが合う人とは?

ここまでくると本稿の趣旨が明らかになってくるだろう。つまり、あなたが好きな文学や絵画や映画や音楽というものはあなたと似た思考回路の人が作ったものなのだ。好きな落語家やお笑いタレントはあなたと似たsense of humour(笑いのツボ)を持っている。その「ツボ」が落語家であれ友達であれピタリと合うとあなたは爆笑していないだろうか。音楽にもツボはある。それが合うとあなたは気持ちよく感じ、その曲を好きになるだろう。なぜならその落語家、友達、作曲家と思考回路が同じであると感じるからであり、それは別な表現ではウマが合う、気が合うということになるのである。

思考回路の合致⇒ウマ(気)が合う⇒相手が好きになる、という「人と人を寄せ合う引力」の存在を証明するのは僕には難しい。ウマ(気)が合う人を好きになるのは納得できても「回路」となると抵抗を感じる方も多いだろう。しかしウマ(気)という目に見えないものを他人が感知できるメディアに置き換えて発信(文学、絵画、映画、お笑い、音楽どれもが発信が必要だ)するには、しようというモチベーションと技術が必要であり、それらはすべてが発信者の脳の作業であって、その作業の脳内プログラムのことを思考回路と呼んでいる。

「友を見ればその人が分かる」という言葉はウマ(気)が合う人同士が引力で結びつく傾向が一般にあることを表現している。「友」を「好みの文学、絵画、映画、お笑い、音楽」に置き換えてもある程度はこの文章は成り立つだろう。Aimez-vous Brahms?(ブラームスはお好き?)とコンサートに女性を誘うのは意味があるのだ。そんな難しいことを言わなくてもウマ(気)さえ合えばいいではないかと思う方もおられよう。そうかもしれないが、僕は最終的には回路が合わないとその関係はどこかで破綻すると考えている。「友」というのは回路の結びつきである。僕は猫好きの人と猫を前にすればウマ(気)が合う人にはなれるだろうが、さて猫が去ってもそうかという自信はない。

作曲は回路の痕跡であるから、ある作品を通して結びついた作曲家との関係は回路を介さない感覚だけの結びつきである猫好きのそれとは違う。一生切れることがない。さらには、同種の人間であるゆえに彼が作曲時に抱いていた感情が自分に共振することがある。散文、ポエムというアートはそうしたものを言語をメディアとして成立しているが、音楽でもそれはあり、特にロマン派以降は音の素材がどんな共振効果をあげうるかのあらゆる実験が百花繚乱の作品によってなされたと言える。言語と音と、どちらが共振を喚起する力があるかは答えが見つからないが、音楽は何度でも喚起力が持続するという特性があることは特筆されるべきだろう。それは皆さんがお好きな料理を月に一度、さらには週に一度は食べたくなるのに近い。僕はこれを音楽の常習性と呼ぶが、生命維持に不必要なものにもかかわらずそうなるのは誠に不思議としかいいようがない。

(3)音楽がなぜ漢方薬になるのか?

ツボを共有する人の思考回路の痕跡があなたの好きな音楽である。作曲家は何かのモチベーションでその曲を書いたのだが、その契機となったもの、喜び、悲しみ、期待、勝どき、不安、絶望といったものに遭遇した時にあなたは彼と似た反応をする思考回路の持ち主なのだ。それゆえに、彼が期待に満ちて勝どきをあげんと書いた音楽はあなたの心にじわりと効いて、その勝どきがあなた自身のものであるかのような精神の高揚をもたらす。不安や絶望に駆られて書いた音楽は逆ではあるが、それを書き記したということは彼はそこからひとまず救済されている。だから書けたのだ。その救済の思考に寄り添っていけばあなたも救済されるだろう。

音楽は劇薬ではなく、ゆっくりと効く。ある種の曲を好んで聴いていればあなたはいつしか積極的で前向き思考の性格になっているだろう。ある種のものは創造力をかきたて、緻密で論理的な思考を好む性格に変え、ある種のものは人や動物を愛する優しさを涵養してくれる。ベートーベンの田園交響曲は自然の神々しさをいつくしむ心の萌芽となるだろう。そして、あなた自身が不幸であったり突然の悲しみに沈んだ時、人生が嫌になった時、夜がつらい時、その沈鬱な感情をどこの誰よりも身近に共有してくれ、一緒に泣き、悲しみ、その結果として痛みを鎮めてくれるのも音楽なのだ。

それらはすべて僕自身が経験したことだ。それがどの曲だったか、お教えしてもいいがそれが万人に同じく効くという自信はない。なぜならその効能は、蓋し僕という人間がベートーベンのある側面と思考回路が似ているためにエロイカ交響曲から非常に強いインパクトを頂戴できているという類のものだからだ。それは各人各様であり皆さん個々人が自分に合う人を探すほうが余程いい。当然ウマが合わない作曲家もいるわけで、僕の場合すでに明白で時間の無駄だから聴かない。相性というものはいうまでもなくundebatableな(論議の余地のない)ものだが、大作曲家全員が友などということが不自然だということはdebatableだろう。

クラシックをいくら聞いても馴染めない人は他のお好きなジャンルに行けばいいし、そちらに薬効がある可能性も大いにあろう。僕がクラシックオンリーでないのはそれが理由でもあって、ジャズにしか求められない効き目もある。漢方は対症療法には向かないが、じんわりと体質改善するにはもってこいで、例えばジャズを聴きこむと現れる特有の思考回路というものがあって、それも自分のものにしたいと思うから時々ひたっている。それは認めつつも、僕はやっぱりこう書いて本稿を閉じるしかない、クラシックの中におそらく皆さんが必要とされる薬はほとんど全部あるだろうと。

 

(ご参考)

ベートーベン 交響曲第2番ニ短調 作品36(その1)

 

クラシック音楽と広東料理

 

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クラシックはこころの漢方薬

2019 JUL 19 11:11:55 am by 東 賢太郎

仕事にかまけて10日ほど筋トレをさぼった。おそるおそる測ってみると21だった体脂肪率は29に戻って体重も80をうかがう。ベルトの穴でわかるが腹囲も立派に復活している。そんなに飲み食いもしてないのに・・・。

子供のころは小さくてやせっぽちだった。野球を始めてもそう。高校入学時で身長は170になったが体重は58だった。先輩に食えと言われて毎日無理して食べたが、せいぜい60にしかならなかった。

それがなんでこうなるんだろう?

基礎代謝が減ってるので同じだけ食べても昔より脂肪の「貯金」ができる。お金なら結構なことだが腹がだぶついてみっともないしメタボ症候群で寿命が縮みますよと医者に脅かされる。だから仕方なく筋トレとなったわけだ。

しかし筋トレが楽しい人はいいが僕にはどっちかというと退屈な苦役である。さぼると脂肪が増えることがわかったから一生やり続けないといけない。計略通りにそれで寿命が延びたとしよう。でも必然的に苦しむ時間も増えるのだ。

そこまでして長生きするか?これは江戸時代までの人にはない選択肢だ。みんな40ぐらいで死んだから。今より粗食でもあったし砂糖も庶民には無縁だったし、そもそも年齢からしてメタボなどという懸念はなかったろう。

人間の体は一個の「システム」であるといわれる。臓器や筋肉が各々に指令を出しあって全体がうまくいく。水分が足りなければのどが渇くしエネルギーが足りなければ腹が減るし疲れれば眠くなる。指令がどこから来たか脳は知らないから僕らは自覚がないが、ともあれちゃんと的確にSOSは来るのだ。

では、それがやがて自分を殺すというのにどうしてメタボのSOSは来ないのだろう?素人考えだが、我々の進化の過程でその事態は想定されてなかったのだ。圧倒的に長い飢餓の年月のなかで、脂肪は蓄えろという機能が発達した。野生動物の一生のほとんどの時間が食物の獲得に費やされるのを見ればそれがわかる。

人類は長寿を手に入れた半面、脂肪の貯金を作れという自らの細胞レベルのディファクト機能と戦う羽目になった。それが本能に逆らう楽しくない時間を生む。その累積が長寿であるなら、長寿は何のためにあるのだろう?

信長が好んで舞ったという「敦盛」。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」。人生が50年という意味ではない、下天は天上界のうちすべてに劣っている天だが、それでも人間界の50年はそこの一昼夜でしかない。儚いものだと謡っている。

では信長当時の日本人の平均寿命はどのぐらいだったか?ごらんの通り40年もなかったし大正時代までそれはほぼ変わっていない(新生児の余命という統計だから幼児の死亡率の差はあろうが)。

それが2倍の83という想定外の数字に急騰したいま、我々の体のディファクト機能はバージョンアップされていない。その結果ひきおこされる細胞レベルの誤作動の通称が「メタボ」なのだと考えればわかりやすい。

人生100年時代。年金の原資不足も極めて深刻な問題だが、我々の体の奥底では「楽しみの不足」というもうひとつの、ひょっとしてもっと深刻な問題も静かに進行しつつある。なんのために生きてるのかという悩みが増えるということだ。医学の進歩のおかげで頑張って生きようと思えば長く生きるかもしれないが、精神的であれ肉体的であれ、その気持ちと努力は苦しむ時間も増やしてしまうし、楽しみも一緒に増えないのであれば何のご利益があろうかというものだ。

自殺が増加しているが、この悲しい現象はいつも社会問題という側面から検討されている。しかし長寿化という本来めでたいことが心の内面に及ぼす負の効果という側面はあまり研究されていないように思う。苦しむ長寿を害であるとディファクト機能が認識すれば、SOSは自殺に向けて作動するかもしれない(それは本来の機能として正しいのだ)。表面的には経済的、社会的問題という衣装を着ているが、本質は心の闇の中だからどうかはわからない。

だからこそ僕は「クラシック音楽を楽しみましょう」と声を大にして言いたい。もちろんクラシックでなくても結構、しかし、クラシックというジャンルには無尽蔵な奥深い楽しみの宝庫があって、好みの曲を見つけて聴きこめばその努力の何倍もの「幸せのごほうび」を約束してくれる。それは2つ3つと自然に増え、やがて人生の伴侶にさえなる。聴くのに何の知識も経験もいらないし、必要なのはやろうという気持ちだけだ。

僕自身、そのご利益のおかげで生きている。例えば、このところ疲れて気落ち気味であり、だから筋トレをさぼったわけだが、こういう時に「効く」のがシューマンの交響曲第4番だ。昨日、音楽室にこもってたて続けに4番をかけた。もちろん真剣に聴きとめる。この曲にものすごいパワーのあるのは原型となる「交響的幻想曲」を書いた時分のシューマンの精神がおそらくそうだったからで、面白いもので作品には作曲家の魂がこもっていると僕は真面目に思っている。だからこんな時に悲愴交響曲を聴くのはご法度で、薬効は心得る必要があるが。

クラシックは音学でも教養でもセレブのお飾りでもない。僕はこころの漢方薬と思ってる。4番にひたって、あまりの気持ちよさに憂さは解消。よく眠れ、朝も信じられないぐらい快適に目覚めて、それで久しぶりに筋トレをやろうという気にもなったのだ。半世紀つきあって音の漢方薬を200種類持っている僕は何が起きようとこの手がある、でも、確信しているが、皆さんも必ずそうなれる。曲は何でもいいし、食べ物と一緒でそれぞれのお好みだ。その気になった瞬間から、出会いを探すすばらしい旅が始まるだろう。それも楽しみのうち。youtubeで無料できる。20~30薬を見つけたら?もう人生に悲観しているひまなんかないだろう。

エロイカこそ僕の宝である

 

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筋肉より自信が戻った筋トレ

2019 MAY 17 18:18:52 pm by 東 賢太郎

年初のインフルエンザと膝痛で年齢と体力の衰えを痛感しました。前から兆候はありましたが今回ほどそれを「やばい」と直観したことはなく、やむなしに4月から始めたのが筋トレです。あまり好きではなくそれがなければ絶対にしなかった。ジムが会社の下にあって手ぶらで行ける、お手軽じゃないかと自分をだましだまし始まったわけですが・・・。

なまけものにつける薬は恥とショック

ところが担当トレーナーの指導で成果が数字で見え始めるとやる気が出てきます。どれでもけっこう。自分が弱いと思う部位を鍛えるもので、2ラウンド(10回×2、途中30秒休み)の18回目あたりで「もうだめだ」となるおもりの重量を探します。それが20kgとして、何日かで20回までぎりぎり到達できると今度は22.5kgに重量を上げる。たぶんまた18回でアウトです。20回できたらその次は25kgに。そうやって実力の限界を確認しながら徐々に11%のパワーアップをする筋肉がついて行くのを自覚できる。これは良い方法ですね、お試しください。

しかし、悲しいのはリフティング20回が12.5kgしかできない。標準以下であり、男の沽券にかかわります。五十肩以来ゴルフもしておらず、肩の力がなくて腕立て伏せもあんまりできない。ああみっともないということで、それがモチベーションになりますから男性の方は女性トレーナーがお奨めですね(僕だけか?)。ところが両足を開く外転筋はマシン最高重量の150kgが楽勝でどうだ見たかとなりましたが、実は自分が驚きました。要は尻が大きいせいでしょうか、ともあれ高校時代の遺産がまだ減ってない。そうか、この体力のお釣りで自分は生きて来たんだと思い知りました。

始めて1か月半ですがいまはお尻で歩いてます。昔はこうだったし膝痛はそこそこ消えました。35あった体脂肪率は25に落ちました。おかげで64才は吹っ飛んで、20代に負けないぞ、投げれば130km出るぞぐらいの気持です(気持ちだけ先走るのは危険ですが)。病は気からと言いますがビジネスも気からなんです、シニアの皆様、体を鍛えればどんどん前向きなアイデアが出てきます。生き方もポジティブになりますよ。トレーナーのSさんに感謝であり、本当にチャレンジしてよかったです。

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「社会的人格」はストレスの源泉

2019 MAR 12 1:01:09 am by 東 賢太郎

以前に「社会的人格」などという造語を書いたことがあって、生きていくために社会に合わせて作ったウソの自分ということですが、生まれたままのナマの自分というのはなかなかここにも書きにくい、きっと嫌な奴なんじゃないかという気がしていたのです。社会人というのは好かれてナンボでもあるので、特に営業をしてましたしそういう迎合が必要と思っていたと思います。

いまはもうぜんぜん必要なく、無理なことをするとストレスをためて健康に有害であります。もともとお世辞は言いませんが、好かないものは好かないと相手に言わないのはストレスだということがわかってきました。ならば言ってしまおう。健康の方が大事だから嫌われたってかまわないし、素のままの自分を受け入れてくれる人以外は長くは続きません。

となると、やっぱり、どう育てられたかというところに帰着するのです。クラシック好きは赤子から鳴っていた親父のSPレコードのせい。おふくろの作法で朝は紅茶しかだめだし勉強の前はコーヒーしかだめです。社会や人生については親から言い聞かされたお披露目はできない多くの「思い込み」があります。たぶん根拠のない偏見ですが座標軸として完成してるので変えようがありません。ふりかえってみると、親父は徹底した教育者でありおふくろは座標軸を作った人です、それもかなり特異な。

医師に「ストレスを減らしなさい。寝ても減りませんよ、努力して減らしてください」といわれ困ってしまい、実はいろいろ試しているのです。「なんでもいいからスカッとすることをしなさい」と言われてます。でも何してもだめなんです。そこで「どう育てられたか」に素直に行こうとなった。うん、たしかにこれがいいなとなってます。

 

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池江選手、「絶対に何とかなる」と信じて

2019 FEB 12 23:23:11 pm by 東 賢太郎

別稿をupしようと思ったら池江選手のニュースを知りました。ショックを受けています。ご本人の未だに信じられないというコメントがつらい。

しかし、想像にはなりますが、あれだけの記録を出して勝ち抜いてこられた人です、きっと、なにか生まれつきの強いものをお持ちなはずです。申し上げたいのは、ぜひともご自分の運を信じられること、「絶対に何とかなる」という気持ちで日々過ごされることです。

これまで池江選手の水泳を応援してきましたし、これからもするのですが、まずは、日本中が病気からの全快を応援してくれるでしょう。それを自分の運の追い風にされれば、きっと健康になり、あれでかえって強くなったという日が来ると確信しています。

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