Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______日々のこと

僕の五感強化法

2019 JUL 30 0:00:04 am by 東 賢太郎

雨あがりの朝に今年初めてのセミが鳴いた。先週の火曜日、7月23日のことだ。その瞬間、あっ梅雨が明けたぞと思った。気象庁は台風を気にしてか梅雨明け宣言しなかったようだが、セミはハズレて批判されるリスクは気にしない。

僕は永いことネコと暮らしてきたせいだろうか、人間のなまじっかの理性より動物の本能を信じるところがある。我々は嗅覚、聴覚、視覚も運動能力も圧倒的にネコに劣っている。理性だけは少しは上回っているようだが、だからネコより偉いと断定はできない。ヒト一人とネコ一匹が人里から完全隔離された原野に裸で放置されたら一週間後に生きてるのはネコの方だろう。

我々は理性の代償にだんだんと五感を失ってしまった。でもバランスの良い生活を送るには動物としての感覚はないがしろにはできないと考えているので、僕はいつも五感を自覚しようとしている。できればもっと鋭敏にしたいとも思っている。先の週末に海が見たくなった。こういう時は欲求にさからわない方がいいというのが生き方だ。どこか近場でということで、三浦半島は油壷にでかけてしばし海辺の岩場でぼーっとした。我々に残っている五感は儚い。ひらひら飛ぶ蝶々みたいなものだ。海を見ているとほっとするのは、太古の昔は魚だったからだろうという気がしてくる。そういうとりとめのない「気」というものは、どこからともなく泡のように心にぽっかりと浮かんでくる。それをしっかりつかまえてみる。それが僕の五感強化法だ。そうやっているうちに、日々積もりに積もった心の澱を足元のさざ波が洗い流してくれる。わが身は逆巻く水にのまれてくるくると水底をころがる子蟹みたいである。そう思うと、泳ぎたいなという「気」が降ってきた。

見たことのない木だ

僕にとってロンドンや香港は仕事をする場所であった。東京だけはそうじゃない、故郷だと思っていたが、どうも近頃はそっちになってきた。仕事も五感が大事だ。鈍ると判断を間違える。我々は言語というものを駆使できるし、それが理性を産んだ。しかし、便利ではあるが言語は時に自分をも縛って自らを欺いてくれたりもする。そこから不安やら疑いやら怒りやら、あんまり健康によろしくない感情というものが生じてもしまう。だから時には一切の言語と理性を絶って、自然の一部になったほうがいい。

横堀海岸にて

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渋谷を歩いて気づいたこと

2019 JUL 10 1:01:12 am by 東 賢太郎

金曜日の大学のクラス会を楽しみにしていたら事情で行かれなくなってしまった。そのいきさつを秘書に話すと、もう彼女の世代にとってはクラス会というものは当たり前のようにある存在ではないらしい。仲良しとラインするだけで用が足りるというが、文字だけでそうできるのは仲間や友達というものの在り方が我々とは変わってしまっているんだろうか。

今日は健康診断で渋谷を久々に歩いたが、道玄坂から井の頭線に向かうとガード下は今でも飲食街でごちゃごちゃしてる。僕が学生のころはもっと下世話な赤ちょうちん、屋台が雑多にひしめいてた。仲間で駒場で麻雀やって夜に歩いて松濤から下ってここまでくる。焼き鳥屋で飲んで騒いでどうやって帰ったか覚えてない。渋谷はそういう所だった。ここを自分が歩いてた。史跡に来たようだ。

文化村あたりでつけ麺屋に入ったら外国人が多い。半分ぐらい外人である。それも団体じゃない、バックパッカー風の男女がふつうにてんでばらばらに入ってくるのだ。このへんは昔から相変わらずの風情だ。ストリップの「道頓堀劇場」から猥雑な小道を下ってくる。そのほんの100メートル先ではオーチャードホールでベートーベンを演奏しているのである。なんてところだ。

東急デパートと109の間の大きな道は文化村通りという。左へ登ると住宅街の松濤だ。反対のつきあたりにはブックファーストの大型店舗があったが2年前に消えた。こういうよく来た店は何階のどのへんに何があってとはっきり覚えてるだけにつらい。でも思えば本もCDもあまり必要なくなって久しいのだからこっちの問題なんだ。どっちも手当たり次第に買ってたくさん積んだままだ。

健康診断は3月に指摘されたものの経過観察だが、「近頃は何でも医師は指摘するんですよ。見落としのミスの指摘を避けるためです」と写真を見た別の医師が指摘した。そして、その所見と限界を説明する。「じゃあ心配ないんですね?」「ですから申し上げた所見ですが、限界はあります」。天気予報を思い出した。「年1回のCTで結構。2回以上だと被爆しますから」。これ2回目だ。

運命の車輪はゆっくりゆっくり回っている。

O Fortuna おお、運命の女神よ

運命の女神よ、貴女は月の如く満ちたり欠けたり、常に定まらない。 人生も同じこと、確かなものは何もなく、運命に弄ばれ貧乏も権力も氷のように無に帰する。 恐るべき空虚な運命よ、おまえは車輪の如く回ってゆく。 信頼能わず、隠れたら現れ、健康と徳を授けたらすぐに欲情と背反をよこす。 我らは常に憂悶しながら、たえず恐れおののく。 さあ、運を掴んだ者も投げ落とされた者も、私と共に運命に泣こう!

(カルミナ・ブラーナ)

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いろいろ思う「白い巨塔」

2019 MAY 27 1:01:48 am by 東 賢太郎

「白い巨塔」を見ました。TVドラマは縁がないのですが、これと忠臣蔵は結末がわかっているのに見てしまう。財前が嫌いな正義漢、東教授のファンなのです。学究肌であり、出身校の東都大学で教授になれず浪速大学教授になった負け組というのがまたいい。まことにどうでもいいのですがアズマという苗字もあんまりメジャーでないのです、それで毎回役者は誰かなと気になります。石坂浩二がイメージに合いましたが、今回、こんなブログ(寺尾聰「ルビーの指環」)まで書いた大ファンである寺尾聰というのも意外でした。ご縁ということにしておきたい。財前教授は田宮二郎、唐沢寿明ときて今回は岡田准一。熱演でした。

最後のシーンはいつも悲しいですね。それでつながってしまうのですが29日はおふくろの二周忌だ。あの日、帰宅しぐったりしていたら家内に「ベランダへ出てお空見て空気すいなさい。お母さんと交信できるわよ」と言われ、なるほどとそうしてみたら、見たこともない筋を何本も引いた巨大な流線型の雲が西空にかかっていてこっちにだんだん向かってくる。これは何だ?とびっくりしたのです。後にも先にも長い人生でその時しか見たことがない。そういえば隣の神社の縁起にあった、源氏の大将・源頼義が奥州平定(前九年の役)で多摩川を渡ってウチの目の前の丘に陣取った時、「空に白雲が八つに分かれて棚引き、源氏の白幡のように見えたのを大いに喜び、勝利の暁にはこの地に八幡社を創建することを誓った」というあれ、それで勝利したのでここに八幡様がいまあるわけですが、そうか、たしかに八つの線だ、それにちがいない、お袋のメッセージだと信じているのです。

ところで、息子がイギリス国鉄の列車の名前がAZUMAになったよというので見たら本当だ。常陸国の日立製である。

ハムステッド・ヒース駅の「あずま」

「あづま」でなく「あずま」にしてくれたのがうれしいですね。我妻と東で違うのです。由来はロンドンから東海岸を北上するイースト・コースト線だからのようですが、まさにこの線で2009年に息子とヨークの鉄道博物館へ行ったのだからこれもご縁です。僕にとって最も縁の深い外国である英国が粋なことをしてくれる。またおいでとラブコールされた気分です。

縁なんて探してこじつければいくらもありそうなものですが、そうはいっても立て続けに出てくると特別と思いたくなります。そうやって大切にするものが増えれば何も大切にしない人生よりは面白く過ごせそうです。

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大江戸な一日(国立能楽堂と新宿末廣亭)

2019 MAY 20 6:06:36 am by 東 賢太郎

SMCメンバーの阿曾 靖子さんのお手引きで国立能楽堂で能(田村)、狂言(萩大名)を観ました。ここは2回目です。お招き感謝します。ド素人ですから無粋なことは書きませんが、前回もそうだったように異次元の空間に入り込んだような気分で、終演後は別の人になって能楽堂を後にします。歌舞伎ともちょっとちがう、浮き立ったものはなくてむしろ心が広々と静まりますね。いいものです。能が足利、織田、豊臣が保護したオペラなら歌舞伎は江戸町人のミュージカルという感じでしょうか。

プロの方とアマチュアの方が混合なのですが、前回は恥ずかしながらその区別がつきませんでした。今回は囃子方がオーケストラ、謡が合唱団とわかってきて、そこがプロで固まれば舞はアマチュア(勿論修練されればですが)でもいけるのかななんてことを考えながらおりました。信長、秀吉が舞台にはまった背景はそれかもしれませんね。野村萬斎の萩大名、片山九郎右衛門、観世喜正の仕舞などやはりオーラがあって、異界を楽しませてもらいました。

娘がいたもので終了後は新宿の寄席、末廣亭へ。午後の部の中入りまでじっくり落語、漫才、手品を楽しみました。この一週間、大相撲、能・狂が言、寄席と江戸文化のオンパレで、全部が異界でありましたが金融なんてドライなものをやってますと、人肌があってしっとりしてよろしかったですね。生き返ります。

寄席はどれも存分に笑いました。僕は寄席もお笑いも大好きなんです、一日中いてもいいぐらい。漫才の「ホームラン」さんが昭和の同世代の笑いで面白かった。ハズキルーペ、ひじかたきくぞう、最高。応援したいですね。こういうネタはその人がどういうものが面白いかってことで、ケミストリーというぐらいだから同じものが笑える人は気が合うということなんで。僕も日々全く自然に面白いものを探して生きてまして、別に人に聞かせるわけでもないですが、人生楽しくて明るいほうが幸せですよね。

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久しぶりの相撲見物

2019 MAY 16 0:00:43 am by 東 賢太郎


日ごろお世話になってる公認会計士のA先生のお手引きで令和2日目の蔵前国技館へ。正面の升席で天覧席の真下、NHKの放送席の目線。この席は買えません。大学同学部の財界、官界大先輩お二人とご一緒しすっかり楽しみましたが、弊社社員までお気遣いをいただき深謝です。後ろの解説席には稀勢の里がおり、「今場所出たら優勝ですね」とつぶやいたらお隣の升から「そうですね」の声。彼の引退は巨人の高橋由伸と重なるものがあります。

先輩方とホットな話題になったのは「トランプはどうやって警護するんだろう?」でした。「彼のことだから砂かぶり席だろう、こうやって見ると180度どこからでも狙えるね」「検問するんだろうけど出入りが危ないよ」「サントリーホールは皇室用の出入り口があるけどね」「金属は検問にかかるが吹き矢で高性能のものがある」などなど。

解説の元横綱稀勢の里

さてA先生のごひいきは関取最年長の安美錦で、ふつう女性は若いイケメンと思いきやこのシブさはさすがのご造詣です。安美錦は最高位は関脇ですが900勝してる実力者で技も豊富です。いいですね。ちなみに僕のひいきは同郷(石川県鳳珠郡穴水町)の遠藤ですとメールしたらすぐこの写真が(右)。穴水町は人口8,455人、3,768世帯ですから応援するしかありません。

すっかり元気をもらいました。帰り際に皆さんで行った甘味処で「北の湖の肩を叩いたら石みたいだった、肥満に見えるけど全部筋肉なんですね」というところから、こっちはただのデブなんで「いまけっこう真面目に筋トレやってます」と話したらA先生、税理士のS先生の女性軍もさらっと「私も鍛えてますよ」と意外な展開に。お二人はシェイプアップでちょっと目的は違いますが。

ということで、今週は相撲、野球、コンサート、能楽に筋トレがあっておかげさまでストレス解消させていただいてます。

 

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2勝4敗で終わった平成の人生双六

2019 APR 30 22:22:36 pm by 東 賢太郎

平成が終わります。ちょうどソナーのHPを刷新するのでそちらに書いたブログを読み返していると、こんなのがありました。一昨年の3月のものです。

 

2017.3.28.
人生、5年区切りの勝ち、負けは?』 

オリンピック、高校野球、WBC、そして大相撲優勝決定戦、ゴルフのプレーオフ、どれも面白い。なぜだろう?

それはサドンデス(負けたら終わり)の切羽詰まった戦いだからでしょう。我々の人生でそういう場面はそうあるわけではありません。入試、入社面接、プレゼンなど無いわけではないですが、トップアスリートの頂点をかけた戦いに比べれば負けたっていくらも救いはありますね。

僕は勉強も運動もエリートだったことはなく、負けた記憶のほうがずっと多いしそれをよく覚えてもいます。人生を生れてから5年区切りで勝ち、負けをつけてくると何勝何敗かという話があって、60才だと12回の勝負があるわけですが、勝ったと思うのは16-20才、36-40才、51-55才だけです。3勝9敗の人生です。

3回の勝ちは大学入試、出世、転職というサドンデスがあって偶然うまくいった。それが自信になって厳しい業界を生きてこられました。しかし、いま振り返りますと、うまくいったのは多分に運だったと思うのです。努力はしましたが、実力以上の結果が出るツキがあったことは間違いありません。

その3回とも、すぐ前の11-15、31-35、46-50才が負け期間です、何をやってもだめな雌伏の時期があって、そこで耐え苦しんで何らかの「貯金」ができていたように思うのです。これは後講釈ですし、その時は必死にもがいていただけで貯金しようなどと思う余裕すらありませんでしたが。

プロ野球の名選手、名監督の野村克也さんが「負けに不思議の負けなし」と言われるのが今になってわかった気がします。雌伏の時期に連戦連敗して悔しく、ちくしょうと思って勝ち方を研究した。その負のエネルギーが正に転じたら勝ったのです。連勝だったら僕は何も学ばず還暦になっていたと思います。

甲子園を見ていて、あの延長15回引き分けを2試合ですね、そこでハタと気がついたのです。「負けなきゃ勝ちだ」ということを。自分は三振を取ってねじふせるのがいい投手と思ってましたが、自軍が取った点数以上を与えなければいいやという投球をしていたらもっと結果はよかったかなと62才になって気づいたのです。

人生もおんなじで、毎日サドンデスなどできないし必要もない。一度も勝たなくたって我慢して諦めずに「そこ」に残っていれば、ツキのほうが寄ってくる。思えば、僕の3回の勝ちはまさにそれだったのです。

それには一つだけ条件が合って、「試合」はしていることなんですね。とにかく戦って、負けても仕方ないが、ちくしょうとは思って、負けない努力だけは毎日コツコツとすること。試合から逃げると人間もうだめです。なぜなら「五感」が働かなくなる。どんなに優秀でも頭脳明晰でもそうなると五感を磨いた人には負けます。それは不思議の負けでない、当然の負けなのです。

そうやっていると次の5年でツキが来て、それは神様平等で誰にも来るものは来ます、そこで五感が働いてそれをつかもうと自然に体が動くのです。五感が鈍った人は気がつかずに見逃がします。つかんだ人はそこで勝ちの5年になって、自分がステップアップする。次元が変わる、この感じは僕の同世代で自分もあるぞと体験された方も多いのではないでしょうか。

56-60才の5年は明らかに負けの時期、雌伏期でした。さてそれがここで吉と出るのか、もう5年だめなのか?さっぱりわかりませんが、ちくしょうと思って諦めない、その気力だけはまだ残っている気がいたします。5年生きてればですが・・。

 

そうですね、今もそう思っています。僕の人生双六(すごろく)、このブログを書いた時点で3勝9敗でした。60-64才も勝ったとはとうてい言えないので今で3勝10敗です。昭和が1勝6敗、平成が2勝4敗。昭和時代、つまり34才まではほとんどいいことはなく、平成は多少良くなりましたが、でもそこだけ見るとやっぱり2つ負け越しで終わりました。謙遜でもなんでもなく、その5年5年をクールに評価するとそうなのです。負けというのは、積極的な大失敗もあったし、消極的にチャンスを見逃してしまったのもあります。

ところが、書きました通り3回だけ大きなツキが来て、ヨシッと思ってもがいてみたらラッキーな展開になり、なんとなく結果オーライになりました。失敗から学ぼうと悔しまぎれの努力は確かにしたのですが、思えばそれがあって次にうまくいったという格好いいものではなく、むしろ単純に、その刹那の運がよかったと思います。しつこくあきらめなかった、それだけです。

令和という3つ目の時代がどうなるのかわかる由もありませんが、ツキが来るのか来ないのか、来ればまたもがけばいいし、来なければ今度はもうそろそろあきらめるしかないでしょう。そう思いましたので今日、岩佐君に来てもらって僕がやりたいことを5時間かけてじっくり議論し、お伝えしました。いい時代になるかどうか、社員の皆さんに託しますし、あとの運は天に任せます。

 

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なまけものにつける薬は恥とショック

2019 APR 1 23:23:43 pm by 東 賢太郎

東京は肌寒くて桜は満開という感じではありませんが、いよいよ新元号も発表されたし当方も心機一転といきたく、トレーニング・ジムのお世話になることに決めました。メタボ状態が進捗し、人間ドックの数値は悪いはヒザは痛いはで前代未聞の危機的状態となってしまったからにはやむなしです。

まずボディチェックで体脂肪と筋肉の重さがほぼ同じ。ショックであります。ついてくださったトレーナーのSさん、「皆さんこんなものですよ」と慰めてくれるがここは平均年齢が高いのです。説明書を出されて「小さくて読めないね」というと「ご安心ください!」と次のページに老眼用巨大サイズで同じものが出てくるぐらい。しかしこの説明はいい、「有酸素運動はおすすめですが、そればかりやってもだめです。脂肪も減りますが筋肉も減るので、まずマシーン筋トレで筋肉を増やして基礎代謝を活発にしましょう。すると脂肪はさらに減ります」。It makes sense! さすが日本女子体育大、Sさんにお願いすることにしました。

そこでまずこれを、ということでマットでやった10分体操がこれまた衝撃的にダメ。鏡に映る姿は隣の女性と同じ体操をしてると思えず、赤恥でひやひやものでした。「これは効果ありますよ。これだけやって帰る方もおられますから」ということなので何回もチャレンジですね、恥ずかしいけど。次に「ヒザがやばいんです。布団で寝てるけど、痛いからどっこいしょって『つかまり立ち』なんです」「そうですね、たぶんこれがいいですよ」というのでやってみたのが写真の手前のやつでした。

クロストレーナーという名のこのマシンはやったことがなく、最初は2分でぜーぜーとなってアウト。あまりの情けなさに呆然とするばかりです。「こりゃ僕にはキツいや、無理だね」「大丈夫です、もっとゆっくり、自分のペースで」と尻を叩かれて再挑戦したところ、ヒザの負荷はそれほどないのに筋肉はつきそうなイメージが持ててだんだんコツがつかめ、結局23分で3km、200カロリーで本日終了。短時間でこれだけ汗だくになれるのはいいですね。初回にしてはすごいですねとハナマルをもらい、女性に褒められると舞い上がる習性もあってさっきの恥はすっかり忘れて気分よく戻りました。「よし、今年はこれを週3回ノルマでやるぞ!」これに筋トレをくっつけてSさんにご指導いただけばカンペキだ。

思えば僕は万事になまけものなのです。強制されないとやらない。されても予習、復習なんてしなかったし、野球も練習はきらいで適当に手抜きしてました。試験だとか試合だとか急場の馬鹿力で生きてきてますから、ちょっとメタボぐらいでは運動というモチベーションがわかなかったのです。それがこうなったのは「ストレス高すぎ、数値めちゃくちゃ」と森嶌先生に即刻の点滴を打たれたこと、人生初のインフル罹患、人間ドックの数値もめちゃくちゃで自律神経を疑われ胃カメラ強制、とにかく複数の医師から「運動しなさい」命令が下されており、そして、踏んだり蹴ったりの今日の恥ずかしい10分体操でありました。そこに、爽快だったクロストレーナーの達成感が加わった。

そうなんです、練習はサボりたいくせに試合やってみると「野球やっててよかった!」となる。でも翌日から、やっぱり練習はサボりたいが復活する。だから野球も勉強もso-soで終わりました。でも今回の一連の試練でわかった。なまけものには恥とショックを与える。そして大きなご褒美を用意する。ひとつ学びました。

 

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ホリエモンの東大再受験

2019 MAR 13 10:10:45 am by 東 賢太郎

まじめにやってみようと思ったことはありません。夢を見るのです。なぜか東大を中退しているのですが、それは失敗だったと後悔してまた受験する羽目になっています。どうしよう、また文Ⅰにするか、ちょっと自信ない、やめとこう、かえよう。けっこうリアルな夢です。ところが入試直前になって模試がぜんぜんだめで時間切れになりそうです、どうしたんだ? やばいぞ、こんなはずじゃないと焦って目がさめるのです。

ホリエモンがまた東大に挑戦したとは知りませんでした。だめだったみたいですが、46才のチャレンジ精神はとてもよろしいんじゃないでしょうか。山本マサかキング・カズかというところですね。できるかなと思って僕もあの年(75年)の2次の問題を検索してみましたが、これを解いてまた文Ⅰに受かるなんてのはオジサン野球のピッチャーに大谷翔平から三振とってこいというようなものです。

いっぽうでAbemaTVは悪ふざけが過ぎる、受かっても行かないならまじめな受験生の勉学機会を奪うことになると批判があります。でも年齢制限も職業人はだめという決まりもないです。オジサンに負けてしまう子は事前の勉学が足らんという方がフェアだと思います。心配ないと思いますよ。お馬鹿なテレビが東大番組やって芸能人がたまに勝ったりする、あれ見ているうちにもしかしてと思うんでしょうが、クイズ王みたいな人は何年やっても入れません。だから勉学機会を奪うことはないです。

堀江さんは古文や社会は相当できるのでしょうが数学なめてて20点ねらい(4問中1問完答)じゃ文Ⅰはそもそも無理でしょ。あれをなめられる人なんて理系でもあんまりいないと思いますよ。2次の数学が難しいのを彼が知らないはずはなく、計算違いしてダメでしたなんて言葉は信じ難い。単に手も足も出ずでしょう、彼であっても付け焼刃では零点で不思議でないということです。

しかし繰り返しますが、蛮勇のきらいはあるとはいえ46で挑戦しようというのは立派だし、点数を公表しているのも潔いですね。ビッグマウスといわれるが、有言不実行や三角関数はいらないなどと自分が数学できないのを正当化する政治家よりよっぽど男らしい。来年もチャレンジしてください。

 

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インフルエンザの教訓

2019 FEB 23 16:16:46 pm by 東 賢太郎

1月から関係各所への訪問、アポをひかえさせていただいており多大なご迷惑をおかけしております。というのは人生初めてインフルエンザにかかったからです。この10年ほど、神山先生の薬のおかげでほとんど風邪もひかずにきましたが、たまたま1か月薬を休んだら間隙を突かれたかやられてしまいました。39度の熱は参りましたが、いっぽうで面白い経験もしました。

もらったのは日本ですがあいにく熱はプレゼンでソウルへ行った矢先に出ました。非常に困ったわけですが、韓国の医師に初めてかかるスリルはありました。クリニックでさあ何が始まるかと思っていると、出てきたのは30代のさわやかな好青年C先生でした。最初の質問は「お仕事ですか?」。そこからあらぬ方向に話がはずんでまず仲良くなってしまったのです。

投資会社経営だといったのですが、すると彼は「私も会社を経営してます。あれをごらんください」と壁のツーショット写真を誇らしげに指さします。「ジム・ロジャースに会ったの?すごいね」、米国人ジム・ロジャースはジョージ・ソロスとクォンタム・ファンドを創立したヘッジファンドの草分け的存在です。「ええ、このクリニックのほかに健康器具の会社を起業しています」。まあ日本ではまずない展開でした。

じゃあ診ましょうかとC先生は一通りの診察をして処方箋をくれ「この薬を飲めば治ります。ただ熱がお辛いでしょうから点滴を打ってあげます、代金は結構です」。仲良くなると韓国はこうなりますね、だいたい。これも日本ではまずない。お言葉に甘え、2時間ベッドでうとうとしたらすっかり良くなってしまった。付き添ってくれたホテルの女性、看護師さん、薬剤師さんもみなやさしく、深謝して帰ってきました。韓国というのは、日韓関係は危険水域に入っていることは間違いないのですが、個人的には何十回も行って嫌な思いをしたことはないミステリアスな国なのです。

ジム・ロジャースは僕が野村で2000年あたりに「中国株を買え!」と強烈に言い始めたころに同じことを言っており、以来面白い男だと思ってました。そうしたら「1807年にロンドンに移住するのはすばらしいことだった。1907年にニューヨークに移住するのはすばらしいことだった。2007年にはアジアに移住するのが次のすばらしい戦略だ」と言って家族でシンガポールに移住してしまった。なかなかだと思ったですね。

今回、インフルでへたって熱でうなされて体が鉛のように重く、そこまで生命力が落ちると諸欲も好奇心も皆無になるという発見をしました。なにせ息ができてるだけで満足でしたから。ということは、元気でないと人生つまらないだろう、シンガポールに移住しようなんてエネルギーは絶対に出ないなと思い至ったのです。現にジム・ロジャースは元気でオートバイで世界6大陸を走破、ベンツで116か国、24万キロを走破して2度ギネスブックにのっている。

彼はそうして世界中を旅して肌で人々の変化を感じ取ることを投資の原点としている、これも我が流派に合致です。僕は香港に住んで中国にどっぷりと漬かったから中国ビッグバン仮説を思いついた。あの時はサラリーマンだったから個人的にはなにもできなかったが、世が世なら何百億円か手にできたかもしれない。構いません、またやればいいのだから。そのためには僕は絶対に健康でいなくてはいけないと思いました。

ちなみにジム・ロジャースはエール大学卒、オックスフォード大学修士でコロンビア大学ビジネススクール客員教授の超インテリです。しかし彼の業績にそれはあんまり関係ないかもしれないということを最後に書いておきたい。いくら米国でも学校教育で投資がうまくなることは期待できないです。彼の諸欲と好奇心と健康のたまものでしょうね。学歴で飯が食える時代ではありません。これから世界はもっとそうなります。

シリコンバレー、たしかに世界の頭脳の集積基地です。能力に人種、国籍なしでもっと原石のイスラエルやインド、そしてそのアプリケーションとしての中国、ASEAN、アフリカに興味がありますが投資となると米国法が比較的に安心だからシリコンバレーになる。10倍になる株を探すことに残りの人生をかけたいですね、そのソナー探知機でいたい思いがますます強くなっています。それにはまず健康、次に諸欲と好奇心。インフルエンザの教訓です。

 

中国ビッグバン仮説 (追記あり)

 

 

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ついに64才 (When I’m Sixty Four)

2019 FEB 4 22:22:52 pm by 東 賢太郎

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band) はロックに限らず、すべての音楽史上においてAbbey Roadと並んで天下の最高峰にランクされる究極の名アルバムであります。”When I’m Sixty Four” はそのB面の2曲目で、最初の曲、ジョージのシタールがビヨ~ンビヨ~ンとおどろおどろしい異次元世界の “Within You Without You”の霧がさっと晴れて、急になんてことない、あっけらかんと庶民的な日常生活のひとコマが帰ってきてホッとすることだけが印象の曲でした。

次のサイケっぽい “Lovely Rita” とジョンの変拍子でぶっ飛んだ “Good Morning Good Morning” があまりに凄いものだから、なんの変哲もない”When I’m Sixty Four”は正直のところ「早く終わらんかな」という曲であったわけです。

当時僕はハタチぐらいで、64才なんて、自分がそんな老人になって奥さんが「ご飯、作ってくれるかな」なんて、まるで火星人の話みたいなもので、まあポールは僕よりは13も年上だし、そのぐらいになるとそんな心配もするのかなぐらいであったわけです。目のまえには時間が無限にあったのです。

今日、とうとうその日がやって来てしまった。来るものは来るんだなあと、来なくてもよかったんだけどなあと思いつつ、生んでくれた母親に手を合わせました。感想はというと「まだ生きててよかったな」だけなんですが、まあ奥さんにちゃんとご飯は作ってもらってるし、僕もまだなにかお役には立てそうだし、そうか、ポールはそういうことを歌ってたのかとしみじみ思うのです。いい歌だなあと。

下のビデオは面白いです、ぜひご覧ください。ポールが故郷のリバプール案内をする趣向で、ペニーレーンが出てくるしバーバーショップ(床屋)におじゃまして女主人をびっくりさせもするし、彼が育ったお家に入っていって「この部屋で “She loves you”をジョンと作ったんだよ、親父がここで聞いててね、けっこういいじゃないかなんてね」「このトイレ、反響がいいんだ、便器に座ってギター弾いてね、ほら」・・・もう感涙ものです。

僕はウィーンでモーツァルトの住んだ家を全部めぐりましたが、そういうことをあれこれ空想してました。彼が案内してくれたらこんな感じなんだろうな、それが現実になってる、僕の中ではビートルズも同じほど偉大なんで、そんな歴史的なことがなんでもなくユーモアたっぷりにさらっとできてるポールの人柄が素敵で、とにかくいい人だなあと思うのです。金持ち喧嘩せずじゃなくってね、もともとこういう人だからああいう曲ができたんだろうって。

「子供のころあの教会で歌ってたんだよ、聖歌隊員だったんだ」そうか、やっぱりポールの曲は教会にルーツがあったんだ、納得ですね、とってもクラシックなものがベースにあるんで、そして、12分1秒からをぜひご覧ください、ポールがピアノを弾いて “When I’m Sixty Four” を歌ってます。

トラブってた時にあの世のお母さんが夢枕に出てきて「流れにまかせればいいよ」っていったらしい。そうしたらうまくいったっていってますね。そこでピアノに向かって曲を書いたらあの名曲 ”Let it be” ができちゃったって、天才はそんなものなんだ、すごすぎですね。

パブのジュークボックスで悪戯してお客さんを仰天させてしまう。お茶目であります。こんなおじいちゃん、なれたら最高ですね。まあポールは現代のモーツァルトだ、到底無理なんですが、この気持ちの軽さだけは見習いたいですね、だっておふくろもいいそうだ、”Let it be”・・・。天命に竿ささず、あるがままに生きていきたいです。

そういえば、香港に赴任した時に高名な風水師さんにみてもらったら、僕のラッキーカラーは金(ゴールド)+真っ赤なんです。だから社長室はその2色にされてしまいました。ずいぶんケバかったですが、実はキンキンのゴールドは子供のころから大好きで、カーテンもクッションも全部それにしたいと思ってます。

 

家族にもらったプレゼント

 

Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band

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