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カテゴリー: ______日々のこと

一日で人生初が3つという不思議

2021 SEP 20 22:22:09 pm by 東 賢太郎

きのう9月19日はおかしな日だった。それをふりかえって書いている。人生初が3つあったからだ。今日は敬老の日らしいがそんなもの俺と無縁という日々を過ごしていたら、なんと気がついたら祝ってもらうトシになっていた。まして、この年になって「初**」なんてのが残っていようとは・・・。

ひとつめは新しいアイフォンの万歩計で歩数をはかりながら散歩したことだ。実に恥ずかしいが初めてだ。足腰は自信あるのでそんなの不要と思っていたのだ。二子玉川公園まで行って8978歩。ハートマークのアプリで過去のデータが検索できることを娘に教わった。すると、2016~19年の年ごとの1日平均歩数が4524,4266,4955,4672だったのに、去年は1172、今年は何と645で愕然とした。家の中でスマホを持ち歩かないのは割り引くとしてもコロナでてきめんに歩かなくなっており、体重が2キロ増えてなぜかなと思っていたが当然の報いだったのだ。ステイホームはコロナで死ぬのは避けられても、知らないうちにメタボになって寿命が2,3年縮んだらおんなじだ。皆さんも気をつけてください。

二つ目は、散歩のゴールにした二子玉川公園の高台で素晴らしい夕日を眺めていたら、くっきりと見える富士山の右に小さな星が見えたことだ。金星かと思ってアプリ「星座表」をかざしてみるとちがう。

富士山の隣りの山の右上に水星(ほとんど映ってないが・・)

水星はなぜか人生初だ。なかなか会えなかった深層の令嬢にお目見えした気分だ。調べると9月14日に東方最大離角で、水星は太陽に近いので西か東に大きく離れた時しか見えない。まったく気づいてもいなかったがたまたまタイミングが絶妙だったようだ。おとめ座のスピカがすぐ上にあるはずだがそれは見えない。金星は富士山のかなり左上にあって暗さと共にぐんぐん輝きを増し、後ろを振り返ると満月に近いでっかい月が木星のそばにあった。

夜は恒例になったサスペンスだ。片っ端から録画したのを適当に選んで毎日みている。まず信濃のコロンボ「アリスの騎士」、これは大したことなかった。そこでやっぱりコロンボなら本チャンだなと「殺人処方箋」があったので何となく選んだ。これが三つ目だ。あれ、ほとんど見てるのにこれは知らないぞ。ピーター・フォークがやけに若い、風貌が違う、犯人追い込みの押しと切れ味が直球勝負でものすごく鋭い。調べたら、シリーズ化が決まる前の刑事コロンボ 第1話だった。日本語版放送日は1972年8月27日。第2話の「死者の身代金」は見てる。まだ気づいてなかったかな、高三だし勉強で忙しかったかな。

というわけで一日で人生初が3つ。しかし偶然にしては出来すぎてるなあ。

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我が「自助」的コロナ対策

2021 AUG 19 15:15:04 pm by 東 賢太郎

コロナは風邪だとかさざ波だとか打ち勝って見せるとか、ウィルスをナメた者はみな討ち死にした。トランプ政権も安倍政権も。かくして世界の為政者はウイルス以前に「落選」の恐怖と戦う。製薬メーカーは稼ぎどころだ。そこで頼みの綱はワクチンと満場一致で決まる。「2回打て、さらば救われん」。当初の効果は高くバイデン、ジョンソンは生き残った。ところがワクチンは半年程度で効きが落ちることがわかってきた。変異株への効果は新種が出てみないと誰もわからず、変異のバリエーションはゲノムの数からしてほぼ無限にある。だから当然の途中経過としてこういう記事が出るのである。4回目も5回目も出る。

「デルタ株」など変異したウイルスが拡大する中「今後ワクチンの有効性は低下していくだろう」、2回の接種を終えた人にも、ことしの秋以降、3回目の接種が必要になる(2021年8月5日、モデルナ社)

イスラエルでは、16歳以上の8割以上が2回のワクチン接種を終えています(筆者注:ファイザー社製)。しかし、接種を終えていても重症化するケースが目立つとして、60歳以上の人に対し、3回目の接種を行うことを決め、対象者への接種が始まりました(2021年8月8日、NHK)

そうこうするうち、あっけらかんと恐ろしい記事が2つ朝日新聞に出た。僕の頭のセンサーの中で、何やらパチンという音がきこえた。”非常な意外感” を覚えるのだ。

自宅療養中の死者数、厚労省『把握していない』(8月10日)

厚労省は「ラムダ株」の感染が国内で初確認された東京五輪関係者と飛行機内で濃厚接触した可能性のある人のリストを、関係自治体や大会組織委員会と共有しないミスがあったと発表した(8月18日)

丸投げされている現場は開き直っているというか、もうバンザ~イなのだろう。パワハラ上司に詰められた部下が「わたしバカなんで」とキレてしまった感じすらする。しかし、それは五輪の現場でもたくさん起きていた。ちがう。意外感の源はそれではないのだ。

今までなら役所はこのような重大な不始末は「隠蔽」してきたはずなのだ。こんな国防上の大失態をゲロされたら政治家はたまらない。厚労大臣は即刻クビに値するし首相は任命責任を問われる。だから、こういう時こそ、隠蔽どころか法律違反すら犯し、身を挺しての公文書改竄までして「お守り申しあげる」のが安倍ー菅政権での官僚の特急コースの出世切符だったはずなのだ。何かが中でおきている。これ以上深い傷を負わないようにということかもしれない。

ダイヤモンド・プリンセス号のお手上げ状態を思い出すが、あれはバンザ~イではなかった。コロナに何の情報も経験値もない1年半前の作業だ、物理的に無理なものは無理であり、そういうご無体な命令を野球に例えて「ホームランのサイン」という。「ウィルスを上陸させない」という最低限の意思は感じたから批判しては気の毒なのだ。問題はその後になって空路の水際対策において、あたかも当然の様相を装いつつ、国会やマスコミへの説明もなく堂々と出現した。かくして、空港検疫で「上陸させない」の意思が完全崩壊してしまったことが、足下の忌まわしき大厄災の序曲だったのである。

何が崩壊だったのか?オリパラ選手村では国際基準で毎日PCR検査をするのに空港ではなぜか和式の抗原検査なのだ。PCRの陽性者発見率は7割だが抗原検査は5割しかない。つまり陽性者2人に1人は素通りであり、厳しい追跡調査もしていない。誰も説明しない。マスコミも書かない。そこで「総理、もしかしてこれはお・も・て・な・し戦略の一環ですか?」と記者さんが気の利いた質問でもすれば何が返ってくるだろう?国民は知っている。「え~、そこにつきましては、今後の感染状況を慎重に確認をしてまいりたい、え~、そして、分科会の専門家の皆さんの意見を聞いたうえで、しっかりとした検討を重ねて参りたい、そう思っておるところです」って聞き飽きた古テープが流れるのだ。かくして我が国の防疫対策は世界不思議ワールドであり続けた。それが菅政権ー厚労省の不可侵条約だったと僕は理解している。それが終わったわけだ。

国民がまだ知らないこともある。なぜオリパラをこんなに無理してやったんだろう?何が目的だったんだろう?わからない。厚労省、医療、保健所の現場もそうだろう。ものを押し付けられると人間は認知的不協和というストレスを感じる。ストレスは解消したい。安全安心の呪文しか出てこないから多くの人が「総理は国民が死ぬのは仕方ないと考えてるのだ」という、呪文よりは納得しやすい理解でストレスを解消し「ただでさえ足りないコロナ医療を五輪に回してたくさん国民を死なせた」というイメージがいとも自然にできてしまった。不幸にも現実があたかもそれを裏書きしつつあるからそれは確信に変わってしまった。五輪はなくても季節性要因で第5波は来たから直接の因果関係は不明だ。しかし、国民が「総合的に判断」した結果、世論の6割は「五輪のせいだ」となってしまった。もう消せないだろう。厚労省のバンザイと同様、これは総合的ではあっても合理的な思考の結論ではないからだ。

僕は企業経営者だ。合理的には左に寄って一銭の得もない。しかし、何をしたいのか理解できない政府は右だろうが左だろうが手に負えない。携帯料金値下げもデジタル庁設立も大変結構だが、僕にとってはまったくどうでもいい。さらに個人的に、申しわけないがそれ以前の話として、わけのわからない人を5秒以上見るのは辛い。ということで、我が家は菅総理のモットーだけ遵守することとし、「自助」的コロナ対策で「イベルメクチン」と「ヒドロキシクロロキン」購入を決定した(ネットで買える)。ヤバいと思ったらすぐ飲んで(7日以内なら重症化は抑えるらしい)入院まではなんとか死なないように頑張る。だが運よく入院できても確実に治る治療法も保証もないのだから、かからないのがベストという方針で「3密」を回避。基本的に外出はせず、自分の免疫力も自助で高めておく。医師に聞くとそれには十分な睡眠と栄養、ストレス解消、適度の運動だよという。なんだそれは、メタボ対策とおんなじじゃないか、もっと気の利いたこと教えてくれ、ということで色々学習した結果、冬虫夏草と生ニンニク、生ショウガにおちついた。

さらに書くと「ストレスは免疫力さげるよ、仕事を考えるな」だ。それは無理だよ。ならばスカッとすることやれ。そこで毎晩ビデオで好きなミステリーを見ることにした。古い火曜サスペンス劇場やらネトフリ、アマゾンプライムを総動員すれば2,30年前の、海外にいたので見てないのがわんさかある。街の風景や役者さんが懐かしいし当時のはおちゃらけ調でなくシリアスなのがいい。松本清張、夏木静子なんて最高。いまは検事・霞夕子シリーズを全部見ており、20編ある鷲尾いさ子がきれいで真面目そうで気に入っている(彼女は難病か、回復を祈りたい)。米倉涼子のドクターXは今年もやるらしい、楽しみだ。古畑任三郎は全部見てしまったが「笑うカンガルー」の舞台がポート・ダグラスのシェラトン・ミラージュなのは発見だった、このホテルは我が家が大好きで一昨年も1週間滞在した。時差ないしそんなに高くないし家族にとてもお薦めだがオーストラリアの入国は昔からとっても厳しいのだ。ケアンズで入れてくれないだろうなあワクチン打たないんで。

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アラジンの魔法のランプはなぜ二つない?

2021 JUL 17 9:09:36 am by 東 賢太郎

ディズニー映画にもなってる「アラジンと魔法のランプ」。擦ると魔人が出てきて「お望みのものは何でも出してあげます」というあれだ。「じゃあ宮殿でお姫様と結婚したい」といってそれが叶うが、魔人にランプを奪われて宮殿ごと略奪されてしまう。これを絵本で読んだ時に「『ランプをもうひとつ出せ』といえばよかったのに」と思ったからマセたというか、どうも夢のないガキだった。

そんなランプがもしあれば、世界の富は独占できてしまう。した者はいないから、したがって、そんなものはこの世にないのである。

ところが、あると思ってる人がいる。「仮想通貨をAIで運用すると4か月で2.5倍になります」ともちかけた詐欺集団が投資家を騙して60億円集めたというニュースでそれを知った。よく考えていただきたい。そんなAIがあるならアラジンの魔法のランプと同じだということは、どんなにお金や運用に疎い方でもお分かりいただけるだろう。だからまず「そのAIを持てば無限に儲かるね?」と詐欺師に質問してみればいい。次に「ならば自分のカネでやるよね、どうして見ず知らずの僕に儲けさせてくれるの?」ときけばいい。尻尾をまいて退散するだろう。

TVで政治家がこの事件を解説して「リターンがあるならリスクもあることを知るべき」「教育がいかん」と話していた。それはそのとおりだが、そんなことを言っていたら永遠にリターンは得られない。投資は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」なのである。しかし虎穴に入って母トラに襲われるリスクは不明というのがこの故事のシチュエーション設定なのだ。遠くにいるとわかれば虎の子は安全に得られるだろう。とすれば親をあらかじめ追跡しておけばいいではないか。ドローンやGPSでそれをやると想像してほしい。それを「リスク分析」という。

すなわち、「リタ―ンの裏にはリスクがあるよ」ともっともらしいことをいくら覚えても、詐欺には引っかからなくなるかもしれないがそんなものはインテリジェンスにならない。「リスク分析」を行い、そのリスクに見合うリターンがあるか否かを比較すべきなのだ。例えば親が穴から10mの所にいるなら誰がどう見ても危険だ。でも100mならどうだ?しかも虎の子が2匹いたら?3匹なら?こう考えるのだ。リスクの許容量は人それぞれで正解はない。10匹で500mでもやらない人もいれば1匹で100mでも挑む人はいるだろう。こうした人それぞれの判断を「相場観」という。それが多様だから、同じ値段で売る人と買う人が出てきて、取引所で相場が立つのである。

それを知れば「リスク分析」こそが投資成功の鍵であることがお分かりだろう。では「リスク」とは何か?ほとんどの皆さん「損する事」と思ってる。その答えは零点だ。零点の方法でリスク分析して勝つはずがない。もし勝ったらビギナーズラックだから、長くやればその利益は吐き出してしまうだろう。合理的予測がどのぐらい外れるか、その外れ方の大きさ(標準偏差値)がリスクなのである。説明は省くが、ここでの本題はその合理的予測についてだ。それがあるか否かが株式投資とそれ以外のすべての投資の分水嶺なのである。株式というのは会社業績等(ファンダメンタルズという)という、ある程度までは「合理的」と多くの人が納得する「価値の数値的説明(ヴァリュエ―ション)」が可能である。その前提となる変数は複数あり、相互に相関もあるから多次元多変数関数の解析であるが、どんなに複雑であろうと関数関係という合理性はある。それでも完璧な株価の予見に誰も成功していないのは関数自体が時間と共に変化するからだというのが僕の解釈だ。

それが株だ。そして、それ以外のすべては、ファンダメンタルズの存在しない投機(バクチ)である。投資とバクチの区別がつかない人は多いが、実はそれはほぼ正しい理解であって、株式投資だけがそうでないと覚えておけばよい。だからプロ投資家であることが成り立つ唯一の投資対象であり、僕はその一人としてリスクを合理的に解析してリターンより少なく取る専門家であり、それでも想定する関数が完全でないから失敗することはある。しかし、外科医と違って我々は失敗してもその確率が想定内であれば構わないのだ。プロ野球選手が10回打って7回失敗するのはOKで年俸1億円もらえるのと同様のことある。そして、僕に原油や仮想通貨の予測を行うすべはない。株式ほど多次元多変数でないのは結構だが関数関係が導けない。つまり「リスク分析」が不可能である。可能なように語っている者は多いが、数学的に無意味であり、従ってリスクがわからない。合理的にわからないものに投資はしないのは僕の根本哲学だ。以上を絶対真理とまで言うつもりはないが、それを実践した結果として資産は作ったから少なくとも個人的真理ではある。

この方法論(インテリジェンス)をテキストとして書いてどこかで90分×10回講義で教えれば少しは世の中の役に立つだろう。詐欺師に騙されることなど絶対になくなるから社会正義にも資することになろう。僕は中高大と税金で勉強させてもらったのでリタイアしたら社会にお返ししたい気持ちは大いにある。そのためにはセミナー会場やyoutubeで料理番組みたいに具体例を使って投資シミュレーションをお見せし、机上の空論でないことをお見せするのが一番なのだが、それができないのだ。その株に投資したいと言われても金商法にひっかかり、それを合法にするにはコストと人数の上限が発生して視聴者に不公平が出てしまう。となると理論だけを教えることになるが、それを理解して実践できる人は少数だろうから「社会にお返し」にはならないと思う。投資信託を作って「おまかせで儲けたい」人を儲けさせるのは本旨ではない。自分の頭で考える投資を教えたいのであってお助けマンになる気はないし、それで手数料を稼ぐ必要ももはやない。

「そのAIを持てば無限に儲かるね?」「ならば自分のカネでやるよね、どうして見ず知らずの僕に儲けさせてくれるの?」という詐欺師撃退の質問を思い起こしていただきたい。この2つを問われたなら、①AIだろうがインテリジェンスだろうが「儲かる」ノウハウがあり、②儲かる証拠にそれは自分だけのために使いますというのがパーフェクトな回答なのである。運用者が社会福祉や公共政策を考えることはないしその必要もない。善人ぶっていても競争に勝てなければ存在する意味もない。まだ完成度は高くはないが質問1はほぼ達成しており、質問2は未達だ(資本が少ないと案件を取逃がすし、投資してもリターンが少ない)。だから15人のお客様にリターンをシェアしてさし上げる代わりに助けていただいている。それが150人、1500人となると手数料は増えるが技術やサービスが落ちるのでやらない。行列のできるラーメン屋がチェーン店にすると潰れるのはその本末転倒のせいだ。

悩ましいのは、そのポリシーで経営して事業に成功する自信はあるが、社会へのお返しという「人生のバランスシートの均衡」という動機とはどうしても矛盾が生じてしまうことだ。ノウハウは誰のため使うかというと「社会」ではなく少数の人たちだ。どうしてかというとアラジンの魔法のランプも幸福にしてくれるのは拾った人だけである。それが何万個もあって何億人もがお姫様やお城を手に入れるならランプの価値は無に帰すだろう。そして運用ノウハウを維持して合法的に使うためには相応の経費が掛かる。それを少人数で負担してもらうには、どうしてもお客様は富裕層になってしまうのだ。運用という行為に特許はないが、広く公開して皆が同じことをすれば利益は出なくなるという宿命を逃れられない。すなわち、その職業を選んでしまった以上、万人から愛されたり御礼をいわれることは諦めるしかないという結論に至る。しかし、いずれそれを後進に委ねる時は来る。そこで自分という人間の原点に立ち返ったなら何ができるんだろう?何をやりたくなるんだろう?来月は大いに「社会」を相手にする某社の顧問に就任する予定だが、ちょっと楽しみである。

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チック・コリア逝く

2021 FEB 15 19:19:20 pm by 東 賢太郎

さあLINNのプレーヤーKlimax LP12が家にやってきたぞ、何をきこうかなとレコード棚をしばし物色し、千枚以上ある中からチック・コリアの “シークレット・エージェント(Secret Agent)” をとりだした理由はさっぱり記憶がありません。確かなのは、それが2月9日の夜だったことです。

チック・コリアの訃報を知ったのは12日、ブログを書き終えたあとのことでした。ええっ、なんてこった!いつだ???

2月9日でした

こういうことは皆さんもあるでしょうが、 “Secret Agent” ってロンドンにいたころ、35年も前に買ったレコードですよ、ひょっとしてあれ以来きいてないんじゃないかな?そんなぐらいで、曲については何も覚えてません。なんでまたこれを。。。??

チック・コリアが凄いと思ったのはアルバム “Now He Sings, Now He Sobs” (1968年)で、これジャズに詳しい人はみんなほめてるわけですが、僕はどうだったかというとどんなクラシックより上かもしれないという驚き方をしたのです。そのショックでコリアをあれこれ渉猟し、La Fiestaは悪くはないな、ゲイリー・バートンのCrystal Silenceにぶちあたってこれだこれだと舞い上がったり、やがてElektric Bandなんてのに出くわしてあれれ?となり、かたやSpainなんて軟弱なので完全にわけがわからなくなるのです。Secret Agentはあれれの部類だったのでお蔵入りしたんでしょう。

まあ僕のジャズはこんなもんでフュージョンに入りそこねたのですね。おもえば我が高校時代、音楽好きで女にもてるというとロックかフォークが相場で、同じ西洋かぶれなのにジャズは暗いしクラシックは論外でした。楽器もできないクラシック・オタクは不遇で、ちくしょうとジャズに憧れたのもあります(笑)。でもジャズに行ってもおかしくなかった。というのは、どなたも音楽趣味の棲み家みたいなものをお持ちでしょうが、僕は “Now He Sings, Now He Sobs” やらいくつかの衝撃でそれをいっとき見失なって、本当はこういうのが本命じゃないかと迷った時期があったからです。

コリアのアルバムはほぼ自作ですし即興と変奏の名手であることは折り紙つきです。現代にモーツァルトがいればこうなったに違いないと確信してしまったこともあります。例えば、Steps-What Wasのピアノのモードなど和声を超越してドラムス、ベース三つ巴の対位法!の域に突入している。和声はあるが無機的な4度系であって意識から消え、唖然とするプレストに目がくらみ思考停止します。何が乗り移ったかという即興感みなぎる発狂レベルなんですが形もちゃんと整っているという、これってアイガー北壁のてっぺんの稜線を歩いたらこんなかというぎりぎりの均衡ですね、何度聴いても手に汗握るしかないです。

それでいてその後70年代からは硬派のフリージャズの道でも突き進むかといえばそうでもなく、『クリスタル・サイレンス』 等でぐっと和声音楽的でクールな抒情を漂わせる方向に行くのだからもったいないといえばもったいない。この多才さは功罪あったのかもしれませんが。

そのゲイリー・バートンのヴィヴラフォンとのデュオは管弦楽法の魔法のようなもので、1979年のCrystal Silenceのチューリヒ・ライブはホール・アコースティックとのブレンドが絶品で完全にクラシック的鑑賞を許す域に入ってます。会場はLimmathausとあり市内を流れるリマト川のLimmatでしょうが2年半住みましたが知らないですね、でも素晴らしい。

これが2008年にはこう進化してオーケストレーションが施され、原形をとどめぬほどクラシック化しています。ストラヴィンスキー並のカメレオン的変化ですね、それともピエール・ブーレーズのWork-in-progressのコンセプトと同じ思想があったのでしょうか。

電子楽器のサウンドは彼の音色感覚でオーケストラの色彩領域を拡大するものとして使われます。僕は素人だから間違っているかもしれませんが、それがジャズ・フュージョン・バンドのElektric Bandに進化したように思います。The Chick Corea Elektric Bandではこれが凄い、先祖返りした曲ですね。

彼がクラシックも弾くといって、ジュリアードに行ったんだから当然と思ってましたが調べたら半年で中退ですね。disappointingだったようです。まあ音大卒の人の何百倍もの偉業を成し遂げてますからね、ビートルズもそうですが技術は教育できても音楽はできないということでしょう。

それでも彼はモーツァルトもショパンもバルトークも弾いてます。Secret AgentにはバルトークのバガテルOp. 6 no. 4がそのまま入っていて、それが理由でCD化が遅れたともききます。モーツァルトはk.332Mov2を録音するほど愛奏してます。キース・ジャレットとのPC10はブログにしましたね。これです。

閑話休題 -ジャズとモーツァルト-

工房でPC24番を練習するビデオがyourubeにありますが、3曲とも僕の愛好曲ですし、k.332Mov2は自分でも弾いてますから他人とは思えんですね。

彼に音楽の垣根はありませんでした。深く共感します。僕もまったくないからです。こういうのを是々非々といい、ちょっと多めにクラシックを聞いてるぐらいの感じで、その中でもハイドンも良ければブーレーズもいい。チック・コリアとバッハを分け隔てる理由もありません。あるのは驚嘆すべき才能への畏敬かもしれません。

まだまだ僕は彼の音楽に追いつけてないので、追悼はしても付き合いはこれからです。人は逝っても魂は残ります。2月9日はそういうことだったんだと思うことにします。

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脳と宇宙の構造は似ている

2021 JAN 11 18:18:13 pm by 東 賢太郎

こんな記事がニューズウィークにあるよと教えてもらいました。

 

やはり、脳と宇宙の構造は似ている……最新研究(2020年11月20日(金)12時00分、Newsweek日本語版、松岡由希子)

<宇宙網と脳の自己組織化は、同様のネットワーク力学の原理によって形成されている可能性がある、との研究が発表された……>伊ボローニャ大学の天体物理学者フランコ・バッツァ准教授と伊ヴェローナ大学の脳神経外科医アルベルト・フェレッティ准教授の研究チームは、宇宙学と神経外科学の観点から定量分析を行い、銀河がつながる水素ガスの大規模構造の宇宙網とヒトの脳の神経回路網(ニューラルネットワーク)を比較した。

(同記事より引用)

 

これは僕が2017年12月10日に書いたブログです。

座右の書と宇宙の関係

 

「絵柄もそうだし、目ん玉のビデオまでついてますよ、パクリでしょ」

「科学者が真面目に研究してるようなことを素人が思いつくってのはたまにあるらしいよ」

「中身じゃないんです記事ですよ、”脳 と 宇宙” が似てるのとおんなじぐらい似てますが」

「あっそう、ならその人いいセンスしてるじゃない、うれしいね」

というやりとりでございました。まあどうでもいいね。

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若いタクシー・ドライバーさんとの話

2020 DEC 22 1:01:27 am by 東 賢太郎

タクシードライバーと雑談しました。まだ若い、30代半ば。「なんでタクシーやってんの?」「介護の事業やってるんですけどコロナで・・・」「そう」「介護タクシーもやりたいなって」「うん、いいね、事業やってんだな」「個人ですけど」「俺も個人事業だよ」。

「何才で独立したんですか?」「55だよ」「ええっ?ちょっと遅めですよね」「すごく遅いね」「きっかけは?」「元気だったから」「?」「元気がすべてだよ」「?」「だって経験が倍あって元気だったら負けないだろ?」

「きみゴルフやる?」「はい」「やるならシングルになんなさい」「お客さんは?」「なったよ」「どうやって?」「なりたいと思って練習したね。なってやめたけどな」「・・・」「でも仕事に生きてるよ」「遊びなのに?」「人生にも生きてるよ」「・・・」

「Never up、Never in.って言ってな」「なんすかそれ?」「届かねえパットは死んでも入らねえってこと」「なるほど!」「みんな努力はする。つまり人生でもパットはみんなしてる。でもほとんどの人はショートしてて気がつかないんだ。だから目的が達成しない、おかしいな、能力ないのかなってなる」

「わかります」「いや、きみはヘタなゴルファーだからわかんないの」「はあ?」「いい話聞きましたって、いくら頭でわかってもダメなの」「・・・」「だからシングルになんなさいって。スコアは正直だよ。なればビビビッとわかるよ。そうすると仕事にも人生にも使えるよ」

「俺はね、ゴルフはニギリでめちゃくちゃ負けたの。悔しくてコノヤローと思ったの。本読んでわかった気になってね、やると全然できない。また負ける。こうやんないとシングルなんて無理よ。だからね、頭でわかりましたなんてのはね、屁の役にも立たねえって、骨の髄までしみついてるの」。

「簡単な仕事もできない奴が大きなことできるわけないだろ」「はい」「9番アイアン打てないのにドライバー打てるわけないだろ」「ですね」「なのにみんなドライバーばっかり練習するの。うまくなるわけないだろ?」「ですね」「そういう人は仕事もダメなの、わかりやすいでしょ?」

「お客さん、お酒飲みたいです(笑)。お仕事聞いてもいいですか?」「いいよ、コンサルタントだよ」「なんのですか?」「投資」「経営コンサルじゃなくって?」「ああそれね、経営で成功できない奴がやるもんなの」「そうなんですか」「成功した人は教えられるなんて思ってないからね」

「投資コンサルですか、僕もなりたいなあ」「誰でもなれるよ」「どうすれば?」「なりたいと思えばいいよ」「思うだけ?」「思わないとなれないよ。それがNever up、Never in.」「はあ」「思うってね、半端なもんじゃないの。何を捨ててもなりたいって思うことだよ」

「どうすればいいか教えようか?」「お願いします」「儲けることだ」「・・・」「だって儲けてない奴の儲け話なんて誰が聞きたいの?」「なるほど、でもどうやって」「だからシングルになんなさいって言ってんの。おんなじだよ」「うーん、わかんないです」

「人間ってね、実は思い込んじまったことしかできないの。一生アホな思い込みで生きてて、それに気がつかないまま死ぬの」「そうですか」「それを変えてくれるのは失敗しかないんだぜ」「成功じゃなく?」「成功ってほとんどがラッキーなのよ。次に起きる保証なんてない。だから役に立たないの」「意外です」

「受験がそうでしょ」「はあ」「俺は模試で点がいいとカネ損したと思ったよ」「?」「赤点だとね、ああ本番じゃなくて良かったと。穴が埋まって合格率が上がるなって」「それすごいですね」「でもそうだろ?」「ええ」「だから失敗は得なのよ。でも赤点はダメって思いこみは中々変えられないの」

「でも失敗は怖いんで」「なに言ってんの?きみは若いだろ、特権階級なんだぜ」「?」「許してもらえるよまだ」「はあ」「恐れずやりまくるしかないだろ?すると失敗もたくさんするよね、それでプライドがズタズタになってつまらん思い込みが解ける。だから成功率が上がる」「いいですね、元気が出ます」

「いい?いい話聞いたよね?問題は、そこできみが本当にそれを行動に移すかどうかなんだ。99%の人は明日になったら忘れてね、居心地のいい思い込みの世界に戻っちゃう。だから何もおきない。つまりね、何事も、信じてやった奴が勝ちなの。ああ、そこの白い壁の所で止まって。ありがとう。がんばってね」

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かわいい子は谷に落とせ

2020 OCT 24 18:18:18 pm by 東 賢太郎

先日のソナー10周年昼食会は赤坂のLyla(ライラ)さんのお世話になった。和の素材と伝統の創意あふれるアンサンブルのフレンチは皆が絶賛であり、コロナ対応も万全だった。いい店だ。忘れられない昼食会になり感謝したい。

家では家族が祝ってくれた。10年無事に来られたのも家庭の支えあってこそである。家事はしないし愛想もないしでおよそ良い亭主、父親とはいえないから家族の眼にどんな風に映っているかは知らない。

それがこういうことだった。この日のために10年の歩みをまとめて作ってくれたアルバムの表紙だ。

アルバム

こいつみたいに強いと持ちあげてくれたが、ほんとうは、テレビでライオンの番組ばかり見ているせいだろう。

ところで、

獅子は我が子を千尋の谷に落とす

というがほんとうだろうか。這い上がってきたのだけ育てるというが、獅子とは中国の空想上の動物らしく、アフリカのライオンは実は子煩悩のようだ。本当に谷に落ちた我が子を母ライオンが助けてる写真がネットにある。

この故事は父に教わった気がする。這いあがるかどうかテスト中の子に明かすのも変だしそういうポリシーだったかどうかは疑わしくもあるが、たしかに子どものころ父には勉強を教わったことはおろか、ほとんどほめられた記憶がない。それどころか教えを乞うてもいつも「自分の頭で考えろ」であり「おまえの頭は何のためについているんだ」と説教まで食らうありさまだった。

あれはライオン式だったんだろうと思っていたが実はそうでもなく、高校になって野球や受験がうまくいくと父はほめてくれた。つまり、中学まではほめたくてもほめようがないほど僕が情けない息子だったのだ。小学校では虚弱でずっとクラスで背が前から2番目のチビであり、喧嘩はもちろん腕相撲は女の子より弱く、普通そういう子は勉強ぐらいはできて居場所があるのだがそれもなかった。要するに何をしても偏差値30代の最下層民であったから、どう見てもほめてやるものがなかったにちがいない。体格は仕方ないので勉強しか打つ手はなく、だから「おまえの頭は・・」になったのだ。それをしても中学受験に失敗した息子は谷底から這い上がって来ない子ライオンだった。

そこで傷をなめて救いの手を出さなかった父のお陰で今の僕はある。勉強にも生活態度にも徹底してうるさく、一切の愚痴も手加減も認めてくれなかったが、おまえはやればできるという一点にだけは揺るぎのない信用を感じていた。それを裏切ったらいかんと、最後は気迫でやるっきゃないと思わせる強いものがあった。あれは教育方針という紋切り型の理念のようなものではなく、子煩悩の本能的愛情でもなく、無産階級の子はそうしてやらないと幸せにならないという実戦訓から来たに相違ない。なぜなら17才で戦争となり大学に進めず、成績優秀で銀行には入ったが学歴の厚い壁があった。だから息子にはと、ああなるのは必然の親心だった。あとになって思うことだが、当時の父を誰かに喩えるなら、この人しかいない。まさしく書簡集に見るモーツァルトの父そっくりだ。

先日のこと、焼肉屋で他愛のない話をしていると、娘たちがあることを知らないのに気がついた。帰国子女だからときにそういう事もあると大目に見てきたが、今回はそういうレベルのもんじゃない。「いいか、おまえたち、それね、”くろ” は知らなくても “のい” は微妙だよ。”しろ” なら知ってるよあいつは確実に、そのぐらいのことだぞ」。

しろ先生

散々あれでもないこれでもないとやって、ヒントを2つ3つ出してやっと正解が出た。な~んだ、それなら知ってたよとなる。知ってたじゃないんだ。出てこなきゃ知らないんだ。

「これから呼び捨てはいかん。しろ先生と呼びなさい」

こうして僕は谷に落とす。

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大ダメージになった我が家の地下浸水

2020 SEP 7 13:13:59 pm by 東 賢太郎

「最近、投稿減りましたね」といわれた。実は豪雨による浸水で地下の音楽室がめちゃくちゃになり、ショックから立ち直れていない。LPレコード200枚と昔のプログラムが泥水に浸かってしまい、ジャケットは見る影もなく、音溝にも泥が入ってしまったからもうだめだろう。

突然停電があって、地域ぜんぶかと思ってしばらく待っていたらそうではなく、パティオの排水溝がつまって水位がポンプの電源まで上昇し、ショートしてブレーカーが飛んだ。その水が乾燥機のパイプから逆流して勢いよく噴き出すという信じ難いことが起きていた。息子が奮闘して水はなんとか止まったが、唖然としてモノが言えない。住建会社が夜中2時までかけてポンプを入れ替えた。家の機能的にはもう大丈夫のようだが失ったものは保険でどうにもならない。

200枚についてはもうふれたくないが、それぞれいつどこで買ったか覚えている自分史みたいなものだ。ジャケットとプログラムは一枚一枚べたべたの泥水を水道で洗い流し、消毒液でふき取り、居間一面に盛大に広げて乾かしていたら家中すごいにおいで中毒になりかかった。これで二日徹夜した。ドライヤーで乾かすのにもう二昼夜かかった。とはいえこんな程度のことでこれだ、岡山や広島や熊本の被災地の方の大変さが身に染みた。

悪いことに、仕事が佳境に入っているさなかだったからこたえた。がっくりきた。もう心身ともに無理がきかないことが良く分かった。

気の持ちようも変わった。もう、これからは健康第一しかない。あれもこれもできない。

ということで、そうなってしまっています。

 

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ランナーズ・ハイ

2020 AUG 7 17:17:48 pm by 東 賢太郎

4か月のステイホームで体重は増え、足はてきめんに弱った。ダブルパンチだ。スクワットどころか、立ち上がるのに膝が痛い。靴下を立ってはくのによろける。走りたかったがこういう時に限って梅雨明けが遅いのは困ったもので、7月24日にはじめてセミの声を聞いて、いよいよかと思ったらまた雨だ。

やっと外へ出られたのは29日だ。小雨の日もあったがもう無視である。そこから9日連続で毎日5~10キロは走っている。世間は熱中症がどうのと騒いでるがそれどころではない。4か月のツケは大きいのだ。体重は1キロしか落ちないし体脂肪もBMIもだめだ。もっとやるっきゃない。

例年だとこの時期は甲子園で気持ちがもりあがって自然に走るが、今年はそれもない。だんだん修行の感じになってくるが、昔からそれが苦手だ。トレーニングマシンでハツカネズミみたいに走るのは続かない。現役時代も、投手は鬼のように走らされるが、あればっかりは地獄だった。

そうも言ってられない、メタボは寿命が縮むぞという恐怖感から走ってるわけだが、9日目のきのう、妙なことに気がついた。走りながら「ちょっと眠いな」と思ったのである。そこの草むらに横になれば5秒で寝られそうだ。それどころか、このまま走りながらでもOKじゃないか?

それってランナーズ・ハイですよと言われてネットで調べた。たしかに、1時間も走ると脳内に麻薬のような快感物質が出て恍惚感にひたる人がいるらしい。どこまででも走れる気になると書いてあるが、思い当たる。ペースはすごくゆっくりではあるが、息も切れてないし苦痛は何もないのもそのとおりだ。

科学的な説明はよくわからないが、太古の昔、狩猟時代の人類に脳が与えた「ご褒美」だという説がwikipediaに書いてある。毎日走って獲物を追いかけさせないと餓え死にするからだ。その仕組みが、デブは早死にするぞと食いすぎの現代人を走らせてるなら皮肉なものだ。

昔から苦手と書いたけれど、高校、大学とも中距離(1500メートル)はクラスで一番だった。人生ベストである高校のタイムが5分15秒だ。しかし、このタイムで1万メートルを走っても35分ほどで、箱根駅伝の走者は30分ほどだからひと区間走れば10分も差がついてしまう。とうてい陸上はダメだったことがわかる。

しかし、レースが気温35度の炎天下ならどうだろう。夏が本番の野球部はけっこう強いと思う。その中で厚手のシャツとユニホームに紺の帽子までかぶって毎日7キロ走ったのだ。高校球児に熱中症など恐れる者はいない。65のジジイになっても、女房・娘は心配するが、40度あっても僕は絶対に倒れない自信がある。

きょうはZOOM会議を3つ、つごう4時間やった。頭はくらくらで倒れそうだ。仕方ない、じゃあそろそろ走りに出かけよう。

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それでも若者は旅に出ろ

2020 AUG 1 23:23:01 pm by 東 賢太郎

放課後に遠くまで出歩いて家に帰ってこない子供だった。何度も「お前は鉄砲玉だ」と父に罵倒されたが癖は治らず、ある日のこと、つい暗くなるまで遊んでしまって親父が帰宅してたらやばいと全力で走って帰ったら、警察に届ける寸前で近所が大騒ぎになっていた。高校まではおとなしくしていたが、大学に入るとアメリカに2度、西と東に飛び出し、どっちも1か月の雲隠れで家には電話もいれず鉄砲玉に戻った。海外に出る縁のある家系で、祖父はアメリカに野球をしに行って勤務は上海だったし、祖母の叔父は陸軍でドイツ駐在し台湾軍司令官を1年やっており、自分の鉄砲玉人生には見えない引力が働いていたと感じる。

当然、ステイホームは辞書にない。ZOOMで仕事が回ることがわかったが、執務する書斎が寝室でもあるからともするとステイルームになってしまい、それはもっと辞書にない。自宅がオフィス化してしまって寝ても覚めても仕事になり、気がつくと休息する場所がなくなっているのは困ったもので、僕は発想が命だから気分転換が必要である。そこで、危うくなったと感じるとジョギングに出る。多摩川は右へ行っても左へ行っても決まった道で飽きたので、近ごろは近隣の住宅街コースのほうが気に入っている。二子玉川方面に気の向くままに走るとだいたい5~10キロにはなり、ちょっとしたお出かけ気分にもなれる。

等々力不動尊

たとえば走って10分の等々力渓谷に日本庭園があり書院で休む。なかなかの風情だ。渓谷の底を流れる矢沢川沿いはこんもり茂った木々の谷間で昼でも薄暗く、気温も心なしか低い。およそ東京と思えぬ森林浴の遊歩道である。滝の横にある石段を登ると等々力不動尊だ。ここの境内に漂う密教的な雰囲気は高野山金剛峯寺で感じたものを想起させる。境内の椅子で心を無にする。落ち着くが、その理由を見つけるのは難しい。

もうちょっと走って第3京浜の先に広大な森のある小佐野邸、上野毛をもうすこし行って美術館のある五島邸がある。その先の瀬田のセント・メリーズ・インターナショナル・スクール界隈は外国人も多く教会もあって、そういえばチューリヒで娘をインターに入れたが、そこでは逆に我々が外国人でやっぱりこんな感じの高台だったのを思い出す。瀬田の国分寺崖線(ガケ)の上側沿いは、豪壮な家並みの佇まいが鉄砲玉のころ徘徊した成城と似た風情である。多摩川に向かって坂を下るとニコタマだ。僕が高校にあがった年に高島屋ができて洒落た感じになったが、昔は玉電の操車場と二子玉川園がある川辺の駅だった。

ここから川の下流にかけて、崖線の上側の見晴らしのよい丘には4,5世紀の古墳がたくさんある。遺跡好きなのでこれがまた魅力だ。世田谷区内に80基の古墳があるがいずれも多摩川沿いの高台か崖線の斜面上に位置する。野毛大塚古墳はこの中でも最大で多摩、川崎あたり全域の支配者の墓らしく大ぶりだ。もう少し下流の尾山台に来ると狐塚古墳があり、5世紀第4四半期造営とわかっている。さらに進むと皇后雅子さまの田園調布雙葉学園(でんふた)がある。白い校舎が美しいこの学校は急斜面の広大な崖一面を占めており、古墳に祭られる豪族の首長やカトリック教会の設計者と共通するジオポリティックな発想を感じる。学校は30mほどの高低差があり、近場で済ましたいときはこれを2、3周するだけで手軽にへとへとになれる。さらに行くと大田区になり、V9時代の巨人軍が使った多摩川グラウンドがある。

多摩川台公園からの眺め(川の右手が巨人軍グラウンド)

多摩川台公園は広々した敷地にやはり古墳がたち並び、古代豪族が選んだ土地だったことをうかがわせる。遊歩道のベンチから臨む富士山を背景にする多摩川上流の遠望は素敵で大好きだ。先祖を祭ったのだから1500年前の人もこの景色が美しいと思ったに違いなく、人間の美感は何年たっても変わらないものだと実感する。カンヌ、ニースを初めて旅した時もこれに似た景色に打ち震える感動があって、それから地中海のマニアになった。そうしたちょっとしたことに心を揺さぶられるのは旅の醍醐味である。

ここあたりが国分寺崖線の終点になる。登って田園調布駅へ向かうとここはここで著名人の邸宅が立ち並び、走りながら目の保養になる。以上書いてきた行程をお弁当を持ってきて散歩するだけで一日充分に楽しめるからマイクロ・ツーリズムのバジェット版といえるかもしれない。宿泊も食事もしないから経済貢献はなく、奨励しても政府にはありがたくないだろうがステイホームで鬱病になってしまうよりましである。ちょっとした感動は探せばどこにもあることを知るのは、人生をリッチにする最高の知恵になる。

コロナで旅行というものが難しくなり、ワクチンができてもウィルスが消えるわけではないから我々年配者にとっては恒久的にそうなるかもしれない。「リスクは減ったけどゼロではありません、それでも行きますか?」という時代になるのだろうか。とすると外国に行く前に当地のコロナ病床数の空き具合をいちいちチェックするのだろうか。「一度は行ってみたい」が旅の動機の大半とすると、僕は欧米もアジアも観光地はみな行ってしまったのがむしろハンディだ。ポートダグラス(豪)のシェラトンミラージュのあの部屋みたいなリピート型以外はもう積極的にリスクを取る気にはなれなくなってしまう気がする。

ただ、本稿の最後のメッセージとして若者に贈りたいことばがある。僕は大坂の2年半、海外の16年を足した18年半を「旅先」で過ごした。モーツァルトが人生の3割を旅していたのは有名だが、僕も人生の3割は旅だった。だから何が良かったということではない、なんとも面白い、エキサイティングで濃い人生を送らせてもらってありがとうということだ。旅先で知り合った家内がそれをすべて支えてくれ、子供もみな旅先で生まれた。仕事も、記憶に残るエポックメーキングなディールはみな旅先でやった。もし東京にずっといる仕事を選んでいたら、楽だったろうがこんな人生は100%あり得なかった。両親にとっては最後まで「鉄砲玉」だったが、感謝あるのみだ。若者は知恵を絞ってコロナを攻略しろ、そして、恐れずに、それでも旅に出ろ。

 

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