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カテゴリー: ______自分とは

本性は職業軍人的な理由(二・二六事件)

2020 JAN 20 1:01:38 am by 東 賢太郎

年末に屋久島へのトランジットで鹿児島空港で2時間できたので、付近にある西郷記念館に行った。幕末から薩長がガバナンスを握る過程は正に御一新(維新)だ。平安時代以前が天皇の地位争奪戦、以後が天皇を不可侵としたNo2の地位争奪戦と見れば日本史は分かり易いが、御一新は実は断絶であった。だから東京時代と地名で呼ぶことをやめた。大正、昭和、平成、令和は明治なる新システムの末裔だ。その確立は龍馬が薩長連合を推進して大政奉還が成ったことになっているが、英国の武器商人が龍馬を利用し薩長をそそのかして倒幕させたというのが真実だ。龍馬は偉人というより卓越した商社マンでありディール成立後は邪魔になって消された。西郷は新政府成立のギミックと薩摩藩士の義の狭間で自刃した。

西郷は初代・陸軍大将だが祖母の叔父は87代目だ。職業軍人を誇れない国になったが、彼はA級戦犯・巣鴨プリズン行きで無罪になるも二・二六事件黒幕として左翼やNHKから悪玉に祭り上げられており尚更だ。異論はあるが、それを言うと刑死した青年将校達に角が立ち、将校を立てれば殺された重臣達に角が立つから言わない。二・二六事件は乙巳の変、本能寺の変、明治維新と並ぶ日本4大クーデターで、その失敗が支那事変、太平洋戦争へと突き進む転換点となった重大事件ではあり、先祖がその黒幕に擬せられる大物ならむしろ自信をいただけるとポジティブに考えている。

東インド会社ジャーディーン・マセソン商会の長崎の代理人が「グラバー邸」の武器商人トーマス・グラバーである。同社は清国人を阿片で廃人にして暴利の交易をし、日本のシルクに目をつけて、開港した横浜にも進出した。僕は隙あらばとって食うぞというこの連中と交易した生糸商の末裔でもあり、明治時代に祖父が勤務した三井物産上海支店も日本陸海軍の特務部と組んで阿片を交易したように英国ビジネスサイドの家系でもある。皇道派の軍人とは処世観がおよそ相いれないが、この職業に就くことで調和している。僕においてプロ対プロのディールは仁義なき戦いであり、それに勝つこと=収益である。正面突破で勝てればいいが、だめなら相手をつぶすか場合によってはディールもつぶす。つぶすなら殲滅する。このことにおいて私情も血も涙もなくやってきた点、自分の本性は職業軍人的かもしれない。諫早の気丈な祖母は僕が小学校まで存命だったが、洋服姿は見たことがない。

 

人生の通信簿をつける方法

2020 JAN 2 22:22:10 pm by 東 賢太郎

新年の区切りということで、5年を節目にして自分の通信簿をつける話をしたい。それはユニクロの柳井さんのご著書「一勝九敗」(新潮文庫)にあったような気がするが、すごく前でよく覚えてない。題名からしてそれだろうと思う。

通信簿?いまさらそんなものいらないだろうと皆さまに思われそうだけど、この考え方には僕の発見した3つの利点がある。

利点① 【なんだ、まだそんなもんかと思える】

神様は平等に人間を創っていて、死ぬまでずっと不幸なんて人はいない。本当にそうかどうかは知らないが、そう思わないと落ち込んだ時につらい。1年1年で見ていると幸運な年や不幸な年があって、だから毎年お御籤(みくじ)をひくのだ。そこで5年をひとくくりで小説みたいに「章」と呼んでみる。1~5才が第1章、6~10才が第2章だ。若い人と会話していて「もう65才でね」なんて言おうものなら一気にジジイに見られ、自分もジジイに収まるのが楽ちんになってきてしまうだろう。それだけで老けこむ危険がある。そこで「僕のシステムではね、13才なわけよ。まあキミらにはわからんだろうけど」なんて煙に巻く。やってみていただきたい。わけわからんなりにジジイではないなと見られ、場合によっては若いですねなんて尊敬される。するとだんだん、ほんとうに俺は若い、なんだ、まだそんなもんかと思えてくるのである。

利点② 【なんだ、そんなに負けてもオッケーなのかと思えてくる】

そこで、人生の通信簿だ。ここまでの13個の章をふりかえって「〇」「✖」をつけてみよう。自分が嬉しかったり、楽しかったり、やった!とガッツポーズしたり、ほっとしたりはみんな〇だ。つらかったり、がっくりしたり、怒ったり、悲しかったり、まずい!と思ったら✖だ。そうして人生の幾多の思い出を振り返って、それが何才の時だったかを思い出してみていただきたい。そこで〇が✖より多い章を「勝ち」、その逆を「負け」としてみよう。すると、僕は勝ちが第4章、第8章、第11章、第13章の4つしかないことを発見したわけだ。

ほんとうだ。15才までは今みたいな図太さはかけらもない目立たない子で、ぜんぜん楽しくなかった。社会に出ても35才までは小さな成功があったと思えば大きな失敗、失敗で会社を3回もやめようと思った。気を取り直して頑張ったのでちょっと認められたと思ったら40代後半でまた失速。50代前半の移籍はツキがあったが、後半の起業からいばらの道でドツボにはまり、60になってやっと明かりが見えてきた。こういうのを七転び八起きというから8勝7敗ぐらいかなと思ったら4勝9敗の大敗人生であった。しかしそれでも、いま無事に生きている。なんだ、そんなに負けてもオッケーなのかと思えてくる。

利点③ 【還暦とか定年とか引退という概念が消える】

14章まである小説は短編ではない。いや、10章もあれば長編の部類だろう。何章まであるかわからない。還暦?定年?引退?そんなくだらないエンディングで小説が終わるはずないではないかと開き直れてくる。組織を辞めちまえば小説を書くのは人事部じゃなく自分だ。好き勝手に書いて〇、〇、〇・・・にしちまえばいいのだ。ちなみに、僕はサラリーマンを辞めるまでは2勝8敗だけど、辞めてからは2勝1敗だ。勝手に書いた〇もあるが、生まれつきの性格が一匹狼だから伸び伸びできたせいでもある。しかも規則性まである。第4,8,12±1の章が勝ちだから、次は第16章に勝つのである。でも80才だから今の仕事は無理だろう。じゃあ何か別なことをそこまでぼちぼちやるかなんてことになる。ひょっとすると、そこまで頑張って生きてるだけかもしれない。「生きてりゃ勝ち」ってルールで。

 

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アリと星(または観察と分類)

2019 DEC 25 0:00:27 am by 東 賢太郎

ファーブル昆虫記の内容はあまり覚えてないが、ハチとかサソリとかクモとかの弱肉強食物語だった。興味が出て裏庭で丸一日アリの観察をするようになった。土蜘蛛がエサを運ぶアリを捕らえて食おうとして、かわいそうだと踏んずけて殺してしまったことがある。実は蜘蛛の方がかわいそうだったりと子供は残酷だった。

自然とアリの「追っかけ」になった。小さいが動きはす速く、巣から出ると思いがけず遠くまですいすい行く。アリ地獄に飲まれるのも見た。黒オオアリ、羽アリ、赤アリなどいろんなのがいてのバッタの死骸の奪い合いのシーンは昆虫記の通りだった。ファーブルの尋常でなく微細な観察はなんとなく琴線に触れた。小学校にあがったころだ。

夜になると全天恒星図、天文年鑑、天文図鑑を手に星を見た。ぎょしゃ座エプシロンの伴星が太陽の2700倍大きい、クジラ座オミクロン星ミラは脈動変光星など尋常ならぬ事が書いてある星に興奮し目を凝らした。1等星20個の大きさや距離やスペクトル型などスペックを覚えて、あの星に行ったらこんなだろうと想像した。

長じて仕事にした証券価値の分析は、アリと星が株式になっただけだ。冷めた目で観察、スペックによる分類。まったくおんなじだ。日本だけで3800社も上場してるからやり甲斐がある。必ず上がる株はないが、尋常ならぬ事態からあまり下がらなくてどこかで大きく上がるかもしれない株はいくらもある。どれがいつ上がるかはわからないのでまとめて買って置いておく。

道楽になった野球観戦はNPB800人ほどの選手のスペック(従来の成績)からの乖離(尋常ならぬプレーや成績)の観察と分類だ。もう一つの道楽になった音楽は尋常ならぬ和声進行、対位法、音列の通常スペックからの乖離の観察と分類だ。どちらもアリと星がそれになった。

ということで、僕は観察と分類をして64年生きてきた。それ以外のことをまじめにやろうと思ったことは一度もない。今後もない。

 

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北朝鮮と韓国は孫氏の兵法をしかけている

2019 SEP 12 19:19:18 pm by 東 賢太郎

「メカ派」とは機械好きのことではない。原理に関心のある性向がある人とでもいう意味だ。5W1H なら Why? が支配している人である。

原理とは因果関係を紐解くことだ。自分が幼時からそれだったというのは、教育はまだされてないから遺伝にしか因果がない。しかし遺伝子は持っていてもどれが発現するか不明であり、両親には出てないものもある。

そこで近い先祖の発現ぶりを知りたいが文献資料がない。確かなのは、物理学者、軍人、商人がいた。彼らに出たものは自分にも出る可能性がある。自分のこれはどれだろうと考える。こういうのがメカ派の習性である。

商人になった。これが発現だ。それは先祖に発現したもののリピートである。そう考えるので、しんどい時も開き直って「できないはずがない」と気丈でいられた。死なない努力だけして時を待った。

軍人は縁がなかった。軍略は勝敗の因果関係の観察で孫氏もクラウセヴィッツも絵にかいたようなメカ派人間と思う。孫氏はたったいま4回目を読んでいる。前回までは実戦のキャリア不足で理解できてなかった部分が今回はわかる。

例えば文在寅氏は金正恩氏と一体で孫氏をやってる。そう見せないパフォーマンス(詭道)を交えて。兵法に従えば、北の核(守り)を固めたから攻めるだけだ。暴挙ではない。支持率を得て成功してしまうとトランプも篭絡する流れだ。

日本人は詭道を嫌う。ウソも百回で真実、ヤバかったら逃げろだが、これができない。潔くという武士道は不本意ながら考えたほうがいいかもしれない。それで一度大敗したわけだし、勝てば官軍というのもある。死なない方が大事だ。

日清戦争前夜を見る思いである。朝鮮がそうなるのは地勢的なことで水が下に流れるに等しい。そこで死なないように生きる民族がそういうDNAを保持するのは善悪を超えて誠に自然だ。文氏や韓国人をヘイトしても何の意味もない。

国家安全保障の話は別次元の問題だ。国民の生命と未来がかかっている。孫氏で来るなら孫氏で対抗すればいいだろう。矛と盾でどっちが勝つかは不明だが、孫は「長期戦は負ける」「不戦勝がベスト」と言っている。

メカ派に坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという思考回路はない。因果関係がないからだ。個人で知る限りでも、韓国には滅茶苦茶いい奴も、すごく切れる奴も、やさしい男も女もいる。それはそれ、これはこれだ。メカ派は常に是々非々である。

 

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人生あと20年だったら何をしますか?

2019 JUL 1 1:01:46 am by 東 賢太郎

高島屋へ家族で食事にいくと「二子玉川50年の歩み」とポスターがある。そうか、あれからもう半世紀になるのか。1969年だから中学3年だった。オープンの時に来てギターを買ってもらったっけ。いまや高級住宅街とされてるらしいが、僕の脳裏にあるニコタマなんてこんなもんだったのだ。

ただ、写真の奥の上野毛の丘陵はお袋が皮手芸教室を始めたときにビラまきを手伝ったが、古くから居並ぶ豪邸に圧倒された。富士山を望む多摩川沿いの丘陵の南西向き斜面は「国分寺崖線」と呼ばれる。成城学園からここを通って田園調布まで続いているが、その記憶があるものだから東京広しといえど国分寺崖線以外に自宅を構えようという気はからっきし出てこなかった。そのために働いたみたいなものだったかもしれない。

いまやこの先あと何年あるかと思うようになってきていて、もう50年前のように夢を持つほどはないのは確実だから、それなら自然に生きるしかないと思っている。仮にあと20年あるとして17万5千2百時間だが、あるかもしれないしないかもしれないものを長いの短いのと考えてもしかたない。要はその17万時間、何をして過ごすか、何で埋めるかが重要なのである。

先日、蔵前国技館で相撲を観ていたら高須クリニックの懸賞がたくさん出ていた。高須院長が砂かぶり最前列におられてお元気そうで、報道によると彼は癌だがこういっておられる。「ムダな健康の知識なんて必要ないよ。だって身体ってコンピュータみたいなもんで、不調だったら原因は身体がわかってる。それで『眠い』とか『これ食べたい』という信号を送ってくるんだから、それに従うのが一番いいの」。そういうことだ。自然に生きようというのは、頭で決めるのではなく体がこうしたいと欲するままにするということだ。

僕の場合べつに長生きしたいということではなくて、17万時間の効用価値を最大化したい。そうすれば、最後になって「いい人生でした、ありがとう」となるだろう。しかし、おしりが見えないのだから「いま」の効用を最大にしながら、いざ終わってみたらトータルで幸せでしたとするしかない。だから結論はこうなる。常に目の前にある「いま」の選択として、

①やりたいことだけやる

②それ以外はぜんぶ捨てる

の2つを同時にする。いつ何時もそう考えて行動する。そうすると義理、人情、忖度みたいなもので惰性でやってきたものはぜんぶ不要という結論になるのではないだろうか。自分で体を張ってビジネスをすると誰にも忖度などいらなくなるのだ。モノは捨てればいいし、つきあいたい人だけとつきあえばいい。

でも身体に従うと言っても、自分が本当はどいう人なのかは誰もわかるようでわからないだろう。社会生活にまみれて手垢がついてしまい、鏡を見ても仮面をかぶった自分しか写っていないからだ。例えば僕は何か日常のありふれた出来事を見て、たぶん何万人に一人もそうは思わないだろうという風に思うことがある。そう生まれているのであって遺伝子の仕業だからどうしようもない。

そこで他の何万人は「**ですよね」と当然のように同意を求めるだろう。こっちはちっともそう思わない。そういうことが嵐のようにあるのである。それでよく証券会社なんかでやってきた。我慢してきたのだ。しかし行動するにあたってはそんなのは無視して100%自分の流儀でしてきた。それでいまがある。つまり我慢など実は一文の値打ちもないということを証明しながら生きてきたのだ。お客様だって一文の値打ちもないことに熱心な人間のサービスを受けたいとは思わないだろう。

ただし、矛盾するようだが、よほどの実力がある人を除いて若い人たちはそれではいけないとも思う。そんな実力なんかおよそ無縁な僕は忍耐、我慢の何十年を生き抜いてきたのだ。世間は大人が動かしている。大人に受け入れられるには多大な我慢がいるし、そうならなければやりたいことはできないのである。やってみればわかる。自分流を通すのは非効率と裏腹であって、時間を空費するし、それで嫌われて挫折した人を僕はたくさん知っている。だから、我慢はしながら、いつか自由を手に入れるぞと爪を研いでその日を虎視眈々と狙えばいい。

もう狙うもののない人生は退屈だが、やりたいことをすれば退屈ではないのだ。そうやって17万時間(?)をアロケートしていく。物事を見て僕と同じ風に反応してくれる人はいないことが分かったが、仮にいたとしてもそれでこっちが面白いかどうかは未体験ゾーンなのでわからない。まったくもって面倒くさい人間だ。いま周囲にいてくださる多くの方々は少なくとも嫌でないということは確実なのだが、なにを面白いと思っているかは言わないで死ぬだろう。どうしてって、それが人生面白いからだ。

 

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毎日どうやって酔って楽しもう?

2019 MAY 7 1:01:11 am by 東 賢太郎

そりゃあ人に喜んでもらって、自分も喜びをもらう、人生こんないいことはない。うれしいことは楽しいことだ、まいにちそうなれる人生が最高じゃないか。でもまず人だ、自分からじゃない。人の喜びがおおきくなってばくだいなけいけんのないよろこびがやってくる。とにかく人に有難うって言ってもらおう。ごみひろいでもなんでもいいよ、それを毎日探すんだ。ひとつがふたつ、ふたつがみっつ、そうやって幸せはふえてく。するとどこかで幸せはおなか一杯になるよ、そこだ、自分のできることはそこまで。それ以上はいらないからね、あさ目がさめてそうならば、眠くなるまであるがままに過ごそう、何も考えず。

いま,つらいことを抱えている人はたくさんいる。ここにもそこにも、ぼくはしっている。つらいのはできることがないからだよ、誰も見てくれてないからだよ、ひとりぼっちでさびしいからだよ、それならば勇気を出してやってごらん、人に喜んでもらえばぜんぶ消えてなくなるよ。他人の喜びは自分の喜びのレシピなんだ。するとあなたはいつのまにか頼られているよ。それに気がつくよ。もっとつらい人がいることを知るよ。だから悲しんでいる暇なんかなくなるんだ。

やがて、時がたって、少し年をとって、そういうこともいらなくなる時が来る。僕は、清水ミチコさんの大ファンだ、だって喜びをもらえるんんだから。韓国のパククネ元大統領もファンだ。きっといい人なんじゃないかな、でもさびしいんだんだろうな、どうもああいう姉さんにはよわい。それをやってるのがこれだ、清水ミチコさん。いいじゃないか、もう3時間でもやってほしい。

おちこんだとき、ぼくはこれになぐさめられてる。笑いじゃないよ、こころにぐっとくるからまじめだ。ほんとにこんな姉さんいたらいいな、まいにち行くなあ、クネねえ、早く出れるといいね、いのってるよ。

そういやあ最近お見かけしないですね、小池姉さん。いやいや、そうじゃなかった、平成最後の金曜日かな、帝国ホテルでお会いしましたよね、経済同友会の懇親会でしたかね、とてもお元気でなによりで。そうそう片山さつきさんもお会いしたけどね、まあまだまだ小尼だね、小池姉さんのがタイプでございますよ、ほんに。

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ブログ総閲覧数300万の御礼

2019 FEB 7 1:01:45 am by 東 賢太郎

そう人様をエンターテインできる人間ではなく、ブログの総閲覧数が300万というのは人生で最も想定外の出来事のひとつです。音楽を愛される方が多いのでしょうか、もしそうならちょっとうれしくおもいます。

子供のころブラームスの交響曲第4番がちっとも面白くなくて、「あれは大人の曲なんだ」と敬遠してました。ところがハタチを過ぎても渋すぎで、「そうか、あれはお爺ちゃんの曲なんだ」となりました。30ぐらいになると少しわかってきて、すると今度は「4番は子供にはわからんさ」なんてほざきだしました。

彼がそれを書いたのは52才です。気がついたらこっちは超えていて、一抹の焦りを覚えたものです。そして先日64才になって、いやな予感がして調べたんです。恐れていたとおりでした、なんとブラームスは63才と11か月で死んじゃってるではないですか。

 

CMで「今年で還暦です」「ええ?お若いですね」なんてやってて、このお爺ちゃん俺より4つも若いのか(がっくり)なんてことが日常茶飯事です。でも、このブラームス博士より年上なのかというショックに比べればかわいいもんです。

 

 

 

 

 

「お父さん、ピアノ弾いてるとブラームスみたいだね」と長女が言うのは、もちろんうまいという意味ではありません。壁に飾ってあるこの絵に似ているという意味なのです(体形が)。

 

 

 

ブラームスが消えてしまった。巨星墜つというか、人生の里程標を失ってしまったなあ、次は誰にしようかなあと調べると、一番長生きしたのはたぶんシベリウスなんですね、91才まで。しかし彼も7番を書いて隠遁しちゃってる、それって59才なんです・・・。次はストラヴィンスキーだ(89才)、でも彼も晩年は枯れてますね。

元気なのは80才でファルスタッフを書いたヴェルディ、77でカプリッチョを書いたR・シュトラウスだけどあんまり興味ないなあ・・・。ブルックナーが9番をまだ書いてないぐらいかな(でも未完でしたね)。一縷の望みをかけた敬愛するフランツ・ヨーゼフ・ハイドンさん、最後の交響曲第104番「ロンドン」が63才の作品なのでありました。

ということで、幕はおりました。もうどうあがいても無駄でございます。こんな出涸らしにおつきあいいただいている皆さまには感謝の念しかございません。ほんとうにありがとうございます。

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ワインを飲みながら学生時代に帰る

2018 DEC 4 23:23:19 pm by 東 賢太郎

顧問のK先生とワインを飲みながら伊賀の影丸の話に熱中してあれこれやってるうちに「横山光輝は影丸を中性的に描いたのが偉い」という鋭いご指摘があった。「敵役は醜怪な面相ばかりで女性っぽいのが善玉らしい」と。なるほどと思ったが、さらに「由井正雪もね」とくるものだから感動もひとしおである。

先生は1学年上で非常に有能な官僚、政治家、大学教授、将棋4段であられるが、影丸で盛り上がれるうえに「サインは V !」の戦後世代的考察があり、団塊世代から見下されるわが世代を論じつつ「宇宙少年ソラン」と大阪万博の「こんにちは」はそらで歌い、古関裕而作曲の東京オリンピックマーチを唱和される(これは名曲だ)。

吸った空気は同じということだが社会に出るまでに乗り越えてきたものが同じということでもあり、そういう中においてなかなかこういう方は知らない。漫画を子供時代にそう見ているということは生身の人間もそう洞察してきておられる。わが身と似たものがあるのであってこういう部分で通じ合えるのは心強い。

通じ合えるというのは何でも話せるということでもあって、僕がここまで来たモチベーションは受験、出世のトラウマで今に見てろの馬鹿力だなど全部お話しし、狭い所がだめで飛行機も床屋もアウトでどう対処しているかなど「う~ん、けっこうめんどくさいね」となり、かなり酔って中村案件+ディズニーランド構想など経済産業省の規格外の大草案をぶってもなるほどとうなずかれる。

そこまで東北のルサンチマンなんてことから「東京もんだってある」となり、大阪赴任はカルチャーショック、『ええかっこしい』言われ、やってもないのに『にいちゃん、二度づけ禁止やで』だと反論、でもこれは言えない、言っても嫌われるだけ、でもいまや都鄙感覚は地理的ばかりじゃないとなり、ネット時代はどこにいようが知識で「都に勝てる」となり、地方創生は教育だとなる。

思い起こせば大学時代に下宿でこんなことを、はるかに低次元だが毎日のようにわいわいやっていた。いわば原点、心のふるさと。社会に出ると現実に締め付けられそういう馬鹿げた議論ができない。僕はそれを化石のようにまだ持っているが、誰もわからないから大変に寂しいし、ときに非常に疲れる。そこでアライアンスを組めた先生の存在は、精神の深い所で、実に大きいと思う。

 

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交響曲を書きたいと思ったこと(2)

2018 NOV 25 0:00:03 am by 東 賢太郎

ビジネスは弁証法的に進化する。それが利潤動機であり、資本の論理であると性悪説(かどうかは議論があろうが自分の立場からは)に立脚するのは人権に基づくプロレタリアート概念を創出したいマルクス経済学のイデオロギーに過ぎない。ロジックとしての弁証法に性善も性悪もないのである。マルクスは弁証法による唯物史観をとった。私見では宇宙はその原理で生成発展しており、宇宙の一部である人間社会がその原理で解明されてなんら違和感はない。

しかしそこには大きな論点の欠落がある。ビジネスは大阪弁の「オモロい」でも進化し、資本はそれでも成長することを大阪人でないマルクスは完全に見落としている。平等なユートピアはオモロい人を殺してしまうことは論じていない。そもそもオモロいことをしている人は「搾取されました」なんて争議はしないのである。オペラを受注したモーツァルトが残業代の計算をしただろうか。過労で倒れて労災申請をした大作曲家がいただろうか。

僕は365日休みはないし三六協定もないし土日も仕事している。事業主、資本家だからではない、オモロいからだ。だからオモロくなくなったらやめる。労働は悪だというのはキリスト教思想であって仏教徒の僕には毛頭関係ないが、もとよりこれは宗教、思想の話ではないという所が核心なのである。むしろ人間の生来の属性、ケミストリーであり、性格、生き様、信条、モチベーションの話であって、そういう類型化できないことを学者は採用しないが、その姿勢は実務家である僕にはまったくのナンセンスでしかない。

しかし、宗教であれ教育であれ人間の生来の属性を造り変えることは尊厳にかかわることだから無理だと思う。したがって、ここに必然的に、仕事が「オモロい」「オモロくない」で地球上の全人類は二分されるのだ。資本論は後者の人類の福音書であり、明示的には消えたが精神だけは世界の左派に残っている。特筆したいのはこの二分法こそマル経が予期せず生んだ『階級によらない人間分別法』であるということだ。マルクスは狩猟採集の原始社会が本来の平等社会(無階級社会)であって階級社会を克服した上で実現する無階級社会は極めて生産力が高く、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」としたが 「能力に応じて」「必要に応じて」の部分にこの二分法の用意がある。これを論理の穴と上げ足をとるか、さすがマルさん逃げ道あって頭いいねととるかは勝手だがどっちでもいい。

強固な持論として僕は「オモロくない」派は時給いくらで残業代をしっかりもらうべきだし、「オモロい」派は成果連動報酬で青天井スキームでやればいいと思う。日産のゴーン元CEOは明白に後者の契約だったわけで、それを前者と比べてけしからんというのは二分法からしておかしい。株主がOKといえばいいわけで、その株主を欺いたから拘留されているのだ(当面の理由としてだが)。野球でいえば球団職員がエースの給料が高すぎだと言ってるようなものでマスコミのマル経的たきつけに徹している観がどうも解せない。「高級マンション」がどうのというのも、高級かどうかが論点ではなく取締役会で決議したかどうかだ。しないと会社の金の振り込みなんかできるはずがない。なぜその時点でOKだったのが今は横領まがいなのか(本件は今後注視したい)。

ソナー・アドバイザーズは、基本的には、「オモロい」派だけの会社だ。「オモロくない」派は外注で足りる。なぜそうするかというと、ビジネスはマルクスの見落とした大阪弁の「オモロい」でこそ進化こそするという強い信念があるからだ。だから秘書にも費用は会社持ちで資格試験を受けてもらいバリューアップしていただいているし、会社の業績の進化に影響ない人は採用しない。これはラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)という経営哲学で、僕はダボス会議でGE(ゼネラル・エレクトリック)のCEOだったジャック・ウェルチから習った(既述、「伊賀の影丸経営」の原型だ)。

僕が法律と何の関係もない対位法や和声法の勉強をしていたのは大学在学中だ。「人の税金を使って学校へ行った」(麻生財務大臣)からけしからんことだったのは謝るが、それをしながら作曲家にはなれないと思い知ったのは効用だった。できると思ったのは写譜屋ぐらいで、それなら1枚いくら、1小節いくらで請求するだろうし時間外の追加料金も計算するだろうと思った。さらに意外だったのはオーケストラに労働組合があることだった。これが意味することは、つまり団員は堂々たるプロレタリアートだという厳然たる事実なのである。基本はオモロくない派の人々なのだ。

いやそんなことはない、音楽は私の人生だ、だから音大を出て生涯の仕事にしているではないか、という声はあるはずだ。それを否定する権利は誰にもないが、それは日産の工場で現場を支える方々がクルマが好きだから汗を流しているという主張とおんなじだ。トヨタは食堂にまで意見箱を設置して工員の声でカイゼンしているが、だからといって労働組合が消えたわけではない。このことはプロスポーツと労働組合との親和性の議論と照合すれば理解が容易だ。サッカー選手がPK戦になったといって残業代を請求するかということだ。NPBに選手会が存在しストライキをしたことはあるが賃金交渉には無力である。オモロくない派ならやめればいいではないか、やって成功すれば収入は青天井だよという世界なのだ。

理系頭脳のオモロい派である作曲家は労働組合を形成する労働者とは別の惑星の人たちなのであって、両者の間には「音楽への愛」で結ばれることができるはずだなどという宗教がかった博愛ユートピア思想では越えようもない二分法による深いキャズムが存在することを僕は大学時代に学んだ(東大が教えてくれたわけでないが)。だから、そこまで異星人ではないものの「オモロい」派には属する指揮者が作曲家の宣教師としてインスパイアして引っ張らないと良い演奏など出ない確固たる道理があるのだ。音楽をマルクス経済学的側面から理解したし、それを通じて現在の経営観に至ってそこそこ税金を払っているのだから遊んだわけではなかったと思う。

この視点に立つと、指揮者と経営者の役目は同一であるというドラッカーの経営学も肌感覚の裏打ちが持てる。会社を進化させる経営を僕は「オモロい」に求めるわけだが、それは業界に40年生きてきて培った信用と人脈を素材として交響曲をcomposeする作業であることは前回述べた。これを僕はcompositionの本来の思考形態である数学的センスでずっとやって来たしこれからもそうする。数学が計算だと思ってる文系の人に説明するのは時間の無駄だから一部にしか言わないが、そういうことだ。

(こちらをどうぞ)

オモロい人たち

安藤百福さんと特許

「伊賀の影丸」型組織論

 

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交響曲を書きたいと思ったこと(1)

2018 NOV 24 16:16:28 pm by 東 賢太郎

時々とてつもない願望がわくことがあって、大学のころ不意に交響曲を書いてみたいと思ったことがある。さっそく対位法、和声法、管弦楽法の書物を買い込んで受験勉強みたいに読んだ。大変まじめにやったと自負する。クラシックがクラシックに聞こえる秘密は対位法にあることを知ったし、機能和声の原理もそうなのだがとても数学に近いということは発見だった。というより、交響曲であろうとなかろうと、数学に必要な能力なしにまともな音楽を書こうというのはあり得ないことであろう。

一般のイメージでクラシックの作曲家というと、ひらめいた美しいメロディを書き留めた文人、詩人みたいなものだろうが僕はジェームズ・ワットやトーマス・エジソンやフランク・ロイド・ライトに近いと思っている。少なくとも理系である。文学や絵画や、音楽でもポップスは文系でも書けるが、クラシックの作曲(composition)は非常に理系的作業であって、モーツァルトもショパンも、文学青年のイメージとは遠く数学、音響工学に長けたエンジニアの基盤があって、そこにあの音楽が「降って来た」からナイスキャッチできたのである。

シンプルに書けばクラシックの作曲は「数の秩序」の支配する王国を作り出すことだ。数の秩序と人間の美醜の感覚は関連があり(これは神の領域で人は作れない)それが感動(聞き手の心の動き)の源泉である。楽音が周波数(ヘルツ)であり和声がその比率値であり、音の強さはデシベルであり長さは時間であるから、音楽の要素はすべてが数である。それに秩序を与える追唱、模倣、反転、シンメトリー等々のミクロ構成原理がマクロとしての形式論を形成するのはフラクタル構造を思わせる。

ダビデ像(ミケランジェロ作)

音楽はそれだけで美しいのであって作曲はだから絵画より彫刻、建築に近似するはずだ。フィレンツェのアカデミア美術館で見上げたダビデ像にはJSバッハのフーガの技法の均整を感じて圧倒されたが、あの感動に彩色は無用でありむしろ肌色に塗れば卑猥なものに貶めかねない。管弦楽法はヘルツを変えずに色を持ち込む技法であって、従って音楽の本質ではない。それはJSバッハの多くの曲に楽器指定がないことでわかる。フーガの技法をどの楽器で演奏しようがよいのはダビデ像があえて白色のままにおかれているのと同じだ(僕は或る調性に色のイメージが出てしまうが、そのこととドビッシーをきいてモネの絵を思い浮かべるような人がいることは別な話である)。という結論に至ったので僕はそれ以来交響曲をピアノで弾いてみる習慣がついた。僕のピアノは乙女の祈りやショパンを弾くためでなくブルックナーの9番などを探索するために存在する。ピアノリダクションを弾かないでスコアの構造を理解するということはよほどの天才でない限り難しいように思う。ショスタコーヴィチは管弦楽曲を聴くそばから頭でピアノに置き換えていたというが、それは作曲家なら誰でも普通のことだろう。

さてそこまで来て、作曲とはそういうものではないのだという至極根本的なことにも気がついた。僕の願望は、仮免でF1レースで勝てるだろうというほどのかけ離れた妄想でしかなかった。しかし逆説的ながら「書ける」と思ったことも事実だ。というのは「交響曲を書くノウハウなんてない」ということだけは分かったからだ。何であれ「交響曲」と表紙をつければその日から交響曲である。誰でも書く権利はあるし著作権だって取得できる。問題はそれが演奏されて世間が良い交響曲だと思ってくれるかどうか、それだけなのだ。

作曲する(compose)という動詞はcom-(いっしょに)+pose(置く)というラテン語が起源だ。「一緒に置く」である。音楽の能力がないならそれをビジネスでやればいい。演奏されて世間が良い交響曲だと思ってくれるかどうか?それはオンリーワンであるかどうかにかかっている。そう切り替えたらどうだろう。というより、幸か不幸か、頭の構造が元からそうなっているようで「これとあれを組み合わせると面白い」ということを寝ても覚めても考えているしそれが飯より好きでもある。

ビジネスでこれを第1主題に、あれを第2にという作業は字義通りcomposeすることに他ならない。この人とあの人でもよい。両方にコネクションがあるのはこの世で僕しかいない、ということはそれをすれば勝手にオンリーワンになるのである。それを発表したら世間は驚くだろうと思うとぞくぞくする。それを構想段階で他人に話して報われた経験はない。この人大丈夫かという顔をされるだけだから説明する意味もない。しかしそういうものほど価値があるのだ。僕は他人のすることをもう少し小賢しくやろうなどということには微塵の関心もない。

 

交響曲を書きたいと思ったこと(2)

 

 

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