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カテゴリー: 若者に教えたいこと

東大生が注目する就職企業ランキングに驚く

2021 APR 3 11:11:35 am by 東 賢太郎

【東大生が注目する就職企業ランキング1位は?–2位アクセンチュア、3位ソニー】

オープンワークは3月23日、「就活生が選ぶ、就職注目企業ランキング(大学別編)」を運営する就職・転職のためのジョブマーケット・プラットフォーム「OpenWork」で発表した。

同サービス内で22卒の学生ユーザーが検索した企業を集計したもの。今回は、東京大学2,656名、京都大学1,762名、早稲田大学5,272名、慶應義塾大学4,453名、MARCH(明治大学・青山学院大学・立教大学・中央大学・法政大学)1万2,450名を対象にそれぞれランキングにした。

(以上、2021/03/23付のマイナビニュースをコピペ)

 

「検索数多い」=「就職注目企業」かどうかは知らないが今どきの世の中だからそうと仮定するなら、野村総研の1位はともかく野村證券の東大5位というのは信じ難い。驚異だ。僕の頃、野村證券は早慶が各々3,40人の会社で東大の同期は5人しかいなかった(1人はすぐやめた)。狭き門ではない、証券はいまの言葉ならブラックのイメージがあって(現に入るとそうだったが)非常に、極めて、東大生には人気がなかったのだ。「銀行から証券への時代になる」と口では言っていたが言ってるそばから信じてなかったし、駒場時代のクラスでも金融に行くとなるとほとんどが安全第一で世間体も良い銀行にという時代である。かくいう僕も銀行員の親父にそう説かれて羽交い絞めされかかっていた。それが今や銀行は20位に入ってもいない。おそらく本筋の官僚志望にもその傾向が出ていると思料する(とするなら、政治に起因する国家の質を揺るがす問題の可能性がある)。なぜなら官僚の母体である法学部の人気に異変が起きている。2019年の入試で開闢以来初めて文Ⅰ(法学部)と文Ⅱ(経済)で合格最高点も最低点も文Ⅱが上だったと聞いて仰天したが、そんなことは当時あり得ない。この事実は東大生の方が「変質」していると解釈する余地がある証左だろう。

本ブログは東大生がかなり読んでくれているそうなので、以下先輩の親心で書いておく。大事なメッセージはというと就職は人気で決めるなよに尽きる。君ら株なんかやったことないだろうが、経済現象を理解するに株ほどいい教材はないし、そんな経験すらないのがいっぱしに経済を語ってコンサルですなんていわれてもね、僕なら5秒で坊やおとといおいでになるね。学校で教えないことが実は一番大事でしたというのが日本の悲劇の根源なのよ。騙されたと思って小遣いで好きな銘柄を買ってごらん。ランダムではなくちゃんと理由を考えてね。誰もが「いいね」「安心感あるね」「時流だね」という銘柄は見事にすっ高値だという確率が高いことをやがて悟るだろう。むしろショート(空売り)した方がいいと。就職もまったくもって、そうなわけだ。これは会社の問題ではなく、より重要な意味で、「株価」(valuationという概念での株価)の問題なのだと書いてわかるだろうか。例えば “超優良企業” が株価1000円なら「買い」でも、2000円なら「売り」になる。これが相場というものだ。その間に会社は何も変わってないのにである。相場においては会社でなくvalueを買っている。これが腑に落ちない人は民間への就職はやめておいた方が無難だよ。value、valuationとは何か?こんなのはその辺の本にいくらも書いてあるから説明は省く。

しかし普通の人は(東大生でも)そんなことすら知らない。ウブでオボコいとしかいいようもない。政府はもっと知らない。だからニーサをやれば国民の株式保有が進むと思ってる。自分が株を持ってもいない役人の考えることだ、あまりの能天気に笑うしかないが、株がこんなに上がると株保有の有無で国民のディバイドが歴然としてしまうから笑える問題ではない。簡単に書けば、みんなが良いと思えば当たり前の需給関係の結末で相場は上がるわけだ。しかし相場という概念が脳にインプットされてないからそれを見てますます確信をこめて2000円でも高い”超優良企業” 株を3000円で買う人がいる。驚くべき現象と表現するしか僕にはすべがない。我が国の就職戦線はそうやって動いている。人気があるから?そういう100%イロジカルかつ非本質的な情報で大事なことを決めるのはインテリジェンスがない人間だけだ(はっきりいえばバカ)。僕はいたるところでそう書いたり言ったりしてきた。でもね、それで気がついたんだが人間ハタチにもなっちゃうと知らず知らず自分の思考回路が確立していて、そこからはみ出した意見は理解はしても取り入れなくなる。頭がいいとかえって間違って固まるからもう始末に負えない。教えても無駄なのだ。勉強は大秀才だったのにそういう人は驚くほどたくさんいるよ、昔の超優良企業にね。

株を買うとは株主になることだ。就職するとは社員になることだ。株主になっていい事がない会社に人生預けるか?株は損切りできるが人生はできないよ。つまり、10年後には株価が10倍ぐらいになってるだろうと思う会社に入りなさいということだ。10年前のGAFA、Teslaがまさにそうだ、実感としてわかるでしょ。もっと言えば、その会社の成長の原動力を学んで盗んで、自分で会社作って儲けなさい。そのぐらいの気概じゃないと中国人にいい所をぜんぶ持っていかれるぞ。中国の学生トップレベルの受験戦争は日本の比じゃない。北京大、清華大に入れないセカンドランクの高校生がハーバード、スタンフォードに行ってる(日本と逆だ)。米中対立でアメリカ留学できなくなったからそれがどんどん日本に来てる。親はみんな富裕層で、カネを持ったら次は教育であり、マンションをぽんと買ってやる。高田馬場に10ぐらいVIP中国人用の受験予備校があって大盛況だ。昼は数学やって夜は日本語をやる(我々の英語に相当、ハンディじゃない)。猛勉強してすでに東大に何人も合格してる。院や留学生じゃないよ、我々とおんなじ入試で正面突破だよ、中国語で受けられるからな、ちょろいと思ってるんじゃないか。

君たちが30ぐらいになるころ、断言するが、日本国内ですら最強のライバルは中国人エリートになる。当然だ。あと7,8年で中国はGDPでアメリカを抜く。その世の中でそうならない理由などあるはずがない。そこで彼らは英語、日本語、中国語の完璧なトリリンガルなのである。需要がないはずがない。アジアで日本人だけが優秀なんて思ったら大間違いである、英語、中国語はおろか日本語の読み書きもまともにできない日本人なんて需要はまったくない。だから僕はこれから日本在住の30代の中国人たちと戦略的業務提携をすることに決めた。そしてもっと若い中国人エリートをどんどん高給でスカウトする。つまり、すでに彼らは君たちのライバルなのだ。株価の予測なんて習ってないしできない?ジョークだろ、それはとてもまずい。僕の周囲にいる中国の若者にそんな子は一人もいない。株式に対する興味は凄まじく、日本の難関大学卒で日本語は敬語を完璧に使いこなすレベルであり、ビジネスは僕の門下にいる。ゼミみたいなもんだが題材は実際に金が動く投資であり億円単位の企業買収である。「君は僕が30の時より優秀だ」と言っているY君は親御さんがスコットランドにお城を持ってるが、彼はそんなのなんとも思ってない(ここが日本の金持ちのボンと決定的に違うのよ)。40のころ彼の資産は1000億円にはなってるだろう。

そもそも君らはハタチにもなって失敗を知らないうえに世間でとーだいせーってちやほやされて、ものすごくそういうことにオボコいのだ。だからそのノリで就職して世間に出て社内の手練れのワル(どこでもいっぱいいる自分だけかわいい狼みたいな奴らだ)にひっかかるといいように手足にこき使われてしまう。受験で鍛えてるから仕事早いし正確だし徹夜する耐久力もあるし、なによりド真面目だ。学力の著しく劣る国会議員のアンチョコ書かされて貴重な時間を空費する官僚の諸君など本当に気の毒でならない。そこまでしても人間は可愛くなければ往々にして使い捨てにされて終わる運命にあるのは昨今の某省の事例でお気づきだろう。東大卒はプライド高いし一般にあんまり可愛くない。下手すると他大卒からいじめにもあう。だから賢い者は戦略的忖度という策に走る。それは方便として間違っていない。ところがそれが諸刃の剣で、バカが上に来て下手に迎合でもすると想定外である便利屋の評価が固まってしまう。そうするとそのまんまトシとってスーパー総務課長代理みたいになって人生を終わるなんてこれまた気の毒な運命になる。企業は東大生を一応は幹部候補生として採るわけだが、うまく育たずハズレになっても構わない。仕事はリライアブルでステイブルで給料は安い中間管理職の存在はありがたいからである(役員が楽できるからだ)。それも見込んで一定数は必ず採用する構図が出来上がっている。別に頭がいいからではない。つまり実はそうなっちゃう人が多いということの裏返しでもあり、出れば安泰なんて時代は僕の頃ですらとっくに終わっていた。

東大卒の肩書は爺ちゃん婆ちゃんが鼻が高いと喜んでくれる程度のもんで何の足しにもならん。世の中は甘くないと心得ろ。ハズレになりたくなかったら三国志を熟読することをお薦めする。古今東西共通、人類永遠普遍の「修羅場の原理」が書いてあるよ。君たちのアンチテーゼの元東大生による本ブログは人生をかけて書いてきて2500タイトルぐらいにはなった。東西の証券ビジネス最前線で40年戦ってきた思考のエッセンスだ、くだらない本に2000円も払うよりはましと思うよ。ところで、検索数5位の野村證券だが、ニューヨークでヤクザな韓国人が運用してるファミリーオフィスでマージンコールがひっかかって2200億円の損失計上するらしい。ゴールドマンら米系はうまく逃げた。記事の情報しか知らないが、アルケゴス・キャピタル・マネジメントのこいつは昔タイガー・マネジメントにいて大博打を貼るので有名な手練れの男だ。所詮は証券業はヤクザな商売なんだ、アホなヤクザはケツの毛までむしられるだけだよ(こういう手合いは手数料はくれるが危ないから僕は絶対に商売しない)。しかしまあ野村ともあろうものがプライムブローカーなんてフェイクで安直な金融業もどきでこんな奴のクレジットとるとはなあ、いい会社というかずいぶんオボコい普通の会社になったもんだのう。勘違いの東大卒だらけになって沈没しないといいが。

 

情報と諜報の区別を知らない日本人

 

 

 

 

すべての悩める人への万能薬

2021 MAR 23 13:13:29 pm by 東 賢太郎

なぜ、かように奇怪な物が自宅の仕事机にあるかを人に説明するのは難しい。というか絶望的に無理である。あえていうなら、これは薬であるということになるだろうか。

好きな色は金と銀であり、幼稚園で使っていたクレヨンはこの2色だけがすぐに短くなった。光り物好きは母親譲りであるが、自分の生まれつきの色に対する感覚に世界にきっと自分しかいないだろうと想像するものもある。

とにかく、これがあると、気持ちがハイに前向きになる。凄いことだ。すなわち我が社の収益のかなりの部分はこれが生んでいるわけで、駄菓子屋で300円で買ったこれの本源的価値(Intrinsic value)は数億円にのぼると推定されるわけである。

そのことは、金貨チョコレートを混ぜることで、より鮮明に表現されるだろう。

会社のほうはというと、デスクはUSMハラー社の、全面がレモン色のガラス製だ。スイスから輸入した。なぜかというと、子供時分にヴィックス・ドロップに魅せられたからだ。アメリカから入って来たばっかりだったろう、駄菓子とちがうオシャレ感があり、味も気に入っていた。それを「薬だから」と止められたからまずかった。テレビCMで小鳥が嘴で三角形のこいつをくわえてるのが目に焼きついていて、ついに母の目を盗んでぜんぶ食ってしまう。もっと幼いころ、浅田飴でも前科があったらしく、大変なことになった。

それはアメリカで買えなかったビッグマックがいまだに高級食材であるのと似る。ヴィックスはたしかオレンジやハッカみたいのもあったが、レモン専門だったのでハラーの机が材質もろともそれに見えた。するとアドレナリンかエンドルフィンでも分泌されるんだろうか、それとも糖質が回った気になるんだろうか、とにかく頭が冴える。チェアはこれまた鮮やかな太陽のオレンジ色であり、周囲の壁も地中海ブルーと黄色に塗り分けてもらった。社員の皆さんには衝撃を与えたろうし値段も半端でないが、これがまた金銀と同じく絶妙の効果を及ぼし、そう思いこめるだけでも幸せだなあと感慨にひたらせてくれるのである。

人間も所詮は動物であってヤル気に「点火」するには色彩が効くことは検証されている(牛が赤い布で興奮するように)。コーヒーの香りが購買欲を刺激するという実験結果もあり、また、どの音楽がどう人の情動に効くかについて僕は多少の知見を持っている。五感は人を支配していると思う。そういうものすべてを総合して「薬理効果」だと考えれば、クスリをうまく調合することで自分自身のメンタルをけっこうコントロールできるようになってくる。一番難しいのは怒りと嫉妬とされるが、それとて今はうまく抑えることができる。それにはまず、自分に何を見たり、聞いたり、嗅がせたりすれば自分がどう反応するという因果関係を知ることである。

多くの宗教家や智者はそれを目指しているように思える。例えば、老子は『人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり』(知人者智、自知者明)と説いている。他人を知ることより自分を知ることのほうが難しいという意味だ。この言葉は好きで、そう信じて生きてきたし、66にしてついにその境地に達したと書けば格好いいだろう。しかしそうではない。僕の場合、自分がどういう時にどう思考・行動しがちか(時に馬鹿か)は概ね学んでいるつもりだが、それは完全な法則ではなく、たぶんこうなるだろうが、なってもびっくりはしないという程度のものだ。ましておや、「だから他人もそうだろう」と思ったら大ハズレでしたという膨大な失敗の山の前には気の利いた言葉すら出ないという無残な現実が目の前に横たわっているのである。

今の僕の境地を素直に書こう。「自知」も「知人」も難しい、いや、というより、どっちも不可能なのである。老子の言い分を逆にしてみればわかる。自知者明、知人者智(自分すらわからない者に他人を知ることは無理だ)となって、これをしたり顔で説いてごらんなさい、誰しもが「昔の人はいいこと言うね」「だよね」と酒の肴ぐらいにはなれてしまうだろう。それはAならB、BならAであるということであり、つまりAとBは等価(同じ集合)であり、何のことない、よく考えるとA=B=0(不可能)だからそれが成り立っているだけだ。「木星も行けないんだから土星は無理だよね」「土星も行けないんだから木星もね」「だよね、だよね」ってなもんで、八つぁん熊さんである。老子様に何を言うか、不遜な奴めと思う方はぜひ最後までお読みいただきたい。

老子のご説を疑う者は2千5百年の間に出現しなかったとは思わないが、信者の多さが勝っただろう。僕がとりわけ天の邪鬼であることは認めるにしても、諸子百家は自身が大王であったためしはなく、多くが権力者に召し抱えてもらいたいモチベーションを持った遊説家であったことはどなたも認められるだろう。大王はみな闘争に忙しい。仮に天下を取ってもいつ寝首をかかれるかも知れない。そういう人は俺様=天下であって、自らを知ろうなんて悠長なことは普通は考えないのである。だから諸子百家や諸葛孔明やマキアベリに顧問のポストがあったのであり、大王は「猿でもできる帝王学」なんて本は書かないから顧問の進言のほうがむしろ成功に導いた名言だったとマーケティングされて後世に残っていくのである。

「江夏の21球」というのがある。自身があれを積極的に語ったのを見たことないし、マウンドにいる投手は大王であり、必死に投げてる者がいかに大投手とはいえそんな意識があろうとは思わない。彼はぽつりとスクイズ外しは「神業」と語った。つまり無意識に体が反応したのが本音だろう。それが球界の伝説に祭りあがり、wikipediaに21球全部の詳しい解説までついた。そんな「こっぱずかしい」ことを彼が語ったとは、賭けてもいいがないと思う。その手のものは、野球をやったことがない人だけが書けるのだ。江夏がどこかのコーチになって21球を教えようたってできるはずもないから、市井の人の酒の肴以上の価値はない。大王と顧問の関係はそんなものである。顧問は本を書いて人生訓にまでして儲ける。二匹目のドジョウで「岩瀬の13球」まで出てしまうのである。

経営者というのは会社の大王である。その意味はというと、偉いからでも人事権があるからでもない。全面的にリスクを取っているからだ。やってみればわかるが、その人にとって経営学の大先生の本やコンサルなんてものは微塵もあてにならない。大企業になって、椅子だけになった社長ポストに座って、企画室のような他人にアイデアをもらっているような人はただの「組織の通過体」であって、そんな組織のできた会社はすでに終わったに等しい。政治もそうだ。「秘書がしたことです」なんて輩は全面的にリスクを取る腹も能力もない人物で、つまりサラリーマンの大王ではあっても真の大王ではなく、企画室長におまかせの吹けば飛ぶような社長と実は同格の人材である。

「自分を知りなさい」と大王に説くのは奸計だ。そんなことを忙しい相手は知らないから智者に見える。そう見せられるタマかどうかだけが一流二流の分岐点ではある。首尾よく雇ってくれれば「閣下はまだ自分をご存じない」「ご慈悲をなさい」とマインドコントロールして利益誘導する機会が手に入る。失敗しても打ち首にされないヘッジもできる。「まだ自分の美しさに気づいてないんだね」と言われて嬉しくない女性はいない。だから古代中国に限らず爺殺しのセールストークでもあり、猟官活動に明け暮れたモーツァルトもオペラ「皇帝ティトの慈悲」を書いたし、秀吉は信長をこれでたらしこんだと僕は見ている。老子のご説の真偽は問題でない。ただ老獪と思うのであり、人間の性を鋭く突いているから正体不明でも25世紀の長きにわたって語られてきたのだと納得する。

他人など知る由もない、自分を知ることも不可能だ。僕がそう確信しているのは「宇宙ディズニーランド」説の信者だからだ。それはここに書いた。

見えている現実はすべてウソかもしれない

たまたま乗ったスペース・マウンテンの車両構造やスペックなど乗りながらわかるはずもないし、まして他人のなど調べる術すらない。だからA=B=0(不可能)以外の何物であるはずもないのである。老子様もショーペンハウエル様もイギリス経験論も、万物はこの宇宙の真理のしもべと考えるのがすっきり気持ちよく生きていくための万能薬だ。

キャリアの集大成期がやって来た

2021 MAR 18 10:10:32 am by 東 賢太郎

先週金曜のディナーからのことで眠れない。仕事の大きな進展であったのだが、にわかには咀嚼し難く心中は動転した。間違いなく千年待っても2度とない機会で断るという選択肢はない。いよいよこんなものに取り組む時がきたのかと打ち震え、そこからいつ寝たのか、寝た心地もないのでわからない。

昨日はその打ち合わせが午後まであって、どっぷりと疲れてしまった。忍耐力も集中力も落ちたものだ。天気も良いしぶらっと多摩川に散歩に出ることにした。家にいると精神がもたついて、いい発想が出ない。どこへ行くあてもないそぞろ歩きだったが、気がつくと多摩川台公園に足が向いていた。

川沿いの遊歩道は人気の桜並木だ。開花はまだだが、うららかな陽気と春風が肌に柔らかく心地が良い。この感覚、はっきりとしたデジャヴがあった。昭和50年3月20日、大学の合格発表のあと、嬉しいということもなくこんな空気の中を漫然と歩いていたのを肌が覚えている。あれはいったいどこだったんだろう?

公園の川べりに露天の駐車場があり、その先に石のベンチが3列に並んでいる。傍らを進んで見ると一番後ろに若者が前かがみに腰かけていて、足元に犬がいるように見えた。あれ息子かなと思ったがそうではなく、犬はいなかった。視界を邪魔しちゃ悪いなと思い、川寄りのベンチのはしっこに座ることにした。

ここから見る景色はおなじみだ。10年まえ、仕事がまったく取れず、通帳の預金残高がみるみる減っていった。鬱々としながらあちこち電話をしたのがこの場所であり、焦り、恐怖とセットの心ざわめく情景である。先日来の案件を巨象とするなら、あのころ必死に追っかけていたのは蟻んこみたいなものだったが。

その景色の川向こうは川崎市で日ハムの球場があった。武蔵小杉のタワマンがにょきにょきと聳えており、東急東横線のその先が日吉だ。多摩川は大雨による増水で下水が逆流したり大事になったが、その対策なんだろうか、対岸は護岸工事をやってフォークリフトが4台も土手を掘ってはダンプが土を運びこんでいた。

ふと振り返ると、若者の姿がない。あれっと思った。ほんの数分のことだ、立ち去る音もしなかったしおかしいなと三方を見渡したが影も形もない。

実はここは保守派の評論家、西部邁氏が2018年に入水自殺した場所である。例の増水で地形はやや変わってしまったがロープをひっかけた樹はかろうじて残っている。その5年前には、左手に見える丸子橋からウクレレ漫談の牧伸二氏が飛び込んで入水している。そういう所でもある。

右手に歩くと旧巨人軍多摩川グラウンドで大学生が打撃練習をしていた。しばし外野手の後ろから打球を目で追っていたが、視力は1.2あるはずなのにあがったフライが全く見えないことに気がついた。そうか、それで若者も見えなかったんだろう。あたりはカラスがたくさんいて、忍び足で寄るとぱっと散った。

V9時代の巨人軍選手が立ち寄ったことで有名な小池商店は開いていた。家内がズボンのポケットに800円入れてくれていたのでおでんかラーメンでもと思ったが、前に立つと気が進まずやめた。何をしようと、ちっとも気が乗らない。やっぱり、頭はそれでいっぱいなのだ。

知る者は誰もそう思っていないだろうが、僕は仕事においてジェネラリストでなく、限りなく細かくて微細なミスも見逃さないウルトラ専門職である。それをやりこなすイメージぐらいはできているのは、他人には説明し難いが、純粋に技術的な観点に照らしてのことだ。

それが何の役に立つんだと長らく自問して答えが見つからずにきたが、そうか、これをやるための40年の道のりだったのだ。この案件は僕にしかできないだろうし、信頼には報いたい。これが我がキャリアの記念すべき集大成になり、人生も会社も様変わりになり、後になって語り草になる1年がやってくるだろう。

そこから先は先週お会いした斯界の先達のご進言どおりだ。どんどん増えている子供ぐらいの年齢の新しい仲間たちを見守り、仕事をバックアップしながら後進として育てることに専念しよう。みずがめ座と九紫火星の占いは当たってたんだなあと思う。

 

 

我が経営の鉄則は「信用資本主義」

2021 MAR 11 18:18:47 pm by 東 賢太郎

年末年始に皆で苦労した甲斐あってビジネスは3月に入って急展開。先週は大きなMTGがリアルで2つあり、案件が9つ立ち上がった。6月に東証一部企業の顧問就任も決まった。ここから1,2年はそれらを仕上げるのに心血を注ぐことになるだろう。

9つのうち純ドメ(日本で完結)案件はひとつもない。どれも日本と英・米・中・韓・スイスのどれかにまたがる多国籍案件であり、コンサル、貿易、株式投資、ゴールド、仮想通貨、IPO準備などだ。その5か国は僕が何年も住んだり深く関わった思い出深い国々で、ここが我々の絶対の強みである。

以前に「信用資本主義」とブログに書いたが、社員9人のソナーが9個の仕事を同時にできる秘密はそこにある。信用の輪によって動員できる別動隊があるので足りないメンバーは都度補充できる。だから僕の守備範囲内の案件なら受注して問題ないし、各チームのメンバーが活躍し、公平に利益分配にあずかってハッピーになるようにすればいい。それが信用の輪をさらに広げるのだ。

ゼネコンを思い浮かべるかもしれないが、別動隊は下請け、丸投げ先の存在ではない。彼らはチームにおいてソナー社員と同格のメンバーであり、僕もメンバーの一人であり、案件執行は万事がソナー・クオリティで行われる。手抜きなど言うに及ばず、低品質のサービスが嫌いなのだ。

9つのオーケストラを同時に指揮するのはチャレンジだが、数えてみるとサラリーマン時代に30人以上の組織を5か国で9つ指揮したことがあり、そこそこの老練指揮者の部類だ。まったく不安はない。これができる人はそうはいないから、ソナーの仕事はブルーオーシャンでありつづける自信がある。

今回の案件をやる人達と知りあったのはサラリーマンを辞めてからで、15年前の人も8年前の人も去年9月の人も先週の人もいる。ご縁は化学反応だから古い新しいは関係ない。反応は化学式によってするかしないかだけで、するならお会いして瞬時だし、しなければ千年たってもしない。15年前の人とは15年間はなかったが、彼が急成長して大きな反応が起きた。面白い。

サラリーマン時代に多くの方とお会いしているが、それはご縁というよりリレーションだ。大企業の名刺と肩書が呼んだものだ。起業して、それはもうないのだから空虚なリレーションにすがろうという気はなかった。むしろソナーという誰も知らない名刺で出来たご縁は僕にくっついているものだ。それをたくさん作る方がずっと頼りになると信じて10年そう行動した。

ご縁がたくさんできてくると、今度はご縁同士のご縁を作る作業が可能になる。これは実に創造的で、ぞくぞくするほど魅惑的なプロセスである。どちらも僕固有のご縁だから競争者など現れるはずがない、つまりこの点においても100%のブルーオーシャンなのである。それが転がると雪だるまとなる。さらに坂道を自分で転がって、ソナーの成長のドライバーとなるわけだ。

これが「信用資本主義」と名づけたものである。信用は企業の資本である。ない人に別動隊の動員は困難で、やっても足元を見られて高くつく。仕方なく社員にするともっと高くつく。しかも案件がない時は遊びの人材を持ってしまう。これからの時代、そういう経営は自らに足かせをつけ、競争力を失うだけである。立派な本社ビルや社長室も同じ理由で全くの無駄である。

僕はまだまだ道半ばだが、大企業の信用は必要としない人間だったことを証明しつつある。このことは何らかの特別な努力の結果ではなく、親の教えに従って真面目に生きてきた証だと思っている。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

飲み会を絶対に断る男

2021 MAR 3 1:01:46 am by 東 賢太郎

証券会社から銀行に移籍してなるほどこれは違うと思ったものがある。母体が銀行といってもやってる業務は証券だ、ここでそれということは本丸では相当な差があろうかというもの。飲み会だ。

銀行員と証券マンは違う。「東くん、君らはファンファーレから入るけどね、僕らはお葬式から入るんだ」と教えてくれた役員さんは、証券マンほどお葬式の翌日から入る人種はないことをご存じなく証券業に入られたという意味でとても銀行員だった。各所で飲み会をしていただいて有難かったが、商売や人生の基本原理がまるで別物だから犬の集会に猫が一匹まじったみたいなものである。

「いいネクタイですね」。猫は毛の色まで珍しい。お酌をくれながら「野村だと毎日でしょ?」「いや、僕は年3回ぐらいですかね」。シーンとなる。大学で全優だったんだろうなという感じの女性からおそるおそる「あのう、ニバンゾコって何ですか」とあさっての質問が飛んでくる。「チャートで二番目の底です。僕もよく知らないんですよ、何の意味あるのか」。禅問答が10秒で終わる。まあこんな塩梅であんまり酔いが回らない。それなりの酒宴の在り方は面白くはあったがネクタイはちまきの宴会部長は1年待っても出てこないだろう。

驚いたのはそれだけでないが、もっと驚いたのは、「そんなものはいいんだ、ここは証券会社だ、そのために来てもらったんだから君の好きなようにやってくれ」といわれたことだ。後に社長になられる横尾常務(当時)だ。これを男冥利といわずしてなんだろう。31年サラリーマンをやって一番高揚感を覚えたのはこの時だ。自分をほめてもいけないが、モチベーションが上がると猫が豹に変って気がつくと自分でも信じ難い結果が出てしまっていることが幾度かあった。この時もそれだ。

そういわれたからといって証券流飲み会を決行したわけではない。なぜなら興味がない。若いころ盛大にしていたのは仲間と群れる時間が潤滑油として必要だったからだが、麻雀がわりのカジノと土日のゴルフの方がずっと多かった。それをここでやるわけにもいかず、結局120名の部下とは仕事現場でのつきあいだけで潤滑油はなし、しかしそれでうまく歯車が回ってしまうのだから銀行の組織力は大したものだと感嘆した。野村の組織力も強いが、人的つながりに依存するのでどうしてもプライベートで腹を割っておく必要があった。

サービス業でなく研究者のような就職をしていたら良かったと時々考えることがある。理系だったら本性のまんま「飲み会を絶対に断る男」で通して楽だった気もする。しかしそっちの世界はもっとヨイショが必要だよという声もあるので上司の不興を買って討ち死にしてた可能性も高かろう。たまたま入ってしまった証券界で生き延びたということは本性をかなぐり捨てて妥協してきたからである。そして、ということは「飲み会を絶対に断らない女」とあんまり変わらないのではないかという結論に至ってしまうのである。

総務省No2まで昇りつめた山田真貴子氏は「断らない女」を妥協というより功利で積極的に演じたのではないか。それはそれで生き抜くための立派な戦術だ。サラリーマン道では僕より一枚も二枚もうわてな人なのだろう、何事であれ達人には敬意を払うポリシーだから悪いという含意はないつもりだが、しかし、自分の人生もそれだったとなると全く認め難いものがある。妥協していたのは認めるが、野村から出たのはそれをもう一切しないという決断であり、そんなことをせずとも力だけで評価してくれたみずほ証券には心よりの感謝しかなく、もちろんその力を涵養してくれた野村は棺桶に入るまで「我が母校」である。

おかげ様でいまや「飲み会を絶対に断る男」にすっきりさっぱりと回帰し、達人の仕事をしてくれる部下、仲間たちと楽しくやっている。敵味方なくファインプレーが出れば達人だねえと愛でる、仕事でも趣味でも完全にそういう人間に生まれついていたのだということが自分でよく分かってきた。達人だなあと思う中身は年齢とともに変わっていくことはあるが、あの誰も抑えられなかった王貞治選手をワンポイントで三振にとる大羽進投手は凄いと小2でカープファンになった素地はそのまま三つ子の魂である。

だから、これからのビジネスもそうなのだと考えている。長年白人と仕事し、白人社会で生活してきた。でもそれが三つ子の魂ではない。そのことはスイスから異動になって香港チェクラップコク国際空港に家族と降り立った時、不意の衝撃として天啓の如く悟ることとなった。空港の雑踏でもみくちゃにされて周囲を見渡すと、みな髪の毛が黒いということだ。当たり前ではないかと笑われようが、まるで別な惑星で異星人の集団に取り囲まれたような気分に陥っていた。しかも、鏡を覗けば何のことないそこに写る自分はその異星人なのだ。不思議の国のアリスが目が覚めたとき、きっとこんな気分だったにちがいない。

そんなばかな、大袈裟なと思うかたには、少なくともまず欧米のお好きな国で14年の歳月を過ごしていただき、ある日突然の電話で「次は香港に2年半住みなさい」と有無を言わさず命令されていただく必要があるだろう。ノムラ・インターナショナル・香港のでっかい社長室に次々と押しかけてくる人達にそんな気分を微塵も悟られぬよう注意を払いつつ、何日かはアリス状態から頭が切りかわらない。さらにもう幾日かを経て、恥ずかしながら初めて悟ったことといえば、いかに自分から日本人目線が抜け落ちてしまっていたかということ、そして、日本人が東洋人の一部だという意識のかけらもなくボ~っと生きてきたのかということだった。

三つ子の魂は日本にあるに決まっている。しかし自分は東洋人だから香港です~っと吸い取り紙にインクが浸みこむみたいに受け入れてもらい、500人の部下とパイチュウで倒れるまでカンペーカンペーの飲み会をする必要もなく長年そこにいたかのように仕事ができた。中国や韓国やベトナムのビジネス慣行はとんでもなく違っていて失敗もしたが、東洋人という最大公約数から糸をたぐっていくうち何がなぜどう違っているかが分かってきた。日本人だって、東京人の僕に大阪の文化は驚天動地だったじゃないか。この発見は非常におおきい。なぜなら証券ビジネスという心理の機微や綾が非常に重要な要素を占めるものにおいて、飲み会や大宴会よりそっちの理解の方が実は部下やお客さんには本音で望まれていたことのように思うからだ。

不思議なもので、コロナで禁止されると飲み会やりたいなあと思ってる自分がいる。なんてあまのじゃくにできてるんだろう。「断る人は二度と誘われません。幸運にめぐり合う機会も減っていきます。多くのものに出会うチャンスを、愚直に広げていってほしい」(山田真貴子広報官)。いいこと言うなあ、やった人しか言えない、ビジネスを志す人は耳の穴かっぽじって聞きなさい、まさしくその通りなのである。男だ女だなんか関係ない、そのぐらいの覚悟と犠牲がないとNo2まで昇るのは到底むりだ。7万円が高いか安いかは接待する側がおもんぱかるもので、出てしまった饗応を断るすべはない。もったいなかったね、行ってしまったのがまずかったですな。

ところで、若い人にそう言いつつ、僕はもうそういう幸運やチャンスはいらない。ときに何の話題がなくても一緒に酔っ払ってくれる人は大事だったんだなあと思う今日この頃だ。

 

飲み会を絶対に断らない女

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「女性差別はいたしません」の謎

2021 FEB 23 1:01:12 am by 東 賢太郎

まず、去年の正月に映画を作ると書きましたがあれは何だったかについて書きます。あの時点ですでに監督さん、脚本家さん、カメラさんと某地に飛んで2泊してご挨拶、シナハンを済ませており、ロケハンやるぞという段階であり、キャスト、配給会社も概ね決まって脚本が完成する直前まで行ってました。無念ながらコロナで中断してしまいましたが、それでも未知の世界だから何もかもが新鮮で仕組みが良くわかりました。通行人役でも訓練が要るとは意外で、素人はカメラが向いただけで無意識に硬くなって動作に出るそうです。それなのに東さん出て下さいと監督に言われて映画が売れなくなると断りましたが実はそっちよりテーマ音楽を作って指揮したかったのです。

ジェンダーレスが主役に内定していました。彼女?を見てびっくりし、これはいけるかもと一瞬思ったものの、あまりに別世界で心の準備がなく、ストーリーを読んでもヒットする自信がありません。おいどう思うとオヤジ連中に写真を見せるとニヤニヤしておおいいぞいいぞだ。こりゃいかん、信用できんと今度は20代の女性に見せました。えー、すごぉぉい、でも違和感ありませんよぉ、えっ?つきあえるかって?ぜんぜんOKですよ。ええっ、ほんとか、そんなもんなのか???  ここでまた唖然でびっくりで、我が世代のジェンダー感覚はネアンデルタール人とかわらんかもしれんと衝撃を受けたのです。

これがあるから、森さんの女性差別発言とされたあれは思う所もあります。軍人だった森さんの父上は終戦をミクロネシアのトラック島(現・チューク島)で迎え、酋長・相沢氏(日本から渡り酋長の娘と結婚、戦前の漫画「冒険ダン吉」のモデル)に助けられて帰還したと同国政府要人に聞いたことがあります。息子の彼も敗戦で焼け野原だった日本を背負って国を建て直した世代です。あれはその世代の男の典型的な思い込みでそのこと自体を否定しても始まらないでしょう。隔絶した世代にそれをソンタクしてもらえないという現実にお爺ちゃんになって直面したというのは気の毒に思いました。戦争は男しか行きませんし組織だって軍隊式上意下達しかあり得ません。上が決めたんだからごちゃごちゃ言うなとなり、それが「会議で話が長い」になる。たぶん彼は女性に限らず男も女もそれが嫌いなんです。じゃあ会議は何ですかとなる。民主主義の場でしょと。ところがあの世代にとっては忖度、追認の場なのです。

それが密室政治といわれるものです。日本のまつりごとは古代より御簾の向こうで決まってきた。ここは難しい所です。この件は自民党がそれをまだやっていることにルーツがあり、それに国民が大いに批判的だという背景があるわけです。王侯貴族や宗教勢力の支配を打破した欧米からすれば御簾の向こうにいるのが王であれ総理大臣であれ同じです。つまり、密室政治と見られてしまう限り日本人の精神構造に刻まれている古来よりの支配形態と西洋の近代政治思想にはそもそも大きな矛盾があるということになってしまう。中国のようにそんなものは関係ない、ここは中国だと言い切る国力もない。さらに日本的な特徴として政教分離、信教の自由を謳いながら天皇は神道という宗教の祭祀を行い、国民はそれを敬い税金を拠出しています。いや、法的には象徴だからねという理屈はあっても、天皇の認証や叙勲のように、それがまつりごとの権威のバックボーンであると国民が無意識に感じている政治的行為はたくさんあります。

つまり、皇室にこそ政治の権威の源泉があると国民が感じている。この「感じ」はまだ国民という概念すらなかった時代、徳川家康が関ケ原で天下をとって武士の頭領になっても、朝廷(後陽成天皇)から征夷大将軍に任命してもらうのを3年も待ったことに現れています。家康は任命されると息子の秀忠にその地位を譲ることを認めてもらい、徳川氏による将軍職世襲を確実にして自分は隠居しました。ということは、子孫が少々頼りなくとも将軍職さえ世襲できれば永く徳川の世は続くと家康が考えていたということであり、当時の天皇に武力も財力もありませんでしたが諸大名もそう思っており、現にその世は260年も続いたのです。隠居した家康の尊称「大御所」が今も使われているように、天皇の権威も日本人の心に脈々と伝わっています。

武家社会ですら治まった天皇制の伝統をマッカーサーは温存しました。矛盾の種はGHQが撒いたわけですが、その判断は重かった。英国にも国民の税金が拠出される王室が存在しますが、それがあったおかげで国家が占領される存亡の危機を生き延びることができたという歴史はありません。現在の日本人がその重みを軽々しく消せるものではないし、そんなことになれば日本は犯し難い無言の権威を喪失し、ややもすれば容易に侵略され破滅の道を行きかねないと僕は思っています。だから日本は神の国だと言う気は毛頭ないですが、天皇制、神道という伝統と西欧の発明した民主主義との日本的な調和は模索しなければならないと考えます。森さんの問題は、しかるに、その調和はないんだ、伝統は壊してでも民主主義、自由主義なんだという方向に民意が振れ、女性蔑視というクレームがそのトリガーになったと見えなくもありません。

昭和30年生まれの僕も森さんとほぼ同じ空気で育っています。ほぼというのは成城学園は初等科(小学校)から自由闊達、リベラルな校風で軍国調を冷めた目で見る教育だったからです。あの時代に映画、舞踊、演劇、彫塑の授業がカリキュラムにあり、児童劇や音楽会のイベントがあったし、英語は5年生ぐらいから教えてました。スクーターでブザンソン・コンクールに乗り込んだ小澤征爾さんも成城の校風から出てきたのではと思いますし、僕はいやいやでしたが幼いころにそういうものが身の回りに自然にあったから今のようになったのではと感じないでもありません。ただいま振り返るとこれはやや特殊な世界で、官であれ民であれこの世代の男でヒエラルキーの階段を登ろうという者は学生運動に残滓があった軍国調の渦に表だって逆らうのは難しかったと思います。

だから森さんを女性がやり玉にあげたのは分かるとして、テレビで私はそうじゃないと言いだす中高年の男が相次ぐのには驚きました。「これは今どきいけません」「やっちゃいましたね」「日本の恥にもなります」「弱者の目線に欠けてますね」「私はちょっと立場が違いまして」「国際社会は許しませんよね」・・・まあ言葉はどうあれ「エンガチョ切った!」「MeToo、MeToo」です。こういう男どもを心ある女性はどう見るか聞きたいものです。よっぽど本流から外れて育ったか、何であれ長い物に巻かれる日和見でしょう。僕は「ああ森さんは昭和の体育会だなあ」それだけです。よっぽど問題なのは80のお爺ちゃんを倒してのし上がる者が出てきてないほうでしょう。政治家は男も女も森さんのちょうちん持ちの座を競う小物感満載の人だらけになっちまった、そっちのほうです。そんなのを選んでる我々の民度の問題でもある。本当に日本人は劣化してきています。

僕は「会議で話が長い」のは歓迎です。僕が一番長いし、むしろ黙ってる人は何も意見ないのかとなる。男女は水平分業と考えるので男に向いた仕事を無理に女性に振っても非効率だしその逆も真です。クォータ制は完全に男女に適性の差がない組織の話で、オーケストラは70年ごろまでどこも男ばかりでしたがクォータ制がなくても今は半分女性の楽団もあります。経営に民主主義はありませんが、女性の方ができる仕事は任せた方が効率がいいし、従来は男専門だった仕事もやる気があればやりなさいと言ってます。男女比の問題はそれを発見できない経営者が無能なだけです(ちなみにソナーは3人に1人が女性)。僕が作った組織には階級の上下もありません。真ん中にいる社長も社員です。全体をバランスさせてパフォーマンスを上げる指揮者という配役にすぎず、偉いということはない。指揮がうまいかどうかだけです。

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ワクチン接種をどう考えたらいいか?

2021 FEB 14 1:01:19 am by 東 賢太郎

「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」 (東京大・2003年)

う~む、美しい問題だ。20字だ。数字が一つしかない。昔どおりなら文系は100分で4問だからこれを25分で解かなくてはならず、けっこう大変だ。

それにしても実に刺激的だ。ならば僕ならこういう出題をしてみたい。

「太陽が地球を回っていないことを証明せよ」

数字はない。アンチョコを見ない限り、おそらく人類の99%は25分どころか1年かけても解けないだろう。かくいう僕も1%に入る自信はない。数学のような積み上げの学問で円周率が3.05より大きいことを証明できない人がこれを解くことは考え難く、2003年の問題は科学の素養のふるい分け機能を果たす良問と思う。クイズ王になるのとこういう問題を解くのとはぜんぜん別の話である。

僕の問題を解いた人がいる。「コメンタリオルス」を著したドイツ系ポーランド人のニコラウス・コペルニクス氏だ。時は1510年あたりとされている(そのころ日本では織田信長が生まれている)。

それから500年。地球の方が回っていることになって今に至る。でも、宇宙飛行士にならないとそのシーンを目視することはできないし、宇宙から撮った写真だってヤラセかCGでない保証はない。

つまり、それを信じるよりどころは数学(天文学)しか存在しないが、99%の人は数学がわからないのだから、地動説というものは、

「そういうことになってる」

だけなのである。皆さん、お正月は神社に詣でて願掛けをされるだろう。「こうなりますように」と。本当に「こう」なる証明はないが、国民的にみんなやってるんだから効果はきっとある。そう信じるから初詣に行く。なぜなら、

「そういうことになってる」

からだ。これが宗教というものだ。

従って、有意に高い確率でもってこういうことが言えるだろう。

「99%の人にとって科学は宗教である」

回るのが太陽だろうが地球だろうが我々の渡世には何の関係もない。それより酉の市で去年より大き目の熊手を買うかどうかの方が、99%にとってはよっぽど大事なのである。

縄文時代の日本は今より2度暑かったし、1300~1850年の地球は下のグラフのLittle Ice Age(小さな氷河期)にあった。現在はその極寒期から脱して3千年の平均気温に戻りつつある回復過程であって、「温暖化」の正体は自然現象であるというのが科学的な視点だ。

少女を使ってポリコレと化した「地球温暖化説」は過去100年だけのチャートを都合よく切り取って「危機だ」「原因はCO2だ」とする。では百歩譲ってその100年だけを見てみよう(下のチャート)。ご覧のとおり、原因はむしろ太陽活動である(Tが地球気温、Sが太陽活動、CがCO2排出量)。

化石燃料から代替エネルギーに転換させると都合のいい人がいるのであり、世界の学者を巻き込んで99%の人には科学に見える「宗教」を作っているのだから裏で巨額のカネが蠢いていることは論じるまでもない。既存の大手メディアはその教義を巧妙に真実にまぶして世界を洗脳し、異端の教徒の声は抹殺する。最近は「地球温暖化」を「脱炭素」と言い換える風潮が顕著だが、なぜならウソがバレたからであり、科学でないことを人類をあげて頑張っても何も起きない。

職業投資家として僕はポリコレだろうがディープステートだろうが脱炭素だろうが、そういうものは単なる商材と見做して勝つ方に投資するだけだ。しかし人間としては別である。許せないのは、カネで科学をねじ曲げる腐敗した精神である。そんなことを許していればやがて科学も退廃するし、一部の勝ち組が人類の命運を狂わせてしまうのだから言語道断だ。このスタンスを読者はSTAP細胞事件でご存じであり、僕の中で常に一貫している。

さて、だいぶ回り道したが本題に入る。東京五輪だ。実のところ、ロゴでもめて国立競技場の設計で多額のキャンセル料がどぶに捨てられ、緊縮のふれこみだった総予算が予定されていたかの如く膨れあがり、福島の復興は隅に追いやられ、そして夏の東京は暑いとわけのわからん理由でIOCがマラソンを札幌に持って行った、あのあたりから気分は冷めてしまっていた。

首相曰く「人類がコロナに打ち勝った大会にする」らしいがどうやって打ち勝つつもりなのだろう。常識的にはワクチンに頼るしかないが、そもそも見込んだ本数がちゃんと日本に来るのか?最も危険にさらされる都民全員に7月までに接種は間に合うのか?重症化は抑えるが感染抑止はしないのだから病床数は足りるのか?医療関係者は?東洋人が射っても安全なのか?そもそも効くのか?未知数だらけだ。

この点については、科学者である医療ガバナンス研究所理事長・上 昌広先生のブログ(2021/02/08付)から引用させていただく。

「ノルウェーでワクチンを接種した高齢者23人が死亡した。接種したのはアメリカ・ファイザー、ドイツ・ビオンテックのワクチンで死者13人は剖検されており、ワクチン接種との関連が示唆される。私は、現状では高齢者に一律にコロナワクチンは推奨できないと考えている。それぞれの状況に合わせた個別対応が必要だ。少しでも不安をお感じの方は、是非、主治医に相談してほしい」

上先生の説明

まったくその通りと思う。僕が昨年今ごろから厳戒態勢に入ったのはまさに無症状感染者が出たからだ。上先生にお会いしたことはないが、わかる、この方は素晴らしく頭がいい。コロナは科学でしか解明できないし、科学は頭が良い人しかできない。ならば素人の僕は最高の頭脳の先生の言うことをきくしかない。それでも保証はないが他に手はない。彼が指摘している厚労大臣は精一杯頑張っているとは思うが、頭の問題はどうしようもない。そういう人が語る宗教の信者になってワクチンを射つことは僕にはあり得ない。

高齢者の感染数は増えていて優先してくれるのは有難くはあるが、約半分は若者が持ち帰った家庭内感染と聞く。僕はそれはなさそうだし外へは出ないし、むしろ若者優先で射っていただいて迅速に集団免疫を作ってもらったほうが安心だ。厚労省はファイザー社のワクチンの「承認を了承した」と発表している。治験で日本人への効能と安全性を確認したのではない。問題があれば省として責任をとることを認めましたという意味だ。ノルウェーのようなことがあれば誰かの首ぐらいは飛ぶのかもしれないが、だからといって、その程度のことで安心して摂取しようという気がおきるわけでもない。

もしワクチンによる免疫バリア作りが思ったほどワークしないならば、ここから五輪開催を決定するだろう3-4月までのコロナの感染動向は当のウィルス様にお伺いをたてるしかないことになるというのが本稿の趣旨だ。要するに、御意のままということだ。これは、地球温暖化は実は太陽活動という自然現象のせいであって、人間がCO2削減をいくら頑張ろうがおてんとうさまの御意のままにしかならないのとよく似た現象ということになるかもしれないことを意味している。にもかかわらず、最後の命綱であるはずのワクチン供給契約の時期と本数の詰めが甘かったという、政府は何を考えているのか(ひょっとして何も考えてないんじゃないか)と見える事態が発覚した。民間企業なら担当役員の首が飛んでいる。

ではそもそも、科学的知見からして、政府が五輪開催に向けてやるべきことは何か?上先生曰くPCR検査をやりまくるしか手はない。彼以外にもそう主張する科学者はたくさんいる。しかし、政府と厚労省は当初からずっと真逆の策をとっており、37.5度の発熱がなければ検査しないというお触れで岡江久美子さんを含む何人もの方が自宅で様子見を強いられ命を落とされたのは記憶に新しい。政治の暴走とも言い切れないのは、尾身氏の率いる専門家会議もPCRを増やすと医療崩壊を招くからやらないほうがいいとの見解を出したからだ。無症状感染者は気にしませんという世界でも希少な戦略であるが、この科学的根拠は何だったのだろう?それは去年の今頃に僕が感じた恐怖が何だったのか、なぜそれが政府に共有されなかったのかという疑問でもあり、いまだに理解できない。その恐怖を救うのが上先生の策だったから心から納得した。しかし政府には都合が悪かったのだろう、彼のような学者ではなく、忖度してくれる御用学者が登用される。是々非々である台湾の蔡英文とは政治力が雲泥の差と言うしかない。

コロナウィルスである風邪もインフルエンザも感染力には季節性があって統計的に2月にピークアウトするが、新型も同じであり、ここから4月にかけて感染者は自然に減り、6,7月にやはり季節要因で増えると上先生は言っている。だから目下の数字が減少しているのは緊急事態宣言の効果ばかりではない。さらに、今年に入り、知人の親族が勤務する保健所は事務職でも帰宅が午後9時という激務ぶりだそうで、保健所ルートという日本固有の仕組みのもたらす物理的な制約から検査数が減っているという原因もある。検査しなければ感染者が減るのは当然だ。それで安心して都内各所の人出が大きく増えているからいずれまた感染者は増え、検査しないから無症状者はカウントされず、結局は陽性者が増えるだろう。つまりウィルス様と「いたちごっこ」しているだけなわけだが、何も今に始まったわけではない、去年の今ごろから一貫してそうだったのだ。

緊急事態宣言発出の効果を高める法改正をしたではないかという声もあろう。それは政治のイニシアチブで策を施したように見える唯一の手だ。ステイホーム、三密回避を促すという意味で科学的根拠もあるから有効であることは確かである。しかし、宣言にプロパガンダ効果を期待する政治的側面においては、温暖化におけるCO2削減が経済減速を招くのと同様の副作用がある。すなわち、”緊急事態” が長引けば、そんな危ない国に五輪の選手団は自動的に来なくなるのである。従って、宣言を撤回するしかなく、残る手はPCR検査をやりまくるしかない。ところが、それをすれば無症状感染者を拾って新規感染者数が激増してしまい、やはりそんな危ない国に五輪の選手団は自動的に来なくなるのである。

すなわち、昨年のコロナ対策の初動において何度も書いたことだが、五輪は意識するが科学は無視していいだろうという「PCR検査回避大作戦」の結果、なんのことないその五輪が大手飛車取りに追い込まれて国中がてんやわんやという大ヘボ将棋だったことが発覚したわけだ。しかしそんな失態はなんのその、季節性要因で4月ごろ感染者数が自然にもっと減り、緊急事態宣言は補償と経済への目配せで早々に打ち切られGoToまで復活してしまうのではないか。しかし6月から数は自然に増える。従って、ワクチン接種は政治的に不可避な唯一の神頼みとなり、世界の趨勢だからを免罪符に、あれほど新薬許認可に腰の重かった厚労省がぎりぎりになって、世界で誰も投与されたことのない未知のワクチンの「承認を了承」した(させられた)のである。そこは神の国だ。ええい、何とかなるだろうと。

しかしよく考えて欲しい。そのワクチンだって我が国は自国で開発したわけじゃない。他国さんの努力でたまたま「神風」の如く現れただけだ。去年の今頃、ダイヤモンド・プリンセス号騒動で我が国はコロナで注目をあびた世界最初の国になった。そこから今に至るまで頑健に「神の国」でありつづけたその一途さ?を世界が日本らしいと見るか日本も墜ちたと見るかは様ざまだろうが、そこでワクチン供給契約の問題で神風すら逃げかける失策を演じているのだ。外国はそれを知らないし、いまだに科学的解明がない「死者数の少なさ」も外国人にはミステリアスだ。よって日本はうまくやっているように見えているだろうが、単なる結果オーライである。日本が未来永劫「神の国」で存続していける確率は低い。国民が政治を直視して選挙で理性を働かせないと、国は危険水域に来ている。

そんなさなかに発生した森会長辞任騒動は、日本は「神の国」を自認される元総理で自身もスポーツ界の神と仰がれる教祖様がお倒れになったということだから五輪宗教界がてんやわんやなのは道理だろう。しかし、科学とはいささかの縁もないどうでもいいことである。なぜなら、それがなかりせば開催がうまくいったわけでも何でもないからであり、もはやワクチンが集団免疫をつくるしか五輪開催の芽はないことに寸分の変わりもない事態に追い込まれていたからである。僕は東京都民であるので、ワクチン投与ばかりが関心事ではない。1万人の外国人が大挙して同時期に押し寄せ、東京にバラエティに富んだ変異種をお持ち込みになるのが非常に怖い。選手は隔離しますというが、そういいつつ英国、南ア、ブラジルのウィルス様がすでに空港検疫をすり抜けて遠い地方にまで達している。誰が信用するのだろう?

そのリスクを負わされ、高い都税を払わされて、しかも無観客だからテレビで見てくれって何の意味があるんだ?こう思う都民は増えているのではないか。

ドナルドもシンゾーも、コロナなかりせば政権が続いていたと思う。「賭けてもいいが、政治としてのコロナ戦争にアクセルのふかし勝ちはまずない」とだいぶ前のブログに書いたが、やっぱりそうなった。さてここからどうなる?小池百合子はいじめを逆手にとってうまい立ち位置で国にアクセルをふかさせ、「都民はステイホームを」と呼びかけるにとどめた。コロナ様には極めて都合が悪い、すなわち科学に基づいたメッセージの発信だから素晴らしい。彼女が科学を理解しているとはまったく思わないが、ズレを感じさせないセンスは感じる。僕はもともと女性積極登用派であるし、パフォーマンスが過ぎるというが政治家はどうせ全員そうなのだから下手よりうまい方がましだ。プーチンはワクチンを射たないが小池さんはどうかな。

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私見”ディープステート”の正体

2021 JAN 26 19:19:36 pm by 東 賢太郎

ロンドンと3回ビデオ会議をしました。毎回2時間ですから昔なら通信費が相当かかったものが今はほぼタダです。こうなると出張は最低限でいいですね。飛行機嫌いなので有難いし、同時に別の案件が走ってますがロンドンへ行ったら物理的にそちらは断念していたでしょう。コロナはライフスタイルも変えましたが、ビジネスシーンも様変わりになっています。

米国大統領選はずいぶんな結果でしたが、これほど背後に見えない力を感じたのは初めてです。トランプの敗北をディープステート論で説明する人たちは、チャイナと左派が米国を乗っ取り世界覇権奪取を目論むのだとしますが、事はそう簡単ではなく、おそらくほとんど誤りに近いと言ってよろしいでしょう。習近平は今回のバイデン政権成立ではしめしめと思ってもこのことでプーチンに勝ったとは思っていないでしょう。ソ連の共産主義をパクった毛沢東を理想とする習政権のチャイナが凌駕できないロシアが、では世界の覇者かというと、ロシアのGDPは日本の3分の1で韓国と変わらず、軍事力と知力(インテリジェンス)はあるかもしれないが経済力なしの国にそれは不可能です。つまり、現状は不完全で過渡的ながら米<中<ロ<米の三つ巴の構図に落ち着きつつある。それはチャイナがGDP世界第2位の経済大国になって完成した、いや、このバランスが都合の良い背後の見えない力が完成させたのです。オバマの8年にわたる「戦略的忍耐」がそれであり、それを継承するバイデン政権が早くもそれを言いだした。これが何なのかという日本国の安全保障にとって極めて重大な示唆を本稿で読み取っていただければ幸甚に思います。

「背後の見えない力」とは、米中欧ロに君臨するスパーパワー(大きな力、以下SPと表記)とでも書くべきものです。それが正確に何かは僕も知る由がありませんが、自分で経験した数多の現象から推察するにそれは確実に存在する(しなくては説明できない)と思っております。本稿の標題は「ディープステート」としましたが、羊頭狗肉と誤解されぬようお断りしておくと、巷に言うそれは存在せず、SPと表現するしかない超国家的(従って超法規的、従って超独禁法的)な利益集団が存在し、トランプがその名称で「敵」としたのは米国内に投影されたSPの影にすぎません(彼は選挙用にそう言いましたが、もちろん全貌を知っている)。その実存を描写しようと試みたのが本稿です。その存在の前にトランプは自身の思いと政治生命とを天秤にかけ、最後の最後に自ら引いたと今のところ僕は思っており、SPにとってはチャイナも米国も手駒であり、共和党、民主党どっちが勝ってもよく、卑近な喩えでなぞらえるなら、巨人と阪神のオーナーが同じ人なら客さえ入れば優勝がどちらだろうと構わないがリーグ全体のバランスは球界の集客には最重要であって、それゆえに世界は米国大統領選挙にまつわる数多の不可解な場面に遭遇したということです。

1月6日の米国議事堂乱入事件は、トランプ大統領が扇動したことにされてしまったため、我が国の二・二六事件のごとき様相を呈することになりました。この事件では雪の日に決起した陸軍青年将校たちの政治訴求を昭和天皇が否定され、結果として彼らは暴徒と見做され、扇動の嫌疑をかけられた皇道派の真崎大将は軍法会議、東京裁判にかけられます。無罪となった理由の詳細は不明ですが陛下にとっては陸軍も海軍も我が軍だったということかもしれません。真崎と同様の立場になったトランプの弾劾裁判はどうなるのか、上院で17名の裏切り者が出るのかどうか。問題の6日の直前に「ペンスは裏切ると彼に確報を伝えたが、彼は何もしなかった」という情報をもらいましたが、これは確かと思われます。

SPをロスチャイルド等のユダヤ財閥やフリーメーソンと憶測する人もいます。ドイツ時代に親しくしていただいた作家のクライン孝子さんからローマクラブ、欧州ペンクラブについて教わりましたが、ドイツ人のご主人がその一人であるペンクラブの会員は彼女以外みなユダヤ系の男性だったそうで、そこだけで語られた話として、ドイツはイスラエル建国に10兆円拠出し、首相交代があると全閣僚にベンツが贈られているそうです。ロスチャイルドは分家していて、僕がロンドンで取引させていただいた時点ではN.M-ロスチャイルド、J-ロスチャイルドに分かれていました。ドルの信用創造権のある米国FRBの株主であり、ロックフェラーと共に世界の金融界を左右する影響力を有すると言うなら誇張でありません。

彼らイコールSPではありませんが主要メンバーではあり、アラブ諸国の資金も関わっていることを僕は事実として知っています。即ちプロテスタント、イスラムもメンバーということであって、これだけの事実からでもユダヤ陰謀論のような単細胞な図式でその存在を解き明かせないことはご理解いただけると思いますし、イスラム原理派と米国が目的さえ共有すれば水面下で共謀可能なこともご納得できましょう。そして、SPに何らかの階層でチャイナが加わったことを今回の米国大統領選で我々はまざまざと見せつけられたわけです。指摘しておきたいことは、SPにはジョージ・オーウェルが『1984年』で描いた「ビッグ・ブラザー」的側面がありますが、単体の存在ではないことです。

すなわち、SPはべつに陰謀や秘密クラブのようなもので意図的に成立したのではなく、カネ+知恵を備えた者たちが権力と利益を追求すれば自然と同じ立ち位置にたどり着き、人種も宗教も関係なくその時々のアドホックな力関係に応じてくっつき合ったものと理解されます。ビジネス界でそのようなことは日常茶飯事であり、人間の習性に起因するのですから国家のレベルでも起きない方が不思議なのです。従ってカネを生む力を持てば仲間に入るか敵対するかしかなく、ちなみに1990年前後の時点でSPにその選択対象と認められた唯一の本邦金融機関は野村證券です。当時僕はロンドン現法の一員でしたから自画自賛になってしまいますが、経常利益が日本企業トップ(5千億円)となった野村が米国を、その経済力の看板である「株式時価総額」で他国(日本株)に抜かれる(歴史上唯一の事例=米国の汚点)ところまで追い込んだことは当時の証券界で否定する者はなく、必然的にそうなったとご理解いただいて間違いないです。

その背景には幸運がありました。高度成長期を経てテクノロジー分野の技術水準と業績が急伸した日本企業の躍進はその規模とインパクトにおいて世界に前例なし。そして、打ち出の小槌となったその株式を類のない規模で輸出する業務も世界に前例なし。僕はその本丸である野村ロンドン現法で、まさにその時点で輸出部門のヘッドだったのです。その流れに乗って野村の国内部門が破格の営業力で株式ブームを先導した日本では「外人買い」と国民的に囃されて株高に拍車がかかり、すべての日本企業が好条件のエクイティ・ファイナンス(株式資金調達)が可能となる結果として小槌の威力を倍加するという無敵のスパイラルを生んだのです。アイデアとして新奇ではないでしょうが、世界で初めて大成功したという意味では「野村モデル」と呼ぶべき手法でした。

その頂点が1990年でした。80年代までの米国の株式ビジネスは、今では信じられないと思いますが「自国中心主義」でまったくグローバルではなく、我々の輸出先は欧州でした。当時の野村でニューヨークの株式部門収益はロンドンの1割もなく、ヘッドの僕が競争相手と思ったことは一度もありません。ところが、日本の株高は不動産価格高騰に火をつけて企業の信用力が飛躍的に増し、銀行が巨額の与信を競争するに至ったことで、ついに米国民の度肝を抜くニュースが駆けめぐります。ロックフェラーセンター、エンパイア・ステート・ビルの日本勢による買収です(1990-91年)。不幸な事件だった9-11の標的にもなったようにニューヨークの摩天楼というものは米国の象徴であり誇りなのです。ロックフェラーを買ったのは三菱地所でしたがエンパイアの方は個人(横井秀樹氏)だったことも時の勢いを象徴していました(ちなみにエンパイアを買い戻した米国人がドナルド・トランプです)。

米国が日本の株高に起因する資金力膨張に危機感を覚えたという指摘がなんら絵空事でないことはお分かりいただけるでしょうか。政府をあげて日本の流動性供給の火元を断つためにBIS基準変更で銀行による信用創造力を破綻させ、ありとあらゆる手を使って経済全部を潰しに来たのはそこからです。それには別の伏線があって、89年のベルリンの壁崩壊、冷戦終結を経て米国は国内最大の問題である双子の赤字に国民の目が向き始めていました。同年に就任した共和党の父ブッシュはパナマ侵攻、湾岸戦争と軍事力による外征に舵を切り、日本を貿易赤字の元凶と見立てて自動車産業の輸出の大幅規制など経済戦争を仕掛けて国民の目を外に向ける戦略を採っていたのです。

日本を円高政策と高圧的な市場開放で壊滅的打撃に追い込んだのは次の民主党クリントン政権(1993-2001)です。かたや日本の政界はバブル崩壊で自民党が迷走し、正念場だった1994-96は社会党・村山内閣になる体たらくであり、米国の圧力に無力でありました。その中で野村が総会屋事件に巻き込まれ社長が3度交代します。証券界全体の不祥事となった損失補填事件は実は野村が沈んだための大幅株安の結末であって、同じ余波として野放図な与信で巨額の不良債権を抱えることとなった銀行がいくつも消え、経営統合による金融再編が起こります(1997-)。思えば1989年に昭和天皇が崩御され平成となった1990年に火種ができたことは時代の転換点として象徴的でした。なぜなら、そこから2000年までの10年間で米国は復活し、日本は凋落したからです。「バブル崩壊」とは株価と不動産の下げだけがズームアップされた国難の日本的な描写名ですが、崩壊したのはバブルでなく日本国でした。その10年をフランクフルト、チューリヒ、香港で送り、英米日の主戦場を離れて弾に当たらなかったのは幸いでしたが、外から眺める母国の景色は灰色でした。

その10年で俄かに勃興したゴールドマンの手法は英国に始まり世界に伝播した民営化の波に乗って、そのIPO株式を打ち出の小槌として世界に売ることです。米国内ではモルガンに勝てなかった会社が他国の株を他国に売って儲けたのです。おそらく皆さんが持たれている米国=グローバルビジネスというイメージの原型はここで生まれました。それは単に、二国間取引だった野村モデルを多国間に転用したものです。金融覇権はシティからウォールストリートに移りつつあったということです。今回の選挙でCCPの大学教授がチャイナとウォールストリートの癒着を語るビデオが明るみに出て、やれディープステートの買収の証拠だと巷で騒がれましたが、中国株IPOを打ち出の小槌として両者が儲ける野村モデルをやってくっついただけのことで何ら特別のことでもありません。法外な貢物をくれるチャイナが仲間としてウェルカムだっただけのことで、SPとはそうした性質のもので、我々は今、その生成の一断面を観察しているということなのです。

トランプ大統領も2016年時点のSPの支持を受けて登場したと考えています。分断を生んだのは彼でなくオバマです。そこを「中国ビッグバン」の大波が襲ったため、ギリシャの労働者と同じくラストベルトの低所得の白人が失業したのです。欧州の移民排斥、英国のBrexitと同じ原因から、米国はアメリカ・ファーストのリーダーを望んだと思われます。そしてプロの政治家ではなく強いアマチュアを選んだのです。トランプは期待に応え公約を次々実行し、まさかと思ったメキシコ国境の壁も造り、毎日ツィートで発信しました。職業政治家、オールドメディアは尊厳をふみにじられます。巨人軍が素人監督率いる阪神にこっぴどくやられたと考えればいいでしょう。「こいつを成功させてはいけない」の機運が高まったのは当然のことです。そして、4年かけて、憎き素人を有無を言わさず監督の座から引きずり下ろす計略が練られたと思われます。

その手口について多くを語るのはやめます。白を黒と何百回も報道して黒にしてしまう、敵の悪口は千回言うが自分に都合悪いものは言わず「なかったことに」で闇に葬る。敵の報道は妨害して同じ手口の反撃手段を封殺する。この手法はチャイナが脱線した電車を土中に埋めてしまうのといっしょという指摘だけで充分でしょう。アメリカ合衆国で起きたこととはとても思えません。感じるのは、トランプを政治的に抹殺するほど憎むおぞましい悪意です。彼を弁護する気はないですが、そこまでの殺意という害毒をバイデン側は世界に撒き散らし、いったい何を目論んだのだろうという気色の悪い疑問符だけが脳裏に残っています。両軍のオーナーであるSPがそこまでの害意を懐いたとは思えませんがトランプ独自の政治意図の拡大が意に添わなくなった可能性は考えられると思います。まあグラウンドの乱闘に背広組がグラウンドで加勢することはありませんが。

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日本のテレビニュースは天気予報ばっかり

2021 JAN 15 9:09:10 am by 東 賢太郎

昔から不思議だなあと思うのですが、日本のテレビニュースは天気予報ばっかりやってる感じがする。スマホで5秒で見られる時代にどの局もそうです。だからどこかで大雪でも降ろうものなら世界の一大事かぐらい大変なことになる。

もちろんそれが知りたい方もおられるし、平和の証としては良いことなんでしょうが、問題はコロナ対策も似た感じがすることです。

緊急事態宣言が遅いだの範囲はどうするのとやってますが、菅総理の会見を聞いていると関心は休業補償と政権支持率であって科学的根拠の理解度というと天気予報の延長ぐらいしかないだろう。専門家の意見を聞いて慎重にというが、桜の開花宣言を国交省の外局である気象庁にやらせるのと同じノリに見えるのです。

やらされる気象庁は役所だから根拠とデータの一貫性が必要で、東京は靖国神社の特定の木で決めてる。でも桜なんか何万もあるのに何故その一本?と聞かれても科学的根拠などあるはずもないし聞くのもあほらしい。でも「専門家が決めました」にはなるわけで、テレビはそう報道してお茶の間は満足するのです。

コロナはそうはいかんわけです。

緊急事態宣言を発出したのでビジネスの入国も制限します

桜の開花宣言を発出したので千鳥ヶ淵の車の乗り入れは制限します

おい、ほぼおんなじじゃないか、こりゃあいかんぜよ。

コロナウィルスは日本起源じゃあないわけで、要は、国に入れなければ緊急事態宣言もいらなかったわけです。こんなことは猿でもわかる。

英国で変異株のウィルスが出てきている。これは去年の12月19日に英国政府が発表していて、もう世界にそこそこ蔓延していると思われます。また、中国政府の発表によれば北京に近い河北省でコロナ騒ぎとなっていて、2万人も集団隔離し全市民1100万人への強制PCR検査をしてます。

こういう重大な情報があるのに「国内でまだ患者は出てないでしょ」と入国は禁止せずザルのままにする。日本人は締め付けておいて「ビジネス客」の外人が浅草で観光してる。よって時間の問題で患者は必ず出るわけですが、出たら「専門家の意見を聞いて慎重に対応」するんです。この「出たら」のノリの羽毛のごとき軽さですね、すごいもんです、科学的知見のかけらのニオイもない。

つまり緊急事態宣言を発出するような状況を待って役所が確認してということであり、逆に「出たら」すぐに緊急事態宣言を発出しますよということでもあり、ということは要するに、本来まったくどうでもいい桜の開花宣言となんも変わらんということなのです。それで休業させられる飲食業は気の毒でしかなく、怒るのは当然でありましょう。

休業補償と政権支持率(要は国民の顔色)で出たり出なかったりする緊急事態宣言で入国制限を決める。この犬でもわかる本末転倒は科学的知見なんてレベルの話じゃない。国民が血相変えて「入れるな」と怒ってるのに入れてるわけで、だからしっかり菅政権支持率も落ちてるわけで、そこまでしても入国させたいのか、その理由は何なんだ?という国民的詮索が進んでいる。

いまアメリカの政治に「大変調」がおきてます。民間企業であるメディアとGAFAが現職大統領のアカウントを削除するなどの言論封殺をする前代未聞の場外乱闘状態であり、独禁法を厳格に適用して各社を分解すべきである。日本のメディアもその下請けだからどこも報道しません。しかし、日本はさらに特殊事情があって、もともとニュース番組は天気予報ばっかりだからそれが目立ちすらしないという恐るべきお花畑状態であるのです。

そんな情報しかない国民が今年の選挙で事態を変えられるのだろうか?このまんま行くと50年後に日本国はあるんだろうか?本気で心配です。

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E-国家とE-カンパニー(国家権力の融解)

2021 JAN 9 21:21:18 pm by 東 賢太郎

米国企業ツイッター社は8日、トランプ大統領のアカウントを永久に停止したと発表しました。現職大統領の言論を私企業が封殺したわけです。我が国で菅首相の発言を新聞、テレビが封じるなどご想像できるでしょうか?このことの背景を論じてみます。

 

(1)宗教、民族主義と国家との乖離について

 

アメリカ合衆国は王権、貴族、宗教権力の支配を排除したフランス革命の精神で人民による政治を憲法でルール化してできた世界初の国家であり、いかなる宗教、民族による全体主義者(totalitarian)も独裁者(dictator)も許容せず、憲法を唯一の根拠とする自由主義、資本主義によって支配される国家である。

 

(2)新たな国家像1 -法的国籍と精神的国籍の分離-

 

自由主義の行きつくところサービサーとしての国家という概念が生まれる(小さな政府)。必要最小限のサービスは安全(国防)と持続(外交)であり経済、福祉の依存はゼロか最小限である。かような国家は存在しないが、122年存続した香港という特別行政区は国防、外交は英国(返還後は中国)に依存し、行政は香港政庁が執行し税金の賦課は低率にとどめるサービサーとしての自由主義国家に近似した存在(バーチャル国家)であった。そこでは法的国籍と精神的国籍が分離する。

 

(3)新たな国家像2 -生活協同体と経済共同体の分離-

 

香港モデルは国防、外交を依拠する国が自由主義国家である限り物理的な居住国を選ばない。同一の精神的国籍を有する者が複数の国に分散して居住して市民権を取得し、当地の警察、消防、病院などの行政サービスを受けるために納税するが、生活と経済面においてはバーチャル国家に依存することがインターネット、仮想通貨をツールとして可能になってくる。精神的共同体(宗教、民族)としてA国人、生活協同体(居住)としてB国人、経済共同体(帰属)としてC国人というケースは、日本人(A)が米国(B)に移住し欧州企業(C)で働くなど既存だが、Cがバーチャル国家という点で新しい。

 

(4)新たな国家像3 -国家と企業の同一化-

 

一方で、一般には自由主義とペアである資本主義という側面からは、コロニー・カンパニー(東インド会社)が国籍を超えた経済圏で、資本と経営と労働を分離した。このモデルを敷衍すれば多国籍のサプライチェーンで繋がる現代のグローバル・カンパニーになり、さらにインターネット上で契約、資金決済できるE-カンパニーとなることで多国籍の国民を擁するバーチャル国家における経済をまかなうことができ、経済共同体を形成することで新たな国家概念と融合できる。ここでバーチャル国家はE-カンパニーは機能的に近似した存在(E-国家)となる。

 

(5)新たなパラダイム -国家と企業の競争-

 

国家も企業も存続のためには持続的なキャッシュフローが必要で、E-カンパニーは課金力、国家は徴税権に依拠する。その各々の現在価値が株式や国債による資金調達力を決め、国家の徴税権の時価を企業の時価総額が凌ぐ時代になっている。たとえばGAFAの時価総額合計3兆ドルは日本の国家予算(歳入+国債)の3倍で、4社のファイナンス可能額は日本国の国債の年間発行(消化)可能額を上回るかもしれない。

国家は本来は企業を庇護し徴税する立場にあるが、(2)~(4)で論じた経緯に従ってE-カンパニーは(3)における国民同様に某国企業(A)が複数国(B)に居住(納税)して複数国(C)で課金することでキャッシュフロー、資金調達力が増大する。Aから徴税できる国(B、C)が複数になるため、一国による庇護と徴税のバランスが変化し、E-国家とE-カンパニーは競争者になる可能性が出てくる(その前段階がアマゾンのPE課税問題)。

GAFAの企業価値は無料プラットホーム、IOTによるビッグデータ集積とAIによる解析力で増幅され、14億人の個人情報を有する中国(CCP)もGAFAと同等の国営企業を持って利益を吸い上げることが可能な疑似企業と見做せる性質の存在になる。CCPは競争者を中国から追い出すことも可能だが、企業としての性質、およびE-国家とE-カンパニーの親和性からGAFAと合併する誘惑に駆られて何ら不思議ではない。両者が合体することでデータ集積、資金調達力で世界の誰も対抗できない勢力となることを阻止する独占禁止法は存在しない。

 

以上が、CCPが米国民主党に接近し、GAFA、ウォール・ストリート、オールド・メディアを取り込むに至った動機のひとつであると解釈しています。5者にとりwin-winなのです。私企業がトランプ大統領の言論を封殺したのは通信品位法230条によってですが、憲法を唯一の根拠とする自由主義、資本主義によって支配される国家で民主党が連邦議会の上院・下院を抑えたことで5者の意向を法制化すれば、合法的な言論統制により民意の形成にも関与できるでしょう。小事に見えますが、国家権力の融解という大事と考えます。目標は富と権力の共産主義による永続的な固定化です。

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