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カテゴリー: 若者に教えたいこと

“賢い女性”を持て余す日本(上野千鶴子さんの東大入学式祝辞)

2019 APR 14 10:10:06 am by 東 賢太郎

上野千鶴子さんの東大の入学式スピーチが話題らしい。読んでみると、

知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です

とたしかに良いことをおっしゃっている。知識は知ではない。

東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい

これも、まったくその通りだと膝を打った。海外に出ればそのブランドは無きに等しい。僕は16年外国で苦労してみて、ブランドは自分なのであって、それなしではどこの国でも通用しないことを知った。ということは、実は日本でもそうであって、最後に助けてくれるのは「知」しかない。

東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました

これはどうか。女性が少ないのは別に東大のせいではなく、門は万人に開かれている。学生に言っても仕方ないと思う。

それは世間一般にほぼ普遍的に存在するジェンダーの問題で、どっかの医大が女子と浪人を差別していた動機はそれだったようだが、東大の場合は単に志願者の男女比が1:1でないだけであって今に始まった話でも何でもない。受験しないのだから増えるはずもない。その底流にジェンダー問題が潜むというご趣旨であり、未来のリーダーとして心してかかれというなら、それはそれで同意するが。

しかし、桃太郎はこう始まるのだ、「おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」。500年も昔の話である。なぜおばあさんが洗濯なんだ、しば刈りではいけないんだ、男女差別だろうと目くじら立てる人はあまりいないのも事実であって、差別なのではなくそれが古来からの男女の好ましい分業の姿であり、自然にやってきたことだと思うしかない。日本人の主食がなぜ米だといって、自然にそうなったとしか説明できないような性質のものなので、東大生の目くじら程度でそう簡単に変わるとも思えない。

日本という国がいかに変わらない、変われない国かを痛感した経験がある。僕ら1980年代の留学組は「これからはグローバル時代だ」といわれて尖兵の気持ちで米国へ行った。日本企業もやがてそうなった。しかし、あれから35年、日本は「なんちゃってグローバル祭り」の残務整理にさしかかっているのだ。千年たってもあのころ夢想した国にはならないと今は確信を持って言える。だから僕は海外派の道はばっさりと捨て、国内で「ちょい英語うまいオヤジ」になる軌道修正をしたわけだ。流れに逆らうより環境適応。それはシンプルにsustainableな人生を送りたいと思ったからだが、隕石衝突後の恐竜と哺乳類の運命という中学生でも知ってる「知」に従ったと言えないこともない。おかげで生き延びた。

上野さんは東大の男子学生はもてますというが、時代が違うのかそんないい思い出はなくてずっと慶応のほうがもてたし、東大女子とつきあったことはない。そもそも文Ⅰには20人もおらず駒場のクラスはゼロで男子校状態だったし、片山さつきや福島瑞穂みたいな面々に太刀打ちできたとも思えない。しかし、彼女らは優秀なのだ、とてつもなく。なるほどそうか、一つだけ手があったかもしれない。ヒモになることだ。東大女子は学歴を隠す必要なんて毛頭ない、堂々と社会に進出して稼いで、男は養ってやる。格下でも優しくて尽くしてくれて、精神的安寧をくれるようなタイプを探すといいのかもしれない。まあ僕にそのメはなかったが。

ちなみに東大の女子比率はこうだ(2019年)。歴史的にほぼこうであり違和感はない。

理系:文系が57:43で人数は理系のほうが多く、最も多い理Ⅰの8.1%が全体を下げていることを見ると、数学が難しいから女子は敬遠してるのだという巷の推測が的を得ているように思う。僕のころ4問中1問解ければオッケーといわれた文Ⅲだけ3分の1が女子と突出して多いのもそれで納得である。上野さんによると理Ⅲは男女各々の合格率比の値が1.03(男が僅差で上)だそうである。ということは、全国模試一桁クラスの、数学もめちゃくちゃできる優秀な女子志願者が男子志願者の18%ぐらいいたということを意味するが、18%「も」いたと考えるか、18%「しか」いなかったと考えるかは何とも言えない。以下論考する。

ジェンダー(gender)とは単に性差の意味であり、それが「問題」かどうかを問題にされているようなのだが、僕自身は個人的に知っている範囲という限りにおいて、女性に学業で勝てないと思ったことは駿台予備校にいた1人の女性を除いてないし、成績順に並ぶ周囲に女子はひとりもいなかった。その背景には「女だてらに勉強なんて・・・」という日本の社会風土の影響が色濃くあるという現象的には不平等なものが存在していることは理解しているし、むしろ、社会で “賢い女性” を持て余すような男がバカなだけなのだというご趣旨ならば100%賛成である。僕自身、女性の社会進出は徹底推進派だし、それが国益にもなると信じるし、我が社は優秀な女性たちの支えなくして存立しない。

しかし、女性は差別されている、犠牲者だ、だから・・・という論調には組することはできない。その議論は18世紀からあるが、人種差別と同様に万人が納得する解決が得られたという証拠はなく、ジェンダー(gender)とは本来はニュートラルな定義であり、我々は男女が相互に補完する本来的な人間関係のあり方から自由であることはできないと考えるからだ。男は子供を産めない。社会というフレームワークの中では女性の産休が出世のハンディだといえないこともないだろうが、家庭というフレームワークの中ではずっと家にいて授乳や育児をすることのできない男性は子供との1対1の愛情を形成するのにハンディがあると言えないこともない。仕事と家庭とどっちが大事なの?と問い詰められるのは常に亭主だが、その選択肢を持っているのは実は女性だけである。

僕は女性しかできないことにおおらかな敬意を持っているし、同様の青年男子は増えているように感じる。もしそうならば、これからの世の中では、ハンディは男女の「創造的分業」で解消できるのではないかと思っている。「女子は子どものときから『かわいい』ことを期待され、愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手(男性)を絶対におびやかさないという保証が含まれている、だから東大女子は校名を隠すのだ」と上野さんはいわれる。東大女子は入れないのではなく、今は知らないが、正確には特定の他校女子と設立されたサークルがあったことも事実であるし、校名を言うとひかれてしまい女子はそれをハンディと思うのはわかる気がする。

しかし、それを認めつつも疑問が残る。もしご説に従って、①女子の東大志願者が少ない理由が親や社会の性差別による制約であり、②統計的には偏差値の正規分布に男女差はないと仮定するならば、理Ⅲを狙える学力があるのに受験しなかった82%の女子が日本国のどこかに存在するはずであるが、①を特段に差別とは思わず「かわいく生きたほうが得だもんね」という女性の特権的かつ環境適応的に合理的選択をした人を含んでいるという結論に何故ならないのかをどう説明されるのだろうか。それ以前に、そもそも「82%の女子」は本当に存在するのだろうか?顕在化していない学力(能力)を、理由は何であれ、「あります」といっても相手にしないのは差別でなく世の中の常識であり、努力に対する公平性を担保する厳然たるルールでもある。

それだけで愛され、選ばれ、守ってもらえる保証があるなら相手の足の裏を舐めてでも『かわいく』したい男は世の中に掃いて捨てるほどいる。豊臣秀吉でさえ出世の手管とはいえそれをした。しかし、子どものときから『男らしい』ことを期待され、愛し、選び、守れと教育される男にはそんな道はルーティンとして用意されているわけではない。仮に、一部の特殊なアノ道があるではないかというマイノリティー・オピニオンを最大限に尊重してみたとしても、『かわいい』志願の女性の18%もの数の男が夢をかなえるほど需要があろうとは到底思えないのである。そういうあふれた男にとって女性の進出は脅威以外の何物でもない。東大女子であろうがなかろうが「男を絶対におびやかさないという保証」などないのだからパスポートとしての学歴ぐらいは持っていて悪くないし、まして隠す必要などない。

だから女性は、理Ⅲに受かるような人は堂々と正面突破すればいいし、どなたもが女性しかできないことを男との分業としてプライド高くハイレベルのパフォーマンスでやれば男は手も足も出ないのであって、要は、家庭でも職場でも、「創造的分業」のメリットを男に認識させればいいのである。同じことをしているのに女性だと評価されないと嘆くのではなく、評価されるに違いない違うことをするのである。

男子学生には、上野さんの言葉を引用しつつこう伝えたい。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。

まさにそう思うし、さらに加えるが、東大を出たぐらいで未知の世界で一生安泰に暮らせるほど世のなか甘くないよ。男も学校名を言うとひかれるよ(女だけではない)。東大がいない組織に入ると暗黙のいじめにあうよ。それがこわいなら官僚になるしかないがブランドはなくなるよ。女性は弱者のままで尊重されたいというフェミニズムも理解しないといけないし、男はつらいよ。やさしいだけのエリートなんか世界史上ひとりもいない。世界のエリートと伍して生きるには絶対的になにかで強いことが必要条件だから、本当に大変だよ。徹底的に突っ走ってください。

最後に提唱したい。男も女も会社も国もwin-winになる「創造的分業」について。何が創造的かは千差万別だが、例えば僕の会社は秘書を2人採用し、各々の能力と個性で男ができない部分をバックアップするフォーメーションが1年かけて自然にできている。それは実務的なものだけでなく安心感という精神的なものもある。そのおかげで会社のパフォーマンスは上がっており万事うまくいっているのだから「後方支援」「お手伝い」という階級的視点はない。1+1が3になって全員がハッピーになるから創造的な分業であり、男女なく同等な評価をさせていただいている。国中の男がこう考えるようになれば日本国だって1+1が3になって何も悪いことはない。

 

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財務省キャリアに東大法学部ゼロ

2019 APR 6 0:00:59 am by 東 賢太郎

「おい、財務省キャリア入省に東大法学部がゼロだったらしい、財界に激震が走ってるぞ」と一昨日ある経済団体トップの方からききました。逆に増えたのはコンサル系、ファンド系だそうです。そのど真ん中にいて言うのも些か自虐的ですが、「日本の屋台骨が年々おかしくなってきましたね」とお答えしました。

そのココロはというと、「万人は万人に対して狼」(または「万人の万人に対する闘争」)という自然状態を克服するため社会的な契約を結んで国家に主権を委譲している(ホッブズ「リヴァイアサン」)と、単なる教養やお題目としてではなく、真剣に考えているからです(僕の人生哲学(イギリス経験論)の起源)。僕は政治、行政にプロフェッションとしての関心も能力もないので、平穏な市民生活を送れるよう狼、闘争から守ってもらうために政府と官庁に税金を納め、優秀な人たちにその責務を負っていただき、それならば主権が制約されることをやむなしという契約をしているのだという観念をもって日本国で生きています。だから税金が下がらないのに官僚の質が劣化するとしたら俄には認容し難いのは当然のことなわけです。

ホッブス『リヴァイアサン』表扉

官邸主導も結構だが、官僚の頂点の財務省でそのまた頂点の次官や局長にまで登りつめても政治の人身御供でああいうことになり、お茶の間の下世話な勧善懲悪ネタに飢えたマスコミの格好の餌食になって国民の理解も得られないどころか悪玉として記憶されてしまう。苦労して勉学しながら入省した挙句に大臣が人の税金で勉強したまで言ってくれる。 後輩たちは優秀なんです。たくさんの選択肢をもっています。想像するに、漢字も読めない上司にそんなことを言われて辞書に書いてない人生航路を行くのはアホらしい、それならば税金を払って守ってもらう側で能力を活かしたいということなのでしょうし、そう考えるならそれがいいよ、税金をたくさん払って「お釣りはいりません」というぐらいに国と貸し借りない人生を歩めばいいよと先輩として賛意を送りたい。読んでない人は「リヴァイアサン」をお読みなさい。

森友決裁文書改ざん問題の真相

昨日は韓国のソウルで中村修二先生にファイナンスのコンサルとして助言を申し上げていましたが、人の税金で勉強するのがいかんなら「税金を1円ももらわないでノーベル賞を取ったのは私だけです」との中村先生のお言葉をここでお伝えするので官邸は麻生大臣の論旨を真摯に受け止め、先生に国民栄誉賞を検討すべきでないか。ところがその先生は「日本に事実に基づいた正義など存在しない、正義は既得権者の保護という落としどころありきで決まり、彼らはやったもん勝ちだ」と本質を看破してすでに米国市民になっておられ、「茹でガエルの日本は一度ぶっ壊れて沈没したほうが長い目で見ればいい、そうしないといずれ茹であがって滅びる」と愛国心、老婆心でおっしゃる。世界の熾烈な競争環境にいる者は皆同じ気持ちで、鈴木一朗氏(イチロー)が茹でガエルのNPBの栄誉も国民栄誉賞もいらないのも同根のことではないかと拝察しております。

池田信夫氏が「『葉隠』で印象的なのは「釈迦も孔子も鍋島家に仕官しなかったので家風に合わない」という言葉だ。ここでは佐賀藩(鍋島家)が、仏教や儒教などの普遍的な価値を超える絶対的な存在だった」と書いています。日本人の精神構造を考えるとき武士道は避けて通れませんが、それは影響のプロセスにおいて韓国の「国民情緒法」とファンクションはあまり変わらない。韓国のそれは、国民が騒げば、そんな法律はないが時に憲法にも優先して大統領や財閥トップが有罪になってしまうinvisible law(見えない法)ですが、「家風に合わない」で真理や正義を葬れる国なら韓国を法治国家にあらずと笑うことはできないでしょう。

普遍的な価値を超えた存在」で日本国の「家風」を決める存在になろうとしているように見える官邸の主導という政治は、平成初期に雲霞のように大量発生して大企業の根幹部門に巣くい、会社を軒並みダメにした茹でガエルの集団に乗っかって命脈を保っているだけであり、お湯が熱くなってきて大きめのカエルが次々と茹であがってきたのが平成という世でした。その間に時価総額という企業の通信簿で日本の全大企業は米中はおろか韓国にも大負けであり、これは野球なら20対0のノーヒットノーラン負けぐらいの大屈辱敗戦なのに「株価なんて尺度は家風に合わない」という空気がいまさらのように残っている。個社として本気でそう思うなら構わないがそれならば自ら上場廃止すべきであって、それもしない。つまりなぜ株式を公開しているか意味すら分かっていない。

買収というのは、レバレッジド・バイアウトを除けば原則として時価総額の大が小を食うものです。捕食者か獲物かは株価で決まると言って過言でない。ある朝に出社したら会社は食われて今日から外資系でしたという可能性は世界に普遍的に存在するし、そうなっても個人としては生きていける人たちはそれを何とも思っていないのですが、それを「リスク」だと一番思わなくてはいけないのはサラリーマン社長を含むそうでない社員であり、皮肉なことに、「家風にこだわっている茹でガエル」であり、「株を理解していない人たち」なのです。カルロス・ゴーン事件の本質はそこというアングルでマスコミはほとんど報じないが、彼らは茹でガエルの代表選手で放送法の外国人株式保有規制(20%)でそれが起きえない業界に生息する最も感度の低い人たちなのです。そんな低次元の報道ばかり見ていれば、英国で移民に職を奪われたくない一心でBrexitにこぞって賛成投票したらホンダが工場移転して自分が失業しましたというようなことがあり得るのが日本の現実です。

後輩たちにアドヴァイスするとすれば、日本というplay groundはこれから悪くはないよ、ただ良いとすればそれは外資にとっても同じく良いよ、だから引きこもりの茹でガエルはいずれ全部死ぬしそこにいる君も死ぬよ、世界の最先端技術(deep tech)にフォーカスしたほうがいいよ、大企業がへたる環境は隙間ができるということだから君らの世代には大チャンスだよ、という簡単なことです。コンサル、ファンドがいいよとは言いませんが、有能な人がビジネス界に入ってくるのはウェルカムだ、皆さんの「未来アンテナ」は結構いい線いってるな、日本のビジネスパースンの未来はずいぶん明るいなという印象を持ちました。

 

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我が国はサンフランシスコ講和条約に戻れ

2019 FEB 25 23:23:29 pm by 東 賢太郎

人生双六(すごろく)という遊びがありましたが、数年前ですが第一生命の作ったこういうものが公益財団法人 消費者教育支援センターに表彰されています。

https://www.dai-ichi-life.co.jp/tips/lc_game/pdf/index_001.pdf

対象は中学生、高校生、大学生、新社会人とあります。人生を競争と捉えるのか、ゴールがあると考えるのかどうかは人それぞれの価値観ですが、生涯年収や充実感というものが全員同じではないのは事実です。

我々戦後の昭和世代はおぎゃあと生まれてこのかた競争競争でした。学校で学業・スポーツなどで競争し、就職・就業しても出世競争に明け暮れるというひたすら上昇志向の人生でしたが、その根底には「勉強すればそれなりの就職・就業ができ、そこで頑張ればそれなりの収入と家庭の幸福を得られる」という高度成長期由来の揺るぎない方程式があったわけです。逆にそれがあるから企業は人が集められ高度成長ができたとも言えましょう。個人的にも、この「勉強→出世→幸福」の方程式を親父にたたきこまれ、野球に寄り道しましたが、そっちを諦めたらちゃんと勉強に帰った。教育者でした。よく年功序列、終身雇用が高度成長期の特徴とされますが、それらは当時の日本の文化的、社会的特徴にすぎず、方程式はそれらとは関係なくどこの国でも成り立ちうることは重要ですのでご留意下さい。

平成という時代は、その『昭和の方程式』が粉々に崩れた時代として後世に記憶されるでしょう。理由は簡単です。既存の勉強をしても企業や社会に貢献できないかもしれない時代になった、つまり「社会が必要とする勉強のコンテンツは時代とともに変わってゆく」という一般法則に従っていつの時代も人間は生きざるを得ませんが、20世紀と21世紀の間にはその大きな断層があるから「勉強→出世→幸福」では必ずしもなくなったのです。旧来型の勉強の秀才が旧世代の名門企業に大挙して入社して、僕のように海外企業をたくさん見てきた目からすると「才能の墓場」になっているという事例は掃いて捨てるほどございます。だから1997年に聞いた「これまでは生涯年収はどこの国に生まれたかで決まったが、これからは何を学んだかで決まる」という言葉がズキッとこたえたのです。ああ生まれたのが早すぎたかなと。場所はあのダボス会議、発言者はあのビル・ゲイツです。そのココロが 「IT を学びなさいよ。そうすれば貴方は肌の色にも国籍にも関係なく高い生涯年収がもらえますよ」だったのは言うまでもありません。世界はその予言通りに進化しているという事実は誰の目にも明らかです。

日本と海外でのITリテラシーの差を階層別に比較してみると意外なことに、エリート、インテリ層においてほど顕著(つまり日本の偉いさんはパソコンも使えない)というのが2000年に8年の海外赴任から帰国した時の印象です。役所、銀行、教育現場、企業(経営者層)は、客観的に見ても、先進国の部類ではなかったでしょう。米国、英語圏にそこはかとない抵抗感と文化的に侮蔑したい感情があり、科学技術においてのみ盲目的に追従するという傾向は日本の特徴ですが、敗戦、被爆という国民全体の深層心理にまで至る根深いトラウマがありますから仕方ありません。ITはエリート、インテリに縁遠いポップなサブカルチャーと一体化した印象のため軽く見られてしまった側面もあると思います。大学が学部を設けて国として教育推進する性質のものではないと。

一方、30才代以下における他国との格差はそうでもなく、ということは、ITリテラシーが40才前後を境に世代間の深い断層を生むという現象が日本に特徴的に生じていたことを意味しています。日本は国(文科省)も学校もビル・ゲイツの予言を結果的には無視したし、断層の向こう側の親世代は予言を知る由もなかった。若年層はその結果世界に後れをとった、というより、おそらくエリート校の学生ですら何を学んだらいいか自信が持てなくなったのでしょう、ホリエモンのように「東大は受かればOK」と合格してすぐ退学する学校教育無視型秀才しか恩恵を受けなかったし、一方でエリート、インテリ層は傍若無人な彼らをこぞって潰してしまったのです。その結果として日本は10年の時間を失い、世界は反対にその10年に一気に進化し、2010年ごろには家電というお家芸産業が強みを持つはずだった携帯電話市場ですら、シャープがその命名で開き直るほどガラパゴス状態になっていました。そして、さらにそこからの10年も我々は失ったのではという危惧から本稿を書いております。

国と教育界が何を勘違いしたのか「日本はすでに世界トップの先進国だ」と胡坐(あぐら)をかいて教育の舵取りを誤った責任は非常に重いです。「ゆとり」などかけらもなかったのですが、それは教育と同時に世代間断層の問題でもあったのが日本の最大の不幸であって、ITリテラシーが低い経営者層はフィンランドの企業ノキアができたことをできなかった。それを蹴落としてスマホの販売台数世界一になったのが韓国企業サムスンだったというところに、先見性なさのツケがいかに大きいかを感じます。1980年代の日本企業の地位は韓国に奪われ、ハイテク、AI分野で中国の競争相手は日本ではなく米国だという事実をマスコミは報じず、中国の爆買いツアーが赤恥をかいたみたいなくだらないことばかり報じます。中国に負けたと思いたくない視聴者を喜ばすためです。巨人戦が日テレのドル箱だったころ、Bクラス決定後の巨人戦のアナウンサーがそんな風で大いに笑えましたが、そのうち巨人戦は放映もされなくなったところまで似ています。

日本と逆をやったのが中国です。 近年の中国の経済成長のけん引役となっている高付加価値企業の創業者を見ると、インターネット検索大手バイドゥの創業者は北京大学情報管理学科卒、eコマース大手のJDドットコムは人民大学卒、シャオミは武漢大学電器計算機学部、テンセントは深圳大学計算機系です。つまり、ホリエモン型ではなく、学校教育のど真ん中の秀才なのです。中国共産党の幹部は旧世代の毛沢東、周恩来、鄧小平は文系だったが、文化大革命後の習近平、胡錦濤、温家宝、江沢民は全部理系です。国家のリーダーが理系であるのは文革の影響などとされますがそれは高度成長期の終身雇用と同じ個別国の特殊事情にすぎず、要は、富国強兵に文系は役に立たない、いらないという思想が人材登用に反映したということです。中国は骨格からして理系国家なのです。国立大学が全体の約95%を占めており上意下達は徹底し、世界経済フォーラムが発表する理系(科学、技術、工学、数学)の大学卒業者数の国際比較 (2016年)によると、中国は467万人と世界1位で、2位のインド(258万人)、3位の米国(57万人) を大きく引き離す結果となっています。人口比を考慮しても有意な差であり、平均能力は同等でインセンティブは高い新人が大量に供給され続けるシステムが確立している。プロ野球なら10倍の人数をドラフトで毎年とれる球団のようなもの、強くならないはずはありません。

つまり、中国こそが先見性をもってビル・ゲイツの予言を国家計画として着々と進め、若者の教育の重点を理系にシフトさせ、教育に関する公的支出を対GDP比で2010年の3.7%から2016年には4.2%に増加させている。軍事予算の拡大と合わせ見れば、明治時代の富国強兵政策そのままではないですか。そして、ここが重要なのですが、 中国の2016年の新規大学卒業者の初任給を比較すると、業種別では上位5業種のうち4業種がIT関連産業となっており大学の専攻別では科学・エンジニアリングやITが上位を占めており、難関の理系大学に入学することは高年収を手にする一つの条件となっています。『食える学問』なのです。お受験の熾烈さは有名ですが、理系大学というところが、東大なら何でもいいという日本と決定的に違う。中国という国家も若者も元気であり、シリコンバレーに続々と進出してNASDAQに上場し、顔認証技術とキャッシュレス社会の実現は世界一、月の裏側に世界初の無人探査機の着陸にまで成功している。トランプが脅威を覚えて貿易戦争を仕掛けるのはここに理由があるのです。

つまり、「勉強すればそれなりの就職・就業ができ、そこで頑張ればそれなりの収入と家庭の幸福を得られる」という『昭和の方程式』は、いまや中国において見事にワークしている。子供に「勉強しろ」と言っておいて大学を卒業しても見合うだけの収入がなければ、親も学校も権威がなくなり、中高生アンケートで「なりたい職業」第3位がユーチューバー(ソニー生命株式会社、「中高生が思い描く将来についての意識調査」、2017年)になりもするでしょう。自分の学校の現実、親兄弟や先輩たちの現実から、子供たちは自分が登っている山の頂点に『食える学問』が果たしてあるのかどうか肌で疑問をいだいている兆候ではないでしょうか。日本の大学を米国と比べると、中村修二教授のベンチャー企業のサポートを2年弱させていただいてますが、CEO(米国人)の Steve はカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の教授であり米国有数の素材物理学者で、自身で起業した会社を200億円でExit(売却)した成功体験があり(つまり富豪である)、株式ファイナンスに関して議論して僕が素人だなと感じるところは微塵もありません。トップの成績の生徒は彼の会社が高給で雇います。そういう教授なら生徒は当然のことながら殺到するのです。そして、そういう教授たちが論文の本数と引用数で日々競争競争、負ければ脱落。”Publish or perish”(論文を書け、さもなくば滅びよ)という合言葉で切磋琢磨し、生徒から逆評定も受ける。競争社会を生き抜いているから、Steveのような強い教授がごろごろいるのです。

日本の大学にそれは皆無であり、どことは書きませんが、明治時代か鹿鳴館かという時代ものの学問をまだやっている。教養が大事だというのは僕の持論ですが、哲学や古典文学が何かビジネスの役に立つかといえばあまり立たないでしょう。学問としての有意性を論じる資格は僕にはありません、あくまでビジネスを志すならばという限定詞つきの話ですが、専攻しないから教養なのであって、教養だけは身につきましたでは少なくともビジネスの世界ではあまり需要はありません。そういうプログラムの大学は教養で一生のんびりと食える「ゆとり家庭」の子弟だけを生徒にすればいい。ホリエモンは文Ⅲでしたが「東大もそうだ」と見切って退学して起業したわけで、彼は大学教育も東大卒の肩書もそれだけでは飯のタネにはならないと看破したわけです。僕もまったく同感です。むしろ無理して大学など行かなくても、何か専攻などしなくとも、「読み・書き・算盤」が徹底して鍛えられていれば高卒でも中卒でも一向にかまいません。ビジネスは間違いなくできますし教養は後からでも身につきます。逆にその3つのどれが弱くてもだめですね、何を専攻していようと。

日本が低成長国になって0年ですが、この期間のエリート、インテリ層は功成り名を遂げてもう余生にさしかかっており、船が沈むかどうかは次世代まかせ、しかし、沈んでいく船であっても S席は確保しておきたい。船窓からの景色としては隆々と栄える中国など見たくない、中国の悪いニュースは何であれ歓迎であるというマインドになっている人が多く、マスコミは政治家と多数派を忖度するから真実を報道しないのです。若い皆さんはその景色を見たくないというネガティブなマインドはあまりないでしょう、それはニュートラルで良いスタンスですし、成功した者には謙虚に学んだほうが絶対に得です。意地やプライドで突っ張る人は実は強くなく、そういう人はなりたくても謙虚になれない。なぜならそれは見る人が見ればお里が知れて「卑屈」と映ってしまうからです。謙虚な人こそ実は一番強い、そして教養は謙虚な人に必ずある「人間力」を与えてくれる栄養素として必要なのです。

中国は「2030年までに人工知能(AI)分野で世界のリーダーとなる」という国家計画があり、政府高官が理系重視でどんどん政府補助金がつくため学校の勉強→高年収という繋がり(方程式)が明確でわかりやすい。分数の足し算もできない子が大学生になって高収入を手にすることができるとしたら日本はおとぎの国かジブリの神々の国であって、世界で最も高くて無用な労働コストを抱える国ということです。公務員の数の方が多く国家財政破綻に追い込まれたブラジルやギリシャと同じであり、やがてその手の国の仲間入りでしょう。そうはならないと信じますが、それは日本の若者が健全な向上心を持っていると期待しているからです。自分で勉強することです。

韓国の当時40才台未満のITリテラシーは日本より数段上でした。役所、銀行、教育現場、企業(経営者層)は似たものでしたが面白いことに日本に似てやはり彼らはエリートなのです。ところが2000年のIMF危機で優秀な若者が財閥企業から離れて起業、独立などに成功し、トップクラスの若者は優秀で向上心は非常に強く、次世代がまたそれを見て育っている。見習うべきです。皆さん韓国の株式市場などご存じないでしょうが、ITリテラシーの高低が世界の企業業績に影響を与えだした2000年から現在までの日経平均株価指数の上昇率は13%、韓国総合株価指数は約300%(つまり投資金額が4倍)です。学校は教えてくれないですが、この手の数字には感性を磨き、敏感に反応してください。株価、時価総額が何を意味しているか徹底的に理解することはこれから非常に有利に働きます。

北朝鮮のミサイル技術の進歩は米国を脅かすまでに至っており、事の善悪はともかくハッカーはペンタゴンに侵入できるまでになっている。少数でしょうがITリテラシーは非常に高い証拠であり、大陸間弾道核ミサイルと合わせ技で米国の喉笛に突きつけた匕首となっている。このまま中国型の理系重視路線を進むことは明白で、朝鮮半島が統一して中国寄りになり、情報技術(IT)やロボット等10分野を重点産業として製造業の高度化を目指す 「中国製造2025」や「次世代AI発展計画」の路線の一員になって中国+ロシア+朝鮮半島という「大陸連合」ができた場合、50年後に我が国はどうなるんでしょう?学生は理系離れ、米国留学生は激減、商社に入社して国内勤務志望・・・。その行く末の「人生双六」はどんなものになっているだろう?中国人に作らせたらどうなるのだろう?(トランプは習に「中国製造2025」をやめろと迫っている。あからさまな内政干渉だが、どう批判されようが、米国にとってそれは「やばい」政策なのです)。

トランプはキムとの今後何回かの会談で核設備の段階的廃棄に合意するか、またはその結論は曖昧のまま国連による経済制裁緩和と朝鮮戦争終戦協定まで譲歩してしまうはずです。完全核放棄?そんなものがあるはずがないでしょう?米国はあり得ずのシナリオである。トランプは、では自分にとって最適化となる落とし所はどこかを探る会談になります。どうやって負けに見えないようにやるかということです。おためごかしの理屈は『朝鮮半島の平和』しかない。平和は魔法の合言葉、反対する人も国もない。ということはこうなる。「終戦協定しろ、それを全面的に俺の手柄にしてくれ。米軍は半島から引き揚げる、段階的にな。平和はトランプ様のお陰だと全世界と国連に伝えろ。いいか、見返りはでかいぞ。お前の命と権力は公認してやる。経済制裁解除どころか援助してやるぜ、ベトナムを見ろよ、お前らもこうなるんだ。」

日本は彼の本音において特に重要ではないでしょう。彼の支持層はミサイルが飛んで来なければOKのレベルの白人が多く、朝鮮半島よりメキシコの壁の方が大事です。ノーベル平和賞は、おためごかし解決を正当化するダメ押しホームランとなるのです。キムにとってその解決は勝利である。核の段階的放棄と言われても大変なんだ、困る、どのくらいのペースを米国議会は求めてるのかと聞き出そうとするだろう。トランプが吐いてしまえばディールはダンだ。了解だ、それでいこう、マスコミに撮らせていい、ところでトランプさん、こっちもでっかいお土産がある、平壌にディズニーランドを作ろうぐらいキムにそそのかされてるだろう。中国、ロシアもそれで手打ち済だ。その前提で土地や企業に投資させてくれるなら北朝鮮は世界一魅力的なマーケットであり、米中露はキャピタルゲインでボロ儲けし、北朝鮮には多額の外貨が入るのです。悪知恵はいくらでも出る。合法性?平和のために合法になる法律を作るんです。

本件はそういう目線で見なくてはいけない。トランプもキムも習もプーチンも「悪賢いヤンキー」であって、必要とあらば肉親だろうと秘密諜報部員だろうと消しちまうワルであり、それをお互いに糾弾もしない無法地帯のワルどもであるのです。そこに銅像狙いのムンが加わって米軍は終戦セレモニーとともに大方撤退し、孤立した日本はそれを理由に防衛予算を何倍にもさせられて高額の兵器を言い値で米国から買い続ける優良なお客さんになる。永遠にゆすってしゃぶれるからそのまま蚊帳の外が有難い。これも商人トランプには響く。シンゾーがノーベル平和賞に推薦とバラしたのは、このシナリオを承認済だよとお金をふんだくる日本国民へのせめてものお知らせということです。こんなヤンキー学園に囲まれて、ウチは喧嘩は弱いが東大合格率はなんて学校はやがて路地裏でカツアゲされて終わるでしょう。

駐日ロシア大使はTVで「北方領土はヤルタ会談で認められたロシアの領土だ、それを連合国が承認したのは日本がナチスドイツと組んだからだ」と法的根拠の論点をすり替え(隣国そっくりだ)、日ソ中立条約は事実上無視する伝統的立場は梃でも不変の姿勢でした。日本語がうまい奴ほど危ない。これがカツアゲでなくてなんだろう?同じ論法は中国、韓国の島にも用いられるでしょう、ドイツと組んだ奴は無法者だ、どう殴ろうと無罪だ。北は戦後賠償を兆円単位で吹っ掛けてくるでしょう。我が国は冷静に、昭和27年4月28日、我が国と多くの連合国との間に締結された第2次大戦の終戦条約(サンフランシスコ講和条約)の発効時点に時計を巻き戻さざるを得ないのではないでしょうか。皆さん、1945年の敗戦からその日までの7年間、日本という主権国家は地球上に存在しなかったのを知っていますか?しかし、存在していたはずの戦時中の主権も反故にされる。お前は喧嘩に負けたんだからと。我々はこれからヤンキー村に住むことになる、国でなくなったその時の、僕の親の世代の怒りと悔しさを想像し、地球ではそういうことがあり得るんだということを反芻すべきであります。

そうであるなら、もし吉田茂、池田勇人がドラえもんのタイムトンネルで現在の状況を見てから昭和27年に帰ったならどういう交渉をしただろうか、いや交渉の余地なんか微塵もなかったのですが、もしあったとすれば昭和27年に日本国はどういう国であろうとしていただろうかという視点で考えるべきと思うのです。あそこから日本列島に新しい国を作るならどうしたかったろうかと。私見としてお許しいただくなら、憲法9条改正と、いつでも核を持てる準備、だろうと思います。ヤンキーがそれで黙るというのは北朝鮮が実証しているからです。憲法で自分からは使えない、しかし抑止力としては持つ。トランプがやってるうちに押し切らないと難しいでしょう。「トランプさんの言い値で核ミサイル、アメリカから買うよ、いくらだったら売ってくれます?おっとっと、短距離用だしそっちにゃー絶対向けないよ、Trust me again ! 」ぐらいかましてみたらどうだろう。「大統領、大陸連合3か国(ひとつ減ってる)は全部が核保有国なんですよあなたが許しちゃうから、国民は不安で生活できませんよ、だって日米安保ってセコムでしょ、通報したらほんとに来てくれるの?世界の警察官大作戦からは足を洗うんでしょ?教師が銃で武装すればフロリダ州の学校での銃乱射事件のようなことは防げるってライフル協会で言ったじゃない」ぐらい本気でやってもらいたいですね。

経済大国、技術立国であること、あり続けること。これがなくなればただの太った豚というのが、大変に屈辱的ではあるが現状です。技術革新、deep tech で世界をあっと言わせ続け、それで巨利を得て軍門に下らせることがヤンキーを向こうに回して生きる道であります。それを昭和27年の、まだ新生日本国ができて間もない頃の意気込みと緊張感でやる。それには中国以上の徹底的な理系重視戦略が絶対に必要であるのです。中韓からノーベル賞が出ないなんて優越感持てるのは今だけでしょう。シンガポールは世界の優秀な頭脳を特待条件で誘致しており、中村修二先生がアメリカ人としてノーベル賞をもらうような頭脳流出も加速するでしょう。研究者に予算を出す。研究者がIPOして金儲けなんかにたぶらかされないぐらい研究に没頭してもらう。「日本版シリコンバレー」のような空疎な「箱モノ思想」でなく、日本が欲しいコンテンツ重視で「日本版ノーベル賞」を作り株と引き換えに賞金100億円ぐらい出せばいい。天才が出てくるような教育に奨学金を付与し、ベンチャーキャピタル予算を組んで起業まで一貫してサポートする仕組みを作ればいい。いくらでもやり方はあります。確実なことは、今のまま行って、生き残るのはお追従だけうまくて「読み・書き・算盤」ができない大卒だけというのは保証付きの亡国への道ということです。

 

重かったビル・ゲイツの言葉

 

 

 

 

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インフルエンザの教訓

2019 FEB 23 16:16:46 pm by 東 賢太郎

1月から関係各所への訪問、アポをひかえさせていただいており多大なご迷惑をおかけしております。というのは人生初めてインフルエンザにかかったからです。この10年ほど、神山先生の薬のおかげでほとんど風邪もひかずにきましたが、たまたま1か月薬を休んだら間隙を突かれたかやられてしまいました。39度の熱は参りましたが、いっぽうで面白い経験もしました。

もらったのは日本ですがあいにく熱はプレゼンでソウルへ行った矢先に出ました。非常に困ったわけですが、韓国の医師に初めてかかるスリルはありました。クリニックでさあ何が始まるかと思っていると、出てきたのは30代のさわやかな好青年C先生でした。最初の質問は「お仕事ですか?」。そこからあらぬ方向に話がはずんでまず仲良くなってしまったのです。

投資会社経営だといったのですが、すると彼は「私も会社を経営してます。あれをごらんください」と壁のツーショット写真を誇らしげに指さします。「ジム・ロジャースに会ったの?すごいね」、米国人ジム・ロジャースはジョージ・ソロスとクォンタム・ファンドを創立したヘッジファンドの草分け的存在です。「ええ、このクリニックのほかに健康器具の会社を起業しています」。まあ日本ではまずない展開でした。

じゃあ診ましょうかとC先生は一通りの診察をして処方箋をくれ「この薬を飲めば治ります。ただ熱がお辛いでしょうから点滴を打ってあげます、代金は結構です」。仲良くなると韓国はこうなりますね、だいたい。これも日本ではまずない。お言葉に甘え、2時間ベッドでうとうとしたらすっかり良くなってしまった。付き添ってくれたホテルの女性、看護師さん、薬剤師さんもみなやさしく、深謝して帰ってきました。韓国というのは、日韓関係は危険水域に入っていることは間違いないのですが、個人的には何十回も行って嫌な思いをしたことはないミステリアスな国なのです。

ジム・ロジャースは僕が野村で2000年あたりに「中国株を買え!」と強烈に言い始めたころに同じことを言っており、以来面白い男だと思ってました。そうしたら「1807年にロンドンに移住するのはすばらしいことだった。1907年にニューヨークに移住するのはすばらしいことだった。2007年にはアジアに移住するのが次のすばらしい戦略だ」と言って家族でシンガポールに移住してしまった。なかなかだと思ったですね。

今回、インフルでへたって熱でうなされて体が鉛のように重く、そこまで生命力が落ちると諸欲も好奇心も皆無になるという発見をしました。なにせ息ができてるだけで満足でしたから。ということは、元気でないと人生つまらないだろう、シンガポールに移住しようなんてエネルギーは絶対に出ないなと思い至ったのです。現にジム・ロジャースは元気でオートバイで世界6大陸を走破、ベンツで116か国、24万キロを走破して2度ギネスブックにのっている。

彼はそうして世界中を旅して肌で人々の変化を感じ取ることを投資の原点としている、これも我が流派に合致です。僕は香港に住んで中国にどっぷりと漬かったから中国ビッグバン仮説を思いついた。あの時はサラリーマンだったから個人的にはなにもできなかったが、世が世なら何百億円か手にできたかもしれない。構いません、またやればいいのだから。そのためには僕は絶対に健康でいなくてはいけないと思いました。

ちなみにジム・ロジャースはエール大学卒、オックスフォード大学修士でコロンビア大学ビジネススクール客員教授の超インテリです。しかし彼の業績にそれはあんまり関係ないかもしれないということを最後に書いておきたい。いくら米国でも学校教育で投資がうまくなることは期待できないです。彼の諸欲と好奇心と健康のたまものでしょうね。学歴で飯が食える時代ではありません。これから世界はもっとそうなります。

シリコンバレー、たしかに世界の頭脳の集積基地です。能力に人種、国籍なしでもっと原石のイスラエルやインド、そしてそのアプリケーションとしての中国、ASEAN、アフリカに興味がありますが投資となると米国法が比較的に安心だからシリコンバレーになる。10倍になる株を探すことに残りの人生をかけたいですね、そのソナー探知機でいたい思いがますます強くなっています。それにはまず健康、次に諸欲と好奇心。インフルエンザの教訓です。

 

中国ビッグバン仮説 (追記あり)

 

 

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バンクシーの落書き騒動

2019 FEB 22 0:00:41 am by 東 賢太郎

むかし何げなく書いたブログです。5年前(2014年)のものです。今や有名になって、世界各国で落書きがバンクシー作品じゃないかと騒ぎになってるが、5年前はほとんど知られてませんでしたね、このブログもあんまり人気はありませんでした。

Banksy’s Dismaland!(バンクシーのテーマパーク礼賛)

英語にsarcasticという形容詞があります。これがわからないとバンクシーもわかりません。皮肉って非難、冷笑するという感じですが、そう単純なものではなく「皮肉る」よりもっとスピンがきいて威力があります。英国人が得意というか、このマインドは英国人起源であることはほぼ間違いないと考えるし、英国人を良く知らないとたぶん理解が難しいとも思います。米国人が「It’s terrible!」と直球でけなすところを、あたかも褒めるかのような言葉で変化球でけなすのが英国なのです。

このDismalandなるテーマパークは仮想の「善」です。Disneylandのおちょくりだから、「米国がばらまいた偽善」と読み替えなくてはなりません。ファンタジー、英雄礼賛、退屈な日々からの脱却をうたってナイーブな愚民(idiot)をつくり、絶対勝てない的屋のゲームを競わせ、得体の知れないホットドッグを食わせ、借金でお困りでしょうと更に金利の高いローンを売りつける米国をテーマパークという「善」の象徴の風体を装って馬鹿にしている。しかし更に馬鹿にしているのはそれに気づかず騙されて生きている「あなた」という idiot (馬鹿)なんです、という強烈な毒味を効かせています。

You are so complex that you do not always respond to danger. は「あなたは複雑な人だ。複雑すぎて気がついてない危険なことがありますよ」と表向きでは言いながら「あなたみたいな単細胞の馬鹿はみたことない。日々騙されまくりの人生だね」と言っている。sarcasticというのは言いたいことの真逆を直言しておいて、実は相手を批判したりおちょくったりする変化球のことなのです。言われた方は裏の意味に気がつけば不快なのですが、「ほう、気がついたの?じゃそこまで馬鹿でもないんだね」というニュアンスがあって、それに対して真剣に怒ると今度は救われないという無言の圧力がある。

「このホットドッグ、何のお肉が入ってるか当ててごらん、当たった人は無料にするよ」。「ポーク」「ビーフ」→「はずれです、お金払って」、「いえいえ、実は**じゃないの?」→「当たりです!タダで持ってきな!」、さて、あなた、この**肉のホットドッグ食べますか?はずれ=馬鹿、あたり=賢い、でも食べられない。sarcasticは負けがないのです。常に優位にある。ご参考までに、アッパー(上流階級)の英国人はそうでもないが下のクラスの英国人インテリは「おいしいね」を delicious なんて絶対言わない。米国人の terrific なんて猿なみと思ってる。こう言うのです「Not too bad」。基準がお高い。私は(君たち)猿とは違う。いつも言外にそれを imply したいのです。

僕の仕事は6年間ロンドンで毎日英国人インテリたちと株の取引をすることでした。この「毎日」ってのが大変なことなんです。例えば高校時代は、毎日、昼休みに野球部員は部室に集合して200本のバットの素振りをさせられてました。3年間毎日。だから今でも同世代では体が強いかなと思っています。同じことで、毎日商売で英国人顧客にsarcasticな物言いで苦情を言われていじめられていると、それが伝染して僕自身がsarcasticな人間になってしまっているかもしれない。だから5年前に動画を見てビビッときて、心から気に入って、やっぱりそうかということに感動して、バンクシーなんか誰も知らないだろうけどお構いなく自画像としての「礼賛」のブログ執筆に至ったわけです。

僕は米国礼賛派ではありませんが、そうはいってもお世話になった米国だから、バンクシーの米国おちょくりが気に入ったわけではありません。英国人は judge(審判) になりたがる。それが妙に懐かしいなと、バットの素振りみたいにですね、懐古心がうずいたというところです。6年間英国のクラシック音楽専門誌Gramophoneを愛読し、あれで judge のなり方を心得ました。これで議論がうまくなって随分と得をしました。インテリしか読まない雑誌ですからね、上流階級の英語の単語から言い回しから何から勉強になった。上流は攻撃されないんです英国では。それを覚えたい人にはGramophone購読を強くお勧めしますよ。それで肌で分かったのです、terrific は確かに猿だな、差別だ何だ言っても仕方ないなということが。ただそれを表立って口にしてはいけません。お品がないし、そこでたたかれてしまう。

前に書いたことですが、僕が知る限りそれを最も elegant に intelligent に言いえた名言は、英国人指揮者サー・トーマス・ビーチャム(Sir Thomas Beecham、1879 – 1961)のこれです。これぞ最高傑作である。

Ravinia is the only railway station with a resident orchestra.ラヴィニアはレジデント・オーケストラを有する世界で唯一の駅である)

ビーチャム卿は怒っているのです。このワン・センテンスで、猿にエロイカはわからんと名誉あるラヴィニア音楽祭を完膚なきまでこき下ろして、呼ばれても二度と指揮に行かなかったのです。でもそう見えないでしょう? カッコいいでしょう? 将来の日本を背負って立つ若者のみなさんはぜひ、こういうことを学んでくださいね、学校の先生は絶対に教えてくれませんからね。

そのココロは、ここにございます。

プーランク大好き

sarcastic+witty である。これをRavinia駅長や音楽祭委員会が「侮辱だ!差別だ!」なんてやったらサマにもならない。みっともないし、それがそもそも民度で負けてるよねとなって思うつぼにはまってしまう。だからやらないし、この逸話をこじゃれたアネクドートとして音楽祭の栄えある歴史の一幕に組み込んでしまっています。もちろん米国のインテリもスマートなのです。

大英博物館にも似た事件がございますよ。バンクシーに展示品を装ってこんな「原始洞窟壁画」をこっそり置かれ、おちょくれらてしまったのです。博物館は3日それに気がつきませんでした。

しかし、不法侵入罪だなんて下種なことは大英博物館はいわないのですね。ツイッターでこう書いてしまうのです。

The hoax piece is going back on display – ‘officially’ this time – in our exhibition highlighting the history of dissent and protest around the world.

Listen to co-curator Ian Hislop talk about this piece today at 9.00 on :

(この展示品は偽物であり撤去いたしましたが、当博物館が現在展示しております「世界の反抗と抗議活動の歴史」において、このたび正式な展示品」として復活させる事に致しました。当館の共同館長であるイアン・ヒスロップが9時からBBC第4放送にて当作品につき解説いたします)

知性と教養とお品と格調を持って下種の悪戯をまじめな顔して返し技の悪戯で食ってしまう。日本国外務省と外交官はアジアの英国流でいくべきですね、できるのは日本だけだし、カッコいいから反撃できませんし、すれば猿の猿回しになって失笑買うだけですしね。

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高度成長期はカンブリア紀であった

2019 JAN 20 0:00:07 am by 東 賢太郎

最近のヒザ痛は精神的にもよくないですね、何はなくとも足腰だけは自信あったですから。今日はニューオータニのゴールデンスパに入会し、ジムでトレーナーの小山さんについて鍛えなおそうと奮起いたしました。

体幹のストレッチをやっていて、何か運動されてました?と聞かれ野球と答えましたが、いかんいかんと思ったのです。そんなのいつの話だよ?そうね、それ、今はショーワって呼ぶんだよね。意味ないんですね、だって平成すら終わろうとしてるのに・・・。子供のころ、おばあちゃんってメージ生まれなんだねと言いながら江戸時代みたいに遠い気がしてた、あの立場になっちゃったんですね。

去年は経営上の大きな危機がありました。そのときはそう思ってなかったけど、いまになって振り返るとそうだ。それは外的な変化によるもので、未曽有のストレス要因でもありました。おかげで心身とも弱りましたが、なんとかそれを乗り越えつつあるいま、逆に会社としては一皮むけて強くなった実感があるから不思議ですね。

このことは、地球の歴史と生物進化の関係を独創的な視点で説いた東工大 丸山 茂徳特命教授の主張を思い出させます。

非常に刺激的な仮説である

教授の著書「地球史を読み解く」によると地球には原生代に銀河系の星雲衝突によるスターバースト放射線によって雲に覆われ、太陽光線が遮断されて赤道まで完全に凍りつくという「全球凍結」が2回(22-24億年前と5.5-7.7億年前)おこりました。その極寒環境で既存の生物は絶滅し、火山帯の熱で生き残った生命が突然変異を伴って次世代に繁殖したのですが、この環境変化において細胞は別生物だったミトコンドリアを取り込み、後に哺乳類と腸内細菌のがしているような「共生関係」になるという新しい適応方法も生まれて新しい生物が生存したそうです。

そのように、生命というものが外的環境の変化、特に危機的な激変によってダイナミック(動的)に急速に変化するということ、それも、その変化が後世に生き残るという鍵であるという点は歴史(結果論的視点)からは「いつも正しい」わけです。変化して死んだのもいるでしょうが、変化しなかったのは確実に絶滅したわけですから、「適応力のあること」こそが進化、成長、繁栄への一里塚(必要条件)であることは間違いないと思います。この「外的環境の、しかもとりわけシビアで危機的な変化こそが生物を強くして進化させる」というテーゼがどういうメカニズムで発生するのかは丸山教授の本でも他の書籍でもわかりませんでした。

しかし、そうではあっても、ということは、重要な結論を導くのです。結果論的視点ではない「現在(now)」においてAかBかを選択しなくてはいけない場合、「適応力のないほうは捨てろ」という結論です。どんなにいま現在、盤石で強く、永続的、魅力的に見えようとです。人、会社、大学、役所、国、経営戦略、すべてにおいてと考えたほうがよい。僕は若者に「若いときの苦労は買ってでもしろ」「選択肢があれば嫌な方を選べ」と教えるのはそのためです。適応力はそうやって訓練できるからです。国だってそうだ。三方敵であるスイスに住んでその強さを知ったし、日本国の歴史だって中国、韓半島の情勢変化に揺動されておきた事件がたくさんある。両国とも事態に適応する力で征服されずに生き延びた歴史をもっています。

しかしもっと身近な例で、皆さんが学校、就職先、恋人、結婚相手、社員を選ぶとき、投資する株、人事評価、経営者にとって経営戦略を策定するとき、もっというなら皆さんは毎日何らかの小さな選択をしていますが、そこでもです。人生はその積み重ねだからこのテーゼを常に頭の片隅に置いた方が良いと僕は思っています。

第一世代のルンバ

企業に当てはめてみましょう。企業というのは生物と似ていて、ダイナミックな外的環境変化に適応し変化していかないと死を迎えます。倒産するか吸収合併されるということです。後者の場合、社名やブランド名は残ってもそれは外部に見せるだけの抜け殻で、内臓は捕食者に食い尽くされています。日本のお家芸だった半導体や家電産業は好例でしょう。気づかぬうちにスターバースト放射線が放射され、全球凍結があったのです。その極寒の環境のなかで、死滅したと思われた英国の家電業界からサイクロン式掃除機のダイソン社が、アメリカからは「ルンバ」のiRobot社が出現しました。日本の家電メーカーが思いもよらぬ新生物の登場です。僕はルンバを初めて見たとき、カンブリア紀に我が世を謳歌した古生物さながらに見えました。しかし、仮に100年後にルンバやサイクロンしか残らなかったとするならば、後世人類の目には、我々の使ってきた日立や東芝の「電気掃除機」が奇態なカンブリア紀の生物に写るでしょう。

ルンバはロボット、AIという進化した脳が掃除機という旧世代生物に寄生してできた新生物です。これが「細胞は別生物だったミトコンドリアを取り込み、哺乳類は腸内細菌と共生関係になる」という適応です。我々の脳と腸はもともと別生物だったそうで、企業でいうとM&Aで合併した会社として適応・進化して地球の支配者になったということです。このことは、「既得権益を守ってぬるま湯に安住」し「武士は食わねど高楊枝」を決め込み、「人材の多様化を図らず純血主義に固執」する企業は、やがて全滅すると考えるに足る理由です。僕がそう思うからではなく、結果論として、生物進化と企業盛衰は似た現象であり、メカニズムはどちらもわからないが、結果論的視点に拘泥するのは科学的姿勢でないと批判するよりもそれを信じてしまって行動したほうが、学者ではない僕たちには実利的な生き方ではないか、ということです。

僕ら昭和世代は高度成長期の誇りをもって生きてきましたが、世界の産業界のダイナミックな変化と新生物のたびかさなる出現を見るにつけ、あの繁栄はカンブリア大爆発の類だったのかもしれないと思うのです。

アノマロカリス、ハルキゲニア、オパビニア・・・

まずいまずい、これって意外に俺なのかもしれない・・・・

始祖ではあるけれど、自分は生き残らないんだろうな・・・・

昭和の成功体験にすがればすがるほど、企業も国もつぶれるでしょう。そう確信してます。僕はサラリーマン時代の(昭和の)成功体験は全部捨てました。それがソナーの真骨頂で、そう考えると去年の苦労もストレスも我が社を適応させて生存能力を高めたのかなと手前味噌に考えております。

 

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キャリアハイの仕事は負けからやってくる

2019 JAN 13 14:14:20 pm by 東 賢太郎

大手町を歩いているとたまに呼び止められる。年末にまたそれがあった。みずほで部下だったS君だ。軽く近況を話しながら、彼と行った外交先やゴルフ接待のことなどを次々と思い出していた。彼だけじゃない、最近は銀行がお客様になったり、ご融資もいただいて助けてもらったり、商売のフロントでもメガの第一線でご活躍中のバンカーと一緒に仕事するようになっている。これは僕の人生の辞書には書いてないことだった。

就職のとき、親父が銀行員でどことなく反発があって銀行に就職という発想が持てなかった。母には「あなたは向いてないからね、銀行だけはやめてね」と懇願された。東大法学部には民間なら銀行という空気があって、それに対して付和雷同嫌いの性格が騒ぎだしていたし、そもそも勉強してないのだから受かりもしなかったろう。熱心に誘ってくださったのが三菱Gの名門会社で、10年目に1か月休暇で世界1周できるという雄大なお話に大いに気持ちが動いたが、お世話になっていたらどういう人生が待っていたのだろうといまでも一抹の後悔がある。

野村からみずほに転籍させていただいたのは2004年だ。そういう経緯があったから、入るのは証券会社とはいえガバナンスは銀行にあるという意識がかなりひっかかっていた。というのは、面接は、「銀行頭取からエクイティ引受元年にすると厳命が下っている、証券のその部門を率いてくれ」という話だったからだ。当時のみずほ証券は国内の株式引受で主幹事案件実績がゼロ。主幹事あたりまえの野村證券目線からすれば何もないに等しい。しかも株式業務といっても僕は引受部門の経験がない。それをやってくれというのだから人違いだと思い、はっきりそう申し上げたら返ってきた言葉が「東くん、僕は君のことをよく知っているんだ」だった。

これがY常務との人生初の出会いだったが、実に意味深かったことになる。49才で25年勤めた会社を辞めるのは大きな決断だったが、この30分の面接一回で腹が決まる。動機は仕事内容ではない、「士は己を知る者の為に死す」であった。その証拠に給与、タイトル等の移籍条件の話をするまえに「お世話になります」と電話した。実はその時点で別の銀行系から条件面でずっと上のオファーをもらっていたがお断りの電話を入れた。野村が嫌いになったわけではない。ただあのころ、ひとえに僕の力不足ゆえ、優秀な若手が次々と台頭して出番は確実に減っていた。要は出世競争に負けたわけだ。野球でいうならば「試合に出たい、必要としてくれる球団はないか」という気持ちを止めようがなかった。

母に、ごめん、銀行系に行くことになったと報告したら少し考えて僕の目をじっと見て、「うまくやってね」と言った。母の直観力は凄い。ごまかせたことは一度もない。これが最後の会話だった。いいわけになるが、積極的な気持ちで「行く」ということではなく、行かざるを得なくなってボートに乗った難民みたいなものだった。おそらく、気合が尋常ではなかったから使っていただけただけで、別に僕でなくてもいっぱしの証券マンなら誰でもよかったのではないか。いま思うとそれが時の利というものであって、そういう巡りあわせの瞬間にたまたま良い具合にそこに「居た」だけだ。人生は本当にわからない。

そこから2年が過ぎた。主幹事本数をゼロから16本とし、年度前半の実績で大和証券をぬいた。日本航空のグローバル・コーディネーター(国際主幹事)のトップ・レフトをかけて常連の野村證券、ゴールドマン・サックスとの三つ巴の激戦となり、ついにせり勝った。この戦いに証券マンとして持てるものすべてを投入したし、そんな場を与えていただいたことには身震いするほどの幸運を感じたし、勝てもしたから運もあった。我が業界、国内主幹事ゼロというのは国体でメダルがない選手ということであって、それが突然にオリンピックに出て金メダルを取ってしまったということに等しい。

しかし、そう甘くはない。そこから激烈な反撃にあった。ニューヨークのロードショーでJALのN社長に随行して成田を出発する直前だ、この期に及んでシ団を降りる(辞退する)という会社が出てきて社内は騒然となった。するとウチも考えると同調する所が現れ、ディールが中止に追い込まれるかもしれない異常事態に陥った。暗に「JAL様、主幹事のご選択間違ってませんか?」と数社がつるんだ揺さぶりだった。夜中の3時にホテルの社長の部屋に関係者が全員集合し、僕が東京へ電話して降りる宣言をした大手証券の役員とシビアな談判になった。

押されたら負けだ。幕末の薩長と同じじゃないか、敵は多勢でも天皇はこっちにおられるぞと腹をくくった。おどしすかしの応酬で最悪の事態は回避しながら説明会を開催し、ニューヨーク、ボストンの有力投資家をまわり、疲れ切って帰国のJFK空港ラウンジの椅子で熟睡していたらN社長が探しに来られてねぎらってくださった。帰ったら体重は5キロ減っていた。株主総会直後の増資の決定の仕方についても公然と批判が噴出した。日経新聞の社説で論説委員に連日ぼろ糞にたたかれたが、みずほの経営会議は歯牙にもかけず大成功とたたえてくれた。

もうひとつ、懐かしいのがある。テレビ東京のIPOだ。値決めで議論があって、調印式会場のディズニーシーの会議室でS社長になぜ3000円じゃないんだ(2900円を提案)と激怒されてしまった。当方には考えがあったが何かが至らなかったのだろう、役員でもない君が何様だと調印は見送りとなってしまい、同席の部下たちは凍りついた。翌日ねばった末ついにご理解いただき、公開初日は想定どおり盛況な売買で成功だった。後日の上場祝賀会でS社長が「君の言うとおりだった」と乾杯し女子アナをおおぜい呼んで囲んでくださった。

しかし初めからそううまく進んだわけではない。周囲も部下も銀行員で、仏教徒とキリシタンの会話である。野村では注文を取ることを「ペロを切る」と言い「切ってナンボ」と教える。営業行為というのは顧客によって千差万別の数々の障壁をクリアしないと成立しない。10個あるなら10個撃破してナンボだ。「9個クリアは自己評価で何点?」「90点です」「なに言ってんの、零点だよ」なんていう会話があってシーンとなる。超高学歴部隊でプレゼン資料の厚さを競うみたいな文化があり、下手すると100ページもあって目が点になる。「3ページにしろ」と返すとこんどは彼らの目が点になる。

言い訳も多い。「零点の生徒に言い訳の権利はない」とつっぱねる。最初の部門予算会議で「東君、大変だけど頼むよ」と言われ、数字を見たら120人もいるのに収益予算が16億円だ。誤植と思い「常務、これ一桁ちがってませんか?」と聞いたらまわりは凍った。いけない発言だったらしい。しかし、半年もするとだんだん皆さんの目の色が変わってきた。東芝の公募が取れてしまい頭取賞をいただいた。「零点」「3ページ」が効いたのか、見えないマグマのような力で部下たちが次々とペロを切った。実は優秀だったのだ。結局その年に予算の10倍ぐらいやってしまい、部門の空気は明らかに変わって勝てる軍団になっていた。証券マン人生で最もエキサイティングな思い出だ。

どうして御託ならべばかりだった部隊がああなったのか?おそらくこっちも引受は初心者だったからだ。そんな状態でプロだと迎えられ、尻に火がついていたのだから皆さんに僕の「一生懸命ぶり」が通じたのかなと思う。それでも重石の役みたいなものだからぶれたらいけない。どこへ出てもドンと構えるしかない。それを部下たちが自信をもって使いまくってくれた。大手町で声をかけてくれたS君もそのひとりだ。彼らの自信が顧客企業にハートで通じて、じゃあ初めてだけど一回みずほ証券にまかせてみようとかとなる。それがうまく片付く、もっと自信がつく、我が部もやらなくては、という好循環になったのだったと思う。

こうやって、僕は野村證券で育てていただいて、みずほ証券でキャリアハイの仕事をさせていただいた。どちらだけに恩義があるとは言い難く、両方がセットになってなるべくしてなったという感じだが、ひとつだけ間違いないことがある。「負け」が原動力になったことだ。僕は何が嫌いといって、負けることだ。50才にもなれば普通は残ったガソリンで10年持たせようと低燃費走行にはいるだろう。そこでハイオクを満タンにしてアクセル全開にするなんて、負けの悔しさがなければするはずもなかった。

さらには、その加速で時速200キロ出てなければ、5年後に今度は起業しようなどというターボエンジンが作動することもなく、今ごろは平平凡凡のリタイアに追い込まれて何もすることがなくなっていただろう。僕にとってそれは許せない最悪の事態であり、人生の負けなのだ。しかもその負けは挽回するチャンスはもうないから、事故で大破するようなもの。それも、時速10キロで路肩に乗り上げて動けなくなるみたいなもので、これぞ、まぎれもなく、僕の人生の辞書には書いてないことだった

望んでそれができたわけでも何を頑張ったわけでもない。たまたま難民になって負け犬のボートに乗って漂着して、そこに居ただけだ。ただ、若いころに普通の何倍もの苦労をしていたからどんな土地でも生き抜く自信と生命力だけはあった。それさえあればいい。居るだけでいいチャンスなど誰にもめぐってくる。つまり、逆境にあっても絶対にあきらめてはいけないということこそ金言なのだ。ただの負けというのはゲームの負けで実はチャージのことであり、あきらめるということは人生の負けでこっちは取り返しはつかない。やり続ける限り、小競り合いにいくら負けても負けたと思う必要はない。勝つまでやればいいだけだ。

 

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どうして証券会社に入ったの?(その1)

 

 

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やさしいおじさんになったつもり

2019 JAN 10 0:00:06 am by 東 賢太郎

さいきん毎日いろいろな方とお会いする機会がありもろもろの話をするが、気がついたことがある。若い人は僕がだんだん自説に熱が入ってくると威圧感を感じるらしいのだ。こっちはそんな気はなくても怖いといわれたこともある。サラリーマン時代ならわかる。でもいまはすごくやさしいおじさんになったつもりだったので、けっこうショックなのである。

香港時代、毎日きわめて機嫌が悪かったらしく、「笑っていてちょうどいいぐらいですよ」といわれて、それはそれでこたえた。飲みニュケーションの場になって初めて「笑われることもあるんですね」なんて女子社員に驚かれるのはずっと若いころからだし、顔が怖いのは仕方ないとあきらめていたわけだが、僕は集中力で仕事するタイプなので「はいってしまう」とどう見えようが周りのことは気にしない。

しかも、集中すると2倍速くやらないと気がすまず2倍短気だ。いまは1.1倍になっているが、それでもソナー案件を何度も助けてくれた税理士のN先生や弁護士のM先生、A先生、会計士のA先生、アナリストのM君など「アズマ経験値」(飲むと酒の肴)が高く、もちろん能力も高く、即座に臨戦態勢に入ってくれるおかげでなんとかもっている。N先生など、あっ、また始まったと楽しんでおられる風情すらある。

とにかく思いついたらすぐやるので、この先生方は外国から携帯に直で「あれを明朝までにやってくれ」、(会議中なのに)「この条文をすぐ直してくれ」なんてのを見舞われておられる。「遅い!ビジネスがわかってない!」なんて叱咤もしてしまった(無礼な話だ)。しかしそんなのは礼儀正しいほうで、昔の部下は例外なく机をぶったたいて怒鳴られている。それでもついてきてくれるなんて、誰でもできることでないのは僕が一番わかってる(僕なら無理だし)。それに最大の敬意を払っているからこそ、長いお付き合いになっているわけである。

僕は徹底した問題解決型人間である。ゴールに最短で達する方法以外になんら興味はない。それを僕以上の速度でできる人は世界にあまりいないと思ってる(野球のピッチャーと同じ、そうでもないとこの仕事はできない)。だから余計なことをしたりくだらない茶々が入ったりされるのが決定的にだめである。そんなの相手にする暇はない。こうやれば解ける、最短の解法はこれだ、という確信なしに僕が動くことはあり得ないし、それを瞬時に共有して持ち場持ち場で必要なことを判断してさっとやってほしい。やれば結局は僕が最後はやるのだから勝率は高く、その人は利益を手にするし成功体験も積める。

いろいろお付き合いが増えてきたし、本稿を読まれる方もおられるだろう。僕以上に上記のことができて収益があげられる方がおられれば、経歴、年齢、性別、国籍すべて不問で、ソナー・アドバイザーズの社長をいつでもおまかせしたい。ことし64になるので、65までには後継者を作らないといけない。なんでこんなに頑張ってきたか?2億円も借金しちまったからだ。返せないから必死に働いた。なまけものなのでケツに火がつかないと本気でやらないが、気がついたらそれもなくなった。相続は終わって無一文だし、事業の引継ぎをすれば断捨離も完了、背負うものがなくなる。

僕は50で野村をやめて55でサラリーマンをやめた。65というのは何ものかではあるだろう。そもそも税金で勉強させてもらって社費で留学させてもらって社会人としては自己都合で何回も「FA宣言」させていただいた。同世代でこんなにわがまました人間も珍しいだろうが、いま30代以下の人たちは、入った会社が終身雇用をキープしてくれるかどうか心配する以前に会社が消えているリスクを考えなくてはいけない。そんなの普通でしょという時代を生きていかなくてはならないから僕のやったことはいいシミュレーションだ。ポイントは、FA宣言は採ってくれるところがあるからできるということだ。つまり労働市場での自分のバリューをあげておかないといけない。

簡単だ。僕が社長をやってもらいたいと懇願するような人物になれば、はっきり書くが、いつFA宣言してもぜんぜんOK。経験者が言うのだから間違いない。「どうすればそうなれますか」と質問するような人は、かわいそうだがなれないからあきらめた方がいい。修行がいるのだ。その場はどこでもいい、与えられた仕事(嫌な仕事、難題であればあるほど良い)とがっぷり四つの真剣勝負をして最後まで完璧にやり遂げる。自分なりに解決する。責任を持つ。それを積み重ねる以外に手はない。解決しないまま何百年やっても、そんな経験は無意味。僕はそういう人は、とりあえず一回は叱る。それで気がつけば脈はあるし、それで治らなければもう二度と叱らない。なぜなら叱ると怖いといわれるし、できればやさしいおじさんでいたいからだ。

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野村證券・外村副社長からの電話

2018 DEC 10 23:23:02 pm by 東 賢太郎

外村さんと初めて話したのは電話だった。1982年の夏のこと、僕はウォートンに留学する直前で、コロラド大学で1か月の英語研修中だった。勉強に疲れて熟睡していたら、突然のベルの音に飛び起きた。金曜日の朝6時前のことだった。

「東くんか、ニューヨークの外村です」「はっ」「きみ、野球やってたよな」「はあ?」「実はなあ、今年から日本企業対抗の野球大会に出ることになったんだ」「はい」「そしたらくじ引きでな、初戦で前年度優勝チームと当たっちゃったんだ」「はっ」「ピッチャーがいなくてね、きみ、明日ニューヨークまで来てくれないか」「ええっ?でも月曜日に試験があって勉強中なんです」

一気に目がさめた。この時、外村さんは米国野村證券の部長であり、コロンビア大学修士で日本人MBAの先駆者のお一人だ。社長は後に東京スター銀行会長、国連MIGA長官、経済企画庁長官、参議院議員を歴任しニューヨーク市名誉市民にもなられた寺澤芳男さんだった。寺澤さんもウォートンMBAで、ニューヨークにご挨拶に行く予定は入っていたが、それは試験を無事終えてのことでまだまだ先だ。なにより、留学が決まったはいいものの英語のヒアリングがぜんぜんだめで気ばかり焦っているような日々だった。しかし、すべては外村さんの次のひとことで決したのだ。

「東くん、試験なんかいいよ、僕が人事部に言っとくから。フライトもホテルも全部こっちで手配しとくからいっさい心配しないで来てくれ」

コロラド大学はボールダーという高橋尚子がトレーニングをした標高1700メートルの高地にある。きいてみると空港のあるデンバーまでタクシーで1時間、デンバーからニューヨークは東京~グァムぐらい離れていて、飛行機で4~5時間かかるらしい。しかも野球なんてもうやってないし、相手は最強の呼び声高い名門「レストラン日本」。大変なことになった。

その日の午後、不安になり友達にお願いして久々に肩慣らしのキャッチボールをした。ボールダーで自転車を買って走り回っていたせいか意外にいい球が行っていてちょっと安心はした。いよいよ土曜日、不安いっぱいで飛行機に乗り午後JFK空港に着くと外村さんが「おお、来たか」と満面の笑顔で出迎えてくださった。これが初対面だった。午後にすぐ全体練習があり、キャッチャーのダンだと紹介されてサインを決めた。俺は2種類しかないよ、直球がグーでカーブがチョキね。簡単だった。フリーバッティングで登板した。ほとんど打たれなかったがアメリカ人のレベルはまあまあだった。監督の外村さんが「東、明日は勝てる気がしてきたぞ」とおっしゃるので「いえ、来たからには絶対に勝ちます」と強がった記憶がある。そう言ったものの自信なんかぜんぜんなく、自分を奮い立たせたかっただけだ。ご自宅で奥様の手料理をいただいて初めて緊張がほぐれたというのが本当のところだった。

いよいよ日曜日だ。試合はマンハッタンとクィーンズの間にあるランドールズ・アイランドで朝8時開始である。こっちがグラウンドに着いたらもうシートノックで汗をかいて余裕で待ち構えていたレストラン日本は、エースは温存してショートが先発だ。初出場でなめられていたのを知ってよ~しやったろうじゃないかとなった。板前さんたちだろうか全員が高校球児みたいな髪型の若い日本人、声出しや動きを見れば明らかに野球経験者で体格もよく、こっちは日米混成のおじさんチームで27才の僕が一番若い。初回、1番にストレートの四球。2番に初球を左中間2塁打。たった5球で1点取られ、天を仰いだ。コロラドから鳴り物入りでやってきてぼろ負けで帰るわけにはいかない。そこから必死でどうなったかあんまり記憶がないが、僕の身上である渾身の高め直球で4番を空振り三振にとったのだけは確かで、なんとか2点で抑えた。

勝因は外村監督の「バントでかき回せ」「野次れ」の攪乱戦法に尽きる。これがなかったら強力打線に打ちくずされていただろう。全員が大声を出してかき回しているうちに徐々に僕のピッチングも好調になって空気が変わってきた。第1打席で三振したので外村監督に「次は必ず打ちます」と宣言し、次の打席でファールだったが左翼にあわやホームランを打ち込んだとき、投手がびびった感じがして四球になり、勝てるかなと初めて思った。そうしたら不思議と相手に守備の考えられないミスも出て、流れは完全にこっちに来た。後半はまったく打たれる気もせずのびのび投げて被安打3、奪三振5で完投し、大番狂わせの11対2で大勝。翌日の日本語新聞の一面トップを飾った。甲子園でいうなら21世紀枠の都立高校が大阪桐蔭でも倒したみたいな騒ぎになった。

後列、右から3人目が僕

午後の飛行機でコロラドに帰ったが外村さんのご指示で持ちきれないぐらいのインスタントラーメンやお米をご褒美にいただき、学校でみんなに配ったら大評判になった。試験のことはからっきし記憶にないが、無事にウォートンへ行けたのだからきっと受かったんだろう。ということはシコシコ勉強なんかしてないで野球でサボって大正解だったわけだ。やれやれこれで大仕事は果たしたと安心したが、それは甘かった。翌週末の2回戦も来いの電話がすぐに鳴り、三菱商事戦だったがまたまたバント作戦でかき回し、10対0の5回コールド、僕は7奪三振でノーヒットノーランを達成した。また勝ったということでこの先がまだ3試合あって、フィラデルフィアからも2度アムトラックに乗って「出征」し、日系企業45チームのビッグトーナメントだったがいちおう準決勝進出を果たした(プロの投手と対決した思い出)。

コロンビア大学ベーカー・フィールドのマウンドに立つ(1982年8月29日)

準決勝で敗れたがそこからが凄かった。決勝戦と3位決定戦はルー・ゲーリックがプレーしたコロンビア大学ベーカー・フィールドで行われたからだ。そんな球場のマウンドに登れるだけで夢見心地で、けっこう普通のグラウンドだなと思ったがアメリカ人の主審のメジャーみたいにド派手なジャッジがかっこよくてミーハー気分でもあった。ベースボールってこんなものなのかと感じたのも宝物のような思い出だ。この試合、まずまずの出来で完投したが、相手投手陣が強力で攪乱戦法がきかず4対2で負けた(被安打2、奪三振5)。思えばこれが人生での最後のマウンドになった。本望だ。甲子園や神宮では投げられなかったけれど、すべてが外村さんのおかげだ。

外村監督が4位の表彰を受ける

残念ながら初陣は優勝で飾れず申しわけなかったが、この翌年、ウォートンで地獄の特訓みたいな勉強に圧倒されていた僕は外村さんがアリゾナ州立大学の投手とハーバードの4番でヤンキースのテスト生になった人を社員に雇ってついに念願の優勝を果たされたときき、おめでとうございますの電話をした。我がことのようにうれしかった。アメリカで仕事する以上は野球で負けられんという心意気には感服するばかり。遊びの精神がなかったら良い仕事なんてできない、こういうことを「たかが遊び」にしない、やるならまじめに勝つぞという精神は、仕事は本業だからさらに勝たなくてはいけないよねという強いスピリットを自然に生むのだ。僕みたいな若僧を委細構わず抜擢して火事場の馬鹿力で仕事をさせてしまう野村のカルチャーも素晴らしいが、それをああいうチャーミングでスマートな方法でやってのけてしまうなんて外村さん以外には誰もできなかった。

大会委員長から「最優秀選手賞」のトロフィーをいただく

試合後の表彰式で4チームの選手がホームベース前に整列した。各監督への賞品授与式が終わって、いよいよ選手一同のお待ちかね、今大会の「Outstanding Player賞」(最優秀選手賞)の発表になった。緊迫したプロ並みの投手戦となってスタンドがかたずをのんだ決勝戦、1-0の完封で優勝した神山投手(甲子園選抜大会で岡山東の平松政次に投げ勝った人)に違いないと誰もが思っていたらマイクで呼ばれたのは僕の名前だった。一瞬あたりがシーンとなる。各チームのエースの方々の経歴は優勝が阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)、2位がヤンキース、3位が読売ジャイアンツで素人は僕だけ。しかも4位だ。何かの間違いだろうとぐずぐずしていたら、その3人の大エースがお前さんだよ早く出てこいと最後尾にいた僕を手招きし、そろって頭上であらん限りの拍手をくださった。ついで周囲からも拍手が響き渡り、あまりの光栄に頭が真っ白、お立ち台(写真)では感涙で何も見えていない。

それもこれも、外村さんの電話からはじまったことだ。このことがその後の長い野村での人生で、海外での証券ビジネスの最前線で、独立して現在に至るまでの厳しい道のりで、どれだけ自信のベースになったか。後に社長として赴任されたロンドンでは直属の上司となり、英国では英国なりにゴルフを何度もご一緒しテニスやクリケットも連れて行っていただいた。国にも人にも文化にも、一切の先入観なく等しく関心を向け、楽しみながらご自分の目で是々非々の判断をしていくという外村さんの柔軟な姿勢は、ビジネスどころか人生においても、今や僕にとって憲法のようなものになっている。

そこからは仕事の上司部下のお付き合いになっていくわけだが、常に陰に日向に気にかけていただき、ときに厳しい目で苦言もいただき、数えたらきりのないご恩と叱咤激励を頂戴してきたが、誤解ないことを願いつつあえて本音を書かせていただくならば、僕から拝見した外村さんの存在は副社長でも上司でもなく、すべてはあのコロラドの朝の電話に始まる野球大会での絆にあった気がする。だから、まず第1にグローバルビジネスの酸いも甘いも知得されなんでも相談できる大先輩であり、第2に、延々とそれだけで盛り上がれる、野村には二人といない野球の同志でもあられたのだ。

きのう、外村さんの旅立ちをお見送りした今も、まだ僕はそのことを受け入れられていない。9月10日にある会合でお会いし、ディナーを隣の席でご一緒したがお元気だった。その折に、どんなきっかけだったか、どういうわけか、不意に全員の前で上述のニューヨーク野球大会の顛末をとうとうと語られ、

「おい、あのときはまだ130キロぐらい出てたよな」

「いえ、そんなには・・・たぶん120ぐらいでしょう・・・」

が最後の会話だった。11月1日にソナーが日経新聞に載ったお知らせをしたら、

東くん
何か新しいことに成功したようですね。おめでとう。
外村

とすぐ返事を下さった。うれしくて、すぐに、

外村さん
ありがとうございます、少しだけ芽がでた気がしますがまだまだです。これからもよろしくお願いします。

とお返しした。これがほんとうに最後だった。この短いメールのやり取りには36年の年輪がかくれている。おい、もっと説明してくれよ、でもよかったなあ、という「おめでとう」だ。でもわかってくださったはずだ。そして、もし説明していたら、外村さんはこうおっしゃっただろうということも僕はわかってしまう。

12月5日の夜、外村さんが逝去される前日に、なんだか理由もきっかけもなく、ふっと思いついてこのブログを書いていた。

寺尾聰「ルビーの指環」

あとになって驚いた。1982年だって?このブログはコロラド大学に向けて成田空港を出発し、外村さんからあの電話をいただく直前の話だったのだ。どこからともなくやって来たなんてことじゃない、あれから36年たってかかってきた、もう一本の電話だったのかもしれない。

外村さん、仕事も人生もあんなにたくさん教わったんですが、野球の話ばかりになってしまうのをお許しください。でも、きっとそれを一番喜んでくださると確信してます。ゆっくりおやすみください。必ずやり遂げてご恩返しをします。

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ソナーは自分が買わない株はすすめません

2018 DEC 1 15:15:37 pm by 東 賢太郎

「自分が買わない株はすすめません」というとたいがい嘘だろうという顔をされる。無理もない、そんな会社は僕の知る限りない。しかし、どんなに世の常識に反していようとそれは本当だ。ソナーは自分の資金でお客様と一緒に買って持っているし、そうでなくてはプロでないし、そういう株を探し出してくる自信があるし、実際できているから会社が8期目に入っている。宝を探す「ソナー探知機」になぞらえて「ソナー」を名のらせてもらっているのはそのためだ。

証券マンとしての僕の原点はこのブログにある。HPのブログ第1号だ。

ソナー・ファイル No1 (10倍になる株を探す楽しみ)

僕は金利が1%だ2%だ何ベーシスポイントだというボンド(債券)の世界には何の関心もない。そんな誤差みたいなものに感応するセンサーはついていない。株も1割2割上昇ではなく、10倍になるかなというのに出会うと初めてセンサーが作動し、全神経が集中する。これは理屈でない、本能的な反応である。自分はネコ科なのでハンティング感覚なのかなと思う。追っかけても疲れるだけだからだろう、ライオンはモグラやネズミは見向きもしない。そんなのを追っかけるのはハイエナでライオンではない。僕はハイエナは好きでない。

「10倍探し」は学校で習った技能ではない。生まれつき好きな嗜好のようなものであって野球やクラシック音楽と同じだ。しかしそこでは僕は素人だがこっちはちがう、というのは「好き」の度合いがちがうからで24時間寝ても覚めてもそれを考えてるわけだが苦痛と思ったことは一度もない。野球や音楽でそれは無理である。やり直せるなら大学は不要で高卒で野村に入りたい。東大やウォートンで習ったことは趣味だ、10倍探しには全く不要であった。野村と他は比べものにもならない、野村でないとだめだ。

ソナーのHPをご覧になって立派な経営理念ですねなどと言って下さる方があるが、あんまりそう思っていない。ハンターとして獲物を捕らえる自信あります、それに便乗(共同投資)しませんか?という経営だから理念というほど立派でもなく泥臭い。血の匂いすら意識すると書けば、まず99%の方は理解できないだろう。それが「ソナーは自分が買わない株はすすめません」の意味であり、経営のコミットメントなのだから嘘でない。並の会社のHPにある芳香剤の匂いのする美辞麗句とはちょっとわけが違う。

なぜ便乗者が必要か。まだ投資資金が少ないから獲物のサイズが限られてしまう。そうなるとハイエナになるしかないがモグラやネズミは10倍にならない。だから「仲間」が必要なのだ。ただし僕は買収する気はない。経営リスクを負う気はないからだ。「買収者に近い発想と分析」で対象を選別し、モノが言える程度には株を持って経営はあまり口出ししない。100%取得した社のCEOを呼んで「君の定年退職は100歳だ」と告げるウォーレン・バフェットに近いと思う。当然ながら彼同様に、日々売った買ったのトレーダーではまったくない。もしこれからうまくいけば、いずれソナーは共同投資者は不要になるだろう。

こういう考えに至った経緯は簡単だ。証券会社勤務で一番いやだったのはモグラやネズミを「大物」のように売ることだったからだ。そのくせライオンのようにふるまっている。なぜそれが嫌いかは、僕の書き貯めた1915本(12月1日現在)のブログをお読みになればどなたもわかっていただけると思う。性格は変えられないし、自分の本性に逆らったことを毎日するほど苦痛な人生はない。何でも好きにできる自分の会社でいやなことをする理由などなく、それを理解されてない方を共同投資者にお招きする気も必要もないし、顔の見えない不特定多数の人の資金を運用する投資信託をやる気もない。

お金をタダでくれる人はいない。だから株を買ってお金が増えるとすると、その知恵をタダで教えてくれる人などいるはずがない。それっぽい本を書いている人は、それができないから印税で食いたいのだ。その知恵というものは、自身のリスクをかけた、体を張った勝負の見返りである。投資信託を買っている方は、運用しているサラリーマンのファンドマネージャーに「自身のリスクをかけた、体を張った勝負」をたったの1~2%の手数料でお願いして「わかりました」とやってくれるかどうかよく考えてみればいい。

「いや、彼はがんばってくれている」と思っている人もいる。それが本当だとしよう。すると可能性は二つある。一つ目、彼は1~2%の手数料で本気でがんばれる人なのだ。そういう人は根っからサラリーマンに向いていて、ハンティングには適性がないから職業を変えたほうがいい。二つ目、運用会社が羊頭狗肉(モグラやネズミを「大物」のように売ること)をポリシーとしている。日本の老舗の大手金融機関は例外なく後者の商法をやっている。

彼らにきっと悪気はないだろう、なぜなら、経営陣にハンター気質の人は一人もいないからジャングルでどうハンティングが行われているかなど誰も知らない。巨人軍のフロントが誰も野球を知らないのとまったく同じ図式だ。それでも十分利益は出るし、お客に売っているのは結果ではなくて「ブランド品を買っている」という安心感だけである。それでも買ってしまう国民がごまんといる。だからそれが自分たちの「守りの経営」だと信じ、「守りの運用」などと恥ずかしいキャッチコピーが堂々とTVで流されるわけだ。

とんでもない。運用は野球やアメフトではない。「守りながら攻めましょう」ということはリスクを取らずにリターンを得ましょうという意味で、そんなことは全宇宙空間において理論的にあり得ない。もしそんな神業ができるなら、そのファンドマネージャーは自分のお金を運用してあっという間に大富豪になれる。その道を捨てて1~2%の手数料でその能力を生かして銀行や保険会社に就職しようという人を探し出すことは、30億円くれる巨人に移籍するかどうか迷っていた広島カープの丸選手をクラブチームに来ませんかと勧誘するよりも難しいことだろう。

日本人はブランド好きで老舗や大手の羊頭狗肉に騙される傾向が強い国民だ。たしかに獲物はジャングルにいるし、そこは生き馬の目を抜く危険な場所なのだ。しかし、ハンターはいわれなくてもそもそもライオンに食われたりしない。そんな人はハンターになれないし、資質もないし、なろうとも思わないのだ。ところがそのことは生まれつきハンターではない性質の99%の人には理解できないし、この洞察は僕だって証券会社で育って途中で銀行系に移籍したからわかったことだ。

新人時代にタバコ屋のおばちゃんに日立の株をすすめたら「で、にいちゃんは何株買うの?」と返された。立派な質問であった。世界に出てみるとまともな運用者はみなおばちゃんと同じ質問を想定して、自分で自分のファンドに投資している。その質問がいかに的を得ているかを示している。日本ではその質問を僕にしたのは40年間であの大阪のおばちゃんだけであったというのは危惧すべきことだ。丸選手はお金でなく男気で広島カープに残ってくれるだろう、信じてるよ、マルちゃん!という気質のまま、そういうほっこりしたゆるキャラみたいな情緒でもって、水と油である運用の世界に足を踏み入れてしまう人が国民のほとんどだということを示しているからだ。

高邁な理論なんか使わなくても真理は誰でもわかるシンプルなものだし、それにシンプルな解答を用意できるのが真のプロだと信じる。そもそも僕は部下が「がんばります」というと「がんばらなくていいよ、結果だけだしてね」という人間だ。プロ野球選手は去年の実績やら毎日素振り千回してますとかはぜんぜんどうでもいい。「わかったから、結果だけだしてね」だ。あたりまえだ、僕らは学者や評論家やセラピストじゃない。プロの評価は、結果だけなのである。結果は数字だ。あたりまえだ、結果とは利益であり、利益は数字だ。自らに利益が出たのにお客さんが損しているという企業はいずれ必ず滅びる。お客さんと利益を一致させるのが「自分が買わない株はすすめません」という経営だ。

 

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