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カテゴリー: 若者に教えたいこと

「のぞき劇場」のコメント欄について

2020 MAY 23 7:07:12 am by 東 賢太郎

5年前にこのブログを載せました。実は同じタイトルの記事をもう一度書こうと思っていま読みかえしてみたのです。すでに書いてあったのでやめました。

Yahoo,Googleのコメント欄はおもしろい

こう予言してあります。

Yahoo、Googleのコメント欄はますます書き込みが増え、なまじの弱小野党などよりずっと与党の政策に影響力を有する存在になっていくと思います。

既にそうなっていると感じます。

大きく変わったのは質的な面ですね、5年前はいかがわしいものが多いイメージでブログにするのもちょっと勇気が要ったのですが、今は実名で投稿される方も現れ質・量ともグレードアップしてます。ネットの発信力は格段に強くなっていると実感しましたし、皆さんステイホームですからネット依存が増えてますますそうなるでしょう。もうこれは後戻りがなく、ポスト・コロナの地殻変動の最大要因の一つにすらなると確信します。

時にマスコミが書けない事や内部告発的な情報がズバリ書いてあるし、一個一個は市井の偏見でもマス(総体)として俯瞰すると世論の傾向がわかるようになります。一個だと偏見でも多数になると政治になるのです。傾向を知って何の意味があるんだと思われましょうが、今の政治は完全にポピュリズムですから傾向にこそ敏感であり、だから意味があるのです。

ちなみに僕はYahooコメント欄に参加はいっさいしませんが、似た趣旨のものは自分のブログのコメント欄に書き足していきます。同じテーマで記事を書き足すよりも整理がつくし速いし、ご関心ある方にはオピニオンの推移がたどれるからです(基本的に僕はあんまり振れませんが)。最近増えたのは

のぞき劇場

です。アクセス数もトップです。

 

男にはそれをやっちゃあお終いの一線がある

2020 MAY 12 9:09:33 am by 東 賢太郎

どういうわけかイスラム圏らしき異国に赴任していて、家族と部下のために懸命にサバイバル・グッズを買い求めている夢を見ました。寝ても覚めてもビジネスを考えてるせいでしょうか、夢も突拍子もないことになっています。

こういうのをコロナ・ドリームと呼んでるそうですね。海外の店に社長として着任して社員に迎えられる夢は本当によく見るので、それのコロナ・バージョンでしょう。どれも現実でないのばかりなんですが、例外なくよしやるぞとなる。その高ぶりがあまりにリアルで、目覚めた瞬間に「あれはどこの店だったっけ?」と真剣に思い出そうとしてたこともあります。

平課長に降格でデスクヘッドで雇われてるシーンもけっこうあります。決まって成績悪くて追い込まれてます。ああ今日も商売できんな、そろそろクビかなと悩んで朝になります。さらに降格で梅田支店のいち営業マンというケースもあって冷や汗もの。ひとりリーフ(顧客取引簿)をめくって、やばい、今日も何もできない、これだ、この人に電話してみなくちゃとリアルに焦ってます。

僕の愛読書に「なにわ金融道」(青木雄二)があります。出た当時から何度も読んでるこの漫画、人生勉強になるなどとしたり顔で言ってる甘ちゃんインテリは多いですが、僕にとっては梅田支店の日々、飛び込み外交に出歩いて遭遇する大坂の商売人の人間模様。別に金貸ししてたわけじゃないが、株を売るのはもっとこわいですよ、朝の船場あたりの殺伐としたどやどやした商売人の街の空気がですね、「儲かってまっか?」というウソも虚飾もないストレート勝負のわかりやすい世界がですね、あるある(あったあった)の連続なんです。今も社会人として育てて頂いた大阪のお客様への感謝と愛情に涙が出ます。

似た路線では日本映画専門チャンネルでやってる「難波金融伝(ミナミの帝王)」ですね。竹内力のギンギン、コテコテの極道もん風情が最後は善玉というのが最高だ。カネの恐ろしさがわかるハードボイルドの極致でレイモンド・チャンドラーなんかより日本人にはずっとわかりやすい。情でなく理で悪を倒すエンディングは刑事コロンボに通じるグローバルな勧善懲悪ドラマですね。

もうひとつは「静かなるドン」(新田たつおの漫画が原作)。カタギとヤクザの間で揺れる後継ぎ組長の話。派手な撃ち合いは一見壮絶ですが時代劇のチャンバラみたいにリアル感は実はなく、人物名が新選組や歴史上の人物のパロディで「作り物」感を認めちゃって、主人公のキャラと奮闘を今風の遊び目線で楽しむスタンスですね。

かように、紳士淑女の皆さんには申しあげにくいのですが昔から任侠映画の大ファンです。高倉健、松方弘樹、北大路欣也、マーロン・ブランドが恰好いいと思って育ちましたんでどうにもなりません。だからやってるとついつい見てしまい、どんどんドラマに没入、俺、どうしてこんなにヤクザもんが好きなんだ大丈夫かと心配になったりするのです。

このルーツが少年サンデーの伊賀の影丸にあります。忍者集団の殺し合いドラマだから現代版がまさにそれ。戦争物はアノニマス(匿名)で個人技が見えずいまひとつ面白くない。ヤクザは忍者ほど個性はないですが顔が見えるんでOK。戦国武将も三国志も相撲の星取表もアニマルプラネットもそのノリで観てますんで、三つ子の魂でしょう。投手対打者も熱中して、それで自分でやりました。

いいわけですが、男子が強い者にあこがれる、これ自然と思います。でもやっちゃあいけないことがある。法律でなく世の中の掟を破ることです。破ったら自分に負けという掟でもある。これで生きてる男は格好いいです、信用できます。逆に、法律に書いてないからいいだろう?最低ですね。そういう奴は信用しちゃあいけません。そういう輩に忖度して精神的売春して生きてるのは男のクズです。

男の器量というものがある。本物は知りませんが、映画が暴対法問題にならないのはそれを描いているから、日本人の奥底にそれがあるからです。腕力でも学歴でもない素っ裸の男前ですね、それがないとボスにはなれない。部下が馬鹿にするんでね。ところが今はどうだ。器量のかけらもないチンケな男が権力をもって偉そうにしている。僕はそういう奴は恨みなくても本能的にぶん殴りたくなる。

そういうのはだいたい運動もだめで「男の勝負」という人間の修練の場を経てないから汚いことを平気でします。勝つためにはウソも裏切りもありというのが三国志であり孫氏ですが、それで生きるのは中国、朝鮮までの話であって、日本の男にはそれをやっちゃあお終いよという一線があります。それをわかってない奴というのは日本の男じゃない、僕など1秒で馬鹿にしておわりです。

そういえばビジネスの戦場で何人か同期、部下にいい男がいましたね。ゴルフしたり飲んだりのお友達関係が先に来るなんてのは、誤解を恐れず言えば女の世界です。女子会、ママ友です。奴らはあくまで仕事で男ぶりが良かった。それだけなんで会社辞めたらつき合いはありませんがね、プロ野球選手が選ぶオールスターなんてもので今でもずっと敬意をもってます。

政治家にそういう光を放つ男が少なくなりました。見事に劇貧ですね。私利私欲の前に掟なしのふぬけばっかり。男はそれをやっちゃあおしまいなんて微塵もなく、邪魔者は情け容赦なく消す曹操の凄みもなし。本性を見たからもう何を言っても無駄。何人かの特定の政治家に贈っときます。女性はよくわかりません僕の本能の範疇に入らないんで、でもあねさん組長ってのもありでしょうね今時。

 

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素晴らしい吉村知事の大阪モデル

2020 MAY 8 1:01:34 am by 東 賢太郎

なにより素晴らしいのは吉村知事の発言に「専門家」という言葉が出てこないことです。いまのところ新型コロナの専門家は世界に一人もいません。

彼自身の言葉を聞いてよくわかりました。

①感染者数の山を低くして医療を守る(ワクチン、抗体、治療薬なければいずれ同数が感染)

②ワクチン開発(または抗体獲得)まで時間稼ぎ(ウイルスと経済のいたちごっこになる)

③データを「見える化」して市民に我慢のインセンティブを与え、一緒に考える

ということ。①「移動平均線」で観測するのはかようなデータを扱う常識です。③透明性、国民への情報開示はこれから最も支持される政治家の必要条件でしょう。非常に素晴らしいのは自粛再要請の条件に④「感染経路不明者の前週増加比1以上」と変化率の概念を入れたこと。①②は積分、④は微分がわかってないと発想が出てこないし、説明されてもよくはわからないでしょう。「いたちごっこ」は連立方程式で、概数とはいえPCR検査データがある程度揃わないと解けません。大坂はあるんでしょうね、だから数値を入れられた。

これ、「専門家に聞きました」じゃないんです、吉村さんは。収集したデータを吟味し咀嚼して、アドヴァイスはもらっていようと自分の頭で考えてます。それは受け答えを見れば一発でわかります。彼は数学ができますね。これからの時代、コネと口だけ得意技の政治家は不要でしょう。

東京はデータがHPにあまり出てません。国の感染者の30%がそれですから政府は全国の解除条件の数字を出せないでしょう。PCRをやらなかったツケであり、山中教授が大学などを動員すれば1日10万はできるし人もいると言ってるのにできない。なぜかというと、厚労、文科、農水、自衛隊、経産、警察に検査機能が分散してるから。役所の縦割りは誰かが鶴の一声を発しなければ解消しません。それができるのは今の日本で首相か西村大臣しかいません。目詰まりはそこでしょう。

 

(追記)

 

加藤厚労大臣 相談目安「我々から見れば誤解」発言にネット怒りの声「ふざけるな」「酷い」https://news.yahoo.co.jp/articles/311595d1cfabed7f267ffd5d2dec5db96bb7b6cb

この国民の怒りは当然。目安か基準かなど国民はわからない。わからないものを出しておいて多くの命が失われ、軽症者、無症状者をダダ洩れ放置して感染を広げてしまったのは、100%厚労大臣の大罪である。断言するがこの人はまったくの無能。指針を変更する前に厚労大臣を変更すべき。

(ちなみにこのデイリースポーツの記事についてる大量のコメントを全部読みました。気になる記事はいつもそうします。マスとしてみればネットのコメントは、マスコミの色がついていない、政治操作もされてない貴重な生の情報源です。自分の記事のヒット数を見てもネットの力は増しているように感じます)

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安倍政権に漂うインポテンツ感

2020 MAY 5 21:21:12 pm by 東 賢太郎

【きのうの感染症対策専門家会議の会見】への感想です

検査数が増えて陽性率が下がっている ➡ あたりまえ

PCR検査が少い理由6つ ➡ ダメ社員ほどダメな理由をたくさんあげる

感染防護具の圧倒的な不足 ➡ 武器がないと戦えない ➡ アベノマスク

我々に経済の判断能力はない ➡ 政権にふって逃げている

知事のリーダーシップに期待 ➡ 政権もふって逃げている

 

なぜこれを指摘するか、政府も感染研も昼夜努力してるではないかという人もおられましょう。私事になりますがノンポリなので政治家になりたいと思ったことはありません。高い税金を払っているが公共サービスを提供してもらって釣り合っていると思い生きております。

よく考えましょう。我々市民は日々「生活をあがなう労働」をしています。失業、倒産をすれば路頭に迷います。政治家、公務員は公共サービスさえしていればそれはありません。では、公共サービスとは何でしょうか?より大きなリスクを取っている我々市民が安全で幸福な生活をできるようにすることですね。

いまはコロナで安全で幸福な生活がなくなっています。ということは、ここで役に立たない政治家、公務員は仕事をしていないのです。「昼夜努力したけどダメでした」の言い訳は我々市民にもありませんが彼らにもないのです。このような目線で市民すなわち有権者は政治をしっかりと監視しなければなりません。

その目で専門家会議の感想をもう一度お読みください。この会議体は役に立ってません。皆さん真面目で優秀な学者さんで、懸命にやられているとは思います。「政権に意見はしたが・・・」と述べてもおられます。しかしそれなら妥協でなく辞任するのが筋でしょう。公共サービスの相手は首相でなく国民なのです

御用学者を集めて専門家に聞きましたとする手法は、お気に入りを大臣にすえ、人事権で手なずけた御用役人を登用する手法そのものです。山口4区の25万人に選ばれた国会議員が1億4千万人を支配するかつてない完成度の統治方法を構築した安倍さんの手腕は見事というほかありません。

ビジネスマンとしてその政治力への称賛の気持ちは今も変わりませんが、ここで抗いがたく救いがたい不安感が同時に沸き起こってきている、それが本稿の執筆になっております。かような会見を見るにつけ胸中にぬぐい難く去来する日本の政治への危機感であります。どういうことかご説明します。

それは、この国は首相が統治はしているがいったい誰が責任者なのか?という疑念です。上に乗っかって調整だけして自分は決めずに任期を全うして銅像でも建てたい、僕は動機はなんでも結果だけ出してくれれば結構という市民ですが、それならもっとまともに仕事のできる連中を配下に選べといいたい。

調整だけしますというのは本当のリーダーではありませんが、それでも最後に責任はとるから成り立つ統治です。そうでなければただの生徒会長だ。生徒会長は失敗しても退学にならないでしょう?いまの日本の政治はそんな人に学校が統治できてしまっているようなもの。何か気味が悪いのです。

それでも学校が普通に動いているときはよかった。今のように、いわば台風に見舞われてケガ人も出るわ校舎も崩壊だという事態になると、調整もなにも部下も浮き足だって必死です。うるさいから出ないでくれになる。3-11の菅首相もそうでしたね。下が動かず機能不全になった政権はおわりです。。

たとえば国会で加藤厚労相が「政府が旗をふれば動くというものではない」、安倍首相が「キャパは2万に増やしたがどうも増えない」と認めるPCR検査不足の指摘への無力感とあきらめ。気持ちはやりたいけどできない、肝心の “現場” が動かない。なぜなんだ?これって、インポでなくてなんでしょう?

そこで昨日の会見で尾身副座長が忖度したのか官邸に頼まれたのか、PCR検査を拡充できない理由をご丁寧に6つあげます。6つもあれば国民も納得してくれるだろう。尾身さんそうじゃないのです、何個あろうが結果が出なければあなたは役に立たない、仕事をしてないのです。それが公共サービスというものです。

有事にいきなり言われてものお気持ちでしょうが、消防車や警察は火事や泥棒の有事に呼ぶのです。アベノマスクやめて医療用の防護器具に回せとか、一般の医療機関を都道府県と契約して検査させろと専門家が強硬に主張すれば官邸も動いたかもしれない。そんな体を張ったコミットメントはあなた方には見えない。

しかも、「専門家はみな検査を増やすべきと思ってた」「フラストレーションがあった」と業界保身し、「日本の制度だ」、「PCR検査能力の拡充の機運が起こらなかった」と逃げてしまう。安倍首相を守ったおつもりでしょうが、実は自分たちを任命した首相を「売ってしまっている」ことにお気づきでない。

安倍政権はかように、責任感も能力もない従順が売りの人を要所に置き、その神輿に乗って平時はそれでよかったが、有事でツケがきて台座ごとひっくりかえってしまった。従順ではないが能力ある人を使う能力がなかったからその手法になった。インポテンツになるべくしてなったと思料いたします。

緊急事態宣言の解除条件につきひとこともなく14日と21日ごろ専門家に聞きます(西村大臣)。専門家ってまた尾身さん?勘弁してくれよ。かたや大坂の吉村知事は4つの条件を数値で明確に出しました。実行力、スピード、想像力、創造力、首相官邸と雲泥の差だ。本当に吉村氏に首相をかわってほしい。

 

緊急事態宣言

(追記)

スタジオで元国立感染症研究所研究員で白鴎大教授の岡田晴恵氏は吉村知事の会見で「大阪の会見を見て思ったことは、吉村さんを見て話し方を見て思った事があったんです」とした上で「この人、自分で理解して自分の言葉で話しているなっていうことだった。ちゃんと勉強されている」と評価した。

 さらに「そういう場合は部下は知事が怖いんです。鋭く指摘されますけど、分かっていて指摘されますので、そういう場合は職員の方も働くんだと思うんです」と分析し「ちゃんと理解してもらえるから評価もしてもらえるしモチベーションも上がる」と指摘していた。(スポーツ報知より)

まったくそのとおりと思います。「人事のアメとムチでソンタクさせる政治」とは真逆ですね。こういうことを書くのもなんだけどそれは権力さえ握れば馬鹿でもできる、しかしもう昭和じゃないんでね、ある程度は学力がないと、言葉できちっと説明できないと、これから有能な人はついてきません。

BCG有効説と感染研のメンツ仮説

2020 MAY 4 2:02:11 am by 東 賢太郎

GW後半ですが人出はかなり減っているイメージですね。強制もなく。これは「空気」が働きだしていると思います。従わない人もいますが世界のどこの国もいます(むしろ、圧倒的にいます)。カリフォルニアのビーチにはじけだした若者の群れはファウチが自由を奪ってると騒いでる。このひとたちはいったい誰と戦ってるかもわかってない。アメリカですらこんなものです。パチンコや江の島ぐらいでニュースになってる日本人はほんとうに真面目で、法律もないのにおカミの言うことをよく聞く国民という思いを新たにいたします。こんな景色は僕が住んだり訪問したりした約40か国、どこにもありません。

僕は「きれい好き文化」、「空気に従うこと」が爆発的感染拡大にはなっていない大きな要因と思ってますが、しかし、{人口、感染者数、死者数} でアメリカ {3億、100万、6万}、日本 {1億、1万5千、5百} という数字が本当に正しいならば、どう贔屓目に見ても初動対応も法的措置もお粗末だった日本がこんなに優等生である理由にはなり得ません。あれほどPCR検査をこなして医療対応もSARS、MARSの経験値のある医療機関がうまくやった韓国の死者数が250です。あれほど何もしなかった日本が人口比換算でほぼ同じ死者数というのは非常に不思議であります。

コロナ死亡数が肺炎死亡数に紛れてないかと言う声がありますが、その理由でアメリカより少ない数字になっていると仮定すると例えば年間約10万人の肺炎死者数の6分の1(3~4月)である1万7千が実は全部コロナでしたという計算(人口比換算)になり、実際にあったミス、PCR検査数の少なさ、検査精度の誤差を勘案したとしても無理があるように思います。国と国を比較する場合、ミス、検査精度は比較的無視でき検査数のバラつきは無視できないという立場から僕は死亡者数を注視しております。

すると3つ仮説が出ていることを知りました(もっとあるかもしれませんが)。

①「日本のBCGが有効」説

これは要検証です。日本株BCGを使用しているイラク、台湾、タイもコロナは抑えてます。暴発してしまったアメリカ、イタリアは接種を行っていません。スペイン、ドイツ、フランス、イラン、イギリス、オーストラリア、スウェーデンは過去はしていたが現在はしていません。大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授の作成された表をご覧ください。

100万人当たりの死亡者数が10以下の国が7カ国(赤字)あり、そのうちの6カ国が広範なBCG接種を現在行っており、その6カ国のうち3カ国がBCGワクチンの日本株、2カ国が旧ソ連株(筆者注:両者はほぼ同じ株と理解)を使っているという結果は、偶然でなければ説得力があります。韓国が3.7と日本より高いのは韓国のBCGが日本株でないための可能性とも考えられます。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が「BCGの接種と死亡者数に逆相関がみえるのは確か」と発言したそうです。

(ご参考記事、4月5日)

http://新型コロナとBCGの相関関係について免疫学の宮坂先生にお伺い …

 

「東洋人かかりにくい」説です。中国の数字は {14億、8万、5千} ですが、感染者、死者の人口比をアメリカ並みとすると460万、28万で、中国は60倍のウソをついていることになります。感染地図でインドを含むアジアの丸印の小ささは確かに目立ちます。民族の遺伝的要因(遺伝子配列の違い)による違いの可能性はあるとされますが、アメリカで黒人、ヒスパニックの死亡率が高いのはむしろ経済格差が主因と思われます。今のところこの説の科学的根拠からの説明は目にしておりません。地図の印象はむしろ①説の表で「赤字」(優等生)7か国中5か国がアジア・オセアニアあるためとも考えられます。

 

「ウィルス変異説」です。一応「仮説」として挙げますが、後述のように、そうではない可能性が高い。武漢型が欧米で変異して強毒化したために欧米では大量の死者が出たが、その時点で日本にはまだその変異株は上陸しておらず、1月に上陸させてしまった武漢型はすでに封じ込めに成功した、だから日本の死者数は欧米のようになっていないのだとする説です。

これは感染研、専門家会議の主張であり、欧米型変異株は3~4月に上陸して国内に拡散したと強く示唆されると強調しています。事実なら強い示唆などなくてもいいわけで、自ら「仮説」であることを暴露しています。即ち、③説は強毒化したことの疫学的証明、日本の医療が武漢型を消滅をさせたことの証明が必要です。「現在は欧米変異型が蔓延している」事実だけではそのどちらも証明されません。

その2点目、「武漢型を制圧するのに成功した」という言明に弊職の周囲の多くが違和感を感じています。「検査で陽性と判定された国内の約560人の検体」だけからどうしてそれが科学的に結論できるのでしょう?世界でビリから2番目のPCR検査数によって当初から無症状者は野放しだったわけですし、現在も引き続き国際比較で少ない検査数で無症状者の凡その数すら推定の域を出ないのだから、武漢型が国内で変異して欧米型と別個に大量に存続している可能性を排除できるはずがないという子供でも気がつくウソではないかということです。

「医療崩壊が危険」と検査を抑えて野放しになった無症状者が患者を激増させて医療崩壊させました。即ち、どう贔屓目に見ても、無症状者は無視のクラスター戦略が大失敗だったことは明白なのです。それを「再び無症状者を無視したデータ」で「成功だった」と「自認」し、その理由が「日本の死者数は欧米のようになっていない」(5月4日、尾身専門家会議副座長)なのです。そうではない、「大失敗したけどなぜかそうなってない」が真相であって、その疫学的理由を感染研がつきとめているなら自身の名誉のためにも即座に公表すべきだ。そうでないなら「私は正しかった。なぜなら神風が吹いたからだ」と言ってる単なる馬鹿です。

その程度の③説に基づいて「目の前の第2波を国民一丸で抑えないと今度は欧米なみの拡散になってしまう危険がある、よって、ステイホームは5月末まで続けるべきだ」という論旨が組み立てられ、それが専門家会議の結論となり、それを受けた形で政府が緊急事態宣言の5月31日までの延期を発表したのですから、説の正否は国家の命運をかけた決定的に重要なものであることは論を待ちません。このことはいずれ精緻に検証される時が来るでしょう。

①「日本のBCGが有効」説が正しいと仮定すると?

今後も宮坂先生の表のまま進むので、第2波封じ込めに関わらず100万人当たりの死亡者数は韓国(3.7)、台湾(0.2)、日本(0.6)の延長線上の数字が緊急事態宣言解除後も出てくる可能性があります。これは要注目です。防御しているのは政府でなくBCG抗体ではないかという可能性が確認され、それを検証すべきということになるからです。BCGは子供しか使えず大量確保できないので検証する意味がないという議論ではない、政府がしていることが正しいかどうかという有権者の眼として大事な観点からそう考えております。

政府の危機対応レベルが非常に高い台湾は5月3日でも0.2のままですから、政府対応の巧拙にはBCG抗体によるセーフティネットがかかっていると書けば台湾に失礼にならないでしょう。また、そうであったとしても、日本の医療現場の最前線で戦っている医療関係者の皆様のご努力をいささかも軽視するものではありません。あくまで「大本営」の戦略の話をしております。

表のデータは4月初め時点ですから、3月からであった日本への欧米型変異種もブロックできていたということになるでしょう。今後の第2波の防衛に政府が成功しようと失敗しようと、感染研の言うように変異種が強毒化していようといまいと、出てくるのは優等生の韓国、台湾と変わらない数字になり、すなわち、日本は今度は水際防衛に成功しましたという “輝かしい成果” を発表できるようになるでしょう。

つまり、官邸にとってベストで厚労省、感染研のメンツも立つシナリオは、

①が実は正しいかもしれないがあえて証明はせず、③の強毒化は仮説と言わずにそうなのだと主張し、国民に頑張ってもらって3週間たって予定通り優等生の数字が出てきて、「みなさんのおかげです、では少し緩めましょう」とほほ笑んで経済政策に舵を切って、よくやったと支持率があがる

ということでしょう。今回はここまでの指摘にとどめておきます。

最後に、実効再生産数をオンゴーイングの指標として時々示すのではなくドイツのように毎日公表していただきたい。岡田先生の言われるように計算根拠とデータも開示したほうが良いでしょう。

(ご参考)

5月3日のデータ

韓国(4.88)、台湾(0.25)、日本(3.89)

こちらで日々確認できます

http://人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【国別】

 

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見えている現実はすべてウソかもしれない

2020 APR 29 1:01:54 am by 東 賢太郎

Arthur Schopenhauer(1788 – 1860)

見えている現実はすべてウソかもしれない。そう考えたのはアルトゥール・ショーペンハウエルを読んでいる時でした。急に閃いたのです。ただし、これから彼の驚くべき著書を読まれる方に誤解のないように書いておくと、彼は以下に述べるようには言っていません。あくまでこの尊敬する哲学者が弱冠30才で看破した宇宙の真相を僕が理解した限りにおいて、そこに僕の妄想が入ったものにすぎないのですがひとつだけある確固たる経験的な理由によって、この妄想にはけっこうリアリティーがあるのです。それを実感として味わえるのは日本人男性の100人に5人しかいないかもしれませんが。

僕はわからない色があります。それを妻や娘は「薄い緑よ」なんていいます。本当にそうだろうか?そう思ったのです。すべてはこの疑問から発しています。見えている現実ってなんだろう?同じものが自分と違って見えている人が世の中には確実にいる。それが僕にとってのまぎれもない現実であり、だとすれば僕はその人たちとは全然別個の世界を見てここまで生きてきたことになります。経験論者であると何度も書きましたが、それが「薄い緑」だとその人たちが口をそろえて認識するようには経験していないのだから、それ(お茶でした)は僕にとって、存在しないに等しいのです。

統計があって、僕のような人は男性で日本人に5%、白人に8%います。残りの95%、92%の人たちとどっちが正しいというわけではなく、緑色はいろいろあるんだと考えたら変でしょうか?僕らにとって、地下鉄の切符売り場にある路線図はただの迷路です。世界史年表の地図の色分けはもはやナンセンスで、それで大学入試は世界史を選択しませんでした。僕は95%の人たちが多数派であることをいい事に作りあげた埒のあかない現実にうんざりしていて、とうとう、この人たちは「95族」という自分とはまったくの異人種であるという理解に落ち着いたのです。肌の色や何国語をしゃべるかなんてことより、いまはこれがずっと本質的な人間の区分ではないかと思っております。色は光にはなく、脳内にあります。鳥は人間より多くの色が見えます。

僕の属する「5族」が95:5と圧倒的なマイノリティーなのは、人類300万年の歴史でその色の見え方が生存に有利でなかったことの残念な証明なのでしょう。赤緑を見分けたほうが有利なために人類は95族へと進化が進み、僕らはそれに乗り遅れた人種だったかもしれませんね。しかしそれなら、なぜ5族はネアンデルタール人のように絶滅しなかったのでしょうか。なぜ配偶者を得られたのでしょう(女性はほぼ全員が95族です)。本来は生存競争に敗れて絶滅するのが自然な流れだったのが、人類の進化上で何らかの有意な変化が起きて、色の見え方の不利を相殺した結果ではないでしょうか。

例えば、我々の遠い祖先が猛獣を避けるために樹上生活をしていたころ、緑の葉っぱの中の赤い実を見分けてすばやく食べるには5族は明らかに不利です。しかしやがて人類は火を使って猛獣を追い払い、地上に降り立ちます。二足歩行して両手の自由を獲得し、狩猟や農耕による社会に移行します。赤い実を探す能力は生存の決定的要件ではなくなったから生き残れたか、あるいは、逆に樹上での逆境をコミュニケーション能力で補っていたのが5族とすれば(仮定ですが)、地上生活ではそれが有利に働いたというようなことが起きていたかもしれません。

ところが、ショーペンハウエルに戻りますと、赤か緑かということよりももっと現実は深いものを秘めているかもしれないということになってきます。目に見えてるものはすべて「表象」という仮想現実だからです。彼の著書『意志と表象としての世界』には、ものは唯一絶対のものとして「ある」のでなく、見えたり感じたりして認識しているから「ある」のだと書いてある。つまり彼は、主観はすべてを認識するが、主観は他の誰にも認識されないものであり、主観が存在しないなら世界は存在しないのと同じであるというのです。それが赤か緑かということは、もっとおおきな括りの中では大同小異になってくるのです。95族が「緑よ」といってるものだって、95-Aさんと95-Bさんの緑は同じではないのです。

二人が上野の西洋美術館のゴッホ展に行って「『ひまわり』っていいね」と合点しても、AさんにはBさんの見たひまわりは見えていません。「ゴッホのひまわり」は人の数だけあります。それは光線が見た人の眼球を通過して脳に結んだ像にすぎず、その像は脳の数だけ存在するからです。こう考えると、僕が60余年見てきた「世界」とは僕の脳にだけ「ある」もので、実はぜんぶウソ(CGみたいなフィクション)だったかもしれず、4次元(3次元空間+時間)の映画のようなものを見ていたんじゃないかという仮定は、常識的にありそうに感じるかどうかはともかく、否定はできなくなってくるのです。

人生とは表象の集合として相互に関連しあう “長い夢” であり、単なる表象だという意味で、夜見る夢(“短い夢”)と区別のつけられないものになってしまう(ショーペンハウエル)

映画が終わったら(つまり死んだら)「はい、お疲れさん、次の見てくかい?」なんておじさんが声かけてくるんじゃないか?そこで「はい、見ます」と手を上げると、次の上映になるのです。これを人間界では「転生」(生まれ変わり、reincarnation)と呼んでいて、多くの宗教が死者の魂は天界に登って再生すると認めているし、エジプト人は戻ってくるときのためにミイラまで作ったのです。前の人生を記憶していた人の話は世界中にありますし、「空中で画像を見ていて、このお母さんにすると決めて生まれてきた」という「記憶」を語る子供や、前世の家族や友人や自分を殺した人を詳しく覚えていたり、習ってもいない前世の言葉を喋った人の記録もある。イアン・スティーヴンソンという学者(ヴァージニア大学)の研究です。僕はこういう妄想を持っています。

宇宙は実は天界のディズニーランドである。アトラクションの「ワンダフル・ヒューマン・ライフ(素晴らしき人生)」は人気だ。テレビスクリーンに地球上の妊娠中の女性が映る。お客は自由に選択でき、ボタンを押すと下界に降りてそのお母さんの胎内に入る。そこからはその胎児の目線(五感)となって「70~80年コース」の4次元コンテンツが始まるが、上映時間は天空の1時間ぐらいである。割増料金で100年コース、上映時間は90分の長尺も選べる。

そうかもしれない。本気で思うのです。宇宙は地球外知的生命体によって精巧に造られたアトラクション用の舞台装置で、お母さんも胎児も何もかも原子という超微細なレゴで組み立てられている。4次元で「時間」の要素がある遊びだからお客さんは、だんだん成長する仕掛けの胎児という乗り物に乗りこんで、そこから始まる「人生」というストーリーに「五感」というツールを与えられて楽しむ「参加型アトラクション」である。

脳学者によるとどのひとつの脳細胞にも「自我」(ワタクシ)が見つからない。哲学者は人間は「考える葦」で「我思う、ゆえに我あり」と言う。大変結構だけれど、脳は単なるアトラクションの部品です。例えばジェットコースターに乗ったとして、動力であるモーターとあなたとは一体でもなんでもないわけです。脳を調べてるのは地球上の人間という、これまた別な胎児から成長したアトラクションだからそれがわからない。ロボットがロボットを分解してるだけです。4次元映画の中ではその理解できないものを「魂」「精神」などという名で呼んでいます。

お客さんである魂や精神にとって、胎児の成長や、意志に関係なく動く心臓や、宇宙の生成や運動は、すべてプリセットされたアトラクションの舞台装置です。お客さんは初めてスペース・マウンテンに乗った時のように、仕掛けの壮大さ精巧さに圧倒され、周囲を観察して、「どうしてだろう」「どうなってるんだろう」と思うだけです。選んだ乗り物(胎児)のDNA(能力や寿命)は変えられず、その範囲内でうまく操縦して良き人生航路を辿るというゲームです。乗り込んで地球時間で2~3年してから映画(意識)が始まるので、そこに至った経緯は認識がありません。そして、毎日毎日、その魂である我々は、「うまく操縦する」ことにこうして精を出しているというわけです。

もしそうなら、死ぬということは単なる「ゲームオーバー」であります。天界に戻って、またおじさんに代金を払って次のゲームを楽しめばいいのです。どうやって天界に戻るかという点ですが、死んでしまった人の証言はないですから臨死体験をして生き返った報告に頼ります。すると、魂だけが足の先から身体を抜け出て、ベッドに横たわる自分や泣いている親族を天井から眺めていたというようなものが多いことがわかります。体外離脱と呼びます。ゲーム開始のときはお腹の中の胎児に「降りてきた」ので、ゲームが終わるとその逆のことが起きるのだと考えれば納得性があります。

体外離脱の経験はありませんが、ある音楽にそれを連想したことはあります。モーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491の第3楽章のコーダ部分です。ピアノ譜をご覧ください。

枠で囲ったドからソまでの和声の半音階上昇とその前後の和声です。何かに魂が吸引されて足先から抜けていく。天界の和声がきこえてくる。また下界に戻される。また抜けていく・・・。ロココの作曲家などと烙印を押すのがいかにナンセンスか。彼の前後、こんな不気味な音楽を書いた人間は一人もおりません。彼の死後10年以上たって、彼を意識して書いたベートーベンの5曲のピアノ協奏曲も、これを見てしまうと常識の範囲内の作曲と言うしかありません。モーツァルトがなぜこんな恐ろしい音を書いたのか、何を見たのか?知るすべはありませんが、僕が乗っている乗り物はなぜか彼が大好きで、ちょっとしたことに反応してしまうのです。

「死はぼくらの人生の真の最終目標ですから、ぼくはこの数年来、この人間の真の最上の友とすっかり慣れ親しんでしまいました。その結果、死の姿はいつのまにかぼくには少しも恐ろしくなくなったばかりか、大いに心を安め、慰めてくれるものとなりました!ぼくは(まだ若いとはいえ)ひょっとしたらあすはもうこの世にはいないかもしれないと考えずに床につくことはありません。」(モーツァルト書簡全集Ⅵ、海老沢敏・高橋英郎訳)

以上が自説であります。僕が65年前に選んだ東賢太郎なる乗り物も年季が入ってあちこち不具合が出るようになってまいりました。そういうことを考えていると、母が頭をよぎります。寝たきりで意識がなくなって、それでもずいぶん長くがんばってくれました。逝ってほしくなかったからです。でも、こう思えば、もっとはやく見送ってあげればよかったのかもしれません。きっともう次を選んでるにちがいない、まだ3才ですけどね。

 

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宇宙人の数学的帰納法

2020 APR 26 21:21:45 pm by 東 賢太郎

CS放送で「古代の宇宙人」(Ancient Aliens)という米国のシリーズ物を見てます。高校の頃、エーリッヒ・フォン・デニケンの『未来の記憶』を穴のあくほど熟読した者としてこの番組は垂涎です。地球外生命体の存在を確信しているしSETIプロジェクトは多大な関心をもってフォローしているのです。ただ、この話をすると、ほとんどの人に、えっ、まじめにそんなの信じてるんですか?という目で見られます。興味ぐらいはある人も怖いもの見たさです。SETIまでは科学と認める人もデニケンの古代宇宙飛行士説まで行くとオカルト扱いです。西洋でも疑似科学とされていてまともな学者がとりあうものではないとされているように思います。

影響を受けた本はもうひとつあって、中学か高校か忘れましたが、神話のトロイの遺跡は実在すると信じて掘り当てたシュリーマンの伝記です。彼は商才はあったが家柄も学問もなく、ほら吹きだ遺跡を台無しにしたと後世のエスタブリッシュメントからの毀誉褒貶もあります。でも、たしか雑貨屋だかの見習い店員だったころ、よっぱらいのおっさんが高吟していたホメロスの詩を聞いてトロイに興味を持った。それが世紀の大発見となったなんて素敵じゃないですか。彼は幕末の慶応元年に世界旅行で日本まで来て旅行記を書いています(右)。とても好奇心のある人だったのでしょう。

アレキサンダー大王、ガイウス・ユリウス・カエサル、マルコ・ポーロ、ヴァスコ・ダ・ガマ、クリストファー・コロンブス、みんな好奇心旺盛な男ですが人をたくさん殺したり略奪してますからワルですね、でも魅力あるんですね、なぜなら、やってみないとわからない未知なことにまったく怯んでないからです。みな仮説・検証型の人間だったのでしょう、演繹でなく帰納型で、自説に自信があって突き進んで自分で検証して見せて、どうだ見たかというタイプでしょう。想像力がたくましく政治家、軍人、冒険家でなくても、現代ならビジネスマンで大成功するタイプです。シュリーマンもそのタイプで、目的はカネだ功名心だなんて揶揄されますが、そんな批判は成果からすれば吹けば飛ぶほどのものです。

どうして日本人がいないかと不思議ですが、仮説・検証型、帰納型が少ないと思うのです。与えられたもので「うまくやる」人は多いのです。でも革命的創造、原理的発明、解析モデル構築、地球的ディファクト作りみたいなものは弱いですね、圧倒的に。信長がそれに近いですが彼も鉄砲作りの真似で成功してから中国、キリシタンのアイデアに「開明的」であっただけで、それすらしない者ばかりなので目立ったということです。仮説・検証型、帰納型の反対が既存モデル適用型、演繹型です。モデルは自分で一切作らず、成り行きをじっと見て事例が出そろうまで待ち、モデルと矛盾がないことを確認し、間違いないとなって満を持して結論を出す。調査、研究には向きますがビジネス、投資には最も失敗する方法で、世にいうエリート、役所、大企業病の会社の得意技であり、まさにそれを政府、厚労省は新型コロナでやって初動が大変に遅れたわけです。

デニケンは上掲書に旧約聖書エゼキエル伝の一節は古代宇宙飛行士に遭遇した筆記者エゼキエルによる目撃譚だと書いています。これをユダヤ教徒、キリスト教徒が真面目に請け合うとは考えられません。しかしデニケンにおける聖書はシュリーマンにおけるホメロスの『イーリアス』だと考えることにはむしろ異教徒の日本人の方が思考に自由度があるでしょう。100%否定できないものは否定も肯定もしないというのが科学的態度であります。僕は科学者ではないですが受験生のころ数学にハマって何でも解けるという全能感に近い所まで行って、まったくの勘違いでしたがそれでも自分の限界の淵は見ました。そこで、科学は神聖という犯し難い天界のルールみたいなものがあるかなと感じました。そこからは、論文の捏造とかガセネタとか似非科学には天罰を求めたい欲求すら懐くようになっています。

デニケンを読んだ時はガキだったし、今は彼の説を一刀両断しておかしくないのです。ところが、そうならないのは、ある決定的な経験をしたからです。僕が帰納法型人間であるのは「知は力なり」の英国経験論者フランシス・ベーコンの影響ですが、す。ということは、経験から仮説を作って生きてるわけですからどうしようもありません。その経験とはなにかというと、1990年にメキシコシティーに出張ついでにテオティワカン遺跡に行ったときの度肝を抜かれる「不思議感」がそれなのです。CSの番組でも取り上げてますが、巨大なピラミッドが3つと小型が複数あり、西暦紀元前後にできたのですが、誰が作ったかも用途も不明です。そもそもギザのピラミッド同様、これだけの巨石を積み上げるのは現代のクレーンでも困難のようです。

演繹的な思考だと、こういう従来のモデルで説明できない遺物は(日本の古墳の土偶、埴輪もそうですが)「祭祀用」ということになってしまう。なぜなら、未開人は科学を知らず呪術や祭祀を尊んでいた、という思考のルール(モデル、正統とされる学説)があって、テオティワカンは未開人の造ったものである、したがって祭祀用であるという三段論法で結論する。典型的な演繹法です。真面目で高い教育を受けた人ほどこの思考の鋳型にはまりがちです。ルールに従った処理だから何の祭祀か、神は誰かという余分な論考は無視します。要はわからんものは「その他」に入れて蓋をしてしまい、その事例がルールを覆すものかもしれないとは考えないし、考える者は異端として排除したりするのです。ところがテオティワカンでそれをすると99%が「その他」でしたとなって、ルールの意味すらなくなってしまいます。

僕は一切のルールは間違ってるかもしれないと考える疑り深い人間なので、初めて遭遇する物事を演繹法で考えることはほとんどないです。テオティワカンでも太陽と月のピラミッドは、上掲写真の目線までけっこう急な石段を登るのですが、高所恐怖症だから本当に怖く、それでも、あまりの不思議感と好奇心でみっともなかったですが這いつくばって必死に登ったのを覚えてます。番組はこれを、高度な文明を持つ地球外生命体が飛来して建築した宇宙船のエネルギーチャージャーとして、水銀を用いた超電導空中浮遊装置だろうと比定していましたね。確かにUFOは空を飛ぶのです。というと、空中浮遊?どっかの新興宗教か、アホかと大概の人はなるでしょう。でもこれをご覧ください。

現にリニアは空中浮遊してます。テオティワカンのピラミッドの最近の発掘調査で土中から超伝導体の水銀が検出されたそうだから、否定しづらい仮説であろうと思います。ここの大ピラミッドも、エジプトのクフ王のピラミッドも、どちらも三つあり、空中から見るとオリオン座の三ツ星の形に並んでいるというのも、二つの遠隔地で偶然そうなる確率はかなり低いと思います。よって、僕の中ではデニケン説を否定する科学的姿勢は取りづらく、ヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」をまじめに見るという行動が合理的という結論になっているのです。

最後に一つだけ。「宇宙人」は低レベルの訳ですね。英語もスペースマン、エイリアンとは言いますが漫画っぽい、オトナはエクストラテレストリアル・インテリジェンス(地球外生命体、extraterrestrial intelligence)というんです。映画ETもThe Extra-Terrestrialの頭文字です。その存在は正統派の天文学者、物理学者が認める帰納的推論だから米国でSETI(地球外知的生命体探査、Search for extraterrestrial intelligence)が行われている。ただ、空から宇宙人の電波が来るのを待つなんてアホだ無駄だという批判は世論としても哲学者からもあり予算はついたり打ち切りになったりしています。僕は税金も払っていない米国がそれをしてくれることに謝意と敬意を表明したいし、それは「西へ西へ」という金採掘者のアメリカンドリーム(シュリーマンも参加した)が「上へ上へ」になったものと理解します。

さらに言うなら、そのムーヴメントは、アレキサンダー大王からシュリーマンまで僕の思いついた6人の「仮説・検証型人間」、「帰納法的人間」、つまり、思うに日本は言うに及ばず、ひょっとしてコロナ禍で人類がより現実的、現世肯定的になって世界中で減っていくかもしれないタイプの人種に元気になってもらうプロジェクトでもあると考えるのです。日本はもっとダメになるんだろうか心配です。そもそも日本語で宇宙人と呼んでいること自体が思考停止ですね、お化けみたいなもんです、いるはずないけどいたら怖い、だからお化け屋敷行ってみようよという、この番組を見てる人たちは科学的思考とは無縁であり、TV会社もそういう客が入れば当りとならなければいいが。

ちなみに、GAFAのCEOは異口同音に「これからビジネスで必須な勉強は?」という質問に「数学と哲学」と答えています。

 

PS.

なんともいいタイミングで本稿の2日後にアメリカ国防総省からこんな発表が出た。

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宇宙人のいる星の画像(NASA)

新・のぞき劇場

2020 APR 19 20:20:37 pm by 東 賢太郎

米1ドル紙幣の「神の全能の目」

4月2日からテレワークで経営会議やお客様とビデオ会議をやっている。いまだかつて半月も会社に行かなかったことも家にこもったこともなく、これは行動変容というより人間変容を起こすのではないかと思うようになってきた。

さきほど、久々に多摩川の巨人軍グラウンドまで走った。足が動いたのも意外だったが、もっとそうだったことがある。まばらに河原に人が出ていて、いままで人影を見ると危険と思ったのがなぜかジーンときたのだ。そうか、ヒトは社会的動物だった。知らないうちに自分も変容してる。

もともと、社会に電車も飛行機もなかった。あるのが当たり前の存在になったのは高々7、80年前のことだ。なくても誰も困ってなかったが、ないと戦争や収奪競争に負ける。そういうものを平時になって産業が「便利」という言葉に置き換えて普及させたに過ぎない。便利と必須はちがう。

競争本能だろうか、人間は列を見ると並ぶ。野球場へ行けばより前の方の良い席で観たくなるからそういう料金体系になってる。では全試合が無観客ならどうだ。座席の競争はなくなる。生の迫力は犠牲になるが、平等にそうなら仕方ないとテレビでそれなりに楽しむだろう。観客入りは必須でなくなるかもしれない。

テレワークしてみると、満員電車に乗って定時にオフィスに集結することが必須かどうかわかる。参勤交代なみの忠誠心の証ならば雇用契約を細分化して実績型にかえ、総合評価と称して現場で見張る中間管理職は廃止し、全員の通勤定期券は回収したほうがいいかもしれない。

僕が入社したころ社歌なるものがあった。今でも歌えるが、それが日本の孤発事象であるという点において入社式も入学式も同じだ。テレワーク企業の専門職採用、年齢でなく学力に合わせたオンライン教育が広まれば入社、入学は必須でも一斉でもないどころか概念もなくなるだろう。

学校でオンライン化できないのは体育と部活ぐらいだ。それは社会性の育成として地域社会のローカルなミッションとし、知識の習得とテストは全国一律に東京からリモート教育としてでき、飛び級も落ちこぼれ対策も自在にできる。登下校の時間は別途使え、現場の先生の負荷は減り、なによりいじめがなくなる。

60年ほど前、鉄人28号という漫画のTV主題歌に「敵に渡すな大事なリモコン」とあった。リモートコントロールは長らく人類の夢だ。医療は入り口のオンライン診療ができるばかりか5Gで日本からブラジルの患者のリモート手術ができればドクターXみたいなスーパー・ドクターはフリーランスが当然になる。

要するに「テレ」「リモート」はITの産物なのだ。買物も趣味も仕事も教育もオンライン。それが便利となり、やがて必須となり、人のオンライン滞留時間を増やす。その時間は世代交代と共に不可逆的に漸増してきているが、コロナのひきこもりで急加速して人間変容、社会変容を一気に誘発するだろう。

コロナ禍の出口がいつ、どこかはまだ誰も見えないが、人類が死滅しない限りはどこかで来る。その後のことを「ニュー・ノーマル」(新たな平常)と呼ぶが、それは変容後のヒト、今の我々からすれば新人類が作ると考えたほうがわかりやすい。オンライン化で中国のような全体主義国家は国民を容易に監視できるようになる。新人類は対抗措置として政府を監視する法律とツールを駆使するようになる。双方向の「神の目」がバランスしたところに、新しい国家像が見えてこないだろうか。

 

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経済はウィルスの奴隷である

2020 APR 15 13:13:24 pm by 東 賢太郎

1月30日から何か変だと思っていて、そこで周囲の人に緊急事態宣言をしたが、なぜそう思ったのか当時のノートを見るとこの記事のインパクトが大きかった。

「500万人が外に出た」新型肺炎で封鎖の武漢市長明かす 成田に9000人移動か(毎日新聞2020年1月29日)

記事ネタも見つけた。中国以外で最も早く感染者が出たのは日本とタイだ。

1月27日、中国第一財経網などは、航空サービスアプリを使用し、昨年12月30日から1月22日武漢から出発した乗客の国外行き先を抽出した結果、タイが最も多く2万558人、次いでシンガポールが1万680人、3番目に日本(東京)9080人、4番目は韓国の6430人となっている。

30日に武漢からのチャーター第1便で「無症状病原体保有者」が2名(1%)確認されたという情報は決定的であった。無作為抽出の武漢在住者の1%ということは武漢全体では14万人いるということで、その一群が感染爆発に寄与でもしないことには突貫工事で病院を立てるほどの事態に至るまでの時間があまりに短かすぎると考えた。ここは単なる直感であるが大きな分岐点だった。なぜなら、ということは「無症状病原体保有者」は感染力を持つということを意味してくるからである。

以来、厚労省HPの「国内の患者発生」を発生順にノートに書きとってきた。初めは身を守るための情報収集だったが、業務上、ウィルスのことを知っておく必要があることがだんだんわかってきた。経済も株式市場も感染のマグニチュードと終息時期の奴隷と思うほど影響の甚大さがみえてきたからだ。

新型コロナウィルスはどこから日本に来たのか?天から降ってくるわけではない、誰かが持ち込まれなければ存在しないのだから、この写真のデータに答えがあるはずである。決して犯人探しではない。ドクターでもない。それでも、ウィルスを知ろうと思えばその「行状」を観察する以外に道はない。

発生は武漢で昨年11月のことであり、中国内で拡散の騒ぎが起きたのは1月の春節前であっという間に医療がパンクして1月23日に武漢市がロックダウンになった。その時点で外国の感染例は報告がなく、日本への持ち込みは武漢関係者(武漢に住むか、直近に訪問した人)による直輸入か、それがいったん中国の他の都市を経由した間接輸入であることは確実である。

厚労省のデータを見る限り21番目の患者以降に武漢関係者はいない。20番目までの19名(16番目がなぜが記載されていない)のうち17名がそれに相当し、うち半数の9名が中国人旅行者でその全員が1月22日以前、即ち、ロックダウン直前に武漢を逃げて日本に入国していることがわかる(ちなみに7番目の40代の女性は北海道観光をして1月27日に発症・受診している)。

でも、種とはいえたったの17名でここまでなるか?少なすぎないだろうか?そうではない。持ち込んだ17名の陽性者は毎日新聞報道の9000人の一部であったのだ。空港検疫または発症によって厚労省が認識するに至ったのは37.5度以上の発熱があり咳などの症状が発現した人のみだ。それが17名だったのである(1番目の患者の入国日・受信日は1月6日、PCR検査陽性確認は15日。20番目は各々22日・27日、2月5日)。

ということは、チャーター便で帰国した763名のうち患者11例、無症状病原体保有者4例(全員退院)15名(2%)の陽性者が最終的にいたと発表されたことから9000人のうちの180人、また、後述するイギリス医師会BMJのデータに基づくなら70人の陽性者(55名が無症状病原体保有者)が入国していた可能性があるが、厚労省が「患者」と特定したのは17人だった(無症状者4名は付記されている)。

それはPCR検査を絞る政策を採ったからだ。即ち発症者だけ検査するといういわば受動捜査で、実質的には「無症状病原体保有者」は無視するという結果になった。武漢の人を入れてしまったのは3~5番目は「来日時の症状なし」、1番目は入院させて陽性確認した日に「症状が軽快」と退院させてしまったなど、初動時の判断がウィルスにとって「疑わしきは罰せず」とでも書くしかないものだった。「無症状なら無害」の性善説は有事の危機管理としてあり得ず、水際対策を現場は懸命にやったと信じるが、大本営の戦略策定の失敗である。

だから、つい先日に徳田安春医師(群星沖縄臨床研修センター⻑)が、

有力な医学誌「BMJ(イギリス医師会雑誌)」の4月2日の報告によると、先週、中国で行われた新型コロナウイルス検査で陽性と確認された166人のうち、実に5人に4人にあたる78%(130件)が、明確な症状を示さなかった

と報じるなどで厚労省は政策の180度転換をしなくてはならなくなり、首相が前言を翻して「検査を増やす」「ドライブスルーまで考える」と発言する事態になった。「無症状病原体保有者」は1~2%どころか症状のある人の4倍もいるという驚愕のデータが出てきたわけであり、「無症状でも有害」(感染力がある)という推定の正しさがわかってきたからだ。

では現在ではどうか?4月14日時点で陽性が7645名であるから、無症状者は3万人いて日本には合計で3万8千人の陽性者がいることになる。

一方で、厚労省がLINEを使った4月10日の調査には僕も回答したが、

37度5分以上の発熱が4日以上続いていると答えた人の割合が全国平均で0.11%、数にして2万6900人余りに上りました。

という結果が報告されている。ここでYESの人は「症状あり」である。もしその人たちが全員が陽性であったなら、熱がない無症状者は9万5千人いて、日本には合計で13万4千5百人の陽性者がいることになる。まさか全員ではないだろうというなら、国民(1億4千万人)の 0.11% という角度から計算しても15万4千人とむしろそれより多い数字になる。

LINE調査は8300万人で回答率3割ほど(2450万人)だからサンプル数は何かを統計的に語るには十分多いと考えるならば、厚労省の「陽性が7645名」という数字は13~15万人のたった 5~6%であり、検査数がそれほど過少であったという別な角度からの証明になってしまっているかもしれない。仮に3万8千人という説を採ったとしても20%であり、そこをどんなに精密に調査してもウィルスの全体像を解明する努力としてはあまり科学的に賢明なアプローチではないだろう。データサンプル数が世界一である中国は全体像解明のレースで非常に優位にあるからだ。

 

ここまで書いた時、友人から

4月3日から中国人が3000人も日本に入国したかもしれない

と電話があった。そんな馬鹿な、入国はその日から禁止だろと思ったが、湖北省、浙江省のビザで省を出て14日たった条件で入れてるらしい(このデータは法務省HPにあるらしいが僕は見ていない)。頭をよぎるのは、毎日新聞の9000人だ、再入国許可でいったん武漢に帰国してまた来てるのだろうか?そういえば、武漢は終息宣言して4月8日に封鎖解除してるじゃないか。ひょっとして、政府の4月7日の緊急事態宣言は関係あるのか?

いやな予感があたらなければいいが、安倍首相の唐突な「V字回復」という言葉は何だろうと考えている。ひとつはこれだ。日銀による官製株価操作である。日経平均が下がれば千億円単位でETFを買い、浮力をつけつつカラ売り筋の買戻しを誘発し封じ込める。ある程度は奏功していることがこのチャートで分かる。

これはトランプ政権と歩調を合わせていると思われる。向こうは選挙で株の暴落は敗北を意味するから2兆ドルのバズーカ砲を放ちながら盛大にやる。日本の花火は援軍になる。それにシンクロして日本も上がったように見せれば安倍政権のコロナ経済対策はうまく行ってるムードを醸し出せるぐらいは考えてるだろう。証券界で市場価格の透明性を説き40年過ごしてきた者として言わせてもらうなら、誠に下品で知性の片鱗もない発想であり、それそのものが大ウソだから弁護の余地もない。

株も為替もマスクも区別なくブルドーザーの如き力技でいけると思い込む浮世離れした金銭感覚の凄まじさは国民に知れ渡ってしまった。トランプも一見、彼らと同様に、ゴルフを知らない田舎のおっさんがクワでパットしてグリーンに穴あけてるみたいに見えるが、ビジネスマンである彼はカネの効用も怖さも株式市場も嗅覚で知っている。株価は何をしようと最後は実体価値に収れんするのである。あの真似を官邸のお歴々がしようなんてことは考えない方がいい、日銀のBSがぼろぼろになって我々の子供、孫の世代からいずれ積年の恨みを買うこと必至である。

「V字回復」。株でないなら何だろう。いやな予感というのは爆買いだ。もちろん中国人様のである。地位が不安になりつつある習近平はマッチポンプと言われようが何だろうが、感染データ数と患者数の優位性を梃に、日本製のアビガンだろうが何だろうが治験例を増やし、マスクや医療器具も大量に世界に(特に欧州とアフリカに援助して、腕力をもってしても世界の救世主になりたい。5月6日、桜もGWもお預けだった日本国民にはガス抜きがどうしても要る空気になるだろう、銀座に灯をともして観光地も商店街も・・・ならば・・・。そんな馬鹿な?友人は言っていた「そうかな?お肉券、お魚券があそこで平気で出てくる連中だよ」。そうか。非常に説得力がある。

「無症状病原体保有者」なんてのっけから頭にない。そいつらは死なないんだろう?抗体もつんだろう?ならば検査数、うるさいから増やしてホテルに閉じ込めとけ。あの9000人は爆買いの布石として入れる。恩も売れる。陽性は増えるだろ、医療崩壊するだろ、でもアメリカよりましだ、よくやってるとトランプに言わせればいい、それに、もうここまで増えちゃってるんだ、仕方ないよ、大事なのは空気だ、マスコミのポチを使え、もう大勢に影響ないじゃないかで押し切れるだろう。6月には中国人入国禁止令が解ける(だって習さまが沈静化したとおっしゃってるんだから)。カネだカネ、まず不安にしておいて助け舟を出す、売り上げが戻ったよくやったとなれば衆院選で自民党は安泰だ。ポピュリズム万歳だ。

それをしてしまえば、銀座やニセコも埋まるかもしれないが病院のベッドも埋まるだろう。オリンピックで味をしめた「お・も・て・な・し」がたくさんの善良な日本国民の命を担保に成り立つなら、令和の幕開けは呪われた暗黒の悪夢として日本史の教科書に載るだろう。そこまで言うとさすがに友人は「考えすぎ」と笑ったが、こういうことに関して僕は徹底して性悪説で生きてきた。なぜなら、投資は後手後手の演繹型人間はやればやるだけカモになり大損になる。根っから帰納法的人間でなくては勝てない。すると、人間の諸相を観察するに性悪説でないといけないのだ。冒頭に帰るなら、ここで何より性悪説なのはウィルスに対してだ。このエイリアンこそ諸悪の根源。だから始めからありとあらゆることを悪い方の極限で組み立てる。しかし、少なくとも国民は、今や誰もがそうしないといけないほどの有事と気がついただろう。

さっき気がついたが、厚労省クラスター対策班の西浦教授が「日本人は42万人死ぬ」と僕の3月27日付のブログと同じ数字を公表した(計算根拠は知らない)。それを書いた意図は全面的な「性善説」をもって、壮絶なテンション、ストレス、感染リスクと戦っている医療現場のすべての方々と、体内でウィルスと戦っているすべての患者、ご家族、そして、ウィルスを殺すワクチン・薬の開発努力をされているラボラトリー、企業の先生方を応援するためだ。今更ながらだが、ほんとうに医者になりたかった、こういう時に力になれなくて心から悔しいと思うからだ。人の命を預かる医療というのはカネじゃない、人間にしかない尊い善意で成り立っていると思い知る。だから国民は我慢して応援する。私権制限する法もないのに、そういう民族であることを誇りに思う。

だから、その善意の我慢が限界にくるまでに、日本人の美徳を守るために、国は即刻カネで助けるべきなのだ。何を考えてるんだろう?日本人のフリーランスのミュージシャンの方が申請したら2日後に60万円相当が口座に振り込まれて驚いたというドイツみたいに。だって教えてほしい、それ以外に国ができることってなあに?出せない法律のせい?なら変えればいいでしょ、あんたらそれが仕事の国会議員なんだから。カネは出ないんですけど政治家も頑張ってます、ごいっしょに身を切ってますなんてくさいポーズはね、ぜんぜんアウトのタイミングなのに猛然とヘッド・スライディングして監督に「懸命にやってます」をむなしくアピールする万年二軍選手にしか見えない。

そういうのが浅ましくて滑稽なだけということにこれほど笑われても気づいてないから「貴族か」なんて新聞の見出しに書かれちゃう。貴族は戦争になれば最前線に出て命かけて国守る。モーツァルトがウィーンで売れなくなった最大の原因は、客だった貴族がみんなトルコ戦争に行っちまったからだ。その引き換えとして貴族は地位も贅沢も許されているのである。ところが平時が長く続くとその地位にいるだけで自分は特別な人という何の根拠もない全能感が生まれ、国民は奴隷と思い、自分はどうでもいい事に精出してみんな喜んでくれているという「ああ勘違い」の奴隷になっていましたという人間の悲しい性が世界史に刻まれている。「パンがなければケーキ食べればいいじゃない」の王妃マリーさんはきっと悪い人ではなかったが国民はブチ切れてギロチンで首を刎ねてしまった。刃が見えるようわざわざ顔を上に向けてね。星野源も結構だけどお家で犬とくつろぐならフィガロの結婚なんかもお薦めだ。

 

(追記、2020年4月16日)

「中国人3000人」のデータはこれとのことであった。本件はネットで話題になっている。

http://www.moj.go.jp/content/001318291.pdf

上陸拒否国からの渡航者で審査の結果「特段の事情」を認め許可した人である。特段の事情とは永住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、または定住者の在留資格を有する者。

中国人以外も含み、上陸拒否国から帰国した日本人も含むから「中国人3000人」はこの時点で正確ではない。ただし論点は国籍ではなく、「ウィルス保有者」を入れてしまっていないかどうか、要は「空港検疫の精度」の問題と思料。接触8割減は不幸にも入国させてしまったウィルスを増殖させない策であり、国民が身を切ってその努力を1か月するのは、「新しいウィルスがは入って来ない」信用に基づいている。

 

 

 

 

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のぞき劇場

2020 APR 11 12:12:31 pm by 東 賢太郎

いや、これは驚いた。風営法施行令にある用語だが、東京都が国と議論した営業自粛対象で基本的に休止を要請する施設の細かさにだ。しらみつぶしを地で行くぞという気迫すら感じる。

(いわゆる)「風営法」という昭和23年施行の法律は江戸時代の赤線囲い込み隔離政策にルーツがある。「風俗」というつかみどころのないものをどう法律的に定義していくか参考になるので書いておく。

まず同年に「興行場法」を制定し、「映画、演劇、音楽、スポーツ、演芸又は観せ物を、公衆に見せ、又は聞かせる施設」が定義(大分類)される。そこで業として興行を行うものは都道府県知事の許可が必要という網をかける。

次に、そこで行われる「興行」が風営法で定義される(中分類)。その一つに、

「性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態又はその映像を見せる興行」(*)

がある。

次に、その興業を行う場所(興行場)が風営法施行令第二条にて三分類され、それが「ヌードスタジオ」「のぞき劇場」「ストリップ劇場」である(小分類)という三層構造になっている。どれも、やることは(*)であり、昭和23年にはあったであろう「のぞき劇場」が現存するかどうかはともかく、分類のタイトルであるから法技術上はどうでもよくて残されていると思われる。

東京都に気迫を感じたのは、興行法上、これらが都の許認可事業だからだ。国に口だすなよという意志を感じる。小池都知事が「ロックダウン」と言ったが、新幹線を止める権限はない(鉄道事業法により国交省が許認可)、できもしない事を言うな、横文字は使うなと揚げ足を取られた。

ここからはまったくの私見だが、僕には、

「ならばこれはどう?英語の読めないおっさんでもわかるでしょ、その3つ、あんたたちよく知ってる所でしょ。私の権限よ、後ろからスカート踏まないでね」

という風に見える。これが小池都知事の案かどうか?「代表取締役社長かと思っていたら天の声がいろいろ聞こえて中間管理職になった感じです」というコメントに嫌味なくじんわりとにじませる。真相はどうあれ、「うまいなあ」と思うのである。

何故なら、それを男が言ってもあまり迫力がない。広義の「ポジショントーク」になるだけだ。まあボロが出るからこのぐらいにしておくが、この一戦は小池氏の圧勝であった。女性の時代というが、古来我が国はシャーマニズムといわれ巫女という存在が有事の祈祷をして民が従っていた。未知のウィルスに襲われてる恐怖は民の本能の領域にだんだん至ってきているのかなと思わせる「のぞき劇場」であった。

 

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