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カテゴリー: 若者に教えたいこと

才能は遺伝で決まるという謎

2020 JAN 20 22:22:01 pm by 東 賢太郎

遺伝が才能に与える影響は音楽92%と数学87%が高いというデータがある(下)。スポーツ85%、IQ66%より高い。

ところが年収も遺伝というデータが出てきた。

男性の収入は「遺伝」でこれだけ決まるという「冷酷すぎる現実」

https://ord.yahoo.co.jp/o/news/RV=1/RU=aHR0cHM6Ly9oZWFkbGluZXMueWFob28uY28uanAvYXJ0aWNsZT9hPTIwMjAwMTEwLTAwMDY5NjU5LWdlbmRhaWJpei1zY3RjaA–;_ylt=A2RCD07WOiZeiSUA8zkPk.d7

‐W. David Hill et al,“Genome-wide analysis identifies molecular systems and 149 genetic loci associated with income”, Nature Communications volume 10, Article number:5741(2019)

ということは、資本主義はもともと不公平を制度化して助長するシステムということになるが、そうだろうか?上掲データの「才能」欄をご覧いただきたい。

音楽、美術、執筆、外国語、チェス、数学、スポーツ、記憶、知識

僕の目にはそのどれも、収入と大きな相関があるようには見えない。音楽家、数学者が富豪というイメージはないし、この9つのどの才能も人並みだが大金持ちになった人を何人も知っているし。

才能という切り口では出てこない集中力、完遂力のほうが僕は収入との相関が高いと思う。その2つは訓練で充分に獲得できるのだ。そのうえで、ここに書いた5つの法則の真逆をやることだ。

評価をダウンできる5つの法則

どれも才能なんかいらない。データでお示しすることはできないが、僕の社会経験のエッセンスである。これを当たり前のようにできるようになれば収入は確実に増えると思う。

 

廣津留すみれさんとお会いする

2020 JAN 11 17:17:23 pm by 東 賢太郎

人というのは会ってみないとわからない。ニューヨーク在住の畏友安岡氏の紹介で、話題の廣津留すみれさんが弊社を訪問してくださることになった。相変わらず凄い人脈だ。しかし、

ハーバードとジュリアードを首席卒業?ウソだろ?

それが話を聞いた時の僕の、ある意味当然といえば当然のイニシャル・リアクションであった。どっかの芸人とかエセ科学者の「なんちゃってハーバード留学」が浮かんだ。でも本当みたいだ。東大・芸大首席でもあり得ないのに間違いなく史上初の日本人だろう。しかも帰国でなく大分の県立高校の純粋ジャパニーズときた。気が遠くなる。

ということでご来訪を心待ちにはしていたが、正直のところ、こちとら超高学歴のスーパーレディは基本的に苦手としている人間である。大門未知子先生みたいだったらだめだすぐ終わろうと思っていた。

杞憂であった。会議室でご対面して3秒でそう思った。「ぜんぜん普通の女の子だね」「はい、よくそういわれます(笑)」。会話はなごやかに始まった。

そこからは普通でなかった。26才でこの理性、咀嚼力、吸収力はすばらしい。しかし僕も世界でいろんな秀才、異才に会ってる、それだけならどうということもない。その何倍も素晴らしいことに気づいた。好奇心と遊び心も備わってること。時に目が輝く。これだ!秀才というのは実につまんない、超優秀な総務課長みたいなタイプの人が多い。こんな若者がいたのかと触発されて立て板に水ラリーとなり、伝わったという手ごたえは快感すら残るレベルであった。

感想。人間の進化に語学(ことば)は大事である。痛感。英単語を1万5千知ってる方だが、appreciate・・・と言って一瞬どうかなと立ち止まって「アプリーシエイト、いい言葉だね~、日本語ないし」と加えると当然ながら「はい」が返ってくるわけだが、尋ねた意味を完璧にアプリーシエイトしてる顔を僕がアプリーシエイトするという塩梅で結果としてお話は3時間になった。

こちらのほうがはるかにたくさん勉強させていただいて恐縮だ。よくわかった。大事なんだ、言葉を正確にカーブアウト(carve out)するミリ単位での能力こそが。それで入ってくる情報量が天と地だ。それもクズの情報じゃない、先人のインテリジェンスを簡単に受け取れるのだから圧倒的な差になるのは自明なのだ。ちなみにインフォメーションと何が違う?ご存じないのは仕方ないから正確にお教えした。これがインテリジェンス。carve out力倍増で鬼に金棒だろう。

ブログにあるベートーベンV協の「a#がみんな低い。なぜ?」を尋ねた。すぐロジカルな答えが返ってきた(秀逸)。その音符に至るまで僕がへたくそに歌うとティンパニを入れて下さる(日本のおもてなし)。チャイコフスキーV協はつまんない(反論される)が、第1楽章に1か所だけいい所がある。ここ(歌う)、この3連符、大家も裏の木管にひっぱられる、ちゃんと弾いた?「弾きました」(あたりまえ、決然)。「いいね」であった。

歌舞伎の「型破り」「型なし」の話。「ピアニストはピアノ曲しか知らない。型なしね、そんなの何やってもだめね」「はいヴァイオリニストもそうなんです」「きみクロイツェル・ソナタ、1週間で弾いたんでしょ」「はい」「なら覚えたら?モーツァルトやるのにオペラ知らない?ベトコン弾きますが田園交響曲知りませんみたいなもんだよ、そりゃないでしょ、僕みたいに魔笛暗記してるオヤジには型なしだよ。型作ってそこから羽ばたいて、自由に思いっきり遊んでね」。

これは「東大王の芸人みたいになんないでね」と心配したゆえの苦言だったが、すみれさんは根底からものが違うんでまったくの杞憂だったろう。素敵なご縁ができました。

ソナー・アドバイザーズにて撮影(2020年1月10日)

 

 

人生の通信簿をつける方法

2020 JAN 2 22:22:10 pm by 東 賢太郎

新年の区切りということで、5年を節目にして自分の通信簿をつける話をしたい。それはユニクロの柳井さんのご著書「一勝九敗」(新潮文庫)にあったような気がするが、すごく前でよく覚えてない。題名からしてそれだろうと思う。

通信簿?いまさらそんなものいらないだろうと皆さまに思われそうだけど、この考え方には僕の発見した3つの利点がある。

利点① 【なんだ、まだそんなもんかと思える】

神様は平等に人間を創っていて、死ぬまでずっと不幸なんて人はいない。本当にそうかどうかは知らないが、そう思わないと落ち込んだ時につらい。1年1年で見ていると幸運な年や不幸な年があって、だから毎年お御籤(みくじ)をひくのだ。そこで5年をひとくくりで小説みたいに「章」と呼んでみる。1~5才が第1章、6~10才が第2章だ。若い人と会話していて「もう65才でね」なんて言おうものなら一気にジジイに見られ、自分もジジイに収まるのが楽ちんになってきてしまうだろう。それだけで老けこむ危険がある。そこで「僕のシステムではね、13才なわけよ。まあキミらにはわからんだろうけど」なんて煙に巻く。やってみていただきたい。わけわからんなりにジジイではないなと見られ、場合によっては若いですねなんて尊敬される。するとだんだん、ほんとうに俺は若い、なんだ、まだそんなもんかと思えてくるのである。

利点② 【なんだ、そんなに負けてもオッケーなのかと思えてくる】

そこで、人生の通信簿だ。ここまでの13個の章をふりかえって「〇」「✖」をつけてみよう。自分が嬉しかったり、楽しかったり、やった!とガッツポーズしたり、ほっとしたりはみんな〇だ。つらかったり、がっくりしたり、怒ったり、悲しかったり、まずい!と思ったら✖だ。そうして人生の幾多の思い出を振り返って、それが何才の時だったかを思い出してみていただきたい。そこで〇が✖より多い章を「勝ち」、その逆を「負け」としてみよう。すると、僕は勝ちが第4章、第8章、第11章、第13章の4つしかないことを発見したわけだ。

ほんとうだ。15才までは今みたいな図太さはかけらもない目立たない子で、ぜんぜん楽しくなかった。社会に出ても35才までは小さな成功があったと思えば大きな失敗、失敗で会社を3回もやめようと思った。気を取り直して頑張ったのでちょっと認められたと思ったら40代後半でまた失速。50代前半の移籍はツキがあったが、後半の起業からいばらの道でドツボにはまり、60になってやっと明かりが見えてきた。こういうのを七転び八起きというから8勝7敗ぐらいかなと思ったら4勝9敗の大敗人生であった。しかしそれでも、いま無事に生きている。なんだ、そんなに負けてもオッケーなのかと思えてくる。

利点③ 【還暦とか定年とか引退という概念が消える】

14章まである小説は短編ではない。いや、10章もあれば長編の部類だろう。何章まであるかわからない。還暦?定年?引退?そんなくだらないエンディングで小説が終わるはずないではないかと開き直れてくる。組織を辞めちまえば小説を書くのは人事部じゃなく自分だ。好き勝手に書いて〇、〇、〇・・・にしちまえばいいのだ。ちなみに、僕はサラリーマンを辞めるまでは2勝8敗だけど、辞めてからは2勝1敗だ。勝手に書いた〇もあるが、生まれつきの性格が一匹狼だから伸び伸びできたせいでもある。しかも規則性まである。第4,8,12±1の章が勝ちだから、次は第16章に勝つのである。でも80才だから今の仕事は無理だろう。じゃあ何か別なことをそこまでぼちぼちやるかなんてことになる。ひょっとすると、そこまで頑張って生きてるだけかもしれない。「生きてりゃ勝ち」ってルールで。

 

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お金は自分で働いてくれる

2019 DEC 30 22:22:18 pm by 東 賢太郎

去年が大凶だっただけに、今年は後半が順調だつたのはありがたい。といって、何をがんばったわけでもない。マージャンでいうならたまたま「流れが良かった」のである。学生時代にヘタのツッパリでよく負けたが、高い手狙いで流れに竿さしてもダメだと悟って会社では負けないことを狙うようにしたら無敵になった。同じ手でゴルフも強くなり、その教訓から仕事も若い頃のように無理矢理なことはしないと決めたのだ。

投資というのは「お金に働いてもらうこと」である。お金は働いて自分で増えてくれる。ところが日本には「不労所得は良くないもの」という江戸時代から連綿と続く農村共同体の倫理観が根強くあって、株式投資などいかがわしいと思っている人が大半だ。実は不労所得がいかんというココロは「働かないと飯が食えんぞ」という戒めであって、だから民謡「会津磐梯山」に小原荘助さんが「朝寝朝酒朝湯が大好きでそれで身上潰した」と登場する。僕もこの歌で親父に「勉強しないとそうなるよ」と諭されたものだ。

しかし、お金も働けるとなると話は違う。いや、自分も働きお金にも働いてもらうのは世界の常識なのだということを僕は証券会社に入ってお金もちのお客様たちから教わった。つまり、増えもしない銀行の預金や郵貯に置いてあるお金は朝寝朝酒朝湯にふけっているというわけである。いい若いもんが働いてないに等しいのであって、不労所得どころか不労無所得なのだ。農村で一番許さないことを農村共同体的精神風土の日本人が黙って見過ごしている矛盾を不思議に思われないだろうか?

矛盾を解く鍵は投資というものの本質に隠れている。投資は実物であれ証券であれリターンを求めるものだが、それはどこから来るのだろう。天から降ってくれば結構だがそんなことはない。食物でも資源でも地球上の富は限られているから、得る人がいれば得られない人が出てくる。従って、投資は本来的に不平等を生むのである。隣の国や村を掠奪できるなら、勝つ側だけに限っていえば、内部に不平等は生まれない。しかし掠奪が許されないという建前になった現代にあって、天からお金が降って来ないのであれば、70億の人間全員がある株を買って全員が幸せになることはあり得ない。この原理によって、全員が平等に幸せであるべき農村共同体の文化とは水と油なのだ。

この文化から生まれた日本人ならではの美徳や強みを僕は誇りに思うが、それは古来の日本人全員が共有したものではない。武力で掠奪できた戦国時代まではそれはなかった。幕藩体制で掠奪がなくなった江戸時代に260年かけて古酒のように醸成された価値観であり、明治維新から152年たつこれからの世に江戸時代のままの価値観で幸せな人生を送れると考えるかどうかは皆さん次第だ。それを問うのが教育だと思うが、文科省がそうすることはない。政治家は国民一人一人の幸福など考えない。国が安泰に治まればそれでいい。それが政治家ひとりひとりの身分の安泰になり、国民のマジョリティが丸く収まる。それに竿さして左遷されたい官僚はいないからだ。

そういう確固たる理由によって、文科省は学校に農村共同体文化を逆撫でするような教育は絶対にさせないだろう。つまり、不平等を生む投資などとんでもない、バクチである、みな平等に働き平等に楽しみ平等に死んでいく、それが日本人の幸せだと説き続けるだろう。それで江戸時代さながらの手法で村が治まり、村の代表である国会議員が失業せずに女王蜂状態で生き長らえ、票田を世襲した二世、三世議員も女王蜂で居続けて皇室並みにディファクトだという世の中が出来上がるのである。働き蜂を慰労して、君らは「上級働き蜂」だとプライドを持たせる場が叙勲から桜を見る会まで序列で周到に用意されている計略は見事だ。

お判りだろうか?下級働き蜂に本当のことを教えて賢くなってもらっては困るのだ。学校で共産主義国家だと習った中華人民共和国が、いまやトランプ大統領をビビらせる資本主義国家であったことが判明している。ではなぜ中国は共産主義国家を名乗ってきたのだろう?簡単だ。女王蜂が膨大な数の働き蜂を従えて巣を作るのに好都合な大義だからだ。韓国の反日にも同様の要素がある。それが政治家の身分安泰の保険になり、国民のマジョリティが丸く収まるからである。歴史に学べというが、日本国の農村共同体文化もそれと同じものではないかと疑ってみるべきであり、為政者側である学校が絶対に教えない真実で世界は動いていることを見抜かなくてはいけないということだ。

僕のビジネスが原理的に最大多数の最大幸福に繋がらないことは以上からご賢察いただけよう。「誰でも儲かる株式投資」なんて類いの本は100%ウソである。万人が儲かる株は絶対に存在しないし、仮にそれに近いアイデアがあったとしても、万人がそれに乗っかれば儲からなくなってしまう。だから、他人には教えないのである。それを本にしたり学校で教えるなどというのは、余程の酔狂か自己犠牲精神あふれる人しかできない。なぜなら、そのアイデアを得るには金銭的にも精神的にも多大なコストがかかるからだ。投資には最大公約数として一般化した基本知識がある。それを投資理論と呼び、ウォートンのようなファイナンス系のビジネススクールに行けば習うことができる。だから僕は学校で理路整然と投資理論を教えてあげることはできるが、それは何ら結果を保証するものではない。なぜなら理論化すれば誰でも再現でき、万人が乗っかれば儲からなくなってしまうからだ。むかし家庭教師や塾の教師のバイトをしたが、それは教える僕が100%解けるという前提があった。しかし投資となると自分だって必勝ではないことを意味している。

また、多勢に無勢の民主主義の国で、超マイノリティである僕が有権者の支持を得ることもないから政治を変える力もない。であれば僕は家族と会社を守るため自分の生計だけを考えればいいだろうという結論になるしかない。政治家でない皆さんもそうだ。それには、お金に働いて仕事してもらわない手はない。為政者が国民の安全と幸せを仮に願っているとしても、それは自分と一族郎党だけのためだ。年金も天から降ってくるのではない。お金に働かせて増えてもらわないといけないが、計算上、到底政府が約束した金額にはならない。年末にせちがらい話になるが、自分と一族郎党は自分で守るしかないのである。

 

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何かしてくれそうな人、してあげたくなる人

2019 DEC 14 20:20:17 pm by 東 賢太郎

人にはなぜか、何かしてくれそうな人、何かしてあげたくなる人がいる。なぜそうなるのかに理屈はなく、血縁とか利害関係もないのにそう感じるのだから不思議だ。すると、ごく自然に、その人とはご縁ができることになる。

「してくれそう」「してあげたくなる」は好き嫌いではない。僕は元からあまりそれがない人間で、例えば初対面の人が生理的に嫌いなどということはまずない。あるとすれば、その人がしたことが許せない、これはある。しかし嫌ったのはその人のした行為であって、典型的な「罪を憎んで人を憎まず」であり、憎むとしても「罪刑法定主義」である。その「法」はまあ僕の私情にすぎないかもしれないから要は好き嫌いでしょといわれればそうかもしれないが、法と書いてしまいたいほどに首尾一貫していると自分で思う。

すると「してくれそう」「してあげたくなる」はなんだろう?もちろん私情ではあるが、若い頃にはなかったし、そんな感情が現れだしたのはこの10年ぐらいのことだ。さらには、僕の心の内奥にそれがあって、それで人を選んだり付きあったりするようになっていることに気がついたのはごく最近である。つまり、事業を始めてそこそこ時がたって、自分に目標ができたから芽生えた新しい感情なのではないか。えっ、50になるまで目標なかったの?と恥ずかしくもあるが、やっぱりなかったのだろうと思うしかない。

その問いに答えるには、少し回り道におつきあいいただくしかない。サラリーマンというのは出世が目標だ。そうでない人もいるが、僕の場合はそうだったという所から僕のサラリーマン人生の最終章がどんなだったかということを全部さらけ出してしまおうと思う。出世は他人が決めることだ。その他人が自分より優れていると信じこめるとは限らない。気に入られるならヨイショ・マンでもホラ吹きでもなんでも構わないという大会に出場することは、僕の場合、非常に難しい何かが内面にある。それをあきらめて野村を飛び出してしまい、何が目標になったか?俺はそんな程度じゃないぞという「承認欲求」だった。だから、もっと自分の実力に対してポジティブな承認をくれそうな会社に移ろうと考えた。そう思い出した2003年頃から話は始まる。この思いは、プロ野球で何か報われなくてFA移籍する人をついつい応援してしまう気持ちとして今でもその片鱗が残っているぐらい強いものだった。

そういう気持ちの時に、たまさかみずほ証券の常務だった横尾さんとお会いした。これが人生を全面的にリセットするきっかけとなった。49才だった。そのご縁で移籍させていただく決断に至ったが、散々お世話になった野村證券には失うものも後ろ髪を引かれるものも莫大にあったし、今もって申しわけなかったという気持ちだ。昨今、外国なみに会社をかわるのが普通の感覚になってきたかもしれないが2004年当時はそうでもなく、日本最大の証券会社の本社のポスト部長だったのだから異例の部類で週刊誌ネタにもなった。

決断の時点でみずほからいただいた条件、つまり肩書や報酬は野村と大差なく確か複数年契約でもなかったから、世間一般的なキャリアアップ転職ではまったくなかった。大変失礼だが当時の客観的事実としてご理解いただきたいが、飛ぶ鳥落としていた野村からみずほ証券というのは格落ちであった。横尾さんによると当時は興銀の悲願であった株式引受業務強化が頭取命令であり、どうしても野村の株式業務の主力を引き抜きたかった。一方で、僕が喉から手が出るほど欲しかったのは「承認」「活躍の場」だったから相思相愛ではあった。ただ、面接官がそれをたった30分で僕にそう思わせた横尾さんという人でなかったら、今の僕は確実になかった。それは単なる因果関係や運命論ではない。日本の大企業ではありえない、たぶん二度とないことを僕はやってしまい、それがつつがなく収まってまだこうして生きていられることを含めてそういっている。

というのは僕はさらにとんでもないことをしでかしてしまうからだ。みずほ移籍から2年たった4月、最年少の執行役員に昇格となった。誰が見ても移籍大成功で順風満帆の出世だったろうが、僕は困っていた。そしてその半年後に、自己都合でみずほをやめてSBIに移籍してしまったのである。それには伏線があった。2004年3月に、野村を辞めるかもしれないと内々にヘッドハンターに伝え、プロ野球ならいわばFA宣言したわけだが、すると “3球団” 、みずほ証券、SBIグループ、そして三菱証券からすぐにオファーがあった。SBIの北尾さんは僕が野村をやめるらしいと噂が出る前後から強い「承認」をくださっていたようでそれがどんなに嬉しかったかは筆舌に尽くせないが、知ったのはみずほ証券にサインした3日後だった。これが前後していれば僕はそっちに行っていたかもしれない。世の中そんなものだ。仕方がない。だからどこかでSBIに行こう、行くのだろうという覚悟があったのは誰にも伝えていなかった。

そこでみずほ入社時に経営に「昇格は不要です。55才までに必ず辞めますから助っ人でお願いします。でも、僕はやることは必ずやりますので」とはっきり申し上げた。力がなくて移籍するわけじゃないですよという強い自負があったからだが、こんな事を言って移籍した人はプロ野球界にだってひとりもいないだろう。ひとえにご迷惑をかけたくなかったからではあるが、野村を辞めた時点でもうサラリーマンは卒業したという決意宣言でもあり、55才までには起業するという決心があった。そして2年間、みずほ証券のために全力で戦った。古い野球界の話だが、巨人に江川卓が入団して阪神にトレードされた小林繁が巨人戦で8連勝したようなものでモチベーションは物凄く、自分のプライドのための戦いでもあった。横尾さんにいただいた事前の「承認」が空手形でなかったことは2年間で獲得した株式引受主幹事16本の実績でお見せできたと信じるが、それでさあそろそろと思った矢先の役員昇格だったのだ。思いもよらず、本当に困ってしまった。

そうこうしているうち6月になった。北尾さんからは早く来いといわれ悩んでいたら、にわかに日本航空の2千億円の資金調達の動きが伝わり、周囲のざわざわが風雲急を告げてきた。よしこれだ、やってしまおう。もう辞めていいだろうと考えたのは、16本の主幹事を奪取して僕のやり方を優秀な120人の部下たちが十分に盗んでマスターした、もう僕がいなくてもできると確信したこともある。並みいるライバル社を蹴落としてこの巨大案件を獲得できれば皆さんに退任を快く認めてもらえるだろうと考えた。JAL案件は金額からして多国籍引受にするしかなく、その主幹事(グローバルコーディネーター、GC)を奪取すれば満点の終幕じゃないか。競技に喩えるなら、国体優勝にあたる国内主幹事すら未経験とよちよちだったみずほが、オリンピックの金メダルにあたるグローバルコーディネーターを狙おうというわけだ。やれば間違いなく世界の金融界は仰天であり、どんな経済小説やドラマより痛快でもある。僕の率いる資本市場グループがその尖兵になるのだ。こんな舞台が与えられる証券マンなんて世界のどこにもいないぞと幸運に感謝した。燃えた。

しかし、現実はそう甘くない。GCの引受手数料は巨大である。そこから2か月。斯界の両雄であった野村證券、ゴールドマンサックスとの三つ巴の激闘は壮絶で、両社は収益的にもプライドとしてもJALというメジャーなディールで新参者のみずほに負けるなど辞書に書いてない。各所の小競り合いで銀行員ばかりの部隊の経験のなさが露呈して苦戦、撤退の報告が次々に上がってくる。気ぜわしかった。小競り合いはまだ耐えられたが、株主総会にかけずその直後にローンチするなど論外のルール違反であると日経新聞の論説委員まで敵方について毎日批判記事が出る。本当にやっていいのだろうかと気持ちが揺らいだ。前線を預ってはいたが「撃ち方やめ」の権限があるわけではなく、不安になってひとり横尾さんの部屋へ行って「本当にやりますか?」ときいた。即座に「やるんだよ、やるに決まってるだろう!」と烈火のごとく怒鳴られ、腹が決まった。みずほ証券のGC獲得は社史に残るかどうかは知らないが、僕自身、証券マンとしてやった仕事として後にも先にもこんな大金星はなく、引退試合で満塁ホームランを打たせていただいた気分だ。

それはいい。やることはやった。取った。勝った。で、辞めます。これを横尾副社長の部屋へ告げに行った日はつらかった。もちろん寝耳に水である。一日考えさせてくれとおっしゃった。一日たって、また行った。受理していただいた。この時の会話は書けないが、一生忘れない。土下座したいほど申し訳ないという自責の念で一杯だったが、その気持ちの何倍も、この方は凄い、只者ではないと心底思った。北尾さんのほうではSBI証券の副社長、ホールディングの取締役にまで就任となって期待していただいたのに、100%僕の力不足が理由でお役に立てていなかった。そうこうするうち2008年になっていた。後にリーマン・ショックにつながるサブプライム債の暴落でどこの金融機関も大損していたがみずほ証券にも4千億円の損失が出ていた。新聞には4百億円とあったが、新年のご挨拶に行ったら横尾さんに「実は4千億なんだよな」と告げられ、みずほ証券立て直しのために帰ってきてくれといわれた。役員にしたのに出て行った不届き者を役員で引き戻す。そんなことが日本を代表する金融グループでまかり通るかと耳を疑ったが、現実の話になった。「君が初めてだが、君が最後だろう」といわれた。何も仕事をしなかったのだから今度は北尾さんに申しわけないこととなりお詫びするしかない。

ということで僕は部長で1度、役員で2度、自分から会社を辞め、2010年にみずほからもういいご苦労さんが1度、つまり都合4度も大会社を辞めた。最後のは以前に宣言した55才であり心づもりの通りソナー起業に進ませてもらった。ともあれ全部が上場企業の経営職であり、辞めた理由も引き抜き、自己都合、引き戻しというユニークなものから戦力外通告にいたるまで網羅している。「退職コンサルタント」ができるぞと自嘲しつつ眺めるといかにも忠誠心がないが、戦国時代の武将だってないよと人には言っている。本音はお家・一族郎等のほうが大事。それを口に出して言えなくなったのは徳川時代に武士がサラリーマン化してからだ。忠臣蔵はもう元禄時代には忠臣がフィクション化していたから流行ったのだ。日本国の企業文化は江戸時代を400年も引きずっている。サラリーマンだって個人としては本当は自由に生きたいが弱い者は組織に所属して群れて生きるしかなく、その自嘲が毎年の川柳ネタになっているのだろう。

以上が僕のサラリーマン時代の終楽章だ。出世が目標で第3楽章まできて、終楽章でそれは消えた。代わりに来たのが承認欲求だがそれはそこそこ満たされ、今度はソナー・アドバイザーズの経営という別な曲が始まってもう9年がたっている。ここまで来てしまうとそんなもので右往左往していたあの頃は別世界の話みたいに思えてくるが、大昔の失恋が何故あんなに悔しかったんだろうと他人事みたいに風化しているのに似ている。そしていま、かわりに人生の目標になっているのが「企業の存続」に他ならない。サラリーマン時代は企業など持ってないのだからきわめて新鮮なものであり、他人の評価に翻弄されるという不快さがない実にすがすがしい日々だ。目標が違うのだから今の僕と10年前の僕とは話が合わないだろう。もはや別人なのである。

そこで新たに出てきたのが「何かしてくれそうな人」「何かしてあげたくなる人」という視点である。長年ひたってきたサラリーマンのぬくぬくとした目線がぬけ、僕もとうとう企業家になれたという話なのだ。縁というのは不思議なもので、みずほを去って以来ほとんどお目に掛かっていなかった横尾さんに大手町の地下道でばったりお会いした。去年の秋だ。僕はそこを滅多に歩かないし、横尾さんは経済同友会からノド飴を買いに降りてこられただけの遭遇だった。ほんの立ち話でそこは終わったが、何か感じるものがあった。それこそ、「何かしてくれそうな人」と直感したのだ。帰社してすぐに会長職をお願いしようと腹を決めた。連絡を入れ、それを食事しながら申し上げたのは1,2週間後のことだ。僭越ながら、2004年とは逆に、今度はこっちがどうしても来てほしいと口説く番だった。まったくの空想だが、その時横尾さんの眼に「何かしてあげたくなる人」と映ったのではないかと買いかぶってしまうほど、すんなり「いいよ」という返事をいただいた。2006年に不意にみずほを辞めると申し上げたあの日、大迷惑をおかけして顔に泥を塗るのだから普通の経営者なら激怒して当然なあの時に「この方は凄い、只者ではない」と感じたあれ。あれがなければこれもなかった。

そういう経緯で令和元年のビジネスデー初日である5月7日は、偶然とはいえまるでそう計画したかのようにソナー・アドバイザーズ取締役会長として横尾さんは初出勤された。その時点で産業革新投資機構(JIC)の社長に就任されるとは予想だにしてなかったし、もしも順番が逆であったならソナー会長を引き受けてもらうことは無理だったしこっちもそう動かなかっただろう。僕は実力はないがツキだけはあるとつくづく感じ、天に感謝する。思えば2017年は僕の後厄で限りなくつらい年であり、翌2018年は周囲から「お祓いしろ」と迫られるほどの稀に見る凶年、記憶にないほどのひどい年だった。ただ、悪いなりに必死でもがいたことで一皮むけ、それがベースになって今年は5月から順調だから結果オーライで有難うということだった。そしてもはや潮目が変わっている。横尾さんとの相性、因縁は書いたように別格的、別次元的な何物かであって、僕の長所欠点を熟知しておられ、数々の経営の難所を切り抜けてこられた大先達が取締役で大所高所から取り締まっていてくれることは基本的にじゃじゃ馬の身としてこんなに心強いことはない。

今年もいろいろあったが、今になって大事と思うことは、厄には近寄らないことだ。この仕事は簡単ではない。危険に満ちてもいる。情報を握り、危ないと思ったらすぐ手を引くに限る。心から納得したことだけを愚直にやる。それがお客様から信頼されてリレーションを良好に保つ唯一の道であり、「企業の存続」にはそれしかない。来年は1年で上場に至るプライベートエクイティ案件2つのマンデートがとれる。金額も大きい。ソナーはそうした魅力ある優良案件の発掘(ソーシング)が強みだからそれに徹する会社、プロ集団であり、株式の販売、募集に関わる証券営業的なことはやるつもりは一切ない。だからそれを業とする会社さんが必要であるが、この世界、お客様が欲しがる投資機会を発掘することがすべての競争力の源泉であって、それさえあれば販売したい人はいくらでも寄ってくる。しかも、そこにいよいよ野村のエース級だったパートナーが現れた。これもお互いの運の良さだ。彼は辞めたばかりだが「何かしてくれそうな人」である。もちろん辞めた苦労は身をもってわかる。だから何かしてあげたくなる。9年下の彼とはwin-win関係が築けることは確実だろう。

 

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来年は新しいディールをやる

2019 NOV 30 23:23:59 pm by 東 賢太郎

毎年この時期になると来年の事業構想を練っている。弊社が12月決算というのもあるが、やはり師走になると今年も速かったなという想いに駆られて来年のことを考えてしまう。しかし考えたとおりに行くこともそうはない。

去年の今ごろは横尾さんを会長にお迎えしたい一心だった。それが今年5月に実現したし、そうしたらなんと10月に日本国の2兆円国家戦略ファンドである産業革新投資機構(JIC)の社長にご就任が日経新聞一面で報道されてしまい、しかも弊社の会長はそのまま兼任という存外に有り難いご配慮をいただいたのだから国にもJICにも横尾さんにも感謝申し上げるしかない。

もうひとつある。これまで9年間、僕はあまり野村證券の人とは接点を持たなかった。べつに避けたわけではなく、ただ、やろうとしている事業があまり野村的でないなと勝手に思っていただけだ。それが今年の中ごろから急転直下、変わった。野村出身の方々と動く時間がすごく増えた。事業内容を変えたわけではないのにである。なぜか。

それは社員やパートナーの皆さんが、一般社会的には滅茶苦茶である僕のビジネス・ディシプリンに慣れて下さったからだ。税理士のN先生はグァムでゴルフのニギリで負けて食事で口をきいてくれなかったが、そこから僕という人間がわかったそうで以来仕事が楽だ。僕がテンパると何が飛んできても不思議でないが心構えができてるから片付けてくれる。弁護士のA先生、W先生もそう。

社員もだ。先日出張でネクタイを忘れたが到着する空港の土産店に話をつけて閉店しないよう段取りつけてくれたりまあいろいろと迷惑をかけているが片付けてくれる。おかげで非常に良い仕事ができて帰ってきた。秘書たちも家族も、つまらないことでストレスをためないようにしてくれてるのはよくわかってるし感謝の気持ちしかない。

つまり、野村的に行かない部分がうまく動いてくれるようになり、自分が不得手な部分に心配がなくなってきたのだ。なんとも大きなことだ。9年かけてやっとそうなった。不得手な部分でつっかかると僕は非常にストレスがたまる性質の人間だ。すると大事な部分のパフォーマンスが落ちてしまう。会社として何の意味もない。だからそれを勝手に解消しておいてくれる人は僕にとってきわめて貴重で、そうでなければ全く不要だ。

野村の人とは世代を超えてすぐツーカーになれる。言いたいことが言わなくてもわかるし、僕の指示がサクッと通じる。それは野村出身でなくてもできる人はいるが、いずれにせよ通じないと多大なストレスであり、テンパっている、つまり戦場にいるときにいちいち説明するなど論外である。ということで、いままでの僕はあたかも借りてきた猫だったが、野村的ビジネス・ディシプリンの中では4番でエースであり、破壊力はデカい自信がある。

この状態で来年に突入するのだから業績は期待できるだろう。社員は現状11名だが増える。国家の生命線に関わる業態の会社のプライベート・エクイティ・オファリングに関わらせていただける(まだ書けないが)のは大変な栄誉であり、弊社として金額も意義もかつて最大のディールとなるかもしれない。同社は日本企業だが上場は米国であり、そんじょそこらの証券会社では対応はできない。ソナーの強みを見抜いてご評価くださった社長には敬意と感謝の意を表したく、期待にお応えしてファイナンスを絶対に成功させたい。

 

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奥出雲風土記(2度目訪問の背景)

2019 NOV 24 12:12:15 pm by 東 賢太郎

わけあって島根県の奥出雲町に3泊した。僕にとって人生をかけることになるであろう某プロジェクトの下見のためである。

それは、このブログに書いたことと関係がある。いや、このことがなければ実現することもなかったという現実をまず書くべきだろう。

T社長、ありがとうございました

ここから2年の年月がたち、僕も顧問を退任しているからもうお名前を明かしてもご迷惑はかけないしお許しもいただけるだろう。T社長とは(メガネの)パリミキこと株式会社三城ホールディングス創業者、多根裕詞さんのことである。生前からご本人には多根さんと呼ばせていただいており、本稿でも親しみをこめてそう書かせていただく。お断りしておくが、僕がさせていただいていたのは親会社の顧問であり、上場企業である三城ホールディングスの経営や情報には当時も現在も関与、アクセスをしていない。同社とは多根さんという個人を通じての関係であったことをご了解いただきたい。

多根さんに教えていただいたことは質量とも甚大だった。よく口にされた「人との出会いの大切さ」は誰もが頷くことだが、多根さんの行いを拝見すると「言うは易し」であり、軽々に口にはできなくなる。「3億分の1の確率で生まれてきた不思議」の先に「出会いの不思議」があり、人間はひとりひとりが違うから「感謝、思いやり、おせっかい」が大事と説く。しかし、そのいちいちに共感はするものの、それだけなら僭越ながら僕はこれほどおつきあいしていただけるには至らなかったのではないかと感じている。

あくまで僕の側からの一方的な話ではあるが、そうなったのは、ひとつ深い所で共鳴できるものがあったからだ。多根さんが森羅万象の万事において究極の「本質追求型」の人であられたことである。「僕は本質追求型だから」とことあるごとに皆の前で繰り返されたが、一見してやさしいお人柄の多根さんがどういう意味でそうなのかは簡単に気づけるものではなかった。それがどういうことか、僕流に解釈するなら、宇宙の神羅万象すべてに因果関係があると信じ、その因果こそが物事の本質であってそれに関係のないものは見ないということだ。原理主義に近いが、原理の宗教や学問による解明が大事というよりも、原理に照らして意味のないものを見抜いて捨てるというすぐれて実学的姿勢である。

見抜いて捨てるという行為を導くのだから、それはインテリジェンス以外の何物でもない。それで時価総額1000億円になった企業を築き上げたのだからその値打ちは誰も否定できるものではなく、例えばその彼が「人との出会いの大切さ」を説くのは政治家の空虚で上っ面の辻説法などとはわけが違う、彼の原理の根幹を成すずっしりと重みあるメッセージだろう。しかも、凄い所は、ゼロから立ち上げた成功者なのにそうしたものを「経営哲学」のように事大主義的に祭り上げなかったことだ。本質追求は立派な哲学と思うが、根源を宇宙にまで求めた本質という絶対的な存在を前にしては、ご本人はおそらくどこまで行っても自分は不完全で学ぶべきと考えておられたと思う。

それは経営者が強欲イメージを回避せんと往々にして見せたがる偽りの謙虚さではなかった。成功者であることが正当性の唯一の根拠である程度の「哲学」によって自分をアイコン化しようとする行為は、言うまでもなく “とても本質的でない行為” の見本のようなものである。やりたくても出来ないはずなのだ。多根さんがそれをされずに逝かれたという事実を前にして、僕は彼が一切のまがい物を含まぬ正真正銘の本質追求型であったと信じるに至ったのだから、時すでに遅かった。人が人を知るということは、そのようにたくさんの事例を演繹的に積み重ねることでしか成しえないが、知り合って6年というのは顧問という仕事をいただいたとはいえ、長いようで短くもあった。

僕がperipheral(周辺事象、皮相)を毛虫のように嫌悪しているのは美学でもあるが実学でもあって、物心ついて以来それで生きてきているがなぜそうなったかという心の起源について心当たりがない。宗教家や哲学者や経営者の本や講演でそうなったのでないことは確かだから、蜘蛛を嫌悪するのと同じで遺伝子によってそう生まれついているとしか考えようがない。嫌悪に近づかないという行為を導くのだからそれは本能でもあるがインテリジェンスでもあって、僕がperipheralと感じるものを見抜いてばっさり捨てるタイプの人間であるということは多根さんの言われる「本質追求型」に近かったかもしれない。peripheralのみを振り回して生きている人々は人間としてもperipheralということなのだから僕は興味の持ちようがないが、多根さんがそこまでだったかどうかは知るすべがなかった。

多根さんと知り合ったのは偶然にミクロネシア視察トリップでご一緒することになっただけで、プレゼンに行ったわけでもビジネスをしたかったわけでもない。2014年3月に故郷の奥出雲に2泊で誘って下さり、帰ってきてブログを書いた。僕は旅好きだが、その土地にあんまり興味がわかないとどんな名所であれひどい時はその地名に至るまで忘れてしまう。いっぽうで逆の場合は万事を写真みたいに覚えていて、その時がそれだった。記憶のとおりに書いたところ(奥出雲訪問記)多根さんが見つけておられ、プリントして下線を引いて克明に読まれていたことを知った。そこで、そういう読み方をして、そういう所に関心をお持ちと知った時に、このかたは間違いなく「本質追求型」だと悟った。

前回も今回も「奥出雲多根自然博物館」に泊めていただいたが、ここについてはこれをご覧いただきたい。

宿泊できるミュージアム 奥出雲多根自然博物館

誰もがびっくりするのは里山の美しい田園風景の中にこういうものが忽然とあり、しかも中へ足を踏み入れると実物大の恐竜骨格がどんと現れ、2~3階の博物館をめぐるや所狭しと並ぶ古生代からの地球史をたどった圧倒されるほど見事な化石の陳列だろう。僕もそれには大いに驚いたのだが、中でも群を抜いていたのが子供向けに貼ってあるこの説明だ。

46億年前に地球が生まれ、37億年前に生命が誕生し・・・その果てしない末に我々がいる、という多根さんの生命観こそが当博物館の本質追求型であるゆえんなのだというメッセージが、この目立たない展示にさりげなく込められている。恐竜や化石で表層的にびっくりさせようというだけでないホンモノ指向に感動した。

それに限らず、ノートをとらずに覚えていたということは奥出雲という地に関心を懐いたということに相違ない。つまり土地との相性が良いのだ。多根さんは神話の解き明かす通り奥出雲こそ日本国の起源、発祥地であり、その文化、自然、人、文物の良さというものは従って歴史の「本質」なのだから日本はもちろん世界の人々に自然に受け入れられると「本質追求型」的に確信しておられた。僕は奥出雲をよく知らないが、本質はひとつしかない。自分が「本質追求型」であることは確信できる。ということは、世界が奥出雲を好きになるという確信を多根さんと共有してしかるべきなのだ。そして、その事がより強い確信となって帰ってきたのが今回の2度目の訪問であった。

某プロジェクトとは僕が発案したもので、読者のどなたもが想像もされないし、今回同行した関係者とお会いした奥出雲の方々しかまだ知らないが、わくわくするほどエキサイティングな計画だと信じる。まだ内奥を開示するわけにはいかないが、近々そうするだろう。もちろん関わってくださる方々にとっては大事な事業なのだが、こと僕個人に関してはというと、多根さんがどういう理由で奥出雲に連れて行ってくれたのかという謎のままになったご恩、ご縁に対する僕なりの体を張った結論である。このプロジェクトをやることがたぶん御意に添い、喜んでいただけると思うのは、宇田川多根自然博物館長のお力添えでお会いすることができた島根県庁、町長、役場の方々、桜井家・絲原家のご当主様、日刀保たたらの刀匠、県立横田高校の教員・生徒の皆様、養鶏場、畜産農家の皆様、そろばん製造会社、寿司店、豆腐店、ハンバーガーのピコピコのすべての皆様が今回の提案を歓迎してくださったからだ。

では、この新しい出会いがどこから来たかというと、多根さんとミクロネシアへ一緒に行った、たったそれだけのことからだ。「人との出会いの大切さ」とは種を大事に育てるという事だと教えていただいた気がする。

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ラグビー日本代表、スコットランドを撃破

2019 OCT 14 14:14:46 pm by 東 賢太郎

昨日、巨人の優勝を観てどっと疲れて帰ってきたら今度はラグビーのスコットランド戦が始まっていた。国と国のプライドをかけたすさまじい戦いを見た。最後の数分はもうだめかと思うほど相手は強かったのを知ったし、あってはならない殴り合いをしかけられる寸前の場面もあり、あそこまでスコットランド選手を追い詰めた力は本物なのだろうと思った。ベスト8への歴史的勝利を讃えたい。

日本代表のインターナショナルな顔ぶれはこれからの日本国、日本国民の在り方を示唆していると思う。日本文化を深く理解し『武士道』や『覚悟』といった言葉を好み、「『君が代』の意味まで知ることが日本代表だと思います」と覚悟を述べるリーチ・マイケルは誇るべき日本人であり、彼らのような才能に対してスポーツに限らず各界は大いに開かれていくべきだ。日本国籍だから日本人なのだという人がいても多様性としては受容しなくてはならないが、日本の文化と歴史を深く理解しリスペクトしない人はリーダーにはなれないし、日本国のサステナビリティを築き上げることはできない。なぜならそこに、あらゆる意味で日本を永続させる、世界における日本の絶対の強みが凝集しているからであり、したがってそれを失えば国は滅びて子孫は不幸になるからだ。

戦況を見ていて思ったのは、あそこまで両軍選手全員が一極参加してぶつかって体中の筋肉の力と知恵を振りしぼるスポーツはないだろうということだ。野球も「総力戦」とは言うが、ベンチにいる者が全員ゲームに出るというだけのことであって、戦場は基本的にバッテリー間だけ、全員一極参加になるのは乱闘のときぐらいだ。スクラム、モールのような一見乱闘に見えるバトルをルールに則って整然と進めるラグビーは格好いいと思う。だから終わればノーサイドなのであり、実に紳士的である。英国でアッパー(上流階級)の競技たるゆえんだ。アッパーは支配者層であり、支配する以上は戦争で一般市民より前線に出て戦うことを求められる。それがいわゆるノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)であり、喧嘩が強くて賢いことを求められ、それが「ラグビー憲章」の5か条である「情熱」「品位」「規律」「結束」「リスペクト」となって結実している。

英国に6年お世話になっていた僕としてはラグビーというブリティッシュ・エンパイアの看板スポーツで日本が世界ランキングで過去最高の7位というのも誠に誇らしい。韓国は31位、中国は80位である。当然のことであるが、ノーベル賞の授賞者数と同じくアッパーのスポーツで国の差が見えている。数々のノーベル賞は日本人科学者が明治時代から基礎研究を営々と積み重ねた努力の成果であるが、ラグビーも田中平八の長男、田中銀之助(1873-1935)がケンブリッジ大学から持ち帰って慶応のラグビー部を作り「日本ラグビーの父」と呼ばれる。こっちも明治時代から営々とやっているのである。ラグビー憲章の5か条である「情熱」「品位」「規律」「結束」そして「リスペクト」。カネやミサイルでは手に入らないものがあることを認めるのが文明国というものだ。

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高度成長期モデルは経営の墓場である

2019 OCT 5 14:14:40 pm by 東 賢太郎

来てくれる若い方々と話すたびに「リスクをとれ」「やりきれ」「学べ」と言っている。この3つは成長の三種の神器だ。そこに「なぜ」「なにを」「どこで」「どう」はない。「いつ」だって?当たり前だの「いまでしょ」だ。

みなさんソナーに関心がある。あるから来ている。起業したい、だから「どう」がいちばん知りたいのだ。それは教えたくとも教えようがない。だから三種の神器をやれと言っている。やった結果から自分の頭で考えるしかない。

「リスクをとれ」といわれて野放図に突進するのはただの猪武者である。いくかいかないかの判断で勝敗の大勢は決まるが、個々の挑戦のリスク・リターンは初めは誰もがわからない。だから最初は小さなリスクテークから入り、若いころはたくさん失敗したらいい。

すると失敗の痛みからだんだん物が見えてきて成功率が上がるだろう。そこで少し大きめのリスクがとれるようになってくる。失敗して学ぶべきは、次のリスクをとるかどうかの場面で「ミスジャッジする確率を減らす知恵」である。この知恵の集積こそが成長の源泉なのだ。

たとえば受験の模擬試験で点が良くて喜ぶのは二流の秀才である。悪かった時に「それが本番に出ていたら即死だった、ラッキー」とリスクが減ったのを喜ぶのがあるべきリアクションだ。ここで重要なのは、同じ過ちは2度としないことだ。それを神器の3つ目、「学べ」といっているのだ。

ただしここまでは松下幸之助の「やってみなはれ」だ。そこに2番目の「やりきれ」が加わる。ここが核心だ。試験なら「完答しろ」だ。10点満点の問題で3点だろうが8点だろうが0点に等しい。10点狙いのマインドセットで立ち向かわなくてはいけない。これがスナイパー能力を涵養し、人生で大差を生む。

舞台をビジネスに転じるならそのトレーニングを経て目指すのは「成功」ではない。成功は誰もがしたいが、思ってできるものでもないし僕自身まだしていない。成功の定義が何であれ、ビジネスで目指すべきは「長く生き残ること(持続性、sustainability)」なのである。成功に方法論はないが、短期で終わればそれはなく、致命的な失敗をせず生き残るには多少の知恵があれば足りるからだ。

例えば我々のような金融コンサル業をするならまずシビアな競争の中を「生き残る」ことが第一歩である以上の重要性を持つ。自分が生き残れない者にどこの誰がお金を払って指南を仰ぐだろうかということだ。コンサルが生き残っているということはサービスを「多くの」お客さんが「長期にわたって」値踏みしてくれ、支払う人件費や家賃を上回る対価をいただけているという証明であり、だからsustainabilityが大事なのだ。ぽっと出の店じゃないよ、老舗だよと飲食店が看板にする “since ~” がそれを象徴している。弊社はsince 2010、まだ9年だ。

生き残れたら次の課題が成長だ。企業を成長させるのは社員だから成長という側面を見るなら個々人の成長と同じである。物量(人海戦術)で成長する昭和の高度成長期モデルは人口減の時代にはワークしない。企業が伸びるには構成員である社員個々人が成長し、その総和として成長する時代になりつつあるし、これからさらに加速度的にそうなっていくだろう。ROE経営をうたいながらROEが低い日本企業の癌は人海戦術で採った社員一人当たりの生産性が成長しないことである。ではどうしてそうなるのだろう。

高度成長期モデルで毎年何百人も新卒を採用すると、成長しない人員が含まれることは避けられない。人事部が権限を持つという欧米にはない中央集権的採用システムで入社した数百人の全員が現場の長を喜ばせる適材適所になる可能性は低く、不可避的に毎年一定数の余剰人員(スラック)予備軍を採用していることになる。それはシステムの構造的な問題ではあるが、それ以前のより原始的な話として、毎年の新卒からどう選別しようとその業種、業務のAランクの適材が数百人も存在するはずがないということの方が大きいだろう。

すなわち、Sランクの数%の金の卵を引き当てる確率は上がるメリットはあるけれども、そのコストとしてスラック人員層が分厚く堆積していくデメリットを避ける方法はない。昭和の時代まではメリットが上回ったが、令和の時代からはそれが逆転するだろう。なぜなら米中のヘゲモニーをかけた不可逆的な対立(トゥキディデスの罠)で世界の競争環境が一寸先は闇という時代は永続する。その中で、変わり身の速さ(flexibility)が削がれることは、大企業になればなるほど規模の不利益になる。白亜紀の全地球的な寒冷化で恐竜が絶滅し、小型の哺乳類が生き残ったのと同じことである。

このことをイメージ的に語る表現として「社員の質的階層は2:6:2」といわれる。”上の2” が収益の大半を稼ぎ、”真ん中の6” は中立的、”下の2” がスラックである。”上の2” が “下の2” を食わせた残余が概ね企業の利益と思えばいい。理論的根拠はないが、経験上、日本、英国、ドイツ、スイス、香港での多国籍の体感からも違和感はない。高度成長期モデルの末期(まつご)として、スラック階層が市民権さえも持ってしまったいわゆる大企業病の企業では徐々に “真ん中の6” にまでスラック化が侵食することとなり、能力に秀でアンテナが高い “上の2” の階層のモチベーションは顕著に下がり経営は危機を迎えるだろう。

ドラッカーが示唆しているように、企業経営はオーケストラの指揮が範だ。それを敷衍するなら、良いオーケストラに2:6:2はない。弦楽器がやる気のない管弦楽団にベルリン・フィルの管楽器奏者が入っても意味がないのだ。第一フルートが辞めたら第二が昇格ではなく、第二奏者も含めて公開オーディションをするレベルの競争原理が全奏者のポストにないと聴衆に高い値踏みをいただくことは不可能である。ろくに試験もせずリクルーターの引きで新卒大量採用するという本邦のユニークな文化は、AKBがなぜ48人かは誰もよくわからないがとにかく可愛い子を48人もそろえていますというのと変わりない、終戦直後の農家の次男三男の集団就職に端を発して高度成長期に定着した特殊なモデルだ。それを70年たった今もしていること自体が異常なのである。

異常が永続することはない。だからこれからの時代、個人は徹底的に生存競争し、三種の神器で自らを鍛え、成長しなくてはならない。良い暮らしと良い人生を求めるならば。しかし、こう書くと矛盾に見えようが、僕は会社経営においては不断の成長がmust(不可欠)という考えには組しない。成長という暗黙の要求は株主が配当を求める「決算」という仕組みの呪縛でもあり、毎四半期ごとに何らかの成長の “痕跡” を生み出そうという企業会計上の努力は本来の経営目標とかけ離れた「経営者の心のスラック」を生む危険性があるからだ。そのスラックが在任期間中に成長でなくリストラで会計上の利益をあげて、収益連動型報酬でこっそりとひと儲けして逃げようという品性の曲がった泥棒経営者を次々と生んでいるのは周知の社会現象だ。

企業はあくまでsustainability(長く生き残ること)こそがmustであり、社会と調和して顧客と社員を幸福にするベストな方法であり、それに見合うように社員一人一人が成長した分の総和として企業は自然に成長すればいい。このことは投資という側面から見ても、社会的責任投資(SRI:Socially responsible investment)として確立した、「企業がどれだけ社会的責任を果たしながら活動しているかということを考慮しながら行う投資活動がsustainable(持続的)な世の中になりつつあるという現実」と矛盾しない。社会との調和と貢献、コンプライアンスを尊重し、株主以外のステークホルダーの利益も考慮しつつ、成長に関わる部分の賢明なマネジメントをしていれば結果的に投資をしていただける。それはとりもなおさず、利益も成長すると信じていだけるからだ。

マーラーの千人の交響曲の喚起する感動がバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタの千倍あるわけではない。オーケストラに「大きいことはいい事だ」のスローガンはないのである。高度成長期モデルというものは今となってみればヘタな奏者を100人集めてウチもマーラー、ブルックナーができますと競いあうようなものだ。昔は聴衆はそれでも集まったから優秀な奏者でもそこに引退まで在籍する意味はあったが、いまどき学生オケでもできる曲を高い品質保証なしで評価されるのは非常に困難であり、そういう楽団は存続が困難になるだろう。

つまり、2:6:2は組織のsustainabilityを喪失させ、したがって、”上の2” の人材も必然的に失っていくのである。冒頭の「起業したい若者たち」がまさにそれであり、6:2 の階層はしがみついてでも会社に残ろうと必死になる。彼らにはリスクと負荷ばかりがのしかかる “上の2” になる関心は薄く、では社内で何の競争が熾烈になっているかというと、出世ではなく長く生き残ること(sustainability)なのだ(笑)。落語のオチなら面白いが、高度成長期モデルは経営の墓場への道ということだ。金融界にはシビアな現実が蔓延しつつある。

 

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成長の三種の神器

2019 OCT 5 0:00:17 am by 東 賢太郎

今日は横尾さんの日経一面の記事で朝からメールが殺到して一日終わってしまった。そっち(ソナー)はどうするんだという当然のご質問もあったが、こっちは変わらないよう各所ご調整くださったのには頭が下がる。もちろんこれからの運用には細心の注意を払うという前提になるけれど。

6月ごろから当社と関わり合いを持ってくれた一群の人たちがいて、みんな新聞を見てびっくりである。いい時にソナーに来たもんだ。しかしそういうのは人の運であり、それをつかんだ人だけがジャンプできるのが人の世だ。結果は誠に不公平だが、「リスクをとれ」「やりきれ」「学べ」と成長の三種の神器を教え、全員に公平にチャンスはあげたつもりだ。

必死に食らいついてきた一部の人は、不満があれば容赦なく叱る。怒るわけではない、叱る。伸びると思った人への僕の教育法である。人間はそうやってショックを受けないと大事なことに気がつかないし大きく伸びない。ほめて伸ばすなんておためごかしはあり得ない。ずばり、「どうして君は**なんだ?」「++を全くわかってないね」と欠点を指摘してあげる。それをこの野郎と思って直せば、気がつけばあっという間にその人はいち段階上にいるのだ。こんな効率的な方法はない。いやなことを言えば嫌われるが、嫌われても言ってあげるのが愛情というものである。そうやって格段に伸びた部下は何人もいるし、言われてつぶれそうな人には言わない。それはその人の限界になるが、メンタルにタフなことは成長の必要条件である。

「成長の三種の神器」は絶対法則である。僕もそうやって育てていただいた。どんなに他に能がなくてもこの3つだけ愚直にくりかえせば必ず人は伸びる。やがてソナーの周囲には、めちゃくちゃ優秀な人の軍団ができると確信している。

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