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カテゴリー: 若者に教えたいこと

紀尾井町旧オフィス雑感

2018 JUN 16 2:02:49 am by 東 賢太郎

先週、某銀行の頭取が弊社ソナー・アドバイザーズ(株)をご訪問された。ノーベル賞学者のご縁がどんどん広がっている。2010年10月、起業のキの字もわからずスタートし、ひとりで便所掃除しながら倒産の影におびえていた日々。ほんの昨日のことに思えるが、今はあたかもそんなことはなかったかのように軽々と毎日が過ぎていく。

人生、必死にやった物事は幾つかあるが、この8年の海図のない航海は日々他人には見せたくない恐怖の連続であって、真綿で首を締めるようなべったりと鈍重な不安の中でもがいた辛さは過去のどれとも比較にならない。叔父はシベリア抑留経験者だったが、大変だったよとだけで多くを語らなかった。ひょっとしてそんなものだったのかもしれないと思ったりもする。

この旧オフィスを構えた時はうれしさよりも、舟を漕ぎだしてしまった、法外なことをおっぱじめてしまったという焦燥感ばかりだった。言い出しっぺだから周囲に見せられない。自信ある風を装う。日々そうして突っ張って背伸びして、それでいて何も起きないのである。資金はどんどん減る。増えるのは恐怖心ばかりだった。

ひとつだけ有難かったのは、苦しくても逃げない性格に産んでもらっていたことだ。だから耐えたという感じがない。とにかくしぶとく、狙った場所から退散せずに居続けた。そうするとやがて運が向こうからやってくるのである。僕はいつでもそうだったから今度もそうさと根拠もなく無謀に信じこむことができた。


若者に声を大にして言いたい。逃げたらだめだ。そういう人は何をやっても苦しいと逃げる。2度逃げたら3度目は苦も無く逃げる。苦しみのない人生なんてどこにもないのだから、まったく自明の理として、結局はそういう人は運もとり逃がすのである。

 

ここまで生きてきて、人の実力の差なんて微小なものだとつくづく思う。学識や学歴というのは、人生のパスポートではあってもソリューションではない。東大を出たら良い人生が歩めるなんてことはまったくない。それで安直に得られた幸せなどとるにも足らない。効いたのは「愚直に逃げなかったこと」だ。その気なら誰にもできる事なのである。

この事務所にぎっしり詰まった苦楽は決して卒業写真のようなノスタルジーの形をとって蘇えるわけではない、どこまでもあの「べったりと鈍重な不安」なのであって、新オフィスに移って過去のものになったわけでもぜんぜんない。今後ソナーがどんな会社になろうと、このブログに原点を示す気持ちで書いて居る。

 

 

紀尾井町WITHビルの玄関前にあったソナーのロゴだ。散々ああだこうだ絵を描いてこういうことになった。この社名は由来があるが、とにかく皆さんが自然に口にしていただけるようになった、何て有難いことだろう。

 

このビルの前にそびえるホテル・ ルポール麹町の地下にPIAZZAという食事処があってそこのサービスランチ(写真)の話を最後に記す。ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、サラダが一皿に盛り付けられ、ライス、スープがついてくるわけだが、まあ一見どうということのない洋定食である。

ところがこれがあなどれない。ハンバーグとフライは必ず作りたての熱さが保たれており美味だ、何度頼んでも見分けがつかないほど同じサイズと味であり、カップで供される玉葱コンソメスープがぬるかったことは一度もない。味だけではない、盛り付けにスキがなく、全品を30センチほどの皿に盛るにはこの分量しかないだろうというぎりぎりの凝集感すら感じてしまう。

支配人は正装で給仕もきちっとしており、オーダーストップの2時前に一人で飛び込んでも客にストレスを与えぬマナーと配慮で席に案内され、整然とことは運ぶ。ナポリタンが乗ってくるところがにくいが昔は高級品であったエビフライが2本というのがまたいい。タルタルソースが適量盛られていながら、よければどうぞとウスターソースの瓶が添えられているのも実に洒落ている。エビは衣負けした小ぶりではなく、まやかしのふにゃふにゃでもなく歯ごたえもしっかりしている。「2本」の魅力は我々の世代でないと通じないのかもしれないが。

一度お試しいただくしかないが、一言でいうなら、洋食文化にそそがれた我が国のものづくり精神の粋すら感じる一流ホテルなみの味とサービスが830円。値段まで昭和のままなのである。これを週に一度は食べていたわけで、もちろんホテル・ニューオータニから歩いてもすぐなのだから先日にぶらっと行ってみたが、やっぱりもう心持ちが違う。もはや終わったことで戻れないものはあるのだ。エビフライをほおばりながら、さて午後はあの難攻不落な案件をどう攻略しようかなと考える。そんな記憶がリアルに蘇えるが、これはもう完璧なノスタルジーに風化しているのがどこか寂しくもある。

 

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本当の友達とは何か?

2018 JUN 6 8:08:38 am by 東 賢太郎

こだわるということについて、ある人と話をした。

こだわっているものとそうでないものとの間の落差が自分より大きいという性質の人は今のところあまり知らない。僕の御三家は野球、クラシック音楽、猫であるが、例えば猫好きにおいて、猫はなんでもいい子猫はかわいいということはまったくない訳で、品評会に出る手のものは全部嫌いであり、なんでもジャレつく子猫はつまらない。こちらから相手をお願いしたいという猫であるのはけっこうナローパス(narrow path、道が狭い、難しい)であって、普通の猫好きとネコ愛を語り合うのは稀だ。

野球はバッテリー間で起こることだけに興味があるので、内外野の守備がどうしたとか走塁がうまいへたとかスライディングの技術がどうのとかはアメフトの話に近い。だから投手を見に行くわけだが、これまた好みはナローパスだ。体格やフォームではなくストレートの球質、スピード、変化球の質、コントロール、性格、攻め口、スタミナという部分に細かいクライテリアをもって観ているのであり、なかなか普通の野球ファンに説明するのは難しい。

クラシックはこだわりの音源で著作権クレームがなかったものをyoutubeにupしてみた。ブーレーズのダフニスに米国人の方からコメントが入って、この演奏への深い愛情が語られた。ディヴィスの戴冠ミサ、アンセルメの火の鳥もしかりだ。とてもうれしいが、アクセス数の少なさから本家本元の欧米でも予想以上にニッチな趣味ということも分かった。つまり人生の時間のかなりを占めた御三家において世の中との関心や交流の共有がナローパスということは、僕は変なことに傾注して生きてきた、地球上でかなり孤独な種族に属した人間であることに他ならない。

だから普通には「ご趣味は?」となれば「音楽鑑賞です」「野球観戦です」でお茶を濁すだろうし「猫と遊ぶことです」などはそれ自体が危なく聞こえるから言わないに越したことはない。それ以上語るということは99.9%の初対面の人にとっては宇宙人ですと懺悔されたに等しく、長いものに巻かれ少数派をいじめる日本では秘匿されるべき性癖みたいにさえ思えていた。長らく自分の趣味が他人とは一切交錯しないことを変だと思ってきたし、一介のサラリーマンとして宴会芸などを強いられる立場だったころにそういうことをカミングアウトする勇気など到底持ち得なかった。

たぶんほとんどの人は同じように心の中で自分はあそこがちょっと変だとか劣っているとか思っていて、絶対に他人に見せたくない部分を持っている。しかし本当に変だし劣るものであったとしてもそれはそれであって、世界に同じ人は二人といない。その不安やもやもやは他人と比べるから生じるのであって、誰であれ世界でオンリーワンという価値においては他人など関係ないのだから、それを自分が認めてあげて堂々と生きればよい。

そう考えるようになったのは、こだわり御三家において、これはかなり変だ、こんなので絶対に友達はできないと諦めてからだが、幸か不幸か僕は他人と色覚が違うという素地があった。これはもう科学的に決定的に見えている世界が世間様と違うのだから、どんな変なものにこだわって生きようが誤差みたいなものである。それで社会生活で困ったことも競争に負けたこともないから色覚異常と差別されている方は自信を持ってほしいし、趣味ぐらいがどうあろうと、もっとどうでもいいことなのである。

しかしでは友達が作れるのかという本題に入るとなると、もう少し語るべき重要なことがある。友達とは何か?である。結論を先に書こう、困ったときに助けてくれる人が友達に他ならないと僕は確信している。それ以外は趣味が合おうといい奴だろうと、実はなんでもないし、友達であるならば普通とか親友というグレードもない。助けてくれる人は、それ以外の部分がどうあろうと、性格がどんなに合わなくても、友達なのだ。日本だけのことではない、遠い英国でもそう考える人生の達人がいたからA friend in need is a friend indeedという諺ができた。

助けるというのは何がしかの愛情がないとできない。もちろんそれが人類愛かもしれないし、何らかの打算も含まれたものかもしれない。しかしでは愛情とは何かというと、100%ピュアなものは母親が子にそそぐものしかない。母はこの世に一人しかいないのだから、それ以外の場合、ピューリタンになること自体がナンセンスなのである。つまり、助けなくてもいいのに助けてもらったことは愛情表現なのであり、それは真摯に受け止めて、なんとかお返ししようと真剣に考えるに足る、いやむしろそうしていかないと人生は何のためにあったかわからないという結末に至ってしまうような性質のものなのだ。

ということは、こだわり御三家で分かり合う人を探す必要など毛頭ないのである。見も知らぬ他人との一瞬の心のふれあいで、自分は孤独でなかったのだと魂を慰めるのはけっして悪いことではないが、その安寧は誠に一過性のものである。そういう交わりはマイナスに落ち込んだ人生をゼロに戻す力はあっても、プラスにはしてくれない。ゼロが毎日続いたとしても、何年たってもあなたは人生の原点からテークオフすることはないのである。

むしろ、こっちが心底困ってみないとその人が友達かどうかは実はわからないという「深淵なる事実」に突き当たることこそが重要だ。まるで良くできたミステリーの結末であるかのごとく予想外の真犯人が浮かび上がったりもする、そういう経験をしていくと英語の諺の涙ぐましいほど人生の本質を突いた含意がじわっと体にしみてくる。そう言う僕だって、これを悟ったのは本当に困ることだらけだった、ほんのここ10年足らずの事なのだ。そして、それを悟った今、僕はそれの忠実なしもべとなって生きている。

短い人生、友達以外の人とつきあう時間はあまり残っていない。それは社交であって、定年後の夫婦が参加する紅葉狩りやら秘湯巡りやらで親睦を深めましょうとか、そういう困ってしまうことのまずない表面的おつきあいの場で友達が見つかる可能性は限りなくゼロに近いだろう。ただの何でもないサラリーマンだった僕がホテル・ニューオータニにオフィスを構えられたのも、ひとえに真の友達が何人かいたからだ。この人達が困ったときは今度は僕がどんなに骨を折っても助けるということになる。

こういう関係を築こうという人にとってfacebookで何万人のオトモダチができようとおそらく助けにはならないはことはご想像いただけるだろうか。拙ブログさえ毎日5千、総計184万の人の訪問があったことになってるがそんな実感はまるでないし、これが1億人になったところで困ったときの救い手が現れるアラジンの魔法のランプになる保証はない。友達というのはネット空間のフェイクではない、恋人と同じほどすぐれて生々しくリアルなものなのであって、フェイクに課金してあたかもリアルかのような錯覚を売るビジネスに洗脳されるとますます友達はできなくなる。

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ライオンの気持ちになりなさい

2018 MAY 17 0:00:05 am by 東 賢太郎

ある占いによると我が星は「食神」であり、うまくいけば美食家と呼ばれるそうだが、結局のところ胃腸だけは強くて単に食い意地が張っているということになった。そのせいか世界中どこへ行っても屋台のローカルフードを食べてみたい情熱がある。それで病みつきになるようなことはないから好奇心だけなのだが、それはそれで意味がある。そうすることで土地の人の気持ちがわかるようになるという信仰心に近いものがあるからだ。

思いつきではない。信仰が芽生えたのは米国留学する前にコロラド大学で英語研修を受けた時のことだ。同室だったケニアの男と仲良くなってケンタッキー・フライドチキンを食べた。そこで衝撃を受けることになる。ニコニコしゃべりながら彼がバキバキボリボリとチキンを骨ごと噛み砕く音が響き、しゃぶり尽くして肉片のかけらも付着していない骨が皿に次々と並んだからだ。何より驚いたのは、その一連の動作が我々が団子かおでんを食うぐらい自然な感じであることだった。意気投合できた気でいたが、アフリカは遠い所でもあることを知った。

あれからだ、食文化に興味を持ったのは。特に発酵食品、臭いものには気をひかれた。スウェーデンの塩付けニシン(シュールストレミング)、韓国のエイ料理(ホンオフェ)、中国の臭豆腐、マレーシアのドリアンなど試したが結構強烈である。仮にいくら相手の言葉を覚えたってああいうものを好む人達と意気投合は難しい、それは同じアジア人でもケニア人でも変わらないのではないかと思うようになった。

先方にも言い分はあって、西洋人はくさや、鮒ずしはまずだめで人間の食い物じゃないみたいな顔をする。納豆も手ごわいらしく日本通のオーストラリア人に食べさせて降参宣言させたことがある(出張先でベジマイト攻撃の返り討ちにあったが)。外国のは全部だめでくさや、鮒ずし、納豆が初回から平気であったのだから偶然や慣れでは説明がつかない。それを好ましいとするDNAの人が多めに列島で生き延びてきて、自分もそのひとりだったということではないか。

とすると同じことはシュールストレミングにもホンオフェにも言えるのだ。DNAの話になれば文化の相違では片づかない、なにか生物としての根源の領域に触れるものがあろう。ちなみにうちのノイはネコとして異例で、肉、魚は食べずトマト、スイカ、バナナを主食?とするからDNAは「外人」かもしれない。種として日本猫と交配は可能だろうが、そのことだけをもって仲良くなれるとは限らないように思う。

dislikes(嫌い)から入ったがその逆の likes(好き)もある。僕の例でいうと駄菓子屋のチョコレートがゴディバより好きである。スパゲティはカルボナーラやボッタルガよりナポリタンだ。飴は森永ミルクキャラメル、アイスは不二家の巨大なパフェで今もファミレスで注文する。一般におふくろの味というものはみなそうだが、DNAなのか後天的な慣れなのかはともかく60を超えても変わらないというのは好きになる要因を先天的に持っていたということだろう。

これをどう子供に伝えるか?僕はでっかいステーキや鳥のもも肉にかぶりつかせて「ライオンの気持ちになりなさい」と教えた。そんなことはライオンに聞いてみないとわからないが、べつになんでもいい。そのライオンがスウェーデン人や韓国人になればいいということをわからせたいわけだ。これが算数の「代入」とは誰でも知っているが、算数を何のために習うかというとこういう頭の使い方をするためだと思う。ライオンはスウェーデンにいないでしょなどと意味に引っ張られてしまう人は抽象的思考ができない。

人は経験しないことはわからないという僕の立場からすると、限られた人生の時間で経験の差はあまりつかない。つくのは無限に入れ替えが可能な「代入」を抵抗なくホイホイする力、つまり算数力によってなのだ。その前提として、これが大事だが、自分なりの「公式」をたてる。「ローカルフードで土地の人の気持ちがわかるようになる」というのがそれだ。ケニアの彼を見ていてそれを思いついたのだが、その真偽が問題なのではない。経験からしか出てこない自分なりの世界観を構築するということだからだ。

しかしどこの国でもきったない屋台で食べるものだからお客さんがびっくしりしてDo you like it? (おいしい?)とおそるおそる聞く。たいがい、よほどひどくなければ Yes, I do.(そうね)と答える、すると、たいがい、笑顔でGood! (よかった)となる。「こいつ、いいやっちゃな」となる感じはある。日本の縁日で外人がハッピなんか着てタコ焼きで「オイシイデス」(ピース)という、あれだ。僕は食べないし、それで日本人の気持ちになられても実は困るのだけれど、なぜか「いいやっちゃ」にはなる。そうか、それが土地の人の気持ちになれた証(あか)しか、などと納得する。そんなので証券会社の商売になったりするのだから「食神」はずいぶんご利益があった。

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米朝首脳会談の真相

2018 APR 8 21:21:27 pm by 東 賢太郎

日本の男が日本の女性・子供を護る本能はどこへ行ったんだろう?国を護る責任すら放棄するメンタリティーはどこから来たんだろう?

ふっふっふ、マッカーサーのウォーギルトプログラムはついに収穫期に入ったな。スパイを学校から国会までたくさん送り込んだからな。朝鮮戦争で漁夫の利を得た日本にはそれを吐きだしてもらおうぜ。こりゃあうまい手なんだ、中国もロシアも賛成だからな。そこで朝鮮戦争は終結だ。日本を講和条約と憲法で縛ったままをにしたのは上出来だったぜ、殴っても動けないからな、今のうちにむしり取るんだ。モリカケ?安倍を引きずりおろすためさ、憲法改正させたくないからな。我らのポチの財務省には苦労かけるが、ちゃんと守ってやっからよ。

米朝、米韓、米中、首脳会談の話題だらけだ。日本なんかお呼びでない。何のことはない、基軸は北朝鮮だろ?米国は軍事オプションをきれいな口実で放棄して半島統一させて恩を売って在韓米軍を引き揚げる「ソリューション」を目指しているぜ。日本が永遠に「しゃぶれる」おいしい豚なのは米も朝も同じだ。利益は一致している。北朝鮮と国交がある国は164ヵ国、全世界の80%強、イギリスもドイツもイタリアもスイスもカナダもオーストラリアもだ。世界世論は北を認める。国交のないマイノリティーの米国は「半島の非核化」を手土産に引く方が賢明さ。そんなもんできるはずないことは知ってるさ、でも口実は大事なんでな。安倍君、すまんが君は置き去りだ。

核放棄じゃないのか?お前馬鹿か?放棄するわけねえだろ。それは金王朝の終わりを意味する。終わる覚悟あるなら核なんか持たない。ないから持ってるんだよ。朝鮮半島の非核化?隠す面積が増えて好都合って意味さ。文ジェインが北のスパイなのは韓国で常識だ、母親は北にいる、攻撃なんざするはずもない。ということは米軍はもういらないんだよ。北に吸収合併された南は米軍は出て行ってほしい、北の核が守ってくれるからな。その傘の下で大朝鮮国は中国型の疑似資本主義をやって日本から富と技術を吸い取って日本を属国にするんさ。国民はみな幸せになれる、誰が反対する?おっと、アメリカにも恩恵はあっからよ。半島の裏世界だね、それをだんだん学んだトランプ様はそんなものを覆す情熱なんてない。選挙に関係ねえからな、だから持ち前のディールに入ったんだ。俺の評価はカネだからね。それが去年の「ロケット花火ショー」の真相さ。

金くん、頼んだぜ、テポドンぶっ放して日本をびびらせてくれよ、イージス艦とオスプレイ売りつけたいんでな、利益率めちゃ高いんよこのふたつ。鉄とアルミの関税?あれはジャブだよ。安倍が我が国からボりまくってるってフェイクニュースで悪者にしないと俺の支持者は教養ないんでね、中間選挙やばいのよ。しかもこのカードだしときゃ日本人は人がいいからな、負い目に感じて高い武器でボられてるって誰も言わないのさ。ムンは6月に統一地方選挙だったな、お互い様だ、お前のメンツたててやるぜ。南北統一した朝鮮民族史に残る英雄になれるんだキミは。

金くん、いいか、この寸劇は最後まで世界を騙し通さにゃいかんのだ。一応「このちびのロケット野郎」ってツイッターしとくからな、「この老いぼれジジイ」ぐらい返しといてくれ。ICBMだけはやめときな、それなら核はパキスタン方式で半島統一後に「かわいい韓国のため」ってことでなし崩しに認めてやっからよ。俺んちまで届かないの寸止めで撃っときな、世界に怪しまれないようにな。

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重かったビル・ゲイツの言葉

2018 MAR 17 2:02:09 am by 東 賢太郎

当時はこんな感じだった

1997年2月のダボス会議で、時の寵児だったビル・ゲイツが1000人ぐらいのホールでスピーチをした。まだインターネットが普及しはじめのころだったが皆が席を争って殺到し、やっとのことで予約が取れて会場に入れたという超人気ぶりだった。昨日のことのように鮮明に覚えているのは理由がある。「これまではどの国に生まれたかで生涯所得が決まりましたが、これからは何を学んだかで決まります」という言葉があったからだ。これは僕にとってアインシュタインの「 重力波」に匹敵する重大な予言であった。

先進国に生まれただけで開発国よりは年収は得られたし、学歴があればさらにそうだった。しかし、これからの時代は開発国に生まれても学ぶもの次第で億万長者になれるし、先進国に生まれても良い暮らしの保証はないよ。学んだものが時代に合わなければ名門校を全優で卒業しても年収アップにはつながらないよ。ゲイツの言った「何を学んだかで決まる」とはそういう意味であり、彼はそこで「これから学ぶべきものはITだ」と明言したのである。ちなみに彼はハーバード大学数学科を中退している。

あれから20年。世界はまさに予言どおりにそうなっているが、彼が「生涯所得」を良い暮らしのベンチマークにしたのは、「もし人間の幸福指数というものがあるならそれが最大変数だろう」(それだけではないが、必要条件だ)というきわめて自由主義的、資本主義的かつアメリカンな考え方であるから異論ある方もおられるだろう。素人がいくら音楽を勉強しても一文の足しにもならないが、それでも幸福指数を高めてくれることは僕自身も納得している。

しかし、彼の言葉は謙虚に聞くに足る。なにせピーク時の年収が1兆6,635億円(時給46億円)、総資産9兆円の人の言葉だ。彼の信条を習得してその1万分の1でもいいからご利益にあずかれば、あなたの年収は1億6,635万円だ。そんなのいらん、清貧に生きるのが人生だという方はこの先はお読みにならなくてもいいと思う。

ウォートンスクールに留学するにあたって「ビジネススクール」とは何か調べてみた。MBA(経営学修士)という学位を与える、経営の専門家になるための教育機関という建てつけの大学院であり、メディカルスクールが医者の、ロースクールが法曹のそれであるのとパラレルと思われた。当時27才の僕にとって経営とは想像の対象だからその専門家がどういう存在かは空想の領域だった。

経営の専門家は医師、法曹のように育成できるという概念は、経営は「技法」であるという前提がないと成り立たない。その上に、人間やイデオロギーを細分化(いわば因数分解)し、客観的で普遍な構造を追求する思想が重なる。それは「構造主義」に近似すると僕は理解した。つまり、技法は技術の集大成であって、高度に複雑な技法も技術レベルでは客観性、普遍性があり、そこに還元してしまえばマスターできるという意味で医学、法学と同次元の構造を見て取っているのだろうと思われた。

それが正しいかどうかは置くとして、実際に2年学んだ経験から次のことは言える。ピアノ演奏(技法)は運指(技術)に立脚するが、24の調の音階運指を訓練すればピアノは少しは弾けるという程度の類似性において構造主義はワークしうる、つまり、「経営はそれを構成する技術に因数分解して教室で教えることができる」ということだ。そう納得したと同時に、次の疑念を抱いたことも併記しなくてはならない。そもそも「経営は技法なのだろうか」ということだ。

ビジネススクールは経営学を教える学校ではない。ビジネスを「学」の対象にするほどの構造性はおそらく認めておらず、技法は技術の集大成ではあるが、技法は経験からしか学べない部分も包含している高次の概念であると前提していることは、経営学(マネジメント)は科目として、つまり技術の一つとして教えていることから明確にわかる。ビジネスは医学や法学と同次元で教育はできるが学問ではないという立場であり、これに僕は100%同意する。

経営学者ピーター・ドラッカーは自らの組織論、経営論をオーケストラと指揮者の関係に例えたが、奏者の腕(生産性)が高い前提で良い演奏(効率向上)をさせる経営(指揮)を教えているのであって、多くの人が勘違いしているように彼は名指揮者になる秘策を教えているわけではない。彼の著作を誇らしげに書棚に並べる経営者がいるが、そんな無駄金を使うこと自体生産性の低い経営者だとその本には書いてある。

かたやビジネススクールはそうした学問的、合理主義的なアプローチを頭で理解したうえで、夜中12時まで図書館にこもって半分も読破できないほどの地獄の特訓みたいな膨大なアサインメント(宿題)を毎日こなし、教室では完璧でなくても皆がなるほどと思う議論をその場ででっちあげるご都合主義にいたるまで、CEOになれば直面するしうまく切り抜けねばならないであろうあらゆるプレッシャーやシチュエーションの仮想体験を経験主義の精神で肉づけをする場だ。平たく言うなら、教室ではなく道場である。

ということは「経営は技法なのだろうか」という本質的な問いに対して、教室で教科書的に論じることはナンセンスである。実際に名経営者に接して、道場で剣道の乱取りを見る目線で結論を出すのが筋なのである。僕のころ「伝説の経営者」の神棚に並んでいたのはフォードのCEOを解雇されぼろぼろだったクライスラーCEOに転身して立て直したリー・アイアコッカ、そしてGEのCEOとして売上高を5.2倍、純利益を8.4倍に伸ばし、世界有数の株式時価総額を誇る巨大複合企業に育て上げたジャック・ウエルチだった。

ド迫力のおっさんだったウエルチ

僕は幸運なことにビル・ゲイツの出てきた97年のダボス会議の場で、その神様ジャック・ウエルチのブレックファスト・ミーティングに参加する機会を得た。最前列の丸テーブルに陣取ったら、自らの白熱したスピーチに興奮したウエルチが壇上からしゃべりながらおりてきて真横で熱弁をふるいだし、唾が飛んできて朝食は断念する羽目になった。そこでびびっと体で感じたのだ。ああ、このおっさん、自説に没入してテコでも動かん、それを弁舌と迫力で納得させるカリスマ親父だなと。

そんなのは因数分解などできない。教えられない。音大で棒の振り方だけ教えればフルトヴェングラーやチェリビダッケみたいな指揮者が出てくるわけではないのだ。ウエルチはドラッカーの信奉者だが、自説を立てる段に役立ったかもしれないがそれを実行させたのは彼の強烈な人間力だと思う。終了後に出口で参加者を握手で見送るウエルチに挨拶したら「おおノムラか、**はどうしてる?」と会社の先輩の名が即座に出て驚いた。心底びっくりした僕は彼のことを絶対に忘れない。ドラッカーの経営学もビジネススクールもこういう大事なことは教えてくれないのだ。

その同じダボス会議の場で、「生涯所得は何を学んだかで決まる」「それはITだ」というビル・ゲイツの言葉が水と油ほど異質に響いたのをご想像いただけるだろうか?こんなことを言う経営者が出てきたのか!目からうろこだった。カリスマ、人間力なんかではない、むしろ学校で教えられるもの、だれでも学べばできることだ。しかし、大事なのは習うことでなく、関心を持って自ら学ぶことだ。だから実はそれは「オタク」のすすめなのである。ゲイツは僕と同じ1955年生まれだ。思えばこの辺の世代から日本でもオタクが現れだしたし自分もそのはしくれであった。

僕は法律はつまらなくて勉強しなかったからゲイツみたいに退学しても良かった。オタク的に学んだのは株式投資であり何の専門家かと問われればそれだ。そしてそれが生涯所得を決めたというならそうだ。ウエルチのカリスマ、人間力は魅力があったし自分もそういうものを身に着けたいとは思うがそれで食えるわけではない。四六時中株のことを考えていて飽きないのだからそれで食ったほうが健康にもいい。「ITだ」と言われればそうだったかもと思うが、株ほどの興味はないからやっても成功しなかったのではないか。

最後に、僕の目を覚ましてくれたビル・ゲイツに賛辞を贈ろう。彼の予言を重力波の計測のごとく体現した人物は僕らより16才若い、EVを牽引するテスラ社の創業オーナー、イーロン・マスクだ。彼は決して先進国ではない南アフリカ共和国の出身だ(どこの国に生まれたかは関係ない)。10才のときにコンピュータを買い、プログラミングを独学し、12才で商業ソフトウェアであるBlasterを販売する。幼少にしてITオタクであり、商人であったのだ(何を学んだかで生涯収入は決まる。それはITだ)。そして彼の現在の総資産は205億ドル(2兆3千億円)なのである。

 

しかし予言のすばらしさの要諦はそれではない。マスクが共同創業者として起業した最初の会社、ペイパルがオンライン決済という金融に関わるサービス会社であったことだ。NASDAQ 上場の時価総額1兆円企業である(本社は前ブログのサン・ホセにある)。その彼が電気自動車メーカー、テスラという畑違いの創業に関わって、一度も黒字がないのに60兆円の企業にしてしまう。サービス業から製造業、金融から自動車。一見するとクロスオーバーなキャリアに見えるが、それらはITオタクという横糸で結ばれているのであってそうではない。それが宇宙輸送ビジネスになろうと、これまた同じことだ。ゲイツの予言の凄みを僕はここに感じるのだ。

テスラ モデルX

ガソリンエンジンとトランスミッションのいらないEVは日立やパナソニックが電化製品として作ってヤマダ電機で売れる。IOT時代は商品の方がITを基軸にクロスオーバーする時代であり、自動車が「家電」になればそれもそこに組み込まれる。子供でも分かる、それだけのことだ。1997年にビル・ゲイツがそれを見越していたかは定かでない。おそらく、彼はムーアの法則のような原理的観察による直感を語ったのではないかと推察するが、天才の脳内は測りがたい。ともあれ、原理と経験と直感から常に未来を予測し、予言をし、適中させること以外に大きなビジネスで成功する道はない。そして、多くの天才たちの予言・適中の蓋然性を吟味・分析して、少額の資金による事業参加を行うことこそが株式投資の本質なのだということも若い皆さんは覚えておいた方がよい。

 

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日本人はなんのために生きてるのか?

2018 MAR 12 2:02:15 am by 東 賢太郎

アメリカ西海岸、ウエストコーストっていうのはゴールドラッシュで一攫千金を夢見た人たちが東からなだれをうってやって来た所だ。大学なんてなくって、息子が早逝した富豪が西のハーバードにすると作ったのがスタンフォード大学だ。ハーバードの門には「Enter To Grow in Wisdom」と校訓が彫ってあって、あそこで見た瞬間に電気が走ったように気に入った。ところがスタンフォードの校訓が「Die Luft der Freiheit weht(独:自由の風が吹く)」であって、これまたいいのである。だからここにシリコンバレーができたんだと納得だ。

ゴールドマイナーたちは幌馬車で来たとはいえ東海岸から飛行機で4時間もかかる距離だ。ギャングに襲われるわ砂漠で餓死するわ、女房子供を連れて命がけだった。運よく無事に着いたって金鉱が見つかる保証なんてあるわけない。みんなリスクテーカーなんだ。その一攫千金の精神が、いまやシリコンバレーの世界最先端技術開発にDNAとして受け継がれていると僕は思う。テスラのイーロン・マスクCEOはペンシルバニア大学ウォートンスクール卒だからトランプの後輩だが、テスラ Roadsterを乗せたロケット上段のエンジン点火が正常に成功しバン・アレン帯を抜けるまで5時間ほど飛行したのち、火星に向け最後の軌道修正を行うとツイートした。自動車屋でこんなことを考えるのは彼が通った(中退した)スタンフォードの「Luft der Freiheit」そのものだ。

昨日までそのウエストコーストにいた。自分の身は自分で守らんといかんよね、日本国もそうしないとねなんてディナーでゴールドマイナーの話をしながら「銃持ってる?」ってきいたら、周囲にいた5人に2人がイエスだった。30丁持ってるぜなんて奴もいた。その割に彼はあっけなく道でホールドアップされて新聞に載った。持ってれば安全っていうこともない。「銃なんて18から買えるよ。親が持ってりゃ16から撃てるぜ。」「店行きゃ誰でも実弾射撃オーケー、女子高生が気晴らしにキャーキャー撃ってたりね」「でも民家があると1キロ以内じゃ撃てないし規制はあるよ、犬猫は法律で禁止だよ、撃っちゃいけない、人はいいんだけどね(爆笑)」

「学校で銃乱射?日本じゃあり得ないよ、18を21才にすりゃいいってもんじゃないだろ?」「そうさ、だから先生に銃もたせろってな」「トランプね、あれ正気なの?」「だって全員が所持禁止にならないと危ないだろ、持ってる人は放棄なんかするわけないさ」「そりゃアメリカじゃ無理だぜ」「だからしょうがないよ」「でもアメリカの先生の給料って安いんだよ、5万ドルぐらいだ」「だから学校で持てっていうことだろう」「日本なら警察は何してるって大さわぎだ」「そこが違うね、警察なんか頼れない、何人お巡りさん増やしても気違いは必ず出てくるっていう発想なんだ」

「今朝CNN見てたらリトル・ロケットマンとの会談をトランプが受けたってな、全米でトップニュースになってたね」「核搭載ICBMがアメリカに届くかどうかって、そりゃ議会で大問題だ、選挙あるしな」「あいつは賢いよ、持つ物持てば勝ちって割り切りがね」「平昌で時間稼いでゴールに行った可能性ないか」「余裕の強気?」「かもしれない、頭を越されてしまったとすると日本は極めてやばい。半島にアメリカが認めた大朝鮮国ができるかもしれない。経済力は日本の8割の核保有国だ。」

「国難だな。日本では大騒ぎだろ」「いや、ネット見るとどうも大騒ぎはモリトモだ」「なんだそれは?」「どうもそれで人が亡くなったらしい」「ギャングに撃たれたか?」「銃を持ってなかったのか?」「自殺?」「なんでだ?責任ってなんの責任だ?」「というと彼はザイムショーのトップか?」「違う?なんで下が死ぬんだ?」「スパイだったのか?」「日本もロシアみたいに国が消すのか?」「えっ、違う?ソンタク?」「なんだそれは?」「新種の毒ガスか?」(そんな英語は存在しないので説明に苦慮)「なんだそんなもん」「国難だろ、そんなことやってる場合なのか?」

アメリカで物欲、金銭欲を否定したら変人だ。そうじゃなきゃキミは何のために生きているのか?と問われることになる。いい生活をしていい人生を送りたい。人として生まれて当たり前だろ。それには物もカネもいる。困ったら政府がお金くれるの?あるわけないさ、それが自由主義の世の中だろ。襲われるなら先に撃て。生きるために当然だろ。襲う人のいない世の中にしましょうよ?そんなの町内会で言ってもアホ扱いだ。いつからキミは世界政府の頭領になったんだって。

アメリカへ来ると僕は必ずハンバーガーだ。留学のとき月給が400ドルしかなくって家内とひもじい思いをした。あれが染みついてる。二人で5ドルぐらいかかるマックなんか高根の花で、勇気出して店に入ってもいつも一番安いプレーンの肉だけのハンバーガーだった。隣にビッグマック注文してる奴がいるとくやしくて、いつかあれを毎日食うぞと心に誓った。物欲って、こういうものだ。シンプルに人間の向上心と関わってるから悪いもんじゃない。だから僕はいまも500gのヒレステーキなんか興味なくって、昨日もお昼はショッピングモールの12ドルのハンバーガーだ。相棒が教えてくれた。「京セラの稲森さんもそうだ、昼はそれで吉野家なんだ。さすがに店が恐縮して秘書に金のどんぶりを持たしてくれたらしいけどな」。

アメリカってなんてわかりやすいんだろう。私は物作りだけで満足です、お金はいりませんなんて嘘つかなくっていいし、ソンタクもないし、誰だってプレーンよりビッグマック食いたいわけだ。そういう当たり前のことを隠したりあきらめたりして生きる人生って何だろう。物作りに人生かけて邁進したら会社は台湾人に食われましたって洒落にもならない。そんなに長いものに巻かれたいですか、長いものとともに滅びたいですか?英語に刻苦勉励、臥薪嘗胆、精進、邁進なんて単語はないが、説明したら「悪いけど奴隷を作るためのいいスローガンだね」と言われた。冒頭からの稚気あふれる会話の相手は米国人経営者たち、みんなPhD(博士号)、MBA(経営学修士)の皆さんである。日本人の若い皆さん、もうアメリカに学ぶことはないなんてバブル親父の大嘘だよ、どんどんアメリカに行って学びなさい、刺激を受けなさい。

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いちげんさんのご縁

2018 MAR 4 11:11:23 am by 東 賢太郎

漢方の大家・神山先生と統合医療の先駆者・森嶌先生を拙宅でお引き合わせした。西洋、東洋の医学の違いはあるが、理論よりも実践、病気を治すことがすべてという理念はお二人とも共通である。議論は活況で意気投合していただいたし、4月に大阪の森嶌先生の診療所において2度目の会談も決定した。おふたりは日本、中国にそれぞれ医療関係の広い人脈をお持ちであり、それが合流すると新しい流れになるのではと期待している。お手伝いしようと思ったのは、母をなくしたことで医療に貢献したいと強く思うようになったからだ。

両先生とはたまたまのご縁で知り合いになったが、それを今度は僕が結び付けて新しいものが生まれる。思えば今の自分は若いころからの小さな奇縁を素材に成り立っているようなところがある。あらゆる新しいご縁は若者にとってはチャンスだ。誰にも平等にやってくるが、それを活用できるかどうかが人生の分岐点である。人は一人では事は成せないからだ。自分よりも経験や知恵のある人の力をお借りして大きな事をやるのも一つの知恵だ。小さかった自分がもっと大きくなれる。

しかし、重要なことがある。相手の人にも福が来ることだ。つまりウインウインにするというのが必須条件であり、そのためには何か差し上げるものを持っていないといけない。それが何かは十人十色だが、どうしても自分が一番得意なものということになるだろう。そこに、前に書いた「100メートルの穴」を掘る。そうして経験的に得たものの重みがあればあるほど、ご縁の相手も「この人から何かを得られるぞ、ご縁だぞ」とあなたから感じてくれると思う。年齢は関係ない。

僕のルーティーンであるお薦めの方法がある。格上の相手と出会ったら、とりあえず「このご縁から何か素晴らしいことが生まれる」と思い切りポジティブに考えるのだ。そこでああだこうだネガティブを考えてはいけない。そういう人は得てして何もしない人で、しないまま人生を終わる。しないならそのネガティブな事はのっけから発生する心配はないのだから考える意味などないだろう。意味ないことを心配する人生なんてつまらないと思わないだろうか。

まずは素晴らしいことが起きて自分が喜んでいる姿を思い描きなさい。何でもいい、自分が勝利の美酒に酔っている姿だ。大事なのはそこからだ。その姿がやってくるのが5年後としよう。次に、そこから逆算して、そうなるには3年後、2年後、1年後、そして今日、どうしていなくてはならないかを寝ても覚めても考えるのである。そこでいま打つ手は何か?それがあるのかないのか?その答えがクリアでなければその望みはあきらめたほうが賢明かもしれない。もし打つ手が確信できれば着手して粛々と進めてみるがいい。

そうお薦めするには理由がある。ポジティブ・シンカー(前向きな人)になると人が集まってきてくれることだ。そういう人にはポジティブな人たちが集まる。ネガティブな人、リスクばかり気にする人にはあまり寄ってこないから、同じことをやればポジティブな人が「チーム力の差」で勝ってしまうというあまりに簡単な「原理」だ。つまり、相手にプレゼントをあげようと前向きに生きていれば自然といいチームができて、自分ひとりの力以上のものができてしまうのだ。

例えば起業だ。誰しも何がしかの勝算があるからするのだが、「だめだろうか?」なんて思ったらできっこない。だめな理由なんか探せば百もあるのであって、それを頭からデリートできる人だけが勝つのである。株もそうだ。古来よりブル(強気)は馬鹿に見え、ベア(弱気)を言うと賢者で知的に見えるという鉄則がある。インテリに相場が当たらない最大の理由の一つはこれだ。勉強は誰でもできるのでもっともらしいことを述べる評論家になれる人は掃いて捨てるほどいる。僕はウォートンスクールで初めて理論を学んだが、どうせそんなものは当たらないと思ってたし知的に見える必要もないのでその愚にはまらずに済んだ。

この性格になったのは母のおかげで、あれをしたいこれをしたいと言ってNOと言われたのは釣ってきたアメリカザリガニを食いたいと言った時だけだ。どんな突飛なことも「そう、いいんじゃないの」とさらりと受け入れてくれたので、初めからだめかもしれないと思うことがなかった。これできないかな?と問われれば、無理かなと思ってもやってみようと答える。もちろんその結果失敗したことは無数にあるが、一度失敗すると人間は何か学ぶ。成功するまでしつこくやめなければ遂に成功してしまい、当初は信じられないすごいことができてしまうなんて経験も味わう。

いま僕の周囲には、同じ学校や会社や組織にいたという何らかの「必然」を契機とするご縁ではなく、一度だけ何かの機会でひょっこりお会いしたという「いちげんさんのご縁」の方がとても多い。いちげんさんとは否定的な意味ではなく、相手からすれば僕もそれなのだ。ポジティブ主義でやっていると自然に周囲に仲間ができてきてそうなってしまうわけだが、やろう、やるぞと心が開いたその瞬間に身近におられた方々がそれだったということになるだろう。それは偶然だろうと言えばその通りだが、まさにそういうものがご縁の定義なのである。

このたび初めて秘書の採用をしたが、ひとつだけ「ブログを読んできて下さい」と注文を付けた。そんなことしたら誰も来てくれないよといわれたがそうでもなかった。全員にお会いした。当社に来ることが本当にキャリアアップになるのだろうかと思ってしまう一流会社でご活躍中のポジティブな方ばかりだった。つまり本稿に書いたことができる資質の方ばかりだったのであり、そのお気持ちに書いたようなお応えができなかったこちらがもどかしい。いま現在の事情でたまたま必要なポストがどうかということと資質は関係がない。申し上げたいのは、いちげんさんのご縁は意外に根強いですよということだ。

 

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エルネスト・アンセルメと気品について

2018 FEB 23 2:02:30 am by 東 賢太郎

エルネスト・アンセルメ(Ernest Ansermet, 1883年 – 1969年)はスイス人の数学者兼指揮者だが、高校時代の僕にとってフランス音楽の神だった。今だってその地位は譲っていない。まずは彼の姓でフランス語の t の省略というシロモノに初めて出会ったわけで、以来、これ(サイレント)とか独語のウムラウトとか、妙ちくりんな発音がない平明な英語名はフランス、ドイツ音楽の演奏家として安物という困った先入観にとりつかれてしまった。

その先入観に手を貸したのは、当時熟読していたレコード芸術誌だ。志鳥 栄八郎氏という評論家が管弦楽曲の担当で、この人が徹底した本場物主義者だった。フランス物はフランス人、ドイツ物はドイツ人、チェコ物はチェコ人でないとダメなのだが、そうなると英米人はやるものがなくなってしまうではないか。当時のクラシック音楽評論家のドイツ原理主義は顕著という以上に激烈でソナタ形式でない曲は色モノだという勢いすら感じたが、あれは同胞心だったのか形を変えた英米への復讐だったのか。志鳥氏は大木正興氏ほど筋金入りのドイツ原理主義者でも学究派でもなく、NHKの「名曲アルバム」の言語版という万国博愛的でエピキュリアンで親しみやすいイメージだったが、当時は三越、高島屋が憧れの欧米への窓口だった時代であり、クラシックはその音楽版だったから影響は大きかった。

氏は大正15年生まれで親父の一つ下だ。18才を敗色濃厚な戦争末期に迎え、東京大空襲で10万も亡くなって疎開、大学は行かれず戦後に旺文社に入社され著名な音楽評論家になられたがその後の人生では学歴で一番ハンディを負った世代かもしれない。陸軍に招集されたが士官学校ではない新兵はもちろん二等兵だ。死ななかったのは幸いだが酷い体験だったと拝察する。この世代のインテリが英米嫌いであったり日本(軍隊)嫌いで左傾化したのは自然だし、そこにマッカーサーのウォーギルトプログラムが乗っかった。それが生んだ日本嫌いの左翼と、軍隊嫌いで新生日本嫌いの左傾を混同してはまかりならない。南洋諸島(対米)やインパール(対英)で数万人の死者を出し、しかも6割が餓死であったという惨状を知れば、日本人の精神に戦争の傷跡が残らなかったはずがない。

銀行員になった親父も似たもので陸軍の二等兵で入隊して終戦となり、軍隊では殴られた記憶しかなく高射砲狙撃中に敵機の投じた爆撃で吹っ飛ばされて左耳が聞こえなくなった。ところがおのれ米英とは一切ならずクラシックばかりかアメリカンポップスのレコードまで聴き、あんな国と戦争する方がバカだと一貫して醒めており、英語をやれ、アメリカで勉強しろと息子を教育した。戦ってみて手強かったんだろう、それならそこから学べというのは薩長と同じでいま思えば実践的だったが東大は入っておけともいわれ、すぐにアメリカに飛んで行くようなことにならなかったのはより実践的だった。南洋、インパールで作戦ミスはあったがそれは起こしてしまった大きな過ちの結末であって、あんな国と戦争する方がバカだという大罪の罪深さを後に自分で肌で知ることとなる。

僕は左傾化しなかったが、それは政府の方がサンフランシスコ講和条約から一気に英米追従と戦時の極右の座標軸の視点から見れば相対的に思いっきり左傾化したからだ。その反動で安保闘争に走ったりはしないノンポリだったが、一方で音楽評論の影響で英米文化的差別主義者になった。志鳥氏がそうだったかは詳らかでないが、読んだ方は精神的に従軍したかのようにそう解釈した。だから親父に言われた「アメリカで勉強しろ」という立派な米国と、自分の中で見下してる米国はアンビバレントな存在として宙ぶらりんになった。後に本当にそこで勉強することになったが、当初はそれが残っていて解消に時間を要した。僕的な音楽の座標軸では独墺露仏が上座にあり英米伊は下座になっていた。イタリアの下座はいちぬけたの腑抜け野郎と見ていたからだ。中でもフランスは連合国ではあったがドイツに全土を占領され直接の敵国という印象はなく、好ましい国の最右翼だった。

若い方はクラシック音楽の受容の話と政治の話が混線して戸惑うだろうか。僕の生まれた1955年、昭和30年は終戦後たった10年目、上記サンフランシスコ講和条約に吉田茂首相が調印して連合国占領が解かれ国家として主権が回復してたった3年目だったのだ。安保反対と学生運動で世間は騒然としており、大学生協のガラス越しにゲバ棒で殴り合って学生が死ぬのを見た。生まれるすぐ前まで、7年間も、日本列島に国家がなかったのだということを僕は自分の精神史を通して改めて知る。そして、自分が決めてとったと信じていた行動が実は親父の言葉の影響だったこともだ。僕の世代は戦争を知らない。しかし、実際に戦場で銃弾を撃ってきた父親がそこにいた。そのことがいかに大きかったか。僕らがその後モーレツ社員になって高度成長期を支えたのも時代の空気と無縁でないし、それを若い皆さんにお伝えするのも父の世代からの橋渡しとしての役目と思う。

音楽に戻ろう。フランス音楽の大家といえばクリュイタンス、モントゥー、ミュンシュもいたのにどうしてアンセルメだったのかというと、彼がスイス・ロマンド管弦楽団(スイスのフランス語圏、ジュネーヴを本拠とする見事にフレンチな音色のオーケストラ)と作るDeccaレーベルの音もあった。当時聴いていた自宅の廉価なオーディオ装置でもけっこういい音がして、LPを買って満足感があったという単純な理由もあるだろう。くっきりと即物的でひんやりと冷たいのだが、その割にローカルで不可思議な色香が潜んでいて気品があって、都会の女なのか田舎娘なのかという妖しさが良かった。それに完全にあてられてしまったわけだ。

ドビッシーの素晴らしい「牧神の午後への前奏曲」、これを聴けばアンセルメの醸し出す色香と気品がわかっていただけるかもしれない。

お聴きの通りアンサンブルの精度、木管のユニゾンのピッチがけっこうアバウトだ。ベルリン・フィルならこんな演奏は絶対にしない。しかしドビッシーの牧神はそういう次元で書かれていない。英語で書くならatmosphericであり、霞んだ大気の向こうのようにほわっとしている風情のものがフランスの美学の根幹にあるクラルテとは背反するのだが、この曲をブーレーズのように楷書的に正確に演奏するとアトモスが消えてしまう。アンセルメのアバウトは意図ではないのだろうが、崩れそうで良い塩梅にまとまる妙がある、いわば橋口五葉の浮世絵にある浴衣のいい女というところだ。

フランス料理とその作法はロシアに影響したが、音楽ではロシアがフランスに影響した。こってり系のロシア物をフレンチにお洒落に味付けした演奏は僕の好みだ。マルティノン / パリ音楽院管のプロコフィエフなど好例だ。しかし、アンセルメがスイス・ロマンドと録音したリムスキー・コルサコフの「シェラザード」ほど素晴らしいものはない。余計な言葉は不要だ、このビデオの10分46秒から始まる第2楽章の主題をぜひ聴いていただきたい。

まずバスーン、そして続く絶妙のオーボエ!これがフランス式の管の音色だ。後者の着流しでいなせな兄いのような洒落っ気はどうだ、このフレーズをこんな風にさらさらころころと、然し変幻自在の節回しのアレグロで小粋に吹かせた人は(過去の録音でも同じ)アンセルメしかいない。僕はこれが耳に焼きついていていつも求めているが、レコードでも実演でも、他で聴いたことは皆無である。楽譜をいくら眺めても、こういうフレーズの伸縮や微妙なタンギングのアクセントは書いてない(書けない)。指揮者のインスピレーションの産物であることまぎれもなく、普通の人がやるとあざとく聞こえるものがアンセルメだとR・コルサコフがこう意図したかと納得させられてしまう。いまや僕にとってこの曲をアンセルメ以外で聴く時間も意欲もなく、ほかのCD、レコードは全部捨ててしまってもいいと思っている。

指揮者によって音楽が変わるというがそれは当然であって、皆さんカラオケで原曲とまったく同じに歌えるはずはない。いくら物まね名人でもわかってしまう。それと同じことで、第2楽章の主題をアンセルメとまったく同じに吹かせるのは無理なのだ。指揮者はそこに個性を刻印できるが、奏者にお任せも多いし、いじりすぎて変なのも困る。この第2楽章は何度聴いても唸るしかないウルトラ級の至芸で、何がそうかといえば、つまりはアンセルメの指示する各所の歌いまわしが至極自然でごもっとも、そうだからこそ、そこからにじみ出る気品なのだ。かと思えば、第1楽章では7分51秒から弦と金管がズレまくる考えられないアバウトさで、ここは高校の頃から気になって仕方なかった。最後の和声もオーボエのミが低い。

このオケのオーボエは上手いのか下手なのか良くわからないが、アンセルメのこだわりの節回しをお洒落に吹くことに関しては間違いなくセンス満点であって、それ以上あんた何が欲しいのといわれれば退散するしかないだろう。このオーボエあってこそのスイス・ロマンドであり、まことにチャーミングでハイグレードであり、同じほど高貴な色香を放つフルート、クラリネット、バスーンにホルンがある。アンサンブルのアバウトなどどこ吹く風、このシェラザードは音楽録音の至宝であって、聴いたことのない方はぜひ全曲を覚え込むまで何度もきかれるがいい。一生の宝物となることだろう。

最後に、そのオーボエの大活躍するラヴェルの「クープランの墓」をどうぞ。やはりアンサンブルはゆるいが、それがどうした。この演奏に満ちあふれるフランスの高貴、ツンとすました気品。やっぱり申しわけないがアメリカじゃダメなんです。いや世界広しといえどもこれに真っ向から太刀打ちできるのは京都ぐらいだろう。若いお嬢様がた、気品というのは内面から出るのだよ、いくら化粧なんかしてもだめだ。こういう音楽をたしなみなさい、きっと身につくから。

 

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ソムリエにワインを替えさせる方法

2018 FEB 21 23:23:16 pm by 東 賢太郎

76になられる某社会長と代官山の「パッション」で会食。9年連続ミシュランで星のフレンチレストランでオーナーシェフのアンドレ・パッション (André Pachon)氏はフランス共和国よりコマンドール勲章、レジオンドヌール勲章をもらっている日本のフレンチ界の草分けだ。

会長はフランス在住歴5年でMBAも取得された大先達で、含蓄の深いお話をうかがってあっという間に時間がすぎた。なかでもこれが面白かった。

「パリで同僚のフランス人に、ワインのテースティングでは絶対にnonと言うなといわれましてね、でも一度だけやってみて替えさせたことがあるんです」

それを言うとソムリエが飛んできて「どこがお気に召しませんか?」とくる。注文しておいて文句をつけるのだから説明責任があるのだ。まず交換はできず雰囲気を悪くするし、「まずい」と言ったものを自分の客人に飲ませるわけにいかずもう一本注文する羽目になる。だからやめておけというアドバイスなのだ。

「何と言われたのですか?」

「僕はいつもこれを飲んでる。昨日も同じ年のを飲んだばかりだ。これはそれと比べて酸っぱいと言いましたよ」

これに反論するのは難しい。同じ葡萄から出来たワインの酸味は酢に近い結果だから、昨日のワインが今日のより劣ると主張する根拠がない。だからあなたの舌がおかしいと言うしかない。しかし「酸っぱい」のは子供でも分かる。アロマだブケだと煙に巻けない。しかもこの客は味を知って銘柄にこだわっている通だ。喧嘩を売ってオーナーにクレームされたらかなわんと考えた、邪推だろうか?見事な王手飛車取りだが、「いつもこれ」「昨日」「同じ年」という効果的な伏線が張ってある。ソムリエは得心して投了したと思う。

しかし彼もそれで飯を食っている。プライドは非常に高い。相手を見て押し切れそうならつっぱねるし若い人が彼女の手前で格好をつけて同じことを言っても、兄ちゃん青いねと撃退されるリスクは高いだろう。会長はフランス共和国よりコマンドール勲章を授与された名士であられるが、では勲章をもらえばそれができる威厳が身につくかというとそういうものでもなくて、やはり人間のにじみ出る風格とでも書くしかないものが備わっているかどうかが交渉力の決め手のように思う。

英国のコメディ、Mr.ビーンに、彼が食卓でマナーを知らず大失態を演じる爆笑シーンがあるが、英国人にとってもフレンチレストランはそういう面倒くさい場所なのだ。要は慣れ、経験がものをいう。遊び慣れた余裕というか、我が国なら京都のお茶屋さんでどうですかという風なものであるかもしれない。大石内蔵助は祇園一力茶屋で遊んで四十七士の吉良邸襲撃計画の目くらましをしたが、敵の欺き方としては最高にエレガントだ。大石ならパリでソムリエを説得できたような気もする。

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平昌オリンピックと株式時価総額

2018 FEB 13 17:17:01 pm by 東 賢太郎

グーグル・アナリティクスでブログ閲覧の統計値が出てきます。僕のブログは毎日千人ぐらいが読んで(少なくともどれかを開いて)くださっていて、その6割が男性です。ところが年齢層が意外でした。ご訪問くださる過半数(55%)が44歳以下で、もともとターゲット層と考えていた55歳以上は25%しかないのです。

むしろ18~34歳が35%で上回っており、しかもそのうち自分の子供より若い18~24歳が20%近い。何となく自分の世代に向けて書いていましたが、それでこれというのはどういうことなんでしょうか。今時の中高年だからITリテラシーだけの影響とも思えませんし、サンプル数は137万だから統計としては有意だろうし、けっこう世代別に関心がある層の所在を反映していると思うのです。いずれにせよ、僕の当初の目論見は外れたということであります。

18~24歳といえば、メジャーにチャレンジするプロ野球の大谷選手、そしてたったいま平昌オリンピックで世界に挑戦している若人たちの世代でしょう。子供と話してもその世代とはギャップがあるし、どういう興味で読んでくれているのかまではさっぱりわかりませんが、とにかく有難いことで、未来の日本を背負う世代とつながれるというのは昭和30年生まれのオジサンとしてはうれしいことに感じるのです。

大谷選手といえば、先日TVのインタビューで「年男ですが、その年齢でのメジャー挑戦でお感じになることは?」ときかれ、にっこりと「特にありません」。これいいですねえ。僕も新入社員のときTVで「今年の新人は『泳げ鯛焼きクン型』だそうですがいかがですか?」と振られて「僕はちがいます」と答えて白けさせて申し訳なかった前科があるんで、好きだなあ大谷さん。彼は「くだらないこと聞くな」という顔しないところが大人でかっこいいですね。

きのう平昌オリンピックでスピードスケートの高木美帆さん、ジャンプの高梨沙羅さん、男子モーグルの原大智のさんのメダル獲得を見て感じるものがありました。何事であれ日本で3位でもただ事じゃないのに世界ですからね、もう想像もつかないことです。それも世界に放映されて日の丸を背負っての一発勝負でね。あっぱれの一言です。

高梨さん、2本目スタートの瞬間、いい顔してましたね。ハラ座ってるな凄いなあ。でもルンビもアルトハウスも顔が負けてない。最高峰の戦いでの立派なメダルです。高木さん、表彰台で金じゃないのが悔しかった、その言葉、次は勝つ人ですね、オランダ人(とにかく男女ともでかいよ)を抑えての銀は痛快でした。原さん、すぐ前に滑った金メダルの奴が物凄かった、自分は未勝利なのにそれ見ても失敗する気がしなかった、見てる方もそう思いました、大物だね、素晴らしい。

ジャンプで2本とも追い風で、誰が見てもその不運で9位だった伊藤有希さん。4年間頑張って悔しかったのに、あなたインタビューで風のせいにしませんでしたね。大変にあっぱれです。幸田露伴(知らないだろうがエライ人)が言ってます、「大きな成功を遂げた人は、失敗を人のせいにするのではなく自分のせいにするという傾向が強い」。僕は知ってる、運はそういう人にだけ寄ってくるのです。次はいけるよ。

若い選手の皆さんに元気をもらいながら、あったかいリビングでぬくぬくと皆さんの活躍を見せてもらいながら、昭和の我が世代がいま日本国に何を残したのかつらつら考えます。オリンピック出たわけじゃないし、貢献したことといえば早朝から深夜までモーレツ社員やって経済成長に参加したぐらいでしょう。だから日本の企業の規模や収益力にほんのかけらほどが遺産として残ってるかもしれないということになりますね。

それを見るなら代表企業の時価総額(全株式を買った金額)を比べる、それがグローバルスタンダードなんです。ご覧ください。以下、カッコ内が現在のそれ、単位は「兆円」です。

アップル(80)、アルファベット(グーグルの親、75)、マイクロソフト(68)、アマゾン(65)、フェースブック(42)以上米国

対して中国はテンセント(50)、韓国はサムスン電子(30)

かたや我が国はトヨタ(24)、ソフトバンク(10)

これが我が世代が残したもの。残念です。こんなのに甘んじてていいのかな?

メダリストになった高木さん、高梨さん、原さん、あなたたちは企業ならば時価総額60~70兆円の所にいるということですよ。ほんとうにすごいことです。

その昔のこと、我が国は「経済一流、政治三流」といわれました。ところがご覧のとおりその経済だってだんだん三流になりつつあるのです。我々のような元戦士はもう終戦モードで、過去の栄華を懐かしむだけ。どうせあと20年も生きないし、貯めた小金を食いつぶしてあの世いきなんでございます。どうしたらいいかって、我々の成功体験なんか屁の役にも立ちませんよ、それは皆さんがご自分の頭で考えぬいて、臆せずにあれこれやってみるしかありません。

 

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