Sonar Members Club No.1

カテゴリー: 若者に教えたいこと

自民党総裁選はAKB48とおんなじ(改定済)

2021 OCT 3 0:00:05 am by 東 賢太郎

自民党総裁選の報道はあまりのあほらしさに見るのをやめた。政策論争になんにもコアな中身がない。菅失脚の原因となったのはコロナ対策失敗であることが明明白白なのに、それになにも画期的な言及がないのはこいつら雁首そろえてアホじゃないかと思う。この政党はテレビの「ワイドショー」とおんなじでワイドなだけ、つまり「幅広くなんでもあります党」であって、政策のどれが受けるかわからないがとりあえずテレビに出て注目度が上がれば支持率も戻る、ならば政策なんて選挙に勝ってからちょいちょいと変えればいいじゃないという風だ。

「右寄りでも左寄りでも、若向きも老人向きも、軍国調も対話調も、男性派も女性派も、お好みに応じて何でもご用意してございますよ。お品ぞろえできないのは共産主義だけでございます。ええ、当店のポリシーはどれが正しいかではなく、皆さんにウケがいいのが正しいのです。それが民意の尊重、民主主義というものでございますからね。アフターサービスもご心配ありません、総理が不良品ならまた1年で交換いたしますから」

しばらくはガマンしてみていたが、ついに勘弁してくれという気持になったのは小石河連合の登場によってである。これは政治版の AKB48 だ。河野はひとりだと党員票が過半数に届かず決選投票に持ち込まれると危惧したのだろう。そこで舞台に小泉、石破をあげて3人でダンスして見せればひとりぐらいは党員の好みのタイプがあろうという作戦だろう。その危惧は正しかったが、対応策は大失敗だった。彼は革新派ではなく、生粋の自民党員であることがバレたからだ。なぜなら、「河野、岸田、高市、野田」の4人組だって実はおんなじで、こっちは自民党が経営する KKTN4 である。皆さんご存知のAKB48総選挙は誰が1位でセンターをとろうが経営者にはどうでもいい、それでAKB48という存在が注目され人気が保てれば目的は達するのだ。冗談を書いているのではない、エンタメ業界でこの経営手法がすぐれており集客力が発揮できることは、海外にこんなに模倣グループが現れていることで証明されている。

JKT48(インドネシア・ジャカルタ)、BNK48(タイ・バンコク)、MNL48(フィリピン・マニラ)、SGO48(ベトナム・ホーチミン)、AKB48 Team TP(台湾・台北)、CGM48(タイ・チェンマイ)、そしてとうとうあの中国でも AKB48 Team SH(中国・上海)が登場

65年前に始まった自民党総裁選のほうが歴史は古いが、「政治の芸能化」という民度の低下に起因した昨今の政治環境において、両者はマーケティング・コンセプトにおける類似性を日増しに高めているのである。殊に今回は無党派層が野党支持に流れて政権奪取される危機を封じることが最大の目的であり、とりあえず衆院選で大敗しなければよい。大勝はどう見ても無理だから党全体の利益を守るため、首相は誰であれ「国民のお口にあえばいい」という戦略に出たのである(それと派閥の長の利害は別で、それは恐らく誰が決めたわけでもない。対立しながら最後は全体の利益でちゃんとまとまるところが自民党のしぶとい生存本能だ)。しかし、その魂胆は国民にバレていた。ネットの時代と誰もが口では言うが、いくらテレビ・新聞・雑誌を封印しても今や無駄であるこを ITリテラシーの著しく欠ける長老政治家は知らないだろう。河野はそのネットでばればれの自民党的手法を苦しまぎれに採用したことで根っからの自民党員であることを暴露し、「自民党をぶっ壊す」と吼えて党員に渦を作った小泉元総理のアイデンティティーをまとうのに失敗した。彼の息子の人気にあやかればそれができると信じてしまう三世議員の甘ちゃんぶりが出たとしか言いようがない。

それで総裁選は一気に、国民にとっては芸能ショーに過ぎない政局のドタバタ劇、すなわち、派閥の領袖の保身と利権争いという醜怪なゲームに突入することになった。野田を出して河野を下げて決選投票に持ち込んで云々などまだかわいい、しまいには「民意より派閥の都合です」「自民党は実は『国民の生活より俺の生活が大事党』なんです」が見え見えなり、とどのつまりは「政策より女性候補の化粧のノリが大事」なんてお笑いの世界に入った。国民など所詮はそんなものと見下す馬脚が現れてしまったのである。4人の候補がワイドショーに毎日顔を出し、芸能レポーターみたいな政治評論家たちが毎日くだらない提灯を持ち、ワイワイやって毎日ネタを提供すればお茶の間を独占でき、野党の雑音は消すことができ、コロナに飽きたテレビ局は視聴率が取れて喜ぶ。これぞ「政治の芸能化」である。オリンピックで自民党に儲けさせてもらった電通が恩返しに支持率を持ちあげて国政も左右する。これは「アスリートのための祭典」だったはずのオリンピックが、IOCの謀略によって「広告主のための祭典」にねじ曲げられていったのと同じ手だ。そんなものに国運を委ねてしまっていいのだろうか。

その現象の動力源になってるのは勿論「カネ」である。オリンピックという巨大利権のため菅政権は3兆円をつぎ込んだ。総裁選は「その大金がどこに消えたのか?」という国民の当然の関心を巧妙に煙に巻き、菅さんよくやったという舞台裏があると思われる。「そのためには政治家はどんなウソをついてもいい」が堂々とまかり通ってしまったことも大罪だ。どんなウソがバレても「政治家は安心安全」の前例になったからである。裏では警察、公安に睨みが効く菅路線がこの1年で着々と敷かれ、岸田政権に甘利を押し込んで検察の「ポチ化」も完成したと思われ、もう飼い主には吼えなくなってしまっていると危惧される。政治家という皇室あるいはそれ以上の特権階級の台頭であり、それを前にして、罪刑法定主義は形骸化の一途だ。明治維新も二・二六事件も天皇の権威を頼みにしてのクーデターだったが、今の自民党にそれをかつぐ気はさらさらないだろう。

マスコミはネタが欲しいから政権に嫌われたくない。電波法で恫喝されるのも怖い。政治は大事な「商材」であって、消費者の都合より仕入れ先のご機嫌とりが大事だから政策のあら捜しはしない。文春、新潮もその一線はある。五輪で言えば、IOCにとってアスリートはスポンサーが視聴率をとるための「商材」であって、彼らが記録にかける命懸けの努力なんかどうでもいい。同様にマスコミも自民党の本丸に政策の是非論争など本気で吹っかける気もなく、政治報道もどんどん「カネ」のために劣化してきている。だから政治家は無知でも馬鹿でも何年も大臣が安閑と務まり、不祥事は不問になり、コロナ対策もプライマリー・バランスも、そんなものは深く理解する必要もないし役所に任せておけばいいという伝統的自民党統治が安心安全に踏襲されるのである。官僚は縁故主義でポチを出世させてやり、省には予算を取ってやれば喜ぶ。巨額の税金が動かせ、おいしい利権ができる。これをしゃぶらん手はないという構造が今回も見事に温存されたのだろう。

それには1,2に権力、3,4がなくて5に権力である。その源は選挙だ。であるから、政治家は何のプロかといえば、選挙のプロであるというのが自民党だ。だから二世三世で「票田」を持ってる「自動的勝ち組」が団結して束になればさらに選挙に強いダンゴになり、弱い議員を恫喝して数の論理による権力の維持増幅が可能になる。そのダンゴが今の派閥だ。もう少しは骨もあった昔の派閥と違う。マフィアのボスは下を守り裏切り者を殺すがダンゴの長はそれは必ずしもしない。ダンゴは単なる「権力維持増幅装置」に過ぎないから、その機能のためには軽いタッチで下も切るし裏切り者と平気で翌日に仲良くしたりもできる。小選挙区制で派閥は意味なくなるはずだったが比例代表制が補完すれば「勝ち組ダンゴ」の万有引力はそれと関係なく消えない。引力があればあるほど民意と乖離が大きくなるが、『俺の生活が大事党』にとってそんなことは一本の毛ほどの重みもない。あとはもっともらしい政策をぶちあげ、できなかったらあ~う~と逃げ、最後にやばかったら病気になって他人のせいにするという磨き抜かれたプロの技が確立されている。だから堂々と臨時国会の召集も無視し、「何もわからん国民や野次馬の野党に説明する必要などない」という態度が日増しに強固になっているのである。たしかにそれは一面真理ではある。彼らがプロと自負する「権力闘争の裏技」なんか知る必要はかけらもないからだ。しかし、国民は、政策の是非は知る必要があるのである。

これに対し、やることなすこと「自民党にとにかく反対」という、それはそれでプロの技が確立された “ショー” を国会で披露して飯を食ってる役者たちがいる。別名、野党ともいう。彼ら彼女らの「自民党に反対ショー」は出し物によっては確かに留飲を下げてもくれ、だから一定数の固定ファンがついており、彼らなりの「票田連合」をつくって実は本音は「政権なんか取らなくていい」「取ったら馬脚が出るだけだ」「とにかく議員バッジだけは死守しよう」という政策を連綿と堅持することを可能ならしめている。政策はともかくその一点では結束できる、なぜなら、この連中も本音は『俺の生活が大事党』であることに変わりはない可能性があるからである。今回の衆院選も「野党版AKB48」ができることは確実だ。いや、さらに言うなら、もっと恐ろしいことが舞台裏で進行しているかもしれない。つまり、自民、公明、立憲、共産・・・と選択肢は色々あるが、実は全部が『俺の生活が大事党』であって、オリエント急行殺人事件みたいに “与野党全員がグル” で、国民が見せられているのは実は JKRK48でしたという壮大な仕掛けかもしれない。衆院選もそのための “ショー” であり、少々の勝ち負けは時の運で良しとしつつ「国会議員共同体は不滅です」という大団円に落ち着けようという芝居なんじゃないかという気すらしてくるのだ。政治家という皇室あるいはそれ以上の特権階級の台頭は、そうやって静かに水面下で進行しているのかもしれないと思う。

前から書いているが、僕は政治参加はぜんぜん興味ないという意味で本質的にアナキストであって、完全な無政府を望むわけでないから政治的ミニマリストといってもよく、投票はしても支持政党はない。そもそも投票という行動をするのは、その党の政策が自分の願望にあう、すなわちそれをやってもらえば日々の生活や主義主張や利益の実現にプラスになると信じるからだろう。それが国や社会を良くしてほしいという公益への願望ということもあるだろう。一方で、私益であれ公益であれ、自分の思い描くプラスが他人にはマイナスということも普通にある。「多数決だからそれは考えなくてもいいよ」という許容も「必要悪」としてビルトインされているのが民主主義なのだ。そう割り切るなら、投票とは冷徹なエゴイズムそのものである。僕が必要とするのは警察、消防、救急車、医療、裁判、インフラ整備・・という市民生活にとって当たり前の公共サービスだけで、それが僕の消極的なエゴだ。積極的なエゴもあるけれど、その実現は自助で足りるので政府の手を借りる必要はない。だから戦争、基本的人権の侵害、無為な増税、非資本主義的な政策の強行など「邪魔なこと」をされるのだけが「リスク」であって、政府はなくていいとは言わないが無駄な税金はゼロにして小さいに越したことはない。投票はその時々のリスクを軽減する願望のためにするから常に同じ政党に入れるとは限らない。よって支持政党はない。これが僕のいうアナキストである。

政治に関わる情報は分析はする。それは政治が原因で株式市場が下げそうだったらお客さんを守るため「その前に株を売る必要がある」からだ。だから「リスクフリー」である限り政党はおろか首相が誰かさえ問わないし、困るのは失政によって公共サービスが劣化して自分に直接の害が及ぶかどうかだけで、「負のエゴイズム」と呼ぶべきだろう。そうなると思ったら当然のこととして政権は徹底的にブログで批判する。僕個人の支払った税金が正しく働いていないことになるからで、それを社会正義だなどと格好をつける気もないし、自分に正義を語る資格があるとも考えていない。たとえば、数々の発言から菅内閣はコロナに完璧に無策無関心、厚労大臣も科学に完璧に無知と判断したが、現実はその通りになって、易々と空港検疫がデルタ株をスルーしてしまって話にもならないことを知った。皆さんはそれでいいのかもしれないが、僕は自分や家族に生命の危険が及ぶことは回避したかった。そのうえオリンピックを強行され、さらにリスクが高まったので怒りは沸点に達し政権を強く批判した。影響あろうがなかろうが知ったことではない、国民に害を与えたのだから責任を取ってもらうのは政治家としてあまりに当然と考えただけのことである。

そして、それでもダメな国ということならば個人では打つ手がない。自助で食えるから大きすぎる政府のコストをあんまり負いたくはない。大所高所から国のため社会のためになりたいもののその実力がない。米国で教育を受けたから新自由主義は当たり前と思っている。そういう立ち位置で生きていて日本が住みやすくて面白い国かどうかという観点こそこれからの人生の重大事だ。もしそうでないなら皆さんとお別れの時で、僕は資産を全部売り払ってブログもやめて家内と好きな外国に移住する。

毎度のことだが、岸田内閣の政策に期待することはない。申し訳ないがしてもできると思ってない。我が家、我が社に害を及ぼさず、くだらない政治ニュースに時間を使わせず、気持ちよくアナキストでいさせてもらえば税金は払う。ということは「税金を払うためにも株を下げない政治をやってくれ」、それだけだ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

菅総理、辞任へ

2021 SEP 3 15:15:18 pm by 東 賢太郎

菅総理が勝てる戦略は残っている

 

それには、3つ条件があった・・・

それが、

 

感染者数、重症者数、死者数が12日までに減ること ➡ ?

河野が受けること ➡ ✖

国民が衆院選で寸劇に騙されること ➡ 

 

ということになったのかどうかはわからないが・・・

 

たぶんこれが安倍の勝ちってことで、

 

安倍の1億5千万疑惑カードは二階が握ったが、二階も37億円疑惑が出てきて帳消しになった。どっちが文春に出ても相撃ちで両方が政治生命の終わり。

 

安倍+麻生=議員票絶対多数 ➡ 幹事長は誰も受けない ➡ 詰み

 

それにしても、ゼロから這い上がった人が総理としてやるべきことがあった。

 

かえすがえすも、オリンピックを中止しておけば・・・・

いやがおうにもコロナに集中することになって・・・

実は中止してもしなくても第5波は来ていたんだけど・・・(http://五輪中止でも危ない日本(IOCは潰せ))

「五輪なんかやったら大変なことになってた!」「大英断だ!」と民意はなって

今ごろ政権支持率70%ぐらいで

続投など楽勝だったはず

強行して守ってやったのは安倍だったように思うが・・・

人として裏切れないと言ってたが・・・

また盟約ができたんだろうか・・

政治は恐ろしい

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

菅総理が勝てる戦略は残っている

2021 SEP 1 17:17:04 pm by 東 賢太郎

9月7日解散説が昨日のマスコミに出てしまったので、

 

今のようなコロナが厳しい状況では解散はできない

総裁選の先送りも考えていない

➡ と、今日の午前9時に報道を明確に否定した。

 

なぜなら、

 

役員や閣僚の人事を刷新しても効果は薄い

二階幹事長を交代させて岸田を封じても効果は薄い

➡  総裁選をやって河野が出れば確実に負ける。反菅派の若手議員が結託すれば岸田にも負けるかもしれない、

 

だから一発逆転で勝つしかない。それには、

 

東京都の新規感染者数がこれから減るのを見計らい(操作できる???)

幹事長に河野を据えて(麻生を副総理で処遇、河野は後継約束で取り込んで選挙の顔とし、総裁選には出馬させない)

不意打ちで野党を出し抜き

 

➡   全員を騙しておいて9月12日に臨時国会召集して突然の解散

➡   自民党が60議席失っても自公で過半数キープ(維新、国民に根回し)

➡ 「菅では勝てない」の反対派議員は落選するから総裁選で投票できない

➡     9月29日に総裁選で菅総理続投が決定

 

 

今のようなコロナが厳しい状況では ➡ 感染者が減って状況が変わったので

総裁選の先送りも考えていない ➡ ちゃんと9月29日にやりますよ

 

ということなので、今朝の記者会見の発言内容にウソはなかったことになる。つまり、ヤル気になれば本稿シナリオは可能である。

党内の反発は幹事長・河野で抑え込む

最大のリスクは選挙での国民の反発だが、そこは賭け。どうせ野党は弱い。

安倍の1億5千万疑惑カードは二階が握ったが、二階も37億円疑惑が出てきて帳消しになった。どっちが文春に出ても相撃ちで両方が政治生命の終わり。

 

よって、本稿シナリオは、

 

菅、二階、安倍、麻生の全員が悪くない痛み分けと納得すれば、

4人がつるんでヤラセの寸劇を演じることになって、

石破が出てかきまわさなければ、

 

うまくいくかもしれない。

 

それには、

 

感染者数、重症者数、死者数が12日までに減ること

河野が受けること

国民が衆院選で寸劇に騙されること

 

が条件だ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

我が賭博論(賭けはいけないことか)

2021 SEP 1 1:01:53 am by 東 賢太郎

昨年のことだったか、黒川検事長が賭け麻雀で退任に追い込まれたのは考えさせられるものがあった。僕の世代からすると後に官僚や法曹になって活躍した連中が本郷の正門あたりの「葵」「珊瑚」「あずま」なんて雀荘に入りびたっている光景などいたって普通だったからだ。学生身分だとレートはテンピン(千点百円)がちょっと高いかなという感じであり、黒川氏はテンピンだから高額賭博をしたのだとマスコミに盛られてしまったが、人を裁く検察官ともあろうものがけしからんという道義的反発が大きかっただろう。賭博罪に官も民もないが公務員はそういうものが人生のコストになってしまうし、まして政治の生贄にされたのだから気の毒だ。

はっきり書かせていただくが麻雀で賭けないなんてのは塩気のない味噌汁みたいなものだ。 外国でOKなら日本もという気はないが、英国では賭けは貴族社会の嗜みだ。ロイヤルアスコット競馬はロイヤルの名称の通り王室が主催する社交場で、もちろん大衆も思いっきり博打を打てる。我が国なら皇室が中央競馬会のオーナーということであり「賭け事」に対する国民性がまるっきり違う。オッズを出す帳場がブックメーカーの元祖であり、還元率が95%とフェアだから英国政府は公式の帳場として認めている。 日本の競馬の還元率は70~80%と低く、宝くじに至っては還元率45%以下と詐欺に値するほど抜きまくっているのに、「公営」(地方自治体が総務大臣の許可で発売)という安全安心っぽさをまとって宣伝しているのは奇異である。民営でもパチンコだけ三店方式で不問というのも変だ。僕は罪刑法定主義を厳格に守るべしという立場の者だが、賭博罪については「ワラントはそれに当たる」と大蔵省に言われ閉口した経験もあり、公営ギャンブル以外は禁じる法律、考え方は江戸時代のまんまといえる。

入社してからは海外なので賭けは合法、やり放題でカジノ、ゴルフを専門にやった。 実のところゴルフはそのためにやっていたようなもので、スポーツとしてそれほど関心があったわけではないから真剣なゴルファーには申し訳なく、趣味の欄にゴルフとは書かないようにしている。 さて、賭けにおいては好スコアを出したほうが有利なのはもちろんだが、毎ホール賭けの状況(倍率)が変わるからそれだけでもなく、種目を多くすると倍率のボラティリティー(変化率)が高くなるのでスコアは負けても賭けは勝つなんてことも結構ある。 つまりゴルフの技術はあるに越したことはないが「このホールは高いぞ」という場面で勝てる勝負強さこそが雌雄を決するからメンタルの強さのゲームということでもある。社会でうまく生きるにはこの能力は不可欠だと僕は思っており、現にビジネスでそれが活きた場面は何度もある。

ゴルフは自然とそのメンタルを鍛えてくれる。最後のパットをはずして大敗なんてなれば敗戦の悔しさの上にカネまで巻き上げられる。朝早くから家族をほったらかして俺は何をやってたんだと自責の念に駆られる。だから、布団に入ってさあ眠ろうと目をつぶると、くっきりとティーに乗っけたボールが、それもポチポチまでリアルに瞼に浮かんでくるぐらいの猛練習をした。 別に賭けに勝てる訓練があるわけでもないが、基本的に下手だと勝つはずないからまずはそれしかない。 そしてそれは競技としてのゴルファーとしても当たり前の努力なのである。だから適度の賭けはモチベーションを正しく高め、努力する意欲をかきたてるわけだ。後に、このことは起業してみてまったくおんなじだと感じ入った。

会社をゼロから起こすのはリスクを取っておカネ(資本)をつぎ込む立派な賭けだからである。ソナーの場合は8千万円を賭けたわけだ。 一般に賭けは怖いと尻ごみする人の方が多いから、会社法は「株主は有限責任だ」としている。104条は国が「オッズが有利な賭け」にして起業を振興してくれていると読まなくてはいけないのだ。株式を買った資金以上には損しませんよという免罪符は失敗のリスクを限定するから、その事業をやれば無限に儲かると信じている起業家にとってみれば “リスク < リターン” の状況が国によってそこに用意されているのであり神のように有難い。かように、英国でできた仕組みというものは賭けを誘発して資本主義経済のエンジンとする思想が盛り込まれているのである。

資本主義は役目を終えたと主張する経済学者が昨今は世界的に増えているが、民主主義社会で共産主義、社会主義が役目を果たして国民を満足させ国を栄えさせることに成功した事例などない。資本主義をやめてそんなものに国運を賭けましょうなんて、そっちのほうがよほどバクチを打っているのであり、資本主義的競争で勝ったことのない人がそう言ってるのだから危険ですらある。日本が民主主義をやめないなら資本主義の永続は不可欠であり、国が税金をばらまいて産業を振興し需要を創出して国民を富ませようなどということは成功するはずがない。ただでさえ若者が元気になれない社会になってしまっているのだからそれは彼らの「賭けの精神」を殺してしまうだけで、その結末は全員が公務員志望となって国は滅びるだけだ。中国との勢いの差は人口だけのせいではない、何億匹いても羊は羊だ、狼がたくさんいるから日本は押されっぱなしなのである。

狼になりたい若者にはゴルフを奨励したい。こんな面白くて人生の教訓に満ちた遊びはない。もちろんジェントルマンとして賭けてほしいが、属地主義で刑法が適用される日本においては順法精神に則り金銭ではなくランチかビール一杯か車の送迎ぐらいが望ましいだろう。おおいに負けて悔しがり、おおいに勝って凱歌をあげ、挑戦するモチベーションを高め、そうすることによってうまくなるんだという実地の経験を積んであらゆることに活かして欲しい。僕はゴルフで自省と忍耐も覚えたが、それが大事だと気づいたのも賭けに勝つためだ。行け行けドンドンではだめなのである。精神修養にもなるからグリーンフィーは安いもの、そういうものはコストではなく「自分への投資」という。

以下の賭けはきっとゲームの「スパイス」「お楽しみ」になるだろう(ググれば中身はわかる)。

ドラコン、ニアピン、タテ、ヨコ、ナッソー、ラスベガス、オトモダチ、ピンポンパン、オリンピック、ヘビ、カニ、キコリ、ターザン、サオイチ、スナイチ、星の王子様、オネストがスタンダード。公平のため平均スコアに応じてハンディを付与しプレー前に4人の協議で決める。 どれをやるかはオプションだが基本であるタテ(ストローク・プレー)、ヨコ(マッチ・プレー)は必ずやるべし。 わざとショートしてグリーンに乗せないペナルティーに淡谷のり子(あわや乗りこ)、三浦とどかず(友和)を加える。

腕前で大差になるのはラスベガスである。 毎ホールの打順で1,4番と2,3番が組んで、スコアが順に4,6,9,5とすると組の小さい方を十の位にして45対69となり24点動く。 ロングだと4はバーディなので相手がひっくり返って45対96となり51点動くという凄いことになる。 そこで日本から見てラスベガスまでは行かないサンタモニカといって4+5と6+9で6点動くというマイルドバージョンもある。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

僕の「人生重大事件」リスト

2021 AUG 29 18:18:25 pm by 東 賢太郎

前にどこかに書いたが、もう欲しいものがない。もともと世俗的な欲はあまりなくて、子供の頃の “2つの夢” のひとつ「なにかで日本一になりたい」は駿台公開模試でやったし、もうひとつの「プロ野球選手になりたい」は「巨人の一軍選手の年俸を超えたい」にゴールポストを動かして達成している。しかし女房子供に自慢してもあっそうで終わり。役員になったとかMBAを取ったとか起業に成功したみたいな方がうける。でも世俗的な欲があまりない人間にとってそういうものは重大事件でないのだ。

僕の「人生重大事件」を時系列で書くとこんな感じだ。どれも他人様には何ら響かないだろうが人間形成に深い影響があったから重大だった。音楽については既にあちこちに書いたので省く。起業後は人間形成完了後なので割愛。

小学校時代

① 近所の野球仲間M君のお父さんに球が速いとほめられた

② いじめっ子から逃げながら小石を投げたらおでこに命中した

③ 祖父が灯篭に乗って天に昇る夢を見た

④ 先生のクイズ「西島君が鉄棒まで何歩で行くか」をあてた

人生重大事件とはこういうものだ。②は校外で遊んでいたらデカい年上の奴らにからまれ友達が殴られた。全力で逃走しながらとっさに石を拾って振りむいて投げたらそいつのおでこに見事に命中。当たる瞬間までスローモーションみたいに見えた。そいつはうずくまり、ふたりで「ざまあみろ~」と罵声を浴びせた。デカい野良犬に追っかけられた時も石を投げて額の真ん中に命中している。なにせ多摩川で毎日石を投げて鍛えていたのだ。①と②は絶大な自信となり、高1で硬式野球部のエースに選ばれた時も当然と思っていた。③は泣いて目が覚め、ほどなく祖父は亡くなった。手相を見て大器晩成だと太鼓判を押してくれた祖父がずっと見守ってくれていると信じて生きてきたから窮地に追いこまれても焦らなかった。④は「153歩」と確信をこめて紙に書き、西島君が校庭の向こうの鉄棒に到達する最後の数歩を自信をもってカウントしながら見守り、やっぱりなと賞品のシャープペンシルを予定されていたようにもらった。そういう能力があると信じて疑わぬ性格になり、腹がすわったビジネスマンになった。そのシャープペンシルは1学年上で後にテレビで有名人になるワルに脅し取られた。この手の種族の奴らには以後絶対に負けないと心に誓った。

中学時代

① パーカーの万年筆をもらった

② エラリー・クイーンにはまった

③ 気に入ってる女の子がクラスにいたが口もきけなかった

①は万年筆に憧れがあって天に昇るほどうれしく英語を勉強する気になった。くれたのは先の友達のお父さんで洋行帰りでカッコよく、叔父がフランス車 “シムカ” に載ってヴァイオリンを弾いてカッコいいのとダブって西洋に行くぞという気になった。②は夏休みに読みふけり「ロジックというものは美しい」と感嘆。論理=言語になりこのような文体になり数学的思考力がついた。③1年生のクラスの女の子に興味はあったがからっきし勇気がなく、ついに一度もまともに話したことがなく精神的には男子校状態だった。そうだった情けなさから勉強か野球でモテるしかないと思い野球に行ってしまった。

高校時代

① 現国の授業でプレゼンをやって予想外にうけた

② 肘と肩を故障して背番号14に降格された

③ 駿台の模試を受けたら偏差値40代だった

④ アジャンタのチキン・カレーに衝撃を受けた

人生初めて大勢の前で足が震えながら教材の好き勝手自己流解釈をしゃべり大拍手を受けた①は偉大な経験(故酒井先生のおかげ)。後のビジネス成功の絶対のルーツであり、ブログもその流儀で書いて既読7百万回に驚きもない。②で野球をあきらめ女の子にもてるには勉強だとギアチェンジした。そこで③という峻厳なる天の審判が下るが背番号14の屈辱よりましだと屁のカッパであった。失ったものがデカいので大学は東大文Ⅰにするしか自分を納得させられなかった。④で「食」の世界の深さに目覚めた。後に世界中で珍味を食べ歩く原点になる。

浪人時代

① 駿台予備校の根岸先生の授業で突然に数学に開眼した

② 公開模試で数学満点、総合点7番で記念品をもらう

③ ミステリーを書いた

④ 3匹の猫に遊んでもらった

①は天恵。これなしに今の自分なし。②で日本一は意外に大したことないと思った。だから現役で受かった私大に進んでいたら①②は存在せず、今の境遇はあり得なかった。③はクイーンをまねた答案。夏休みに熱中。④家族の協力とチビ、チャー、クロ(+トモ)との遊びは絶大な支援だった。

大学時代

① 2度アメリカ旅行した

② 家内と広島で知り合った

③ 自分の頭は大したことないと知った

④ スキー、麻雀を覚えたが下手だった

⑤ テレビに出たが失敗した

①④のように遊びを覚えたに尽きる。勉強は常にそうだが一夜漬けですぐ忘れた。②カープファンでなければ家内とは会えなかった。③そう思ったが勉強以外の頭は別だと正体不明の自信があった。⑤野村に就職が決まって出演させられたNHKの番組で失敗をやらかしたのにお車代を4万円ももらえてうれしかった。

会社時代

① 大阪の個人営業で仕事のすべてを教わった

② コロンビア大学ベイカー・フィールドで9回を投げて野球人生を終えた

③ ロンドンで外資に7千万円で誘われ自分の値段を知った

④ 香港の地下鉄公社オープンに出場して優勝(ゴルフ)

⑤ 野村を辞めたら年俸が億単位になった

すべては野村證券のおかげ。本当にいい会社に入って幸運だった。ゴルフは大阪で初めてやり香港でシングルになり香港金融界80社代表のコンペで個人優勝したがそれ以上は成長しないと悟った。サラリーマンは31年やったが下積み時代は上に忖度しないので苦痛であり、自分が上になると管理業務が苦痛になった。死ぬまでプレーヤーでいるためには起業しかないと悟ったが、最初は銀行口座の資金が尽きるのが恐ろしくて地獄の日々であった。ほんの最近になって、誰のカネであれ100億も動かせれば自分の口座残高はあまり気にしなくていいことを学んでいる。それでもうかる案件は勝手に来るし人も寄ってくる。周囲の皆さんには不思議だろうが今年は一回も家から出ないで黒字になるだろう。なぜそうなれたかという答えは自分でも見つからないが本稿の「人生重大事件リスト」のどこかにあることは確かだ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

どうせウソでしょ(横浜市長選に思う)

2021 AUG 23 23:23:39 pm by 東 賢太郎

落選した政治家はただの人。よくいわれる。そんなリスクリターンが悪い仕事はしたくないからやってくれる人は有難いというのが僕の政治家に対する基本スタンスである。おかみで上級国民だなどという意識はかけらもなく、彼らを税金で雇っているという感覚である。日本のように市民革命を経ていない国で民主主義を根づかせるには国民の多くがそう考え、”雇用者の感覚” でしっかりと選挙に行くことが望ましい。そうすると、ダメな政治家は落選させるという視点が社会に芽生え、日本国は初めて真の民主主義国家になるだろう。税には社会的不公平はあるが認容されるべきだ。僕は多く払っているほうの部類に違いないが受ける公共サービスは人なみだ。しかし社会の公平とはそういうもの、そこに文句はない。その代わり、公共サービスの中身と質は人一倍厳しく見ることになる。

いちばん許せないのは税金タダ食いのタカリ屋だ。今回の五輪で明確にさらけ出されたように、賄賂、中抜き、裏金キックバックに群がる蠅の如き連中はもちろん、ポーズだけで仕事をしない議員は存在自体がタカリ屋であり、国家の寄生虫である。ちなみに僕は贔屓の広島カープの監督、選手は何度もブログにボロカスに書いているが、彼らを雇っているわけでないので実はそこに道理は立たない。勝ってほしい故の叱咤激励という一点でその不道徳はバランスしているのであって、従って、他球団の人にそれは一切しない。しかし政治家、官僚には金を出しているからそもそも道理がある。ボロカスはぜんぜんありで不道徳でも何でもない。もちろん僕だけではない日本国すべての有権者がそう考え行動することが当然に許されるし、そうしたメタ空間がネット上に形成されればその機能を全く果たしていないマスコミはいとも自然に淘汰される。民主主義、罪刑法定主義に基づくフェアで健全な社会は有為な若者にチャンスを与える。それこそが未来の日本の礎になると考えている。

まずそれをブログにするための自分の立ち位置と行動基準を明確にしておくことこそが実行者の資質としてフェアであると思うので書く。その一、僕は納税者という監視者である。その二、支持政党はなく、今後もない。その三、政治家に親類、友人、利害関係者はない。その四、依拠するものは民主主義、罪刑法定主義である。その五、情報源はマスコミ、ネットで公開されたものだけで特別なものは持たない(他人の頭で考えない)。従って、僕のブログは100%私見であり「以上の条件を満たした国民の目線」の一部を形成しているということにはなるだろう。「私見」という部分に愛国心、人間の好き嫌いのような僕固有のノイズが入るし除去は難しい。そこはフォロワーの皆様のご賢察に委ねるしかない。

以上から導かれる行動のスタンスは以下になる。その一、やるべきことをきちっとやってくれれば政治家は誰でもいい。その二、監視者であるのでその選別の基準は加点法ではない(票を入れてはいけないと考える者の定義の方が、入れたほうが良い者の定義より明確である)。その三、従って無為無能な者に対する落選運動は大いにありとする(税金をタダ食いする者は納税者の敵だからである)。霞が関の官僚はセコい省利省益に走る性癖がビルトインされているものの無能である確率は低い。よって、行政がダメな場合その原因は上に立つ政治家の無能にあると考えてほぼ差し支えなく、無能な者を国会に置いても適切な法律は作れないし行政を監視させる期待もできない。

ちなみに、菅総理は内閣人事局を使うまでもなく官僚操縦術は有能で組閣当初は期待した。指揮者が強力ならオーケストラは本来の力を出すからだ。まずは自助。これに賛否あるのは承知だが、正しいと考える。国民が公助依存では財政的にも資質的にも、確実に国が滅びるからである。ただし総理の権力掌握はその技が冴えているがゆえに両刃の剣だ。官僚を人事で脅す。まず省内で自分に逆らうエースをあえて飛ばし、出世と超無縁のカスを劇的に大昇進させる。ええっ?と満座が驚く意外性があるほどメッセージ効果は絶大である。人生終わったあんな奴でも偉くなれると、すでに終わってた連中が元気になる。そしてエース級はビビる。その結果、両者とも総理にゴロニャンする忖度合戦に走る。全体の能力偏差値は下がるから組織は腐って没落する。会社にもこういうのがいた。当然の結果として幹部はゴロニャンだらけのカスの集合体となり業績はボロボロになり事件まで起こして自分も幹部もクビが飛んだ。今の官邸、あれを思い浮かべる。

現実は両刃の剣の悪い方だけが出ている。いまや自民党の「コロナ対策サービス」は100点満点の数学のテストの答案に “7点” と書かれて返ってきたぐらいの衝撃的な赤点にしか見えない。100円税金を払って10円分の満足もないからだ(その「採点」の理由はこれまでのブログに詳細に書いている)。政策には一貫して知性の香りすらないのだから何が良い悪いではない、「国民の生命が危機」である事実をもたらした大失策に反論の余地は微塵もないということに尽きる。東京の感染者数は操作されているはずだ(意図があるか物理的限界かはともかく)。陽性者率だけあんなに上がる原因がウィルスの特性というデータは見たことがないから検査数が少ないとしか考えられない。報道の何倍もの感染者が街を歩いているなら他人事ではない、僕も我が身や家族、社員の生命が危機だと感じる。この事態は国家として如何なものかなどという綺麗ごとの話ではない、もっともっとハードボイルドにやばい。どんな暴君や独裁者だって自分の身が危険だからそこだけは気にするのが人間の理(ことわり)だ。現にテロリストのタリバンですら「市民は安全」と言ってるし、安全にできなかったから失権したガニ大統領はケツをまくって国外に逃げている。どうして日本の総理の身だけは大丈夫なんだろう。

菅総理はあれだけ「安全・安心」を言いまくった。科学的根拠があると思った人はたぶんいなかったが、曲がりなりにも言うだけのことは何かやるのだろうと思っていた。それが何もないばかりか、あり得ないほど見事に真逆の「危険・心配」になっているではないか。わかったことは、抜群なオーケストラの指揮技術(巧みな棒の振り方)はあるが、肝心かなめの音楽性に欠ける指揮者というものは、確定的に恒常的につまらない音楽を生み出すということである。これを「総理のぶれない姿勢」とヨイショしてる恥ずかしいバカな議員がいるが、政治は人命にかかわるのだ、つまらないでは済まされない。支持率25%も当たり前である。五輪開催は政治的に完全な失敗だったが、別の意味でも圧巻であった。あれだけ全身全霊の気合をこめてタイミングよく絶大なマグニチュードで予測を外す例は生まれてこのかた見たことがない。勝負に弱いばかりか運もなかったのだろう。しかし、古代の部族の長は雨乞いも仕事であり、雨が降らないと殺された。

横浜市長選は明暗が分かれた。小此木氏の「IR見直し」が「どうせウソでしょ」と見られたことが大きかった印象がある。争点がIRよりコロナ対策になったせいだという見方もあるが、それも「どうせウソでしょ」の範疇であることはかわらない。なぜなら、菅官邸は五輪強行を正当化しようとたくさんの見え見えのウソをつきまくる羽目になり、全閣僚が絵にかいたようなオオカミ少年になってしまい、息をすればウソをつくイメージが国民の脳裏に焼きついたからだ。さらに総理ご自身はIR推進派の頭領である。それが、身内の小此木が出るならとあっさり中止派になる。なんじゃそりゃ?手段を問わず勝てば何でもいい。自分が生き残ることだけのプロフェッショナルである。有権者を馬鹿にするなという怒りを買ったということであり、だから総理が肩入れすればするほど小此木氏の支持率は下がったのではないだろうか。

ここから総裁選と衆院選とどっちが先だ後だと始まる。そういうのを政局というらしいが、卑しい響きの言葉で僕はそういうものに何らの価値も見出さない。国民の幸せにまるで視点をおいてない自民党のお家騒動の陰でコロナで人が死ぬなどあり得ない。野党のカスぶりも救いがたいもので自公がオウンゴールで5失点ぐらいしてるのに立憲民主の8月の支持率は7月より低い。まぎれもない無為無能の評価といわれて反論できるのか。誰とどう組むのか組まないのかシャドーキャビネットも具体的に見えてこないのに小選挙区制で勝とうという党首の頭の構造が知れない。共産は一部の幹部の知能指数は高いが、本気で勝つ気があるならばりばりのマルクス主義でもないようだし党名を変えるぐらいのことをアドバイスする。ともあれ、どれも現状は自公のあげ足取りやら恥ずかしいヨイショやらで議員バッジを死守するだけの税金タダ食い族にしか見えない。

自公の閣僚が国民をおかみ目線で馬鹿にしている姿勢は極めて不快で許し難い。俺たちの方が賢い、だから国民の質問などには答えない、国会も開かない。ジョークはやめてくれ。阿呆が自主研究だの別の地平からのご発言だの偉そうなことを並べ、ウソとホラで世論操作できると信じこんでいるこの勘違いぶりこそ別の惑星の地平である。やるべきことをきちっとやってくれればまだしもこの連中が “7点” のコロナ対策答案を書いて国民に死の恐怖を与えているのだから何をかいわんやである。くりかえすが、こういうのが税金タカリ屋というものなのである。それでも選挙はなんとかなるというお気楽な発想は総理がコネで応援すれば当選だという魂胆、親の七光りで出来の悪い子を米国コネ留学させる魂胆などと同根で、世論に片っ端から否定されつつある。そういう情報はネットでばらまかれて糾弾され、即時に有権者に共有されてしまう時代が来ていることを最も理解してないのが政治家とマスコミだ。

政治家のすべての評価は、国民による通信簿に基づいた選挙という審判で行われるべきである。今回の横浜市民が下した鉄槌による重鎮の落選。自公のオウンゴールという色彩は否定できないが、さすが大阪を上回る日本最大の政令指定都市、近代の幕を開けた横浜だ、見事に古い自民党的なものを砕く端緒になったと感じる。

ジャイアンであるためにジャイアンな政府

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

五輪と感染の関係は失敗の免罪符ではない

2021 AUG 10 19:19:03 pm by 東 賢太郎

犯罪とは「暴力をふるう」「モノを盗む」など悪いことを「する」ことだ。ところが、何かを「しない」と犯罪になることがある(不作為犯という)。例えば親がパチンコをして車に放置した我が子を死なせたような場合、必要な保護を「しなかった」という不作為犯となり、刑は3月以上5年以下の懲役だ刑法218条「保護責任者遺棄罪」)。親でなくてもいい。「老年者、幼年者、身体障害者又は病者」を保護する立場なら当てはまる

では保護者が政府ならどうだろう。するべきことをしないで厄災を招いて死者を出したら不作為犯と同じでないか。政府は人間ではないので刑法は適用されないが、法が裁こうとしている社会的不始末という意味で通じる点があるのではないか。なにより、総理は五輪開催のために国民の「安全安心」を守る責任は自分にあると公言したのだから逃げようがないだろう。

政府関係者は異口同音に「五輪と感染拡大は関係ない」と発言している。五輪を「する」ことに罪はなかったと言いたいのだろう。しかし、拙稿で何度も書いてきたように、「五輪をやってもやらなくても感染拡大はあった」のである。政府の罪は五輪をやったことではない。ひとえに、「デルタ株を駄々洩れで日本に入れてしまったこと」にある。デルタ株は危険と誰もが聞き知っている環境下だった5月時点で、水際で阻止を「しなかった」。すなわち、堂々たる不作為犯なのである五輪と感染拡大に関係があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい。仮に関係がゼロであっても、未曾有の感染拡大を招いた政府の免罪符にはまったくならないからだ。

その動かぬ証拠がある。下のビデオは本年5月10日の参議院予算委員会だ。蓮舫議員と田村厚労大臣のやりとり(18分18秒から)は国民全員に是非ご覧いただきたい。この日はゴールデンウィーク明けで感染者の増加が懸念され、緊急事態宣言の「宣言・延長・宣言・延長」をいつまでやるんだ、いい加減にしろという世論が高まりつつあった。そして、デルタ株(「インド変異株」と呼んでいた)がインド、パキスタン、ネパールですでに猛威を振るい、感染者数が「指数関数的」に増えてガンジス川に死体が流れ、アジア人の持つファクターXの効き目がないと日本の専門家も強い警戒を発していたころである。

ご覧のとおり、蓮舫議員の指摘は、8月現在の目と情報で見ても、極めてまっとうである。その通りやればよかった。かたやお粗末極まりない厚労大臣が数字を知らないわ足し算は間違えるわでおろおろし、インド、パキスタン、ネパールからの入国者300人は追跡もせず「連絡が取れてません」と役人からいま聞いた答えをしゃーしゃーと言ってのけ、驚くべきことに追跡は警備会社に丸投げでその対応者の人数すら頭になく蓮舫に教えてもらっている。前の加藤もひどかったが、こんな人達が命を守る感染対策の要である厚労大臣なのは日本の悲劇としか書きようがない。要は、菅政権はデルタ株の水際対策を「300人入れてしまうまでは何もやってなかった」ことが明々白々なのである。これが端緒になって今の感染爆発に至ってしまったことに一言の反論の余地もないだろう。

五輪開催が国民の危機感をゆるめて人流が増加したことは都心のスマホ位置情報の集計で日々報道されており、爆発の火に油を注いだという「体感」は多くの国民が持っているだろう。その結果か、JNN世論調査で「五輪が感染拡大につながったと思うか」というアンケートで「つながった」が20%、「ある程度つながった」が40%であり、60%がイエスの回答だった。ただこれはあくまで体感であって、五輪をやらなかった場合の感染者数のデータはないから因果関係を科学的に証明することは不可能である。しかし、そのことをもって「関係はなかった」と結論することも、まったく同じ理由で科学的に不可能なのである。従って、前述の通りどうでもいいことだが、丸川、田村、加藤各大臣がそう主張しているのは大ウソであり、こうして平気でウソをつく面々だということは記憶されていいだろう。

五輪開催が感染阻止に不利益となったという点で政府が「作為犯」であった確定的な事実を指摘するとすれば、本来国民のためである医療リソースを選手村等に分与したことだ。医師、看護師で7千人にもなるリソースは有限でゼロサムであることから、これから起こる可能性のある医療崩壊の時期を早め、確度を高めたことは科学的に事実といって差し支えない。科学的にわかる事であるから当然予測できたわけで、東京都の医療崩壊につき、総理官邸および東京都知事は「五輪開催のためならそうなっても構わない」という未必の故意があったという心象すら抱かれる(であるなら殺人罪だ)。しかも、それに輪をかけて、軽症者は家にいてくれと要請し、いたずらに家族への感染拡大を促進すらし、容態急変に対応できず死者を増やしかねない政策を強行しているのは確実に「作為犯」である。

以上のことと、日本の若者が躍動して過去最高の数のメダルを獲得したこととは、ぜんぜん別個の話である。それはアスリートの栄誉であって、それに便乗して政権の支持率浮揚を図るアテは大外れに終わったが、ジャイアンツが勝つと読売新聞が売れる時代などとうの昔に終わっているのである。この人たちはまともな知性や思考力があるのだろうかと疑うしかなく、そんな画策をすること自体、自民党はオワコンという証明であろう。「地元の選手が金メダルを取った、俺はそこの首長だ、このぐらい許されるだろう」と、お茶目のつもりが下品、下郎の赤恥をかいた名古屋の噛みつきオヤジと同じ次元の連中だという証明である。

したがって、たくさんの金メダルが免罪符になって全部の罪と膨大な大会コストが帳消しになるわけでも何でもない。あんな開会式、閉会式に仮に16億円かかったと聞いても驚くが、それが160億というのだから驚天動地である、一般人が思いつく尋常な出費をいくら重ねて頑張ってもそんな数字になるはずがない。誰がいくらネコババして持って行ったか国会で明細を開示すべきである。そうした税金たかり屋による茶番劇の全貌をこれから野党と心あるマスコミが厳正に調査するだろうが、「五輪が感染拡大につながった」と思っている60%の国民はそれを待ち望むだろう。だからといって、アスリートの栄誉を讃える我々の思いに些かのマイナスとなるものでもない。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

デルタ株の水際対策はトップの大失敗だった

2021 JUL 30 13:13:26 pm by 東 賢太郎

そもそも自分の性格がディファクトでどうだったかは今や正体不明になってしまったが、わからないことはしないし興味もないというのは子供時分から一貫してきたように思う。従って言ってることがロジカルにわからない人は信じないし、育ってきた証券市場はそういう人種が多く経験的に詐欺師ばかりと思っていて、他人の言うことはまずウソだと思って聞く悪い癖がついてしまっているかもしれない。悪気があるわけではない、ビジネスで生きていくための積極的性悪説とでも呼ぶべきものだ。ウソは5秒で分かるし向き合っただけでウソつきを見抜く場合もある。つまり、仕事でなければ全く普通の人のつもりだが、ビジネスではとても嫌な奴であって、自分で自分を議論や商売をしたい相手と思わない。

ビジネスワールドは、あらゆる業界、大なり小なりが方便、ポジショントークというマイルドなウソで成り立っている。コップ半分の水を「もう」「まだ」はどっちも真実であり、どっちもウソだ。我々の用いるのは邪悪な意図によるものではなく、心理学の領域のマウントの取り合いという一種のゲーム技術である。真っ正直な「良い人」はいないことになっており、それがディファクトだからあとはワルの度合いの問題。証券界は幅が大きめだからスプレッド(利ざや)も大きいわけだ。業者同士はプロだから合法的なら何でもあり。ボクシングでいくら殴ってもいいのと同じである。やられたほうが馬鹿なので訴訟は恥だからしないし、馬鹿と思った奴のいうことを真に受けるなどあり得ない。頼れるのはファクトと数字だ。断言するが、それしかない。役に立つのは哲学と歴史と数学。それ以外の教養もあったほうがいいが必須とは思わない。

この世界で42年やって、近頃とくに面白いと思うのは政治家の言説だ。言葉が商売道具であるのは我々と全く同じだが、彼らは売るのは商品でなく自分、自説だからもっとわかりやすい。大臣、議員の演説や国会答弁を聞いているとウソにもうまい、へたがあると思う。国民、国会はウソを百も並べて騙せばいいのであって、売り込む必要など毛頭ないという態度の民主主義をはき違えた者もいる。「責任は私にあるが、責任はとればいいというものではない」。これはあらゆるウソを蒸発させる大ウソであるが、それなりの大物が堂々と言わなくては逆襲されるから弁の立たない小物が言うには向いてない。ちなみに政府の代弁者である日本のマスコミの言説を僕はのっけから信じていない。大事なことはほぼウソであり、報道しないという搦め手のウソもばらまいて世論誘導するからだ。そんなものは百害あって一利ないので知る必要すらない。真実は自分で探しだして知る。なるべく数字で。それで初めて、何十年もこの業界で所場を張って生きていける。この人が言うならと信じる人はいるにはいるが世界で10人ぐらいだ。

 

5月28日にこれを書いた。

五輪中止でも危ない日本(IOCは潰せ)

これが2か月前の我が予測だった。なお、書いたことで修正すべき点が1つだけある。「突撃一番」が「おもてなし」から「おみやげ」に変わった点である。

大変意味深いのはこの東京都感染者数の予測だ。

すでに感染者は3865人も出ており大ハズレである。しかしそれをもって東大の予測はいい加減だったと結論することはできない。何故ならこれは東京五輪の開始(7月半ば)を起点として感染者数が増え始めるという「モデル」(関数)であって、それ自体は当面の所は正しい。大ハズレの原因はデルタ株(当時インド株)の影響を含んでおらず、人流上昇を6%と甘めに見過ぎている2つの前提条件だったのである。

ちなみに、その稿に書いた僕の結論は

10月の1日の東京の新規感染者数は1601人より多い。どこまで多いかは人流とインド株の暴れかた次第である。

だった。ハズレではないが今となっては何の価値もないステートメントになってしまった。こんなに早く、こんなに高い山が来るほど暴れまくるとは思っていなかった。

東大の作成時点の前提は、①緊急事態宣言の発出はなし ②ワクチン接種は1日60回 ③来日外国人の50%がワクチン接種済、である。その後の現実は ①7月12日に再発出 ②概ね100万回 ③概ね80%と、前提より「抑制的」になった(グラフを押し下げた)にもかかわらず、グラフは跳ね上がってしまった。「8月第1週で4000人」をプロットすると勾配はほぼ垂直(指数関数的)になることはお分かりだろう。

このシミュレーションにはNHKの補足がある。人流上昇は当時から20%と都が発表していたにもかかわらず、

(東大は)当初、NHKの取材に対し、人流が10%増えた場合のシミュレーション結果を示していましたが、その後の検討でより妥当なシミュレーション結果として6%増えた場合に修正しました。

というものだ。「より妥当なシミュレーション結果」とは、「これはウソですよ」という赤裸々な告白以外の何物でもなく、何だこれはと仰天するしかない。「より妥当なシミュレーション」ならわかるが、それは関数(モデル)の設定が順当かという意味で、そう思わないならNHKは放映しなかったはずだ。そうではない。導き出す「結果」(東京都の新規感染者数)が妥当かどうかなのだ。つまり、変数(人流上昇の数字)に何を代入するかで感染者数はいかようにも変わるのであって、”お好みの結果” を出しましょうと変数を操作するなど科学者をよそおった詐欺師でしかない。こんなものを放映しておいて煙に巻けるだろうと思ってる、国民がそこまで馬鹿だと思ってるとは驚異である。

東大の学者がそこまで馬鹿なはずはない。彼らは馬鹿な人にそう思われては叶わないから「より妥当な・・」の補足をNHKに加えてもらい、「政府の圧力がかかりました。不本意ですが、人流の10%は6%に変更して低めの感染者数が出るように忖度しました」とリスクヘッジして不名誉を免れているのである。発注も忖度もNHKがして、NHKが結果が意に添わないといちゃもんを付けた可能性もある。しかしその場合も、放映して官邸からお𠮟りを受けないように忖度したわけで、科学へのリスペクトは皆無だ。こんなのが国営放送で受信料まで取っている。『政府の代弁者である日本のマスコミの言説を僕はのっけから信じていない。大事なことはほぼウソであり、報道しないという搦め手のウソもばらまいて世論誘導する。(見ても)百害あって一利ない』と書いた意味がこれでお分かりだろう。直接間接を問わず気にした相手は官邸だ。東大の箔をつけて「五輪をやっても感染者はこの程度で安全安心ですよ」と印象操作したかったのだ。そして、リスクヘッジに官邸は気がつかず、より妥当だと思った「結果」は恥ずかしいほど大ハズレであったことが、東大の名前でより箔がついてバレてしまったのである。

この「結果」は国民を騙すためであったが、もしそれ以前に、これなら総理が妥当と思うだろうという曲がった意図の「忖度の数字」であったとすると問題は非常に根深い。「10%では感染者が2千人になってしまうからきっと通らない。適当な所で6%でいこう」と、ウソの報告をすることが確信犯化してしまい、これまでの言説から判断するに科学は無知で関心もさらさらない菅総理の意思決定をコントロールすらできてしまう。そう思うのは、もうひとつ、こういうのもあるからだ。

赤恥ものの、マグニチュード10倍の豪快な大ハズレである。こんなひどいものに官邸はいくら税金を払ったのか?マスコミ公表は東大モデルは5月24日だ。三菱総研モデルは6月11日で約3週間の後だしジャンケンであったのだから、東大に比べて出来が悪いと指摘されてプロとして反論の余地はかけらもない。はっきりと「国が三菱総研に委託」とあるから、菅総理がこれをブリーフィングされたことは間違いない。彼にこのシミュレーションにあった科学的根拠の脆弱さなど理解できるはずがない(現に、脆弱だったから大ハズレしたのだ)。これを丸ごと信じてしまった可能性は大いにあり、持ってきた部下は「よくやった」と愛でられ、「よし、大丈夫だ。五輪は目をつぶってやっちまおう」となるのは無理もないことだと同情さえ覚える。曲がった忖度の産物であるなら国家の道を誤らせる重大事件であり、万事において事程左様に、忖度まみれの裸の王様への道を歩んでいるのではないかと心配する。総理に悪気はなくとも、このままでは独裁制に陥る危険を秘めていると国民に恐れられてしまう日が来るだろう。

更に、科学的に重大な問題はグラフの「山の高さ」よりも「形状」である。つまり予測と違って指数関数的に飛び跳ねたことだ。前提にないことが起きたからである。2つある大ハズレの原因となった前提条件のうち、人流上昇は「形状」に織り込まれているから原因ではない。従って、原因はデルタ株への置き換わりであった、それが大爆発を引き起こしたというロジカルな結論に至るのである。

5月12日にアップしたこれ 世の中の謎(安心安全の大会)に、

国会で蓮舫議員がインド、パキスタン、ネパールからの入国者のデータを質問したら田村厚労大臣が答えられなかった。あの姿を見てぞぞっとしてしまった。

と書いている。厚労大臣が知らない。つまり気にもかけていない。デルタ株の増殖は指数関数的というのはインド、パキスタン、ネパールのデータで、この時点で素人にさえも周知の事実であった。指数関数グラフというのはほぼ直角に「立っている」。対応が1日遅れればドンと数値が増えるのは高校ぐらいは出ているんだろうから習ったろう。それを気にかけてもおらず、いたずらに時を空費したことは田村厚労大臣の重罪であり、まだ対応できた5月時点でデルタ株の水際対策を何もしなかった官邸の大失敗だったのである。もう一度書くが、ロジカルな結論として、この失敗が今日の3865人の数字を招いている。後世に記憶されるべき事実としてここに記す。

それに加えての人流上昇だ。東大のシミュレーションは「五輪中止」のケースでも右肩上がりではある。だから五輪があってもなくても第5波は想定されている。しかし「五輪中止」より「五輪あり」のケースの方がグラフが上になる(感染者は増える)となっており、政府はこっちの方はより妥当なシミュレーション結果のために修正させていないのだから「五輪開催で人流が増える」ことは認めていたのである。よって、五輪がなくても感染拡大はあったのだ(五輪は犯人でない)という主張はあり得ない。「選手も選手村もバブルで遮断したパラレル・ワールドにあった。都民の感染とは関係ない」という組織委員会、IOCのお気楽なウソを信じる者はもはや誰もいない。米国体操チームがバブルもプレーブックも完全に無視して選手村から “脱出” し勝手に外のホテルに入っている、この事実だけでその十分な証拠である。ルールというものは一人でも破って懲罰されなければ、なかったことになるからだ。つまり、バブルはもう存在すらしない。いや、ウガンダの空港事件で発覚したとおり、最初からなかったのだ。

それでも五輪のせいでないと力説する御仁がいる。凄いものだ。デルタ株を読み間違えましたでは済まない。水際対策が大失敗だったのだから、入れてしまったウィルスをPCR検査で調べ上げ、無症状者まで徹底隔離するぐらいの緊急対策をとるべきだったのに何もやってない。何も焦っていなかったのである。それで?ワクチン接種で大丈夫ですなのだ。国民の5~6割が “2回接種” を完了しているイギリス、イスラエルで、デルタ株感染者が再増加しており、イスラエルは3回目の接種を始める。つまりワクチンは変異株には思ったほど効かないことが、ワクチン先進国による先陣を切っての人体実験でわかってきているのである。この “まぎれもない真実” を前に、どうしてワクチン打てば大丈夫なのか、学者までもがそう言い切ってしまうことにファシズムの不安すら覚える。

僕は医学の専門家ではないが誰が言おうが真実を無視するのは科学ではない。科学的理解はこうだ。「感染対策aと経済対策bのバランスの最適解を求める」ことはあらゆる国で不可避で両者はトレードオフ関係にあり、仮にa+b=100として最適解を{a,b}と書くと {100,0} 、{70,30}のようになる。問題は 0<b<100 だが、0<a<X<100 であることだ。最極端のケースは{X,0}で、即ち、経済対策をゼロにしても満点の感染対策(重症者、死者ゼロ)はない。そこで便宜的に「Xを最大にする解決」が最適とされる。例えばGoToキャンペーンを30やれば旅行業界が救えるとしよう。そこで{70,30}は無理でも{50,30}ならいいだろう、しかしそれで感染対策が手薄になって{10,30}になるなら国民が納得しないな、というふうになる。これが政治判断だ。

以上のことはコロナでなくインフルでもただの風邪でも成り立つ。風邪はa=0でも構わないので{0,100}だ。インフルはワクチンとタミフルが出たおかげで{10,90}ぐらいで回せているのが現状だろう。それが世界はこの1年半、コロナに{X,20}ぐらいを強いられており、もう長くはもたない。そこで集団免疫が出てくる。例えば、完全な策ではないが満足度80%のa+b=80なら国家安泰だから{50,30}で行こうとなる。20%減は暗に重症者、死者を増やす意味だが経済の損失はそれより大きく、B=30を得るには80%の国民にワクチンを打てばよいという場合にそれは起こる。これが議論の本質であることは重要だ。ワクチンの副反応の死者数よりも重症化が防げて助かる人の数のほうが多いという議論は、集団免疫策にワクチンを用いることを正当化する “サブの議論” でしかない。血栓ができやすいとされるアストラゼネカでも確率1万分の1だから米国でも日本でも「ワクチン接種」は正当化はされよう。しかし、それを全国民にメリットがあると訴えて集団免疫を得ることを目的とした政策を執行しようとするならば、60万人死んでいる米国ならいいが1万5千の日本ではどうかというメインの議論を尽くす必要があるはずだ。それをせずに学者、医師までが接種は当然という論調に振れていくのは非常に危険と思う。

いま英国のジョンソン首相がやろうとしているのは{0,100}だ。彼は昨年から集団免疫策を信奉しており、失敗して自ら罹患している。その延長線としての第2ラウンドがこれなのだ。英国の夏は短く冬は長いという特殊事情もある。冬に季節性で次の波はまた来るが、現状の国民50%の接種率では集団免疫に至らず防げない確率が高い。であれば夏に更なる抑圧を強いて国民の怒りを買うより、感染対策を全面解除して休暇を思いっきり楽しませた方がトータルで国民の満足度は高いという判断だろう。ポピュリズムに過ぎないが為政者としては上手なことは英国に住んで夏冬ギャップを経験した者ならわかる。しかし僕は失敗すると思う。先日の朝ナマで医療ガバナンス研究所理事長・上 昌広氏がこれを参照しろという趣旨の発言をしていたが賛成できない。日本でするなら厚労省の抜本的改革が前提で、氏のような最もまともな部類の学者が集団免疫を推すと、それが科学的知見だと官邸があらぬ方向に舵を切り、非接種者の差別に至りかねない。集団免疫策を採るか否かはあくまで政治判断であって、政治家の責任と裏腹にあるべきだ。

これも凄いことだが、今年の元旦から8月22日までの約8か月で、緊急事態宣言かマンボウが「出ていない日」は30日ほどしかない。8か月中、7か月間 ”出っぱなし” なのである。マスコミがいう「宣言慣れ」なんてかわいいものではない、「そっちがむしろ平時」になっているのだからやる意味はなく、やめたときのバックファイヤーが炸裂するだけになってしまっている。怖ろしいことに、それが「常態」なのだ。それに輪をかけて、五輪開催がこんなイメージを生むメッセージになってしまっている、

緊急避難警報でスマホがピーピー鳴っているが、窓の向こうからはドンドンピ~ヒャラと楽しそうな夏祭りのお囃子が聞こえてくる

緊急事態宣言下で五輪をやる。国民の感じはそんなものだ。「お祭りやってるんだからそんなに緊急でもないんだろう」「見ろ、村長のツイートもお祭りバンザイ、おめでとうばっかりだぜ」「私はワクチン打ったし、これでもう死ぬまで安全安心よね、他人にも移さないし」「私もよ、やっと元の生活に戻れたね」「菅さんもワクチンでオッケーって言ってるしね」「そうね、総理大臣が言ってることだもんね、大丈夫だよね」。こうやって緊急避難警報はやすやすと無視され、歓声と祝杯があがり、お祭りに興味のない人も気がゆるんで外出、外食、旅行する。それで死人、ケガ人が出てもお祭り委員長であるバッハ氏は何の関係もない。雨が降ろうが槍が降ろうが「お祭り決行だ!」と命じた村長と、土地を提供した庄屋の責任であることに異を唱える国民はもうあまりいないだろう。

五輪中止派は「反日」だ。これも驚いた。君が代拒否に結びつく短絡単細胞思考はまずい。不幸なことに、この発言は、天皇陛下が宮内庁長官を通してコロナ対策へのご懸念を表明され、開会宣言の「celebrating」を「祝い」ではなく「記念する」と訳したことで「反日はお前だろう」になってしまった。女系天皇、女性宮家、KK問題への民意とからんでくるとこれも根深い。「選挙といえば自民」の30%はともかく、「とりあえず自民」だった中道保守の中高年層はどう思うだろう。僕は金メダリストはいちいち讃えているが、それは自分がガチで野球をしていた親アスリート族だからである。金メダルが何十個になろうがそれは100%アスリートの功績であって、その後ろで政治家が浅ましいピースでもしようものならバッハとおんなじ絵にしかならない。東京都で何ら実質的なコロナ有効策を打たず出たり引っ込んだりでポーズをとるだけの小池も同罪だ。この辺の民意は実にアンビバレントなのである。ただでさえ感度の低い官邸、運命のすべては言説にかかっている。当然だ、政治家なのだから。

感染者が増えても重症者、死者が増えてないから大丈夫だと言ってる者がいる。上の2つのグラフを信じて大ハズレしておいて今度は当たると思ってる御仁の相場観のなさと根拠不明の胆力には舌を巻くしかないが、それは大ウソだ。重症でなくとも、軽症、中等症でも病床は埋まり、ベッドがありませんと自宅療養で待たされている間にたくさんの家族に広がり、入院するころには重症化してしまうか亡くなってしまう人がすでに複数出ている。ところが一方で、だからまずいでしょという方向にあらぬ話が進んでロックダウン可能な法改正の話まで出ている。馬鹿も休み休みにしろ。自分がデルタ株対策に大失敗して危機を招いておいて、だから私権制限をする?それなら先にお前らが責任取って内閣総辞職してからやれという話に進んでいくだろう。火に油を注ぐだけの五輪は始めてしまった以上はもう中止という手はない。もう手の施しようがない。

僕のブログをフォローしてくださっている皆様は、昨日の記者会見での菅総理のこの発言を聞いてどうお考えになるだろう。

「(デルタ株の)水際対策っていうのはきちっとやっています。今このオリンピックというのは、まさに海外の選手の人たちが入ってくる方たちと完全にレーンを分けてますから、そこは一緒にならないようにしております。そうしたことでしっかりと対応させていただいているというふうに思ってます。私がこの感染対策を自分の責任のもとにしっかりと対応することが私の責任で私はできると思っています」(発言のママ)

五輪を中止していても危なかった日本国は、この総理大臣に全面的に運命をおまかせの事態なのだ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

4分間はもうバッハでいくしかないだろう

2021 JUL 21 16:16:27 pm by 東 賢太郎

①「アスリートは85%、IOC関係者はほぼ100%、メディア関係者も70~80%の高い割合でワクチン接種を終えている」(IOCバッハ会長、外務省「人の交流」より、2021/7/14)

②「国民の52.64%がワクチンを2回打ち終わり、1回打った人は68.1%に達したイギリスで新規感染者が7月16日に1日5万1870人出ている」(Our World in Dataより、比率は2021/7/19時点)

②というデータ(事実)を前にして、①だけを根拠として「大会の安全安心」を主張して正しいという結論を導くのは、少なくとも地球上においては不可能である。昨年に集団免疫作戦で大失敗しているポピュリストのジョンソン首相は規制全解除という蛮勇とも思える再チャレンジに踏み込むが、英国民の半分が危険すぎると反対している。それを日本国でやればもはや「殿ご乱心」の域だ。総理は椅子から引きずり下ろされるだろう。

バッハ氏は同じ発言の後半でこうも述べている。

③「加えて、日本の極めて厳格な感染対策により、過去に例を見ないほど万全の準備が整ってきており、安全・安心な大会開催に向けた日本の取組を高く評価する」(①に同じ)

つまり、日本の「安全安心」への取り組みを高く評価はするが、準備に加担はしない。「選手にワクチン接種を促して感染を回避させることはIOCの責務だが、強制はできないし全員が打ったところで感染しない保証はない。あとは日本(菅総理)におまかせするので頼みますよ」と述べているだけだ。

バッハ氏は緊急事態宣言下での歓迎会に批判があることに対して「我々はゲストだ」と答えたが、まさしく、客人はホストの家でパーティの最中に何が起きようと責任は問われないからその姿勢は一貫している。IOCは大会中に感染した選手に訴訟されないように免責条項付きの同意書にサインさせており、日本からも訴訟されず、国際世論からも叩かれにくい伏線をそうやって張っている。

では菅総理はというと、共産党・志位委員長の質問に対してこう述べている。

④「国民の命と安全を守るのは私の責務ですから、そうでなければ(五輪は)できないということを私は申し上げているんじゃないですか。守るのが私の責任であります。守れなくなったらやらないのは、これ当然だと思いますよ」(菅総理大臣、「党首討論」、2021/6/9)

この発言も巧妙ではある。「五輪をやったせいで国民が何人感染した」と実証するのは困難だからだ。東京の新規感染者が仮に5千人になっても「五輪前に入っていた変異株が想定を超えた猛威を振るった」と主張すれば反証は難しい。すなわち、私の責務とは「安全安心の呪文を毎日お唱えしてさしあげます」という意味にすぎないのだ。バッハが逃げ、総理が逃げ、都知事は隠れ、感染の責任は誰も取らない。東京都民はIOCに場所を貸してやるのに都税を巻き上げられ、競技は地球の裏側の人と一緒にテレビでバーチャルに見る。リアルで起きることというと、新種の混合変異ウィルスか何かが都内に漏れ出してきて、コロナはおろか他の病気で倒れても病院をたらい回しになるのではないかという不安の拡散だけだ。何が安全安心だ。五輪が憎いわけではない、いち都民としてふざけんなという怒りしかなく、やり逃げは絶対に許さんよということだ。

バッハ氏が過去に例を見ないほど万全の準備と持ち上げて見せた、安全安心の守護神である「バブル」は、ウガンダ選手団の空港検疫からして早々に穴があいていたことが発覚し、南アのサッカーで内側ですでに陽性者が2人出ている。英語ができない現場の職員に百カ国を超える何をしでかすかわからない外国人の指揮、統制、監視させるなどのっけから無理で、気の毒としか思えない。東京都民の心配をする以前に、まずバブルの中こそ危ないだろう。外部と遮断されていたという意味では選手村より完成度の高いバブルであったダイヤモンド・プリンセス号では、陽性者たった1人が2か月で712人に増えた。日本の防疫体制は完璧だろうと国民も当初は思っていたが、ふたを開けてみると、現場は必死に真剣に作業に当たりはしたもののウィルスに対して打つ手がなく、加藤厚労大臣が「万全の態勢で臨んでいる」とした政府の対策はというと「左手が清潔ルート、右側が不潔ルートです」程度の恥ずかしいものだった。

天皇陛下がご心配されたのもそのようなことかもしれないし、ご心中は拝察すらできる立場ではないが、開会式のスピーチだけお一人でされて競技観戦は皇室は一切しないというご判断は国民に寄り添われたさすがのものと思料する。日本国のあるべき正義と良識を決然と体現されたメッセージには、国を愛するいち国民として清冽な湧水で渇きを癒したかのような心からの慶びを禁じ得ない。それを感じるのがほんとうに久しぶりである。何という浅ましく汚れた世情を我々は何年も見せられてきたことなのだろう。さらには、トヨタをはじめ日本の錚々たるスポンサーが五輪CMの放映を軒並みキャンセルし、開会式すら出席しないという決定を続々と発表しているのも、理由は数多あろうがそういうことも一抹の背景にあるのではないだろうか。企業にとって世論は生命線である。当然ながらそれに対する感度は鋭い。いくら損をしようとも「強行派」の一味だと思われるよりましだという判断に至ったのは、世論の大勢は五輪にアゲインストという雄弁な証拠であろう。

双子姉妹のきんさん、ぎんさんも訪れた

この風景で思い出すことがある。1989年に竹下内閣がバブル経済の狂乱に乗じて挙行し、国民を驚かせたふるさと創生事業だ。国が全国の市町村に1億円を配って好きに使えという大判振る舞いの「村おこし」国家プロジェクトである。何が起きるかと思いきや、「村営パブ」の開店や「純金の除夜の鐘」を鳴らすなど想像を絶する驚愕の事態のオンパレードに至る。当時ロンドンで日々プライドを持って世界に冠たる日本経済、株式市場を英国金融街の要であるシティの顧客に語っていた僕はこの事実を説明するのをためらった。こんなみっともないことをやってる国の国民と思われるぐらいなら、ニュースを伝えなかったと文句を言われた方がましと思ったのだ。青森県某市が特産のこけしを宣伝しようと純金、純銀の特大こけしを特注した。後の財政難で市はこけしを売却し、展示品はレプリカになったが、この事例だけはずっと後になって外国人に「日本は実はそんなもんだ」という一例として説明した。「金価格の下落から2~30%の損切りだったと思われる」という部分を加えると、ばかばかしさの中にも証券マンとして何がしか語る意味を感じることもできたからである。この国史に刻まれる記念碑的政策によって、東京生まれ・東京育ちの僕は日本国の諸地域における経済や伝統文化風習の奥深さというものをまじまじと思い知らされたわけである。

しかし、今になってその村おこし政策は効能もあったことがわかる。例えば、全米ヒットチャート1位でメンバー各人の年収が10憶円を超えるといわれる韓国の超売れっ子7人組グループ「BTS」のライブ公演はどこでやっても売り切れで、招聘するのがとても大変なことで有名だ。ちなみに日本トップの人気グループだった「嵐」のyoutube再生回数はせいぜい4,5千万回だが、世界トップのBTSは新曲を出すとあっという間に5億回だ。異例のスーパーぶりがわかる。ところが、そんな韓国にとって宝のようなスターのライブ公演は自国より日本の方が回数が多いのである。国民に叩かれるのになぜそうなるかというと、韓国は大都市しか音響の良いホールがないが、日本はどんな田舎にも立派な村おこしホールがあるから縦断ツアーができ、回数が増えるのは仕方ないという事情があるのである。日本側はカネは落ちるし郷土自慢になるし、地元政治家はやってる感が出せる。是が非でも来てほしいから韓国の興行主に表で裏での「お・も・て・な・し」攻勢になるのである。

そう、それの巨大バージョンが、3兆円をばらまいた東京五輪であったのだ。

興行主であるIOC様への貴族並みのおもてなしはもちろんのこと、フランス検察が調査中の裏金も渡ったろうし、あらゆる究極の手を使って奪取した開催都市指名である。大会成功をお約束しますと思いつく限りのポジティブ思考で美辞麗句をふりまいたことだろう。バッハ、コーツ両氏が日本国民の感情を逆なでする発言をしているように見えるが、それは官邸、組織委員会がぶちあげたヨイショを鵜呑みにしてしゃべっただけだ。彼らにはお客さんである日本を貶める悪気などあるはずがない、官邸、組織委員会らのセールストークが頭に刷り込まれていただけなのだ。森友事件で佐川長官の忖度精神に満ちた「文書は隠滅しました」を信じて国会で「総理も国会議員も辞める」と啖呵を切って大炎上に追い込まれた安倍前首相とおんなじだ。「コロナ禍に至って1年延期してからも「バブルは完璧で安全安心です」「国民はちょろいもんです。反対の世論なんて池江璃花子が金メダルをとればコロッと変わりますよ」ってなもんであったろう。しかし、それを言ってる上から目線の面々が世論の機微を読む能力はほぼゼロであり、作業は下請けに丸投げで責任は取らない連中だということをIOCは来日するまでは恐らく知らなかったろう。

バッハ氏は昨日のIOC総会で「東京オリンピックの開催に実は疑念を持っていた」「開催はごり押しと見られたかもしれないが、疑念があることを外部に悟られたら五輪はバラバラになっていた」「だから選手のためにもそれは隠していた」という趣旨のことを記者の質問で語った。これは驚くべきコメントだ。普通は「不安はあったが日本の力を信じていた」ぐらいのリップサービスで済ませるところであり、現にスピーチ自体ではお世辞を並べていたのだから非常に違和感がある。つまり、ついにここで抑えに抑えていた本音が暴露されてしまったのである。不安どころか疑念があったというのは、まぎれもない、官邸の美辞麗句を「実は信じていなかった」という意味である。「私は中止でも良かったが、菅総理がどうしてもやる、安全に出来ると言い張ったのだ」「だから不安で眠れない夜もあったけれど、IOC会長として責任は尽くしたことを明言しておく」というニュアンスを感じる。

この発言が出たのは、恐らく、来日して次々と目にした “不幸な現実” が、官邸や組織委員会の楽観的な説明とあまりに乖離しており、天皇陛下までがもろ手を挙げての歓迎ではなかったからだろう。菅総理の「内奏」を聞いて陛下が懐かれたご懸念というものは、バッハ氏にとって異議があるどころかむしろその通りと思えてしまったのではないか。ちょろいと聞いていた反対世論がここまで頑強なのはバッハ氏の想定外だったろう。総会に参加しているIOCの幹部たちも、選手村のバブルがワークしていないという批判的な国際報道はもちろん、菅内閣の支持率が五輪のごり押しで暴落して29%だぐらいのことは知ってしまっているはずだ。そんな総理の言葉を信じてましたでは万一大会が失敗に終わった場合にIOC内部で反バッハ派に攻撃されるだろう。五輪の看板を毀損したとでもなれば会長続投すら危い。そこで弁護士の彼は日本側に全責任を押し付けるアリバイ作りに舵を切ったという風に僕には見える。

かたやリスクを押し付けられた総理はというと、「長いトンネルに出口が見え始めている」と彼以外の誰にも見えていない出口を幻視した気持ちにさせるという非常に成功率の低い試みからスピーチを始める。次いで、その出口はワクチンがもたらしたのだと、最も打てていない国の総理であることをものともせず「ワクチン一本足打法」への強固な自信を披露して見せる。今更そんなことはIOCもバッハ氏もどうでもいいのだが、それがどうしたんだという以前に、冒頭の②の英国やイスラエルのデータが明白になった以上、現行のワクチン接種のみでコロナに打ち勝てる可能性は高くないというのが今や世界の科学者の常識なのだ。それの一本足だって?こいつ正気か? それを開会式の3日前に言われて、IOCの人間はみな思ったろう。「ならばもっと早くワクチン打っておけよボケ。無観客はお前のせいだ」と。後手後手、行き当たりばったり、事が起きてから “慎重に” 検討する。そして、その世論からのズレを感知さえしないセンス。おい本当にあいつに騙されたのか?バッハもそこまでアホだったかと思ってるだろうし、バッハ氏もそれを察知して焦ってる。国際社会という場は言論によるガチンコで動く。忖度政治なんてものは田舎の日本でしか通用しないのである。

小山田圭吾の騒動で穴があいてしまった開会式の最初の4分。「もうバッハで行くしかないだろう」(官邸)。大賛成だ。僕のおすすめはこれしかない。

「マタイ受難曲」

受難の官邸はこの曲を誰も知らないだろうけれど、天下の名曲である終曲「われら、涙流して ひざまずき」は速めのテンポなら4分で収まるよ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

昭和的思考をぶっ壊した大谷翔平

2021 JUL 9 13:13:48 pm by 東 賢太郎

大谷翔平が高く高く翔んでいる。メジャーで活躍した日本人選手は何人もいるが大谷は一味違う。体格も見劣りしないし成績も破格だが、そういうフィジカルな事ではない。あそこまでメジャーリーガーにあっけらかんと同化した選手はいなかったという意味で、僕の目にはとても新しく、すがすがしく写るのだ。

英語をペラペラ操るわけでないのに愛され方が半端でない。野茂もイチローも松井も図抜けた野球選手だったが、あっ日本人が混じってやってるな、頑張ってるなという感じがあった。それが大谷にはまるでないのである。アメリカ人になりきっていて、観る方だって日本人として誇らしいという感情を超えている。

彼の性格の良さも大いにあるが、やはり二刀流だろう。渡米の年に「投手はやめた方がいい」と書いたし今でもそう思っているが、懸念は吹っ飛ばした。「エースで4番」は全ての野球少年の夢だ、否定するすべはない。最高峰まで昇りつめてそれが叶ったのは世界にベーブルースと大谷だけ。尊敬されるのは当然だ。

そんなことを考えたのも、アメリカ人のフェアな素晴らしさに何度かジーンときたことがあったせいだ。特に、たかが野球、されど野球だ。あの国で野球をやったことない男子はまずいない。昭和の日本もだったが、到底その比ではない。だから野球をすれば何国人であれ、男にも女にも認めてもらえたと思う。

ニューヨークの企業対抗野球大会。アメリカ人たちとのチームワークは一生忘れない。5番を打った。高校では6番だったから ”エースで4番” 気分を何となく味わえたのはこの時だけだ。大会45チームのMVPに選ばれたから運もあって、子孫に何で記憶して欲しいかというとこの受賞だ。我が人生のぶっちぎりNo1だ。

色々思い出がある。名捕手で名リードしてくれたドン。ただ、カーブのサインでミットを左右にビシッと構えられるのが困った。あの球はタイミングを狂わすドロップで曲がりは計算しない。そこでお願いして全部ド真ん中に構えてもらい、無視してぜんぶ彼の顔をめがけて投げたら面白いほどうまくいった。

練習でチームメートがあの球はなんだ?とカーブの握りをききにくる。5本の指で深めにベタに握って親指と人差し指の間から抜く。抜き具合はアバウト。直球もスピンのかけ具合で伸びが変わる。球種は2つでも多種になる。これで草野球レベルならぜんぜん打たれない。試合でやってみせたらみな激賞してくれた。

ああして野球少年に帰ったら日本人もへったくれもない。僕もタイムリーを打ってくれたアンディやトムをぶっ叩いてやった。こうやって初出場だったチームは準決勝まで勝ち進み、知らぬまに誇り高い日米連合軍となり、comradery(戦友)という言葉を教わった。自衛官になってもやってけたかもなあと思った。

大谷に戻る。オールスターでオリックス・仰木彬監督の「ピッチャー、イチロー」のコールに「打者(松井秀喜)に失礼だ」と代打に投手高津で応酬したノムさん。もしそうなら大谷は投手にも打者にも失礼ということになってしまう。最高峰の選手にそれこそ失礼だ。こういう思考はとっても昭和的で狭隘だと思う。

大谷に「投手はやめた方がいい」と思うのは、自分が高2で肩を壊して投手人生を断たれてしまったからだ。昭和思考ではない。高校野球の投手がプロの打者を打ち取ったら「失礼だ」なんてどう考えてもおかしいし、このエピソードはノムさんほどの知恵者でも昭和思考から抜け出せなかった、根深いぞという教訓だ。

日本の政治はお見事なほどに、セピア色の写真みたいに “昭和” 一色である。そんなことをしているうちに国はどんどん世界に遅れてしまう。敏感でなくてはいけない企業すら、もう遅れ始めている。やがて世論は鎖国に傾くだろう。そこで焦っても遅い。また御一新をめざすことになるが、その先は暗いと思う。

東京五輪。なんともいえない不毛の悲しさが漂う。僕は世間の反対派の一員ではない。でもコロナに勝つ確率ゼロという “科学” は世界の誰にも変えられない。五輪があってもなくてもゼロ。「負けでも万歳突撃だ」と昭和思考むき出しで進む光景は戦争から何も学習していない姿と写る。そう思ってなくてもそう写る。

どこか明治維新の前の「ええじゃないか」騒動に似てきた。あれは民衆だったがいまや政府が追いこまれてやってる。それ見て民衆も「ええじゃないか」と街に踊り出る。まずい。開催中の宣言発出は致命傷だと早々に飲食が犠牲になる。協力金に税金が投入され、みんな五輪のせいだと選手にまで怒りが向いかねない。

もう今回は国民の生活も気持ちも持たないだろう。金メダル幾つ取ったでどうなるものでない不幸なスパイラルが歴史に刻まれる。僕は野球で育ち、野球で子孫に覚えておいて欲しいという人間だ。スポーツが政治や金銭欲のネタになる愚行はこれでもう勘弁していただきたい。政権にもIOCにも等しくそう言いたい。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

たむらあやこ
久保大樹
深田崇敬