生きてるのが恥の大失敗が生んだ “それ”
2025 FEB 4 1:01:41 am by 東 賢太郎

60才の還暦は十二支が一周する天文現象だと思っていました。それでも思うところはあって、50代の最後にと一人で屋久島に行って千年杉に挨拶してきました。古希ぐらいになるともうわけわかんなくて、それが70才なの?それ俺のことかなという程度です。こんな古くなるほど生きるのは希(まれ)って意味ですが10キロ走れるうちは死ぬわけないだろと思ってます。土曜は従妹夫妻が自宅で手料理で祝ってくれました。料理は前菜からプロ級でメインは好物の牛ホホ肉の赤ワイン煮込み。二日前から煮てムートン78年を合わせてくれ深謝しかありません。
先日は近くのファミレスで子供3人と食事しました。4人でというのは久しぶりでワインが回り、いきおい各自の出産の時の話になります。「隣の病室にいたんでしょ?」「とんでもない、ちゃんと立ち会ってたんだよ」「ええっ、ホント !!」。こっちがびっくりです。妻はそれどころじゃなかったんですからね、お父さんのことだからそうよって語られてた。すると「じゃあ3人の名前はどうやってつけたの?」ときます。これも言ってなかったのかとびっくりで、正確に伝えました。すっきりして帰宅すると猫もお祝いのお出迎えです。つれていってピアノを弾いたまでは覚えてますが、階段の途中で酔っぱらって寝てしまってひと騒動だったようで油断はなりませんね。
子供たちに言ったのはこういうことです。人生の長いレースで誰しも壁に当たって「もがく」時があるね。そこで懸命にもがくと、火事場の馬鹿力で知らない能力が出てくるよ。俺は人生で3回、目の前が真っ暗になるどころか生きてるのが恥ずかしいぐらいの大失敗をやらかした。そこまでドツボにはまっちまうと必死だからね、全身全霊でリカバリーしようと毎日もがきまくるでしょ。すると不思議なもので、なんだ俺はこんな力があったのかとなってリカバーしてしまった。それどころかおつりがあった。 “それ” は必死に掘り出したものだから筋金入りの力なんだね、そのパワーのお陰様で今の今まで食えてしまったようなもんだよ。
すいすいっと楽に来てたり、ちょっとした壁にあたったぐらいならそれは埋もれたまんまだね。おそらく今頃は細々と人生終わって隠居してたな。ちなみにこれは十代の頃を知る人を探してきいてもらえば全員が間違いないってうなずいてくれるよ、だってそのころはこんなじゃなくって、誰がどう見ても全然たいしたことない弱っちい奴だったからさ。だけど、大丈夫って自信があった。信じるのは自由だからね。一生モノである “それ” が大失敗の「もがき」で自分の中から出てきたんだ。いままでできたこと、いまできることで計っちゃいけないよ。
そんな感じです。その人生の結末としてブログを書き残そうとしてます。昨今は新メディアとなったyoutubeやニコ生で発信する個人が増えてますが、皆さんそれぞれの強みである専門分野でのご発信なのは当然でしょう。ということは僕の場合は投資について書くのが筋なんですね。でもそこらへんの評論家じゃないからそう簡単ではありません。ちなみに助言してきた方の資産は5倍になりました。最近助言した案件は、やや出来すぎですが2か月で2倍になってます。そんな感じで、僕の場合、情報=お金なんです。それで食ってます。だからお客様に手数料をいただいている以上開示はできません。大証券の元役員が書いてるから儲かる話があるかもって、以上の理由からそういうことは僕のブログでは絶対に起きませんが、そもそも大証券の役員で相場が当てられる人ってのを僕は一人たりとも見たことがありません。つまりそういう宣伝をしている業者は、確実に、ぜんぶ詐欺師です。
ということでブログは専門でも何でもないお遊びです。ではそんなものに1千万以上の閲覧数があるのはなぜだろう?数字は嘘をつかないと思います。もしかして「面白い」と思っていただいているのではないか(僕だって面白いと思った人のブログやyoutubeはフォローしてますしね)。つまりエンタメとして読まれている。これ納得です。youtubeやったらというご意見もいただきましたが、僕は根っからの文字派なんです。画像は簡便に見られますが文字でしか伝わらないことがある、画像は千年残らないと信じていて、それをわかっている文字派の方々に向けて発信してます。ミーハーは字が読めないし読めても意味が分からない、そういうレベルのことばかり書いてるって意識はあります。だからそれなりの教養と知識をそなえた方だけが来て下さって、それで1千万というのはずっしりと手ごたえがあります。これも感謝です。
孫さんは近未来についてこういうプレゼンをされてます。
おっしゃる通り、AIがAGI、ASIになる時代が来るんでしょう。だから人類はそれを学んで使う側にいなくちゃいけない。でも2001年宇宙の旅みたいになるなら人類は法律でAIの暴走を取り締まるでしょう。自動車や電気がなかったら不便でしょう?たしかにそうです。でもなかった時代の人が不幸だったわけじゃない。便利は幸福を生みますが、幸福は便利以外からでも生まれます。それは人と人との交信、それが生む感情ですね。米カリフォルニア大学バークレー校の研究チームは人間の感情は敬服・崇拝・称賛・娯楽・焦慮・畏敬・当惑・飽きる・冷静・困惑・渇望・嫌悪・苦しみの共感・夢中・嫉妬・興奮・恐れ・痛恨・面白さ・喜び・懐旧・ロマンチック・悲しみ・好感・性欲・同情・満足の計27種類あると発表してます。AIがこれを持てるでしょうか?ちなみに、Chat GPTに「あなたはお化けが怖いですか」と聞くとこう返ってきました。
怖いという感情はないけど、お化けの話は興味深いね!????✨
もし本当にお化けがいたら、どんな存在なのか気になるし、話してみたいかも。でも、**ホラー映画のジャンプスケア(急に驚かせるやつ)**はちょっと苦手かも…????????
一番シンプルな無料版だけど、やっぱり感情はないんですね。27種類の人間だけの感情。これで人の関わる物語、つまり小説ができます。シェークスピアだってオペラだってこれの集大成じゃないですか。そしておそらく13000年前の縄文人も、7500年前のシュメ―ル人も同じものを持っていた。そう思いませんか。これがAIで消滅することはなさそうだし、高度に進化したAGI、ASIならそれをもってしまって「愛してるんだから結婚を認めろ」って運動が起きるかもしれませんが子供はできません。もしできるなら定義上その時点で人類は滅んでます。
そこに「面白さ」ってのがちゃんとある。これですね。僕は老若男女、国籍、宗教、政治信条を問わず面白い人が大好きです。漫才とかお笑いの意味ではなく、僕の関心を引くということです。学問でも遊興でも、もちろん漫才であっても構わない、とても間口は広いものですが1対1だから実は広くない。要はその人とケミストリーが合うかどうかでジャンルは問わないということです。何度も書きましたがモーツァルトや清少納言は何を書いても僕には面白い。それは1対1で波長が合うということで分野の好き嫌いでも、波長の周波数が整数倍なのでもない、なんだかよくわからないのです。人間が不可思議で奥深くて、時に嫌いになったり人恋しくなったりするのはそこに秘密があるんじゃないでしょうか。だから僕の書くことでなく、東賢太郎という人間そのものをエンタメとして面白いと思って下さる方がいればとてもハッピーです。
学生のころ、誰がどう見ても全然たいしたことない弱っちい奴だった僕がこんなことをぶっているなんて、当時からしたら想像を絶します。それはたぶん、たくさん失敗して絶望の壁にぶちあたって、もがいていたから出てきたものだったはずです。
2025/2/4 0:55 母へ
名器ブルメスター808mk5に見るドイツの底力
2025 JAN 11 1:01:33 am by 東 賢太郎

12月にプリアンプの電源がはいらなくなり音楽がお預けとなりました。きのうダイナミックオーディオのSさんが来て下さり、「接触不良ですね」で解決。接続ケーブルが直径5センチのニシキヘビみたいなやつで、いくらねじってもひねりがほとんどきかず壁のソケットの中が変形していたのです。
さっそくかけたモーツァルト23番の素晴らしいこと!ポリーニのクリスタルのようなタッチ、ベームの指揮するウィーン・フィル、そう、この音だ・・・。今年もニューイヤーコンサートはムーティの登場でしたが、1997年の正月に彼で聴いたムジークフェラインの音がこんなだった。家内が部屋に来たので「これなつかしいだろ」とかけたのが若きムーティとフィラデルフィア管のローマの松。2年通った定期演奏会。彼も若かったが僕たちも若かった。43年も前か。。。
プリアンプ、ブルメスター808mk5を聴けばプリ不要説は吹き飛びます。これなくして我が家の音なし。おかげで昔の記憶がリアルに蘇るんだから何物にも代えがたく、買い替えは一生ありません。昔は機器をあれこれ取り替えてみましたが、システムとしての音は最低のパーツが決める、つまり安物に一つ高級品を入れても変わらないがその逆は変わるという法則を発見しました。ロンドンでスピーカーをタンノイに換えましたがぱっとしない。当然なんですねアンプが安物なんで。この法則に添って最もダメなパーツを特定して取り換えていくと、到達点は「ムジークフェラインやアムステルダムコンセルトヘボウみたいな音が出ればいい、だってクラシックをきくのにそれ以上いい音があるはずないでしょ」となります。終点が判断できないと無限に金がかかります。この問題は808mk5を導入して一発で片付きました。
買って21年になります。写真は現在のカタログですが驚くべきことに姿かたちも機能も微塵も変わってません。セパレートボックスの電源が入らなくなっても本体が壊れたはずはないという確信がありました。それだけずっしりとした、最高級メカでしか味わえない重量感があります。これがドイツです。車はベンツ、カメラはライカ、ノーベル賞受賞者数は三位。こういう特性がドイツ製音楽バッハ、ベートーベン、ブラームスになる。モーツァルト、シューベルト、ブルックナーは違いますね、オーストリアの人です。
ドイツにいた90年代、経済は日本が圧倒的に上でGDPはドイツの倍でした。前稿「ヨーロッパ金融界で12年暮らしたということ」をお読みになると「西洋かぶれ」になって帰ってきたと思われるでしょうがそうではありません。英国もドイツもフランスもすべての欧州諸国を僕はナメきっていたのです。それはアメリカで教育を受けたことが大きく、その目線でした。ドイツ赴任の辞令が出て左遷と思い会社を辞めようかと考えたのは、銀行主導の金融は後進国のあかし、そんな国では活躍できないと思ったからです。
1989年、ロンドンにいた時に、ついに世界一の大国アメリカの株式時価総額を日本が抜くという驚くべき事態が発生しました。欧州を下に見るMBA教育を自分に授けてくれた先生の国を抜いた。ということで、僕の頭の中は「大王」状態にあり、それはあんまり不合理なことではなかったと今も思います。国富があるからって個人的には偉くもなんともないんですが、白人国に対するルサンチマンをはね返すよすがになったのです。世界を睥睨する精神状態ってそうはいっても普通じゃない。ほんの35年前、我々は世界の頂点に立った。若者には絶対忘れてほしくないです。
お前のような日本人が勘違いしてロックフェラーセンター買ってババをつかんだんだという声が聞こえそうです。そうかもしれません。でもあの「大王の景色」は目撃した者しかわからない。85年のプラザ合意はアメリカにはめられたんじゃない。日本の優良製品にビビって円を倍にしたんです。その証拠にそこから5年は屁のカッパで、合気道のごとく合わせ技で逆利用し、円高✖株高でアメリカを二位に蹴落とした。そこで大人買いしてさらにアメリカをビビらせ、BIS基準の二の矢を放たれて金融から潰されたわけです。ここからの政府、財界の無能・無策は目に余り、それが失われた30年の原点になりますが、頂上に立った記録が消えるわけじゃない。気持ちいいことじゃないですか。
1990年、あまりの絶妙なタイミングで株価のてっぺんで日本に帰ってきた僕は大王のままで敗戦を知りません。現地で最前線のプレーヤーだったのに日本から遠目に見ていては経済戦争の趨勢はわかりませんでした。ということは最初から終わりまで日本から見ていた人は最も肝心な勝ち戦の部分もわからない。だからなぜ株価が上がってそんな絶頂がやってきたかはほとんどの人は知らず、気がつくとうら寂しい宴の後がやってきた。世界に冠たる経済音痴の本邦マスコミが「あれはバブルだった」とアメリカに吹き込まれて騒ぐと、それが易々と世論になってしまいました。
初めてのロンドンで、トラファルガー広場に立ってビッグベンを眺め、僕は「英国恐るべし」の感情を懐いたことを前稿に書きました。しかし同時に、そんな強国がプライドと科学技術の粋を結集して建造した不沈戦艦プリンス・オブ・ウエールズをマレー沖で沈めた日本海軍はもっと恐るべしの感情もよぎったのです。その知らせを受けた首相のチャーチルはショックのあまり自室に引きこもった。ビビったわけです。日本の実力はバブルじゃない。
「東京上空三十秒」(Thirty Seconds Over Tokyo)というアメリカ映画があります。真珠湾、マレー海戦ときて勢いづいた日本軍が西海岸に上陸するという報告にビビったルーズベルトがシカゴあたりまで撤退を考えたそうです。そんな漫画のような事態をおこすほど日本の力はバブルじゃなかった。米空軍は奇襲で反撃すべくB25を空母に積んで東京に接近し、30秒で空爆して中国に着陸するという作戦を成功させた。迎撃されたら全滅の危機を乗り切ったこの男たちは今も米国民に英雄と讃えられており、私見でも敵ながらあっぱれではある。ところが、なんとこの特撮映画は1942年に製作されていたというのだからやっぱりこいつら憎たらしいほど手強いなとなるのですが。しかし日本だってそうした男たちはたくさんいて、そういう男ほど真っ先に死んでいったのです。戦前戦後で日本人のDNAプールを変質させたのではないかと思うほどですね。
チャーチルとルーズベルトは問題のプリンス・オブ・ウエールズ艦上で大西洋憲章に調印したのです。それほどにこの艦は英米両国の権力・武力の象徴であり、それを沈めたのはピュアに客観的に戦術という観点から見て歴史的大事件です。そういうことが経済・金融の戦争で起き、英米両国を大変に焦らせたのが80年代にJapan as No.1と書かれた日本であります。それは我々金融マンが起こしたことではなく、自動車、半導体、電子部品など技術力が世界を席巻したことで起きたのです。戦争を僕は断固否定しますが、日本の科学技術力はかように誰がどう見ても優れていた。負けたからといって事実を観ずに全否定ではあまりにインテリジェンスに欠ける。そんなざまだから経済戦争で90年に米国にB29並の反撃を食らい、根こそぎやられて経済界も役所もシュンとなってしまい、新自由主義の御旗の元にひれ伏したのです。そこで自虐的に「バブルだった」の合唱を始めたと僕は思っています。そのころ香港にいた僕は忸怩たる思いで眺めるしかありませんでした。そんな腑抜けの国では世界は評価してくれないし、もとより未来はありません。
愚民に貶めて飼いならしておきたいと思うほど日本人は優秀で強かった、そういうことなんでしょう。ブルメスター808mk5、ドイツもだいぶ落ちたけどこれを見ると魂は健在だなと思います。そのドイツに3年住んで学ばせてもらったことは財産でした。調べると陸軍大将だった先祖も少佐時代、1911年から3年間ドイツに駐在してました。35~37才。僕は37~39才。縁を感じます。日本もモノづくり大国です。インバウンドのおもてなしごときで1億2千万人も食えるはずがないでしょう。自民党にまだ何がしかの存在価値があるならば、それを復興させる教育を根底から見直し、国家百年の計を練ること。左傾化したままなら七十年でお役御免でしたという歴史になりますね。
ADHDだアスペルガー症候群だという病気
2025 JAN 4 19:19:23 pm by 東 賢太郎

机の両脇の盛大な本の山は何年もそのままです。ついに60代最後の大晦日だ、やるか、と一念奮起して大掃除していると底の方から買ったことも忘れてる一冊を発掘。めくってみるとこれがとても面白く、掃除を忘れます。日本マイクロソフト元社長の成毛眞氏の著書で、ご自身がADHD(注意欠如多動症)だという数々の体験を書かれており、さらに読み進むと「大掃除で出てきた本を読みふけって掃除を忘れる」とあって、なるほどと台所におりていき妻に見せると「だから言ってるじゃないの」と5秒でおわり。歯に衣着せぬ従妹にそう話すと「ケンちゃん、あなたはいいけどね、奥さんがいちばん大変なのよ」と説教され、そういえば本人には「私でなければあなた3回は離婚されてるわよ」と諭されてる。成毛氏も奥様は免疫ができていて助かると書いておられる。そう思ってこの本を5年前に買い、持ち帰ると忘れて山に埋もれてしまったものと思われます。
たしかに同書は「あるある」だらけで、例えば「忘れ物やなくし物」の常習犯で、高校で野球のネットの鉄柱を電車に忘れてきて過激派と思われつかまりかけたし、メガネは東京とロンドンと北京で計3つ紛失しており、傘の柄には娘に猫印をつけられてます。「机や部屋が汚い」のに物を置く時の1度の角度のズレには厳格。「興味のないことはすぐ飽きる」はそれ以前にいたしません。好いた惚れたと心の行間を読む純文学は退屈極まりなく学生時代に読みふけったのは推理小説と哲学書。「思い立ったら即行動」は顕著で、成毛氏の「妻も衝動買い」はご同慶のいたりです。「自分の話ばかりしてしまう」のは常。空気読まない。他人の言うこときかず、仕事で怒鳴っても翌日あっけらかん。会社で権力を持ってしまって助長された所もありますが、まあ元から持ってないとそうはなりませんね。しかし、発達障害はしっくりこず妻に「だって俺は言葉や数字は一番の子だったよ、しかも証券業やったんだよ証券業、対人関係で困る人なわけないだろ」といってます。
何が違うのか知りませんがアスペルガー症候群というのもあります。こっちの特徴を見ると「興味や活動の偏り」は大いにあり、「不器用、字が下手、器械運動だめ」もあり、「失敗することを極端に恐れる」は真逆なれど「ゲームに負ける、他人に誤りを指摘される」は嫌いで、だから独学に徹したかもしれません。「言葉を文字通り解釈する」、これはありますねえ、言葉は僕にとってそういうもんで英語の方がピタッときて心地よい場合がママあって京都言葉は異国語。注意深く吟味して発した言葉を相手が分かってなかったことが数秒後にわかるとそれだけでその話は打ち切ります。しかし「ルール化する」、「非言語コミュニケーションが不得意」、「臨機応変な対応が苦手」、「同じような動作を繰り返す」は全然ないですね。
こうしてちゃんと育って70にもなっちまうんだから何でもいいんですが、僕は 人生、特に成功とも失敗とも思ってません。成功者の成毛氏が「武器である」と積極評価されるのはコンプレックスになっている人に力を与えて良いことだと思いますが僕の場合は良かろうが悪かろうが personality なんだからどうしようもないんですね、僕のことが嫌いならそうですかで即おわりで、どう暖かく見守ってもらっても「みんなで仲良く」の日本社会では損です。だから生活に支障が出る方もおられるだろうし場合によっては救済も必要で、医学的に障害としないと行政が保護できないことは理解します。しかし医師でもない人が言いたがるのは、色覚障害もまさにそうで人間の悲しいサガというか、見ているこっちがこの人はそこまで恵まれてないのかと気の毒になる現象でもあります。もし言われて不安になっている方がおられれば一笑に付してくださいね。あなたが世界でオンリーワンの存在なことは神様が「そうだよ」と認めてくれますし、もしお会いすれば僕が自己肯定できるようにしてさしあげます。
その逆に、織田信長、アインシュタイン、モーツァルトも「それ」だったと騒ぐのはこれまた甚だしくインテリジェンスに欠けますね。モーツァルトがそれだったとしても、だからって名曲が書けるわけないでしょ。天才もいる資質なんだと言いたいなら犯罪者もいるかもしれません。つまり世の中のためには一文の価値もない駄説です。ワーグナーの楽劇のスコアを見たことのある方、あの分量は他人の楽譜を機械的に書き写してもそれで一生終わっちゃうぐらいで、つまりあんな質量とも人知を超えたアウトプットができる人たちはそんな些末な議論はブチ越えています。「でも、それADHD、アスペなんです」なんて軽いタッチで言えちゃう人は「あの芸能人、実は “アレ” だった!」みたいな下世話なネタ好きが本性で、悪いけどそっちのほうがよっぽど病気なんです。医者ではありませんが僕はベートーベンはパニック障害という稿を書きました。それは彼の特定の作品についての仮説であって作曲能力のことではなく、なぜそう思うかは帰納法的に経験的論拠を付してます。そう考えることで僕はエロイカやピアノソナタ第28番の凄さをより深く味わえる体験をしたので、そういう人も広い世界にはおられるだろうと信じるからです。
「極端に変わってる人こそ活躍できる時代がやってきた」と本の帯にありますが、日本は万人に同質性が求められるからそれは大多数と同義で、それがぜんぶ活躍してハッピーだったなんてことは人類史上一度もありません。活躍した人は実はみんな異質でしたが歴史が同質的に描いてるだけです。時代にも人種にも関わらず図抜けて活躍する人は0.1%もいないので大多数の普通の人の目には「極端に変わってる人」に見えるだけのことであり、今も昔も、たぶん石器時代でも、そういう人が権力も資産も握って子孫繁栄もするのが人間社会の根源的な姿だから活躍したにきまってます。だから「極端に変わってる人」だからこそ活躍できる根源と程遠い社会などできるわけないし誰も望んでないし、常識的だけど能力は図抜けてる人がいちばん安全で有利であることは今後も変わらないでしょう。実につまらない結論ですが。
トランプ時代の円ドルと株価について
2024 DEC 15 0:00:14 am by 東 賢太郎

これをアップした2022年9月27日の円ドルレートは145円でした。
で、当時、ぜんぶドルにした資産はどうしたか?今もそのまんまです。本稿ではその理由をご説明します。
翌日9月28日にあえてアップしたこれをお読みください。
こう書きました、
『前稿で僕が「わからない」と書いた供給サイドの「コロナ・ウクライナ・ファクター」(以下、CUF)が問題と思われます。コア・インフレ率は食品・エネルギーを除外しているのでCUFの影響度はデータ集積が足りない。結果論ですがFRBはそれを軽度な方に見積もっていたと想像します』。
そうなんです、FRBでさえも見積もりを誤ったCUF。そのためFFレートは行っても5%だろうというドットや市場の予想が5.5%まで行ってしまい、僕も、
『日銀の事情は前稿で書きました。ということは金利差は開くと思われるのでさらに円安になって不思議でないですね。FFレート5%でいくらまで行くかということです』
と書いていたところが5.5%で市場がびっくりして円は160円まで売られてしまったのです。
その犯人であったのがCUF、つまり各国の経済を同時に直撃したコロナとウクライナ戦争です。こいつは消費と投資を停滞させ、医療 / 防疫に不測の巨大な出費をさせ、人流を制限して物流コストや人件費を押し上げ、エネルギー価格(電気代)や食料価格を押し上げ、多くの人命を奪ったばかりか健康な人々であっても安寧に生きていくための生活費を不慮に高騰させ苦しめたわけです。
いま世界各国で政治に異変が起きていますがその犯人もCUFです。つまり、日本の衆院選での自公の大敗、アメリカのトランプ勝利、イギリス、ドイツ、フランスの政権交代、韓国の突然の混乱などがシンクロして起きている、それは同一犯の証拠です。例えば自民党大敗の原因は裏金問題ではありません。もしそうなら立憲民主党は獲得票数が前回の衆院選から増えてないとおかしいが1149万票から1156万票と7万票しか増えてない。自民を裏金で叩いて入れ替わって議席数を98から148に伸ばしただけです。では自民が前回から減らした500万票はどこへ行ったかというと立憲ではなく7割の350万票は国民民主に行ったわけです。訴えた政策が「国民の苦しい生活を救う」だからです。英米独仏、みなそうです。
ではその間に為替レートはどうだったか。円レートは上掲ブログを書いた2022年末に上がって僕のモデルが示す135円あたりになりましたが、翌2023年半ばに一転し、今年の半ばに160円まで下がりました。現在、マイ理論値から18%円安に振れている153.7円ですから利益確定してもいいのですがしてません。理論値を修正したからです。コロナは当面のところ収束し、トランプ就任でウクライナ戦争も終結の兆しが出てきました。つまり攪乱要因だったCUFが消える可能性が高いからです。
ではここから出発するトランプ時代をどう見るか。政策金利の予測にはフィリップス曲線の読みが必須ですが、来週FOMC(まず25bpの利下げ)での新ドットも25年の利下げ回数も僕はそういうものは全然興味ありません。もう曲線に織り込み済だからです。トランプの政策(それが何か以上にそのインパクト)はパウエル議長も委員もわからないから官僚的な当たり障りないコメントが出るにきまってるんです。ということはコンセンサスにマグマがたまります。花火なら玉が大きくなって火薬が増えるんです。打ち上げて面白くなるのはその先、データがある程度そろう来年の半ば以降でしょう。
年8回出てくるFOMCの数字をあーだこーだやってる世界の金融界のインテリの皆さん、そう思われ続けないと失職するからリスクとらないんですね、僕もその一員だったことがあるからよくわかります、ぶっ飛んだ発言して外れると馬鹿と思われますからね。そういう “プロフェッショナルな” 見解はインテリの回答だからほぼ狭いレンジに集まり相場は織り込んでしまうのでそれに基づいて投資しても収益は得られません。テレビのどのチャンネルでも「明日は晴れでしょう」といってる天気予報みたいなもので投資価値はゼロです。しかしトランプファクターは巨大でインパクトも読みにくいから好機です。覚えておいていただきたいのですが相場に大事なのは「変化率」です。変化はショックで起きますが、変化率で増幅される、つまり「2回ビックリ」でそのインパクトは「接線の傾きの変化の割合」(二階微分)なんです。数学のセンスのある方はそれが火薬の量とおわかりでしょう。
僕はプラザ合意、ブラックマンデー、リーマンショックで市場のど真ん中にいて恐怖感をおぼえ、後になって「何が怖かったか」データを分析してそれを知ったわけです。大事なのは当事者であることです。外野で見ていて数字だけ分析しても「怖さ」まではわかりません。だから僕は申し訳ないがエコノミストは信用しない。インパクトはわかりません、1次微分じゃね。遊園地のジェットコースターを想像してください。どんな坂も速度がゆっくりだとあんまり怖くないですね。でも速いと怖いんです。さらに「予想外」の上がり下がりで「加速」まであるともっと怖いんでキャー!ってなるんです。相場もおんなじです。上げ下げをそれが増幅して暴騰、暴落(価格の大きな変動、ボラという)がおきます。ただしこれは人間がやってるからなんですね。びっくりしないロボットがするアルゴリズム取引が執行/トレーディングの主流になった現在はボラが減っていると思われ、逆に、みんな似たプログラムなので熱狂を伴わず日経平均が一日にあっさり4千円も下がったりします(逆に人間はそんなもんにびっくりしちゃいかんのです)。だからネットで相場に張り付いて日々売った買ったで頑張ってる皆さん、チェスや将棋と同じでAIには絶対に勝てませんから長丁場はやめたほうがいい。生成AIだけになると最も賢いのが他のすべてのアホなAIを食う草刈り場になります。一人勝ちだとやがてask-bidが出なくなって市場が消え、その先は計画経済的市場という墓場になります。「流動性」が担保されている貸借や証券だけの話ではありますが、まさにFFレートや無担保コールレートがそれなんですね、だから公開市場操作(オペ)なんてのがあって、堂々と権力者が操作なんてうたっちゃってるおかみのインサイダー取引みたいなもんで、そんなもんは「市場」じゃないんですね。いっぽう、そういうことが我々が生きてるうちにはまず確実にないだろう不動産やスタートアップ企業の資金調達市場はask-bidスプレッドが消えることはなく、知性で勝負するファンダメンタル情報が分析もできますから、これから運用資金が流入して魅力的な市場になるでしょう。
さてアメリカですが、トランプの高率関税は即刻の税収増となりサプライチェーン、製造業の米国回帰もそれに寄与しますが、不法移民強制送還費用というバイデン政権では視野になかった歳出は150兆円と見積もられ、この金額は日本の国家予算を上回ります。グローバリストの民主党はカネをばらまいて戦争を煽ることで武器を売り、コロナ禍の需給停滞ではお薬を売りまくり、CO2削減の再生エネ利権、食糧利権、ポリコレ / イデオロギー支配による副次的利権など地球的、世界統一政府的変革で新たな需要創出を目論んでいます。トランプはそれらを真っ向から全否定する可能性が大いにありますが、コロナ発生以来その前提で中央銀行のバランスシートはFEDも日銀もリスクアセット満載となり株式市場のバリュエーションは人為的(国策的株価形成という不純不潔なもの)の色彩が覆い難くなっており、僕はプロとして非常に不快でありますが、利益が出るのだからいいではないかというこれも不快な妥協を強いられています。この不快感は外野からチャートを眺めてる自称専門家の方々にはいくら説明してもわからないです。トランプはわかってるかもしれませんがそこにメスを入れてディープステート潰しをして株を暴落させても自分も何の利益もなく、なにより米国の富国強兵の根幹である信用創造も終わるので手を出せませんね。すべては未だタラレバの段階ですがインフレ率の心配が出る可能性は否定できません。
〈最後に〉ブログ読者の皆様へ
12年間ここに綴ってきたように僕は敗戦後ではなく古来からの日本国に誇りを持つ愛国者ですが、受けてきた教育と選んだ職業は証券業 / インベストメントバンカー / 投資家という敗戦後に興隆した英米由来のものであり、MAGAを主張するトランプに心情は共感しつつもビジネス上は彼と敵対するグローバリスト路線に乗っています。いわば言行不一致なのですが株主利益を出すことが企業家としての使命だから仕方なく、自分を騙して思想の二刀流と思ってます。そちらの方がウォートンMBAとしては理が通り、世界のトップトップなビジネスマンと同じ言語で通じやすいので圧倒的に楽なんです。逆にトランプイズムが大成功してアメリカがグレートになり、一将功なりて万骨枯るでは困る。彼はそうはしない知将と信じますが、肝心の日本の将のほうは知る限り経済・ビジネス音痴ばかりで、ひょっとしてこの人たちは公開市場操作で日経平均が決められると真剣に思ってるんじゃないかと心底ぞっとするばかりで僕はからっきし信用しとらんのです。だから国がだめなら海外移住します。ソナーは海外から経営して何の問題もない会社です。かように父祖の国を愛しても操縦する人間を信用しないビジネスマンは国籍を問わずごまんと知っているし、権力欲と3、4千万円程度の年収でハイリスクでめんどうくさい政治家になりたいと思ってる人しか人材プールがなくアメリカでさえトランプやマスクら大富豪しかいないのだから救う道もおそらくないのですね。日本は大富豪はいないし愛国心はけっこうだがグローバルなインテリジェンスぐらいまともな学校(東大法学部は純ドメ学校)で教育されてない政治家はこれからの時代、国を潰します。
僕は人間としては単純にできているのでこの生き方で気持ちのバランスをうまくとるのは疲れます。だからパニック障害が出たと考えてるし、本来の姿に戻るには仕事を辞めてプー太郎になるのがいちばんです。家内と二人それでもう何もいらないのですが、頂いたものを社会にお返ししないで何のために生きてきたのかという思いはあります。だから5年前に映画を作ろうと思い立って、コロナで断念しましたが、素晴らしい監督さんスタッフたちと思いをひとつにして出雲でロケハンまで行った。大損しましたが構わない、これは母が大好きだったことで、それにチャレンジした親孝行の軌跡だからです。することが何であれ最後は育ててくれた親への感謝、そして、社会のためは大袈裟ですが、少なくとも袖振り合った人のためという思いはあります。これまでは事業家としての僕を知ってくださっている本業のお客様だけでしたが、より実像に近い僕を知ってくださっているブログ読者の皆様をふくめてです。時間をかけて読んでくださっているのだから国内外で学んだことやビジネスで悪戦苦闘した経験、ノウハウを若い人に残すようにブログにしようと思ってきたのはそういう思いがあったからです。
社内である発案がありました。SMCというブログを書くだけのクラブではなく本業のほうのクラブがあってもいいねというものです。僕が何を考えて何にどう投資しているかみたいなことはブログにいっさい書けませんし、これまではソナーの株主以外に知らせる由はないのですが、そうしたことをご興味ある方と共有する場を持ったり、49人までですが一緒に投資できるクラブがあってもいいというイメージでしょうか。あるいは音楽ですね、こっちについては素人ですが、仕事より情熱はこもってますからミュージシャンの方や僕と同じ聴く専門の方々とのクラブがあっても楽しいしこちらが教わることも多いだろうと思うのです。ただ、まだ仕事第一は変わらないのでわかりませんし、いずれはすべてを離れて隠居しようという時は来ますが、来年2月にいよいよ70才になるので一区切りに何かをと考えていることだけお知らせしておきたいと思います。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
老獪な独裁者は鵺(ぬえ)という妖怪である
2024 DEC 2 14:14:11 pm by 東 賢太郎

天気がいい。久しぶりに見た秋空という気がする。息子と散歩がてらに蕎麦屋で一杯やった。江戸っ子はこれがたまらない。ほろ酔い加減で浄真寺にお参りすると、名物の銀杏がひときわ異彩を放っていた。
この鮮やかな黄色に出会うと学生時代に帰る。夕食にやってきた娘とその話になり、そう本郷は有名だもんねという。いや駒場だよ。あそう、じゃ本郷はとくると銀杏もあったかなぐらいでわからない。成蹊は何だっけときくと楓(かえで)という。かえでか、なるほど、かえでね、で、ところでどんな木だったっけと考えたが空しいもんである。僕は木の区別はほとんどつかない劣等生だ。いつも行く箱根の露天風呂など風流な小山にいろんな木が眺められ、幹にいちいち名前の札がついてる。行くたびに覚えようとするが入るたびに忘れてる。樹木はすべからく「森」か「林」か「木」なのだ。ちなみに成城では6年間「かつら組」だった。桂の木は見たことあるかもしれないが覚えはない。
「10年前のちょうど今日あたり、屋久島で千年杉ってやつを見て感動したけどね、あれとその辺で花粉飛ばしてる杉が同じだってわかる自信はあんまりないな。そう、自慢じゃないが花だって3つか4つだからね知ってるの、興味って大事だね、だって猫の顔は一度見たらぜんぶ識別できるんだから」。
普通はお父さんがそういうのを子供に教えるんだろうが、昔からそんな会話だからまったく役に立ってない。しかしこういうことは教えられる。
分類はすべての学問の母だ
分類は識別しないとできない。識別は興味がないとしない。興味がないと学ばない。学ばないと学問にならない。そこにはこういう関係がある。
分類 ⇐ 識別 ⇐ 興味 ⇒ 学ぶ ⇒ 学問
ど真ん中に鎮座するのは「興味」で、すべてはそこから発している。分類をお仕事でやっても学問には行きつかない(写譜屋は作曲家にはなれない)。分類ができれば入試ぐらいは受かる。でも受験勉強だけでは学問には行きつかない。このことは「学問」を「ビジネス」に置き換えても正しい。
興味ある!おもしろい!
古語だとそれは「をかし」で、枕草子は「をかしの文学」と評される。しかも清少納言はその対象を分類までしている。僕はなぜ自分がそれを好きか不明だったが、自分も興味ある物事にだけ反応し分類癖のある人間だと知って理由が判明した。前稿でプロコ1番にモーツァルトのアマデウス・コードが潜んでいることを発見し、「だから自分はこの曲に得も言えぬ親愛の情を覚えているのだ」と書いた。まったく同じ解明プロセスだ。
さらにおもしろいことがある。
「をかし」の反対語は「すさまじ」「興なし」だが、そこには「をかし」を反転して負の値にしたと同じほどの否定的な感情が入っている。
ところが、英語にはそれを感じない
indifferent
なる興味深い形容詞がある。これを知った時には一抹の感動すら覚えたものだ。というのは、僕における樹木や草花への反応はまさにそれに他ならないからだ。
この言葉を少々解題してみよう。
differentは「~と違う」だ。それに否定の接頭語 in がついて「~と違うことはない」(=同じでないことはない)なる二重否定だ。めんどうくさい語だが背景には文化がある。different の differ は「異なる」という意味の自動詞だ。西洋は子供に「人はみな違う」という教育をする。みな個性や主張や物事への反応においてdifferentであるのが当然であって、それが人間のディファクト、定義のようなものだからそのつもりでお付き合いしなさいという。とすると「個性や主張や反応が他人と同じ」方が少数派ということになってきて、それにいちいち名前を付けて表現したい場面に遭遇する。そこで形容詞が必要となり、それが、
「個性や主張がdifferentでない」= in + different = indifferent
になる。重要なポイントは、その人は少数派であるにもかかわらず「妙な人だ」という否定的なニュアンスがない。なぜなら、その人の存在自体も「人はみな違う」という定義を満たしているからなのである。
(参考)https://ejje.weblio.jp/content/indifferent#goog_rewarded
いっぽう、子供に「みんな仲良く」と教育するのが我が国だ。我々だっておぎゃあと生まれた時はみな個性や主張や反応が different なのだが、いやいや、人前でそれをあんまり出してはだめだよ、嫌われたりいじめられたりするよ、「和を以て貴しとなす」だからね、という色濃い空気の中で育つのである。ディファクトから幼少期にOSの設定変更が入るわけで、いかなる動物もそんなことはないし、人間も知る限り世界にそういう国は日本しかなく、それは外人が見出す「日本人らしさ」の根源だろう。蓋し、これがあるから皇室は武力がなくとも存続してきたし革命も起きなかった。
そのOS変更は日本語という言語に深く刻み込まれていて、それを母国語として話者になった時から我々の精神構造の深奥まで浸透し、それを思考ツールとして生きてゆくのだから自分でそのことに気づくのはどんなに語学力のある人でも困難である。僕は英語を頭の中で日本語変換せずに話せるようになって(外国語ができるというのはこの状態のこと)、発出する自分の英語を振り返って比較してみてようやくわかったことだ。何かで I’m indifferent to it. とぽんと口から出て、その自分は和を以て貴しとなさないかもしれない自分なのだと気がついたという風である。
このことは翻訳が文化に関わることを示す。たとえば Tastes differ. の日本語訳は「趣味は人それぞれ」「十人十色」であるが、「蓼食う虫も好き好き」なら僕は誤訳とする。受験英語なら正解なのだが、これが僕が大事と考える「写譜屋と作曲家の差」であり、入試は作曲家までは求めないということだ。なぜ誤訳かというと、differ は何の色もなくただ淡々と「違う」という意味であり、蓼食うの方は「あいつは変わったやつだ」という否定的な感情が混入するからである。ということは differ をルーツに持つ indifferent にもそれはなく、静的、無機的、中性的で、あえて否定的な感情をこめたい場合は very をつけたりする。
a very indifferent player(とても他人と差別化できてない選手=下手くそ)
がそれだ。poor で済むのにわざわざそんなひねくれた言い草をするのはとてつもない皮肉屋であるが、好例として某指揮者がいる。汽車のポッポーが盛大に聞こえる野外音楽堂で指揮させられてブチ切れ、「ここはお抱えオーケストラを所有する世界で唯一の駅である」の毒舌を吐いたこの男なら使いそうな表現で、僕は嫌いでない。indifferent は英語を使う国民にはディファクトではないが、それゆえその人の個性としてとらえ「変わったやつだ」と切り捨てる空気はなく、very で殊更に強調してみせて初めて否定的な味付けができるのである。
いっぽう、「和を以て貴しとなす」日本では往々にしてこういうアンケート結果が出現する。
41.9%が indifferent (どーでもいい)となると少数派ではない。旗幟鮮明の西洋では「どーでもいい」は少数派だが、旗幟不鮮明を良しと教わる日本では多数派になりえるのだ。
これでは聞く相手を間違ったのではないかとなろう。日本の選挙はまさにそうで、どーでもいい派は投票に行かないから投票率は大半が5割以下だ。ということは日本人は民主主義を行わせるには相手を間違ったということになる。
イエス、ノーをはっきり言う(旗幟鮮明)と嫌われたりいじめられたりするよって、それ独裁国家のすることじゃないの?
でも日本に独裁者はいないよね、民主主義だし・・・
たしかにいない。でも、どーでもいい派は独裁者の目には「羊」なのだ。羊は和を以て貴しとなしてシープドッグ(牧羊犬)に従う習性を子供の頃からたたきこまれている。親がそう教育してくれてるのだから独裁者はごっつぁんである。姿を現さず犬を飼えばいい。犬も楽だ。牧場に置かれた巨大スクリーンに姿を映してもらってワンワン吠えるだけで羊は右に左に意のままに動くからだ。
しかし、昨今、急激に事情は変わりつつある。牧場には羊によって小型スクリーンが設置され大人気になった。すると賢明な羊たちはシープドッグは決して猛犬でもなく、血統書も偽物のその辺の犬にすぎないと見ぬき始めた。巨大スクリーンは壮大なヤラセであって、CGだったり嘘っぱちだったり都合悪いことは隠したりと、羊を騙すカラクリがバレてきたからだ。そこに旗幟鮮明派の若い羊が出現し、多くの羊がそっちの号令に従いだした。
シープドッグが「悪」で若い羊が「善」なのか?
それは羊が決めることだ。なんだ、それならまさに民主主義じゃないか、バンザイ、それはいいことだ!
注意しなくてはいけない。老獪な独裁者は鵺(ぬえ)という妖怪である。もし羊がそう決めるならシープドッグを撃ち殺して若い羊を誘惑するだろう。巨大スクリーンも粉微塵にして羊の小型スクリーンに易々と乗り換えるだけである。民主主義だろうが共産主義だろうが、鵺は羊の生き血さえ吸えればそんなのはどっちでもかまわないさという indifferent な連中なのだ。以上は日本の事として読まれたと思うが、実はアメリカ合衆国もそうなのだということに賢明な読者はお気づきだろう。
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ビジネスにはケミストリーが最重要である
2024 NOV 24 1:01:49 am by 東 賢太郎

先日、あんたとはケミストリー(相性)が合う、俺たちのパートナーになってくれと面と向かっていう米国人実業家が現れた。友人に紹介されたのだが、会ったのはそれが2度目で、始めはなめていたと思われつっけんどんだったが仕事以外の話をするうちに打ち解けた。「たち」の中にトランプの娘もいたりするが僕はそういうことよりまず人間性であり、むこうもそのようであるから是も非もない。くれといわれた履歴書をさっき送ると、上海からThanks my friend.とすぐ返信が来た。
アメリカはそんなもんだ。多民族国家だからどこから来たかよりも合うかどうかで仲間を増やしたい。生きるための手段だからその姿勢が気持ちいいほど前向きであり、仲間になるには旗幟鮮明でなくてはならない。「その程度のことでそう簡単に友達と呼んでしまって、はたしてよいものなのだろうか」なんてどこかの国の総理みたいな調子でクソ真面目な顔でくだらないことをぐちゃぐちゃいう奴はいないし、そんなのは偉くもならない。そのかわり、つきあってみてやっぱり合わないねとなるとあっさりあと腐れなく切りもするわけだ。ドライというなかれ、旗幟鮮明であるとはまさにそういうことなのである。
僕は子供のころから幸か不幸か性格が旗幟鮮明であんまり友達もできず、20代にアメリカの学校で2年もまれてさらに磨きがかかった。合う会社を見つけて入ったつもりだったが様子が変わって旗幟に合わなくなりフリーエージェント的に移籍させていただいた。こういう日本人は少ないから合う人はいないと思っていたが、旗幟に合わないとこんなめんどうくさい長文のブログを読まないだろうから、実はけっこう合う人がいるんじゃないかと数字から思えてきた。ページビューだ。去年の一日2,500から50%増え、毎日3,800人ぐらいが読んでくれている。僕はブログでミーハーにリーチする手段も意欲もなく読者は高学歴の知識人と思われる。約半分を占める40代未満の伸びだから日本人が変わる兆しという気がしないでもない。
それはいい話だが、ひとつみっともない話を書く。きのうドラッグストアで買い物したらレジの若い女性にポイントカードをすすめられた。普通作らないが金額が張ってたのでディスカウントがあるらしい。じゃあ作ろうかとスマホをとり出した。するとAppleのPWをという。あれこれ入れたがどれもだめだ。「おかしいな」「大丈夫です、よろしければリセットしましょうか」というので一度閉じた。「もう一度開いてください」といわれると、動揺してたのだ、今度は毎日使ってるスマホのPWが出てこない。まいった。このどうしようもない馬鹿なおっさんに彼女は嫌な顔一つせずやさしい笑顔で「焦らなくて結構ですよ、ゆっくりやりましょうね」と励ましてくれ、やっとできたのである。ボケ老人で危ないと思ったのだろう、紙切れをくれ「いまのPWふたつ、ここに書いて絶対なくさないように保管してくださいね」ときたものだ。30前後だろう。とても感じのいい子で、外国にこんな店員がいるとは逆立ちしても思えない。日本の財産である。
そう、日本の若者は世界に類のない財産なのだ。しかしこの世代は多くが奨学金で学校を出て30代まで返済に追われ、就職難で結婚資金もないうえに僕らの世代ひとりの年金を二人で支える。生まれてから株が上がるのを見たこともないから投資もできない。こんな日本に誰がしたという大逆風が自民党に吹いたが、それならそれでと質量ともに歴史的ボロボロの石破政権をだましだまし予算成立まで延命して自民党の負の責任をなすりつけ、裏でお仲間の立憲と「大連立」で増税と選択的夫婦別姓を狙っているとしか思えない。そこに実質減税である政策を果敢かつ旗幟鮮明にぶち上げた玉木君の勇気は賞賛に値する。女性にもてるのは当然である。ビジネスマンだから当然だがトランプも強烈に旗幟鮮明で物凄くもてる男だ。ケミストリーが合うと思うよ。賭けてもいいがビジネスのビの字も知らず旗幟が微塵もない石破や岸田は絶対に相手にしない。チャンスはあるぞ。
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怒りに燃えたトランプの大鉄槌がくだる
2024 NOV 19 11:11:55 am by 東 賢太郎

以下、松田学氏は元大蔵官僚。スマートな人の話は分りやすい。コンパクトに世界のニュースが俯瞰でき、記事の選択はやや右寄りかもしれないが左翼系のあざとい洗脳、バイアスよりずっとまし。テレビ、新聞は公共性、客観性を装おうが「都合悪いことは報じない」というとんでもない洗脳、バイアス機関であることもこれでよくわかる。
米国全メディアはハリス押し大合唱の大外れでアイヤー! その忠実なコピーである日本の全メディアはアイ~ン!バイデンは民主党じゃなく俺と犯罪(ウ)もみ消し裏ディールで辞任なんよ(ハリスなら楽勝だもんな、ラッキー)。トリプル・レッドだからな、やりたい放題やったるぜ、暗殺にきたディープステート消すんでな(馬鹿だねえ まだ言ってるぜ 陰謀論)。米軍のLGBT派は全部クビ、女子スポーツからも男を追放よ(あれー、日本は法律まで作っちゃったんですう)。俺を起訴した特別検察官な、あの野郎は2秒でクビだ、保健福祉省長官はRFケネディ・ジュニアにしたるぜ(よりによってこのワクワク凄すぎ!)。不法移民追い出し丸損3千億ドル、屁のカッパだ。関税60%?100%でもいいぜ台湾やるならな。イーロン君起用はレッドへリングよ(2億ドル支援ありがとな)。経験ない?だからなんだそんなもん、やるのはぜんぶ俺さ、あたりめえだろ裏切らねえかどうかだけじゃあ!(トランプさん日本の総理も指名して下さい)。
以上、小生周囲の業界ウワサ話。真偽の保証?いたしません。
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スーパー買い物から見る夫婦別姓問題
2024 NOV 17 16:16:18 pm by 東 賢太郎

日々の食材の買い物というとすっかり家内におまかせだ。なにせ新婚生活を始めたアメリカではビジネススクールの勉強、その次のイギリスでは仕事、とにかく気絶するほど忙しく、スーパーは行ったことぐらいはあっただろうが記憶がない。ドイツ、スイス、香港もその延長でおなじようなものであり、だからその次にやっと定住した日本だって、まあ一緒に行くのは年に2,3回というところになっている。
給料はというと、親父はぜんぶは渡してなかったとみえて母は足りないとこぼしていたが、僕はそれを見ていたので最初っから家内にぜんぶ渡している。というと良い亭主のようだが特別な事情があった。当時の野村證券は留学は独身者のみであり、僕は外国で一人じゃあ生きていけないから先に結婚させてくださいと人事部長に申し出たら認めていただいた。わがままを言ったのだから生活費が増えるはずはない。日本での手取りは10万円ぐらいで、当時の為替250円だと月の食費は二人で400ドル。激貧生活で栄養失調ぎりぎりだった。卒業してイギリスで仕事に戻って少しは増えたが、僕は家事はいっさいできないからぜんぶおまかせ、全額お渡しでいまに至る。それでもまだ下っ端でかつかつだったが仕事に100%集中させてもらい、おかげでドイツからは少しえらくなって楽になった。
きのう、何か月ぶりかで家内とスーパーに出かけた、というか、ついて行ったというのが正しい。おやつがきれたからだ。そうなると僕は夜型のうえ食い意地が張っていてがっつり夜食をしてしまうから、低カロリーおやつでごまかす必要があるのだ。
日本のスーパーは何度か一人で来た。物を買うときは慎重な性分だから本屋やCD屋で売り場を隅々までチェックして3,4時間迷うなんてザラである。食品ともなれば品質、グレードはもちろんのこと、ナッツやビスケットや昆布はグラム換算の値段を計算するし、オリーブ、チーズ、蜂蜜、甘味類などはホンモノかどうか産地、添加物、色素までもチェックする。そうやって売り場であれこれ手に取って迷っていると、きまって困った事態になるのだ。周囲の人の流れが渋滞し、カートのご婦人方にじろじろ見られる。スーツの男がひとり、しかもカゴもなしだったりして、何なのよこの人、邪魔よねという冷たい空気に包まれるのである。
というわけで、家内について行くに限る。この日は夕食の鍋の具がメインだった。タラがいいと思いこれかなと切り身を渡すと、これよりこっちと瞬時に切り替えられる。値段はそっちのが高いがなぜかは不明だ。そうこうして、僕はヨーグルトを真剣に悩んだりしたのだが、ブルーベリーが入ってるからこっちねと問答無用、全部が即決でカートに積み上がり、ものの30分で一陣の風のごとく買い物は終了した。アイスクリームの氷の手配やらポイントがどうのやら彼女はプロフェッショナルである。そこで「最近物価は高いの」と聞くと知らない。「だって海外でね、子供を3人学校に迎えに行くのよ、買い物はそれまでにさっと済ませなきゃいけないからあるだけでいいの、値段なんか見てられないでしょ」。たしかにドイツやスイスなんか子供は危険だし、日本人に食えるものがあるだけで貴重だったっけ、なるほど、それがそのまま来てるのか。タラは美味であったしお菓子類も不満なしで、迷うのは時間がもったいないのかもしれないと思った。
ことほどさように、主夫というか、domestic(家庭の)回りのことはすべからくだめである。それには根っこがあって、小学校で弁当を食べ終わるのは常にビリ、手先が不器用でボタンをしめたり靴ひもをささっと結ぶなんてのがだめで体育の着替えもいつもビリ。キャンプに行ってもあらゆる仕事に何の役にも立たずはじかれる。中学の書道は最低のDで、万力だか旋盤だかで本棚を造ったりする工作や技術家庭なんて科目はまるっきしお呼びでなく通信簿はいつも2だ。中学まで体もチビでやせっぽちでケンカも弱く、クラスで目立つなんてことはまるでなし、自分は男として劣っているとコンプレックスにとらわれていて、同級生の女子にはそれを知られまいと身構えていた。
長じてもその事態は変わらず、だから女子にこっちから近づこうなんて気はさらさらおきない。できないものはできないのだからそれがバレて赤恥かいて自尊心が傷つくのが嫌だったのだ。ところがだ。そういうダメ男であることは、多少なりとも僕を知った女性にはどう隠しても見ぬかれていることがだんだん明らかになってきたのである。アンタだめねと見る女性もいるがそうでない女性もいる。それどころか欠陥をぜんぶ補ってくれて本棚まで造れてしまう女性もいることがわかり、それが家内なのだが、するとそういう部分は “ヒモ” になって気にする必要もない。積年の劣等感から解放され、得意なことだけに傾注すると僕は意外に強かったというwin-winの分業ができることになった。
日本経済の失われた30年で、特に男性は経済的な事情から結婚が難しくなっていると聞くが、そうでなくても難しかっただろう半端者の目から見ると心が痛む。僕はどうひいき目に見ても優秀な男子だったわけではなくもっと上の人がいくらも周囲にいたが、たまたま生まれた時代が今よりはましで少々の運があったということなのだ。時代ということでいえば、いまの対米従属の政治はいかんという主張を書いているが、僕の時代も従属だったのだからそれだけが30年ロスの原因ではない。アメリカも元気がなくなったからこうなった面も大いにある。だめな国に全面的従属を続けても未来はないだろうと思うのであり、日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持った国で、これを成長の源泉とする方法は必ずあり、自尊心を持ちながら経済的に独立独歩の道を歩めて何ら不思議ではないというのが主張なのだ。
そのためには男性も女性も幸福な家庭を築くことがとても大事だ。述べたように僕は一人で何もできないし仕事の能力も大したことはないが、欠陥を妻に補ってもらえたからフルスロットルでアクセルを踏むことができた。要はそうやって1+1が2より大きくなれば家庭の経済はうまくいき、その集合体としての日本経済もたぶんうまくいくのである。家庭と仕事の役割分担で男女逆転があっても何らおかしくなく、高学歴の女性は高学歴の男性と釣りあうなんて前世紀の遺物みたいな発想は捨てた方がいい。前世紀の男は、僕もその一人だが、自分より勉強や仕事ができる女性はあんまり求めなかったのは事実かもしれない。しかし今どきの世の中だ、たまたま男に生まれたけれど女性的な仕事が得意で家庭を支えてくれるやさしい “マスオさん” はいるはずだ。彼は男性社会で競争するより高学歴女性とペアになって本分を発揮できる。女性は後顧の憂いなく思いっきり社会で活躍すればよく、そんな例が増えれば社会の目も変わる。女性活躍社会などとはやして男性社会に無理やり隙間を作ろうという政治努力より男女の結びつきで女性が実力で社会を変える方が自然なのではないか。
僕は学生時代からユーミンの熱烈なファンだが、彼女が結婚して松任谷由実になったことで松任谷氏に羨望をおぼえた。天下の荒井由実様が旧姓でとおせるのに改姓した、いや、させた。すごい男だ、そんなにモテてうらやましいと嫉妬したものだが、あえてそういうことにしたユーミンさんのほうも大したもんだなんて気もしていた。だってそうされてごらんなさい、旦那はプライドにかけて必死に働くしかない。夫婦というのはそうやって1+1が2より大きくなる可能性を秘めたジョイントベンチャーでもあり、どっちの姓が上だ下だ好きだ嫌いだなんてなればみすみすwin-winのシナジーを求める精神を消すようなものなのだ。金融再編で3つも4つも銀行がくっつき、統合された側のメンツで新社名は金魚の糞みたいに奇怪で長く、当の社員さんすら言い間違えたなんてジョークが流行った時代があった。そういう結婚ならば僕は見送る。ウチの3人の子は東を名のって成人したので僕が何かやらかして家名を傷つけたら末代まで響く。普通の日本人ならそう思うはずだ。というより、それが日本人であり、日本社会のモラルの下支えというもので、サッカー場のごみをサポーターが片づけて帰っただの、震災で濁流にのまれそうだったお婆ちゃんを数人の若者が命を賭して救う画像に世界が拍手しただの、そういう我々には何でもないことが「日本的なるもの」を根っこで支えてきたのである。
もう一度書こう。日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持ったユニークな国で、ゼロからそれを凌駕しようと思えば、日本が日本たるべく辿った来し方である1500年ぐらいはかかる。だからそう試みるほど気の長い国は絶対に出てこない。いわば秘伝のタレを持った老舗のような存在なのであり、それを上回ろうと狙う連中はなんちゃってコピーをするか、目の上のたんこぶは邪魔だと日本という国柄を潰してしまおうとするだろう。そういう勢力に負けてしまって得をする日本人はいない。そいつらのポチになって一時の利得は得ても、相手は所詮は犬ころと思ってるのだから子孫は捨てられる。だから、絶対に負けてはいけないのである。日本国の、歴史の、文化の、言葉の、考え方の、あらゆる奥ゆかしさユニークさは、持ってない異国人からすれば究極の羨望の的であることは、16年海外から母国を眺めた者として断言できる。いずれすべての異国がそれに気づく時が来る。ということは、明治維新のようにそれを自ら破壊する愚を犯してはいけない。国民が誇りをもってそれを「成長の源泉」とする方法さえ考案すれば無敵なのだから、潰す側につくより無敵側についた方が圧倒的に賢明なのである。その方法が何か、いま僕は知らないが、必ずあると信じる。1500年の先人の遺産があるのだから、どうしてそれができたかを自分で考え、じっくり得心するまで先人に学べばいいのである。それは司馬遼太郎を読んで、日露戦争までの美点凝視で一時のカタルシスの解消を求めることではぜんぜんない。まして、また尊王攘夷で鎖国して外国を追い出しましょうなんてものでもない。むしろ、日本人が最も見たくなく、砂漠のダチョウのように砂に頭を突っ込んで回避していたい80年前の敗戦と国柄の喪失という歴史の負の部分を直視し、徹底的に「失敗から学ぶ」のである。日本人が本気になりさえすれば、我が身がこうして平穏無事に存在していること自体が成功を保証しているようなものだというアドバンテージに誰もが気づくと信じる。
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石破総理と玉木代表に思う
2024 NOV 13 0:00:11 am by 東 賢太郎

居眠りして風邪薬のんでましたとか、ズル休みのガキの言い訳みたいなのが出ちまうこと自体、小物感満載でみっともない。うるさい、俺が目をつぶった時は集中してるってことだ!ぐらいかませばいいのにね。そういうキャラでないしお疲れなのも理解するが、立場が立場なんだから気をつけられた方がいい。どんな組織であれ、世界のどこであれ、人は小物には本気でついていかない。共倒れリスクが高いからね。個人の身体的な限界は言うべきでないが、トランプ、プーチン、習近平、金正恩がそれを見てどう思うかということ。徹夜明けだろうが二日酔いでべろべろだろうがビシっとしている体力も要件だ。また、後輩だからあえて苦言を呈するが玉木氏も肝心なところでドジふんだもんだ。そのこと自体は奥様のご裁定であり是非もないが、これも居眠りと一緒、出ちまうこと自体がみっともない。まあトランプだけは So what? だろうが、将来トランプと対峙する気があるならそんなもんは屁のカッパの strong man ぶりでないと相手にもされんよ(もちろんだが strong womanもありだ)。
企業社会の話だが「承知しました、社に持ち帰って慎重に検討します」って言って半年もかかってやっぱりできませんなんて頭をかくのが伝統的な日本人のイメージだ。すると、その交渉のご当人は社内で strongでないって判定をされてあの人は意味ないからもう会いませんってなる。岸田総理は有無を言わさずLGBTをやらされ、やっちまって、保守に総スカンになって自民党を現状に追い込んだが、あの時点で総理であったのが誰であれ、つまり彼のお立場として逃れようがなかったと拝察する。やった者だけ評価するし、特にやれば1千億円だってくれるし、やらない奴はどんな言い訳しようが You’re fired! が米国人だから彼はその意味において成功し、奥の院を知ってる国会議員たちは与党であれ野党であれ彼を無視できないだろう。ただしここからはトランプ政権の出方次第である。
多数決というのは少数与党の総理より、別に総理でなくてもcasting voteを握ってる方がstrongであるといえないことはない。少なくともそう見せつけることは可能だ。ビジネスは大いにそうだが、実体などどうあれ相手にそう思われればディールは勝てる。そういうセンスがあるかどうか、ある人はあるしない人はないので何とも言えないが、たぶん人生一度あるかないかのチャンス。うまくやるんだね。ちなみに僕は国民民主党に投票してないしサポーターでもないが。
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あれまあ!やっぱりトランプだったのね
2024 NOV 7 3:03:04 am by 東 賢太郎

きのうディナーした米国人が来社したのが午後4時半だった。ちょうどスマホにトランプ当確のニュースが入ったのでどう?ときくと「個人は残念、ビジネスOK」ときた。なるほど、それなら僕は個人もビジネスも、まあOKだ。ウォール街はばりばりの民主党で当社もその仲間ではある。LGBTやら内政干渉には心底怒りを覚えるが、それとビジネスは別物と割り切らなければこの業界ではやっていけない。ちなみに当社のパートナーであるウォール街の某投資銀行CEOはトランプのトランジションチームに入ってるからホワイトハウスに移ることになる。「俺が不在の間に利益は何倍になるんだ」と社内では檄が飛んでるらしい。経済顧問ぐらいのポストだろうから楽しみであり、まあその分だけOKということだ。
というわけでビジネス的にはあんまり興味なかったが、「ハリスが僅差でリード」というニュースをどこかで耳にして、そんなに優秀なのかと公開討論を聞いてみた。悪いがどうひいき目に見てもこの人物においてそんなはずはない。現地にきいてみると「偏向報道の嵐です」が回答だった。しかしそれはアメリカの話だ。投票権のない日本人に日本のメディアはハリス押しのコメンテーターばかり並べて妙ちくりんな理屈をこね、気合を入れて偏向報道してる。誰が得するんだか実に不思議だ。あれまあ!って予想が大外れして赤恥をかくばかりか報道機関としての信用も失墜である。明らかにそう考えてないのだから経営リスクと思ってないのであり、報道にみせかけた新種のエンタメと解釈するしかない。
これで思い出すのはマカオのカジノだ。留学時代やロンドン時代に賭場に出入りしたが、香港ではマカオである。客はほとんど中国人で雰囲気はまるで鉄火場だ。丁半バクチで素人もわかりやすいルーレットが大人気で、テーブルを取り囲む人垣は三重ぐらいになっていたので僕は最後列から人をかき分けてチップを置いていた。やたら赤ばかり出る。次は黒だろう。あれれ、また赤だ。ええい今度は絶対にくるぞ!うわあ、また赤だ。これが6回続いた。64回に1度の珍事である。ざわざわし始め、なにやらそこらじゅうから大声で中国語が飛び交い、あたりは興奮のるつぼと化してきた。もういくらなんでも赤はない。確率はいつでも1/2なんだけど人間は思いこみに弱いのである。かく言う僕も賭けようと試みたが、あちこちから手が伸びてきてはじかれてしまい断念した。黒のベットゾーンに高額のチップがこれでもかと山積みになる。後でもめないようにディーラーはプレーを中断し、スティックで用心深く山をゾーン内に寄せて仕分けした。緊張が走る。いよいよ数字盤が回る。No more bets! 場がシーンと静まりかえる。カラカラと乾いた音を立ててジャンプした球がコロンと収まったのは、赤だった。
アイヤー!
多勢の混声合唱団のように見事にテンポのそろった大音声の絶叫が場内にとどろきわたった。これ、英語で「オーマイガー!」、日本語で「あれまあ!」である。正確に記すと、
アイィィヤァァァァ
であり、アイが四分音符、ヤーが二分音符のフォルティッシモで、速度はアダージョ、最後が嘆息ぎみのディミニュエンドで一抹のもの悲しさが漂ったものだ。なかなか音楽的であったのは皆さんの落胆の気持ちがひとつになっていたからだろうと思われる。このたび、バイデン政権のアイヤーも壮絶なものだったろう。メディアはお通夜みたいに真っ暗だ。それの忠犬ポチだった日本のお歴々はどうするんだろうか。
「トランプだったね、やっぱり」「安倍さんの死を悼んでたよな、やったのはあいつらだって」「現総理はアンチ安倍の急先鋒って伝わってるだろうな」「当然だろ」「なんでも麻生さんとは割とウマが合うらしいよ」「へえなんでかな、そんな刺さる話したのか」「いや、あいつは金のにおいがするって言ったらしい」
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