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チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調 作品36

2022 JUL 20 19:19:07 pm by 東 賢太郎

作曲家の心をその刹那に支配していた特別なムードというものは、時に塗り壁に封じ込められた霊気のようにスコアの奥に潜んでいて、演奏すると虚空に迷い出て繊細な聴き手の心に忍びこむことがある。そういう楽曲が幾つかあることを僕は知っている。

チャイコフスキーの4番はそのひとつだ。この曲の第1楽章は疑いなく彼の書いた最も狂気に満ちた恐るべき音楽であり、僕にとって意味深いもののひとつだ。4番を文字にすることを僕は自らに禁じてきた。理由がある。過日のこと、母を施設へ見舞に行って、気晴らしにとヘッドホンでこれをかけてあげたところ、冒頭のファンファーレにはっとして僕の目を見てうなずいたからだ。そのころ、母はすでに認知症で僕が誰かもわからなくなっていた。以来4番は軽々にさわれない気持ちになった。両親が亡くなり、失うものがなくなってその禁を解く時が来たことで本稿がある。

さらにもっと前の話(2008年)になるが、第1楽章をシンセサイザーで作ろうと試みたことがある。ところが展開部のある部分(後述)で弦の合奏が揃わない。低弦のパートを聴きながらだとVnが全然合わない。仕方なくスコアのVnパートを虫眼鏡で拡大・凝視して弾いた。シカゴ響で聴いてもそこは “カタストロフィー” なのだが、わずかでもズレるとカオスになってしまう。和声法も書法も極めて緻密であり、緻密であるがゆえに、この狂気の音符を書いた作曲家の精神状態は尋常でないと今でも思う。彼自身が “プログラム” とした「運命」が4番の陳腐で空疎なキャッチコピーと化し、文学的、情緒的な解説ばかりが施されるが、そんな皮相なものはこの曲の鑑賞には少しも助けにならない。誰も楽曲としての特異性を分析したり語ったりしないのはまことに不思議なことだ。

新婚旅行でのチャイコフスキー

チャイコフスキーは結婚した時点で既に富豪の未亡人ナジェジダ・フォン・メックから資金援助の申し出を得ており、踏み切ったのは経済的事情より妻アントニーナの猛烈なアプローチに押し切られた側面が大きいと考える。しかし同棲生活は結果としてゲイである宿命を「直視」し「正対」することを余儀なくされたという意味で悲劇というより惨劇であり、モスクワ川で自殺を図るほどの精神的衰弱に追い込まれてしまうのである。そしてわずか2か月で事実上、離婚した。左の写真はすでにその破綻を予言しているように思えてならない。思いを遂げて得意げに微笑む妻、ぎこちなく腰かけてポーズをとるが、どこか落ち着きがなく借りてきた猫のようにいつでも逃げるという風情の夫。新婚旅行なのに妙にすきま風が吹いている。作曲の才に恵まれ前途は洋洋、モスクワ音楽院講師であり美男子でもあった男、普通であれば我が世の春を謳歌したであろう男盛りの37才が、これはない。つまり、彼はおそらく普通でなかったのである。

フォン・メック夫人

その後の彼にとってフォン・メック夫人の年金は大切だった。14年も一度も会わずに続いたことからプラトニックな恋愛関係と美化する人がいるが幼稚にすぎる。彼は女に興味ないのである。アントニーナはストーカーだった、ひどい目にあった、でも夫人は単なるファンだ。サービスを強要せずにお金をくれるなんて素敵じゃないか。音楽にはプログラムがあると信じこんているようだ。それならば運命の交響曲ということにして、そうなるように2~4楽章を加えてプレゼントしよう。あの交響詩は狂ってる、暗すぎる。あの時、あの女に俺は発狂していたんだ。悪夢から救い出してくれたあなた様のおかげで私は今こんなに輝いています。暗いあれを第1楽章にしてそんなフィナーレにしよう。満場の喝采も浴びるだろう。そうだ、プログラムはベートーベンの運命交響曲だ。

セルゲイ・タネーエフ

そうやって彼は明るい陽光の元、イタリアのヴェネチアで終楽章を完成した。着想していた交響詩のような楽曲は第1楽章になった。4番の誕生はそんなものだったのではないか(注)。それでアレを隠して生きていける、もう大丈夫だ。彼が生きるためにどうしても隠したかったもの。それは後に法律学校時代の同窓生に証拠を暴かれ、秘密裁判にかけられ、やむなく自死に追い込まれることになるゲイの性癖である。何の罪もない新婦アントニーナには気の毒なことだが性的嗜好の是否を外野が騒いでも仕方なく、僕は人間の尊厳以前に生死にも関わる重たい一例を見た気がしている。

(注)これは作曲家の弟子タネーエフの主張である

だが本稿の主題はLGBTではない。彼が1878年の書簡でメック夫人に4番の曲頭にいきなり現れるファンファーレの意味を指摘したこの証言である。

「私を幸福から遠ざけ、死に至らしめるほどの力ゆえに従うしかなく、空しく嘆くしかないもの」

これが現れる恐怖。死に至らしめるほどの力である性衝動は止むものではない。女性と同棲すればそれに従えない。2か月で耐えきれなくなり、満たす。その末路は、やがて明るみに出て社会からはじき出され、幸福はなく、嘆くだけのぼろぼろの人生が待っている。意識しないように懸命に逃げ、無視を決め込んできた宿命を結婚で思い知ってパニックとなり、とうとう自殺未遂を犯す。そして15年後にコレラ菌のいる水を故意に飲んで本当に死ぬのである。我々はチャイコフスキーの目も眩むような素晴らしい音楽を聴いて、そんな馬鹿なことがあるはずはないと思う。それは我々が健常者だからであり、同時に、歴史は天才を美化するバイアスを持つからだ。

第1楽章は彼が自殺未遂に追い込まれる精神衰弱の中で書かれた。衝動が襲いかかり、満たせぬそれに抗っているうちに、不意に、人事不省のパニックに陥る。でなければそんなことで人間は自殺しようなどと思わない。問題は「抗えぬ」「不意に」「人事不省」という所にあるのだ。襲ったものは違えども、ハイリゲンシュタットでのベートーベン、第1交響曲の酷評で奈落の底に落ちたラフマニノフも同様の症状に至ったと僕は想像している。なぜなら僕自身も閉所恐怖症で幾度もそれになり、社会生活の一部をギブアップしているからだ。

4番のスコアにそんなことは書いていない。それなりのオーケストラが譜面通り演奏すれば喝采を浴びる。カラヤンやオーマンディの傷ひとつない美演を聴いて満足しないリスナーはあまりいないだろうし、チャイコフスキーはそれで目論見どおりで満足だろう。音楽演奏の美学(aesthetics)を考えるにあたり、この4番ほどわからない楽曲を僕は知らない。作曲家の人生まで勘案すべきなのか、もしそうなら殺人を犯したジュズアルド作品はどうなのか、妻がピストル自殺を図った時に書いていたドビッシーの「海」はどうなのかということになるが、そうした事情が彼らのペンを微塵も動かした形跡はない。しかし、4番はそうではないのだ。

我々は、そう思ってこのファンファーレを聴く必要があるだろう。

タネーエフの解釈は冒頭のファンファーレが苛烈な鬼火のようなトランペットに移行し、ティンパニの鉄槌を食らうとやがて静まって弦にひっそりと現れる不気味なヘ短調の第1主題の在り方に正統性を与える。なんとも黄泉の国のように幽玄だ(蛇がうねるようなチェリビダッケ盤ー下記⑦ーをお聴きいただきたい)。暗闇の中で野火がふらふらと頭上を飛び交い、リズムがシンコペートして引っかっかり何が始まるのだろうという不安がつのる。この時期にこんな交響曲の第1主題がどこにあったろう?(ない。これは交響曲ではない)

第2小節の4,7拍目からの「タタータ」という “リズム細胞” はご記憶いただきたい。楽章を通して繰り返され、耳鳴りのようにそこかしこで響き、しばし忘れるが実は鳴っていることに気づく。8分の9拍子だが ♪ で数えると4+2+3にきこえるこのびっこをひいた不安定なリズムは楽章の通奏低音である。そして後に全開となって聴き手を脈動の迷宮にたたきこむのである。

クラリネットに現れる第2主題は短調であり、これも交響曲の伝統と乖離すると彼はメック夫人に書いている(評論家のようにだ。交響曲だったことにしてしまおうとする彼は、本能はネジが狂っていたが理性は極めて健常だった)。下の楽譜の6連符の部分、滝の水のようにラからミにすべり落ちる半音階下降音型は楽章のそこかしこに楽器を変えて現れる。ホルンの強奏による伴奏でのこれは印象的だ(第78小節)。

やがて長調になりティンパニを伴ったVnによる素朴な第3主題に引きつがれるが、木管の合いの手は第1主題の変形である。やがて主題が弦に移ると楽想はざわめき、Moderato con animaとなってクレッシェンドする。ロ長調のその部分の第1Vnパートを見よう。第1小節はお馴染みの「タタータ」だ。第2小節は ♪ が9つになり、2つ目から一つ置きにアクセントがつく。つまり小節の頭と強拍にズレをつくり聴衆の拍節感を狂わす「頭欠けトリック」がそっと仕掛けられる(後に壮大な迷宮を形成)。第3小節からのソーミードードレミファソ・・は拍節が合致した朗々たる節だが、4小節目が孕んでいるリズムは4+2+3である。通奏低音と書いたことを思い出していただきたい。

たったの4小節にこれだけのリズムの細工と彫琢を施す最高度の理性、知性を持った人と知るにつけ、本能のネジの狂い具合に目が行く人は減る。チャイコフスキーを理解するのは本当に難しい。

朗々たる節は4本のホルンのユニゾンで演奏会場を席巻するほど気持ちよく響き渡る。小節の強拍とメロディーの1拍目が一致した自然な節だからだ。ところがその伴奏は「タタータ」の頭が欠けた「ンタータ」でズレがあり、だんだんそっちが優勢になり、ついにティンパニがfff で「ンタータ」の最初の「タ」(2つ目の ♪)を思い切り叩くようになる(前述の「頭欠けトリック」)。譜面を見てないとそれが強拍と感じてしまい、何拍子かもわからなくなったところで、トランペットとティンパニが突然「ファンファーレ」をぶちこむ(第193小節)。迷宮に連れこまれた聴き手は強烈なパンチを食らうのである。

ここまでが巨大な提示部であり、Moderato con animaから展開部の様相を呈しているが、このファンファーレからが本来の展開部である。しばらく第1主題の亡霊が交互に木管と弦に浮遊する(この部分、熱病にうなされるみたいだ)。やがて第1、第2Vn によって、あたかも魂が天国を夢見ながらそこに登ろうともだえ苦しむような素晴らしいメロディーが奏でられる(ここにしか出ないのであえて「主題」とはしない。交響曲にこんなことはない)。

まったく唐突な出現ではっとする、情熱的なのに高貴でもある驚くべき楽想であるが、第4、第8小節に4+2+3リズムが内包されているのがお分かりだろうか。冒頭の和声はB♭(on a♭)だがメロディーはsus4であるe♭で始まり、ここを4分の3拍子と見れば(8分の9拍子だが)e♭は係留音で次のdに解決する。すなわち、和声的にも第2音が「ぬし」であるという「頭欠け構造」になっているのである。しかも、伴奏のobとclは「ンタータ」の頭欠け音型で、かつ、第5音のsus(係留音)であるg♭から入り第2の f で解決する。以下このメロディーはその法則で音高と音量を増しながら進行する。

この夢遊病のように天国に登る感じは「リズムも和声も頭欠け」という、第1楽章全体を支配する「頭欠けトリック」の応用編というべき構造が我々の脳内に生み出している「像」である。両者に物理的関係はないが、おそらく、脳の同一の部位に作用する。それが僕一人でなく数多の人間に起こる不思議は大変に深遠で面白い。このことで僕は原子核を回る電子の構造と恒星を回る惑星の構造が似ている、銀河が密集して分布する構造(グレートウォール)とラットの脳内のニューロンネットワークの姿が似ているという興味深い事実を思い出さずにはいられない。その2つのペアは、視覚を通して我々の脳の、おそらく同じ部位に、似た「像」を結ぶのだ。このことは、突き詰めれば、チャイコフスキーの脳内で何が起きていたかを知ろうという試みになる。彼は天から降ってきた奇跡のような楽想をここに挿入したくなり、悲痛に恋い焦がれるような、胸がざわざわするみたいな長7度の和声をつけたくなった。「たくなった」というのは「衝動」であって、彼を悩ませ命を奪ってしまうほどの力だったあの性衝動と脳の中で起きている化学現象の本質は変わらないはずだ。ということは、つまり、そういう性癖がある人だったからこれが書けたのである。そういう人が、健常者の作った社会規範の中で楽しく飲み会でもして生きていたのだったらその方がよほど不思議であり、その辺を歩いている人が4番を書いてしまうほど1億年たってもあり得ない事なのだ。それがあってこの交響曲が残っているのだったら、それを楽しませてもらっている我々としては彼の性癖を見て見ぬふりをしたり隠してしまうのではなく、人間のサガとして直視して認めてあげ、それを含めてチャイコフスキーさんという人間に感謝するべきだと僕は心から思う。ちなみに僕をこうして作曲家の脳味噌に執着させ、書き残した作品をTestament(遺書であり聖書)として調査させるもの、これも、趣味でも職業でもない「衝動」だ。地球上のあらゆる人間の中で僕のそれが発動するのは科学者、哲学者、作曲家だけである(結果的に男だけだ)。しかし興味あるのは「彼」ではなく、神品である彼のTestamentであり、彼がどんな変態だろうが狂人だろうがまったくどうでもいい。だからモーツァルトの性癖(こっちは “ノーマル” だが)に目をふさぎ、純真で哀れな天才像を打ち立てようなどという大きく的外れな運動はソ連がスターリンの銅像を祭ったぐらいの人類史の汚点としか見えない。歴史に残った作曲家で、いい人ですぐ飲んでうちとけてカラオケに行けそうな人物は皆無だろう。そういう人はTestamentを残せないが、演奏家や評論家にはなれる。

余談だが、レナード・バーンスタインはYoung People’s Concertでこの部分を取り上げている。さすが!真打!と叫ぶしかない。作曲家である彼も神の奇跡に気がついたのであり、音楽の素晴らしさとはこういうものだ、これを子供たちに伝えてあげなくてはと自ら宣教師の役を負ったのだ。こんなハイグレードな講義をさくっと聴けるアメリカの子供が良き聴衆に育つのは至極もっともだ。クラシックの聴衆はエンタメ空間では絶対に育たない。どんなにクラシックは怖くないですよ、親しみやすいですよとホルストの木星をお姉さんが歌って “ポップさ” を装っても、そもそもポップでないのだから本末転倒なのである。音大は音楽家を育てる学校であるが、いまの音楽界の趨勢、到底回復など見込めない日本国の経済状況からすると何校も潰れる危機がいずれやってくるだろう。お金を払って真剣に演奏を聴いてくれる人を増やすことがすべてを救う道だと理事さんたちは考えないのだろうか。本稿の読者のようにクラシックを知りたい人はたくさんいる。しかし我が国のクラシック文化の未来に僕は危機感を持っており、明治時代と同じノリでシューベルトの魔王を教えてる文科省検定の音楽の授業ではお先まっ暗である(ちなみに僕は中学時代の通信簿で音楽は2だ)。それを担っている音大にこそなんとか動いていただきたい。それには音楽の素晴らしさ、感動を一般の人に広く知ってもらうしかない。宣教師の役を負える優秀な教授がたくさんおられるし、何より目先の学校の収入にもなるのに、どうしてバーンスタイン流一般市民向け教養講座でも設けて聴衆を育てないのだろう。

このパッセージは再びファンファーレの襲来で断ち切られて束の間の幻想に終わる。そして忌まわしい運命はいよいよ僕がシンセで弾くのに悪戦苦闘した部分を呼び覚ます(楽譜2小節目から)。これだ(ああ思い出す、忌まわしい)。

ここから数小節、スコアは弦5部と木管だけになり、上掲の第1Vn声部、低弦+Fgの声部、木管(Fl+Ob+Cl)声部の3声で無調のように無機的となり、リズムは第1主題の変形に対して ♪9つが重なる。狂乱である。間にファンファーレが鳴って狂気が反復されることからも、運命の「死に至らしめるほどのパワー」に理性が打ちのめされ、ここをパニックのようにピアノで弾いているチャイコフスキーの姿が浮かぶ。やがて再度のファンファーレが襲いかかり、ティンパニが地獄の審判のような4+2+3リズムを fff で強打する。静まると第2、第3主題が再現、「頭欠けトリック」の迷宮、ファンファーレとほぼ提示部通り進み、Fl、Obにまったく新しい平和な気分のメロディーが登場し、これも新しい「タタータ」を素材とする行進曲のようなメロディーが現れ、激した弦に乗ってファンファーレが轟く。幻想交響曲のお化けより怖い。これを繰り返すと弦が fff のユニゾンのトレモロで第1主題を悲痛に歌い上げ、Allegro vivoのコーダになだれ込んで曲を閉じるのである。ああ疲れた。なんて重い音楽だろう。でもこれが人類の宝であることは疑いがない。

第2楽章は直前に完成したバレエ「白鳥の湖」のムードを色濃く持つ。美しいのは中間部のまた中間部、es のオスティナート・バスの変ホ長調のページで、第1楽章のバーンスタインが弾いた部分を連想させる。

第3楽章は最も早く完成しパリ万博で独立して演奏された。ピチカートだけの主部は異色で和声もファンタジーを感じさせる所はチャイコフスキーの面目躍如である。中間部は木管だけ、金管だけとオーケストレーションに凝っている。この楽章は2011年にシンセ録音した。

第4楽章はメック夫人の庇護を得て極めてoptimisticだ。雪崩のように音階を駆け降りる主題、歓喜に満ちたダンス主題、そして憂愁をおびたロシア民謡「In the Field Stood a Birch Tree」から成る。

降下主題は第1楽章第2主題の半音階降下にも見られるチャイコフスキーの嗜好で、悲愴交響曲第3楽章の行進曲(Tutti)の導入部にも見られる。この楽章で興奮したいから4番を聴く、4番が好きだという方も多かろうが、まったくの私見だが上記民謡の合いの手にシンバルをちゃんちゃんと田舎くさく鳴らす部分の垢ぬけなさは僕の耳には甚だ興ざめであり、あの衝撃の第1楽章を書いた同じ人が真面目に書いているとは信じ難く、百年の恋もさめる。ロシアの土俗性を宿す交響曲第2,3番のままで、4番時点ではチャイコフスキーは未だ西欧化を遂げていない(まあこれは21世紀人の都鄙感覚であり、曲の出来栄えとは関係ない話であるが)。民謡の引用は、大上段の交響曲にしてしまった手前からくるナショナリストの国民学派へのウケを考慮した自信のなさであり、メック夫人へのロシア人の絆の証し、大サービスでもあったと僕は考える。でも、そんなものはアートの価値には関係ないのだ。他人の気持ちやウケなど微塵も考えていない第1楽章と締めのこの楽章の救いようのないアンバランスは4番の最大の弱点である。チャイコフスキーもそう思ったのだろう、第1楽章のファンファーレが闖入して暗い緊張感が支配する場面を挿入したが、村祭りにひと雨パラついた程度のことであり、やおら歓喜主題がホルンで嬉し気に再現し、一気に欣喜雀躍、狂乱のエンディングになだれ込む。この部分の息もつかせぬ絶妙な和声変化は第1楽章に既に萌芽が見えるが、その個性と創意は見事というほかなく、唯一無二、空前絶後のチャイコフスキー・オリジナルワールドであり、チューバのパートを一緒に歌うのは僕に最大級の喜びを与えてくれるから最後は「やられた」と思う。この楽章も2011年に録音した。

4番の初演はニコライ・ルービンシュタインの指揮で1878年2月22日にモスクワで行われた。チャイコフスキーはフィレンツェに滞在しており断片的な情報をメック夫人から聞いただけだったが、後にタネーエフ、オーケストラ団員らから「うまく演奏はされた」という言葉を聞き、成功しなかったことを悟る。後に第5交響曲を初演した折にも数々の酷評があり、彼自身が同曲の評価に自信を失くすが、その折にメック夫人への手紙でこう書いている。「昨晩、私達の交響曲第4番を再検討してみました。何という差があることでしょうか。なんと立派によく書けていることでしょうか。これは大層悲しいことなのです」。このコメントは重要だ。メック夫人という触媒を得て書き連ねた音符は彼を鬱から回復させたが、精神錯乱の中で書いたのだからどうかと思っていた割によく書けていたことを後で知ったわけである。しかしその音符は初演のオーケストラが初見から読み起こして容易に弾けるようなものではない、うまく演奏されただけで立派なことだった。

総括しよう。ベートベンの「運命」は闇から光へとされるが、こちらは鬱(うつ)から躁(そう)へとした方が余程ふさわしいように思う。チャイコフスキーが心の内面を音楽に描写したのではなく、内面がそうだったからこういう音楽になってしまったという代物なのである。そのことはベートーベンなら「運命」ではなく「エロイカ」、そしてラフマニノフならばピアノ協奏曲第2番にも感じ取れる。人間が極度にdepressされて鬱状態に陥り、音楽を書くどころか自殺の淵に立っており、そこで何かの救いがあって脱出し、平常の精神に戻る勢いで書いたという意味で共通項のある曲だからだ。そこには人智では伺い知れぬ、いわば形而上的で神がかったエネルギーが漲っているが、それは注入されたのではなく作品内に “自生” しているのであり、作曲家がそう意図して書いたからではなく、そうだから彼は復活したというのである。我々がdepressしたとき、エロイカ、ラフPC2、そしてチャイコフスキー4番に救われるとすれば、理由があってのことなのだ。

 

おしまいに演奏について僕の所有する37種の音源からご参考まで(youtubeで聴けるものを優先。カッコ内はレーベルと録音年)。

 

(1)4番をあまりご存じない方(以下、寸評からお好みのものを)

➀ ムラヴィンスキー / レニングラードPO.(DG, 1960)

辛口大吟醸。オケ特上(AAA)。パワハラぎみ杜氏の支配力は今や絶滅種。

➁ オーマンディ / フィラデルフィアO. (CBS,1963)

キレある甘口。オケは➀に拮抗(AAA)。どこもスタンダードの表現こそ価値。

③ カラヤン / ベルリンPO. (EMI, 1971)

フルーティな吟醸。オケはAAA。舌に丸みある極上快感でスコアの棘を忘れる。

④ セル / ロンドンSO.(DECCA, 1962)

生酒。オケはAA(Mov4がAA-)。無用の遊びなく直球勝負。こういうスコア。

 

(2)中級者向け

⑤ ベーム / ロンドンSO. (DG, 1977)

重めの個性。オケはAA。杜氏はワインで実績。既存銘柄に飽きた人には一興。

⑥ 小澤征爾 / パリO. (EMI, 1970)

新人杜氏(当時)。オケA。キリっと辛口さわやか。筆者はこれで酒を覚えた。

⑦ チェリビダッケ / ミュンヘンPO. (EMI, 1993)

超まったり。オケAA。これが酒かの声あるほど個性的。初心者は避けること。

⑧ バーンスタイン / ニューヨークPO. (DG, 1989)

老舗謹製。オケAA。製作年に杜氏に会った。癖強い爺さんだった。個性満開。

⑨ フルトヴェングラー / ウィーンPO. (EMI, 1951)

古酒。オケA。香りは飛んでいるが意外感を楽しむ。これで酒覚えるのはなし。

⑩ スヴェトラーノフ / USSR国立SO. (Melodia, 1967)

郷土色あふれる地酒。オケA。アルコール度数は50度。効く。酒豪におすすめ。

 

(3)上級者向け

⑪ ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウO. (Philips, 1978)

純米大吟醸中汲み。オケAAA。この極上の気品とコクは子供には分からない。

⑫ ルドルフ・アルベルト / パリ・チェント・ソリO. (不明, 1970)

無名の蔵出し。オケAA。キレ、コク、ノドごし最高。人に教えたくない秘酒。

⑬ 芸大の学生さん(タエーネフ編、ピアノ4連弾版第1楽章)

和音の違う部分、リズム甘い部分あるが、演奏はお見事である。

⑭ コンスタンティン・シルヴェストリ  / フィルハーモニアO. (EMI, 1957)

いきなり唖然!なんだこれは?と頭が錯綜したのがずいぶん前の初聴のときだ。はっきり覚えている。しかしこれは深謀遠慮なのだ。実に鋭い。原典に根拠があるのかもしれないが、あろうがなかろうがファンファーレは奇天烈で、出るたびに吐き気をもよおす方がチャイコフスキーの作曲意図に合致するのである。だから僕の音楽美学にも完璧に合致し、全面的大賛成である。終楽章の耐え難いシンバルは実に控えめで趣味も良し。スコアを熟考の末にオケに厳しいムチが入っていることがフレージングの隅々まで感じられ、全曲に渡って馬なりに鳴る音符なし。シルヴェストリ恐るべし!上級者の方は発売当初に物議を醸して著名な本盤を経験済みだろうが、これを機にぜひもう一度耳を凝らして聴いていただきたい。本稿の私見にご賛同いただけるかもしれない。初心者はやめた方がいい。

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僕が聴いた名演奏家たち(ゲオルグ・ショルティ)

2020 SEP 3 20:20:28 pm by 東 賢太郎

ショルティの演奏会にはヨーロッパで何度か遭遇した。残された膨大な録音でどなたもおなじみだろうが、彼の指揮の特徴を一言で述べるなら明晰かつエネルギッシュであろう。細部までのクラリティ(見通しの良さ)と、強靭な推進力、音量を伴った動的なパワーというものは案外と両立しにくい。現に両者の合体をショルティほどに高度なレベルで達成し持ち味とした指揮者をほかに挙げよと言われると答えに窮するしかない。

海外に出て行って度肝を抜かれたのは、何度も書いたフィラデルフィア管弦楽団だ。何に驚いたかって、一にも二にも音量だ。アカデミー・オブ・ミュージックでユージン・オーマンディが振った「展覧会の絵」の終曲の、シャンデリアが落ちるんじゃないかという壮絶な大音響。あれは音楽を全く知らない人をも圧倒する原初的衝撃に違いない。感動という感覚的、美学的な次元ではなく、初めてニューヨークへ行った人がエンパイアステートビルを見上げて絶句する、あのあっけらかんとした驚きによほど近い。とにかく音がこんなにデカいものなのだというのが僕のオーケストラ原体験だった。

その洗礼を2年受けて僕はそのままヨーロッパに渡り、シカゴ響を率いてロンドンにやって来たショルティのチャイコフスキー4番を体験したわけだ。聴いたという言葉は当たらない。体験だ。この音響の凄まじさはフィラデルフィアの洗礼を覆す衝撃であり、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールは興奮のるつぼと化し、演奏会は伝説となり商業用ビデオとなった。

 

 

こういうものを知ってしまうと、日本のオーケストラは巨木の森でなく箱庭にしか思えない。上手下手の領域ではなく、動物種の違いというか、肉体的に別物のところに日本のクラシック音楽は存立していて、それはそれで繊細な良さは認めるのだがもうどうしようもないある種の障壁を感じる。

音楽の演奏は息を吹き込んだり弓で擦ったり撥で叩いたりという肉体の作業である。それを聴いて愛でる方にも、肉体に対する嗜好というか、ダビデ像やミロのビーナスに見て取れる好みの特性がある。そういうものは民族性(racial characteristic)なのであって、ヨーロッパ人の自己中心的な目線からは race(人種)とは白人以外を区別して論じる概念で、自分たちは対象でない。だから民族性という言葉も白人の中の区分けでしか使わないが、我々東洋人から見ればマッチョや長身の金髪好みは民族性以外の何物でもないわけだ。

クラシック音楽においてはヨーロッパの民族性が本流という事になるのは仕方ない。我々日本人にとってはまぎれもなく異民族の風俗であり、セックスに対する考え方が日本人とドイツ人で天と地ぐらい違うような、深く民族の奥底に根ざした何物かの投影だと考えるしかない性質のものだ。そういうことを知る機会は日本にいてはなかなかないし、むしろ封印して音楽に国境はないと割り切ってしまう姿勢が市民権を得るのは良いことだとは思う。しかし、単なる一聴衆であり、それを消費するだけの存在である僕には楽しくない。能狂言、歌舞伎の役者にマッチョ、金髪の白人が進出して日本の古典芸能がグローバルになったと喜ぶ一員にはなれそうもない。

チャイコフスキーが4番の終楽章で、イノセントな民謡主題をくり返しくり返し紡ぎながら狂乱の気配を増幅してゆき、ついに爆発的な熱狂になだれ込むコーダをどんな気持ちで書いたかは知らないが、あの終結に巨大な音響こそ効果的なのは疑いもない。それは能の土蜘蛛が糸を投げる場面で派手の中に背筋の凍る不気味さを秘めることを求めているのと同じ意味で、作曲家がスコアに込めた “民族的欲求” の投影である。ショルティはそういう性質のスコアで無敵だ。彼がマーラー解釈で一世を風靡したのは同じユダヤ民族だったということもあるかもしれないが、明晰かつエネルギッシュである彼の芸風のなせる業である方が大きい。チャイコフスキー4番は第1楽章にメッセージの勘所がある作品で、彼のLGBT的特性が最も高次の芸術として結晶化した例だ。ショルティは得意でなく、同じ性癖であるバーンスタインがうまくリアライズしている。

マーラーを苦手とする僕が、唯一マーラーで唸り、打ちのめされた演奏会があった。1997年7月12日にショルティがチューリヒ音楽祭にやってきてチューリヒ・トーンハレで同名の管弦楽団を指揮した第5交響曲である。

これは同年9月5日に世を去ったショルティの最後の演奏会の一つとなった。ラストコンサートというと僕はカラヤンとヨッフムのも遭遇しているが、その二人はそれが最後だろうと聴衆の誰もが暗黙に了解するオケージョンであり、音楽の内容はどちらも老いを微塵も感知させなかったが、舞台での姿はもうこれが見納めだろう、本当にお疲れ様というものだった。しかし、ショルティ翁の最後の姿はというと、今も脳裏に焼き付いているが、1985年に颯爽とチャイコフスキーを振ったあの時と何ら変わりはないものだったのは驚くべきことだ。彼は最後までエネルギッシュな男だった。マーラー5番は思い出がある。84年にロンドンに赴任して、ニューメディアとして鳴り物入りで出てきたコンパクト・ディスクなるものを聴いてみたく、まずDenonのプレーヤーを買った。10万円かそこらの安物だ。ディスクの方は新品が確か15ポンドぐらい、当時のレートで4千円近くもしたが、音が良い、永久にきけるという宣伝文句に洗脳されていて(どっちもウソだった)、いつも週末にチャイナタウンで中華を食べてから寄っていたソーホーの北側、チェアリング・クロスでレ・ミゼラブルがずっとかかっていた芝居小屋の対面にあったレコード屋で中古を見つけて飛びついた。それがたまたま、ショルティ/シカゴ響のマーラー5番だったのだ。まさかそれをチューリヒで聴いて大ショルティを天国に見送るなんて、お釈迦様でも知らなかった。

これがDeccaが録音してくれた、その演奏会の音だ。録音も素晴らしいので、ぜひ、CDをオーディオ装置で聴いていただきたい。

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チャイコフスキー 弦楽四重奏曲第1番ニ長調 作品11

2020 AUG 13 22:22:55 pm by 東 賢太郎

僕にとってチャイコフスキーというと、「アンダンテ・カンタービレ」だった時期が長くある。親父が所有していた名曲集みたいなSPレコードにこれが入っていて、生まれた家で四六時中鳴っていたらしく、物心ついた頃にはメロディーを知っていた(名前が弦楽四重奏曲第1番第2楽章の標題から来たと知ったのはずっとあとだったが)。ほとんどの方がどこかで聞きおぼえがあるだろう、お聴きいただきたい。

有名な主旋律は、妹のアレクサンドラの嫁ぎ先であるウクライナのカメンカで大工(左官)が歌っていた民謡とされている(第5,6小節にヴォルガの舟歌の一部もきこえる)。

このピアノ譜を弾くと、指が(♭はひとつ少ないが)どことなくシューマンのトロイメライを思い出す。曲想だって「夢」であっておかしくない。チャイコフスキー31才、田舎の民謡に素敵な和声を配してロマンティックに洗練させる腕前には感嘆するしかない。

当時のロシアでは音楽家は教師か歌劇場の団員になるしかなく、地位や所得は農民並みだった。そこで両親が名門ザンクトペテルブルグ法科学校に入れたのもシューマンとまったく同じだが、違うのは彼はしっかり勉強して法務省の官僚になったことだ。その職が楽しかったら我々は悲愴やくるみ割り人形を聴けなかったことになる。

弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11はそうならなくてよかった作品のひとつと僕は思っているが、世間の評価はアンダンテ・カンタービレを除けばそうでもない。本稿をどうしても書く必要がそこにあった。代表作とは言わないが全4楽章とてもチャーミングで初心者もわかりやすく、どなたでもメロディーがすぐ覚えられるし、まちがいなくその価値はある。

これは僕のLPだが、往年の評価が高かったスメタナ四重奏団の演奏だ。ぜひくりかえして覚えてしまっていただきたい、きっと一生の友となるから。

ここからはご興味ある方に。

Mov1の第2主題

この情感はシューベルト的だ。例えば弦楽四重奏曲第12番《四重奏断章》 ハ短調D.703の、途中で破棄してしまったMov2をお聴きいただきたい。

なぜシューベルトはこんな素晴らしい作品を投げ出してしまったのか?未完成交響曲と並ぶ謎だ。ちなみにこの曲は死後42年の1870年にライプツィヒで出版され、チャイコフスキーがSQ1番Op11を完成したのは1871年である。ジャンル最初の作曲にあたって、もし彼が出版を知っていれば見たくなったのは自然ではないか。

Mov3(スケルツォ)を聴くと、僕はいつもモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421のMov3を思い出している。旋律はちがうが3拍子でこの悲壮感、緊張感を引き継いでいるように思う。

Mov4ではVaの憂愁を帯びた主題に続く部分とコーダでモーツァルト「魔笛」(序曲)の和音連結(b-h-c-a)が全開となる。チャイコフスキーはモーツァルティアーデを書いたほど彼を熱愛していた。

かようにSQ1番にはドイツ先人の作品研究のエッセンスが込められており、反西欧、反アカデミズムだったロシア五人組とチャイコフスキーが距離を置いていたことへの「物証」となっている。

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無観客のケンぺ指揮チャイコフスキー5番

2020 MAY 26 11:11:35 am by 東 賢太郎

この演奏は一度ブログにしてます(ケンペのチャイコフスキー5番)。同じCDを扱うのは、先日聴きなおしてさらに思うところがあったからです。

これをFM放送できいたのは45年も前ですが、第4楽章のティンパニを強打した頑強な骨組みの音楽に魅入られ、一音も逃すまいとスピーカーににじり寄って聴いたのです。その場面を、ティンパニは右チャンネルから聴こえていたことを含めてはっきりと覚えていて、勿論、その日のその前後の記憶などまったくないのですから余程の衝撃だったのでしょう。

それまでもっぱら聴いていたオーマンディー(CBS)のレコードはいま聴いても素晴らしいもので後に同曲の実演も接したのですが、あれはアメリカの音、こっちがドイツの音と、非常にプリミティブではありましたが、僕の中に仕分けの箱ができたという意味で自分史の重大事件でした。前稿は2013~4年、会社の存続が大変な時期でそこで偶然うまくいったから今がありますが、精神史として読み返すと痛々しくもあります。

さてFMで衝撃を受けて忘れられなかったケンぺの5番ですが、放送録音らしく正規盤が見つかりませんでした。仕方なく翌年にEMIの正規録音であるBPO盤を買いましたがどうも熱量が足りず、悪くはない(1つ星を付けてる)のですがどうしてもそれが忘れられずにいました。以来ずっと海賊盤を探し続けていて、ついに2002年に石丸電気でそれと思われるCDを発見した喜びがひとしおだったのはご想像いただけるでしょうか。これです。

今回、6年前執筆時よりは僕の精神も安定しているのでしょう、感慨を新たにしました。なんてドイツドイツしてるんだろう!これをアップしたらすぐ外国の方が「(この演奏を)ソ連のオケと思ってました」とコメントをくれましたが、自分も前稿でナチスの行進もかくやと書いております。さように両端楽章で主題を威風堂々奏するところ、トランペットの鳴り具合とティンパニの迫力はそれがチャイコフスキーの書いた最も「自己肯定的」な音楽であることを知覚させます。ロマンと陶酔でムード音楽のようにあっけらかんとした快楽主義の5番が横溢する中で、ケンぺの解釈は強烈な存在感を主張します。

後に彼はこの曲に否定的な評価をして見せるようになりましたが、4番で分裂症的になり、5番で立ち直り、6番で破綻した。各々に白鳥の湖、眠れる森の美女、くるみ割り人形が呼応している様は彼の精神史そのものです。否定的だったのは「実は俺は立ち直っていない、ふりだけだ」という自己嫌悪の現れだったように思います。私見ではチャイコフスキーにはドッペルゲンガーの側面があると考えています。その段に至った彼はケンぺの演奏を嫌ったかもしれませんが、書いたスコアは雄弁にこの解釈(男性的なもの)を志向しており、だから否定的姿勢をとるしかなかった。分裂的なのです。

それをカムフラージュするロマンへの逃避(女性的なもの)は同じく精神を病んだラフマニノフが踏襲しましたが、近年の演奏家の両者の楽曲解釈はというと、大衆の口にあう後者をリッチに描きエンディングで男性性を復帰させて盛り上げるという安直なポピュリズムの横行で、そちらに寄るならポップスでよしと若者はクラシックからますます遠ざかることを危惧するしかありません。ケンぺを絶対視するわけではありませんが、かくも剛直に自己のイズムを貫徹させる指揮者は本当に絶滅危惧種になりました。後述しますが、指揮者が絶対君主たりえない時代のリーダーシップの在り方の問題と同根でありましょう。ケンぺは僕が渡欧して接した歴史的演奏家たちのぎりぎりひと世代前であり残念でした。

Mov2のホルン・ソロの、レガートのない垢ぬけなさは録音当時世界を席巻していたカラヤンを否定してかかるが如しで、ケンぺの気骨を感じます。この委細妥協せぬ圧巻のユニークさは、それを聴いていただきたくてアップしたレオポルド・ルートヴィヒのくるみ割り人形組曲(同じオケ、66年録音)に匹敵するもので、こっちのホルンもとてもチャイコフスキーとは思えません。これです。

ケンぺ盤にあらためて発見するのは音色だけではありません。オケの内部を聴くと第2楽章はテンポが曲想ごとに動くのがスリリングでさえあります。ラフマニノフがP協2番の緩徐楽章に取り入れた出だしの弦合奏は森のように暗く深く、その陰鬱が支配しているのですが木管が明滅する第2主題は水の流れのようで木霊が飛び交うよう。爆発に至るエネルギーの溜めが大きく、リタルダンドして頂点でティンパニの一撃を伴ってバーンと行く様はクラシック音楽がカタルシスを解消し人を感動させる摂理の奥儀を見せてくれます。

意外にアンサンブルが乱れるところもあります。VnよりVc、Cbが微妙に先走って低弦が自発的な衝動で速めたように聴こえ、メロディーは何事もなかったように即座に反応してそっちに揃うわけですが、棒が許容した自発性にVnがついていかなかったのか弦楽合奏の中でこういうことはあまり遭遇したことがありません。第2楽章の全体としてのテンポの流動性はケンぺの指示に相違ないでしょうが、セクションのドライブに委ねる遊びがあって、それが奏者の共感するテンポへの自発性を誘発したかもしれません。何が理由かは知る由もなしですが、この演奏の内的なパッションは稀有なものです。それを呼び覚ましたのはこういう部分かもしれないとこの楽章をヘッドホンで聴きましたが、指揮者の棒がどちらだったのか興味ある瞬間でした。

ただ、そういう乱れはスタジオ録音では修正されますからこれはライブです。しかし客席の気配がない。想像になりますがゲネプロ(本番直前のいわば「無観客試合」)ではないでしょうか。にもかかわらず「低弦の自発的な衝動」のようなものが楽員のそこかしこにみなぎっている感じが生々しく伝わってくるのはライブであれ正規録音であれ極めて稀です。フィラデルフィア管の定期が大雪でほぼ無観客でやったチャイコフスキー4番の快演はそれに近いものでしたが(クラシック徒然草-ファイラデルフィアO.のチャイコフスキー4番-)、指揮者(ムーティ)も楽員も、交通手段が途絶えるなか万難を排して会場に来てくれた少数の客をエンターテインしようという気迫と集中力が観ていてわかるほどで、天下のフィラデルフィア管弦楽団が本気で燃えた一期一会の名演を生んだわけで、人間ドラマとしての演奏行為とは実に奥が深く面白いものです。

さように演奏者の自発性というのは大事です。その有無でコンサートの印象は大きく変わります。ウィーン・フィルが地元の作品をやる場合にそれを感じることが多くありますが、しかしこのオケが常時そうかというと否で、違う姿を何度も見て幻滅もしています。プロとして恥ずかしくない演奏を常にくりひろげてはくれますが、一次元ちがう「燃えた」演奏が極めて稀にあることを知ってしまうともうそれだけでは満足できない。人生、なかなか難儀なものです。

勝手流ウィーン・フィル考(3)

百人の人間の集団がリーダーに心服してついてくるか否かという深遠な問いについてここでは述べませんが、僕は経験的にそれにあまり肯定的ではなく、選挙にせよアンケート調査にせよ企業経営にせよ全会一致は疑念を持たれるほど異例でありましょう。プロの楽団は指揮者への心服の有無に何ら関わらず一定水準の演奏を仕上げられる実力があるから「プロ」なのであって、心服したアマチュアの演奏会の方が感動的という経験も何度かございます。今回聴きなおしたケンぺの5番はそれがプロの高い技術で提示されたものという印象であり、20才でたまたまラジオでこれを聴けたことは幸運でした。

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チャイコフスキー バレエ「眠れる森の美女」

2019 NOV 25 21:21:25 pm by 東 賢太郎

どうも若い頃はバレエの舞台が苦手で、ニューヨーク、ロンドンでストラヴィンスキー、ラヴェル、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフを観たはずだが、春の祭典とダフニスで踊り子の靴音がうるさいと思った以外はあんまり覚えていない。チャイコフスキーとなるとさらに苦手感が強く、マインツとヴィースバーデンで白鳥とくるみ割りを観に行ったが、これは娘たちのためだった。

ところが、2010年にロンドンのコヴェントガーデンで観たボリショイ・バレエ団の白鳥の湖が絶品であった。何がかというと、舞台だ。僕はモーツァルトが言うように、音楽が舞台のしもべになるべきでないと思っている人間だ。しかしあの時は踊りがあまりに美しくて音楽はBGMになってしまっており、そういうこともあるのだと感服したものだ。

まずチャイコフスキーについて書こう。若い頃は彼の交響曲に熱狂しており、特に4-6番は完全記憶して4番の第1楽章と6番は全曲をシンセでMIDI録音しており6番終楽章はピアノで弾くのが好きだ。しかし、このところもう数年はどれも聴いても弾いてもいない。飽きたのかといわれれば、そうかもしれない。彼の音楽は確かに楽しいしよくできているのだが、このトシになるとやや底が浅く、エロイカやモーツァルト39番に飽きるということはないだろうがチャイコフスキーはそうでもないということを残念ながら否定できないかなと思う。

ホ長調が基調である「眠れる・・・」は同じ調性で書かれた交響曲第5番と近親関係にある。第2幕の第15番Pas d’Actionのチェロのソロの旋律は、誰の耳にも明らかなほど、交響曲第5番第2楽章のこの主題と瓜二つだ。

第1幕第6番の「ワルツ」はどこで聞いたのかずいぶん小さい時分から知っていて、これと白鳥の有名な「情景」が僕にとって長いことチャイコフスキーの代名詞だった。

この曲のイントロは実にゴージャスだ。うわ、どんな素敵なことが始まるんだろう!?と子供心が湧き立ったし、いまでもわくわく感がすごい。チャイコフスキーはモーツァルティアーナという曲を書いたほどモーツァルトを敬愛したが、冒頭のドーソラシドーソラシドーはジュピターの冒頭である。彼はオスティナートバスの名手でありfのバスに和音が変転する素晴らしい高揚感、ワルツは揺りかごのように体を波うたせるゴキゲンなメロディであって、それでいてとめどもなく高貴という名品中の名品だ。こういう物を書いたからチャイコフスキーは人の心をつかんだのである。

3大バレエで舞台に接していないのは「眠れる・・」だったが、今回、ミハイロフスキー劇場バレエ(旧レニングラード国立バレエ)の公演を観てとても満足した。というのもひとえにオーロラ姫のアンジェリーナ・ヴォロンツォーワに圧倒されてしまったからだ。ひとことでいうなら、我々とおなじ人間の肢体とは思えない。人体のバランスに八頭身以外に美の黄金律のような数値があるのかどうか知らないが、実は微細なスペックがあって彼女はそれを満たしているのだとでも説明されないと釈然としない性質の美しさだ。僕にバレエダンサーを論じる知識は皆無だから妙なことを書いているならご容赦をお願いしたいが、彼女を観ながら7年前の宮川町の「京おどり」で舞妓、芸妓の美しさに心奪われたのを思い出していた。

あの時は日本女性にいかに和服が似合うかを思い知った。そのノリでロシア女性にはバレエのコスチュームだろうと思えてしまうが、思えば肌の露出度において両者の差は決定的であって文化の違いをまざまざと示している。和服は大きな動作を想定しておらず、日本の女性らしさとは慎ましやかさといって過言でないだろう。かたやバレエ着は足を高く上げようがコマみたいにくるくる回ろうが自由自在で、もちろん女らしさは担保されているのだが、アクロバティックな側面から見るなら女が男のように舞うことも可能で、動作においてはジェンダーレスであると思う。

ところが、ヴォロンツォーワの小さな動作という話になると、つま先から指の先のちょっとした微細な表情にいたるすべてのモーションがオーラを発してあたりの空気を支配している。間違っていたら修正するが、ほぼ同様のものが日舞にもあったように記憶しているからややこしい。国境や人種を超えた普遍的な女性の美しい所作があると解するべきなのだろうが、それを凝集してエッセンスを抽出するには、想像するに、振付師の高度なセンスと踊り手のすさまじい訓練が必要なのだろう。しかし、あまり知られてはいないが舞妓もそういうことをやっている。大きな動きこそないが、たおやかで細かな動きにおいてはバレエと似たものがあるのではないか。

日本の話だが、ある和室でお点前を頂戴した時に、畳に順番に茶碗を置いて客人に次々と手をついて一礼を下さる奥様の手をなんとなく眺めていた。一礼といっても簡略化したほんの一瞬の儀礼のようである。両手をそろえてお辞儀して手首を直角に折るだけ、まさにそれだけのことなのだが、これがどういうわけか得もいえず優美である。なんだろうと思い、そこでもっと観察していると、彼女は実はお辞儀はあんまりしていない。手の角度と表情で、そう思わされてしまっているだけなのだ。客人の目線が供された茶碗に注がれている前提での一種のトリックかと思った。ところがそう思ってさらに観察を続けると、もっと驚いたことに、それはトリックであるという企図まで見られることを前提として、全体の動きが究極の高みにまで完成されたひとつの美しい様式のように思えてきた。

茶道の心得は皆無であるから調べてみた。

お辞儀の仕方

あれはこの写真に近かった気がするので裏千家の「行」のお辞儀だったと推測するが、まったく自信はない。しかし、もしそうだとすると、「手首が直角」と見えたのは「背筋を伸ばして上体を前にかがめ、手の指の第二関節から先が畳に付くまで下げます」というコンプリートしたもので、つまり手抜きのお辞儀と思ったのは田舎者の失礼千万だったのであって、全部でひとくくりとして感謝、敬意を表すということになっているシンボリックな「アイコン」であったのだ。

お辞儀といえば、先日の天皇陛下の即位を祝う饗宴の儀で、デンマークの皇太子妃が雅子皇后にされたコーテシー(courtesy)が話題になっていた。この動作も「お姫様お辞儀」として一種のアイコンになっている。オペラやバレエの宮廷場面でよく見かけるが、その簡略式なのかどうか、英国時代、ブラックタイのセレモニーやパーティで女性がほんの少し腰を低くして挨拶してくれるのは心地よいものだった。上流の女性はこの膝折りが歩くみたいにできるようだが、自然でないとサマにならないのだろう。それはお茶をたててくださった奥様の手のお辞儀に通じるというか、いや、あのいとも自然で手慣れた優美さは非常に似かよった印象がある。むしろ大和撫子こそあのコーテシーポーズが可愛らしくて似合うかなと思うから、日本の女性の皆さんはぜひマスターされるといい。チャイコフスキーからずいぶん遠い所に来てしまったが、畢竟、美しい所作というものに国境もジェンダーもない。また京都に行きたくなった。

ところで、この曲を通して音だけ聴こうという試みは何度もやったことはなく、今後もやろうとは思わないが、もしどうしても何か一つということになればアンタール・ドラティがアムステルダム・コンセルトヘボウ管を指揮したPhilips録音になるだろう。なにせこのオーケストラをこのホールの音響で2時間も聴けるのはそれだけで耳の御馳走だから。

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アルゲリッチのチャイコフスキー1番

2019 MAY 28 23:23:18 pm by 東 賢太郎

週末のこと、東京ドームの帰りに久しぶりにレコード屋をのぞいたら店内にチャイコフスキーの1番のコンチェルトが流れてました。しばらくCD棚に目を凝らしつつ、ふだんはそんなことないのですがところどころでBGMのその演奏に耳が行ってしまうことに気づきました。

「なんだ、すごいなこれ、誰のだ?」

マルタ・アルゲリッチでした。

アルゲリッチ盤LP

1980年のライブ録音で、なんのことない、家にあります。帰宅してレコード棚から引っぱりだすと、ごらんのとおりマジックで5.99(ポンド)とでっかく書いてあり85年頃ロンドンで買ったものです。LPがCDに切り替わる時期でした。在庫処分のショップがトッテナムコートにあり毎週末に入り浸ってたのが懐かしい。当時の為替で1500円だから安くないですがレギュラー盤は倍しましたからレコード収集は結構カネのかかる道楽でした。

この演奏は今やアルゲリッチが売りになってますが、写真でごらんのように、オランダPhilipsはキリル・コンドラシンの追悼盤として売り出したのです。同社はコンドラシンの最晩年にアムステルダム・コンセルトヘボウ管との演奏をリリースしてますが、そのほうが売れる時代だったのですね。ラフマニノフ2番を覚えたアシュケナージ盤の指揮がコンドラシンで見事なものだったから僕もそれに惹かれた部分はありました。

ということで、帰宅してワクワクしてターンテーブルに乗せたのを覚えてます。タンノイのスピーカーでした。ところが悲しい結末が待っていて、3楽章あたまのミスタッチでびっくりしてしまった。ライブですからこんなのでガタガタ言われたら演奏家はかなわないという程度なのですが、こういうのをまあいいかとはいかない性格で、以来このレコードは我が家ではお蔵入りになりました。あれから34年たったんですね、家でかけてみたら、これがいいではないですか。初めてじっくりと聴きました。アルゲリッチもコンドラシンも素晴らしい。こういうのを英国の評論家ならelectrifyingと形容するかなと思いますね。電気が流れてしびれるようなですね。

そしてやっぱり、曲に行ってしまうのです。第1楽章。誰しもご存知の序奏の華麗なテーマはもうどこにも出てこないのですが、終楽章をしめくくるテーマはそれと親近感があって故郷に帰った気分になる。同じことを彼は悲愴交響曲でやっています。それに続いてテーマが3つ出てきますが、下のアルゲリッチ盤のビデオで1つ目は4分8秒からです。2つ目(5分44秒)と3つ目(6分28秒)が、もうどうしてなんだというほどいいのですね、3つ目が弦でひっそりと出てくるところなんか最高です。その3つがくんずほぐれつでprogressiveにdevelopする展開部(9分12秒~)はチャイコフスキーの天才と狂気を最も感じるところです。ティンパニのロールの強打(11分18秒)から、なんと新しい4つ目の小テーマが出ますが、これがピアノとオケの掛け合いで高揚していく部分の少し精神が「飛んだ」あぶない感じ!第4交響曲の第1楽章にもそういう部分があるんです。どちらもあぶない結婚をして自殺未遂とぐらいついた前後の作品なのです。

お蔵入り解除です。ミスタッチはもう心構えができてるからOKとなったのか、それとも清濁併せ飲める人間に進化したのか、自分でもどっちかわかりませんがこれだけの演奏を捨て置いて生きてきたのは実にもったいない。

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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(5)

2019 JAN 16 0:00:26 am by 東 賢太郎

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1964)

高2で買った初めての悲愴のLP。曲を覚えた思い出の演奏だ。聴き返してみて、カラヤンのコンセプトが手本として脳裏に染みついていることがわかる(Mov3マーチの減速の嫌悪、ぶっぱたくティンパニの音程がわかる快感は春の祭典への嗜好のベースになるなど)。オケの解像度の高さとベルリン・イエスキリスト教会のアコースティックの心地よいブレンドが録音の売りだったと思われる。カラヤンのぬめりあるレガートと縦線を強靭に制御したリズムの明確なビートはすでに開花しているがMov3の軍楽隊調は今となるとドイツドイツした印象。2回目のシンバルは変だなと思っていたがこれで覚えてしまい迷惑した(ミスと書いている人がいるがBPOの奏者が録音の場でこんなものを間違えるはずがないのである。百万分の一の確率でミスだったとした場合、完全主義のカラヤンが自分の名をクレジットしてまで名誉をかけた新録音を台無しにして彼を救ってやろうと放置することを録り直しより選好する理由など100%ない。確実に確信犯である)。僕にとってはノスタルジック・バリューのみだが、終楽章コーダはさすがにうまい(総合評価:2+)。

 

ロリン・マゼール / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

上掲カラヤンと同じ1964年にDeccaが録音した全集から。DG vs Decca、BPO vs VPO、そして両社は市場にKarajan vs Maazelの対立軸を持ち込もうとしたわけだが、VPOをここまでエッジを立てたHiFiにオンマイクで録ろうというセンスは現代にはもう存在しない骨董品だ。Mov1アレグロのアーティキュレーション(発音)の歯切れは素晴らしく、チャイコフスキーがプログラムの定番だったとは思えないVPOは基本性能の高さを見せている。30代のマゼールは情念の泥沼に踏み込むのは避け、過去の夢想すらもrefinement(品格と洗練)の中で描き、インテンポを基調にスマート、スタイリッシュで精緻な合奏に徹する。悲愴の作曲意図からは誠に物足りないがその路線だととても速めのMov2中間部は耳新しく響く。Mov3の合奏力はBPOに一歩譲るがmov4の弦合奏の魅力は上回る。2nd主題後半の追い込みは甘く銅鑼に至る感情の起伏は平坦(銅鑼の音はアンセルメ盤と同様長く残る)。コーダはやや無機的だ。若い。(総合評価:2)

 

ウィルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1938年10-11月録音。この年にヒトラーのドイツはオーストリアを併合しチェコからのズデーデン地方割譲を行い、ちょうどこの録音が行われていたころにユダヤ人迫害(水晶の夜)が始まった(日本も国家総動員法が制定され中国侵攻が始まった不穏な年だった)。ヒトラーはこの翌年、1939年にポーランド侵攻のために独ソ不可侵条約を制定し世界を驚嘆させる。不倶戴天の敵であった独ソが占領地で共同軍事パレードを行って暫く準同盟関係を持ったわけだ。1941年6月22日にナチス・ドイツが本性を現してソ連に侵攻(バルバロッサ作戦)して条約は破棄されることになるが、1938年暮れごろというと、不可侵条約制定に向けて着々と手を打っていたヒトラーはスターリンをうまくだます必要があったのである。

フルトヴェングラー とナチスの関係は「二重スパイ」とも思える複雑さがある。ヒンデミット事件で悪化したがゲッペルスは国民的人気の指揮者を宣伝に利用するため和解を持ち掛ける(1935年)。僕はこの悲愴はソ連に向けた目くらましのリップサービスとしてスターリンをだます国家的目的にフルトヴェングラーが妥協し、対独宣戦布告前の英国EMIに録音させたものだと考えている。彼はチャイコフスキーを陳腐な作曲家と評していたし、悲愴を演奏会でほとんど取り上げておらず、自由の身になっ後もカイロのライブを除いて録音すらしていないこともそれと矛盾しない。

演奏はフルトヴェングラー なりの大所高所観から大づかみにしたもの。Mov1のテンポは微妙に変転する。Mov2は遅く洗練されない。優美さは皆無で中間部は減速して暗いだけで深みなし。Mov3はマーチ1回目からブレーキがかかる稀有の解釈(2回目もだが)でコーダに加速。Mov4は弦のアンサンブルを腐心して揃えた感はあるが管がいかにも野暮ったい。しかし、銅鑼に至る彼一流のアッチェレランドは見事に決まっていて、コーダは究極の悲しみに飲まれてしまう。彼は極点からのつるべ落としの天才で、その一発芸にやられてしまう。僕にとってはヒトラー対スターリンの火花散る神経戦ドキュメンタリーのBGMとして価値がある(総合評価:2+)。

 

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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(4)

2019 JAN 14 0:00:03 am by 東 賢太郎

ヴァレリー・ゲルギエフ / マリンスキー歌劇場管弦楽団

この指揮者はコーカサス地方イラン系のオセット人である。95年にフランクフルトで火の鳥、東京でメシアンやベルリオーズを聴いたがいまひとつ世評の高さに納得できなかった。Mov1,2nd主題は遅いテンポで愛撫するようにエロティックに歌い上げ、高潮の山は恋心のように激して高く、この主題ひとつにオペラの3場面があるかのごとしだ。そこから後期ロマン派の渺渺たる耽溺にもつれこんでテンポはさらに落ち、うつろな眠りに沈み込む。これぞppppppではあるが現実としてはファゴットでは物理的に不可能であり、その劇性は作曲家の意図を越えていると思う。そこで突入するffの衝撃は無類だから何とも言えないが、このエモーションの過激な振幅を魅力と思う人が多いのが人気の秘密なのだろう。第2楽章は速めで人生の愉悦も華やぎもある。第3楽章も快速で第2マーチ、終結のテンポは意味を感じない。終楽章はねっとりしたテンポで始まり、終結に至るまでMov1,2nd主題について書いたままが当てはまる。すなわち細部はあれこれ芸が細かいがマクロ的には非常に単細胞なアプローチであり、それが好きかどうかで好悪は決する。こだわりの割にコーダは普通であり、チェリビダッケやE・クライバーのライブ盤のような衝撃はない。(総合評価:2)

 

クルト・マズア / ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

この悲愴は純音楽的な正攻法でスコアの本質を高い技術で音化し、ロマン的演出や情緒纏綿の女々しさはかけらもない。作曲家の運命の悲劇に対して清々とした男らしさを貫くアプローチとして非常に完成度が高いが、日本は悲愴というと女性的なロマンに耽溺したり演歌みたいにメロメロに泣きまくったりが求められ、こういうアプローチはさっぱり人気がない。ハイティンクもそうだが、マズアも中庸の堅実な中堅指揮者の位置づけしか与えられない。よく考えていただきたい、これは女と結婚して逃げ出したホモセクシャルで、ロシア最高学府で教育を受けたエリートが自殺直前に遺書として永遠に残す強い意志と知性で書いた音楽なのである。日本人がイメージする女々しさなど入り込む隙間がどこにあるというのだろう。剛直に鳴らすmov1に散りばめられた「色味」の不可思議な尋常なさは彼の性癖の宿命を妖しく暗示するが、それはSymNo4Mov1に露骨に暴露されているものの片鱗である(それについてはいずれ書きたい)。悲愴Mov1はその本性を隠ぺいすることに慎重に腐心しているが、そっちに主眼を置いてしまったゲルギエフのようにやると肝心なものは夜露のように消える。マズアにはMov2、3に身勝手、意味不明のテンポ操作はない。マーチ2回目はむしろ速くあっけないほどインテンポで突き抜けるが、あれはマーラーの軍楽隊かショスタコーヴィチの軍靴の響きに通じるカリカチュアで、それにテンポの演出を施すナンセンスは耳障りでしかない。それであってこその終楽章の入りのあの屈折したメロディーの切れ切れの分断なのだ。すべての設計は、人生と名誉をかけた綿密な遺書として完璧にスコアに書き込まれている。

Mov1からアッチェレランドの煽る効果を封印してきたマズアはMov4の銅鑼に至る高潮部で初めてそれをする。それがスコアのありのままの設計意図にかなっており、だからそこからが痛切なのだ。そうして奈落の底に落ちる落胆こそこの演奏の白眉だが、安手の演出がいかに不要か、これを聴けばわかる。そういう演奏なのだ。コーダは葬列のようにバスを効かして淡々と進み、強拍のCmaj7の黎明か薄暮の如きほのかな生への希求の明かりが “劇的に” 悲しい。こんな演奏がどこにあろう。チャイコフスキーは一人でこの世を去るのであって、泣き女が出てきておいおいやるような音楽ではないのである。去る本人が葬送曲を緻密に書いている、その事実が生む衝撃に比べれば、演奏者の演じる劇など何を目論もうが猿芝居に過ぎない。この演奏を好む人がどれだけいるのか知らないが、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の艶と重みのある機能性をもって本質をリアライズした、僕には座右の名演である(総合評価:5+)

 

グィード・カンテッリ / NBC交響楽団

イタリア人指揮者カンテッリ(Guido Cantelli,1920 – 1956)は、1953年2月21日に33才でトスカニーニ存命中のNBC SOの演奏会を振った。この悲愴はそのライブ録音だ。彼を後継者筆頭候補と認めたトスカニーニが “This is the first time in my long career that I have met a young man so gifted. He will go far, very far. ”と言ったのは凄い、本当に凄い。1956年11月16日にスカラ座の音楽監督に36才で指名され人生の幸福の絶頂期にあった1週間後の11月24日、カンテッリの乗ったニューヨーク行きのLAI Flight 451(ダグラスDC6-B)はアイルランドのシャンノン空港に向けてパリのオルレー空港第26滑走路を離陸したが10~15秒後に上昇に失敗して滑走路の端から600mの民家に激突、火炎をあげて大破した。気温は摂氏零下2度、濃霧で視界は2.2mであり事故原因は不明であった。クルー10名、乗客25名のうち乗客1名が生存したがカンテッリではなかった(ICAO Accident Digest No.8, Circular 54-AN/49)。お聴きの通り直球勝負の俊英だ。べたつかない悲しさをストレートにえぐりだした悲愴。ジュリーニよりバーンスタインより若かった彼が生きていたら世界のどこかで聴いただろう。合掌。(評価外)

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(5)

 

チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(3)

2019 JAN 6 13:13:24 pm by 東 賢太郎

エーリヒ・クライバー / ケルン放送交響楽団

この演奏のどこがどうのと言っても始まらない。音質もモノラルで良くない。1955年3月、クライバーが世を去る1年前の壮絶な記録で、ライブゆえ第1楽章で弦が乱れファゴットが音を間違えているが、そういうことをうんぬんすべき演奏ではない。アゴーギクの大きさは金輪際聴くことの能わぬもので、名優の一期一会の悲愴に組み伏せられる思いがする。これを初めて聴いて、まったくもって圧倒され眠れなくなったのは終楽章コーダのVnの血のにじむような慟哭だ。凄まじいばかりで、こんな胸をえぐられる音は他に聴いたことがない。スコアにチャイコフスキーが封じ込めた情念はこうだったかもしれないと何度も聞き返した。真に有能な指揮者がいかなるものか、古い録音を忌避していては永遠にわからない(総合点:5)。

(付記:終楽章コーダのVnをよくお聴きいただきたい。最初のシを「タータ」と弾かせていることを!これは第2楽章中間部のリフレーンであり、チェリビダッケはここにティンパニを加えることで同じ趣旨の主張をしているのである)

 

エーリヒ・クライバー / パリ音楽院管弦楽団

こちらは1953年のスタジオ録音だ。クライバーの悲愴というと一般にはこっちのことをいう。技術的に破綻はなく録音もこちらのほうが良い。しかし、同じ指揮者と思えぬほど何のこともない演奏で、終楽章コーダのVnは「タータ」でなくスコア通り。第3楽章の2度目のマーチは55年盤も減速するがこちらは直前でやや加速してから落とす。コーダでのテンポ操作も恣意的に聞こえる。この程度ならもっと良いものがいくらもある。ここから上記盤までの2年間に何があったんだろう?(総合点:2)。

 

 

ヤッシャ・ホーレンシュタイン / ロンドン交響楽団

1967年5月17&18日 ロンドン。キエフ生まれのユダヤ系ロシア人、ホーレンシュタイン(1898 – 1973)の録音はオーケストラに恵まれず実力の割に印象が薄いがこの悲愴はLSOを得てそれがない。一聴すると何もしていないオーソドックスな解釈に聞こえるが、実は読みが深い。通常は第1~3楽章に束の間のロマン、安息、華やぎがあるがここではそれをそぎ落としてむしろ鎮静が支配し、時折響くティンパニが暗さを暗示する。第2楽章中間部のあえて味つけのうすいリズムの単調さは葬儀さながらで、第3楽章の遅めのマーチはマーラーの軍楽隊のカリカチュアを連想させ、終結部は僕には死にゆく(自殺だが)自己の運命への嘲笑にきこえる。終楽章は的確なプロポーションを守り、テンションと絶叫で無用にあおったりしない。これによってコーダ主題は実は終楽章第2主題が短調に化けたものであり、この交響曲はソナタ形式が再現部で中断してフェードアウトで終わってしまう異形の構造なのだという強いインパクトが残るのである。それが自身の死を暗示したメッセージであるという。何も考えてないムードで流すだけの演奏とは雲泥の差。ホーレンシュタインの研ぎ澄まされた知性の証だ(総合点:4.5)。

 

テオドール・クルレンツィス / ムジカエテルナ

古楽器(風)演奏がロマン派、近代まで進出して久しいが、そのフロンティアは今どこなんだろう?ヘンツェがBPOを振ったステレオ録音があるのだから1960年以前ではあるだろうが不明だ。それも、オーセンティシティの由来が楽器なのか奏法なのか解釈なのか?釈然としない。どうも、新興のEV対策でトヨタが仕方なく出したハイブリッド車みたいな感じがぬぐえない。あるいは羽田空港国際線ターミナルにある「日本橋」の縮小レプリカや、「江戸東京博物館」の類だ(あれはあれで面白いと思うが)。チャイコフスキー指揮の初演の録音なら何十万円払ってでも聞いてみたいが、その頃の楽器ですよ、当時の奏法は研究によるとこんなでした、解釈はまあだいたいこんなんじゃないでしょうかね、なんてものを、学者や演奏者が何日かけてまじめに検討しようが、僕は新風として受け入れるほど音楽においては柔軟ではない。これが古楽器なのか古楽器風なのか、古楽器演奏の思想やエレメントを包含した何か新しい現代オーケストラ演奏なのか、僕は興味も知識もないので不案内だが、聞こえてくる音以外には何もない。ずいぶんおお真面目に考えた風情はあり、元気のいい演奏とは思うが、聞いた後に何も残らない。そんなことよりもっと大事なことがこの曲のスコアには書いてあると思う(総合点:1)

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(4)

 

 

 

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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(2)

2018 DEC 29 1:01:19 am by 東 賢太郎

オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団

非常に興味深い。知的だ。mov1アレグロは遅いがTrの三連符など細部を聴くと馬なりの操縦でないことがわかる。提示部は静的だが緊張が支配し、第2主題が甘いロマンなどでなく怖いものを含む。展開部は暴れさせずHr信号が伴奏する第1主題再現の熱病の不安定な感じはmov4のHr信号部分(第2主題)に呼応するがクレンペラーはそれを見抜いているだろう。mov2は滑らかつややかな美を目指しておらず5拍子がぎこちない。中間部はインテンポ。mov3はとても遅くAllegro molto vivaceとは程遠い。スケルツォの細部(付点音符のリズムとフレージング)も神経が通うのはほとんどの人が無難な通過であるのと思想が根本から違うとしか言いようがない。マーチへのブリッジ部分は加速せず書かれた楽譜だけで興奮を高めるがマーチ主題はほぼインテンポながら微妙に遅いという類例のない解釈である。2度目もほぼ同じ道をたどる。ティンパニと使い分けたバスドラムの運命の鉄槌のごとき強打もユニークで一切の加速なく苛烈に終る。終楽章の対抗配置により第1,第2Vnに振り分けられた旋律の分断が衝撃だ。これぞチャイコフスキーの意図であり現代においてはストコフスキー配置(スコア改変に相当)がスタンダードになった理由は僕には全く解せない。コーダはことさらに泣きはしない静かな人生の終結だが悲しい。ここに至るまでの道のりがずっしり重かったからだ。これがチャイコフスキーかという声は昔からあったが、彼は最期にそうではない音楽を意図して書き残したのであって、これがダイイングメッセージであるという僕の仮説からはクレンペラーの表現は一理ある。昨今多い綺麗にまとまったお涙頂戴のショーピースなどとは比べ物にならない大人の音楽である(総合点:5)。

 

エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

冒頭のバソンの低音がフランスだ。弦は心もとないアンサンブルだが管が入ってくると何となくまとまる。第2主題の品の作り方はうまいが木管のユニゾンの音程はオーボエが合わない。展開部はアマオケ並みに危ない感じでこの遅さが必然と思える。終結のロ長調の木管合奏の音程は不気味なほどひどい、ティンパニのシも低い。指揮者が何とかできないのか?僕はこういうのは耐え難い。mov2は良いテンポだ。中間部はインテンポで淡々と行く。mov3の弦はかなりましだ。マーチは1度目はインテンポで進行、2度目はやや減速するがティンパニの鳴らし方が僕の好みだから相殺だがシンバルがどうも安っぽい。コーダへ向けて加速するのはまあ良しとする。mov4はまたclの音程が邪魔で集中力をそぐ。こういうのが気にならない人は聞けるだろうが僕には困難。感傷がどろどろしない良さがあるが、そもそもこのレベルのオケ演奏が商品になるのも不思議であり、アンセルメの解釈には敬意を表するにしても彼のクレジットになるような演奏なのだろうかは疑問だ(総合点:2)。

・・・・

悲愴をこうして聴いているとどうしても「死」というものを思ってしまいます。昨年に母を見送って、どうしても。人は死ぬと何処へ行くんだろう?これの第4楽章をピアノで弾いていてコーダで泣けたことが何度もあります。こんな音楽は、眼前に「死」がない人には書けないだろうと思います。

・・・・

ジャン・マルティノン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

上掲盤を聴いた後でVPOが機能的にも優れていることを思い知る。マルティノンの指揮は強いメリハリがあり強弱もテンポも伸縮自在で、VPOが承服してついて行っていることそれ自体が価値ありだ。mov1第2主題の弦の艶っぽさは「ならでは」であり展開部の金管の鳴りっぷりも圧倒的。マルティノンのオケのドライブは圧巻でアクセルの一気の踏み込みも自在である。mov2主題のブレーキはその逆。中間部の息をひそめた p は実にいい、これでこそmov4コーダと繋がるというもの。mov3の弦アンサンブルは素晴らしいの一言だが僕がこの演奏を初聴で気に入らなかったのは2回目のマーチの常套的な減速のせいだった(今でもそうだ)。mov4もテンポは流動的でほぼ一定に収まることなく水性(liquid)であり、それに同化してしまえばいいのだろうが僕のイデアとしての悲愴はそうではなくどうもひっかる。ひとつの管弦楽のプレイとしてはユニークな一級品であり、まさにonly oneを誇れるものだ。VPOという猫をのせたマルティノンの才能に頭を垂れつつも、それは若き日のケルテスやシャイーが成し遂げた流星の輝きを思わせる業績に近く、マルティノンとしてボロディンやプロコフィエフの路線に近接したロシア物の一環であって、作曲者がロシア人かどうかは置いて一個の人間が死を迎える間際のメッセージとしての悲愴交響曲の演奏としてはチェリビダッケの作り出した感動とは質が異なるという感想を払拭するのは困難だった(総合点:4)。

 

キリル・コンドラシン / モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

youtubeにて聴く(1967年、東京ライブとのこと)。コンドラシンは聴けなかったがそれを痛恨に思う指揮者の一人だ。この悲愴の各所にみる旋律の熟達のフレージングは名優のセリフのようで、一朝一夕の指示でオーケストラに教え込める質のものと思えない。テンポは絶え間なく変転しているが、こういうものなのだという絶対の説得力を感じ、スケルツォの2度目のマーチの減速はこの演奏でなるほどと初めて思わされた。管弦楽はライブの傷はあるものの、本当にうまい。素晴らしい演奏、そして、なんていい曲なんだろう。これを会場で体験された方は幸せだ。

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(3)

 

 

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