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カテゴリー: ______チャイコフスキー

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(1)

2018 NOV 10 23:23:10 pm by 東 賢太郎

仕事は忙しいが順調でことさら悲しいこともない。こういう時の悲愴は心にどう響くのかわからないが、なにせ劇薬のような音楽だから苦しくなってしまうと聴けない。今でしょということで。

モーリス・アブラヴェネル / ユタ交響楽団

ナチを逃れて米国に亡命したアブラヴェネルはメットと契約した最年少指揮者(33才で)でクルト・ワイルの弟子である。自分が常駐できるオーケストラをモルモン教のユタ州ソルトレーク・シティに作って移住しそこで亡くなった。Voxのこの悲愴はVn、Vcの粘着性あるフレージングが特色で第1楽章第1主題1の遅さが象徴する。第2楽章中間部はティンパニが良いバランスできこえる。第三楽章マーチ主題は減速、コーダで激しく加速、僕はこの解釈はまったく支持しない。Vnは片側配置。全曲にわたってオンに録音された細部が克明に聞こえるのが非常に面白いのはプラスだがオケの技術のお里が知れてしまうのをどう評価するかはお好みだ。(総合点:2)

 

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー / モスクワ放送交響楽団

1966年8月21日、ロイヤル・アルバートホール(プロムス)でのライブ。ここに書いた1972年の東京公演はこうだったのかと推測する演奏。人生初めて聴いたオーケストラの演奏会で何もわかるはずないが打ちのめされて帰宅したのがうっすらと記憶に・・・

僕が聴いた名演奏家たち(ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー)

いま聴くと第1楽章展開部の爆発をはじめ金管とティンパニの「圧」が凄まじい。こういうのは技術、趣味の域でなく文化だ。第2楽章主部は最速の部類に属する。中間部で減速して曲想を対比しながら大きな起伏を作る。ここでこれほどティンパニ強打するのも珍しい(これが主部に戻るギアチェンジが難しいがうまい)。スケルツォのトゥッティへの盛り上げは強烈を超えて激烈だ。下手な芝居である減速は一切なしの直球勝負でコーダになだれ込み、興奮した聴衆から拍手が出る。それを掻き切って突入する終楽章の弦の静寂。こういうものは乗りに乗ったライヴでしか出ない質のものなのだ。終結前の壮絶な盛り上がりがどんどん力を失い、銅鑼、トロンボーンを経て、ついにブルーグレー色のG線でヴァイオリンが生への別れを告げる。これぞ悲愴だ。こんなに歓声のあがる音楽ではないのだけれど、プロムスを聞かれた方はお分かりになると思うが、聴衆にとって基本は愛国の場であるものの演目ご当地の演奏家には深い敬意がありオトナの英国人の良識の場でもある。この良識がザロモンをしてハイドンを呼び寄せ、ロンドンセットを書かしめた原動力なのである。この悲愴のアンサンブルがどうのこうの言っても始まらない、ロシアの演奏もそうだがこの聴衆の熱い受容も文化なのだ。東京の演奏がここまで激烈だったのか残念ながら記憶はないが、それで悲愴が病みつきになりクラシックが人生の一部となった。聴いた偶然が幸運だった(総合点:4.5)。

 

アンタール・ドラティ / ロンドン交響楽団

第1楽章、良いテンポのアレグロは弦のアンサンブルが上質。第2主題はたっぷり歌いこむ。提示部最後の最弱音はFgか。展開部の金管が入ると粗い。第2楽章は速く、中間部はインテンポのままでHrを強奏するが解せない。終楽章コーダとの近親関係を認めない解釈だが僕は反対だ。スケルツォは遅めで緊張感を欠く。マーチ全奏は減速、加速として2度目は加速、減速、加速だ。まったく理解不能である。終楽章コーダの意味も見当たらない(総合点:2)。

 

マリス・ヤンソンス / オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

この時期のシャンドス録音に共通の傾向だが残響過多のホールで中央後方席の音響である。ロンドン時代の装置では良い音だと思っていたが実はそうではなかった。風呂場のラジオのようでうまくは聴こえるが低音のボディに欠け楽器の色もコクもアンサンブルの技量も情報量に劣る。mov2中間部はインテンポでどうということなし。mov3マーチはテンポをいじらず直進で納得だ。終楽章も粘りすぎず平均以上の出来だが大きな感銘は得られない(総合点:2)。

 

レナード・バーンスタイン / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

1964年、若いころの録音。mov1アレグロの弦はアンサンブルが粗くこれがNYPかという水準だが第2主題は陶酔感いっぱいだ。バーンスタインは熱病にうかされたような音楽がうまい。展開部前半は快演だが後半へのギアチェンジは不要。mov2もVcがどうも上手でない。中間部はやや減速するが意味は感じず。mov3は微妙に遅めのテンポながらやはりスケルツォのアンサンブルが雑で微細な音程が甘い。マーチは1度目インテンポだが2度目でやや落とす。コーダでは一転凄い加速となりHrのミスをモノともせず突っ走る。終楽章第2主題、Hrのかぶせ方が巧みでHrあり頂点で熱狂しない。耽美的なのだ。コーダ。頂点から脱力して銅鑼に至るわずかの間の減衰感が見事で、トロンボーンの限界に至る最弱音でぐっと引き込まれ緊張が走る中、VnのG線が彼岸の世界をただようのだ。若気の演奏のようだがバーンスタインの才能を感じずにはいられない(総合点:4)。

 

チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

 

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読響定期・小林研一郎のマンフレッド交響曲

2018 JUL 7 2:02:31 am by 東 賢太郎

指揮=小林 研一郎
ピアノ=エリソ・ヴィルサラーゼ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 作品58

(7月5日、サントリーホール)

今や日本を代表する指揮者である小林さんには思い出がある。1996年だったと思うが、共通の知人の紹介でアムステルダムでゴルフをご一緒して、夕刻にコンセルトヘボウでコンサートがありご招待いただいた。オーケストラはオランダ放送交響楽団で前半がリストのピアノ協奏曲第1番、後半がチャイコフスキーのマンフレッド交響曲だった。残念ながらゴルフの負けの悔しさで頭がいっぱいであり、リストは興味ないし交響曲もいまひとつ馴染めておらずあんまり覚えていない。しかし正面に観ていた小林さんのオケの掌握ぶりは目覚ましく、その姿はしっかりと記憶に焼きついている。

僕はゴルフでコテンパンに負けた記憶はあまりない。だから小林さんは大変に、特別な方なのだ。とても気さくでよく語られ話題も豊富であり昼食は大盛り上がりで楽しかったが、たしか54才で始めたとおっしゃられたゴルフはとても強かった。初心者とナメていたらスタートの前に「僕は肘から出る『気』で人を動かす商売なんで、エイっとやって、みなさんここぞのパットは外させますよ」、なんて指揮者らしい手振りで笑わせた。もちろん冗談と思っていたら本当にパットが入らなくて調子がおかしくなり、ニギリでコテンパンに負けてしまったのだ。エイっをやられたのだろうか。

驚いたのは記憶力で、初めてのコースでホールアウトしてからなのに各人のホールごとのスコアはもちろん、何番ホールで誰が2打目を何番アイアンで打ったなんてことを覚えておられる。自分のことを自分より覚えている人に初めて会った。そんなに見られていたのかと唖然だ。こういう人が指揮台にいたらオケの楽員は気を抜けないだろうということがわかった。百人を同時に見ていて、各人が何をしているか楽譜を記憶しているのだから。暗譜で振るとはピアニストの暗譜と違う、支配するためなのだ。指揮者とはこういう超人なのだと思い知った。思えば僕は人生で数多の超人にお会いしてきたが、ゴルフという人間が透かし彫りになるゲームでの小林さんの超越ぶりは疑う余地もない。

そういえば芸大に入る前は「陸上をやってました」とおっしゃってたっけ、きっと足も速かっただろうし全身がアスリートなのだ。この文武両道ぶりは鮮烈であり、指揮者という職業は僕にとって神のようなものだから、その人に運動まで負けてしまうと男として完敗感は救い難い。だからコンセルトヘボウで音楽などそっちのけだったのだろう。済んだことは忘れる性格だから他人のクラブどころか自分のだって覚えてなかったが、これ以来悔しさのあまり僕は知らず知らず影響を受けていたと思われ、相手の成すことを細かく観察するようになってマッチプレーが強くなったとさえ思う。

だから、小林さんというと僕にとっては音楽以前にまずゴルフのニギリが強い人という印象が強烈なのだ。やわな芸術家などという感じはぜんぜんない、これは否定的な意味ではなく僕にとっては最大の賛辞である。音楽はそりゃあ子供の時から女の子と一緒にピアノやってたんでしょでおしまいだが、始めて日が浅いのにあれほど勝負が強いというのは、まったく捨て置けない、ただ者ではないのである。あれがゴルフであり、野球でなかったのが唯一の救いだ。

この日の読響の掌握ぶりはまずあの時のエイっそのもので、懐かしくさえある。あれならオーケストラは動かせるだろうと納得至極だ。近くで拝見していたが、肘の『気』は健在で棒の動きのイメージ通りに弦が深みある音を発する。マンフレッドはN響でもアシュケナージとペトレンコで2回聞いて、それでもつまらない曲だと思っていたが、ついに初めて楽しめた。4番と5番の狭間の曲だがロ短調でもあり悲愴に通じる音もする(プロットもマンフレッドの死で終るから似る)と思えば、白鳥の湖であったりロメオとジュリエットであったりもする。

前半のベートーベンP協1番。はっきり言って、良かった。エリソ・ヴィルサラーゼは初めてい聴いたが、1番の実演では僕のきいたベストの一つ。打鍵は強くフレーズは明瞭に弾き、歌うべきは歌う。終楽章の強靭な推進力、骨太な輪郭、愉悦感はなかなか出るものではなく、あのように弾かないと曲に埋没して負けてしまうから意外とこれは難しいのだろう。タイプこそ違うがギレリスがマズアとやった演奏を思い出した。これが存外に良かったものだから後半も集中力が切れなかったと思う。オケもティンパニを強打してメリハリと色彩感にあふれ、小林さんこの1番は素晴らしい、ヨーロッパのオケを思わせるあの彫りの深さは日本のオケからあまり聞いたことがない

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僕が聴いた名演奏家たち(サー・チャールズ・グローブズ)

2017 JAN 14 22:22:35 pm by 東 賢太郎

音楽は浮世離れしたものではありません。演奏家は生身の人間であり、その人となりが演奏に現れるものですが、ごくまれに教わることもあります。この演奏会はまさにそれでした。

grovesバービカン・センターで聴いたラフマニノフの第2協奏曲、指揮はサー・チャールズ・グローブズ(ロイヤル・フィルハーモニー管)、ピアノはピーター・ファウクでした。1986年1月13日、ちょうど今ごろ、シティに近いホールなのでふらっと行った特にどうということない日常のコンサートでした。

第2楽章、ピアノのモノローグに続いてフルートが入りそれにクラリネットがかぶさりますが、どういうわけかクラが1小節早く入ってしまい会場が凍りついたのです。指揮台のグローブズの棒が一瞬止まりましたが、ここがすごかった。慌てず騒がず、木管のほうに身を乗り出して大きな身振りでテンポをとり、クラが持ち直して止まることなく済みました。

13338_2あのとっさの危機管理はなるほどプロだなあ、大人の対応だなあと感心しきりでした。サー・チャールズ・グローブズ(1915-92、左)、温厚なご人格もさすがにサーであります、終わってオケにやれやれとにっこりして、きっと楽屋でクラリネット奏者にジョークのひとつでも飛ばしたんだろうなという雰囲気でした。これがトスカニーニやセルやチェリビダッケだったらオケは大変だったろう。英国流マネージメントですね、指揮者は管理職なんだとひょんなことで人生の勉強をさせていただいたのです。

 

グローブズはボーンマス響、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団のシェフを長く務め、イギリス人でマーラーの全交響曲チクルスを初めて振った人です。

このアルゲリッチとのビデオに人柄が出てます。

チャイコフスキー2週間で覚えたわ、それであれ2回目の演奏だったのよ、コンサートの2日前になって練習1回でやったのよ~、よく覚えてないんだけどお、練習時間にぎりぎりで前の夫のデュトワの車でね~、でもワタシ何としてでも止めようとしてたの、遅れちゃえばいいって思ってたのよ、だっておなかすいてたんですもの。でも彼はどうしてもやりたかったのね、そうしたらポリスがいてね彼ぶっ飛ばしちゃってね~、つかまっちゃったのよ、考えられないわ、ハハハハとラテン色丸出しのアルゲリッチ。かたや英国紳士を絵にかいたようなグローブズ。こりゃ合わないでしょう。

そこでサーはさりげなく子供のことに話題をふっておいて、いよいよ、

「さて、ところで、僕が指摘したちょっとしたことで君をチャイコフスキーに戻さなきゃいけないよ。君のオクターブのことだがね、わかってるかな」

「あ~はい、わかってます、テンポですよね~ハハハ」

「そうだ、あそこのフェルマータね、僕は速くできない、だから君も速すぎちゃいけないよ」

<リハーサル。アルゲリッチめちゃくちゃ速すぎで止まる>

「でも、いざワタシの番だってなると緊張しちゃうんです~、それで~、でもワタシ、スピードこわくないじゃないですか」

880242798589「そうだね、それが君の問題だねえ」

<本番。やさしそうに語ってたグローブズはちっとも妥協せず、問題個所のテンポは全く変わっていない。が、アルゲリッチもあんまり直ってない>。これはDVDになってます(右)。

 

こっちは小澤征爾さんとラヴェルです。

楽屋で靴が壊れてるとさわぐこのきれいだけどぶっ飛んだお姉さんに合わせられる。英国紳士には無理でしょう。我が小澤さん、さすがです。「(練習より)20%速かったよ」だからますます尊敬に値しますね。世界に羽ばたく人はこのぐらい危機管理能力がないといけないんでしょうね。

グローブズ卿は英国音楽の重鎮でありこのCDが集大成となっています。

groves1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

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クラシック徒然草 《ルガノの名演奏家たち》

2017 JAN 10 1:01:07 am by 東 賢太郎

luganoルガノ(Lugano)はイタリア国境に近く、コモ湖の北、ルガノ湖のほとりに静かにたたずむスイスのイタリア語圏の中心都市である。チューリヒから車でルツェルンを経由して、長いゴッタルド・トンネルを抜けるとすぐだ。飛ばして1時間半で着いたこともある。

人口は5万かそこらしかない保養地だが、ミラノまで1時間ほどの距離だからスイスだけでなくリタイアしたイタリアの大金持ちの豪邸も建ちならび野村スイスの支店があった。本店のあるチューリヒも湖とアルプスの光景が絵のように美しいが、珠玉のようなジュネーヴ、ルガノも配下あったのだからスイスの2年半はいま思えば至福の時だった。

自分で言ってしまうのもあさましいがもう嫉妬されようが何だろうがどうでもいいので事実を書こう、当時の野村スイスの社長ポストは垂涎の的だった。日系ダントツの銀行であり1兆円近かったスイスフラン建て起債市場での王者野村の引受母店でありスイスでの販売力も他社とは比較にもならない。日本物シンジケートに入れて欲しいUBS、SBC、クレディスイスをアウエイのスイスで上から目線で見ている唯一の日本企業であった。なにより、大音楽家がこぞってスイスに来たほどの風景の中の一軒家に住めて、金持ちしかいない国だから治安、教育、文化、食、インフラはすべて一級品なうえに、観光立国だから生活は英語でOKで外人にフレンドリーときている。

唯一の短所は夜の遊び場がカラオケぐらいしかないことだが、ルガノはさすがで対岸イタリア側に立派なカジノはあるは崖の上にはパラディソという高級ナイトクラブもあってイタリア、ロシア系のきれいなお姉さんがたくさんいた。客が客だからばかはおらずそれなりに賢いわけで、ここは珍しく会話になるから行った。私ウクライナよ、いいとこよ行ったことある?とたどたどしい英語でいうので、ないよ、キエフの大門しか知らん、ポルタマジョーレとかいい加減なイタリア語?でピアノの仕草をしたら、女はなんと弾いたことあるわよとあれを歌ったのだ。

こういうのがいて面白いのだが、でもどうして君みたいな若い美人でムソルグスキー弾ける人がここにいるのなんて驚いてはいけない。人生いろいろある。本でみたんだぐらいでお茶を濁した。男はこういう所でしたたかな女にシビアに値踏みされているのである。彼女の存在は不思議でも何でもない。007のシーンを思い出してもらえばいい、カネがあるところ万物の一級品が集まるのは人間の悲しいさがの故なのだ。世界のいつでもどこでも働く一般原理なのだと思えばいい。社会主義者が何をほざこうがお姉さん方には関係ない、原理の前には無力ということなのである。

名前は失念したがルガノ湖畔に支店長行きつけのパスタ屋があってペンネアラビアータが絶品であった。店主がシシリーのいいおやじでそれとワインの好みを覚えていつも勝手にそれがでてきた。初めてのときだったか、タバスコはないかというと旦那あれは人の食うもんじゃねえと辛めのオーリオ・ピカンテがどかんときた。あとで知ったがもっと許せないのはケチャップだそうであれはイタリア人にとって神聖なトマトの冒涜であるうえにパスタを甘くするなど犯罪だそうだ。そうだよなアメリカに食文化ねえよなと意気投合しながら、好物であるナポリタンは味も命名も二重の犯罪と知って笑えなくなった。香港に転勤が決まって最後に行ったら、店を閉めるんだこれもってけよとあのアラビアータソースをでっかい瓶ごと持たせてくれたのにはほろっときた。

apollo上記のカジノのなかにテアトロ・アポロがあり、1935年の風景はこうであった。1804年に作られテアトロ・クアザールと呼ばれた。ドイツ語のKurは自然や温泉によって体調を整えることである。ケーニヒシュタインの我が家の隣だったクアバートはクレンペラーが湯治していたし、フルトヴェングラーやシューリヒトが愛したヴィースバーデンのそれは巨大、ブラームスで有名なバーデンバーデンは街ごとKurhausみたいなものだ。バーデンは温泉の意味だが、金持ちの保養地として娯楽も大事であって、カジノと歌劇場はほぼあるといってよい。カジノはパチンコの同類に思われているが実はオペラハウスとワンセットなんで、東京は世界一流の文化都市だ、歌舞伎とオペラがあるのにおかしいだろうと自民党はいえばいいのだ。

moz20ルガノのクアであるアポロ劇場での録音で最も有名なのはイヴォンヌ・ルフェビュールがフルトヴェングラー/ベルリンフィルと1954年5月15日に行ったモーツァルトの K.466 だろう(   モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466)。彼のモーツァルトはあまり好まないがこれとドン・ジョバンニ(ザルツブルグ音楽祭の53年盤でほぼ同じ時期だ)だけは別格で、暗く重いものを引き出すことに傾注していて、何が彼をそこまで駆り立てたのかと思う。聴覚の変調かもしれないと思うと悲痛だ。彼はこの年11月30日に亡くなったがそれはバーデンバーデンだった。

lugano1もうひとつ面白いCDが、チェリビダッケが1963年6月14日にここでスイスイタリア放送響を振ったシューベルト未完成とチャイコフスキーのくるみ割り組曲だ。オケは弱いがピアニッシモの発する磁力が凄く、彼一流の濃い未完成である。くるみ割りも一発勝負の客演と思えぬ精気と活力が漲り、ホールトーンに包まれるコクのある音も臨場感があり、この手のCDに珍しくまた聴こうと思う。彼はイタリアの放送オケを渡り歩いて悲愴とシェラザードの稿に書いたように非常にユニークなライブ演奏を残しており全部聴いてみたいと思わせる何かがある。そういうオーラの人だった。

lugano3最後にミラノ出張のおりにスカラ座前のリコルディで買ったCDで、この録音はほとんど出回っておらず入手困難のようだからメーカーは復刻してほしい。バックハウスがシューリヒト/スイスイタリア放送響と1958年5月23日にやったブラームスの第2協奏曲で、これが大層な名演なのである。僕はどっちのベーム盤より、VPOのシューリヒト盤よりもピアノだけは74才のこっちをとる。ミスなどものともせぬ絶対王者の風格は圧倒的で、こういう千両役者の芸がはまる様を知ってしまうとほかのは小姓の芸だ。大家は生きてるうちに聴いておかないと一生後悔するのだが、はて今は誰なんだっけとさびしい。ついでだが、ルガノと関係ないがシューリヒトの正規盤がないウィーンフィルとのブルックナー5番もこれを買った昔から気にいっている。テンポは変幻自在でついていけない人もいようが、この融通無碍こそシューリヒトの醸し出す味のエッセンスである。

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クラシック徒然草-チェリビダッケと古澤巌-

 

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モーツァルト「魔笛」断章 (私が最初のパミーナよ!)

2016 MAY 18 0:00:35 am by 東 賢太郎

 

「僕が無駄口をたたいたすべての女性と結婚しなければならないのだとしたら、僕は200人もの妻を持たなければならないでしょう」

(ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト)

 

すばらしい。孔子にきかせて論語に入れてほしかった。これは親父にお前は女に軽いだらしないと叱責され、彼一流の知的なレトリックで反論したことばで別に200人オンナがいたわけではないのですが、なんでもよかった数字が100でなく200になる豪快なところが実に大物でいいですねえ。舛添都知事は見習った方がいい。アウトプット・パワーがない普通の男はせいぜい20だろうなあ、それでも立派に同じ意味だし。

モーツァルトの女性関係は こんな本ができてしまうぐらいでした。

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「苦悩と困窮のなかで早世した薄幸の天才」なんて像は後世の狂信的なファンが「そうでなくっちゃこの私の偶像(アイドル)にふさわしくない」と祭り上げたもの、自分がかわいいための像です。彼は貴族を得意客としていた、つまりそういう自意識とプライドのかたまりみたいな種族の人間をこそ音楽でうならせる達人であり、彼らからカネを無心する営業の天才でもありました。

実の彼はというと、弟子は客である貴族の令嬢や奥方であって、浮名の連続。そういうセレブ女にとって、ダンナが称賛するオペラのヒットメーカーでピアノの超絶技巧的名手でカネばらいもよく、如才ないジョークを飛ばせてバクチ好きのちょいワル男は魅力があったのでしょう。風采はあがらないがカラオケとギターの並外れた腕前でモテてしまうプレイボーイに近かったと思います。

そんなモーツァルトの女性のうちで僕が特にかわいそうと思う人が二人います。

一人目はマグダレーナ・ホーフデーメルです。

モーツァルトが死んだ日から5日目のウィーンで猟奇的な事件がありました。最高裁書記官ホーフデーメルが(モーツァルトの子?を)妊娠中の妻を殺害しようと企て、剃刀で妻の顔と頸に切りつけ、そのあとで自殺したのです。死ななかった彼女は出産したが、「その子ヨーハン・アレクサンダー・フランツがヨーハン・ヴォルフガング・アマデーウスの名とフランツ・ホーフデーメルの名とを持っているのは、はなはだ意味深長である」(アインシュタイン『モーツァルトーその人間と作品』浅井真男訳、白水社、p.109)。

そして二人目が、今回の主役、アンナ・ゴットリープです。

魔笛のパミーナのアリア「ああ、私にはわかる、消え失せてしまったことが」  (Ach, ich fühl’s, es ist verschwunden)はアンナに書かれた曲でした。

350px-AnnaGottliebColorDetailまじめなタミーノに話しかけても口をきいてくれない。「しゃべるな」という試練の最中なので仕方ないのですがパミーナはそれを知らない。そこで愛想をつかされたと思い歌うのがこのアリアなのです。魔笛の中では唯一、シリアスで悲痛な感情のこもったト短調の音楽です。

パミーナ役を17才で初演したソプラノがアンナ・ゴットリープ(左、Anna Gottlieb、1774-1856)でした。フィガロのバルバリーナ役の初演も12才でしており、モーツァルトのお気に入りでカノジョだったともいわれます。本当にそうだったのか生涯独身で、彼の死後すぐにウィーンを去ってしまいました。

その後レオポルドシュタットの劇場で歌いますがナポレオン戦争で休場してからは声が衰え、最後は老け役となって舞台を去ります。年金がもらえず生活は困窮しますが、彼女が「最初のパミーナ」だと知った新聞がキャンペーンを張って資金を集め1842年にザルツブルグで行われたモーツァルト像の除幕式に参加しました。そこに現れた彼女は周囲に「私が最初のパミーナよ!」とまるで歌劇場の聴衆に告げるかのように、モーツァルトと同様の称賛を受けてしかるべきであるかのように叫んだと記録されています。82才でウィーンで亡くなった彼女は、モーツァルトと同じ墓地に埋葬されたのです。

このビデオは僕の好きなルチア・ポップです。彼女はパミーナがあってますね。夜の女王はどこかコロラトゥーラの軽さがないのであのテンポなんでしょう。ただピッチの正確さにあんなに微細な神経の通ったものはなく、だからクレンペラーが起用したのではないか。彼は軽快にすいすい歌うが音程があぶないという夜の女王は許し難かったのだろうと思います(そうならば全く同感)。

このアリアはト短調ですが、ロマン派に近接するほど豊かな和声がつけられているのにお気づきでしょうか。それが表す悲痛で繊細な感情の襞(ひだ)はこのオペラでは例外的なもので、至高の名アリアと思います。

パミーナという役の設定は、

夜の女王の娘でもザラストロの娘でもあり、タミーノの救出する相手であり許婚であり、モノスタトスが狙う女であり、パパゲーノと愛らしいデュエットがあり、剣で自殺しようとして童子に止められたり、タミーノと火と水の儀式をくぐり抜けたりするお姫様

というものです。夜の女王とザラストロがオペラ・セリア的、超人的であり、タミーノは優等生であまり生身を感じず、3人の侍女と童子は天界の非人間的存在である。女性で庶民派代表のパパゲーナは老婆姿と最後のパパパとやや出番が少なくパパゲーノの片割れ的存在。そうなるとパパゲーノとモノスタトスの人間くささが目立ちますが、女性で唯一生身の存在がパミーナと言ってよいでしょう。

モーツァルトはお気に入りだったアンナ・ゴットリープに大サービスでいい歌をたくさん書いているのであり、そういう流儀が彼のオペラ作法だった。体に合わせて服を仕立てるようにですね。おそらくこのト短調のアリアはその白眉だったし、気合を入れて書いた、そしてアンナも入魂の表情で歌ったに違いない。「私が最初のパミーナよ!」という叫びは、そうでなくては出なかったと思うのです。本当にかわいそうな女性です。

ただどうしてこれがト短調なのか?Gmは特別な調だったのだという説が根強くあります。僕はそうではなく、こういう質のリッチな和声の音楽を書くのにGmがよかった、それも絶対的なピッチがというより(当時、基本ピッチはいい加減だったでしょう)メカニックな「運指が」ということではないかと考えます。作曲過程の発想と運指の関係であり、転調へのいざないというか、白鍵ばかりのイ短調とまったく同じということもないように想像するのです。

どうしてそんなことを思うかというとこのアリアのピアノ伴奏パートを弾くと、う~んという和声が出てくるからなのです。イ短調だったらこれあったのかな、という指の動きで。それは楽譜のsein, so wird Ruh’…….のところ、左手がcis、d、esと動きますが(ビデオの3分55秒から)esのところのes-a-cis-gの和声が問題のそれです。

pamina

これはA7のコードのドミナントのeを半音下げたもの(第6小節にも一度現れています)。この和音は耳に残ります。どこかで聞いたことがあるぞ・・・・(こういう音の記憶を看過できない習性が僕にはございます)。

これです。みなさんよくご存じのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番変ロ短調の第1楽章、オーケストラによる第2主題を切々とこう奏でる、それの青枠の和音をご覧ください。

tchaikovskyPC1-2des-f-b-f-gですがD♭7のコードのドミナントのasを半音下げたもの。つまりパミーナのアリアの和音を短3度平行移動したものです。

このユジャ・ワンの演奏ビデオ(どうでもいいが、最も重要な出だしで関係ないトロンボーンがアップになって笑えます。ホルンなんですけどね)、6分43秒からが上の楽譜になります。よ~くお聴きください。

いや、しかし、まだあるぞ、もっとすごいのが・・・・。

ストラヴィンスキー「火の鳥」です!

fire

どこかおわかりでしょう。「子守歌」の直前のブリッジ部分です。青枠部分の音の構成要素はb-es-f-aの転回形なのです。B7のコードのドミナントのasを半音下げたもの、つまりパミーナのアリアの和音を長2度平行移動したものです。

このビデオの15分34秒からが青枠です。

何の話をしてるのかわからなくなってきました。そうかモーツァルトでした、魔笛でしたね・・・。このチャイコフスキーもストラヴィンスキーも、どこか暗めで切々とした情念、なにものかの呪縛、そしてあきらめきれない哀惜の念みたいなものを訴える場面で問題の和音が使われているように思うのです。

この悪魔の増4度をふくむ和音は今の僕らの耳にはなんでもないがハイドンまではなかったのかもしれないし、あっても希少だったでしょう。上記のsein, so wird Ruh’…….のところ、時が止まってしまうような、いったんナポリの6度(A♭)に行っておいてGm、DときてGmに収まるかと思いきやA#に!。そこから始まる「死だけが私を苦しみから救う」への和声のおそるべき混沌!!

アンナ・ゴットリープはモーツァルトに大変なものを書かせてしまった女性、人類の歴史に名を刻んだ女性であります。

モーツァルト「魔笛」断章(モノスタトスの連体止め)

 

 

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クルト・マズアの訃報

2015 DEC 21 1:01:46 am by 東 賢太郎

クルト・マズアさんが亡くなった。クラシックに熱中しはじめた高校時代におなじみの懐かしい名前だ。アズマの反対だけどスペルはMasuaで、ドイツ語ではSを濁ってズと読むことを初めて知った。クラスのクラシック仲間がふざけて僕をケント・マズアと呼んだが、さっき調べたら氏の息子さんはケン・マズアさんだった。

mazua1だからというわけじゃないが、彼のベートーベン交響曲第5番、9番(右)は僕が最初に買った記念すべき第九のレコードとなった。だからこれで第九を記憶したことになる。なぜこれにしたかは覚えてない。ひょっとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下LGO)に興味があったかもしれないが、2枚組で3600円と少し安かったのが真相という気もする。

mazur感想は記録がなく不明だが、音は気に入ったと思われる。というのは第九を買った75年12月22日の4日後に同じマズア・LGOのシューマン交響曲第4番を購入しているからだ(右)。大学に入った75年はドイツ音楽を貪欲に吸収していた。5月病を克服した6月に買ったジョージ・セルの1,3番のLPでシューマンを覚え、4番にチャレンジしようと7月に買った同じLGOのコンヴィチュニー盤があまりピンとこなかったのだ。それはフォンタナ・レーベルの詰めこみすぎた冴えない録音のせいだったのだが・・・。ということはシューマン4番もマズアにお世話になったのだろう。

マズアはドイツ人にしてはモーツァルト、シューベルト、ワーグナー、ブルックナー、R・シュトラウス、マーラーのイメージがないのが不思議だ。モーツァルトはシュミットとのP協全集はまあまあ、ブルックナーは4番を持っているがいまひとつだ。東独のオケ事情、レコード会社との契約事情があったかと思われる。

mazurそこで期待したのがブラームスだ。76年録音。ロンドンで盤質の最高に良い79年プレスの蘭フィリップス盤で全集(右)を入手できたのはよかったが、演奏がさっぱりでがっくりきたことだけをよく覚えている。4曲とも目録に記しているレーティングは「無印」だ。当時はまだ耳が子どもで激情型、劇場型のブラームスにくびったけだったからこの反応は仕方ない。とくに音質については当時持っていた安物のオーディオ装置の限界だったのだろうと思う。今年の4月現在の装置で聴きかえしてこう書いているからだ。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

mazua2ところでここに「フランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった」と書いたが記憶違いだった。プログラム(左)を探したところ、1988年10月3日にロイヤル・フェスティバルホールであり、しかもオケはロンドン・フィルであったので訂正したい。ケント公エドワードご来臨コンサートで英国国歌が演奏されたようだが記憶にない。当時のロンドンでドイツ人指揮者というとテンシュテット、ヨッフム、サバリッシュぐらいでカラヤンが来たのが事件だった。そこに登場したマズアはきっと神々しく見えたんだろう、響きも重くドイツ流ですっかりドイツのファイルにメモリーが飛んでしまっていたようだ。この4年後に言葉もできないのに憧れのドイツに住めたのが今となっては信じ難い。

この記憶はこっちと混線したようだ。

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

94年8月28日、フランクフルトのアルテ・オーパー。これがマズア/LGOの生の音だったがこれよりもフィデリオの方がインパクトがあった。

マズアの録音で良いのはメンデルスゾーンとシューマンのSym全集だ。これはLGOというゆかりのオケに負うところもあるが低重心の重厚なサウンドで楽しめる。ブラームスもそうだが、細かいこと抜きにドイツの音に浸ろうという向きにはいい。ベートーベンSym全集はマズアの楽譜バージョン選択の是非と解釈の出来不出来があるが現代にこういうアプローチと音響はもう望めない。一聴の価値がある。

なにせLGOはモーツァルトやベートーベンの存命中からあるオーケストラなのであり、メンデルスゾーンは楽長だったのだ。61才までシェフとして君臨したコンヴィチュニーに比べ70年に43才で就任したマズアはメンゲルベルクと比較されたハイティンクと同じ境遇だったろうと推察する。若僧の「カブキ者」の解釈などオケが素直にのむはずもないのであって、正攻法でのぞむ。それが伝統だという唯一の許されたマーケティング。だからそこには当時のドイツ古典もの演奏の良識が詰まっているのである。

意外にいいのがチャイコフスキーSym全集で、カラヤン盤よりドイツ色濃厚のオケでやるとこうなるのかと目からうろこの名演だ。悲愴はすばらしく1-3番がちゃんと交響曲になっているのも括目だ。ドイツで買ったCDだがとびきり満足度が高い。そしてもうひとつ強力おすすめなのがブルッフSym全集で、シューマン2番の第1楽章などその例なのだが、LGOの内声部にわたって素朴で滋味あふれる音響が完璧に音楽にマッチして、特に最高である3番はこれでないと聴く気がしない。

エミール・ギレリス、ソビエト国立響のベートーベンP協全集は1番の稿に書いたとおりギレリスを聴く演奏ではあるが時々かけてしまう。お好きな方も多いだろう、不思議な磁力のある演奏だ。76年ごろのライブでこれがリアルタイムでFMで流れ、それをカセットに録って擦り切れるほど聴いていた自分がなつかしい。以上。ニューヨークに移ってからの録音が出てこないのは怠慢で聞いていないだけだ。

こうして振り返ると僕のドイツものレパートリー・ビルディングはLGO時代のマズアさんの演奏に大きく依存していたことがわかる。師のひとりといえる。初めて買った第九は、彼との出会いでもあった。75年12月22日のことだったが、それって明日じゃないか。40年も前のだけど。

心からご冥福をお祈りしたい。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ベートーベンピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15

ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37

メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90 「イタリア」
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チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」より「花のワルツ」

2015 DEC 20 1:01:41 am by 東 賢太郎

APTOPIX Germany Christmas Market320px-Nussknackerドイツの冬は寒くて長い。それがクリスマスに近づいてくると、街がにわかに活気づき始める。お店のショーウィンドウはかわいい人形で子供用のエンターテインメント一色になり、ぬいぐるみやキラキラ眩しいクリスマスの飾りが出店に所せましと並ぶ。上の写真は我が家が3年住んだフランクフルトのレーマー広場のクリスマス市である。今年はどんなプレゼントで子供を驚かそうかと愉しみだったのを思い出す。

そういう年齢だったのでドイツは感慨深い。我々親も30代で若かったからいっしょに童心に帰ってもいる。ドイツは強く心に焼きついているが、その思い出が大きな部分を占めている。そしてそのクリスマスが舞台となるバレエ「くるみ割り人形」をマインツのオペラハウスで娘たちと観た思い出が。

全曲の数ある名ナンバーの中でも「花のワルツ」は驚異的な名曲と思う。このバレエ音楽の華であり、作曲家チャイコフスキーの代名詞であるばかりか全クラシック音楽中でも最も有名なものの一つだろう。ほどなくしてあの悲愴交響曲で慟哭の響きを奏でることになる作曲家が、奥儀の限りを尽くして聞く者を愉悦と華やぎに充ち満ちた気分にしてくれる。

このワルツの主部(楽譜)が弦の合奏で鳴りだした時のワクワク感はなんだろう?音楽を聞く喜びが胸いっぱいに広がり、なんて良い音楽なんだろうと我を忘れて夢中になり、作曲家への感謝以外に心を占める物はなくなってしまう。

kurumiwari

このピアノ譜は作曲家自らの物だが、フルートの5連符が3連符になっている。悲愴の第3楽章ではヴァイオリンに似たように装飾的な7連符が書いてある。打楽器的に響くピアノより軽いアジリタに適した楽器の場合は音を増やしてより華やかさを演出しているのだろう。チャイコフスキーのオーケストレーションの職人技と思う。

和声は第1小節からd-c#がぶつかるなど創意に満ちているが、このワルツはそんな浅はかな分析を寄せ付けない人智を超越した絶対的尊厳がある。猫好きの僕は彼らのシェイプを見ていて時に問答無用の美を観ることがあるが、これはそんなものだ。高貴さとも違う、それは人間界のささやかな序列であって、この音楽は何か神様の喜びのほとばしりが作曲家の頭脳を通って音符に刻みこまれたかのようだ。

youtubeにある演奏を片っ端から聴き比べた。そんなことをしたためしはない。ところがやってみて驚いたことには、満足な演奏がきわめて少ないのである。まず、ほとんどでオーケストラが、弦の合奏が、ホルンの合奏が、クラリネットのソロが、へたくそだ。合奏がだらしない。これが田舎のオケならわかるがベルリンフィルでもそうなのだ。

僕は自分で弾いたりシンセでも録音して確信あるテンポができている。6分40秒前後だと思う。ところが多くの演奏は7分を超えており、特にバレエが付くと踊りに合わせるのでますます遅い。そんなテンポで合奏が合わないだらしないとなると全く耐えられない代物というしかない。

こういうことは主観、好みだから押しつける気は毛頭ないが、ライトミュージックとして軽めのアプローチでいこうというのか、手を抜いているとまでは言わないが悲愴交響曲をやる気構えよりはテンションが低いのばかりだ。たしかに「組曲」に入っている音楽が全曲の中で質の高いものばかりかというとそうでもなく、漏れている部分にもっと高いものがあったりする。ムラヴィンスキーのようにオレ流組曲を編んでしまう人もいるのだ。

ということで、数少ない「許せるもの」だけをピックアップしておこう。まずテンポだが、これが僕のイメージに最も近い(6分36秒)。リチャード・ボニング指揮ナショナル・フィルである。

この速さで踊れるか?大変だろうが踊ってもらわにゃ困るということだ。音楽はダンスの奴隷ではない。

この演奏、技術水準は何の問題もなく不可ではないのだが優良可の良の下という所だ。ちょっと美感には欠け、指揮のセンスと勢いだけでもっていってる。それもクリアしている演奏がひとつだけあった。シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団である。

テンポはボニングより遅いが耐えられるぎりぎりには入っている(6分54秒)。ワルツ主部のフレージングの切り方が独特だが慣れれば気にならない。そして、なによりオケがうまく、合奏のブレンドがいい味に仕上がっている。これでなくては花のワルツの浮き浮き感は出てこないのだ。

 

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ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)

チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

 

 

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女の上司についていけるか?(ナタリーとユリアの場合)

2015 JUL 30 22:22:48 pm by 東 賢太郎

「察しない男 説明しない女」(五百田達成 著)は面白い本です。

僕は若者に「遊べ!」といってるのですが、べつに遊び人になれということではなく、なんでもいいから真剣勝負しなさい、負けたら立ち直れないぐらいすべてをかけてやりなさい、そして、許されるうちになるべくたくさん負けておきなさいといっています。

ところがこれは女の子にもあてはまるのかどうか、はたと考えているところです。男も女も同じ人間だからと思っていたのですが、この本によると実はぜんぜんちがう気もしてきます。

同書には、「男は野球で育つ・女はままごとで育つ」とある。まさしく野球で育った僕はままごとをやったことがありませんし、ということは僕のいうことは女の子には共感されないのかもしれません。

野球にパワハラなどという言葉はありません。パワーに蹂躙されるならそれはされる方が弱いのであって、だったら練習して強くなれよ、でおしまい。負けた方も頑張ったんだからほめてあげようなんてこともなし。負けは問答無用で負け、10点差負けでも1点差負けでもおんなじです。

ところが運動会で子供がビリで泣いて帰ってきた、けしからん、かけっこで順位をつけるのはやめろという親が出てくる。ほとんど母親だそうです。野球で育った男親はそういうことは言わないように思いますが、ままごとで順位はつかないわけですね。

体を張って遊べですって?なるべくたくさん負けろですって?それでウチの子が人生はかなんだり自信喪失になったりしたらどうしてくれるの?言われてそうだ。そういう風潮のせいでしょうかサンデーモーニング『週刊御意見番』に登場する張本勲 氏が「喝!」を出しにくくなってしまったそうです。

僕は幸い女性の上司に仕えたことがありません。そういう時代だったし男社会の業界だったし。だから男原理で問題なく生きてきました。しかしこれからの世の中、ままごと原理で世の中が動くかもしれないし、女性の大臣は出るし、ひょっとして近い将来には女性大統領や首相も出るのではと思います。

そこで生きなくちゃいけない男は大変ですが、ではたくさんいた女性の部下たちを「部下」と思っていたかというとこれも微妙なんですね、実は。男原理が通用しないので同じように叱るわけにいかないし、一発ホームラン打ってみろなんて指示しても正確に思いが通じないでしょう。

「男は理屈で動く 女は感情で動く」、反論の余地なし。「男はナンバーワンになりたい 女はオンリーワンになりたい」これもしかりです。オンリーワンでも負けたら意味ないのです僕は。「男はロマンが好き 女はロマンチックなものが好き」、まったくそのとおり。ドイツのロマンチック街道(ローマの道なんでしょうが)はこの日本語名では行く気を削がれます。

「男は使えないものを集める 女は使えそうなものを捨てられない」、これはどうかな、捨てられる女もいるだろうが他人にはわけのわからん物を集めるのは男ですね。「男は謝れない 女は忘れない」、なるほど。

要はこれだから議論にならないんです。もし女性が上司だったら、僕は何を言われてるか、何をめざしたらいいのか、たぶんわからないと思うのです。

ただ、部下だと思わなかったというのは悪い意味ではなくて、そもそも僕らは子供時代は母親に支配されてたわけです。問答無用で理屈じゃなく。だからビシッと言われると弱いかもしれないという意味で男の部下とは違ったという意味です。とくに仕事の核心の部分はともかく、専門外のこと、ドメスティックなことでは。

ところが、自分にとって核心的なことにもかかわらず、この女性なら部下でもいいかなと思う人がいるものです。アルト歌手のナタリー・シュトゥッツマン(Nathalie Stutzmann)です。去年聴いたN響とデュトワの「ペレアスとメリザンド」でジュヌヴィエーヴを歌いましたが出番が短い役で残念でした。

歌手で指揮をする人はいますがいいと思ったためしはほとんどありません。ところが彼女は指揮の能力が高いと思います。モーツァルトのハフナー交響曲をお聴きください。

きれいに整えようという気はなし。「モーツァルトはこういう人よ!」とつかんじゃってます。女だからわかる直感か?彼が振ったらこんな感じだったのではと思わせるものがあります。楽員を興にのせ、多少アンサンブルがごちゃごちゃしてもいい、アンバランスもまた良し、ティンパニはひっぱたき、ホルンもいたずらっぽく強く吹かせる。とにかくテンポの変化や強弱やフレージングの主張が強いのですが身勝手に聞こえず、なるほどこれってそういう曲だったかと思わせるものがあるのです。

もし僕がオーケストラ奏者なら?彼女の指揮には真剣について行くと思います。やっている音楽に説得力があっておもしろい。男は理屈で動くのですが、感性であれ何であれ女性がいったん男をなるほどと思わせたらむしろ強いかもしれませんね。どんな強い男だって子供のころはそういうもんだったし、強い女性のいうことをきいていたほうが楽という気すらします。

もうひとり、僕のご贔屓のヴァイオリニストもそうです。このチャイコフスキー、自信に満ちあふれ、細部までピッチと技巧のコントロールがすばらしく、抜群の運動神経とものすごく良い耳を実感させ、汗ひとつかかずに強い主張で弾ききっていて、心拍数はまったく上がってないんじゃないかと思わせる堂に入り方。とくにアンコールをお聴きいただきたのですが、この求心力、場の支配力は半端じゃありません。ヴァイオリンの人たち、唖然ですね。舞台上のオケまで完全に彼女の聴衆になってしまっていて、弦の人はああ2曲目も聴けるんだよかったという表情です。プロが認める超人ですね。ぜひ指揮もやってほしい。オケを心服させるカリスマ能力、間違いなしですね。

このユリア・フィッシャーが上司だったら?一も二も四の五のもなく、絶対服従でしょう。何をやってもかなわない能力を感じます。

 

 

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「女性はブラームスを弾けない」という迷信

男の子のカン違いの効用 (4)

ユリア・フィッシャー(Julia Fischer)の二刀流

 

 

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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番変ロ短調 作品23

2014 DEC 11 18:18:37 pm by 東 賢太郎

 

この曲の出だしはクラシックに縁がなかった人でもきっとどこかで耳にしたことがあるでしょう。テレビCMで最も使われるクラシックのひとつですね。

この冒頭のメロディー、すごく魅力的なんですが二度と出てこないのですね。最初のころはここが大事で後の方はどうでもよかった僕としては、吉永小百合が最初の5分だけ出てあとは端役ばっかり出てきておしまいの映画みたいで、おい、金返せとまではいわなくてもこりゃなんなんだという食い足りなさは甚大でした。

だんだん物を覚えてきて、あの部分は「序奏」だったんだということを学びます。序奏部というのは落語の「つかみ」みたいなもんです。お笑い芸人が観客を引きつけるために最初に放つ軽いギャグもそうです。本ネタじゃないですからね、だから二度と出てこないのです。

ところがこの協奏曲の「つかみ」はいきなり本ネタかと思うパンチ力です。プレゼンでいうなら、いきなりスクリーンにどっかーんとポルシェの写真が出て「これ新車です!」なんてかまして「おお、いいね」と聴衆をうならせたところで、「ところで、当社のラーメン大魔王ですが・・・」なんてきて、おい、ポルシェはどうなったんだ?そういう感じですね。

そのせいでしょうか、この作品、初演を依頼して献呈しようとした大ピアニストのニコライ・ルビンシュタインに「不細工で演奏不可能だ」とボロかすに言われてしまいます。不細工はそういう意味ですね、形が悪い、たぶん。しかし演奏不可能とは・・・。

ただ、楽譜を見るとそれもわかるような。序奏に続く飛び跳ねるような快速の旋律が第1主題です。それから序奏部のカデンツァ(中間部にそんなものがあるんです)、このへんは素人はもうお手上げです。アクロバットのようでプロでも曲に負けてる人は大勢います。要は弾けるか弾けないかですね、「体育会的」な要素が演奏の印象をほぼ決めてしまいます。

僕はこれを7回演奏会できいています。ギレリスの最後の演奏はブログに書きました。しかしそこそこ良かったのは05年の小菅優ぐらい。やっぱり運動神経とパワーで図抜けてないと楽しめないのです。このことは最後に書きますが、ロシアのピアノ・コンチェルトというのはラフマニノフもプロコフィエフもそうですが、とにかく音が大きくてffで鋼鉄みたいな強いタッチの音が出ないとだめです。小菅さんは大健闘でした。

これは思い当たる話があって、先日ある方が「ロシア人と握手するとね、痛いんだよ。熊みたいにゴツくてでっかい手で思いっきりギュッとくるからね」といっていました。「プーチンはどうでした?」ときくと「熊だった」そうで「メドベージェフだけ例外で、小さくてふにゃっとしてて女みたいだった。あれは珍しい」とのこと。

ラフマニノフもギレリスもリヒテルも、見るからに熊でしょうね。それがパワーだけでなく抜群の運動神経でコントロールされる。だからああいう強くて巨大なエネルギーがあって、それでいて軽いところは羽毛のように軽い音が出せる。この協奏曲はまさにそういう剛柔重軽のタッチを各種取りそろえていないと弾けないように思います。

そうしてだんだん大人になってくると、この曲はあそこより後の方が実はいいんだということに気がついてきます。僕は第1楽章の第2主題が大好きです。ロシアは行ったことがありませんが、冬の平原の雪景色が浮かびます。この協奏曲が作曲されたのは11月から2月の間。なんとなく冬の音楽のように感じます。

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哀感のある絶妙の和声がついていてチャイコフスキーだなあと感じますが、ストラヴィンスキーの「火の鳥」につながる和声でもある。やってみる派なのでもちろんこれを弾いてみてそういうことを発見するわけです。しかし、これシンプルに見えますが、ピアノ的にどうも弾きやすくないんですね。g.b.es.bなんて、アルペジオとはいえ手は熊でないとなあという感じがします。

この第2主題の副主題でこういうメロディーがヴァイオリンに出てきます。

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民謡風ですがなんともあったかい。as-esの空虚5度のドローン風バスがのどかで、でもどこかなつかしい郷愁があって、どういうわけか僕は可愛がってもらった祖母を思い出すのです。

第1楽章で僕が最も素晴らしい瞬間と思うのは展開部の第388小節でsfのティンパニのh音でホ長調に転じる部分です。そのhのオスティナート・バスにのってオケとピアノが三連符のかけあいをしながらぐんぐんと高潮していく様はこれも天才的である交響曲第4番の第1楽章展開部、そして悲愴の第3楽章(マーチ主題の前)の先駆けです。

ちなみにこの協奏曲のモスクワ初演でピアノを弾いたのは作曲家タネ―エフですが、彼はこのホ長調の入りで管弦楽がsfからすぐにpに音量を落すのに次の小節でピアノがfffで入る原典譜のバランスを校訂者が勝手にmfにしたりpppで入るピアニストがいることを厳しく批判しています。ここを原典どおりいくのが下記のオグドンです。

第2楽章は民謡そのものの鄙びた主題で始まりますが、中間部(第59小節)で突然にPrestissimoになるやピアノの目もくらむスケルツォ風のアクロバットになる。ここを見ると、チャイコフスキーのピアノ語法が楽器を自在に軽々と弾けることを前提としていることがわかります。やがてヴィオラで民謡風の旋律が出るがこれは弟と一緒によく歌ったフランスの古いシャンソン「俺たちゃ楽しまなきゃ、踊りと笑い」からとったそうです。

第3楽章はロンド形式。どことなく7年前に作曲されていたグリーグの協奏曲の終楽章を思わせる激しいリズムの旋律はウクライナのベスニヤンカという踊りの歌。実に元気がいいです。さて、大変重要な第2主題です。どことなく民謡調です。ファがひとつだけ出ますが5音音階的な旋律であり、おしまいの2小節のミソレーレミドーラドソーは完全に5音音階です。

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そこで第1楽章の冒頭のあの「つかみ」のテーマをもう一度見てみます。同じ3拍子であることにご注目ください。

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第3小節に出てくるファとシが耳に残り、特に繰り返し部分で3小節目のバスfに対して旋律のg♭(これがファに相当)の不協和(そうきこえないか)が強烈にアピールするのでイメージしにくいのですが、終わりの方はソーレーミソーレレミソーミラソレーと完全な5音音階なのです。ベースは東洋的な五音音階なのにそのファの不協和が非常に西洋的に響くことがこのメロディーのえもいえぬ魅力の源泉といっていいかもしれません。

この音階はファ(第4音)とシ(第7音)を抜いたヨナ抜き音階といわれ、童謡、民謡、演歌などに多いものです。たとえば「赤とんぼ」「象さん」「上を向いて歩こう」「北国の春」「昴すばる)」「木綿のハンカチーフ」などです。「君が代」もシが一度だけ出ますがそうです。西洋でもスコットランド民謡の「蛍の光」がそうだし、ドヴォルザークの新世界の「家路」もそうです。人なつっこくて耳に残る、特に日本人のハートにはぐっと迫るものがあります。

この協奏曲のエンディングは第3楽章第2主題を全管弦楽とピアノが一体となってfffで高らかに歌い上げますが、ミソレーレミドーラドソーの土くさい5音音階が冒頭のあの「つかみ旋律」の5音音階にコラボして聞こえるように思うのです。つまり、確かにあれは二度と出てこないのですが、最後の最後にその「影武者」が登場してブックエンドのように全曲をきちっと挟んでいます。

この曲を聴いて、ああよかったと満足できるのはそういうことだと僕は解釈しています。ソナタ形式にとらわれるから「序奏部が異常に大きい」と見えるのであって、これを「ブックエンド形式」と命名したいぐらいです。この元祖はベートーベンの交響曲第3番「エロイカ」です。バン、バンとEs-durが2発。あの曲は終楽章が変奏曲であり、もしエンディングが5番のように長々としていたら均整感を損なったでしょう。そしてチャイコフスキーは自らの遺書となった悲愴交響曲で、ロ短調の静寂の暗闇で全曲をバインドしています。

さて、演奏です。

まずこの曲に興奮し、打ちのめされてみたいという方。そういう入り方が普通でしょう、よろしいと思います。となると、抜群の運動神経の人のライブということになります。定評があるのはこのおふたりでしょう。

マルタ・アルゲリッチ/ キリル・コンドラシン / バイエルン放送交響楽団

587マルタさんの手が熊なみかどうかは知りません。たぶん違うと思うのですが、熊の手の男どもをなぎ倒す壮絶な演奏であり、ライブですから終楽章の入りなどミスタッチはあってもそれを補って余りある満足感を約束してくれます。本稿で難しいと書いた部分はすべからく煌めくような強いタッチで弾かれ、きき惚れるのみ。彼女のプロコフィエフの3番をカーネギーホールで聴きましたが、恐山の巫女もかくやの神憑り状態(失礼)はその場にいないと感じにくいです。本盤はマイクを通してそれがそこそこ体感でき、デリケートな部分も美しく、コンドラシンの伴奏も大変レベルが高い。総合点で優勝を争うものであることはだれも異論がないのではないでしょうか。

 

ヴラディミール・ホロヴィッツ/ ジョージ・セル/ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

019演奏技術というのはこのぐらいになるとマイクに入る入らないの問題を超越します。トスカニーニとの録音も有名ですが、さすがの暴れ馬も義父は怖かったのかこれに比べると借りてきた猫。どうせならやりたい放題、セルとの殴り合い風情のこれでしょう。細かい音型はオレ流で弾き崩しでもなんでもあり、デリカシーなどどこ吹く風。第1楽章第1主題、軽々飛ばすピアノに木管がついていくのにやっと。第2楽章中間部のあ然とするうまさ!超快速の重音のパッセージなのにピアノが悲鳴をあげるほど鳴りきっている。素人でも誰でもわかる。簡単です。ピアノがうまいんです。こんな人は人類史上あとはフランツ・リストぐらいだったのではと僕は想像しています。

ただこのタイプの演奏というのはここまで弾けてナンボのもの。捨てるものも多く、成功すればセンセーションですが未達だとただの安物に終わります。だから終始安全運転路線の人がたくさん出てきますが、それだとなんでわざわざこれを弾くの?ということになる。指揮者、オケにとっては客が呼べていい曲ですが、ピアニストにとっては有名な割に難しい、リスクが高い曲と思います。

僕がこの曲で大切にしたいのは第1楽章第2主題と第2楽章に若いチャイコフスキーがこめた抒情の表現です。特に前者。ここでなにも感じていないともう家に帰ろうかと思ってしまう。そういうのに限って第3楽章は快速で飛ばし、オケは軍楽隊みたいになります。そこまでのヘボの免罪符になるだろうとばかり。そして最後は演歌みたいに五音音階を安っぽく泥臭く歌い上げ全員が汗をぬぐう。

そんなものにブラヴォーなんかが飛び交うのは僕には到底堪えがたく、だからこのコンチェルトの実演はよほどの期待がない限り行きません。しかし残念なのは、そういうチープな演奏が跋扈するので「曲が安物なんだろう」というイメージが出来ている気がすることです。そうではないということを知っていただくために、もう2種類の録音について書いておきます。

 

ジョン・オグドン / ジョン・バルビローリ/ フィルハーモニア管弦楽団

984オグドンは1962年チャイコフスキー・コンクールでアシュケナージと優勝を分けた名手。昨今はこの曲で技術的問題を一切感じさせないピアニストも多いですが第1楽章第1主題を重戦車みたいにばりばり弾いてしまう人が多い。オグドンを聴いて下さい。そして肝心の抒情的な部分。同第2主題の止まりそうになるデリカシー、高音のきらめき、そしてバルビローリの葦笛のようなオーボエの愛らしさ、木管から紡ぎだすマジカルな響き! 終楽章は決然としたティンパニの一撃で入りますが決してあわてず騒がずスコアのポエジーを引出し、コーダの入りでフルートとチェロの対旋律をきっちり浮き出させてぐんぐん盛り上がる様は至芸。本当に良い音楽を聴いたという満足感で満たしてくれる大人の演奏です。こういう路線に満足しない人はアルゲリッチに、そしてその方向の極点に位置するホロヴィッツにいくしかない。この曲においてはその価値は認めつつも、僕は当盤に代表される方向において曲の真価が認知されるのではないかと考えております。

 

ユージン・イストーミン/ ユージン・オーマンディー/ フィラデルフィア管弦楽団

最後に本命です。まずお断りしますが、この録音は廃盤です。ディスクは手に入らないでしょう。音の冴えないネット配信でしか聴けません。しかしながら、これはスタジオ録音の完成度をもちながら何度聴いてもくめども尽きぬ喜びと最高の満足度のある真に驚くべき名演です。

欠点は2つあって、先に指摘した「第1楽章展開部の第388小節でsfのティンパニのh音でホ長調に転じる部分」の入りがやや速めであるうえオケの p が強すぎで憧れが不足するのと、なくもがなである第2主題の弦のレガートとポルタメントですが、どちらも指揮者の問題です。ピアノは一貫して最高であり、オケもそれ以外は全曲文句のつけようなし。その第2主題前後や第2楽章のピアノの詩情の素晴らしさは、あのリパッティのグリーグに匹敵すると言ってもいい。

速い部分、例えば第1楽章カデンツァ、第2楽章中間部の羽毛のような軽いタッチは一切曲芸にならず、天使が空にまいた金粉のよう。終楽章ロンド主題の2拍目を強調した跳ねるようなリズム、これが舞曲だという本質!ffの鳴りきった強靭なタッチ、第1楽章の難しい第1主題まで歌える技術!ホロヴィッツのようにピアニストのメカニックを感じさせない、まさに天衣無縫とはこのことでこっちのほうがもっと上であります。

それは近年のコンクール優勝者の演奏につきまとう、flawlessness(傷がない完璧さ)に第一義的目的があると感じる技術とは決定的に違う何ものかです。この演奏のピアノはあえてクリティカルに細かく聴けば微細な傷があります。しかし、そういうものを問題にする次元には決して成立することのない何か、チャイコフスキーやブラームスはきっと自分でこういうピアノを弾き、耳にしていたのだろうと思われる性質のものがある。

この曲のピアノ譜の難しさ(ブラームスの2番もそう)はそう書かないと出ない音を作曲家が欲したからそうなっているわけで、どうだ間違うなよ、完璧に弾けよなんてことは彼らはいっさい要求してないと思うのです。だからflawlessnessを大事と考える音楽教育は、ビジネスをやろうというのにいきなりコンプライアンスからはいるのと同じぐらい馬鹿げていて、本質を外した、はっきりいって間違った教育だと思います。

イストーミンはツアーに専属の調律師を連れていたそうですがこのピッチの良さは顕微鏡レベルでの調律の妙があるに違いなく、フィラデルフィアO.の管楽器奏者がそれに微妙に反応して最高級のピッチと美音で同化しているという魔法のような瞬間が続出、おそらく指揮者でもどうにもならないようなもの、音を出している音楽家同志の化学反応がこの演奏のファンダメンタルズをつくっていると感じます。演奏家の本能と音楽家魂を刺激するソリスト。僕がユリア・フィッシャーのメンデルスゾーンにきいたものと近い。こういう記録は稀有なものです。

それは優れた室内楽演奏と同様、リスナーに「くめども尽きぬ」音楽の喜びを与えます。アルゲリッチ盤、ホロヴィッツ盤は一期一会の記録として永遠の価値がありますが、録音として何度も賞味されるに足るかは疑問です。冒頭に「スタジオ録音の完成度をもちながら何度聴いてもくめども尽きぬ喜びと最高の満足度のある真に驚くべき名演」と書かせていただいたのはそういう意味です。どんな曲であれ、そんなレコードは世の中にそう多く存在するものではありません。

2年間フィラデルフィア管の定期会員だった30年前にオーマンディー指揮でこの協奏曲を聴きました。ピアニストがこの水準にはなくオケからこんな音は聴けませんでしたが、当時はこのオーケストラは良い時はたしかにこういう音でした。最近はもう別な楽団になっているようです。本稿のためにこれを聴き、あまりの素晴らしさにたて続けに3回聴きました。そんなことも、もうあまりないのですが・・・。これはピアニストの方にこそぜひ聴いていただきたい。こういうピアノを弾けば(コンクールで評価されるかどうかなど委細関わりなく)、世界は間違いなく感動します。

なぜなら、どういうわけか、こんなピアノはもう世界のどこでも聴けなくなってしまったからです。何が違うのか?教育なのか技術的なことなのかは知りません。でも決定的に異なり、もう聴けなくなった何かが存在するのです。こう文字にすると言いたいことが無機質になります。先週、屋久島で食べた生命力ある島野菜の強い味と、東京のコンビニに並んでいる色と形だけきれいに整った野菜の味の違いといった方が適確でしょう。僕ら音楽を聴きこんでいる聴衆はそんな野菜には食傷気味なのです。

既述のようにこの録音が驚くべきことに廃盤であり、バナナのたたき売りみたいにオンラインで300円で売られている。それをテクノロジーの恩恵だと喜ぶべきなのかどうか。お蔵入りするよりはましですが、どこか寂しいと感じるリスナーは僕だけでしょうか。音楽のネット配信普及が進み、日本は音楽産業の売り上げに占めるCDの比率がダントツ世界一だそうです。

音楽が「コンテンツ」としてお手軽な商品化する。するとそれを書いた人、演奏した人の才能や努力への敬意など軽々と吹き飛んでしまいます。我が国でCDがまだ売れるのは、その風潮に組みしない、本当に良いものはモノとして大事に所有していたいというリスナーが多いからではないか、という一抹の期待はもっています。

演奏というのは瞬時に音として消え去ります。しかしそれを録音したものは人間の高度で知的な営みを刻んだ記録として残りますし、なかでも本当に優れたものは作品自体がそうであるように「文化」として永く伝わるものなのではないでしょうか。しょせん音は音だ、モノじゃない。でもそれをモノとして大事にしたいという気持ちが文化を支えるのじゃないかと思います。

「いまさら名前も忘れられたようなピアニストの演奏なんか売れないよ、それなら少々へたでも若いイケメンか美人でしょ」というなら、それはもう本質はセックス産業にも通じるもののある芸能界の軽薄な消費文化とかわりがない。そうやって音楽作品がゲイノーのだしに使われることに僕は大きな抵抗があることは何度も書いてきたとおりです。しかし作品と真摯に向き合った記録として永遠の輝きを持つもの、それはまぎれもなく文化だと確信しております。

文化は皆が守らないと継承されません。この録音が300円で手に入ることは経済的にはまことに結構なことですが、300円の価値しかないとみなされてそうなっているのだとするなら、演奏の記録が文化だという概念はすでに腐蝕しつつあるのではないかと懸念を抱く次第です。世界中が、売る方も買う方も、クラシック音楽の真贋を見極める力が著しく落ちているということかもしれません。コンビニの野菜ばかりで育てばそういう舌になってしまうのです。

野菜のおいしさを次世代に伝える意味でも、供給者である演奏家の方々に大いに期待したいものです。

 

(補遺、2月11日)

ヴァレンティナ・カメニコヴァ /  ジリ・ピンカス /  ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団

59270年スプラフォンの録音。チェコの田舎で普通にやっている演奏会の風情が好きです。カメニコヴァ(1930-89)はウクライナはオデッサ生まれ。第2次大戦でシベリアに逃げているのでユダヤ系でしょうか。ネイガウスの弟子で結婚後の後半生はチェコに移民しました。僕は彼女のショパン、モーツァルト、ベートーベンが好きで愛聴しています。地味だが素晴らしいピアノ。著名ピアニストの派手派手しい演奏、空しい完全なだけの演奏が茶番に聞こえます。こういう滋養あるピアノこそ伝統に根ざした本物であります。オケも地味、録音も地味でなんらスターダムに登る要素なしですが、耳の肥えた人にはわかるものがあるでしょう。

 

 

 

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クラシック徒然草-冬に聴きたいクラシック-

2014 NOV 16 23:23:26 pm by 東 賢太郎

冬の音楽を考えながら、子供のころの真冬の景色を思い出していた。あの頃はずいぶん寒かった。泥道の水たまりはかちかちに凍ってつるつる滑った。それを石で割って遊ぶと手がしもやけでかゆくなった。団地の敷地に多摩川の土手から下りてきて、もうすっかり忘れていたが、そこがあたり一面の銀世界になっていて足がずぶずぶと雪に埋もれて歩けない。目をつぶっていたら、なんの前ぶれもなく突然に、そんな情景がありありとよみがえった。

ヨーロッパの冬は暗くて寒い。それをじっと耐えて春の喜びを待つ、その歓喜が名曲を生む。夏は日本みたいにむし暑くはなく、台風も来ない。楽しいヴァケイションの季節だ。そして収穫の秋がすぎてどんどん日が短くなる頃の寂しさは、それも芸術を生む。 ドイツでオクトーバー・フェストがありフランスでボジョレ・ヌーボーが出てくる。10-11月をこえるともう一気にクリスマス・モードだ。アメリカのクリスマスはそこらじゅうからL・アンダーソンの「そりすべり」がきこえてくるが、欧州は少しムードが違う。

思い出すのは家族を連れて出かけたにニュルンベルグだ。大変なにぎわいの巨大なクリスマス市場が有名で、ツリーの飾りをたくさん買ってソーセージ片手に熱々のグリューワインを一杯やり、地球儀なんかを子供たちに隠れて買った。当時はまだサンタさんが来ていたのだ。そこで観たわけではないのだがその思い出が強くてワーグナーの「ニュルンベルグの名歌手」は冬、バイロイト音楽祭で聴いたタンホイザーは夏、ヴィースバーデンのチクルスで聴いたリングは初夏という感覚になってしまった。

クリスマスの音楽で有名なのはヘンデルのオラトリオ「メサイア」だ。この曲はしかし、受難週に演奏しようと作曲され実際にダブリンで初演されたのは4月だ。クリスマスの曲ではなかった。内容がキリストの生誕、受難、復活だから時代を経てクリスマスものになったわけだが、そういうえばキリストの誕生日はわかっておらず、後から12月25日となったらしい。どうせなら一年で一番寒くて暗い頃にしておいてパーッと明るく祝おうという意図だったともきく。メサイアの明るさはそれにもってこいだ。となると、ドカンと騒いで一年をリセットする忘年会のノリで第九をきく我が国の風習も捨てたものではない。メサイアの成功を意識して書かれた、ハイドンのオラトリオ「天地創造」も冬の定番だ。

チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」、フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」はどちらも年末のオペラハウスで子供連れの定番で、フランクフルトでは毎年2人の娘を連れてヴィースバーデンまで聴きに行った懐かしの曲でもある。2005年末のウィーンでも両方きいたが、家族連れに混じっておじさん一人というのはもの悲しさがあった。ウイーンというと大晦日の国立歌劇場のJ・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」から翌日元旦のューイヤー・コンサートになだれこむのが最高の贅沢だ。1996-7年、零下20度の厳寒の冬に経験させていただいたが、音楽と美食が一脈通ずるものがあると気づいたのはその時だ。

さて、音楽そのものが冬であるものというとそんなにはない。まず何よりシベリウスの交響詩「タピオラ」作品112だ。氷原に粉吹雪が舞う凍てつくような音楽である。同じくシベリウスの交響曲第3、4、5、6、7番はどれもいい。これぞ冬の音楽だ。僕はあんまり詩心がないので共感は薄いがシューベルトの歌曲「冬の旅」は男の心の冬である。チャイコフスキーの交響曲第1番ト短調作品13「冬の日の幻想」、26歳の若書きだが僕は好きで時々きいている。

次に、特に理由はないがなぜかこの時期になるとよくきく曲ということでご紹介したい。バルトーク「ヴァイオリン協奏曲第2番」プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」がある。どちらも音の肌触りが冬だ。ラヴェルの「マ・メール・ロワ」も初めてブーレーズ盤LPを買ったのが12月で寒い中よくきいたせいかもしれないが音の冷んやり感がこの時期だ。そしてモーツァルトのレクイエムを筆頭とする宗教曲の数々はこの時期の僕の定番だ。いまはある理由があってそれをやめているが。

そうして最後に、昔に両親が好きで家の中でよくかかっていたダークダックスの歌う山田耕筰「ペチカ」と中田喜直「雪の降る町を」が僕の冬の音楽の掉尾を飾るにふさわしい。寒い寒い日でも家の中はいつもあったかかった。実はさっき、これをきいていて子供のころの雪の日の情景がよみがえっだのだ。

 

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