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カテゴリー: ______ベートーベン

トスカニーニはパワハラか?

2017 AUG 12 7:07:42 am by 東 賢太郎

昭和の昔にパワハラなどというものがあったら僕は真っ先に会社をクビになっていたろう。しかし仕事で罵倒したり罵声ぐらいはいくらも飛ばしたということであって、職場の地位・優位性を利用して人心にもとるよからぬことをしたことはないし、仕事では自分に対しての方がもっと厳しかったという苦しい言い訳ぐらいはある。

元々そういう性格だったわけではなく、中学あたりまでは他人には強くいえない弱っちい情けない子だった。そうでなくなったのは高校で体育会に入ったせいかと思っていたが、先輩の問答無用の命令と服従、あんなもんがそんなにいけないか?と疑問に思わないでもない。いかなる戦うための組織においても軍規は必要で、それがあそこでは長幼の序であっただけとも思える。

高校あたりから弱い子でなくなったのは、多分、早生まれで体が小さいコンプレックスがずっとあったのが身長が追いついて吹っ切れたからだと思う。要は喧嘩をしても負けない気がしてきて、しかもすぐエースになったから心持ちが大逆転もした。逆に投手はつきあう野手は捕手だけで周囲はあまり関係なく、上級生になっても後輩に命令した記憶もなければもちろん体罰などしたことはなくて、体育会だからパワハラ的性格になったということは多分ない。俺は弱くないと思えたことこそが大きかった。

ただ軍規は染みついた。「グラウンドで歯を見せるな」という相撲界みたいのがあったが、昨今の甲子園を見ているとよく選手が笑ってる。戦場感覚はかけらもなくなって、プロ選手が「いい仕事しましたね」などとほざく感覚に呼応している。昨日など打席でにやにやっとしたのがいて、「次のタマ、あいつの顔面狙うな、俺なら」と口にする。そんなの僕には条件反射である。すると「そんな時代じゃないわよ」と家内におこられる。そういうのまで今やパワハラまがいになっちまうんだろうが、軍規違反に対する制裁はこっちだってやられるから弱い者いじめとは全然違うのだ。

吾輩は化石のように古い男なんだろうし女性軍を敵に回すのは本意でもないが、パワハラにはどうもフェミニズムの男社会への浸食を感じるのだ。軍規の第1条でレディ・ファーストにせいみたいな感じで、母親目線でウチのかわいい子に規律は少なくしてちょうだい!なんて勢いでゆとり教育が出てきてどんどん子供をバカにしてしまう。そのうち軍規に人殺しはいけませんなんて書かれるだろうと隣のミサイルマニアが待っていそうな気がしてくる。

「職場の地位・優位性を利用」するのがパワハラの要件らしいが、それはそもそも、それ自体が男原理の本筋を踏みはずしているというものである。近頃は女も猛猛しくこのハゲなどと罵倒もするようだが、女の気持ちは代弁する自信がないのでここは男に限定させていただくなら、パワハラは地位や優位性を手にして初めて強くなった気がしているような、要は力のない恥ずかしい男がするものであって、モテない男がセクハラといわれやすいのとお似合いのものだろう。男の嫉妬は女より凄まじいとよく言うが、それの裏返しともとれる。男原理で動く男は地位があっても弱い者いじめなどしないし、嫉妬はするかもしれないが負けて悔しければ自分もやろうとするだろう。

横浜DeNAベイスターズは契約でそういうことにでもなってるんだろうか、負けても必ず監督のTVインタビューがある。あれは軍人に無礼極まりない。「敗軍の将、兵を語らず」は立派な大将の不文律であって、戦況をべらべらしゃべるような軽い奴に兵隊は誰もついてこないのは万国共通の男原理というものなのである。これは理屈ではない。アメリカは勝ったってしない、まして怒り狂っている敗軍の将にマイクなんか向けようものなら殴られるだろう。あのテレビ局のお気楽な「お茶の間至上主義」、「局ごと女子アナ感覚」は平和ボケニッポン独自のものであって、フェミニズムの浸食に力を貸している。

僕は指揮者アルトゥーロ・トスカニーニの作る音楽を好んでおり、ミラノへ行った折、敬意を表して息子と墓参りをした。演奏家より作曲家がえらいと信じてる僕として、プッチーニ、ヴェルディの墓は参ってないのだから異例なことだ。彼のプローべは戦場さながらであり今ならパワハラのオンパレードである。これをお聞きいただきたい。日本のかたはどこか既視(聴)感があるが、「このハゲ~!!」ならまだかわいい、「お前ら音楽家じゃねえ~!!」だ、これを言われたらきついだろう。

この戦果があの音楽なのだ。プロとプロのせめぎあい。何が悪い?彼が指揮台を下りても楽団員を人間と思ってなかったかどうかは知らないが、棒を持ったらきっと思ってなかっただろう。こんな男の人間性ってどうなの?と女性やフェミニストに突き上げられそうだが、しかし、それと同じぐらいの度合いで、他の指揮者は僕にとってメトロノームとおんなじだと言いたいのである。ベートーベンの交響曲第1番は彼以外にない。ほかの指揮者のなど聞く気にもならず、全部捨ててしまってもいい。そんな演奏ができる指揮者がいま世界のどこにいるだろう?

僕はレナード・バーンスタインのカーチス音楽院のプローべを彼のすぐ後ろで見ていて、和気あいあいにびっくりした。客席にぽつんと一人だった僕がコーク片手に彼のジョークを一緒に笑っても問題なかった。同じ位置で見たチェリビダッケのピリピリはトスカニーニさながらで、目が合っただけで睨みつけられた彼にそんなことをしようものなら大変だったろう。そして、そこで緊張しまくった学生たちが奏でた音!あれは一生忘れない。カーネギーホールの本番で評論家が今年きいた最高の管弦楽演奏とほめたたえたドビッシーが生まれていく一部始終を見たわけだが、細かいことは覚えていないが、そういうテクニカルなことよりもあの場の電気が流れるような空気こそがそれを作ったのだろうと感じる。

トスカニーニは男原理の最たる体現者である。そういえば彼の時代のオーケストラに女性はいなかった。彼は理想の音楽を作るためにすべて犠牲にして奉仕し、だから、今日のボエームがお前の一つのミスで台無しになったと本番の指揮台を下りても怒りが収まらずにホルン奏者を罵倒した。立派なパワハラ事件になり得るが、ホルン奏者はそれで頑張って次はいい音を出して納得させた。ボスの完全主義と美に対する執念には団員の理解があり、そういう言動は彼の個性であり強権による侮辱やいじめと思ってなかったからだろう。それはきっと、トスカニーニの世紀の名演のクレジットはオケの団員だって享受して、名誉と生活の安定を手に入れられたからである。男原理の男はこうやって職場の地位・優位性ではないところで人を動かせるからパワハラ事件にはならない。人事権がないと何もできない男、女々しい奸計でポストを登った男はボスにはなれないのである。

ベートーベン交響曲第1番の名演

 

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ギュンター・ヘルビッヒのベートーベン7番

2017 MAR 14 0:00:03 am by 東 賢太郎

ギュンター・ヘルビッヒ( Günther Herbig, 1931年11月30日~)という指揮者は通にしか知られていないでしょう。旧東独で活躍した指揮者といえば、例えばアーベントロート、コンヴィチュニー、ケーゲル、ケンペ、レーグナー、ザンデルリンク、マズア、スイトナー、ボンガルツなどが思い浮かびますがヘルビッヒもそのひとりです。

東西ドイツ統一で西側で活躍した人もいれば逆の人もいますが、誰もがドイツのレパートリーの伝統的解釈の継承者であったことは万人の認めるところでしょう。ヘルビッヒは東独のレコード会社であったドイツ・シャルプラッテンのETERNAというクラシックレーベルで統一後の西側市場に紹介されましたが、地味な曲目と知名度の低さのせいか廉価盤扱いのこともあり、わが国では地味な東独系の中でもさらにマイナーなイメージが定着したように思います。

しかしヘルビッヒの指揮は無難で堅実な中庸の解釈などではまったくなく、ツボにはまると大変素晴らしい。看過されるのは実にもったいないのです。チェコ生まれの彼はアーベントロート、シェルヘン、カラヤン、ヤンソンス(父)に学び、1972-77年にドレスデン・フィルハーモニー、1977-83年にベルリン交響楽団(西のBPOに対抗する東のメジャーオケ)の首席指揮者を務めるほど高く評価されましたが東独統一党の政策に嫌気がさし、一念奮起して新天地の米国に移住します。

そこで得たポストがデトロイト交響楽団の音楽監督(1984-90年)でした。このオケはポール・パレー(在任1951–62)と一級品のフランス音楽を作ってマーキュリー・レーベルに多くの名録音を残し、前任のアンタール・ドラティ(1977–81)がアンサンブルを鍛え上げていました。その後ヘルビッヒ着任までは3年の空位があるようで、彼は満を持して迎えられたのでしょう。

これはウォートン時代にフィラデルフィアのFM放送でオンエアされたライブをカセットに録音したもので、それが1984年4月20日でした。アナウンスによるとこの7番は前年9月に第10代音楽監督に着信した記念すべきお披露目のオール・ベートーベン・プログラムのトリでした。まさに着任したての意気揚々とした指揮であり、オケもそれにこたえて渾身の熱演をきかせているのです。

僕はベートーベン7番はあまり聞きませんがこの演奏の格調とパッションだけは別格で、アタッカで一気呵成になだれこむ終楽章は圧倒的でコーダの追い込みの興奮は何度体験しても素晴らしい。あらゆる録音の中で最も好きな7番であり、これを聴けば誰もがこの交響曲が好きになるでしょう。音楽は人間の生み出すもので、特別なオケージョンの一期一会の感興の盛り上がりというのは時にもう一度やれといってもできないようなものになる、そういうことを感じさせる稀有の演奏と思います。ヘルビッヒのベートーベン交響曲の録音は3番はありますが他はないようです。お元気であるならばこういう本物の指揮者に全集を残してもらいたいと熱望するばかりです。

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クラシック徒然草《いま一番好きな第九》

2016 DEC 28 0:00:38 am by 東 賢太郎

「年末の第九」なる世界に類のない国民行事は、まだクラシックがそんなに人気がないころのオケ団員の正月の餅代稼ぎだったという説をどこかで読んだ。それによれば、合唱団は主にアマか音大生であって、家族親戚が聞きに来るだろうから満員御礼が読めるということだったようだ。欧米で第九は何度もコンサートにはかかったが、年末だったことはむしろ一度もない。

昔はテレビっ子だったし3ちゃんやFM放送でも大晦日の第九を聴いてた。だからこれを聞くと第2楽章の終盤でもう今年も終わりかあと思いはじめ、第3楽章の中盤あたりで「ゆく年くる年」の行者の火渡りのシーンなんかが頭にジワリと浮かんでくる。第4楽章の歓喜の歌が過ぎたあたりになると時計を見てウンあと15分かと心のカウントダウンが始まり、そして恐るべきことに、画面いっぱいに映し出されたどこぞのお寺の鐘を和尚がゴ~ンとつく音が浮かんでくるのである。

なんじゃこりゃあ?

4月に聴いても9月に聴いても除夜の鐘がゴ~ンだ。パリで聴いてもウィーンで聴いてもゴ~ンだ。かんべんしてくれ。こうやって僕はいっとき第九が大いに苦手となった。聴くときは昔流儀とイメージが被らないように、新奇なところに耳が行くベーレンライター版を選んで聴いたりした。第九のブログを書いたあたりまでは少なくともそうだった。

ところがわりと最近、ヨゼフ・クリップスのCDを聴いて非常に感動したのだ。これはおふくろの味だと。そして3月17日にこう書き足すことになった。同じ文章で申し訳ないが再録する。

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ヨゼフ・クリップス / ロンドン交響楽団

08_1104_01 (1)クリップスはJ・シュトラウス、ハイドン、チャイコフスキーなどに記憶に残るレコードがある。この第九は、一言でいうなら、僕の世代が昔懐かしい、ああ年の瀬のダイクはこういうものだったなあとほっとさせてくれる雰囲気がある。アンサンブルは甚だ雑駁だが何となくまとまっており、ほっこりとおいしい不思議な演奏だ。それはテンポによるところが大きく、とにかく全楽章やっぱりこれでしょという当たり前に快適なもの。管楽器、ティンパニがオン気味だがどぎつさはなく、歌は合唱の近くにマイクがあってまるで自分も合唱団で歌ってるみたいだ。そのうえソロ4人がこんなに一人一人聞きとれる録音は珍しいがこれが音楽的に満足感が高く、なんとはなしにオケ、合唱と混ざっていい感じになるのも実にいい。ぜんぜん知らないソプラノだが音程はしっかりして僕の基準を満たす。5番の稿にも書いたがベーレンライター全盛の世でこのCDを耳にすると、1週間ぐらい海外出張して戻った居酒屋のおふくろの味みたいだ。練習で締め挙げた風情や、うまい、一流だ、すごい、という部分はどこにもないが、本物のプロたちがあんまり気張らずに自然に和合して図らずもうまくいっちゃったねという感じ。しかし全楽器の音程がよろしく、フレージングの隈取りも納得感が高く、耳を凝らして聴くと音楽のファンダメンタルズの水準は大変高い。指揮のワザだろう。こういうのを名演と讃えたい。

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今も聴きなおしたが気持ちはいささかも変わらない。クリップスの1-8番は僕には生ぬるいが、どういうわけか9番だけ琴線にふれるのだ。このなんとも快適なテンポと味付けは僕らがなじみ始めの頃にウィーンなどで普通にやっていたものと思う。だからだろう日本人の演奏もこれに近かった。クリップスはロンドンのオケで普通にそれをやり、普通なのは第1楽章で一生懸命弾いているが弦と金管のアンサンブルが甘かったりホルンが二度もとちってるのでわかるが、それでもうるさい客を黙らせるオーソリティーを感じる。

クラシックがクラシック足り得るのは僕はこういう演奏によると思っているのであって、フルトヴェングラーのバイロイト盤みたいにコーダを超音速でぶっ飛ばしてエクスタシーをあおったり、メンゲルベルグみたいに急ブレーキでのけぞらせたりしてくれなくても、ベートーベンの天才のみで僕らは十二分に究極の音楽的満足を得られると思う(終楽章の入りだけピッチがゆれるがこれは我慢)。

ゴ~ンはないの?ある。でもそれもふくめておふくろの味になってしまった自分がいるということのようだ。

 

 

 
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ベートーベン ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61

2016 AUG 22 0:00:26 am by 東 賢太郎

なるほどこのトシになってつまらんものはつまらんと言えますが、ガキのころはそうもいきません。この曲には因縁があってストラヴィンスキーとバルトークばかり聴いていたころ、雑誌でしたかFM放送でしたか、「いくら難しい曲を聞いたって、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲も知らないのでは困りますね」と評論家先生がのたまわって、なるほどそういうもんかと思いました。

そこでいろいろ批評を読んでみると、ヨゼフ・シゲティの演奏が歴史的名盤であるとあります。それだとばかりすぐ飛びついたのですが、これがいけません。ひどく退屈である。ソロはへたくそである(正直な感想、すいません)。しかし初心者ですから、おれはまだベートーベンがわからないのだと信じ込んだのです。

szigetiそれが忘れもしないこのFontana盤でした。批評を読みかえすと、「最晩年の録音で技巧に衰えこそあるが、高い精神性は比類がなく・・・」とある。セイシンセイ?なんだそれは?辞書にはspirituality(霊性)なんておどろおどろしい訳語があるではないですか。これがいけなかった。

 

そうか、セイシンセイがわからないとベートーベンは理解できないのか!そういうことになってしまい、この曲はおろか交響曲までしばし縁遠くなってしまうのです。

当時のわが国音楽界は「精神性がない」という殺し文句でカラヤンすら血祭りに上がる恐ろしい国だったのです。精神性が認定されれば音が少々外れたって推薦されるのだから比例代表制みたいなもんだ。ドイツ人のベテランはほぼ当確、イタリア、フランス、ロシア、東欧は巨匠のみ、英米に至るとほぼ落選というわかりやすい図式ではありましたが、セイシンセイの実体を僕が理解する日はついにやって来ませんでした。

この曲がシンプルに楽しいと思ったのは、フィラデルフィアでイツァーク・パールマンのあっけらかんと明るいソロを聴いてからでした。そしてさらに決定的だったのは84年のアイザック・スターン(どちらもムーティ/PHOの伴奏)のこわもての威厳ある演奏です。ということは、何のことない、30才近くまで僕は「ベートーベンのヴァイオリン協奏曲も知らないのでは・・・」という状態だったのです。

ところが困ったことにこの曲、好きになれる演奏がなかなかない。第1楽章、オケの序奏が3分もあってやっと登場するソロはドミナント和音をなぞって上昇し、高音で第1主題を弾きます。ここが問題で、どうもどれを聴いても音程が気に食わないのです。

それはここです。ほとんどの人がラ# がフラットにきこえる。つられてシまで低い人が続出だ。

beethvn

あの超絶技巧のハイフェッツも、そういうことはまずない最右翼であるオイストラフすら最高音 ラ#、シ があぶない。歴史的大ヴァイオリニストに向かってそう公言してしまう僕もあぶないのですが、耳がおかしいかとyoutubeを片っ端から聴きましたが大家、名人ほぼ全滅、あのユリア・フィッシャーすらだめだ。これは何なんだろう?

スコアを観て想像がつきました。上の楽譜の2小節目のソーファーソラからバックに木管の伴奏和音が入りますが、問題の ラ#でオーボエ、クラリネットがシ、ファゴットが ラを吹いていて、ヴァイオリンが弾かされるラ#は上下どっちとも短2度という「汚い音」なのです。しかもそれをクレッシェンドしてsf で弾けなんて罪なことが書いてあります。

これはピアノなら全く自然に聴き過ごせる経過音なのですが、倍音が乗ってる木管をバックに聴衆が耳をそばだててる繊細なハイポジションの音取りとなると、明らかな不協和音だからみなさん恐らく感覚的に嫌で、ラとシのどっちに寄せるかというと和声のバスであり2オクターヴと距離も離れているラに無意識に寄るんじゃないか?しかし旋律の流れとして、これは高めに、シに寄せてもらわないと僕は気持ちが悪いのです。

それはまず、音取りの問題が(あまり)なく楽譜通り鳴っているクラリネット・ソロ版で聴いてください(4:14がそこ)。

引き合いに出して大ヴァイオリニストにはお詫びしますが、これの3:49と比べていただきたい。

そんな細かいこと鑑賞に影響ないだろうという声が多そうです。こういう部分が僕的鑑賞の苦しいところで、その調性の12音のピッチバランスがメロディーの和声構造に添って(特にミとシが)、僕的にはオレンジ色に調性感をふくらまして、陽光の中でシワなく表面が外側に湾曲してピンと丸々と張ったテントみたいにはちきれていないといい音楽に聴こえません。

音程は音楽のファンダメンタルズであって、それが欠ければ即こりゃいかんということになってしまう。それがこの名曲ほど顕著に感じられてしまう音楽はなく、この個所はベートーベンが管弦楽をピアノの耳でダイナミクスを書いたというちょっとした不備で、指揮者はオケ部分のクレッシェンドと sf は無視してヴァイオリンに隙間を与えてやり、ソリストに音程の指示はできないのだろうが自分でそうできる人とやるしかないでしょうね。いずれにしてもここは体操競技ならF難度の個所であり、僕はコンサートでここがダメだともう減点です。

512DdOGovSL._SS500_SS280体操の内村ぐらい最高点に近いのがこのナタン・ミルシテインとエーリヒ・ラインスドルフです。危なげない見事な音程であり、指揮のラインスドルフはその個所はファゴットを強めに吹かせて和声のバランスをラにもっていってうまく切り抜けている。こういうのをプロ中のプロという。第3楽章主題のやや高めのミの音(f#)の素晴らしいこと!こうでないと音楽の良さは死にます。世の中、そんなひどい演奏ばっかりだ。ラインスドルフのオケ(フィルハーモニア管)の音程まですばらしく、テンポもダイナミズムも文句なし。ぜひ味わってください(i-tunes Storeで750円)。

もうこのトシですからつまらんものはつまらんと言います。こういう演奏でないと僕はこのコンチェルトはアホらしくて聴く気もしない。いい加減な耳や技術の人は弾くべきでないし、そういう部分を「それなりに」で済ましてしまう神経の人はこの曲はそもそも無理だからやめた方がいい。ベートーベンの書いたうちでもトップクラスの名曲であり、交響曲と同じほど動機を構築してできた有機的建造物であり、技術と知性なくして良い演奏などなしえない。指揮者にも同等の知性とバランスが求められる至難の曲です。

最初のF難度だけでこんなに書いてしまいました。この先も難所続出であり、曲の構造分析は始めたら止まりません。僕が最も畏敬する音楽の一つであり、今回はここで敬意を表して終わり。次回することになります。なお精神性のほうは精神科のお医者さんか心理学者さんにご相談ください。

 

フランコ・グッリ / ルドルフ・アルベルト/ コンセール・ラムルー管弦楽団

51oaIMwP4-L._SS500_SS280このヴァイオリンは僕の知る限り唯一ミルシテインに匹敵します。信じられないことだがこの演奏をほめている人を見たことがない。みなさん何を基準に選ばれてるのか僕にはさっぱりわからないが世評の高いどの「大家」よりいいです。音楽をブランドで聞くなどまったく意味のないことです。グッリのヴァイオリンはどこの名器だというほど魅惑的な中音域!第3楽章の「ミ」の素晴らしさ、これがこの演奏の全てを物語ります。ソロがイタリア人だ、指揮者、オケが有名でなくしかもフランスだというのが減点なのか?とんでもない、見事な重量感の伴奏でなんの過不足もなし。録音もビビッドでよろしい。演奏に漲る活気とテンションを聴けば誰もが圧倒されるでしょう。グッリは冒頭のヨゼフ・シゲティの弟子であることをシゲティの名誉のために記しておきます。i-tunes StoreでFranco Gulliと入力すれば買えます。

 
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ベートーベン ピアノソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィール」 作品106

2016 MAY 9 2:02:43 am by 東 賢太郎

このソナタは音楽であるか否かという範疇を突き抜けて、人間の精神が造りだしたあらゆるものでも最高峰のひとつであると思います。

そのような音楽がすぐ楽しめるものではなく、僕は10年はかかりました。現代音楽が耳慣れない音でもって「難しい」のとちがって、音としては奇異でもないのに何がいいのかわからなかったのです。94年にベルリンでポリーニのを聴いたのですが、それでもさっぱりでした。

この曲の第4楽章はベートーベンの讃美者だったワーグナーすら理解できず懐疑的だったそうで、20世紀まで真価は知られなかったという説もあります。僕にとって言葉がそうでしたが、日本語はニュースのアナウンサーが何を言ってるかが突然わかるようになり、英語は留学して3か月ほどして、やはりTVのCMが急に聞き取れるようになったのですが、ハンマークラヴィールソナタはそういう風にある日に急にやってきて、理解した音楽でした。

ひとことでいうと、とてもリッチな音楽です。独奏曲で40分もかかるものは作曲当時はなく、特に長大な第3楽章(アダージョ・ソステヌート)は異例だったでしょう。人間の最高の知性のすべてが結集した様はそれだけで畏敬の念をもよおすもので驚くべき輝きと建築美を放射するのですが、かといって決して無機的ではないのです。あらゆるアミノ酸が溶けこんだスープのようなもので、その養分が聴き手の精神の深いところまで届いて究極の満足感を与えてくれる。そんな曲は世の中にそうはありません。

いまこの曲の譜面を前にした心境は、ローマへ行ってパンテオンや水道橋の精緻な構造を知って感嘆するに似ます。仮にそれらを造った人が目が不自由だったとしてなんのことがありましょう。ハンディに打ち勝ったからそれが優れているのではなく、誰の作であれそれは地球上の工作物として一級品である。ベートーベンにとって聴覚疾患はそういうものです。彼は頭の中で音が聴けたのであり、それでこんな曲が書けた。聞こえたらもっといい曲が書けたわけではないでしょう、なぜならこのソナタ以上のものは想像もつかないし200年近くたっても誰も書いていないからです。

耳の聞こえる僕らはただきいて楽しめばよいのですが、どうしてもそれで済ますことはできない、耳だけではわからない何かがある、だから細部までストラクチャーを研究してみたいという僕の欲求をかりたてるという点でこのソナタは数少ない特別の音楽の一つなのです。だから何年も僕は暇をみてそうしてきており、それを書き残したいのですが膨大な分量になってしまいます。

どうするか考えますが、僕にとってこの曲がかけがえのないもの、オペラなら魔笛、シンフォニーでいえばエロイカに匹敵するものであるということを残せばとりあえず目的は達します。

冒頭です。第1主題は2つの部分からなっています。

hammer

強烈な動機を2回たたきつける。第5交響曲と同じであり、ダダダダーンの直前に休符があったのをご記憶と思います。ここではその休符を、新たに手にした楽器(ハンマークラヴィール)の強靭な低音bが埋めています。この動機は第2楽章スケルツォ主題、および後述する重要な3度下降を含んでいます。

続く部分は p でレガートが支配する女性的なメロディーで第九の喜びの歌を思わせ、同様に見事なバスラインがついています。これが9小節目のフェルマータで止まってしまうのは第6交響曲の冒頭を思わせます。作曲時点で彼は交響曲は8番まで書いていました。ステートメントとしての冒頭動機のぶつけ方は5番より8番に近いです。

この動機はブラームスが自分のピアノソナタ第1番ハ長調の冒頭にそっくり引用しているのは有名で、以前のブログでも紹介しました。

しかし、ブラームスが交響曲第4番の冒頭主題をハンマークラヴィールの第3楽章Adagio sostenutoから引用したのはあまり有名ではないでしょう。誰かが指摘したかもしれませんが僕は知りません。もしなければ東説ということで確証はないということです。この部分です。

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3度下降のブラームス4番主題はソナタの第4楽章にもはっきりと現れますが、既述のように、元をただせばソナタ冒頭動機にすでに3度下降の萌芽は現れています。

ブラームス4番の終楽章はJ.S.バッハのカンタータ第150番、BWV 150, “Nach Dir, Herr, Verlanget Mich” – Meine Tage In Dem Leid の引用であることも、これまた有名です。一聴瞭然であります。

ブラームスは自身の最後の交響曲となるかもしれなかった4番を、第1楽章第1主題にベートーベン、そして終楽章のシャコンヌ主題にJ.S.バッハを引用し、敬愛する先人の延長として位置付けようとしたというのが僕の仮説です。グレン・グールドの第3楽章を聴くと彼もそう考えていたのかと思うほど4番主題を際立たせている(上の楽譜で♭3つになる部分が7分26秒から。7分40秒から4番主題が鳴る。7分55秒からは誰が聴いてもおわかりになるでしょう)。

第2楽章スケルツォは冒頭動機の子供です。コーダで変ロ長調の主音bが半音上のhになり、d-f#(二長調)が闖入し、ついにhに居座ってしまうのは驚きます。B♭→Dの3度転調は第1楽章冒頭主題にも適用されますが、モーツァルト「魔笛」断章(女の奸計に気をつけよ)に書きました通り当時は珍しい転調です。

主音が半音上がるクロージングの例はあまり記憶にありませんが、シューベルトの弦楽五重奏曲 ハ長調D.956の最後の最後でドキッとさせられるc#の闖入ですね、僕はあれを思い起こします。シューベルトがこのソナタを知っていたかどうか、ウィーンの住人でベートーベンの信奉者だった彼が1819年にアリタリアから出版されたこの曲の楽譜を見なかったという想定は困難ではないでしょうか。

第4楽章のコーダでg、a、b、c、dに長3度が乗っかって順次あがっていくなどのベートーベンのプログレッシブな部分はやはりブラームスの第4交響曲終楽章コーダの入りの部分で、またこれは空想になりますが同楽章冒頭ラルゴでのf の4オクターヴの上昇はショパンが第3ソナタの終楽章の冒頭で採用したかもしれません。ショパンはベートーベンの友人フンメルと知己であり、1830年から1年ウィーンに住んでいたのです。

第4楽章の序奏部の最後のあたりで、これについてはどこがどうということはないのですが、僕はいつもブラームスのピアノ協奏曲第1番の響きを思いだしています。彼がこのソナタ冒頭を引用するほど親しんでいたのは事実であり、しかも、クララは事実これを弾いていたのです。PC1番はクララへの愛の曲であり、交響曲第4番は締めくくりの曲だった。ピアノソナタ第1番ほど確信犯的にではなく、ほのかに、しかしクララが聴けば分かるに違いない程度にハンマークラヴィール・ソナタを縫い込んだという想像は、そう的はずれでもないような気がするのですが・・・。

20世紀まで誰も理解できなかったかもしれないこの巨魁なソナタ。しかし数名だけは真価をわかって自作に引用までしたかもしれない。何か不可思議な磁力があるということ、僕如きが主張するより彼らが雄弁に語ってくれていると思います。

では最後に、ハンマークラヴィール・ソナタ全曲を。スビャトスラフ・リヒテルの75年のプラハでのライブです。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

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エロイカこそ僕の宝である

2015 DEC 29 0:00:41 am by 東 賢太郎

今年ほど壮絶に戦って終える年というのも記憶になく、事業としては大勝利だったのだがどういうわけかそんなに喜びや達成感というものもなく、むしろ体も精神もぼろぼろだ。安息が要る。1か月半ぶりに二子玉川まで走ってみたが、途中猫のいる橋あたりで息が切れはじめ、軽いめまいもあり結局普段の倍の2時間を要した。

僕の仕事というのは数字だけで成り立っているといって過言でない。数字はメカニックで無機的なものだ。囲まれていると疲れる。だから正月は心の内から数字を消したい。そういうときこそ、音楽の出番となる。なにか劇的な効能があるというよりじわりと左脳をしずめ、左右をバランスしてくれるから心の漢方薬みたいなものだ。

では、こういうときにすっと心に入る音楽はなんだろう?

これがどういう質問か、クラシックをたくさん知っている方はお分かりと思う。冬には、春には、うれしいとき、かなしいとき、それぞれの心境に寄りそってくれる「マイミュージック」をみな持っているからだ。僕にとっては憂鬱なときにウィンナワルツはうるさいだけだ。第九のバリトンの歌い出し、O Freunde, nicht diese Töne!おお友よ、このような旋律ではない)!なのだ。

ではどんな Töne  がぴたっとくるのか?今回のような心持ちの経験はありそうでないので実は今知ったことなのだが、小包が届いていたオッコ・カム指揮ラハティ響のシベリウス3,4,6、7番とテンペスト、これは琴線に響いた。第九は最後まで nicht diese Töne!  であったことを告白しなくてはならない。演奏のせいではない。曲が響かないのだ。

そうしていまさっき聴いた、買いおいていたワルターのエロイカだ。もう確信に至った。これほど僕に勇気とエネルギーを与えてくれる音楽は他にない。起業のころ、苦しかった時期に第1楽章をピアノで弾いてどれだけチャージしてもらったか!もし意識不明になったら家族はこれを耳元で聞かせてほしい。この曲で生き返らなかったらお陀仏ということだ。

エロイカという曲は何かと因縁を感じる。実演は特に印象に残るものがあって、ドイツにいた94年1月15日のネヴィル・マリナー/ AOSMF、同12月6日のウルフ・シルマー / バンベルグ響、95年2月4日のロペス・コボス/ シンシナティ響、そして96年1月26日スイスでのゲオルグ・ショルティ / チューリヒ・トーンハレ管だ。2月4日生まれの僕としてその周辺で名演に当たるのもなにか因縁を感じる。ちなみにクラウス・テンシュテット/ ロンドンPOで二度も聴いているが印象にない。84年と86年のどっちも9月のことだった。

さっき魂を吸い込まれるように聴き入っていたのがこれだ。

ブルーノ・ワルター / シンフォニー・オブ・ジ・エア

64698892これのLPは音が悪くて長らく地団太をふんでおり、それ故にブログで推薦に入れなかった。このオタケンのCDは渇望を満たす実に素晴らしい復刻だ。これは僕の知るあらゆるソースの中で最高のエロイカの一つである。人間の精神の高貴な作用が音楽という形で刻印された奇跡の記録だ。1957年1月16日にトスカニーニが亡くなり追悼演奏会をワルターが振ったものである(オケは実質NBC響)。コロンビア盤で第1楽章のテンポに異議があると書いたがこれを聴いて考え直す。有無を言わせぬ気迫と重量感でありそれが牽引するルバートが意味深い。ワルターという稀有の名人が咀嚼したベートーベン演奏の叡智が友人であったトスカニーニを見送るために結集したようだ。まったく惜しいことだが第2楽章のCの方のティンパニがどうしたことか半音近く調律が低く聞き苦しいのを除けば、これほど今の僕を揺さぶる演奏はない。このカーネギーホールでの演奏会が57年2月3日というのも奇縁だ。自分は2才とはいえそんなに昔から生きていたのかという感慨でもあるが。

もうひとつ、これも心に響いた。

ゲオルグ・ショルティ / シカゴ交響楽団 (1989年新盤)

zaP2_G2632626W亡くなる前年、96年スイスでのショルティのエロイカはまぎれもなく僕が聴いたベストだった。第2楽章のヘ短調からのクライマックスへの展開はオーケストラ演奏でかつて目撃した最も壮絶なドラマであり、もう人生でああいうものを経験することは多分ないだろう。あれを思い出すにはこれを聴くしかない。ショルティの決然としたリズムは曖昧さが皆無でまるでパルテノン神殿の円柱みたいに整然と強固な調和を生み、シカゴの弦はトーンハレ管に増して厚み、音圧、キレ、すべてが凄い。そして管のクラリティ、音程、タンギングは音楽の至福であり、第3楽章のフルート、オーボエ、ホルンなどもはや神技の域にある。その技量と合奏力は、例えば第5交響曲の終楽章でほかのオケには演奏不能だろうと思わせる快速テンポに具現する。そんなことを競ってどうするんだという気がしないでもなく全集としてどうかというのは別の議論となるが、だからといって下手なオケの方がいいのだというわけはどこにもない。指揮者がそれをどう使うかということが問題なのであって、ベートーベンの音楽は、第九の歌の見事なピッチの扱いを見てもショルティの目指す大理石のように確固としたものが音楽の本質にストレートに資すると思う。少なくとも(ピアノ)スコアを自分の手指で音にしようと悪戦苦闘した者としてこの解釈と演奏は満点答案のようなものであり、このエロイカにケチをつける自信など僕には到底ない。第1楽章コーダのトランペットの扱いなどショルティは無用、恣意的な付加を回避しておりその姿勢は全曲一貫している。テンポもフレージングもダイナミズムも「歌舞く」ことは一切なく、だから無個性だ力づくだ無能だと切り捨てる聴き手もいるが、ベートーベンのスコアに何を求めているのかという差異だ。

 

(追記、3月17日)読響定期、サントリーホール

今日の読響のエロイカはだめでした。そもそもあれだけホルンがとちると聞く気が失せますわ。トリオの和音もだめ。何百回も聞いてる上になんでこれ聴くのって。ハーリ・ヤーノシュの金管セクションもぜんぜんだめ。申しわけないがプロなんだから問答無用。終わるのを待ってすぐ出ました。

 

カール・シューリヒト / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (64年10月8日ライブ)

494

20世紀前半型の遅いエロイカのうち僕がワルターとともに敬愛する特別の演奏。遅い?それは木管の対旋律を浮き出させて歌わせ、ホルンの和音を轟かせ、重いトゥッティでffのくさびを打ち込むためだ。ティンパニのリズムひとつが見事に意味深い。それらが最高度に音楽に奉仕しているのだからたまらない。展開部からコーダへのメリハリとコクは最高。第2楽章の木管のチャーミングな歌、うねるような弦。合奏はすべてが聞きとれ彫りが深く最後は止まりそうな歩みになる。スケルツォは木管をスタッカートにするなどシューリヒトの語法は一筋縄でなく、それにこたえるBPOの上手さも効いている。終楽章は特に素晴らしい。この弦楽器の強いボウイングによる「発音の良さ」をお聴きいただきたい。コーダのヴァイオリンは不意にスタッカートになる。全曲にわたって録音ではわかりにくいが、指揮者の意志の力とオーケストラのカロリーのある音圧を感じる。フルトヴェングラーでは指揮の個性が勝った気がしてならずそのバランスが僕は好きでないが、この演奏は両者のエロイカ演奏のエッセンス、常識が緊密に均衡してぎっしり詰まっている。こういうのは若いおにいちゃんが一朝一夕でできるものではない、老舗の逸品、一期一会の大名演と思う。

 

断食が変えたモチベーション

 

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 k.482

 

 

(参考)

ベートーベン交響曲第3番の名演

クラシック徒然草-ベートーベン交響曲第3番への一考察-

クラシック徒然草-ベートーベンと男性ホルモン-

 

 

 

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第九交響曲- like(好き)とlove(愛してる)

2015 DEC 27 17:17:48 pm by 東 賢太郎

きのうチョン・ミュンフンが言っていたのだが、like(好き)とlove(愛してる)は違う。一目で好きになることはできても、愛するようになるには時間をかけてよく相手を知らなくてはならない。東京フィルハーモニーもソウル・フィルハーモニーも、自分はそうしてどちらも等しく愛するようになったのだと。そして、そうして、自分も両オーケストラの楽員も、その音楽を知れば知るほど全員がみなベートーベンを深く愛しているのだと。

1989年11月9日にベルリンの壁が崩れて「新しいドイツ」ができた。いま自分史を振り返ると、フランクフルトに赴任したのはそれから2年かそこらのことだった。ヨーロッパ史に残る激動の時に歴史の証人の端くれになったような気がしないでもない。企業の合併程度の話ではない。同じ民族とはいえ法律も思想も国家の屋台骨そのものを異にして長年を経てしまった東西ドイツという別の国がひとつになった。ドイツには殺伐とした緊張と不安と、その裏腹の期待に満ちた特別な時間が流れていたように思う。

それを待っていたかのように、1989年12月25日に東ベルリン シャウシュピールハウスでユダヤ系米国人のレナード・バーンスタインが東西ドイツ、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の6ヶ国からなる混成オーケストラを臨時編成してベートーベンの第九を演奏した。終楽章は、本来の「Freude(歓喜)」を、「Freiheit(自由)」に変更して歌われた。後述するが、その変更はオーセンティックな背景がある。第九は作曲家がそう意図したかどうかはともかく、そういう場にふさわしい祝典的な色彩をもった音楽である。演奏する者も聞く者も一つにする特別の力があるように思う。

きのう日韓合同オーケストラの見事な第九を聴きながら、ふと、ここに中国と北朝鮮のオーケストラや歌手も加えてしまったらどうなるんだろうと考えていた。モランボン楽団はともかく第九を演奏できる水準の楽人たちは、ベートーベンをよく知り、愛することができる人たちだろう。そこには曲の「特別な力」が作用でき、舞台でひとつの強いオーラとなり、聴く者を包み込むことができるのではないか。

音楽に政治が関与することを好ましいとは思わないが、音楽が政治のシンボルとして機能することはあり得るのだ。イスラエルは長年ワーグナー演奏を許さなかった。2001年7月にユダヤ人のダニエル・バレンボイムがエルサレムでベルリン国立管弦楽団を指揮してワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の一部を初めて演奏したが、大きな物議をかもした。

10年の歳月が過ぎた2011年7月26日、バイロイト音楽祭にイスラエル室内管弦楽団が招かれ「ジークフリート牧歌」を演奏した。国内ではホロコーストを生き延びた人たちから怒りの声が上がったし与党議員から楽団への予算支出差し止め要求も出た。しかし2001年時点で自国の楽団が敵地の祝典で敵性音楽を奏でるなどということは夢想だにされなかったであろう。時は日々確実に流れていることを我々他国人はシンボルによって知るのだ。

といって音楽によって日、中、韓、北朝鮮が一つになれるなどと青くさいことを思っているわけではない。バーンスタインの試みで6つの国が一つになったわけでもない。ただ、音楽がアジテーションや国威発揚の道具ではなく、その本源的な価値である「特別な力」の作用で、それを感じ取ることができる多くの人たちを一つにすることはできると信じる。それが国家が道を誤ることに対する歯止めになれればいいのではないか。

ベートーベンが第九交響曲においてあの有名なメロディーをつける欲求を抑えられなかったシラーの詩の当初の題は「自由に寄す」だった。官憲の弾圧を避けて「歓喜に寄す」となったが、底流にあるのは人間解放であり、快楽大好きのエピキュリアンの「よろこびのうた」ではない。星の彼方にいる父(神)のもとでは平等(兄弟)だと歌っているのであって、人類愛といわれるのは新興宗教のお題目ではなく支配の抑圧からの解放というコンテクストでの意味である。

僕がベートーベンはせっかく思いついた「あの有名なメロディー」で、しかも一旦は合唱と全管弦楽でそれを高らかに感動的に歌い上げておきながら、それで曲を終えなかったのはなぜだろうと思ったのは、チョン・ミュンフンがアンコールで第4楽章コーダのprestossimoをくり返したからだ。そこには歓喜、快楽、勝利、英雄という「歓喜に寄す」の部分にあった単語はもう出てこない。合唱は、

創造主(の存在)を感じるか? 世界よ。
星空の彼方に求めよ!

星々の彼方に彼の御方(神)がおられるはずだ

とラストメッセージを投げかけ、全曲の幕を閉じるのである。

僕はこれがシラーの詩を借りたベートーベンのメッセージだろうと思う。そしてそれに心からの理解と共感を覚えるし、そのためにキリスト教徒である必要は感じない。アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と述べたのと同じコンテクストでの神の存在を信じているからだ。そのもとで全人類は相互にloveを持つべきだし、そのためには指揮者の言うように「時間をかけてよく相手を知らなくてはならない」のだ。

(参考)

ベートーベン交響曲第9番に寄せて

ベートーベン交響曲第9番の名演

 
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チョン・ミュンフンの第九と濃かった師走の一日

2015 DEC 26 23:23:34 pm by 東 賢太郎

長女と一緒に外苑前駅から午前10時前に神宮球場へ向かうとかつて見たことのない延々長蛇の行列でびっくりしました。秩父宮ラグビー場でジャパンラグビー トップリーグ 2015-2016 が11:40からあったのです。五郎丸選手のヤマハ発動機がキヤノン とやるのがお目当てなんでしょう、彼はラグビー人気に火をつけましたね。南アフリカ戦の歴史的金星は今年日本人を最も勇気づけた大事件でした。

その五郎丸さんに関係するお話を頂き、某会社さんと10時半からお会いしました。ラグビーは素人どころかルールも知らず、いろいろ教えていただきました。五郎丸はカレンダーはもちろん切手まで出てしまうのだからもはや国民的英雄です。その両方の写真を撮ったCさんが間に入ってこの出会いがあったのです。彼女は日ハムの大谷投手の写真集も撮っており、今年最も熱い二人の男を独占。いいですねえ、持ってますねえ。

終了後青山3丁目サバティーニでランチして今度は渋谷のオーチャードホールへ。チョン・ミュンフン指揮の第九をききました。オケは日韓国交正常化50周年記念でソウル・フィルハーモニー管弦楽団と東京フィルハーモニー交響楽団の合同オーケストラ。福田元首相、駐日全権大使はじめ日韓財界トップご臨席の華やかな演奏会でした。

終演後のレセプションでは東フィルの副理事長である黒柳徹子さんがスピーチされましたが、N響のコンマスだったお父上は第九の公演で合唱団にいた母上を見初めて結婚したので自分がいるのは第九のご縁で、お母さんの子守唄も第九でしたという話を披露されました。チョン・ミュンフンの指揮は熱が入り、両オーケストラの息もあった素晴らしいベートーベンとなりました。

そこからKさんと某航空関連会社社長Hさんと銀座「田舎屋」さんへ。お店は5時前で準備中だったがオーナーが一緒ということで開けてくれました。炉端焼きとはいえ外国著名人が訪れる名店でキンキなどお味は最高。おすすめです。今日は娘にはいい勉強になりました。

 
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クルト・マズアの訃報

2015 DEC 21 1:01:46 am by 東 賢太郎

クルト・マズアさんが亡くなった。クラシックに熱中しはじめた高校時代におなじみの懐かしい名前だ。アズマの反対だけどスペルはMasuaで、ドイツ語ではSを濁ってズと読むことを初めて知った。クラスのクラシック仲間がふざけて僕をケント・マズアと呼んだが、さっき調べたら氏の息子さんはケン・マズアさんだった。

mazua1だからというわけじゃないが、彼のベートーベン交響曲第5番、9番(右)は僕が最初に買った記念すべき第九のレコードとなった。だからこれで第九を記憶したことになる。なぜこれにしたかは覚えてない。ひょっとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下LGO)に興味があったかもしれないが、2枚組で3600円と少し安かったのが真相という気もする。

mazur感想は記録がなく不明だが、音は気に入ったと思われる。というのは第九を買った75年12月22日の4日後に同じマズア・LGOのシューマン交響曲第4番を購入しているからだ(右)。大学に入った75年はドイツ音楽を貪欲に吸収していた。5月病を克服した6月に買ったジョージ・セルの1,3番のLPでシューマンを覚え、4番にチャレンジしようと7月に買った同じLGOのコンヴィチュニー盤があまりピンとこなかったのだ。それはフォンタナ・レーベルの詰めこみすぎた冴えない録音のせいだったのだが・・・。ということはシューマン4番もマズアにお世話になったのだろう。

マズアはドイツ人にしてはモーツァルト、シューベルト、ワーグナー、ブルックナー、R・シュトラウス、マーラーのイメージがないのが不思議だ。モーツァルトはシュミットとのP協全集はまあまあ、ブルックナーは4番を持っているがいまひとつだ。東独のオケ事情、レコード会社との契約事情があったかと思われる。

mazurそこで期待したのがブラームスだ。76年録音。ロンドンで盤質の最高に良い79年プレスの蘭フィリップス盤で全集(右)を入手できたのはよかったが、演奏がさっぱりでがっくりきたことだけをよく覚えている。4曲とも目録に記しているレーティングは「無印」だ。当時はまだ耳が子どもで激情型、劇場型のブラームスにくびったけだったからこの反応は仕方ない。とくに音質については当時持っていた安物のオーディオ装置の限界だったのだろうと思う。今年の4月現在の装置で聴きかえしてこう書いているからだ。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

mazua2ところでここに「フランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった」と書いたが記憶違いだった。プログラム(左)を探したところ、1988年10月3日にロイヤル・フェスティバルホールであり、しかもオケはロンドン・フィルであったので訂正したい。ケント公エドワードご来臨コンサートで英国国歌が演奏されたようだが記憶にない。当時のロンドンでドイツ人指揮者というとテンシュテット、ヨッフム、サバリッシュぐらいでカラヤンが来たのが事件だった。そこに登場したマズアはきっと神々しく見えたんだろう、響きも重くドイツ流ですっかりドイツのファイルにメモリーが飛んでしまっていたようだ。この4年後に言葉もできないのに憧れのドイツに住めたのが今となっては信じ難い。

この記憶はこっちと混線したようだ。

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

94年8月28日、フランクフルトのアルテ・オーパー。これがマズア/LGOの生の音だったがこれよりもフィデリオの方がインパクトがあった。

マズアの録音で良いのはメンデルスゾーンとシューマンのSym全集だ。これはLGOというゆかりのオケに負うところもあるが低重心の重厚なサウンドで楽しめる。ブラームスもそうだが、細かいこと抜きにドイツの音に浸ろうという向きにはいい。ベートーベンSym全集はマズアの楽譜バージョン選択の是非と解釈の出来不出来があるが現代にこういうアプローチと音響はもう望めない。一聴の価値がある。

なにせLGOはモーツァルトやベートーベンの存命中からあるオーケストラなのであり、メンデルスゾーンは楽長だったのだ。61才までシェフとして君臨したコンヴィチュニーに比べ70年に43才で就任したマズアはメンゲルベルクと比較されたハイティンクと同じ境遇だったろうと推察する。若僧の「カブキ者」の解釈などオケが素直にのむはずもないのであって、正攻法でのぞむ。それが伝統だという唯一の許されたマーケティング。だからそこには当時のドイツ古典もの演奏の良識が詰まっているのである。

意外にいいのがチャイコフスキーSym全集で、カラヤン盤よりドイツ色濃厚のオケでやるとこうなるのかと目からうろこの名演だ。悲愴はすばらしく1-3番がちゃんと交響曲になっているのも括目だ。ドイツで買ったCDだがとびきり満足度が高い。そしてもうひとつ強力おすすめなのがブルッフSym全集で、シューマン2番の第1楽章などその例なのだが、LGOの内声部にわたって素朴で滋味あふれる音響が完璧に音楽にマッチして、特に最高である3番はこれでないと聴く気がしない。

エミール・ギレリス、ソビエト国立響のベートーベンP協全集は1番の稿に書いたとおりギレリスを聴く演奏ではあるが時々かけてしまう。お好きな方も多いだろう、不思議な磁力のある演奏だ。76年ごろのライブでこれがリアルタイムでFMで流れ、それをカセットに録って擦り切れるほど聴いていた自分がなつかしい。以上。ニューヨークに移ってからの録音が出てこないのは怠慢で聞いていないだけだ。

こうして振り返ると僕のドイツものレパートリー・ビルディングはLGO時代のマズアさんの演奏に大きく依存していたことがわかる。師のひとりといえる。初めて買った第九は、彼との出会いでもあった。75年12月22日のことだったが、それって明日じゃないか。40年も前のだけど。

心からご冥福をお祈りしたい。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

(こちらをどうぞ)

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ベートーベンピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15

ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37

メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90 「イタリア」
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クラシック徒然草-津軽海峡冬景色の秘密-

2015 NOV 5 1:01:48 am by 東 賢太郎

石川さゆりさんのファンではありますが、天城越えも名曲ではありますが、それはそれとして、津軽海峡冬景色という曲にはどうにも僕を惹きつけるものがあります。それは何なんだろう?

やっとわかりました。やっぱりあああ、あ~~~なんですね。

たぶんあああは地声、あ~~~は裏声でしょう。この段差。すごく男心をくすぐるのです。音名で言えばミファミ、ド~~~です。ミからドへの6度のジャンプ。しかも声の色まで変わる。ここにこの曲の勝負どころ、頂点があると思うのです。

この6度ジャンプ。どっかできいたことがあるぞ。え~~と・・・

ありました。これです。

tristan

おわかりでしょうか?ワーグナーのトリスタンとイゾルデの冒頭です。ラファ~~ミはチェロが弾きますがラファは6度ジャンプです。この音程、ちょっと悲痛な感じがするのは僕だけでしょうか。チェロのラは解放弦でファでクレッシェンドして緊張感ある音に色が変わります。ppで聴こえるか聴こえないかでそっと入って、音程と音色で聴衆の耳をそばだたせる。非常に印象的な幕開けです。

この6度跳躍って、すごいインパクトがあって耳に残るというか、こびりつくのです。きのうショスタコーヴィチの15番を聴いたと書きましたが、あの第4楽章にワーグナーの引用が出てきて、ジークフリートの葬送行進曲のあとですが、まさにこのトリスタンの最初の4音が鳴ります。どきっとします。

津軽海峡が三木たかしさんの作曲なのはまったく知りませんでしたが、彼は「つぐない」の作曲家でもあったのでびっくりです。

クラシック徒然草-テレサ・テン「つぐない」はブラームス交響曲4番である-

クラシック徒然草-「つぐない」はモーツァルトでもあった-

津軽海峡のフシはこれまた似たものがクラシックにあります。

tugaru

シューベルトの「白鳥の歌」からの4曲目二短調「セレナーデ」です。たいていの人が知っている音楽の授業でおなじみのメロディーでしょう。

楽譜はチェロ用にト短調になってるので津軽海峡と同じイ短調で書きますと、出だしの「上野発の夜行列車」ミミミミファミララララシラが「秘めやかに( 闇をぬう) 」ミファミラ~ミ、「静けさは~果てもなし」ミファミド~~ミに「あああ、あ~~」のミファミド~~と全く同じ音素材とリズムで6度跳躍が現れます。

もうひとつ、和声です。

「わ~たし~も~ひとり~~、れんらく~せんにのり~」 にはDm6、Am、F、B7、E7susu4、E7というコードがついてますが、バスがfからhに増4度上がって「せんに」のB7、これはドッペル・ドミナントといいます。ドミナントのドミナントです。

実に劇的、激情的でロマンティックな効果がありますが、これの元祖はベートーベンだと思っています。上記ブログに書いたモーツァルトの20番のカデンツァがそう。そして、あまり指摘されませんがエロイカにも出てきます。

eroica1

第2楽章の冒頭、5小節目のf#です。この音符、なくてもいいんです。というより、凡庸な人は入れないでしょう、バスのgと長7度の不協和音になるんで。実際の音は鳴りませんが、ベートーベンの耳にはD7のドッペルドミナントが聞こえていたわけで、そのソプラノだけをひっそりと鳴らした。凡夫と天才の差はこういうところにあります。

「つぐない」もそうですが三木さんの和声はこういう隠し味に満ちていて、何度聴いても飽きないのだと思います。クラシックがクラシックたるゆえんをおさえている。津軽海峡冬景色をピアノで弾くのは快感です、なんたってよくできたクラシックですから。

 

 
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