Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______演奏会の感想

チャイコフスキー バレエ「眠れる森の美女」

2019 NOV 25 21:21:25 pm by 東 賢太郎

どうも若い頃はバレエの舞台が苦手で、ニューヨーク、ロンドンでストラヴィンスキー、ラヴェル、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフを観たはずだが、春の祭典とダフニスで踊り子の靴音がうるさいと思った以外はあんまり覚えていない。チャイコフスキーとなるとさらに苦手感が強く、マインツとヴィースバーデンで白鳥とくるみ割りを観に行ったが、これは娘たちのためだった。

ところが、2010年にロンドンのコヴェントガーデンで観たボリショイ・バレエ団の白鳥の湖が絶品であった。何がかというと、舞台だ。僕はモーツァルトが言うように、音楽が舞台のしもべになるべきでないと思っている人間だ。しかしあの時は踊りがあまりに美しくて音楽はBGMになってしまっており、そういうこともあるのだと感服したものだ。

まずチャイコフスキーについて書こう。若い頃は彼の交響曲に熱狂しており、特に4-6番は完全記憶して4番の第1楽章と6番は全曲をシンセでMIDI録音しており6番終楽章はピアノで弾くのが好きだ。しかし、このところもう数年はどれも聴いても弾いてもいない。飽きたのかといわれれば、そうかもしれない。彼の音楽は確かに楽しいしよくできているのだが、このトシになるとやや底が浅く、エロイカやモーツァルト39番に飽きるということはないだろうがチャイコフスキーはそうでもないということを残念ながら否定できないかなと思う。

ホ長調が基調である「眠れる・・・」は同じ調性で書かれた交響曲第5番と近親関係にある。第2幕の第15番Pas d’Actionのチェロのソロの旋律は、誰の耳にも明らかなほど、交響曲第5番第2楽章のこの主題と瓜二つだ。

第1幕第6番の「ワルツ」はどこで聞いたのかずいぶん小さい時分から知っていて、これと白鳥の有名な「情景」が僕にとって長いことチャイコフスキーの代名詞だった。

この曲のイントロは実にゴージャスだ。うわ、どんな素敵なことが始まるんだろう!?と子供心が湧き立ったし、いまでもわくわく感がすごい。チャイコフスキーはモーツァルティアーナという曲を書いたほどモーツァルトを敬愛したが、冒頭のドーソラシドーソラシドーはジュピターの冒頭である。彼はオスティナートバスの名手でありfのバスに和音が変転する素晴らしい高揚感、ワルツは揺りかごのように体を波うたせるゴキゲンなメロディであって、それでいてとめどもなく高貴という名品中の名品だ。こういう物を書いたからチャイコフスキーは人の心をつかんだのである。

3大バレエで舞台に接していないのは「眠れる・・」だったが、今回、ミハイロフスキー劇場バレエ(旧レニングラード国立バレエ)の公演を観てとても満足した。というのもひとえにオーロラ姫のアンジェリーナ・ヴォロンツォーワに圧倒されてしまったからだ。ひとことでいうなら、我々とおなじ人間の肢体とは思えない。人体のバランスに八頭身以外に美の黄金律のような数値があるのかどうか知らないが、実は微細なスペックがあって彼女はそれを満たしているのだとでも説明されないと釈然としない性質の美しさだ。僕にバレエダンサーを論じる知識は皆無だから妙なことを書いているならご容赦をお願いしたいが、彼女を観ながら7年前の宮川町の「京おどり」で舞妓、芸妓の美しさに心奪われたのを思い出していた。

あの時は日本女性にいかに和服が似合うかを思い知った。そのノリでロシア女性にはバレエのコスチュームだろうと思えてしまうが、思えば肌の露出度において両者の差は決定的であって文化の違いをまざまざと示している。和服は大きな動作を想定しておらず、日本の女性らしさとは慎ましやかさといって過言でないだろう。かたやバレエ着は足を高く上げようがコマみたいにくるくる回ろうが自由自在で、もちろん女らしさは担保されているのだが、アクロバティックな側面から見るなら女が男のように舞うことも可能で、動作においてはジェンダーレスであると思う。

ところが、ヴォロンツォーワの小さな動作という話になると、つま先から指の先のちょっとした微細な表情にいたるすべてのモーションがオーラを発してあたりの空気を支配している。間違っていたら修正するが、ほぼ同様のものが日舞にもあったように記憶しているからややこしい。国境や人種を超えた普遍的な女性の美しい所作があると解するべきなのだろうが、それを凝集してエッセンスを抽出するには、想像するに、振付師の高度なセンスと踊り手のすさまじい訓練が必要なのだろう。しかし、あまり知られてはいないが舞妓もそういうことをやっている。大きな動きこそないが、たおやかで細かな動きにおいてはバレエと似たものがあるのではないか。

日本の話だが、ある和室でお点前を頂戴した時に、畳に順番に茶碗を置いて客人に次々と手をついて一礼を下さる奥様の手をなんとなく眺めていた。一礼といっても簡略化したほんの一瞬の儀礼のようである。両手をそろえてお辞儀して手首を直角に折るだけ、まさにそれだけのことなのだが、これがどういうわけか得もいえず優美である。なんだろうと思い、そこでもっと観察していると、彼女は実はお辞儀はあんまりしていない。手の角度と表情で、そう思わされてしまっているだけなのだ。客人の目線が供された茶碗に注がれている前提での一種のトリックかと思った。ところがそう思ってさらに観察を続けると、もっと驚いたことに、それはトリックであるという企図まで見られることを前提として、全体の動きが究極の高みにまで完成されたひとつの美しい様式のように思えてきた。

茶道の心得は皆無であるから調べてみた。

お辞儀の仕方

あれはこの写真に近かった気がするので裏千家の「行」のお辞儀だったと推測するが、まったく自信はない。しかし、もしそうだとすると、「手首が直角」と見えたのは「背筋を伸ばして上体を前にかがめ、手の指の第二関節から先が畳に付くまで下げます」というコンプリートしたもので、つまり手抜きのお辞儀と思ったのは田舎者の失礼千万だったのであって、全部でひとくくりとして感謝、敬意を表すということになっているシンボリックな「アイコン」であったのだ。

お辞儀といえば、先日の天皇陛下の即位を祝う饗宴の儀で、デンマークの皇太子妃が雅子皇后にされたコーテシー(courtesy)が話題になっていた。この動作も「お姫様お辞儀」として一種のアイコンになっている。オペラやバレエの宮廷場面でよく見かけるが、その簡略式なのかどうか、英国時代、ブラックタイのセレモニーやパーティで女性がほんの少し腰を低くして挨拶してくれるのは心地よいものだった。上流の女性はこの膝折りが歩くみたいにできるようだが、自然でないとサマにならないのだろう。それはお茶をたててくださった奥様の手のお辞儀に通じるというか、いや、あのいとも自然で手慣れた優美さは非常に似かよった印象がある。むしろ大和撫子こそあのコーテシーポーズが可愛らしくて似合うかなと思うから、日本の女性の皆さんはぜひマスターされるといい。チャイコフスキーからずいぶん遠い所に来てしまったが、畢竟、美しい所作というものに国境もジェンダーもない。また京都に行きたくなった。

ところで、この曲を通して音だけ聴こうという試みは何度もやったことはなく、今後もやろうとは思わないが、もしどうしても何か一つということになればアンタール・ドラティがアムステルダム・コンセルトヘボウ管を指揮したPhilips録音になるだろう。なにせこのオーケストラをこのホールの音響で2時間も聴けるのはそれだけで耳の御馳走だから。

3度目のポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場

2019 NOV 12 0:00:12 am by 東 賢太郎

やわらかい秋の陽ざしを浴びながら上野公園をぶらぶらして、土曜に魔笛、日曜にフィガロをきく。モーツァルトのオペラはこの世の極楽であり、ひたるのはまたとない道楽であってロマネ・コンティもクイーン・エリザベス号もいらない。

この歌劇場のモーツァルトを聴くのは3回目になる。前回も書いたが、いちどワルシャワに行ってみようかと思うほどだ。

ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場の魔笛を聴く

なぜといって、モーツァルトのオペラ全曲を随時舞台にかけられるなんて大変なことで、ご本家のザルツブルグでもウィーンでもできない。演ずる側の熱意だけではない、それを聴こうという聴衆もいるから成り立っているというところが看過できないのだ。

僕はネコ好きだといわれると弱いが、同じ理由でモーツァルトが飯より好きだとなるとどうしても相好を崩してしまう。それでワルシャワという都市まで気に入ってしまっているという個人的事情があるものだから万人におすすめするわけではないが、冷静に評価しても演奏水準は悪くない。チャンバー(室内)・オペラのサイズはモーツァルトに好ましいし古雅な響きの管、ノンヴィヴラートの弦もいい。

今回では、フィガロ第2幕のフィナーレ(No.16)、ここはコシ・ファン・トゥッテ第1幕フィナーレ(No.18)と同じくモーツァルトが秘技を尽くした見せ場だが、速めのテンポでここにさしかかると毎度のことだが音楽のあまりの素晴らしさに圧倒され、はからずも涙が止まらなくなって困った。スザンナ役が、土曜はこの人がパミーナだったが、実に見事な歌唱であった。

そりゃそうだ、二百年たってまだ二人目が現れない。そんな天才はあらゆる “業界” を見渡してもそんなに名前が挙がるものじゃない。僕の感動というのは、この世のものと思えない地の果ての秘跡を見て唖然とするのに似る。それが何度もきいて全曲をすみずみまで覚えているフィガロや魔笛で “まだ” おこるところが不思議というか、超自然的ですらある。ベートーベンやブラームスでそういうことはないのだから、モーツァルトの音楽には何か特別なレシピでも入っているとしか考えられない。

天衣無縫というが、彼の音楽には縫い目がない。人の作為が見えない。ドン・ジョヴァンニ序曲をビリヤードに興じながら一晩で書いた真偽は不明だが、彼だけはそうかもしれないと思えてしまう。

「クラヴィーアを初見で弾くなんて、ぼくにとってはウンコをするようなものです」

そうだろう。こういう腕がないとあんなアウトプットは、仮に物量だけをとってみても、どう考えても出てくるはずがない。そこにあのクオリティが乗るなんてことは常人では到底及びもつかない、いや、天才として名を遺した人にしたって、あそこまでやらなくてもその称号は獲得できるという高みにある。地の果ての秘跡なのである。

今回は魔笛について、ききながら発見もあった。それは別稿にしたい。

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ショスタコーヴィチ 交響曲第13番 変ロ短調「バビ・ヤール」

2019 OCT 10 13:13:12 pm by 東 賢太郎

屋久島で助けた若いイスラエル人にもらったペンダントを自室の壁に掛けている。あれはもう5年前になるのか。羊に見えるが、ヘブライ語の “H” をかたどったユダヤのお守りだそうで、どうして H なのかは思い出せないが、「これはあなたを幸福にします」と真剣なまなざしでいった彼女の顔と言葉は忘れない。

キエフを占領したナチス・ドイツ親衛隊が、2日間で33,771人の女子供を問わないユダヤ人と、ウクライナ人・共産党員・ジプシー・ロマらを虐殺したのが、ウクライナ(キエフ)にあるバビ・ヤール峡谷であった。どういうきっかけだったか、だいぶ前にこの写真を見たときの衝撃は失せようがない。人間が犯したあらゆる罪でも最も悪魔に近い、鬼畜でも済まない、鬼だって畜生だってこんな卑劣、残酷なことはしない、呪って地獄に落とすべき所業だ。

1992年にドイツに赴任した。正直のところあまりうれしくなかった。フランクフルトの街のそこかしこでドイツ語を聞いた時に、まず心に浮かんだのは、これがモーツァルトのしゃべっていた言葉かということでもあったが、ナチスもそうかという暗澹たる気持ちのほうが多めだったのを思い出す。家を借りることに決めたケーニヒシュタインは、たまたまユダヤ人の街だった。ドイツ人には申し訳ないが、その文化、音楽は言うに及ばず哲学、思想、自然科学、法学において最も尊敬に値する国ではあるのだけれど、2年半住んで良い思い出をたくさんいただいたのだけれども、それでもどうしても「それ」だけは意識から消せないまま現在に至っていることを告白しなくてはならない。これだけドイツ音楽を愛し、それなしには人生成り立たないほどなのに、このアンビヴァレント(ambivalent)な相克は僕を内面で引き裂いている。

ナチスのホロコースト犠牲者は600万人とされるが、スターリン時代のソビエト共産党による国民、党員の粛清者は少なく見積もっても2000万人といわれる。ユートピアは死体の上に築かれるものらしい。その体制下に作曲家として生きたショスタコーヴィチがそのひとりにならなかったのは作品を見る限り奇跡としか思えないが、彼には音楽を書くと同等以上のインテリジェンスがあった。交響曲でいえば5番から本音を巧妙に封じ込める作法に転じ、時に大衆にもわかるほど明快に共産党への社会主義礼賛を装って、しかしアイロニーとシニシズムの煙幕の裏で鋭い批判と反逆の目を光らせる。表向きの迎合はスターリン死後の11,12番で犬にもわかる域まで振れ、その反動がいよいよまごうことなき “言葉” を伴った音楽で、本音の暴露と思われて仕方ない体裁で世に問われたのが第13番である。

13番は1962年、僕が小2の時の作品だ。まさにコンテンポラリーだが、最も舞台にかかることの少ないひとつだ。当然のこととして政府が監視、干渉し、Mov1の歌詞書き直しを命じ、初演を委嘱されたムラヴィンスキーが理由は定かではないが逃げ、コンドラシンが振った。劇場の聴衆は熱狂をもって支持した。海外初演はオーマンディーが振った(歌詞はオリジナルで)。フィラデルフィアの楽屋で「日本が大好き」と言ってくれた彼もユダヤ系米国人だ。まず彼の録音を聴いたが、よくわからなかった。僕はまだ若かった。今になって悟ったことだが、「バビ・ヤールに記念碑はない」と始まるこの曲は、世界の聴衆の脳裏にそれを建立して刻み付ける試みであり、エフゲニー・エフトゥシェンコの詩に託して語った作曲家自身の墓碑銘であると思う。

バス独唱とバス合唱は暗く重い。Mov1の曲想も沈鬱である。Mov2は一転、悪魔のブルレスケだ。Mov3「商店で」女たちは耐える、Mov4「恐怖」恐怖は死んでも偽善や虚偽がはびこる新たな恐怖がやってくる、Mov5「出世」私は出世しないのを、自分の出世とするのだ!音楽は旋律があり無調ではないが、鼻歌になるものでもない。4番でモダニズムに向かおうとしていたショスタコーヴィチがもし違う国で活躍できたなら13番目の交響曲はどうなったか、誰も知る由はないが、彼がどんなに不本意であったとしてもこれはあるべきひとつの帰結であり、彼の生きる意志と精神の戦いのドラマとして聴き手の心を痛烈に揺さぶる。Mov4まで、聴衆は尋常でない重みの暗黒と悲痛と諧謔と嘲笑を潜り抜け、Mov5に至って初めて運命の重力から解放される。Vn、Vaソロの天国の花園と鳥のさえずりがなんと救いに聞こえることか。チェレスタとベルが黄泉の国の扉を開け、全曲は静かに幕を閉じる。くどいほどの隠喩に満ちた怒りのメッセージと、田園交響曲から連綿と続く救済のメッセージの交差は現代の眼で見れば何ら新奇ではないが、彼ほどの人間がこんな手法に閉じ込めねばならなかった「なにものか」の重さは痛切だということが、それをもってわかる。ぜひ、上掲の写真をもういちど御覧いただければと思う。

昨日は初めてライブを聴いて、この交響曲は「理解」しようと思っても難しいのだと気づいた。エフトゥシェンコの詩は平明で、そこで起こっていたことを推察させるには充分だ。それをショスタコーヴィチが題材としてなぜ選び取ったかもである。「なにものか」を「時代の空気」と書くのはあまりに軽薄で情けないが、それを彼はこういう音楽に託したという意味での空気(アトモスフィア)ではあリ、彼の境遇ではそれを呼吸せずに生きることは能わなかった。アートは芸術家の心の奥底にある何らかの五感、感覚を通した衝動が生むものだとすれば、ここでの衝動は特異だ。しかし、それは、モーツァルトが危険を冒して書いた「フィガロの結婚」に比定できないでもなく、聴くものに「何かを読み取ってくれ!」という強いメッセージを包含しているように思う。ただ、ショスタコーヴィチのほうは、読み取るも何もあまりにあっけらかんとあからさまであって、彼ほどの頭脳を持った男にして何がそんなことをさせたのかの方を読み取りたくなってしまうという点で、13番は特異な音楽であると思う。

娑婆に戻ろう。きのうはCSファイナル初戦の巨人・阪神と迷った自分がいた。クラシック音楽と野球とどっちが大事なんだという問いに答えるのが僕ほど難儀だという人はほとんど存在しないのではないかというのが長年日本国に暮らして経験的に得た結論だ。犬好きと猫好きは違うが、両立することもある。しかし、こっちは、平明な水準ならともかく、そういう人は見たことがない。所詮は道楽の話だ、どうでもいいとも思うが、僕はそういうことを仔細に観察する手の人間であって、もはやリトマス試験紙になるかと思うほどに両者の人種までが違うと結論するしかないし、酸性でもアルカリ性でもある自分というものがわからなくなる。

これが5番や7番だったら確実に東京ドームに現れていたからけっこう微妙な裁定になるが、13番はなかなか機会がなく抗し難かった。まずハイドンを前菜にしたのは正解で、結果として、13番の重さを中和してくれたように思う。94番、何度聴いても良い曲だなあ、最近はますますハイドンに惹かれている。Mov1の提示部でVaに現れる、まさにハイドン様にひれ伏す瞬間である対旋律をテミルカーノフは2度とも指示して浮きだたせた。もうこれだけで先生わかってるね、さすがだねだ。

彼は13番初稿を作曲家の前で振っているが、コンテンポラリーをオリジナルな形で聴いておくのは大事だ。こうして何度も上演を重ねて、解釈は固まっていくから、千年の単位で物を見るなら我々はそのきわめて初期の過程をwitnessしたことになる。音楽が表すものが美ではなく、怒りである。音楽はそういうものをも伝えることができるという稀なる体験だった。

 

指揮=ユーリ・テミルカーノフ
バス=ピョートル・ミグノフ
男声合唱=新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)

ハイドン:交響曲第94番 ト長調「驚愕」
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 変ロ短調「バビ・ヤール」

(サントリーホール)

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ベートーべン 歌劇「フィデリオ」

2019 SEP 8 21:21:35 pm by 東 賢太郎

ベートーベン/オペラ 『フィデリオ』 (演奏会形式)

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
レオノーレ(フィデリオ):アドリアンヌ・ピエチョンカ
フロレスタン:ミヒャエル・シャーデ
ロッコ:フランツ=ヨーゼフ・ゼーリッヒ
ドン・ピツァロ:ヴォルフガング・コッホ
マルツェリーネ:モイツァ・エルトマン
ジャキーノ:鈴木 准
ドン・フェルナンド:大西宇宙
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
管弦楽:NHK交響楽団

9月1日・オーチャードホール

幕開けが「フィデリオ序曲」で第2幕の頭に「レオノーレ3番」であった。これを聴くのはクルト・マズアのやはり演奏会形式を聴いて以来。LvBはドン・ジョヴァンニ、コシ・ファン・トゥッテの台本を不道徳だと嫌ったが、モーツァルトにそんな倫理観はなかったし、オペラを書くにあたって筋への主義主張としてのこだわりはフィガロへの政治的関心を除くとそんなになかっただろう。

モーツァルトの主要オペラの舞台はこうだ。

イドメネオ(クレタ島)、後宮からの誘拐(地中海の国)、フィガロの結婚(スペイン)、ドン・ジョヴァンニ(スペイン)、コシ・ファン・トゥッテ(ナポリ)、皇帝ティートの慈悲(ローマ)、魔笛(エジプト)

かように彼のオペラの舞台が地中海世界であるのは、ハプスブルグが地位を継いだ神聖ローマ帝国の歴代の皇帝がその名の通りイタリアへの憧れと関心を強く持ち、イタリア政策と称して介入を続けた歴史と無縁ではない。ウィーンにおいてオペラはそのイタリアの輸入品、舶来品であった。

これは敗戦国日本でロックが憧れの英米の輸入品であるのと似る。モーツァルトがイタリア語でオペラを書き、楽譜にアレグロやアンダンテとイタリア語を書き込んだのは、僕ら世代の日本人がビートルズを英語で歌いたがったのと同じことだ。その文化の中でモーツァルトが後宮と魔笛をドイツ語で書いた。当時ドイツという国はないがドイツ語を話すハプスブルク帝国のプライドはヨゼフ2世にはあったろう。

しかし幼時から旅に次ぐ旅で育ったコスモポリタンのモーツァルトは何語だろうと自在に音楽をつけられる。彼のドイツ語オペラは民族意識というより皇帝に忖度してサリエリらイタリア人を追い出してポストを得ようという方便だったし、魔笛はシカネーダーの芝居小屋で庶民にわかる言葉で売ろうという方便でもあった。動機はともかくそれがウェーバー、ワーグナーに連なる大河の源流になったという意味でモーツァルトは日本語ロックのサザンオールスターズの役割を果たした。

では、やはりドイツ語オペラであるフィディオはどうだろう。1804年、レオノーレの台本を見い出したLvBはエロイカを書き運命を構想中という中期傑作の森にある。彼がモーツァルトの後継者のみならず凌駕した存在になるにはオペラが必要だった。意識したのはやはり救出劇であり、やはりドイツ語(ジングシュピール)である魔笛だった。しかも時代はまさにナポレオン軍がウィーンを占拠し、1806年に神聖ローマ帝国が消滅する前夜だ。

ローマが消えてオーストリア帝国に。LvBが演奏記号までドイツ語に代えていく意識はそのことと無縁ではない。フィデリオの初演の客席はフランス兵が占め、独語が理解できず不評だったとは皮肉なことだが、政治犯の投獄という設定は作曲当時にウィーンが砲撃の轟音と火薬のにおいに満ちていた空気を反映している。大臣到着を告げるラッパも進軍のトランペットとして聞こえていただろう。

LvBが4回も改定した自信作であり、彼は哲学、天文学まで習得したインテリ、教養人だ。国際政治についても先人モーツァルトよりは客観的、汎欧州的な視座があった。そして、二人とも、イタリア人より良い音楽が書ける自信に満ちていた。オペラが意識の中で先進国の舶来品でなくなったという意味で、LvBにおいてドイツ音楽は今に続く地位を初めて得たのである。

ひとつだけ付記しておくとすれば、モデルにした曲が魔笛というのが限界だった。皆さま魔笛をどう評価しておられるか存じないが、この曲は永遠に誰にも凌駕されない。フィデリオが到底その域に達していないことをもってLvBのオペラでの才能やチャレンジ精神を貶めてはならないし、第九やミサ・ソレムニスと違う領域での声楽が聴けることに感謝の気持ちが絶えない。

左様なことをつらつら考えながら聴いたが、歌手陣が重量級で久々にヨーロッパの日々を思い出した。レオノーレのアドリアンヌ・ピエチョンカはややヴィヴラートが大きいが適役だ。マルツェリーネのモイツァ・エルトマンはこの公演でぞっこん気に入っており、ここでも変わらぬ美声を堪能した。

モイツァ・エルトマンさん、まいった

 

オーチャードホールの音響については繰り返さない。席は1回中央で申し分ないが、それなりのもので音が来ない。

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読響定期、ナナシ指揮バルトーク

2019 JUL 11 21:21:29 pm by 東 賢太郎

帰りの地下鉄で書いている。最近大衆名曲みたいなのは聞かないしそうでないのも余程でないと感心しない。サン=サーンスの協奏曲は僕には存在しなくていい曲だ。コダーイは始まりは良かったが全奏でだんだん音が濁った。指揮のナナシはハンガリー人らしいがこの国の苗字は中々面白い、とても非西洋的だ。後半。管弦楽の協奏曲。あんまり期待してなかったが、第一楽章の外人さんのフルートが素晴らしくて目が覚めた。指揮は間を詰めてグイグイ進むからタメがないが、この人のスタイルのようだ。セル、ショルティ、オーマンディ、ライナーらハンガリー系に共通の傾向か。中間の三つの楽章はかつて聞いた最速の部類。この曲には比類なき薬理作用がある。徐々に全身の細胞が立ってくる。アドレナリンで血流が増す。バルトークの脳細胞から産まれ落ちた音楽の凄まじさ!まさにオーケストラ全員ソリストの協奏曲であり細部まで精緻を極めた驚くべき音響の構築物である。終楽章は普通よりほんの少し遅めだが終始直球勝負の心地よさは変わらず、コーダはいかに?と思ったがリタルダントなし!オーマンディといっしょ、素晴らしい。僕はこれを世界のスーパーオーケストラで聴いてるから実力が読めてしまう。今日の読響はトリプルBだ。

 

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N響定期(メシアン/トゥランガリラ交響曲)

2019 JUN 20 0:00:05 am by 東 賢太郎

メシアン/トゥランガリラ交響曲

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

ピアノ:ロジェ・ムラロ
オンド・マルトノ:シンシア・ミラー

(サントリーホール)

 

この曲の僕のコンセプトはこうだ。ありがたい。1時間半座っていればワット・プラケーオにお参りした気分に浸れる。

メシアン トゥーランガリラ交響曲

これは極彩色の豪華一大絵巻であり、10楽章の巨大なエンタメだ。難しい御託とは無縁。パーヴォ・ヤルヴィの指揮、非常にプロフェッショナルにうまくまとめた。心から楽しませてもらった。シンシア・ミラーのオンド・マルトノ操作が良く見える席であり、昔は音響が苦手だったこの楽器、弾いてみたいなあと思ってしまったから人間は進化するものだ。いや、もっと現実的には第6楽章だ、これぞメシアンというこのピアノ弾いてみたい。ロジェ・ムラロは最高でありメシアンの音色を極めた絶品のピアノだった。あれほどこれを楽しそうに弾ける人はそうはいないだろう。読響とカンブルランのおかげでメシアン・イディオムが耳タコ状態になり、ほぼ覚えているトゥーランガリラも新しい喜びとともに聴いた。音楽の深さは絶大なものだ。

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N響定期ネーメ・ヤルヴィのフランク、サン・サーンス

2019 MAY 22 22:22:20 pm by 東 賢太郎

イベール/モーツァルトへのオマージュ

フランク/交響曲 ニ短調

サン・サーンス/交響曲 第3番 ハ短調 作品78

 

イベールは初耳。軽妙。フランクはかつて知るうちで最速である。パレーより速い。いまこのテンポで振る度胸のある指揮者がいるだろうか。甚だ疑問だ。有無を言わせぬ奔流であり、転調の明滅に目が眩む風にフランクは書いているのであり、遅いとムード音楽に堕落する。指揮はミクロで振っている。チェロは指揮台の下(!)に棒が行く。大家然で細部はおまかせ、ではまったくない。棒の動きは大きくはなくキューが速く明確。キューがいらぬ部分は体で指揮。見ているだけで出てくる音の質がわかる。この大御所にして眼力によるマイクロマネージメントができる。日本の大企業経営者は見習った方がいい。

サン=サーンス。こういうものを聴くと曲を見直すしかない。餓鬼の酒と馬鹿にしていたら、きゅっと冷えた辛口大吟醸ではないか。いや、参りました。こっちも大きなうねりだがスローな部分でオルガン(鈴木優人)をいい具合に混ぜる。重低音がホールの空気を揺るがし、オーケストラを従者とし、楽器の王として君臨する。コーダは世界を制覇したナポレオンの如し。このオッさん凄いな、押しても引いても微動だにせんなと感じ入ったのは、シベリウス2番の時もおんなじものが残ったからだ。ムラヴィンスキー直伝。ヨーロッパの伝統筋金入りだ。つくづく思う、我が国は伝統を大切にしなきゃ。

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ヴァイグレ/読響のヘンツェ、ブルックナー9番

2019 MAY 16 23:23:24 pm by 東 賢太郎

《第10代常任指揮者就任披露演奏会》
指揮=セバスティアン・ヴァイグレ

ヘンツェ:7つのボレロ
ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調 WAB.109

 

ヘンツェが良かった。自作自演の交響曲1-6番のCDは大事にしているし8番はブログにした。

ヘンツェ 交響曲第8番(1992/1993)

7つのボレロ」も atonal ではあるが、リズム(ボレロ)はもとより旋律も調性も構造もある「無調的調性音楽」に僕には聞こえる。どれもそうだが彼の曲は不思議と肉感のある機能和声ではない万華鏡の如き和声が魅力で、これを現代音楽としてとらえるなら悲しいことだ。同じく好きなメシアンには色彩と神性を感じるが、ヘンツェは肉体と森の昇華をイメージするからドイツ音楽の系譜にあると思うし、ボレロはドイツの立場から描いたラテン的ものが加わる。読響も一個の音響体として舞台に美しくソリッドな実在感を据えて演奏し、文句なしの悦楽だった。これを常任指揮者としてオープニングに持ってきたヴァイグレの趣味に賛同。

後半のブルックナー9番。この曲は02年にスクロヴァチェフスキがN響を振ったものが良かった。トルソである故にプロポーションのバランスがなかなか納得性が得にくく、それは演奏時間というよりも感情の起伏のバランスだ。ヴァイグレはそれを調和させて整える方向でなく、あるがままの、ある意味で当時前衛的でもあった音の軋みまで臆さず前面に出してsachlichに提示したと思料。非常に恐ろしいものを含んだスコアであることがわかった。トルソがトルソに聞こえる意味でもこのリアル感ある演奏は面白く、あえて後期ロマン派に寄せた緩い演奏よりはずっと良い。

 

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読響定期(エルツとフラング、最高!)

2019 APR 18 10:10:14 am by 東 賢太郎

今日は行ってよかった!まずなんて見事なプログラム。そしてストラヴィンスキーのコンチェルトを弾いたヴィルデ・フラングの最高級の純度と暖かい木質感を兼ね備えた美音(アンコールのハイドン!)。この曲はプルチネルラや小管弦楽のための組曲の感じをヴァイオリン主役のディヴェルティメントに仕立てた風情の新古典主義時代の作品で大変に面白くフラングの名技と品格あるセンスに脱帽。トゥールの「幻影」は日本初演で作曲者臨席。コリオランとの関連は聴き取れなかったが何やら暗く重い影がよぎる曲だ。武満の「スター・アイル」は音楽の作りがさすが。メシアンのごとく荘重に開始するが、不協和な和声が何とも不思議に美しい。それにしても、どうしてだろうか、今日の読響の音は格別に良い。最後のシベリウス5番、これは特筆ものだ、かつて聴いたうちでベスト3に入る。オラリー・エルツというエストニアの指揮者、初めて聞く名だが只者でない。非常に活舌(アーティキュレーション)が明確で弦のごわごわまではっきり聞こえる。Mov1の主題の再現前のそれは pppp (!)まで音量を落としておいてコーダ前で fff まで行くが、このダイナミックレンジの最大量の変化にテンポの加速が絶妙に呼応。ここはなかなか良い演奏がない難所であり、かつての最高。完全にノックアウトを食らった。Mov2は透明でロマン派に傾斜しないのも好ましい。耳鳴りみたいに響く増4のファ#があまり鬱陶しくないのもユニーク。Mov3のハ長調に転調した部分、Cbの十六分音符のバチバチという弓音が通常以上に響きわたって驚くがこれも活舌の内なのだろう。Vnの pp からコーダに向けて徐々に木管が入るが、このあたりの楽器群のパースペクティヴ(遠近感)は舞台の奥行きの空間感覚まで表現の一部とした全く耳慣れぬものであり、唖然として印象に残った。読響・エルツでシベリウスを全部聴きたいなあ。今期は仕事と体型改善(ジム)でコンサートは時間がなく、迷ったが読響定期だけsubscribeする結果になった。

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「グレの歌」(読響定期)- カンブルランへの感謝

2019 MAR 15 22:22:32 pm by 東 賢太郎

指揮=シルヴァン・カンブルラン

読売日本交響楽団
ソプラノ=レイチェル・ニコルズ
メゾ・ソプラノ=クラウディア・マーンケ
テノール=ロバート・ディーン・スミス、ユルゲン・ザッヒャー
バリトン・語り=ディートリヒ・ヘンシェル
合唱=新国立劇場合唱団(合唱指揮=三澤 洋史)

これがカンブルランをきく最後になってしまいました。

メシアン「彼方の閃光」、「アッシジの聖フランチェスコ」(全曲日本初演)、 J.M.シュタウト ヴァイオリン協奏曲「オスカー」(日本初演)、デュティユー交響曲第2番「ル・ドゥーブル」、ヴィトマン クラリネット協奏曲「エコー=フラグメンテ」(日本初演)、アイヴズ、「ニューイングランドの3つの場所」

などはもう聴けないかもしれないし、

バルトーク「青ひげ公の城」、コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲、ブリテン歌劇「ピーター・グライムズ」から”4つの海の間奏曲”、ブルックナー交響曲 第6番 イ長調 作品106、マーラー交響曲 第9番 ニ長調

も大変印象に残りました。陳腐な演奏は皆無でしたし、やはり何より「アッシジの聖フランチェスコ」は僕の50余年のクラシック歴のなかでも最上位の体験でした。

http://読響定期・メシアン 歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」を聴く

そして昨日のグレの歌。ブーレーズの録音で聴いていますが実演が初めてであり、心から堪能しました。トリスタンの影響がありありとあるのは和声がきれいに解決せず延々と旋律が伸びていくところです。解決は機能和声の宿命ですが、宿命から自由なこれを書きながらシェーンベルクは機能和声までも抜け出したくなって十二音に行きついたのかと思ってしまいます。

ワーグナーもどきであったとしても初期にこれだけの作品を独学の人が書いたという驚異を皆さんはどう思われるのでしょう。第3部は1911年とシェーンベルクが無調の領域に踏み出してから完成されましたが、第2部までとは和声の扱い方に不気味さが増していながら無調にはせず、なんとか木に竹を接ぐとならないように腐心した跡が感じられます。最高の音楽、最高の演奏でした。

僕がドイツに住んだのは1992-95年ですが、カンブルランは1993- 97年にフランクフルト歌劇場の音楽監督でしたから重なってます。当時は無名で、マイスタージンガーなどを聴いていますがピットの中だから姿さえ覚えてません。ご縁があったということですが、こんなお世話になろうとは夢にも思いませんでした。

彼でなければ絶対に聴けなかった曲を体験することはぞくぞくする知の冒険でありました。カンブルランの図抜けた指揮能力、読譜力、解析力、記憶力、運動神経、音楽へのdevotion(献身)は何時も驚異であり、自分が逆立ちしても及ばないことができる人を目の当たりにするのは無上の喜びでした。僕は人生において万事独学主義なのですが、極めて少数の例外がございます。教育界ではお二人だけ、駿台予備校の根岸先生(数学)と伊藤先生(英語)にそれぞれの領域で最高の敬意と感謝をささげており、クラシック界ではピエール・ブーレーズが唯一の先生でした。ここでもう一人、シルヴァン・カンブルランが先生に加わりました。9年間お疲れさまでした、そして、本当にありがとうございます。

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