韓国がイスラエルに負ける
2017 MAR 7 0:00:15 am by 東 賢太郎
いや驚きました。イスラエルが野球をやることさえ知りませんでしたが、まさかWBC初出場の初戦で韓国に勝つなんて。延長10回、2-1でした。
韓国はホームでお客さんはなめてたんでしょうか外野席はがらがら。しかしイデホ(ソフトバンク)、キムテギュン(ロッテ)、オスンファン(阪神)、イムチャンヨン(ヤクルト)が出てたし選手は本気だったでしょう。
アメリカでプレーしている選手たちのようですが、イスラエルのイメージ一新です。見ていて強いなと思いました。勝ってうかれた様子もなし。なんでこんなに強いんだろう?今の調子だと日本も油断できません。
明日のキューバですね、投手力はやや落ちると聞いてます。石川が点をやらなければ勝てると思うのですが、何事も勝負はやってみないとわからない。いよいよ野球がはじまる。楽しみです。
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我が来し方に響く音楽
2017 MAR 5 13:13:08 pm by 東 賢太郎
幼時の記憶というと電車と星です。それ以外に熱中した覚えがありません。電車は床下の車輪や機械部分ばかり見てましたが、星のほうもとても小さいころに絵本で物体と知り、以来そう見てました。
前回そう書いてみて、このところ、そうした自分のありし処というか、生まれつきの性質にどんどん帰っていっているように思いました。
それが遺伝なのか、何処から来たかはさっぱりわかりませんが、僕は大自然の摂理というか宇宙の根本原理みたいなものに絶対の価値を置いていて、それ以外のものはなんであれすべて下位、卑俗のものと感じるのです。教育や宗教でそうなったのではなく、幼時から心の真ん中に鋼のようにそれがあります。
だから人文系の学問はかけらも興味がなく、色弱なのでやることになった法学も宇宙の根本原理からしたら町内会のゴミ出しが火曜か水曜かぐらいどうでもいい事でした。文学は要はウソです。そんなことはない人間の真実を描いているんだとかいうが、そんな真実は存在しない。人間は単に宇宙の一部です。
そもそもそういう言葉の遊びがウソに見える。MBAの勉強はその集大成みたいなところがあって、商売としてビジネスモデルだシミュレーションだと科学的根拠の希薄な用語をふりまわす。それをMBAが何の略かすらわかってない者がもっとわかってない者をごまかそうとふりまわす。猿の演じる猿回しである。
では科学至上主義かというとそうではなく、科学も人間が宇宙をひもといてみただけのものだから文学といい勝負です。自然の摂理で子供を産むことはできても、科学によって人間をゼロから手で作ることは永遠に無理でしょう。その程度のものを宇宙の根本原理と比較するなどナンセンスであります。
自分の知覚、五感、六感、すべてを総合して強固にそう信じているので、僕は「人間の作ったもの」に何の価値も感じない困った人間なのです。
俺様主義ではありません。自分の作ったものも同じことです。書き終わったブログは無価値に見えます。記録として、後述するある目的のためだけに存在します。ふがいないですが、62年してきたことは全てが宇宙の下部機構の凡俗に与えられた欲望の果て、芋虫が這った跡を眺めるがごとしです。
その軌跡のなかでふるいにかかって残った音楽。これは何かというと空気振動の周波数が脳内に生み出す調和が宇宙の根本原理に共振している、そうとでも思わないと説明できない唯一のものと感じるのです。美食や万華鏡も似た作用はありますが、その程度でなく、悲しくもないのに涙を流すほど絶大な作用がある。
例えば昨日目覚めるとラフマニノフ3番の緩徐楽章が脳内で鳴っていて、冒頭の弦の部分、あれをピアノで弾いてみたらなんと涙が止まらない。僕にとってそういう現象がほかの芸術や美食や万華鏡で起こることはなく、音楽の作用は圧倒的に別物であって、もう事件といってもいい。
ラフマニノフも人間だ、人の作ったものではないのか?確かにそうですが、この事件はきっと彼の脳内でも起きたのだろう。いわば彼が森で見つけた薬草を食べて快い幻覚を見た。それを残してくれて、それを僕も食べて同じ幻覚を見ている。彼は製作者ではなく発見者なのです。何の? 根本原理のです。
なぜ? 音楽は周波数変化が脳内に引き起こす化学反応であって、楽譜は化学反応式なのです。化学反応なのだから宇宙の根本原理に添って起こるのであって、そこに人間は出てきません。あるのは薬草が効くかどうか、効く薬草を探したからラフマニノフは名を残したのです。
なぜ僕にとって作曲家が関心事であるかがそれで説明されます。「こと座」を見て僕は宇宙の根本原理であるα星べガの物理特性しか考えませんが、「作曲家」も書いた楽譜の化学特性で名を成します。モオツァルトの走る悲しみなどと書く小林秀雄のような人は、ベガを織姫と思う人ほど僕とは別な星の人です。
作曲家がどんな人かより書いた曲。モーツァルトはK.491やK.551によってモーツァルトたるのであります。それらは彼が森で探した薬草でできてます。ではどんな草かという世界に分け入ると、子供のころオリオン座のβ星リゲルの強烈な物理特性を調べて驚嘆したのとちっとも変わらない。
だからK.491やK.551は僕にとってベガやリゲルのような恒星です。そして(子供のころ)「それ(物理特性)を詳説した本がないことにいらだってました」と書いたのがいまそのまま音楽にあてはまる。であれば、自分が読みたいそれを自分で書き残そう。曲名でブログを書く第1のインセンティブはそれです。
それがこういうものであり ハイドン交響曲第98番変ロ長調(さよならモーツァルト君) 、僕が見つけてそこに置いておいた薬草をこんどはイマジンの西村さんが発見して下さった。バルトーク「子供のために」をよっしーさんが「今ならじっくりと対峙出来るぞ!」と言って下さった。これぞ正に本望です。
では作曲家という人間は宇宙の根本原理の下位、卑俗にすぎないか。YesでありNoでもあります。我が無能を知ればNoでもある。それを示すのが第2のインセンティブであり、ブログの力を借りて僕は作曲家の楽曲の宣教師をする、それがモーツァルトへの印税であり、宇宙の根本原理への帰依でもあります。
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空のおはなし (今月のテーマ そら)
2017 MAR 4 17:17:19 pm by 東 賢太郎
幼時の記憶というと電車と星です。それ以外に熱中した覚えがありません。電車は床下の車輪や機械部分ばかり見てましたが、星のほうもとても小さいころに絵本で物体と知り、以来そう見てました。
空(そら)ってのは宇宙のことであって、もちろんほんとは真っ暗です。夜が真の姿で、昼は太陽という恒星の光が拡散して星が見えない。つまらないなと思ってました。
だから毎日夜が楽しみで、星を見上げては、あれは太陽の何倍、距離何光年、表面温度何度・・と物理特性ばかり気になり、それを詳説した本がないことにいらだってました。当時の観測技術ではデータがなかったのですね。
僕がロマンを感じたのは空でなく一個一個の星。オリオン座リゲル・太陽の1000倍、馭者座エプシロンの伴星・2400倍なんて今でも昔の数字を覚えてます。近くで見た姿を空想してうっとりする、そういうロマンでした。
大人になってケアンズで初めて見た南半球の星空、「なんじゃこりゃ?」でした。別な宇宙へ来た感じで頭がくらくら。あれが南十字星か、ということは・・・そう、そのやや左にケンタウルス座があってプロキシマがあるはずだ!
「はず」とは暗くて肉眼で見えないから。4.3光年で最も近い恒星ですが。月周回ツアーは興味ないけどプロキシマ周回だったら閉所+高所恐怖症を押してでも行きたい。まあ光速ロケットでも9年はしんどいですが。なんとこんな写真まであるのか、いいなあ、今の子供ってうらやましいなあ・・・。
この星をプロキシマ・ケンタウリbという惑星が回っていることが最近分かったそうです。地球に最も近い太陽系外惑星ということになりますね。
太陽はあと50億年ほどで燃え尽きます。地球も飲みこまれて終わり。人類は滅亡するか外へ逃げ出すかです。逃げるとするとまずはお隣のここだろう。
しかし光速で4.3年といったって、光速は時速で10億キロ以上。スペースシャトルの打上げ時速(2万8千キロ)で16万年かかる。お呼びじゃないんです。
とするとしかたない、宇宙ステーションにいったん移住して何世代もかけてめざすか。でも70億人はむりだし、そんなとこ住みたくないなあ。
さて、人類は16万年せまいとこでガマンして、えっちらおっちらやっとたどり着いた。やれやれご苦労さん。宇宙船の外へ出て見るとプロキシマ・ケンタウリbはこんな景色だって。おいおい、やっぱりこんなとこ住みたくないよなあ・・。
なんか夢も希望もない、株が下がりそうな空のおはなしでした。まあ、あと50億年ありますし、みなさんゆっくりと人生を楽しみましょう。
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将軍様はカネの臭いがわかる男である
2017 MAR 3 12:12:36 pm by 東 賢太郎
きのう12才下の後輩が来て、新しいことに手を出しちゃだめだという話になった。証券出身はつぶしが効いて全33業種を相応に知っている。しかしそれは耳学問で丁稚(でっち)からしてはいない。30代で小売業で起業して十余年、ちゃんと成功している彼にしてそういう言葉が出る。
彼も高校球児でホームランを何本か打ってる。でも最近始めた草野球でストライクが入らないとか2塁牽制はどっち回りでしたっけとかきいてくるのは内野手だったからだ。同じ野球でも丁稚からやっていないポジションだとそんなものなのだ。
運動なら丁稚はせいぜい15才までだろう。ハタチは遅い。わりと似ているといってゴルフも無理だ。「だったらまた野球やれよ、こっち7で本業3ぐらいで人にやらせてさ」という結論に至った。野球とは証券ビジネスのことだ。「なるほどですね」。体でわかってる人に説明はいらない。
かたや政治となると33業種ですらなく、何もわからない。友人が出馬したので09年に民主党を応援してしまった。衆議院議員さまとなったので教わって元大臣と食事までしたがやはりよくわからない。野党の田舎のプロレスは愉快な出し物だが、国会自体がプロレスの側面もあるだろう。お仕事の実況中継は与野党全員の晴れ舞台だ。特権階級共同体で役を演じている。
英国の議員さまのプレイはもう少し品よく、ドルリー・レーン劇場のお芝居であって、観客に階級があるから役柄がより見えやすい。かたや米国はそれがない建前だがロビイングがおおっぴらで族議員だらけ。見え見えの嘘の羅列で真意はとても見えないが国民性は単純だから落としどころはけっこう見えたりする。
そういうものだから政治家の言葉というのはエスペラント語みたいに意味不明なのだ。そしてその意味不明にうまいこと隠れて食ってる人間がたくさんいる図式は万国共通である。そこに運悪く出現してしまったのがトランプ大将軍さまだ。ツイッター直撃ミサイルの炸裂で、そういう連中のスポークスマンであるマスコミの嘘っぱちがばれてしまった。
大将軍は誰でもわかる言葉を吐く人類初の政治家である。あれを馬鹿だわからないと平気で言ってしまう日本のマスコミほど米国のマスコミは馬鹿ではない。徹底毀誉褒貶戦略で陥落できないとなると逆にすり寄るだろう。そうなったとき他国の将軍さまの品格がどうのとか、ヒマつぶし未満に完璧にどうでもいい発言で尻馬に乗っている連中は実は自分が失業の危機なのだ。
丁稚からやってる政治家が政治を語るなら嘘半分でもまだ聞くが、選手と焼き肉を食っただけのスポーツ新聞の記者がプロ野球の解説者という恥ずかしい図式はいい加減にご勘弁願いたい。まして英語もできないのがメジャーリーグの解説だ。それじゃ嘘がばれるので「専門家」なる者を連れてくるとソフトボールの選手だったりする。
歯に衣着せる必要のないネット民はましだが彼らの情報は国内に限った話で米国のことなど誰もわからない。僕もわからない。ニューヨークの友人に電話できいたって、じゃあ彼が僕に安倍政権の今後をきいて日本がわかるかってことだ。意味ない。つまり、その彼が米国通だろうと専門家だろうと個人の意見などウチの隣のボブがこう言ってました程度の話にすぎない。そんなものを信じてはいけないのである。
我ながら言ってる意味が不明になるが、しかしながら僕はトランプ将軍の言ってることだけは痛快なほどよくわかる。オバマやヒラリーの裏ありげで空虚なエスペラント語や嘘っぱちのマスコミの10倍ぐらい。彼が我々証券マンと同じほどカネの流れを基軸にものを考えてるなら説明がつく。自身の丁稚時代からの経験値がそうさせるのかゴールドマンが入れ知恵してるか。「ビジネスマンだから」と人はいうがビジネスマンは資金移動表など見ないことを彼らは知らない。
こういうことは投資判断に関わるのでソナー・アドバイザーズのブログにしか書かないが(トランプの噂も七十五日 )、自分の頭がその時点のベストな情報でどう反応したか復習するのは自分のリスク管理に大事で、さかのぼって自分の書いたものを時々読んでみるが、去年の6月、大統領選の5か月前に書いたこれが気になるソナー・ファイル No38(これから世界で起きること)。
ここにいみじくもこう書いている。
根本的に世界をおかしくするのはヒト、モノ、カネの velocity の低下だ。私見ではこれが最大のリスクである。それを忌避するなら EU に参加料を払う意味がないし、脱退が続くし、EU の存在意義も消える。それはグローバリズムの配当がないということであり、世界は保護主義により狭隘化する。関税で貿易量が減り企業収益は低下して金融収益は減りマネーの需要は低下し、ひいては税収も減る。velocity の低下は国家も殺す。このことは米国でトランプの出現で示唆、予言されていたが、Brexit で確認されてしまった。
将軍さまはこの世界経済の危機を救ったスーパーマンであることを米国の民もマスコミも気づいてはいないだろう。とりあえずだけのことになる危険はまだあるが。将軍さまは知っている。経済のうえにのみ政治は成り立っている。彼なしで米国もEUももたないし、中国もロシアも破滅することだって。
突如として1兆ドルのインフラ投資なんかがでてくる。議会もマスコミも面食らってわけがわからない。日本のセンセイがたなどもうお手上げでダンマリである。それがなぜ唐突に出てきたか?僕がどう読んでいるかは上記の抜粋部分からおわかりだろうか。将軍は America First! を吠えながら世界の資金移動表を見ている。彼が「カネの臭いをかぎ分ける能力のある男」であることはほぼ確実である。なぜなら丁稚からやっていないポジションのことは野球部にいてもわからないからだ。
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スクロヴァチェフスキーとの会話
2017 MAR 2 0:00:26 am by 東 賢太郎
「83年にフィラデルフィア管弦楽団で聴いたブルックナーの8番が奇跡的名演で、終演後に楽屋の廊下でスクロヴァチェフスキーを飛び込みでつかまえて話した」と先日ここに書きました。
34年も前のことですが、痩身で背の高い彼の表情も片言っぽい英語の口調なども、大筋は妙にリアルに覚えています。廊下で正面からばったり会っていきなり話しかけたのだから驚いてもよさそうなものなのに、全く自然に真剣に答えていただいたから印象が強かったのでしょう。
隣で聞いていた家内にもたしかめましたが、そこで交わした会話のおおよそはこういうものでした;
「有難うございました。素晴らしい演奏でした」
「そうですか、それはよかったです」
「ブルックナーを演奏してこのオケはいかがでしたか」
「とてもいい。弦が厚みがあって向いていますね。今日の演奏はそれがとてもプラスに出ていました」(彼も演奏に満足していたことがわかった)
「金管はブルックナーにはやや音色が明るすぎませんか、トランペットなど」
「そんなことはありません。ブルックナーの金管はとてもパワーが必要なのです。PHOはそれを完璧に備えています」(この答えはやや意外感があった)
「日本は来られないのですか」
「行ったことはありますよ。好きなので行きたいのですが、なかなか呼んでいただけなくてね(笑)、お誘いがないと行くのは難しいのです」
「残念です。あなたのブルックナーは日本で人気が出ると思いますよ」(お世辞ではなく本気でそう思って申し上げた。Sさんの目がぱっと輝く。関心を持った表情になる)
「そうですか、そう思われますか、あなたは音楽評論家ですね」(そう思って話していたらしい。だから真剣だったのか・・・?)
「いいえ、ウォートンの学生です」
「どうしてそう思われますか」
「私は日本人がブルックナーに共感が深いことは知っています。あなたの今日の8番なら日本できっと高く評価されると確信します」(なんとなくの直感ではあったがこれもお世辞でなく)
「そうですか有難う、覚えておきます、それならぜひ行きたいですね」(ぎゅっと握手してくれる。すごく大きな手であった)
このどうということのない会話を公にする時が来るなんて28才のあの当時夢にも思わなかった。思えばこの時のスクロヴァチェフスキーはいまの僕の年齢あたりだったのです。のちに読響やN響の指揮台で見た姿から見ればずいぶん若い。そう思えば自分もまだまだやらなくちゃと思います。
別れ際にサインをくださったのですが、長い苗字を絵文字に丸めずそのまま長い(巷はミスターS なのに)。この几帳面さとリアリズム、どこか彼のスコアの解釈を髣髴とさせますね。
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バルトーク 「子供のために」(sz.42)
2017 MAR 1 12:12:28 pm by 東 賢太郎
クラシックというのは大家のレコードを聞いて耳から覚えるというのが相場ですが、「子供のために」は自分で弾いて譜面から覚えた多分唯一の曲です。
ドイツで小学校1年の長女が習ったピアノの先生がこれを教材にして、発表会でも弾かせていました。その譜面を見てみるとシンプルながら一筋縄ではなく、実に面白いのです。第1巻を片っ端から弾いてみましたが、たとえばこのたった16小節のやさしい曲についているリッチな和声をご覧ください。
5小節目でサブドミナントになって当たり前のごとくFのコードがつきますが、次にCmaj7の長7度が入って曖昧になります。くり返しのその部分は予想外のE⇒C7が来ますが、その直前にFを置くのを避けG7にしているなどにくい。
「#も♭もない右手の民謡」+「変化記号・2度7度のある左手」
一見して緊張感を孕んだ譜面づらです。強弱やスラーを指示通りに繊細なタッチでgraziosoに演奏するのはたいへん難しい。ピアニスティックに指がしんどいというナンバーもありますが、技術の問題よりメロディーの土臭さと高度に洗練された和声のアンバランスをバランスさせてちゃんと音楽にするのがきびしい。
つまり弾き手の知性がばれてしまう。
子供に知育を強いますね。テクニックの裏には意味があるという教育。和声の不思議を感じる教育。バルトークは教育者でもありましたが、何を教えようとしていたか想像がつく気がします。それは彼が重要と考えたものだから作曲の語法にもなっています。晩年にこの路線が「ミクロコスモス」(1926年-1939年) Sz.107となって昇華する、その原型が27-8才の作品「子供のために」でした。
当時僕はこれをバルトーク版のバイエルみたいなものと思っていたので、大家のレコードやコンサートピースになるとは思いもしませんでした。ラーンキが弾いたCDを見つけてへえっと思って買いましたが、84曲収録したこれは資料的価値が高い。自分が読んでいたのとずいぶんテンポやタッチが異なっていて娘だけでなく親父の読譜の練習問題の解答にもなりました。
こちらは抜粋ですがコティシュの演奏です。彼は完全にコンサートピースとして弾いています。いちばんやさしい第1曲にドとシの短2度が出てきて、こういうのを聴いてぎょっとする子供にしないといけないよとバルトークは言っている気がします。音楽に対する感受性の最も大事なところで、もう出だしからこの曲集は只者ではありません。
最後に名曲解説風に。僕がこの曲集がこういうものだったと知ったのはずっと後のことです。こっちから入っていたらイメージは違っていたし、バルトークの広大な音楽世界の理解度はどうだったかなと思います。
バルトークが精力的に民謡の採譜を試みた時代の産物で85の小品から成ります。それが原典版で42曲の第1,2巻(ハンガリー民謡による)および43曲の第3,4巻(スロヴァキア民謡による)でした。ところが1945年に、採譜した民謡が不正確であったり元来は民謡ではなかったもの6曲を除去して第1巻(40曲)、第2巻(39曲)の79曲とし、残した曲にも和声の改変を施して再出版しています。これは米国亡命後の兵糧かせぎだったストラヴィンスキー火の鳥の1919年版に類する側面もあるかもしれませんが、そうであったとしてもバルトークはずっと学究的ですね。
「一見して緊張感を孕んだ譜面づら」なのは、主題の根拠は民族の古典に置いてプライドとアイデンティティーを打ち出しながらそれにバッハのように抗いがたい明確な輪郭と彫琢を与え(右手)、それにシューマンのようにポエジーをもった和声づけがなされている(左手)からでしょう。俳句の世界に近い。特にハンガリー民謡の第1巻はどこか鄙びて哀調があって、第2曲のSunriseは僕にはSunsetにきこえる。日本人のハートには訴えるものがあると思います。
シューマンの子供の情景に劣らぬ全曲鑑賞に値する作品集ですが、できればやさしいものをお弾きになってみるとこれらはやはりあのバルトークの作品なのだと実感できるのではないでしょうか。
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ゾルターン・コティシュの訃報を知る
2017 FEB 28 1:01:04 am by 東 賢太郎
昨年の11月は仕事が恐ろしい勢いでふりかかってきていて、ゾルターン・コティシュが亡くなっていたのを知りませんでした。まだ65才で僕と3つしかちがわないというのが悲しいです。
彼の苗字Kocsisの日本語表記はwikipedia等でコチシュとなっているようで、マジャール語でそれが近いのでしょうが(さらにいえば姓名はKocsis Zoltánの順ですが)、僕が知った70年後半ごろはコティシュ、またはコティッシュだったはずでそう頭に入っております。その残像を大切にしたく、あえてゾルターン・コティシュと記させていただきます。
この天才の実演を聴いてませんが忘れられないピアニストで、大学時代に下宿でエアチェックして毎日のように聴いていたのがラヴェルのマ・メール・ロア(デジェ・ラーンキとの連弾)でした。当時二人ともハンガリーの新鋭ピアニストで売り出し中で、粒立ちが良いクリアなタッチにとても初々しい感性があります。曲を初めて覚えた演奏というのは「おふくろの味」になっていてなつかしい。特にこういう人生で重要になった曲はなおさらです。
これが頭にあったのでロンドンへ赴任してすぐ彼のドビッシーを買いました。これはたぶん85年ごろ、最も早く入手したCDの一つでした。そこに入っていたのがベルガマスク組曲で、これまた人生でとても大事な曲になっており、彼の演奏がおふくろの味になったのです。
速めのテンポですいすい行きますが、タッチは立っていて薄味ではあってもコクがあるのが特徴。固めにふっくら炊いた極上米のようで本質はロマンティックと思います。彼が感じきっている和声に僕は同じ気持ちがあり、これがテンポも強弱もイントネーションも原点となったのは初物というばかりでもないようです。
ところがのちにまったく違うクラウディオ・アラウを聴いてそれにも強いインパクトを受けました。両者を比べながら楽曲解釈の深さを学んだ意味で思い出の曲ですが、スイスのころ弾けていたプレリュードをいまやすっかり指が忘れている自分の無能を思い知った曲でもあります。
コティシュはラヴェルも良くて、クープランの墓はオケで全曲(!)やってます。このラヴェル好きの感性も大いに共感するところで、肌が合う人といると心地良いように彼のピアノは気がおけず聞き流せるのですが、ところどころでおっと気を引かれるひらめきがあって結局耳を澄まして聴き入ってしまう。どこか他人事でいられません。
彼のバルトークは鮮烈でした。たくさんありますが、これはすごい。中国の不思議な役人のピアノ4手版です。彼が晩年に指揮者になったのがわかる、実にオケの感触をリアライズした演奏です。
きりがないです。最後に、気に入っているラフマニノフの3番を。この超ド級のコンチェルトをこのテンポであっさり弾いてしまう(!)技術もさることながらそのみずみずしい感性は比類がありません。近年、2番も3番も速弾き爆演派が散見されますが、コティシュの速さはそうした曲芸志向ではない筋の通った解釈であり、それを可能にするのが深く鳴り切ったタッチであるのをぜひお聴きください。ものが違うことがおわかりいただけるでしょうか。ラフマニノフがこれをきいたら何と言ったろう?僕はほめたと思います。
コティシュはいまも心の中で若者のような気がしてます。ご逝去は信じられません。本当にお世話になりました。ご冥福をお祈りします。
追記
若き日のジョルジュ・レヘル/ブダペスト交響楽団とのバルトークの2番も忘れられません。
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音楽は人生の伴侶
2017 FEB 27 1:01:00 am by 東 賢太郎
キングカズことサッカーの三浦知良が50才でピッチに立ったときいて驚きました。50といえばどんなスポーツでもオジサンで、アマチュアでもなかなか若者には伍せない年です。プロなんだから敬服しますが、身体能力もさることながらやろうという気力ですね、これなくしてあり得ないことと思います。金や名誉ではなく、サッカーが好きということでしょう実にすがすがしい姿でした。
そういえば、昨日はライヴ・イマジン管弦楽団のリハーサルを聞かせてもらいましたが、年齢層は様々ながらやはり音楽が好きという団員の皆様のオーラを肌で感じさせていただきました。学校のクラブ活動以来ノーギャラという世界を忘れていた僕にとってきわめて新鮮です。初回の練習だからまだこれからの音ですがそれでも田崎瑞博先生のさすがの指揮でジュピターの終楽章は本当に「物凄い音楽」だと再確認いたしました。
音楽というのは完成度を追求するときりがなくて、ベルリン・フィルやシカゴ響をきいていると少しの傷でも気になります。オリンピックの体操やフィギュアを見ていてもそうですね。しかし今日思ったのですが、アマだからもちろん五輪レベルの競技にはならないのですが、それでも音楽は十分伝わると思います。まずは闊達に正しく弾くということ。それさえクリアすれば音楽になるようにモーツァルトは書いてくれているということに気づきました。
終了後に古典四重奏団のチェリストである田崎先生を囲んで西村さん、前田さん、吉田さんと昼食となりましたが、先生はトッププロでありながら飾らない素晴らしいお人柄で、いろいろお話をうかがえて勉強させていただきました。やはりお好きでなければそこまで行けないという高い所におられると感じ入った次第です。このような機会をくださった西村さんに感謝しますが、初回のブログにお書きになったこの言葉はそのまま自分にも当てはまると思っています。
音楽を人生の伴侶とできたことの素晴らしさ、そしてこの広く、深い世界を誰かと分かち合うきっかけかもしれない。
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野村證券の強靭なスピリットについて
2017 FEB 25 10:10:43 am by 東 賢太郎
私も「東スクール」の生徒としてまだまだ頑張ります。
そして後輩にこのスピリットを引き継いでいきます。
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新メンバーご紹介
2017 FEB 24 13:13:54 pm by 東 賢太郎
「ライブ・イマジン」主催者のチェリスト西村淳さんとピアニストの吉田康子さんがSMCの新メンバーになられました。
弊社ソナー・アドバイザーズにて西室より種々入会のご説明を申し上げ、近くのピザ屋さんで軽く歓迎の乾杯をいたしました。お二人とも演奏歴が長く、もちろんクラシックのご造詣は深く、ワーグナーの室内楽版、春の祭典の連弾などの興味深い体験談をうかがっているうちあっという間に時間が過ぎてしまいました。
西村さんの「モーツァルトは後期になるほど弦のスラーが長くなる」はプレイヤーの視線でないと気付かないことで、目から鱗でした。吉田さんはショパン1,2番、シューマン、ショスタコ1番など数々の名コンチェルトを弾かれていて、ファツィオリを高く評価されています。5月のモーツァルト25番は楽しみです。
仕事がら多種多様な業界の方とお会いしますが、演奏家は音で自分を発信されているので他とは違ったオーラを感じます。日本人は概して発信、自己主張が苦手ですがそれができる方々と話すのは楽しいものです。こちらもアウトプットする仕事ですから意外と共通点があるかもしれないと思った次第です。
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