老獪な独裁者は鵺(ぬえ)という妖怪である
2024 DEC 2 14:14:11 pm by 東 賢太郎
天気がいい。久しぶりに見た秋空という気がする。息子と散歩がてらに蕎麦屋で一杯やった。江戸っ子はこれがたまらない。ほろ酔い加減で浄真寺にお参りすると、名物の銀杏がひときわ異彩を放っていた。
この鮮やかな黄色に出会うと学生時代に帰る。夕食にやってきた娘とその話になり、そう本郷は有名だもんねという。いや駒場だよ。あそう、じゃ本郷はとくると銀杏もあったかなぐらいでわからない。成蹊は何だっけときくと楓(かえで)という。かえでか、なるほど、かえでね、で、ところでどんな木だったっけと考えたが空しいもんである。僕は木の区別はほとんどつかない劣等生だ。いつも行く箱根の露天風呂など風流な小山にいろんな木が眺められ、幹にいちいち名前の札がついてる。行くたびに覚えようとするが入るたびに忘れてる。樹木はすべからく「森」か「林」か「木」なのだ。ちなみに成城では6年間「かつら組」だった。桂の木は見たことあるかもしれないが覚えはない。
「10年前のちょうど今日あたり、屋久島で千年杉ってやつを見て感動したけどね、あれとその辺で花粉飛ばしてる杉が同じだってわかる自信はあんまりないな。そう、自慢じゃないが花だって3つか4つだからね知ってるの、興味って大事だね、だって猫の顔は一度見たらぜんぶ識別できるんだから」。
普通はお父さんがそういうのを子供に教えるんだろうが、昔からそんな会話だからまったく役に立ってない。しかしこういうことは教えられる。
分類はすべての学問の母だ
分類は識別しないとできない。識別は興味がないとしない。興味がないと学ばない。学ばないと学問にならない。そこにはこういう関係がある。
分類 ⇐ 識別 ⇐ 興味 ⇒ 学ぶ ⇒ 学問
ど真ん中に鎮座するのは「興味」で、すべてはそこから発している。分類をお仕事でやっても学問には行きつかない(写譜屋は作曲家にはなれない)。分類ができれば入試ぐらいは受かる。でも受験勉強だけでは学問には行きつかない。このことは「学問」を「ビジネス」に置き換えても正しい。
興味ある!おもしろい!
古語だとそれは「をかし」で、枕草子は「をかしの文学」と評される。しかも清少納言はその対象を分類までしている。僕はなぜ自分がそれを好きか不明だったが、自分も興味ある物事にだけ反応し分類癖のある人間だと知って理由が判明した。前稿でプロコ1番にモーツァルトのアマデウス・コードが潜んでいることを発見し、「だから自分はこの曲に得も言えぬ親愛の情を覚えているのだ」と書いた。まったく同じ解明プロセスだ。
さらにおもしろいことがある。
「をかし」の反対語は「すさまじ」「興なし」だが、そこには「をかし」を反転して負の値にしたと同じほどの否定的な感情が入っている。
ところが、英語にはそれを感じない
indifferent
なる興味深い形容詞がある。これを知った時には一抹の感動すら覚えたものだ。というのは、僕における樹木や草花への反応はまさにそれに他ならないからだ。
この言葉を少々解題してみよう。
differentは「~と違う」だ。それに否定の接頭語 in がついて「~と違うことはない」(=同じでないことはない)なる二重否定だ。めんどうくさい語だが背景には文化がある。different の differ は「異なる」という意味の自動詞だ。西洋は子供に「人はみな違う」という教育をする。みな個性や主張や物事への反応においてdifferentであるのが当然であって、それが人間のディファクト、定義のようなものだからそのつもりでお付き合いしなさいという。とすると「個性や主張や反応が他人と同じ」方が少数派ということになってきて、それにいちいち名前を付けて表現したい場面に遭遇する。そこで形容詞が必要となり、それが、
「個性や主張がdifferentでない」= in + different = indifferent
になる。重要なポイントは、その人は少数派であるにもかかわらず「妙な人だ」という否定的なニュアンスがない。なぜなら、その人の存在自体も「人はみな違う」という定義を満たしているからなのである。
(参考)https://ejje.weblio.jp/content/indifferent#goog_rewarded
いっぽう、子供に「みんな仲良く」と教育するのが我が国だ。我々だっておぎゃあと生まれた時はみな個性や主張や反応が different なのだが、いやいや、人前でそれをあんまり出してはだめだよ、嫌われたりいじめられたりするよ、「和を以て貴しとなす」だからね、という色濃い空気の中で育つのである。ディファクトから幼少期にOSの設定変更が入るわけで、いかなる動物もそんなことはないし、人間も知る限り世界にそういう国は日本しかなく、それは外人が見出す「日本人らしさ」の根源だろう。蓋し、これがあるから皇室は武力がなくとも存続してきたし革命も起きなかった。
そのOS変更は日本語という言語に深く刻み込まれていて、それを母国語として話者になった時から我々の精神構造の深奥まで浸透し、それを思考ツールとして生きてゆくのだから自分でそのことに気づくのはどんなに語学力のある人でも困難である。僕は英語を頭の中で日本語変換せずに話せるようになって(外国語ができるというのはこの状態のこと)、発出する自分の英語を振り返って比較してみてようやくわかったことだ。何かで I’m indifferent to it. とぽんと口から出て、その自分は和を以て貴しとなさないかもしれない自分なのだと気がついたという風である。
このことは翻訳が文化に関わることを示す。たとえば Tastes differ. の日本語訳は「趣味は人それぞれ」「十人十色」であるが、「蓼食う虫も好き好き」なら僕は誤訳とする。受験英語なら正解なのだが、これが僕が大事と考える「写譜屋と作曲家の差」であり、入試は作曲家までは求めないということだ。なぜ誤訳かというと、differ は何の色もなくただ淡々と「違う」という意味であり、蓼食うの方は「あいつは変わったやつだ」という否定的な感情が混入するからである。ということは differ をルーツに持つ indifferent にもそれはなく、静的、無機的、中性的で、あえて否定的な感情をこめたい場合は very をつけたりする。
a very indifferent player(とても他人と差別化できてない選手=下手くそ)
がそれだ。poor で済むのにわざわざそんなひねくれた言い草をするのはとてつもない皮肉屋であるが、好例として某指揮者がいる。汽車のポッポーが盛大に聞こえる野外音楽堂で指揮させられてブチ切れ、「ここはお抱えオーケストラを所有する世界で唯一の駅である」の毒舌を吐いたこの男なら使いそうな表現で、僕は嫌いでない。indifferent は英語を使う国民にはディファクトではないが、それゆえその人の個性としてとらえ「変わったやつだ」と切り捨てる空気はなく、very で殊更に強調してみせて初めて否定的な味付けができるのである。
いっぽう、「和を以て貴しとなす」日本では往々にしてこういうアンケート結果が出現する。
41.9%が indifferent (どーでもいい)となると少数派ではない。旗幟鮮明の西洋では「どーでもいい」は少数派だが、旗幟不鮮明を良しと教わる日本では多数派になりえるのだ。
これでは聞く相手を間違ったのではないかとなろう。日本の選挙はまさにそうで、どーでもいい派は投票に行かないから投票率は大半が5割以下だ。ということは日本人は民主主義を行わせるには相手を間違ったということになる。
イエス、ノーをはっきり言う(旗幟鮮明)と嫌われたりいじめられたりするよって、それ独裁国家のすることじゃないの?
でも日本に独裁者はいないよね、民主主義だし・・・
たしかにいない。でも、どーでもいい派は独裁者の目には「羊」なのだ。羊は和を以て貴しとなしてシープドッグ(牧羊犬)に従う習性を子供の頃からたたきこまれている。親がそう教育してくれてるのだから独裁者はごっつぁんである。姿を現さず犬を飼えばいい。犬も楽だ。牧場に置かれた巨大スクリーンに姿を映してもらってワンワン吠えるだけで羊は右に左に意のままに動くからだ。
しかし、昨今、急激に事情は変わりつつある。牧場には羊によって小型スクリーンが設置され大人気になった。すると賢明な羊たちはシープドッグは決して猛犬でもなく、血統書も偽物のその辺の犬にすぎないと見ぬき始めた。巨大スクリーンは壮大なヤラセであって、CGだったり嘘っぱちだったり都合悪いことは隠したりと、羊を騙すカラクリがバレてきたからだ。そこに旗幟鮮明派の若い羊が出現し、多くの羊がそっちの号令に従いだした。
シープドッグが「悪」で若い羊が「善」なのか?
それは羊が決めることだ。なんだ、それならまさに民主主義じゃないか、バンザイ、それはいいことだ!
注意しなくてはいけない。老獪な独裁者は鵺(ぬえ)という妖怪である。もし羊がそう決めるならシープドッグを撃ち殺して若い羊を誘惑するだろう。巨大スクリーンも粉微塵にして羊の小型スクリーンに易々と乗り換えるだけである。民主主義だろうが共産主義だろうが、鵺は羊の生き血さえ吸えればそんなのはどっちでもかまわないさという indifferent な連中なのだ。以上は日本の事として読まれたと思うが、実はアメリカ合衆国もそうなのだということに賢明な読者はお気づきだろう。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
プロコフィエフ 交響曲第1番ニ長調 作品25
2024 NOV 29 18:18:16 pm by 東 賢太郎
好きな曲は書いておかねばならない。そういうことで言えば、古典交響曲は物凄く好きである。いつ聴いても心はうきうき頭はさえざえで大変な名曲だが、そうほめ称える人は多くないように思う。プロコフィエフは学校でハイドンの大家に交響曲の様式をたたきこまれ、その流儀で作曲してみようと思い立ってこれを書いた。26才、日本経由でアメリカへわたる前だが青二才の試作とは程遠い逸品で、仮に老成してからの遊び心といわれても見抜けない。その後パリで書いた交響曲第2番は当地のアバンギャルドな気風に合わせたもので、両曲は両極端の借り物スタイルで書いたと言えないこともない。作曲家のシグナチャーピースである交響曲でこういう入り方をしたことこそがプロコフィエフ本人の流儀だったのである。
「ハイドンの流儀」とはシンプルな主題と三和音によるソナタ形式の両端楽章にラルゲットとガヴォットを挟んだ15分程度の交響曲であることをさす。対位法も古典派を模し、管弦楽法はMov1第2主題の弦の2オクターブ跳躍、おどけたファゴットの伴奏などハイドンの遊び心のコピーが見える。ただ、和声はTDSの機能和声を保ちながら長2度の転調がこともなげにちりばめられるなど、三和音を崩すとハイドン風には聞こえないのでそれがぎりぎりの現代性だろう。2つのヴァイオリン協奏曲で見せるキリコを思わせる孤独感、無気味、神秘性がここにないのは主題が古典の陽性を纏っているからであろう。
三和音そのものは崩さず機能性を無視して普通ではない調性同士をぶつける感覚は絵画なら原色の対比を連想させ、カンディンスキー(左)やアンドレ・ドランを想起させる。プロコフィエフは終生十二音や厳密な無調には向かわず、ストラヴィンスキーとは異なる形で独特な和声感覚を示した。古典の装束をまとったことでそれが浮き彫りに見えるこの交響曲は類例がなく、くっきりと耳に残る。
ということで全曲を克明にそらんじているが、プロコフィエフがこれをピアノなしで作曲したのは考えさせられる。シューマンは楽想が固まるまで弾くなと述べているが、ふわふわした自由な楽想からあの転調が出てくる。Mov3は想定外で則を超えそうなぎりぎりのところでD⇒Tの機能性を決然と打ち込んで「古典」の世界に聴衆を引き戻す。この曲のエッセンスはそうした現代と古典の絶妙なバランス感覚であり、聴きこんだ人はその造形の素晴らしさを俯瞰して「外郭の古典」を発見するという仕掛けなのである。
これをいつどこでどう知ったか記憶も記録もないが、初めて所有したロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送響のメロディア盤輸入LPを購入した日付は記録によると1976年9月21日だ。大学2年の秋休み明けごろで、そのあたりはほんの少々モーツァルトにめざめ、ブラームスの交響曲第1番のレコードを買い集めていたからこれを買いたくなった動機は不明である。妻と広島で出会うことになった九州旅行から帰ったばかりの気分があったのかもしれない。
1番がいかに好きになったかという証拠はある。ピアノ2手版スコアが本棚にあるが(左)、最後のページに「1978,10,7 銀座ヤマハ」と記載があるからだ。レコードを2年間聴きこんで、ついに自分で弾いてみたくなったのだろうが、調べるとその日は土曜日である。前週が会社訪問解禁で、就職を決め気分が晴れ晴れとしたのだろう、こういうことは書いておくものである。ロジェストヴェンスキーのMov1、4は速い(これで覚えたのでどれを聴いても遅い)。いまもそれが適正と思うがこの速度で弦がちゃんと弾くのは難しくMov4のフルートも破綻一歩手前のぎりぎりだ。ソビエト時代の独特な緊張感を宿したこういう演奏はもう世界のどこでも聴けない。この曲に愉悦感を求める人は好かないかもしれないが、僕は当時のモスクワ放送響あっぱれと思う。Mov1第1主題結尾の和声はモーツァルトのアマデウス和声のmodulationであり、だから自分はこの曲に得も言えぬ親愛の情を覚えているのだという発見はこの速度でなければなかった。ハイドンであるがモーツァルトでもあるのだ。Mov2の音程の良さ、Mov3の品格。どれをとってもこの演奏の王座は揺らがない。
かたや、この遅さはなんだ?というのがチェリビダッケ / ミュンヘン・フィル盤だ。この偉大な指揮者についてはずいぶん書いたのでそっちを是非ご覧いただきたいが、彼はスコアというプラトンの看破した “イデア” でなく、現実にそこで鳴る音響、もっというならそれが後ろにいる聴衆の脳内でどう化学反応を起こすかという現象に視点のあった人だ。ドヴォルザークなら8番は無視で新世界は振るという唯我独尊ぶりは好きな人は信者になり嫌いな人は敬遠というお方である。僕は前者であり、これを耳にすれば彼もプロコ1番を溺愛していたことを悟る。同じぐらいそうである僕としては、まあそれもありだよなとうなずく。ファンクラブで隣に座ったおじさんとの会話という感じだ。
ワルター・ウェラーはかつてのウィーン・フィルのコンマスでカルテットを率いた名手だ。指揮したヴァイオリニストというとオイストラフがいるが、彼は明らかにヴァイオリンを弾くべきで、ウェラーはSQと指揮でも食っていけただろう。そう書いてしまうほど英国でDeccaに録音したプロコ全集は非常にレベルが高い。テンポが良いだけでなく管弦のメリハリが最高でプロコフィエフがオーケストレーションに用いた意趣が生き生きと開示される。一例を挙げれば、快速のMov4、冒頭の裏で叩くティンパニがこんなに活きている例はない。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
決勝に戦力を一点集中した台湾あっぱれ!
2024 NOV 25 21:21:13 pm by 東 賢太郎
野球の試合はずいぶんやったが、大事なゲーム以外の勝った負けたはあんまり覚えてない。覚えてるのはやったぜ!とかありゃ~!という場面場面のほうで、楽勝で忘れちまうよりホームランやサヨナラヒットを打たれて負けた試合の方が、いまになってみるとあって良かったなあという気がしたりする。見物も同じだ。プレミア12の決勝、日本・台湾戦、悔しさはあるがこれもそのうち忘れる。大会28連勝の相手だの敵地で不利だの、しのほの言うなら負ける理由はいくらもあるが、ぜんぶ吹っ飛ばして圧勝した必殺スナイパーの台湾が強かった。こういう男たちが大好きだ、心から讃えたい。
前の試合、勝つには勝ったが9回に右翼席の奥の奥にぶち込まれたホームラン、あれは衝撃だった。東京ドームであそこまで伸びていった強烈な打球は松井を思い出した。恐るべしのリン・アンクア選手は代打出場だったが決勝では4番DHにすわり、またまた右翼ポールのはるか上を通過するあわや3ラン(判定でファール)の度肝を抜く大飛球を放った。あれが入っていたら7-0の大敗で、グラウンドにいる人間はこいつやばいなと本能的な恐怖を懐いたろう。相手にそういうのがひとりでもいるとチームごとの威圧感になる。前の試合で休ませた二人、1発目ホームランのリン・ジャーチェン(捕手)、致命的3ランのチェン・ジェシェン(センター)はその空気の中で思いっきり振ってきた。
もう一人、いやな空気を作ったのが決勝先発投手のリン・ユーミンだ。彼を使ったのは韓国戦だけだ(2点取られてるが)。負けてもいい前の試合、決勝進出が決まりそうになって台湾が急に予告先発を変更してもめた。ということは温存したリンが押しも押されぬエースだということで、そういう先入観で打席にたつ日本の打者は気持ちで押される。兵は詭道なり。相手にはそのぐらいの計算もあったのではないか。
前の試合、日本も小園、坂倉を休ませ、急場の先発投手から村林が先頭打者ホームランを叩き込んでお返しはしているしベンチも選手もすることはしたのだが、初見で打ちにくそうなフォームの左腕リン・ユーミンで5回ぐらいまで押さえこんでいるうちに戸郷をパワーで粉砕して優位に立とうという台湾の作戦が見事に当たってしまったというのが感想だ。
相手はきのうのリン・アンクアの一発を見ている。初回、初球から全員がマン振りし、ホームラン狙いで出鼻から圧を思いっきりかけて押し倒しに来た。振るといってもマン振りはそうそうできるものではない。台湾選手が鍛え上げられていたということで、あれだけ振られるとピッチャーは怖い。戸郷も気力負けせずに自慢のストレートで押すが、完璧に押し込んだというより急場をフォークでかわしてゼロに押さえていたのであり、力対力を続けてるとどこかで出合い頭の一発を食らいかねないなという感じはあった。
先発変更で虚を突かれた日本は嫌なムードを払拭すべく先取点をとりたい空気だったと思われる。ところが、初回、絶好調の2番小園が外角に1メートルも外れるくそボールのスライダーを完全に崩された空振り三振。主軸打者があれだと後続もびびる。いや~な予感がした。案の定、球が上下に暴れると思うと左打者のインコースがビシっと決まるつかみどころのないリン・ユーミンに翻弄され凡打の山。4回を終わって内野安打1本に封じこまれ空気が悪い。守りの方が台湾打線の圧で決壊する予兆はあった。
それがおきたのが5回表だ。先頭打者はリン・ジャーチェン。8番打者にまさかの右中間ホームラン。9番は三振したが、次の1番からは打順3巡目にはいる場面だ。一般に、5回前後にくる3巡目は相手の目が慣れてきている。それを抑えられればこっちの球威が優位ということで、7回前後からの4巡目もけっこうなんとかなって完投できる。しかし戸郷の完投など元から考えてないラストゲームなのだから3巡目の1番(左打者)からタイプの違う左の隅田に代えてよかった。少なくとも、その1番にヒットを打たれ2番に四球を出したところでどう考えても交代だった。何をこだわったんだろう?まあ井端は野手だし吉見コーチが言うべきだったと思う。
そこで食らった3番チェン・ジェシェンの3ランホームラン。作戦が面白いように決まった台湾はあれで勝ったと思っただろう、重盗、ホームスチールまで仕掛けて攻めまくる。その勢いのまま西武、ロッテを退団した2投手に2安打に抑えこまれ、バットをへし折られ、6回からはわずか1安打で抵抗の兆しなしの完敗である。あんなに打ちまくってきた打線が何でこうなっちゃうんだろうと思うが、そこが野球の面白いところだ。
負けはしたが侍Jは見事な野球で勝ち抜いてきた。岡本、村上らの不参加で長打力が不足する打線を、勝負強い小園、森下、牧、佐野を2,4,6,8番に置いて見事につなげ、素晴らしい得点力を発揮したのは井端監督の人選、配置の冴えだ。もっと強いチームにしてくれる期待しかない。WBCが楽しみだ。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ビジネスにはケミストリーが最重要である
2024 NOV 24 1:01:49 am by 東 賢太郎
先日、あんたとはケミストリー(相性)が合う、俺たちのパートナーになってくれと面と向かっていう米国人実業家が現れた。友人に紹介されたのだが、会ったのはそれが2度目で、始めはなめていたと思われつっけんどんだったが仕事以外の話をするうちに打ち解けた。「たち」の中にトランプの娘もいたりするが僕はそういうことよりまず人間性であり、むこうもそのようであるから是も非もない。くれといわれた履歴書をさっき送ると、上海からThanks my friend.とすぐ返信が来た。
アメリカはそんなもんだ。多民族国家だからどこから来たかよりも合うかどうかで仲間を増やしたい。生きるための手段だからその姿勢が気持ちいいほど前向きであり、仲間になるには旗幟鮮明でなくてはならない。「その程度のことでそう簡単に友達と呼んでしまって、はたしてよいものなのだろうか」なんてどこかの国の総理みたいな調子でクソ真面目な顔でくだらないことをぐちゃぐちゃいう奴はいないし、そんなのは偉くもならない。そのかわり、つきあってみてやっぱり合わないねとなるとあっさりあと腐れなく切りもするわけだ。ドライというなかれ、旗幟鮮明であるとはまさにそういうことなのである。
僕は子供のころから幸か不幸か性格が旗幟鮮明であんまり友達もできず、20代にアメリカの学校で2年もまれてさらに磨きがかかった。合う会社を見つけて入ったつもりだったが様子が変わって旗幟に合わなくなりフリーエージェント的に移籍させていただいた。こういう日本人は少ないから合う人はいないと思っていたが、旗幟に合わないとこんなめんどうくさい長文のブログを読まないだろうから、実はけっこう合う人がいるんじゃないかと数字から思えてきた。ページビューだ。去年の一日2,500から50%増え、毎日3,800人ぐらいが読んでくれている。僕はブログでミーハーにリーチする手段も意欲もなく読者は高学歴の知識人と思われる。約半分を占める40代未満の伸びだから日本人が変わる兆しという気がしないでもない。
それはいい話だが、ひとつみっともない話を書く。きのうドラッグストアで買い物したらレジの若い女性にポイントカードをすすめられた。普通作らないが金額が張ってたのでディスカウントがあるらしい。じゃあ作ろうかとスマホをとり出した。するとAppleのPWをという。あれこれ入れたがどれもだめだ。「おかしいな」「大丈夫です、よろしければリセットしましょうか」というので一度閉じた。「もう一度開いてください」といわれると、動揺してたのだ、今度は毎日使ってるスマホのPWが出てこない。まいった。このどうしようもない馬鹿なおっさんに彼女は嫌な顔一つせずやさしい笑顔で「焦らなくて結構ですよ、ゆっくりやりましょうね」と励ましてくれ、やっとできたのである。ボケ老人で危ないと思ったのだろう、紙切れをくれ「いまのPWふたつ、ここに書いて絶対なくさないように保管してくださいね」ときたものだ。30前後だろう。とても感じのいい子で、外国にこんな店員がいるとは逆立ちしても思えない。日本の財産である。
そう、日本の若者は世界に類のない財産なのだ。しかしこの世代は多くが奨学金で学校を出て30代まで返済に追われ、就職難で結婚資金もないうえに僕らの世代ひとりの年金を二人で支える。生まれてから株が上がるのを見たこともないから投資もできない。こんな日本に誰がしたという大逆風が自民党に吹いたが、それならそれでと質量ともに歴史的ボロボロの石破政権をだましだまし予算成立まで延命して自民党の負の責任をなすりつけ、裏でお仲間の立憲と「大連立」で増税と選択的夫婦別姓を狙っているとしか思えない。そこに実質減税である政策を果敢かつ旗幟鮮明にぶち上げた玉木君の勇気は賞賛に値する。女性にもてるのは当然である。ビジネスマンだから当然だがトランプも強烈に旗幟鮮明で物凄くもてる男だ。ケミストリーが合うと思うよ。賭けてもいいがビジネスのビの字も知らず旗幟が微塵もない石破や岸田は絶対に相手にしない。チャンスはあるぞ。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
侍ジャパンに巨人2軍戦ボロ勝ちメンバー4人
2024 NOV 23 0:00:22 am by 東 賢太郎
中央大学がプロ・アマ交流戦で読売巨人軍の2軍にボロ勝ちしたニュースは記憶に新しい。
巨人2軍 7―20 中大(2020年8月13日、ジャイアンツ球場)
この試合の中大の先発メンバーがこれだ。
1・三 中前祐也
2・中 五十幡亮汰
3・右 森下翔太
4・二 牧秀悟
5・一 内山京祐
6・捕 古賀悠斗
7・DH 倉石匠己
8・左 坂巻尚哉
9・遊 中川拓紀
0・投 皆川喬涼
太字4人がプロ入りし、4人ともがこの度のプレミア12で侍ジャパンのメンバーだ(井端監督がこのことを知らなかったとは思えない)。4人のドラフト指名順位は2020年に五十幡(日ハム2位)が15番目、牧(横浜DeNA2位)が18番目、2021年に古賀(西武3位)が33番目、2022年に森下(阪神1位、浅野翔吾の外れ)が7番目だ。
その時の巨人2軍のスタメンはこれ。監督は阿部慎之助だ。
1・遊 増田陸
2・中 加藤脩平
3・DH 加藤壮太
4・一 菊田拡和
5・右 伊藤海斗
6・捕 山瀬慎之助
7・左 モタ
8・二 湯浅大
9・三 黒田響生
0・投 桜井俊貴
太字の3人以外はすでにプロ野球から消えた。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
怒りに燃えたトランプの大鉄槌がくだる
2024 NOV 19 11:11:55 am by 東 賢太郎
以下、松田学氏は元大蔵官僚。スマートな人の話は分りやすい。コンパクトに世界のニュースが俯瞰でき、記事の選択はやや右寄りかもしれないが左翼系のあざとい洗脳、バイアスよりずっとまし。テレビ、新聞は公共性、客観性を装おうが「都合悪いことは報じない」というとんでもない洗脳、バイアス機関であることもこれでよくわかる。
米国全メディアはハリス押し大合唱の大外れでアイヤー! その忠実なコピーである日本の全メディアはアイ~ン!バイデンは民主党じゃなく俺と犯罪(ウ)もみ消し裏ディールで辞任なんよ(ハリスなら楽勝だもんな、ラッキー)。トリプル・レッドだからな、やりたい放題やったるぜ、暗殺にきたディープステート消すんでな(馬鹿だねえ まだ言ってるぜ 陰謀論)。米軍のLGBT派は全部クビ、女子スポーツからも男を追放よ(あれー、日本は法律まで作っちゃったんですう)。俺を起訴した特別検察官な、あの野郎は2秒でクビだ、保健福祉省長官はRFケネディ・ジュニアにしたるぜ(よりによってこのワクワク凄すぎ!)。不法移民追い出し丸損3千億ドル、屁のカッパだ。関税60%?100%でもいいぜ台湾やるならな。イーロン君起用はレッドへリングよ(2億ドル支援ありがとな)。経験ない?だからなんだそんなもん、やるのはぜんぶ俺さ、あたりめえだろ裏切らねえかどうかだけじゃあ!(トランプさん日本の総理も指名して下さい)。
以上、小生周囲の業界ウワサ話。真偽の保証?いたしません。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
スーパー買い物から見る夫婦別姓問題
2024 NOV 17 16:16:18 pm by 東 賢太郎
日々の食材の買い物というとすっかり家内におまかせだ。なにせ新婚生活を始めたアメリカではビジネススクールの勉強、その次のイギリスでは仕事、とにかく気絶するほど忙しく、スーパーは行ったことぐらいはあっただろうが記憶がない。ドイツ、スイス、香港もその延長でおなじようなものであり、だからその次にやっと定住した日本だって、まあ一緒に行くのは年に2,3回というところになっている。
給料はというと、親父はぜんぶは渡してなかったとみえて母は足りないとこぼしていたが、僕はそれを見ていたので最初っから家内にぜんぶ渡している。というと良い亭主のようだが特別な事情があった。当時の野村證券は留学は独身者のみであり、僕は外国で一人じゃあ生きていけないから先に結婚させてくださいと人事部長に申し出たら認めていただいた。わがままを言ったのだから生活費が増えるはずはない。日本での手取りは10万円ぐらいで、当時の為替250円だと月の食費は二人で400ドル。激貧生活で栄養失調ぎりぎりだった。卒業してイギリスで仕事に戻って少しは増えたが、僕は家事はいっさいできないからぜんぶおまかせ、全額お渡しでいまに至る。それでもまだ下っ端でかつかつだったが仕事に100%集中させてもらい、おかげでドイツからは少しえらくなって楽になった。
きのう、何か月ぶりかで家内とスーパーに出かけた、というか、ついて行ったというのが正しい。おやつがきれたからだ。そうなると僕は夜型のうえ食い意地が張っていてがっつり夜食をしてしまうから、低カロリーおやつでごまかす必要があるのだ。
日本のスーパーは何度か一人で来た。物を買うときは慎重な性分だから本屋やCD屋で売り場を隅々までチェックして3,4時間迷うなんてザラである。食品ともなれば品質、グレードはもちろんのこと、ナッツやビスケットや昆布はグラム換算の値段を計算するし、オリーブ、チーズ、蜂蜜、甘味類などはホンモノかどうか産地、添加物、色素までもチェックする。そうやって売り場であれこれ手に取って迷っていると、きまって困った事態になるのだ。周囲の人の流れが渋滞し、カートのご婦人方にじろじろ見られる。スーツの男がひとり、しかもカゴもなしだったりして、何なのよこの人、邪魔よねという冷たい空気に包まれるのである。
というわけで、家内について行くに限る。この日は夕食の鍋の具がメインだった。タラがいいと思いこれかなと切り身を渡すと、これよりこっちと瞬時に切り替えられる。値段はそっちのが高いがなぜかは不明だ。そうこうして、僕はヨーグルトを真剣に悩んだりしたのだが、ブルーベリーが入ってるからこっちねと問答無用、全部が即決でカートに積み上がり、ものの30分で一陣の風のごとく買い物は終了した。アイスクリームの氷の手配やらポイントがどうのやら彼女はプロフェッショナルである。そこで「最近物価は高いの」と聞くと知らない。「だって海外でね、子供を3人学校に迎えに行くのよ、買い物はそれまでにさっと済ませなきゃいけないからあるだけでいいの、値段なんか見てられないでしょ」。たしかにドイツやスイスなんか子供は危険だし、日本人に食えるものがあるだけで貴重だったっけ、なるほど、それがそのまま来てるのか。タラは美味であったしお菓子類も不満なしで、迷うのは時間がもったいないのかもしれないと思った。
ことほどさように、主夫というか、domestic(家庭の)回りのことはすべからくだめである。それには根っこがあって、小学校で弁当を食べ終わるのは常にビリ、手先が不器用でボタンをしめたり靴ひもをささっと結ぶなんてのがだめで体育の着替えもいつもビリ。キャンプに行ってもあらゆる仕事に何の役にも立たずはじかれる。中学の書道は最低のDで、万力だか旋盤だかで本棚を造ったりする工作や技術家庭なんて科目はまるっきしお呼びでなく通信簿はいつも2だ。中学まで体もチビでやせっぽちでケンカも弱く、クラスで目立つなんてことはまるでなし、自分は男として劣っているとコンプレックスにとらわれていて、同級生の女子にはそれを知られまいと身構えていた。
長じてもその事態は変わらず、だから女子にこっちから近づこうなんて気はさらさらおきない。できないものはできないのだからそれがバレて赤恥かいて自尊心が傷つくのが嫌だったのだ。ところがだ。そういうダメ男であることは、多少なりとも僕を知った女性にはどう隠しても見ぬかれていることがだんだん明らかになってきたのである。アンタだめねと見る女性もいるがそうでない女性もいる。それどころか欠陥をぜんぶ補ってくれて本棚まで造れてしまう女性もいることがわかり、それが家内なのだが、するとそういう部分は “ヒモ” になって気にする必要もない。積年の劣等感から解放され、得意なことだけに傾注すると僕は意外に強かったというwin-winの分業ができることになった。
日本経済の失われた30年で、特に男性は経済的な事情から結婚が難しくなっていると聞くが、そうでなくても難しかっただろう半端者の目から見ると心が痛む。僕はどうひいき目に見ても優秀な男子だったわけではなくもっと上の人がいくらも周囲にいたが、たまたま生まれた時代が今よりはましで少々の運があったということなのだ。時代ということでいえば、いまの対米従属の政治はいかんという主張を書いているが、僕の時代も従属だったのだからそれだけが30年ロスの原因ではない。アメリカも元気がなくなったからこうなった面も大いにある。だめな国に全面的従属を続けても未来はないだろうと思うのであり、日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持った国で、これを成長の源泉とする方法は必ずあり、自尊心を持ちながら経済的に独立独歩の道を歩めて何ら不思議ではないというのが主張なのだ。
そのためには男性も女性も幸福な家庭を築くことがとても大事だ。述べたように僕は一人で何もできないし仕事の能力も大したことはないが、欠陥を妻に補ってもらえたからフルスロットルでアクセルを踏むことができた。要はそうやって1+1が2より大きくなれば家庭の経済はうまくいき、その集合体としての日本経済もたぶんうまくいくのである。家庭と仕事の役割分担で男女逆転があっても何らおかしくなく、高学歴の女性は高学歴の男性と釣りあうなんて前世紀の遺物みたいな発想は捨てた方がいい。前世紀の男は、僕もその一人だが、自分より勉強や仕事ができる女性はあんまり求めなかったのは事実かもしれない。しかし今どきの世の中だ、たまたま男に生まれたけれど女性的な仕事が得意で家庭を支えてくれるやさしい “マスオさん” はいるはずだ。彼は男性社会で競争するより高学歴女性とペアになって本分を発揮できる。女性は後顧の憂いなく思いっきり社会で活躍すればよく、そんな例が増えれば社会の目も変わる。女性活躍社会などとはやして男性社会に無理やり隙間を作ろうという政治努力より男女の結びつきで女性が実力で社会を変える方が自然なのではないか。
僕は学生時代からユーミンの熱烈なファンだが、彼女が結婚して松任谷由実になったことで松任谷氏に羨望をおぼえた。天下の荒井由実様が旧姓でとおせるのに改姓した、いや、させた。すごい男だ、そんなにモテてうらやましいと嫉妬したものだが、あえてそういうことにしたユーミンさんのほうも大したもんだなんて気もしていた。だってそうされてごらんなさい、旦那はプライドにかけて必死に働くしかない。夫婦というのはそうやって1+1が2より大きくなる可能性を秘めたジョイントベンチャーでもあり、どっちの姓が上だ下だ好きだ嫌いだなんてなればみすみすwin-winのシナジーを求める精神を消すようなものなのだ。金融再編で3つも4つも銀行がくっつき、統合された側のメンツで新社名は金魚の糞みたいに奇怪で長く、当の社員さんすら言い間違えたなんてジョークが流行った時代があった。そういう結婚ならば僕は見送る。ウチの3人の子は東を名のって成人したので僕が何かやらかして家名を傷つけたら末代まで響く。普通の日本人ならそう思うはずだ。というより、それが日本人であり、日本社会のモラルの下支えというもので、サッカー場のごみをサポーターが片づけて帰っただの、震災で濁流にのまれそうだったお婆ちゃんを数人の若者が命を賭して救う画像に世界が拍手しただの、そういう我々には何でもないことが「日本的なるもの」を根っこで支えてきたのである。
もう一度書こう。日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持ったユニークな国で、ゼロからそれを凌駕しようと思えば、日本が日本たるべく辿った来し方である1500年ぐらいはかかる。だからそう試みるほど気の長い国は絶対に出てこない。いわば秘伝のタレを持った老舗のような存在なのであり、それを上回ろうと狙う連中はなんちゃってコピーをするか、目の上のたんこぶは邪魔だと日本という国柄を潰してしまおうとするだろう。そういう勢力に負けてしまって得をする日本人はいない。そいつらのポチになって一時の利得は得ても、相手は所詮は犬ころと思ってるのだから子孫は捨てられる。だから、絶対に負けてはいけないのである。日本国の、歴史の、文化の、言葉の、考え方の、あらゆる奥ゆかしさユニークさは、持ってない異国人からすれば究極の羨望の的であることは、16年海外から母国を眺めた者として断言できる。いずれすべての異国がそれに気づく時が来る。ということは、明治維新のようにそれを自ら破壊する愚を犯してはいけない。国民が誇りをもってそれを「成長の源泉」とする方法さえ考案すれば無敵なのだから、潰す側につくより無敵側についた方が圧倒的に賢明なのである。その方法が何か、いま僕は知らないが、必ずあると信じる。1500年の先人の遺産があるのだから、どうしてそれができたかを自分で考え、じっくり得心するまで先人に学べばいいのである。それは司馬遼太郎を読んで、日露戦争までの美点凝視で一時のカタルシスの解消を求めることではぜんぜんない。まして、また尊王攘夷で鎖国して外国を追い出しましょうなんてものでもない。むしろ、日本人が最も見たくなく、砂漠のダチョウのように砂に頭を突っ込んで回避していたい80年前の敗戦と国柄の喪失という歴史の負の部分を直視し、徹底的に「失敗から学ぶ」のである。日本人が本気になりさえすれば、我が身がこうして平穏無事に存在していること自体が成功を保証しているようなものだというアドバンテージに誰もが気づくと信じる。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
石破総理と玉木代表に思う
2024 NOV 13 0:00:11 am by 東 賢太郎
居眠りして風邪薬のんでましたとか、ズル休みのガキの言い訳みたいなのが出ちまうこと自体、小物感満載でみっともない。うるさい、俺が目をつぶった時は集中してるってことだ!ぐらいかませばいいのにね。そういうキャラでないしお疲れなのも理解するが、立場が立場なんだから気をつけられた方がいい。どんな組織であれ、世界のどこであれ、人は小物には本気でついていかない。共倒れリスクが高いからね。個人の身体的な限界は言うべきでないが、トランプ、プーチン、習近平、金正恩がそれを見てどう思うかということ。徹夜明けだろうが二日酔いでべろべろだろうがビシっとしている体力も要件だ。また、後輩だからあえて苦言を呈するが玉木氏も肝心なところでドジふんだもんだ。そのこと自体は奥様のご裁定であり是非もないが、これも居眠りと一緒、出ちまうこと自体がみっともない。まあトランプだけは So what? だろうが、将来トランプと対峙する気があるならそんなもんは屁のカッパの strong man ぶりでないと相手にもされんよ(もちろんだが strong womanもありだ)。
企業社会の話だが「承知しました、社に持ち帰って慎重に検討します」って言って半年もかかってやっぱりできませんなんて頭をかくのが伝統的な日本人のイメージだ。すると、その交渉のご当人は社内で strongでないって判定をされてあの人は意味ないからもう会いませんってなる。岸田総理は有無を言わさずLGBTをやらされ、やっちまって、保守に総スカンになって自民党を現状に追い込んだが、あの時点で総理であったのが誰であれ、つまり彼のお立場として逃れようがなかったと拝察する。やった者だけ評価するし、特にやれば1千億円だってくれるし、やらない奴はどんな言い訳しようが You’re fired! が米国人だから彼はその意味において成功し、奥の院を知ってる国会議員たちは与党であれ野党であれ彼を無視できないだろう。ただしここからはトランプ政権の出方次第である。
多数決というのは少数与党の総理より、別に総理でなくてもcasting voteを握ってる方がstrongであるといえないことはない。少なくともそう見せつけることは可能だ。ビジネスは大いにそうだが、実体などどうあれ相手にそう思われればディールは勝てる。そういうセンスがあるかどうか、ある人はあるしない人はないので何とも言えないが、たぶん人生一度あるかないかのチャンス。うまくやるんだね。ちなみに僕は国民民主党に投票してないしサポーターでもないが。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ベートーベン ピアノソナタ第28番イ長調 作品101
2024 NOV 8 23:23:51 pm by 東 賢太郎
1815年にインドネシアのタンボラ山で過去1600年間で最大規模の噴火があった。ポンペイを消滅させた79年のヴェスヴィオ山噴火の約20倍の規模で、広島型原爆の約52,000倍に相当するエネルギーであったと見積もられている。噴煙や火山灰が成層圏に達して火山性エアロゾルにより日射が遮られたため夏の気温が平年より4℃も低く7月4日には米国東海岸で降雪が、ハンガリーには茶色の雪が降り、イタリアでは1年を通して赤い雪が降った。大雨でライン川が洪水をおこして農作物が大被害を受け、暴動が相次ぎ、ヨーロッパ全体ではおよそ20万人もの死者が出た。ナポレオンがワーテルローの戦いで敗戦に追い込まれた原因の一つはこの大雨であるといわれ、1816年は欧米で近代史上最も寒い年として夏のない年(Year Without a Summer)と命名されている。
噴火の3年前、1813年12月8日にベートーベンはウィーンにて「ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い」作品91を自らの指揮で初演していた。別名「戦争交響曲」という。ナポレオンを賞賛し、当初は「ボナパルト」と題されていた「英雄交響曲、ある偉大なる人の思い出に捧ぐ」を作曲したが皇帝になったと聞いて激怒し、楽曲の表紙を真っ二つに引き裂き床の上に投げ捨てた。そしてその10年後、今度はナポレオンの敗戦を望む王侯貴族を歓喜させる作品91を轟かせて大人気を博したのである。
翌年の1814年、彼らの望み通りにナポレオンは敗退してエルバ島に流される。諸国の王、外交官が集結して戦後処理のウィーン会議が開かれ、ベートーベンはさらにカンタータ「栄光の瞬間」を書き「戦争交響曲」がもたらした収入は彼の全作品の最高額にのぼった。しかし貴族階級に対して根深いルサンチマンがあった彼の心情が複雑だったことは、エロイカが至高の名曲となったのに対し、戦争交響曲とカンタータはほとんど演奏されなくなったという出来栄えの格差からうかがえる。
そのせいだろうか、人気、収入、そして不滅の恋人の出現と人生の絶頂であった1810~1814年に作曲はスランプに陥っているのである。その期間の彼のメインストリームの作品というと、1810年の弦楽四重奏曲「セリオーソ」、1812年の交響曲第8番、1814年のピアノソナタ第27番しかなく、公衆を喜ばせ金銭を得ることと真に書きたい音楽を書くことへの分裂があったかのようだ。これは一見、フィガロの作曲中にピアノ協奏曲第24番ハ短調を書いたモーツァルトに重なるようにも見える。しかし、真相はそうではない。
1814年4月11日、ナポレオンが島流しになった5日後にベートーベンはウィーンのホテル「ローマ皇帝」で自身がピアノを弾いてピアノ三重奏曲「大公」を初演したが、それが彼の公の場での最後の演奏になった。なぜかというと、弦楽器の音をかき消すほど乱暴にピアノを弾き、演奏は失敗に終わったからだ。近代史上最も寒い年まであと2年。人前での演奏を断念するほどに彼の耳は絶望の崖に向けてさらに悪くなっていたのである。スランプの理由は難聴が最悪になったショック(パニック)だったとシンプルに考えれば筋が通る。その証拠に、問題の1816年には藁をもつかむべく「補聴器」が、そして18年にはいよいよ言葉を聴きとることを断念して「会話帳」が必要になっている。
1815年に弟カスパル・カールが死去し、甥カールの親権をめぐる法定闘争が4年半もあったことがスランプの原因とする説もあるが、私見では、それは原因ではなく結果である。彼は日々心血を注いで育てるべくカールを手元に置くことに異常な執念を見せたわけだが、なぜかというと、ひたひた迫りくる悪魔の如き「音無き世界」の恐怖から逃れるために集中する相手が必要だ。彼が多くの女性、とくに人妻(子連れ)に結婚を迫ったことも同様で、多情だったわけでもプレイボーイだったのでもなく、そうした別の、誰かと一緒にいたいというより切実な「内面からの」切ない欲求だったと解釈ができる。この恐怖はただでさえ人を支配する。しかも、心から気の毒と思うことに、健常者すら平穏に過ごせぬ気象の暗転が追い打ちをかけていた。
以前に書いたが、僕は香港時代にストレスから突然パニック障害に襲われた経験がある。消えたと思うや何の前ぶれもなく現れ、内面の異変から一生逃れられない恐怖は人を打ちのめす悪魔だ。ベートーベンほど細かい神経を持つ人間が絶望の淵に追い込まれ、そんな状態で生きるなら自死して悪夢を絶つ方が余程ましだと追い込まれて書いたのがハイリゲンシュタットの遺書だという理解は僕には自然だ。死ぬまで至らぬとも多くの人が一歩手前で容易に陥る症状であるパニック障害(現代の米国人の2%が罹患)に陥らなかったとは考えにくく、そう記録されていないのは当時の医学では病気と認識されず奇行癖で片づけられたからだ。
そしていよいよ夏のない年、1816年がやってくる。補聴器を携えひとり過ごす日々は歴史に刻まれるほど長く暗く寒かった。前年から手掛け、この年に完成したピアノソナタ第28番イ長調が問題の年のベートーベンの心を映す鏡だったことは多くの方の同意を頂けるのではないか。同年にはもうひとつ、連作歌曲「遥かな恋人に寄せて」も作曲されている。これは史上初のリーダークライス(円環形に閉じた連作歌曲)であり、すでにソナタ第28番においてMov1冒頭主題が終楽章で再現する原型が見られる。連作歌曲はシューベルト、シューマンに連なり、冒頭主題の終楽章での再現はブラームス、フランク、ヤナ―チェックに連なる。「遥かな恋人に寄せて」はシューマンが愛好し幻想曲ハ長調、弦楽四重奏曲第2番に引用しており、第3曲はメンデルスゾーンの真夏の世の夢の「舌先裂けたまだら蛇」にエコーしており、これがメインストリームの作品であることがわかる。困難の最極北にありながら彼は運命に抗い、けっして負けていない。このことほどベートーベンという人の本質をあらわすものはない。
本稿の本題であるピアノソナタ第28番にやっとたどり着いた。僕はこれにベートーベンの内的葛藤を聴いて心苦しくなりもする(Mov2)が、終楽章の圧倒的なフーガ(厳密なフーガでないのはモーツァルトのジュピターと同様)に至って、この理詰めで精緻な音楽構築への没頭こそ彼が病を乗り越えて天寿を全うできた鍵であったことを知るのである。これの同型のバージョンアップが第29番ハンマークラヴィールであり、どちらも絶対の勇気を与えてくれるのは、彼が難事を克服せんと封じ込めた音魂が琴線に触れ、鼓舞もしてくれるからだ。彼の実像は蓋し肖像画がイメージさせる不屈の意志を持った強い超人ではないだろう。我々と同じく弱い一個の人間だ。にもかかわらず、折れかかっては立ち向かい、それが最後に彼を満足させたかどうかは問うまでもないが、為すべきことをしたのである。28番がその入り口とされ、以降は「後期」と呼ばれる彼の最後のピリオドは他のどの作曲家とも違うのはもちろん、それまでの彼自身とも異なる。
28番はドミナントのホ長調で優しげに始まる。しかし調性も曲調もファジーであり、やがてシンコペートされたリズム、増四度のAisの曖昧模糊とした霧にまぎれこみ、終わってみれば何を見ていたか忘れてしまった白昼夢のようだ。そこに唐突なヘ長調で暴力的に闖入するMov2はメフィストフェレスのダンスで、平和な気分を狂気の情動が突き上げる。スケルツォのようだが “生き生きと行進曲風に” とあるこれは心中で彼を追い詰めるカリカチュアだが、諧謔とは程遠い残酷で無気味なものだ。リヒテルとホロヴィッツのライブは一聴に値する。特に後者のスタッカートは悪魔的であり、シューマンのクライスレリアーナ第1曲にエコーしていることがわかるという点でMov2は僕はホロヴィッツを採る。
クライスレリアーナのクライスとはE.T.A.ホフマンの自画像であるヨハンネス・クライスラー楽長に由来するが、Kreisは「円」であり、リーダークライス(Liederkreis)に通じることからも両曲の関連をシューマンは意図したと見える。やがて右手がつまづいたが如くDes durの挿入で切断され、音楽は低音部で調性感を失って浮遊しながら落ちてゆき、地の底に届いて沈殿する。するとピアノはサステインペダルを解放し、大地から立ち昇る陽炎が天使の姿になって無数に空に昇ってゆく風である。右手のつまづきの部分はクライスレリアーナでは闖入するB durの驚くべき和声的イベントとして耳を釘づけにする。中間部は鏡像の対位法的で最後に低音でリズムの律動が裸で脈打つ所はシューマンがライン交響曲Mov1で使う。神は細部に宿るというが、こうした部分に天才たちの感性が光っている。
Mov3は序奏にアダージョがある。アンドラーシュ・シフはこれがチェロ・ソナタ第4番と共通の構造だと看破しているが、僕はMov3序奏を楽章と見た場合に28番の楽章の調性A-F-Am-Aと交響曲第7番のA-Am-F-Aに近親性を見る。このアダージョは通して弱音ペダルを踏み、素材もテンポも類似はないが第7番のMov2を想起させる。緩・急の対比ということでいえば大公でラズモフスキー1番を先駆とする「緩と急(スケルツォ)の逆転」がおきており、ピアノソナタ第28-31番、第九交響曲、弦楽四重奏曲第16番に引き継がれる。28番では逆転した緩徐楽章が終楽章の序奏になっており、これは29番で長大かつ深淵なアダージョ楽章に発展する萌芽である。ちなみに彼を尊敬したシューベルトはこれだけは従わず完成されたピアノ・ソナタで第2楽章にスケルツォが来る作品はなく、ベートーベンを範としたブラームスも交響曲でそれを踏襲しなかったが、シューマン(!)は交響曲第2番で、ブルックナーは8、9番、マーラーは6番で行った。
アダージョの最後にひっそりとMov1冒頭のテーマが再現する。それは旋律的ではあるが後ろの楽章の素材になっていたわけではなく、醸し出すある一定の夢のような感情、アトモスフィアを漂わせるだけの存在であったことがわかる。そして、それをかき消すように精気溢れるアレグロ主題が現れる。こちらは旋律的ではなく運命主題のごとくメカニックであり、技法の限りを尽くした息もつかせぬ展開の末にフーガに至る。彼は11才から先生のネーフェにバッハの平均律をたたきこまれており、これは29番のフーガフィナーレに発展するものだ。ベートーベンにしか書けぬ鋼の如き音楽である。白昼夢、悪夢、悲嘆と辿ってきた音楽は白昼夢の回想で目覚め、意志の力ですべてをふりはらう。
PS
昨日11月7日、インドネシアのレウォトビ火山で大噴火が発生した。それを知ったのは同日の夕刻、出張先の静岡でのことだ。本稿はインドネシアのタンボラ山噴火の話で始まるが、執筆は11月3日からで噴火の前日の6日に脱稿している。何とも奇遇だなあと思った。先ほど帰宅して調べると噴火は11月3日から始まっていて、書き始めたのはほぼ同時だったこともわかった。もちろんそんなこととは夢にも知らない。
ベートーベンの28番に言及するのに噴火の話から書き始めたのは、太陽黒点の数が減少した「ダルトン極小期」と関係がある。僕は太陽活動が人類に影響を与えると考えており(与えないはずがないと言った方がいい)、太陽黒点数の推移データに関心を持っている。この期は1790年から1830年まで続いた。すなわち、ベートーベンの全作品は始めも終わりもほぼぴったり重なってダルトン極小期に書かれているのである。
そこでネットを検索すると、他の多くの極小期と同じくダルトン極小期でも寒冷化の現象が見られ、特に1816年はタンボラ火山の噴火から極めて寒冷となり「夏のない年」となったことを知った。こうなると僕は抗いようのない習性から「その年にベートーベンは何を書いたろう?」となる。それが28番であり、偶々11月2日にそれを聴いており、朝からMov2が頭で鳴っていた。だから11月3日に28番について書こうと思い立ち、夏のない年、タンボラ火山、という流れになったのが顛末だ。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
あれまあ!やっぱりトランプだったのね
2024 NOV 7 3:03:04 am by 東 賢太郎
きのうディナーした米国人が来社したのが午後4時半だった。ちょうどスマホにトランプ当確のニュースが入ったのでどう?ときくと「個人は残念、ビジネスOK」ときた。なるほど、それなら僕は個人もビジネスも、まあOKだ。ウォール街はばりばりの民主党で当社もその仲間ではある。LGBTやら内政干渉には心底怒りを覚えるが、それとビジネスは別物と割り切らなければこの業界ではやっていけない。ちなみに当社のパートナーであるウォール街の某投資銀行CEOはトランプのトランジションチームに入ってるからホワイトハウスに移ることになる。「俺が不在の間に利益は何倍になるんだ」と社内では檄が飛んでるらしい。経済顧問ぐらいのポストだろうから楽しみであり、まあその分だけOKということだ。
というわけでビジネス的にはあんまり興味なかったが、「ハリスが僅差でリード」というニュースをどこかで耳にして、そんなに優秀なのかと公開討論を聞いてみた。悪いがどうひいき目に見てもこの人物においてそんなはずはない。現地にきいてみると「偏向報道の嵐です」が回答だった。しかしそれはアメリカの話だ。投票権のない日本人に日本のメディアはハリス押しのコメンテーターばかり並べて妙ちくりんな理屈をこね、気合を入れて偏向報道してる。誰が得するんだか実に不思議だ。あれまあ!って予想が大外れして赤恥をかくばかりか報道機関としての信用も失墜である。明らかにそう考えてないのだから経営リスクと思ってないのであり、報道にみせかけた新種のエンタメと解釈するしかない。
これで思い出すのはマカオのカジノだ。留学時代やロンドン時代に賭場に出入りしたが、香港ではマカオである。客はほとんど中国人で雰囲気はまるで鉄火場だ。丁半バクチで素人もわかりやすいルーレットが大人気で、テーブルを取り囲む人垣は三重ぐらいになっていたので僕は最後列から人をかき分けてチップを置いていた。やたら赤ばかり出る。次は黒だろう。あれれ、また赤だ。ええい今度は絶対にくるぞ!うわあ、また赤だ。これが6回続いた。64回に1度の珍事である。ざわざわし始め、なにやらそこらじゅうから大声で中国語が飛び交い、あたりは興奮のるつぼと化してきた。もういくらなんでも赤はない。確率はいつでも1/2なんだけど人間は思いこみに弱いのである。かく言う僕も賭けようと試みたが、あちこちから手が伸びてきてはじかれてしまい断念した。黒のベットゾーンに高額のチップがこれでもかと山積みになる。後でもめないようにディーラーはプレーを中断し、スティックで用心深く山をゾーン内に寄せて仕分けした。緊張が走る。いよいよ数字盤が回る。No more bets! 場がシーンと静まりかえる。カラカラと乾いた音を立ててジャンプした球がコロンと収まったのは、赤だった。
アイヤー!
多勢の混声合唱団のように見事にテンポのそろった大音声の絶叫が場内にとどろきわたった。これ、英語で「オーマイガー!」、日本語で「あれまあ!」である。正確に記すと、
アイィィヤァァァァ
であり、アイが四分音符、ヤーが二分音符のフォルティッシモで、速度はアダージョ、最後が嘆息ぎみのディミニュエンドで一抹のもの悲しさが漂ったものだ。なかなか音楽的であったのは皆さんの落胆の気持ちがひとつになっていたからだろうと思われる。このたび、バイデン政権のアイヤーも壮絶なものだったろう。メディアはお通夜みたいに真っ暗だ。それの忠犬ポチだった日本のお歴々はどうするんだろうか。
「トランプだったね、やっぱり」「安倍さんの死を悼んでたよな、やったのはあいつらだって」「現総理はアンチ安倍の急先鋒って伝わってるだろうな」「当然だろ」「なんでも麻生さんとは割とウマが合うらしいよ」「へえなんでかな、そんな刺さる話したのか」「いや、あいつは金のにおいがするって言ったらしい」
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。










