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シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第5楽章)

2013 MAR 9 23:23:53 pm by 東 賢太郎

バスガイド風に申しましょう。

「いよいよ楽しかったライン下りの舟旅も終わりにさしかかり、最後の楽章に参りました。回りをご覧ください。みなさんは厳粛な雰囲気だったケルン大聖堂の暗がりを出て、明るい陽だまりのなか、カーニヴァルにざわめく民衆に囲まれております。」398d3ce9c1ef2d4f7bd738c284d93344_thumb_600x600

この回り舞台のような場面転換の効果は最高にすばらしく、このシンフォニーが聴き手を幸福感で一杯にしてくれる瞬間です。このかけがえのない喜びへの返礼と、大作曲家ロベルト・シューマンへの心よりのトリビュートとして、僕はこの交響曲の稿を書いております。

第4楽章が「最もスローテンポ」であり、「場違いにキリスト教的」で、しかも「変ホ短調でなくてはならない」と僕は強調してきました。それらは全部、この魔法のような瞬間を味わわせてくれるための準備だったのです。この「喜び」は、同じミ♭を根音とする、いわゆる同名調である変ホ短調(E♭m)から変ホ長調(E♭)への転換、すなわち、ハ短調(Cm)の第3楽章がハ長調(C)に転じるベートーベンの交響曲第5番「運命」の第4楽章の歓喜の爆発とまったく同じ転換を下敷きにしています。

第4楽章はこの終楽章の序奏部であってライン交響曲は古典的4楽章からなっていると説く学者が多くいますが、僕はその説には反対です。そうではなく、第1楽章をエロイカ交響曲風のへミオラで開始し、終楽章を前楽章(短調)の同名長調で始めるという運命交響曲のスタイルを踏襲し、全体を5楽章の田園交響曲と対比することでシューマンはこれをベートーベンへのトリビュートとしていると考えています。楽章間の調性関係も、第1、5楽章は主調の変ホ長調、第3楽章は4度上の変イ長調(サブドミナント)、第2楽章はベートーベンが好んだ3度下のハ長調です。交響曲における彼は古典にこだわりはなく、むしろそれを破壊し新しい革袋を作ったベートーベンに回帰しているのだと思います。

新しい酒を古い革袋に入れるな(マタイによる福音書第9章17節)

田園交響曲という5楽章の新しい革袋に自然という新しい酒を入れたのはベートーベンです。5楽章制はすでにベルリオーズの幻想交響曲も存在しており、シューマンの当時にはもはや新しい革袋ではありません。ですから、

ベートーベン以後の作曲家の義務は新しい形式で新しい交響曲の理想形をつくることである(ロベルト・シューマン)

とまで言っている彼がもっと古い4楽章制にこだわったなどとは僕には到底考えられません。それに徹底してこだわったのはむしろブラームスなのです。

この第5楽章はデュッセルドルフのカーニバルの印象と関係があると言われます。第2楽章の雰囲気をひいた音楽であり、やはりダンスの要素を感じます。第4楽章のテーマを引用していますが特に手の込んだところはないように思います。ところで、かのチャイコフスキーはこの楽章について、

「この交響曲のフィナーレは、もっとも失敗した楽章である。どうやらシューマンは、コントラストを出すために、この陰鬱な第4楽章の後に晴れがましい歓喜の小曲を続けたかったようである。しかし、その種の音楽は、シューマンという、どちらかと言えば人間の悲しみの歌い手には向いていなかったのである」(チャイコフスキー/「ロシア通報」1872年11月18日「第2回交響曲の集い」から、岩田 貴氏訳をお借りしました)

と書いています。第4楽章は絶賛しているのですがこっちには手厳しいです。ちなみに第1楽章に対しては、

「第1楽章のインスピレーションの強烈なパトスや作品のメロディとハーモニーの比類ない美がつねに聴衆に理解されないのは、ひとえに、音楽の美にいかに敏感な聴衆の聴神経をも逆撫でせずにはおかない編曲の色彩のない重々しい濃厚さのためなのである」(同上)

です。オーケストレーションが下手なので曲の良さが理解されない、というのです。チャイコフスキーにこれを言われると気後れしますが、それでもやはり、僕は聴く方の耳の問題だと思います。シューマンのスコアをあまりいじらずに説得力ある演奏となった例をたくさん知っているからです。

最後に、299小節からこの曲はSchneller(より速く)となって大団円に至ります。スコアの様相は4番と似てきます。この楽章を通して鳴るターンタタッターというリズムは4番の第4楽章にも頻出するものですが、コーダではさらにリズムに弾力を与え、すばらしい終結へと導きます。チャイコフスキーが何と言おうが僕はこの楽章が大好きであり、この楽章を喜々として振っている指揮者の演奏が大好きです。それはとりもなおさずラインランド地方を愛しているからで、シューマンもそうだったからで、同じくそうである指揮者と三位一体になれること、同好の士同士の無言の共感に心が震えるのがかけがえのない喜びだからなのです。

本稿を通して僕はこのシンフォニーを「ライン交響曲」と書いてきましたが、シューマン自身がそう呼んだことはありません。楽章ごとのプログラムもありません。そういう曲をニックネームで呼ぶことを僕はあまり好きではありませんが、この曲の場合はほとんど違和感、罪悪感を覚えません。なぜなら、そう呼ばれないのが不思議なぐらいこの曲はラインそのものの音楽だからです。

 

(続きはこちら)

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Categories:______シューマン, クラシック音楽

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