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シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第4楽章)

2013 MAR 9 13:13:53 pm by 東 賢太郎

第4楽章です。表題はFeierlich(荘厳に、儀式のように)とあります。

この楽章♭3つ(変ホ長調)で書かれていますが、実質は6つの変ホ短調です。第1 、第5の両端楽章がLebhaft(生き生きと)であり、真ん中の3つの楽章はゆっくり目になりますが、2、3、4  とだんだんゆっくりになり、この第4楽章で最もスローになるのです。シューマンはケルン大聖堂で枢機卿就任式を見ており、その印象を音にしているようです。

ライン交響曲はルソーの自然回帰への賛歌という側面があり、純朴な民衆のダンスや大自然に接して生じる率直な心象風景を描いたものであることを前回述べました。非百科全書派的、非啓蒙思想的、非禁欲的で、非キリスト教的なのです。ですから第4楽章のカソリック大聖堂におけるキリスト教儀式の荘厳な雰囲気は非常に流れに掉さす異質な存在であり、聞き手は楽しいライン下りツアーの最中に、不意に薄暗いドームにまぎれ込んでしまったかのような錯覚すら覚えます。イメージ (23)

この楽章以外では、ライン交響曲で最も活躍する金管楽器はホルンです。しかしここでは、この楽章と第5楽章しか出てこないトロンボーンが重要な役目を負います。この楽器はモーツァルトの時代までは教会音楽にだけ使われました(交響曲に持ち込んだのはベートーベンです)。ですからここで初登場するトロンボーンの音響は当時の聴衆に大聖堂内部の雰囲気を今以上に強く印象づけたに違いありません。

冒頭のソプラノ声部はホルンと一緒にアルトトロンボーンが吹くように指定されています。第4小節でシからミへの4度の跳躍の演奏が難しくて音を外す奏者が多かったそうで、シューマンの楽器法の未熟さを指摘するお決まりの箇所となっています。しかし、そういう危険を冒してでも彼はこれをトロンボーンに吹かせたかったのであり、第5楽章の稿で述べますが、この楽章は「変ホ短調でなくてはならなかった」のです。

つまりロジックとしてこれは唯一の解だったわけで、これをもって作曲が下手くそだなどと言う方が知恵が足りないと僕は思います。たとえばピアノ曲としてブラームスやシューマンの書法は弾きやすいとは言えないと思います。手には相談せず、頭に鳴っている音を忠実に鍵盤上に置いていったかのようです。これをもって、ピアニストの手にずっと弾きやすく書いてあるショパンの譜面と比べ、ブラームスやシューマンはピアノが下手だという人はいません。

この楽章において最も重要なことを書いておきます。上の楽譜の続きをご覧ください。イメージ (21)上段5小節目、3/2拍子になった部分、ホルンとオーボエがシ♭-ミ♭-ファ-シ♭・・・といくところです。この音列はJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第24番ロ短調の前奏曲の冒頭とまったく同じです(下の楽譜)。イメージ (25)

僕はこの24番が好きでときどき弾いています。ですからラインのこの部分にくると必然的にバッハを思い浮かべ、ますますキリスト教的な厳粛な気分になるのです(仏教徒なんですが・・・)。

ユーリ・エゴロフ演奏でその24番を皆さんの耳でお確かめください。

シューマン当時の聴衆が広く平均律24番を知っていたかどうかは疑問ですが、ここに至るまでの自然、欲望肯定的な非キリスト教的ムードに突然投げ込まれた「本歌取り」は、原曲を知っている人にはインパクト絶大だったでしょう。これも上述のトロンボーンの使用とまったく同じで、この楽章に「異彩を放たせる」ためにシューマンが仕掛けた巧妙なプロットなのです。

ここから音楽は実にすばらしい対位法的な展開をしてファンファーレ風の頂点を迎えます。そしてスコアの最終ページはこのような非常に印象的な音響を作りだし、静かに曲を閉じるのです。イメージ (24)

このページの最後から4,5小節目にご注目ください。ミ♭・シ♭のオスティナート・バスの上でオーボエとクラリネットがレ・ファを鳴らします。そこでミ♭とレが「長7度」という不協和音でぶつかって得も言われぬ厳かな宗教的雰囲気を醸し出します。そして続く2小節ではホルンを除く全部の楽器が変ホ短調の主和音をfpで鳴らします。唯一参加していないホルンはというと、一拍遅れて2つの二分音符をこれもfpで(強く、すぐ弱く)、まるで教会に響き渡る鐘のこだまのようにミ♭・ソ♭で2回吹くのです。この悲痛な響きは、変ホ短調の和音とともに聴き手の脳裏に深く焼きつけられます。

(この効果はバルトークが「管弦楽のための協奏曲」第3楽章の終わりで、これも2回鳴る弦とハープとティンパニの予想外のイ短調主和音で実に効果的に踏襲しています)

 

(続きはこちら)

シューマン交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」(第5楽章)

 

 

Categories:______シューマン, クラシック音楽

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