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モーツァルト「ジュピター第1楽章」の解題

2017 APR 24 1:01:23 am by 東 賢太郎

5月7日のプログラム・ノート(ライヴ・イマジン祝祭管弦楽団演奏会)ですが、ジュピターのことを書くスペースがなくなりましたので私見をこちらに書いておきます。

モーツァルトの交響曲第41番ハ長調をジュピターと呼んだのはザロモンといわれます。太陽系で一番大きい惑星で、夜空で一番明るく輝いて見えるのが木星(ジュピター)でありザロモンは交響曲の中でそう位置づけたわけです。

今になっても僕はこの曲をそう呼ぶことに違和感はありません。聴き終わるといつも、何か偉大なものに包みこまれた満ち足りた気分になっています。天体の運行の如く目には見えない力、宇宙の調和のようなものを感じるのです。

宇宙の調和にジュピターの名はなんともふさしいと思います。では、それが何によってもたらされるのか?もちろん楽譜に書いてあるわけですから調べてみればいい。本稿はジュピター第1楽章を俯瞰して皆さんとその秘密をご一緒に考えてみようというものです。

 

 

提示部

冒頭、いきなり提示される第1主題は強と弱のコントラストを持った2つの部分から成ります。フォルテ(以下 f )で「ド」が3回奏されます(1)。

一瞬の空白(休符)を置いて、アリアのような旋律がピアノ(以下 p)でつづきます(2)。

(1)はリズム要素、(2)は旋律要素として曲全体を形成します。(2)のすぐ後に続くこの楽節(第1ヴァイオリン)(1’)は、

(1)の長前打音(ここは3連符)を第2ヴァイオリン、ヴィオラが担当し、以後様々なパターンに分化はするものの、曲のリズムの骨格が(1)より派生していることを示します。この部分は管楽器によるリズム動機(3)、

によって和声付けがなされており、これはセレナータ・ノットゥルナ(K.239)、交響曲第36番「リンツ」に使用されたリズムです。

フェルマータでいったん停止すると(1)(2)が p で再現(確保)され、木管が別の動機を重ねます(4)。

これは交響曲第38番「プラハ」の第1楽章第1主題です。

そこにホルンがハ長調のトニックを重ねます(5)。

次に3回目の(1)が堂々とト長調の f で出て(4)(5)が華やかに伴奏します。(2)は10小節に拡張され、(3)を従え、チェロ、ファゴットの対旋律を得て旋律的展開をします(6)。オペラの重唱を想起させます。

次いで(1’)と(3)が締めくくった所で第1主題提示が終わります。

第2主題は第1,2ヴァイオリンの重奏で p で始まります(7)。この半音階移行による主題の前半は第3楽章に逆行形で使われます。後半は(3)のリズム動機の派生です。これも第1主題同様に2部仕立てになっていますが静、動と順番は逆です。

(6)の後半が展開してバスに(2)が現れると第1ヴァイオリンがこの動機を弾きます(8)。

これは第4楽章の冒頭で c-d-f-e のいわゆるジュピター主題が出た直後に、それを引き取る動機の素材として使われます。

終止して全休符をはさみ、嵐のようなハ短調のトゥッティが鳴り、ハ長調からト長調に転じて(6)を変形したさらに華麗な重唱に至ります(9)。これも第1主題の(2)から派生したものです。

音量は sf に至りヴァイオリンのシンコペーションと相まって提示部で最も興奮の高まる部分でしょう。

不思議なのは第2主題として現れた(7)がここでは全く使われないことです。むしろ下降音型に替えて同じト長調の第3楽章の冒頭に使われ、終楽章冒頭のジュピター動機の提示部分を暗示します。(8)と同じく、この第2主題部分は終楽章へのブリッジとなって全曲の統一感を形成する結果となっています。

(9)が p で静まるとチェロのアルペジオを伴奏にブッファ風の第3主題がト長調で出ます(10)。

この主題の後半に重要な動機が現れます(11)。これもまた(2)の派生動機です。

第3主題の展開はなく、これが G-Em-C-D# という魔笛に頻出する和声進行を伴って最後は堂々たるトニックとドミナント交代を3度繰り返して提示部が終わります。

(1)は交響曲第38番「プラハ」の第1楽章冒頭にも(音価は違うが)使われ、ユニゾンで開始というパリ聴衆の好みを斟酌した第31番の作法に倣います。38番も41番もウィーン以外での披露を念頭に置いたのかもしれません。
(1)という旋律的要素がない主題を交響曲の冒頭に置く手法をベートーベンはエロイカと運命で使いました。前者はジュピターと同じく楔を打ちこむ如きリズムの骨格要素として、後者は一歩進めて全曲構築のピース(基礎素材)として。

 

展開部

木管のユニゾンによる g – f – b♭- e♭のブリッジで平行移動して変ホ長調になった第3主題(10)で開始します。

変奏は(11)によって始まり(3)が伴奏します。ここからト短調、ヘ短調、ハ短調を経てイ短調と転調を繰り返し、ヘ長調で(1)が(4)の「プラハ主題」を伴って登場します。これはハイドン流の「偽の再現部」でニ長調、ホ長調を通って ff で(1)がヴァイオリンで10小節にわたり変奏されます。

この間、バスは a から半音ずつ下がって e に至り、ナポリ6度を経てト長調に落ち着きます。そして(11)の後半の音形によるオーボエとファゴットの二重奏から(4)の下降音型の導きでハ長調の再現部になります。

ジュピターの約1か月まえに完成した「初心者のための小さなソナタ」(ピアノソナタ第16番ハ長調 K.545 )の第1楽章は展開部の入りが第1,2主題の結尾部動機の繰り返しであり、やがて現れる再現部はサブドミナントのヘ長調であり、ジュピター第1楽章はそれを入れ子構造としています。

再現部

フェルマータまでは完全な提示部の再現です。2度目の確保で(5)がハ短調となってからは調性が変わり、3度目の確保はやはりト長調ですが、第2主題(7)はここではハ長調で現れます。そして嵐のトゥッティはここではサブドミナントの同名調であるヘ短調となりD♭、D♭m、E♭7、Gsus7、G7と転調をしてハ長調に回帰、(9)の重唱となります。第3主題(10)はハ長調で、提示部とは旋律の一部をより華やかに変えながらコーダになだれ込み、ホルン、トランペットの(5)が鳴り響いてトニックとドミナントの連呼による盤石の終結感をもって楽章を閉じます。

 

総括

以上のように、第1楽章は主題が3つ現れ、それらが出るたびに展開されます。第1主題は f 部分(1)と p 部分(2)から成り、従来は第1,2主題の性格対比(男性的、女性的と比喩される)を第1主題の中で行ってしまっていることで両素材を用いた展開が可能となり、主題ごとの「疑似展開部」がすぐ続くという構造となっています。そして各展開が終止すると休符を置いて次の主題提示まで間が空くため聴衆は提示ー展開、休符、提示ー展開という構造を無意識に認識するのです。

つまり、第1、第2主題はすでに直後に展開されているため、本来の展開部は必然的に第3主題の素材を主体に展開することとなり(あるいは第3疑似展開部の拡張が本来の展開部として機能しているとも考えられ)、疑似再現部としてヘ長調で久しぶりに現れた第1主題はその「再現感」が増してトリック効果を増幅するという凝った作りになっています。

上記のようにこの楽章には計11個の動機素材が用いられており、第31番(パリ交響曲)の第1楽章に匹敵する「饒舌」さであります。しかし31番では動機が平面的に羅列されているだけなのに対し、ここでは3つの主題ごとにパウゼで括られた提示部と展開部という有機的なミクロ構造があり、(6)(9)(11)が(2)から派生した近親性の横糸で結ばれているため(それはマクロ的に俯瞰しても気づきませんが)饒舌感は払しょくされて無意識のうちに「密度の濃い統一感」「凝集性」を感知させるという効果が上がっているものと思われます。

さて、第1楽章を分解はしてみたものの、しかしそれだけで冒頭に書いた秘密が解けるわけではありません。ブーレーズが自作に埋め込んで明かさなかった数理的な秩序の如く、聴く者に不可知ながら音楽として神の均衡を感知させるようなものがジュピターのスコアに隠れているのかもしれません。モーツァルトの意識にそれがあったのでなければ、天から降ってきた音を書いたということになるのですが。

武満徹は「作曲は人間と音との共同作業」と著作に書いています。自然界の中に身を置いてじっと耳を傾け、自然の存在である音と自分とが共振して初めて音楽が書けるという趣旨のようです。モーツァルトの耳には常に音が降り注いでいて、それを書きとったものに「宇宙の調和」が包含されており、それが聞き手に伝わって天と共振する。そんなものかもしれません。美というものが原子論で解明はできないように、モーツァルトの美の法則は我々には永遠にわからないものなのでしょうか。

モーツァルト「パリ交響曲」の問題個所

(こちらへどうぞ)

モーツァルト交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551

Abbey Road (アビイ・ロードB面の解題)

 

 

 

 

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