SMCの16周年によせて
2026 OCT 22 1:01:46 am by 東 賢太郎
今月でSMCは16周年を迎えた。本稿が2,828番目のブログになる。 16年間、2日に1本書いた計算だ。よくできますねと言われるが、学生時代に毎日野球をやり、サラリーマン時代に毎日音楽を聴いた、そんなものだ。削っているものもあり、ルパン3世は知らない。それを言うなら海外に16年いて日本のテレビを見ていない。やってないのだから仕方ないが、なければないで済んだ。
過去のものはほとんど読まないが、まれに、あれはいつだっけと思い出す時に検索したりする。そうやって見つけたのがこれだ。
なぜかというと、いつ日経新聞の購読をやめたのか調べたくなった。もう6年も前だ。それ以来、まったく、一度たりとも読んでない。実はといって、先日の韓国ツアーで野村OBの皆さま方にそれを伝えると、大きな驚愕の声が上がった。同じぐらい驚愕した。えっ、皆さん読んでらっしゃるんですか?
10周年の稿を読み終わると、我ながらこたえた。まず第一に、まだ筆に勢いはあった。でも、 4カ月前に父を見送った深い悲しみが底に黒々と横たわっており、 日本と日本人にも諦めがあり、10周年の達成感など遠くに消え去って、意識は西暦3022年の1040光年彼方に飛び、五里霧中の闇に消える。
書いていた本人は気づいていなかったが、三名の方が何か察していただいたのか、そうとしか思えない温もりのあるコメントを寄せて下さっている。いまさらながら心より感謝したいし、 10年がやめる区切りになっていたかもしれないところを押しとどめられたのは、こうした方々がおられることを知ったからだ。
先日、いつも素晴らしい施術をしてくださるYさんにこういった。「僕ね、最近、父や母って本当にいたのかなって思うことがあるんですよ」。これがどういうことか、すっと分かってくれる人なのだ。いない世の中など想像したこともなかった。だから今僕は虚空に漂っているようなものであり、それでも無事に漂っていられるということは、あれは何だったんだろうと思うのである。
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