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カテゴリー: 世の中の謎シリーズ

世の中の謎(安心安全の大会)

2021 MAY 12 1:01:51 am by 東 賢太郎

日ハムの井口投手が陽性になったらしい。去年は阪神、巨人などで国民的に大騒ぎしたのにもはや大した報道もなく試合は何事もなく開催だ。五輪のことがあるんだろうか・・・。

変異株はまったく別物と医師がいう。東京は5月2日時点で英国型が68%に達したそうだ。感染力が7割増しで大坂で1日に55人亡くなっている。東京の数は本当か?僕の周囲でも3人かかった、こんなことはなかった。いよいよ来たかという感じがする。高齢者だからワクチンの紙が来たが、打つのは7月らしい。それって五輪中だろう?

インド型はもっとヤバいと聞く。アジア人の免疫をすり抜ける進化をしたらしい。こんなのが入ってきたらめちゃくちゃになる。国会で蓮舫議員がインド、パキスタン、ネパールからの入国者のデータを質問したら田村厚労大臣が答えられなかった。あの姿を見てぞぞっとしてしまった。現場が大変なのは理解しているが、日本の政治は現場の善意に寄生してるだけだ。緊急事態であろうがなかろうが、もう外に出るのはやめた。

水際防衛策を徹底した台湾、ニュージーランドはほぼ平時に戻っている。こちとら五輪か経済か理由はなんだか知らないが、入れちゃってから大変だと大騒ぎになってなんのことない五輪も経済も危なくなってる。物凄い合理主義的戦略に基づいた反知性主義を世界に率先垂範して推進してるようにしか見えないのだが、それで誰が得するのか、きっと誰もしないと思うんだけど、もうわけがわからない。とどのつまりが五輪やらないと政権も選挙も危ない、小池も危ない、だから安心安全の大会にしますって、安心安全じゃないからこうなってると思うのだが誰か教えてほしい。

 

「女性差別はいたしません」の謎

2021 FEB 23 1:01:12 am by 東 賢太郎

まず、去年の正月に映画を作ると書きましたがあれは何だったかについて書きます。あの時点ですでに監督さん、脚本家さん、カメラさんと某地に飛んで2泊してご挨拶、シナハンを済ませており、ロケハンやるぞという段階であり、キャスト、配給会社も概ね決まって脚本が完成する直前まで行ってました。無念ながらコロナで中断してしまいましたが、それでも未知の世界だから何もかもが新鮮で仕組みが良くわかりました。通行人役でも訓練が要るとは意外で、素人はカメラが向いただけで無意識に硬くなって動作に出るそうです。それなのに東さん出て下さいと監督に言われて映画が売れなくなると断りましたが実はそっちよりテーマ音楽を作って指揮したかったのです。

ジェンダーレスが主役に内定していました。彼女?を見てびっくりし、これはいけるかもと一瞬思ったものの、あまりに別世界で心の準備がなく、ストーリーを読んでもヒットする自信がありません。おいどう思うとオヤジ連中に写真を見せるとニヤニヤしておおいいぞいいぞだ。こりゃいかん、信用できんと今度は20代の女性に見せました。えー、すごぉぉい、でも違和感ありませんよぉ、えっ?つきあえるかって?ぜんぜんOKですよ。ええっ、ほんとか、そんなもんなのか???  ここでまた唖然でびっくりで、我が世代のジェンダー感覚はネアンデルタール人とかわらんかもしれんと衝撃を受けたのです。

これがあるから、森さんの女性差別発言とされたあれは思う所もあります。軍人だった森さんの父上は終戦をミクロネシアのトラック島(現・チューク島)で迎え、酋長・相沢氏(日本から渡り酋長の娘と結婚、戦前の漫画「冒険ダン吉」のモデル)に助けられて帰還したと同国政府要人に聞いたことがあります。息子の彼も敗戦で焼け野原だった日本を背負って国を建て直した世代です。あれはその世代の男の典型的な思い込みでそのこと自体を否定しても始まらないでしょう。隔絶した世代にそれをソンタクしてもらえないという現実にお爺ちゃんになって直面したというのは気の毒に思いました。戦争は男しか行きませんし組織だって軍隊式上意下達しかあり得ません。上が決めたんだからごちゃごちゃ言うなとなり、それが「会議で話が長い」になる。たぶん彼は女性に限らず男も女もそれが嫌いなんです。じゃあ会議は何ですかとなる。民主主義の場でしょと。ところがあの世代にとっては忖度、追認の場なのです。

それが密室政治といわれるものです。日本のまつりごとは古代より御簾の向こうで決まってきた。ここは難しい所です。この件は自民党がそれをまだやっていることにルーツがあり、それに国民が大いに批判的だという背景があるわけです。王侯貴族や宗教勢力の支配を打破した欧米からすれば御簾の向こうにいるのが王であれ総理大臣であれ同じです。つまり、密室政治と見られてしまう限り日本人の精神構造に刻まれている古来よりの支配形態と西洋の近代政治思想にはそもそも大きな矛盾があるということになってしまう。中国のようにそんなものは関係ない、ここは中国だと言い切る国力もない。さらに日本的な特徴として政教分離、信教の自由を謳いながら天皇は神道という宗教の祭祀を行い、国民はそれを敬い税金を拠出しています。いや、法的には象徴だからねという理屈はあっても、天皇の認証や叙勲のように、それがまつりごとの権威のバックボーンであると国民が無意識に感じている政治的行為はたくさんあります。

つまり、皇室にこそ政治の権威の源泉があると国民が感じている。この「感じ」はまだ国民という概念すらなかった時代、徳川家康が関ケ原で天下をとって武士の頭領になっても、朝廷(後陽成天皇)から征夷大将軍に任命してもらうのを3年も待ったことに現れています。家康は任命されると息子の秀忠にその地位を譲ることを認めてもらい、徳川氏による将軍職世襲を確実にして自分は隠居しました。ということは、子孫が少々頼りなくとも将軍職さえ世襲できれば永く徳川の世は続くと家康が考えていたということであり、当時の天皇に武力も財力もありませんでしたが諸大名もそう思っており、現にその世は260年も続いたのです。隠居した家康の尊称「大御所」が今も使われているように、天皇の権威も日本人の心に脈々と伝わっています。

武家社会ですら治まった天皇制の伝統をマッカーサーは温存しました。矛盾の種はGHQが撒いたわけですが、その判断は重かった。英国にも国民の税金が拠出される王室が存在しますが、それがあったおかげで国家が占領される存亡の危機を生き延びることができたという歴史はありません。現在の日本人がその重みを軽々しく消せるものではないし、そんなことになれば日本は犯し難い無言の権威を喪失し、ややもすれば容易に侵略され破滅の道を行きかねないと僕は思っています。だから日本は神の国だと言う気は毛頭ないですが、天皇制、神道という伝統と西欧の発明した民主主義との日本的な調和は模索しなければならないと考えます。森さんの問題は、しかるに、その調和はないんだ、伝統は壊してでも民主主義、自由主義なんだという方向に民意が振れ、女性蔑視というクレームがそのトリガーになったと見えなくもありません。

昭和30年生まれの僕も森さんとほぼ同じ空気で育っています。ほぼというのは成城学園は初等科(小学校)から自由闊達、リベラルな校風で軍国調を冷めた目で見る教育だったからです。あの時代に映画、舞踊、演劇、彫塑の授業がカリキュラムにあり、児童劇や音楽会のイベントがあったし、英語は5年生ぐらいから教えてました。スクーターでブザンソン・コンクールに乗り込んだ小澤征爾さんも成城の校風から出てきたのではと思いますし、僕はいやいやでしたが幼いころにそういうものが身の回りに自然にあったから今のようになったのではと感じないでもありません。ただいま振り返るとこれはやや特殊な世界で、官であれ民であれこの世代の男でヒエラルキーの階段を登ろうという者は学生運動に残滓があった軍国調の渦に表だって逆らうのは難しかったと思います。

だから森さんを女性がやり玉にあげたのは分かるとして、テレビで私はそうじゃないと言いだす中高年の男が相次ぐのには驚きました。「これは今どきいけません」「やっちゃいましたね」「日本の恥にもなります」「弱者の目線に欠けてますね」「私はちょっと立場が違いまして」「国際社会は許しませんよね」・・・まあ言葉はどうあれ「エンガチョ切った!」「MeToo、MeToo」です。こういう男どもを心ある女性はどう見るか聞きたいものです。よっぽど本流から外れて育ったか、何であれ長い物に巻かれる日和見でしょう。僕は「ああ森さんは昭和の体育会だなあ」それだけです。よっぽど問題なのは80のお爺ちゃんを倒してのし上がる者が出てきてないほうでしょう。政治家は男も女も森さんのちょうちん持ちの座を競う小物感満載の人だらけになっちまった、そっちのほうです。そんなのを選んでる我々の民度の問題でもある。本当に日本人は劣化してきています。

僕は「会議で話が長い」のは歓迎です。僕が一番長いし、むしろ黙ってる人は何も意見ないのかとなる。男女は水平分業と考えるので男に向いた仕事を無理に女性に振っても非効率だしその逆も真です。クォータ制は完全に男女に適性の差がない組織の話で、オーケストラは70年ごろまでどこも男ばかりでしたがクォータ制がなくても今は半分女性の楽団もあります。経営に民主主義はありませんが、女性の方ができる仕事は任せた方が効率がいいし、従来は男専門だった仕事もやる気があればやりなさいと言ってます。男女比の問題はそれを発見できない経営者が無能なだけです(ちなみにソナーは3人に1人が女性)。僕が作った組織には階級の上下もありません。真ん中にいる社長も社員です。全体をバランスさせてパフォーマンスを上げる指揮者という配役にすぎず、偉いということはない。指揮がうまいかどうかだけです。

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世の中の謎「色々見てしまう旅」というもの

2020 DEC 9 19:19:11 pm by 東 賢太郎

はやぶさ2号のニュースは聞いたような気がする程度でした。「これ、打ち上げ見てたんじゃないの?」と家族が気がつかなければ完全スルーしてたでしょう。仕事で急展開があり、米国大統領選の新情報もありでテンパっており、天文といっても関心は恒星だけなのでぜんぜんどうでもいいこととして頭の中で処理されておりました。

そうでした。6年前の2014年12月3日、僕は還暦を前に千年杉のパワーをもらおうとひとり屋久島に立ったのでした。はやぶさのことはつゆ知らず、「雨天延期で今日なんです。そのために来たお客さん気の毒でした」と宿できき、ちょっと申しわけない気持ちで眺めてました。それがこれです。

「はやぶさ2号」打ち上げを猫と見る

そうそう、ロケット以上に唖然とした猫のジョン君はどうしたかなあ。とにかくこの旅は「神のお告げ」みたいに不思議なことだらけで、そのお見送りみたいに帰りの鹿児島空港に前代未聞の巨大な虹がドーンとかかりました。「第二の人生」を占ってたような気が今でもしているのです。

これで思い出したのですが、今年もありました。

仕事があって熱海に1泊した折のことです(これ、今年唯一の旅になるでしょう)。出がけにガレージで車に乗り込もうという瞬間、運転席のドアに巨大なカマキリがデンといて、なにせ10センチ以上はあろうかという見たことないサイズにビビッてしまいました。やばいな、こりゃなんか悪い予兆かなと思ったらササっとタイヤの裏に消えました。

翌日は雨の予報で宿もそう言ってましたが、どういうわけか日の出のまぶしさで目が覚めたのです。あれっと思ってしばし眺めてるとだんだん陽は登ってこうなって、後光みたいになる。これ人生3回目です。前回は忘れもしないサンフランシスコの朝。思えばそこからあの米国案件が始まったので覚えてるのです。

これがたった9分後にこうなる。

海上の天体ショーでありました。

そして無事仕事を終えて帰ろうと小田原にさしかかると、ウソみたいですが、またまたお見送りで行く手に巨大な虹が現れました。しかも外側にもう一筋ある。山肌に生えている根っこ?までくっきり見える。なんだこれは?鹿児島空港のを凌ぐ人生No1のド迫力で、皆さんもスマホ構えてたんでしょうね、道路はノロノロ運転になってしまいました。

そして家に着いて、巨大カマキリのことを思いだしたのです。11年ここに住んで一度も見たことない。何かあると思ってすぐネットで調べると、「カマキリは縁起が良い」とたくさん出てきます。よかった。

そんなのはこじつけだと思う方も多いでしょう。僕も半分はそう思って書いてます。でも残りの半分は信じてます。科学精神は人並みにあるつもりですが、前に書きましたとおり「見えている現実は全部ウソ」という一部の物理学者が説く科学の信奉者でもあります。ウソなら誰かの作為ということです。だから誰かが何か伝えていると考えることも許せてしまうのです。

現に我が人生は七転び八起きで、東証1部上場企業の役員を自己都合で2度辞めた人もいないだろうし、同じ所に戻った人となると会社の規模からして二度と現れないだろうし、もちろんとても悩みましたが誰に相談したわけでもなく、その時々で「そうしろ」という声みたいなものに押されたのです。

一度っきりの人生、プロ野球のFAもそうでしょうが自分で行く末を決めたいのは人間当然のことではないでしょうか。他人に決められるなら天の声に従いたい。それを聞き漏らすまいと耳を澄まして生きてるので「そういう風に解釈してしまうしかないね」というものに見えるということなんでしょうか。

 

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才能は遺伝で決まるという謎(その2)

2020 JAN 25 14:14:36 pm by 東 賢太郎

独立して今年で10年になるが、思えば、やってきたビジネスは全部海外に関わる案件である。日本のみで完結したものはない。僕はキャリアからして世界を見ている。その目で投資する「金の卵」と思うものは結果として海外にあったということであり、日本の良いものは外人の方が分かってくれたということだ。

それを日本に持ってくるには外国人と非常に面倒くさい交渉が必要だ。言葉や手続きだけではない、まず外人とのきっかけ作りが普通の日本人にはできないし、できても交渉が稚拙なら良い条件は引き出せないし、ヘタすれば騙される。相手はイメージとしてはトランプやゴーンのような連中と思っていただけばいい。

グッチ、エルメスなどを日本に持ち込んだ銀座のブティック「サンモトヤマ」の創業者、茂登山長市郎をモデルにした幸田真音の「舶来屋」が面白くてこのブログを書いた(洋モノ美しいもの好き)。彼は単身イタリアへ乗り込んでその案件を体を張って開拓してきた。その創意と度胸と苦労に大きな価値があるから、それに日本で提灯をつけただけの奴とは比べ物にならないほどお金が儲かった。フェアなことだ。ソナーで10年やってきたのはこの路線だったのかなとも思う。

たとえば、結果的にノー・ディールとなったのでもう書けるが、ユニバーサル・スタジオをソウル郊外に作るという2000億円級の壮大な案件があった。米国ー韓国の外・外案件なのになぜソナーに話が来たかというと、日本企業の出資が必要だったからだ。そこで有力企業のトップに掛け合って50億円集めた。僕も出資させてもらう条件を付け、インベストメント・バンカーとして極めて血の騒ぐ案件だった。

こういうのが来るというのはキャリアのおかげでもあるが、それ以前に、この手のものに血の騒ぐ人間であるからだと思う。命令服従やソンタクはしないが、血が騒げば地の果てまで飛んでいってでもやるスナイパーである。それを旧知の皆さんや新しいお客様に知ってもらっているということであり、かち合っても勝つ自信があるから競争相手はあんまりいないように思う。ソナーは畢竟、僕が血が騒ぐことだけやって10年存続してきた。

そこで考えるのは「血が騒ぐ」というのは遺伝であって、教えられないかもしれないということだ。まず、僕自身がそうなるように教育された記憶がまったくない。両親がどうして?となるようなことに自然と熱中して、結局、学校で習うことは何も興味がなく、血が騒いだものだけを「独習」してここまで生きてきた。熱中していた野球もゴルフも他人に習ったことはない、全部独習だ。

勉強もそうだ。大学受験で浪人して本気でやってみた結論が、英国社は興味がわかないということだった。だから捨てた。数学だけ血が騒いで公開模試で満点を取ったが、数学で食うほど頭は良くなく、文系の道はすべて興味ないことが入学してから発覚した。唯一、株式に関心があり、金儲けには血が騒いだから証券会社に入った。大正解だった。やはり血が騒ぐかどうかがキーだと得心する。

僕の強みは交渉力に尽きるが、こんなのは人に教わるものではない。勝たなければ殺されるぐらいの絶体絶命の修羅場をくぐって自分であみ出すものである。金融ビジネスというものはカネのにおいがすれば血に飢えたハイエナどもがぞろぞろたかってくるジャングルみたいなもの。そいつらを蹴散らすのは交渉力であり、自分を守る唯一の武器でもある。

綺麗ごとではない。表の理屈や理論や見栄のいいプレゼン資料はどうでもいい。それはお飾りで、実はかなりの部分が下準備と人間力による力関係で決まる。交渉の場で偶発的にアドホックに決まるなんてことはまずないのは数学の出来る人がその場のひらめきに頼ってないのとおんなじである。下準備8割、人間力2割のイメージだ。後者は、本番で予期せぬカードが出てきたときに脅し、なだめすかしで押し切るのに使うが、それがないとそもそもの下準備が浅くなるから話にならない。

ではその人間力とは何か?実は僕もよくわかっていないが、人そのもののこととしか書きようがない。営業本に書いてある「あなた自身を売り込め」なんて安サラリーマン用の教訓ではない。売り込める人はそんな本は読まない。読むような人はそもそも自身の商品価値がないからそんな文句を覚えて実践しても何も起きない。血が騒いでる人は誰かに価値がある。間違いなく売り込むことが可能だ。ペンタゴンが自分をハッキングした者を雇うのはそういう事だ。

僕が事実として商売させていただいているのは、恐らく、この仕事が向いているからであり、つまり血が騒ぐほど好きだからだ。それは野球や天文や猫が好きなのと何ら変わりはなく、そうなったことに理由は思い当たらない。つまり、生まれつきの遺伝的形質なのだとしか考えられない。先祖が横浜で外人に生糸を売って大儲けした。僕もその形質を継いでいて外人相手の商売で交渉がうまくなって、今も外人と商売している。たぶんそれだけのシンプルなことだろう。

自分が先祖由来の才能を使って生きていけるならそれに越したことはない。すべての人は姿形が違うように能力も千差万別だ。皆さん何か一つは必ずある。それを磨いたほうがどう考えても得だし、もっと大事なことは、苦痛にならないから壁にあたっても続けられるのだ。いえ、自分に能力なんてと思う人もあろうが、美点というのは自分で気がついてない人が多いのが事実である。そのまま老けてしまうなんてあまりにもったいない。

例えば、明るい人、笑顔が素敵な人というのは男女を問わずそれだけで才能だ。僕みたいにストレスまみれの人間はそういう人に安らぐから営業職に確実に向いている。ところが男社会ではそれが評価されない。プレゼン力が評価されるわけだ。それならばそっちで負けてなければ笑顔力で必勝ではないか。そう考えるのだ。僕の入試戦略はそれだ。英国社はできなくっていい、負けなければオッケー、それで数学で絶対に勝てる。こう思えば人生とても気楽になれるだろう。

就職に悩む若者はぜひ考えてみてほしい。どこに就職したら給料が高いか、安定的か、世間体が良いか、ブラックでないか、食うためにとりあえず働くなら何がお手軽か、そんなことは長丁場の社会人人生では、全くどうでもいい事であると断言してもいい。いっさい忘れて、お風呂にゆっくり入って自問してほしい。その仕事に血が騒ぎますか?と。

 

宇宙のすべては数学で理解できる

 

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才能は遺伝で決まるという謎

2020 JAN 20 22:22:01 pm by 東 賢太郎

遺伝が才能に与える影響は音楽92%と数学87%が高いというデータがある(下)。スポーツ85%、IQ66%より高い。

ところが年収も遺伝というデータが出てきた。

http://男性の収入は「遺伝」でこれだけ決まるという「冷酷すぎる

‐W. David Hill et al,“Genome-wide analysis identifies molecular systems and 149 genetic loci associated with income”, Nature Communications volume 10, Article number:5741(2019)

ということは、資本主義はもともと不公平を制度化して助長するシステムということになるが、そうだろうか?上掲データの「才能」欄をご覧いただきたい。

音楽、美術、執筆、外国語、チェス、数学、スポーツ、記憶、知識

僕の目にはそのどれも、収入と大きな相関があるようには見えない。音楽家、数学者が富豪というイメージはないし、この9つのどの才能も人並みだが大金持ちになった人を何人も知っているし。

才能という切り口では出てこない集中力、完遂力のほうが僕は収入との相関が高いと思う。その2つは訓練で充分に獲得できるのだ。そのうえで、ここに書いた5つの法則の真逆をやることだ。

評価をダウンできる5つの法則

どれも才能なんかいらない。データでお示しすることはできないが、僕の社会経験のエッセンスである。これを当たり前のようにできるようになれば収入は確実に増えると思う。

(続きはこちら)

才能は遺伝で決まるという謎(その2)

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なぜ阪神電鉄の甲子園駅で下車したか?

2019 SEP 15 9:09:06 am by 東 賢太郎

昨日なぜ阪神電鉄の甲子園駅で下車したか、自分でもよくわからない。仕事の打ち合わせで西宮へ行く途中、なんとなくふらっと降りたのである。

阪神電鉄・甲子園駅(2019年9月14日)

甲子園はめざしてたなんていえた柄じゃない、他の球児に失礼だ、やってた頃からただのテレビで見る球場だった。試合をスタンドで見たのも夏の大会の1度だけで、ずいぶんまえであり、スタンドがやたらでかいのとくそ暑いの以外は何も覚えてない。大坂に2年半いながらタイガースを見てないというのは仕事でそれどころじゃなかったというのもあるが、阪神ファンのアクの強さに恐れをなしていたというのもある。なにせ、テレビ中継で、ネット裏の最前列でおばちゃん軍団がメガホンをバシバシたたいてる球場はここだけだ。あれは東京もんにとって「甲子園けいさつ」にひけをとらないインパクトがあるのである。憧れの「こーしえん」は遠かったが、客としても遠かった。

阪神タイガースといえば、ランディ・メッセンジャーの引退はひと時代の終わりを思う。速くて重そうでしかも先発なんてのは困るよ。カープは何度もやられた。すごくいいピッチャーである。あと2つの98勝は無念だったろうが充分に記憶に焼きついたさ。敵ながらあっぱれであり、ご苦労様とねぎらいたい。

今朝、そのメッセンジャーが目標にした阪神の100勝投手、ジーン・バッキーの訃報にショックを受けた。村山、バッキー、小山。なつかしい。小学校でその熱狂的なファンの I 君がクラスにいたのは福音だった。なんせお嬢、おぼんばっかりの成城学園だ、アンチ巨人などキリシタンなみの異端であり、彼のおかげで僕は弾圧を受けながらもカープ信仰に向かうことができたのである。

いま知ったがバッキーはGene Bacqueという米ルイジアナ州から来たフランス系だ。バッケじゃお化けみたいだというのでそうなったらしい。バッキーは巨人戦でノーヒットノーランをやってる。調べてみると1965年6月28日のことだったようだが、巨人の不滅の金字塔である「V9(9年連続日本一)」はこの65年から始まっている。川上哲治監督のもと、王貞治・長嶋茂雄という二人のスーパースター(いわゆるON砲)に加え、森昌彦・柴田勲・黒江透修・高田繁・土井正三といった名選手や、堀内恒夫・高橋一三・城之内邦雄といった球史に名を残す投手が揃っていた(Wikipedia)。それをノーヒットノーランというのがいかに凄いことだったか。

巨人戦・ノーヒットノーラン(甲子園球場)

よく覚えてないが、この快記録をI 君が狂喜した(はずだ)。阪神はその年は3位だったようだが巨人・阪神戦は今以上にもりあがった高視聴率の全国イベントで文字通りの伝統の一戦である。狂喜に値するのである。それが悔しかったのだけは覚えてる。というのは、バッキーがにっくき巨人をねじ伏せてくれたのはざまあみろだったが、万年5位かドベの広島カープファンは仲間と思ってた阪神にもおいていかれ、クラスでの下層民感が満載になってしまったのである。

そこに奇跡のような救世主が現れた。同じ年、1965年の10月2日に、プロ2年目でそれが初勝利となる広島カープの外木場義郎が、その阪神相手にノーヒットノーランをやってくれてしまったのである。1四球のみの準完全試合だ。どうだ、見たかこのやろー!この奇跡によって「ドン**チーム」とカープを侮蔑する奴らをぶちかまし、外木場さんは神となって写真が定期入れにお守りとして祭られることとなり、フォームとカーブを研究してまねることによって僕もピッチャーとなることができ、堂々と下層民から浮上するのである

どちらも阪神タイガースにまつわる。

昨日なぜ阪神電鉄の甲子園駅で下車したか、自分でもよくわからない。バッキーのこともメッセンジャーのことも知らなかった。そのうち感謝の気持ちをこめて甲子園でタイガース戦を観なきゃいかんかな。というのは、その昨日、ちょうど帰りの新幹線にのっているころ、疲れ果ててずっと寝てて知らなかったが、阪神タイガースはナゴヤドームで中日ドラゴンズの大野雄大にノーヒットノーランをやられていたからだ。

 

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「えべっさん」の謎

2019 SEP 14 22:22:26 pm by 東 賢太郎

今日は大坂へ日帰りして、ついでに「西宮神社」にお参りした。ここは毎年1月10日の午前4時から大勢がダッシュする「福男選び」が有名だ。えびす神社ともいい「えべっさん」と呼んでえべっさん通りまである。

大坂に赴任して不思議だなと思ったのはこの「ひらがな」の語感だ。東京者(もん)の感覚としては日本に約3500社あるえびす神社の総本社であらせられるのだから是非「戎宮総本社」と漢字で書いてほしいところである。七福神に無礼とまではいわないが「えべっさん」じゃ重みがないよねと思ってしまうのだ。

せっかく来たからと甲子園駅で阪神電車を降りてみたら甲子園球場の向かいに立派な警察署がある。白亜にアールを活かしたモダンな建物であるが、壁面にある名称が「甲子園けいさつ」にはのけぞった。これ、誰に読ますんだろう?漢字だと読めない人がいて困るんだろうか?でも警察にお世話になる人は読まなくていいし、用事がある人は場所ぐらい調べてくるだろう。通りすがりの人がフレンドリーさにひかれて立ち寄ることを期待してるんだろうか、それとも皆さんの税金でやってますを親しみをこめてアピールしてるんだろうか?東京もんにはわからないのである。そういえば昔、曽根崎警察署も「そねざきけいさつ」と壁面に貼ってあった気がする。当時は気も心も大坂になじんでたから気にならなかったのだろう。

当時びっくりしたのは鰻屋にはいったらそれの品書きが「まむし」だったことだ。なんと、関西ではウナギとマムシは同じなのか、そんなものが食えるのかと身構えたが、どうやらそれは鰻丼のことで、飯をまぶすから転じてまむしになったらしい。まあ分かったが東京では転じたとしてもそうは怖くて呼ばんわなあ。

怖いといえば、梅田の南東の方を歩いていたら「靭公園」というのがあったっけ。「うつぼ公園」だ。ウツボってあんまり愛らしいとも思わないし、やたらかみつく肉食魚で海のギャングと言われるやつだ。食えるらしいが東京もんは食した経験ないし、行ってみるとイメージはかけ離れていて美しい公園なもんで、どうしてなのかわからない。これは今もわからない。

そうかと思うと「日本橋」は「にっぽんばし」で、松屋町は「まっちゃまち」だ。難波(浪速)の「なんば」も天満の「てんま」もいま思えば「ほんま?」なんだが、この人当たりのほんわかした柔らかさとぬくもりは好きだ。でもこの言葉で取締役会議事録や裁判の判決は読めんわなあ、でも東京もんの言葉もルーツはこっちなんだよなあと考えると実に謎である。

40年前、ここで2年半過ごしたころはそんなこと考えたこともなかった。若かったし知恵もなかったし、ずっぽし大阪文化に浸ってたのだ。ここで「だからね」「それでさ」なんていって同期の女の子たちに「あっ、東京もんのええかっこしい!」と総攻撃されてしまったのが懐かしい。いまさらそんなことに気づくって、僕はもうすっかり東京もんに戻ってる。そういえばあんなにしゃべってた英語もぬけちまったかもしれない、なんて言おうもんなら超ええかっこしい!だ。

 

 

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NPBの謎「パリーグの方が圧倒的にレベルが高い」

2019 AUG 15 15:15:59 pm by 東 賢太郎

きのう日ハムの吉田輝星投手が先発する試合を見た。それでだろうか東京ドームは9割の入りだった。しかし2回+で打者12人に5安打。4三振は奪って大器の片鱗は見せたものの、荻野、鈴木に文句なしの3本塁打を食らって6失点ではKOといわれても仕方ない。

去年の甲子園の方が速かったし球威もあった(そっちは球場で観てないがたぶん)。この試合まで7本塁打だった荻野はなめすぎ。1発目は強気で全部が直球で、2発目は反省の変化球が甘すぎ、鈴木も直球、どれも問答無用の完ぺきにとらえられてれ引っ張られて中段にぶちこまれた。あの高さね、高校生なら打てないがプロは打つよ。わかってるから制球のため球威を犠牲にしたんだろうが、その148キロじゃ通じないわけであって、そうした割にはあの甘い球なら何も考えてないのと一緒。こんな甘ちゃんやってるとハンカチ王子化するんじゃないか心配だ。

終わってみて、強烈な印象が残った。久しぶりにパリーグの公式戦を見たわけだが、レベルが高い。どれがというより、簡単に言えば、投手の球が速くて打者の振りも速くて守備もうまい。いつも見てる巨人戦なんてクソだよ、この前のあほらしいヤクルト戦なんてなんだあれは少年野球か。日ハムを東京ドームに戻してほしい、巨人戦なんか辞めてそっちを年間予約したい、僕はうまい野球を観たいだけだから。

ロッテ・小島

ロッテ先発の小島(おじま)。いいピッチャーだと思って試合終了後に調べたら新人であり浦和学院でセンバツ優勝投手で早稲田大のエースだった。直球138キロぐらいだがスピン量が多いんだろう、ことごとく日ハムの打者は差し込まれており清宮と万波は2三振。フォームの割に伸びてきて空振りが取れてる。柔らくてピッチングがうまい。これが初勝利とは驚きでいいものを見せてもらった。6回4安打6奪三振1失点はあっぱれで成瀬、SBの和田みたいになりそう。好きなタイプであり応援したい。

日ハム・公文は巨人から来たぐらいで注目もしてなかったが、実物を見て印象がガラッと変わった。145あたりで強くていい球を投げてる。今の巨人は欲しいだろう。ホームランを打った大田泰示もそうだが巨人は高額の補強をする裏でいい選手を出してしまっている。和田恋もそうなるかな。

ロッテ・唐川

最も印象に残ったのはロッテ・唐川だ。体重が乗って腕が遅れてスピン量が多い素晴らしく伸びる球を投げる。高校時代から知っていた。成田高校。1年秋からエース。140ぐらいの直球と100あたりのカーブだけ。それで甲子園は3度出て大阪桐蔭の中田翔、仙台育英の佐藤由規と高校ビッグ3と呼ばれ、ロッテと広島が高校生1巡目指名してロッテが引き当てた。剛速球ではないが打てない、三振もとれる。いかにストレートの球質がいいか。実は、僕の理想の投手は彼だ。ああいうピッチャーになりたかった。2メートルもあるバカでかい奴が腕力で160キロをズドーンなんて美しくもなんともない。投球練習をほれぼれしながら凝視。美しい。タマは行ってる。140を超えてる。こりゃ打たれんぞと思った。

ところがだ、王はアウトにとったがそこからがいけない。清水ヒット、田中賢介がレフト線にツーベース、代打・谷口が内野安打、西川ヒット。不運な当たりもあったにせよ、4連打で1死しか取れずに2失点と散々だ。しかしである、僕が見た限り、唐川のタマは良かったのだ。ほれぼれするほど。あれが打たれるんかよ、セリーグならぜんぜん打たれないよ。

これを目撃して、こういう結論に至ったわけだ。

終わってみて、強烈な印象が残った。久しぶりにパリーグの公式戦を見たわけだが、レベルが高い。どれがというより、簡単に言えば、投手の球が速くて打者の振りも速くて守備もうまい。いつも見てる巨人戦なんてクソだよ、この前のあほらしいヤクルト戦なんてなんだあれは少年野球か。日ハムを東京ドームに戻してほしい、巨人戦なんか辞めてそっちを年間予約したい、僕はチームなんかいいのだ、うまい野球を観たいだけだから。

どうしてなんだろう?おんなじ母集団から公平に採用してるのに。謎だ。セリーグの試合でこんなに考えされられることなはい。交流戦で勝てないのは当たり前である。日本シリーズも、セリーグはどれが出ても一蹴されて終わるだろう。どこがどうということではなく、要するに、パリーグの方がぜんぜんレベルが高い野球を日常茶飯事にやっているということだ。

 

(こちらへどうぞ)                           交流戦やめるなら日本シリーズもやめろ

 

 

 

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セクハラは国家を滅ぼすという謎

2018 APR 30 15:15:00 pm by 東 賢太郎

僕は高校まで共学だったから周囲に女性がいるのには慣れているが、何かで女子と話が合ったり意気投合した経験は皆無だ。部活などで女性と一緒に何かやるという発想がまるで持てず、そういうことはむしろ恥ずかしいことだと思っていた。硬式野球部の部室は隣が新聞部だったが、毎日女と新聞なんか作ってる世界はアンドロメダ大星雲か猿の惑星の話に等しく、そこの人に汗臭くて悪いなと思ったことはあっても会話しようという気になったことは一度もない。

家では母、妹とやることは完全分業制であり、精神的にも肉体的にもひとえに外の世界での戦闘用の男として育った。戦中が青春時代だった両親は終戦10年後に生まれた長男をそうしたかった。早い話が、学問とスポーツだけやっておればいいからその競争に必ず勝てという事である。名前に「賢」をつけたのはその思いだろう。智は力なり、それが新しい日本で生きていくうえでケンカに強くなる、生活力を持つ、国のためになるのだという意味だった。それから63年がたった。

僕だけではない、こう育った同世代の男はたくさんいて、学問とスポーツでないこと、とりわけ女々しいこと、女のするような事はするなと教わる。こっちはそれにとどまらなかった。アメリカさんに靡いて媚びを売る女、その気を引こうとちゃらちゃらする男、サラリーマンは気楽な稼業ときたもんサと歌うおぞましいあいつらが同じ人間とは思っておらず、クラスでもそういうのと同じ空気を吸うのも不快であり、教育は強度だった。ケンカに負けて帰って許してくれたりやさしく傷をなめてくれる家ではなかったから競争に勝つのは当然の事だった。

僕の戦う相手が男でなかったことはない。野球場に女はひとりもいないし東大法学部は女が3%しかいなかった。敵方の男をズタズタにやっつける研究をして生きてきたとさえいえるし、自活の自信があるから他人に尻尾を振るようなみっともない真似をする必要はない。ネコが尻尾を振らないのは犬より馬鹿なのではなく犬にはない気位があるだけだ。抱っこが嫌いなのは、あれは捕獲されたポーズであり心はライオンだから耐えられない。ライオンは王でないといけないからサラリーマンはできない。完全自活であり誰にも尻尾を振らないで寿命が尽きるまで生きていける今があることを両親に感謝しなくてはいけない。

ところが昨今、パワだセクだというハラスメント問題で世間の様相が変わってきた。社会で女性と戦ったり糾弾されたりというのは旧石器人類である僕らの辞書にはない。そもそも狩猟用の戦闘要員だから家事には無能力であり、完全分業制だったはずが育児まで「共同作業でしょ、会社休んでね」という風潮も困惑するのみだ。「じゃあ子守するけど誰が狩りすんの?獲物なかったらみんな餓死だよ」なんて反論は許されない。「そんなことありません、男女雇用機会均等法があるのよ、ワタシだって稼げるわ」となる。機会が均等であることと成功することとは何の関係もないのだが、そういうことを主張する人はそれを知らない。成功する人にもしない人にも均等に給料を払えという法律だろなどという反論は許されない。

家事をして子育てしてもらわなくてはいけない女性に対して威力行使をしようなどという蛮勇は僕には元からない。酔っぱらって地下鉄の女性専用車に乗ってしまった時の恐怖、ねえねえあの人痴漢?変態?みたいな目線を四方八方から浴びせられたのだからたまらない。同じことだ、何も悪いことしてないのに相手が不快になったら「セクハラよ、アウト!」というのはとても不気味だ。あなたの顔が不快なんです!なんてなったら?ここでは反論というものは存在すらしない。まして隣にいる知らない女までそれきいてMe-too!なんてピースして罪が2倍になったりして、どこで人生棒に振るかという地雷の中を歩くようなものだ。

そうなると男は気をつけるしか自衛の道はない。一義的には女性に対してだが、セク・パワで騒げば天下の財務次官の首までとれる血の味を知ったマスコミにもだ。そこでこういうことになる。元禄時代のお犬様といっしょ、お女性様と呼ぼう。まず1対1の食事や酒席は一切しない。したとしても仕事と宗教と世界経済の話しかしない。えっ、私は平気ですよ、なんて人もいようが、僕は平気かどうかを気にしなくてはいけない話はしないし、そもそもそんなことに上から目線のお許しを賜ること自体が男として甚だ不快である。そんなに不快なのにこっちはそれセクハラですと申し上げる権利はないらしいから雇用機会均等法がある割に男に不平等だ。不平等というのは人治主義で北朝鮮の将軍様のファシズムみたいなもんで理性が通じない。理性が通じない相手は無視して一切関わらないのが王道なのである。まじめな話、リスクがありそうな女性を経営者は雇わなくなって雇用機会は実質不均等に向かうから女性には別にいい話ではない。

若い男は大変だ。一度でも女にかみつかれたらもうプロポーズしようなんて戦意は喪失だろう。若くない僕だってあの女性専用車で睨んだようなこわい女を家や会社に置きたいとは思わない。ただでさえ弱ってる日本の男は草食獣どころかそれに食われる植物みたいに不活性になっているが、とはいえ男のプライドは当然あるわけで、家庭という幻想のためにそんな女にお願いしてまで家にいてほしいとは思わなくなってくるのではないか。独り身は経済的に楽だし気ままに生きられるし別に子どもなんかいらん。すると困るのは女の方ではないだろうか。

そうやってますます人口が減る。つまり男が減る。日本国は経済力はもちろん軍事的ポテンシャルも凋落していくのは必至である。その隣に人口が7500万人にもなる大朝鮮国が現れるかもしれない。大半が貧民ではあるが飢えて元気な男がたくさんいる。日本の女性は高嶺の花で強烈なラブコールを受けるという結末があるかもしれない。女性の目からすれば「今の時代になに古いこと言ってんのよ」というシナリオかもしれないが、これぞ日本の親韓テレビ局を使った韓流ドラマ大量輸出の背景にある戦略であった。そうなると百年後はその結婚を契機とした将軍様を崇拝するファミリーが日本に大挙して現れ、国会を支配し、ひょっとして金王朝はハプスブルグとブルボンみたいな王朝婚姻戦略による天皇化をして永世の地位の世襲まで視野に入れているかもしれない。

まるで韓流ドラマのお涙頂戴のような金と文の歴史的抱擁はトランプに殺されたくない金にとっては命がけの「半島平和作戦」「同胞抱きつき作戦」だ。これでも俺を撃てるのか?お前の友達の文も死ぬんだぞ、やれば世界の平和主義国を敵に回すぞ、そこまでするのか?という。そこにアリランが流れ、同胞合一の涙の大団円となり、これをプロデュースしたトランプ氏にはノーベル平和賞が用意されるのである。そして6月には文の、11月にはトランプの大事な選挙がある。もちろん国際平和に貢献した二人は圧勝で、そのために日本が犠牲になるなど誰も心配しない。いやそうではないか、いかんいかん金様は人は殺すけれども情けは深い大君主閣下であることを忘れていた。「経済制裁解けや、統一の祝賀金出せや」と首脳会談をして下さり、韓中米の協定のお仲間には入れてくれるかもしれない。

 

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あなたは完全に愛されている

2017 SEP 3 22:22:52 pm by 東 賢太郎

僕が大学ぐらいのとき母がこんな話をした。

「千葉の畑のなかのでこぼこ道を車で帰ってくる途中だった。夜おそくで真っ暗で人っ子ひとりなし。おまけに土砂降りの雨だった。母は助手席にいて伯父が運転、後ろに伯母もいた。のろのろ運転だった。すると道の左側をこっちに歩いてくる若い女の人がライトに照らされて見えた。近くにきて驚いた。傘もささず、なんと白いドレスを着てずぶ濡れだ。どうしてこんな田舎道に??目の前で顔も見えたが、女性は車に目をやることもなくすれちがった。母はびっくりして「あの人どうしたのかしら、乗せてあげたら?」というと、伯父も伯母も「えっ、どうしたの?」と何も見ていない。しばらく行くと、道の左側でスポーツカーが大破していて、車体は真横になって吹っ飛んでいて、運転席を内側にぐにゃっと曲がって電信柱に巻き付いていた」。

父は父でやはりある。子供のころ家にどこかから買ってきた古い箪笥が来て、寝室のある2階から階段を降りたすぐのところに置かれた。次の日、夜中に外でいたずらしようと兄さんと抜き足差し足でこっそり階段の踊り場を曲がって下を見ると、箪笥のまえで知らないおばあさんがこっちを見あげていた。大声をあげて逃げ帰って叱られたが、親は信じなかった。ふたりで見ているのだから夢ではない。夜中に天井裏でどかんという音を聞いて原因がわからなかったこともあって、何だったんだろうと言っていたら、翌日、ちょうどその時刻に叔父さんが亡くなっていたこともあったそうだ。

父母のその性質は受けついでいないようで僕はそういうことはないが、一度だけ金縛りになったことがある。大阪の独身寮でのことだ。

転勤が決まって荷物は東京に送ってしまい、がらんとなった畳部屋で寝ていると目がさめた。まだ薄暗い明け方のようだった。右向きに寝ていて、頭は布団から畳にすこしはみだしていた。すると右耳の20~30センチぐらい後ろのところで素足が畳を擦るような気配があった。誰かすぐそこいる・・・。背筋が凍って声を出そうとしたが出ないし手足も動かない。すると、上側になっている左耳に、なんということか、人の生あったかい息がかかった。今でもリアルに再現できるが、息は「あ~う~え~あ~」と言ってぶわーっと耳に吹き込まれた。動けずにがたがた震えていると、やがて雀のチッチという声がして窓が開いていたようだった。救われたと思うと、それは終わっていた。

宇宙は科学で説明でき、お化けやら超常現象のようなものはほら吹きの嘘だと思っていたが、これ以来信じるしかなくなってしまった。科学はこの世を全部解き明かすわけではないと。たとえばここにハーバード・メディカル・スクールの脳神経外科医エベン・アレグザンダー医師の著書について書いた。

僕が聴いた名演奏家たち(ピエール・ブーレーズ追悼)

医師自身の臨死体験として『言葉や地上的概念を超越して、「あなたは完全に愛されている」という“事実”が伝わってくる』とあるが、科学者である彼も信じるしかなくなってしまったものを背負って生きていることがわかる。

僕は臨死体験はないが、実は「あなたは完全に愛されている」という“事実”が伝わってくるのを感じたことがある。

起業する何か月か前のころだ。何をしても上手くいかず、毎日が辛くて不安で眠れなくなってしまった。夜が危ない。誰に相談することもできず、しても仕方なかったから始末が悪い。ああいう時、ひょっとして人は自殺するんだろう。独りで横浜にふらっと行って野球をみた。みたかったわけではない、いつまでも試合が終わらないでくれと願っていたのだけ思い出す。そこから記憶はなく、夜中まで港をあてもなくぶらぶらしていたようだ。

あのころ横浜の地理なんてよく知らない。すると知らず知らず桜木町の駅のあたりにさしかかっていて、ああよかった電車に乗ろうと思った。その時だ、川のようなものがあって橋のかかっているほうへ何か得もいえぬというか、こっちへおいでおいでというような引力があった。そっちへ歩いていくと、肌にあったかいような不思議な感覚があって、どこからともなく、おぎゃーと赤ん坊のような声が聞こえた気がした。そこで味わったのは、不安から解放され、なにやらあったかいものにくるまれたような究極の安堵感だった。あれは何だったんだろう?すごく心が落ち着いて、キツネにつままれたようになって帰宅したのだ。

そこがここに書いた富貴楼という料亭があったあたりだったと知ったのは、後で調べて知った。

遺伝子の記憶

「僕にとって大事な場所で、そこに行くと何となくあったかい霊気みたいのものを感じ、声が聞こえるような気がします」と書いているのがそれだ。それから何度かいってみたが、もう声が聞こえることはなかったが。

こういうものを信じるかどうかは人次第だ。しかし、僕は人生で天の配剤というか、生まれる前から決まっていたかのようなご縁でものが進んだような経験を何度も味わった。カープファンでなければ広島で出会わなかった家内。なぜか野犬に咬み殺されなかったサンフランシスコ。先祖のことを知らず証券業に導かれた野村。大阪とロンドンで人生を決めたお客さん。みずほ移籍に至る大失敗。起業させてくれた先輩・・・。

そしてつい先日も、僕が米国、日本でのお手伝いを決めたノーベル物理学者のN教授が大阪の料亭で会食中に、えっ、東さんってあの東さんですか?とおっしゃた。父方の親戚がいま話題の東芝のCTOから理科大教授、中国の精華大教授や半導体で応用物理学会フェローなどになってよく知っておられるそうだ。驚いた。こんな奇縁となると世の中狭いですねですまない、やっぱり天が導いたものだろうと思うしかないではないか。

まあ62年も生きていればいろんなことがある。ご縁でそうなったと思えないでないことはきっとみなさん誰にもにあって、そういうことにしてしまおうという部分もあるかもしれない。僕はそれでいいと思うし、物事をポジティブにとらえる姿勢のひとつぐらいに考えようとも思う。結局、人生行路というのは姿勢がポジティブかネガティブかで最も大きく分かれていると感じるので、「ご縁」という考えを大切にする生き方は人を前向きにしてくれる効能が非常にあると思う。

母が亡くなって3か月たったが、いまもそれが実感とならずどこかに魂でいるんじゃないかと思ってしまう。毎日位牌に手を合わせると、『言葉や地上的概念を超越して、「あなたは完全に愛されている」という“事実”が伝わってくる』のだ。これは不思議なことだが思い過ごしでない。科学はこの世を全部解き明かすわけではないのだろう。

 

『気』の不思議(位牌とジャズの関係)

オリンピックへの道 (1964年にできたもの)

 

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