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カテゴリー: 自分について

いままで書いたブログで一番好きなのは?

2019 SEP 20 13:13:04 pm by 東 賢太郎

SMCを始めたのが2012年10月だからもうすぐ7年になる。発起人としての願いは、多様なメンバーが文章で足跡を残して千年後の人へのメッセージ(タイムカプセル)を残すことだ。3019年にこのブログ集がどう評価されているかは現代の誰も知りようがない。「万葉集」になぞらえるのはおこがましいが、我々が本を書いて千年残すことはあまり期待できないのだから、「ネットはこわい、出ると永遠に消えないよ」というウォーニングを逆手にとって、「万葉集みたいに永遠に残してしまおう」というのがSMCプロジェクトなのだと申し上げてもいいだろう。そんなことが世界で初めてできる。昭和に生まれ、ネット時代の幕開け期を生きて熟年を迎えた我が世代の特権である。

もうひとつ良いことがある。何人たりとも致し方ないことだが、脳の宿命としてシニアになればだんだん昔のことを忘れる。そう覚悟はしているものの、自分の書いた初期のブログを読んでいて、その時点ではクリアに覚えていて克明に書き記した物事の詳細が今になってはそこまで正確には覚えてないという例を見つけることがある。というより、その機会が「増えて」いる。高々この6、7年でも記憶は加速度的に?劣化している証拠であり、覚えてるうちに書いておこうというのがブログを書く動機のうちの大きな部分を徐々に占めるようになってきている。本稿は僕がSMCに書いた1920番目のブログだが、その恐怖心のおかげで僕の子孫は千年前の先祖がどんな人物だったかをより仔細にわかるようになっているだろう。

話は音楽になるが、ピエール・ブーレーズには「ワーク・イン・プログレス(進行中の作品)」という概念で作曲したプリ・スロン・プリ(Pli selon pli)という作品がある。書き手(作曲家)も作品(音楽)も時と共に変化するという思想は真に革命的だ。速筆のモーツァルトといえ「フィガロの結婚」を一日で書いたわけではない。第1幕と第4幕を書いた時の間にプログレスがあったと考えるなら、ブーレーズがprogressという単語に質的進化の含意を与えたか否かはともかくとして、作曲が進行中であるのに発表し演奏する点において、少なくとも、未完成交響曲が永遠に完成しない作品として永遠に鑑賞されることを肯定した20世紀に成立した「クラシック」という概念の敷衍だ。変化は進化でも劣化でもあり得るが「終わりのない作曲」はやがて彼の死とともに途絶え、そこでプリ・スロン・プリの作曲は終結した。初めて全貌が定義された楽曲は時間と偶然性(究極のアレアトリー=死という予測不能のイベント)をも包含し、マラルメの詩に依拠しながら「墓」という表題の音楽で終わる。革命的と書いたが僕には主題の変容まで時間の関数として書かれたドビッシーの交響詩「海」のprogress型とも見える(ドビッシー 交響詩「海」再考)。

僕がもし死ぬまでブログを辞めなければだが、それはワーク・イン・プログレスになるだろう。「私は各作品を断片的な生産物として構想する発想から次第に遠ざかりつつある。私には一連の限定された可能性に焦点を当てた大きな『集合』に対する際立った偏愛がある」(ピエール・ブーレーズ)に共感する自分を見るからだ。割り切ってしまえば音楽もブログも僕には単なる「遊び」にすぎず、矛盾するようだがソナーの業務以外に人生をかけてprogressさせるものは存在しない。しかし、遊びのない人生はつまらないし、つまらない日々から良い仕事は生まれないという性分は、もはや好き嫌いの領域であるからprogressしないのだ。さらに、外山 滋比古さんの著書に「老いて忘れるのは良いこと」とあるが、ブログに書いて安心してどんどん忘れてしまおうという心持ちは自然体で快く、このごろになって、実はとても前向きで生産的(productive)であることすら発見した(既述の断捨離)。こうなると音楽とブログは余生の暇つぶしではなく、楽しく仕事をするための三位一体のワーク・イン・プログレスだとでもいうべきいうものになるのである。

いままで書いたブログで一番好きなのは「どうして証券会社に入ったの?」だ。これは2番目の娘にそう質問されて答えに窮して生まれたものだ。人生に重大な決断は幾つかあったが、どうして?と問われてこれほど答えが見つからないものはない。なぜか株が好きだったがそれが理由というほどのことでもない。ということは、いまホテル・ニューオータニに社を構えているなどという事実は単なる偶然の産物でしかなかったことになる。青雲の志を懐いたわけでも、世のため人のための大義に帰依したわけでも、この事業に格別の才能があると自己評価した結果でもない。人間、年をとると嫌なことは忘れ、過去を美化するバイアスが働くらしいが、証券会社に入って結果オーライだったのだからそう決断した立派な理由ぐらいあっても許されそうだし、求められれば僕はそれを10も20もでっちあげて1時間のプレゼンに仕立てることぐらい苦も無くできる。しかし、いかにそれが見栄えが良かろうと説得力があろうと、所詮ぜんぶウソなのだ。

真実は、面接官と口論になるなどヘマが続いた挙句に残ったのが証券会社と船会社だけだったこと、人事部の女性が好みだったこと、何度か食べさせてもらった鰻重が美味だったことぐらいだ。それに釣られて、心中ででっち上げた偽の志で自らを説得して入社はしたものの、なにせそんな志はフェークであるのだから厳しい梅田支店で木っ端みじんに瓦解する。あっという間に嫌気がさして辞表を書こうと思い立った。そこでウソのようなドラマがおきて試みは挫折したが、もし辞めていたらどうなったのか、神様が戻るチャンスをくれるならそっちの道も面白かった。こういうぶざまなことを娘がどう思ったかはわからないが、10も20もの立派な理由は後からついてくるものだということぐらいは伝わったろう。人間はそんなに合理的でないし、そうあろうとしてもあまりうまくいかない。どんな理由で職業を選ぼうと、与えられた仕事をしっかりやること以外に道はないのだ。やくざから2千万円も取り立てるなんて辞書になかったがそういう羽目になってしまい、それでも逃げなかったから俺は正真正銘のスナイパーになったと思った。もう怖いものなんてどこにあろう。実体験のない識者のプレゼンやMBAの先生が教えてくれる10も20もの立派な理由は、彼らに支払うお金ほどはビジネスの成功には因果関係はないという事実を僕は知っている。

「どうして証券会社に入ったの?」はPVで一番人気のブログのようだが、きっとそれは小説より奇なりであり、還暦老人の美化した自慢話みたいにも見えるだろうが、そうではなくて当時の当事者の方も読まれている実話だからだと思う。現在のところ、たしか「その9」まで書いているが、それで終わりではない。梅田支店にいた2年半で最も「小説みたいにウソのよう」な話はまだ書いてない。どうして書いてないか、理由はないが、僕の人生にとってあまりに重い話なので軽々に書く気にならないままに来てしまったというのが言い訳だ。それを書かないで死ぬわけにはいかないからワーク・イン・プログレスということにしておこう。

 

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北朝鮮と韓国は孫氏の兵法をしかけている

2019 SEP 12 19:19:18 pm by 東 賢太郎

「メカ派」とは機械好きのことではない。原理に関心のある性向がある人とでもいう意味だ。5W1H なら Why? が支配している人である。

原理とは因果関係を紐解くことだ。自分が幼時からそれだったというのは、教育はまだされてないから遺伝にしか因果がない。しかし遺伝子は持っていてもどれが発現するか不明であり、両親には出てないものもある。

そこで近い先祖の発現ぶりを知りたいが文献資料がない。確かなのは、物理学者、軍人、商人がいた。彼らに出たものは自分にも出る可能性がある。自分のこれはどれだろうと考える。こういうのがメカ派の習性である。

商人になった。これが発現だ。それは先祖に発現したもののリピートである。そう考えるので、しんどい時も開き直って「できないはずがない」と気丈でいられた。死なない努力だけして時を待った。

軍人は縁がなかった。軍略は勝敗の因果関係の観察で孫氏もクラウセヴィッツも絵にかいたようなメカ派人間と思う。孫氏はたったいま4回目を読んでいる。前回までは実戦のキャリア不足で理解できてなかった部分が今回はわかる。

例えば文在寅氏は金正恩氏と一体で孫氏をやってる。そう見せないパフォーマンス(詭道)を交えて。兵法に従えば、北の核(守り)を固めたから攻めるだけだ。暴挙ではない。支持率を得て成功してしまうとトランプも篭絡する流れだ。

日本人は詭道を嫌う。ウソも百回で真実、ヤバかったら逃げろだが、これができない。潔くという武士道は不本意ながら考えたほうがいいかもしれない。それで一度大敗したわけだし、勝てば官軍というのもある。死なない方が大事だ。

日清戦争前夜を見る思いである。朝鮮がそうなるのは地勢的なことで水が下に流れるに等しい。そこで死なないように生きる民族がそういうDNAを保持するのは善悪を超えて誠に自然だ。文氏や韓国人をヘイトしても何の意味もない。

国家安全保障の話は別次元の問題だ。国民の生命と未来がかかっている。孫氏で来るなら孫氏で対抗すればいいだろう。矛と盾でどっちが勝つかは不明だが、孫は「長期戦は負ける」「不戦勝がベスト」と言っている。

メカ派に坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという思考回路はない。因果関係がないからだ。個人で知る限りでも、韓国には滅茶苦茶いい奴も、すごく切れる奴も、やさしい男も女もいる。それはそれ、これはこれだ。メカ派は常に是々非々である。

 

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心の断捨離は好きなことだけやること

2019 SEP 4 9:09:11 am by 東 賢太郎

断捨離と書いたが、モノだけではない。心もだ。何かに関われば心が支配される。心が支配されると体はその奴隷になる。悲鳴をあげても聞こえない。思えばそうやって、身体の声を押し殺してきた。心は体に乗っている。神山先生の言う通りこれ以上行くと寿命が縮むならやめたほうがいい。

ということは、無用なことには関わるべからずということになるが、何が有用、無用を考えてはいけない。そこですでに心が関わって余計な作動をしてしまうからだ。例えば「損得」が入るともう身体の出番はないだろう。そうではなく、身体に決めさせる。つまり、「好きなことだけやろう」という心の持ちようがいいらしい。

ビジネスもそうする。好きなことをしていればストレスはないが、何か結果を期待してしまうといけない。結果を求めないのは社長業ではないようにも思えるが、そっちのほうが身体が求める本来の自分だから結局は結果がいいのだ。そういうことを長年かけてわかるようになってきた。

「人間は孤独だ」と初めて感じたのは、大学時代のはちゃめちゃな米国旅行でデスバレー(Death Valley)にぽつんと立った時だった。真夏の真昼だ、カンカン照りだ。検索すると写真がたくさん出てくるが、記憶に近いのはこれである。この積雪みたいな塩をザクザクふんずけて歩くと、「人類初の足跡」のようなのが残る。所どころに塩水の水たまりがある。ここの最高気温は摂氏56.6度だが、地球上の最高記録がサハラ砂漠で観測された58度である。見渡す限り、人っ子一人いない。

もしイーロン・マスクが招待してくれても僕は月に行く気はない、というのは、この時に「俺はいま金星にいる」という気分にどっぷり浸っており、もう別の星を足の裏で体験済みだからだ。こんな感覚は、後にも先にも、この時しかない。

5年前のブログ

米国放浪記(4)

「孤独」というのは寂しいこと、独りぼっちということではない。この時もすぐ近くに友が二人いた。それでも塩の大海の中で、僕は鮮烈な孤独を思った。なにやら人間はあっけないほどちっぽけで矮小なものという漠たる感覚であり、泣いても笑ってもその事実から抜け出すことはできないという脱力感でもあった。身体の孤独は誰かといれば癒されるが精神の孤独はそうはいかない。おぎゃあと生まれて誰もが実はそうなのだ。

この時味わったものからすれば、色んな局面で追い込まれて窮地に立った孤独感などたかが知れたものだ。ビジネスで期待をしないのは他人に頼らないということ。もっと言えば、自分にも頼らない。しょせんは矮小な自分が頑張って何したところで結果は変わらないということだ。なるようにしかならない。好きなことでの失敗はその気持ちでいれば甘受できるから、好きなことだけやろうと自然になるのである。それが心の断捨離だろうと考えている。

 

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男にとって権力は蜜の味

2019 AUG 19 0:00:06 am by 東 賢太郎

5か国で企業のマネジメントをした人は知る限りいない。いないのだからわかってもらえることもなく、実は一番面白い体験が多いこの話題で飲んで盛りあがれないのは寂しいものだ。試みたことはあるがほぼポカンとされるだけで、時に空気を読める人からお義理の「あるある」が返ってくるが、それって旅行者の話だよねって100%勘違いのリターンだ。でも、それだってうれしい。日本は今に至るまで鎖国中なんだから仕方ない。

ということは、僕のキャリアは評価できる人もいないから買ってもらえないし、日本企業の現地の管理はローカル化というのが昨今の流れだからもはや用なしであろう。昭和どころか戦時中の軍隊の話に聞こえるかもしれない。でもいいのだ。個人的には日本男児として気持ちの良い仕事をさせてもらったからだ。日の出の勢いだった当時の野村の海外拠点長はその国に赴任するとマッカーサー元帥みたいに迎えられた。ドイツは内部昇格だったのでそれはなかったが、トップとして着任したスイス、香港はそんな感じだった。

男にとって権力は蜜の味といわれる。比較的そういう人間ではなかったが、経験すれば何人(なんぴと)も否定できないだろう。後にさっぱり権力がなくなってから読んだ本、たとえば劉邦、曹操、始皇帝、則天武后(女だが)、アウグストゥス、アレキサンダー大王、スレイマン1世、ヒトラー、スターリン、チャーチル、羽柴秀吉、伊藤博文などの伝記は、英雄譚ではなく蜜に群がった蜂たちの悲劇である。そんな人たちと比べるのもなんだが、自分のしてきた行状は卑下でもなんでもなく凡人の喜劇であったように見える。

権力は人を吸い寄せる。本当だ。ずいぶん盛大に寄ってきたが、なくなると見事にパタッと来なくなる。ネコはエサをくれる人になつき、鳴き声まで高い。人もおんなじなのだ。何年か前から多少業績がいいと、また寄ってくる。金は権力の化体であることを知るが、そういう事なら僕が受ける必要もない。受けたいのは権力にも金にも健全なアンビションがある人、すなわち育ててみたい若者だ。野村やみずほを辞めてIFA(インディペンデント・フィナンシャルアドバイザー)として独立してる後輩たちが来てくれる。ビジネスを通じていろいろを経験させ、老体に代わって権力も持ってもらいたい。

権力があるとは、企業目的にかなってさえいれば自分のやりたいことを妨げるものは何もないという状況のことだ。本当はそうでもないが、そう思っていいという心理にある自由が与えられる状況となら言って間違いはない。その自由は信じられないほど心地よかった。そこでこうしようああしようと考える。自由とは自己責任と裏腹だから必死に悩む。それがどれだけ優れた思考訓練になったか。マッカーサーが日本で悩んだかどうかは知らないが、たぶんそうだろう、そういう空想ならできる。彼も大変だったが僕もそれなりに大変で、悩んだ割にはあまりうまくもいかなかった。しかしそれでも余りある、今ではもう信じられないマグニチュードの経験と記憶をたくさんもらった。

時々夢に見る。なぜか再び野村で働いていて、海外の拠点長として赴任するのだ。オフィスに入って行く。デスクがあって部屋があって秘書がいて、窓の外の景色も見覚えがあって、それがどこなのかどうしても思い浮かばないが、どこか知った所のような気もする。小さい店だ。いまさらこんな所かと訝しく思うと、なんだこれは夢かと思う自分が出てくる。するとそれを制止するように、いや、この店は経験したじゃないか、覚えてるぞ、ヨーロッパだ、そうかもう一度やるんだ、これは現実だよ、という喜びが湧いてくる。たいがいそこで目がさめる。

これが蜜の味の幻影だ。トップのデスクに座って何が特にいいということもない。仕事づくめの日々は若いころと変わらなかったのに、しかし、無意識の中で甘美な思い出に変質しているのに我ながら驚く。蓋し人生はそういうものをなるべくたくさん得ようと追い求める地味な作業工程のようなものであり、頑張ってもほとんどがうまくいかないがいったときの喜びは格別なのだ。求めるのが権力である必要は毛頭ないが、それはアンビションある者にとって頂点でありアイコンである。それを目標にするなら政治をやればいいし、ビジネスでもCEOとして持つことが可能である。

僕はソナーの商品を権力も金もある人に役立てることだけをしてきた。それはビジネスだから仕方ないが、強者が強いだけでは世は回らないと常に考えていた。内閣総理大臣の登録を受けたIFA(金融商品仲介業者)が法的整備を伴って出現したことは望ましい潮流だ。ひとつの金融機関に所属すると商品選択の自由度が限定される。だから独立・中立的な立場から顧客の立場で資産運用のアドバイスをしようと就職した証券会社や銀行を去る判断をした人たちであり、独立する自信があるぐらいだから非常に優秀だ。彼らと一緒にもう少しマクロレベルで思考してみたいと考えるようになった。我こそはと思うIFAの方は大歓迎するので連絡してご参集いただきたい。

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いじめにあってる子たちに

2019 AUG 15 21:21:18 pm by 東 賢太郎

唐川の球があっけらかんと打たれる。それがプロだ、日ハムの打撃力だといってしまえばそれまでだが、僕にはショックである。自分があんな感じになりたいと思っていた憧れのタイプの、しかもずっと格上の投手ですら打たれるのだから、結局自分が天狗だった能力なんて世の中では虫けらみたいなもんだという結論になってしまう。ということは、それが男として唯一の自慢だった僕には実はたいした能力はないという冷たい結論になるのである。

こういうショックは大事だと思ってる。そうやって、信じたくないことを客観的に思い知らされて学ぶからだ。それは野球の経験があるからできるのだが、「経験がないことからでも学べる」ということを経験して知ってさえいれば、実は学べるのである。つまり、何でもいいから自分の経験から「学んだぞ」という実感を得る。次に、その実感をもとに、経験はないけどあったらあのケースではこう感じるのではと類推する(自分で考える)。答えは、経験している人をたくさん探して質問してみる。何度もやっていると、だんだん正答率が上がってくる。類推がうまくなるのだ。こうなればしめたものだ。

人は負け、失敗、屈辱から学ぶものだと思う。だから何かしてだめだったらラッキー!と思わなくてはいけない。失敗は自分の弱点を教えてくれる先生だ。それを受け入れることに明るく前向きでいることだ。もし唐川が抑えていれば僕の天狗は64才の今も変わらなかったろう。それは事実でなかったことを眼前でなまなましく目撃してしまい、またひとつ根拠のない空元気が消えた。唐川本人がショックを受けたかどうかはともかく、僕は彼の失敗を通して「地球上で自分が座標軸のどこにいるか」を知る手掛かりをもらった。誰しも自分の良さも欠点もわかっていないものだ。そして、それを正確に知れば知るほど良いことがある。失敗が減るのだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずなのである。

己を知らずに百戦を挑み続ければ、誰でもやがて確実に負ける。無敵の人はひとりもいない。世の中に自分より強い者、元気な者、賢い者、強運な者はいくらもいるのである。僕は真剣に頑張った野球と受験で思いっきり負けてしまい、自分を癒して逃がしてあげる道すら失い、若くしてけっこう正確に自分の「たいしたことない実像」を知った。人生で何が幸運だったといえば、それが最高のラッキーだ。だから大人になってから初めてそれを思い知って挫折してしまうという致命傷を負うことがなかった。まことに格好悪い現実なのだが、そこからは負けるケンカはしないという知恵がつき「敗戦率が低い」から生き延びただけだ。勝つ必要はない。勝とうと思うとリスクもあるしそれでも確率は高くない。長いこと負けない方が簡単であり「たまには」いいことがある。その「たま」は意外にも結構あるものであり、それが落ちてきたときつかむ難しい技はいらない。たまたま「そこにいる」だけでいいのである。

若い時はいくら逆境に落ちようと負けようと、めげさえしなければまったく致命傷ではない。僕は小学生のころ、早生まれで体も小さくて女の子に腕相撲を挑まれて負け、読むのも書くのも遅く、何をしてもぐずでのろまでお昼休み中に弁当を平らげることすらできず、勉強はできない方だった。当然ケンカは弱くていじめられたし、性格は変わっていて孤立したし、いま美点凝視で思い出そうとしても何もいいことがない。中学は公立で環境は変わったが美点のなさは似たようなものだった。野球が救いにはなったがまだ草野球であり、勉強だけは精一杯に頑張ったが高校は志望校を落ちた。

ところが、どういうわけか、親がそういう風に教育でもしていたのだろうか、今に見ておれそのうちわかるさという揺るぎない自信が不思議と心の底にあり、何があろうとあわてることがなかった。つまり、今になってみると、鈍感だったのである。僕は身体も暑い寒いに鈍感で衣服に頓着がない。頭痛と胃痛は経験がない。時間も方向も鈍感。人心や空気に鈍感。こういうものは、色がわからないのと一緒こたにして脳があきらめて捨ててしまったと思う。よく「鈍感力」とポジティブにも解釈されるがそんな立派なもんじゃない、ただニブい、ピンボケている、自分ではそんな感じである。

もしもいじめや失敗で悩んでいる人がいたら、生んでくれた親の愛、仮にもしもそれがなくたって、世におぎゃあと生まれて今そうして生きていることの幸せだけを見つめなさい。そして、家庭や学校や周りがどうあろうと、誰がなんといおうと、思いっきり鈍感でいなさい。学校は嫌なら行かなければいい。行くことが義務だと思う社会自体がいじめやパワハラかもしれない。何度も書いたが、僕は学校は行ったが教室では飲み込みが悪くて習わず、家で自分で考えて自分から習った。それでもハンディになんかならないし東大にも入れるのである。いやな奴など気する必要すらない、完全無視で何も感じなくなってしまえば怖いものはない。そして、「いまに見てろよ、そのうちわかるさ」と思ってさえおけば、そんなくだらないものや連中はあなたの人生には、確実に、何の関係もないと経験から断言できる。

僕のブログは今現在でPVが395万5338で、グーグル・アナリティックスによると「すべてのユーザー」の32%が年齢18~34才である。自分の3人の子供もこの年齢層であり、こんなに多くの若者たちが読者の3分の1というのは何年も前から変わっておらず、まさに誇りであり本望だ。僕の文章やコンテンツは分かり易くないし、分かり易くしようという気持ちもない。ただ、若者がこれから自力で運命を切り開いて、強く生きていくためには大事と信じることを書いている。未来の日本を背負って立つ人たちに自分の経験や失敗からの教訓を書いて残しておくのは僕らの世代の最後の仕事と思っている。ひとりでも何かを感じ、学びとってくれ良い人生を歩めたとなれば、この時代に産んでもらって果たすべき義務を果たしたことになるかもしれない。

 

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非情でなければ生きて行けない

2019 AUG 6 9:09:17 am by 東 賢太郎

ビジネスをするということは非情になることである。冷たくということではない。ハードボイルドな人間というイメージが近い。フィリップ・マーロウのセリフ、「非情でなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きるに値しない(If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.)」の “hard” は「タフ」と訳されているようだが、それならばなぜ筆者のレイモンド・チャンドラーが tough と書いていないのか説明できない。しかも、タフであることと優しいことは両立するから意味が通らない。gentle (優しい、寛大で)の対立概念(両立しない)である hard なら非情(感情に左右されない)というほどの意味だ。ハードボイルド(固ゆで卵)のハードの比喩もそれに掛けているのである。つまり、

情には厚いが、流されないということである。

僕はもともとそういう人間でなかったが、それでは I wouldn’t be alive になろうというひどい目にたくさん遭った。それと、僕の生来の人間に対する価値観が合体し、広い意味での “ファミリー” を守ろうとすると、好むと好まざるとに関わらずそうなるのである。僕はウソが大嫌いだ。好きな人は無論あまりいないだろうが、ウソには悪質なのと仕方ないのがある。仕方ないというのは、見のがすのが大人のマナーという範疇のものだ。これはよくある。「言わぬが花」もマイルドなウソではあり、それがおつきあいの潤滑油になったりもする。

積極的なウソはいわばトリックであって、何らかのこちらの不利益において自己の利益を計ろうとするものだ。ビジネスというものは必ずその計算があるのだからこっちもわかっている。理さえ通っていれば僕は万事を是々非々で聞く。はっきりそう言えばいいのに、言えない理由があるのである。それが何かを知る義務も必要もない。即座に関係終了だから。なぜか?そういう人とのつきあいは、やがて If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. に至ることを知っているからだ。だから問答無用で切る。チャンドラーもそういう男だったんじゃないかと思っている。

この「理さえ通っていれば」という部分が大変に重要だ。それでも「是か非か」はあるが、少なくとも、どんなものでも、僕は必ず真剣にどっちかを考えて判断する。理はないが情でしてくれるだろう、そこをなんとか、わかってくれますよね、という申し出を認めたことはいまだかつて一度もない。判断材料がないからだ。それをしないから情がないと思われても構わない。そういうことが嫌な人間だとわかっていない人、そういう世界やレベルの人とつきあうのは精神衛生上よろしくなく、このトシになって体に悪いことを好んでする理由はない。

僕は韓国に仕事上の友人、知己がたくさんいるがこういう政治情勢になると行き来はできそうもない。しかし彼らはみな理の通った立派なインテリだからつきあっているのであり、一緒こたにしたらそれこそ情に流されているということだ。国と国がどうなろうと彼らとの関係が微塵もおかしくなることはない。国は「挑戦に打ち勝ち、勝利の歴史を国民と共にもう1度作る」と息巻くが、いったい日本の誰が挑戦なんかしてるんだろう?このままだと株もウォンもさらに暴落だろうし財閥は逃げる。経済をぼろぼろにして北朝鮮と対等合併を狙ってるならそれなりに理だが。

アメリカは「俺が一番大事」が理である。困ったちゃんのジャイアン様だが、非情に分かり易いという利点はあり、そもそもないよりましだ。「わかってくれますよね」を無視すると逆切れされるようなことはなく、理でつき合える。日本は外交で gentle である必要など全然ない。If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. でいいのである。日本は早く死んでくれと願ってる「なりすまし」の新聞やテレビがどれなのか、賢明な日本国民がそれを見抜く好機がこの1か月であった。ここからもっと白日の下にさらけ出されるだろう。繰返すが、積極的なウソはいわばトリックであって、何らかのこちらの不利益において自己の利益を計ろうとするものだ。トピックが森羅万象の何であれ、僕は万事に渡り、「なりすまし」のウソつきが虫唾が走るほど嫌いだ。

 

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人生あと20年だったら何をしますか?

2019 JUL 1 1:01:46 am by 東 賢太郎

高島屋へ家族で食事にいくと「二子玉川50年の歩み」とポスターがある。そうか、あれからもう半世紀になるのか。1969年だから中学3年だった。オープンの時に来てギターを買ってもらったっけ。いまや高級住宅街とされてるらしいが、僕の脳裏にあるニコタマなんてこんなもんだったのだ。

ただ、写真の奥の上野毛の丘陵はお袋が皮手芸教室を始めたときにビラまきを手伝ったが、古くから居並ぶ豪邸に圧倒された。富士山を望む多摩川沿いの丘陵の南西向き斜面は「国分寺崖線」と呼ばれる。成城学園からここを通って田園調布まで続いているが、その記憶があるものだから東京広しといえど国分寺崖線以外に自宅を構えようという気はからっきし出てこなかった。そのために働いたみたいなものだったかもしれない。

いまやこの先あと何年あるかと思うようになってきていて、もう50年前のように夢を持つほどはないのは確実だから、それなら自然に生きるしかないと思っている。仮にあと20年あるとして17万5千2百時間だが、あるかもしれないしないかもしれないものを長いの短いのと考えてもしかたない。要はその17万時間、何をして過ごすか、何で埋めるかが重要なのである。

先日、蔵前国技館で相撲を観ていたら高須クリニックの懸賞がたくさん出ていた。高須院長が砂かぶり最前列におられてお元気そうで、報道によると彼は癌だがこういっておられる。「ムダな健康の知識なんて必要ないよ。だって身体ってコンピュータみたいなもんで、不調だったら原因は身体がわかってる。それで『眠い』とか『これ食べたい』という信号を送ってくるんだから、それに従うのが一番いいの」。そういうことだ。自然に生きようというのは、頭で決めるのではなく体がこうしたいと欲するままにするということだ。

僕の場合べつに長生きしたいということではなくて、17万時間の効用価値を最大化したい。そうすれば、最後になって「いい人生でした、ありがとう」となるだろう。しかし、おしりが見えないのだから「いま」の効用を最大にしながら、いざ終わってみたらトータルで幸せでしたとするしかない。だから結論はこうなる。常に目の前にある「いま」の選択として、

①やりたいことだけやる

②それ以外はぜんぶ捨てる

の2つを同時にする。いつ何時もそう考えて行動する。そうすると義理、人情、忖度みたいなもので惰性でやってきたものはぜんぶ不要という結論になるのではないだろうか。自分で体を張ってビジネスをすると誰にも忖度などいらなくなるのだ。モノは捨てればいいし、つきあいたい人だけとつきあえばいい。

でも身体に従うと言っても、自分が本当はどいう人なのかは誰もわかるようでわからないだろう。社会生活にまみれて手垢がついてしまい、鏡を見ても仮面をかぶった自分しか写っていないからだ。例えば僕は何か日常のありふれた出来事を見て、たぶん何万人に一人もそうは思わないだろうという風に思うことがある。そう生まれているのであって遺伝子の仕業だからどうしようもない。

そこで他の何万人は「**ですよね」と当然のように同意を求めるだろう。こっちはちっともそう思わない。そういうことが嵐のようにあるのである。それでよく証券会社なんかでやってきた。我慢してきたのだ。しかし行動するにあたってはそんなのは無視して100%自分の流儀でしてきた。それでいまがある。つまり我慢など実は一文の値打ちもないということを証明しながら生きてきたのだ。お客様だって一文の値打ちもないことに熱心な人間のサービスを受けたいとは思わないだろう。

ただし、矛盾するようだが、よほどの実力がある人を除いて若い人たちはそれではいけないとも思う。そんな実力なんかおよそ無縁な僕は忍耐、我慢の何十年を生き抜いてきたのだ。世間は大人が動かしている。大人に受け入れられるには多大な我慢がいるし、そうならなければやりたいことはできないのである。やってみればわかる。自分流を通すのは非効率と裏腹であって、時間を空費するし、それで嫌われて挫折した人を僕はたくさん知っている。だから、我慢はしながら、いつか自由を手に入れるぞと爪を研いでその日を虎視眈々と狙えばいい。

もう狙うもののない人生は退屈だが、やりたいことをすれば退屈ではないのだ。そうやって17万時間(?)をアロケートしていく。物事を見て僕と同じ風に反応してくれる人はいないことが分かったが、仮にいたとしてもそれでこっちが面白いかどうかは未体験ゾーンなのでわからない。まったくもって面倒くさい人間だ。いま周囲にいてくださる多くの方々は少なくとも嫌でないということは確実なのだが、なにを面白いと思っているかは言わないで死ぬだろう。どうしてって、それが人生面白いからだ。

 

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毎日どうやって酔って楽しもう?

2019 MAY 7 1:01:11 am by 東 賢太郎

そりゃあ人に喜んでもらって、自分も喜びをもらう、人生こんないいことはない。うれしいことは楽しいことだ、まいにちそうなれる人生が最高じゃないか。でもまず人だ、自分からじゃない。人の喜びがおおきくなってばくだいなけいけんのないよろこびがやってくる。とにかく人に有難うって言ってもらおう。ごみひろいでもなんでもいいよ、それを毎日探すんだ。ひとつがふたつ、ふたつがみっつ、そうやって幸せはふえてく。するとどこかで幸せはおなか一杯になるよ、そこだ、自分のできることはそこまで。それ以上はいらないからね、あさ目がさめてそうならば、眠くなるまであるがままに過ごそう、何も考えず。

いま,つらいことを抱えている人はたくさんいる。ここにもそこにも、ぼくはしっている。つらいのはできることがないからだよ、誰も見てくれてないからだよ、ひとりぼっちでさびしいからだよ、それならば勇気を出してやってごらん、人に喜んでもらえばぜんぶ消えてなくなるよ。他人の喜びは自分の喜びのレシピなんだ。するとあなたはいつのまにか頼られているよ。それに気がつくよ。もっとつらい人がいることを知るよ。だから悲しんでいる暇なんかなくなるんだ。

やがて、時がたって、少し年をとって、そういうこともいらなくなる時が来る。僕は、清水ミチコさんの大ファンだ、だって喜びをもらえるんんだから。韓国のパククネ元大統領もファンだ。きっといい人なんじゃないかな、でもさびしいんだんだろうな、どうもああいう姉さんにはよわい。それをやってるのがこれだ、清水ミチコさん。いいじゃないか、もう3時間でもやってほしい。

おちこんだとき、ぼくはこれになぐさめられてる。笑いじゃないよ、こころにぐっとくるからまじめだ。ほんとにこんな姉さんいたらいいな、まいにち行くなあ、クネねえ、早く出れるといいね、いのってるよ。

そういやあ最近お見かけしないですね、小池姉さん。いやいや、そうじゃなかった、平成最後の金曜日かな、帝国ホテルでお会いしましたよね、経済同友会の懇親会でしたかね、とてもお元気でなによりで。そうそう片山さつきさんもお会いしたけどね、まあまだまだ小尼だね、小池姉さんのがタイプでございますよ、ほんに。

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バンクシーの落書き騒動

2019 FEB 22 0:00:41 am by 東 賢太郎

むかし何げなく書いたブログです。5年前(2014年)のものです。今や有名になって、世界各国で落書きがバンクシー作品じゃないかと騒ぎになってるが、5年前はほとんど知られてませんでしたね、このブログもあんまり人気はありませんでした。

Banksy’s Dismaland!(バンクシーのテーマパーク礼賛)

英語にsarcasticという形容詞があります。これがわからないとバンクシーもわかりません。皮肉って非難、冷笑するという感じですが、そう単純なものではなく「皮肉る」よりもっとスピンがきいて威力があります。英国人が得意というか、このマインドは英国人起源であることはほぼ間違いないと考えるし、英国人を良く知らないとたぶん理解が難しいとも思います。米国人が「It’s terrible!」と直球でけなすところを、あたかも褒めるかのような言葉で変化球でけなすのが英国なのです。

このDismalandなるテーマパークは仮想の「善」です。Disneylandのおちょくりだから、「米国がばらまいた偽善」と読み替えなくてはなりません。ファンタジー、英雄礼賛、退屈な日々からの脱却をうたってナイーブな愚民(idiot)をつくり、絶対勝てない的屋のゲームを競わせ、得体の知れないホットドッグを食わせ、借金でお困りでしょうと更に金利の高いローンを売りつける米国をテーマパークという「善」の象徴の風体を装って馬鹿にしている。しかし更に馬鹿にしているのはそれに気づかず騙されて生きている「あなた」という idiot (馬鹿)なんです、という強烈な毒味を効かせています。

You are so complex that you do not always respond to danger. は「あなたは複雑な人だ。複雑すぎて気がついてない危険なことがありますよ」と表向きでは言いながら「あなたみたいな単細胞の馬鹿はみたことない。日々騙されまくりの人生だね」と言っている。sarcasticというのは言いたいことの真逆を直言しておいて、実は相手を批判したりおちょくったりする変化球のことなのです。言われた方は裏の意味に気がつけば不快なのですが、「ほう、気がついたの?じゃそこまで馬鹿でもないんだね」というニュアンスがあって、それに対して真剣に怒ると今度は救われないという無言の圧力がある。

「このホットドッグ、何のお肉が入ってるか当ててごらん、当たった人は無料にするよ」。「ポーク」「ビーフ」→「はずれです、お金払って」、「いえいえ、実は**じゃないの?」→「当たりです!タダで持ってきな!」、さて、あなた、この**肉のホットドッグ食べますか?はずれ=馬鹿、あたり=賢い、でも食べられない。sarcasticは負けがないのです。常に優位にある。ご参考までに、アッパー(上流階級)の英国人はそうでもないが下のクラスの英国人インテリは「おいしいね」を delicious なんて絶対言わない。米国人の terrific なんて猿なみと思ってる。こう言うのです「Not too bad」。基準がお高い。私は(君たち)猿とは違う。いつも言外にそれを imply したいのです。

僕の仕事は6年間ロンドンで毎日英国人インテリたちと株の取引をすることでした。この「毎日」ってのが大変なことなんです。例えば高校時代は、毎日、昼休みに野球部員は部室に集合して200本のバットの素振りをさせられてました。3年間毎日。だから今でも同世代では体が強いかなと思っています。同じことで、毎日商売で英国人顧客にsarcasticな物言いで苦情を言われていじめられていると、それが伝染して僕自身がsarcasticな人間になってしまっているかもしれない。だから5年前に動画を見てビビッときて、心から気に入って、やっぱりそうかということに感動して、バンクシーなんか誰も知らないだろうけどお構いなく自画像としての「礼賛」のブログ執筆に至ったわけです。

僕は米国礼賛派ではありませんが、そうはいってもお世話になった米国だから、バンクシーの米国おちょくりが気に入ったわけではありません。英国人は judge(審判) になりたがる。それが妙に懐かしいなと、バットの素振りみたいにですね、懐古心がうずいたというところです。6年間英国のクラシック音楽専門誌Gramophoneを愛読し、あれで judge のなり方を心得ました。これで議論がうまくなって随分と得をしました。インテリしか読まない雑誌ですからね、上流階級の英語の単語から言い回しから何から勉強になった。上流は攻撃されないんです英国では。それを覚えたい人にはGramophone購読を強くお勧めしますよ。それで肌で分かったのです、terrific は確かに猿だな、差別だ何だ言っても仕方ないなということが。ただそれを表立って口にしてはいけません。お品がないし、そこでたたかれてしまう。

前に書いたことですが、僕が知る限りそれを最も elegant に intelligent に言いえた名言は、英国人指揮者サー・トーマス・ビーチャム(Sir Thomas Beecham、1879 – 1961)のこれです。これぞ最高傑作である。

Ravinia is the only railway station with a resident orchestra.ラヴィニアはレジデント・オーケストラを有する世界で唯一の駅である)

ビーチャム卿は怒っているのです。このワン・センテンスで、猿にエロイカはわからんと名誉あるラヴィニア音楽祭を完膚なきまでこき下ろして、呼ばれても二度と指揮に行かなかったのです。でもそう見えないでしょう? カッコいいでしょう? 将来の日本を背負って立つ若者のみなさんはぜひ、こういうことを学んでくださいね、学校の先生は絶対に教えてくれませんからね。

そのココロは、ここにございます。

プーランク大好き

sarcastic+witty である。これをRavinia駅長や音楽祭委員会が「侮辱だ!差別だ!」なんてやったらサマにもならない。みっともないし、それがそもそも民度で負けてるよねとなって思うつぼにはまってしまう。だからやらないし、この逸話をこじゃれたアネクドートとして音楽祭の栄えある歴史の一幕に組み込んでしまっています。もちろん米国のインテリもスマートなのです。

大英博物館にも似た事件がございますよ。バンクシーに展示品を装ってこんな「原始洞窟壁画」をこっそり置かれ、おちょくれらてしまったのです。博物館は3日それに気がつきませんでした。

しかし、不法侵入罪だなんて下種なことは大英博物館はいわないのですね。ツイッターでこう書いてしまうのです。

The hoax piece is going back on display – ‘officially’ this time – in our exhibition highlighting the history of dissent and protest around the world.

Listen to co-curator Ian Hislop talk about this piece today at 9.00 on :

(この展示品は偽物であり撤去いたしましたが、当博物館が現在展示しております「世界の反抗と抗議活動の歴史」において、このたび正式な展示品」として復活させる事に致しました。当館の共同館長であるイアン・ヒスロップが9時からBBC第4放送にて当作品につき解説いたします)

知性と教養とお品と格調を持って下種の悪戯をまじめな顔して返し技の悪戯で食ってしまう。日本国外務省と外交官はアジアの英国流でいくべきですね、できるのは日本だけだし、カッコいいから反撃できませんし、すれば猿の猿回しになって失笑買うだけですしね。

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ブログ総閲覧数300万の御礼

2019 FEB 7 1:01:45 am by 東 賢太郎

そう人様をエンターテインできる人間ではなく、ブログの総閲覧数が300万というのは人生で最も想定外の出来事のひとつです。音楽を愛される方が多いのでしょうか、もしそうならちょっとうれしくおもいます。

子供のころブラームスの交響曲第4番がちっとも面白くなくて、「あれは大人の曲なんだ」と敬遠してました。ところがハタチを過ぎても渋すぎで、「そうか、あれはお爺ちゃんの曲なんだ」となりました。30ぐらいになると少しわかってきて、すると今度は「4番は子供にはわからんさ」なんてほざきだしました。

彼がそれを書いたのは52才です。気がついたらこっちは超えていて、一抹の焦りを覚えたものです。そして先日64才になって、いやな予感がして調べたんです。恐れていたとおりでした、なんとブラームスは63才と11か月で死んじゃってるではないですか。

 

CMで「今年で還暦です」「ええ?お若いですね」なんてやってて、このお爺ちゃん俺より4つも若いのか(がっくり)なんてことが日常茶飯事です。でも、このブラームス博士より年上なのかというショックに比べればかわいいもんです。

 

 

 

 

 

「お父さん、ピアノ弾いてるとブラームスみたいだね」と長女が言うのは、もちろんうまいという意味ではありません。壁に飾ってあるこの絵に似ているという意味なのです(体形が)。

 

 

 

ブラームスが消えてしまった。巨星墜つというか、人生の里程標を失ってしまったなあ、次は誰にしようかなあと調べると、一番長生きしたのはたぶんシベリウスなんですね、91才まで。しかし彼も7番を書いて隠遁しちゃってる、それって59才なんです・・・。次はストラヴィンスキーだ(89才)、でも彼も晩年は枯れてますね。

元気なのは80才でファルスタッフを書いたヴェルディ、77でカプリッチョを書いたR・シュトラウスだけどあんまり興味ないなあ・・・。ブルックナーが9番をまだ書いてないぐらいかな(でも未完でしたね)。一縷の望みをかけた敬愛するフランツ・ヨーゼフ・ハイドンさん、最後の交響曲第104番「ロンドン」が63才の作品なのでありました。

ということで、幕はおりました。もうどうあがいても無駄でございます。こんな出涸らしにおつきあいいただいている皆さまには感謝の念しかございません。ほんとうにありがとうございます。

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