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東大生が注目する就職企業ランキングに驚く

2021 APR 3 11:11:35 am by 東 賢太郎

【東大生が注目する就職企業ランキング1位は?–2位アクセンチュア、3位ソニー】

オープンワークは3月23日、「就活生が選ぶ、就職注目企業ランキング(大学別編)」を運営する就職・転職のためのジョブマーケット・プラットフォーム「OpenWork」で発表した。

同サービス内で22卒の学生ユーザーが検索した企業を集計したもの。今回は、東京大学2,656名、京都大学1,762名、早稲田大学5,272名、慶應義塾大学4,453名、MARCH(明治大学・青山学院大学・立教大学・中央大学・法政大学)1万2,450名を対象にそれぞれランキングにした。

(以上、2021/03/23付のマイナビニュースをコピペ)

 

「検索数多い」=「就職注目企業」かどうかは知らないが今どきの世の中だからそうと仮定するなら、野村総研の1位はともかく野村證券の東大5位というのは信じ難い。驚異だ。僕の頃、野村證券は早慶が各々3,40人の会社で東大の同期は5人しかいなかった(1人はすぐやめた)。狭き門ではない、証券はいまの言葉ならブラックのイメージがあって(現に入るとそうだったが)非常に、極めて、東大生には人気がなかったのだ。「銀行から証券への時代になる」と口では言っていたが言ってるそばから信じてなかったし、駒場時代のクラスでも金融に行くとなるとほとんどが安全第一で世間体も良い銀行にという時代である。かくいう僕も銀行員の親父にそう説かれて羽交い絞めされかかっていた。それが今や銀行は20位に入ってもいない。おそらく本筋の官僚志望にもその傾向が出ていると思料する(とするなら、政治に起因する国家の質を揺るがす問題の可能性がある)。なぜなら官僚の母体である法学部の人気に異変が起きている。2019年の入試で開闢以来初めて文Ⅰ(法学部)と文Ⅱ(経済)で合格最高点も最低点も文Ⅱが上だったと聞いて仰天したが、そんなことは当時あり得ない。この事実は東大生の方が「変質」していると解釈する余地がある証左だろう。

本ブログは東大生がかなり読んでくれているそうなので、以下先輩の親心で書いておく。大事なメッセージはというと就職は人気で決めるなよに尽きる。君ら株なんかやったことないだろうが、経済現象を理解するに株ほどいい教材はないし、そんな経験すらないのがいっぱしに経済を語ってコンサルですなんていわれてもね、僕なら5秒で坊やおとといおいでになるね。学校で教えないことが実は一番大事でしたというのが日本の悲劇の根源なのよ。騙されたと思って小遣いで好きな銘柄を買ってごらん。ランダムではなくちゃんと理由を考えてね。誰もが「いいね」「安心感あるね」「時流だね」という銘柄は見事にすっ高値だという確率が高いことをやがて悟るだろう。むしろショート(空売り)した方がいいと。就職もまったくもって、そうなわけだ。これは会社の問題ではなく、より重要な意味で、「株価」(valuationという概念での株価)の問題なのだと書いてわかるだろうか。例えば “超優良企業” が株価1000円なら「買い」でも、2000円なら「売り」になる。これが相場というものだ。その間に会社は何も変わってないのにである。相場においては会社でなくvalueを買っている。これが腑に落ちない人は民間への就職はやめておいた方が無難だよ。value、valuationとは何か?こんなのはその辺の本にいくらも書いてあるから説明は省く。

しかし普通の人は(東大生でも)そんなことすら知らない。ウブでオボコいとしかいいようもない。政府はもっと知らない。だからニーサをやれば国民の株式保有が進むと思ってる。自分が株を持ってもいない役人の考えることだ、あまりの能天気に笑うしかないが、株がこんなに上がると株保有の有無で国民のディバイドが歴然としてしまうから笑える問題ではない。簡単に書けば、みんなが良いと思えば当たり前の需給関係の結末で相場は上がるわけだ。しかし相場という概念が脳にインプットされてないからそれを見てますます確信をこめて2000円でも高い”超優良企業” 株を3000円で買う人がいる。驚くべき現象と表現するしか僕にはすべがない。我が国の就職戦線はそうやって動いている。人気があるから?そういう100%イロジカルかつ非本質的な情報で大事なことを決めるのはインテリジェンスがない人間だけだ(はっきりいえばバカ)。僕はいたるところでそう書いたり言ったりしてきた。でもね、それで気がついたんだが人間ハタチにもなっちゃうと知らず知らず自分の思考回路が確立していて、そこからはみ出した意見は理解はしても取り入れなくなる。頭がいいとかえって間違って固まるからもう始末に負えない。教えても無駄なのだ。勉強は大秀才だったのにそういう人は驚くほどたくさんいるよ、昔の超優良企業にね。

株を買うとは株主になることだ。就職するとは社員になることだ。株主になっていい事がない会社に人生預けるか?株は損切りできるが人生はできないよ。つまり、10年後には株価が10倍ぐらいになってるだろうと思う会社に入りなさいということだ。10年前のGAFA、Teslaがまさにそうだ、実感としてわかるでしょ。もっと言えば、その会社の成長の原動力を学んで盗んで、自分で会社作って儲けなさい。そのぐらいの気概じゃないと中国人にいい所をぜんぶ持っていかれるぞ。中国の学生トップレベルの受験戦争は日本の比じゃない。北京大、清華大に入れないセカンドランクの高校生がハーバード、スタンフォードに行ってる(日本と逆だ)。米中対立でアメリカ留学できなくなったからそれがどんどん日本に来てる。親はみんな富裕層で、カネを持ったら次は教育であり、マンションをぽんと買ってやる。高田馬場に10ぐらいVIP中国人用の受験予備校があって大盛況だ。昼は数学やって夜は日本語をやる(我々の英語に相当、ハンディじゃない)。猛勉強してすでに東大に何人も合格してる。院や留学生じゃないよ、我々とおんなじ入試で正面突破だよ、中国語で受けられるからな、ちょろいと思ってるんじゃないか。

君たちが30ぐらいになるころ、断言するが、日本国内ですら最強のライバルは中国人エリートになる。当然だ。あと7,8年で中国はGDPでアメリカを抜く。その世の中でそうならない理由などあるはずがない。そこで彼らは英語、日本語、中国語の完璧なトリリンガルなのである。需要がないはずがない。アジアで日本人だけが優秀なんて思ったら大間違いである、英語、中国語はおろか日本語の読み書きもまともにできない日本人なんて需要はまったくない。だから僕はこれから日本在住の30代の中国人たちと戦略的業務提携をすることに決めた。そしてもっと若い中国人エリートをどんどん高給でスカウトする。つまり、すでに彼らは君たちのライバルなのだ。株価の予測なんて習ってないしできない?ジョークだろ、それはとてもまずい。僕の周囲にいる中国の若者にそんな子は一人もいない。株式に対する興味は凄まじく、日本の難関大学卒で日本語は敬語を完璧に使いこなすレベルであり、ビジネスは僕の門下にいる。ゼミみたいなもんだが題材は実際に金が動く投資であり億円単位の企業買収である。「君は僕が30の時より優秀だ」と言っているY君は親御さんがスコットランドにお城を持ってるが、彼はそんなのなんとも思ってない(ここが日本の金持ちのボンと決定的に違うのよ)。40のころ彼の資産は1000億円にはなってるだろう。

そもそも君らはハタチにもなって失敗を知らないうえに世間でとーだいせーってちやほやされて、ものすごくそういうことにオボコいのだ。だからそのノリで就職して世間に出て社内の手練れのワル(どこでもいっぱいいる自分だけかわいい狼みたいな奴らだ)にひっかかるといいように手足にこき使われてしまう。受験で鍛えてるから仕事早いし正確だし徹夜する耐久力もあるし、なによりド真面目だ。学力の著しく劣る国会議員のアンチョコ書かされて貴重な時間を空費する官僚の諸君など本当に気の毒でならない。そこまでしても人間は可愛くなければ往々にして使い捨てにされて終わる運命にあるのは昨今の某省の事例でお気づきだろう。東大卒はプライド高いし一般にあんまり可愛くない。下手すると他大卒からいじめにもあう。だから賢い者は戦略的忖度という策に走る。それは方便として間違っていない。ところがそれが諸刃の剣で、バカが上に来て下手に迎合でもすると想定外である便利屋の評価が固まってしまう。そうするとそのまんまトシとってスーパー総務課長代理みたいになって人生を終わるなんてこれまた気の毒な運命になる。企業は東大生を一応は幹部候補生として採るわけだが、うまく育たずハズレになっても構わない。仕事はリライアブルでステイブルで給料は安い中間管理職の存在はありがたいからである(役員が楽できるからだ)。それも見込んで一定数は必ず採用する構図が出来上がっている。別に頭がいいからではない。つまり実はそうなっちゃう人が多いということの裏返しでもあり、出れば安泰なんて時代は僕の頃ですらとっくに終わっていた。

東大卒の肩書は爺ちゃん婆ちゃんが鼻が高いと喜んでくれる程度のもんで何の足しにもならん。世の中は甘くないと心得ろ。ハズレになりたくなかったら三国志を熟読することをお薦めする。古今東西共通、人類永遠普遍の「修羅場の原理」が書いてあるよ。君たちのアンチテーゼの元東大生による本ブログは人生をかけて書いてきて2500タイトルぐらいにはなった。東西の証券ビジネス最前線で40年戦ってきた思考のエッセンスだ、くだらない本に2000円も払うよりはましと思うよ。ところで、検索数5位の野村證券だが、ニューヨークでヤクザな韓国人が運用してるファミリーオフィスでマージンコールがひっかかって2200億円の損失計上するらしい。ゴールドマンら米系はうまく逃げた。記事の情報しか知らないが、アルケゴス・キャピタル・マネジメントのこいつは昔タイガー・マネジメントにいて大博打を貼るので有名な手練れの男だ。所詮は証券業はヤクザな商売なんだ、アホなヤクザはケツの毛までむしられるだけだよ(こういう手合いは手数料はくれるが危ないから僕は絶対に商売しない)。しかしまあ野村ともあろうものがプライムブローカーなんてフェイクで安直な金融業もどきでこんな奴のクレジットとるとはなあ、いい会社というかずいぶんオボコい普通の会社になったもんだのう。勘違いの東大卒だらけになって沈没しないといいが。

 

情報と諜報の区別を知らない日本人

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印度カリー子さんと神保町の深い関係

2021 MAR 29 1:01:55 am by 東 賢太郎

ユーチューバーである印度カリー子さんの番組はとても人気らしく、娘がそれを見て作ったチキンカレーはなかなかだ。市販のルーではこういう味は出ないし、それをカレーと思って生きてきた世代からするといろいろ感慨深いことがある。

(1)キッチン南海

インド料理店というと今はそこかしこにあって不自由しないが、昭和40年辺りに家庭にない味のカレーとなると新宿の中村屋と神保町のキッチン南海の2つだった。南海は洋食屋だがカツカレーの元祖であり、においにつられていつもそれになってしまうから他のメニューは食ったことがない。神保町のすずらん通りは一橋中学の目と鼻の先でいつも好奇心で横目に眺めていたのが懐かしい。なにせ校則が厳しいので有名な学校で、制服で学校の目を盗んで入る勇気はなかったからあのなみなみと盛られた黒っぽい名品にはまって通ったのは後の駿台時代のことである。どうしても解けない数学の問題を考えながら、このスパイスはなにやら頭が冴えるなあ試験直前に食いたいものだと思った。コロナのせいかどうか、昨年に閉店と聞き驚いたが再開の報にほっとしている。

(2)新宿中村屋

新宿中村屋のほうはと調べると1901年創業の老舗で高野フルーツパーラーのとなりだ。どっちで食べたのか、子供心にチョコレートパフェやフルーツポンチの方が大事でありカレーはというと南海の病みつきになるインパクトに比べるならあんまり際立った印象はなかったように思う。ただ、ここでは「カリー」というのか、なんか変だなとは思った記憶がある。その疑問が解けたのは河出文庫の「インドカレー伝」を紐解いてのことだ。著者リジー・コリンガムによるとこの食べ物は18世紀あたりの東インド会社の現地駐在員だった英国人たちが香辛料のきいたベンガル料理の美味を忘れられず、インド人コックを連れ帰って作らせたことでロンドンで広まったものだ。だからインドにカレーという料理はなく、実はれっきとした「英国メシ」である。語源はポルトガル人が香辛料を呼んだカリル(Karil)であり、それが英語化してCurryになった(同書183ページ参照)。英国の発音はカァリィである。したがって、日本語のカタカナという極めてアバウトな表記法においては「カリー」が最も近似的だと結論されてしかるべきである(カリー子さんは正しくコリンガムの本の標題は失格ということになるが、日本ではカレーなのだから方便だ。ビートホーフェンじゃ誰もわからないからベートーベンになるのとおんなじ。ベンかヴェンかは目くそ鼻くそ。本稿もそれでいく)。中村屋は銀のソースポットで麗々しく供するのが当時はいかにもそれっぽくステキで、英国メシのルーツを正しく体現していたと評することができるがその割にライスは白米である。英国人はソーホーでこんな食い方はしない。印度式を和の食文化に同化させたはしりと言うのが正しい評価だろう。ほかにも、ハンバーグ、グラタン、ナポリターノなどの洋食メニューがあって、南海が洋食屋である源流のようなものでもあるかもしれない。クリームパン、中華まんじゅう、月餅までがメインストリームの売れ筋であって、そこまでくると戦前の輸入食材のごった煮の観がなきにしもあらずであり、親はファンだったが僕としてはカリーの本格感にやや不満があった。

(3)アジャンタ

こんなものだったらしい、覚えてないが

そこでいよいよ本場物となると、老舗中の老舗アジャンタの登場だ。創業は昭和29年。今は麹町にあるが以前は九段下にあって母校のすぐ近くだった。外観は高校生には敷居が高く、なにやら異国感があって謎めいた存在だった。いまだインドに行ったことはないが、九段にはインド大使館があったしここに連れていかれて恐る恐る味わったのが初のホンモノだったのだろう。その料理とお味だけは鮮烈に覚えているが、相手が誰だったかは申しわけないが忘れてしまった。「チキンカレー」と注文して何が来るかと思ったら骨付きが真ん中にごろんとあって、カレーは黄色くてやけにスープっぽい。なんだこれはと思ったが、口に含むと味も辛さも衝撃のうまさだった。たしか千円ぐらいで高くて二度と行けなかったが、それから半世紀たって九段から移転した麹町本店へ行ってみた。まだこんなに覚えているんだからと期待値が高すぎたんだろう、あの衝撃はもう訪れなかったが充分に一級品のお味ではあった。

(4)神田神保町

僕が大学の頃の神保町

外食のカレー文化はちょっと取りすました九段からすぐお隣のごちゃごちゃした神保町へ伝播していく。すると一気に庶民派の日本食になってしまうのだから実に面白い。神保町については以前も書いたが僕の庭であり心の故郷でもある。この地に満ちている内外文化のぎりぎり下品に陥らない「ちゃんぽんな感じ」は他所に類がない。それはあそこが200件近い古書店の街だからであり、それも古本屋でなく古書店であるという凛としたたたずまいがそうさせていると思われる。東洋系、西洋系、理系、文系の多様なジャンルに各店ごとの個性があって、学者が店主というわけでもなさそうなのに大変にアカデミックだ。後に諸国の大都市はほとんどめぐったが、ああいう街は世界のどこにもない。明治以来の外国の文物への渇望が渦巻くようで、それが役人や学者だけでなく庶民レベルでのことだから商売が成り立って古書店街が形成されたわけである。日本ってすごい国でしょ。外人を案内すると必ずここに連れてきたものだが、みんな納得してくれた。

神保町交差点からすぐの、今は新世界菜館が建っているあたりに洋書店があって、そこで春の祭典と火の鳥の指揮者サイズの管弦楽スコアを買った。ホンモノを手にした感動の瞬間である。高校生にとってなんて知的刺激に満ちた街だったんだろう。中・高とここのちゃんぽん文化にどっぷりつかって育ったので、野球に明け暮れて勉強はお留守だったが精神だけは乗り遅れないですんだ。そればかりか西洋は遠い所という感じがなくなっていたと思われ、それが後に海外勤務になる無意識の端緒だったのだろうかと思わないでもない。そう考えるようになったのはつい先日のことで、「行きたかったわけではないよ」と子供にいうと家内に「ちがうでしょ。だって留学したいから野村に行くって言ってたわよ」と直撃を食らったからだ。なに?そんなの記憶にございませんよ(株が好きだったからと思ってる)。言った言わないは家内に負ける。欧米に強烈に憧れちまったのは確かだ、そういうのもあったかもしれない。そうだとすると入社の動機はやや修正が迫られるから一大事だ。人生航路まで決めていたとなると神保町の影響力は破格で、「くびき」とでも呼ぶしかない。

(5)石丸電気

神保町のくびき。実に根深く強い。三つ子の魂なんてもんではない。今でもあのあたりを歩くと古書店が知の殿堂に見えてくる。僕には東大やペンシルベニア大の図書館よりそう見えるのである。そして三省堂から神田方面に10分も歩くと秋葉原で、そこには今はなきクラシック音楽の殿堂、石丸電気が鎮座していた。2号館の隣りのビルはいつも正露丸の匂いがぷ~んとたちこめており、もとより終戦後のバッタ屋街だったアキバなる場所柄からしてクラシック音楽にふさわしいとはお世辞にも思えないのであるが、でも、そうなのだ。それって、まるで神保町がカレー激戦区になったみたいなもんではないか。古書店街は輸入洋書のメッカでもある。火の鳥のスコアも洋書だ。ということは、プラットホームの神保町とコンテンツであるストラヴィンスキーのイメージがかけ離れていても問題ないのだ。アキバの電気屋がスピーカーやアンプを扱うのは自然で、ハード売り場にソフトがくっつくのもこれまた自然であり、しかもそこには膨大な数の輸入盤が並んでいた。石丸で買ったのはほとんどがそっちだったが、値段や音のこともあったがその辺の深層心理が働いたのかもしれない。国内盤の帯に「カラヤン入魂の第九」やら「フランスのエスプリ、クリュイタンス」なんてくさい言葉が躍るのがいかにもチープで、俺は中村屋でも南海でもない、アジャンタ派だぜというもんでせっせと輸入レコード、CD、レーザーディスクを買い集め、家に石丸の売り場みたいな部屋がひとつできてしまった。それも深淵を辿ると神保町の古書店の書架のたたずまいに似ていないでもない。やはりくびきに発していたのかと恐るべしの心境である。

(6)印度カリー子さん

印度カリー子さん

その威力はいまやカレー渉猟にまで達していて、普通のでは満足しない。漢方薬みたいな正露丸の薬味が混じっていてもいいとさえ思う。印度カリー子さんはスパイス料理研究家で東大院生でもあるらしく、肥満症とスパイスの関係についての研究もしていますとネットに紹介されている。youtubeの動画を拝見すると料理は実に手際よく無駄のない合理主義者のようであり、何事もこういうタイプの人に習うのが近道である。ヒマになったら弟子になってスパイス研究してみたいなと思わせるものがある。

(7)エチオピア・ビーフカリー

最近気にいってるのはエチオピア・カリーだ。エチオピアにカレーはたぶんないだろうが、たしか元はエチオピア・コーヒーのお店だったのが、出してみたら好評でそうなったときく。珈琲店がカレーに転身するのはアジャンタもそうで正統派ともいえよう。店では0辛から70辛まで選べるが、辛さが売りというよりスパイスの調合が独特で味がユニークでクセになることを評価したい。写真のビーフはまさに激辛だから苦手な人はマイルドな方をすすめる。場所は明大から三省堂へ下る途中の右側ですぐわかる。カリー子さんのご評価を伺ってみたいものだ。

 

学生街回想-いもやと鶴八の閉店-

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すべての悩める人への万能薬

2021 MAR 23 13:13:29 pm by 東 賢太郎

なぜ、かように奇怪な物が自宅の仕事机にあるかを人に説明するのは難しい。というか絶望的に無理である。あえていうなら、これは薬であるということになるだろうか。

好きな色は金と銀であり、幼稚園で使っていたクレヨンはこの2色だけがすぐに短くなった。光り物好きは母親譲りであるが、自分の生まれつきの色に対する感覚に世界にきっと自分しかいないだろうと想像するものもある。

とにかく、これがあると、気持ちがハイに前向きになる。凄いことだ。すなわち我が社の収益のかなりの部分はこれが生んでいるわけで、駄菓子屋で300円で買ったこれの本源的価値(Intrinsic value)は数億円にのぼると推定されるわけである。

そのことは、金貨チョコレートを混ぜることで、より鮮明に表現されるだろう。

会社のほうはというと、デスクはUSMハラー社の、全面がレモン色のガラス製だ。スイスから輸入した。なぜかというと、子供時分にヴィックス・ドロップに魅せられたからだ。アメリカから入って来たばっかりだったろう、駄菓子とちがうオシャレ感があり、味も気に入っていた。それを「薬だから」と止められたからまずかった。テレビCMで小鳥が嘴で三角形のこいつをくわえてるのが目に焼きついていて、ついに母の目を盗んでぜんぶ食ってしまう。もっと幼いころ、浅田飴でも前科があったらしく、大変なことになった。

それはアメリカで買えなかったビッグマックがいまだに高級食材であるのと似る。ヴィックスはたしかオレンジやハッカみたいのもあったが、レモン専門だったのでハラーの机が材質もろともそれに見えた。するとアドレナリンかエンドルフィンでも分泌されるんだろうか、それとも糖質が回った気になるんだろうか、とにかく頭が冴える。チェアはこれまた鮮やかな太陽のオレンジ色であり、周囲の壁も地中海ブルーと黄色に塗り分けてもらった。社員の皆さんには衝撃を与えたろうし値段も半端でないが、これがまた金銀と同じく絶妙の効果を及ぼし、そう思いこめるだけでも幸せだなあと感慨にひたらせてくれるのである。

人間も所詮は動物であってヤル気に「点火」するには色彩が効くことは検証されている(牛が赤い布で興奮するように)。コーヒーの香りが購買欲を刺激するという実験結果もあり、また、どの音楽がどう人の情動に効くかについて僕は多少の知見を持っている。五感は人を支配していると思う。そういうものすべてを総合して「薬理効果」だと考えれば、クスリをうまく調合することで自分自身のメンタルをけっこうコントロールできるようになってくる。一番難しいのは怒りと嫉妬とされるが、それとて今はうまく抑えることができる。それにはまず、自分に何を見たり、聞いたり、嗅がせたりすれば自分がどう反応するという因果関係を知ることである。

多くの宗教家や智者はそれを目指しているように思える。例えば、老子は『人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり』(知人者智、自知者明)と説いている。他人を知ることより自分を知ることのほうが難しいという意味だ。この言葉は好きで、そう信じて生きてきたし、66にしてついにその境地に達したと書けば格好いいだろう。しかしそうではない。僕の場合、自分がどういう時にどう思考・行動しがちか(時に馬鹿か)は概ね学んでいるつもりだが、それは完全な法則ではなく、たぶんこうなるだろうが、なってもびっくりはしないという程度のものだ。ましておや、「だから他人もそうだろう」と思ったら大ハズレでしたという膨大な失敗の山の前には気の利いた言葉すら出ないという無残な現実が目の前に横たわっているのである。

今の僕の境地を素直に書こう。「自知」も「知人」も難しい、いや、というより、どっちも不可能なのである。老子の言い分を逆にしてみればわかる。自知者明、知人者智(自分すらわからない者に他人を知ることは無理だ)となって、これをしたり顔で説いてごらんなさい、誰しもが「昔の人はいいこと言うね」「だよね」と酒の肴ぐらいにはなれてしまうだろう。それはAならB、BならAであるということであり、つまりAとBは等価(同じ集合)であり、何のことない、よく考えるとA=B=0(不可能)だからそれが成り立っているだけだ。「木星も行けないんだから土星は無理だよね」「土星も行けないんだから木星もね」「だよね、だよね」ってなもんで、八つぁん熊さんである。老子様に何を言うか、不遜な奴めと思う方はぜひ最後までお読みいただきたい。

老子のご説を疑う者は2千5百年の間に出現しなかったとは思わないが、信者の多さが勝っただろう。僕がとりわけ天の邪鬼であることは認めるにしても、諸子百家は自身が大王であったためしはなく、多くが権力者に召し抱えてもらいたいモチベーションを持った遊説家であったことはどなたも認められるだろう。大王はみな闘争に忙しい。仮に天下を取ってもいつ寝首をかかれるかも知れない。そういう人は俺様=天下であって、自らを知ろうなんて悠長なことは普通は考えないのである。だから諸子百家や諸葛孔明やマキアベリに顧問のポストがあったのであり、大王は「猿でもできる帝王学」なんて本は書かないから顧問の進言のほうがむしろ成功に導いた名言だったとマーケティングされて後世に残っていくのである。

「江夏の21球」というのがある。自身があれを積極的に語ったのを見たことないし、マウンドにいる投手は大王であり、必死に投げてる者がいかに大投手とはいえそんな意識があろうとは思わない。彼はぽつりとスクイズ外しは「神業」と語った。つまり無意識に体が反応したのが本音だろう。それが球界の伝説に祭りあがり、wikipediaに21球全部の詳しい解説までついた。そんな「こっぱずかしい」ことを彼が語ったとは、賭けてもいいがないと思う。その手のものは、野球をやったことがない人だけが書けるのだ。江夏がどこかのコーチになって21球を教えようたってできるはずもないから、市井の人の酒の肴以上の価値はない。大王と顧問の関係はそんなものである。顧問は本を書いて人生訓にまでして儲ける。二匹目のドジョウで「岩瀬の13球」まで出てしまうのである。

経営者というのは会社の大王である。その意味はというと、偉いからでも人事権があるからでもない。全面的にリスクを取っているからだ。やってみればわかるが、その人にとって経営学の大先生の本やコンサルなんてものは微塵もあてにならない。大企業になって、椅子だけになった社長ポストに座って、企画室のような他人にアイデアをもらっているような人はただの「組織の通過体」であって、そんな組織のできた会社はすでに終わったに等しい。政治もそうだ。「秘書がしたことです」なんて輩は全面的にリスクを取る腹も能力もない人物で、つまりサラリーマンの大王ではあっても真の大王ではなく、企画室長におまかせの吹けば飛ぶような社長と実は同格の人材である。

「自分を知りなさい」と大王に説くのは奸計だ。そんなことを忙しい相手は知らないから智者に見える。そう見せられるタマかどうかだけが一流二流の分岐点ではある。首尾よく雇ってくれれば「閣下はまだ自分をご存じない」「ご慈悲をなさい」とマインドコントロールして利益誘導する機会が手に入る。失敗しても打ち首にされないヘッジもできる。「まだ自分の美しさに気づいてないんだね」と言われて嬉しくない女性はいない。だから古代中国に限らず爺殺しのセールストークでもあり、猟官活動に明け暮れたモーツァルトもオペラ「皇帝ティトの慈悲」を書いたし、秀吉は信長をこれでたらしこんだと僕は見ている。老子のご説の真偽は問題でない。ただ老獪と思うのであり、人間の性を鋭く突いているから正体不明でも25世紀の長きにわたって語られてきたのだと納得する。

他人など知る由もない、自分を知ることも不可能だ。僕がそう確信しているのは「宇宙ディズニーランド」説の信者だからだ。それはここに書いた。

見えている現実はすべてウソかもしれない

たまたま乗ったスペース・マウンテンの車両構造やスペックなど乗りながらわかるはずもないし、まして他人のなど調べる術すらない。だからA=B=0(不可能)以外の何物であるはずもないのである。老子様もショーペンハウエル様もイギリス経験論も、万物はこの宇宙の真理のしもべと考えるのがすっきり気持ちよく生きていくための万能薬だ。

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エリザベス女王の酒壺

2021 MAR 15 0:00:47 am by 東 賢太郎

上海の豫園が好きで行くと必ずお茶に寄るのが「湖心亭」だ。何度訪問したか、からっきし覚えてないが10回は下らないだろう。どうということない定番の観光スポットだし、お茶もそういう所なりにちょっと高くて、特におすすめの場所でもない。

中はこんな感じだ。上海で一番古い茶館で創業は1855年とある。当初は豪商の集会所として使われたらしい。

あれが何時だったか、そのときなぜ上海にいたか、さっきから考えてるがわからない。同行した面々の顔は思い出すのに、どうしてあの人たちと?というのが不明だ。上海雑技団で盛りあがったのしか覚えがないのだから気合の入ってない仕事だったのか早く帰りたかったのか。

たぶんランチの後で酒も入ってぼ~っとしてたんだろう、店の人がいろいろ由来を説明してたがうわの空だった。「はい、そのときお酒をお注ぎしたのがあれです」と骨董品らしいのが並んだガラスのショーケースを指さしていた。別に興味もなくそこから記憶は飛んでいるが、「エリザベス女王」と聞こえた気がした。

帰り際にそのケースを眺めていて、ちょっと気をそそる形のものが目に入った。紅茶を注ぐポットを小ぶりにした感じで、いいな、欲しいなと思った。「すいません。これなんですか?」「ああ、さっきお話しした女王陛下の・・・」

そう、それで、家にこれがある。それはまちがいない。酒壺らしい。

どうも、即決で買っちまったらしい。いくら払ったんだろう?覚えてない。だまされたか?絵柄はあんまり高級にも見えない。売ったらいくらだろう、なんでも鑑定団かな。

ここから推測になる(自分のことだ、情けない)。

まず確実にいえるのは、僕は女王様にはあんまり興味ない。するとなんだろう?唯一考えられるのは、明治生まれの爺様が三井物産の上海支店長だったことだ。豪商の集会所・・・これでお酌されたんじゃないか?空想もいいとこだが、いまこいつを自宅の仕事机に置いているが、なんかほんわかと豊かな気持ちにしてくれてうれしい。

まあ僕が2才で逝っちまったから写真でしか知らないし、お通夜の枕もとで赤堂鈴之助を歌って踊った(らしい)のは喜んでくれたんじゃないか。たぶん、買っとけよとささやいてくれたんだろう。ともあれ子孫にはお願いしておく。食うに困ってもこいつはメルカリに出さないでくれよな。

なぜかわからない、僕にとって上海は不思議な気分になるところだ。

湖心亭の夜景

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飲み会を絶対に断る男

2021 MAR 3 1:01:46 am by 東 賢太郎

証券会社から銀行に移籍してなるほどこれは違うと思ったものがある。母体が銀行といってもやってる業務は証券だ、ここでそれということは本丸では相当な差があろうかというもの。飲み会だ。

銀行員と証券マンは違う。「東くん、君らはファンファーレから入るけどね、僕らはお葬式から入るんだ」と教えてくれた役員さんは、証券マンほどお葬式の翌日から入る人種はないことをご存じなく証券業に入られたという意味でとても銀行員だった。各所で飲み会をしていただいて有難かったが、商売や人生の基本原理がまるで別物だから犬の集会に猫が一匹まじったみたいなものである。

「いいネクタイですね」。猫は毛の色まで珍しい。お酌をくれながら「野村だと毎日でしょ?」「いや、僕は年3回ぐらいですかね」。シーンとなる。大学で全優だったんだろうなという感じの女性からおそるおそる「あのう、ニバンゾコって何ですか」とあさっての質問が飛んでくる。「チャートで二番目の底です。僕もよく知らないんですよ、何の意味あるのか」。禅問答が10秒で終わる。まあこんな塩梅であんまり酔いが回らない。それなりの酒宴の在り方は面白くはあったがネクタイはちまきの宴会部長は1年待っても出てこないだろう。

驚いたのはそれだけでないが、もっと驚いたのは、「そんなものはいいんだ、ここは証券会社だ、そのために来てもらったんだから君の好きなようにやってくれ」といわれたことだ。後に社長になられる横尾常務(当時)だ。これを男冥利といわずしてなんだろう。31年サラリーマンをやって一番高揚感を覚えたのはこの時だ。自分をほめてもいけないが、モチベーションが上がると猫が豹に変って気がつくと自分でも信じ難い結果が出てしまっていることが幾度かあった。この時もそれだ。

そういわれたからといって証券流飲み会を決行したわけではない。なぜなら興味がない。若いころ盛大にしていたのは仲間と群れる時間が潤滑油として必要だったからだが、麻雀がわりのカジノと土日のゴルフの方がずっと多かった。それをここでやるわけにもいかず、結局120名の部下とは仕事現場でのつきあいだけで潤滑油はなし、しかしそれでうまく歯車が回ってしまうのだから銀行の組織力は大したものだと感嘆した。野村の組織力も強いが、人的つながりに依存するのでどうしてもプライベートで腹を割っておく必要があった。

サービス業でなく研究者のような就職をしていたら良かったと時々考えることがある。理系だったら本性のまんま「飲み会を絶対に断る男」で通して楽だった気もする。しかしそっちの世界はもっとヨイショが必要だよという声もあるので上司の不興を買って討ち死にしてた可能性も高かろう。たまたま入ってしまった証券界で生き延びたということは本性をかなぐり捨てて妥協してきたからである。そして、ということは「飲み会を絶対に断らない女」とあんまり変わらないのではないかという結論に至ってしまうのである。

総務省No2まで昇りつめた山田真貴子氏は「断らない女」を妥協というより功利で積極的に演じたのではないか。それはそれで生き抜くための立派な戦術だ。サラリーマン道では僕より一枚も二枚もうわてな人なのだろう、何事であれ達人には敬意を払うポリシーだから悪いという含意はないつもりだが、しかし、自分の人生もそれだったとなると全く認め難いものがある。妥協していたのは認めるが、野村から出たのはそれをもう一切しないという決断であり、そんなことをせずとも力だけで評価してくれたみずほ証券には心よりの感謝しかなく、もちろんその力を涵養してくれた野村は棺桶に入るまで「我が母校」である。

おかげ様でいまや「飲み会を絶対に断る男」にすっきりさっぱりと回帰し、達人の仕事をしてくれる部下、仲間たちと楽しくやっている。敵味方なくファインプレーが出れば達人だねえと愛でる、仕事でも趣味でも完全にそういう人間に生まれついていたのだということが自分でよく分かってきた。達人だなあと思う中身は年齢とともに変わっていくことはあるが、あの誰も抑えられなかった王貞治選手をワンポイントで三振にとる大羽進投手は凄いと小2でカープファンになった素地はそのまま三つ子の魂である。

だから、これからのビジネスもそうなのだと考えている。長年白人と仕事し、白人社会で生活してきた。でもそれが三つ子の魂ではない。そのことはスイスから異動になって香港チェクラップコク国際空港に家族と降り立った時、不意の衝撃として天啓の如く悟ることとなった。空港の雑踏でもみくちゃにされて周囲を見渡すと、みな髪の毛が黒いということだ。当たり前ではないかと笑われようが、まるで別な惑星で異星人の集団に取り囲まれたような気分に陥っていた。しかも、鏡を覗けば何のことないそこに写る自分はその異星人なのだ。不思議の国のアリスが目が覚めたとき、きっとこんな気分だったにちがいない。

そんなばかな、大袈裟なと思うかたには、少なくともまず欧米のお好きな国で14年の歳月を過ごしていただき、ある日突然の電話で「次は香港に2年半住みなさい」と有無を言わさず命令されていただく必要があるだろう。ノムラ・インターナショナル・香港のでっかい社長室に次々と押しかけてくる人達にそんな気分を微塵も悟られぬよう注意を払いつつ、何日かはアリス状態から頭が切りかわらない。さらにもう幾日かを経て、恥ずかしながら初めて悟ったことといえば、いかに自分から日本人目線が抜け落ちてしまっていたかということ、そして、日本人が東洋人の一部だという意識のかけらもなくボ~っと生きてきたのかということだった。

三つ子の魂は日本にあるに決まっている。しかし自分は東洋人だから香港です~っと吸い取り紙にインクが浸みこむみたいに受け入れてもらい、500人の部下とパイチュウで倒れるまでカンペーカンペーの飲み会をする必要もなく長年そこにいたかのように仕事ができた。中国や韓国やベトナムのビジネス慣行はとんでもなく違っていて失敗もしたが、東洋人という最大公約数から糸をたぐっていくうち何がなぜどう違っているかが分かってきた。日本人だって、東京人の僕に大阪の文化は驚天動地だったじゃないか。この発見は非常におおきい。なぜなら証券ビジネスという心理の機微や綾が非常に重要な要素を占めるものにおいて、飲み会や大宴会よりそっちの理解の方が実は部下やお客さんには本音で望まれていたことのように思うからだ。

不思議なもので、コロナで禁止されると飲み会やりたいなあと思ってる自分がいる。なんてあまのじゃくにできてるんだろう。「断る人は二度と誘われません。幸運にめぐり合う機会も減っていきます。多くのものに出会うチャンスを、愚直に広げていってほしい」(山田真貴子広報官)。いいこと言うなあ、やった人しか言えない、ビジネスを志す人は耳の穴かっぽじって聞きなさい、まさしくその通りなのである。男だ女だなんか関係ない、そのぐらいの覚悟と犠牲がないとNo2まで昇るのは到底むりだ。7万円が高いか安いかは接待する側がおもんぱかるもので、出てしまった饗応を断るすべはない。もったいなかったね、行ってしまったのがまずかったですな。

ところで、若い人にそう言いつつ、僕はもうそういう幸運やチャンスはいらない。ときに何の話題がなくても一緒に酔っ払ってくれる人は大事だったんだなあと思う今日この頃だ。

 

飲み会を絶対に断らない女

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飲み会を絶対に断らない女

2021 FEB 25 23:23:22 pm by 東 賢太郎

まったく記憶がないが、母親に芸大に行きたいと言ったことがあるらしい。あんなに音楽が好きなら行かせてやればよかったわと妻が茶飲み話にきいたのを最近きいたというややこしい話で、いいよといえば行けたと思っているとても世間知らずな家庭だったということでもある。

銀座で音大卒の子に男女比は2:8でしたときいて頭がくらくらした。大学のクラスは50人いて女子ゼロであり、そこまで共学だった僕としては野郎だけの宇宙船で月面に不時着したみたいな気がしたものだ。あそこに女子がいたら?いやもういるだけで間違いなくモテただろう。とすると、その逆である音大は?

そんなある日、サントリーホールでのことだ。舞台を黒装束で埋めつくすオーケストラをぼんやり眺めながら、なにやら釈然とせぬものが頭をよぎった。男のが多いじゃないか・・・。この事実に対する釈然とする説明には出会ったことがない。2:8の母集団から任意に8:2の集団を得る確率は非常に低いのだ。

「あっ、オケは入れません、難関です、欠員が出ないと」音大卒の子は平然と言った。それを埋めるオーディションに百人も来るという。そうか。とするとほぼすべての楽器において男の方がうまいということになる。それはないだろう、変じゃないか?なんか差別でもあるの?

どこかの医大の入試で男子の点数にゲタをはかせていたことがあった。あれはあれで理由があったと聞くが、オケにも業界の裏事情でもあるのだろうか。男は食うために必死で女を蹴落としてるのだろうか、それとも学校や先生や先輩のコネをつたって理事会や幹部に接待攻勢でもかましてるのだろうか?

こういう話になると、多くのサラリーマンの脳裏をよぎる言葉がある。「つきあい」だ。「あいつはつきあいがいい」、こんなんで出世が決まるんだぜ日本は。ロンドンのパブでそういったら「ボス、じゃ俺は夜に出勤するぜ」とオカマっぽいのが乾杯してきた。バカそっちじゃねえ。それ以来、社内でツ・キ・ア・イは英語になったが僕はカンパニーと言ったらしい。

「おい行くぞ、カンパニー」の一言で5,6人ツキアイが集まる身分になったのは課長になってからだ。まずソーホーでささっと中華飯を食い、リッツホテルのカジノにくり出す。じゃあ明日な、で帰宅すると2時ぐらいだ。「明日な」とは8時にゴルフのティーオフするから来いという意味である。問答無用であったため、実はここで出世は決まっていなかったが。

女子の総合職が初めて入ってきて、そのカルチャーは少しだけ変化したが、初めて本社勤務で帰国した僕は大いに面食らった。当時の野村の下士官クラスは僕のような野蛮な男ばかりだ、きくと同期もみんな女性様の扱いにそれなりに苦労していて、課の飲み会は必ずやさしい笑顔と猫撫で声で「行く?」とお伺いをたて、断られない努力をしていた。

しかし女子も野村に入ってくるのはタフだった。超高学歴で英語ネイティブだがお高くとまらず、飲み会を皆勤して男を手玉にとる人が現れるのは時間の問題であったのだ。みなの前で誘って「いたしません」されては新米課長は格好がつかない。飲み会を絶対に断らない女は時に神で頭が上がらず、こうなると学生時代の大事な四年間を月面で過ごした弱みはあなどれなくなってくる。

多くの女性と働いてきたが、みなこっちがどれだけ会社で大変か知っているのは楽ではある。しかしアフター5は口も滑らかだし、皆勤賞だと組織の構図を色々読めてしまうだろう。勘の冴えた女性だと意見を聞いてみたくもなるがこっちも品定めされてるかもしれない。幸い僕は良い人ばかりに恵まれたが、まあ色んな書けない話があった。大企業のポリティックスはジャングルみたいなもんで何が飛んでくるかわからない。真面目な男性のみなさん、脇が甘いのは禁物だ。

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九紫火星のみずがめ座

2020 DEC 30 17:17:41 pm by 東 賢太郎

運勢見というと四柱推命や占星術になりますが、そういうものを信じるかというと、もともと関心のない方です。それは受験で数学に熱中し、宇宙=パーフェクトという世界観に固まった影響が大きいです。それ以来、非科学的、非論理的なものは一切無視、軽視して生きてまいりました。

ところが、初歩的な量子力学の書物を読んでその世界観が崩れました。

物質は「観測」するまで何も決まっていない!

アインシュタインも解けなかったこの不思議を認めると(認めるしかない)、我々が見ている物質や宇宙は実は張りぼての舞台装置であって、数学や物理の法則は「張りぼて界」をプラモデルのように組み立てる仕組みにすぎず、それを作った「創造者」の世界は違う原理で出来ていると考えるようになったのです。素粒子より小さい世界は観測前から整合的に存在すると考える物理学者もいます。

そこでめぐり合ったのがショーペンハウエルです。『意志と表象としての世界』はさらに衝撃でした。ふと量子力学を思い出し、こういう考えに至ったのです。

宇宙は実は天界のディズニーランドである。アトラクションの「ワンダフル・ヒューマン・ライフ(素晴らしき人生)」は人気だ。テレビスクリーンに地球上の妊娠中の女性が映る。お客は自由に選択でき、ボタンを押すと下界に降りてそのお母さんの胎内に入る。そこからはその胎児の目線(五感)となって「70~80年コース」の4次元コンテンツが始まるが、上映時間は天空の1時間ぐらいである。割増料金で100年コース、上映時間は90分の長尺も選べる。(http://見えている現実はすべてウソかもしれないより)

 

2020年は7月にこういうことが起きていました。http://必然は偶然の顔をしてやってくる。人生を懸けて起業した会社の10周年に起きたこの「事件」は看過できず、「そんなのは偶然だ」とささやく僕の “常識” を消し去りました。

コロナの影響は我々の仕事には左程なく、リモートワークにも順応してきましたが、11月はじめに米中対立の余波が案件の帰趨を一変させる想定外の事態が発生しました。しばし対応で眠れぬ日々が続きます。

ところが、その逆境が12月に突然好転して今を迎えているのです。日記を見返すと、カマキリ、後光、二重の虹が出たhttp://世の中の謎「色々見てしまう旅」というもの(11月19~20日)。その2日後に新しい案件が舞い込んできて、そこを境目にマイナスからプラスの「倍返し」が始まりました。

 

こういうことを科学が真面目に取り合うことはありません。しかし、その科学はこう認めているのです。

我々に見える物質(元素)はぜんぶ足しても宇宙の4%しかない。我々は96%の部分に何があるか知らないし「4%世界の常識」に合わないものは「そんな馬鹿な」で切り捨てている。

我々の人生は天界のディズニーランドのアトラクションであり、乗客(観測者=我々の精神)と舞台装置(宇宙=張りぼての山やトンネル、そして我々の肉体)と仮定すれば、物理学の素人でも以上のことが「科学的」と信じられるように思います。

 

経営を10年もしていると「一寸先は闇」と思うことが何度かあります。今年は特にそれを痛感しました。いかなる学問もそれを救うことはできません。だから多くの経営者が最後は神仏に頼り、易学の四柱推命や占星術を信じ、仏滅を避けたがります。「そんな馬鹿な」で切り捨てられないものを知っているからで、それを見た周囲は「そんな馬鹿な」と思うのです。僕自身、起業までの55年を生きた自分とは別人格になっているはずです。

 

僕は九紫火星みずがめ座です。その特徴を調べると、どちらもまったくその通り。他の星や星座も見ましたが、見事にちがう。2月4日の午前1時生まれで、易学ではそこが1年のスタート地点、みずがめ座はど真ん中です。九紫火星の世界的代表選手はドナルド・トランプ氏でしょう。4年前からどうも彼は悪からず思えていて、同種の人間だから言うことがよくわかるのかもしれません。いま世界にウソを垂れ流して彼を低能な変人扱いしている連中は、すべからく僕とは合わない、大嫌いなタイプだということになりますね。

みずがめ座代表は何といってもウォルフガング・アマデウス・モーツァルト氏でしょう。ネットで出てくる特徴は「権威主義(縦社会)への反抗と革新」「自由な発想と個性尊重」「発明と科学・技術、友情と連帯(フラットな関係重視)」で、「人と同じが耐えられず」「周囲は完全にスルー」「直感」「独創」「マニアック」「気分屋」「予測不能」です。まさしく彼そのものですが僕そのものでもあります。よって、組織人にはまったく向いておらず自ら飛び出す運命にあり、モーツァルト先生はザルツブルグ宮廷を飛び出し、三井物産、王子製紙の役員で飛び出した我が祖父もみずがめ座でした。

九紫火星

ネットを見ると「九紫火星は2021年から人生の転換期を迎え、その兆しが11月頃から表れ始める」「12月の九紫火星は九紫火星の上に乗って特別なことが起こる」とあります。まさに冒頭のように、絵に描いたようにそれが起きている。トランプ大統領にもぴったり当てはまっているように思います。

みずがめ座

つい先日(12月22日)木星と土星が400年ぶりに大接近(グレートコンジャンクション)しましたが、それはみずがめ座で起こりました。実は12月に景色をバラ色に変えた案件はその22日に何の前ぶれもなく飛び込んで来たのです。2021年から世界は転換して「風の時代」となり「みずがめ座がシナリオを書く」とあります。

 

まあなんと信心深いと思われてしまうでしょうが、経営者になってみてこういうことを気にするようになりました。でも、知ったからどうということはありません。流れに委ねるだけです。野球の球は力めば速くなるわけでなく、むしろ脱力して、離れる瞬間の0.1秒だけ指先に力を入れると威力が出るのです。

 

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バイデンが隠しトランプが暴き出す秘密

2020 DEC 12 19:19:46 pm by 東 賢太郎

(1)ウォーターゲート事件について

いま米国で大統領選をめぐって起きていることの深層にあると噂されるものが真実なら、このごたごたはいずれ世界史の教科書に載るでしょう。どんなふうに載るかなと考えますと、僕が高校2年の時に世界を騒然とさせたこの事件がどうしても頭に浮かんでくるのです。

http://ウォーターゲート事件 – Wikipedia

 

ホワイトハウスが編集した筆記録の提出を公表するニクソン大統領 1974年4月29日

簡単にまとめると、1972年の大統領選の予備選挙のさなかに、アメリカ民主党本部に5人の男が盗聴器を取り付けるため侵入して逮捕されます。はじめはコソ泥事件あつかいで11月の大統領選挙には何ら影響せず、共和党のニクソン大統領が再選を果たします。

ところが、大統領自身が関与していることが内部から暴露され、その証拠となる「録音テープ」をめぐり、もみ消し工作、CIA、FBIの介入、司法への介入、大統領特権発動など007さながらの攻防戦がくり広げられ、ウソが発覚したニクソンは米国史上初めて現職大統領として辞任に追い込まれたという事件です。

要は、選挙で怪しい事をやってバレれば当選してもクビという前例なのです。

今回は決定的に違うことがあります。ニクソンを追い込んだのはワシントン・ポストの2人の記者でした。CIA、FBIも協力し、暴いた秘密を紙面で公表し、ニクソン=悪玉の世論ができたことで辞任せざるを得なくなったのです。

対して今は、悪事を指摘しているのは現職の大統領です。マスコミは敵方であって、「トランプ=悪玉」の世論をあらゆる道具(コロナ、差別)を駆使して作っています。「2人の記者」=「正義の味方」、だったものを、「悪代官のポジショントーク」=「盗人猛々しい」の図式で処理しようという作戦です。

それを熟知するトランプは、まず法廷闘争を仕掛けます。正義を身にまとうためです。できれば時間を稼ぎ、裁判は受理されないようにします。不十分な証拠で敗訴すると判決が確定するからです。

1月6日までのどこかで部分的戒厳令のようなものを出し、軍の監視下で郵便投票数えなおしを要求します。ドミニオンの機械なしでです。バイデンが拒否すれば世論は反転します。

数えて負けてもOKです。不正の証拠を固めてバイデン大統領、ハリス副大統領を刑事告発して辞任に追い込めばいいのです。トランプとペンスは既に(12月7日)ウィスコンシン州巡回裁判所にバイデン、ハリスを告訴しています。

以上は僕の憶測にすぎません。自分ならそうやるかなあということです。そして、もしそうなれば、予言したとおり世界史の教科書に載るでしょう。それもウォーターゲートよりでっかい太字でね。いま、バイデンサイドはもちろん最高裁もビビってるでしょう。それだけは勘弁してくれ、俺にタマを渡さないでくれと。ひょっとして、最悪のことですが、Too big, to judge.で逃げを打つかもしれない。まあそうなったらアメリカは民主主義どころじゃない、国家ごと崩壊です。テロを心配します。テキサス州が最高裁に起こした訴訟に賛成した18州と反対の22州は内戦状態になるかもしれません。

 

これほどの事件の進捗が日本ではぜんぜん報道されません。怖くてできない大人の事情は分かりますがほぼ脳死状態といっていい。マスコミがどう判断してどういう末路になろうと構わないが、日本人は真実を知ってインテリジェンスを持つ必要があるし、その権利もあります。そこで本稿で私見から4つのyoutubeビデオを選び、論評いたします。僕は論者でなく単なるキュレーターの立場であり、クラシック音楽CDのリコメンデーションと同じという理解でお読みいただければ幸いです。

 

(2)日本のマスコミについて

選挙直前までバイデン優勢一色だった日本のマスコミは、11月3日の開票速報を見て、にわかに「トランプ圧勝ムード」に振れました。ところが日本時間で4日未明に、謎の「バイデン逆転満塁ホームラン」が出るのです。翌朝、某局のワイドショーは、特ダネ級に盛り上がったトランプ旋風の報道は「なかったことに」で、東京のどっかに出た猿のニュースを延々とやってる。ニューヨークに電話して、戻ってきたらまだ猿やってる。

僕は大学3年から下宿して、テレビは買いませんでした。つまり2年間見なかったわけで、見たくて親元に帰ったのはドリフの「8時だよ全員集合」だけです。海外にいた16年間も、そもそもやってないので見ようがありません。ちなみに、僕は世捨て人ではなく世界の先端情報がないと商売にならない証券マンです。ということは、要するに、日本のテレビは不要なのです。若い人は、そんなもの見るヒマがあったら本を読むかモーツァルトでもきくことです。

 

(3)米国のマスコミについて

海外で見ていたのはBBC、CNN、CNBCなどです。昔はそれなりの情報量と品質がありました。ところが、今回の大統領選で不測の事実が発覚します。米国のほとんどのメディアが「ウソも百回言えばホント」は本当だと経験的に理解させてくれる膨大なウソと無視を垂れ流し、CNNの社長が朝会で「トランプをディスれ!」と幹部に命令した声が録音されてネットで全世界に放映されてしまった。この “万人がびっくり” の事件をどの社も報道しない事実は、視聴者目線の「ニュース・バリュー」という放送の尺度が、放送者の利害関係という尺度によって殲滅されており、実は我が国の戦時中のごとき報道管制が敷かれている事実を指し示します。

米国がマーケティング国家であることは書きました。手法として、ケチャップを売るのも大統領候補者を売るのも同じなのです(ちなみに僕はハインツのファン)。そのツールがテレビCMです。商品の中身よりイメージを売るのです。中身はカス、イメージはウソで構いません。CMを百回流せば売れるからです。だから選挙はカネの戦いになります。バイデンはトランプの3倍のカネを選挙戦に投入しました。自己資金でまかなったトランプと違い、バイデン家にそんなカネはありません。ではどこから降って来たのでしょう。国家の根幹である州知事や最高裁判事でさえカネで買える国になり下がった米国で、「PRマンにすぎないマスコミが買えない」と信じるのは、百万円落しても返ってくる善良な国、日本ぐらいです。

 

(4)SNSというメディアについて

SNSは玉石混交ですが、なるべく多くを視聴することで偏向や誤謬の修正をかけて見れば真実の輪郭ぐらいはつかめます。日本でかけらも報道されない12月2日のシドニー・パウエル弁護士の演説のようなものもあります。この人はトランプ弁護団の一員ではありません。「法の正義」を体を張って守ろうという意志は国籍は関係なく伝わるし、米国の危機は民主主義の危機だということも理解できるでしょう。正義は他人事でも、大統領選挙が日本の国防にとっては我が事であることをどれだけの日本人がわかっているのでしょうか。

ネットのプラットフォームは報道管制カルテルの一味であるGAFAなどSNS運営会社の所有物だから米国の通信品位法230条を根拠とする「投稿削除」が横行し、トランプ寄りのサイトは一種の魔女狩りにあっています。先週からいよいよyoutubeもそれを始めましたから本稿に引用したビデオも消滅するかもしれません。しかし、報道しない自由で世論操作するテレビとの最大の違いは、ネット世界では「消せば消すほど炎上」という法則があることです。なぜ放送しないという不作為が、言論の自由侵害すれすれの削除という作為に転化し始めたか、人々は裏の事情を推察するようになりました。

しかし、彼らはマーケティングというビジネス・スクールで教える原理に従っているのですから、ウソつきだと一刀両断に切り捨てるのは知的な態度ではありません。それは、かつて日テレが「巨人ファンを増やせ」の社是で放送していた地上波ナイター中継とおんなじだと理解すればいいのです。巨人軍にソンタクする解説者しか呼ばない。巨人のプレーは大げさに褒める。監督も選手も人柄まで持ち上げる。負けても明日が楽しみですねという。不祥事はなかったことにする。それに見合うスター選手をそろえ、常勝というフィクションの目標を課し、うまくいかないと監督をコロコロ替えて目くらましする。そして、相手チームは戦いを盛り上げるヒール扱い。この社是に則って昭和時代から粛々と放送を続けた結果、巨人ファンにも飽きられて消えていったのです。

 

(5)中国の介入について

横山光輝の名著

トランプが敵と明言したため中国人が悪いと短絡的に思う人もいますが、それも知識人の取る態度ではありません。中国という国は重層的な国家で、よって中国人という概念も一枚岩ではないからです。国を出て自由主義国に居住する中国系知識人の言説はyoutubeでたくさん見ることができますが、米国の権力相関図に中共が関与する経緯を詳しく解き明かしています。それが介入であり悪事だと説く人は三国志を知らないのでしょう(まあトランプやポンぺオは読んでねえだろう)。大統領選の民主党候補にもなったカリフォルニア州のエリック・スウォルウェル下院議員をずぶずぶにしていた中共の美女スパイ・ファンファンが時の人になってますが、ハニートラップなぞ1600年前の『兵法三十六計』の第三十一計に美人計」と書いてある。そんなもの中国人にとって常識なのです。呉を滅ばした西施や、董卓をハメて殺した貂蝉などそれで歴史に名を遺した女もいて、2千年も前からそれをやってた連中がけしからんなどナンセンスの極み。知らないアメリカ人が無学なだけです。youtubeの書き手はみなアンチ中共であり(あたりまえだ、諸葛孔明が仕掛ける前に作戦など明かすはずがない)、是非はともかくバイアスがあることには違いありませんから除去して視聴する必要がありますが、日本が米国の軍事同盟国である以上彼らのSNSは知っておくべきソースとして僕は常時チェックしています。

中共の昨今の諸々の行動への是非論を主義主張、感情でとらえるのは個々人の自由ですが、まず、イデオロギーを除去して原理的に理解してみようというのが僕の常日頃変わらぬスタンスです。人間は2種類いて、何かニュースを聞いた時、「誰が言ったの?」を聞く人と聞かない人です。「ああ、あいつか、じゃあ信用できないね」となったりするのが前者で、日本人は欧米人中国人と比べこれ(レッテル判断)が非常に多いと思います。僕は後者であり、まずニュースの含意、そして是非を考えます。次に誰が?(ソース)を尋ねます。ソースは是非のノイズにすぎないという処理です。この方が大事な情報を取りこぼす確率は低いというのが経験則です。

大統領選のすったもんだのケースでいいますと、古来より天の道を信じる「中華思想」とは、AKB48のセンター争いといっしょで、中国皇帝が世界の中心」でなくてはならないのです。「中心(センター)は地球に一つしかない」ですから、原理原則の帰結として、「神は一人しかいない」とする一神教の米国と真っ向から対立する運命にあるのです。

中国が経済力を蓄えいよいよその時が来たというのが僕のシンプルな理解です。その蓄財の契機となったのは2001年の中国のWTO加盟であり、野村金融経済研究所の部長当時より「中国ビッグバン仮説」として今日の姿を予測して参りましたから、昨日今日の思いつきではございません。また、その予測はその後の人生をかけた決断の根拠となり財も得られたという意味で、それを裏切らなかった中共のポリシーの一貫性については良くも悪くも大したものだという気持はあります。反民主的行為への途惑いは大いにあるものの、それとこれとは別な事です。

米中のどっちの言い分が正しい、どっちが正義だという争いに日本が参加しても、目下の両者との国力差からして意味ある位置をとる可能性はほぼゼロで、勝てない戦いをする意味はありません。センターのパシリのトップ(上級奴隷)の地位をとるのではなく、むしろAKB48には加わらず、どっちに転んでも必要不可欠とされ続ける道を王道と知ることが子孫に残さなくてはいけない我が世代のインテリジェンスであると僕は固く信じます。そして、それは圧倒的な経済力(金儲けの力)、交渉力(騙してでも言いくるめる力)、そして許容される最大限の軍事力(ケンカに強い)しかありません。こういう子は学校でいじめられないのは子供でも分かることで、同時に、どれも役所の理屈から出てくる力ではありません。この歴史的に重要な文脈の中で首相になられた菅さんは多分それを知る人と思います、その確立を天命と思って頑張っていただくしかありません。

 

(6)米国が社会主義国になる時代について

バイデン陣営が「トランプの狂気から民主主義を取り戻す」と主張すれば、トランプ陣営は「バイデンは米国を社会主義化する売国奴」という。1980年代、僕が留学したころに「コーラ戦争」というものがあって、コカ・コーラとペプシが相手を名指しのテレビCM合戦を展開したのを思い出します。バイデンの主張はそのレベルですが、トランプはそうでないと思います。彼はすでに米国に社会主義が巣食っており、中共がまずはカネで、やがてはイデオロギーで浸食する妖怪であると暴き立てています。しかし、テレビしか見てない人はそんなことあるわけないだろうと思い、バイデンがまともな人に見えるのです。

「弱者を救います」であるはずの社会主義者と強欲・金儲けの権化であるウォール・ストリート(WS)が結託してるなんて信じ難い。でも人種差別をなくします、科学を尊重してコロナ対策をしっかりやりますというリベラルに響く部分と社会主義は矛盾なく聞こえ、それをメディアが声高に宣伝し、その選挙資金はWSが面倒みる。ならばいいじゃないかとなり、民衆の支持を得るのだから民主主義でしょ、しかも公正な選挙で選んでるしとなるのです。しかし、選挙資金は中国からも出ていて、それが妙な機械に回っていて、それを堂々と導入して票を改竄したりいかさまを隠蔽したりで「毒饅頭(まんじゅう)」が飛び交い、盛大な八百長試合が行われていたとなればどうでしょう。

選挙不正があったというニュースはSNSでしか得られませんから真偽の確証はありません。どんなにもっともらしくても、そっちだってウソかもしれないと疑念の種を常に持っておく心のバランスは重要です。それがないと、米中どっちが勝とうとフレキシブルに生き残るしなやかさが失われるからです。生き残ったのは強者の恐竜でなく、柔軟に環境適応した哺乳類なのです。

しかし、仮にいかさまがあったとするなら、ここだけは個人的なステートメントを述べておきますが、絶対に許し難い。拙ブログをフォローしていただいている皆様は、僕が「ウソ、ヤラセ、なりすましが大嫌い」であり、STAP細胞事件、論文改竄事件、食品偽装事件、にせベートーベン事件、司法試験問題漏洩事件、公文書改竄事件など、どれほどボロカスに書いたかご存じです。正義の味方を気取っているのではなく、単に、生まれつき、心底、大嫌いなのです。

本件についても、アメリカ政治への関心ではなく、もしそうなら許さんぞという怒りから書く動機が発しています。

ただ、一個人が吼えたところでどうなるものでもなく、また、中共の奸計に易々と篭絡されている米国も救いがたい低レベルに没落しているのであって、トランプが再選しようとしまいともう遅いでしょう。したがって、我々が目撃しているかような事態は「所与の条件」と思うしかない。お天気だと理解し、晴れなら晴れで、雨なら雨で、より良い一日になるよう対処していくしかないでしょう。

「米国に中共DNAが入り込み、リベラルに寄生して民主主義の殻をかぶった社会主義国家をつくる」というSFかホラーかというストーリーが所与の条件とは俄かに信じ難いことですが、あり得ないことではない。その説明は、駿台予備校の世界史の講師であられる茂木誠氏のこれで一発で気持ちよく分かります。

こんなこと危なくて文科省にソンタクする学校は言えないが予備校は言える。面白いですね。テレビとネットの関係と見事に相似形です。僕もこれで頭の整理ができました。自分はどう考えてもリベラルな人間なのですが、どう考えても左翼ではない。しかも、ウォール・ストリート・ビジネスのど真ん中で40年も生きてきています。そして、菅官房長官には批判的でしたが菅首相はすんなり受け入れてる。あれ、僕は何者なんだろう?と自分で驚くのです。そのぐらい、世の中は捻じれつつあるのです。

なるほど茂木氏の座標軸に照らせば、僕は19世紀的リベラルで米国開拓民的リバタリアンに近く、それは草の根保守と同居して現代の共和党の一部を成しており、だからショーペンハウエル的啓蒙思想とベーコンの英国経験論に共鳴し、革命家モーツァルト好きであると同時にオールド・ノスタルジーのルロイ・アンダーソンのフリークでもあり、政治家はサッチャーを尊敬し、安倍首相と真逆である菅首相の自助と小さな政府がとりあえずのところ気にいったのです。これだけ一気通貫で説明がつけば、氏の説は数学的帰納法的に正しいのだと思うしかございません。

 

(7)自分の座標軸というものについて

毎日世界のインフォメーションの洪水に晒されていますと知らず知らず「ウソも百回言えばホント」の妖術にかかってしまいます。すると理性が曲がってしまうのでニュースの真贋が見抜けず、騙されて大損する危険が出てくるか、それが怖くて何もしない人生で終わるかとなりかねません。負けないことを旨とする僕にはあり得ないことです。だから、身を守るために一定の座標軸を自分で作り上げることが必須なのです。それができれば自分のインテリジェンスとなり、それに従って、自己責任で大事な決断ができるようになります。それでも失敗はしますが、どのぐらい外れたか定量的に感知することができるのでリベンジの失敗確率は減ります。

その判断を他人任せにするのはダメです。最低です。たとえば、「上がる株を教えてください」というようなものです。そんなものがあるはずないでしょう?仮にあってもタダで教えるはずないでしょう?教えますよというのは100%詐欺師なのです。だから、他人任せの人は大なり小なり詐欺師に騙されて、しかもそれに気づかないで生きることになります。気づいたところで居酒屋で悪口いうぐらいです。だから自分の座標軸を持ちなさいというのです。

以下、僕なりのスタンスで書きます。たとえば、これは中国人の方のサイトです。これを盲目的に信じるのでもなく、何が真実かをえぐり出すための座標軸を学ぶのです。思考回路といってもいい。天を見ている民族ならではの動的、原理主義的かつ明晰な発想と思いますし、自分に元からある思考回路と違和感ないなあとも感じます。そうやって検証しながら、自分の座標軸らしきものを見つけ、磨いていくのです。

ちなみにこれは茂木氏の言説に通じるのがお判りでしょう。彼が駿台で人気講師と聞くと日本の未来に少し安心します。こういう発想ができる人は日本人にはほとんどいませんが、欧米人、中国人には当たり前のようにいます。僕は留学と勤務経験で年月をかけて知ったのですが、いまやそうしなくても家でSNSで10分で学べるのは大変なアドバンテージです。

張楊氏の番組は何本か見ましたが情報の質が高く、読み込みや洞察が深く、要するに頭が物凄く切れますね。ここから学ぶことはたくさんありますが、翻ればこういう人が中共幹部にたくさんいるのだろうからマスの力として米国を転覆させるほどのことができて何ら不思議でないという恐ろしさも体感します。

面白いものはまだいくつもあります。自分で見つけてください。

 

(8)僕はどうやって座標軸を作ったかについて

19世紀的リベラル人間であることが座標軸の根幹をなしている僕ですが、意識してそうなったわけではありません。両親は特にそういう傾向はなく、先生や先輩・友人など誰かに吹き込まれた記憶もありません。19世紀の日本にその思想はありませんから、要は外来種であって、どこでそうなったかは未だわかりません。若いころ衝動的に米国に行ったことから遺伝的な素地はあったと思われ、16年海外に住んでいるうちに学んだというよりも空気を吸ってそうなったとさえ思われます。

その意味で、米国で2年間教育を受けたこと、そして2年半香港で「香港居民」のビザを持ったことは、その空気の中でも大きな影響があったものです。米国のリベラルな空気は素晴らしい物でした。今回の選挙で話題となっている民主党の牙城フィラデルフィアだったというのもありましょう。しかし、住んでみてリベラリズムという意味で最も衝撃を受けたのは、どの西欧の都市でもなく香港だったのです。向上心ある者にとって、見上げた空は「青天井」。こんなイメージで心底ワクワクさせられたという点で、香港に勝る処はなかったと断言できます。

そのワクワク経験がなければ25年いた野村を辞める大決断など到底できなかったでしょう。だから、それが座標軸の大枠を作ったと思います。商人の街で超リベラルな大阪(20代前半)、智の経験のアメリカ(20代後半)、動の体験の香港(40代半ば)。これが3本柱でした。奇しくも日米中。いまとなると理想的なトライアングルですがそれは結果論で、社命で行かされてどれも大変な苦労をした処ばかりです。座標軸はインテリジェンスです。インフォメーションからは絶対にできません。だからなるべく若いうちに体験して悩み、もがき苦しんだ方がいい。そうすれば必ず座標軸が見えてきます。汗の中からしか出て来ないのです。空気を吸うとはそういう意味です。

 

(9)失敗からしか生まれないインテリジェンスについて

最後に重たい経験をした香港について書きます。僕はブログを回想からしか書けません。もう済んだ話だからです。昔話は自慢話です。人間の記憶回路には気持ち良いメモリーだけ残りますからどうしてもそうなります。そんなもので若者の大事な時間を奪う気はありません。うまく行った話は汎用性がありませんから、うまくいかなかった話、失敗談を書きます。

香港にチューリヒから赴任したのは1997年12月。世界的事件だった香港返還の5か月後でした。混乱と停滞と一縷の光明の中で多くの香港人、中国人の政府関係者、民間人と接点を持ち、Nomura International (Hong Kong) Ltd.の新任社長として毎日情報を吹き込まれました。それまで欧米派だったので香港どころかアジアの事情もよく知らなかったのです。しかし油ののった42才でしたし、証券業務のプロという自信はみなぎっており、役員会で50億円の予算をもらって新規事業を立ち上げました。

性格は慎重なので1か月かけてあらゆる角度から関係者の話を聞き、収益性の検討を重ねました。信頼できるスタッフもそろい、できないはずはないと自信がありました。しかし、その時、すでに株式のブローカー業務収益は手数料自由化で陰りが出ていたのです。それは世界の時流でもちろん承知はしていましたが、前年にダボス会議に出席して「アジアの時代」と吹き込まれており、アジア株だけはそれが及ばないと考えたのです。「経営に希望的観測は入れるな」は今の座標軸なのですが、この経験からそれができました。ということは、当時、それはなかったのです。

まずかったのは、僕が大物の英国人COOとぶち上げた計画を社内で止める人がいなかったことです。反対者がいても当時の僕が耳を貸す可能性はゼロでした。それほどの覚悟で香港に赴任したからであり、少なくとも自分では「野村の株式業務のエース」を自負していたからです。俺がマウンドあがったんだガタガタ言うなという気迫で、謙虚であればもらえていただろう意見やアドバイスが一切もらえなかった。そうして退路を断ってうまく行ったという成功体験に絶対の自信があったのです。成功は失敗の母であることを知りました。

結果、赤字が続きます。どう頑張っても単月黒字が2度あっただけで、外人社員相手に怒鳴るわけにもいかず気が荒れてすさんだ毎日を送り、眠れぬ夜が続きました。僕は全アジア拠点を統括するアジア株式業務部門長でしたが、野村香港の社長でもあったのです。物理的キャパとして相当無理がかさみ、他部門も収益状況は苦しくストレスは倍加しました。メンタルの強さ。これも絶対的自信がありました。ところが、ある日突然にパニック障害の症状に襲われたのです。鼻呼吸ができず窒息する恐怖で一ヶ所にじっとしていられず歩き回ってしまい、今度はそれが会議中出たらどうしようという恐怖に連鎖します。飛行機が怖くなり東京出張は船で行こうと真剣に調べました。立場上、それは秘書にも言えないのでこっそりと自分でです。

自分がメンタルに陥落するなどということは想像すらしたことがなく、業務というよりもそのことでかつてない「敗北感」のようなものに陥りました。失敗すると10倍返しを狙う性格ですが、この時だけは自分はもうだめだとかなり危険な状態だったと思います。ベートーベンのエロイカの稿でこの曲にいかに共感するか書きましたが、それはこの時の経験があるからです。想像ですが、ドナルド・トランプも会社を3度破綻させてこういう恐怖を味わい復活した。それがメンタルの強さの源泉だろうと思うのです。仕事はそこまで突き詰めてはいけません。自分が崩壊したら終わりなので。鈍感力というかアバウトというか、遊びがないと続きません。これで懲りたので今は体の声を聴くのです。ヤバいと聴けばさっと切り上げて休む。その流儀が身についてパニックは収まりました。

 

(10)東洋と西洋の闘いについて

香港に着任した時、西欧に13年いた僕の目に強烈に焼きついた「東洋」というもの、「東洋人」という自我。これは日本から行った場合とは少し異なっていて、欧米人が初めて香港に来て味わうであろう諸々の驚き、それと同じようなものをリアルに味わっている自分が実は東洋人なのだという奇妙な相対観が芽生えてきて、ここでも「自分は何者なんだろう?」の問いが何日ものあいだ心を去来していました。

いま米中の間でヘゲモニー争奪戦が始まっており、大統領選挙という舞台でバイデンはそれを隠し、トランプがそれを暴き出しました。彼は1月6日に勝っているかもしれないし、負けたとしても7千万人の支持は揺るがないのではないでしょうか。それは民主主義にとって救いであることは確かですが、その戦いは明治維新を経て富国強兵の道を進んだ日本国がかつて急先鋒に立った東洋対西洋の争いの延長戦ではないのか?敗戦で日本が西軍に付き、終わったかに見える戦いは本当に終わったのか?という疑問を投げかけるでしょう。東軍である僕は中国を応援すべきなのでしょうか?

 

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奇々怪々な脳ドックのMRI画像

2020 OCT 21 22:22:18 pm by 東 賢太郎

脳ドックでMRI、これがいけません。トンネルに入れられる方式は耐えられない閉所恐怖症なのです。そういう人は結構いるそうで、オープン型マシーンを置いている所が人気です。それをトライしましたが、床屋もだめなレベルですからそれでも危機的でした。

画像を見せられました。自分の写真でこれほど妙なものはありません。下の方にチューブみたいのがぐるぐるあったりして、こんな奇怪な物体が俺なのか?と思うわけです。画像をいくら調べたって、僕という意識がどこにいてネコ派だなんてことはわかるはずない。何兆個あるか知りませんが全部の細胞をバラバラにして分子レベルまで調べたってわからない。

どの部位を破損すると何ができなくなるかはわかるそうですが、その理由はわからないそうです。そして、その脳を使ってる僕自身にもわからんのです。よく人生訓で「己を知れ」といいますが、己はたぶん脳なんで、じゃあわからないです。わかる方法は、いろいろ仕事させてその結果を見るしかありません。

8月に浸水した地下の荷物をひっくり返していたら、浪人時代の予備校の成績表が出てきました。いちばんハードな仕事をさせた結果で貴重なデータですが受かってしまうと用済みで中身は覚えてません。まず、思い起こせば僕は不得意な国語の勉強時間を削り、暗記で伸びそうな英・社に回したのです。それは失敗だったことがわかりました。なぜならその2つは偏差値がさっぱり伸びず、ずっと65前後というデータがいま目の前にあるからです。

逆に、伸びたのは理科の84、数学の81、三番目がその国語の75で、この3つは天井も高いが不発だと50代もあり、順位だと全国1番から2千番までと天国と地獄でした。つまり英社は「平凡安定型」(失敗しないので型)、理数国は「巨大バラつき型」(大バクチ型)で、これが自分の脳ミソの個性だったわけです。

そこで国語です。見ると70代が2回出て全国14番までなってますがまったく記憶がありません。英・社は何千回試験受けても絶対にそんなことはおきない自信がありますが、国語もそうだと思ってました。実は「巨大バラつき型」だった。イメージが大きく変わりました。社会に出てお世話になったのは国語力だったかもしれないと思うようになりました。

ここまで人生大きな悔いはありませんが、ひとつあるとすると「巨大バラつき型」が活かせてないことです。ホームランしか狙わず、バントとか進塁打には何の情熱も湧かない脳なので、持って生まれたものに逆らわずこれから狙います。

こういうデータは脳ドックでは出てきません。出てきたのは「問題ありません」の1データだけでした。

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安田、ひるんだら負けやぞ

2020 OCT 5 18:18:50 pm by 東 賢太郎

今年は野球観戦はもっぱらテレビですが、1度だけ東京ドームに行きました。阪神戦です。巨人は田口で、遠投を見ていて今日はいいなと予感しました。案の定、138キロぐらいの直球でぐいぐい差し込んで楽勝の完封かなという展開に。7回1失点で替わりましたが、唯一の先頭打者ヒットを打たれていた近本を見逃し三振に取った外角低め、これも138なんですが、観衆5千人のドームに響き渡ったミットの音は雷鳴の如き凄まじさで、プロの球はあんな音がするのかと絶句したのです。遠投はリアルに実感できますが、あの音は人生このかた聞いたことがない。グラウンドにいたら怯(ひる)んで凍ったでしょう。田口を速球投手という人はいません。138は素人でも出るし、後ろを守ってる野手の方がひょっとして速いでしょう。でも彼らが投げれば打たれます。ピッチャーしか投げられないストレートというものがあるのです。

ロッテに移籍した澤村がいい投球をしています。以前に東京ドームで何度か観た彼は150は軽く出ていましたが、一生忘れない田口の138に比べたら全然印象がありません。それが今は様変わりで鬼気迫るものがある。157出る上に、フォークかスプリットか、とにかく変化球が150(!)。あんなものを打てる人間がこの世にいるかと思っていたら、先日テレビで日ハムの渡邊との対戦があって、これが凄かった。全球150超え、全球ファール。フォークも当てる。渡邊は澤村に微塵も怯んでない。ファールが5、6球続いて、明らかに、澤村が追い込まれてる。そういうのはピッチャーの端くれだからわかります。結局、渾身の157を完璧な当たりで三遊間を割られました。ハブにマングース。記憶に残る稀代の名勝負でした。日ハムファンが「直球破壊王子」と書いた紙を振ってるではないか。なるほど、そうなのか。東海大甲府か。一皮むけたらどうしようもない打者になるなあ。でもあそこで120のカーブで三振だったな。澤村はないんだなあ。

ロッテは福田の復帰が大きいように思います。彼は182㎝ですが細身だからか打席でデカく見えます。インコースは引きつけて真芯に乗せて軽く右翼中段まで運ぶ懐が深いスイングで、ホークスにいた時に嫌だなあと思ってました。先日の10月2日、3-2で負けた日ハム戦のことです。21才の若さで4番を任されている安田が、二死満塁で宮西の真ん中低め直球を見逃し三振してゲームセットになった。「この馬鹿、振れよ」と怒鳴って僕もテレビを消したあれ、全ロッテファンがっかりのシーンだったのです。それが祟(たた)ったか翌日も西武のニールに抑え込まれ0-0で延長になだれ込み、10回に澤村がメヒアに一発打たれてロッテは1-0の完封負け。最悪のムードになりました。これはいかん、ホークスはしぶとく負けないしずるずる後退かと思ったのです。

しかし、この試合、一縷の望みがあって、わずか2安打だったロッテの9回、安田がクローザーの増田からセンターフェンス直撃、あわやサヨナラ本塁打という2ベースを打った。彼はこの試合、4の1で三振もありましたが、ぜんぶ振ってました。そしてその翌日の西武第2戦、劇的なことがおきます。安田は3回の二死満塁でまた凡退します。そのまま3-0の嫌なムードで負けていた6回、まず、福田がスリーランで同点。そして、7回。二死一二塁と再度の好機にまた安田。すると福田が近づいてきて二言三言。あとで報道で「怯(ひる)んだら負けやぞ」と檄を飛ばしたと知りました。そして、その安田がスリーランで逆転。漫画でも出来すぎのストーリーで逆転勝ちをおさめるのです。第3戦でも2ベースを打ってお立ち台の安田は、あの日ハム戦の見逃し三振でビビッて考えこんでたら打てなかったろうと思います。失敗はめげずに吹っ切ってやれば、若者は必ず成長できます。

先週たまたま野村の副社長だった大先輩が来社され、ひょんなことからあんまり思い出したくない若気の至りの昔話になりました。海外のディールで僕は本社の課長として国内の営業体に300億円の株の販売予約をさせました。これは営業への僕の信用でやったことです。ところが、あらんことか急にその株の引受がロンドンでキャンセルになってしまい、なんだこれはと大問題になったのです。夜も眠れず、完全にクビを覚悟しました。翌日がっくりしていると、常務が席に来られ「東、一緒に来い」と肩をたたかれます。向かったのは社長室でした。「社長、この件は東の責任ではありません。引受の判断として一切間違ってもおりません。おかしいと言われるなら、私は引受担当常務を辞めます」とおっしゃった。びっくりしました。僕が無罪放免だったのは言うまでもありません。「ひるんだら負けやぞ」は、僕はこうやって叩きこまれました。

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