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スティーヴン・コヴァセヴィッチの訃報

2026 NOV 7 0:00:14 am by 東 賢太郎

今朝記事に気がついた。 10月27日に亡くなった。この日僕は多忙で意味深い1日を過ごしており、おりしも亡き父の誕生日であった。我が世代のクラシックファンは、スティーブン・ビショップ・コヴァセビッチという名前で馴染んでいるだろう。コヴァセビッチだけでは覚えにくいという理由でミドルネームを入れたとどこかに書いてあったと記憶する。クロアチア系とのことだが、マイラ・へスの弟子というのがとてもしっくりくる。へスはブラームス2番を弾いてしまう剛腕も兼ね備えた女性だったがドイツロマン派を自家薬籠中のものとする保守本流のピアニストであり、コヴァセビッチは女性的なリリシズムを高度な技巧に織り交ぜた、シューベルト寄りの感性でブラームスを弾ける人だった。

この人が僕の音楽鑑賞人生において大事なピアニストだったことはここに述べてある。ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15

探しているがプログラムが見あたらない。カードには記録がある。あれは1986年11月23日、ロンドンのロイヤル・フェスティバルホールでのアンタ-ル・ドラティとロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団によるブラームス・プロだった。前半がコヴァセヴィッチとのピアノ協奏曲第1番、後半が交響曲第1番で、当時僕は寝ても覚めてもブラームス。チケットは真っ先に購入したこと相違なし。席もSの特上。ハイドン交響曲全集やバルトークなどで著名であり、既に晩年だった巨匠ドラティ目当てだったのは、ブラームス 交響曲4曲とも所有しておらず(その収集家だった僕が持っていないはずはなく、したがって市場に出ていなかった)ドラティ盤(マーキュリー)の存在だけ知っており、そこに1番とくれば何を犠牲にしてでも聴くという類のものであった。

両曲とも演奏は重量級に意味あるもので死ぬまで忘れることはなく、心の中で重みはいや増すばかり。この二人の巨匠、どちらも生で聴いたのはこれっきりだったというのがある。そればかりではない。当時、ブラームスの代表曲で唯一ピンと来ていなかったピアノ協奏曲第1番に目覚め、最も愛する曲の1つにまでなっているきっかけはこの日の、当時46歳だったコヴァセヴィッチの演奏にあったからだ。その部分を再録する。

僕自身、2番は好きだがこれはどうもという長い期間があった。第2、第3楽章もそれはそれで見事な創意にあふれてはいるが、初聴で否定されたり理解に時間を要する性質の音楽ではない。問題は第1楽章にあっただろう。僕が目から鱗が落ちるようにその楽章を “理解” し、一生離れられなくなったのはロンドンでスティーブン・ビショップ・コヴァセヴィッチがアンタール・ドラティ指揮ロイヤル・フィルと弾いた演奏会だった。彼のピアノが登場しニ短調のモノローグを訥々と紡ぎ出した瞬間に、電流が流れたようにこれがブラームスだと全身の細胞が納得した。ある曲を好きになった場面がこれほど明確な例は他になく、1986年11月23日のロイヤル・フェスティバル・ホールの座席からの景色も空気も今なお脳裏にある。

大げさでもなんでもないまさにその通りであり、前半は2番だったらよかったのになあと思っていた僕の期待を良い方に吹き飛ばした。スコアのこの部分を見ると、彼の弾くモノローグと彼の姿がビデオを見るように再現される。

今もって、ひとしきり激情をたぎらせたオーケストラがppでフェードアウトしてゆき、待ち続けていたピアニストにまるでスポットライトが当たるかのようにひっそりと始まるこのモノローグは心を鷲づかみにする。これぞブラームスとしか言いようのない胸を打つ六度。ここだ。まさに電流が流れ、ああいいなあと全身の細胞が納得し、コヴァセヴィッチが扉を開いてくれたのは。

録音はデービスとの79年盤、サバリッシュとの91年盤があるが、前者がイメージに近い。まさに心の故郷である。なんらこれ見よがしの尖ったところはないが、滋味あふれるとはこのこと。

もう1つ、多くの方の目に焼き付いているのがこの写真であろう。奥方マルタ・アルゲリッチと仲むつまじい連弾で話題になった 1977年録音で、僕は真っ先にLPレコードで購入した。大学3年でまだ耳は未熟であり、この3曲が良く理解できたとはいえない。

 

1. バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ
2. モーツァルト:アンダンテと5つの変奏曲 ト長調 K.501
3. ドビッシー:白と黒で

 

 

この第1曲、バルトークの稿をあげたのが10月25日だ。続けてお読みいただいている方はご記憶に新しいだろう。

バルトーク『2台のピアノと打楽器のためのソナタ』Sz.110

どういうわけか僕はこういうことがけっこうある。 10月30日の稿に「ということは世界中の大体の株下がります」と書いているし、母はこの10倍ぐらい霊感があった。

 

そういえば明日は愛描フクの命日である。ちょうどブラームスのレクイエム執筆中であり、第6、7楽章はまだ書いてない。

ご冥福をお祈りしつつ、明日はこれを聴くことにしよう。

 

Categories:______バルトーク, ______ブラームス, ______僕が聴いた名演奏家たち

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