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凄かったロジェストヴェンスキーのブルックナー5番

2017 MAY 20 1:01:56 am by 東 賢太郎

5番が一番好きかもしれないブルックナー。確たる理由はないが7、8番のようにムード音楽にはなり得ないのがいい。峻厳な対位法では5番がベストであり、彼はワーグナーと違った道を歩みかけたが結局それに戻ったといえないこともないから真の個性は5番に刻印されていると僕は思っている。これを初めて聴いたのはロンドン・レーベルでクナッパーツブッシュ/VPO盤(右)が昭和50年に1000円で出た時で、これで覚えたシャルク版が終楽章にカットを施しており管弦楽法も肥大していることは後で知った。しかしこのレコードは、それにも関わらず名演だったから、5番とのつきあいは何とも複雑なものになってしまった。シャルク=改悪、ゲテ物というイメージが植えつけられ昨日まで来ており、まさかそれを実演で聴けるなど想像もしなかった。

本読響定期公演シリーズを買ったのはメシアンもあるが、5番をスクロヴァチェフスキーで聴けるのは最後だろうと思ったのも大きく、残念なことだったがそれがかなわずロジェストヴェンスキーで聴くなどというのもまったくの想定外であった(そういえば朝比奈も最後と思って買った3番が結局聴けずに終わったが)。5番はヨッフム最後の演奏をアムステルダムで聴く幸運に恵まれたし、それがいい音でCDになっていてこれを凌駕する演奏はないと思っているからつきあいは報われているが、それ以来心を動かす演奏には巡り合っていなかった。

 

ロジェストヴェンスキーのブルックナー録音というのはソヴィエト国立文化省交響楽団による異稿を含む全集があってこれが非常に面白い。ロシア臭ぷんぷんの金管はドイツのブルックナーとはかけ離れておりゲテ物扱いする人もいようが、耳が慣れればむしろこの指揮者の音楽の構築を一旦ばらして組みなおす譜読みの分解能に資すると思え、そのアプローチが最も活きる5番は文句なく聞きものである(写真、84年録音)。この版は原典版とあるがハースとも思えず不明である。指揮者の手が入っているかもしれない。

さて読響であるが、まずシャルク版は凄い経験だ。原典版はほぼ二管編成であり、7,8番を経ての初演で音を厚くしたくなったのはわかる。チャイコフスキー、マーラーを思わせる音があり、原典を聞きこんだ者には確かに厚化粧で芸達者の観がある。僕はシューマンのマーラー版を嫌う趣味の人間であり、これも同様に見ていたが、この演奏を聴いて考え直したのは「何でも原典版」というピューリタニズムが作曲家の意図かということ。ベートーベンも演奏によってコントラファゴットの補強をしているしオーケストラのカラーリングは演奏状況に依存する要素があり、特にブルックナーは何がベストというコンセプトはなくバンダの採用も同意していたともいわれる。

えっという音がそこかしこでするが、クナ盤で覚えた部分もあって懐かしくもある。終楽章でフーガを経て3つの主題が多層的に立体的に複合するあそこはジュピターのコーダに匹敵する数少ない奇跡的な音楽だが、ここ、シャルク版はいいではないか!一概に改悪なんかではないぞ。第1楽章の遅さは終楽章コーダでの回帰に向け主題を深層意識に植え付けるものだったのか?とにかくバンダが立ち上がって加わったあそこは何かが降りてくるのを見た。こんな演奏は何年に一度も体験できるものではない。大変なものを聴かせていただいた。

ロシアには常人離れした怪物といおうか怪しい「気」を発する天才がいてムラヴィンスキーやコンドラシンがそうだったが、ロジェストヴェンスキーの指揮もどこか19世紀的で魔術的な呪縛力があって背中で客席まで金縛りにする。だいぶ前にやった春の祭典で最後の一発の振り下ろしと同時に体ごとくるっと客席に回れ右したのは唖然だった。なんだ?と当時は思ったが、物凄く左脳的に分解能が高くてmeticurous(細部まで綿密にこだわって細かい)ながら怜悧ではなくどこかヒューマン。何とも言えないバランスが魅力で、いまこんな人は皆無だしもう出てくるとも思えない。

86才の巨匠。なんでもいい、もう一度ききたい!

 

(ことらもどうぞ)

ブルックナーとオランダとの不思議な縁

 

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スクロヴァチェフスキーの訃報

2017 FEB 23 22:22:28 pm by 東 賢太郎

ショックを受けております。1月に読響からお知らせのハガキが来て、「スクロヴァチェフスキー氏の来日中止」とありました。脳梗塞の治療のためとありこれは・・・と嘆息するのみでした。

あれは1983年10月28日、アカデミー・オブ・ミュージックにおけるフィラデルフィア管弦楽団のマチネ演奏会のことです。初めて実演を聴いたブルックナーの第8交響曲に圧倒的な感動を覚えてしまい、いてもたってもられずそれを伝えようと家内をつれて楽屋にむかいました。するとせまい廊下をひとり歩いてきたスクロヴァチェフスキー(以下Sさん)とばったり会ったのです。

お断りすると僕はサインをねだるミーハーではありません。フィラデルフィアで人気絶頂だったムーティーは一度も訪ねておらず、会いに行ったのは深く感動したオーマンディーとSさんだけです。そのぐらい爆発的で稀に見るものだった、それに突き動かされてどうしてもひとこと「お礼」をしたかったのです。ムーティーとは全く違う音で、僕の長い音楽体験のうちでも白眉、一生忘れることのない演奏。この日以来8番は僕にとって特別な音楽となって今に至っています。

当時彼のレコードは持っていましたがお国ものショパンPCの伴奏指揮者のイメージでした(ルービンシュタイン、フランソワ、ワイセンベルク)。一方でブルックナーの8番という音楽だってカラヤンのレコードで聞いていたぐらいですが、たしか4番(ワルター)、5番(クナ)、7番(コンヴィチュニー)、9番(マタチッチ)あたりを持っていてもあまりピンと来ておらず、アダージョがきれいなので8番だけが記憶にある程度でした。

飛び込みで話しかけてきた見知らぬ東洋人の男女にほんとうに誠実、真摯な姿勢で接してくださり、汗だくではありましたが、つい今しがたあれだけの演奏をし終えた人と思えぬほど冷静に、僕の愚問ごときに真剣に言葉を選んで答えてくださったのは驚きであり深く心に残りました。音楽に人柄が出るとするとそれは彼においてこそで、あの姿勢でスコアを読みこまれた結果があの音なんだろうとつくづく思います。

オーマンディーやバーンスタインはひと仕事終えた好々爺という感じでもありましたがSさんはブルックナーとフィラデルフィア管弦楽団の弦の相性につき滔々と語ってくれるなど、ああこの人も音楽が好きなんだと当たり前のことを強く感じました。仕事師の職業指揮者ではない、書かれた音符に真摯に意味を見出す、それもポエムとしてよりは化学として神様の調合・配剤の賜物としてで、作曲家なんだなと直感したのを覚えています。

たまたま家内がお友達が映ってるというので去年の1月21日の読響の8番をビデオに撮っていて、これが大変な名演奏です、よくぞとっておいてくれました。ニュースによると、93才になられて11月にミネソタ管を振った最後の演奏会がやはり8番だったそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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N響 ブルックナー交響曲第2番をきく

2016 SEP 25 1:01:23 am by 東 賢太郎

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ    ピアノ:ラルス・フォークト

モーツァルト/ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595

ブルックナー/交響曲 第2番 ハ短調

 

今日つくづく思ったのは27番は難しいということ。ここに書いたように、私見ではこのコンチェルトは1788年、「コシ・ファン・トゥッテ」の姉妹作だ。

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595

しかし、第2楽章の第2ヴァイオリンのあの胸につまされる音階パッセージは何だ?フォークトはドイツ時代に何度か聞いたピアニストだが、モーツァルト、しかも最も難しい27番であえて何を言いたかったのか。音階パッセージをピアノが模す場面はなにかが違う。

僕はウィーンへ行くと必ずモーツァルトが昇天した家に詣でる。そしてそのすぐ前にある宮廷料理人イグナーツ・ヤーン邸の地上階にあるカフェで1時間ほど過ごすのだ。ここに詳しく書いた。

ベートーベンピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19

27番はこのヤーン邸で、モーツァルト自身のピアノで初演されたのだ。そして、それは彼が公の場で演奏した最後の機会となった。第2楽章、彼の魂が天に登るような変ホ長調。あのカフェで脳裏に聞こえたような演奏はまだない。モーツァルトは本当に難しいのだ。

今日の収穫はブルックナーの2番だ。ヤルヴィになってこういう曲をプログラムに組んでくれる、これはいよいよ日本のクラシック・シーンが欧米水準になるということだろうか。これを覚えたのはハイティンク盤、ショルティ盤、スクロヴァチェフスキー盤だが、細かくは知らないが、今日の版は改訂版とは違うかもしれない。

しかし演奏は期待以上で、レコードでは味わえなかった独特の楽器法の木管アンサンブル、対向配置のヴァイオリンの意味深い対位法、インパクト充分の金管とティンパニなどについてヤルヴィは確信をもって振っており、後期の交響曲とは一味違うむしろ古典的な性格の残る部分をメリハリをもって描いた。この解釈で5番をやったら素晴らしいだろう。

 
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クルト・マズアの訃報

2015 DEC 21 1:01:46 am by 東 賢太郎

クルト・マズアさんが亡くなった。クラシックに熱中しはじめた高校時代におなじみの懐かしい名前だ。アズマの反対だけどスペルはMasuaで、ドイツ語ではSを濁ってズと読むことを初めて知った。クラスのクラシック仲間がふざけて僕をケント・マズアと呼んだが、さっき調べたら氏の息子さんはケン・マズアさんだった。

mazua1だからというわけじゃないが、彼のベートーベン交響曲第5番、9番(右)は僕が最初に買った記念すべき第九のレコードとなった。だからこれで第九を記憶したことになる。なぜこれにしたかは覚えてない。ひょっとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(以下LGO)に興味があったかもしれないが、2枚組で3600円と少し安かったのが真相という気もする。

mazur感想は記録がなく不明だが、音は気に入ったと思われる。というのは第九を買った75年12月22日の4日後に同じマズア・LGOのシューマン交響曲第4番を購入しているからだ(右)。大学に入った75年はドイツ音楽を貪欲に吸収していた。5月病を克服した6月に買ったジョージ・セルの1,3番のLPでシューマンを覚え、4番にチャレンジしようと7月に買った同じLGOのコンヴィチュニー盤があまりピンとこなかったのだ。それはフォンタナ・レーベルの詰めこみすぎた冴えない録音のせいだったのだが・・・。ということはシューマン4番もマズアにお世話になったのだろう。

マズアはドイツ人にしてはモーツァルト、シューベルト、ワーグナー、ブルックナー、R・シュトラウス、マーラーのイメージがないのが不思議だ。モーツァルトはシュミットとのP協全集はまあまあ、ブルックナーは4番を持っているがいまひとつだ。東独のオケ事情、レコード会社との契約事情があったかと思われる。

mazurそこで期待したのがブラームスだ。76年録音。ロンドンで盤質の最高に良い79年プレスの蘭フィリップス盤で全集(右)を入手できたのはよかったが、演奏がさっぱりでがっくりきたことだけをよく覚えている。4曲とも目録に記しているレーティングは「無印」だ。当時はまだ耳が子どもで激情型、劇場型のブラームスにくびったけだったからこの反応は仕方ない。とくに音質については当時持っていた安物のオーディオ装置の限界だったのだろうと思う。今年の4月現在の装置で聴きかえしてこう書いているからだ。

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

mazua2ところでここに「フランクフルトでフィデリオを聴いたが、まさにこの音だった」と書いたが記憶違いだった。プログラム(左)を探したところ、1988年10月3日にロイヤル・フェスティバルホールであり、しかもオケはロンドン・フィルであったので訂正したい。ケント公エドワードご来臨コンサートで英国国歌が演奏されたようだが記憶にない。当時のロンドンでドイツ人指揮者というとテンシュテット、ヨッフム、サバリッシュぐらいでカラヤンが来たのが事件だった。そこに登場したマズアはきっと神々しく見えたんだろう、響きも重くドイツ流ですっかりドイツのファイルにメモリーが飛んでしまっていたようだ。この4年後に言葉もできないのに憧れのドイツに住めたのが今となっては信じ難い。

この記憶はこっちと混線したようだ。

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

94年8月28日、フランクフルトのアルテ・オーパー。これがマズア/LGOの生の音だったがこれよりもフィデリオの方がインパクトがあった。

マズアの録音で良いのはメンデルスゾーンとシューマンのSym全集だ。これはLGOというゆかりのオケに負うところもあるが低重心の重厚なサウンドで楽しめる。ブラームスもそうだが、細かいこと抜きにドイツの音に浸ろうという向きにはいい。ベートーベンSym全集はマズアの楽譜バージョン選択の是非と解釈の出来不出来があるが現代にこういうアプローチと音響はもう望めない。一聴の価値がある。

なにせLGOはモーツァルトやベートーベンの存命中からあるオーケストラなのであり、メンデルスゾーンは楽長だったのだ。61才までシェフとして君臨したコンヴィチュニーに比べ70年に43才で就任したマズアはメンゲルベルクと比較されたハイティンクと同じ境遇だったろうと推察する。若僧の「カブキ者」の解釈などオケが素直にのむはずもないのであって、正攻法でのぞむ。それが伝統だという唯一の許されたマーケティング。だからそこには当時のドイツ古典もの演奏の良識が詰まっているのである。

意外にいいのがチャイコフスキーSym全集で、カラヤン盤よりドイツ色濃厚のオケでやるとこうなるのかと目からうろこの名演だ。悲愴はすばらしく1-3番がちゃんと交響曲になっているのも括目だ。ドイツで買ったCDだがとびきり満足度が高い。そしてもうひとつ強力おすすめなのがブルッフSym全集で、シューマン2番の第1楽章などその例なのだが、LGOの内声部にわたって素朴で滋味あふれる音響が完璧に音楽にマッチして、特に最高である3番はこれでないと聴く気がしない。

エミール・ギレリス、ソビエト国立響のベートーベンP協全集は1番の稿に書いたとおりギレリスを聴く演奏ではあるが時々かけてしまう。お好きな方も多いだろう、不思議な磁力のある演奏だ。76年ごろのライブでこれがリアルタイムでFMで流れ、それをカセットに録って擦り切れるほど聴いていた自分がなつかしい。以上。ニューヨークに移ってからの録音が出てこないのは怠慢で聞いていないだけだ。

こうして振り返ると僕のドイツものレパートリー・ビルディングはLGO時代のマズアさんの演奏に大きく依存していたことがわかる。師のひとりといえる。初めて買った第九は、彼との出会いでもあった。75年12月22日のことだったが、それって明日じゃないか。40年も前のだけど。

心からご冥福をお祈りしたい。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ベートーベンピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15

ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37

メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90 「イタリア」
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ブルックナー交響曲第9番ニ短調

2015 JAN 19 2:02:37 am by 東 賢太郎

先日ある方とふるさとの話をしていて、自分は東京なんでそれがないんですと言いながら、たしかにお盆に帰る所はないけれどひょっとして多摩川がそうかもしれないと思いあたりました。物心ついてから中学に入るまで和泉多摩川の、川へすぐの団地に住んでましたから。

結局5年ほど前から居所は多摩川に帰っていて、週末は川辺までジョギングに出ます。四季それぞれ川は匂いが違います。道端の雑草の草いきれも浅瀬の藻の匂いも変わります。石を高く投げ込むとペカン!と音が鳴る。その瞬間に50年前に帰ります。自分の幼少時の記憶には水のある風景というものがついてまわります。

当時通っていた成城学園初等科から坂を下ったあたりに沼地のような所があって、春の晴れた日、背の高い草をかき分けながらむんむんする泥にまみれてそこに入っていくと、生ぬるい大きめの水たまりにぬるぬるのゼリーみたいな蛙の卵がうようよとありました。うわっとびっくりするぐらいたくさん。何日かしてそれがみんなおたまじゃくしになってる。水中そこいらじゅうに丸々太って黒光りしたのが数知れず泳ぎ回っています。

その時、うしろのグラウンドの方を立ちあがって見た。あったのは太陽です。まぶしくて何も見えなかったのですが、その光景というかもはや心象風景といったほうがいいですが、それはその後も夢に出てくるまでに鮮烈に僕の中に刻みこまれていて、水とおたまじゃくしに何かをもらって自分の生命が力を得たような気がする。もう一度あのあたりに行ってみたいと思っていますが・・・。

はるか時を経て、クラシック音楽というものに出会っていろいろ聞きすすむうちに、あれっと思うものに出会いました。ブルックナーの第9交響曲です。アダージョの静けさを破って天から神々しい光のシャワーが降りそそぐ部分。トランペットがこんな神のお告げのようなものを奏でます。

bru9

ここをきいたとき、ああこれがあれだったんだと思いました。理屈でなく。あの成城の沼で見た太陽。うようよと蠢くおたまじゃくし。神と肉。天界と俗界。自分もその俗の一部であって、生命を戴いている者なんだという啓示のようなものでした。

あの光の向こうには、なにかとてつもない高貴で期待に満ちたものがある気がして、今もつらいときあれを思い出してみたりします。そういうものがあの時やってきてしまった。邂逅です。この交響曲はそれを思い出させます。

それは83年、この曲をロンドンで初めて聞いた時です。ハイティンク/ ACOの演奏に眼前で接していて、急にあの成城の記憶が甦ってしまった。何の脈絡もなく。それ以来、9番は特別なものとして僕の中で君臨しており、バッハのマタイ、モーツァルトの宗教曲などと同等にめったやたらには聴かない音楽になっています。

一昨日買ったワルター組物にこれが入っており、久々に聴きました。僕がワルターに敬意を持っているのは、彼が「指揮屋」ではない、本物の音楽家だからです。往年の大家で最もピアノ演奏でも尊敬された人であり、こけおどしのショーピースには目もくれなかった。師匠であるマーラーの交響曲でさえ3,6,7,8番は振っておらず、6番は嫌いだったとどこかに書いてありました。まったく同感、我が意を得たりなのであります。

ユダヤ人でなければ米国に来る人ではなかったでしょう。ナチスを逃れ、さいはての西海岸LAという似つかわしくない地で、当地のオケ(LAPO等)のメンバーと録音した晩年のCBS盤のおかげで、19世紀から独墺で鳴っていたオーケストラ音楽の奥義がステレオ録音で残された。この歴史の偶然には感謝の念を覚えます。

亡くなる4年前の1月からハリウッドのAmerican Legion Hallで始まった録音はそれを伝える至宝です。残された時間を悟っていただろうワルターが録音したのは彼のこの世へのラスト・メッセージであり、そこに選ばれた曲というのは人生にとって意味のあるレパートリーだったでしょう。それを時系列に整理してみました(データはBRUNO WALTER DISCOGRAPHYのサイトによる)。

1958
January 6 & 8,  beethoven sym1
January 8, 10, 13,  beethoven sym8
January 13, 15, 17,  beethoven sym6
January 20, 23, and 25,  beethoven sym3
January 27,  beethoven sym5
February 1 & 3,  beethoven sym7
February 8 & 10,  beethoven sym4
February 18, 1957; February 17& 21, 1958(Carnegie Hall), marler sym2
December 10, 12, 15 and 17,  mozart vc3,4
December 17,  mozart eine kleine nachtmusik
1959
January 5 & 9,  beethoven sym2
January 13 & 16,  mozart sym40
January 13, 16, 19 & 21,  mozart sym35
January 19, 21, 26, 29, 31,  beethoven sym9(mov1,2,3)
January 31; February 2, 4, 6,  schubert sym9
Feb 2, 4, 6, 12 & 14,  brahms sym4
feb12,14,16,20  dvorak sym9
February 20,  wagner duchman ov
February 25,  wagner Parsifal – Prelude and Good Friday Music
February 27,  wagner Lohengrin Prelude to Act I/Siegfried Idyll
April 6 & 15,  (Hotel St. George) beethoven sym9 mov4
April 15,  Beethoven: “Coriolan” Overture
nov16,18  bruckner sym9
November 20,  brahms “Double” Concerto
November 25,  brahms sym1
December 2,  mozart sym38
December 4,  Wagner: Meistersinger Prelude to Act I
1960
Jan8,  brahms haydn variations
Jan11 & 14,  brahms sym2
January 16,  brahms academic fest ov
Jan16 or 23,  brahms tragic ov
Jan20,25 schumann PC
Jan 27 & 30,  brahms sym3
February 20 & 23,  mozart sym39
February 25, 26, 28 and 29,  mozart sym41
February 28 & 29,  mozart sym36
feb26,29mar3  schubert sym5
feb13,15,17,25  bruckner sym4
April 18 and 25,  (Manhattan Center) mahler song of the earth
May 29,  (Musikverein) mahler  sym4/Rückert Lieder/schubert sym8
June 30 and July 1,  mahler Lieder eines fahrenden Gesellen
july1  beethoven leonoreⅡ
December 5,  brahms Song of Destiny
1961
January 11,  brahms Alto Rhapsody
January 14 & 16,  and February 4 & 6,  mahler sym1
January 16, 18, 21 and 30,  mahler sym9
January 26,  beethoven violin concerto
feb8,12  dvorak8
march2,4,6,8  haydn sym88&100
mar11,13,19,22,27  bruckner sym7
March 24 and 27,  wagner Tannhäuser: Overture and Venusberg Music
March 5 and 31,  mozart cosi ov, figaro ov,impresario ov,zauberfloete ov
March 8 & 31,  mozart masonic funeral musik
1962年2月17日 亡くなる

僕は全部一度は耳にしていますが、青字はそのうちでも愛聴しているものです。これを見ると前回のイストーミンとのシューマンPCはブラームス・セッションの真っ最中であったことがわかります。ワルターのブラームスへの愛情は底しれません。あのシューマンの異様なテンションの高さはそれと関係あるかもしれません。

ご覧のようにセッションはベートーベン、ブラームス、マーラーと固まって行われており、最後にモーツァルトがきて彼は亡くなりました。ブルックナーは3曲のみで、9番がベートベンとブラームスの間に、4番がブラームスとマーラーの間に、そして最後に7番です。ブルックナーをまとめて録ることをせず、セッションの節目に演奏したかのようです。このあと8 番が予定されていたようで彼のブルックナーへの思いがよくわかります。

58年以降が重要です。ワルターがそこからのラスト・セッションで録音を残そうと取り上げた師匠マーラーの交響曲は1,9番の2曲、NYやウィーン・ライブの2,4,大地を入れても5曲、ブルックナーは8番を入れて4曲です。彼がこれほど思いを込めたブルックナーは、マーラー指揮者の誤ったイメージ、ドンシャリの粗悪米国プレス、原典版ブームによって切り捨てられてしまったようです。

ブルックナーに限らずこれらハリウッド録音のLPは音がハイ上がりでひどく、当初から誤った評価をされています。僕自身、ここに書いたように彼のモーツァルトやベートーベンは良い思い出がなく、大きな誤解をしていたことがだんだんわかってきました。ワルターのモーツァルトはLPで

わが国では老ワルターなどと呼んでよいよいのおじいちゃんが昔を回顧した録音のように思われていて、それだから人間味があって良いなどと大幅に見当違いな評論がなされていたものです。リハーサル風景の録音も残っていてそれをきけばまったくの誤りと分かります。上記ブログにも書きましたが、シャープな頭脳とてきぱきしたプロフェッショナルな指示と進行はウォートン・スクールのばりばりのやり手教授を思い出します。

そういう最晩年のワルターを記録しようという米CBS製造側の高い志が、販売側の売らんかなの低い志によって台無しにされてしまったようです。CDも日本でリマスターをはやして売り出されたものの音は絶句するひどさでした。音を原音に近づける編集は大変結構だが、音楽のわかる人にやってもらわないと。

さて9番ですが、こっちはブルックナーのほうが完成せずに亡くなってしまった。第4楽章の補筆完成版もありますが僕にはホルストの惑星の冥王星みたいにしか思えない。天国にのぼるようなヴァイオリンのシ、ファ#、ソ#、シ・・・一体あれに何が続くというのでしょう?もしするなら遺言どおりテ・デウムであるべきです。

第1楽章冒頭、二音のオルゲルプンクトの荘重な開始。9番でニ短調ゆえにベートーベンの9番を思わせるとこじつける人が多くwikipediaに「空虚5度の開始」とまで書いてある(二音のユニゾンであり誤りである)。第2楽章がスケルツォである以外に第九を想起するものは何もありません。これが変ホ長調を経て変ハ長調に行ってしまう和声の崩壊感は天界から俗界への転換を思わせます。コーダは再度二音のオルゲルプンクトにナポリ6度のE♭が何度も乗り、解脱を試みるが二音に引き戻される。非常に印象的なコーダであります。

この部分、僕はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番の終楽章コーダ、暗い死の予感があるハ短調からひととき明るいナポリ6度の変ニ長調に何度も何度も行こうともがいて、最後は力尽きてハ短調の悲劇で終わる、あのつらい終結を想起します。金管とティンパニのsfで勇壮な響きに聞こえますが、内包するものはそうではないでしょう。

第2楽章、暗い森のなかに落ちる雨粒のようなピッチカート。神の審判が稲妻のように下る主部。ブルックナーは9番をDem lieben Gottと神に捧げていますが、終楽章をテ・デウムで代替する示唆をしているようにこれは教会のような音響がふさわしいように感じます。寒くて暗い空間の残響に審判がこだまする、神へのおののきを喚起する音です。

僕は2005年のクリスマスにウィーンのシュテファン教会の礼拝でブルックナーのホ短調ミサが使われているのを聴きました。彼が神に捧げている音楽はああいう音響を求めています。9番は特にそうです。これを残響の足りない東京のホールで聴くというのは非常に限界を感じます。そういう音響に近づけたいため僕は自助努力で部屋は石壁にしました。ワルターの録音もそういう音で鳴ることを意図したと思います。

終楽章は短9度の跳躍といういきなり和声感を失わせる開始に驚きます。Sehr ruhigの前、オーボエのド#、レ#の長2度で天使の吹く笛の信号のような意味深長なものが響き、音楽は止まってしまう。この楽章の素晴らしさは筆舌に尽くしがたく、ここで無力な筆は置きます。ブルックナーはこの楽章を人生への告別と呼びました。それがすべてを物語っているように思うのです。しかし、僕のおたまじゃくしの部分、あれはいったい何なんだろう?

 

(補遺、3月21日)

ロヴロ・フォン・マタチッチ / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

752 (1)これをロンドンでLPで買って何度も聴き、カラヤン盤(66年、BPO)を聴き、なんとも9番がわからなくなったのが懐かしい。トルソは自己流の完結が難しい。後者がとことん美しく、まるで予定調和のような終結をむかえるのに対しこれは儚い。何か諦めきれない感情を包み込んで浮遊するように消える。カラヤンの方が音楽として完成しているが、記憶にささっていたのはこのマタチッチ盤だった。彼は8番も秀逸で、大きな音楽をした人だ。きれいな音を作るよりそちらを大事にした人だった。

 

ウォルフガング・サヴァリッシュ / バイエルン国立歌劇場管弦楽団

IMG_9388cシューリヒトやヴァントを差し置いてこれを挙げる人は極めて少ないだろう。これを聴くのは無上の喜びである。名門オケを振りながらこんなに大仰な粘りやタメとは無縁で、自分のコンセプトを純化して音にするだけの指揮もそうはなく、僕は5,7,8番とちがって9番のスコアにそれを求めたい。鳴っている音は極上だ。このオケはドイツの良いホールで実演を聴かないとわからない金色の絹のような質感があるが、このOrfeo録音は遠目の音像ながらいっさい混濁がなくそれを髣髴させる。こういう演奏にどっぷりつかることのできたドイツ時代が懐かしい。ヨーロッパの良識を伝統の器に盛り、最上級の音で再現する、これをさしおいて何か奇矯を求める鑑賞態度は僕とは無縁だ。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

 

 

 

 

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 クラシック徒然草-ブルックナーを振れる指揮者は?-

 

 

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ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68

2014 MAR 16 11:11:07 am by 東 賢太郎

昨日は本当に久しぶりにブラームスを聴いた。交響曲第1番を大好きなシャルル・ミュンシュで。僕は彼の交響曲4曲だけでLP、CD、テープを合計397枚もっている。横浜の鉄道模型博物館の原さんもすごいが、ブラームスに関しては僕も負けない。

それなのにどうしてご無沙汰だったのか。以前に書いたがモーツァルト・ブラームス・サイクルというのが僕にはあって、モーツァルト家に行っているときはブラームス家はお留守になるし、その逆も同じことになる。ところが今はモーツァルト家に入りびたっているという感じもないから、自分の中で何かが変化したように思う。やっぱりアラカンかな。

ブラームスとブルックナーはライバルだったし作風は対照的で、お互いのシンパたちが相手を認めず仲が悪かった。ところがご両者とも肉団子が大好きで、ウイーンの「赤いはりねずみ」(Zum Roten Igel)という同じホイリゲ(料理屋)の常連だった。お互い顔を合わさないようにしていたが、友人が仲をとりもって一度だけ2人を同じテーブルに座らせたことがある。「私はいつもこれだ」「私もだ」「この団子こそが我々の共通点でしたな」で会談は終わったらしい。

この話は大好きだ。一家言を成した男とは実にこういうものだ。こういう人達でなくてはああいう交響曲が生まれてくるイメージなどとうてい持てない。余談だが佐村河内という男はこういう雰囲気をうまく演じていたと思う。髭も効いていた。だから皆だまされた。女なら相手を無視はできても何か目や口で空気に反応するだろうからこういう逸話が残ると思えない。自分というものがある男はというと、爬虫類みたいに無反応なのである。

どうして大作曲家が男ばかりなのか、理由はいろいろあろうが、この逸話はある一面を雄弁にもの語っているように思う。女性に叱られるのは覚悟の上で書くが、ブラームスもブルックナーも、まさしく「男の音楽」なのである。男のためのではない、男のサイドからのという意味である。女性にわからないとまではいわないが、ユニセックスなショパンやリストみたいな音楽とは水と油の要素があると強く感じる。

この2人がオペラに目もくれなかったのは興味深い。男だけのオペラはない。モーツァルトはオペラで女性を描くのがうまかった。ショパン、リストがピアノで熱狂させたのも女ばかりというイメージである。一方、お二人の女声への音楽は禁欲的だ。私生活においても、ブラームスは年上、ブルックナーはかなりの年下の女性好きだったが、2人とも結局独身だった。ブラームスの年上の人はクララ・シューマンだった。先輩の奥さんだ。

交響曲第1番の第4楽章に出てくるアルペンホルンを模した主題は、クララの誕生日を祝う手紙の中で「高い山から、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう」という歌詞が付けられている。ブラームスはこの曲を作るのに21年もかけているのだ。この真摯さ、入念さ。真剣になった時、男はコピペなど絶対にしない動物だ。化粧までする最近の男はどうだか知らないが、あまたある音楽の中でも、この曲は男というものの本質、本性を抉り出したような存在なのである。

僕が最初に覚えたブラームスの交響曲はこの1番だ。高1の時に買ったミュンシュ/パリ管のLPだった。 ちっともいいと思わなかったが、カラヤン/ウィーンPOの千円盤が出たのでまた買い、だんだん耳になじんだ。そして決定打となったのが大学2年の年に出たフルトヴェングラー/ベルリンPO(52年2月10日ライブ)である。体に電気が走り、僕のブラームス遍歴はその日から始まった。

所有する103枚のうち三ッ星がついているのは上記フルトヴェングラーとベーム/VPOの79年東京ライブだけ。二つ星はミュンシュ/BSO、トスカニーニ/PO(52年9月29日ロンドンライブ)、クレンペラー/ケルン放送O(55年10月17日ライブ)、ギーレン/BPO(78年ライブ)、カラヤン/BPO(87年盤)、カラヤン/BPO(88年10月6日ロンドンライブ)、スクロヴァチェフスキ―/ハレO、朝比奈隆/大阪PO(94年11月9日ライブ)、ボッシュ/アーヘンSOだけだ。

 

フルトヴェングラー/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(52年2月10日ライブ)

41NH5HDH2YL__SL500_AA300_ブラ1の原像となった強烈なインパクトをもらった演奏である。76年に新譜で出たLPはこのジャケットではないが音も良く、至宝を手にした喜びがあったことを思い出す。どこがどうというレベルの演奏ではなく、初めてアテネでパルテノン神殿の柱を見上げた時のような偉容と均整感に圧倒されるばかり。第1楽章や終楽章の個性的なテンポ・ルバートは楽譜にないが、それがないともの足りないほど曲想にぴたりと決まっており、全曲を高所から俯瞰した必然を強く感じる。フルトヴェングラーの全録音の中でも1、2を争う名演中の名演であり、この曲が好きな人、これからを聴こうという人には迷わず一聴をお薦めする。

クラシック徒然草《フルトヴェングラーと数学美》

 

シャルル・ミュンシュ / ボストン交響楽団

51FSG-Xf6OL__SL500_AA300_パリ管との新盤の世評が高いがどう聴いても弦が薄い。管が明るすぎる。ドイツのオケと比べてもわからないなどと書いている評論家がいるが、どんな装置で聴いているんだろう。このボストン盤はちゃんと再生すればボストン・シンフォニーホールの特等席の音がする。最高にブラームスらしい音だ。演奏も新盤にまったく遜色なく、フルトヴェングラーの陰影はないがさらに剛直でストレートな表情が加わるのが素晴らしい。男のブラームスである。

 

朝比奈隆 / 大阪フィルハーモニー交響楽団(94年11月9日ライブ)

31XAK0390JL__SL500_AA300_堂々たる開始。ティンパニーが効きテンポはかなり遅い。主部も同様で、ここぞという箇所のffの打ちこみは最高。第2主題はさらにテンポを落としてロマンティックだが辛口だ。展開部はオケが先に行きたがるが許さず、その遅さだからこそ生きる「運命主題」を叩きつけてなだれこむ再現部クライマックスの爆発は見事。第2楽章はオケの限界が出てしまい第3楽章の最後の減速はだれるなど気持ちはよくわかるがどことなく素人くさい指揮でもある。終楽章も走らない。一歩一歩大地を踏みしめながら要所で切る見栄。古臭いと言わば言えという頑迷さすら感じる。金管コラールのルバート!こういうことをマゼールのような人がやれば鼻につく芝居にきこえるだろう。そうならないのはシャイな男ブラームスを無骨に描こうというこの親父さんの頑固な執念と不器用さが、人為的なあざとさを感じさせないからだ。誰にもお薦めする演奏ではないが、彼の思うブラームス像に僕のように共感する人にはわかってもらえるだろう。

 

(続きはこちら)

ブラームス 交響曲第1番(その2)

 

ブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(原題・ブラームスはマザコンか)

 

ブルックナー交響曲第7番ホ長調

2014 FEB 25 19:19:10 pm by 東 賢太郎

このところかなり精神的、体力的に疲れていて気持ちがロウになりがちで、体調の方も先週は咳が止まらなくなって参っていた。漢方をいただいて何とか収まったが・・・。

こういう時に僕には何が効くかというと、ブルックナーである。それも7番がいい。5番、8番はちょっと押し込まれて重い。9番は平静にはなるが気持ちが前に出ない。7番の泣きからの復活こそ波長が合うのだ。この曲とつき合って39年になるがそれはずっと変わらない。

ということで日曜日は7番の第2楽章とピアノで格闘することになった。これは素人にとって非常に難しい。格闘という言葉しかなく、後半は一人で弾くのはどう見ても無理。だからせいぜい提示部ぐらいだ。しかし出てくる音はあまりにすばらしい。下はワーグナーの死を予感したブルックナーにやってきた嬰ハ短調の弦の慟哭の主題のあと、ぱっと陽がさすように長調に転じて第2主題を用意するつなぎの部分だが、ここが僕は大好きだ。この部分の目が眩むような「和声の迷宮」の見事さはどうだろう!それがぎらぎらした感情ではなくどこか信仰心(そんなものは僕にはないが・・・)からくる安寧、諦観とでもいうような心の落ち着きをもたらす。疲れた頭を芯から癒してくれる気がするのである。

イメージ (37)

下のModeratoからが第2主題だ。何といういい節だろう。これは彼が遺骸の頬にキスしたほどシューベルトを敬愛したという脈絡に位置するものと感じる。この美しさは筆舌に尽くし難い。天国への道はこんな感じなのかもしれないとさえ思う。

イメージ (38)

このあたりを弾いていると、僕は本当に骨の髄までブルックナーが好きなんだと思う。2-3時間この楽譜と向き合って、もうほかの楽しみはいらないどうでもいいという境地に至ってしまった。音楽パワーさまさまの一日であった。

7番の第1楽章はブルックナーの書いた最も素晴らしい音楽の一つだろう。僕はブルックナーの音楽は宗教音楽と思っている。ヴァイオリンのトレモロに導かれるあのホルンとチェロのユニゾンの上昇。神的、霊的なものへの扉が開く。7番は精神が天へ向かっている。181小節のフルートソロのパッセージ、この部分の前後は見事にショスタコーヴィチの第5番第1楽章にエコーしている。ほぼパクリといってもいい。あの不可思議な空騒ぎで終わる交響曲の非常に感動的な第1楽章の静寂部分と第3楽章はブルックナーに負うものがあると考えている。終楽章を彼が負ったのはマーラーだ。

3つの主題があるが2番目の主題は驚くことにロ長調で入って2小節目からもうロ短調、ト長調、変ロ長調、ヘ長調、変イ長調・・・と小節ごとに調が万華鏡のように変わる。ドビッシーはフランクを転調機械と皮肉ったが、この平明な主題の気分の変化は機械的でも気まぐれな女心でもなく、微妙な天候の移ろいのようだ。最初の主題のホ長調からハ長調もそうだが、主題そのものに転調がビルト・インされているのは自然の生生流転、諸行無常というパーツでこのシンフォニーが構築されているということだ。そしてすばらしい終結部、高弦のトレモロとティンパニに伴われて第1主題が回帰する部分は宗教画の金色に輝く天空を思わせる。こういう音楽にヒューマンな要素、感情、快楽のようなものを表現したり聴こうとしたりということは僕の場合は一切ありえない。

第2楽章でハースが削除した打楽器は僕はあっていいのではないかと思っている。原典版(クレンペラーが使っている)がどこまで原典だったかということだ。ブルックナーはそれをするには禁欲的であったとする人もいるがワーグナー崇拝者でもあった。だからワーグナーチューバを借りてきているわけであり、トライアングルとシンバルの組み合わせはワーグナーがマイスタージンガー前奏曲で使っているが、あそこで2回鳴るシンバルの箇所からしてこの第2楽章の頂点(それはこの交響曲全体の頂点でもあるが)でそれを使うことに違和感は感じなかったのではないだろうか。それを弟子に指摘してほしかったという程度の禁欲はあったかもしれないが。

彼は1882年にバイロイトでワーグナーに会い、パルシファル初演を聴いた。ワーグナーは彼をベートーベンと比肩させるほど高く評価した。俗に「ブルックナー開始」と呼ばれる弦の密やかなトレモロは第九の冒頭に由来していると思われ、3人は一本の線でつながる。その翌年2月に彼はヴェニスで客死した。その報はブルックナーを打ちのめし、その結果が第2楽章の終わりのワーグナーチューバによる悲痛な4重奏として刻印された。このシンフォニーにヒューマンなものが混じっているのがこの楽章で、難しい。それがもろに表に出てしまう演奏、クナッパーツブッシュやフルトヴェングラーのようなものは僕は好かない。レーグナーの粗暴な金管の音など酷いものだ。そういう無用な演奏家の「劇」は音楽の美しさを損なうだけだと思う。

第3楽章スケルツォは「悪魔的」がいいのかどうか。この楽章は最も早く書かれており6番の作曲が完了してから間もないころだ。1,2楽章の深みとはどうも乖離を感じてしまうのは僕だけだろうか。趣味の問題だが僕は主部にあまりトリオとの芝居がかったコントラストを着ける流儀は好かない。そんなことをしないでもトリオは十分に美しい。チェリビダッケのゆったりしたテンポによるどぎつさのない表現、トリオはさらに遅くというあのテンポを堪えきれないと感じる人は多いだろうが僕はあれぐらいでいいと思う。

第4楽章はこれも上昇音型である弦の喜びの主題で始まる。シューマンのラインの終楽章を思わせ好きだ。しかし、第4交響曲変ホ長調ほどではないにしても第1、2楽章にくらべて重みと内容のバランスをやや欠く印象は否めない。ジュピター音型に似た並びの第2主題には不思議な和音が付き、巡礼の隊列を見るような深い宗教的な気分が支配する。最後の審判を告げるような峻厳なトゥッティに続きワグナーチューバがジークフリートを思わせる和声を奏でるのが印象的だ。「喜び」「巡礼」「審判」が対位法で骨格を形成するのは5番の終楽章を思わせるが、特に出来の良い楽章とは思われない。

こうして書いていてわかったことだが、ブルックナーの音楽というのはいくら文字にしても満足な着地点がない気がする。全曲が複数の主題の対位法的な変遷と和声の迷宮の巣窟のようなものでまことに捉えどころがない。それは演奏についても同様で、各曲とも一個の小宇宙でありその総体を俯瞰した演奏でなくては説得力がない。しかし細部に磨きをかけた美音と演奏技術なくしては表しえない物も包含している困った存在だ。

7番のライブは海外ではいろいろ聴いたがフランクフルトのアルテ・オーパーでやったクルト・マズア指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管は良かった。しかし何といっても最高だったのがチョン・ミュンフンがN響を振った2008年2月9日のAプロだ。あのオケの弦が最も美しく鳴った演奏の一つであり、この曲に一番感動させてくれた演奏の一つでもあった。

7番の録音は昔はカール・シューリヒトがハーグ・フィルを振ったものを好んで聴いていた。同じくシュトゥットガルト放送響を振ったもの、前回書いたハンス・ロスバウトのも好きだった。ただ最近それらは指揮の癖が気になってきて聴かない。とくに引っ越しをしてオーディオ装置を替えてからは音響というものがブルックナー鑑賞に不可欠と感じるようになったことも大きい。どうしても深々とした「良い音」で鳴ってくれないと物足りない。

 

ベルナルト・ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

038これぞあのコンセルトヘボウの特等席の音である。僕はそれを思い出してどっぷりと浸りたい時にこの全集をよく取り出して聴く。ノヴァーク版としてまったく普通の良い演奏であり、強固な主張は聞こえずスコアの音化にまっすぐに奉仕するという姿勢で、それに充分の成果を上げている。この録音の頃にロンドンのプロムスで聴いた9番がまさにそういう名演であった。第2楽章の第2主題の彫琢が甘いなどアラを探せばある。しかしこのあらゆる点で高水準のコンセルトヘボウ管の演奏をこの美音で聴けていったい何の不足があるだろう。冒頭のホルン、チェロを聴いただけでもう納得である。この曲にストーリーを求めず、スコア、音符の美しさを愛でることのできる人にはお薦めである。

 

オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団

クレンペラー ブルックナークレンペラーの他のブルックナーはあまり聴かないがこの7番はいい。原典版によるこの録音は彼のこれも音楽の神髄だけを突いたモーツァルトのオペラ録音と同質の精神に基づいたものである。そうでもなければカソリックでない彼がこれを演奏する立脚点がないだろう。第1楽章の天へ向かう精神、第2楽章の祈りの表情、深々とした音の弦、第2主題のいぶし銀の歌など最高に素晴らしい。第3楽章は一転ワーグナーを思わせる起伏をつけるが端正である。終楽章も力ずくの場面がなく、静かな部分はマーラーの4番での彼に通じるものがある。スコアにないコーダの減速は賛同できないが彼の主張として許容しよう。総じて人間くささを排除して神的領域に踏み込もうかという演奏で、それには不可欠である音程の良さに彼が心血を注いだ観があるのは同じく作曲家であるブーレーズがストラヴィンスキーに臨んだ楽譜の読み方と通ずるものがあるように感じる。凄い耳の良さである。

セルジュ・チェリビダッケ / ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

unnamed (50)7番の初演はライプツィッヒで行われたが、2か月後にミュンヘンで演奏され好評でありその指揮者ヘルマン・レヴィの勧めでワーグナーの庇護者であったバヴァリア王ルートヴィッヒ2世に献呈された。これはカソリックの音楽である。マーラーを振らなかったチェリがこのスコアをこう読んだというのはどこか納得がいく。「人間というファクターの排除」だ。全く賛成であり、音楽の自然と神秘の流れにいつまでも浸っていたい聴き手にとっては福音のような演奏である。カーチス音楽院で見たあの練習の流儀で磨き抜かれたオーケストラからしか発しようのない高純度の結晶のような音である。

 

ヘルベルト・ブロムシュテット /  ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

045(1)ACO以外にブルックナーを見事に表現できるオーケストラとして僕はウィーン・フィル(VPO)よりもDSKを買う。カラヤン、ベーム、ジュリーニといい演奏はあるがピッチの高いVPOの美質はブルックナーの禁欲性と合わない気がするのだ。このオーケストラでいえばヨッフムの全集があるがこの7番はやや構えた第1楽章のテンポなど特に好きになれない。それよりもハース版を使い飾り気のないこのブロムシュテットの方がいい。音はやや古いがしっかり再生すれば非常に美しいことがわかる。i-tuneで900円で買える。

 

エリアフ・インバル / フランクフルト放送交響楽団

zaP2_J1118920W都響との素晴らしい演奏もあるインバルのこのオケとのシリーズは彼の原点だ。97年にパリのサル・プレイエルで聴いたバルトーク弦チェレに彼の音造りの粋を見た。神は細部に宿るのだ。それを悟らせない悠久の流れがあるから気づきにくいが実に緻密で集中力に富んだ指揮であり、矛盾のようだがブルックナーを振ったブーレーズより余程ブーレーズ的である。この録音はスコアの重要な部分をたくさん教えてくれた、僕には記念碑的なものだ。

 

オイゲン・ヨッフム /  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

zaP2_G0019240W世評の高いEMIのDSK盤も見事な演奏だが、僕はまだ彼が老成していないこれが好きだ。BPOシェフのカラヤンが脂ののった64年の録音だが、12月というと彼はスカラ座でフレーニとの椿姫の上演が完全に失敗(カラスの呪い)した、そのころの間隙をぬった浮気返しの録音ということになる。そのせいか?オケは良く反応して集中力が高い。第2楽章の祈りの深さは出色であり、頂点の築き方も(シンバルはあるものの)劇的ポーズを感じさせない。

 

ブルックナーとオランダとの不思議な縁

 

 

 

 

 

(こちらもどうぞ)

ブルックナー交響曲第9番ニ短調

 

 

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クラシック徒然草-ブルックナーを振れる指揮者は?-

2014 FEB 14 11:11:37 am by 東 賢太郎

前回ブルックナーについて書かせていただきました。後期ロマン派としてなぜかブルックナーとマーラーは対比されるのが常ですが、この2人に何か精神的な基盤となる共通項を見出すことは大変に困難です。僕にとってブルックナーは人生に不可欠ですが、マーラーはもう一生聞かせないと神様に取り上げられてもあまり悔いはございません。食わず嫌いではなく全曲を真剣に聴いてきた結果そういう結論に至っているのでご容赦いただくしかありません。マーラーファンの方は、きっとお怒りを感じると思われますので、以下はなにとぞお読みならないようお願いいたします。

また本稿が何らかの宗教的な意味合いやアンティ・セミティズムのようなものから発しているわけではなく、また他人様の趣味に意見しようというものでも毛頭ないことを最初にお断りしておきます。僕が「マーラーは嫌いです、まったく聞きません」というとたいがい「ではブルックナーも?」とくる、たぶん日本人だけが持っている大きな勘違い。それがテーマです。前稿に書きました「ちゃんとしたブルックナー」とは何か?「どの指揮者がそれを振れるのか」?という僕なりの見解を述べることです。

ですから、大変申し訳ないのですが、マーラーもブルックナーも同じだけ好きだという方が、マーラーはともかくブルックナーの方をどう聴いておられるのか僕にはちょっと想像がつきません。僕のイメージでは、ブルックナーは宗教画、風景画、静物画であるのに対し、マーラーは人物画、さらに言えば自画像、時にカリカチュアですらあります。同じ美術館の同じ時代の一画にはあっても、同じ部屋に並べられると違和感がぬぐえません。

鑑賞する方はさておきましょう。さらに申し訳ないのですが、本質的にマーラー指揮者である音楽家がブルックナーを振っていると、まがい物かレコード会社のイエスマンではないかという風に僕は見えてしまうのです。マーラーに徹していればよかったのに何の因縁か振ってしまったバーンスタイン、ショルティ。悪くないのもあるがワルター、マゼール、インバル、クーベリック、アバド、シノーポリ、ノイマン、テンシュテットもやめておいた方が評判を損ねなかったでしょう。ブーレーズにいたっては何を勘違いしたのか意味不明です。聴けるのはジュリーニ、クレンペラー、べイヌム、ハイティンク、シャイーですが後者3人はやはり ACOというオケの美質に多くを負っています。

ブルックナーの音楽は自然のアブストラクトな表現という最も核心となる一点においてマーラーとは遠くシベリウスによほど近いのであって、ブルックナーにあってシベリウスにないのは神という視点のみです。しかし、自然は神が造った万物であるというのがキリスト教ですから、そこに三位一体の中間に立つ人間という存在が介入しないのは同じことなのです。ところがマーラーというのは真逆であって、神と自然が欠落して人間のみが出てくる。しかも勘弁してほしいことにその人間は彼自身であるのです。ご異論があれば、上記の勘違い組の中でシベリウスをまともに振れる人を挙げられますか?バーンスタインはそこでも異質。唯一、若いころのマゼールが例外なだけです。

つまりブルックナー、マーラーとは完全に補集合的存在であって、たまたま近い年代のウィーンで時を過ごしただけのこの両者が「同一の精神領域」に存在すると感じること、つまり両方を演奏したり共感を持って聴いたりすることは僕にはまったく考えられません。マーラーの2、6、7など私小説かつ自画像の陳列であって、彼という人間になんの共感も持てない僕には聴くのが苦痛でしかありません。その自画像がR・シュトラウスの英雄の生涯などという見るからにチープなフレームではなく一見立派な金縁の「交響曲」というフレームに収まっている、いや確信犯的にそこに収めている手管がまた嫌なのです。チャイコフスキーも悲愴という私小説を書きましたが、それは交響曲である前に強烈な自殺メッセージであり、彼の自慢の髭面を四六時中眺めさせられる拷問ではありません。個人の好き嫌いを書いて大変申し訳ありませんが。

上記のリストに挙げなかったのがカラヤンです。誰の何のウンチクだか知りませんが、unnamed (51)カラヤンをけなすのが通だと勘違いしている人が際立って多いのがわが国音楽界の顕著な特徴です。僕は彼の57年録音(EMI)のブルックナー8番(右が買ったLP)を高く評価しています。これはおそらく彼のBPOデビュー近辺の録音で、そんな大事な1枚に当時は欧米でも通しか聴かなかった売れそうもない8番を持ってくる指揮者がどこにいたでしょう。カラヤンけなし派の方々は彼のシベリウスの4、6番という大変な名演をどう評価しているのでしょうか。2番はフィルハーモニアOへのお義理で録音だけして実演ではやらなかった彼が4、6番をじっくり研究した、そういう趣味と耳と読譜力とオケを率いる技量を持った指揮者をけなすのが通という人たちが一体何の通なのかさっぱり理解できません。そして、述べたようにシベリウスとブルックナーは遠くないのです。

カラヤンはマーラーを4、5、6、9、大地と振っていますが4、9、大地の3つは音響プロデューサーではなく芸術家としての彼の資質をよく表わした選曲と思います。ブルックナーは全曲録音した彼が1~3、7、8をやらなかったのはそもそも作曲家に共感がなかったからでしょう。DGに進出して自分の縄張りであるベートーベン、ブラームスに侵食してきたバーンスタインを彼は意識していたそうで、その逆襲ぐらいのものだったのではないでしょうか。バーンスタインの手垢がついたショスタコーヴィチ5番を振らなかったのも意識があったのだと思います。

unnamed (52)僕のブルックナーのレコードはそのカラヤンの8番をはじめ、コンヴィチュニーの7番、クナッパーツブッシュの5番(右)、ワルターの4番、マタチッチの9番、ヨッフムの6番が大学時代に買ったものです。このクナの5番はシャルク版というひどいカットがあるものなのでもう聴いていませんが、演奏は非常に良くていい入門になりました。

5番は最も好きで、前回書いたヨッフム盤に加えて、カール・シューリヒトが1963年2月24日にウィーン・フィルを振った楽友協会ライブ、ルドルフ・ケンぺがミュンヘン・フィルハーモニーを振ったもの、ギュンター・ヴァントがケルン放送交響楽団を振っunnamed (53)たもの、エドゥアルド・ファン・べイヌムがコンセルトヘボウを振ったものが好きでよく取り出して聴いています。LPで非常に感心したのがハンス・ロスバウドが南西ドイツ放送交響楽団を振った7番(右)です。この物々しくなさ、軽さ、速さはユニークでこんなにどろどろしない7番も珍しい。しかし見事にツボをおさえていてちゃんとこの曲を聴いた満足感を与えてくれる、これぞ通好みの演奏でしょう。

これまた日本の「通」がほぼ無視しているのがバレンボイムです。彼はシカゴとベルリンで2度も全集を入れていますが僕は評価しています。フィラデルフィアで彼が僕の嫌いなリストのソナタを弾くのを聴いたことがあって、これが一生の記憶に残る名演でした。テクニックのひけらかしは皆無でテンポの遅い部分が語りかける。曲のイメージが一新しました。バッハの平均律(CD)も表面の美観ではなくあの時のリストに似た深い沈静感が彼の美質なのだとわかります。それはブルックナーに適合した美質でもあります。彼はユダヤ人ですが、ユダヤ人が振るマーラーをステレオタイプ思考で誉める傾向にあるお国もの好きの日本の評論家からすると、その彼が振るブルックナーというのは収まりどころがないのかなと見えます。そういう御仁たちのつまらないウンチクなどお忘れになった方がいい。ちなみにバレンボイムは日本人にはブルックナーはわからないという意味の発言をしたそうですが、これはメニューインの田園交響曲発言と同じで、そうかもしれないと思ってしまいます。

こうして書き出すときりがありません。日本で神格化され「ブルックナー大権現」と化しているクナやシューリヒトや朝比奈を今さら論じるのも時間の無駄ですから、ここでは評価していない指揮者、評価されてもいい指揮者だけにしました。僕が「ちゃんとしたブルックナー」として聴いているものがどういうものか片鱗だけでもご理解いただければ幸いです。各曲ごとの「各論」はいずれ書いて行こうと思います。

最後にブルックナーの版の問題について一言。これは曲によりますが非常に差が大きく、原典版の場合別の曲というほど違うこともざらにあります。しかし僕は前回書きましたが、作曲者自身がそれに寛容だった背景と思想から、ベートーベンのベーレンライター版の是非論とは全く反対にあまり版にはこだわらず聴くことをお薦めします。せっかく良い雰囲気を体感させてくれている指揮者に対して、シンバルの一打ちがあったかなかったかのような些末なことで評価を変えてしまうようなことはブルックナー鑑賞の本筋を大きくはずれています。別に「正しい版」があるわけではないのです。そういうウンチク好きのマニア向けマーケットはクラシックでは大事ですが、古楽器演奏がはやったのと同じ商業的動機を強く感じてしまいます。どの版を選んだかとか、誰も演奏したことのない版を探してきてやってみせるみたいなことよりも、「ちゃんとした演奏をできるかどうか」の一点の方がよほど大事で、ブルックナー演奏の本質探究はそこだけでよろしいかと僕は思います。

 

(追記、2月3日)

その問題はオリジナル楽器で春の祭典をやりましたのようなものにまで波及していて、いくつかそういう「祭典」を買って聴きましたが実に本質を外れたつまらない演奏であって、原節子や吉永小百合の「そっくりさん」が往時の彼女らの映画の役を演じたリメイク画像のようなもん。アホらしくてすぐ捨ててしまった。音楽の王道ど真ん中のブーレーズ盤に正面から対抗できないことを自ら告白するようなものだ。アーチストとして二流ですね。

(追記、2月24日)

ブルックナー交響曲第8番について

8番を書かずに終わってしまったのでやや悔いがあり、演奏のことだけでも書いておきたい。8番はフィラデルフィア管弦楽団定期演奏会でスクロヴァチェフスキー指揮の強烈な洗礼を受け(1983年10月28日だった)、まったく特別な曲となった。ずっとのちに東京でMr.S指揮/読響(02年)も聴いたがあれと比べてしまうので感銘は大したことはなく、これより尾高忠明/N響(07年)が良かった。フランクフルトのアルテオーパーで聴いたギュンター・ヴァント/NDR響も印象に残っている。曲を知ったのは大学時代に買った上記カラヤン盤。CDで感銘を受けた筆頭はシューリヒト/VPO盤だが、この語り尽くされた名演に僕が加えることは何もないだろう。90年にニューヨークで買ったクナッパーツブッシュ盤はよくきいたが録音に深みがなくもったいない。

ウィルヘルム・フルトヴェングラー /  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(49年3月15日、ベルリン、ティタニア・パラストでのライブ)

51Mo460HXgL__SL160_僕はフルトヴェングラーのブルックナーは好きでない。この演奏もコーダのアッチェレランド、ティンパニの不可解な爆発、ハース版とあるが一概にいいきれないなど認容しがたいもの続出なのだが、それでも彼が聴衆の心をわしづかみにしたのはこういうことだと示す好例がこのライブなのだ。この前日(14日)に放送用録音がありEMIから出ているが、圧倒的にこれだ。僕は彼がピアニストだったらといつも思う。ハンマークラヴィールソナタやさすらい人幻想曲や交響的練習曲などぜひ聴いてみたいし、そう思わせる指揮者は他に浮かばない。彼の視座は常にマクロにあって帰納的で、ミクロから演繹する人と対極にあるのが最大の特徴であり、それが彼を今に至るまでオンリーワンにしている。凄いことだ。大発明は帰納法的に発想され演繹的に証明されるのだ。この終楽章の加速は何だ?といぶかるのはミクロの次元の話で、8番の鳥瞰図ではそれでピタリとはまるのかもしれないと思わされてしまう。スコアを広げてそれを眼から俯瞰できるのは天賦の才であって凡人は知ってから気づく。現にこれを知ってしまった凡人の僕にはスコアの方が違うとみえてしまう(そんな筈ないだろ・・・)。ブラームス1番と並んでそうなってしまった罪作りな演奏であり、嫌いだと言っているそばから自分も信者なのではと不安になってくる。写真のSACDも買ってみたが、もともとフルトヴェングラーのライブではトップクラスの良い録音であり僕の装置ではそうご利益も感じない、好き好きだろう。

 

カルロ・マリア・ジュリーニ /  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ジュリーニの残した数々の名盤の中でも1,2を争うものと思う。ノヴァーク版はあまり好きでないし、第1楽章の金管は音程がずれたりVPOならではのアバウトさがあるが、この極上・究極の管弦のブレンドとジュリーニの打ち立てる盤石のフォルムの前にはどうでもよくなってしまう。押しても引いてもびくともしないとはこのことだ。ホルンとチェロの合奏の綾など音楽演奏の媚薬とすら感じる。ワインでいうならペトリュスの82年がこうだった。美味だけでない、美に梃子でも動かぬフォルムがあるのだ。ムジークフェラインで正月に聴いた実物のVPOもここまででなかったのだから録音の美なのか?それを用いて一切あわてず騒がずのテンポとバランスで建築していくのだが、こんなに綺麗でいいのということにならないのがジュリーニなのだ。何度も書く「フォルム」、構造でもカタチでも形式でもない、うまい日本語がないこの言葉、彼の指揮芸術の根幹をなすそれをお感じになって欲しい。こんな指揮者もいなくなってしまった。

(補遺、3月14日)

エドゥアルド・ファン・べイヌム / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

622こういう8番を好まない人は多いかもしれない。長大な8番というとやたらと意味深げに構えて、偉大なるスピリチュアル・イベントでございといった雰囲気の演奏が横行するが、そういう皮相な解釈をあざ笑うかのようにこれはスコア(ハース版と思われる)を直截的に音楽的に鳴らすだけの直球勝負だ。実に小気味よい。スケルツォはきっぷの良い江戸っ子の啖呵のようで豪快、全体にさっぱり系でメリハリあるリズムと推進力に圧倒され、アダージョは辛気臭さが皆無で純音楽美をひたすら追求。僕の最も好きな演奏の一つ。

 ヨゼフ/カイルベルト / ケルン放送交響楽団

400 1966年11月4日、カイルベルトが最後に振った8番の記録。彼ほど音楽を巨視的視点からとらえ、聴き手を納得させられた人は少ない。それはブラームス2番の稿に書いたことだ。20世紀初頭のオーケストラはこう響いていたのかという音。フルトヴェングラーのように異形を演じることなく自然な造りでそれを成し遂げるのは伝統という言葉の真の意味を開陳する。8番としてはずいぶんあっさり聞こえるが、要所を知り尽くし、十分なクラリティのステレオ録音で内声まで浮き彫りにするそれは、ドイツ人のブルックナーの良識と感じる。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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ブルックナーとオランダとの不思議な縁

 ブルックナー交響曲第7番ホ長調

 ブルックナー交響曲第9番ニ短調

 

 

 

ブルックナーとオランダとの不思議な縁

2014 FEB 13 1:01:10 am by 東 賢太郎

11日時点でのソチのメダル数はノルウエーが11個で1位、日本は2個の17位であります。ノルウエーの人口は500万人で世界の114位であり、北海道の550万人より少ない。考えさせられます。山と雪があればいいというものでもないようです。これも驚いているのがオランダの3位です。スケートはできてもオランダは山がないです。一番高い山でも322.5mしかありません。考えさせられます。

今回はそのオランダにまつわる思い出です。

僕の母方の祖母は長崎人です。いうまでもなく開国前の長崎というのは西洋への窓口でしたし、明治になっても中国(上海)への窓口でした。彼女が嫁いだ家は横浜の生糸貿易商、天下の糸平こと田中平八の傍系でした。長崎、横浜とくれば神戸ですが、僕の家内はその神戸人です。そしてソナーの取締役である僕のパートナーは英国人です。そしてもう畏友と呼ばしていただく神山先生は上海人です。長崎、横浜、神戸、英国、上海。そうしようと意図したわけでない、成り行きにまかせての結果なのですがそれが僕の人生をとりまく諸都市でありなにか強い運命の糸を感じます。

長崎とくれば出島のオランダでもありますが、僕は野村ロンドン時代に2年ほど「オランダ担当」をやらせていただき、この国には数々のかけがえのない思い出があります。そのひとつ、僕の16年の海外生活でも最高に痛快だったエピソードがこのブログにありますのでよろしければお読みください( オリックスのロべコ買収)。

オランダは米国留学中1983年夏休みに家内と欧州旅行したとき、イギリスからホーヴァークラフトで人生初めて上陸した欧州大陸の国だったという意味でも僕にとっては特別です。あの時は28歳と25歳の夫婦でした。身なりは完全なバックパッカーで、安宿のトイレもない屋根裏部屋に泊まりました。アンネ・フランクの家、ゴッホ美術館、それからフォーレンダムというオランダ情緒ある港町へ行って食事したり、とにかく失礼ながらアメリカの文化と歴史の乏しさに辟易していた僕にとって心のオアシスみたいに感じたことを覚えています。

そしてここで文化といえばなんといっても世界に冠たる名ホールであるアムステルダム・コンセルトヘボウがあるのです。cancsレコードでここの音にぞっこん惚れこんでいた僕がわくわくして訪れたのは言うまでもありません。しかし残念ながらここのレジデント・オーケストラは海外演奏旅行中とのこと、コンサートにはありつけなかったのです。よく考えるとその数日前にロンドンのロイヤル・アルバート・ホール(プロムス)でハイティンク指揮の同オケの演奏会を聴いていたわけで、当然でした(それは僕がヨーロッパで聴いた初めてのコンサートであり、曲目はブルックナー交響曲第9番ニ短調、素晴らしい高貴な演奏でした)。

ホールの音が聴けないのが悔しくて、正面ゲートの扉を押すとスッと開きました。やったぞ、しめしめ、と中へ侵入してみると、もぬけの空で誰もいません。こんなチャンスは2度となし。家内の制止をふりほどいてスタスタと舞台へ登り、撮ったのがこれです。31年前のことゆえなにとぞ時効ということでお許しください(なお、良い子の皆さんはぜったいにまねしないでくださいね)。

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ま、これで「コンセルトヘボウの指揮台に立つ」と履歴書に書けます。偽ハイティンクですが。それにしても28歳のわが身、細かったです。この翌年、84年にオランダ担当者になったのも運命の糸の続編という気がします。そしてその末に上記の拙稿に書いたことが起きたわけです。

ちなみにこのいたずら写真の貧乏旅行は、このアムスからベルギーの友人宅へ行って荷物を預けて、まずは鉄道で家内と2人で「シューマン交響曲第3番」の稿に書いたライン下りを経てザルツブルグで音楽祭(カラヤン、アバド)を聴き、あこがれのウィーンでパルシファルを聴き、ベルギーに戻って今度は友人一家と車でパリからフランスを南下してカンヌ、ニース、モナコを経てミラノはスカラ座で蝶々夫人を聴き、ベニス、フィレンツェ、ローマ、ナポリ、ポンペイまで行きました。都合1か月のことでした。

ずいぶん優雅ですが実は大変な「コスト」を払っていたわけで、この間に他のウォートンスクールの日本人留学生は皆さん真面目にサマーコースを受講して2~4単位の貯金をします。夏休みなし。それが日本人にとって過酷なMBA取得の「常道」でした。しかし若さとカネとヒマの3拍子そろうなんて人生2度とないと、僕は落第するリスクを取ってサマーコースは放棄して1か月「丸遊び」したわけです。会社人事部には国内旅行と届け出、学校の教務課にはそういう人間は後にも先にもいないといわれましたが無視。そのツケで2年目は9単位取ることが必須ですが物理的に9科目しか受講は無理なので「1科目も不可を取れない」つまりサドンデスの状態になり、1つでも落としたらMBAを取れずに帰国した留学生という恥ずかしい汚名を一生きせられるというのは覚悟の上の旅行だったわけです。

それでも僕はのんきに2年目は80万円ぐらいでチェロを買って、フィラデルフィア・オペラカンパニー管弦楽団で目立っていた美人でグラマーの首席チェリストのお姉さんに個人レッスンを1年間受けて音楽をみっちり教わりました。楽譜がよく読めるようになったのはこの時です。しかも最後のセメスターは日本人が怖がって避けて通るウォートン最難関科目である「中級会計学」に日本人ただひとり挑戦。自信満々だったところが、受講生50人中15人が米国公認会計士資格者だったことを知り愕然とし、10%つまり5人は必ず不可がつく仕組みなので、最後の3か月はそれこそ死ぬほど勉強しました。ラストスパートでなんとかゴールインできたのですが、ファイナル(期末試験)がおわって数日後のパスできたかどうかの発表は東大の合格発表より緊張しました。それでもあれから30年が経過して、鮮烈に記憶に残って人生の糧になっているのは会計学よりもヨーロッパ旅行の1か月なのです。リスクは取ったもん勝ちです。

さてその翌84年に晴れてMBA(経営学修士号)を取ってロンドン現法の一員となってからは、そのヨーロッパは音楽の都ではなく戦場と化しました。それでも息抜きにはよく遊びました。男は若い時分は仕事よりも遊びで育つと勝手解釈してましたっけ。思い起こせば、ロンドン-アムスのフライトは1時間ぐらいであっという間でした。午後おそい便でヒースローを発って夕方にスキポール空港に着くと、まずは定宿のホテル・オークラの「山里」で日本食を食べます。そこからやおら先輩といっしょにタクシーを1時間飛ばして海辺のザンフォードという街まで繰り出し、カジノでひと勝負というのが毎度のパターンでした。勝ったり負けたり、ほんとうに元気でした。ゴルフもずいぶんやりました。オランダにはスコットランドやアイルランドに劣らない素晴らしいコースがたくさんあるのです。我が国を代表する名指揮者、コバケンこと小林研一郎さんとも2~3回ほどやりましたか。マエストロは54歳から始めたのに腕前はシングル級で、強いはずのベットはコテンパンにやられました。

コンセルトヘボウの話に戻りましょう。このホールの音の美しさは何度も書きましたが、一度行って聴かれたら二度と忘れないでしょう。だから僕は自宅のオーディオルームの設計はここの音をレファレンスにして部屋の縦横比率を工夫して黄金分割にしましたし、さんざんとっかえひっかえ試聴したパワーアンプの音色の選択もそれを意識しました。写真撮影に来た「ステレオ」誌のインタビューでは「コンセルトヘボウで鳴ったウィーンフィルが僕の理想の音」と答えました。ただしそのコメントは「その方がより面白い」というだけで、ここのオーケストラも世界最高水準の音と腕前を誇ることは疑いありません。そういえばコバケンさんは僕らとヒルバーサム・ゴルフクラブで1ラウンド回ってから急ぎコンセルトヘボウに駆けつけて演奏会を振るなんていうこともありました。もちろんチケットをいただいていて、リストとチャイコフスキーの名演を堪能させていただいたものです。

この名ホールで聴いたたくさんの演奏会の中でも最も鮮烈な記憶として残っているものが、オイゲン・ヨッフムが亡くなる3か月前、人生最後に登場したものでした。曲目はこれまたブルックナーの交響曲第5番変ロ長調で、1986年12月4日のことでした。その日の演奏会の録音(左)が素晴らしい音でCD化されているのを見つけた時の喜びは大変なものでした。これは僕の人生の宝物であり、オランダ国との深いご縁からいただいた天の贈り物でもあると思っております。なぜこの日にアムスにいたかというと無粋な理由でして、僕の同期がロンドンに転勤でやってきたために、「東、お前はロンドンの大手顧客をやれ」という上司の命が下って彼への引き継ぎに来たのです。クラシックに無縁な彼は誘っても来なかったので、一人でこれを聴いたのでした。アムスは卒業という記念すべき日でもありました。

この録音を5番の最高峰とされる方も多いので覚えていることを書きますと、僕の席は第1ヴァイオリンの横手で、ヨッフムさんの指揮姿を左斜め前やや上方から見る位置でした。出だしからオーケストラの馥郁たる音は神々しいばかり。指揮者と作品への楽員たちの敬意がオーラのようにひしひしと感じられて客席は息をのみ、一期一会でもあるかのような只事でない雰囲気にホールごと包まれました。あんな経験はありません。皆さん、これでヨッフムとはお別れということを悟っていたと思います。このホールは客席後方からの反響が僕の位置だと聴こえてきます。膨大な空間を感じるのです。信じていただけないでしょうが、そのエコーのために音響が広い宇宙に鳴りわたっているようで、ブルックナーの混淆がえもいえない効果を醸し出しました。まるでご高齢で動きが小さいヨッフムさんの後光か霊力のようなものがオーケストラを動かしているように感じていました。テンポが落ちた終楽章のコーダの大地の鳴動は一生忘れません。そこからはあまりに感動していてうろ覚えになるのですが、ヨッフムさんは足元があぶなくて舞台のそでで立ち止まって拍手をうけていて、たしか第4楽章をもういちど演奏したような気がします。すでにどこかに「飛んで」いて夢の中のようであり、よく覚えていないのですが。

この日のブルックナー体験から、音楽を非常に微視的に聴く傾向のあった僕は、

「体と精神で聴く」

という聴き方があるということを初めて教わりました。今でも近代音楽を聴くときはものすごく細部まで耳がいっているのですが、ことブルックナーだけはその対極に位置していて、全身で音の波長と振動を感じながら聴いているのです。ドイツの森のなかのようであり、母の胎内に感じたかもしれない波動みたいでもあります。楽典についても、スコアを見たりシンセで再現したりということもなく、7番の第2楽章をピアノで弾いてみるぐらいです。何番が特に好きということもなく、彼が書いた楽章はすべて一様に宇宙の森羅万象を感じ、それが味わいたければどれでもいいのです。とにかく、そんな付きあい方をしてきた作曲家は他に一人もいません。

ブルックナーは曲の完成後も弟子の進言によってスコアを改変しており、優柔不断で自信家ではなかったように言われていますが、僕はすこし違うイメージを持っています。彼にとって交響曲を書くことは「神と宇宙の体現」であり、そこに「一つだけの回答」というものはなかったのだと思います。書こうと思うたびに異なった世界が眼前に現れ、そのどれもが正解であり、どれもが正解ではなかった。だからそれは改変ではなくてもっと正解に近づこうとする「もがき」だったし、何度もがいても近づけずに9番まで書く途上で亡くなってしまった。僕はそう思っています。ブルックナーは何番がいいのですか、誰の演奏を聴いたらいいですかという質問を受けたことがありますが、「何番でもいいから、誰のでもいいから、ちゃんと演奏したのを聴きなさい」とお答えしました。その「ちゃんと演奏する」のは難しいのですが成功している指揮者はたくさんいます。それに身をひたしていればいい。ブルックナーは頭で聴くものではなく、「体験」するものだからです。そういう音楽を前にしてやれ何番のどこのテーマがどう、誰の指揮の何楽章がどうというようなことは皮相的でふさわしくなく、僕はあまりしたくありません。

ブルックナーというと思いだすことがあります。東京からフランクフルトに92年夏に転勤が決まった僕は、まず一人で赴任して近郊のケーニヒシュタインという高台の美しい街に新居を探しました。家族が来るまではさびしく、毎日が長く感じられ我慢の限界でした。やっと家内と2人の小さな娘が来てくれた時の嬉しさは忘れません。毎週末、4人で石畳のこじんまりした街を散歩して食事をし、森を歩いたりお城へ登ったり。ドイツ語はわかりませんでしたが今振り返ると夢のように幸せな日々でした。翌年にドイツ現法社長になってフランクフルトの大きな社長宅に引っ越す必要があり、そこで今年成人した長男が誕生することになるのですが、大好きなケーニヒシュタインを去るのにはとても後ろ髪をひかれたものです。

そのケーニヒシュタインから車でほんの5分ぐらい丘を下ると牧草地の中にバート・ゾーデンというかわいい村があります。フェリックス・メンデルスゾーンはそこに住んでいた姉ファニーの家に避暑にきて、あの天下の名曲「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」を書いたのです!僕は毎朝そのバート・ゾーデンを車で通りぬけて出勤していましたが、メンデルスゾーンもケーニヒシュタインの森やお城を散策したに違いないでしょう。フランクフルトと反対方向に丘を下っていくとライン川のほとりにそってヴィースバーデンに着きます。ブラームスが交響曲第3番を書いた場所も思えばわが家のすぐそこでした。そんな聖地のような場所に4人で住んだ1年間は、もしかして僕の人生最高の幸福な年だったのかもしれないと思います。

あの家の近所の丘や森や高台や商店街を娘たちの手を引いて散策した風景、変わりやすいお天気、ぱらつく雨、霧に湿った空気、小川のせせらぎのかすかな音、森の木々の匂い、石畳の古びた細い路地、そういう懐かしいものが次々と、使い古された言葉ですが「走馬灯のように」フラッシュバックするのが僕にとってのブルックナーの音楽なのです。とても大切なものであり、他の作曲家の音楽を聴くときとは心の持ちようが明らかにちがっています。あえていいますと、僕は5番が大好きです。アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で体感したブルックナーの真髄。それが5番と9番だったことは僕の音楽人生で大きな啓示となりました。これも僕とオランダ国との見えない糸の導きだったのかもしれません。

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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