Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______ブルックナー

「音響マニア」と「オーディオマニア」の差

2019 JUN 24 2:02:04 am by 東 賢太郎

クルトマズアがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で録音したブルックナーというと昭和の評論家たちが一顧だにせず、日本では捨て置かれていたに等しい。思うのだが、彼らはどのぐらいヨーロッパのコンサートホールや教会でブルックナーを聴き、自宅ではどんな装置、環境でレコードを聴いていたのだろう?

マズアの指揮は急所の盛り上がりやメリハリがなくてダルだという人がいる。あるはずないだろう、ライプツィヒのトーマスゲルハルト教会の見事な音響の中でゲヴァントハウス管弦楽団を鳴らすのに何故そんなものが要るというのか。本物は何の変哲もない。それを平凡だ、凡庸だという。では彼らはブルックナーにいったい何を求めているのか。本物を知らない人がまさか評論家をやっているとも思えないからそんな疑問が浮かんできてしまう。

オーディオマニアで本物の音楽を知っている人はあまりいない気がする。音楽をわかっているという意味で男女差はないが、女性のオーディオマニアはあまり聞かないという事実がそれを示唆している。しかしオーディオは音楽鑑賞には不可欠だ。MP3も普及という観点では結構だが、クラシック音楽は本来は教会でパイプオルガンやコーラスの風圧まで肌で感じるものだ。イヤホンでポップスはOKでもクラシックではまがいものでしかない。

そういうフェイクの音で覚えると、正統派の本物の演奏は外連味のない退屈なものと思われてしまう。たとえば風邪で鼻がつまると酒の味がわからない。フェイク育ちというのは要は安酒しか知らないということなのだ。安酒はウリが必要になるが、それ用のコクだキレだなんていう意味不明の基準で樽出し中汲みの純米大吟醸を語ってはいけないのである。クラシックについて語るということも、それと同じで語れば語るほどどんな音で育ったかお里が知れてしまう。

僕の基準から全集でいうならマズアのオイロディスク盤は東独のオケの音をアナログで聴かせる特級品だ。楽器の倍音がたっぷりのって教会の空気に融けこむ。これぞヨーロッパの音である。そして、何度も書いているが、ブルックナーはこういう音で再現しないとわからない。僕はオーディオマニアではないし趣味性において完璧な別人種だが、11年半どっぷりとひたっていたあのヨーロッパの音を再現したいという点においてはオーディオの選択に徹底的にこだわったものだからオーディオマニアと思われたんだろう、「ステレオ」誌に写真入りの記事が載ったのはお門違いも甚だしく、照れ臭かった。

お聴かせできないのが残念だが、このマズアの音を平凡でつまらないという音楽愛好家はあんまりいないと思う。こういうことを書けば嫌みだろうが僕は物書き商売でないから嫌われても構わない。真実を書くほうが大事だ。ブルックナーはカネがかかる。バイアンプの大型システムで再現しないと無理である。東京のホールは全部三流だからウィーンフィルを聴いてもだめ。ということは、大型システムを据え付けたリスニングルームを作って、マズア盤のような本物の音がする録音を聴くしか手はない。

クルマ好きでないから何故フェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニがいいのかわからないが、何かマニアなりの理由はあるのだろう。僕は音響マニアだからもちろんそれがある。クラシックはもとは貴族の道楽だ、やっぱりカネがかかる。それをけしからんのどうの言ったってそうなんだから仕方ない。庶民に理解できないというのはウソだ、そうではない、本物の音を聞かないとなかなかわからないが、それを聞くのにはちょっとカネがかかるというのが事実である。ワインに似ている。

装置がOKとなると今度は音源の限界という問題が初めて見えてくる。我が家の場合、ざっと8割は不合格だ。演奏がだめなのと、同じほど録画技師がだめなのがある。センスの悪い奴が余計なことをするなと腹が立つばかりである。だから1万枚ほどはもう二度と聞かないし捨ててもいいものになるが、何故棚にあるかというと、買ったときのあれこれをいちいち覚えてるからだ。情けないが捨てられない。男は別れた女をいつまでも忘れられないというが、それと同じことかもしれない。

クラシック徒然草―最高のシューマン序曲集―

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ブルックナー 交響曲第2番ハ短調

2019 MAY 21 23:23:55 pm by 東 賢太郎

このところ自宅のオーディオルームでブルックナーが定番で、いまこんなに幸せになれることはない。他の作曲家は気にしないが、ブルックナーには録音の良さが必須であって、部屋の空気ごと教会のアコースティックのように広々と深々と包みこんで欲しい。10年のあいだ同じ部屋で同じ装置を聴いているのは飽きっぽい僕にとって異例のことで、アンプやスピーカーを替えてみようと思わないのはブルックナーサウンドで満足できているのがひとつの要因だ。

ブルックナーの交響曲で最も関心をそそられるのは2番である。好きなのは5番であり次いで最後の3つになるが、「関心」ということだとそうなる。そもそも素人にスコアなんかいらないが、耳で聞いていてあれっと思った時に英語の辞書を引く感じでその箇所の音符を探して好奇心を満たす程度の需要は僕にはある。ブルックナーということでいうなら、引いた回数がたぶん一番多いのは2番だという気がする。何故かはわからないが、それはとりもなおさず大好きな曲であり、面白い音がするからだ。2番が好きなファンはけっこう多いのではと思う。

アントン・ブルックナーはオーストリアはリンツ郊外の村アンスフェルデンの学校長の息子として教会でオルガン弾きとして修業を積み、当然のごとく敬虔なカソリック信者であり、都会の啓蒙思想やフランス革命の精神とは無縁の育ちの人である。19世紀人ながら18世紀的な環境に身を浸したまま大人になったというわけだが、それを田舎の野人というカリカチュアで見ては彼の音楽の本質はわからない。その育ち故、都会的で俗世間的なオペラに関心を持たず教会音楽からスタートして、純粋培養のごとく交響曲に行きついたという点が重要であり、その点で同時期のシンフォニストであるマーラーとは対照的な人物である。

彼を「培養」したバロック様式の教会というと、僕にとってのイメージだが、一般には華美壮麗と表現されるものであるがどこか異国の幻惑に満ちたおどろおどろしさもあり(参考・ブルックナー 交響曲第8番ハ短調)、あそこに行くと、これは日本ならば弘法大師・空海の真言密教だなあと感じる。金剛峯寺で野宿して恐ろしい体験をしている(秀次事件(金剛峯寺、八幡山城、名護屋城にて))のであれと重なってしまう。少年時代に暗い教会で、ああいうムードの中で、ひとりオルガンを弾いていればどうなるのだろうという点で僕は音楽以前に彼の人間性に興味がある。ブルックナーは純粋培養された音楽家だから面白いのだ。

その趣味が煎じ詰められたのが交響曲である。2番はベートーベンを意識していた時期(1872年)の作品だ。Mov1の第1主題が同楽章およびMov4のコーダで回帰する形式はフランクが交響曲二短調、ブラームスがクラリネット五重奏曲で採っているが前者は16年後、後者は19年も後のことだ。ワーグナーのライトモチーフを範にしたのかベルリオーズの幻想交響曲から採ったのか、いずれにせよ2番は循環形式の先駆的作品であり、ブルックナーの頭の中には交響曲作法の実験精神が渦巻いていたと想像する。彼の技法が斬新だという側面から評価する人は稀だし、彼の人間性も、スマートなウィーン人の目で記述されれば野人となるのだ。そうして現代においてもその「上から目線」で演奏されれば2番は習作の一群に属する作品となり、聴衆もそう思うようになってしまう。拙稿はそうではないという立場からの趣味の表明である。

まずはフランク、ブラームスを持ち出した主題からだ。楽章をまたいだ使用、再現だが、2番におけるその「循環主題」はMov1冒頭のチェロによるこれである。

半音階2つから始まるメロディーは循環して各所に顔を出すが、現れるたびに暗色の憂いを撒き散らす性質のものだ。非常に粘着力があり、たまらなく耳に纏わりつく。この主題は半音階和声進行を生む豊穣な母体だが、ブルックナーはそこに自身の語法を見出しつつあった。明らかにワーグナー由来のものだが次の交響曲のトリスタンのように出典が顔を覗かせたりということはまだない。

これにトランペットの信号音が続く。これも楽章を通して忌まわしい耳鳴りのように鳴る。Mov4にも再現するからこれも大いに循環性があり、全曲を締めくくるコーダにも重要な役割を演じるのだから循環主題(的なもの)が2つあると解釈するべきだと僕は考える。

一旦パウゼとなり、歌謡性のある第2主題、スケルツォ風の第3主題が続くが第1主題ほどの存在感はない。後の交響曲でも採用される3主題構造のソナタ形式を横軸に、循環主題と信号音という縦軸の構造を交叉させるという試みで、冒頭の霧の如きトレモロから発してMov1は徐々にexpansiveに空間を広げていくように感じる。ブラームスが交響曲第1番を完成する4年前にそういう曲を書いたという事実は音楽史であまりにも過小評価されている。ブルックナーは自身が育った教会音楽のparadigmの中から和声と形式論をもって交響曲のdimensionを拡大した。この楽章はその好例であり、初期の曲と言っても48才の作品だ。ちなみにマーラーはそういうことをしていない。

Mov2はベートーベンの交響曲第2番、第9番のアダージョの雰囲気と歌謡性を漂わせつつワーグナーの影響下にある和声を綴る逸品だ。後期3曲の精神的成熟はないが美しさにおいて何ら劣るものでもなく、ブルックナーの楽想の源泉をみる観があって興味深い。後期では目立たないファゴットが重要な役目を負うのも古典派の残滓であるが、同時に朗々と響くホルンソロは当時斬新であり、シベリウスの7番のトロンボーンソロを強く想起させる。

Mov3のトリオ主題もベートーベンのエロイカMov1の第1主題の音型である。

そこに自身の第9交響曲でスケルツォ主題となるリズムがまずトランペットの信号音で、そしてコーダでティンパニが先導してテュッティで現れる。

Mov4はベートーベンの運命リズムでハ短調の主題が現れる。再現部でこの主題が現れる部分は運命交響曲そのものの観を呈する。

Mov1循環主題が回帰してしばらくすると木管ユニゾンでこういう場面がやってくる。この2小節目からの下降旋律は(楽章冒頭Vn1の主題由来)がこのページでショスタコーヴィチ交響曲第7番の戦争主題(バルトークがオケコンで揶揄した例のもの)を、TempoⅠ前後のフルート主題(第2主題に由来)がショスタコーヴィチ交響曲第5番のMov4、いったん静まって小太鼓が先導して冒頭主題が戻る直前の部分に引用されている気がしてならない。同曲のMov1にはブルックナー7番の引用と思える部分がある(ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調 作品47)。

Mov4の再現部に向かう部分以降コーダまでは調性が浮遊しそこにパウゼが加わるものだから曲想が甚だつかみにくい。初版の初演が「演奏不可能」とされた理由はそれだろうと想像するし現代でもこの曲が初期の習作と等閑視されがちな一因にもなっていると思われる。

実験精神と書いたがブルックナーはこのころ、主題を展開し曲想を変転させる繋ぎのパッセージを研究していたかもしれない(彼はまだそれの自在な発想を条件反射化していない)。例えばMov4終盤の激した和声の上昇パッセージには幻想交響曲が聴こえるし、ベートーベン交響曲第9番Mov1のコーダは新しい素材が低弦とFgのppで始まるが、それを導く和音4つのカデンツ(507-8小節、511-2小節)は2番Mov4のコーダ直前にLangsamerでTr、Trbが吹く和音にほぼそのまま引用されている。それの直前の弦楽セクションのピッチカートだけのパッセージはシベリウス2番にエコーしていると思う。

2番からシベリウス、ショスタコーヴィチが聴こえてくるのは僕の耳のせいかもしれないが、こういう所が面白い。20世紀を代表するシンフォニストご両人がそのジャンルの先達ブルックナーを研究しなかったとは思えない。ブルックナーの語法が熟達した後期よりも、模索期間、実験期にあった2番のほうが耳をそばだてさせる物があったということは十分可能性があるように僕は感じている。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

4番での1Vnの変更が納得できないカラヤンだがこの2番は最高。これだけ各楽章の主題、動機の意味を明晰に抉り出した演奏はない。トランペット信号音の扱い方、終楽章の運命主題再現部を聴いてもらえばわかる。既述通り僕は2番にベートーベンへの作曲家の意識の強い傾斜を観るが、カラヤンも同意見だったのかと思うほどやって欲しいことを軒並みやってくれている。本質を掴んだエンジニア的精密さと巨視的バランス感覚が両立した解釈は実に直截的で、棒が明確なのだろうBPOが最高のパフォーマンスで応えている。是非聴いていただきたい。1877年ノヴァーク版。

 

カルロ・マリア・ジュリーニ / ウィーン交響楽団

ジュリーニは7-9番しか振っていないが最初の録音はこの2番だった。カラヤンは2番を実演で振っていないがあれだけできた。ジュリーニは恐らく実演でもやっているだろうし、自家薬籠中の演奏がこの録音でも聴ける。2番が好きだったのだろうしご同慶の至りだ。指揮は確信に満ち、オーケストラも終楽章の和声の朧げなパッセージに至るまで「和声感」を明確に維持している。これがいかに困難なことか他の演奏ときき比べて頂けばわかる。さらにこの演奏の魅力として特筆すべきは聴衆なしのムジークフェラインザール の残響。誠に素晴らしい。こちらも1877年ノヴァーク版である。

 

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クレンペラーのブルックナー8番について

2019 MAY 9 21:21:43 pm by 東 賢太郎

クレンペラーがニュー・フィルハーモニア管を振った最晩年のブルックナー8番というと、第4楽章の2か所のカットのせいで甚だ評判がよくない。ロンドン時代にお世話になった英国人ファンドマネージャーPさんはクレンペラーを高く評価していたが、あの録音にだけはやや辛口だった。1980年代のことだ。Pさんは僕より年齢は一回り上で、お客様というよりメンターであり、プライベートでは友人だった。エルガーのヴァイオリン協奏曲やら知らなかった曲はカセットにレコードを録音して教えてくれたりご自身の批評もくださった。第一次大戦前のドイツでキャリアの基盤を築いたユダヤ人であるクレンペラーを英国人がどう思っていたかということは思い返してみると興味深い。

数々の文春砲もののセックス・スキャンダルが知れ渡っているばかりでなく、クレンペラーは性格も相当変わった人だったらしい。敵も多かったそうだ。しかし、アイザック・ニュートン以来のケンブリッジ大学ダブルトップ(2学部首席)であったPさんのような英国人が支持していたのだ。「敵がいない者の取り柄は敵を作らないことだけだ」と言って。「同じユダヤ人でやはり敵が多かったマーラーがまず彼を認めたが恩人の交響曲を全部は認めなかったし、若きドイツ時代の十八番はカソリックのブルックナー8番だったんだよ」。この言葉を聞いて事の深さを知った。

問題のカットはショッキングなものだ。特に最初の方は、僕はそこが好きだから困ってしまうのだが、クレンペラーにとっては再現部への流れをシンプルにすることが大命題で、音楽的に素晴らしいだけにインパクトがありすぎる「無用の寄り道」だったと思う。2つ目もコーダにはいる脈絡において同じ判断をしたと考える。どのみちLPレコードで2枚組になるのだから録音上の制限時間の問題でないのは明白で、これはクレンペラー版として世に残すものだった。レコード(record、記録)とはそういうもので、エンタメの供給などではない。思索のステートメントを後世に残すものだ。「それが嫌なら他の指揮者を探せ」と録音は強行されたものの、商業的価値は低いと EMI 幹部は結論した。発売は断念され、このLPが世に出たのは彼の没後だった(売れなかったらしい)。天下の名門 EMI 相手に小物がそんな我が儘を通せるはずもない。日本の評論家はボロカスで何様だの扱いでありそうやって彼は敵を作ってきたのだろうが、そもそもブルックナー様やメンデルスゾーン様の楽譜を変えてしまう男の前に評論家もへったくれもない。僕はあのカットを支持することはできないが、クレンペラーという人間は支持する。

彼は曲を「それらしく」鳴らすプロではない。ブルックナーらしくといって、何がブルックナーなのか。NPOの録音に基本的にはノヴァーク版を採用したが、思い入れの殊更強かった8番のこれはシンバルを一発叩くかどうかというレベルの議論ではない。ノヴァークがクレジットできるならなぜ自分ができないかということだったと思う。例えば漱石を読んでいて、自分が「坊ちゃん」を朗読するならまず漱石はどうやっただろうと考える、解釈とはそういうことだ。聞けない以上は想像になるしかないが、それが「(楽譜を)読む」という行為である。「らしく」というのは読んでいる範疇にはない。万人にそう聞こえるだろうという表面づらをなでる欺瞞でしかなく、Pさんが看破したように八方美人は美人でもなんでもないのである。

クレンペラーが単に我が儘でそうしたのでないことは他のナンバーを聴けばわかる。4,5,6,7,9番において非常に意味深い、思考し尽くされた音楽が聴こえる。彼のモーツァルトのオペラの稿に書いたことだが、その演奏にリズム、ピッチ、アーティキュレーションを雰囲気で流したところは微塵もない。そのことと「モーツァルトらしく聞こえる」ことと、どっちが大事だときかれて後者と思う人は「他の指揮者を探せ」と本人の代わりにいいたい。そういう流儀でブルックナーをやるとこうなるのである。

 

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クラシック徒然草《名曲のパワー恐るべし》

2019 MAR 8 21:21:25 pm by 東 賢太郎

週末は久しぶりに音楽室にこもってました。体調も戻り、万事順調でストレスもなく、いよいよ3月になってプロ野球もオープン戦が始まりました。毎年心が沸き立つ時期ですね。

しかし、こもってなにしたかというと、とても暗い音楽、ブルックナーの交響曲第7番のアダージョ(第2楽章)とじっくりと付き合っておりました。この楽章はワーグナーが危篤の知らせのなかで書き進められ、ついに訃報に接しコーダにワグナーチューバの慟哭の響きを書き加えたのでした。深い魂の祈りのこもった音楽です。

音楽は楽しいものです。しかし「楽しい」イコール「明るい」ばかりではありません。性格の明るい人がいつでも楽しいわけではないですがそれと同じことです。人は誰しも喜怒哀楽、喜び、悲しみ、苦しみ、悩みを日々くり返しながら生きています。もちろん喜びに満ちていることがいつだって望ましいのですが、人生、あんまり喜ばしくない時間の方が長いのかもしれないなとも思います。

悲しみ、苦しみ、悩み、落胆、絶望にじっくりと寄り添ってくれる音楽。それは僕の知る限り、クラシックしかないでしょう。落ち込んだときに生きる力や勇気をくれる、それはあらゆるジャンルの音楽の持つ力です。しかし、いくら鼓舞されてもかえってつらいだけ、むしろ寄り添ってもらいたい、一緒に泣いたり、癒し、慰めをもらいたいという時はクラシックの出番なのです。そういうものは不要だという人もおられるでしょう、それは素晴らしいことでいつもそうありたいと思って生きていますが、どうも僕はそこまで強くはできていないようです。

私事でいえば、母は僕の大好きな音楽たちに包まれて旅立ちました。自分自身もそう望みます。悲しい曲はひとつもありません、どうしてもそうしてあげたいからそうなっただけです。僕にとってクラシックはそういうものです。それに比べれば些末なことですが、入試に落ちたとき、数日は目の前が真っ暗でしたが、そこで何回もかけたのはラフマニノフの第2交響曲のレコードでした。理由はありません、それに包まれていたかったということ、それだけです。

僕はそういう曲たちを学校とか誰かに習ったわけではなく、偶然に出会いました。そこから一生の伴侶になってくれている。人との出会いでもそうなのですが、だから大事と思う気持ちが半端ではありませんし、人生をかけてもっともっと知りたいと思う。そうやって深く知り合った音楽が100曲ぐらいでしょうか、ですから、60年もかけてそれということは、もうそれ以外は時間切れであってご縁がなかったと思うしかないでしょう。

そういう関わりあいを持ち始めると、不思議なことですが、何も悲しくないのに悲痛なアダージョが欲しくなるようなことがだんだん出てきます。寄り添ってもらって、一緒に泣いてもらって、救われる。これは喜びや快感とは同じではないのですが、生きていくのに大事な心の薬です。薬が効いてすっと痛みがひいた、その経験をくり返すと、痛みを思い出すのが苦痛でなくなり、あの苦痛がない今が幸せだと感じることができるようになります。これはこれで、喜びなのです。

インフルエンザになって、10年ぶりにウィルスの怖さを思い出しましたが、治ってしまった今はかえって健康のありがたさを実感して日々喜びを感じるという、そんなところです。そうやって、悲しい、暗い音楽は、だんだん僕の喜びへと変わってきました。それぞれの曲が、どういう時に必要でどう救ってくれたかは覚えてますので、それを今になって追体験することは苦痛を乗り越えた自分をタイムマシンに乗って眺めるようなものです。またできるなと自信になり、もっと強くなれます。

ブルックナー7番のアダージョには特別な思いがあります。僕ならではのおつきあいの方法があって、これにどっぷりつかるなら自分で弾いて同化してしまいたいという思いが強いのです。それをお勧めするわけではなく単に個人の流儀にすぎません、もちろん、聴くだけで充分です。

週末は、初めて、2時間ほど格闘して、アダージョを最後まで弾ききりました。ピアノを習ったことはなく無謀なチャレンジなのですが、音符はかなり間引いて、間違ってもつっかえても、兎にも角もにも完走するぞという素人マラソンの心持ちです。ついにワグナーチューバの慟哭がやってきて、昇天のような最後のコードを押さえたら、たぶん1分間ぐらいはじっとしたまま動けません、あまりの素晴らしい響きにほんとうに動けなくなってしまったのでした。

ちょうどそこで家内が部屋に入ってきて「食事に行くわよ」といわれなければ、1時間でもそのまま嬰ハ長調のキーを押さえていたいという、あんなことは人生初めてです。

この体験はなんだか宗教の悟りというか、何が悟りかも知らないでその言葉を使ってしまうのは不届きと分かっているのですが、しかし、ほかにうまい表現を知らないから仕方ないのです、自分を別な人間に導いてくれるようなものがこの曲にはあります。アウグスト・フォルスターの響きの色合いがワグナーチューバとホルンの合奏に聞こえて、こういう音が自分の指先から出るのも初めてです。悲しみは喜びにもなるのです。

まったくもって個人的な経験を書かせていただいてますが、音楽の喜びには最大公約数などなくて、おひとりおひとりの感じ方、フィーリング次第ですからそもそもとてもプライベートなものです。ブルックナーは嫌いという方がいていいですし、学校で一律に名曲だと教えるべき筋合いのものでもなく、むしろ食(グルメ)の楽しみに近いように思います。僕は煮物があまり得意でなく、日本人にとってそれは「名曲」なのは間違いないでしょうが、おいしいと思わないものは仕方ありませんし訓練して好きになるものでもないように思います。

だからブログに書いている曲は、単に僕が好みの料理や食材であってそれ以上でも以下でもありません。ただ、そこまで気合を入れて好きである以上はひとかどならぬ理由はあって、それを文字にしておくことでいつの日か、百年後でもいいから興味を持って聴く人がおられるかもしれない、それがその人にとっての運命の出会いになるかもしれないということです。あんまり世の中のお役に立つ人生を歩んでないですし、できるのはそのぐらいしかありません。7番のアダージョはそのひとつです、この楽章だけでいいのでじっくり付きあってみて下さい。

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ツァグロゼクのブルックナー7番(読響定期)を聴く

2019 FEB 23 1:01:30 am by 東 賢太郎

指揮=ローター・ツァグロゼク

リーム:Ins Offene…(第2稿/日本初演)
ブルックナー:交響曲 第7番 ホ長調 WAB.107

リーム作品は正直のところ僕にはよくわからなかった。リズム感覚が希薄であり音色勝負の曲なのだろうとは思ったのだが、アンティーク・シンバル(客席を含む各所の楽器群に配置され弓で弾かれていたらしい)の高いピーピーいう音自体が生理的に苦手なうえにピッチのずれもあってどうも心地よくない。ツァグロゼクは名前も知らなかったが、この手の音楽に熱心なんだと感心。

ブルックナーもあまり期待しなかったが、冒頭の弦の音に耳が吸い寄せられる。Vaの前あたり5列目で良い席ではなかったが、そこで良く聞こえるVa、Vcのユニゾンが素晴らしくいいではないか。1stVnの高音もいつにない音だ。ホルンとのブレンドも最高。サントリーホールで聴いた弦の音でこれがベストじゃないか?良い時のドレスデン・シュターツカペッレ、バンベルグSOを彷彿。去年のチェコ・フィルやクリーヴランド管の弦なんかよりぜんぜんいいぞ。指揮者とコンマス!Vaセクションは特に見事。

ツァグロゼクは暗譜で振っていたが全部の音の摂理を知り尽くしていること歴然の指揮。知らなかった、こんな指揮者がまだいてくれたのか!アンサンブルは整然だが第2楽章など音楽のパッションとともに内側から熱くなる。こんな演奏はここ10年以上ついぞ耳にしたことがない。Va、Vcの内声が常にモノを言っていて、型を崩さずに内燃するという欧州のドイツ音楽正統派オケの必須の姿である。こういう本格派オーケストラ演奏を聴けたのは幸運としか言いようもない、欧州時代を思い起こしてもカルロ・マリア・ジュリーニ以来のことである。ツァグロゼクは何才なんだろうか、僕がロンドンでジュリーニを聴いていたのは彼の70代後半だった。指揮者は何ら奇天烈なことをせずとも、やるべき大事なことがあるということだ。

かつてライヴで聴いた7番でベスト。本当に素晴らしい。読響も最高の演奏で指揮に応えたことを特筆したい。録音していたならぜひCDにしてほしい。ツァグロゼクに読響を年4、5回振ってもらうことはできないだろうか、ブルックナーを全曲やってもらうことはないものねだりだろうか。

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ブルックナー 交響曲第8番ハ短調

2019 FEB 16 21:21:09 pm by 東 賢太郎

僕にとってときどき麻薬のように禁断症状があって欲しくなるのがブルックナーの第8交響曲だ。先週末にそれになってしまい、次々とかけた。カイルベルト、ベーム、ジュリーニ、ヨッフム、ハイティンク、バレンボイム。6時間以上どっぷりと8番漬けだが、こうなると1週間ぐらいは寝ても覚めても常時頭の中でこの曲のどこかが鳴っているという事態に陥る。実に常習性のある有機的でねちっこい和声プログレッションであり、ワーグナーが元祖であることは疑いもないが、ブルックナーのインヴェンションであることも同様に疑いがない。こういうものを書いた人は後にも先にもなく、どうしてこの人が自分よりはるかに才能のない弟子や友人の意見で右往左往してスコアの改定を重ねたのか常識的には分かりかねるが、8番初演の4か月後にマーラーへ送ったこの手紙を読めば手に取るようにわかる。

抄訳

「親愛なる友よ、私の作品への忍耐と勇気を持っていただいていることに心より感謝します。私の音楽を何十年もたってから理解するようなハンブルグのひどい聴衆と評論家に囲まれながらね。貴君にとってハンブルグでになにか耳新しいものをわからせるのは至難の業のはずです。ウィーンの評論家はふたり(ハンスリックととるに足らないもう一人)を除けばずっと進歩的ですが。堂々たる英雄であられるマーラー君、なにとぞこのまま私の側についていてください、特に4番(ロマンティック)を広めるために。8番はまだハンブルグには早すぎます(とはいえウィーンではかつてないことにそこそこ受けたのですが)。

(追伸)
ハンス・リヒターは8番をウィーンで初演して熱狂し、私をベートーベン以来のシンフォニストだと言ってくれています。ワーグナーも夕食の時にこう言いました、『絶対音楽でベートーベンとブルックナーに比肩できるのは自分しかいない』とね。こういうお言葉をもらうと心からほっとします。ハンブルグで亡くなったエドゥアルド・マルクスゼン、彼はブラームスの先生ですが、彼だって一度そういう趣旨の手紙をくれ、ほっとさせてくれたのです。」

この手紙は、マーラーを自分の陣営に取り込んでおきたい一心で書いた営業レターだろう。マーラーはこの手紙を受け取ったころ、ブタペストで初演した「巨人」の第2稿、および第2番「復活」を書いていたが、ブルックナーの目にはまだライバルのシンフォニストではなく、36才下でワーグナー作品上演に熱心な「ハンブルク州立歌劇場芸術監督、グスタフ・マーラー」であった。しかもオーストリア人でウィーン大学での教え子だ。ハンブルグはハンザ同盟の自由都市でプロテスタントだがドイツの都市ではユダヤ人が多く居住しており、そちらの人脈もある。

ウィーン生まれで1才下のエドゥアルト・ハンスリック(Eduard Hanslick, 1825 – 1904)というブラームス派の有力評論家はブルックナーの不倶戴天の政敵であったが、不安なことにハンブルグはライバルのブラームスの故郷であり、マーラーの前任者ハンス・フォン・ビューローはブラームス派だ。そこで「追伸」として師匠と慕うワーグナーの挿話を紹介したのだが、さらに足りない気がしてきたのだろう、「マルクスゼンも誉めてくれた」と追い打ちをかけ、しかも、ボヘミア出身のマーラーが知らないかもしれないと思ったのだろう「彼はブラームスの先生」であり「ハンブルグで亡くなった」とまでダメ押ししている。教え子であり作品に好意を持ってくれているマーラーだが、その好意が続く確信を持てておらず、敵方に寝返らないようお追従としつこいほどの権威付け情報満載で念を押しているのだ。これほどの支持基盤への不安が作品改定の理由となってシャルク版、ハース版、ノヴァーク版が生まれたのであり、このダメ押しの「くどさ」は彼の交響曲作法そのものでもあり非常に興味深い。

ブルックナーの交響曲のピアノリダクションはpetrucciで手に入る。有り難い時代になったものだ。僕は大学4年の夏にバッファロー大学に1ヶ月語学留学した折に図書館で火の鳥、シューマン第1交響曲のピアノリダクションスコアを発見して狂喜し、随分の時間と労力とお金をかけてコピーして帰った。今は何のことない、そんなものは家で15分もあればタダでプリントできるのだ。ブルックナーをピアノソロで弾けるなんて考えたこともなかった(難しい。8番は7番にも増して、非常に難しい)。余談になるが、この経験を通して僕は音楽著作権に問題意識ができた。物理や生化学の発明、発見にはノーベル賞が出るが数学にはない。数学は神が作ったものだからというらしいが、それならDNAの二重螺旋構造もそうだ。神が作った物理法則を駆使した青色発光ダイオードが発明なら音の周波数法則を駆使した作曲も発明ではないのか。主観的価値ではあるだろうが、では文学賞、平和賞は何なのか。辻褄が合わないのである。

人類に絶大な喜びを創造して残してくれたベートーベンやブルックナーの能力がアインシュタインやワトソン・クリックに比べて劣るとは思わないが、その評価をするのは後世なのだ。人は賞や教育の権威付けで動く。作曲という功績にそれが足りないというのが僕の認識だが、最低限の金銭的価値までが時限性があって、著作権が切れれば無料コンテンツと化して低俗なテレビ番組やコマーシャルのBGMに貶められてしまう現実には憤りを覚えるしかない。音楽の恩恵を人生に渡って享受した僕がその創造主である作曲家に感謝を捧げるのは人の道として当然であり、一聴衆としてしか音楽に関わりを持てない以上はブログでも書くしかない。

そうやっていまブルックナー8番について、この曲が素晴らしいというプロパガンダを書こうということになっているわけだが、彼の音楽というものはバロック様式の壮麗な教会のようなものだ。その空間に身を置いて五感で味わって初めてわかる「体験型音楽」であって、形式論的に構造をアナリーゼしたり、誰がどこをどう校訂した何々版が原典版とどう違うというようなことはあまり本質的な意味をなさないように思う。彼が少年時代に聖歌隊で歌い、オルガニストを勤めたザンクト・フローリアン修道院の内部の写真をご覧いただきたい。彼の演奏はこの空間の深い残響のなかにこだましていたのだという包括的なイメージをお持ちいただくことのほうがよほど大事だろう

この空間でブルックナーは交響曲の響きをどう発想したのか?下の録音はここでブルックナーが弾いたお気に入りのオルガンで第7交響曲の第2楽章を演奏したものだ(彼はこのオルガンの下に葬られている)。彼にとってオーケストラの音響はオルガンであり、教会のアコースティックがどれほど不可分の意味を持っているか、それがブルックナーの楽曲の本質にいかに寄与するものかがお分かりいただけるだろうか。

次は大理石の広間をご覧いただきたい。フランスのルイ14世様式を範にしたドイツ語圏のバロック建築様式はしばしば装飾過多であることで知られているが、まさにその例だ。

大理石の広間

図書館は装飾過多をさらに逸脱し、混沌に踏み込んだ一個の壮麗な、見ようによってはグロテスクな世界すら確立している。ブルックナー体験を多く積まれた方は、これが彼の音楽のヴィジョンにどこか共鳴して見えないだろうか?

図書館

ブルックナーが「体験型音楽」というのは、そこに参加して佇(たたず)んでいればわかるという肯定的な意味と、総合的なヴィジョンがないとわけがわからないという否定的意味を含んでいる点においてワーグナーの楽劇に近い。バイロイト祝祭劇場で5時間じっとして「貴方は何を感じましたか?」と問われるようなものだ。僕はサッカーをスタジアムでは4、5回しか観戦していないから貴方にとってサッカーとは?と問われると「ミラノのサン・シーロで8万人のスタンドが揺れて怖かった」ぐらいしか出てこない。サッカー経験はなく知識も乏しいから、また行くとすればあの「揺れ」の興奮めあてになろう。バイロイトの聖なる密閉空間も体験型だ(一度で充分)。「そこに参加して佇む」ことに意義がある。マーラー、ブルックナーは第九と同様に客席が埋まるから供給サイドの人気演目だが、それは両方好きだという「百人超の大管弦楽大音響サウンドファン」もいるからだ。ブルックナーはハンブルグが俺の曲をわかるのに何十年もかかる(understand my works only after decades)と揶揄したが、あまり心配はいらなかった。

8番で最も人口に膾炙して猫にも杓子にも有名なところというと、おそらく第4楽章の入りだ。コサックの進軍を描いた前打音付きのユニゾンの弦の嬰ヘ音はクレッシェンドして ff になるが、僕には入りの p が耳の奥底ですでに響いていた幻聴のようににきこえる。再現部で不意にやってくる2度目は、さらに幻聴以外の何物でもない。

嬰ヘ音は耳が根音(ド)と錯覚するが、実はそうではなくミであり、つまりDの和音であって、ここでまず長3度下がった感じがする。この「長3度下げの麻薬」が楽章中にばらまかれる。次いでB♭m、G♭、D♭と移行するが根音はレ→シ♭→ソ♭とその麻薬の連発で、最後にレ♭と4度落ちてあたかもトニック然と着地するが、それは出発点のDの半音下であったという実に不思議な転調だ。こんなものがいきなり直撃するわけだが、12音音列のように理屈は通るが人口に膾炙しないものではなく、日本のTV番組のテーマソングに使われてしまうほど誰の耳にも「生理的に劇的な効果」がある。麻薬と書くのはそういう含みであり、それはこの楽章のコーダへ向けたクライマックスを pp で準備する非常に印象的な部分で葬列のように繰り返される。

麻薬の発明者はブルックナーではない。ベートーベンが愛用したのは有名だ(ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、悲愴ソナタetc)がそれは楽章単位のことで、8番のように小節単位で3回も連続技で繰り出すとなると効きが違う。ベートーベンが魅力的な和声のイノベーターだったとはあまり言われないし音楽の教科書にも書いてない。しかし例えば悲愴ソナタの第1楽章をご自分で弾いてみれば、実はそうだったと誰でも思うだろう。それに反応したのがワーグナーでありついにトリスタンという和声の魔宮を築いてしまう。それは機能和声的に「解決」しないという「寸止めの王国」であり、ブルックナーは機能和声的解決に聞こえるが「着地が少しズレた王国」を築いた。これはザンクト・フローリアン修道院のごとくオーストリアのバロック建築的だともいえる。

第4楽章はどういうわけか、僕には敬虔なカトリック教徒としてのブルックナーの信仰心ようなものよりも、彼が悪夢にでもうなされて観た地獄絵に近いものを感じてしまう。第2楽章の悪魔のダンスのような奇怪な楽想もそうだ。いつも思い出すのはルネッサンス期のフランドルの画家、ヒエロニムス・ボス(昔はボッシュと呼んでたが)の地獄と怪物の絵だ。

ヒエロニムス・ボス
祭壇画「聖アントニウスの誘惑」(リスボン国立美術館)

ボスの絵画は当時異端扱いされなかった(むしろ貴族に人気があった)が、宇宙の一環をなす人間、生物の本性を暴き出したリアリズムと受容されたのではないだろうか。僕はブルックナーにボスの如き神性と悪夢の両方を見てしまうが、ティーンエイジャーの女の子に70になっても求婚し続け、死と死体に病的な関心を持ち、自分が死んだら遺体に防腐処理をしてくれと遺言したこの大作曲家はその両面を持っていたように思う。彼は芽のありそうな10代の女の子の名がずらりと並んだリストを持っており、次々と求婚したがすべて失敗した。一度だけ、ベルリンのホテルメイドだったイダ・ブーツとついに婚約まで至った。人生の陽光だったに違いないが、破棄されてしまう。イダがカソリックへの改宗を拒んだからだった。彼はひどく傷ついて何度も鬱病の発作に襲われた。

ブルックナーは交響曲第8番のスケルツォを作曲するにあたってDer Deutsche Michel(ドイツのミヒェル)を想起したと語っている。それは日本では「野人」と訳されている。しかしドイツのミヒェルはドイツ帝国の擬人化で、英国のジョン・ブル、米国のアンクル・サムに相当する新興のドイツ帝国(Deutsches Kaiserreich)のアイデンティティ形成のための象徴的国民像であり、狡猾な周辺国に容易に騙される無知、天真爛漫で愚かしい男だが一旦怒ると手ごわいとでもいう国威発揚のイメージキャラクターである。野人より薩摩の「隼人」や土佐の「いごっそう」のコンセプトに近いと思われる。パルシファルを書いたワーグナーは「私はもっともドイツ的な人間であり、ドイツ精神である」と日記に記し、「古代末期にローマ帝国を滅ぼして新生ヨーロッパを作ったゲルマン民族と同じ国民だ」と論じているが、現代中国でどこへ行っても「自分は漢民族だ」という輩に遭遇するのと似たものだろう。ブルックナーのミヒェルはオーストリアのカソリックというアイデンティティの困惑であり、プロテスタントであるブラームスのハンブルグ、イダ・ブーツのベルリンとのコンフリクトのトラウマとそれに対する開き直りかもしれないと僕は解釈している。

Anton Bruckner (1824 – 1896)

ブルックナーは風采や言葉やマナーで田舎者扱いされた記録の枚挙にいとまがなく、8番でのDer Deutsche Michel発言に彼の属人的なキャラクターが混合して逆流し、彼自身が全人格的に野人だったというイメージが流布しているがそれは都市伝説だ。彼の頭脳は科学者のごとく怜悧で、敬虔な司祭であると同時にむしろmatter-of-fact-manであり、文学より和声法と対位法を駆使した有機体を生み出す厳格な作曲技法に関心があった人と確信する。もし聴き手が彼の楽想に神を感じるとするならば、それは彼のカソリックへの真摯な帰依に由来するのだろうが、それは天地創造の神と彼の創造する有機体が矛盾しないという信心においてmatter-of-fact-manである性格とも矛盾しない。彼の肥沃かつ鋭敏な調性感覚は真の意味で超人的であり、その点では同じ資質であったが文学に傾斜する性向もあったワーグナーへの傾倒はそこに起因しているだろう。神=作曲原理という保守性と、持って生まれた超越的な調性感覚が生み出す麻薬が彼の音楽を際立たせ、異教徒の我々までを陶酔させる。その結合が最高の完成度で達成された作品が交響曲第8番であった。

ヘルベルト・フォン・カラヤンが8番を初演したウィーン・フィルとザンクト・フローリアン修道院で演奏したものだ。

まるで8番のように長くなってしまったが、最後に、僕の8番体験のルーツとなった1983年のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキー、及び、1993年のギュンター・ヴァントに表敬したい。前者はここに書いたスクロヴァチェフスキーとの会話)。読響(2002年9月12日、芸術劇場)でも聴いた。こちらはその翌年のオペラシティでのザールブリュッケン放送響都のライブ。

ヴァントのほうは場所がフランクフルト・アルテオーパーでオーケストラは北ドイツ放送交響楽団、1993年10月17日の演奏会であった。亡くなる9年前のこの頃がヴァントの最後の輝きだったと思うが、天国のように見事な8番であった。幸い同年12月のハンブルクにおける北ドイツ放送響定期でのライヴ録音がCDになっており、腰が曲がっていたが振り始めると矍鑠とした指揮台の姿を思い出す。彼の8番は複数あるがこれがベストだ。

 

クラシック徒然草-ブルックナーを振れる指揮者は?-

クレンペラーのブルックナー8番について

 

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アンヌ・ケフェレックを聴く

2018 APR 26 23:23:27 pm by 東 賢太郎

指揮 上岡敏之
ピアノ アンヌ・ケフェレック

新日本フィルハーモニー交響楽団

モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491
ブルックナー:交響曲第6番 イ長調

先日のピリスに続き、こちらも実演は初めてのケフェレックを聴く。パリ生まれの70才。ヴァージンレコードのラヴェル・ピアノ曲集はリズムに個性がありフレーズごとに一音ごとに音価を変転させ粘る。クープランの墓はその結果ロマンティックに響きやや抵抗がある。テクニック的にも徹底したヴィルテュオーゾということもなく、対位法の立体感が甘くてやや平板。品の良さが売りのピアニストかという中途半端な印象があった。しかし「亡き王女のパヴァーヌ」の中間部や「悲しげな鳥たち」ではその粘りがピアニシモでふわりと一瞬宙に浮く、そのポエティックで微妙な溜めは存外に蠱惑的であって、この人のピアニズムの不思議を醸し出していたのも記憶にあった。

モーツァルトのピアノ協奏曲第24番は特別なエモーションを感じる、僕にとって格別な曲だ。甘ちゃんのピアニストに弾いてほしくない。結論としてケフェレックの固有の弱音美が活き、指揮もオケも好演という事もあり十分に楽しんだ。しかし彼女独自の「時間感覚」はコンチェルトでなく独奏で聴きたかったという欲求不満も残る。アンコールに弾いたヘンデルのメヌエット・ト短調(ケンプ版)はその留飲を下げる大変な名演で、まったりと流れに支配される数分間、ただただ聞き惚れるという至福のピアノ演奏。先に書いたパヴァーヌの間と溜めのポエジー、和音の天の配剤のように美しいバランス。この体験は深い。

ブルックナーは第2楽章に実に感じ入った。いままでで一番素晴らしい。フランクフルト時代に娘のピアノの先生に指揮を習ってみたいと言ったら、紹介しますよとなったのが上岡敏之さんだった。結局実現せずもっと暇な会社だったら良かったと思ったが、恥さらしをしなくてよかったとも思う。上岡さんはもっと聴いてみたいという意欲が出てきた。ケフェレックさんにサインをもらい、ちょっとお礼を述べてから横浜みなとみらいホールを退散。いつもながらミーハーだ。

 

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読響定期・ブルックナー6番

2018 JAN 14 9:09:29 am by 東 賢太郎

指揮=シルヴァン・カンブルラン
クラリネット=イェルク・ヴィトマン

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」から”4つの海の間奏曲”
ヴィトマン:クラリネット協奏曲「エコー=フラグメンテ」*日本初演
ブルックナー:交響曲 第6番 イ長調 作品106

ヴィトマンが良かった。クラリネット奏法の極致を見る。443Hz、430Hzとピッチの異なる弦楽器群の対照がありすべての楽器のソノリティに微細なピッチへの神経が通う。ギター、バンジョー、アコーデオン、リコーダー、ナチュラルホルンが入り、シンバルを弦の弓で弾くなど特殊奏法の嵐でもあり、微視的な音彩をちりばめているが静けさを感じる部分が印象的だった。ヘンツェの影響も感じる。素晴らしいものを聴いた。

ブリテンもピッチが良く透明、この曲はそれが命だ。これはバーンスタインが得意としていた曲だったのを思い出す。第1曲の「夜明け」はラヴェルのダフニスとまた違った印象派風の雰囲気で完全な和声音楽だが調性は浮遊した感がある。嵐のティンパニは好演。管弦楽法はカラフルだがカンブルランの色の出し方は節度がありターナーの絵の如く淡い。気品あり。

ブルックナーの6番。これは散漫になりがちな曲であまり名演と思うものに接していない。録音ではヨッフム/バイエルン放送響とカイルベルト/ベルリン・フィルを聴いているがスコアの響きが地味なだけに味を出すのが難しいと思う。今日は弦がいつもより木質感があり管とのブレンドも良く、筋肉質でシンフォニックな造りにふくらみを与えた名演だった。カンブルランにブルックナーのイメージはなかったが、ドイツ保守本流とは違う硬派路線で聴かせるものがある。1-3番あたり面白そうだ。

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凄かったロジェストヴェンスキーのブルックナー5番

2017 MAY 20 1:01:56 am by 東 賢太郎

5番が一番好きかもしれないブルックナー。確たる理由はないが7、8番のようにムード音楽にはなり得ないのがいい。峻厳な対位法では5番がベストであり、彼はワーグナーと違った道を歩みかけたが結局それに戻ったといえないこともないから真の個性は5番に刻印されていると僕は思っている。これを初めて聴いたのはロンドン・レーベルでクナッパーツブッシュ/VPO盤(右)が昭和50年に1000円で出た時で、これで覚えたシャルク版が終楽章にカットを施しており管弦楽法も肥大していることは後で知った。しかしこのレコードは、それにも関わらず名演だったから、5番とのつきあいは何とも複雑なものになってしまった。シャルク=改悪、ゲテ物というイメージが植えつけられ昨日まで来ており、まさかそれを実演で聴けるなど想像もしなかった。

本読響定期公演シリーズを買ったのはメシアンもあるが、5番をスクロヴァチェフスキーで聴けるのは最後だろうと思ったのも大きく、残念なことだったがそれがかなわずロジェストヴェンスキーで聴くなどというのもまったくの想定外であった(そういえば朝比奈も最後と思って買った3番が結局聴けずに終わったが)。5番はヨッフム最後の演奏をアムステルダムで聴く幸運に恵まれたし、それがいい音でCDになっていてこれを凌駕する演奏はないと思っているからつきあいは報われているが、それ以来心を動かす演奏には巡り合っていなかった。

 

ロジェストヴェンスキーのブルックナー録音というのはソヴィエト国立文化省交響楽団による異稿を含む全集があってこれが非常に面白い。ロシア臭ぷんぷんの金管はドイツのブルックナーとはかけ離れておりゲテ物扱いする人もいようが、耳が慣れればむしろこの指揮者の音楽の構築を一旦ばらして組みなおす譜読みの分解能に資すると思え、そのアプローチが最も活きる5番は文句なく聞きものである(写真、84年録音)。この版は原典版とあるがハースとも思えず不明である。指揮者の手が入っているかもしれない。

さて読響であるが、まずシャルク版は凄い経験だ。原典版はほぼ二管編成であり、7,8番を経ての初演で音を厚くしたくなったのはわかる。チャイコフスキー、マーラーを思わせる音があり、原典を聞きこんだ者には確かに厚化粧で芸達者の観がある。僕はシューマンのマーラー版を嫌う趣味の人間であり、これも同様に見ていたが、この演奏を聴いて考え直したのは「何でも原典版」というピューリタニズムが作曲家の意図かということ。ベートーベンも演奏によってコントラファゴットの補強をしているしオーケストラのカラーリングは演奏状況に依存する要素があり、特にブルックナーは何がベストというコンセプトはなくバンダの採用も同意していたともいわれる。

えっという音がそこかしこでするが、クナ盤で覚えた部分もあって懐かしくもある。終楽章でフーガを経て3つの主題が多層的に立体的に複合するあそこはジュピターのコーダに匹敵する数少ない奇跡的な音楽だが、ここ、シャルク版はいいではないか!一概に改悪なんかではないぞ。第1楽章の遅さは終楽章コーダでの回帰に向け主題を深層意識に植え付けるものだったのか?とにかくバンダが立ち上がって加わったあそこは何かが降りてくるのを見た。こんな演奏は何年に一度も体験できるものではない。大変なものを聴かせていただいた。

ロシアには常人離れした怪物といおうか怪しい「気」を発する天才がいてムラヴィンスキーやコンドラシンがそうだったが、ロジェストヴェンスキーの指揮もどこか19世紀的で魔術的な呪縛力があって背中で客席まで金縛りにする。だいぶ前にやった春の祭典で最後の一発の振り下ろしと同時に体ごとくるっと客席に回れ右したのは唖然だった。なんだ?と当時は思ったが、物凄く左脳的に分解能が高くてmeticurous(細部まで綿密にこだわって細かい)ながら怜悧ではなくどこかヒューマン。何とも言えないバランスが魅力で、いまこんな人は皆無だしもう出てくるとも思えない。

86才の巨匠。なんでもいい、もう一度ききたい!

 

(ことらもどうぞ)

ブルックナーとオランダとの不思議な縁

 

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スクロヴァチェフスキーの訃報

2017 FEB 23 22:22:28 pm by 東 賢太郎

ショックを受けております。1月に読響からお知らせのハガキが来て、「スクロヴァチェフスキー氏の来日中止」とありました。脳梗塞の治療のためとありこれは・・・と嘆息するのみでした。

あれは1983年10月28日、アカデミー・オブ・ミュージックにおけるフィラデルフィア管弦楽団のマチネ演奏会のことです。初めて実演を聴いたブルックナーの第8交響曲に圧倒的な感動を覚えてしまい、いてもたってもられずそれを伝えようと家内をつれて楽屋にむかいました。するとせまい廊下をひとり歩いてきたスクロヴァチェフスキー(以下Sさん)とばったり会ったのです。

お断りすると僕はサインをねだるミーハーではありません。フィラデルフィアで人気絶頂だったムーティーは一度も訪ねておらず、会いに行ったのは深く感動したオーマンディーとSさんだけです。そのぐらい爆発的で稀に見るものだった、それに突き動かされてどうしてもひとこと「お礼」をしたかったのです。ムーティーとは全く違う音で、僕の長い音楽体験のうちでも白眉、一生忘れることのない演奏。この日以来8番は僕にとって特別な音楽となって今に至っています。

当時彼のレコードは持っていましたがお国ものショパンPCの伴奏指揮者のイメージでした(ルービンシュタイン、フランソワ、ワイセンベルク)。一方でブルックナーの8番という音楽だってカラヤンのレコードで聞いていたぐらいですが、たしか4番(ワルター)、5番(クナ)、7番(コンヴィチュニー)、9番(マタチッチ)あたりを持っていてもあまりピンと来ておらず、アダージョがきれいなので8番だけが記憶にある程度でした。

飛び込みで話しかけてきた見知らぬ東洋人の男女にほんとうに誠実、真摯な姿勢で接してくださり、汗だくではありましたが、つい今しがたあれだけの演奏をし終えた人と思えぬほど冷静に、僕の愚問ごときに真剣に言葉を選んで答えてくださったのは驚きであり深く心に残りました。音楽に人柄が出るとするとそれは彼においてこそで、あの姿勢でスコアを読みこまれた結果があの音なんだろうとつくづく思います。

オーマンディーやバーンスタインはひと仕事終えた好々爺という感じでもありましたがSさんはブルックナーとフィラデルフィア管弦楽団の弦の相性につき滔々と語ってくれるなど、ああこの人も音楽が好きなんだと当たり前のことを強く感じました。仕事師の職業指揮者ではない、書かれた音符に真摯に意味を見出す、それもポエムとしてよりは化学として神様の調合・配剤の賜物としてで、作曲家なんだなと直感したのを覚えています。

たまたま家内がお友達が映ってるというので去年の1月21日の読響の8番をビデオに撮っていて、これが大変な名演奏です、よくぞとっておいてくれました。ニュースによると、93才になられて11月にミネソタ管を振った最後の演奏会がやはり8番だったそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

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