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クラシック徒然草―最高のシューマン序曲集―

2016 OCT 9 0:00:32 am by 東 賢太郎

レコード芸術というものがジャズにもクラシックにもあるということを書いた。それは録音されたレコードやCDという媒体が「商品」という存在であることを製作側も消費者もが認めあった市場において成立、流通しているメディアの一形態のことだ。

演奏会も実は音楽や会場の空気、体験というものが商品であり、それを聴衆がカネを払って買っている。しかし、偽善とまでは言わないが、それはそうではない、オペラやリサイタル、ジャズのライブハウス等に行く自分、それを解する集団の一員である自分を肯定し芸術を賛美し擁護しているというプライドであって、サービスに対価を払うという野卑な商行為ではないという暗黙の了解が成り立っているように思う。

その意味では、オンラインショップやCD屋で録音を売りさばく行為としてレコード芸術はすっきりとわかりやすい資本主義の俎上にある。音楽家といえども仙人ではない。そしてモーツァルトもベートーベンもまったくもって仙人ではなかった。もしも彼らがレコード芸術というものを手にしていたならきっと売り上げを大いに気にし、ライバルと競っただろう。

グールドやビートルズは演奏会を否定したが聴き手がそうなる道理は特に見つからない。僕はコンサートやライブハウスで受けるサービスという商品に対価を支払って楽しんでいるし、同時にCDという商品を求める消費者でもある。しかしそうして資本主義原理によって決まるプライス(CDやチケットの「お値段」)を介することによって芸術は商品として市場に埋没し、流通しなくなる運命を背負っているということはもっと気づかれないといけない。

英国のグラモフォンという老舗の音楽誌がある。ここに執筆する評論家諸氏はさすがに資本主義の元祖であるジェントルメンで、録音(商品)の演奏ばかりでなく音質のクオリティや演奏様式の希少性などを総合的な価値としてプライス(単価、例えば何枚組か)が妥当かどうか、つまり商品価値としてgood value for moneyかどうかを推奨の判定基準とする人がいる。

これはレコード芸術はゲージュツであって商品などではないというスタンスが基本であるわが国ではあまりみられない。その割に「精神性」のような形而上的な要素が価値を膨らませて、雑音ばかりで音すら聴き取りにくい「巨匠の名演」が高値で取引されたりするわけだ。これは芸術はおろかゲージュツでもなく、神棚や仏具を選ぶのに近い。

僕は自分のLP、CDのコレクションの中に、神でも仏でもないから御利益は特にないが、その代わりに何度聴いても喜びを与えてくれる素晴らしい録音をいくつも知っている。それが英国の評論家なら激賞しそうな廉価盤だったりするから面白い。僕は証券マンだから good value for moneyには目がない。それを探すのがCD屋に出入りする理由の一つだったりもする。実にささいな動機だが、良いものを安く買った快感とは株や債券だけで味わうものではないと思っている。

何が良いかはひとえにその人の音楽趣味による。valueとは自分のそれに合うかどうかという相対的なものであって、世にいう「名盤」に絶対的価値があるわけではない。これまでいろいろ録音をご紹介してきたが、それはたんに僕が好きだというだけであって、食べ物、野球チームの好みや政治信条 みたいにプライベートなもので、音楽においてそれが何かは64種類のブラームスの交響曲第2番の感想文を書いたのでもはや白日の下に晒されただろう。

51o4ypbrhtl-_sx425_それを読んでいただいた方はどうして僕がこの「シューマン序曲集」が好きかはお分かりいただけると思う。これは最高に素晴らしい。何度聴いてもいい。秋にぴったりだ。演奏はなにも変わったこともとんがったこともない。大指揮者でも高性能オケでもなんでもない。録音も東欧的で地味一色である。だからどうしてこれが好きかと言われると困る。あえていうなら「普段着」。欧州でこういうのを気軽に聴いてたからだ。普通の人の普段着、それが映画になったり雑誌のグラビアになることはないだろう。つまり、DGやDeccaみたいなメジャーは商品化しないのだ。それがNAXOSという廉価レーベルだと、商品になっている。その希少性こそ、僕にとっては値千金なのだ。

これはPCなんかで聴いてもわからない、CDをしっかりとオーディオ再生してほしい。滋味あふれるくすんだオケの音色、日常から発揮しているに違いないシューマン演奏に水を得た魚の楽員の音楽性、包み込む見事なホールトーン。オーケストラを聴く喜びを心から味わえる。このコンビが同じホールと録音エンジニアによってベートーベン、ブラームスの交響曲全集を録音してくれたら僕は1枚2500円でも全部買うだろう。しかしこのシューマンは1枚1000円の廉価盤なのだ。レコード芸術の商品価値とはそうやって不可解に決まる。

 

 

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Categories:______シューマン, ______音楽と自分

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