今年3回目の手術たちあい記
2017 NOV 23 3:03:37 am by 東 賢太郎
お袋、親父ときてこれが3回目だ。手術は朝9時からだった。状況次第で僕が署名をしろといわれる。待合室に一人であり、昼になっても食欲もなくずっとそこにいた。メールしたりして紛らわせていたが集中しない。それにしてもずいぶん長い。そろそろあのメシアンのオペラが終わるころだなと思った2時半ごろ、とうとう執刀医に呼ばれた。緊張のなか摘出部位を前に詳細を聞いたが、とりあえずの吉報で胸をなでおろした。
従妹は12人いる母方イトコのうちのすぐ下で妹のように育った。男は4人という弱小勢力であり、ウチはネコまでメスで完全なる女系と言える。おばあちゃんは気丈な九州女でキセルと酒を手放さなかったし叔母さん方もお袋も強かった。そういう中で育つと女の方が実は偉いんじゃないかと刷り込まれてきた気すらする。少ないからか男らしくしなさいと育てられたが、思えばそれはけっこうつらかった。男だからといって別に強いわけではないのだ。
小学校でみんなでやる教室の掃除はしないでホウキで野球をしてた。家でもしたことなく、女の子に邪魔もの扱いされるだけだった。まして台所仕事にいたっては論外だ。今でもできないからお袋がそう育てのだろうが、さすがのこの世代でも友人で同じことを言う男はひとりしかいない。そういう楽をする代償として、男らしくしなさいがどかんと来る。だから僕にとって女々しいことは悪であり、金を稼ぐのは当然であり、女子供を守るのは義務であり、日本風ノブレス・オブリージュなのである。
お袋は若いころをはじめに都合5回も大きな手術をして、そうやって育てた息子がいまだに入院すらゼロなのは身代わりになってくれたと信じるしかない。思えば入院中も傷が痛かったのだろうが泰然としたものだった。自分がそういうことになったら・・・とても無理だ、注射だけで。だいたいが全身麻酔など生理学的メカニズムすらわかっていないものを、目が醒めなかったらどうするんだとまったく信頼がない。
ということで、怖いものは見ないようにしようということでここまできてしまった。5時間半にそんなこんなでいろんなことに思いをめぐらせていたが、考えれば考えるほど万事に気弱になっていく情けなさで、病院においては気丈な考えは微塵も出てこない。仕込まれた男らしさなんかふっとんでしまって3日もいたらそれだけで病気になりそうだ。そういうことというのは健康あってこその恵みだと思い知る。
従妹はしばらくして麻酔から醒め、やつれてはいたが泰然と帰ってきた。女の方が実は偉いんじゃないかという思いは病院においては決定的なものである。
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僕の世代の最期の幸せについて
2017 NOV 21 3:03:12 am by 東 賢太郎
明日は従妹の手術であって日大病院に朝から詰めることになってる。気が気でないがお医者さんを信じるしかない。お袋に祈ってある、きっと治る。夜中に睡眠薬が効かず眠れなくなった。仕方なく理性なく飲んでしまって、不意なことから人間あと何だけはして死にたいか?のはなしになって盛り上がった。
ゴルフで80きりたいとか宝くじで1億当りたいとか、そんなのはつましいもんだ。100億儲けたいとか火星に行きたいとか、なんでもいい。それをざっと書きまくるとこういうのができる。完全に酩酊してるが。
60の男に不可能なしクラブ、不可能はない、やりたいこと3つ(人生かける)、死ぬまで何したい?1件1千万円で死ぬほどやらせてあげるよ、solution を与えることさ、Bestのプロのサポーターを投入する、世界一周、月旅行、エベレスト登頂、シューマン3番・ブラームス4番振りたい、全部シェルパ付きだ、だから絶頂の思いを遂げて死ぬ、本・バイオを世界一のアニメーターで書く、最も幸せな死ぬ瞬間は?どんな人も真剣がかっこいい、絶対にXな女くどくのを成功させる、宿敵だった馬鹿は馬鹿とけなす勇気与える、本を出版、全部を面倒見て末代まで偉業と讃えます、エベレスト登頂にsolution providerとしてシェルパ用意、あなたの人生のオペラつくる。カネが入ったらそういう事業をしたい。それで同世代のみんなが幸せになるじゃないか!
もう全く何の脈絡もない。でも本望の最期は誰もが迎えたい。終活じゃない、人生最高のグローリーの演出だ。遺影なんかいらない,最後の満ち足りた顔がそれだ。誰も葬式に来てくれなくてもいい。他人は関係ない。自分の心が幸福感ではちきれたこと、それ以上の喜びにあふれた最後はない。そこまでどんなに殿上人の人生を送ろうと、死の直前の数秒で下なら人生は負けである。
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読響定期・メシアン 歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」を聴く
2017 NOV 20 10:10:17 am by 東 賢太郎
帰りは冷えこんだ。いよいよ冬の到来を感じる日、午後2時に始まって終了は7時半、メシアン唯一のオペラはワーグナー並みの重量級だった。5時間半に休憩が35分ずつ2度あってそれは結構なことだが、集中していると空腹を覚える。ところが日曜のせいかサントリーホール周辺は店が休みであって軽食に温かいコーヒーというわけにいかない。コンビニのパンと缶コーヒーとなって現実に戻るのが残念だった。
2017年11月19日〈日〉 サントリーホール
指揮=シルヴァン・カンブルラン
天使=エメーケ・バラート(ソプラノ)
聖フランチェスコ=ヴァンサン・ル・テクシエ(バリトン)
重い皮膚病を患う人=ペーター・ブロンダー(テノール)
兄弟レオーネ=フィリップ・アディス(バリトン)
兄弟マッセオ=エド・ライオン(テノール)
兄弟エリア=ジャン=ノエル・ブリアン(テノール)
兄弟ベルナルド=妻屋秀和(バス)
兄弟シルヴェストロ=ジョン・ハオ(バス)
兄弟ルフィーノ=畠山茂(バス)
合唱=新国立劇場合唱団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
(合唱指揮=冨平恭平)
メシアン:歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」(演奏会形式/全曲日本初演)
今年の読響定期はこれに惹かれて買ったようなものだ。初演は1983年11月28日にパリのオペラ座で小澤征爾がしたと知って驚いた。このオペラの総譜となると大型の電話帳数冊という感じだろう。
というのは当時ちょうど僕は米国にいて小澤さんはまだボストン交響楽団で定期を振っていた。FM放送でブラームスの交響曲などをカセットに録音してあるので間違いない。それだけでも多忙だろうにメシアンにご指名を受けて歴史的大役までこなしていたとなると、責任の重さもさることながら物理的な作業量に気が遠くなる。日本村で「ハヤシライス」をやっているのとはけた違いの才能で、実際にこの難曲を初めて耳にしてみてあらためて彼は国宝級の人物と再確認した。
しかし彼は日本では第3,7,8曲のバージョンでしか演奏しておらず、ハヤシライスにはならない音楽と判断されたのだと思われる。それを全曲日本初演してくれたカンブルランには感謝しかないし、読響定期のサブスクライバーもそれを熱狂的に讃えた歴史的なイベントとなった。世界でもそうお目にはかかれず一生聴けないかもしれないものを逃すわけにはいかないし、4時間半どっぷりとメシアンの色彩に浸れるのは快楽、耳のご馳走以外の何物でもなかった。
合唱こみで240人の大オーケストラは珍しい楽器、特殊奏法、ハミングで耳慣れぬ音響の嵐だ。コントラバスが駒の下を弾いたり(何という奏法だろう?)、客席左右上方に設置されたオンド・マルトノの低音がコントラファゴットと交奏するなどは実に斬新な音であり、徹頭徹尾、終始にわたって極彩色の管弦楽法であり、春の祭典を初めて聴いた時の楽しさを味わったのは人生2度目といえる。
あたかもワーグナーのように人物ごとにライトモティーフがあり、数多現れる鳥は鳴き声の描写がそれである。人と自然が対等に調和しているのはフランチェスコの信心だから平仄が合っている。メシアンの最後の大作であって彼の語法の集大成の様相を呈し、他の曲もそうであるが非対位法的で明確な旋律と和声で成り立つ。初めて聴いても人のモティーフと主要な鳥の声は個性があって自然に覚えられてしまうという音楽だ。
唯一の女性である天使の歌だけは際立って三和音的であり、ゆっくりのテンポで長く歌うミの音にオケがA⇒F7の和音で伴奏するのが耳にまつわりついて離れない。天使の別な箇所で何度も聞こえるラ・シ・レ#・ソ#の和音は「キリストの昇天(L’Ascension )」の第1曲の出だしの音そのままで、あの曲のシチュエーションが逆にこれによって明確になる。重い皮膚病患者への接吻の終結部では、男の病が治癒した奇跡の歓喜がまさにトゥーランガリラ交響曲そのものだ。実に面白い。
歌はみな素晴らしかったが、フランチェスコ役のバリトン、ヴァンサン・ル・テクシエは圧巻であった。合唱団も不思議な音程のハミングはビロードのように滑らかな質感で見事。また、特筆すべきはカンブルランで、快速の部分の指揮棒を見ているだけで酔えた。変拍子のリズムの振り分けが驚くほど俊敏かつ明晰。まるでフェンシングを見るような動作は運動能力としても超一流である。指揮のプロフェッショナルが何たるかという極致を見た。
それに応えた読響も、これまたトップレベルのプロであると認識だ。ゴルフでもそうだが、片手シングルよりうまいとはわかっていてもどこがどうということまでは素人には気づきにくい。こうして「コース」が難しいとそれが大差になるということが現実にあって、それを思い起こしていた。団員の皆さんの意気込みも半端でなく、大変な技術の集団ということを見せてもらった。これは一生忘れない希少な体験であり、歴史的な場面に立ち会った感動でいっぱいである。
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日馬富士事件の謎
2017 NOV 18 22:22:25 pm by 東 賢太郎
人それぞれ生い立ちは違うから倫理観や価値観はまちまちだ。僕は子供から野球をやって上下関係の厳しさを教えられて育った。ただ持って生まれた性格は自由奔放で束縛が大の苦手だから先輩後輩のけじめにはとまどったし、なんでこの人に言われないかんのと態度は抑えても顔には出ていたはずだ。
社会人になってやらかしている。ある時、書いた調査レポートにご指導を食らって、その先輩が普段からくだらないことにくそうるせえと思っていて、ついそれを言っちゃあおしまいよというのを言ってしまった。何事もなかったが後悔にさいなまれることになった。別な先輩には理解できないことで罵倒され、うるせえと彼が去っていく方に向けて用具棚を思いっきり蹴たおして周囲に羽交い締めにされた。
ところが月日がたって30の半ばごろ、酒席で若手が酔ってからんできて東さんなんかもうジジイなんですよ、うるさいだけなんですよ、となって、なんだとこの野郎とぶち切れた。何人かが間に入って僕を止めなかったら危なかった。体育会でこういうのはあり得ないのであって、こいつは一丁かわいがらんとろくなもんにならねえなとなってしまうのはその世界で育った性だ。
このクソジジイ!とこのクソガキが!の両方やっている僕として、今回の日馬富士の件はわからない。報道による限りだが、スマホをいじってクソジジイをかましたらしい貴の岩がどうして何十発も無抵抗で殴られたかがだ。しかも頭蓋骨まで危なくて入院するほど激しくやられたら力士じゃなくたって抵抗ぐらいするだろう。そこまで先輩に悪態をつく度胸があるなら反撃すればいいじゃないか。
何かの理由で自制したなら何にビビッたかだ。相手が横綱だからじゃない、それなら最初から悪態はついていない。日馬富士がそこまでぶち切れたことにじゃないか?相手をなめていてつい言葉に出た。その程度は悪態という認識がなかった。それが引き起こしたリアクションの物凄さに慄然としてまずいとなったのではないか?だったら教育の問題だろう。貴の岩も被害者かもしれない。
モンゴルの人だ。ウルトラ儒教的体育会的と思われる角界の先輩後輩のけじめは教育されなければ自明のことではないかもしれない。日馬富士はそれを日本で苦労して修養し、郷にいれば郷にしたがったわけだ。そのけじめが古いのかどうか是非を論じる気はないが、自分の育ちからしてぜんぜん悪いと思わない。古いイコールいかんがはびこるなら江戸時代のチョンマゲなんか取ればいいだろう。
警察ざたになった以上暴力は暴力として、行為として、是々非々に裁かれるのはいいが、誰も知らない変な反戦のおばさんみたいのがテレビに出てきて暴力はとんでもありませんで議論をまとめにかかるのも角界御一新みたいなにおいがしてくるのも非常に違和感がある。
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大阪にあったドイツのクリスマス
2017 NOV 18 1:01:17 am by 東 賢太郎
今日は大阪に急遽よばれていて、それも来いという指示が昨日の夕方遅くのことであって、なんぼ何でも大変だった。ある大事な会議が30分あって、実際は45分ぐらいになったが、それを終えてとんぼ返りした。
行ってみると新梅田シティの中庭で「ドイツクリスマスマーケット大阪」をやっていて、ソーセージを焼いたりホイリゲが出たりツリーの飾りを売っていたりする。早やそんな季節なんだ。とてもいい感じである。20余年前のニュルンベルクのクリスマスマーケットを思い出すではないか。
ドイツは各都市にマーケットが出るが、ニュルンベルクのはとくに有名であり巨大であるから、行かれたり耳にされた方も多いのでは。こんなものだ。
グリューワイン片手にニュルンベルガー・ヴルスト(ソーセージのこと)をほおばりながら歩き回る。浅草の仲見世通りをもっとすし詰めにしたようなもので、店もみんな屋台に似たりよったりだ。小さかったので覚えてないかもしれないが子供たちには目を輝かせるものばかりだ。僕は縁日やお祭りの夜店、テキ屋のたぐいが大好きできっと子供よりも目は輝いていたろう。こんな店を通りかかるともう完全に足が止まってくぎ付けになっていた。いま見ても欲しい。
ドイツに3年いたがその当時は春、夏が恋しかった。ドイツ・リートのタイトルや歌詞にマイ(Mai)がたくさん出てくるが、住んでいると暗い冬が明けて花が咲き誇る5月が一番うれしいのは共通なんだろう。しかし20年たってみると、なぜか冬が無性に懐かしいことに気づく。気候が暗いわけだから人間の方が自発的にわいわいやって楽しく時を過ごそうよという国民的な前向きムードに満ちてくるのであって、自然が目を奪うほど美しくなって勝手に人を楽しませてくれる春、夏が「静的」であるならば、ドイツの冬はすぐれて「動的」であるといえる。これは一般のイメージと違うかもしれない。
それが楽しかったのだ。コンサート、オペラのシーズンは9月からスタートだし、秋は収穫のシーズンで食材に恵まれ、オクトーバーフェストが10月でビールがめちゃくちゃうまく、摘みたて葡萄のワインが11月に出てくる(ボジョレ・ヌーボはそのフランス版)。12月のクリスマスというのも、キリストの誕生日なんて文献がなくて、どうせなら日照時間が一番短い冬至のあたり、要は世の中が一番暗い時にもってこようよというのが理由と聞いたことがある。そう、個人的には、欧州に野球はないから11月の野球ロスがなかったというのも大きかったなあ。
「ドイツクリスマスマーケット大阪」はもちろんそんな規模ではないが、雰囲気が出ていただけでも有難い。こんな店を見つけて見とれてしまった。こういう家のミニチュアは趣味でフランス、オランダやプロヴァンスのいい感じのをもっている。よし2,3個買おうと思って時計を見たら、なんと集合時間にあと15分であった。あぶないあぶない。大変に大事な会議だが僕は予習しない。しないほうがうまくいくのが経験則だ。帰りに寄ろうと思っていたがそうもいかなかった。
しかたない、新大阪駅でたこ焼きと豚まんと赤福をヤケ買いして新幹線に飛び乗った。
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天にさした後光
2017 NOV 17 2:02:16 am by 東 賢太郎
まずは色の話から。
先日、トム市原さんのナーラップ島のブログがアップされて、2枚の写真の絶美のブルーにしばし魅入ってしまった。日本人の男の5%、白人だと8%は色の見え方がちがうようで、僕の場合ブルーが無性に好きで、寝室の壁紙は深海の暗くて濃いコバルトブルーにしてもらった。よく眠れる気がするからだ。
そして次点がゴールドで、それもスベスベ、ピカピカの金塊色だ。カーテンを全面的にそれにしたくてあちこち探したがどこにもない。こういうのは中国だろうと神山先生と上海で探したが、意外にない。トランプ大統領は好きそうだと思ったら、アメリカはグリッターといってあるにはあるが壁紙なのだ。テカテカのシルバーでもいいなと思うがやはり気に入るのがない。
次々点はクリアオレンジだ。この色で透明アクリルのでっかい椅子がほしいが、これがまたなかなかないのである。よほどふつうの目の人にはお品が悪いのか、家族までやめてほしいんだろう探すのに非協力的であるのだが、こっちには精神安定上効き目があるから重要だ。好きに理由はなしで僕はもとよりお品だとか他人の目は関係ないのでどうしてもほしい。
こういう色が好みでグリーン系はわからないというのは、猿の時代は困ったはずだ。霊長類が出たのが7千万年前、人類として二足歩行したのが5百万年前とすると猿の時代がずっと長い。葉っぱの中から赤い実をさがすのは絶対へたくそだったのにどうやって子孫を残したんだろう?そういえば、好みの色は海中から水面を見上げて空と太陽を見た感じかもしれない。そうか、それって猿より古い魚類の遺伝子なんじゃないか?なんだか未開に思えてくるが。
そういえば先週の日曜日に富士山方向にこんなのが出た。窓からこの色いいなあとぼ~っと見とれていたら、八の字に広がる陽光があった。
しかしどうしてほぼ点光源の太陽光がこうなるのか、プリズムでもあるのか、しばし考えたが不明だ。写真を撮ってしばらくして消えた。こういうのを何と呼ぶんだろう?
まあ天に後光がさしたとしておこう。西方に吉ありだ。来年は西方も東方もで大きなビジネス展開があるかもしれない。11月12日、転機かもしれない。
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「フランス学序説」に教わったこと
2017 NOV 15 0:00:47 am by 東 賢太郎
僕はフランスに住んだことがないし仏語はだめだからいつも不案内だったが、そのくせ自宅のあったやドイツ、スイスから車で国境を超えるたびにそこに住みたいと思った。ロンドンからだともっとそうだ。ドーバー海峡を越えて仏領カレーに入ると畑の色がゴッホの絵みたいにぱっと黄色く、明るくなる。いかにも肥沃な土地に思え、そこでいつも心に浮かんだのは早く仏料理が食いたいという願望だった。英国のどんより曇った気候のせいもまずい食事のせいもあったが、あのわくわくする景色にそういう記憶しか残ってないのはけっこう恥ずかしい。
中央集権制の強い国家であるフランスで、パリというのは他国の首都であるワシントンDC、ロンドン、ボン、ベルリン、ローマ、マドリッドなどに比べると圧倒的な存在感と影響力がある。権力に限らず文化、伝統、生活様式などにおいてフランス的なものとはパリ的なものであり、東京とて京都をさしおいてそこまでの位置にない。対してドイツは地方分権的で官庁は各都市に分散していてベルリンとミュンヘンは政治も文化も気質や言葉までもがほぼ別の国といってもよく、ベルリンやフランクフルトの高地ドイツ語(標準語)を話さないと方言と見下されるようなこともない。僕の実感として、ドイツとフランスを同じ国民国家とくくることさえ違和感を覚えるほどだ。
パリをなんど訪問したか数知れないが、そのたびに住みたいと思ったのは絵画や音楽のせいだけではない。地方都市に行ってみても、そういうものと縁のない人々の生活圏にまで深々と浸透した「フランス的な精神」があるのを見て好ましいと思ったからだ。それがなにであるかは冒頭にギブアップしたように不案内であるが、もしパリ的であるのなら、パリという都市に「それ」が在るはずであり、それをあまねく敷衍させる普遍的なパワーが潜んでいるはずだ。古代ローマはそれを辺境にまで敷衍したが、パリにはローマの軍事力も先進的産業を生む米国流資本主義の推進力もない。そんな都市は僕の訪問した限りほかにはなく、だからそれが何かを探究したいという欲求が常に湧いてくるのだ。
大学時代に桑原武夫著「フランス学序説」(講談社学術文庫)を読んで、大いに仏国がわかった気になった(実はまったくそうではなかったが)。仏文学者、桑原武夫(1904-88)は京大名誉教授で戦後の京都学派の中心的存在として、戦後のさまざまな文化的活動に主導的な役割を担ったとされる。本書は1976年11月10日に第1刷出版とあって、日記によると77年1月10日に読了しており、どこでどう出会ったかは記憶にないが渇望の書だったようだ。この書は僕に2つのことを教えた。学問を専門領域を超えて多角的に見る学際的(interdisciplinary)な考え方、もう1つは日本語の作文である。
真理に境界線はないが、学問は専門家という人間集団が行う以上、動物の習性が混在して派閥(学閥)ができることから完全にフリーであることは困難だろう。学問は実証的でなくてはならず、フランス文学、フランス史の研究を実証的に行うことはできても「フランスとは何か」でそれを行うことは難しそうだ。フランス学という学問分野がない理由につき著者は、「(学際的な方法は)実証性に欠け非学問的とみなされる恐れがあるので、学者は必要性を知りながらこれを避ける風潮がある」と書いている。
同書が冒頭いきなり「フランスは日本で十分に知られていない」と切り込むのはいくら昭和51年のこととて挑発的で、必要ならば避けずにやってみればいいではないかという学会に対する著者の経験的実証主義の宣戦布告にもきこえる。経験は実証ではないが、僕はわかるし同感でもある。余談だが、こういうのは関西的、京大的だなとは思う。関西に2年半住み関西人が家内の身にしてこその気づきかもしれないが、「桃太郎を知っていますか?」みたいな上から目線でふざけんなとなりかねないし、我々東京人は憚る。
この本の題名は悪く言えばギミックがあって、「体感されたわが身の経験を重視する」氏の研究は書物での深い学識あってのもの、学会の閉じた研究姿勢への対抗軸として初めて存在意義のあるものであって、ベーシックな学識を欠く者が学際的にフランスを知ることなど実はもとからあり得ないのである。氏が「序説」としたのは学者の良心からなのか単なるヘッジ感覚だったのかはともかく、正しいことだったろう。本書は研究書ではなくエッセイの類であって、教養書のジャンルにおいて一級品である。
しかし、ということは、21才の僕が知ったのは、当時そう思いこんでいたフランスの実像ではなく、実は方法論の方だったわけだ。それのおかげで、やがて渡英して6年ロンドンに住み、数多の観察と経験を経て英国経験論信者になる僕の精神の基盤ができたからそれはそれで幸運だった。二十歳前後までにできる精神の骨格というのは一生にわたる堅固なものと思うが、僕の場合は、受験勉強が「筋トレ」であり、根岸先生の数学、村上先生の科学史と並んで、桑原先生のフランス学がフォームを固める「トスバッティング」だった。
もう一つ学んだことは、明快で中学生でもわかる文章だ。僕は日本語の作文に於いて、『文章作法』の著書もある氏の影響を受けていることを、上掲書を読み直していて気がついた。物事を実証精神で活写しようと志せば誰もに「わかりやすい」ことが当然の前提であり、文章はわからせるために書くものでそれ以外になんの意味があるかは知らないが、わからない日本語文というのは学術書であってさえ多々遭遇する。
仏文学の碩学である著者は「フランス的ということ」の章で、その証(あかし)をクラルテ(明晰性)と合理性と看破しているが、氏の文章はそのものがそれを具現しているのだ。「『語られる言語』から、理性に支配されるべき『書かれる言語』を抽出、純化せしめ、現実の人生からいちおう離れつつ、しかも人生を知的に掌握する文章を創出した」のがフランス古典主義文学だと書かれているが、スタンダールやボードレールを訳すことのない僕には、先生のクラルテな文章からエッセンスを盗んでしまうことには価値があったと今になって感謝している。
「フランス人と日本人はともに芸術を愛するが、芸術という言葉の受け取り方は同じでなく、パスカルは『幾何学的精神』と並んで『繊細の精神』を尊重した。日本人もまた繊細を高く評価する。しかし、日本芸術では、繊細は、むしろ幾何学的精神を排除するものとして受け取られている。フランスでは、繊細を尊重すると同時に、これを生み出す芸術家には幾何学的、論理的な精神、合理主義を踏まえたクラルテがなければならない。論理と美の共存こそ、フランス芸術の誇るべき特性である」
この驚くほどクラルテな説明文で、僕はフランスの音楽、絵画、彫刻に対する自分の理解、そして印象派というものの解釈が根本的に間違っていたことを知った。幾何学的精神を排除する繊細、すなわち「曖昧模糊を愛でる精神」でモネの睡蓮やドビッシーの海を味わっても別にかまわないが、クラルテの存在に気づけばぐっと知覚の奥行きが増す。プーシキンは「フランス人は最も反・詩的な国民である」といったが、詩的だから美しいとはフランス伝統的文化人は考えないのだ。経験論的にいえば知覚しないものはその人にとっては無いものだから、知らずに死んでしまう。それではもったいない。
霞の向こうの「見えないもの」や「余白」に繊細である日本人の伝統的な美感と、光の変化を微細克明に写実するゆえに見えないものは描いていないモネの絵は結果として類似の印象を与えるが、まずはいったん違うと認識することだ。それなしに浮世絵の印象派への影響を論じてみてもただのイメージ論にすぎない。こういう部類の、それこそ繊細な知的領域の正確無比な理解は、幾何学的精神をもってする論理と美の共存した桑原先生のような文章でないとリアルに伝わらない。「フランスは日本で十分に知られていない」。いまだって、まさにその通りと思う。
ところで、本稿を起草した契機は、4月にこの記事を見て唖然としたことだ。
「遺族が京都市に寄贈した桑原武夫氏の蔵書1万421冊を2015年、当時、市右京中央図書館副館長だった女性職員が無断で廃棄していた」
「蔵書は1989年に市国際交流会館(左京区)が開館した際に寄贈され、一般公開されていた。市教委によると、2008年に京都に関する資料を収集する機能を備えた右京中央図書館がオープンしたのに合わせ、蔵書を同館に移動させたが、保存場所がないとして、向島図書館の倉庫に移した。15年に向島図書館の職員から、「置き場所がなく処分したい」と女性職員に相談があり、了承したという。」(以上、京都新聞より)
こういう公的判断が下されることはフランスや英国では考え難い。管理費用の問題があったならば一定の理解はできるが、その場合は遺族の許可を取ってオークションにかければよかった(僕が買いたかった)。故人もさぞご無念だろう。安倍政権と文科省が大学授業料を無償化すれば、知的財産と粗大ごみの仕分けを適確にできる図書館職員が育成されるのだろうか。いまのところそうも思えないので、僕は音楽資料のたぐいの寄付はやめとこうと思う。
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ブログ100万になる
2017 NOV 13 21:21:48 pm by 東 賢太郎
ブログのカウンターを見たら知らないうちに総閲覧数が100万を突破していた。5年前は想定外。10月あたりから増えて、ある日は5千もあって何がおきたんだとなった。
きのう娘たちがフェースブックなんかもう主流は50代だよ、いまはインスタとラインだよという。そんなの字書けないのが昼めしとかイヌの自慢するやつだろといったが、どうも「いいね」を押してもらいたいらしい。勝手に送っておいて押さないと、なんで?、となるんで面倒でやらない人もいるそうだ。
ブログにいいねはないが、たくさん閲覧していただけばうれしい。ところがさらに上があってyoutubeに愛聴盤を出したら「オーマンディのライブをもっとほしい」「オーマンディの海はピッチが半音低い」「アンセルメの火の鳥はすばらしい、mp3フォーマットでメールで送ってくれ」なんてのが海外から来る。きのうレイボヴィッツの春の祭典をアップして、これとブーレーズのCBS盤は共通するものがあると英語で書いたらすぐに、
There’s definitely traces of Boulez in here, but it was really Boulez who defined the ‘Rite’ sound with his authoritative 1969 recording with the Cleveland Orchestra. In this recording, miking is strange (bass drum sounds like a huge rubber band) and orchestral execution is scrappy, but one can see what Leibowitz was going for. The orchestra just wasn’t up to the challenge. It’s also worth noting that this recording is from 1960 and the London Festival Orchestra used to be the recording name for the Royal Philharmonic Orchestra.
なんてのが返ってくる。すばらしい。びっくりだ世界は広い、わかる人はわかるんだと感激だ。実はブログは英語にしようと思った時期があって実際やってみたがなにも反応がなかった。やっぱり文字でなくビデオ、動画の時代なんだろうか、これからはそっちかなと思う。
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ヤノフスキ・N響 定期公演を聴く
2017 NOV 12 21:21:42 pm by 東 賢太郎
ヒンデミット/ウェーバーの主題による交響的変容
ヒンデミット/木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲
ベートーヴェン/交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」
指揮:マレク・ヤノフスキ 独奏:N響奏者(フルート:甲斐雅之 オーボエ:茂木大輔 クラリネット:松本健司 ファゴット:宇賀神広宣 ハープ:早川りさこ) (NHKホール)
ヤノフスキは懐かしい。ラインの黄金を1985年ごろロンドンで買った。当時リングを聴く暇はなかったがごらんの通りカット盤で安く、まあいいかの衝動買いだった。オケがシュターツカペレ・ドレスデンというのがたまらなく、スイトナーの魔笛の素晴らしいEurodiscのLPでそれほどこのオケに惚れこんでいた。
CDという新メディアが出てLPが安売りされた時期だった。しかし結果論としてそんなものは不要だった。これはルカ教会の音響を見事に再現する名録音であり、LP最後期の技術の粋を味わわせてくれる逸品だ。歌もDSKの音響も音場感も最高、盤質も最高。Eurodiscのマークが目に焼きついていて、これを見ただけでそそられるものがある。
第1曲しか買わなかったのは曲を知らなかったからで痛恨だ。後にしかたなくCDでそろえる。こういうものが出てきたわけだが、つくづく思うが、LPのほうがいい。正確に言うなら、CDに情報は欠けていないしこれは音源がデジタル録音だからアナログの方が良いからというわけでもない。複雑な問題をはらむので別稿にしたい。
今年はリングでも聴きたいなとライプツィヒでウルフ・シルマーがやるので計画したがやっぱり無理だった。ヤノフスキーの東京でのリング・ツィクルスも日にちが合わず断念してしまった。ヤノフスキーは1988年にロンドンのバービカン・センターでフランス放送響でサン・サーンスの第3交響曲を聴いて、曲はつまらないがインパクトがある指揮で印象に残っている。ゲルト・アルブレヒト亡き後ドイツ物の本格派が誰かと心もとなくなってしまったが、ヘンツェの交響曲集もあり、チェコ生まれだがドイツ保守本流でしかも硬派路線であるヤノフスキは期待したい指揮者である。
ヒンデミットの木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲は初めて聴いたが、N響の首席はさすがにうまい。フルートは特に。残響が少ないので木管とハープの音のタペストリーがこまやかに伝わり、弦とのアンサンブルも絶妙である。大変な聴きものだった。NHKホールでかえってよかったと思えた希少なものであった。こういうのをやってくれると嬉しい。
一方、エロイカは最初の一音でこのホールでは辛いなとお先が暗くなる。N響のせいではない。中央9列目にいるのに音が来ない。オケのフォルティッシモで隣の人と会話しても聞き取れるだろう。倍音がのってないから個々の単音がドライであり、バスも来ないからピラミッド型の豊饒な音響にならない。つまりドイツ物はそもそも論外なのである。
ちなみにサントリーホールも改修して少しはましかと思ったが何も変わってない。チェコ・フィルをS席で聴いたが、ドヴォルザーク8番の弦など、そっちだって欧州に比べたらたいしたことないJ.F.ケネディセンターで聴いた音に比べてもぜんぜん魅力がない。チェコ・フィルでそれだ、他は言うに及ばずである。香港赴任から帰国してがっくりきた日本の中華料理みたいだ。おれは昔こんなの食べてたのかという。
だからここはハンディ付きだ、紅白歌合戦専用劇場なのだと割り切って耳のほうを修正して演奏にのぞむしかない。第1楽章はまだ困難でたいして面白くきこえない提示部をくり返されるのは歓迎でなかった。オケは力演で弦のエッジは立つのだが、なにせ音の粘度もボリューム感もないからトータルとして華奢で軽く箱庭的だ。ヤノフスキの堅固な音造りのコンセプトは現地のホールでやれば大いに映えただろうが、これならそういう録音を家で聴いた方がいい。これも不幸だが僕はエロイカというとウルフ・シルマーのバンベルク響やショルティ最晩年のチューリヒ・トーンハレ管など一生に一度クラスの超弩級のを経験してしまった。どうしても比べてしまうから内容については書かないことにする。
だんだん耳が我慢してなじんできて、すると曲の偉大さが圧倒してくる。自殺願望を克服し乗り越えたベートーベンが、生きる意志をこめて並べ、組み立てた音には強靭な音魂がこもっているとしか思えない。それが心に乗り移ってきて、終わってみると元気をくれている。何という音楽だろう。
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ルロイ・アンダーソン「忘れられし夢」
2017 NOV 11 0:00:06 am by 東 賢太郎
ルロイ・アンダーソンはアメリカのヨハン・シュトラウスと言われるが、僕はちがうと思う。父子共に宮廷舞踏会音楽監督だったシュトラウスはまだハプスブルグ家に取り入って名を成した、貴族社会に目線のある音楽家だった。アンダーソンは貴族の無い国で、ポピュリズムに徹しながら大衆にわかる音楽を書いて(ここだけは結果としてはシュトラウスと似るが)、しかし、そうなれば容易に消え去ってしまう音楽の本来持つ高貴さを断固失わせなかった人だ。
アメリカという国に希望の党は不要である。希望は政府がくれるものではなく人民が持っているからだ。移民だけの国。祖国より何かの光明があると信じてきた人たちの国である。今日より明日のほうが良くなるさ、と疑うことなく信じる。僕が1か月放浪し、1か月遊学し、そして2年学んで、骨の髄までしみ込んだのはその「信心の炎」であったと思う。
留学してすぐだったか、家内とフロリダに旅行してディズニーワールドに遊びに行った。ついでにマイアミからキー・ウエストまでいくぞと32本もある長い長い橋をわたって車をぶっ飛ばしたのだが、あるところで道がゆるやかな勾配をのぼっていってピークまで道路しか見えなくなった。道の先端にはブルーの空だ。てっぺんになって、すると、行く末の地球のかなたまで、広大で紺碧に光るサンゴ礁の海と一筋の白い橋が視界にどかんと開けた。
あの空にむかっていく、まるで飛行機になったみたいな、てっぺんのむこうに新婚の俺たちの素晴らしい未来が待ってるぞという無上の輝かしい気分こそ僕の人生のファンファーレだった。そして、あの空に映った目もくらむほど眩しい希望こそ、まぎれもない僕にとってのアメリカであった。
どうしてアンダーソンの曲を知ったのか好きになったのか、皆目記憶がないが、レコードではないからラジオだったのだろうか、昭和30年代初頭、そのぐらい幼いころである。家族で過ごした居間の陽だまりのあたたかさに親密にシンクロナイズしてくるのが心地よく、そういう家庭で愛情をそそいで育ててくれた両親に感謝の念がわきおこる、そんな音楽だ。
このビデオ、知らない人たちの思い出の写真なのだが、ただただ、Forgotten Dreams(忘れられし夢)という音楽にあまりにそぐわしくて感動する。
親族一同か親しい友人たちか、とにかくみな素晴らしい笑顔で楽しげで晴れやかで、心が和む。アメリカでホームステイしたこともあるが、こういう優しくて良い人たちだった。彼らと戦争をしたということなど考えたくない。
音楽って、ほんとうの役割はこういうことなんじゃないか。人のこころの善良で美しい部分をひき出してあげること、きれいな自分を本人にも見せてあげることだ。これを見て、聞いて、戦争をしたり人を殺したいと思うだろうか。自殺したいなんて思うだろうか。うちの親がくれたようなごく普通の愛情をもらえなかった子たちがきっと多くいるのだろう。いかにも不憫でならず、しかしそれでも、音楽はそういう子たちをきっと救ってあげることができる、人間に必ず備わっているはずの良心と希望というものを見せてあげられると僕は強く信じている。
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