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僕が聴いた名演奏家たち(ユーディ・メニューイン)

2017 JAN 4 12:12:25 pm by 東 賢太郎

menuhin2前々稿にユーディ・メニューイン(Yehudi Menuhin, 1916- 1999)の名を書きませんでした。なぜかというと、彼のリサイタルを聴いたのですが、このブログに書いたとおり(クラシック徒然草-ダボス会議とメニューイン-)、「84年の2,3月はMBAが取れるかどうかの期末試験で心ここに在らず」という事態。音楽についてほとんど覚えておらず、探しましたが日記も残っていないからです。

menuhin1悲しい自己弁護になりますが、MBAというのは詐称するには最もおすすめできない学歴で、Mというのはマスター(修士)のMなんで、気絶するほど難しい期末試験に卒論も必要なんで、2年修了のこの頃は言葉のハンディのない米国人でも死に物狂いで、僕ごときなど「心ここに在らず」どころか失神寸前だったのです。

メニューインが「オール・スター・フォーラム」でフィラデルフィアに来たのが運悪く1984年2月8日水曜日、ちょうどその時期でした。平日の夜8時からというのも学生にはまずかったですね。

menuhinプログラムです。ヘンデルのソナタ、ブラームスのソナタ3番、バッハのパルティータ3番、休憩、ドビッシーのソナタ、ブロッホのバール・シェムから第2曲(即興)、ドビッシー亜麻色の髪の乙女、ブラームスのハンガリー舞曲第5,10番でした(ピア二ストはPaul Coker)。ちなみによくご覧になるとわかりますがドビッシーはSonata No.3となっていて、まあケアレスミスなんですがね、欧州ではこんなの考えられないんで。聞いてる方も大概にソナタは1曲しかないなんて知らないだろうということを前提としてのアバウトな精神に起因するチョンボなのか、ひょっとして書いた方も思いっきり知らないのか、いずれにしろ校正ぐらいしろよですね演奏家に失礼だし。こういうところで僕は米国の文化的教養レベルを思いっきりなめてましたね、当時。

しかしこっちだってヴァイオリン・リサイタルはこれが初めてで、ここにある曲は、今思うとこんなのアンコールピースだろ、そんなの書くなよという亜麻色とハンガリー舞曲以外は当時どれひとつとして耳では知らなかったでしょう。バッハだけいい曲だなと思ってほっとしたのですが、それも何か書けるほどの記憶はありません。つまり、メニューインという名前で買っただけで偉そうなこと言えない場違いな観客だったわけですね。

ということで本稿は「僕が聴いた」じゃなくて、「行った」ですね正確には、せっかくお読みいただいてるのにすいませんが行ったことだけ覚えてる。しかしもし家で勉強なんかしていたら33年前のあの日に何をしたかなんて確実に消えてますからメニューインのおかげで一日だけ思い出が増えて良かった、そういうことでした。

Bruno Walter und Yehudin Menuhinその時の彼の姿と顔だけは記憶にあって、それがダボスで蘇ったのです。教室で彼は演壇の横の椅子に座ったままスピーチして、僕は真ん前の最前列で3mぐらいのところで聞いてましたが、まったくポエムのような不思議な気分でした。それは20世紀を代表するヴァイオリニストとしてのメニューインじゃなく、左の写真ようにブルーノ・ワルターだったりフルトヴェングラーだったりと時代を共有した人としてで、なにか歴史上の人物に会ったような感じ、なにせあのバルトークに無伴奏ヴァイオリン・ソナタを書かせた人物なんだということでした。

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

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心斎橋「鶴林 よしだ」のお節

2017 JAN 4 0:00:02 am by 東 賢太郎

海外で証券会社の拠点長というと接待が仕事のようなもので、それを3つもやってますから洋物と中華はとにかくうまいとされるものは食いつくしています。おかげで腹が出ましたが、僕の星は「食神」でその職は大いに向いていたといえるでしょう。

しかし好みというのは仕方ないもので、「うまいとされるもの」がうまいかどうかはものによるんですね。高きゃいいってもんでもないのです。ワインがそうですが、怖くて書けないようなのをたくさん飲んでますが「うまいとされるもの」はこういう味だと知っていれば世間で恥はかかないということですね、個人的にはもっと安くてうまいものを探すのが休日の楽しみでした。

海外16年ですから、その間は和食のいいのは望めません。飢えてる分だけ舌が敏感だったんでしょうか、お客さんと日本の企業訪問トリップや一時帰国などで和食の奥深さを知ったところがあります。とくに魚の味をです。こんな贅沢なものはないと思ったし、いまでもそれは変わってません。

和の食文化というと東西あって、もちろん細かく言えば各地方や県でまたあるのですが、こと正月のお節料理でいうと関西の方がうまいと思うのです。出汁のとりかたなのか醤油のちがいなのか塩分の具合なのか、そういう塩梅を総合した繊細な旨みや食感のセンスという点で一日の長がある気がいたします。

それは大阪に2年半いた若いころから感じていて、もちろん当時の安月給でいいものなどほとんど食してないのですが、味のセンスというのはどんなものでも光るものがあって、食い倒れですからね、そうでないと生きられないという職人魂を見てました。京都もいいが大阪もいい。

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そういうことで、心斎橋の割烹・小料理「鶴林 よしだ」さんのお節は今年で4年目でしょうか、いままでのどれよりも満足度が高くリピーターとなっておる次第です。

 

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31品とも個性と主張があるのに味が出しゃばらない。写真右下、一乃重の「筋子海鮮漬柚子釜盛」などどうしてこうなるのかというほど絶品で、味のハーモニーは芸術品と評したいものです。全品そのレベルですが。

 

ただ、唯一関西の弱みは小肌がないことなのですね。これは僕には甚だ遺憾である。ないことはないが、弱いのです。そこで親父も来るし今年は銀座の新太郎さんにお願いして寿司ネタを頂いて、蛸、鮑、車海老、玉子も適度にあえてもらって、これまたけっこうなもので、まさにありがたい正月でございました。両店とも機会あれば足を運ばれることをおすすめいたします。

 
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僕が聴いた名演奏家たち(ルドルフ・ゼルキン)

2017 JAN 3 2:02:25 am by 東 賢太郎

rudolf_serkin_1962c敬愛するルドルフ・ゼルキン(Rudolf Serkin, 1903 – 1991)を聴けたのはたった一度だけ、1983年12月4日にフィラデルフィアのアカデミー・オブ・ミュージックで大家を呼んでやるリサイタルシリーズ「オール・スター・フォーラム」に彼が登場したときでした。

寒い日でした。この東海岸の街は冷え込むと零下20度なんてこともあり、自宅のアパートから教室まで歩いてたった5分の道のりなのに顔も手も凍えて固まってしまい、しゃべれないわ鉛筆は持てないわで往生したこともあります。

serkin1ゼルキンが20世紀を代表するドイツ音楽の大家であることは周知でしょう。ボヘミア生まれのユダヤ系ロシア人で、12歳でウィーン・フィルと共演した天才少年であり作曲ではアーノルド・シェーンベルクの弟子でした。

個人的にはとりわけ楽友だったジョージ・セルとのブラームスのあの素晴らしい2つの協奏曲のレコードの演奏家としてすでに「神」の存在でした。LPを浪人中の74年に買って何度くり返し聴いたことか!特に大好きな2番は彼のピアノで曲を覚えたのであって、これに励まされて勉強したものでした。

「彼のレコードで曲(チャイコの5番)を覚えたんです」と楽屋の警護を突破してオーマンディーと会った話を書きましたが、この日曜日もその勢いでした。寒空の下をどれほど興奮して妻とホールに向かったかご想像いただけるでしょうか。

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これが当日のプログラムです。ハイドンのソナタ50番、ベートーベンの月光ソナタ、休憩、シューベルトの楽興の時、ベートーベンの熱情です。舞台に現れた80才のゼルキンはブラームスの剛毅な打鍵から想像していたよりも細身のおじいちゃんでした。背中はまっすぐで杖もついておらず、やはり80と少しだったカラヤンやヨッフムやヴァントやペルルミュテールは歩くのも危ない感じでしたから体躯はしっかりしていました。

 

そしていよいよ始まった演奏。スタインウエイのクリアで透明でクリスタルのようなタッチが美しいハイドンに耳がくぎ付けになります。ルバートを交えながらの自家薬籠中の月光はレコードでおなじみの旋律を際立たせる強いタッチも健在で堪能させてくれました。ただ終楽章の指の回りはやや乱れがあったのです。シューベルトはあまり覚えてません。

そしていよいよ熱情ソナタです。これが全身全霊のパッションに満ちた力演となります。第1楽章後半で少々ミスタッチもあり指が疲れてきたようにもみえました。第2楽章を経て終楽章に至るまでにその感じはますます強くなりますがテンポを落とすことなく突入。しかし展開部で指は回らず僕はいよいよ危ないなと思い、最後まで行けるかとはらはらしだしたのです。

ご案内の通りコーダでテンポは一段とギアアップしますが、驚いたことにここをお約束通りの快速で突入!指はもうついてこず、ミスタッチなどものともせず鍵盤をなでるように高速ですっ飛ばして無事に最後の和音に終結しました。ベートーベンとの壮絶な格闘です。手は衰えようと、彼は心の耳に従ったのです。満場が熱狂し大拍手で讃えたのは言うまでもありません。この演奏は僕の数ある鑑賞歴の中でも一つの事件となりました。

アンコールはもちろん無し。我々聴衆ができることといえば、お疲れ様、早くお休みくださいと感動と感謝に満ちた暖かい拍手を老ゼルキンに懸命に送り続けることしかなかったのです。あんな雰囲気というのは今に至るまで経験がありません。ゼルキンもそれを察したのでしょう、満足した笑顔で深い礼をして静かに舞台を去りました。それが彼を見た最後になりました。

ベートーベンへの敬意なくしてあのような演奏は考えられませんし、それあって彼は20世紀を代表するベートーベン弾きとして敬意をもたれたのだということを知りました。これ以来、僕は表面だけ綺麗に整える演奏に共感することは一切なくなりました。頭を殴られたような衝撃で、音楽を演奏する行為というものの凄みを教わってアカデミーをあとにしました。聴き手として大人にしていただきましたね、楽屋に行くことは控えましたがゼルキンのベートーベンとブラームスは今も「神」であり続けている、これで十分。感謝あるのみです。

(補遺、13 June17)

米国でFM放送からエアチェックしたもので、本稿のベートーベンの3か月前のニューヨークでのライブ演奏です。テクニックという意味では本文に書いたことを裏づけるようで、それをふまえたクーベリックの遅めのテンポ設定だったかも知れません。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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僕が聴いた名演奏家たち(オスカー・シュムスキー)

2017 JAN 2 19:19:20 pm by 東 賢太郎

今年はチェアまで買って読書するぞという決意?なのですが、身辺整理をしようというのもあります。人生に21回も引越しをしていて、べつに好きでしたわけではないのですが結果としてこれだけ非定住型の人生を送りますと「身辺」というものがないというか、住む場所場所でそういうものを形成する時間もゆとりもなかったなあということに今更ながら思いが至ります。

どこへ行くにも家族の引越し荷物の6,7割は僕の音楽関係でしたが、それがまだどさっと荷物のままあるのがまずい、まずはこれを何とかしないといけません。ということで元旦からそれを引っ張り出して眺めています。

びっくりしたのはアメリカ、ヨーロッパに13年半いて聴きまくったコンサート、オペラのプログラムの量です。覚えていないのもありますが日記を見ると様子がわかります。いまは亡き巨匠の記録もたくさんありますから皆様の一興にはなるかもしれません。順不同で折を見て書き残しておこうと思います。

722053_1_fまずはヴァイオリンのオスカー・シュムスキー(Oscar Shumsky、1917-2000)からいきましょう。ロシアのユダヤ系で、8才でストコフスキーがフィラデルフィア管にソロ・デビューさせた神童でした。レオポルド・アウアー、エフレム・ジンバリスト、フリッツ・クライスラーに師事しましたがアウアーはチャイコフスキーの協奏曲の献呈を断ったことで有名でハイフェッツ、ミルシタインも弟子ですね。シュムスキーはグレン・グールドと共演したことでも有名ですがトスカニーニのNBC交響楽団で3年弾いていたこともあるそうです。

oscar1ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでシュムスキーを聴いたのはサイモン・ラトル指揮フィルハーモニア管弦楽団との共演によるベートーベンの協奏曲です。1985年というと僕は英国に赴任した翌年でまだ30才でした。19世紀の演奏の香りがぷんぷんある人を聴けたのは後にも先にもこれだけで、希少な経験となりました。なるほどヴァイオリンとはこういう馥郁とした音がするものかと感激したことを覚えています。あまりうまいとは思わなかったのですが、技術など忘れさせる柔らかくとろけるような美音。彼のクライスラーの録音はまさにその音で弾かれていますね。これぞ真打ち、音のごちそうでしょう。こんなヴァイオリニストはほんとうにいなくなりました。

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ラフマ(Lafuma)の無段階リクライニングチェア

2017 JAN 1 22:22:23 pm by 東 賢太郎

明けましておめでとうございます。東京は快晴となり富士山が綺麗にのぞめましたね。92才になる父が我が家に来てくれて、それも途中までひとりで電車で来るほど元気で、それで家族もにぎやかで、なんとも有難いなという元旦でした。

去年の反省として読書量が減ったことがあります。視力が落ちたのと姿勢を保つのがつらくなったことが理由です。そう思っていたところ、西表島のホテルのプールサイドにあったチェアが気に入り、これなら楽に本が読めそうだとさっそく買いました。

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ラフマ(Lafuma)社の無段階リクライニングチェアです。最大傾斜にすると飛行機のフルフラットほど倒れますが、水平ではなく足が高くなる構造で背中と腰の負担がなく、つい居眠りしてしまうほど楽です。両足の血が還流する感じでgood、これはフランスの名器ですね。

 

 

 

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大みそかに届きましたが、しばし目を離すとさっそくこうなりました。

 

 

 

 

 

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やがてこうなられて、もう手が出せず。ネコも眠くなるとは参りました。

 

 

 

 

今年も健康に留意しながらやってまいるつもりです。よろしくお願いします。

 

 

 

 

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2016年の演奏会・ベスト5

2016 DEC 31 21:21:43 pm by 東 賢太郎

今年は忙しくてN響、読響ともかなりすっぽかしてしまいました。行ったなかでのベスト5ですが、以下の通りです。

1位

加藤旭:合唱曲「くじらぐも」(メイク・ア・ウィッシュ演奏会)

2位

ビゼー:歌劇「カルメン」(C・デュトワ/N響)

3位

コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35(五嶋 みどり/カンブルラン/読響)

4位

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番 (ユリア・フィッシャー/M・ヘルムへン)

5位

フィンジ:霊魂不滅の啓示 作品29(下野 竜也/読響)

 

以上どれもインパクトのある演奏でした。1位の「くじらぐも」ですが、この演奏会のすぐあとに16才の作曲家、加藤旭さんは亡くなりました。この日初めて、僕は真っ白な気持ちになって、音楽を愛する心は曲を通してまっすぐに聞き手の心に伝わることを教わりました。

僕の音楽を愛する心もつよいです。そのおかげで4年間こうしてブログを書き続けることができました。お読みいただいている皆様にも、その力で何かが届けばうれしいです。本年は思うところあって年初から4月まで執筆を休止しましたが、それでもアクセスが増えたのがやめられなかった理由でした。

愛情は死ぬまでつづくので、ブログもそれまで続くと思います。本年も拙文に貴重なお時間を割いていただき、本当にありがとうございました。よい年をお迎えください。

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バルトーク 弦楽四重奏曲第4番 Sz.91

2016 DEC 30 18:18:52 pm by 東 賢太郎

この時期になると第九よりも聴きたくなる思い出の音楽がある。

浪人生だった頃のこと、数学を満点取らないと文Ⅰはあぶないという強迫観念があって、最も恐れていたのが正月から2月の入試直前の調整失敗だった。4問完答(満点)なら合格確実、2問だと文Ⅱ、文Ⅲは楽勝、文Ⅰは微妙というのが模試のデータである。2問完答はほぼ100%、3問は70%の自信があった。

それだけ文系他教科はダメだったわけで色弱でなければ理系にいってそれなりに幸せだったかもしれないが、息子を見てると文系で良かったと納得したりもする。いまでしょ先生の林修さんをTVで見ていて、彼も数学で文Ⅰのくちらしいが、こういう僕より頭のいい人に現国を教わっておけばもっと楽だった。

選択肢は現役の時から目の前に3つあった。①文Ⅱか文Ⅲに下げる②1問捨てて3問完答をねらう③満点を狙う、である。何を勘違いしていたのか①がどう考えてもリーゾナブルな戦略だった。実力はその辺だし一応同じ大学には入れるのだし、そこまでして法曹にもなっていない自分が本当にアホに思える。

しかし崖っぷちで性格が出て①は一顧だにしなかった。とすると②か③だ。同じに見えるが全然ちがう。100分の試験時間で4問だと各25分、3問だと33分で8分差がある。3問完答の能力がある人がさらに解く速度を1.32倍にするというのは理系でも上位の方になるレベルと思われ、ハードルは高い。

しかしその0.32の分を英国社のかさ上げで稼ぐ自信はなく、数学の時短の方が確実という判断をして③を選択したわけだ。といって、野球の球速と同じでそのレベルまでいくともう練習して速くなるというものでもない。当日の調子が大きいのである。だから正月から2月の入試直前の調整に入念の神経を使ったのだ。

そこで何をしたか。年末からバルトークを毎日がんがん鳴らしていたのである。もう勉強は他人より余計にしてる。それで負けることは絶対にない。本番で錆びつかないようにアイドリングして頭に油をさしておこうということだった。その効能がいちばんあったのがカルテットの6曲であり、とりわけ4番である。

それが何故かをスコアから分析するのは困難だが一応の手がかりはある。

機能和声的ではないが正確なピッチで鳴ると4パートの縦線に不思議な和声感が得られ、動機はリズムと音程に明確な性格が与えられその有機的生成の過程が形式美という横線の美点を添える。言葉にするとややこしいが、要は、楽曲のミクロの構成パーツが縦横から眺めて「美しい」のがズバリと耳に来る。

楽章構造的にはアーチ型シンメトリーで第1楽章と第5楽章、第2楽章と第4楽章が、真ん中の第3楽章が3分割されて両端が第1,5楽章に近親性を持つという造りになっているが、これはマクロ構造であってズバリとは来ない。先日のブログに載せたジャガー・ルクルトのロゴに似て、遠目に眺めていると書いてない部分が見えてきて正三角形をしているという風情だ。これがまた「美しい」のだ。

その両方が複合して4番の不可思議な美を構築している。

バルトークが封じ込めた美というものはパーツのそれではない。きれいなメロディーが出てきてうっとりということはかけらもないのである。数学の美を語るまでの資格は僕にはないが、少なくとも嫌いでなかったのは美しいと自分なりに思っていたからだ。それと同じものをバルトークにも感じるのであって、ジャガー・ルクルトの時計の造形にも感じてしまう。

それはガウスの1-100の足し算や、もっと本能の次元とおもわれる黄金分割比の長方形などにも感知するどこか「陶然とする魅惑」であって、ゲージュツなどという高尚なことではなく、どういう顔や体のプロポーションの女性が好きかということに余程近いのである。

それが入試直前の調整で「肩を軽くして球速を増す」ことになったというのはどなたもわからないと思うし僕もよくわからないが、本当だ。おまじないだっただけかもしれないがとにかく結果はほぼ③が達成だったからだ。

全然関係ないが、家族はみな猫好きだが「おまえたちは子猫がかわいい。猫好きのプロレベルにほど遠い」となる。子供なんかなんでもかわいいのだ、そんなのが猫好きでもなんでもない。猫チャンネルを作っても僕は子猫はいらない。きれいなメロディーはそれとおんなじで音楽美の要件でも何でもないのである。

素材の世俗的な美をダシにしないのは晩年にその万物の真理の道へと進みこんだベートーベンの直系の音楽であり、旋法、音程、リズムパターン、特殊奏法、構造を素材として組み立てられた有機的複合体である。この一切の無駄なく切り詰めた凝縮感が僕の数学の短文・難問好きのセンスにぴったりだったのだと思う。

以前に6曲まとめてのブログとしてディスクを紹介したので、今回そこには書かなかったものを。

 

ジュリアード弦楽四重奏団

51lgfjwclel-_sx355_3種類あるが最近僕は創設メンバーによる最もラディカルでストレートな1回目を好んでいる。鋭利な刃物の切れ味ながら熱い。高速で走り抜ける第2楽章の狂気の白熱は筆舌に尽くし難く、神秘的な第3楽章のチェロ、第4楽章のピッチカートの一音一音にも渾身の気がこもる。終楽章も後の録音の精緻さより荒々しさが原色で出ている。ハンガリーのカルテットには聞かない尖鋭なリズムとエッジがバルトーク演奏の様式を刷新した記念碑的演奏だ。

 

ハンガリー弦楽四重奏団

bartok_sq_hungary5番の欧州初演をしたカルテットである。音色に暖かみがあり、既述のファイン・アーツと並んで最も和声感が得られる演奏である。ジュリアードの先鋭さはないがローカルな味わいがいい。第2楽章の繊細で羽毛を思わせるな音色は美しくポルタメントも意味深く響く。第3楽章は神秘感よりも土臭さと自然の息吹があり、先日に西表島でヤマネコを探して真っ暗な田んぼを歩いた静寂をふと思い出した。必聴盤。

 

 

タートライ弦楽四重奏団

mi0001023123LP時代、共産圏だったハンガリーの団体が国営レーベルのフンがロトンに残した古典的録音である。民謡を演奏するように自然でリズムもフレージングも手の内に入っている感じがするが、終楽章の野性的なメリハリは技術的にはやや甘いもののいい。いきなり尖鋭なジュリアードで入るよりもこういう音楽的で温和な表現の方を好む人はいると思う。

ヴェーグ弦楽四重奏団

v4870僕の好みは新盤(72年)。柔らかく馥郁とした感触の4本の弦が絡み合う様相は魅力的だ。バルトークから指導を受けたシャンドール・ヴェーグによるハンガリーの団体だが表現はこれぞ本家だの自信に満ちている。第1楽章で弦チェレに通じる部分が浮き彫りになるなどバルトークのエッセンスを嚙分けた練達のアンサンブルで、余計な力みがかけらもないのがかえって凄みがある。

ロックになっているがなかなか面白い。

(こちらへどうぞ)

大学受験失敗記

ジャガー・ルクルトのレベルソ

 

 

 

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来年やること(脳内の具現化)

2016 DEC 30 0:00:59 am by 東 賢太郎

僕はSPレコード時代をおぼろげに記憶する最も若い世代に属するだろう。

レコードとは記録でありLPとはlong playingの略だ。何を基準にlongかというとshort playing(SP)なのだから、塩化ビニール円盤を既存の78 rpmよりも低速(33 1⁄3 rpm )で回して長く録音できる技術ができてから既存がshortとなり、できたほうが相対的にlongとなった。中途半端ですぐ消えたが45rpmのEP(extended playing)も現れた。

SPからLPへの切替えが移行でなく進化ととらえられたことはshortという命名でわかる。記録時間の短い方を選好する人はいないという否定的ニュアンスの命名であり、さらにLPフォーマットの中でモノラルからステレオへの進化がおこるとSPはほぼ消えてしまった。進化の完了である。

勝者であったLPが今度は凌駕される様はメディア進化における弱肉強食のドラマである。それはextended long playingではなくCompact Disc(CD)なる違う視点とコンセプトからの命名を受けた素材もサイズも色も異なる円盤によって成し遂げられた。本移行はもはや進化ではなく淘汰であった。

いま世界でおきている最も重要な変化はBrexitでもトランプの出現でもない、ITによる既存概念の淘汰だ。目に見えない。見える人にだけ見える。これは全産業のみならず生活レベルでもおきており、技術の進化は人間の本質をも変えている。これはアナログ的変容である進化でなく、デジタル的な淘汰である。

野村くんがメンバーになってくれてSMCの展望は面白くなりそうだと西室と話した。僕はメディアを作るのが夢だ。本業は冷徹なビジネスだがこっちは遊び心オンリーでやりたい。収益を追っては創造できない面白いものが世の中にはあって、カネは使えば消えるがそれは残る。若者に元気も与える。

夢は実現しないから夢であり、いつまでたっても脳内現象に過ぎない。だからリアライズ(具現化)したい。その技術は僕にはないからそれを持った人たちに集まっていただき、夢を具現化してもらいたい。それは僕の脳をリアルなモノで表わすことになり、メディアの淘汰の波に乗る。

オンリーワンに価値があると人は言うが、人工知能(AI)が2048年に全人類の脳の処理能力の総和を超える。誰もが「いいね」を押すものは総和に限りなく近いものを作ろうとする努力だからAIに負ける。しかしAIは僕の脳は作れない。永遠にオンリーワンであり続けられる。

今日、このことを僕の会社の責任者に指示した。ぶっとんだことに聞こえたろうが、それで良くて、そんなに簡単にのぞけるはずはない。

ということを今日、銀座の新太郎さんで寿司をいただきながら長女に教えた。社員の皆さんにどこまでわかっていただけるかで成果は決まる。

 
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日本の教育がBecause I’m stupid.である話

2016 DEC 28 18:18:05 pm by 東 賢太郎

きのうは取引先と忘年会がわりのランチをしたが、ニューヨークで証券営業をした方の失敗談?が面白かった。お客さんから日本株の発注がWhy don’t you buy~と電話で来たが、それが買ってくれという意味とわからず他社に取られてしまったという。

そうですか、僕もロンドンでI would’t mind accepting your offer.と来てわからなかったですよという話になった。同じ意味だが英米でこうもちがう。僕は米語を覚えてロンドンに赴任したが、それをしゃべるとIt’s a sort of English,  Ken.とお客さんにやんわりたしなめられた。それは英語じゃない、英語「みたいなもん」だ、クィーンズをしゃべんなさいというお薦めだ。

英国で僕がKenになるのには半年かかった。それまではMr.Azumaだ。ドイツだとあなた(you)のSieがうちとけるとduになるが、そんなものである。すると人間関係はがらりと変わるが、こればっかりはミスターの関係をいくら続けていてもわからない。それが正論かどうかはともかく、発音を直してくれた英国人はKenになったから親身にそうしてくれたのである。

かたや米国だと会って5秒(自己紹介)でKenである。米国での人間関係の特質を一言で表すとなればこれをあげる。一面浅はかだが、誰とでも付き合いますよと心を開く姿勢はポジティブで、これはこれで好きだ。5秒たってもMr.~でいくとI would’t mind ~みたいだし、エレベーターで目があってニコッとしない奴みたいに見られそうだ(日本ならニコの方が変態だが)。かたや、英国のアッパーにWhy don’t you buy~は僕はとてもはしたなくて言えない。難しいものだ。

学校ではみなさん大方が「Whyと来たらbecause」と教わっただろう。だからWhy don’t you ときたらBecause~という基本英文700選かなんかの構文を頭が条件反射で探しにいってしまい、何も出なくなる。出るわけがない、買ってくれと言ってるだけなんだがこれを意味どおり「どうしてお前は買わないんだ?理由を述べよ」なんてとってしまうと、「はあ?」だ。そして気まずい沈黙となる(電話だからとても白ける)。そこで構文通りに思いつく文章はBecause I’m stupid.ぐらいだ。

これが今度は算数の話に飛んだ。小数の足し算で答えが9であるところを9.0と書いて減点になった有名な話だ。数学のノーベル賞であるフィールズ賞受賞者の森 重文先生が「なるべく簡略に答えよという条件があればそうですが、そうでないならばおかしいですね」とTVで言っていた。

もっとひどいのは、直方体の体積は縦・横・高さの順番で式を書いて掛けないと答えは合ってるのにバッテンらしいことだ。絶句である。これで×を食らった子は何を反省すればいいんだろう。「構文通りだ、よろしい」と Because I’m stupid. に〇がついてるぐらいにstupidである。

こういう教育で、我が国は皆勤賞で遅刻もしないが仕事もできない人間を大量に作っているような気がしてならない。いや僕ごときがそんな不遜なことを言ってはいけないだろう。森先生はガウスが1から100までの整数の合計を足す順番を変えて求めた例を引いて、「こういう発想が育ちませんね」とやわらかく否定された。

紋切型の掛ける順番⇒ガウス、とパッと類推する。数学は解法の類推力(似たもの探し力)を鍛えてくれる。これは問題解決の道具が豊富ということを意味するから実社会でビジネスで非常にパワフルな能力である。相手がそういう思考をできる人かどうかもすぐわかる。そうでない人には飛躍になるから説明がめんどうくさいが、そうしないと理解されないからそのための別種の説明方法があることを学ぶ必要がある。その簡素で無駄のない美しい解を森先生はTVで即座にエレガントに披露されたというわけだ。

次女はインターナショナルスクールに通ったのは小学校だけだったが英語は僕よりうまい。それほど子供時分の教育は大事である。掛け算の順番にまで注意して〇をもらいましょうと教えることに何の意味があるのか、物事はもっと単純な本質によって決められるべきと思うし、そうなれば教育のクオリティはいい学校に入るだけがモノサシではないという結論に行き着くだろう。よくいわれることだが、問題解決力、特に答えのない問題のそれだという意見に賛成だ。

 

わかる人、わからない人

 

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クラシック徒然草《いま一番好きな第九》

2016 DEC 28 0:00:38 am by 東 賢太郎

「年末の第九」なる世界に類のない国民行事は、まだクラシックがそんなに人気がないころのオケ団員の正月の餅代稼ぎだったという説をどこかで読んだ。それによれば、合唱団は主にアマか音大生であって、家族親戚が聞きに来るだろうから満員御礼が読めるということだったようだ。欧米で第九は何度もコンサートにはかかったが、年末だったことはむしろ一度もない。

昔はテレビっ子だったし3ちゃんやFM放送でも大晦日の第九を聴いてた。だからこれを聞くと第2楽章の終盤でもう今年も終わりかあと思いはじめ、第3楽章の中盤あたりで「ゆく年くる年」の行者の火渡りのシーンなんかが頭にジワリと浮かんでくる。第4楽章の歓喜の歌が過ぎたあたりになると時計を見てウンあと15分かと心のカウントダウンが始まり、そして恐るべきことに、画面いっぱいに映し出されたどこぞのお寺の鐘を和尚がゴ~ンとつく音が浮かんでくるのである。

なんじゃこりゃあ?

4月に聴いても9月に聴いても除夜の鐘がゴ~ンだ。パリで聴いてもウィーンで聴いてもゴ~ンだ。かんべんしてくれ。こうやって僕はいっとき第九が大いに苦手となった。聴くときは昔流儀とイメージが被らないように、新奇なところに耳が行くベーレンライター版を選んで聴いたりした。第九のブログを書いたあたりまでは少なくともそうだった。

ところがわりと最近、ヨゼフ・クリップスのCDを聴いて非常に感動したのだ。これはおふくろの味だと。そして3月17日にこう書き足すことになった。同じ文章で申し訳ないが再録する。

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ヨゼフ・クリップス / ロンドン交響楽団

08_1104_01 (1)クリップスはJ・シュトラウス、ハイドン、チャイコフスキーなどに記憶に残るレコードがある。この第九は、一言でいうなら、僕の世代が昔懐かしい、ああ年の瀬のダイクはこういうものだったなあとほっとさせてくれる雰囲気がある。アンサンブルは甚だ雑駁だが何となくまとまっており、ほっこりとおいしい不思議な演奏だ。それはテンポによるところが大きく、とにかく全楽章やっぱりこれでしょという当たり前に快適なもの。管楽器、ティンパニがオン気味だがどぎつさはなく、歌は合唱の近くにマイクがあってまるで自分も合唱団で歌ってるみたいだ。そのうえソロ4人がこんなに一人一人聞きとれる録音は珍しいがこれが音楽的に満足感が高く、なんとはなしにオケ、合唱と混ざっていい感じになるのも実にいい。ぜんぜん知らないソプラノだが音程はしっかりして僕の基準を満たす。5番の稿にも書いたがベーレンライター全盛の世でこのCDを耳にすると、1週間ぐらい海外出張して戻った居酒屋のおふくろの味みたいだ。練習で締め挙げた風情や、うまい、一流だ、すごい、という部分はどこにもないが、本物のプロたちがあんまり気張らずに自然に和合して図らずもうまくいっちゃったねという感じ。しかし全楽器の音程がよろしく、フレージングの隈取りも納得感が高く、耳を凝らして聴くと音楽のファンダメンタルズの水準は大変高い。指揮のワザだろう。こういうのを名演と讃えたい。

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今も聴きなおしたが気持ちはいささかも変わらない。クリップスの1-8番は僕には生ぬるいが、どういうわけか9番だけ琴線にふれるのだ。このなんとも快適なテンポと味付けは僕らがなじみ始めの頃にウィーンなどで普通にやっていたものと思う。だからだろう日本人の演奏もこれに近かった。クリップスはロンドンのオケで普通にそれをやり、普通なのは第1楽章で一生懸命弾いているが弦と金管のアンサンブルが甘かったりホルンが二度もとちってるのでわかるが、それでもうるさい客を黙らせるオーソリティーを感じる。

クラシックがクラシック足り得るのは僕はこういう演奏によると思っているのであって、フルトヴェングラーのバイロイト盤みたいにコーダを超音速でぶっ飛ばしてエクスタシーをあおったり、メンゲルベルグみたいに急ブレーキでのけぞらせたりしてくれなくても、ベートーベンの天才のみで僕らは十二分に究極の音楽的満足を得られると思う(終楽章の入りだけピッチがゆれるがこれは我慢)。

ゴ~ンはないの?ある。でもそれもふくめておふくろの味になってしまった自分がいるということのようだ。

 

 

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