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チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(3)

2019 JAN 6 13:13:24 pm by 東 賢太郎

エーリヒ・クライバー / ケルン放送交響楽団

この演奏のどこがどうのと言っても始まらない。音質もモノラルで良くない。1955年3月、クライバーが世を去る1年前の壮絶な記録で、ライブゆえ第1楽章で弦が乱れファゴットが音を間違えているが、そういうことをうんぬんすべき演奏ではない。アゴーギクの大きさは金輪際聴くことの能わぬもので、名優の一期一会の悲愴に組み伏せられる思いがする。これを初めて聴いて、まったくもって圧倒され眠れなくなったのは終楽章コーダのVnの血のにじむような慟哭だ。凄まじいばかりで、こんな胸をえぐられる音は他に聴いたことがない。スコアにチャイコフスキーが封じ込めた情念はこうだったかもしれないと何度も聞き返した。真に有能な指揮者がいかなるものか、古い録音を忌避していては永遠にわからない(総合点:5)。

(付記:終楽章コーダのVnをよくお聴きいただきたい。最初のシを「タータ」と弾かせていることを!これは第2楽章中間部のリフレーンであり、チェリビダッケはここにティンパニを加えることで同じ趣旨の主張をしているのである)

 

エーリヒ・クライバー / パリ音楽院管弦楽団

こちらは1953年のスタジオ録音だ。クライバーの悲愴というと一般にはこっちのことをいう。技術的に破綻はなく録音もこちらのほうが良い。しかし、同じ指揮者と思えぬほど何のこともない演奏で、終楽章コーダのVnは「タータ」でなくスコア通り。第3楽章の2度目のマーチは55年盤も減速するがこちらは直前でやや加速してから落とす。コーダでのテンポ操作も恣意的に聞こえる。この程度ならもっと良いものがいくらもある。ここから上記盤までの2年間に何があったんだろう?(総合点:2)。

 

 

ヤッシャ・ホーレンシュタイン / ロンドン交響楽団

1967年5月17&18日 ロンドン。キエフ生まれのユダヤ系ロシア人、ホーレンシュタイン(1898 – 1973)の録音はオーケストラに恵まれず実力の割に印象が薄いがこの悲愴はLSOを得てそれがない。一聴すると何もしていないオーソドックスな解釈に聞こえるが、実は読みが深い。通常は第1~3楽章に束の間のロマン、安息、華やぎがあるがここではそれをそぎ落としてむしろ鎮静が支配し、時折響くティンパニが暗さを暗示する。第2楽章中間部のあえて味つけのうすいリズムの単調さは葬儀さながらで、第3楽章の遅めのマーチはマーラーの軍楽隊のカリカチュアを連想させ、終結部は僕には死にゆく(自殺だが)自己の運命への嘲笑にきこえる。終楽章は的確なプロポーションを守り、テンションと絶叫で無用にあおったりしない。これによってコーダ主題は実は終楽章第2主題が短調に化けたものであり、この交響曲はソナタ形式が再現部で中断してフェードアウトで終わってしまう異形の構造なのだという強いインパクトが残るのである。それが自身の死を暗示したメッセージであるという。何も考えてないムードで流すだけの演奏とは雲泥の差。ホーレンシュタインの研ぎ澄まされた知性の証だ(総合点:4.5)。

 

テオドール・クルレンツィス / ムジカエテルナ

古楽器(風)演奏がロマン派、近代まで進出して久しいが、そのフロンティアは今どこなんだろう?ヘンツェがBPOを振ったステレオ録音があるのだから1960年以前ではあるだろうが不明だ。それも、オーセンティシティの由来が楽器なのか奏法なのか解釈なのか?釈然としない。どうも、新興のEV対策でトヨタが仕方なく出したハイブリッド車みたいな感じがぬぐえない。あるいは羽田空港国際線ターミナルにある「日本橋」の縮小レプリカや、「江戸東京博物館」の類だ(あれはあれで面白いと思うが)。チャイコフスキー指揮の初演の録音なら何十万円払ってでも聞いてみたいが、その頃の楽器ですよ、当時の奏法は研究によるとこんなでした、解釈はまあだいたいこんなんじゃないでしょうかね、なんてものを、学者や演奏者が何日かけてまじめに検討しようが、僕は新風として受け入れるほど音楽においては柔軟ではない。これが古楽器なのか古楽器風なのか、古楽器演奏の思想やエレメントを包含した何か新しい現代オーケストラ演奏なのか、僕は興味も知識もないので不案内だが、聞こえてくる音以外には何もない。ずいぶんおお真面目に考えた風情はあり、元気のいい演奏とは思うが、聞いた後に何も残らない。そんなことよりもっと大事なことがこの曲のスコアには書いてあると思う(総合点:1)

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の聴き比べ(4)

 

 

 

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