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ハチャトリアン バレエ「ガイーヌ」

2024 MAR 10 1:01:11 am by 東 賢太郎

長年の経験から文化としての料理と音楽を俯瞰すると、その二つは各民族ごとに “感性の奥深い処” でつながっていると思えてくる。音楽に民族性があることは音階や和声で即物的に指摘することができるが、音楽と料理となると万人が納得する例示は無理だ。もはや感性でいくしかなかろう。

両者がつながっていると考え始めたのはスイスに居住していた頃だ。住んだのは本社のあるチューリヒで、ここはドイツ語圏である。かたや支店がジュネーブとルガノにあり、各々フランス語圏、イタリア語圏だ。数えきれぬほど出張するのだから3カ国にまたがって住んでいたようなもので、仏国、伊国の料理にどっぷりつかって過ごすうち、これを食べて育てばあの独逸人とは気が合わないだろうなあと漠然と思うようになったのだ。ブラームスとラヴェルとヴェルディが似ても似つかない。むべなるかなだ。

独仏伊が陸続きで数百年も隣りあっていながら混じり合っていないのは驚くべきだ。それほどに民族性というものは根強い。だから戦乱の歴史があったといえばそれまでだが、教室で習った当然を当然と飲み込んでしまう理解は導き方を知らない数学の公式を丸暗記するように応用力がない。民族性の根強さというものは、いくら庭に花を植えて綺麗に整えようと、刈っても刈っても芽吹いてくる雑草のように強靭だ。食文化も音楽文化も民族の生命力の賜物であって、それ以来、僕はどの国でもそれが法則のように当てはまると考えるようになった。

クラシック音楽はキリスト教の教会で芽吹いたから、その文化圏が土壌の “はず” である。そんなことはない、アジア人演奏家の進出は目覚ましいではないかと思われる人も多かろうが、ここでいう土壌とは現代に頻繁に「演奏」され愛好家が多くいるという意味ではない。「作曲(創造)された」という意味である。世界中が知っている楽曲の「原産地」のことだ。トマトはアンデス山脈、ナスはインド、大根は地中海の野菜だと述べているに等しいと思っていただきたい。

では現実論としてそれがどこで芽吹いたかというと、ほぼ「EU加盟国とロシアで」と言っていい。EUにスラブ民族国家ロシアの名がないことは民族性の根強さの証明だ(だからウクライナがどちらにつくかで戦争がおきている)。そのロシアも「原産地」であるのは正教会もキリスト教の分派だからだ。ローマ帝国が東西に分かれ、クラシック音楽はローマ文明と命運を共にしつつもキリスト教文化圏が土壌であることは揺るがなかった。ソナタ形式、作曲理論等で抽象化されたクラシック音楽は宗教を介して民族を超えたという意味で例外を作ったが、それはロシアの「食」の西欧化も貴族までだったように、民族の普遍的な現象ではなかった。

旧稿に我がローマ好きにつき述べた(唐の都、長安を旅して考えたこと)。その人間がクラシック好きであっても論旨に矛盾はない。一方の「食」のほうでも、僕はユーラシア食文化に違和感がなく、初めてなのに和食より好みと感じる場合すらある。そうした観点からすると、家系図をどこまで辿ってもまぎれもない日本人なのだが、「日本列島発祥の人類は今のところ見つかっていないので我々は誰もがいつかどこからか渡来しているはず」という理屈を前にして自分は何者でどこから来たんだろうという思考を止めることは難しくなる。シルクロードへの強い関心はそこに発している。

クラシック音楽の創造をシルクロードという視点で見ると、ユーラシア大陸の東淵はカスピ海、南淵はトルコあたりだろう。その東と南の端っこにアルメニア共和国はある。ノアの箱舟が大洪水の後に流れ着いたとされるアララト山があり(現在はトルコ領)、ティグリス川の源流が発する。イスラム圏(ペルシャ)と接して濃厚な影響を受けており、蒙古に襲撃され、トルコに侵略され、20世紀にはソビエト連邦に編入されるという限りなく複雑な歴史を持った国だ。しかし、クラシック音楽の創造という点は道理がある。なぜなら、アルメニアは世界で最初に公式にキリスト教を受容した国家だからである。

とはいえ最も辺境であるこの国から、他に類のないユニークな語法によって、和声音楽でありながら空前絶後のインパクトを与える作曲家が現れた。アラム・ハチャトリアンである。ヴァイオリン協奏曲は僕の愛聴曲だが、このアルメニア・ダンスの3分55秒(3拍子のところ)は同曲の第2楽章を容易に連想させる。

この非キリスト教的な響きの音楽文化から2つの傑作バレエ「ガイーヌ」「スパルタクス」を産み出したハチャトリアンの才能は未曾有だ。音楽の教科書級の作曲家を生んだ国で「一人だけ」は意外と少ない。シベリウスのフィンランド、グリーグのノルウェイぐらいだ。一国の歴史上ひとりどころか周辺国のジョージア、アゼルバイジャン、トルコ、イランをいれても史上ひとりだから如何に破格かがわかる。

彼の音楽の「辺境性」はバーバリアンで強烈なリズムの使用がよく挙げられるがそれは中学生でもわかる。むしろ、三和音による和声音楽なのにドミナント(D)からトニック(T)の解決がほとんどないことに耳が行く。ヴァイオリン協奏曲の終結など初めてのころはどうしてだろうと不可思議だったほどで、ストラヴィンスキーの音感覚に近く、逆にD-Tが調性設計の骨格であるチャイコフスキーとは対極にある。活躍した時代(1930~60年)からすれば擬古的に違いないが、音楽にも進化論が適用されるという考えを捨てれば非常にユニークで魅力的な作曲家である。

ハチャトリアンはアルメニア人の両親のもとにジョージアで生まれコーカサス民謡を聴いて育ったという。現代版がこんなものだろうか。

一見すると優雅だが、執拗に裏で鳴り続けて駆り立てるような8ビートのリズムはそのままのテンポで「剣の舞」になる。

この曲、たくさん聴いたが、安全運転なのか遅い演奏が多い。ほとんどが遅い。なんだそれは熊踊りかみたいなのもある。この演奏、黒海対岸の国ブルガリア(ソフィア)のオケだがこうでなくてはいけない。打楽器、とくにティンパニストの女性の熱演が映らないのはとても残念だが見事な叩きっぷりは最高に素晴らしい。このテンポで踊れるのかというと、踊れるのだ。この全曲ビデオの2:09:14をご覧いただきたい。

youtu.be/s9jbn27wIew?si=bGlNND0gPiozcHVN

時間がない方は1:51:10からの第3幕だけでも。アルメニア国立歌劇場でオケはマリインスキー劇場管弦楽団。最高だ。ビデオは2014年で、この年、黒海ではロシアによるクリミア半島併合が強行された。

このバレエ「ガイーヌ」はぜひ劇場で観たいが機会がない。行かないと無理なんだろう、早く戦争を終えてくれと切に願う。

 

 

Categories:______ハチャトリアン

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