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3泊4日で韓国行ってたもんで・・・

2026 SEP 12 0:00:10 am by 東 賢太郎

飛行機は7年乗ってない。元から嫌いなうえパニック障害ありで、よくそれで海外部門がつとまりましたねと不思議がられる。思えば証券界でそんな人間は見たことないし、むしろ好きな連中が多い。昔のパスポートを全部引っ張り出してみると、乗ってる乗ってる、全部のページに所狭しとイミグレーションのスタンプが押してあって気が遠くなり、数える気も失せた。最後はオーストラリアのケアンズだ。 10時間ぐらいかかるが、娘が一緒だったのと、ナイトフライトだから酔っ払って寝ちまえばいいと思い切ったのだった。

この度乗ったのは、野村証券のロンドン仲間との韓国旅行だった。ソウル、済州島だからフライト時間は短いものの3度も離着陸があり心やすくはない。仕事は立て込んでいるがこの仲間はことさらの戦友だ、楽しくないはずがない。よし飛行機は我慢して行こうと決意した。こういう場合、僕には問題が2つある。ひとつ目が荷造りだ。たった3泊なのにあれもこれも必要となって収拾がつかず、最後は必ず家内にお任せになるのだが、ロックした後もあれ忘れてないかこれあるかなと心配でならない。綺麗に整ったスーツケースは行った先で開くとめちゃくちゃになり、翌日戻そうとするが、何も増えていないにもかかわらず、入らないのである。

ふたつ目に集合時間というのがある。出発は羽田9:20だがカウンターが混むから7:30に来いとラインが来た。過去の習性からこれは僕を念頭に置いてると思われる。現地においても、ホテルの部屋で各自が休憩して昼食は何時、バスの出発は何時なんてのがガイドさんから伝達されるが、覚えてもすぐ忘れる。そこは長年のことだから心得ていて、手元にある適当な紙片に場所と時刻を書き留めるのが習慣化しているのだが、休憩中にいざそろそろとなって部屋でそれを探すと、紙片が見つからないのである。せっかく整えた荷物をまたひっくり返し、やがて思いもよらぬ所で発見して記された時間を見ると、たいがいが今でしょなのだ。

3泊4日のスケジュールで一番心配だったのは体重である。 79キロだったのがダイエットで74キロになってる。現地で出されたものは残すと失礼だし、それ以外のものは口にすまいと肝に銘じたがいきなりチョンボをしてしまった。朝7時半なんて早朝に出てくることは年に何回もなく頭がボーッとしており、ラウンジで「JAL名物です」と勧められたカレーをうっかり食べてしまった。機内に入ると大韓航空のビジネスは2-2-2でセミファーストのスペース感がなかなかよろしい。これで2時間、パニックは大丈夫そうだと安心すると、そういえばKALのビビンバは旨かったなとランチに注文し、完食してしまった。

もう10年近く行ってないインチョン空港にランディングした。何度ここに来たことか。色々あった。目の前に走馬灯とはこのことだ。ソウル市内で調印した契約書の不備を見つけ、作った韓国の弁護士の目の前でビリビリ破り、ビビった彼はここまで見送りに来たっけ。なんて野蛮な人間だったんだ、悪いことしたなぁ元気かなあいつと考えていた。空港のレイアウトはずいぶん変わっていて中国からの便も着いたり大混雑だ。やっとイミグレにたどり着いたと思ったら、「やばい入国カード書いてないぞ!」と前の仲間が騒ぎ出す。僕が書いてるはずない。おい参ったな、いらなくなったのかと思ってたよ、あるのも忘れてたよ、ペンねえか、まあいろいろ声はあったがまるで施設の爺さんの慰安旅行である。

到着口で何人かが出迎えてくれ、ミニバスに乗るとスハドンなるソルロンタンの店に着いた。何とランチだという。まいった。カレーにビビンバときて昼時にして3食目だ。ところが名店の威力はおそろしいもので食べられてしまうのである。蚕室(チャムシル)のロッテワールドタワーまでは半端でない渋滞で1時間半かかった。日本語ペラペラのガイドさんに「ロッテワールドタワーは123階建てになっております。ホテルはその中にあるシグニエル ソウルでございます。90階のお部屋を用意しております」と言われ何も考えずにはいと言ったが、エレベーターに乗ってもなかなか到着しない。そうか池袋のサンシャインのてっぺんから30階も上なんだ。

ロッテワールドタワー

部屋から外を見るとこんな感じで、こいつはその昔、マンハッタンでエンパイアステートビルから見てぞっとふるえあがった景色だ。

お子ちゃま連れのファミリーにとっては、すぐ隣にディズニー風の遊園地であるロッテワールドがあるから最高だ。僕らも連れて行かれ、 7月にオープンしたアトラクション「ゴジラ x コング: THE RIDE」をご体験くださいということにあいなった。(帰国して探してみたがオフィシャルトレーラーはこういうもので、撮影厳禁らしく我々が体験したものとは違うしyourubeにもなかった)。

こいつはおすすめだ。アメリカで流行のイマーシブというやつで日本語では没入型エンタメなんて呼んでる。大人だって爺いだって「没入」できるが低学年の子にはちょっと怖いかなぐらいのところだ。学生時代にアナハイムで初めてスペースマウンテンに乗った時の怖さに似てるかな。ロッテワールドは入場料6700円とのこと。これも含めて乗り放題はリーズナブルだろう。

6時頃になって、いよいよこの日の4食目!である。国賓をお連れするという三元ガーデンなる老舗は予約が取れないので有名らしい。高級な韓国料理は小皿の数がすごい。自分で注文しないので何が出たのかよくわからないが、野菜が多いので満腹にならない。僕は韓国料理は食べたことないものはほとんどないが、ここは食材も調理法も味付けも普通じゃない、とにかく何を食べても美味である。アックジョンにある。ソウルに行ってここで食べないのは意味がない。

この旅行に特別の理由も秘密もない。なんで招集がかかったかも知らない。幹事のKから「来れますか」とラインが入っただけだ。入社年次の幅が8年ある8人。ロンドン会と名はついてるが利権があったりいやらしいサラリーマンの寄り合いみたいなものは微塵もない。全員がお互いを深く深く知っている。それも昨今がどうのではない、僕が30代の前半だったロンドンの1984年から90年あたり、同じ職場で日々ピリピリしながら早朝から夜中まで毎日100億円のノルマをこなしていた全盛期の野村證券トップの営業軍団だ。ということは証券界のトップ8でありマーヴェリックだとここに書いて反論できる者は1人もいないだろう。たとえは古いが、V9巨人軍のレギュラーメンバーだけのOB会みたいなもの。ちなみに8人のうち5人は上場企業役員経験者、 2人は企業グループオーナーである。

翌日になった。日本はずっと雨の予報でたぶん台風の余波は韓国にも来るだろう。済州島のゴルフはだめだなと諦めていた。ソウルから1時間15分の大韓航空で到着すると、何のことない快晴だ。でも明日は読めないから晴れてるうちにプレイしちまおうと予定を変えてもらった。スカイヒルCCは米国のゴルフコーストップ100のうち13のコースを設計したロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニア設計の名門コースである。「いきなり今日やらせろ」なんて馬鹿野郎ものだが、それが難なくできてしまう。「世の中って不公平にできてるよな」、辛口ジョークのIさんが笑わせてくれる。それはよかったのだがここで僕は異変を察知する。パットが入らないのだ。グリーンがどうの芝がどうのではない。18ホール中ワンパットはなんと1度きり、あとはほとんどスリーパットの111。こんなの人生初で、ははあ俺はガチャ目なんだと気がついた。右目はなんとなく曇っていて距離がおかしい。眼医者行けといわれるが行ってる。まあショットもめちゃくちゃだったから下手になってるだけかもしれないが。コースに「申し訳ありません」と頭を下げた。こういう時いつもそうする。元高校球児だからグラウンドに入る時と出る時は礼をする。僕にはゴルフの神様と野球の神様がいるのだ。コースは何もしない。悪いのはいつもお前だよって言われる。

クラブハウスでもらったロッカーのナンバーが226だった。神様の啓示かな、気になるな。そう、これを書いてる今日は911だ。あの日、赤坂のチャイナクラブにいて、日本語カタコトの女の子がすっとんできて「飛行機がペンタゴンに落ちました」なんて言う。はっ?お前なに言ってんの?大丈夫か?でも周りの席もザワザワしだしたのですぐタクシー呼んでの家に戻ると家内も大変よだ。226ってのはそんな感じか。そうか、これか、パット入んなかったの。ホールアウトして、ホテルは近いからシャワーはそっちでとなった。ロッカーめがけてつっ走った。なぜかというと、とにかく僕は幼稚園の頃から着替えや荷造りが遅いので有名だったのだ。人の2倍はかかる。手が不器用。どんくさい。ビリでなかったことはない。ロッカーの暗証番号を忘れて騒ぎになるぐらいのことは日常茶飯事だが、それだけは助かった。226のおかげだ。

翌日も済州島はあっけらかんと晴れだった。日本は集中豪雨らしい。まあ俺は晴れ男だからねというと、俺も俺もである。これだけ傲慢な人が集まると雨も逃げるのだろう。「今日もやるか」。長老の超アクティブな提案は多数決で却下された。みんな足腰が疲れて観光の方がよかった。それではと準備してくれ、小学生の遠足みたいにミニバスに乗り込んだ。「済州島はあんまり台風来ないんですよ」とガイドさん。「そうか、じゃあ9月はまた来るべきだね」「カジノで勝てば旅費も出るからね」。証券マンは常にオプティミスティックだ。僕は海岸のテラスでワイン飲みながらぼーっとしてミステリーでも読んでたいな、一週間ぐらいと思ったが口にはしなかった。

バスは島の南側を東へ1時間ぐらい走る。お昼は地元のおばあちゃんがやってるカルチワンというローカルな郷土料理店だ。島の名物である太刀魚料理が売りだ。こいつは房総半島の方で釣ったことがある。「夜明け直前の15分ぐらいしか食いませんから」と言われ多少の釣果はあったが、確かに日の出とともにパッタリあたりが消えた。持って帰ったがさばけないのでもったいなかった。本場の塩焼きとご飯で食うと、ちょっと骨っぽいがうまい。あてのキムチが4種類も出てきて味が違うから飽きが来ない。赤くないやつが酸っぱくて格別においしい。乳酸菌発酵はまちがいなくお腹にもいいだろう。こういうのは都会でなく田舎の知恵であり、そこに来てリアルに味わえるなんて貴重な体験だ。ソウルの洗練に対する素朴。どっちがいいかなあ。

「済州民俗村」は昔の漁村を再現したものだ。そういや小学校のとき修学旅行で明治村ってのに行って、なんにも覚えてないが結構いいなと思った記憶だけある。そんな感じか。海が近いので海女さんがもぐって魚貝を取ってきて、人間のこやしを豚が食ってその豚をまた人間が食った。海のエネルギーを人と豚でリサイクルしたってわけだ。なんのてらいもない素朴さがいいなあと大好きになった。女性が強いんだろうけど、やさしそうだ。泥棒もいないらしい。島だからすぐ捕まるってのもあるが、そんな悪人いないんじゃないか。だって昔にここに生まれて育ったら悪だくみして人の富をかすめとろうなんて思わないよ。

日本もこうだったんだろうなとほのぼのした。韓国語は全然わかんないけど、語感やイントネーションはそっくり。ちらっと聞こえてきて、あれ日本人かな、と思うほかの外国語を僕は韓国語以外にひとつも知らない。写真の女性はお人形さんだろうけど、ぜったいにやさしいな。

島の最大の観光地はこれらしい。城山だ。韓国本土にも火山由来の地形はあるらしいがここは顕著だ。 5000年前に噴火でできて180m。登れるらしい。

ちょっと疲れてる。ガイドさんたちが気を利かしてくれて近くの広々したモダンな喫茶店にしけこんだ。 若者ばっかりで爺いの遠足が入ってくのは気が引けたが、お付きの皆さん、スケジュール外のことも交渉してくれたのか奥まった席にゆったりと陣取れたのである。コーヒーで30分ぐらいリラックスしただろうか、これからホテルの方に戻ってクルージングですという。

といっても大きめの幅でマストのついたヨットみたいので少しだけ沖に出る感じのようだ。風が強いのか、揺れが半端じゃない。波でせわしなく1m以上ギッコンバッタンあがったり下がったり。立っていたほうがマシ。膝を使ってスキーのスラロームでこぶをなめてる感じで揺れを吸収していると酔わない。座ったまんまで船と一緒に揺れてちゃダメです、そうした方がいいですよと声をかけるがみんないうことを聞かない。やがて船酔い組が出てきた。それ見たことか。やがて船は沖に出たんだろう、釣り竿が 5、6本出てきてみんなで糸を垂らす。おんなじようなことをミクロネシアのチューク島でやってオケラだったよな、餌もついてねーしここもそれだろ。

2、30分トライしたものの案の定である。すると我々が飽き飽きしてきた雰囲気を察したのだろう、船員のお兄ちゃんたちがやおら動き出し、まな板に包丁で何やら魚をさばき出した。あれ、彼らが釣ってくれたのかな?「どうぞ食べてください」。船室の中に入ると大皿に白身の刺身と醤油が用意されてるではないか。「これなに?」「ひらめです」長老がちょっと苦にがしげに口を開いた。「東、スーパーで買ってきたやつだよ」

ひらめは美味だった。「あいつら手あらってねえからワサビたっぷりつけろよ」。先輩方は引いてしまったもんだから僕が半分ぐらい食った。乗り物酔いはしないし、少々のものを食べても平気。胃が強いんだろうな。

いよいよ最後の晩餐だ。済州島のもうひとつの名物、黒豚のサムギョプサルである。あまりにあれこれ我が儘で予定を変えたものだから、お店の予約はしてなかったらしい。この辺いちの人気店と聞くトンサドン西帰浦店に着いたが満員みたいだ。どうなるんだろう。しばらくして女主人にどうぞと招かれ中へ入ると、 奥まった部分のテーブルががら空きだ。「貸切ってくれたみたいですよ」とYがささやく。さすがにすごい政治力だ。着席するとすぐ、一辺が 20cm以上ある立方体の肉塊が運ばれてきて、これをお料理しますと見せられる。それを網の上に置き、サイコロに切り分けてくれる。同じ網の上にアワビとニンニクをつけたオイルも乗って熱々になり、それにひたして肉を食べる。至福の時とはこのことだ。

今回は贅沢をさせていただいた。時間をかけたのはゴルフだがそれがメインだったというわけでもなく、とにかく朝昼晩8人が揃ってあーだこーだやる。当時のもっと上の上司ネタなど大人気だ。「Xさんとアムス外交に行くとさ、ホテルの前に直行するのよ、でも部屋がひとつしか空いてなくてさ・・・」なんて具合で、えっ?あの泣く子も黙るXさんがですか!!なんて具合で大爆笑で盛り上がる。

みんな気持ちはあの頃だ。とにかく朝早くに課長が決めた100億円をその日の夕方までに全部売り切らないと家に帰れないのだ。皆様には何のことやらさっぱりわからないだろうが、シティーの並みいる機関投資家連中が血眼で巨大な日本株ポートフォリオを組み始めた時代だ、彼らに100億円の株式を売りさばくなど驚くほどのことでない時代だった。「今日はKのおかげで助かったな、早く帰って久しぶりに女房とメシ食おうぜ!」なんて涙ぐましいことになるわけだが、「全部売り切らないと帰れないんだよ」といくら口酸っぱく説明しても、一般の人である奥様方には誰も理解されてなかった。

各人の売り上げは営業場の奥にあるホワイトボードに都度都度に書き出される。今日誰がどの株をいくら売ったか一目瞭然なのだ。出来が悪いと「馬鹿野郎何やってんだ」と上司に万座で罵倒される。シティは狭いから訪問セールスもする。帰社すると「どうだった?」と注目される。電話セールスがうまくいって決まると、自分でホワイトボードに銘柄と株数を書き込みに行く。お昼までに何も出てない日などほっとする。お客さんは英国人だから18時には帰宅する。それまでにオケラだと針のむしろだ。そういう日が続いてしまう人はだいたい次の定期異動でロンドンからさよならだ。ノイローゼになってしまった人もいるし、半年で別の部署になんてこともある。プロ野球の一軍ベンチさながらであった。

ということで、昼間にワンショット100億級の注文を取れば満塁ホームランだ。夜の10時を過ぎてまだ残っていると全員がお客さんの自宅に電話をして買ってもらう。これはスクイズだ。とにかく何でもいいのでやり切れば全員が解放されて帰れる。だから最後の1点をもぎ取ったのが最年少だろうがなんだろうがヒーロー。サンキューベリーマッチで電話を置くやいなや全員がスタンディングオベーションだ。でも明日はまたゼロからやらなくてはいけない。これを毎日毎日、 5、6年も一丸となってやった。常に新しい情報を仕込まないとオックスブリッジ卒のお客さんに相手にされない。常に勉強だ。辛いこと8割、でもホームランを打ったりヒーローになったりで2割は格別に誇らしい快感も味わえる。

野村証券だからといって全社がこんなだと思ったら大間違いだ。国内の連中にこの話をしても誰もわからない。海外に出たことない奴は海外は遊ぶとこだと思ってる。そんな奴らと同じ土俵で評価されるのは不愉快極まりなかったが鍛えてもらったこっちは70になっても職があり奴らは年金生活者だ。元オーストラリア大使の山上信吾氏のご著書を読んでいたらまったく同様のことが熱く語られている。大使に一度も出ず本省キャリアだけで政治家に媚を売って事務次官になる奴が続出してる。これを馬鹿野郎と言ってる。わかるわかる。同じ気持ちで僕も飛び出してみずほ証券へ行った。当時の野村から見れば銀行系証券は野球なら独立リーグみたいなもん。でも今やみずほ証券は立派なプロ野球球団だ。実に痛快なことである。

以上が事実だから自慢でも何でもないし、ただのファクトだから自分史を書こうと思ったら書かざるをえない。こんな素晴らしい旅行をさせていただけるのも、ご指導ご鞭撻を頂いた大先輩がたのおかげである。いただいてるご恩の方がお返ししたよりずっと多いからもっともっとやらなくちゃいけない。人と人の関係は人の数だけあるが、僕は人との出会いに恵まれてたと思う。なぜならこんな人生を歩める能力なんか自分にはないからだ。ロンドンにいた頃はこれは実力だ、俺は能力あると疑ってもいなかった。あのまま勘違いしてたら人生終わってた。それに気づいたのは失敗して天狗の鼻をへし折られたからだ。失敗はチャレンジしたからあった。そしてチャレンジは自信があったからやったのである。「禍福はあざなえる縄のごとし」とはよくいったものだが、自信と失敗もまさに縄の如しだ。若者は自信過剰ぐらいでちょうどいい。

ではその逆だとどうなるか?なんにも自信のない人はなんにもチャレンジしないから失敗もしない。失敗しないことを是とする文化からは何も生まれない。「失敗したらどうするんですか?」「やってみないとわかんないだろ?」僕はそれで人生を渡ってきた。我が母校にこういう人物は少ない。当然だ、失敗しないほど勉強したから合格してる。そのかわり遊んでない。女も知らない。役人は金もない。そういうのが人生の損失を取り戻しにいくから裏金に手を染めハニトラに引っかかるのである。先日も、警察庁サイバー警察局サイバー捜査課長が捜査費をくすねて詐欺と背任、偽造有印私文書行使の容疑で東京地検に書類送検され懲戒免職になった。女に貢いだらしい。たった170万円で人生めちゃくちゃ。エリートの何が間違ってた?学生時代に思いっきり遊ばなかったことだよ。

楽しい時間は終わり、いよいよ成田にランディングした。雨だ。あれだこれだメールが入ってる。浦島太郎が帰ってきた。成田エクスプレスのチケットを買おうと列に並んだら、何国人だか知らないがヤンキーっぽい若いカップルが何をクレームしてるんだかいっこうに窓口を立ち去らない。おい、こっちは並んでるんだよ、あと10分で44分発が出ちまうんだ、逃すと1時間も待つんだよ。イライラする。窓口の若い女性がこれまたバカ丁寧に笑顔で対応なんかしちゃってる。ガイジンさんオモテナシのマニュアルでもあるのか上司の指導なのか、それ作ってる役人も外人の扱いなんかなんにも分かってねえんだよ、勘弁してくれよ、こんな奴らおとといおいでで蹴散らせよ。

本当にいい国だ。阿保の外人でもやさしく大目に見てくれる。俺に気があるのかぐらい思いっきり勘違いしてテイクアドバンテージするなんて当然だろ。人が食い殺されてるのに熊がかわいそうだって奴らと同じだ。オモテナシはやめろ。日本人は江戸時代から進化してない。カタナ捨ててチョンマゲ切って似合いもしない背広着てネクタイ締めてるだけだ。美しい日本を守ろうなんて頑張らなくても、100年たっても変わんねえから大丈夫だよ日本は。むしろ、こんなに俺たちが無理難題ふっかけて困らせてるのに、なんでブチ切れねえんだあの窓口の女?ってほうがいいかもしれない。不気味だからね。

Categories:______海外出張記, 旅行

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