Sonar Members Club No.1

カテゴリー: 若者に教えたいこと

若者のための政治講座(カレーの術)

2021 MAY 14 1:01:54 am by 東 賢太郎

僕が学生のころ、論述式の試験問題にお手上げだった学生が苦しまぎれに「美味しいカレーの作り方」を書いたら単位が貰えたというまことしやかな話があった。「その問題はさておき、美味しいカレーの作り方を書きます」という書き出しでレシピが書かれていて、教授はその解答者に「可」を付けたという。

世の中には懐の深い教授もいるかもしれないと思わせる話だ。零点よりましというねばり腰はビジネスには向いていると思うが。

「その問題はさておき、美味しいカレーの作り方を書きます」

は実社会でも使われている。ポイントは「その問題はさておき」は言わないことだ。むしろ、いかにもその問題について答えているような顔をしつつ、関係ないことを堂々と言う。これを「カレーの術」という。

利点は2つある。

①目くらまし

相撲の技なら猫だましだ。野球だと超スローボールだ。フランスのド・ゴール大統領が「お前は国をまとめる力がない!」と議会でつるし上げられ、「諸君はフランスにはチーズが何種類あるかご存知か?246種類だ。どうしてそんな国がひとつにまとまるんだ?」とかまし、きりぬけた。

②レッドへリング(燻製ニシン)

臭いニシンで猟犬を迷わせることから出た呼称。ミステリで読者の注意を真犯人に向けさせないためあえて別の人物を怪しげに仕立て上げ、いかにも筆者が重要な手がかりと考えているかのように書いて注目させる(実はどうでもいいことだ)。W・アイリッシュの作品に最後の最後までサスペンス溢れるストーリーが展開して実に手に汗握るが、真犯人がわかるとそれは実は膨大な長文の「ニシン」だった、ぜんぜんどうでもよかった、ああ騙されたというのがある。

以下に実例を示す。

【その1】

〈問い〉

緊急事態宣言の期間を11日までの2週間余りとした当初の判断は妥当だったか?

〈答え〉

(その問題はさておき、美味しいカレーの作り方を書きます)

「人流の減少という所期の目的は達成できた、そう考えておるところです」

 

【その2】

〈問い〉

夏に感染が悪化していても五輪は開催するつもりなのか?

〈答え〉

(その問題はさておき、美味しいカレーの作り方を書きます)

「安心安全な大会が開けるように進めてまいります」

 

【その3】

〈問い〉

多くの人が納得し喜んでくれる状況になることが望ましいので説明を。

〈答え〉

(その問題はさておき、美味しいカレーの作り方を書きます)

「借金でなかったものを返さなかったと末代まで言われては困ります・・・うちは名誉ある家なんで・・悪いのは相手ですし隠し取り録音だってあります・・・(28枚)・・・以上がご説明すべき唯一の問題です」

 

まあ、こんなもんに騙されるほど国民は馬鹿ではない。そういう声が拡散されるネット社会の怖さすら気がついていない。カレーの術はド・ゴールやアイリッシュのような大物がやればサマになるが小物がやれば馬鹿がバレるだけだ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

世の中の謎(安心安全の大会)

2021 MAY 12 1:01:51 am by 東 賢太郎

日ハムの井口投手が陽性になったらしい。去年は阪神、巨人などで国民的に大騒ぎしたのにもはや大した報道もなく試合は何事もなく開催だ。五輪のことがあるんだろうか・・・。

変異株はまったく別物と医師がいう。東京は5月2日時点で英国型が68%に達したそうだ。感染力が7割増しで大坂で1日に55人亡くなっている。東京の数は本当か?僕の周囲でも3人かかった、こんなことはなかった。いよいよ来たかという感じがする。高齢者だからワクチンの紙が来たが、打つのは7月らしい。それって五輪中だろう?

インド型はもっとヤバいと聞く。アジア人の免疫をすり抜ける進化をしたらしい。こんなのが入ってきたらめちゃくちゃになる。国会で蓮舫議員がインド、パキスタン、ネパールからの入国者のデータを質問したら田村厚労大臣が答えられなかった。あの姿を見てぞぞっとしてしまった。現場が大変なのは理解しているが、日本の政治は現場の善意に寄生してるだけだ。緊急事態であろうがなかろうが、もう外に出るのはやめた。

水際防衛策を徹底した台湾、ニュージーランドはほぼ平時に戻っている。こちとら五輪か経済か理由はなんだか知らないが、入れちゃってから大変だと大騒ぎになってなんのことない五輪も経済も危なくなってる。物凄い合理主義的戦略に基づいた反知性主義を世界に率先垂範して推進してるようにしか見えないのだが、それで誰が得するのか、きっと誰もしないと思うんだけど、もうわけがわからない。とどのつまりが五輪やらないと政権も選挙も危ない、小池も危ない、だから安心安全の大会にしますって、安心安全じゃないからこうなってると思うのだが誰か教えてほしい。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

コロナは「税金たかり屋」を駆逐する

2021 APR 28 18:18:25 pm by 東 賢太郎

僕の周囲は平穏だったが、とうとう知人が陽性になった。ショートメールは返してくれるので大丈夫、回復を祈ろうと話していたらそれを聞きつけたY君がイギリスの錠剤を持ってきてくれた。トランプ大統領が昨年12月の選挙中にかかって治したのがこれらしい。コロナは本当に忌まわしい。こっちも大変だが飲食、ホテル・旅館は気の毒でならない。学校も対応が難しいだろうがかわいそうなのは子供たちだ。さらには医療従事者の方々が仕事もリスクも増えたのに病院が赤字でボーナスも満足に出ない。ふるさと納税と同様にそちらに税金を回してくれないだろうか。寄付という手はあるが、どこにすれば看護師さんたちに届くのかわからない。税金の適正な分配こそ政治家の仕事なのだが・・・。

コロナは変異株が優位になった。変異は外国で起きたので日本に入れなければなかったわけだ。去年2月の初動の時もそうだが、我が国は危機の予防に甘く、事が起きてしまってから騒ぐ傾向がある。そして、起きた事にはきっちり、黙々と対応するのだ。なぜ起きる前にそうしないのか不思議だが、予知、予測、予防というものに対して「はずれたらどうするんだ」「世間に迷惑をかけないか」という心理的な予防線でもあるのか、「予防×予防=何もしない」というおかしなことになっている。「状況を見すえながら慎重に対応してまいります」とは事が起きるまで何もしませんという意味だということをすべての国民が学んでしまった。昨年の11月までがそれだった。そうしたら専門家が予知していた第3波が本当に来てしまい、あわててGoToは停止して右往左往になった。

何もしないのだからウィルス様の御意次第であり、それでも死者数は国際的に低かったが今や10万人当たりの数はアジアで1位だ。イギリス変異株への予防策も当初と変わらず微温的だった。緊急事態宣言を出しては引っ込めをくり返し、マンボウは出たがあんまり効きませんでしたという結末は大半の国民が「予知」していたことだった。唯一の救世主がワクチンであることは今や世界の常識だが、契約で縛ってないので来る算段もあんまりついてません、アメリカ行くので社長に電話してみます、でも仮に来ても現場がスムーズに打てるかどうか、前例がありませんのでね、はい、全国民に打ち終わるのはたぶん来年でしょうとなって国民はずっこけているのである。それでいてオリンピックはやります、コロナに人類が打ち勝った証にしますではさすがに理が通らない。

ただ、僕は政府に同情心も懐いている。初めから書いているように、コロナウィルスは正体不明のエイリアンであって、ワクチンと特効薬なくして勝つことは期待できなかった。ということは、首相や知事が誰であろうと「格好の悪い結末」を迎える確率が非常に高かったわけだ。方策は「やってます感」を醸成することしかなく、長引けば長引くほど失政感が出てしまう。首長さんの姿を見るとその対処法は様々だ。当初は大坂の知事さんが抜きんでて輝いていたが変異株の大暴発で彼の株は大暴落した。かたや都知事さんは相変わらずうまい。「ウィルス様は無敵なのね」と本質を見抜き、要所は国に譲って決めさせる作戦に転じた。そして、彼女の回したババをつかんだのが首相という図だ。大変な激務と拝察するし、足元の職務を真摯にこなそうと気概は感じるが、「やってます感」はもっともっと出したほうがいい。

皮肉ではない。ワクチン投与率はアフリカ並みの1%で先の見えない国民にとっては雨乞いだってありがたい。その意味で「やってます感」は精神安定剤としては重要であり、それに日々邁進して下さる政治家の皆さんに税金をお支払いするのは当然だろう。しかしその使途があまりに不透明だったのでツケが回っている。税金がアンリさんの選挙資金だったかもとなるとさすがにまずく、保守王国の広島で与党は想定外の敗北を喫した。公選法違反で片づけなかった広島の有権者の眼は節穴ではなかったわけで「政治とカネ」は来たる衆院選で重要な争点になると予感させる。要は求められるのは税金の「使途明確化」というシンプルな事であり、民主党の事業仕分けは「無用なことに使うな」だったが今回は「私利私欲に使うな」という誠に下卑たレベルのものだ。

思えばこの数年で権力の陰に私利私欲を垣間見ることが増えた。人間は長期に権力者の地位にあると「全能感トラップ」に陥るらしい。私事で恐縮だが、僕は人生で都合19年「社長」と呼ばれている。これに慣れると会社で何でもできると思ってしまう危険があるのはよくわかる。国民最高位の首相ともなれば上は皇室だけだ。自らもそれに擬(なぞら)えてしまう。サクラ、モリカケはそれじゃなかったのかと友人が面白い分析を披露した。そういう人から見れば、およそ税金というものは民百姓から搾り取って空から降ってくる「年貢」であろう。自分で汗水して稼ぐという観念も痛みもなさそうなセレブで名家の人たちだ、それを使う重みも庶民のようには感じないだろう。「税金の使途に関われば強大な利権を得る。周囲の配慮、忖度で身銭をきらずに貴族的生活ができ、私財はいらないから叩いても身からは埃が出ないんだよ」と彼は教えてくれた。

例えばオリンピックだ。懸命に努力してきた選手のためには開催してあげたいと思うが、今やすべての国民だって耐え難きを耐え、しのび難きをしのんで懸命に努力している。万一コロナを案じて来日しない選手が多いならば、巨大スポンサーの為の大会となってそもそもの開催意義が失せるだろう。それでいて舞台裏がカネまみれと見ている国民が多い。小さな大会のはずだったのに誘致の裏金やら競技場やエンブレムの代金やらD社の中抜きやらで税金がじゃぶじゃぶ投入されたイメージがあって、不快感がマグマのように溜まっている。それがジェンダー発言であらぬ方向に大爆発したのが森さん問題だったのではないかというのはその道に詳しい元部下の指摘だ。

それはオリンピックの責任ではなく、多額の公金が動くと「たかり屋」が出没するという古今東西の世の常ということなのだ。たかり屋の特徴は自らは働かないことだ。他人のカネをあてにしてあの手この手の詐術、洗脳、巧言令色、性的支配力を弄してターゲットをモノにし、甘い蜜を吸う。男も女もいるが、男の場合はヒモ、ジゴロで女から巧みに援助やカネを引き出す。女の場合は妾、愛人だが、積極的に攻めるのは略奪婚だ。略奪された妻が自死してしまった国会議員が出た。もっと凄いのは高齢男性を狙い、入籍あるいは内縁関係になって保険金や遺産を根こそぎ狙う後妻業というのがある。奇しくも本日、元妻が逮捕された「紀州のドン・ファン事件」はそれくさい。しかしそれをどうこう言っても始まらない。そういう危ない輩がうようよと跋扈しているのが現実の社会というものだ、ジゴロ(gigolo)がフランス語であるように世界のどこにだっているし、我が国だって1300年も前から孝謙天皇(称徳天皇)にとりいって天皇になりかけた弓削道鏡のような男がいた。

たかられるのが個人ならまだいい。やられる方もお互い様で何がしかの喜びがあるのかもしれない。しかし、それが政府でお目当てが税金であるならそうはいかない。税金は行政サービスの対価だ。徴税は厳しくされるのに使う方はザルだという声が多々あるが、ましてサービスすらしない者に裏でかすめ取られているなら堂々たる泥棒である。国民が納税義務そのものに疑問を懐き始めれば国が乱れる。道鏡で思い出したが、京都の天皇家の菩提寺(泉涌寺)に、天武系天皇(天武~孝謙=称徳)の位牌はないことをご存じだろうか。ここに詳しく書いた。

はんなり、まったり京都-泉涌寺編-

称徳天皇は女性である。お気に入りの道鏡クンに対して宇佐八幡宮が「皇位につければ天下泰平」の神託を出した。ところが和気清麻呂を派遣してみると事実は真逆で、神託は「あいつを追い出して穢れを掃除すべし」(筆者意訳)であった。怒った称徳天皇は「あんたは穢麻呂(きたなまろ)だわ」(同上)と清麻呂を貶めたとされる。ということは彼女は道鏡天皇を望んでいたのであり、画策までしたのかもしれない。その証拠はないが、それはどちらでも構わない。僕の興味の核心は根拠が「神託」であった点である。宇佐八幡宮のお告げなら皆が納得するという大前提でこのストーリーは記述されており、神様でも持ち出さないと皇位継承のルールはかえられない、つまり1300年前に既にそれほど不変不動な皇統の大原則だったということを示しているからである。天皇家が天武系天皇の位牌を祭らず、皇統図からも抹消しているのはなぜだろう?消された最後の天皇が称徳天皇であるのはなぜだろう?

穢れ(けがれ)は感情だ。単に皆があると思えばあったことになるのであって、いわばMe-Tooのようにその場の空気で多数決で決まってしまう。ちなみに現行憲法においては、天皇制は数の論理で成り立つという考え方がある。なぜなら天皇の地位は「国民の総意」に基づく(憲法第1条)ゆえに、日本共産党は「国民の総意」が変われば天皇の地位にも変更が起こりうると綱領で明言している。天照大神からの伝統だ、不遜であると思う人が多かろうし僕もそう思うような教育を受けて育ってきたが、法律論としてはそれが正しい。なぜなら憲法は議員の3分の2、国民の過半数で改正できる(憲法第96条)。従って67%以上の国民が「不適切」と思うことをしていれば民意が動き、憲法改正による天皇の地位の変更に至ることはあり得るからだ。そうなれば自業自得でやがて日本人は誇りを失い、国は衰退するだろう。国民はそれを望まないし僕も望まない、だからこそ税金で皇室をお支え申し上げているのである。

つまり、日本の皇室と国体と誇りを支えているのは税金であり、国民が支払うという総意に基づいていることで「国民主権」という日本国憲法の下での民主主義の大原則が体現されている。このことについて、いずれコロナが収束したあかつきには「ひとつだけ良いことがあった」と回想される日が来ると僕は考えている。何かというと、収入が激減する中で支払った税金の重みに国民が思い至ったことだ。だから、どう使われたのかを真剣にウォッチしてネット上で議論が盛り上がるようになっている。自然な成り行きであり、老後の年金を期待できない若年世代によりその傾向は顕著になるから元には戻らない。つまり、コロナがきっかけになって、税金は年貢ではなく、受けるべき行政サービスの見返りに払っているのだという意識が芽ばえたという納税者革命と呼んでもいい大事件が静かに進行している。しかしそうなった理由はというと悲しい。命と引き換えにいの一番に求めている行政サービスの「コロナ対策」があまりに後手後手でお粗末だったからである。

税金使途の問題がどこで起きようと、上述のように憲法改正要件からの目安である33%以上の国民が疑念を持つといろいろな意味で国を乱す(保守政治を覆す)と考えておけば物事の軽重を計るベースぐらいにはなるだろう。今までは政治家が私腹を肥やすと追及するパターンだったが、コロナで先鋭化している “新しい民意” においては、たかり屋に易々と利得させても政治生命にかかわる事態となるだろう。逆にそれを阻止する「正義の味方」に票が集まるだろう。それがアフター・コロナ、SNS主導の世の中で常態化する。今ごろになってデジタル庁を作っている政治家の多くは新聞、テレビ、雑誌のアナログ世代でSNSの影響を甘く見ており、革命に気づいていない。このことは来たる衆院選でより具体的にわかるかもしれない。税金使途への意識が希薄な政治家は失格であり、社会的責任、サステナビリティの時代には淘汰されていく。「大きな力」で押し切るスタイルを通す政権は倒される時代になるだろう。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

東大生が注目する就職企業ランキングに驚く

2021 APR 3 11:11:35 am by 東 賢太郎

【東大生が注目する就職企業ランキング1位は?–2位アクセンチュア、3位ソニー】

オープンワークは3月23日、「就活生が選ぶ、就職注目企業ランキング(大学別編)」を運営する就職・転職のためのジョブマーケット・プラットフォーム「OpenWork」で発表した。

同サービス内で22卒の学生ユーザーが検索した企業を集計したもの。今回は、東京大学2,656名、京都大学1,762名、早稲田大学5,272名、慶應義塾大学4,453名、MARCH(明治大学・青山学院大学・立教大学・中央大学・法政大学)1万2,450名を対象にそれぞれランキングにした。

(以上、2021/03/23付のマイナビニュースをコピペ)

 

「検索数多い」=「就職注目企業」かどうかは知らないが今どきの世の中だからそうと仮定するなら、野村総研の1位はともかく野村證券の東大5位というのは信じ難い。驚異だ。僕の頃、野村證券は早慶が各々3,40人の会社で東大の同期は5人しかいなかった(1人はすぐやめた)。狭き門ではない、証券はいまの言葉ならブラックのイメージがあって(現に入るとそうだったが)非常に、極めて、東大生には人気がなかったのだ。「銀行から証券への時代になる」と口では言っていたが言ってるそばから信じてなかったし、駒場時代のクラスでも金融に行くとなるとほとんどが安全第一で世間体も良い銀行にという時代である。かくいう僕も銀行員の親父にそう説かれて羽交い絞めされかかっていた。それが今や銀行は20位に入ってもいない。おそらく本筋の官僚志望にもその傾向が出ていると思料する(とするなら、政治に起因する国家の質を揺るがす問題の可能性がある)。なぜなら官僚の母体である法学部の人気に異変が起きている。2019年の入試で開闢以来初めて文Ⅰ(法学部)と文Ⅱ(経済)で合格最高点も最低点も文Ⅱが上だったと聞いて仰天したが、そんなことは当時あり得ない。この事実は東大生の方が「変質」していると解釈する余地がある証左だろう。

本ブログは東大生がかなり読んでくれているそうなので、以下先輩の親心で書いておく。大事なメッセージはというと就職は人気で決めるなよに尽きる。君ら株なんかやったことないだろうが、経済現象を理解するに株ほどいい教材はないし、そんな経験すらないのがいっぱしに経済を語ってコンサルですなんていわれてもね、僕なら5秒で坊やおとといおいでになるね。学校で教えないことが実は一番大事でしたというのが日本の悲劇の根源なのよ。騙されたと思って小遣いで好きな銘柄を買ってごらん。ランダムではなくちゃんと理由を考えてね。誰もが「いいね」「安心感あるね」「時流だね」という銘柄は見事にすっ高値だという確率が高いことをやがて悟るだろう。むしろショート(空売り)した方がいいと。就職もまったくもって、そうなわけだ。これは会社の問題ではなく、より重要な意味で、「株価」(valuationという概念での株価)の問題なのだと書いてわかるだろうか。例えば “超優良企業” が株価1000円なら「買い」でも、2000円なら「売り」になる。これが相場というものだ。その間に会社は何も変わってないのにである。相場においては会社でなくvalueを買っている。これが腑に落ちない人は民間への就職はやめておいた方が無難だよ。value、valuationとは何か?こんなのはその辺の本にいくらも書いてあるから説明は省く。

しかし普通の人は(東大生でも)そんなことすら知らない。ウブでオボコいとしかいいようもない。政府はもっと知らない。だからニーサをやれば国民の株式保有が進むと思ってる。自分が株を持ってもいない役人の考えることだ、あまりの能天気に笑うしかないが、株がこんなに上がると株保有の有無で国民のディバイドが歴然としてしまうから笑える問題ではない。簡単に書けば、みんなが良いと思えば当たり前の需給関係の結末で相場は上がるわけだ。しかし相場という概念が脳にインプットされてないからそれを見てますます確信をこめて2000円でも高い”超優良企業” 株を3000円で買う人がいる。驚くべき現象と表現するしか僕にはすべがない。我が国の就職戦線はそうやって動いている。人気があるから?そういう100%イロジカルかつ非本質的な情報で大事なことを決めるのはインテリジェンスがない人間だけだ(はっきりいえばバカ)。僕はいたるところでそう書いたり言ったりしてきた。でもね、それで気がついたんだが人間ハタチにもなっちゃうと知らず知らず自分の思考回路が確立していて、そこからはみ出した意見は理解はしても取り入れなくなる。頭がいいとかえって間違って固まるからもう始末に負えない。教えても無駄なのだ。勉強は大秀才だったのにそういう人は驚くほどたくさんいるよ、昔の超優良企業にね。

株を買うとは株主になることだ。就職するとは社員になることだ。株主になっていい事がない会社に人生預けるか?株は損切りできるが人生はできないよ。つまり、10年後には株価が10倍ぐらいになってるだろうと思う会社に入りなさいということだ。10年前のGAFA、Teslaがまさにそうだ、実感としてわかるでしょ。もっと言えば、その会社の成長の原動力を学んで盗んで、自分で会社作って儲けなさい。そのぐらいの気概じゃないと中国人にいい所をぜんぶ持っていかれるぞ。中国の学生トップレベルの受験戦争は日本の比じゃない。北京大、清華大に入れないセカンドランクの高校生がハーバード、スタンフォードに行ってる(日本と逆だ)。米中対立でアメリカ留学できなくなったからそれがどんどん日本に来てる。親はみんな富裕層で、カネを持ったら次は教育であり、マンションをぽんと買ってやる。高田馬場に10ぐらいVIP中国人用の受験予備校があって大盛況だ。昼は数学やって夜は日本語をやる(我々の英語に相当、ハンディじゃない)。猛勉強してすでに東大に何人も合格してる。院や留学生じゃないよ、我々とおんなじ入試で正面突破だよ、中国語で受けられるからな、ちょろいと思ってるんじゃないか。

君たちが30ぐらいになるころ、断言するが、日本国内ですら最強のライバルは中国人エリートになる。当然だ。あと7,8年で中国はGDPでアメリカを抜く。その世の中でそうならない理由などあるはずがない。そこで彼らは英語、日本語、中国語の完璧なトリリンガルなのである。需要がないはずがない。アジアで日本人だけが優秀なんて思ったら大間違いである、英語、中国語はおろか日本語の読み書きもまともにできない日本人なんて需要はまったくない。だから僕はこれから日本在住の30代の中国人たちと戦略的業務提携をすることに決めた。そしてもっと若い中国人エリートをどんどん高給でスカウトする。つまり、すでに彼らは君たちのライバルなのだ。株価の予測なんて習ってないしできない?ジョークだろ、それはとてもまずい。僕の周囲にいる中国の若者にそんな子は一人もいない。株式に対する興味は凄まじく、日本の難関大学卒で日本語は敬語を完璧に使いこなすレベルであり、ビジネスは僕の門下にいる。ゼミみたいなもんだが題材は実際に金が動く投資であり億円単位の企業買収である。「君は僕が30の時より優秀だ」と言っているY君は親御さんがスコットランドにお城を持ってるが、彼はそんなのなんとも思ってない(ここが日本の金持ちのボンと決定的に違うのよ)。40のころ彼の資産は1000億円にはなってるだろう。

そもそも君らはハタチにもなって失敗を知らないうえに世間でとーだいせーってちやほやされて、ものすごくそういうことにオボコいのだ。だからそのノリで就職して世間に出て社内の手練れのワル(どこでもいっぱいいる自分だけかわいい狼みたいな奴らだ)にひっかかるといいように手足にこき使われてしまう。受験で鍛えてるから仕事早いし正確だし徹夜する耐久力もあるし、なによりド真面目だ。学力の著しく劣る国会議員のアンチョコ書かされて貴重な時間を空費する官僚の諸君など本当に気の毒でならない。そこまでしても人間は可愛くなければ往々にして使い捨てにされて終わる運命にあるのは昨今の某省の事例でお気づきだろう。東大卒はプライド高いし一般にあんまり可愛くない。下手すると他大卒からいじめにもあう。だから賢い者は戦略的忖度という策に走る。それは方便として間違っていない。ところがそれが諸刃の剣で、バカが上に来て下手に迎合でもすると想定外である便利屋の評価が固まってしまう。そうするとそのまんまトシとってスーパー総務課長代理みたいになって人生を終わるなんてこれまた気の毒な運命になる。企業は東大生を一応は幹部候補生として採るわけだが、うまく育たずハズレになっても構わない。仕事はリライアブルでステイブルで給料は安い中間管理職の存在はありがたいからである(役員が楽できるからだ)。それも見込んで一定数は必ず採用する構図が出来上がっている。別に頭がいいからではない。つまり実はそうなっちゃう人が多いということの裏返しでもあり、出れば安泰なんて時代は僕の頃ですらとっくに終わっていた。

東大卒の肩書は爺ちゃん婆ちゃんが鼻が高いと喜んでくれる程度のもんで何の足しにもならん。世の中は甘くないと心得ろ。ハズレになりたくなかったら三国志を熟読することをお薦めする。古今東西共通、人類永遠普遍の「修羅場の原理」が書いてあるよ。君たちのアンチテーゼの元東大生による本ブログは人生をかけて書いてきて2500タイトルぐらいにはなった。東西の証券ビジネス最前線で40年戦ってきた思考のエッセンスだ、くだらない本に2000円も払うよりはましと思うよ。ところで、検索数5位の野村證券だが、ニューヨークでヤクザな韓国人が運用してるファミリーオフィスでマージンコールがひっかかって2200億円の損失計上するらしい。ゴールドマンら米系はうまく逃げた。記事の情報しか知らないが、アルケゴス・キャピタル・マネジメントのこいつは昔タイガー・マネジメントにいて大博打を貼るので有名な手練れの男だ。所詮は証券業はヤクザな商売なんだ、アホなヤクザはケツの毛までむしられるだけだよ(こういう手合いは手数料はくれるが危ないから僕は絶対に商売しない)。しかしまあ野村ともあろうものがプライムブローカーなんてフェイクで安直な金融業もどきでこんな奴のクレジットとるとはなあ、いい会社というかずいぶんオボコい普通の会社になったもんだのう。勘違いの東大卒だらけになって沈没しないといいが。

 

情報と諜報の区別を知らない日本人

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

すべての悩める人への万能薬

2021 MAR 23 13:13:29 pm by 東 賢太郎

なぜ、かように奇怪な物が自宅の仕事机にあるかを人に説明するのは難しい。というか絶望的に無理である。あえていうなら、これは薬であるということになるだろうか。

好きな色は金と銀であり、幼稚園で使っていたクレヨンはこの2色だけがすぐに短くなった。光り物好きは母親譲りであるが、自分の生まれつきの色に対する感覚に世界にきっと自分しかいないだろうと想像するものもある。

とにかく、これがあると、気持ちがハイに前向きになる。凄いことだ。すなわち我が社の収益のかなりの部分はこれが生んでいるわけで、駄菓子屋で300円で買ったこれの本源的価値(Intrinsic value)は数億円にのぼると推定されるわけである。

そのことは、金貨チョコレートを混ぜることで、より鮮明に表現されるだろう。

会社のほうはというと、デスクはUSMハラー社の、全面がレモン色のガラス製だ。スイスから輸入した。なぜかというと、子供時分にヴィックス・ドロップに魅せられたからだ。アメリカから入って来たばっかりだったろう、駄菓子とちがうオシャレ感があり、味も気に入っていた。それを「薬だから」と止められたからまずかった。テレビCMで小鳥が嘴で三角形のこいつをくわえてるのが目に焼きついていて、ついに母の目を盗んでぜんぶ食ってしまう。もっと幼いころ、浅田飴でも前科があったらしく、大変なことになった。

それはアメリカで買えなかったビッグマックがいまだに高級食材であるのと似る。ヴィックスはたしかオレンジやハッカみたいのもあったが、レモン専門だったのでハラーの机が材質もろともそれに見えた。するとアドレナリンかエンドルフィンでも分泌されるんだろうか、それとも糖質が回った気になるんだろうか、とにかく頭が冴える。チェアはこれまた鮮やかな太陽のオレンジ色であり、周囲の壁も地中海ブルーと黄色に塗り分けてもらった。社員の皆さんには衝撃を与えたろうし値段も半端でないが、これがまた金銀と同じく絶妙の効果を及ぼし、そう思いこめるだけでも幸せだなあと感慨にひたらせてくれるのである。

人間も所詮は動物であってヤル気に「点火」するには色彩が効くことは検証されている(牛が赤い布で興奮するように)。コーヒーの香りが購買欲を刺激するという実験結果もあり、また、どの音楽がどう人の情動に効くかについて僕は多少の知見を持っている。五感は人を支配していると思う。そういうものすべてを総合して「薬理効果」だと考えれば、クスリをうまく調合することで自分自身のメンタルをけっこうコントロールできるようになってくる。一番難しいのは怒りと嫉妬とされるが、それとて今はうまく抑えることができる。それにはまず、自分に何を見たり、聞いたり、嗅がせたりすれば自分がどう反応するという因果関係を知ることである。

多くの宗教家や智者はそれを目指しているように思える。例えば、老子は『人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり』(知人者智、自知者明)と説いている。他人を知ることより自分を知ることのほうが難しいという意味だ。この言葉は好きで、そう信じて生きてきたし、66にしてついにその境地に達したと書けば格好いいだろう。しかしそうではない。僕の場合、自分がどういう時にどう思考・行動しがちか(時に馬鹿か)は概ね学んでいるつもりだが、それは完全な法則ではなく、たぶんこうなるだろうが、なってもびっくりはしないという程度のものだ。ましておや、「だから他人もそうだろう」と思ったら大ハズレでしたという膨大な失敗の山の前には気の利いた言葉すら出ないという無残な現実が目の前に横たわっているのである。

今の僕の境地を素直に書こう。「自知」も「知人」も難しい、いや、というより、どっちも不可能なのである。老子の言い分を逆にしてみればわかる。自知者明、知人者智(自分すらわからない者に他人を知ることは無理だ)となって、これをしたり顔で説いてごらんなさい、誰しもが「昔の人はいいこと言うね」「だよね」と酒の肴ぐらいにはなれてしまうだろう。それはAならB、BならAであるということであり、つまりAとBは等価(同じ集合)であり、何のことない、よく考えるとA=B=0(不可能)だからそれが成り立っているだけだ。「木星も行けないんだから土星は無理だよね」「土星も行けないんだから木星もね」「だよね、だよね」ってなもんで、八つぁん熊さんである。老子様に何を言うか、不遜な奴めと思う方はぜひ最後までお読みいただきたい。

老子のご説を疑う者は2千5百年の間に出現しなかったとは思わないが、信者の多さが勝っただろう。僕がとりわけ天の邪鬼であることは認めるにしても、諸子百家は自身が大王であったためしはなく、多くが権力者に召し抱えてもらいたいモチベーションを持った遊説家であったことはどなたも認められるだろう。大王はみな闘争に忙しい。仮に天下を取ってもいつ寝首をかかれるかも知れない。そういう人は俺様=天下であって、自らを知ろうなんて悠長なことは普通は考えないのである。だから諸子百家や諸葛孔明やマキアベリに顧問のポストがあったのであり、大王は「猿でもできる帝王学」なんて本は書かないから顧問の進言のほうがむしろ成功に導いた名言だったとマーケティングされて後世に残っていくのである。

「江夏の21球」というのがある。自身があれを積極的に語ったのを見たことないし、マウンドにいる投手は大王であり、必死に投げてる者がいかに大投手とはいえそんな意識があろうとは思わない。彼はぽつりとスクイズ外しは「神業」と語った。つまり無意識に体が反応したのが本音だろう。それが球界の伝説に祭りあがり、wikipediaに21球全部の詳しい解説までついた。そんな「こっぱずかしい」ことを彼が語ったとは、賭けてもいいがないと思う。その手のものは、野球をやったことがない人だけが書けるのだ。江夏がどこかのコーチになって21球を教えようたってできるはずもないから、市井の人の酒の肴以上の価値はない。大王と顧問の関係はそんなものである。顧問は本を書いて人生訓にまでして儲ける。二匹目のドジョウで「岩瀬の13球」まで出てしまうのである。

経営者というのは会社の大王である。その意味はというと、偉いからでも人事権があるからでもない。全面的にリスクを取っているからだ。やってみればわかるが、その人にとって経営学の大先生の本やコンサルなんてものは微塵もあてにならない。大企業になって、椅子だけになった社長ポストに座って、企画室のような他人にアイデアをもらっているような人はただの「組織の通過体」であって、そんな組織のできた会社はすでに終わったに等しい。政治もそうだ。「秘書がしたことです」なんて輩は全面的にリスクを取る腹も能力もない人物で、つまりサラリーマンの大王ではあっても真の大王ではなく、企画室長におまかせの吹けば飛ぶような社長と実は同格の人材である。

「自分を知りなさい」と大王に説くのは奸計だ。そんなことを忙しい相手は知らないから智者に見える。そう見せられるタマかどうかだけが一流二流の分岐点ではある。首尾よく雇ってくれれば「閣下はまだ自分をご存じない」「ご慈悲をなさい」とマインドコントロールして利益誘導する機会が手に入る。失敗しても打ち首にされないヘッジもできる。「まだ自分の美しさに気づいてないんだね」と言われて嬉しくない女性はいない。だから古代中国に限らず爺殺しのセールストークでもあり、猟官活動に明け暮れたモーツァルトもオペラ「皇帝ティトの慈悲」を書いたし、秀吉は信長をこれでたらしこんだと僕は見ている。老子のご説の真偽は問題でない。ただ老獪と思うのであり、人間の性を鋭く突いているから正体不明でも25世紀の長きにわたって語られてきたのだと納得する。

他人など知る由もない、自分を知ることも不可能だ。僕がそう確信しているのは「宇宙ディズニーランド」説の信者だからだ。それはここに書いた。

見えている現実はすべてウソかもしれない

たまたま乗ったスペース・マウンテンの車両構造やスペックなど乗りながらわかるはずもないし、まして他人のなど調べる術すらない。だからA=B=0(不可能)以外の何物であるはずもないのである。老子様もショーペンハウエル様もイギリス経験論も、万物はこの宇宙の真理のしもべと考えるのがすっきり気持ちよく生きていくための万能薬だ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

キャリアの集大成期がやって来た

2021 MAR 18 10:10:32 am by 東 賢太郎

先週金曜のディナーからのことで眠れない。仕事の大きな進展であったのだが、にわかには咀嚼し難く心中は動転した。間違いなく千年待っても2度とない機会で断るという選択肢はない。いよいよこんなものに取り組む時がきたのかと打ち震え、そこからいつ寝たのか、寝た心地もないのでわからない。

昨日はその打ち合わせが午後まであって、どっぷりと疲れてしまった。忍耐力も集中力も落ちたものだ。天気も良いしぶらっと多摩川に散歩に出ることにした。家にいると精神がもたついて、いい発想が出ない。どこへ行くあてもないそぞろ歩きだったが、気がつくと多摩川台公園に足が向いていた。

川沿いの遊歩道は人気の桜並木だ。開花はまだだが、うららかな陽気と春風が肌に柔らかく心地が良い。この感覚、はっきりとしたデジャヴがあった。昭和50年3月20日、大学の合格発表のあと、嬉しいということもなくこんな空気の中を漫然と歩いていたのを肌が覚えている。あれはいったいどこだったんだろう?

公園の川べりに露天の駐車場があり、その先に石のベンチが3列に並んでいる。傍らを進んで見ると一番後ろに若者が前かがみに腰かけていて、足元に犬がいるように見えた。あれ息子かなと思ったがそうではなく、犬はいなかった。視界を邪魔しちゃ悪いなと思い、川寄りのベンチのはしっこに座ることにした。

ここから見る景色はおなじみだ。10年まえ、仕事がまったく取れず、通帳の預金残高がみるみる減っていった。鬱々としながらあちこち電話をしたのがこの場所であり、焦り、恐怖とセットの心ざわめく情景である。先日来の案件を巨象とするなら、あのころ必死に追っかけていたのは蟻んこみたいなものだったが。

その景色の川向こうは川崎市で日ハムの球場があった。武蔵小杉のタワマンがにょきにょきと聳えており、東急東横線のその先が日吉だ。多摩川は大雨による増水で下水が逆流したり大事になったが、その対策なんだろうか、対岸は護岸工事をやってフォークリフトが4台も土手を掘ってはダンプが土を運びこんでいた。

ふと振り返ると、若者の姿がない。あれっと思った。ほんの数分のことだ、立ち去る音もしなかったしおかしいなと三方を見渡したが影も形もない。

実はここは保守派の評論家、西部邁氏が2018年に入水自殺した場所である。例の増水で地形はやや変わってしまったがロープをひっかけた樹はかろうじて残っている。その5年前には、左手に見える丸子橋からウクレレ漫談の牧伸二氏が飛び込んで入水している。そういう所でもある。

右手に歩くと旧巨人軍多摩川グラウンドで大学生が打撃練習をしていた。しばし外野手の後ろから打球を目で追っていたが、視力は1.2あるはずなのにあがったフライが全く見えないことに気がついた。そうか、それで若者も見えなかったんだろう。あたりはカラスがたくさんいて、忍び足で寄るとぱっと散った。

V9時代の巨人軍選手が立ち寄ったことで有名な小池商店は開いていた。家内がズボンのポケットに800円入れてくれていたのでおでんかラーメンでもと思ったが、前に立つと気が進まずやめた。何をしようと、ちっとも気が乗らない。やっぱり、頭はそれでいっぱいなのだ。

知る者は誰もそう思っていないだろうが、僕は仕事においてジェネラリストでなく、限りなく細かくて微細なミスも見逃さないウルトラ専門職である。それをやりこなすイメージぐらいはできているのは、他人には説明し難いが、純粋に技術的な観点に照らしてのことだ。

それが何の役に立つんだと長らく自問して答えが見つからずにきたが、そうか、これをやるための40年の道のりだったのだ。この案件は僕にしかできないだろうし、信頼には報いたい。これが我がキャリアの記念すべき集大成になり、人生も会社も様変わりになり、後になって語り草になる1年がやってくるだろう。

そこから先は先週お会いした斯界の先達のご進言どおりだ。どんどん増えている子供ぐらいの年齢の新しい仲間たちを見守り、仕事をバックアップしながら後進として育てることに専念しよう。みずがめ座と九紫火星の占いは当たってたんだなあと思う。

 

 

我が経営の鉄則は「信用資本主義」

2021 MAR 11 18:18:47 pm by 東 賢太郎

年末年始に皆で苦労した甲斐あってビジネスは3月に入って急展開。先週は大きなMTGがリアルで2つあり、案件が9つ立ち上がった。6月に東証一部企業の顧問就任も決まった。ここから1,2年はそれらを仕上げるのに心血を注ぐことになるだろう。

9つのうち純ドメ(日本で完結)案件はひとつもない。どれも日本と英・米・中・韓・スイスのどれかにまたがる多国籍案件であり、コンサル、貿易、株式投資、ゴールド、仮想通貨、IPO準備などだ。その5か国は僕が何年も住んだり深く関わった思い出深い国々で、ここが我々の絶対の強みである。

以前に「信用資本主義」とブログに書いたが、社員9人のソナーが9個の仕事を同時にできる秘密はそこにある。信用の輪によって動員できる別動隊があるので足りないメンバーは都度補充できる。だから僕の守備範囲内の案件なら受注して問題ないし、各チームのメンバーが活躍し、公平に利益分配にあずかってハッピーになるようにすればいい。それが信用の輪をさらに広げるのだ。

ゼネコンを思い浮かべるかもしれないが、別動隊は下請け、丸投げ先の存在ではない。彼らはチームにおいてソナー社員と同格のメンバーであり、僕もメンバーの一人であり、案件執行は万事がソナー・クオリティで行われる。手抜きなど言うに及ばず、低品質のサービスが嫌いなのだ。

9つのオーケストラを同時に指揮するのはチャレンジだが、数えてみるとサラリーマン時代に30人以上の組織を5か国で9つ指揮したことがあり、そこそこの老練指揮者の部類だ。まったく不安はない。これができる人はそうはいないから、ソナーの仕事はブルーオーシャンでありつづける自信がある。

今回の案件をやる人達と知りあったのはサラリーマンを辞めてからで、15年前の人も8年前の人も去年9月の人も先週の人もいる。ご縁は化学反応だから古い新しいは関係ない。反応は化学式によってするかしないかだけで、するならお会いして瞬時だし、しなければ千年たってもしない。15年前の人とは15年間はなかったが、彼が急成長して大きな反応が起きた。面白い。

サラリーマン時代に多くの方とお会いしているが、それはご縁というよりリレーションだ。大企業の名刺と肩書が呼んだものだ。起業して、それはもうないのだから空虚なリレーションにすがろうという気はなかった。むしろソナーという誰も知らない名刺で出来たご縁は僕にくっついているものだ。それをたくさん作る方がずっと頼りになると信じて10年そう行動した。

ご縁がたくさんできてくると、今度はご縁同士のご縁を作る作業が可能になる。これは実に創造的で、ぞくぞくするほど魅惑的なプロセスである。どちらも僕固有のご縁だから競争者など現れるはずがない、つまりこの点においても100%のブルーオーシャンなのである。それが転がると雪だるまとなる。さらに坂道を自分で転がって、ソナーの成長のドライバーとなるわけだ。

これが「信用資本主義」と名づけたものである。信用は企業の資本である。ない人に別動隊の動員は困難で、やっても足元を見られて高くつく。仕方なく社員にするともっと高くつく。しかも案件がない時は遊びの人材を持ってしまう。これからの時代、そういう経営は自らに足かせをつけ、競争力を失うだけである。立派な本社ビルや社長室も同じ理由で全くの無駄である。

僕はまだまだ道半ばだが、大企業の信用は必要としない人間だったことを証明しつつある。このことは何らかの特別な努力の結果ではなく、親の教えに従って真面目に生きてきた証だと思っている。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

飲み会を絶対に断る男

2021 MAR 3 1:01:46 am by 東 賢太郎

証券会社から銀行に移籍してなるほどこれは違うと思ったものがある。母体が銀行といってもやってる業務は証券だ、ここでそれということは本丸では相当な差があろうかというもの。飲み会だ。

銀行員と証券マンは違う。「東くん、君らはファンファーレから入るけどね、僕らはお葬式から入るんだ」と教えてくれた役員さんは、証券マンほどお葬式の翌日から入る人種はないことをご存じなく証券業に入られたという意味でとても銀行員だった。各所で飲み会をしていただいて有難かったが、商売や人生の基本原理がまるで別物だから犬の集会に猫が一匹まじったみたいなものである。

「いいネクタイですね」。猫は毛の色まで珍しい。お酌をくれながら「野村だと毎日でしょ?」「いや、僕は年3回ぐらいですかね」。シーンとなる。大学で全優だったんだろうなという感じの女性からおそるおそる「あのう、ニバンゾコって何ですか」とあさっての質問が飛んでくる。「チャートで二番目の底です。僕もよく知らないんですよ、何の意味あるのか」。禅問答が10秒で終わる。まあこんな塩梅であんまり酔いが回らない。それなりの酒宴の在り方は面白くはあったがネクタイはちまきの宴会部長は1年待っても出てこないだろう。

驚いたのはそれだけでないが、もっと驚いたのは、「そんなものはいいんだ、ここは証券会社だ、そのために来てもらったんだから君の好きなようにやってくれ」といわれたことだ。後に社長になられる横尾常務(当時)だ。これを男冥利といわずしてなんだろう。31年サラリーマンをやって一番高揚感を覚えたのはこの時だ。自分をほめてもいけないが、モチベーションが上がると猫が豹に変って気がつくと自分でも信じ難い結果が出てしまっていることが幾度かあった。この時もそれだ。

そういわれたからといって証券流飲み会を決行したわけではない。なぜなら興味がない。若いころ盛大にしていたのは仲間と群れる時間が潤滑油として必要だったからだが、麻雀がわりのカジノと土日のゴルフの方がずっと多かった。それをここでやるわけにもいかず、結局120名の部下とは仕事現場でのつきあいだけで潤滑油はなし、しかしそれでうまく歯車が回ってしまうのだから銀行の組織力は大したものだと感嘆した。野村の組織力も強いが、人的つながりに依存するのでどうしてもプライベートで腹を割っておく必要があった。

サービス業でなく研究者のような就職をしていたら良かったと時々考えることがある。理系だったら本性のまんま「飲み会を絶対に断る男」で通して楽だった気もする。しかしそっちの世界はもっとヨイショが必要だよという声もあるので上司の不興を買って討ち死にしてた可能性も高かろう。たまたま入ってしまった証券界で生き延びたということは本性をかなぐり捨てて妥協してきたからである。そして、ということは「飲み会を絶対に断らない女」とあんまり変わらないのではないかという結論に至ってしまうのである。

総務省No2まで昇りつめた山田真貴子氏は「断らない女」を妥協というより功利で積極的に演じたのではないか。それはそれで生き抜くための立派な戦術だ。サラリーマン道では僕より一枚も二枚もうわてな人なのだろう、何事であれ達人には敬意を払うポリシーだから悪いという含意はないつもりだが、しかし、自分の人生もそれだったとなると全く認め難いものがある。妥協していたのは認めるが、野村から出たのはそれをもう一切しないという決断であり、そんなことをせずとも力だけで評価してくれたみずほ証券には心よりの感謝しかなく、もちろんその力を涵養してくれた野村は棺桶に入るまで「我が母校」である。

おかげ様でいまや「飲み会を絶対に断る男」にすっきりさっぱりと回帰し、達人の仕事をしてくれる部下、仲間たちと楽しくやっている。敵味方なくファインプレーが出れば達人だねえと愛でる、仕事でも趣味でも完全にそういう人間に生まれついていたのだということが自分でよく分かってきた。達人だなあと思う中身は年齢とともに変わっていくことはあるが、あの誰も抑えられなかった王貞治選手をワンポイントで三振にとる大羽進投手は凄いと小2でカープファンになった素地はそのまま三つ子の魂である。

だから、これからのビジネスもそうなのだと考えている。長年白人と仕事し、白人社会で生活してきた。でもそれが三つ子の魂ではない。そのことはスイスから異動になって香港チェクラップコク国際空港に家族と降り立った時、不意の衝撃として天啓の如く悟ることとなった。空港の雑踏でもみくちゃにされて周囲を見渡すと、みな髪の毛が黒いということだ。当たり前ではないかと笑われようが、まるで別な惑星で異星人の集団に取り囲まれたような気分に陥っていた。しかも、鏡を覗けば何のことないそこに写る自分はその異星人なのだ。不思議の国のアリスが目が覚めたとき、きっとこんな気分だったにちがいない。

そんなばかな、大袈裟なと思うかたには、少なくともまず欧米のお好きな国で14年の歳月を過ごしていただき、ある日突然の電話で「次は香港に2年半住みなさい」と有無を言わさず命令されていただく必要があるだろう。ノムラ・インターナショナル・香港のでっかい社長室に次々と押しかけてくる人達にそんな気分を微塵も悟られぬよう注意を払いつつ、何日かはアリス状態から頭が切りかわらない。さらにもう幾日かを経て、恥ずかしながら初めて悟ったことといえば、いかに自分から日本人目線が抜け落ちてしまっていたかということ、そして、日本人が東洋人の一部だという意識のかけらもなくボ~っと生きてきたのかということだった。

三つ子の魂は日本にあるに決まっている。しかし自分は東洋人だから香港です~っと吸い取り紙にインクが浸みこむみたいに受け入れてもらい、500人の部下とパイチュウで倒れるまでカンペーカンペーの飲み会をする必要もなく長年そこにいたかのように仕事ができた。中国や韓国やベトナムのビジネス慣行はとんでもなく違っていて失敗もしたが、東洋人という最大公約数から糸をたぐっていくうち何がなぜどう違っているかが分かってきた。日本人だって、東京人の僕に大阪の文化は驚天動地だったじゃないか。この発見は非常におおきい。なぜなら証券ビジネスという心理の機微や綾が非常に重要な要素を占めるものにおいて、飲み会や大宴会よりそっちの理解の方が実は部下やお客さんには本音で望まれていたことのように思うからだ。

不思議なもので、コロナで禁止されると飲み会やりたいなあと思ってる自分がいる。なんてあまのじゃくにできてるんだろう。「断る人は二度と誘われません。幸運にめぐり合う機会も減っていきます。多くのものに出会うチャンスを、愚直に広げていってほしい」(山田真貴子広報官)。いいこと言うなあ、やった人しか言えない、ビジネスを志す人は耳の穴かっぽじって聞きなさい、まさしくその通りなのである。男だ女だなんか関係ない、そのぐらいの覚悟と犠牲がないとNo2まで昇るのは到底むりだ。7万円が高いか安いかは接待する側がおもんぱかるもので、出てしまった饗応を断るすべはない。もったいなかったね、行ってしまったのがまずかったですな。

ところで、若い人にそう言いつつ、僕はもうそういう幸運やチャンスはいらない。ときに何の話題がなくても一緒に酔っ払ってくれる人は大事だったんだなあと思う今日この頃だ。

 

飲み会を絶対に断らない女

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

「女性差別はいたしません」の謎

2021 FEB 23 1:01:12 am by 東 賢太郎

まず、去年の正月に映画を作ると書きましたがあれは何だったかについて書きます。あの時点ですでに監督さん、脚本家さん、カメラさんと某地に飛んで2泊してご挨拶、シナハンを済ませており、ロケハンやるぞという段階であり、キャスト、配給会社も概ね決まって脚本が完成する直前まで行ってました。無念ながらコロナで中断してしまいましたが、それでも未知の世界だから何もかもが新鮮で仕組みが良くわかりました。通行人役でも訓練が要るとは意外で、素人はカメラが向いただけで無意識に硬くなって動作に出るそうです。それなのに東さん出て下さいと監督に言われて映画が売れなくなると断りましたが実はそっちよりテーマ音楽を作って指揮したかったのです。

ジェンダーレスが主役に内定していました。彼女?を見てびっくりし、これはいけるかもと一瞬思ったものの、あまりに別世界で心の準備がなく、ストーリーを読んでもヒットする自信がありません。おいどう思うとオヤジ連中に写真を見せるとニヤニヤしておおいいぞいいぞだ。こりゃいかん、信用できんと今度は20代の女性に見せました。えー、すごぉぉい、でも違和感ありませんよぉ、えっ?つきあえるかって?ぜんぜんOKですよ。ええっ、ほんとか、そんなもんなのか???  ここでまた唖然でびっくりで、我が世代のジェンダー感覚はネアンデルタール人とかわらんかもしれんと衝撃を受けたのです。

これがあるから、森さんの女性差別発言とされたあれは思う所もあります。軍人だった森さんの父上は終戦をミクロネシアのトラック島(現・チューク島)で迎え、酋長・相沢氏(日本から渡り酋長の娘と結婚、戦前の漫画「冒険ダン吉」のモデル)に助けられて帰還したと同国政府要人に聞いたことがあります。息子の彼も敗戦で焼け野原だった日本を背負って国を建て直した世代です。あれはその世代の男の典型的な思い込みでそのこと自体を否定しても始まらないでしょう。隔絶した世代にそれをソンタクしてもらえないという現実にお爺ちゃんになって直面したというのは気の毒に思いました。戦争は男しか行きませんし組織だって軍隊式上意下達しかあり得ません。上が決めたんだからごちゃごちゃ言うなとなり、それが「会議で話が長い」になる。たぶん彼は女性に限らず男も女もそれが嫌いなんです。じゃあ会議は何ですかとなる。民主主義の場でしょと。ところがあの世代にとっては忖度、追認の場なのです。

それが密室政治といわれるものです。日本のまつりごとは古代より御簾の向こうで決まってきた。ここは難しい所です。この件は自民党がそれをまだやっていることにルーツがあり、それに国民が大いに批判的だという背景があるわけです。王侯貴族や宗教勢力の支配を打破した欧米からすれば御簾の向こうにいるのが王であれ総理大臣であれ同じです。つまり、密室政治と見られてしまう限り日本人の精神構造に刻まれている古来よりの支配形態と西洋の近代政治思想にはそもそも大きな矛盾があるということになってしまう。中国のようにそんなものは関係ない、ここは中国だと言い切る国力もない。さらに日本的な特徴として政教分離、信教の自由を謳いながら天皇は神道という宗教の祭祀を行い、国民はそれを敬い税金を拠出しています。いや、法的には象徴だからねという理屈はあっても、天皇の認証や叙勲のように、それがまつりごとの権威のバックボーンであると国民が無意識に感じている政治的行為はたくさんあります。

つまり、皇室にこそ政治の権威の源泉があると国民が感じている。この「感じ」はまだ国民という概念すらなかった時代、徳川家康が関ケ原で天下をとって武士の頭領になっても、朝廷(後陽成天皇)から征夷大将軍に任命してもらうのを3年も待ったことに現れています。家康は任命されると息子の秀忠にその地位を譲ることを認めてもらい、徳川氏による将軍職世襲を確実にして自分は隠居しました。ということは、子孫が少々頼りなくとも将軍職さえ世襲できれば永く徳川の世は続くと家康が考えていたということであり、当時の天皇に武力も財力もありませんでしたが諸大名もそう思っており、現にその世は260年も続いたのです。隠居した家康の尊称「大御所」が今も使われているように、天皇の権威も日本人の心に脈々と伝わっています。

武家社会ですら治まった天皇制の伝統をマッカーサーは温存しました。矛盾の種はGHQが撒いたわけですが、その判断は重かった。英国にも国民の税金が拠出される王室が存在しますが、それがあったおかげで国家が占領される存亡の危機を生き延びることができたという歴史はありません。現在の日本人がその重みを軽々しく消せるものではないし、そんなことになれば日本は犯し難い無言の権威を喪失し、ややもすれば容易に侵略され破滅の道を行きかねないと僕は思っています。だから日本は神の国だと言う気は毛頭ないですが、天皇制、神道という伝統と西欧の発明した民主主義との日本的な調和は模索しなければならないと考えます。森さんの問題は、しかるに、その調和はないんだ、伝統は壊してでも民主主義、自由主義なんだという方向に民意が振れ、女性蔑視というクレームがそのトリガーになったと見えなくもありません。

昭和30年生まれの僕も森さんとほぼ同じ空気で育っています。ほぼというのは成城学園は初等科(小学校)から自由闊達、リベラルな校風で軍国調を冷めた目で見る教育だったからです。あの時代に映画、舞踊、演劇、彫塑の授業がカリキュラムにあり、児童劇や音楽会のイベントがあったし、英語は5年生ぐらいから教えてました。スクーターでブザンソン・コンクールに乗り込んだ小澤征爾さんも成城の校風から出てきたのではと思いますし、僕はいやいやでしたが幼いころにそういうものが身の回りに自然にあったから今のようになったのではと感じないでもありません。ただいま振り返るとこれはやや特殊な世界で、官であれ民であれこの世代の男でヒエラルキーの階段を登ろうという者は学生運動に残滓があった軍国調の渦に表だって逆らうのは難しかったと思います。

だから森さんを女性がやり玉にあげたのは分かるとして、テレビで私はそうじゃないと言いだす中高年の男が相次ぐのには驚きました。「これは今どきいけません」「やっちゃいましたね」「日本の恥にもなります」「弱者の目線に欠けてますね」「私はちょっと立場が違いまして」「国際社会は許しませんよね」・・・まあ言葉はどうあれ「エンガチョ切った!」「MeToo、MeToo」です。こういう男どもを心ある女性はどう見るか聞きたいものです。よっぽど本流から外れて育ったか、何であれ長い物に巻かれる日和見でしょう。僕は「ああ森さんは昭和の体育会だなあ」それだけです。よっぽど問題なのは80のお爺ちゃんを倒してのし上がる者が出てきてないほうでしょう。政治家は男も女も森さんのちょうちん持ちの座を競う小物感満載の人だらけになっちまった、そっちのほうです。そんなのを選んでる我々の民度の問題でもある。本当に日本人は劣化してきています。

僕は「会議で話が長い」のは歓迎です。僕が一番長いし、むしろ黙ってる人は何も意見ないのかとなる。男女は水平分業と考えるので男に向いた仕事を無理に女性に振っても非効率だしその逆も真です。クォータ制は完全に男女に適性の差がない組織の話で、オーケストラは70年ごろまでどこも男ばかりでしたがクォータ制がなくても今は半分女性の楽団もあります。経営に民主主義はありませんが、女性の方ができる仕事は任せた方が効率がいいし、従来は男専門だった仕事もやる気があればやりなさいと言ってます。男女比の問題はそれを発見できない経営者が無能なだけです(ちなみにソナーは3人に1人が女性)。僕が作った組織には階級の上下もありません。真ん中にいる社長も社員です。全体をバランスさせてパフォーマンスを上げる指揮者という配役にすぎず、偉いということはない。指揮がうまいかどうかだけです。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ワクチン接種をどう考えたらいいか?

2021 FEB 14 1:01:19 am by 東 賢太郎

「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」 (東京大・2003年)

う~む、美しい問題だ。20字だ。数字が一つしかない。昔どおりなら文系は100分で4問だからこれを25分で解かなくてはならず、けっこう大変だ。

それにしても実に刺激的だ。ならば僕ならこういう出題をしてみたい。

「太陽が地球を回っていないことを証明せよ」

数字はない。アンチョコを見ない限り、おそらく人類の99%は25分どころか1年かけても解けないだろう。かくいう僕も1%に入る自信はない。数学のような積み上げの学問で円周率が3.05より大きいことを証明できない人がこれを解くことは考え難く、2003年の問題は科学の素養のふるい分け機能を果たす良問と思う。クイズ王になるのとこういう問題を解くのとはぜんぜん別の話である。

僕の問題を解いた人がいる。「コメンタリオルス」を著したドイツ系ポーランド人のニコラウス・コペルニクス氏だ。時は1510年あたりとされている(そのころ日本では織田信長が生まれている)。

それから500年。地球の方が回っていることになって今に至る。でも、宇宙飛行士にならないとそのシーンを目視することはできないし、宇宙から撮った写真だってヤラセかCGでない保証はない。

つまり、それを信じるよりどころは数学(天文学)しか存在しないが、99%の人は数学がわからないのだから、地動説というものは、

「そういうことになってる」

だけなのである。皆さん、お正月は神社に詣でて願掛けをされるだろう。「こうなりますように」と。本当に「こう」なる証明はないが、国民的にみんなやってるんだから効果はきっとある。そう信じるから初詣に行く。なぜなら、

「そういうことになってる」

からだ。これが宗教というものだ。

従って、有意に高い確率でもってこういうことが言えるだろう。

「99%の人にとって科学は宗教である」

回るのが太陽だろうが地球だろうが我々の渡世には何の関係もない。それより酉の市で去年より大き目の熊手を買うかどうかの方が、99%にとってはよっぽど大事なのである。

縄文時代の日本は今より2度暑かったし、1300~1850年の地球は下のグラフのLittle Ice Age(小さな氷河期)にあった。現在はその極寒期から脱して3千年の平均気温に戻りつつある回復過程であって、「温暖化」の正体は自然現象であるというのが科学的な視点だ。

少女を使ってポリコレと化した「地球温暖化説」は過去100年だけのチャートを都合よく切り取って「危機だ」「原因はCO2だ」とする。では百歩譲ってその100年だけを見てみよう(下のチャート)。ご覧のとおり、原因はむしろ太陽活動である(Tが地球気温、Sが太陽活動、CがCO2排出量)。

化石燃料から代替エネルギーに転換させると都合のいい人がいるのであり、世界の学者を巻き込んで99%の人には科学に見える「宗教」を作っているのだから裏で巨額のカネが蠢いていることは論じるまでもない。既存の大手メディアはその教義を巧妙に真実にまぶして世界を洗脳し、異端の教徒の声は抹殺する。最近は「地球温暖化」を「脱炭素」と言い換える風潮が顕著だが、なぜならウソがバレたからであり、科学でないことを人類をあげて頑張っても何も起きない。

職業投資家として僕はポリコレだろうがディープステートだろうが脱炭素だろうが、そういうものは単なる商材と見做して勝つ方に投資するだけだ。しかし人間としては別である。許せないのは、カネで科学をねじ曲げる腐敗した精神である。そんなことを許していればやがて科学も退廃するし、一部の勝ち組が人類の命運を狂わせてしまうのだから言語道断だ。このスタンスを読者はSTAP細胞事件でご存じであり、僕の中で常に一貫している。

さて、だいぶ回り道したが本題に入る。東京五輪だ。実のところ、ロゴでもめて国立競技場の設計で多額のキャンセル料がどぶに捨てられ、緊縮のふれこみだった総予算が予定されていたかの如く膨れあがり、福島の復興は隅に追いやられ、そして夏の東京は暑いとわけのわからん理由でIOCがマラソンを札幌に持って行った、あのあたりから気分は冷めてしまっていた。

首相曰く「人類がコロナに打ち勝った大会にする」らしいがどうやって打ち勝つつもりなのだろう。常識的にはワクチンに頼るしかないが、そもそも見込んだ本数がちゃんと日本に来るのか?最も危険にさらされる都民全員に7月までに接種は間に合うのか?重症化は抑えるが感染抑止はしないのだから病床数は足りるのか?医療関係者は?東洋人が射っても安全なのか?そもそも効くのか?未知数だらけだ。

この点については、科学者である医療ガバナンス研究所理事長・上 昌広先生のブログ(2021/02/08付)から引用させていただく。

「ノルウェーでワクチンを接種した高齢者23人が死亡した。接種したのはアメリカ・ファイザー、ドイツ・ビオンテックのワクチンで死者13人は剖検されており、ワクチン接種との関連が示唆される。私は、現状では高齢者に一律にコロナワクチンは推奨できないと考えている。それぞれの状況に合わせた個別対応が必要だ。少しでも不安をお感じの方は、是非、主治医に相談してほしい」

上先生の説明

まったくその通りと思う。僕が昨年今ごろから厳戒態勢に入ったのはまさに無症状感染者が出たからだ。上先生にお会いしたことはないが、わかる、この方は素晴らしく頭がいい。コロナは科学でしか解明できないし、科学は頭が良い人しかできない。ならば素人の僕は最高の頭脳の先生の言うことをきくしかない。それでも保証はないが他に手はない。彼が指摘している厚労大臣は精一杯頑張っているとは思うが、頭の問題はどうしようもない。そういう人が語る宗教の信者になってワクチンを射つことは僕にはあり得ない。

高齢者の感染数は増えていて優先してくれるのは有難くはあるが、約半分は若者が持ち帰った家庭内感染と聞く。僕はそれはなさそうだし外へは出ないし、むしろ若者優先で射っていただいて迅速に集団免疫を作ってもらったほうが安心だ。厚労省はファイザー社のワクチンの「承認を了承した」と発表している。治験で日本人への効能と安全性を確認したのではない。問題があれば省として責任をとることを認めましたという意味だ。ノルウェーのようなことがあれば誰かの首ぐらいは飛ぶのかもしれないが、だからといって、その程度のことで安心して摂取しようという気がおきるわけでもない。

もしワクチンによる免疫バリア作りが思ったほどワークしないならば、ここから五輪開催を決定するだろう3-4月までのコロナの感染動向は当のウィルス様にお伺いをたてるしかないことになるというのが本稿の趣旨だ。要するに、御意のままということだ。これは、地球温暖化は実は太陽活動という自然現象のせいであって、人間がCO2削減をいくら頑張ろうがおてんとうさまの御意のままにしかならないのとよく似た現象ということになるかもしれないことを意味している。にもかかわらず、最後の命綱であるはずのワクチン供給契約の時期と本数の詰めが甘かったという、政府は何を考えているのか(ひょっとして何も考えてないんじゃないか)と見える事態が発覚した。民間企業なら担当役員の首が飛んでいる。

ではそもそも、科学的知見からして、政府が五輪開催に向けてやるべきことは何か?上先生曰くPCR検査をやりまくるしか手はない。彼以外にもそう主張する科学者はたくさんいる。しかし、政府と厚労省は当初からずっと真逆の策をとっており、37.5度の発熱がなければ検査しないというお触れで岡江久美子さんを含む何人もの方が自宅で様子見を強いられ命を落とされたのは記憶に新しい。政治の暴走とも言い切れないのは、尾身氏の率いる専門家会議もPCRを増やすと医療崩壊を招くからやらないほうがいいとの見解を出したからだ。無症状感染者は気にしませんという世界でも希少な戦略であるが、この科学的根拠は何だったのだろう?それは去年の今頃に僕が感じた恐怖が何だったのか、なぜそれが政府に共有されなかったのかという疑問でもあり、いまだに理解できない。その恐怖を救うのが上先生の策だったから心から納得した。しかし政府には都合が悪かったのだろう、彼のような学者ではなく、忖度してくれる御用学者が登用される。是々非々である台湾の蔡英文とは政治力が雲泥の差と言うしかない。

コロナウィルスである風邪もインフルエンザも感染力には季節性があって統計的に2月にピークアウトするが、新型も同じであり、ここから4月にかけて感染者は自然に減り、6,7月にやはり季節要因で増えると上先生は言っている。だから目下の数字が減少しているのは緊急事態宣言の効果ばかりではない。さらに、今年に入り、知人の親族が勤務する保健所は事務職でも帰宅が午後9時という激務ぶりだそうで、保健所ルートという日本固有の仕組みのもたらす物理的な制約から検査数が減っているという原因もある。検査しなければ感染者が減るのは当然だ。それで安心して都内各所の人出が大きく増えているからいずれまた感染者は増え、検査しないから無症状者はカウントされず、結局は陽性者が増えるだろう。つまりウィルス様と「いたちごっこ」しているだけなわけだが、何も今に始まったわけではない、去年の今ごろから一貫してそうだったのだ。

緊急事態宣言発出の効果を高める法改正をしたではないかという声もあろう。それは政治のイニシアチブで策を施したように見える唯一の手だ。ステイホーム、三密回避を促すという意味で科学的根拠もあるから有効であることは確かである。しかし、宣言にプロパガンダ効果を期待する政治的側面においては、温暖化におけるCO2削減が経済減速を招くのと同様の副作用がある。すなわち、”緊急事態” が長引けば、そんな危ない国に五輪の選手団は自動的に来なくなるのである。従って、宣言を撤回するしかなく、残る手はPCR検査をやりまくるしかない。ところが、それをすれば無症状感染者を拾って新規感染者数が激増してしまい、やはりそんな危ない国に五輪の選手団は自動的に来なくなるのである。

すなわち、昨年のコロナ対策の初動において何度も書いたことだが、五輪は意識するが科学は無視していいだろうという「PCR検査回避大作戦」の結果、なんのことないその五輪が大手飛車取りに追い込まれて国中がてんやわんやという大ヘボ将棋だったことが発覚したわけだ。しかしそんな失態はなんのその、季節性要因で4月ごろ感染者数が自然にもっと減り、緊急事態宣言は補償と経済への目配せで早々に打ち切られGoToまで復活してしまうのではないか。しかし6月から数は自然に増える。従って、ワクチン接種は政治的に不可避な唯一の神頼みとなり、世界の趨勢だからを免罪符に、あれほど新薬許認可に腰の重かった厚労省がぎりぎりになって、世界で誰も投与されたことのない未知のワクチンの「承認を了承」した(させられた)のである。そこは神の国だ。ええい、何とかなるだろうと。

しかしよく考えて欲しい。そのワクチンだって我が国は自国で開発したわけじゃない。他国さんの努力でたまたま「神風」の如く現れただけだ。去年の今頃、ダイヤモンド・プリンセス号騒動で我が国はコロナで注目をあびた世界最初の国になった。そこから今に至るまで頑健に「神の国」でありつづけたその一途さ?を世界が日本らしいと見るか日本も墜ちたと見るかは様ざまだろうが、そこでワクチン供給契約の問題で神風すら逃げかける失策を演じているのだ。外国はそれを知らないし、いまだに科学的解明がない「死者数の少なさ」も外国人にはミステリアスだ。よって日本はうまくやっているように見えているだろうが、単なる結果オーライである。日本が未来永劫「神の国」で存続していける確率は低い。国民が政治を直視して選挙で理性を働かせないと、国は危険水域に来ている。

そんなさなかに発生した森会長辞任騒動は、日本は「神の国」を自認される元総理で自身もスポーツ界の神と仰がれる教祖様がお倒れになったということだから五輪宗教界がてんやわんやなのは道理だろう。しかし、科学とはいささかの縁もないどうでもいいことである。なぜなら、それがなかりせば開催がうまくいったわけでも何でもないからであり、もはやワクチンが集団免疫をつくるしか五輪開催の芽はないことに寸分の変わりもない事態に追い込まれていたからである。僕は東京都民であるので、ワクチン投与ばかりが関心事ではない。1万人の外国人が大挙して同時期に押し寄せ、東京にバラエティに富んだ変異種をお持ち込みになるのが非常に怖い。選手は隔離しますというが、そういいつつ英国、南ア、ブラジルのウィルス様がすでに空港検疫をすり抜けて遠い地方にまで達している。誰が信用するのだろう?

そのリスクを負わされ、高い都税を払わされて、しかも無観客だからテレビで見てくれって何の意味があるんだ?こう思う都民は増えているのではないか。

ドナルドもシンゾーも、コロナなかりせば政権が続いていたと思う。「賭けてもいいが、政治としてのコロナ戦争にアクセルのふかし勝ちはまずない」とだいぶ前のブログに書いたが、やっぱりそうなった。さてここからどうなる?小池百合子はいじめを逆手にとってうまい立ち位置で国にアクセルをふかさせ、「都民はステイホームを」と呼びかけるにとどめた。コロナ様には極めて都合が悪い、すなわち科学に基づいたメッセージの発信だから素晴らしい。彼女が科学を理解しているとはまったく思わないが、ズレを感じさせないセンスは感じる。僕はもともと女性積極登用派であるし、パフォーマンスが過ぎるというが政治家はどうせ全員そうなのだから下手よりうまい方がましだ。プーチンはワクチンを射たないが小池さんはどうかな。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊